長期腐敗体制 :白井聡
              (なぜ、いつも頭から腐るのか)

この本は、いまから2年前の2022年6月に刊行されたものだ。
この本の主な内容は歴代の自民党政権および第二次安倍政権を批判したものであるが、そ
安倍晋三氏が銃弾に倒れたのが2022年7月であるから、その約1か月前に刊行され
たことになる。
この本の著者の安倍政権の評価は、「内政も外政も、ただひたすらデタラメだけをやった
だけ」と辛辣だ。しかも、安倍支持者たちの安倍評価も、実は高くはなかったのだと言う。
つまりは、安倍支持者も、ただ軽いノリで支持しているだけだったのだと言う。
そう評された”安倍体制”はいま、政治資金パーティー券収入伴う裏金疑惑で、崩壊の危機
に直面している。我々国民はいま、自民党長期政権による腐敗政治を目の当たりにしてい
るのだ。
しかし、このような政治腐敗の真の原因は、元をただせばわれわれ国民の民意の劣化にあ
るのではないか。政治の劣化は国民の劣化の写し鏡なのだろうと思う。

ところで私がこの本を読んで一番興味を覚えたのは、なぜ自民党は対米従属一辺倒になっ
てしまったかという点について、次のような興味深い論理展開をしているところだ。
日本の「国のかたち」は、明治以降から敗戦までは天皇を頂点に押し頂く国家体制であっ
た。しかし戦後の「国のかたち」は天皇に代えて、アメリカを頂点に押し頂く国家体制に
なった。これをこの本の著者は「戦後の国体」と呼んでいるようだ。
そして、保守勢力といえば、この「戦後の国体」である対米従属に執着し続ける勢力のこ
とを言うのだという。
その対米従属勢力は、なにも自民党に限らない。官界、財界、学界などにも存在している。
そして、この対米従属に対し少しでも批判的な勢力(例えば鳩山政権)が出現すると、
この対米従属勢力は、いっせいに攻撃をしかけて叩き潰しにかかる。アメリカから具体的
に何か圧力がかかったわけでもないのに、日本のなかに存在する対米従属勢力が、批判勢
力を叩き潰してしまうのだ。
なぜこのように日本は対米従属一色になってしまったのか。その原因は国内に対米従属を
脅かす勢力がなくなってしまったことだ。
対米従属を脅かす勢力とは何だったかというと、それは労働組合だ。もっと具体的に言う
と、”国労”だった。
国鉄の労働組合の活動が激しかった時代。何度もストの嵐が吹き荒れて、首都圏の電車を
はじめ全国の列車がまったく動かないという事態が続いた。
これにより国民生活に大きな支障が出で、労働組合に対する悪いイメージが国民の中に広
がっていった。
このため中曽根政権時代に、国鉄を分割民営化することにより国労の弱体化を図ったのだ。
名目は”国鉄の分割民営化”だったが、本当の目的は国労の弱体化だったという。
これが功を奏して、国労がどんどん弱体化していき、それに伴ってほかの労働組合の弱体
化も進んでいった。
ところが、それが労働組合の弱体化だけにとどまらず、政界においては労働組合を支持母
体にしていた社会党の弱体化を招き、ついには自民党に対抗する勢力がなくなってしまい、
自民党の一党独裁が出現する結果となったのだ。
また、国労などの行き過ぎた労働運動が、国民の中に労働組合に対する悪いイメージが深
く浸透してしまったために、企業などにおいて労働組合への加入率が低迷し、労使の力の
バランスが完全に崩れてしまった。労働組合側が企業経営側に対して賃上げ交渉する力が
なくってしまったのだ。いまでは”ストライキ”という言葉がまったくの死語になってしま
っている。
さらには、使用者側”天国”の状態が出現し、賃上げの要求どころか、”過労死”というよう
な世界的にも例を見ない過酷な労働環境や、非正規雇用による低賃金での労働を強いられ
るという社会となってしまった。
いま政府はやっと、日本経済の低迷の原因は労働者の低賃金にあると気づき始めたようだ
が、結局は、日本の30年以上にも及ぶ経済の低迷の元凶は、中曽根政権時代の”労働組合
潰し”にあったのではなかったのかと私は思っている。
もっとも、労働組合活動にイデオロギーを持ち込み、純粋な労働組合運動を大きく逸脱し
て過激な労働運動を展開した当時の国鉄の労働組合幹部にも、大きな責任があったことは
言うまでもないだろう。

過去の読んだ関連する本:
永続敗戦論
憲法の無意識
戦後史の正体
右傾化する日本政治
安倍三代
PCR検査を巡る攻防


すべての道は統治崩壊に通ず
(私たちはどこに立っているのか?)
・自公連立政権がすべての国政選挙で勝ち続け、政権交代が再び起こる気配は、まったく
 なくなっています。(2012年体制)
・私も含めた多くの政治の観察者たちが戸惑っているのは、この体制の統治パフォーマン
 スは決して褒められたものではないのに、というよりむしろ、統治の崩壊とも言うべき
 ひどい水準であるのに、なぜ退場させられないのか、という疑問のためです。
・この問いに対する最も簡潔な答えは、
 「国民がそれを望んでいないから」
 というものでしょう。  
・では、なぜ望まないのか、言い換えれば、ひどい統治をなぜ国民は拒否しないのか。
 最大の理由は無知です。
 多くの国民は、2012年体制に見られる統治の崩壊状態の実態、それがいかに深刻で
 あるかを真剣にとらえたことがなく、そらえようともしていない。
 ゆえに、何となく「他に良さそうなものがないから」という程度の認識によって、
 2012年体制はだらしなく肯定されてきたのだ、と私は考えます。 
・ただし、民主党政権が迷走の末に期待外れに終わり、その後の民主党も分裂や再結集な
 ど混乱が続くなかで、「他に良さそうなのもいない」という見立てには一片の真実があ
 ります。
・2012年体制はいわゆる政治主導なるものを確立しましたが、政治主導が望ましいと
 いうことは平成時代の初め頃からずっと言われていました。
 政治主導とは、すなわち制度疲労を起こしている官僚支配の打破だと盛んに言われまし
 た。
・2009年の民主党政権の成立も、まさに官僚支配に対するアンチ心情、その打破への
 期待が託されたところがありました。
 だから民主党自身も、「官から政へ」ということを喧伝しましたし、いわゆる事業仕分
 けのような形で官僚機構との対決姿勢を演出しました。
 「官から政へ」は正義だと言われましたが、しかし政治主導なりものは民主党政権でう
 まくいきませんでした。
・2012年に自民党に政権が戻り、安倍・菅政権と続きましたが、そこでも政治主導を
 強めようという路線の考え方自体は、実は民主党政権と変わりがありませんでした。
・そしてついに2014年、内閣人事局が設立されることにより人事の一元化が制度的に
 図られ、上級公務員、幹部クラスの人事権を政権がほぼフリーハンドで握るようになっ
 たわけです。 
・それはまさに、政治主導が制度的に完成したことを意味しています。
 その結果、どうなっているかというと、統治は崩壊しています。
・私の見るところ、安倍政権の特徴は、官邸官僚の存在感が逆に強くなり、側近にこうい
 う官僚がいるということがメディアでも大きくクローズアップされた点でしたが、これ
 は異例のことだった。 
・政権中枢の側近を務める官僚はどの政権にもいますが、そうした存在はどちらかという
 と黒子的で、あまり表には出てこないものです。
 ところが安倍政権の途中から、彼らの存在が固有名詞で語られる現象が顕著になりまし
 た。
・例えば、「今井直哉」氏(経産省)や、菅政権でも重用されていた「杉田和博」氏(警
 察庁)ら。
 こうした面々が固有名で語られるのは、異例でした。
・要するに官僚の存在感が大きくなっただけで、安倍政権は、実は政治主導でも何でもな
 く官僚主導だったのだ。
 ただ、おかしな官僚が出世をし、国家がおかしなことになっている。
・安倍政権は、モリカケ(森友学園問題加計学園問題)・桜(桜を見る会問題)をはじ
 めとして、元TBS記者の「山口敬之」氏が起こした準強姦疑惑事件など、以前の常識
 からすれば政権が倒れるような醜聞を続発させてきました。
・重大なのは、これらの事件、正確に言えば事件の揉み消しにおいて論功行賞が行われた
 ことです。
・森友学園事件において、公文書改ざんを指示して財務省職員の「赤木俊夫」氏を自死に
 追いやり、国会の参考人招致では政権を守り抜いた「佐川宣寿」氏は国税局長官の座を
 与えられ、山口敬之氏の逮捕状を取り消した「中村格」氏に至っては警視庁長官にまで
 登り詰めています。
・こうした状況下で積極的に立身出世を測る官吏は、倫理面で問題があると同時に、能力
 的にも到底期待できない。
 その象徴が、官邸官僚の一人である「佐伯耕三」氏(経産省)が、
 「
全国民に布マスクを配れば不安はパッと消えますよ
 と進言したことから実行された、かの悪名高い「アベノマスク」であったでしょう。
・元外交官の「佐藤優」氏、一時は佐藤氏の上司でもあった「孫崎享」氏、イラク戦争に
 反対して外交官を辞めた元レバノン大使の「天木直人」氏、経済産業省の「中野剛志
 氏、経産省を辞めた「古賀茂明」氏、現役官僚でありながら日本の原発政策の危険性を
 暴露した「若杉冽」氏、元裁判官の「瀬木比呂志」氏、東京地検特捜部に勤めた経験も
 ある「郷原信郎」氏。
 これらの面々の展開する国家や官僚機構への批判は、「もっと頑張れ」といった批判で
 はなく、古巣を根本から否定するような激しい批判です。
・かつ興味深いのは、彼らが「今の官僚機構ってこれこれこうだからダメだよね」「その
 通りだね」と、同じような立場から批判しているのでは全然ないことです。
・今名前を挙げた人々は全員、政治的にはそれぞれ異なる立場をとっています。
 したがって考え方や価値観には、かなり距離があります。
 私の知る限りでは、意気投合するどころか、お互いに快く思っていない場合も多々ある
 ようです。  
 にもかかわらず、今の日本国家、官僚機構への批判の激しさにおいては、同じ程度に激
 しいのです。 
・これら続出した内部告発者たちは、他の点ではまったく意見が合わないのに、今日の日
 本国家が根本的に病んでいる、という点では見解が一致している。
 そのような現象が現れ始めたのが、2000年代半ば頃です。
 統治の崩壊が顕在化し始めたのは、この頃かのではないかと思われます。
・日本国家の中枢が崩壊しつつあるのではないかという印象が強まるなかで2011年に
 3.11が起きます。
 原発事故で何よりもショッキングであったのは、緊急事態が発生すると、経産官僚であ
 るとか東京電力の幹部であるとか、原子力の専門家の学者であるとか、それまで「エリ
 ート中のエリート」だと見なされ、敬意を払われてきた人々が、これほどまでに無能・
 無責任であったことが明らかになったことです。
・もちろん、あの状況下で華麗に事をさばくことなど誰にもできなかったでしょう。
 しかし、私たちが最も辟易させられたのは、これら「エライ人たち」の姿から滲み出て
 くるオーラのようなもの、彼らの一挙手一投足に表れる精神態度における腐りきった何
 かではなかったでしょうか。
・「爆発」を「爆発的事象」と呼ぶようなくだらない言葉遊びをする政治家、原子炉がメ
 ルトダウン寸前のときに海水注入をためらう東電の幹部、こういう人たちの姿を通して、
 この国のエリートの本当のところ、その値打ちが明らかになりました。
・そして、原発事故が露呈させたものの深刻さゆえに、その過酷な現象を見たくないとい
 う否認の欲望が日本社会を満たすようになります。
 「何も深刻なことは起きていない、私たち日本人は今までどおり豊かで幸福なんだ」と。
 このショックに対する反動形式、否認の欲望の体現者として安倍政権が成立していき
 ます。 
・しかし、どれほど懸命に誤魔化したとしても、誤魔化しは誤魔化しでしかありません。
 安倍政権以降、いよいよ誤魔化しに誤魔化しを重ねる統治手法はその程度を増して、
 統治の崩壊という状態にまで到達しつつある、ということです。
・アベノミクスの特徴の一つは、エリート主義的な政策だったことです。
 日銀には、エリート中のエリートが集まり、その人たちが一生懸命考えてやっているこ
 とだから間違いないはずだ、といった権威を社会から与えられている。
 それに対して「そのエリートがきちんとしていないから日本経済こんな体たらくになっ
 ていて、社会も停滞しているんだ」、というのがアベノミクスを発明したリフレ派経済
 学者の説でした。
・この説を初めて聞いたとき、私が抱いた疑問は、エリートに一国の社会を自由自在に左
 右する力などあるのだろうか、というものでした。
・確かに全般的な傾向としては、エリートがきちんと行動すれば、この国は良い方向に向
 かい、エリートが間違いを犯せばおかしなことになる、と言えるかもしれません。
 しかし、エリートの下す決断には即効性のないものがたくさんありますし、エリートが
 しっかりしていてもうまくいっていない国は現にいくらでもあります。
・同じように、官僚機構の中枢部さえしっかりしていれば、国をまた立て直せるといった
 考え方からは、いい加減に脱却しなければいけません。
・そして、統治の崩壊の現実をあらためて突きつけたのが、新型コロナ・パンデミックに
 よる危機でした。  
 日本の新型コロナ対策は、その犠牲者数は欧米や南米の諸国に比べると大変少ないよう
 に見えますが、東アジアでは劣等クラスであると言わざるを得ません。
 つまり、日本の新型コロナ対策は、迷走を続け、失敗しています。
・結果的に言って、2012年体制の主役の交代は、コロナ禍をきっかけとして2度も繰
 り返されました。 
 言い換えれば、新型コロナが二人の総理大臣の首を飛ばしました。
 これは他国に類を見ない現象です。
・この過程で何よりも異様であると言うべきは、政府首班が変わっても医療崩壊が繰り返
 され、対策のための総合的な体勢が、パンデミックの始まりから2年以上を経てもいま
 だに確立されていないことです。
・私が知り限り、日本のコロナ対策が迷走を続けている最大の理由は、官僚機構の機能不
 全と、その機能不全を解消しなければならない責務を本来負っている政権の無能です。
・今次の危機に対して直接的に対応する役割を負っているのは厚生労働省ですが、
 2020年2月に確認された、クルーズ船ダイヤモンドプリンセス号内での大感染から
 今日に至るまで、同省はただの一度も、まともに機能しているとは言えません。
 同省で対策を取り仕切る医系技官たちは、新型コロナは空気感染するという事実をなか
 なか認めず、PCR検査は抑制するべきだというデマを流布しました。
 どちらも世界の常識に反する、完全に非科学的な振る舞いでした。
・このように官僚制がその宿痾をさらけ出しているときこそ、いわゆる政治主導が求めら
 れます。
 しかし現実には、それを実行できる能力も意思も、2012年体制の指導者たちにはあ
 りませんでした。
 もちろんしれは当然のことでもありました。
 衆愚を恃んで「やってる感」を演出することのみによって自らを維持してきた政権が、
 本物の危機に遭遇するや否や、突然本領を発揮して、有能かつ公正な仕方で事に当たる、
 などということが起きるわけがありません。
・PRC検査の不足に関して高まる批判に直面した安倍晋三首相が、2021年5月に
 「目詰まりがある」と認めた発言は象徴的でした。
 まさにこの「目詰まり」を解消するのが、政治家の、総理大臣の仕事にほかなりません
 が、それができなかったので、安倍氏は総理の座を降りることとなりました。
・そして首相は菅義偉氏に交代。
 菅氏については、大号令を掛けて遅れていたワクチン接種を大々的に加速させたことの
 功績は認められるべきでしょう。
 また、この遅れは前任者、すなわち安倍氏の失策によるものであり、菅氏はその尻拭い
 をさせられたという点も想起しておくべきかと思います。
・菅氏に首相が交代した時点では、新型コロナウイルスの挙動や諸外国の取り組みの情報
 もかなり蓄積されてきていました。
 にもかかわらず、対策の実質的な司令塔は、無能をさらした医系技官たちに相変わらず
 委ねられたままで、新しい知見を活かしてコロナ対策の体制を全般的に刷新し、より合
 理的で効率的なものとする姿勢は見られませんでした。
・その結果が、2021年夏の大流行、「自宅療養」という名の自宅放置・医療崩壊であ
 り、総選挙を前にして菅政権は著しく支持率を低下させ、退陣に追い込まれました。
・かくして、岸田文雄氏が2012年体制の相続者となりました。
 岸田氏の幸運は、首相就任直後の総選挙の時期に、新型コロナ感染の波が退いていたこ
 とです。 
 しかしながら、この幸運を岸田氏はまったく活用することができませんでした。
 活用する術を知らず、知ろうともしていなかったのでしょう。
・対策の司令塔となる専門家群の総入れ替えをはじめとした抜本的な体勢の刷新を図るこ
 となく、PCR検査の拡充すらも口先だけでした。
 その必然的な結果として、2022年1月から始まったオミクロン株による感染の波の
 高まりは、またしても医療崩壊を引き起こし、死者数においてデルタ株によるそれを上
 回る被害を出しています。 
・このように、日本のコロナ対策は国民のあいだに強い不満を醸成してきたわけですが、
 カネは大量に使われました。
 計上された国家予算の対コロナに関連した経済対策の金額はドル換算で2兆2100億
 ドルで世界2位だそうです。
 世界1位の支出はアメリカで、4兆120億ドルです。多いと思いますが、アメリカの
 人口は日本の約2.6倍です。
・GoToキャンペーンには約3兆円の予算をつけました。
 一方、ワクチン開発に当てられたのは約3000億円です。笑うしかありません。
・ここで当然浮かんでくる疑念は、コロナ対策予算を誰かが片っ端からわけのわからない
 形でポケットに入れているのではないか、ということです。
 接続化給付金をめぐるスキャンダルや、接触確認アプリCOCOAの開発をめぐるスキ
 ャンダルなどが表面化しましたが、予算がケタ違いであるだけに、これらは氷山の一角
 にすぎないのかもしれません。
 現に、11兆円にのぼるコロナ対策の予備費が使途不明であるという報道が出てきてい
 ます。 
・同様の腐敗構造を露わにしたのが、東京オリンピックでした。  
 日本の財界は全会一致で東京オリンピックに賛同し、協力してきました。
 空気を読まずに「オリンピックの協賛金に金を使うより、従業員の給与にカネを使うべ
 きだ」などと発言して大企業経営者は皆無でした、
 社会にとって真の利益が何であるかを考えることなしに、国家がカネに糸目をつけない
 機会があれば脊髄反射的にかじりつく。
 この光景も、衰退の途上にある腐敗国家にまさにふさわしいものでした。
・東京オリンピックは、経済的利益の草刈り場である以上に、すぐれてイデオロギー的な
 役割を与えられたイベントでした。
 1964年の記憶を呼び出して成長の夢を見させることで、「体上部だよ、これまでと
 ずっと同じでいいんだからね」と宣伝する。
 それは、羊のようにおとなしく愚かな状態に置かれ続けている日本人を、そのような状
 態のまま保ち続けるためのサーカスにほかなりませんでした。
・今回の新型コロナ危機の対応の失敗とオリンピックの顛末でいよいよはっきりしてきた
 のは、この日本の背骨は腐っており折れかかっているということです。
 
