日本が売られる  :堤未果

この本は、いまから6年前2018年に刊行されたものだ。
「日本が売られる」とは、日本国民の命や安全や暮らしに関わる水道、農地、種子、土地、
福祉、医療などを、市場開放し外国人にビジネスとして差し出すことを言うようだ。
この本のなかでは、水道事業の民営化の問題、種子法廃止・種苗法改正の問題、農薬使用
の問題、遺伝子組み換え食品の問題、酪農の問題、海外企業による農地売買の問題、森林
拡大伐採計画による森林破壊の問題、漁業の株式会社化による漁村荒廃の問題、外国人労
働者の問題、カジノ誘致の問題、外国人による国民健康保険利用の問題、老人福祉・介護
事業の問題、マインナンバーやLINEなどによる個人情報漏洩の問題、消費税の問題な
ど、多岐にわたって現代の日本社会に横たわる問題について指摘している。

私がまずこの本のなかで関心を持ったのは消費税の問題だ。
この本のなかで法人税を消費税導入前の税率に戻せば、消費税を廃止しても同程度の税収
は確保できるとの主張が目に留まった。確か消費税を廃止せよと主張している政治家もい
たと記憶している。法人税と所得税と消費税のバランスをもっとうまくとれば、消費税を
もっと低くできるという主張もあるようだ。しかし、はたしてそれは本当だろうか。
そこで、いま流行りのAIに日本において長期的に見た消費税、法人税、所得税の適正税
率を問うてみたところ、次のような回答をAIが出した。
・消費税:12-15%(現在10%)
・法人税:20-25%(現在23.2%)
・所得税: 最高税率 30-45%(現在45.95%)
消費税をゼロにすれば、経済が活性化し、かえって税収は増えるという主張があるが、
AIの回答では、一時的に経済が活性化することはあっても、長期的には減収となるとの
回答であった。税収を増やすには、消費税と法人税の両方を上げるしかなさそうだ。

次の私が興味を持ったのは水道事業の民営化の問題だ。
私の住む宮城県は、2022年4月から全国に先駆けて水道事業の民営化が開始された。
水道事業の民営化の導入の理由について県は、人口減少に伴い水道の需要が減り続ければ、
将来的に料金が大幅に上昇する為としている。
民間のノウハウを活用することで、人件費の削減や設備更新期間の延長などが可能となり、
20年間で約337億円を削減でき、大幅な水道料金の値上げを避けられるということだ。
しかし、世界に目を転じると、これらの目的は、民営化した多くの自治体では、結果的に
逆の結果を招くことになってしまったようだ。
その状況をまとめると、次のようになる。
・料金の上昇とサービスの質の低下:
 民営化の結果、多くの都市で水道料金が上昇し、サービスの質が低下した。
 例えば、パリやベルリンでは、民営化後の料金上昇やサービスの質低下が問題となり、
 市民の不満が高まった。これにより、これらの都市では再公営化が進められた。
・不平等の拡大:
 低所得者層が特に影響を受けやすくなった。
 料金の上昇により、水道サービスへのアクセスが制限されるケースが多く、
 特に貧困地域ではこの問題が深刻化した。
・透明性の欠如と不信感の増大:
 民間企業による運営は、公共機関に比べて透明性が低いとされ、
 多くの市民が不信感を抱くようになった。
 これは特に、契約内容や運営の透明性が不足している場合に顕著だった。
・投資の不足:
 民営化の初期段階では期待されていたインフラ投資が実施されず、
 老朽化した設備の改善が遅れるケースもあった。
 これにより、サービスの質がさらに低下する結果となった。
宮城県での水道の民営化から2年過ぎた現在は、これらの問題は、まだ露呈していないが、
今後、どのような経緯をたどっていくのか注視していく必要がある。

また、農業の問題については、スイスの政策がとても参考になると思った。
スイスでは、農業問題は単なる食糧の確保だけの問題ではなく、環境や水資源、国境の安
全を守る「食の安全保障」だと位置づけ、国民投票によって、食糧供給に維持や農地の保
全、フードロスの低減、農業の持続可能な形での維持などを憲法に書き込に至ったようだ。
小国における安全保障とは、このようなことなのだと感心した。
安全保障というと、すぐに集団的自衛権の行使だとか敵基地攻撃能力だとか言って、20
年以上も前の時代遅れのミサイルを大量に買わされて喜んでいる日本とは大違いだ。
日本の思考は今も、兵站や食糧確保をほとんど考えずに戦争に熱中した戦前の軍人や政治
家たちとほとんど変わっていない。

過去の読んだ関連する本:
沈黙の春
水戦争
政府は必ず嘘をつく
沈みゆく大国アメリカ
スイス探訪

まえがき
・売国とは、「自国民の生活の基礎を解体し、外国に売り払うこと」を指している。
 自国民の命や安全や暮らしに関わる、水道、農地、種子、警察、捷報、物流、教育、福
 祉、医療、土地などのモノやサービスを安定供給する責任を放棄して、市場を開放し、
 外国人にビジネスとして差し出すことだ。
・冷戦後、戦争の舞台は金融市場へと移り、デリパティブがあらゆるものを国境を越えた
 投資商品にした。
 エネルギー、温暖化ガス排出権、国家の破産、食料、水などが投機の対象になり、外交
 では他国への攻撃力を持つ新しい大量破壊兵器になる。
・多国籍企業群は民間商品だけでなく公共財産にも触手を伸ばし、土地や水道、空港に鉄
 道、森林や学校、病院、刑務所、福祉施設に老人ホームなどがオークションにかけられ、
 最高値で落札した企業の手に落ちるようになった。
・企業は税金を使いながら利益を吸い上げ、トラブルがあったら、責任は自治体に負わせ
 て速やかに国外に撤退する。
 水源の枯渇や土壌汚染、ハゲ山や住民の健康被害や教育難民、技術の流出や労働者の賃
 金低下など、本来企業が支払うべき「社会的コスト」の請求書は、納税者に押しつけら
 れるのだ。 
・このビジネスモデルは、世界銀行やIMF(国際通貨基金)などの国際機関によって、
 これまで力の弱い途上国に強要されていたが、今やアメリカをはじめアジアやヨーロッ
 パの先進国でも、グローバル企業と癒着した政府から自国民に仕掛けられている。
・今、私たちは、トランプや金正恩などのわかりやすい敵に目を奪われて、すぐ近くで息
 を潜めながら、大切なものを奪ってゆく別のものの存在を、見落としているのではない
 か。 
・日本が、実は今、猛スピードで内側から崩されていることに、いったいどれほどの人が
 気づいているだろう?

日本人の資産が売られる
・日本には「水と安全はタダ」という言葉がある。
 水道普及率は97.9%、国民にとって何よりも貴い「命のインフラ」だ。
・21億人(世界人口の10人に3人)が安全な飲み水を手に入れられず45億人(10 
 人に6人)が安全に管理されたトイレを使えないこの世界で、貧乏金持ち関係なく、
 いつでもどこでも蛇口をひねればきれいに浄水された水が24時間出てきて飲める恵ま
 れた国はそう多くない。
・水道水が飲める地域は、アジアでは日本とアラブ首長国連邦の2カ国のみ。
 その他は196カ国中15カ国だけだ。
・それがなければ生きられない、命のインフラ、「水道」は、同時に巨大な金塊でもある。
 ビジネスにすると、唸るように儲かるからだ。
・2000年から2015年の間に、世界37カ国235都市が、一度民営化した水道事
 業を、再び康永に戻している。
 主な理由は、@水道料金高騰、A財政の透明性欠如、B康永が民間企業を監督する難し
 さ、C劣悪な運営、D過度な人員削減によるサービス低下、などだ。
・民営化推進派はこんなふうに言う。
 「やってみなければ、わからないじゃないか。上手くいかなければ、また国営に戻せば
 いい」 
 だがいったん民間に渡したものを取り返すのは、そう簡単ではない。
 契約打ち切りで予定していた利益が得られなくなる企業側も、黙っていないからだ。
・再公営化のために一度結んだ契約を解除する際、得られるはずの利益を侵害したとして、
 企業側から訴えられるケースも少なくない。
・国内18の水道事業を民営化し、その後バクテリア検出や供給不備などのトラブルで半
 数を国営に戻したアルゼンチン政府は、再国営化の際、契約していた9企業のうち6社
 から提訴された。  
 この手の裁判は「企業利益に損害を与えたかどうか」が判断基準になるため、政府側は
 圧倒的に不利になる。
・高度成長期に作った日本全国の水道管は、現在約1割が耐用年数を超えている。
 だが修理しようにも、肝心の都道府県の財政は火の車、人件費もぎりぎりまで減らし、
 給水人口5千人以下の自治体では職員が1人か2人、技能者に至ってはなんと「ゼロ」
 だ。
 事業の9割は黒字経営だが、人口5万人を切る自治体では赤字になっている。
・本来国民の命に関わる水道は、憲法第25条の適用で国が責任をとる分野だが、残念な
 がらわが国の政府にその気はなかった。 
 代わりに打ち出されたのは、世界銀行や多国間開発銀行、投資家たちが推進する手法、
 日本の水道を企業に売り渡す「民営化」だ。
・実は日本の水道は、全国に「民営化」「規制緩和」というキーワードをはやらせた小泉
 政権下で、統治経済産業大臣だった「竹中平蔵」氏の主導により、すでに業務の大半を
 民間に委託できるよう法律が変えられている。 
・だが、外国人投資家たちには、大きな不満があった。
 台風や豪雨や地震などしょっちゅう自然災害が起きる日本では、そのたびに全国で老朽
 化した水道管が壊れ、莫大な復旧費用がかかるのだ。
・2011年3月、東日本大震災当日に、民主党政権は公共施設の運営権を民間に渡し、
 民間企業が水道料金を決めて徴収できるよう、PFI法改正案を閣議決定する。
 自治体が水道を所有したまま、運営だけ民間企業に委託するという「コンセッション方
 式」の導入だ。
 災害時に破損した水道管の修理などは自治体と企業で折半し、利益は企業のものになる。
・2012年3月、ついに外国企業が単独で日本の水道事業を運営する初のケースが現れ
 た。  
 仏ヴェオリア社の日本法人が、松山市の浄水場運営権を手に入れたのだ。契約期間は5
 年。
・2018年5月、企業に公共水道の運営権を持たせるPFI法を促進する法律が可決す
 る。 
 まずは自治体が水道民営化しやすいよう、企業に運営権を売った自治体は、地方債の元
 本一括繰り上げ返済の際、利息が最大全額免除されるようにした。
・日本の自治体はどこも財政難だ。借金返済軽減という特典がついてくるなら、今後は積
 極的に水道民営化を選ぶだろう。
・「水道料金」は、厚生省の許可がなくても、届けさえ出せば企業が変更できるようにし
 た。  
・実は日本の水道が電気と同じ「原価総括方式」であることは、あまり知られていない。
 水道設備の更新費用のみならず、株主や役員への報酬、法人税や内部留保などもすべて、
 「水道料金」に上乗せできる。
 人口が年々減っているのに、今もダム建設が止まらず水道料金が上がり続けるのはこの
 ためだ。
・料金については自治体が「上限を設定できる」ことになっているが、これについては企
 業側が心配する必要はないだろう。
 水道はその地域を1社が独占できるため、値上げ交渉では企業側が圧倒的に有利になる
 からだ。
 設備投資の回収や維持費など、あれこれ理由をつけて値上げの正統性を訴えれば、ほか
 に選択肢のない自治体はノーと言えなくなる。
・口うるさい議会の反対で足を引っ張られた大阪市の二の舞にならぬよう、「上下水道や
 公共設備の運営権を民間に売り際は、地方議会の承認不要」という特例もしっかりと法
 律に盛り込まれた。
 これで水道の運営権を売買する際、議会は手出しできなくなる。
・ウォール街の投資家たちは大満足だった。
 日本の水道運営権は、巨額の手数料が動く優良投資商品になるだろう。
 何よりも素晴らしいのは、災害時に水道管が壊れた場合の修復も、国民への水の安定供
 給も、どちらも運営する企業ではなく、自治体が責任を負うことになったことだ。
・日本の法律では、電気やガスは「電気事業法」「ガス事業法」という法律のおかげで、
 ガスや電気の安定供給の責任はしっかり事業者に課せられている。
 だが水道だけは「水道事業法」が存在しないのだ。
 それをいいことに今回の法改正では、その責任は事業者から自治体に付け替えられた。
 これなら企業は自然災害大国日本で、リスクを負わず、自社の利益だけを追求すればい
 い。  
・2018年6月、大阪市は市内全域の水道メーター検針・軽量審査と水道料金徴収業務
 を、仏ヴェオリア社の日本法人に委託した。
・宮城県も2020年から、県内の上下水道運営権を民間企業に渡す方針だ。
・水道料金に関する部分を、「公正妥当な料金」から「健全な運営のための公正な料金」
 と書き換えて、企業の利益を保障するための値段設定ができるようにした。
 これで自治体の付けた料金上限を超えた値上げをしても、企業側は「健全な経営のため」
 だと言って正当化できるようになる。
・2018年7月、水道民営化を含む「水道法改正案」は、委員会で9時間、本会議では
 わずか2日の審議を経て、衆議院本会議で可決された。
 だが大半の国民は、この重大な法律に全く気づかなかった。
 日本中のマスコミは足並みを揃えたように、オウム真理教の麻原彰晃と幹部7人死刑執
 行の話題を一斉に流し、日本人のライフラインである水道が売られることへの危険につ
 いて、取り上げることはなかった。
 
・2016年4月、ヴェオリア社は日本経済新聞に対し、日本で放射性廃棄物ビジネスに
 乗り出す計画を明らかにした。
 環境省が、福島第一原発事故で出た放射性廃棄物のうち8000ベクレル/kg以下の
 汚染土を、公共工事で再利用することを正式決定したからだ。
・環境省は、原発事故前は100ベクレル/kgだった放射性廃棄物の「厳重管理・処分
 基準値」を、原発事故後80倍に引き上げていた。
 だが、あまりに量が多く、置き場所もない。
 そこで通常ゴミと一緒に焼却するだけでなく、公共工事にも使うことにした。
・公共事業に再利用したときの被曝評価がないことや、8000ベクレル以下でもすぐに
 健康リスクの上限を超えてしまうことなどが環境団体から指摘されたが、環境省はそれ
 については特に説明しなかった。
・8000ベクレル/kgという、世界でもぶっちぎりの緩い基準値と、それを公共施設
 の建築に使うという日本政府のアイデアに、低レベル放射性廃棄物の処理に頭を抱える
 世界各国は、ショックとともに、安堵を覚えたことだろう。
・他国では線量が高すぎて処理できない廃棄物も、日本なら一般ゴミとして処分が可能に
 なる。 
 日本でこの商売を始めるヴェオリア社を筆頭に、このビジネスは今後拡大してゆくだろ
 う。
 つまり、これから先厄介な核のゴミは、日本に持っていきさえすれば、有料で再利用し
 てもらえるチャンスが出てきたのだ。
 そうなれば、処理方法にうるさい自国民の目を気にするストレスもなくなる。
 日本に運ぶ費用を差し引いても、十分お釣りがくるだろう。
・2018年6月、今度は原発事故後に除染した汚染土を講演や緑地の園芸などにも再利
 用することを決定する。 
 もちろん国民の健康対策もしっかり入れた。
 公示をする作業員やその地域に住む住民の被爆量が年間1ミリシーベルトという健康リ
 スク上限を超えないようにセシウム濃度を調整し、最後に汚染されていない土を50セ
 ンチかけるのだ。相変わらずおそるべき緩さだった。
・全国各地で民間企業による産業廃棄物の不行投棄が後を絶たないここ日本で、放射性廃
 棄物である汚染土ビジネスに道を開くことのリスクを、はたして環境省はわかっている
 のだろうか? 
・「環境を守らない環境省」とは、いったいどんなジョークだろう?
 土が汚れれば、その下にある地下水も汚染される。
 想像してみてほしい。
 地下水と放射性廃棄物処理の両方を1社の外国企業が握るということが、にほんじんの
 命と健康にとって、何を意味しているかを。