2012年体制とは何か?
(腐敗はかくして加速した)
・政治には良い政治と悪い政治がありますが、悪い政治における悪徳を大別すると、三つ
 あると私は思っています。それは不正、無能、腐敗です。
・習近平政権を眺めると、決して無能ではないと思われます。
 新型コロナウイルス対策にしても、最初こそ少し失敗しましたが、その後は剛腕による
 封じ込めで全土への感染拡大の防止には成功しているように見えます。
・腐敗の面ではどうだろうか。
 一生懸命汚職を取り締まっていますが、取り締まっている当人たちはどうなのかと考え
 ると、いささか怪しいところがある。
 だから習近平政権の場合は、有能であるが不正で腐敗している政権、権力だ、というこ
 とになります。  
・残念ながら日本の現在の権力であるところの政権は、どの面でもダメなのではないかと
 思います。 
 不正であり、無能であり、腐敗している。
・不正とは、間違った、良くない政治理念を追求している、あるいはそうして政治理念に
 よって動機づけられている、ということです。
 無能とは、統治能力が不足していること。
 腐敗とは、権力を私物化し乱用していることです。
・安倍晋三氏は首相を辞めたけれど、安倍政権はある意味で今も継続しています。
 なぜなら、それが体制だからです。
 当然ながら、その間に国民はだんだん塗炭の苦しみを味わうようになっています。
・安倍政権が発足して3、4年ほどで「安倍一強体制」という言葉がメディアに登場する
 ようになりました。
 とりわけ、森友学園問題や加計学園問題等のスキャンダルが複数出ていて、国会での答
 弁などは破綻が明らかな状態になってくる。
・普通なら「この政権はもう保たないな」という状況ですが、にもかかわらず維持されま
 した。 
 この内閣が倒れないのは、要するに、安倍総理だけが強い体制になっているからだとい
 うことで、これを指して、「安倍一強体制」と言われたわけです。
・この一人勝ちの状態は、一つには、野党が弱いことに起因します。安倍政権を脅かす党
 外の勢力が弱い。 
 もう一つの原因は与党内にあります。
 自民党総裁であるところの安倍氏への権力集中が甚だしいので倒れない。
・安倍氏が総理を辞めたとき、一体何が起こっていたのか。
 安倍氏は、コロナ対策がうまくいかずに逃げたのです。
 これは安倍氏が第一次政権の時に辞めた理由にも関わります。
 潰瘍性大腸炎ということですが、残念ながら医師団による診断書の提示は、これまで一
 切なされていません。 
 ご本人そう言っている以外に客観的な証拠がなく、奇妙でした。
・というのは、総裁選が行われて引き継ぎが終わるまで、安倍氏は職務にとどまっただけ
 でなく、敵基地攻撃能力をどうするかといった安全保障上の重大決定もしていたからで
 す。 
 重要な決断や綜理の職務を担えないほど深刻な病状だったため辞任を決めたはずだった
 にもかかわらずにです。
・コロナに関して、安倍氏の政策はまったくうまくいきませんでした。
 「アベノマスク」で大ひんしゅくを買い、ミュージシャンの星野源の「うちで踊ろう」
 と安倍氏の自宅でくつろく姿のコラボ動画をSNSに投降して大ひんしゅくを買ってし
 まう。
 支持率も下がり続け、どうしようもないので、何とかして安全に総理を辞めなければな
 らなくなりました。
・そうなると、大事なのは自己保身になってきます。
 モリカケ問題や「桜を見る会」問題など、後ろに手が回りかねない話があり、「なんだ
 安倍は」「許すまじ」という国民の怒りの感情に押し出されるようにして辞めたとなる
 と、自分の身が危なくなるからです。
・「難病をかかえながら、一応、自分なりに頑張ってきたんです」などと言うと、「病気
 なら致し方ない、
 よく頑張ったんだな」と多くの日本人は納得します。
 日本人の有権者レベルはそんなものだからです。
 実際にそうなって、(辞任発表後は)支持率まで大きく回復しました。
・安倍退陣後、「桜を見る会」などのスキャンダル追及が行われ、警察と東京地検が一応
 動くものの、秘書が略式起訴され、ご本人は不起訴です。
 こころ落としどころにしたなという感じで、本当によくできていました。
 安倍氏のスキャンダルにしても、東京地検特捜部が動かないことに対し世論の批判は高
 まるばかりなので、検察はガス抜きをしなければいけなかった。
 だから一応調べはしましたが、本人にダメージがない程度で、というわけです。
・結局のところ、検察も2012年体制の一部です。
 本気で追及して、例えば安倍氏を逮捕したら、これは大騒ぎになります。
 超長期政権を率いた前首相が逮捕などされたら、今の自民党政権の存立も揺るがせかね
 ません。 
 その挙句、本格的な改革を断行する政権が成立してしまったりしたら、「さあ、検察改
 革だ」となるかもしれない。
 そうした事態を避けたいから、自民党そのものにコケてもらっては検察も困る。
 だから、表層的な処分で済ませます。
 これら全部追及し掘り返していたら、抜本的な改革にまで行きかねたい。
 そういうことが起こらないためには、自民党政権に永久に続いてもらわなければならず、
 同時にガス抜きはしなければならない。 

・今の東アジアにおけるデモクラシーの状況を考えると、台湾の状況には目を瞠らされま
 す。
 例えば「オードリー・タン」氏のような人が有名になっただけでなく権限も与えられて
 いる。
 彼はどんどんアイデアを出し、それがきちんと議論・吟味され、政策として採用されて
 いく。
 実に風通しの良い社会だと思います。
 この風通しの良さが、台湾におけるコロナ対策の成功をもたらしました。
・オードリー・タン氏が天才であることが、別に大事なわけではありません。
 どの国にも、怖いぐらいに頭がいいという人はいて、日本にも多分たくさんいると思い
 ます。 
 問題は、社会に存在している能力が活用されるかどうかです。
 要するに日本は、そうした能力が活用されないようになっているわけです。
・オードリー・タン氏は台湾で翻訳された、日本を代表する思想家の「柄谷行人」氏を読
 んでそこで説かれているコミュニズムの構想を素晴らしいと思ったそうです。
 そこで、柄谷氏の考えを政策に具体的に使うにはどうしたらいいかを議論するためのプ
 ラットフォームをインターネット上に早速つくった。
 みんながそこで出し合ったアイデアを実践につなげる試みを、すでに始めているそうで
 す。
・日本の国会議員で柄谷氏の本を読んで理解できる知的レベルの人はどのぐらいいるので
 しょうか?今の閣僚の中には多分一人もいないでしょう。
・戦後日本は実に幸せだった。
 ところが身に過ぎた幸福は、どこかで必ずそのツケを払わされるのだということを、私
 はひしひしと感じます。
 日本の政治も社会もここまで奇妙な閉塞に落ち込んでしまい、脱出できなくなった理由
 は、戦後に享受したものがあまりにも出来過ぎた話だったからではないでしょうか。
 身の丈に合わない、つまり自分の力で得たのではない幸福を享受したツケは、必ず回っ
 てくる。
 日本の民主主義が腐敗し、形骸化し、それを支えている人間もそれに相応しいレベルに
 落ちるという形で、いまツケを払わされているのだと思います。
 