・2017年4月、日本人の食に関わる世にも重要な法律が、衆議院と参議院、合計わず
 か12時間の審議だけで、あっさり採決された。
 森友問題の報道に隠れ、ほとんどの国民がまったく気づかなかったこの法律の名は、
 「主要農作物種子法」だ。
・種子法が廃止された今、公的制度や予算なしに農家が自力で種子開発をするのは経済的
 にも物理的にも厳しくなる。
 安井公共種子が作られなくなると、農家は開発費を上乗せした民間企業の高価な種子を
 買うしかなくなり、その分、これから日本人の主食である、コメの値段も上がってゆく
 だろう。 
・企業は、採算が取れない事業からは撤退するのが原則だ。
 特定地域でしか取れず流通も少ない希少米をつくる人がいなくなれば、300種類以
 上ある日本のコメの銘柄は減り、私たちは災害時に必要な「主食の多様性」を失うこと
 になる。
・だが企業が喉から手が出るほど欲しがっていたのは、市場規模の小さい希少米よりも、
 日本人が持つ、もっとずっと大きな資産のほうだった。
 その願いは、種子法廃止と同時に導入された「農業競争力強化支援法」が叶えてくれる
 ことになる。
 こちらも種子法に負けず劣らず知られていない。
・それは今まで日本の都道府県が多大な努力を払い蓄積してきた「公共種子の開発データ」
 を民間企業に無料で提供するというショッキングな内容だった。
・現場の関係者は口々に疑問をぶつけたが、規制改革推進会議メンバーと農水官僚のどち
 らからも、まともな回答はでてきていない。
・それは当然のことだろう。そこには2つの語られぬ現実があるからだ。
 公共種子のデータ開放は、TPPに沿っている。
 そして「種子」そのものが、すでに「国民の腹を満たすためのもの」から「巨額の利益
 をもたらす商品」と化し、世界的なマネーゲームの道具と化しているのだ。
・「食をコントロールする者が人民を支配し、エネルギーをコントロールする者が国家を
 支配し、金融をコントロールする者が世界を支配する」
 そう説いた当時のヘンリーキッシンジャー国務長官と、ハーバード大学プロジェクトチ
 ーム指揮下で、米国の農業を「アグリビジネス」にする巨大プロジェクトが始まった。
・アメリカでは1996年から遺伝子組み換え種子の商業利用が開始された。 
 業界最大手の米モンサント社は、遺伝子工学で1年しか発芽しない種子をつくり、その
 種子が自社製品の農薬のみ体制を持つように遺伝子を組み換えることに成功した。
・これは画期的な発明だった。
 他の農薬を使うと枯れてしまうため、一度この種子を使った農家は、その後もずっと同
 社の種子と農薬をセットで買い続けることになるからだ。 
・各地で農家が声を上げても、モンサント社をはじめバイオ業界の人間が多数送り込まれ
 ているFDA(米国食品医薬品局)は耳を貸さず、業界を規制する法律は一本もできな
 かった。
・この技術は同社に巨額の利益をもたらしただけでなく、その後世界中を、食をめぐる巨
 大なマネーゲームの渦に巻き込んでゆく。
・国内の食料供給体制を作り変えたアメリカ政府は、次に国外に市場を広げ始める。
 掲げられたのは「強い農業」「財政再建」「人道支援」「国際競争力」などのキーワー
 ドだ。 
・まずはその国の農地を集約し、輸出用作物の単一栽培を導入させる。
 企業が農業に参入できるように法律を緩め、手に入れた農地で大規模農業を展開、価格
 競争に負けた現地の小規模農家を追い出した後は、米国資本が参入し、実質的に経営を
 動かしてゆく。 
・自国民のために公共の種子を守る「種子法」のような法律があれば、速やかに「廃止」
 させ民間企業に開放させる。
・このような手法でアメリカ政府は、インド、イラク、アルゼンチン、メキシコ、ブラジ
 ル、オーストラリアなど、多くの国々の農業を次々と手に入れていった。
 イラク戦争のもう一つの目的がアグリビジネスだったという事実は、ほとんど知られて
 いない。
・米英による爆撃後のイラクでは、アメリカの企業が新しく遺伝子組み換え種子と農薬、 
 農機具を提供し、イラク農民はモンサント社などの種子企業と結ばれるライセンス契約
 と引き換えに、食の主導権を奪われたのだった。
・90年代半ば、膨れ上がる財政赤字と経済活性化のために「国のインフラ民営化と農業
 の成長産業化が必要だ」と力説したアルゼンチン政府は、国内産業を保護していた既存
 の体制を次々に解体し、バイオ企業の産業を大勢入れた政府の諮問委員会が、遺伝子組
 み換え大豆の栽培プロジェクトを進めていった。 
・農地規制が緩和され、外資が土地を買い占めると、伝統的な農業は解体され、巨大な遺
 伝子組み替え大豆畑が作られる。
 その大豆だけが耐性を持つ除草剤の空中散布によって、周辺農家の作物はすべて枯れ、
 農薬漬けになった土地が使えなくなり農家が廃業すると、企業はその土地を最安値で買
 い上げ、遺伝子組み換え大豆を植えるのだ。
・GPSで遠隔操作できる機械設備や、ドローンを使う最新型の遺伝子組み換え大豆畑に
 は、人間の労働力はほとんど必要ない。 
 お払い箱になった何十万人もの農民が、土地を失い、経済難民となって、都市部のスラ
 ムに流れていった。
・アメリカにゲームを仕掛けられる前のアルゼンチンは食の多様性を誇っていたが、国内
 の畑が遺伝子組み換え大豆一色になった後は、経済不況時に飢餓で死ぬ国民が続出した。
・アルゼンチンの農地を侵略した遺伝子組み換えの種子は、やがて隣国のブラジルに密輸
 されて広がってゆく。
 その結果、今では、アメリカ・アルゼンチン・ブラジルの3国だけで、世界の遺伝子組
 み換え大豆の81%を占めるようになったのだった。
・1991年、種子開発企業の特許を守る国際条約(UPOV条約)が改正され、植物の
 遺伝子及び個体を開発企業の知的財産とし、開発者の許可なしに農家が種子を自家採種
 (農家が自ら生産した作物から種子を取ること)することを禁止する法整備が全加盟国
 に促される。  
・日本はこの改正に忠実に従い、1998年に国内種苗法を改正した。
 やがて、WTOより強制力のある、国家間の自由貿易協定(TPP)が登場する。
 TPP参加国に対する遺伝子組み換え作物への規制と表示義務の撤廃、遺伝子組み換え
 作物の輸入を止める際はアメリカ政府に事前に相談すること、農家の自家採種禁止を法
 制化する・・・など。
・2018年4月に種子法廃止が施行された翌月、農水省は今度は種苗法を大きく改正し、
 自家採種(増殖)禁止の品種数を、82種から280種に拡大した。
 種苗法とは、種苗を使って自分で栽培した種や苗を次のシーズンを使う「自家増殖」は、
 これまで一部を除く容認されていた。
・だが、いきなり増えた「自家採種禁止リスト」に農家が驚いている間に、農水省は次の
 ステップに向けてコマを進め始める。
 今後は「一部を除き原則禁OK」から「一部を除き原則禁止」に変えるのだ。
 これが導入されれば、日本の農家はもう自分で種子を採ることができなくなる。
 違反した農家は共謀罪の対象となり、10年以下の懲役と1000万円以下の罰金だ。
・農水省の言い分は、シャインマスカットやイグサなど、日本の優良品種が中国などに流
 出するのを防ぐためだというが、これは奇妙な話だった。
 どちらもすでに日本国内で種苗登録されており、違法に国外に持ち出されたものだから
 だ。
 無断で種苗を国外に持ち出されることを防ぐなら、海外での品種登録を強化することや、
 空港での審査・輸出に関するルールを厳しくする方が現実的だろう。
・日本人が長い時間とエネルギーをかけて開発した貴重な種子データは、今後簡単に民間
 企業の手に渡される。 
 そこで改良されたものにさらに特許と高額な値札が付けられ、農家が自腹で時間と手間
 のかかる種の生産と開発ができなくなれば、数百種あった主食のコメは企業開発によっ
 て今後少数に絞られ、確実に値上がりしてゆく。
・やがて日本の農家もイラクのように、 企業の特許付き種子を、農薬と作付けマニュア
 ル付きで買う契約をさせられるようになるだろう。
・多様性が失われるほどに、食の安全保障は弱くなる。
 市場に出回る種子のほとんどを米中独の3社が独占するというゲームの最終ステージに
 入った今、私たち日本人の直面するリスクが見えるだろうか。
  
・2015年5月、厚労省が、ネオニコチノイド系農薬であるクロチアニジンとアセタミ
 プリドの残留農薬基準を大幅に緩和したことは、ほとんど知られていない。
 ネオニコチノイドとは、「害虫だけに毒になり、私たちに安全」を謳いながら市場に登
 場した「夢の農薬」だ。
・その効き目たるや抜群で、水によく溶け、土に染み込み、一度まくと数カ月から数年間
 土壌にしっかり残留し、虫の神経に作用する毒性を発揮し続ける。
 作っているのは世界3大農薬大手のバイエル社、住友化学、シンジェンタ社。
・日本では稲作やカメムシ対策で野菜や果物の畑に多く使われる他、松枯れ対策で松の幹
 に直接注入したり、機械で空中にまいたり、ヘリコプターで上空から散布したり、住宅
 建材に使ったり、ペットのノミ駆除薬に入れたりと、その使用量はここ10年で3倍に
 増えている。
・あまり知られていないが、日本は世界3位の農薬使用大国なのだ。
 1位は中国、2位は韓国、3位の日本もじゃんじゃん使う。
・ちなみに日本は畑にまく農薬だけでなく、国民が口にする食べ物の残留農薬基準もかな
 り緩い。 
 現在カメムシ駆除のために水田にまくネオニコチノイド系農薬の濃度(40ppm)と、
 私たち日本人が食べるほうれん草の残留農薬基準(40ppm)は同じだという。
 茶葉に至っては、農家が茶畑にまく分(40ppm)よりも、お茶として飲む方(50
 ppm)の残留農薬のほうが、基準濃度が高く設定されているから驚きだ。
・一体いつから日本人は、とびきりの濃い農薬に負けない、強靭な肉体を手に入れたのか。
 農水省はこう言って、不安を払拭してくれる。
 「大丈夫ですよ。ネオニコチノイドは他の殺虫剤に比べて、人への毒性は弱いですから」
 一方、国外では1990年代後半やら、この農薬に関する不穏な報告が出始めていた。
・明らかに異変が起きたのは、ミツバチの生態系だ。
 ヨーロッパではミツバチの減少や大量死が相次ぎ、アメリカ、カナダ、日本や中国では、
 ハチたちが巣から急に消える「蜂群崩壊症候群」が次々に報告され始めている。
・2007年には、北半球に住むハチの4分の1が姿を消してしまう。
 ヨーロッパでは2008年に全ハチミツの3割が、ドイツに至っては8割が消滅した。
・はちみつをつくるだけでなく、花粉を運び植物を受粉させるミツバチがいなくなること
 は、人間の食糧生産の終わりとイコールだ。
・危機感を持った各国の研究機関は、慌てて原因を調査し始めた。
 タバコのニチコンに似た神経毒を持つネオニコチノイドは、虫の神経を狂わせる。
 そのため方向感覚がおかしくなって、巣に戻れなくなってしまうのではないか。
 欧州の科学者たちはそう結論づけた。
・農薬は巨額の利益が動く業界だ。
 多くの国で農薬メーカーは、その巨大な資金力から政治に大きな影響力を持っている。
 アメリカでは農薬業界が政治家や官僚、科学者や大学、マスコミなどを押さえるために、
 毎年何千万ドルもの札束が舞う。
・2013年12月、EUは、欧洲食品安全機関(EFSA)の、「一部ネオニコチノイ
 ド系農薬に子どもの脳や神経などへの発達性神経毒性がある」との科学的見解に基づき、
 安全性が確定するまで、ネオニコチノイド系農薬を主成分とする全殺虫剤の使用を一部
 禁止した(その後2018年に全面禁止)
・2015年にはブラジルが綿花の開花時期に畑の周りでネオニコチノイドをしようする
 ことを禁止。  
 カナダは2015年から3年かけて段階的に使用禁止した。
 台湾は2017年に一部禁止。
 中国ですら、習近平になってから農薬の規制強化と禁止を具体的に進め始めた。
・もっと素早い国もある。
 すでにフランスは2006年に使用禁止、ドイツは2008年に販売自体を禁止してい
 た。
・養蜂家の働きかけで2008年からトウモロコシのネオニコチノイドの種子処理を禁止
 したイタリアでは、年々増えるミツバチの大量死がパタリと止まったという。
・では日本はどうだろう。
 米国のミツバチ大量死現場を視察した日本政府が出した結論は、福島第一原発事故後に
 国民が繰り返し聞かされたのと同じ、あの台詞だった。
 「ミツバチの大量死の原因は、ストレスです」
 そして日本政府のお墨付きを得たネオニコチノイド系農薬は、猛スピードで使用量が拡
 大してゆく。 
・2013年10月、白菜、カブなど40種の食品の、ネオニコチノイド系農薬「クロチ
 アニジン」の残留農薬基準値を最大2000倍に引き上げた。
 今回その製造と販売をする住友化学から基準値引き上げの要望を受けた農水省が改訂を
 申請し、厚労省医薬食品局の食品安全部基準審査課が然るべきデータをもとに安全審査
 を行い、基準値を変更したという。
・だが、この時、厚労省がクロチアニジン安全性審査の根拠とした評価資料は、日本で
 この農薬を製造し、基準値引き上げの要請を出した張本人である住友化学が作成した
 データだった。
 だがそんなことは、国民とマスコミの関心が薄い日本では問題になりはしない。
・続いて日本政府は2015年5月に、ドイツ、イタリア、フランス、スロベニア、で禁
 止されているネオニコチノイド系農薬12剤を新規登録。
 さらに2016年6月に今度は別のネオニコチノイド系農薬「チアメトキサム」の残留
 農薬基準も引き上げた。  
 2017年12月には、ネオニコチノイド系農薬のなかでも特にミツバチに毒性が強い
 ため、アメリカで養蜂家たちの訴訟によって一時認可停止になった「スルホキサフロル」
 にも使用許可を出している。
・だが一体なんだって、こんなに農薬が必要なのか。
 日本中の農家を悩ませ、大量のネオニコチノイド系農薬を使わせる「カメムシ案件」の
 実態を知ったら、消費者は仰天するだろう。
・カメムシがコメの穂を吸うときに現れる「黒い点」がついたコメが、農家が出荷すると
 きの検査でひっかかるのだ。
 安全性にも味にも影響はないが、見た目が悪い「斑点米」は、その混入率でコメの等級
 が下がり取引価格が安くなるため、農家はカメムシ駆除にネオニコチノイド系農薬を何
 度も使う。  
・見た目で等級を上げるために農家に余分な農薬代と手間をかけさせ、必要以上の農薬が
 使われたコメを消費者に食べさせるこの検査は、はたして本当に必要なのだろうか。
・官僚たちは知っているのだ。
 私たち消費者が見た目重視で食品を選び、農家や農薬の使われ方に無関心でいる限り、
 農薬大国日本は、その方針を変える必要などないことを。
・急性毒でミツバチを殺すからと、フランスが2004年に全面禁止にした浸透性の「フ
 ィプロニル」は、日本では今もあちこちの水田で使われている。
・2018年5月の農林水産委員会で、農水省の消費・安全局長は、野党議員から、ネオ
 ニコチノイド系農薬とミツバチ大量死の関係や、世界で規制が進んでいるのに日本が逆
 行する理由を訊かれ、こう答えている。
 「大丈夫です。日本ではミツバチの大量死は、まだ年間50件程度しか出ておりません」
・農水省農薬対策室も、
 「国内で使用できる農薬は安全性が確認されたもの。使用基準を守っていれば問題ない」
 という見解だ。
・ネオニコチノイド生産メーカーである住友化学も同様に、科学的根拠はないとして、そ
 の危険性を否定する。 
・因果関係が証明されてからでは取り返しがつかないと、食と環境と国民の命を守ること
 を優先して予防的措置を取る世界の国々と、50軒もの農家でミツバチが大量死しても、
 農家のために農薬は必要だと言い続ける日本政府。
 彼らは気づいているだろうか。
 ミツバチがいなくなれば、農業そのものができなくなることを。
・2015年3月、WHO傘下の国際がん研究機関(IARC)は、動物実験と薬理作用
 研究の結果、世界で広く使われている除草剤(グリホサート)に発ガン性の恐れがある
 ことを発表した。 
・グリホサートは1974年に農薬企業の最大手モンサント社が開発して特許を取り、
 「ラウンドアップ」という商品名で売り出した世界最大の売り上げを誇る化学除草剤だ。
 日本ではモンサント社と提携した住友化学が販売しており、2000年に特許が切れた
 後は、そのジェネリック版が「草退治」など複数の新しい商品名で、各地のホームセン
 ターで売られている。
・モンサント社は90年代から世界の種子会社をどんどん買収し、自社の農薬にだけ耐性
 を持つ遺伝子組み換え種子を開発、同社が特許を持つグリホサート農薬(ラウンドアッ
 プ)と1セットで世界中に売り始めた。
 その種子はラウンドアップに大勢を持つよう遺伝子操作されているため、農家はこの2
 つを必ずセットで買い、収益は自動的に倍になる。
・「散布すれば雑草がしっかり枯れるので、煩わしい雑草取り作業から解放され、農薬代
 は節約できて、環境にも優しく収穫量もアップ間違いなしです」
 こうした宣伝内容で農家のハートをがっちりつかみ、モンサント社は遺伝子組み換え大
 豆とラウンドロビンのセット売りをどんどん拡大、瞬く間に全米の大豆畑の6割を占め
 るようになった。
 ラウンドアップは爆発的なベストセラーとなり、この20年で米国内の使用量は250
 倍、世界全体で10倍に増えている。
・雑草も虫も全滅させるグリホサートの威力は凄まじく、使い始めて数年は農薬の使用量
 が少なくて済むが、ここには大きな問題があった。
 使い続けると進化して耐性を持つ雑草が出現し、今度はそれを枯らすためにもっと強い
 除草剤を使うという悪循環で、農薬の量が増えてゆくのだ。
・2000年5月にアメリカ農務省が発表した報告書によると、過去5年間で米国内の農
 薬使用量は大きく跳ね上がり、中でもグリホサートは他の農薬の5倍も増えていた。
・除草剤の量が5倍に増えれば、その分アメリカからの輸入遺伝子組み換え大豆に残留す
 る農薬も多くなり、日本の安全基準に引っかかってしまう。
 この発表が出た同じタイミングで、日本政府はアメリカ産輸入大豆のグリホサート残留
 基準を、しっかり5倍に引き上げた。
 これで残留農薬が5倍に増えた大豆は、何の問題もなく引続き日本に輸入される。
・だが、使っているうちにどんどん使用量が増えるグリホサートが人の健康に及ぼす影響
 について、やがてあちこちから疑問の声が出始める。
 微かな量でも生き物の腸内細菌や神経系統、消火器や生殖器に、マイナスの影響がある
 ことがわかってきたのだ。
・アルゼンチンでは、微量のグリホサートを使った実験で奇形の発生が確認され、グリホ
 サートに汚染した地下水によって、周辺地域の住民にがんが平均の41倍発生、白血病
 や肝臓病、アレルギーなどの健康被害が報告されている。
・オランダ、デンマーク、スリランカ、コロンビアはいち早く使用を禁止し、ヨーロッパ
 でも反対の声がおおきくなってゆく。
・製造元のモンサント社は、健康被害を示す数々の報告はすべて科学的根拠に乏しいと批
 判しながら、安全性を主張している。
 複数の自治体が実験データをもとに使用禁止を求めているアメリカでも、政府は初めか
 ら一貫して、モンサント側の主張を擁護する姿勢を変えていない。
・グリホサート除草剤に「人体には無害です」と書かれている日本でも、農水省は安全に
 使えば大丈夫だというスタンスだ。 
・日本は世界一の遺伝子組み換え食品輸入大国だが、表示に関する法律は、どれもほとん
 どがザル法だ。
 組み換えた遺伝子やそれによってできたタンパク質が残らない食品は、表示する必要が
 ない。
 例えば醤油や味噌などの加工品や、油や酢やコーンフレーク、遺伝子組み換え飼料で育
 った牛や豚や鶏や卵、牛乳や乳製品に、表示義務はないのだ。
・食政策センタービジョン21の安田節子代表によると、日本のスーパーで売られている
 食品の60%に遺伝子組み換え原料が使われている事実を、ほとんどの消費者が知らな
 いという。 
 大半の国民は、遺伝子組み換えと言われても、まだよくわからないのが現状なのだ。
 