・なぜ政権交代可能な二大政党が成功しないのかといえば、政権交代できそうな野党がダ
 メだからだ。
 そのダメさが表れたのが民主党政権だった。
・どれだけタメだったかというと、首相になった「鳩山由紀夫」氏がまず一番おかしかっ
 た。彼は宇宙人のようにぶっ飛んでいて、何を考えているのか理解不能な人だ。 
 官僚の使い方が下手だったが、それは経験不足だからだ。
 それで鳩山氏から「菅直人」氏に代わったが、東日本大震災への対処も悪かった。
・しかし、コロナに対する自民党政府の対応を見ていると、東日本大震災の発生が民主党
 政権下でまだマシだったなとつくづく思います。
・2009年に政権交代は起きたけれども、その結果に、有権者は幻滅したと言われます。
 しかし、なぜそれが失敗に終わったのかについて、日本社会に真っ当なコンセンサスが
 あるとは思えません。
 私の考えでは、保守二大政党制なるものは、そもそも不可能だったのだということが、
 この民主党政権の挫折によって露呈したのです。
・一口に民主党政権と言っても、鳩山政権とその次の菅・野田政権とは、根本的に違うの
 です。
 鳩山氏は、いわば既存の権力の構造と衝突して敗れた。
 鳩山首相の辞任劇は、平成の政治史において、最大の事件だったと私は考えます。
 これについて、私は鳩山氏を責める気は起きません。
 逆に、鳩山氏は権力の構造と闘ってはっきり負けることにより、何が真の問題として横
 たわっているのかを明らかにしてくれました。
・これに対し、その後を継いだ菅氏・野田氏は、その露呈した権力構造に徹底的に屈従、
 屈服することによって、自分の権力維持に汲々としていたにすぎません。
・鳩山氏が衝突した相手は、特殊な対米従属体制でした。
 鳩山氏が、この問題に本気で取り組み始めると、基地移設についてのアメリカとの合意
 を見直すと日本側が言い出せば、アメリカが立腹するかもしれないと喚き立てるキャン
 ペーンが炸裂しました。
 かくして、アメリカの機嫌を損ねたということですらなく、損ねる「かもしれない」と
 いうだけで、政、官、財、学、メディアから集中砲火を受け「あいつは宇宙人だ」等々
 の人格否定まで受けるのが、日本の権力構造だったことが明らかになりました。
・また、鳩山氏が率いたほかの閣僚らが同じ信念を共有していたかというと、していなか
 った。 
 だから、鳩山氏が「最低でも県外」という公約を何とか実現しようと苦闘するなかで、
 ほかの関係閣僚(防衛大臣や外務大臣)は腰が引けていき、鳩山氏は孤立無援的な状況
 に追い込まれて行きます。
・なお、鳩山氏が公約実現の断念を決意する際に、直接的なとどめとなった外務省が作成
 した文書は、虚偽文書であった疑いが濃厚です。
 2016年2月に朝日新聞によって報道されていますが、その要点は以下です。
 すなわち、外務省は当時、移転先候補として想定された徳之島が米軍の訓練場から遠す
 ぎる、米軍の内規が定めている距離を上回ってしまうとの文書をつくって、鳩山氏に差
 し出しました。
 これで「万事休すだ」と鳩山氏は判断し、公約を断念、辞任を決断しました。
 しかし、この文書が何とでっちあげだったというのです。
・こうして鳩山氏は後ろから撃たれ、倒されてしまいました。
 撃った主犯は官僚であり、従犯が与党まで含めた政界、マスコミ、そして「鳩山氏は権
 力構造と闘って敗れた」と分析しなかった知識人たちでしょう。
・そして、菅直人政権・野田佳彦政権で権力中枢を占めた民主党の政治家たちは、この間、
 小沢氏を助けようとはまったくしませんでした。
 むしろ逆に、民主党政権自体の支持率が低下するなかで、その責を評判が低下した鳩山
 ・小沢両氏に帰そうとする姿勢がありありと見えました。
 要するに、自分たちがうまくやれないのは鳩山と小沢のせいだ、ということにしたわけ
 です。
・単に、「鳩山は人柄が何かおかしい」「官僚の使い方が下手だ」といった表層的な話で
 はないのです。
 民主党による政権交代によって期待されていたのは、「政権交代可能な二大政党制」で
 した。
 しかし、それは成立しなかった。
 それを阻止しとうとする強力な力学が、政府の官僚機構の内部だけでなく、民主党の中
 においてさえも働いていたわけです。
 その力学こそ深層です。
 それを見なければなりません。
 
・一体、安倍政権とは何だったのか。それを継いだ菅政権・岸田政権とは何なのか。
 そして2012年体制とは何なのか。
  歴史的展望から考えてみると、2012年体制の歴史的任務が浮かび上がってきます。
  それは、「戦後の国体」の終焉を無制限に引き延ばそうとすることにほかなりません。
  つまり国体護持なのです。
・「戦後の国体」と私が呼ぶもの、慈悲深く日本を愛してくれる天皇陛下のようなものと
 してアメリカを恋慕していく生き方が通用したのは、1990年前後までです。
 ソ連が崩壊したら、そのような生き方は全体にあり得ません。
 この時点で「戦後の国体」は終わっているわけです。
・ところが、この砂上の楼閣の中はあまりにも住み心地がいいと言う人たちがいるわけで
 す。
 それは、自民党を中心とする親米保守勢力ですが、彼らはこの楼閣を壊したくないので、
 実は終わっているものを無制限に引き延ばそうとしているわけです。
・そして、問題は単に日米安保条約が存在する、ということではないのです。
 この間に明らかになったのは、日米安保を基礎とする対米従属は、そもそも国際関係に
 おいて成り立ったはずのものが、国際関係を超えて、日本の国家体制、さらには日本社
 会そのものを腐食させてしまった、ということです。
・だから、正確に言えば、問題は対米従属そのものではなくて、戦後日本の対米従属の特
 殊な性格、それが戦前天皇制に起源を持つ、「国体」の構造に基づいて従属している
 ことが問題なのです。
・この「国体」が徹底的に批判されなければならない理由は単純です。
 それは、「国体」がその中に生きる人間をダメにする、そこに生きる人間に思考を停止
 させ、成熟を妨げ、無責任にし、奴隷根性を植え付ける、そのようなものだからです。
・大東亜戦争の失敗が、つまるところ戦前天皇制国家の限界が招き寄せたものだとするな
 らば、現代日本の閉塞、そして社会の全般的劣化も、「戦後の国体」の限界が招き寄せ
 たものにほかならなりません。

・3.11以降、民主主義を何とか取り戻そう、獲得しようという社会運動も盛んになり
 ました。
 しかしそのような気運こそ、「戦後の国体」の支配層から見れば、叩き潰さなければい
 けない。
 しかし、叩き潰すといっても、日本では機動隊を入れたり自衛隊に治安出動させたりと
 いった方法ではなく、もっとソフトな手を使います。
 例えば「復興の象徴として東京オリンピックをやろうじゃないか」というようなプロパ
 ガンダです。
・東京五輪は復興五輪だ、というのは、本来意味不明な話です。
 震災で破壊されたのは東北なのですから、復興の象徴として仙台でオリンピックを開催
 するなら、またわかります。
 ところが、開催するは東京です。
・ですからこれは結局、あの大震災と原発事故で突きつけられたものに対する否認であり
 逃避です。 
・こういったことも、単に安倍政権や自民党政府が悪いという話ではないわけです。
 政・官・財・学・メディアが、共犯関係でこれをやってきたのだし、安倍政権をも支え
 たのです。
 国民の多数派は、それを消極的であれ積極的であれ、支持してきたした。
 
2012年体制の経済政策:アベノミクスからアベノリベラリズムへ
・安倍政権の経済政策といえば「アベノミクス」ですが、「アベノミクス」という言葉が、
 すでになつかしくなっています。
・2012年12月に第二次安倍政権が誕生し、当初、彼の本来の関心事である憲法改正
 や戦後レジームからの脱却といった、イデオロギー色の強い、いわゆる生活と直結しな
 いような政策は、ほぼ封印していました。
 それによって政権基盤、国民の支持が固まり、長期政権への基礎ができ上ったと言えま
 す。
・アベノミクスで言われた「三本の矢」とは、次の三つの政策です。
 @異次元金融緩和(金融政策)・・・リフレ派
 A機動的な財政出動(財政政策)・・・ケインズ派
 B成長戦略(産業政策)・・・規制緩和=ネオリベ派
・少なくとも、この三本の矢を額面通りに受け取るなら、「ごった煮的だ」と言ってもか
 まわないでしょう。 
 要するに、経済成長に役立つと従来いわれてきた政策を全部やってみる、ということだ
 からです。
 もちろん、これらの政策がそれ以前に全然行われてこなかったわけではありません。
 安倍政権に言わせれば「規模が違うのだ」ということになります。
・異次元金融緩和によるデフレ脱却がなぜ実現可能だと思われ、にもかかわらず、なぜ実
 現されていないのでしょうか。  
 結局、「デフレからの脱却」とは何なのでしょうか。
 異次元金融緩和とは、いわゆるリフレ派経済学者と呼ばれる人たちの主張が採用された
 ことを意味しています。
・私は以前、早稲田大学教授(当時)の「若田部昌澄」氏に少しお話を聞かせてもらいま
 した。氏が属するリフレ派が天下を取る何年も前のことです。
 そのときに、かなりカジュアルな形でリフレ派の考え方を聞かせてもらったことになり
 ます。
 強く記憶に残っているのは、「なんで日本は経済停滞がずっと続いているんですかね」
 という私の質問に対する答えでした。
 それは端的に言うと、「日銀が間違ったことをやっているからだ」というものでした。
 ・いろいろな話を丁寧に説明してくれましたが、私は違和感が残りました。
 それは、日銀は確かに間違ったこともしているかもしれないが、では日銀さえ正しいこ
 とをし始めれば、息絶え絶えで寝ていた病人が突然復活して生き生きと走り始めるかの
 ように、日本経済が復活するなんてことが本当にあるのだろうか、という素朴な疑問で
 す。
・安倍政権のブレインでリフレ派の「浜田宏一」氏は著書のなかで、
 「リフレ政策とは、人々の「デフレが続く」という予想を、日銀による大規模な金融緩
 和政策によって「今後は緩やかなインフレの状態が生じる」という方向に転換させ、投
 資と消費を喚起し、失業率を低下させ、景気を回復させる政策の総称である」
 日本は長期停滞、長期不況はデフレなのだ。
 だから「デフレからの脱却」が必要なのだ。
 と述べています。
・実は、私はこの時点でいきなり躓きました。
 「デフレからの脱却」という言葉自体が、私には倒錯しているように感じられるからで
 す。 
・デフレとは物価の継続的な下落ですから、それだけを捉えれば貨幣現象です。
 デフレ=貨幣現象という認識が示されます。
 デフレは貨幣現象にすぎないのだ、要は現象レベルで目詰まりが起きているだけなのだ
 から、邪魔しているものを取り除き、目詰まりを解消してやればいい。
 邪魔しているものの正体は、日銀だ。
 日銀が適切な通貨の供給を怠り、適切な金融緩和を行わないのでデフレが起きている。
 だから、貨幣供給量を増大させていけばデフレは退治できると。
・この理論では、なぜデフレが起こるのかと、どうしたらデフレから脱却できるのかとい
 う、本来同次元にあるはずの問題が、異なる次元で論じられていると私は思います。
 デフレが起こるメカニズムの説明については、何ら異論はありません。
 しかし、そこからどうやって脱出するかと問うたとき、お金の量を増やせばいいのだ、
 という答えはおかしいのではないでしょうか。
・デフレを起こしている引き金は何かと言えば、将来不安です。
 結局、これを取り除かなければならない。
 リフレ派からすれば、インフレ期待が将来不安を打ち消すのだと言いたいのでしょうが、
 まるで納得がいかない。
「インフレになるから、私の将来は大丈夫だ」とは思えないからです。
・インフレになるとして、中年以上の人なら「私の老後は大丈夫だ」、後期高齢者の人な
 ら「自分の子や孫は安泰だ」と思えるのでしょうか。
 ここでずれが生じていることが、リフレ派の理論の奇妙なところです。
・大規模異次元金融緩和によって、実際はどうなったでしょうか。
 成功したか否かで言えば、「毎年2%の物価上昇」は完全に失敗に終わりました。
 これは日銀の黒田総裁も認めています。
 ただ、これを言い出した張本人である安倍晋三氏は、景気が良くなったのだから物価上
 昇目標は関係ないと言いつのり、アベノミクスは成功したのだと強弁しました。
 あれだけ喧伝していた物価上昇について、まるで「そんな話はどうでもいいんだ」とい
 う姿勢になった。
・リフレ派の巨頭である「岩田規久男」氏は、安倍政権下で日銀副総裁になりました。
 記者会見で、「毎年2%の物価上昇を実行すると言っているが、できなかったらどうす
 るんですか?」と質問され、「そのときは辞めます」とはっきり宣言しました。
 岩田氏は目標達成できなかったにもかかわらず、辞任しなかったのです。
・では、反リフレ派が勝ったかというと、そうとも言い切れません。
 一部の反リフレ派の人たちは、このような勢いで貨幣供給量を増やしたら、行き着くと
 ころはハイパーインフレーションだと言っていました。
 しかし、このハイパーインフレを懸念する批判も今のところ当たっていません。
 確かにマネタリーベースで供給量は4倍から5倍になっています。
 とすれば、物価水準が4倍〜5倍にハネ上がってもおかしくない。
 ところが、現にそういうことは起きていません。
・アベノミクス以降、日銀が国債を買い取った代金が、当座預金の中に入ってきて、市中
 の金融機関の手元には多額のお金が積みあがった。
 本来、銀行は貸し出さなければ儲けがでないのですから、ほとんど金利のつかない日銀
 当座預金には法定の最低限だけ入れておいて、あとはできるだけ多く貸し出すのが合理
 的です。  
 ところが現実にはそうなっていない。
 それはつまり、銀行が貸す相手がいない、ということです。
・日銀当座預金にお金が余分に積み上がることを「ブタ積み」と言うそうですが、このブ
 タ積みは、まさにアベノミクスがうまくいかなかった原因であり証拠となっています。
 しかし同時に、こうしてブタ積みになっているから破滅的なハイパーインフレも起こら
 ず、私たちはなんとか暮らしていけている。
・異次元金融緩和に関して付け加えれば、日本政府は事実上、為替操作をしています。
 これだけの金融緩和は、円が多量に発行されることとほぼ同じなので、為替レートは円
 安のほうに振れていきました。
 ただ為替操作もしてはいけないことになっているため、政権幹部や中央銀行の幹部は、
 狙いが為替操作だなどということはおくびも出していません。
 しかし明らかに、アベノミクスの政策には円安に誘導する意図があり、ときどきはその
 本音も洩らされてきました。
・ここには、為替レートが円安になれば日本経済は元気になるはずだという、ある種の神
 話があります。
 そういう認識論的前提があり、実際にそれによって株価は動きます。
 つまり円安に振れれば、投資家たちは日本企業の業績が好調になると判断し、日本株に
 買いが入る。
 それで実際に株が上がるから、アベノミクス以降、日経平均とマネタリーベースが連動
 しているように見えてくるのです。
・こうしたなかで、安倍政権は「アベノミクスの効果で景気が良くなって株価が上がった」
 と宣伝しました。
 しかし、株式市場の活況が経済の実態、普通の人々の懐具合から乖離しているというの
 は、もうだいぶ前から言われている通りです。
・このように金融緩和がうまくいかないなか、安倍氏は「毎年2%の物価上昇」の話をし
 なくなります。 
 本音を言えば「みんな、忘れてくれよ」ということなのでしょう。
 そこで、違う点をアピールし始めました。
 「雇用は増えたんです。失業率が下がってではないでしょうか。景気は回復しています。
 だから物価上昇2%はどうでもよろしい」と言い始めました。
 けれども、この雇用も、安倍政権期で本当に良くなったとは言えません。
・名目賃金が安倍政権期に増えたといっても、微増です。
 消費者物価を加味すると、実質賃金は低迷しています。というか下がっています。
 これは実質的な所得の減少ですから、景気が良くなったことを実感できないという意味
 でも、アベノミクスがうまくいったとは言えませんでした。
・何と言っても賃金が上がらなければ、みなが財布の紐を緩めようとしないことを、さす
 がに安倍氏も理解したし、彼を補佐する官僚たちも理解しました。
 そこでさまざまな献策が行われ、例えば政労使会議のようなものも開催されました。
 政労使の政は政治家で、労は労働組合で、この場合は連合です。使は、労働者を使用す
 る者つまり資本家で、この場合は経団連です。
・ここで、賃上げに関する合意をつくろうとしました。
 されには経団連に対して賃上げ圧力をかけました。
 経団連にこれだけ圧力をかけた政権は近年なかったかもしれません。
 安倍氏が何かやってくれるのではないか、という雰囲気が盛り上がるなかで、経団連も
 引き下がっていきます。
 そもそも経団連が本気で政権と喧嘩することは、ほぼないわけです。
 こうして安倍政権は経団連も屈服させ、さらに経団連に対して賃上げをしろと命令して
 いきます。  
・それに対して、当然経団連側の反発はありました。
 興味深いのは、連合もこういうことに対して「おかしいだろう」と批判していたことで
 す。
 賃金とは労働組合と資本家が対峙して決めるもので、国家が介入するものではない。
 こういうやり方は国家社会主義的ではないか、と批判したのです。
・しかし、政労使三者が顔を突き合わせて合理的な賃金の水準を決めていこうという考え
 方は、突拍子もないものではありません。
 資本主義体制の北欧の国などにも例があるのです。
・だいたい連合だって、政権から「春闘に介入しようか?」などと提案されて反発すると
 いうのは筋違いも甚だしいわけです。
 要するに、労働組合としてまともに機能してこなかったから介入を提案されたわけでし
 ょう。
 反発する前に己を恥じなさいという話です。
・経団連については言うまでもありません。
 日本の経営者の安易な発想、構想力の不在、要するに経営者としての資質の低さによっ
 て、出口なしの停滞が招かれた。
 そこで、政権から「内部留保ばっかり貯め込んで、払うものを払ったらどうだ?」と言
 われてしまった。
 安倍政権もダメだったかもしれないけれど、経団連もダメでしたし、連合もダメでしょ
 うということです。
・安倍氏は労働組合が大嫌いです。
 しかし側近や官僚に、賃上げを実現するためにはそういうことも必要ですと言われ、
 連合にも経団連にもしぶしぶ発破をかけたわけです。
 ところがこれも、結局うまくいきません。
 政府主導の賃上げ圧力も、それこそ日銀を屈服させたときのような迫力は全然なかった。
 ですから、実効性はなかったわけです。
・そもそも中央銀行とは何か、ということが、いま改めて問われているのだと思います。
 日銀は役所ではありませんし、日銀の行員は公務員でもありません。
 ところが一見、役所のように見えます。
 何せ通貨発行権という行政的な権限を持っていて、財務省や政権と頻繁かつ密接な関係
 を持ち、行っていることはあくまで国の政策なのですから。
・その意味で役所的ですから、日銀マンを「日銀官僚」と呼ぶ人もいます。
 日銀の中の人間は、実質的には官僚ではないか、という考え方です。
 一方、いくら日銀が役所のように見えようとも、法的に見れば役所ではないのです。
 日銀は正式には認可法人というものですが、株式会社のような性格も有しています。
 というのも、日銀の株はジャスダック市場に上場されていて、実は買おうと思えば誰で
 も買えるのですから。 
 その意味では、日銀は一銀行にすぎません。
・こうして考えてくると、実にわけがわからなくなってくる。
 日銀は役所でもなければ一般企業でもない、鵺のような存在なのです。
・そして日銀の独立性、中立性は、お経のようにお題目としてよく言われることです。
 日銀は国家から独立しているのだと。
 国家的な機関でもあるのに国家から独立しているという、これまた不思議な話です。
・政府のトップは国民によって選ばれているので、どうしても国民の人気を考えないわけ
 にはいかず、国民の支持を得なければいけない。
 したがって、どうしても人気とりの政策に走ります。
 その最たるものが、国債の無制限発行によるばらまき政策です。
 政治家は、中央銀行が引き受けて輪転機を回せばいいのだから、いくら借金してもいい、
 という政策を行うに違いない。
 だからこそ、中央銀行は国家から独立していなければならないとされます。
・この独立性は、政治的な中立性とも言い換えられます。 
 政権与党は、特定の考え方やら信念やらに基づいた政策を打ちます。
 それに対して、中央銀行は価値判断をしてはいけないのだ、ということです。
 日銀は、政治権力に対して超然たる立場に立って、とりわけ物価の安定性、経済秩序の
 安定性を維持する番人である。
 
・安倍首相が首相就任後に成長戦略として発言していた内容は、かなりネオリベ的です。
 例えば、日本を「世界で一番企業が活躍しやすい国」にするのだ、というものです。
 寒気がするようなスローガンですが、これを本気で追求するなら、いくらでも方法はあ
 ります。
 まず解雇規制を取っ払う。非人道的な働かせ方等を規制している法律を全部無効にする。
 最低賃金も取っ払って、搾取放題、労災が起きたときの補償義務も免除するなどなど。
・日本は先進国の座から滑り落ちています。
 かといって発展途上国という言い方もおかしい。
 これから上がっていく途上にあるとも思えないので、衰退国でしかありません。
・成長戦略としての規制緩和についてはどうでしょうか。  
 「岩盤規制にドリルで穴を開ける」が安倍政権のスローガンでした。
 これもつまりは、企業の活動余地をどんどん自由にしていくべきだという考え方です。
 本当に時代遅れだな、と思います。
 どう考えても、文明の持続のためにも企業、資本の活動をどうやって規制、統制してい
 くかが世界的な課題であることがますます鮮明になっている時代だからです。
・成長戦略として実際試みられた特筆すべきものは、トップセールスだったのではないか
 と思います。 
 新幹線やリニアモーターカーをシステムごと売ろう、といったビジネスです。
 その一環として、日本は原発を売ろうとしました。
 2005年から始まった輸出政策は3.11以降も維持されます。
・原子力ムラの人たちが、原子力業界はどうやって生き残るべきかを考えた末の起死回生
 のロジックは、
 「過酷で深刻な事故を経験して、日本の原発はますます安全安心になったのだ」
 というようなものです。
 ところがやはり、この奇想天外な話を真面目に聞く人は、世界中どこへ行っても見つか
 らないわけです。 
 これは完全に失敗に終わりました。
・それから、武器輸出の解禁も安倍政権下で話題になりました。
 何とかして武器産業をビジネスにできないか、ということです。
 ところが、武器は特殊な商売の世界なので、多様な人脈や外交力など、総合力で売って
 いくものです。 
 簡単に売れるものではないということで、オーストラリアへの潜水艦販売は、あと一歩
 のところまで行きましたが、結局、これもうまくいきませんでした。
 総じて言えば、トップセールスは失敗したということです。
・また、原発のトップセールはとてつもなく時代錯誤でした。
 日本の政界、官界、財界の罪の深さは計り知れません。
 福島の事故をきっかけにして、この10年で世界中が自然エネルギーへとシフトしてい
 て、その技術開発は日進月歩です。
・太陽光や風力で本当にエネルギー需要を賄えるだろうか。
 そんなことはできやしないから、原発が危険でも頼り続けるしかないと10年前は語ら
 れていました。 
 しかし、それはもう過去の話です。
・10〜15年前の日本のメーカーは、太陽電池などでは世界で一流でした。
 そうしたメーカーが世界でトップを争っていましたが、この10年で海外勢にどんどん
 追い抜かれ、かつて上位に位置した日本企業は、今や見る影もありません。
・科学技術大国がなぜこれほどまでに没落したのか。
 要するに、国家の方針の骨子が定まらないからです。
 さすがに日本政府も再生可能エネルギーを増やさなければ、と言っていますが、他方で
 原発を何とか残したい、あるいは増やしたいといった下心が経済産業省と自民党には頑
 固に巣食っています。
 重電メーカーも、国家の政策が向かう方向性と自社の方向性を切り離すことはできない。
 国の考え方が定まっていると確信がなければ、大きな投資はできない。
 この10年間、日本は停滞しているわけです。
・そういうわけで、アベノミクスがうまくいかなかったことで、安倍政権も後半にさしか
 かると、実質的に力点の置き方を転換しました。
 働き方改革や女性の活躍、同一労働同一賃金、最低賃金の引き上げ、地方創生、幼稚園
 保育園の無償化といった、それまでの方向性とは明らかに毛色の違う政策スローガンを
 次々と掲げ始めたのです。
・これらはどちらかというとリベラル派の政党が好むような政策で、これらの政策によっ
 て日本は良くなるのだ、と言い始めました。
 この何やらリベラルっぽく見えなくもない政策群を「アベノリベラリズム」と呼んでみ
 ましょう。 
・つまり、成長も大事だけれど分配も大事だ、もっと言えば「分配なくして成長なしだ」
 という考えです。
 そこには安倍氏の妥協があったのかもしれません。
 そもそも彼は分配が嫌いなのです。
・では、これらアベノリベラリズム政策は功を奏したでしょうか。
 例えば「女性の活躍」を掲げるなら、当然「選択性夫婦別姓を実現したらいい」という
 話になりますが、どういうわけか手を付けません。
 同一労働同一賃金にしても、これは日本の就労構造を根深く浸食している一種の身分性
 (正規と非正規など)を解体しなければ、本当の意味での実現はできません。
 幼稚園保育園の無償化などは良い政策だとは思いますが、少子化対策として見た場合、
 その効果が出るには時間がかかりすぎます。
 そしてそもそも、少子化対策は就職氷河期世代を見捨てた時点で、はっきり言ってもう
 手遅れですし、たったこれだけで出生率など上げるわけがありません。
  