・2018年7月、EU代表と日本政府が署名した日欧EPAについて、ワイドショーな
 どで大きく取り上げられたのは、今後大きく値段が下がるだろう、ヨーロッパの美味し
 いチーズの話題だった。
 日本は8項目で関税ゼロを約束。中でもチーズなどの乳製品についてはTPP高唱より
 大きく譲ったために、これから安い輸入品がたくさん入ってくるからだ。
・だが、この問題の第一人者である東京大学大学院農学生命科学研究科の「鈴木宣弘」教
 授は、この条約によって国内の乳製品生産高が最大203送縁減少することを指摘し、
 「関税がなくなりやすい乳製品が大量に入ってくると、国産牛乳が消えるだろう」
 と警鐘を鳴らす。
・「安いチーズやバターは大歓迎、日本は美味しい牛乳を作ればいいのでは?」
 そういう声も多々あるが、ここには大きな誤解がある。
 生乳の処理には順番があるのだ。
・酪農家から生乳を集めた農協がメーカーに渡す時には、まず日持ちのしない牛乳と生ク
 リーム用を出し、次に価格が安いので先に出す量を決めたチーズ用、最後に残った分の
 生乳で、保存期間の長いバターと脱脂粉乳を作る。
・季節によって生産量と消費量が違う牛乳は、夏は足りずに冬は余るので、余った分はバ
 ターと脱脂粉乳に回し、足りない時はバターと脱脂粉乳を輸入すればいい。
・つまり関税をなくして全部安い輸入品に置き換わると、冬に余った牛乳が行き場をなく
 してしまうのだ。  
 棄てれば膨大な赤字だし、安く売れば牛乳全体の値段が下がってしまう。
・バターと脱脂粉乳を作るのを冬だけにするといっても、冬だけ工場を動かすのは採算が
 取れないうえに、春夏秋だけ社員を解雇するのも難しい。
 かといって牛たちに「なぁ、冬はミルクをあまり出さないでくれよ」というのも、無理
 な相談だ。 
・たかがバター、されどバター。バターは単なる「おいしい商品」ではない。
 国際牛乳と乳製品と酪農家を守るための重要な「調整役」だからこそ、国が高い関税を
 かけて守ってきたのだ。
 「市場」に任せると調整がうまくいかないからこそ、自国産業を守るために先人が作っ
 た関税を、歴史を学ばぬ今の政府はいとも簡単に廃止した。
 その言い分はこうだ。
 「守りだけでは戦えない。グローバル化のこの時代、日本の農業も、世界と対等に競争
 できる成長産業にならなければ、実際日本の酪農家を育てる牛の数は、すでにEU浪の
 規模を実現しているじゃないか」
・だがここには、政府が触れない重要な要素がひとつある。
 国が農家を守るレベルが、EUと日本では桁違いなのだ。
 例えばフランスの農家は収入の9割、ドイツは7割を政府の補助金が占めている。
 政府が守ってくれるから、自然災害などで価格が下がっても農家はつぶれない。
・農地は自国民の食の安全保障だけでなく、国土の安全保障にとっても重要だ。
 海に囲まれた日本と違い、隣国と地続きで常に国境を意識するEU政府は、そのことを
 よくわかっている。 
・1961年に日本政府が出した「農業基本法」で、「家畜のえさは海外から輸入するこ
 と」に決められた。
 「これからは、米や麦よりバターやミルク、チーズが売れる。畜舎を広げてたくさん牛
 を飼うべきだ」
 そう考えた政府は農家に安い輸入飼料を使わせ、機械化と化学肥料とで、日本の酪農を
 大規模化するよう仕向けてゆく。
・その結果、米国産トウモロコシを中心に、餌の9割を輸入に頼ることになってしまった。
 「他国の食をアメリカに依存させよ」は、アメリカの外交戦略だ。
 ここから日本の畜産の運命は、アメリカの手に握られてゆく。
・第一、国産より安いといっても、穀物の市場価格は不安定で、為替レートや運搬に使う
 石油の価格上昇によって、すぐに値段が上がってしまう。
 アメリカの不作で高騰したトウモロコシの飼料価格は2004年から10年で3倍に上
 昇、これに2012年からのアベノミクスで加速した円安のダメージが重なり、酪農家
 はバタバタと倒産している。 
・2017年6月、「改正畜産経営安定法」が参院本会議で成立した。
 これによって農協(指定団体)が酪農家から牛乳を全量買い取る「指定団体制度」は廃
 止され、農協を通さずメーカーに直接売る農家にも補助金が出るようになる。
・「指定団体制度」とは何か。
 他の農産物とは違い、日持ちがしない牛乳はすぐ売らなければならない。
 そのため、 流通経路のない中小酪農家は、乳業メーカーに売るときにどうしても立場
 が弱くなる。
 そこで交渉力のない小規模酪農家が買い叩かれないよう、間に代理人(農協)を入れて
 いたのだ。
・農協が、各酪農家が作った牛乳をまとめて買い取り、彼らの代わりに複数メーカーと団
 体交渉して販売する。
 これなら零細農家が大企業と個別に交渉して足元を見られなる心配もない。
・乳製品は飲料用、加工乳用など、用途によって価格が違うので、この差を国が補助金で
 埋めている。 
 農協は牛乳を全量買い取る代わりに、どの用途で売られても差が出ないよう、メーカー
 への販売代金と国からの補助金を両方預かり、各酪農家には出荷量ごとに代金を支払っ
 てくれるのだ。
・共同販売することで、腐りやすい生乳の検査や保管、運搬などの流通コストも節約でき
 る。
・農協以外に売ることは酪農家の自由だが、その場合は自力で運搬し、メーカーに営業を
 かけ、流通も自分でやらねばならない。
・牛乳は天候や牛のコンディションに大きく左右されるが、価格交渉力を持ち、用途に関
 わらず平均価格を払ってくれる「指定団体制度」があれば、生産者は価格変動を心配せ
 ず、質の良い牛乳を作ることに専念できる。  
・これと同じ理由で、世界でも牛乳は「全量出荷」を原則にしている国がほとんどだ。
・零細農家を含めた国内の酪農家を守り、消費者に国産の乳製品を安定供給するため、
 この仕組みには「独占禁止法」が適用されていない。
 1965年以降、酪農家の95%が農協に加入して、この「指定団体制度」を利用して
 いた。
・だが「農業を成長ビジネスにせよ!」として規制改革を推していた規制改革委員会(当
 時の委員長は宮内義彦オリックス会長)は、前々からこの「指定団体制度」にすこぶる
 不満だった。
・財界人+規制緩和推進派で構成された規制改革委員会の言い分は、農協が団体交渉する
 この制度は企業に不利だからなくすというものだ。
・2016年6月、「岡素之」内閣規制改革会議議長(住友商事)は記者会見でこう言っ
 た。 
 「酪農を本当に成長産業にしたいなら、農協は反対しないはずだ」
 財界の進める成長産業の青写真のなかに、国の政策で丸腰にされてゆく国内の酪農農家
 は入っていないのだ。
・アメリカもEUもオーストラリアも、他国には「ビバ!自由貿易」「関税ゼロで自由な
 世界市場を!」などとグイグイ自由化を迫りながら、食の安全保障が外資に食い尽くさ
 れないよう、自国産業だけは補助金や規制でしっかり守る。
・自由貿易の旗を振りながらTPPやEPAを進めつつ、国内を守る規制や補助金という
 防壁を自ら崩し自国産業を丸腰にする。そんなことをしているのは日本政府だけだ。
 
・2016年4月。日本の農地を外国に売りやすくなる法律が、ひっそりと施行された。
 「農業協同組合法等の一部改正する等の法律」いわゆる「農地法改正」だ。
・これまで日本では、農地の売買は直接そこで農業をする農業関係者のみ許可されていた。
 2009年の改正で一般企業も農地を借りられるようになったが、所有に関してはルー
 ルが厳しく、役員の4分の3が農業者で議決権の4分の3を農業者が持つ農業法人だけ
 に限られ、所有する場合は役員の4分の1が毎年60日間農作業をしなければならない。
 海外企業にとって、日本は農業に参入しにくい国だった。
・だが「日本を世界一ビジネスをしやすい国にする」という目標を掲げる安倍政権が、
 2015年6月に農林水産業を成長産業にする目標を入れた「日本再興戦略」を閣議決
 定し、農業に関係ない企業も日本の農地を手に入れられるよう、大きく扉を開いてくれ
 たのだ。  
・役員は農業者でなくてもよくなり、議決権を持つ農業者の必要数は4分の3から半数に
 減らされ、企業は50%の議決権を持てるようになった。
 これなら外国人投資家もグッと買いやすくなる。
・だが、農地とは単なる土地ではない。
 領土であり水源であり、環境に影響を与え、日本人の安全保障を左右する重要な資源だ。
・2018年3月、参議院農水委員会で、「外国人が日本の農地を所有することの問題」
 を指摘された「齋藤健」農林水産大臣は、きっぱりとこう反論している。
 「わが国では、基本的に外国法人の流入はありません」
 だが、本当にそうだろうか。
・2018年2月、フランスのマクロン大統領は、外資による農地買い占めを規制する方
 針を発表した。
 「フランスの農地は、わが国の主権にかかわる戦略的投資だ。購入目的も不明なままで、
 外国企業に土地が変われることを許すわけにはいかない」
・世界では今、枯渇する「食糧」と「水」をめぐる争奪戦が起きている。
 加熱する奪い合いは巨大な利益を生み出し、生命に直結したものほどマネーゲームの商
 品価値は高い。 
・今フランスの国家主権を脅かしているのは、食糧と水のどちらも不足が深刻な中国企業
 による農地の買い占めだ。
 国内の河川の70%が汚染されている中国では、水資源の確保が政府の緊急課題になっ
 ている。
・さらに中国企業群は、開発途上国の農地を買い占め、最安値の労働コストで作っての輸
 出で莫大な利益を上げるという米アグリビジネスを手本にしながら、猛スピードでその
 後を追い上げているのだ。
・寡占化が進む世界のアグリビジネスは今、米中独の3カ国がトップの座を争っている。
・中国政府は自国企業に海外の農地買収を奨励し、中国企業による外国の農地取得件数は、
 アフリカなどの途上国からアメリカやフランス、オーストラリア、カナダや日本などの
 先進国まで、世界各地で急増中だ。
・農地を買った中国企業は、労働者も流通も消費者も、すべてセットでビジネス計画に組
 み入れる。  
・アメリカでは大企業が農地を買い占め大規模農場化し、元からその土地にいた家族経営
 農家をフランチャイズ形式で雇い、最安値の労働コストで生産させている。
 生産だけでなく、加工も流通もすべて傘下にある子会社が請け負うという、最大限効率
 化されたシステムだ。
・農産物の市場価格が下がったり、土地が劣化して使えなくなるなど、採算が取れなくな
 ったときは、速やかにその国から撤退すればいい。
・すでに耕作地の2.5%、外国資本による農地取得の4分の1が中国企業に所有されて
 いるオーストラリアでは、中国企業が土地を買い占めて大規模ワイン醸造所を作り、
 「オーストラリア産ワイン」の好きな中国人客に売っている。
・中国人の中国人による中国人のためのアグリビジネスは、地元にお金が落ちない上に、
 現地の農家がことごとく潰され、集約された大規模農場は、自国の食料供給を脅かす安
 全保障問題に発展してしまった。  
・農地とは単に農業をするためだけのものではない。
 「食糧」と「水」という、その国にとっての貴重な資産なのだ。
・外国からの投資拡大を目指し、安易に外国企業による土地購入を許してしまったオース
 トラリア政府は慌てて規制強化に動き出し、フランスを始めとする欧州の国々も後に続
 き始めている。 
・一方、日本政府はスピーディに逆行中だ。
 世界の大半の国が、安全保障の観点から外国人の土地購入に規制をかける中、外国人に
 土地の所有権を与え、一度取得した土地は何にでも自由に使わせてくれる日本のような
 国は珍しい。
・2016年、日本で買われた土地面積は202ヘクタール(ほとんどが北海道の森林)
 で、購入者の8割が中国系。
 沖縄でも国が借り上げている米軍用地の10分の1がすでに中国資本による所有だとい
 う。
・何しろ日本で土地を買うと、他国では絶対にありえないおまけが色々ついてくる。
 法人を設立してスタップを2人おけば、「管理者ビザ」がおり、10年たてば、永住権
 まで取得できるのだ。
 外国人の土地購入については、安全保障上の問題があるとして複数の国会議員が声を上
 げているが、危機感のない日本政府の反応は鈍い。
 
・2018年5月、参議院本会議で、またしてもほとんどの国民が知らないうちに、日本
 の資産を売る法改正が決められた。「森林経営管理法」だ。
・自治体が森林を所有する住民の経営状況をチェックし、「きちんと管理する気がない」
 とみなされたら、どこかの企業に委託してその森林を伐採できるようにする。
・所有者が「切らないでくれ」と言っても、市町村や知事の決定があれば、所有者の意志
 に関係なく伐採して良い。早い話が、森の木々を企業が切りやすくする法改正だ。
・日本は国土の3分の2を森林が占めている。
 様々な恩恵をもたらす森林は、わが国の大切な資源のひとつなのだ。
 だが、貴い資源の価値よりも目先の利益で動いた政府が「拡大造林計画」を強引に進め、
 自然林を散々人工林にした後で、それに追い打ちをかけるように、今度は木材の輸入を
 自由化した。
・外国製の安い輸入材が入ってきたせいで木材全体の値段が下がり、国内の林業従事者は
 経営的に追い詰められて次々に廃業、林業人口はどんどん減ってゆき、多くの森林も手
 が入れられず放置されるようになってしまった。
・2000年代初めに木材自給率が20%を切るという危機的な状況になった頃、ようや
 く60年代、70年代に植林した木々が成長し、木材として使える時期がやって来た。
 だが、長い年月をかけてやっと成熟した新しい木々は、日本の林業復活にとってだけで
 なく、木材ビジネスにとってもまた、途方のない「宝の山」であった。
・これに目を付けたのが、現在日本であらゆる改革をイケイケドンドンで進めている政府
 の「規制改革推進会議」だ。
・そのノウハウを提供するのは、木材チップを使うバイマ数発電事業を精力的に全国展開
 しているオリックスだ。
・自社の会長が偶然にも国家戦略特区会議のメンバーで、特区で農地をたくさん買い占め
 てアグリビジネスも上昇気流に乗っているオリックスは、「森林経営管理法」でまたし
 ても、会心のヒットを飛ばしたのだった。
・だが現場の森林関係者からは、怒りの声が上がっていた。
 この法案について林野庁が出した資料に「8割の森林所有者は経営意欲が低い」と書か
 れていたのだ。  
 おまけにそこには、「意欲の低い森林所有者のうち7割は伐採する気すらない」とあり、
 切っても運びさせないほどの急斜面や山奥に「拡大計画」だといってスギやヒノキを植
 えまくった自分たち政府の責任は、堂々と森林所有者に責任転嫁されている。
・そもそも森に手が入れられないもう一つの理由は、国が木材の関税をなくしたせいで木
 材価格が安くなりすぎ、林業従事者が生活できなくなったためだ。
 それを棚に上げ、「森林所有者はやる気がないから国のほうで企業に森林を差し出して
 やる」というのはひどいこじつけだ。
・かつて「拡大造林計画」で森を荒らした反省もなく、今度は受令のバランスを無視した
 「拡大伐採計画」をごり押しして、どんどん木を切らせろという。
・あの時、国が水害対策だといって全国に植えた大量のスギは確かに伐採期を迎えている
 が、ただやみくもに切ればいいというものではない。
 樹齢に合わせ少しずつ順番に切っていかないと、森が維持できなくなってしまうのだ。
・「やる気がないから切らない」のではなく、「50年、100年単位で森林計画を立て
 ているからこそ、まだ切らない」と訊けている所有者も少なくない。
・今日本ではバイオマス発電や安いインスタント合板などに使う低級木材が大量に出回っ
 ている。 
 だからこそ日本の林業従事者たちは、森林大国日本ならではの、高品質木材を増やそう
  としてきたのだ。
・日本には、またまだAランクの高級木材になる木がたくさん生えており、樹齢を長くす
 ることで、森林の生態と多様性を維持しながら高級木材を増やすことは十分できるのだ。
・「森林を成長産業にせよ」というならば、優れた品質の木材を価値ある日本ブランドと
 して売り出しながら、森林の生態系を100年単位で維持してゆくほうが、よほど持続
 可能で現実的ではないのか。 
・だが政府は今回の法改正で、樹齢55年以上の木はすべて伐採するという。
 低品質の木材を接着剤や薬剤で加工する巨大企業に、安い木材を大量に差し出すためだ。
・今回の「森林経営管理法」は、自治体が委託した企業にどんどん森林を切らせることで、
 あちこちの森林を集約し、効率よい大規模ビジネスにすることを目指している。
・伐採した木材を運ぶための高性能の大型機械を入れるため、日本はバブルの時代から、
 各地で森を切り開き、巨大な林道を作り、数十トンもある大型機械を無理やり走らせて
 きた。  
・だが山岳地帯の日本で、山の形状を無視して無理に斜面を削ったために、やがて林道は
 崩れ、豪雨のときには山崩れなどを誘発するようになってしまった。
・森林をよく知る小規模林業従事者は、山を極力削らない。
 山の形状に負荷をかけない「自伐型林業」というやり方で、切った木材を工夫して並べ、
 巨大なトラックではなく2トントランクに小さな運搬機を乗せてそっと運ぶのだ。
・豪雨でもびくともしなかった自伐型林業の山が日本にとってなくてはならない「防災」
 という安全保障機能のひとつになっていることを、知っている人はどれくらいいるだろ
 う。  
・一般的な林業のように短期計画で伐採・造林を受注するのではなく、自伐型林業は森林
 所有者から任せられた森林を、多様性を持つひとつの生態系として長期スパンで管理す
 る。
 初期投資が少なくてすみ継続的な収入につながるとして、自伐型林業は今、全国にじわ
 じわ拡大しているのだ。
・こうした価値は、大量の安い木材を特定企業に差し出すために、国民からとった森林税
 で企業に山を切り崩させ、山と共存してきた林業従事者を切り捨ててしまえば見えなく
 なってしまう。
・自然災害大国のここ日本で、山家本来持っている、豪雨や台風や洪水から民を守る機能
 がどんどん失われ、災害に弱い町が全国各地に作られている現状は、森を「林業ビジネ
 スの商品」としてしか見ないことの愚かさを、どれほど教えてくれているだろう。