・アベノミクスがうまくいかなかったのは、安倍政権だけのせいではありません。
 経団連や連合にもビジョンなど何もないわけです。
 それで安倍政権から「こうしろ」と言われ、仕方なく乗っかってみたけれど、やはりう
 まくいかなかった。
・こういった経緯を経て、現在盛んに主張されているのは、日本経済が衰退したのは労働
 生産性が低いからだという話です。
 なぜ生産性が上がらないのかと言えば、それは日本人に主体性がないからだ、自由な発
 想がないからだ、日本には封建制がいまだにはびこっているからだ、云々。
 どこかで聞いたような話です。
・そして安倍政権が終わってから2年半ほど経った今、日本経済にはスタグフレーション
 の足音がヒタヒタと迫っています。
 それは、世界的な資源高、物価上昇の影響を受けたものですが、もう一つの要因は円安
 です。 
 購買力で見た場合、円安と長期のデフレによって、日本円の購買力は1970年代のそ
 れに低落したという報道が話題になっています。
 そこへもってきてウクライナ紛争ですから、ますます物価が上がりそうです。
・そうした中で、アベノミクスが実現したことの要点は何であったのかが表面化してきて
 いるのでしょう。 
 要するにそれは、為替操作、円安誘導だったわけです。
 そして財界はそれを歓迎した。
 確かに、完成品を輸出している大企業は円安の恩恵を被るでしょう。
 他方、そうした大企業の下請け企業は、原料を輸入せねばならず、円安に苦しみます。
・円安によって、中小企業の犠牲のもとに大企業を優遇し、さらに日本の労働者の賃金を
 実質的に下げ、「成長のエンジン」と称したのがアベノミクスだった。
・つまりは、華々しいスローガンを掲げて、いかにも新しいことを導入するような素振り
 をしながら、実態は、総じて既得権益層(大企業)を優遇していたにすぎなかった。
   
2012年体制の外交・安全保障T
(戦後史から位置づける)
・安倍晋三氏の一枚看板は、やはり「戦後レジームからの脱却」というスローガンです。
 このスローガンは、短命に終わった第一次政権のときに盛んに言われました。
 しかし大多数の国民にとっては、「戦後レジーム」と言われても、「何それ?」と思っ
 たり興味がなかったりして、受けが悪く警戒もされました。
 そのため、第二次政権では封印したところがあります。
・ただし安倍氏の政治家キャリア全般から見れば、このスローガンの彼にとっての重要性
 は明らかです。
・安倍氏は一体、戦後レジームをどう捉えているのでしょうか。
 これが謎です。
 何せポツダム宣言をつまびらやかに読んでいないとおっしゃるので、戦後レジームとは
 何かに関して、彼の頭の中で整理された答えがあるとは到底思えません。
・元外交官の「孫崎亭」氏は「戦後史の正体」の著書のなかで、戦後の歴代総理を「対米
 従属派」と「自立派」に分類しています。
 完全な対米屈服、喜んで従属したような総理大臣は、アメリカの覚えが目出度いため政
 権が安定し、長期政権化するということです。
 それに対し、腹に一物を持ち、自民党といえども自立したいという志を持った首相は、
 アメリカから嫌われる。
 だから、アメリカからさまざまな嫌がらせや陰謀などの工作を仕掛けられて短命に終わ
 る、という具合に分類しています。
・構図としてはわかりやすいのですが、果たして本当だろうか、と思います。
 従属派と自立派という二分類は、あまりに単純にしすぎやしまいか。 
 政治家によって、どちらかといえば自立を志向する意思がある、あるいはそれが見えな
 い、といった傾向の強弱はあります。
 とはいえ、それはグラデーションをなしているので、この人は従属「グループ、あの人
 は自立グループと、クリアカットに分けられるものではないのように思います。
 一人の政治家の中で、時期によって立場が変遷することもしばしば見受けられます。
・戦後日本の保守政治、親米保守政治のやろうとしていたことは、理念的には「対米従属
 を通じた対米自立」であったはずです。
 現実には全然そう見えなかったとしても、少なくとも理念的にはそうでなければならな
 かったはずです。
・つまり、東西対立という大きな構造が存在するなか、対米従属はほぼ運命づけられてい
 た。
 そのおおもとに日米安保体制があって、軍事的に従属させられています。
 ですが、その、させられているという所与の条件を活用することで、日本は国力を蓄え
 た。
 何のために蓄えるのかといえば、それはもちろん独立国たらんとするため以外にはあり
 得ない。
 つまりそれは、最終的には対米自立を意味するはずです。
 ではどうやって対米自立をするかというと、それは対米従属を通じてだ、ということに
 なります。
・逆説に満ち、矛盾があるので、その反映として、
 「日本の対米従属とは本当のところ何なの?」
 「日本は対米従属をさせられているのか?それとも自発的にしているのか?」
 という問題が出てきます。
・最初は敗戦占領で対米従属が始まるのですから、間違いなく「させられている」ところ
 から始まります。 
 しかし東西対立の下、戦後復興と国の再建、さらには経済大国への発展まで、日本はう
 まく利用しました。
・すると、おかしな言い方ですが、この従属に主体性が出ています。
 従属させられているのではなく、自ら進んで、自己利益のために従属しているのだ、と
 いう話になってくる。

・国体の構造は、戦前は天皇が中心、戦後はアメリカが中心です。
 そのシステムは三つの段階を踏んできた。
 形成され、絶頂を迎え、そして衰退、崩壊へ向かう。
・第一段階は国体システムの形成期で、人的には対米従属レジームの第一世代に当たりま
 す。 
 この第一段階は、敗戦からおおよそ1970年代初頭までの長い期間です。
・誰が戦後日本の基本線を引いたかという観点から順当に考えれば、代表者になり得るの
 は、「吉田茂」、「岸信介」でしょう。
・日本の親米保守を分類する際、よく保守本流と保守傍流という言い方をします。
 保守本流は、いわゆる吉田茂と吉田スクール(吉田学校)の人たちです。
 この流れに属する首相経験者としては、岸の後に綜理大臣になる池田勇人や、岸の実弟
 である佐藤栄作がいます。
・田中角栄はそのキャリアが官僚出身者中心の吉田スクールとはまったく異なるものの、
 対外政策がハト派的で、改憲にあまり興味がないという観点からして、どちらかという
 と保守本流です。
・今の自民党の中で言うと、岸田文雄首相の所属する「宏池会」系が、保守本流です。
・保守本流は経済を重視します。
 イデオロギー的な主張はあまりせず、吉田茂の吉田ドクトリンに忠実です。
・吉田ドクトリンとは、平和憲法を持つのだからできるだけ軍事から遠ざかりたい、とい
 う立場です。  
・これに対して、保守傍流は「岸信介」によって代表されます。
 岸は、金儲けさえうまくできればいいという、吉田茂的な保守本流は堕落した考え方だ、
 一国の独立という理念を閑却している、と考えます。
 そして、軍事を否定している戦後の憲法は、真の独立を得るためには欠陥があるという
 考え方から、改憲の立場をとります。
 岸に代表される潮流は、国権主義的、右翼的だと言われ、自民党の中で主流になること
 は少なかった。
・岸の後、福田赳夫など一応保守傍流のほうに数えられました。
 また中曽根康弘も派閥的には保守本流でなく、国権主義的な傾向もあったので、どちら
 かというと傍流に数えられます。
 ただし、中曽根政権の頃は田中派が実質的な支配力を持っていました。
 この保守傍流が、いまの「清和会」の流れに続いています。
・実は、ある時期から自民党では傍流と本流が入れ替わっています。
 小泉純一郎も、その前の森喜朗も清和会出身の総理です。
 森氏がボロボロになる形で退陣し、小泉氏が総理大臣になりました。
 その後首相になった安倍晋三、福田康夫も清和会です。
 清和会は今は安倍氏が会長になっていますが、自民党内の最大派閥ですから、いつの間
 にか保守傍流とはいえなくなっているのです。 
・しかし、本流と傍流はそこまで違うものなのでしょうか。
 本質において違わない、言い換えれば、吉田茂と岸信介はさほど変わらない、というの
 が私の見方です。
・よく吉田は護憲派だった、岸は改憲派だった、と捉えられますが、それは違います。
 そのように見てしまうと、あたかも吉田茂は心の底から戦後憲法に価値を見出し、それ
 を決して変えてはならないと考えていたかのようです。それは全然違うのですから。
・最終的には再軍備も必要だが、しかし今ではない、というのが吉田の本心です。 
 つまり、吉田も究極的には改憲派ですが、テンポやスピード、タイミングの問題だ、と
 考えていた。
・この世代では、ある種の屈託を抱え込まざるを得ません。
 戦後はアメリカに従わざるをえず、アメリカに取り入ることさえして出世を果たしてい
 るという状況がもたらす屈託です。
・この屈託ある生き方の顕著だった人が、東条英機内閣の閣僚であり、戦後にA級戦犯と
 して獄につながれたこともあった岸信介です。
・岸は、あの戦争について単に殴り合いで負けたにすぎず、自分たちが道義的に間違って
 いたなどとは思っていないのですが、現実には、アメリカの反共戦略へ積極的に、自ら
 主体的に取り込まれました。
 なぜなら、東西対立が先鋭化し、アメリカの反共戦略が強まっていく流れ、すなわち逆
 コースでこそ岸は首尾よく再浮上することができたのです。
・仮に東西対立構造が成立しなかったならば、GHQによる民主化・脱軍国主義化はより
 徹底されて、岸のようにあの戦争に対して大きな責任のある人々が復権を許されること
 はなかったでしょう。
 つまりは、岸のような人にとっては復権するためには、アメリカの冷戦戦略に積極的に
 加担するほかなかったのです。
 したがって、この人たちが活躍すればするほど、対米従属の構造は深化し、固定化され
 てゆくことになりました。
・岸政権期で最も重大な出来事は60年安保です。
 安保協約の改定において、岸はこれによって日米関係は対等になると言いましたが、
 その内実は徐々に検証された事実からわかるように、到底対等とはいいがたいものでし
 た。
 日米対等を演出したにすぎなかったのです。
・60年安保の結果として、対米従属の構造は完全に打ち固められ、かつ同時に、あれだ
 けの強力な反対運動が展開されたことから、岸が本来志向していた憲法改正は棚上げと
 なりました。 
・岸が目指した改憲による国家の自立性の回復の代わりに、経済力に特化した発展、言い
 換えれば、本来は自立のための潜在力となるはずの力の発展がもたらされることになり
 ました。
・こうして世界有数の経済力を持ちながら、属国的な状況から脱しようとする意欲は薄い
 という状況が、対米従属第一世代の政治家たちが結果としてつくりだした状況であった
 のでした。

・戦後の国体の形成期を代表する存在が吉田と岸だったとすれば、その状態が最盛期に達
 したのは1980年代、ジャパン・アズ・ナンバーワンの時代であり、その大代表は、
 中曽根康弘だったと思います。
・中曽根と言えば、ロン=ヤス関係です。
 当時のアメリカ大統領ロナルド・レーガンが来日した際に、中曽根は、東京の八王子の
 すぐ北に「日の出山荘」という古民家のような別荘を持っていて、そこにレーガン大統
 領夫妻をお招きし、お茶を点てたりしてもてなしました。
 レーガンは「おお、これが侘び寂びか」と感動したと言われますが、本当かどうかはよ
 くわかりません。
・米大統領夫妻を喜ばせて、中曽根もご満悦というわけですが、そこに忸怩たる思いはな
 いのですか、と私は中曽根に問いたくなります。
 もちろん、外交儀礼として、また国益のために、友好国の首脳との良好な関係をアピー
 ルしたり演出したりすることに、それなりの必要性はあるでしょう。
 しかし、そこに何か過剰なものが透けて見えるとき、何か不健全で卑屈なものが存在す
 ることを感じずにはいられません。
・アメリカからの自立の夢を語る代わりに、現実の中曽根は、日本をアメリカにとっての
 「不沈空母にする」と発言したこともありました。
・アメリカが経済的に衰退していく過程で、アメリカが為替操作をさせろと言ってきたが、
 「プラザ合意」ですが、それを呑んだのも中曽根です。
 急激な円高をもたらしたプラザ合意が結局、後のバブル経済とバブル崩壊、日本の長期
 的停滞に結びついたという有力な議論もあります。
 プラザ合意は、経済的な敗戦を意味したと言ってもいいわけです。
・中曽根にとって最も重要な理念であったはずの対米自立は、はっきり「挫折した」と言
 っていいでしょう。
 さらには、対米従属が日本にとって得になるという構造そのものを、中曽根は結果的に
 全部壊しました。
・もともと反共主義的傾向が強かったレーバンは、平和共存転換して、冷戦激化戦略をと
 りました。 
 「スターウォーズ計画」により軍拡競争をもう一度始めました。
・ソ連側は、これによってさらに追い詰められ、新しい指導者「ミハイル・ゴルバチョフ
 の下で改革の試みが進められますが、体制に蓄積した矛盾はあまりに重く、レーガン政
 権の任期満了退陣の直後、ついにソ連は崩壊しました。
・アメリカはソ連に対するプレッシャーを強めたわけですが、しかしアメリカ経済も双子
 の赤字に苦しんでいて、実はガタガタでした。
 スターウォーズ計画に使うお金など、一体どこにあったのでしょうか。
 それは大量の米国購入によって日本が貸してあげたのです。
 つまり、東西対立があってこそ、日本はおいしい立ち位置にいられたのに、自ら進んで
 それを手放したことになります。
 国際政治的な次元で見れば、自分たちに利する構造を、わざわざ自分の金を払って壊し
 たのです。
・国内政治はどうでしょうか。
 長期的に見て、中曽根は五五体制を崩壊させた張本だと言っていいでしょう。
 確かに五五体制を最終的に崩壊したのは、選挙制度改革の結果である小選挙区制です。
 ただ、それを機に日本社会党が急激に没落したことに目を凝らしてみましょう。
・五五体制崩壊後に目指すべき体制は、保革二大政党制ではなく保守二大政党制であると
 されました。 
 とはいえ、保守二大政党制などまともに成立しないため、迷走的な状況が続いて現在に
 至ります。
・問題は、二大政党制にするにしても、なぜ保革二大政党制にならなかったのかというと、
 社会党があまりにも弱体化してからです。
・社会党弱体化の原因は、中曽根政権の国鉄潰しにあります。
 国鉄潰しは国労潰しであり、それは社会党の最大の基盤を破壊することとイコールでし
 た。 
・国鉄民営化は、民営化そのものより国労潰しが主要目的であったことを、中曽根本人が
 後にはっきり証言しています。
・重要なのは、このように革新勢力が潰れるということは、同時に、対米交渉カードが失
 われたことを意味することです。
 なぜなら、アメリカの世界戦略に反対する日本国内の勢力はいないも同然となるからで
 す。  
・五五体制には代理戦争的なところがあった、とよく言われます。
 自民党のライバルである、社会党を中心とする革新勢力は、基本姿勢は反米でした。
 それを潰してしまったら、日本国内に、組織的な実体を持った反米政治勢力はないも同
 然になります。
 それは、アメリカに対する最も強力な交渉カードがなくなることを意味するのです。
 こうして、中曽根は挫折というより自滅と言うべきかもしれない形で、対米従属の構造
 を強化していくことになります。
・そして、東西対立の終焉は、社会党の没落をもたらしただけでなく、実は、自民党の空
 洞化をもたらしました。 
・元々の自民党は、保守本流から傍流まで、ハト派からタカ派まで、社民主義的な者から
 リバタリアン的な者まで、きわめて雑多な志向を持つ集団でした。
 このよく言えば多様な、悪く言えばバラバラな集団を一つにまとめあげていたのは、反
 共主義でした。
 そして、その反共主義が意味をなさなくなってしまった。
 つまり、実は、ソ連崩壊によって自民党は内的原理を失ってしまったのです。
・このようにして、「対米従属を通じた対米自立」を実現するために蓄えられたはずの潜
 在力が、結局は活かされないまま、対米従属の合理性を支えた最大の根拠が、東西対立
 の終焉によって消滅します。
・そのときどうするかは一切想定されていなかった。
 なぜなら、「対米従属を通じた対米自立」は、いつの間にかその後半部が忘却されて、
 「対米従属を続けるための対米従属」になってしまっていたからです。
 そうなると、その後は迷走するしかなくなります。
 これが戦後の国体の第三期=崩壊期であり、その時代を担う第三世代を代表するのが、
 安倍晋三氏です。
・自己目的化した対米従属という欺瞞、茶番、しかし戦後の全期間にわたって打ち固めら
 れてきた権力の構造に乗っかって権力者の地位を与えられた面々に、自らこの構造を壊
 すことはできない。
・いつの日か自立が実現されることを想定していればこそ、対米従属も戦略として肯定で
 きたわけですが、それができなくなった。
 そのとき、ここに残るのは、純粋な権力保持の欲望のみです。
 内的原理も正当性もない、ただひたすら既成の権力の構造を維持して、それによって自
 分の地位・権力・権利を保全したい。
 そのためには手段を選ばない。
 東西対立の終焉以降の状況で、自民党は純粋権力党の性格を色濃くしていきました。
 
2012年体制の外交・安全保障U
(「冷戦秩序」幻想は崩壊した)
・ソ連崩壊以降は、アメリカとつながる意味や、アメリカの支配を受け入れる目的がよく
 わからなくなっていきました。
 わからないゆえに、それを自己目的化して追求する状況が現在まで続いています。
 安倍政権と、それを受け継いだ菅政権・岸田政権のいわゆる2012タイセイは、その
 最終形態的な局面だと思います。
・日本の政権が断固として、どのような反対をも押し切って行う政策はなにかと思い調べ
 ていくと、何のことはない、アメリカがそうしろと言っている政策である場合が多いこ
 とに気づきます。
 以前からそうだったと言えばそうですが、露骨になってきたのが安倍政権期です。
・例えば、2012年8月に公表された第三次アーミテージ・レポートは、その典型です。
 3.11の際に「トモダチ作戦」がいかに大きな役割を果たしたかが強調され、平時に
 おいても戦時においても米軍と自衛隊が全面的な協力体制を敷くべきことが提言されて
 います。  
・アーミテージ・レポートにはさまざまなことが書いてありますが、集団的自衛権の行使
 を容認しろと強く迫っている個所は、中でも有名なものであり、実際に安倍政権はそれ
 を実行に移していくわけです。
・日本はアメリカが要求してくる事項にひたすら合わせているだけではないのか、と思え
 てきます。ただ恐らくは、その見方は単純にすぎます。
 はたして、このアーミテージ・レポートの本質は何か。
 アメリカのジャパン・ハンドラーと呼ばれる人たち(アーミテージ氏などが代表的)の
 本音だ、というのが最も素直な解釈です。
・新外交イニシアティブを主催する「猿田佐世」氏が、「ワシントン拡声器」という言葉
 で説明しています。
 日本の支配層が自ら影響力を維持、強化するために提言を発信するとき、自分たちで言
 うよりアメリカに言わせたほうがより有効に力を発揮できるメカニズムがある。
 それが「ワシントン拡声器」だと。
・アーミテージ・レポートなどの提言を出す財団やシンクタンクの経営主体を調べてみる
 と、最大の出資者は日本政府、あるいは日本企業だったりするという。
 だから、日本のしていることをごく単純に言えば、アメリカに一生懸命お金を貢いで命
 令してもらっている、ということです。
・アーミテージ・レポートのような提言に、日本との窓口になっている米国サイドの言い
 たいことが盛り込まれているのは確かですが、同時に日本側からの入れ知恵あるいは目
 論見が含まれているのも間違いないでしょう。
・つまり、日本の支配エリートが「集団的自衛権の行使はできて当たり前だ」と言った内
 容を正面切って言えないために、アメリカに言ってもらうような構図があるのです。
 こうなると、アメリカが日本を使っているのか、日本がアメリカを使っているのか、単
 純に言うことはできなくなります。
 ただ日本が、アメリカを使っていると言っても、日本の特定の勢力が使っているという
 だけで、それが日本国民の利益になっているかどうかは別問題です。
   
・トランプ政権をいい政権だったとは決して思いません。
 しかし唯一の功績があるとすれば、朝鮮半島問題の本質が何かについて、世の中に気づ
 かせたことだと思います。
 すなわち、北朝鮮の核開発の問題を根本的に解決するためには何をしなければならない
 かと言えば、朝鮮戦争を終わらせないとダメだということです。
 朝鮮戦争が休戦状態になって70年ほどが経っています。
 現在ドンパチをせず凍結されているだけで、国際法的には戦争は続いています。
・貧しいのに軍事に大金を使うのも、拉致問題を引き起こしたのも、個人崇拝体制も、北
 朝鮮を異様な国家に見せます。 
 これらはすべて、戦争が継続中だという事実に淵源します。
 韓国、アメリカ、日本という軍事的には圧倒的に優勢な国々に包囲されたまま戦争が続
 いているからこそ、生き残るために、総毛を逆立たせたハリネズミのようになるわけで
 す。
 核武装を含めた異様な行動はすべて、根本的にはこうした姿勢から出てきた。
 ですから、朝鮮戦争を終結させなければ、根本的な解決はもたらされないはずです。
・トランプ氏と金正恩氏の交渉で出てきたのが、朝鮮戦争終結宣言の可能性でした。
 残念ながら実現はしていませんが、実現すれば、これは画期的です。
 朝鮮戦争の当事者であるアメリカは、戦争が終結すれば北朝鮮と講和を結び、国同士の
 関係を持つでしょうし、日本も同様だからです。
 終結さえ実現すれば、多くの国々が北朝鮮と通常の付き合いを始め、一種の開国のよう
 なことが起こるのです。 
・北朝鮮も経済発展のために、本当はそうしたいわけです。
 金正恩氏がトップになって以降、北朝鮮では「先軍政治」から「並進路線」への転換が
 図られました。
 先軍政治とは軍事がすべてに優越するという方針ですが、軍事と同じぐらい経済発展が
 大事だという方針が「並進路線」です。
・これまで採られた極端な方針を考慮に入れると、本音がどこにあるのかは明らかだと思
 います。 
 貧しいのに軍事に大金をつぎ込むのは、できればやめたいわけです。
 平和が保障された状況での経済発展を本音では望んでいるといえる。
・朝鮮戦争が終結すれば、朝鮮半島の情勢は劇的に転換するでしょう。
 当然、そうした転換が起こった場合、北朝鮮が体制危機に陥る可能性もあり、現・北朝
 鮮指導部はその予想もしているはずです。
・朝鮮戦争終結後の朝鮮半島が中長期的にどうなるかは非常に複雑な問題ですが、ともか
 く戦争終結は、北朝鮮と朝鮮半島の状況を一変させる起爆剤になるのです。
・では朝鮮半島終結の可能性が語られ始めたとき、日本はどう振る舞ったのでしょうか。
 驚くべきものだったなと思います。
 まず、トランプ大統領と金正恩総書記が罵り合っている状況の下、世界中が「物騒なこ
 とを言っているぞ。これはまずい」と危惧しました。
 世界各国が「冷静になってほしい」というメッセージを発していたときに、日本の安倍
 首相だけが「北朝鮮には異次元の圧力が必要」と言いました。
 「北朝鮮と国交のある国は、さらなる圧力をかけるために断交しなさい」と。
・あの状況で「さらなる圧力を」という言葉は何を意味したでしょうか。
 当時、金正恩斬首作戦など、アメリカの軍事行動の可能性も具体的に語られました。
 ですからそれは、朝鮮戦争を再開してしまってもいいというメッセージだったと私は思
 います。 
・安倍氏は大いに焚きつけたのですが、突然、「俺は、元々やる気はなかったんだ」とト
 ランプ氏から梯子を外されました。
・トランプ氏が北朝鮮と直接交渉をすると言ったときも、もちろん安倍氏に相談したわけ
 ではありません。 
 ただ、その間もずっと日本は「朝鮮戦争終結宣言など絶対に出さないでください」と、
 アメリカに一生懸命水面下で働きかけていたわけです。
・それにしても、この日本政府の行動と、それに対する日本社会の反応には二重に驚かさ
 れます。 
 まずはその非人道性、いま戦闘が止まっているとはいえ、70年にもわたって戦時が続
 いているという状況に終止符が打たれるべきことは論を俟たないのではないでしょうか。
 その終結に協力しないばかりか、積極的に反対するという行為の非人道性は、どれほど
 強調してもし足りないと私は思います。
・そして、二重に驚かされるというのは、日本社会のほとんど誰も、この非人道性に対す
 る批判の声を上げないことです。 
 私の知る限り、日本は朝鮮戦争終結に向けて協力すべきだと論じたメディアは、沖縄の
 新聞だけでした。
 平和国家という二本の建て前の内実は、ここまで崩れていることを思い知らされました。