・2016年6月、農水省で「奥原正明」氏の事務次官就任が発表されたとき、多くの農
 業・漁業・林業関係者の耳には、自分たちの運命の歯車が大きく回り出す音が聞こえた
 ことだろう。
 「農業を産業として日本から農水省をなくすことが理想」と公言し、関係者の間では
 「農水官僚の皮を被った経産官僚」と呼ばれる奥原氏。
 この新事務次官が情熱を注ぐのは、「政府の規制改革推進会議の意向に沿った「林業と
 水産業の民間企業への解放」だ。
・林業は国有林を企業に開放し、水産業は養殖ビジネスに企業が入りやすいよう、漁協が
 管理する漁業権を民間に開放する。
・漁業に関して、水産ワーキングメンバーの意見は一致している。
 日本の漁業の衰退は、漁船の老朽化と漁業者の高齢化が原因だ。
 解決策はたったひとつ、今すぐ「成長産業」にするしかない。
・もっと根本の原因がある。
 1961年の「自由化」安い輸入の水産物が大量に流れ込み国内漁業を圧迫していると
 いう事実のほうは、最後まで議論のテーブルには乗せられなかった。
・東日本大震災で東北の漁業が最大被害を受けた後、宮城県の「村井嘉浩」知事は力強く
 こう力説した。
 「単なる復旧ではなく、集約、大規模化、株式会社化の1セットで水産業を根本から変
 えるのだ!」 
 そして現場漁業者や組合の反対意見を押し切って、日本初の水産特区を強引に導入する。
・その内容はこうだ。
 県内140カ所ある漁港のうち、小さな漁港は潰してまとめ、3分の1減らす。
 漁業権は企業に渡し、漁業者はその会社の社員になればいい。
 高齢化や漁船の老朽化、国民の魚離れなどから衰退しつつある漁業は、この特区で必ず
 や活性化し、若者をひきつけ、後継者不足も解消するはずだ。
・だが漁業関係者と漁協は、これに猛反対した。
 養殖は、知識や経験に基づく技術や判断力がものを言う業界だ。
 儲かりそうだからと企業が金にものを言わせて参入して、うまくいくものじゃない。
 海には海のルールがある。周りの漁業者や地域住民との協力を調整する漁協を排除して
 好き勝手にやられたら、誰が日本の海を守るのか。
・そもそも企業が守るのは、海でも漁村でもなく、「株主」だ。
 採算が取れなければ、さっさと撤退する。
 企業は自己都合で撤退し地方経済が崩れても、だれも責任を取ってなどくれないのだ。
・村井知事は、漁港を3分の1に減らし、行き場をなくした漁民に漁業を捨ててサラリー
 マンになれという。  
 一体全体これは誰のための復興なのか。
・だがこれらの声は、「漁業の株式会社化」という自らの構想に情熱を燃やす村井知事の
 耳に届くどころか、むしろその決意に火を注ぐ結果となった。
 「どんなに嫌われ者になっても、やり遂げる!」
・知事は敵に包囲された正義の主人公のごとく熱い口調で宣言し、行く手を阻む障害物を
 速やかに排除し始めた。
 まず特区に関する細かいルールを決める「協議会」のメンバーは、国と県と特区参入企
 業のみで構成し、現場の中小漁業者や漁協関係者はすべて蚊帳の外に置く。
 特区を進めるのに必要なのは漁業を知り尽くした海の男」ではなく、「漁業ビジネスに
 詳しい経営コンサルタント」なのだ。  
・凄まじい争奪戦のなか、見事に他社を引き離し宮城県の「震災復興基本方針全面支援企
 業」の座を手に入れたのは野村総合研究所だ。
 財界が望む「集約、大規模化、株式会社化」という3つを旗印に、村井知事の改革は華
 やかなスタートを切ったのだった。
・だが、それから5年後の2018年3月、宮城県が水産庁に提出した「特区に関する報
 告書」は、知事の掲げた「企業参入で活性化」からはほど遠い内容だった。
・特区導入後に参入したのは「桃浦かき生産者合同会社」1社のみ。
 復興推進計画で掲げた生産量と生産額は、目標の6〜7割しか達成されておらず、桃浦
 かき生産者合同会社に雇われ社員となった漁業者の一人当たりの手取り収入は、社外漁
 業者に比べて大幅に低くなっている。
・では、企業のノウハウが取り入れられた結果、肝心の財政は良くなったのか。
 答えはノーだ。
・フタを開けていると、黒字だったのは1億円の震災寄付金のあった初年度と、国の助成
 金が出た翌年の2年間のみ。
 巨額の税金が投入されたにもかかわらず、復興計画の目標は未達成で、3年目からは
 毎年赤字が膨らんでいる。
・全国初の特区がコケたくらいでは、奥原事務次官の野望はビクともしない。
 この手の失敗は、新聞とテレビが沈黙すれば、ほとんどの国民に知らされず、なかった
 ことにできるのだ。 
 宮城県のローカル紙に小さな記事が載った後、この問題は終わりになった。
・2018年5月、水産庁は養殖業への企業参入を加速させ、水産業を「成長産業」とす
 る改革案を発表した。 
 自治体が地元の漁業協同組合に「漁業権」を優先的に与えるルールを廃止し、養殖用の
 漁業権を、漁協を通さず「企業」が買えるようにする。
 さらに水揚げ漁港の集約や、沖合・遠洋漁業の漁船のトン数制限撤廃も入っており、こ
 れらを2018年10月の臨時国会で一気に法律として導入する狙いだ。
 どれも規制改革会議が全国の自治体にも漁業関係者にも知らせず「秘密」で進めていた
 もので、根耳に水の都道府県と現場関係者は大きなショックを受けた。
・日本の海を持続可能な共通資源として管理する役割を担ってきた漁協は、県知事の指揮
 の下で沿岸の海を守るため、一部漁業者の獲り過ぎで価格低下や資源枯渇が起きないよ
 う休漁期間を決めるなど、独自のルールで小規模漁業者や漁村、多様な日本の水産資源
 を管理してきた。
・自治体から直接漁業権が買えることになれば、コスト重視の企業はわざわざ漁協に入ら
 ないだろう。 
 漁協に加入すると漁業権使用量をはじめ、設備利用料や販売手数料などこまごまとした
 経費を支払わなければならないからだ。
・だが漁協を支える組合員が出資しなければ、漁場と環境を維持するための浜の清掃や稚
 魚・稚貝の放流作業、漁場の定期検査や造成、海難事故の際の救助など、公共資産であ
 る海を守ってゆくための必要経費が出せなくなってしまう。
・漁港を集約すれば、小さな船で地元港に水揚げしていた零細漁業者はやっていかれなく
 なり、漁村は衰退するだろう。
 漁船のトン制限を取り去ることで、今後は外国の大型漁船がやってくる。
・96%が家族漁業からなる日本の第一次産業と豊かな海を、私たちはこれからどうやっ
 て守るのか。
・「海は誰のものでもないはずだ」
 宮城県の村井知事はそう言って、県の漁業権を企業が自由に買えるようにした。
 その後の改革の中身を見ると、この言葉が意味するものは、決して「海は母なる地球の
 もの」などという美しい話ではない。
 一番高く買った者が、好きなように使える権利を手にすべきだという意味だ。
・海は、投資商品としても優秀だ。
 漁業権を複数買い占め、広域枠がほしい企業に転売すれば、かなり高値がつくだろう。
 だがこれには副作用もある。
 オーストラリアでは全漁獲量の4割、ニュージーランドでは6割、アイスランドではほ
 とんどすべての総漁獲量(98%)が証券化され、経済危機のときに外資に買い上げら
 れてしまった。 
・中国・大連の漁師たちは、違法と知りながらなぜ他国の領海に入るのか。
 理由は乱獲で水産資源が枯渇していることに加え、「漁業権」を権力者が買い占めてし
 まい、地元で漁ができなくなったからだという。
・魚が国民の重要な食糧である島国日本では、地元の漁師がやっていかれなくなったらど
 うなるだろう。
 テレビでは無責任なコメンテーターが、魚より肉を食べるからいい、魚を食べたければ
 スーパーで輸入品を買えばいい、と言う。
 だが、本当にそうだろうか。
 食生活が欧米化したといっても、餌の8割を輸入飼料に依存している肉や卵や乳製品は、
 輸出国の政策や、為替レートや自然災害、疫病などで、生産に支障が出たら即アウトに
 なる。
・魚は、日本人の食糧供給として主要タンパク質であるうえに、海面漁業漁獲量はアメリ
 カやロシアと並べても引けを取らない規模だという。
 これから世界中で食糧が不足してゆくなか、魚を成長産業にして国際競争力云々の前に、
 国がまず守らなければならないのは、明らかに自国漁業者と魚の自給率のほうだろう。
・だが農業や漁業という第一次産業が、100年単位で国が守るべき資産だという考えは、
 規制改革会議と財界の描く未来の青写真には明らかに存在しない。
  