・トランプ氏のような危険な人物は、媚を打っておいて善良なる子分を演出する、つまり
 ある意味で「手なずける」必要があります。
 こうして、日本はトランプ氏との蜜月を演出しました。
・安倍氏のトランプ氏への媚の売り方は、やはりすごかったと思います。
 ともかく安倍政権としては、武器を買いまくるなどしてご機嫌を取るしかなかったわけ
 です。  
・安倍政権前期の外交方針は、比較的シンプルでした。
 対米従属を強化してアメリカとの絆を強めることによって、台頭する中国を抑えよう、
 という考え方です。
 その政策的表れが、集団的自衛権の行使容認であり、TPPの推進だったわけです。
・この新しい方向性を、安倍氏は「積極的平和主義」とも呼びました。
 ところで「積極的平和主義」とは何なのでしょうか。
 これは暗に、それ以前の日本の平和主義は消極的だ、と言っています。
 その消極路線を積極路線に転化するのだと。
 これは、その内実を見ると、戦争への姿勢、あるいは安全保障の根本的な在り方につい
 て「積極的」になろうと言っているの等しいのです。
・自国の安全を守る時に、積極的方法と消極的方法があり、消極的方法とはなるべく戦争
 から身を遠ざける、とにかく戦争しない、戦争に関わらないという姿勢です。
 それに対して積極的方法とは、それこそ敵を積極的に名指しし、敵の脅威を除去、ある
 いは無力化し、自国の安全を守る姿勢です。
 従って、戦争をも辞さないという姿勢が、積極的な安全保障になります。
・集団的自衛権行使の容認とは、アメリカ軍の用兵と日本の軍事力を限りなく一体化させ
 てゆくことを意味します。 
 もし本当に一体化するならば、アメリカの安全保障の方針に日本も合わせなければいけ
 なくなるでしょう。
 すなわち、方針を「消極的」から「積極的」へと転換しなければならなくなるわけです。
・そのため安倍首相は、集団的自衛権の行使容認を決めたときに、大変な二枚舌を使いま
 した。 
 国内に対しては「これまでと基本的には何も変わらないんですよ」とアピールしたので
 す。
 一方外遊に出て、例えば中国包囲網を一緒につくろうと話をつけたオーストラリアに行
 くと、「日本の姿勢はドラスティックに変わったんだ。期待してくれ」とアピールしま
 した。
・集団的自衛権の行使容認とは憲法解釈の原則的な変更、つまり事実上の改憲を意味しま
 すから、やはり重大事です。
 この集団的自衛権の行使容認を決めた後の安倍氏に「さし」で会った時、「次は憲法か」
 と「田原総一郎」氏が聞いたところ、安倍氏は「憲法改正をする必要はなくなった」と
 言ったというのです。
 これはなかなか衝撃的な発言です。
・確かに、安倍氏の言うとおりなのです。
 つまり、改憲して軍事力の行使を可能にしようと言っても、日米安保体制を前提にして
 いる限り、その軍事力の行使は何らの独立性も持ちません。
 日米安保体制には指揮権密約があり、有事においては米軍が主体となって、日本はそれ
 と共同して何かをする、ということにしかならないでしょう。
 集団的自衛権の行使として共同の軍事行動をとる場合、その指揮権が究極的にどこにあ
 るかと言えば、圧倒的にアメリカです。
 自衛隊は事実上、米軍の一部隊となって運用されるほかないでしょう。
・日米安保の本質がしのようなものだとすれば、憲法を改正し、いわば堂々と軍事力を持
 ったところで日本の側の主体性はまったく増しません。
 自主性を発揮できないのだと言って憲法を改正し、フルスペックの攻守同盟へと日米安
 保を変えると、アメリカの軍事戦略により一層深く取り込まれることになってかえって
 自主性を失うことになる。  
・そして、集団的自衛権の行使が容認されて自衛隊が米軍と一緒に行動することが原則的
 に公認されたのであれば、憲法的な制約が根本のところで取り払われたことを意味しま
 す。

・外交の多角化の方針が最も色濃く表れたのは、対露外交、対露交渉であったでしょう。
 主眼はもちろん、北方領土問題の解決と平和条約の締結にあります。
・これは日本外交が対米従属一辺倒ではなくなってきたことを意味するように見えました。
 米露の関係はかなり緊張しており、日本はそのアメリカが嫌がるロシアと仲良くしよう
 というのですから。
 しかし結論から言えば、この交渉は結局、迷走に終わりました。
・まず、2016年5月に、安倍首相がソチを訪問し、当時クリミア合併問題で国際的孤
 立を深めていくロシアに、日本が手を差しのべた形になりました。
・ともかくも、プーチン大統領の目には「日本は自主外交をやる気になったのか」と見え
 たかもしれません。   
 確かに、それまで15年ほど日本の対露外交に目立った動きはなく、ほとんど放置状態
 のようなありさまであったわけで、何か新しいことを腰を据えてやる気になったかのよ
 うに国内外で受け取られたわけです。
・15年ほどの間に外務省が何をしていたのかは謎です。
 何もしていなかったとしか思えません。
 おそらく外務省の本音は、外交の多角化に反対なのでしょう。
 そこで安倍氏は、対露交渉を外務省主導ではなく官邸官僚(経産省)主導に転換し、
 北方四島での経済協力を積極的に推進してゆきます。
・経産省を代表したのが、有名な「今井尚哉」氏です・
 彼が安倍首相の側近中の側近となり、頻繁に名前が取り沙汰されるようになりました。
・この間に、どの時点でなのかははっきりとしませんが、安倍氏は四島返還から二島返還
 へと方針を転換したと見られます。
・端的に言って、ポツダム宣言やサンフランシスコ講和条約、日ソ共同宣言といった、日
 本がサインした歴史上の外交文書の内容を確認すれば、四島返還を拒むロシアの主張は
 別に無理筋な話ではなく、むしろ四島を全部返せ、と言っている日本のほうが無理筋と
 言わざるを得ない。
 ゆえに、領土問題の交渉はここまで延々と堂々巡りを続けてきたわけです。
・ともあれ、安倍政権の下で四島返還という方針を実質的に放棄したのですから、大きな
 方針転換をしたわけです。
 このことが明るみに出たのは2018年11月のことでしたが、世論の強い反発は生じ
 ませんでした。 
 これが20年という時の流れの重みなのかと私は隔世の感を抱きました。
・それまでの対露交渉が無に帰してしまった根本的な理由は、四島返還以外に解決はあり
 得ないと言う、日本政府が長年流布し続けた対露プロパガンダが効きすぎたことです。
・この方針転換によって、北方領土問題の解決と、それを解決した上での日露平和条約締
 結の現実味が、かなり出てくるはずでした。
 ところが、うまくいきませんでした。
 なぜでしょうか。
 プーチン氏の対日不信を拭い去ることができなかったからだと私は見ています。
・2016年12月にプーチン氏が来日「しましたが、来日の直前と来日時に行われた記
 者会見において、プーチン氏はかなり率直に自らの見解を公にしました。
 その内容から察するに、彼の考えは次のようなものです。
 「日本はロシアと友好関係を持とうとしていると言う。両国関係をもっと発展させたい
 と言う。それならば、これまでひたすらアメリカに追従してきた日本の姿勢を改めるこ
 ともできるんですか」
 「もちろん日米安保体制があり、それを簡単に廃棄できるものでないことは知っている
 けれども、日米安保体制の枠内でも日本は独立国としての意思を持つと言えるのですか。
 我が国ともっと緊密な関係を結ぼうとすれば、アメリカはそれを嫌がりますよ。アメリ
 カが嫌がることも、独立国だから追求するのだ、という姿勢はあるのですか」
・プーチン氏は、日本に主体性はあるのか、という究極的な問いを投げかけたのです。
 このようにプーチンは問いかけたわけですが、それに対して日本が与えたのは、はっき
 り言ってゼロ回答でした。
・プーチン訪日直前に、「谷内正太郎」氏がモスクワを訪れ、プーチン側近のニコライ・
 パトルシェフ安全保障会議書記と会談した際において、パトルシェフ氏は、
 「二島(歯舞・色丹)を返還したらそこに米軍の基地が置かれる可能性はあるのか」
 と問いかけられました。
 これに対して谷内氏は「可能性はある」と返答しました。
・思うに、パトルシェフ氏の問いかけは、文字通りのものではない。
 なぜなら、対露脅威を見据えて米軍基地を新設するというのならば、北海道につくるこ
 ともできるはずです。
 だから、この問いは、
 「日本には対米従属を脱するどれほどの意思があるのか」
 を探るものだったのだろう、と私は推量します。
・それに対する谷内氏の答えは、「その意思はない」というものだった。
 ここでプーチン氏はおそらく「ダメだな、これは。真面目に話しても時間の無駄だ」
 という結論に達したと見られます。
・このやり取りが明るみに出た後、安倍氏は谷内発言を実質的に打ち消すべくロシア側に
 米軍基地が置かれることはないとのメッセージを送りますが、ロシアの対日姿勢は強硬
 さが目立つようになり、2020年7月にはロシアは憲法を改正し、領土割譲を禁止す
 るという条項を掲げるに至りました。
・それにしても、プーチン氏と安倍氏はあれだけ何度も会談したのに、最終的には何の結
 果も出せなかった。
 そして節目節目で、安倍氏の「決意」「意欲」が繰り返し表明されましたが、その言葉
 遣いには異様に情緒的なものがありました。
・他国の国家元首とファースト・ネームで呼び合ったからといって国益を譲ってやろうな
 どと考える政治家は世界のどこにもいません。
 そのくらいのことは安倍氏もさすがに理解しているのでしょうが、にもかかわらずそれ
 を止めなかったのは、米大統領との個人的な関係をアピールすることが国内向けにポイ
 ント稼ぎになるという習慣を、惰性的に対露関係にも当てはめたためでしょう。
・結局のところ、対米従属一辺倒の方針を転換しようという確たる覚悟もないまま、相手
 に手の内を見透かされ、これまで対米外交の場面で用いてきた演出手段を節操なく使っ
 て、「やっている感」を醸し出してみたということにすぎませんでした。
 果たしてこれを外交と呼ぶに値するのか、疑問と言うほかありません。
・そして今、ロシアによるウクライナ侵攻が発生し、世界を驚愕させています。
 プーチン大統領の決断は世界の多くの人々を唖然とさせており、その真意を測りかねて
 います。 
 プーチン氏と27回も会談し、ファースト・ネームで呼び合う仲だという日本の元首相
 に対して、プーチン氏を説得する力があるのではないかと期待する声は、日本国内から
 さえもほとんどあがりません。
 それは当然のことでしょう。
 核戦争の危機すら取沙汰されている今は、冗談を言っている時ではないからです。

・アジア地域の問題を考えると、ウイグルや香港よりも難しい最大の懸案が台湾問題です。
 米中対立がさまざまな面で緊張の度合いを高めるなかで、アメリカの台湾への関与が強
 められ、もちろん中国はそれに反発し、台湾有事の可能性が頻繁に語られるようになっ
 てきました。
・中国は各国に対し、こう言っています。
 「『一つの中国』という原則を、国交を開く時にあなた方は認めましたよね。つまり、
 台湾にある中華民国と自称している国は、国ではないと認めたということだよね」
・これは確かに正論です。
 日本を含めた国際社会は、一応この正論に同意しつつ、事実上は台湾を一つの国として
 認めるという二枚舌で、この問題に対処してきました。
・中国が実力をつけてきたことを背景に主張したいのは、文字通りに「一つの中国」を実
 行しろ、「一つの中国」の原則を言行一致させる、ということです。
・日本は、政治的には、アメリカとの関係が依然強く重要視されているので、台湾問題に
 ついても対米追従をした。
 他方で、経済では中国によって生命線を握られているという、深刻な股裂き状態があり
 ます。
・アメリカは対中包囲網をつくろうという姿勢を鮮明に見せていますが、日本は逡巡して
 いる。はっきり言えば、困っている。
・そしてこの間の過程で、安倍晋三氏が露呈したとてつもない無責任さは驚くべきもので
 した。
 コロナ禍がなければ、安倍政権は国賓として習近平氏をおもてなしするはずだった。
 コロナ禍への対処によって台湾が存在感を示す一方で、米中対立は深まって台湾有事の
 可能性が以前よりも現実味を増していると声高に語られるようになりました。
 そうなったら彼は何を言い出したか。
 今や一つ子分となった「高市早苗」氏とともに台湾有事の危機を喧伝して、中国敵視を
 強めるよう岸田政権に圧力をかけ始めました。
 その口ぶりを聞いていると、中国はならず者の軍国主義国家だとの認識を安倍氏が持っ
 ているのだろうと感じさせられるわけですが、そうであるならば、習近平氏が来たとき
 に一体どんな口調で何を話すつもりだったのか、理解に苦しみます。
・さらには、岸田政権で外務大臣に就任した「林芳正」氏は、安倍支持層から「親中派、
 媚中派」という噂を立てられていますが、林氏は安倍氏にとって同級(山口県)の手強
 いライバル政治家であるという背景があります。
・こうして政治手法はきわめて危険な火遊びです。
 中国に独自のコネクションやパイプを持ってるだけで、あたかも中国の国益に代弁者で
 あるかのように見られるようになれば、嫌疑をかけられた者はそのつながりを断ち切ら
 ざるを得なくなります。  
 こうして相手の真意や動きを掴んだり、逆にこちら側の意図を伝える回路がなくなって
 くる。
・国家間の緊張が高まれば高まるほど、無益な衝突を避けるためには長年の関係に基づい
 た、多くの場合非公式の意思疎通回路が重要になります。
 それを自分の権力基盤を維持するという利己的きわまる動機のために壊そうとしている
 のが、安倍晋三氏です。
 
・朝鮮半島問題への対応を通じて明らかになったのは、日本が東アジアの冷戦構造に固執
 している、ということでした。
 対米従属が自己目的化し、国体である対米従属体制を何とか永久に持ち続けたいと望ん
 でいます。
 すると、対米従属の構造的基礎を幻想的に回復しなければならない、という要請が出て
 くるわけです。
・そこで、この幻想に一定のリアリティを与えるのが、中国問題です。
 中国をかつてのソ連の位置に置けばいいのだ。
 ソ連の脅威がある限り、アメリカが日本を重要な同盟国として遇さざるを得なかった
 のと同様に、「中国は危険だ、脅威だ」と宣伝すればするほど、アメリカは日本を可愛
 がらざるを得なくなるはずだ、そう考える人たちは確かにいます。
・ところが、中国をかつてのソ連ポジションに置くことはできません。
 なぜなら、ソ連とは付き合わないという手は使えましたが、中国相手には使えないから 
 です。
 私たちのさまざまな産業や消費生活が、あまりに深く中国に依存しています。
 インバウンドはその象徴と言えるでしょう。
 この構造を断つのは到底可能ではないと思います。
 
2012年体制と市民社会:命令拒絶は倫理的行為である
・2021年12月に公表された、ある調査結果を報告する記事が話題になりました。
 その調査とは、アメリカの大学で教鞭をとる堀内勇作氏らが実施した実験的調査です。
 それは、日本有権者が諸政党の提示する政策をどう評価しているのかと、その評価と投
 票行動がどう関連しているのかを検証するものでした。
・この調査が明らかにしたのは、自民党の政策は大して支持されていない、というよりむ
 しろ、現在国会に議席を持つ国政政党のうちでかなり不人気ですらある、ということで
 した。 
 とりわけ、原発・エネルギー政策や多様性・共生社会などの政策分野では、最低の数字
 をマークしました。
・この結果は、私を含む政治学者たちの常識を粉々に打ち砕くものです。
 有権者は、どのような判断基準により投票をするのか。
 候補者への漠然として親近感や知人に投票を頼まれたなど、「有権者は合理的な判断に
 より投票するものである」という民主主義の原則からすれば外れる事象はあるものの、
 有権者はおおむね政策を基準として投票先を決めているはずだ。
 そのような、政治学者が想定する常識的な前提は現実と大きく乖離していることが明ら
 かになりました。 
 早い話が、日本の多くの有権者は各政党がどんな政策を掲げているのかロクに見ていな
 い、ということをこの調査は明らかにしました。
・政党の掲げる政策をほとんどロクに見ておらず、ただ何となく自民党に入れている有権
 者がかなり多くいる、あるいはそうした有権者が標準的な日本の有権者ではないのか、
 ということです。
・これほどの政治的無知が最近始まったのか、それとも昔から存在しているのかについて
 は、何とも言えません。
 ただ、はっきりしていることは、有権者の大半がこのように思考停止しているのであれ
 ば、そんなところで選挙などやっても無意味である、ということです。
 これはもう、野党の実力がどうだとか政策の打ち出し方がどうだとか以前の問題です。
・このような状況下で、2021年衆院選で躍進したのは、日本維新の会でした。
 この現象も、有権者の状態を物語るものです。
・日本維新の会の統治能力の実態は、今回のコロナ禍により、大変不幸な仕方で十分に証
 明されてしまいました。    
 大阪府の新型コロナによる死亡率が全国一高いという事実が、2008年に「橋下徹
 氏が大阪府知事に就任して以来の維新政治の結果です。
 同党の標榜する「身を切る改革」なるものによって公的医療、行政サービスが縮減され、
 この惨たる結果を招いたことは否定しようがないでしょう。
・そんな維新の会が、「吉村洋文」大阪府知事の「コロナ対策でよく頑張っている」との
 評価によって得票を伸ばしたのですから、もうこの状況はジュークとしか言いようがあ
 りません。 
・こうした印象づけに寄与したというのが、在阪目メディアであるといって間違いないで
 しょう。 
 感染拡大が生じると吉村府知事はワイドショーを中心に各局をハシゴするように出演し
 続けました。
 その際、必死な表情を浮かべながら、用意された原稿を棒読みすることもなく、行動規
 範や営業規制に協力してくれるよう低姿勢で視聴者にお願いを繰り返しました。
 それだけを見れば、感じはよかったわけです。
・しかし、いくら感じが良くても死亡率全国一という最悪の結果の責任を逃れうるわけが
 ありません。
 本来メディアは、吉村氏を出演させるならば、この悪い状況について見解をただし、責
 任を問うべきでした。 
 しかし、番組の司会者や出演者のほとんどが誰もそうした発言をしません。
 大阪府がコロナ死亡率で全国ワーストだという基礎的事実すら、地元で広くは知られて
 いません。
 在阪準キー局のつくるテレビ番組はすべて事実上の吉村応援団と化し、視聴者には
 「吉村府知事はよく頑張っている、維新は頼りになる」
 との印象だけが残りました。
・こうした無知とフェイクに支配された状況は、しばしば「民主制の危機」であるとか、
 「民主制の堕落態としての衆愚制」であると評されます。
・現在の日本のデモクラシーは、その本来のあり方から滑り落ちてしまった堕落態であり、
 危機に陥っている、ということになります。
・安倍首相と芸能人の会談や会食の場面が頻繁にSNS等を通じて発信され、テレビ番組
 をその所属芸能人が埋め尽くしている観のある吉本興業が政府の仕事を大量に受注する
 一方、安倍首相本人がなんばグランド花月で吉本新喜劇に出演するなど、異常なまでの
 蜜月ぶりを示したこともありました。
・情報サービス、とりわけエンターテイメント産業の特定企業が、戦時でもないのに、こ
 れほどあからさまに政権と癒着したのは、新しい現象であったと言えます。
  
・ひとことで言えば、2012年体制とは、日本社会の全般的劣化の産物であると言うほ
 かありません。
 この劣化が引き起こす凶事は、本来起きるべき政権交代が不可能になり、それによって
 権力の固定化がもたらされ、権力の腐敗が招かれる、といった事柄にとどまりません。
・日本の新型コロナ対策は、のっけから躓きました。
 その最大の要因は、PCR検査の抑制という世界に類を見ない誤った方針であり、この
 方針を主導した主犯は、厚労省の医系技官ならびに彼らと利害上・人脈上の深いつなが
 りを持つ「感染症ムラ」の関係者たちでした。
・PCR検査抑制論と推進論との争いを観察していて驚かされたのは、特にSNS上など
 で、感染症ムラと特段の利害関係などあるはずもない医療関係者が、PCR検査抑制論
 の立場にたって積極的に情報発信し、抑制論に対する批判をしばしば口を極めて罵倒し
 ていて光景です。  
・今となっては抑制論など屁理屈でしかないことが明らかですが、考え込まされるのは、
 直接的に利害関係がわるわけでもないのに抑制論を声高に唱えていた医療関係者の動機
 は何であったのか、ということです。
 これらの「論客」は、医療の専門家ではあっても、今次の感染症大流行については、何
 らの専門知も持っていなかったことは明らかでした。
 そうした人々が、何の実利も見込めないにもかかわらず、政府の主導するPCR検査抑
 制論を懸命に擁護したのです。
・専門知識に基づいて世論を善導したいという動機もなく、曲論を弄することから得られ
 る実利もないとすれば、残る動機は、大きなもの(国家権力)との自己同一化を通じて、
 大きなものに反対する者たち(PCR検査推進論者)を貶めたいといい欲望を満足させ
 ることだけです。 
・つまり、ここに見て取れるのは、これらの専門家の極端までの権威主義的パーソナリテ
 ィーです。
 今回のコロナ禍は、こうした権威主義的パーソナリティーの持ち主が、専門家のあいだ
 で大量に存在する、という事実を明るみに出しました。
・日本のコロナ対策体制がいまだに矛盾に満ちたものであることの主要な責任は、官僚機
 構と政権に帰せられるべきものであるとしても、この体制の不備と不条理は、劣化した
 市民社会にふさわしいものであるのです。
  
おわりに
・現在の日本の統治の崩壊という状況は、小手先の政治の変化によって解決できるような
 ものではない。
・2012年体制は、戦後日本社会全般の行き詰まりと劣化の産物そのものでした。
 したがって、この劣化の傾向に歯止めが掛けられない限り、本質的な意味での政治の転
 換は起こりようがありません。
・重要なポイントは、安倍批判者たちの安倍評価はきわめて低く、「安倍晋三は嘘つき、
 愚劣、卑怯、無責任である」という見方で一致しています。
 しかし、今「プーチンの心を変えられるのは安倍さんだけ」との声が少しも上がってこ
 ないことが物語るのは、安倍支持者たちの安倍評価も実は高くはなかったのだ、という
 ことにほかならないでしょう。 
 言い換えれば、安倍支持者たちの安倍支持は、冗談でしかなかった、ということです。
・そしてそれは、当然のことでもあります。
 深呼吸をして冷静に事実を検証してみれば、安倍氏は最低に下らない政治家であり、
 彼の築いた2012年体制が愚の骨頂であることは、誰にでも理解できることです。
・私はここに、2012年体制を支えてきたものの中核を見ます。
 それは完成されたシニシズム(冷笑主義)であると言えるでしょう。
・自らを取り巻くおよそあらゆる事柄が、真剣に受け取るべきものではないものとして、
 自意識によって消費されるような精神状態が、シニシズムの極致です。
・現状を見る限り、大衆のシニカルな自意識を満足させる餌を投げることに長けた人々が、
 政治的に勝利を収め続けています。
 この状況を短期的かつ何らの犠牲も払わずに終わらせるとは思えません。
・いま日本人が問われているのは、各人がそれぞれの持ち場で、その持ち場が本質的に要
 求することをどれほど真剣にやり遂げられるか、ということではないでしょうか。
 それは、逆の角度から言えば、無用なこと、間違ったことをやらせる命令を拒否する、
 ということでもあります。
 そのような拒絶が、社会的、倫理的な抵抗の第一歩なのです。

あとがき
・いま円安が止めどもなく進んでいますが、日銀に打つ手はありません。
 いよいよアベノミクスというマヤカシのツケを払わせられるときがきたのです。
・言うまでもなく、問題は経済だけではありません。
 この10年のうちの7年以上にわたって継続した安倍晋三政権は、内政も外政もただひ
 たすらデタラメをやっただけでした。
 結果、日本の統治は崩壊しました。
 その罪は万死に値します。
・あらためて驚くべきは、このひどい政権を、マスコミをはじめとして日本社会が翼賛し
 たことです。
 「アベノミクス」やら「地球儀外交」やらといった、首相官邸のでっちあげた軽薄なキ
 ャッチフレーズを、メディアは伝道ベルトとなって無批判に垂れ流しました。
・かくして、まともな情報は遮断され、やれ改元だ、やれオリンピックだ、と騒ぎ立てる
 わめき声だけがテレビから発せられるようになりました。
・今年に入ってロシアがウクライナに侵攻すると、その同じテレビが、「国に乗っ取られ
 たテレビのプロパガンダを信じ込まされているロシア人は哀れだ」などと言っている光
 景は、愚の骨頂、天に唾するとはこのことだと言わなければなりません。  
・このようにして、言うなれば、構造化された愚かさがこの10年の日本には根を張って
 しまいました。
 ここまで来ると、もはや「政治が悪い」とだけ言っても済まされる状況ではありません。
 政界、官界はもちろんのこと、財界、市民社会もまた、倒壊寸前のレベルにまで劣化し
 てしまっています。
 これが全体的構造であるからこそ、「体制」と呼ぶに値するのです。