・2018年6月、全国の生産者も流通業者も、ほとんど誰も気づかぬうちに、日本人の
 大切な資産が、またひとつ売るに出された。
 参議院でひっそり成立したのは、「卸売市場法改正」(=卸売り市場法及び食品流通構
 造改善促進法の一部を改正する法律)、公設卸売市場の民営化だ。
・卸売市場では、生産者の大半を占める小規模農家や漁業者が、不作豊作にかかわらず安
 心して出荷することができる。
・卸売市場では、イオンやダイエーのような大手小売業者から地方の小さな商店まですべ
 て平等に扱われるので、作ったものを卸業者に委託すれば、競りにかけられるときも輸
 送コストや出荷量で差をつけられる心配はなくなる。
 行き過ぎた価格競争で一人勝ちした巨大スーパーが流通を独占することもなく、目利き
 の仲卸業者がその時の需要と供給にあった適正価格をつけてくれるからだ。
・卸売市場の目的は、力のある企業が勝ち抜いてゆくためではなく、あくまでも国民のた
 めの食の安全と品質、それを生み出す全国の生産者を守るという「公益」だ。
 株主のための利益拡大という、180度対極にある使命を持つ民間企業に、はたしてこ
 の役割ができるだろうか。  
・世界的なスーパーチェン「カルフール」があるフランスでは、流通市場の75%を上位
 5社の巨大企業が握っている。
 流通業界の寡占化が進む先進国ではどこも大企業が市場の半分近くがそれ以上を独占し
 ており、イギリスでは65%、アメリカでは45%というのが現状だ。
・そんな中、日本の卸売市場は、国産生鮮食品の8割以上が集まる場所にもかかわらず、
 大手スーパー上位5社が流通に占める割合をわずか3割に抑え、品質と安全だけでなく、
 食の「多様性」を維持してきた。
・2000年に日本に参入した仏カルフール社は、この「多様性」について行けず、「扱
 う生鮮食品の種類が多すぎる」と悲鳴を上げ、わずか5年で撤退したのだった。
・だが政府と規制改革推進会議にとっては、第一次産業や地域経済、食の安全保障を守る
 より、2019年に発効するTPP協定に反する国内公共インフラをなんとかするほう
 が急務だった。  
・まずは卸売市場自体の民営化だ。
 政府は今回の法改正で、一定以上の大きさと条件を満たせば企業が開設できるようにし
 た。
 整備の仕方も運営方法も、自治体が口を出せる部分がぐっと減り、企業が独自のルール
 を決められるようになる。
・これについては農水委員会でも、懸念の声が出されていた。
 例えばローソンが運営する農業生産法人「ローソンファーム」のような大手業者が民間
 卸市場を開設し、自社傘下の農業法人で生産した農産物を大量に仕入れ始めれば、中小
 の生産者は入りづらくなり、やがて淘汰されてゆくだろう。
・すべての生産者が平等に扱われていたからこそ膨大な種類の生鮮品が市場に出ていたが、
 公的なルールが外され自由競争になれば、生産規模や交渉力による力の差で弱者が振り
 落とされ、全体の種類は減ってゆく。
 多種多様な質の良い食品が売られる場所が消えゆけば、私たち日本人は食の選択肢を失
 うことになる。 
・次のステップは、企業の仕入れコストを最大限削減できるよう、仲卸業者を通さない直
 接取引の解禁だ。
 これなら企業は競りなど行かず、卸業者から直接買うか、生産者から直接仕入れて中間
 コストを節約できる。
・需要と供給のバランス、そして品質で適正価格をつける仲卸業者がいなければ、すべて
 の取引の判断基準は「価格」だけになってしまう。
 価格競争にさらされた小規模生産者が大手スーパーと対等に交渉するのは難しく、今後
 は「言い値」で買いたたかれるケースが増えるだろう。
・仲卸業者が減ってしまうと、小さな八百屋のような中小小売店は立ちゆかなくなり、地
 方の商店街のシャッター通り化はますます加速するだろう。
・今まで自治体がやっていた、食の安全についての指導や検査、監督権限を民間企業に丸
 投げすることで、食の安全を守るという公的な役割も保証されなくなってしまう。
・室に見合った適正価格で取引されていた食材が自由競争になれば、消費者側も価格以外
 の判断基準がわからなくなる。  

日本の未来が売られる
・「二度と働き過ぎて命を落とす人が出ないよう、決意をもって働き方を改革する」
 電通社員の自殺が過労死認定されたとき、安倍総理は神妙な表情でこう宣言した。
 だが国内の過労死件数は、毎年増大中だ。
・2018年5月、衆議院本会議で「働き方改革法案」が可決された。
 数々の問題が指摘された上に、厚労省がデータを捏造するなど法案決定プロセスもめち
 ゃくちゃだったこの法案。
 特にその中の「高度プロフェッショナル制度」(高プロ)は、きわめて危険な内容なの
 で、日本中のサラリーマンは絶対に知っておいた方がいい。
 労働者の命と健康を守る「労働時間の規制」が、事実上なくなるからだ。
・会社はあなたを4週間で4日間休ませれば、残り24日間は24時間働かせても合法に
 なる。 
 もはや長時間労働が原因で死んでも、「過労死」とはみなされないので、統計上の「過
 労死」は減るという、まさに雇う側と政府の両方にとっては一石二鳥の法律だろう。
・「高プロの対象は年収1075万円以上で専門分野の人でしょう。自分は関係ないです」
 と思っているとしたら、ちょっと待ってほしい。
 この法律は多くの国民に重要な部分が知らされておらず、かなり誤解されているからだ。
・まずこの法律には「年収1075万円」という数字は、どこにも書いていない。
 この金額は国会を通さずに厚労省が好きなように決められる。
 しかも基準給与は、実際もらう給料ではなく、もらえる見込み額なので、例えば1千万
 円契約した後、会社から押しつけられた大量の仕事が半分しか終わらず、その分給料を
 半額にされても、あなたは「高プロ」の対象なので、残業代は無しだ。
・これについては、この法案の旗振り役だった産業競争力会議の「竹中平蔵」氏がわかり
 やすく説明してくれている。
 「時間内に仕事を終えられない生産性の低い人に、残業代という補助訓を出すのは、一
 般論としておかしいからです」
・ちなみに上がった分の成果が「賃金」に反映される規定は一切ないので、企業側はいい
 ことずくめになる。
・だが、なぜ肝心の社員の側の意見が入っていないのか。
 政府は「時間ではなく、成果で評価されたい人のニーズに合わせてつくった法律です」
 と言っているではないか。ニーズを出したその人たちは、いったいどこにいるのだろう。
・だがフタを開けてみると、総理大臣曰く「労働者のニーズではなく、経済界から制度創
 設の意見があったので作りました」とのこと。 
 労働者のニーズでつくったという「働き方改革法案」は、実は雇う側の要望でつくった
 「働かせ方改革法案」だった。
・何を隠そう、高プロの対象になる年収、職種、労働時間は、まだ決まっていないのだ。
 職種は金融関係者や専門家だけでなく、厚労省がこれからいくらでも広げられる。
 ちなみに、これは国会を通す必要がない。「省令」なので、国会議員はその作成や訂正
 に一切手を出せない。 
 すべてが見えないところで決められた後、最後に国民に知らされるスタイルだ。
・派遣社員と高プロ正社員には、大きな違いがひとつある。
 派遣社員の働き方は労働基準法で守られるが、高プロ社員は労働基準法の適用外になり、
 守ってくれる法律が存在しないのだ。
・それじゃまるで、残業代なしの過労死コース一直線じゃないか。
 そんな不安を吹き飛ばすように、竹中平蔵氏は、それは誤解だ。実際は逆だ」と説明し
 てくれている。  
 「この法律は過労死を防止するための法案です。ちゃんと年間104日以上の休みを義
 務化している。なぜこんなに反対がでるのかわかりませんねえ」
 その年間104日が、お盆と年末と正月と祝日を含めて数える週休2日だということや、
 健康診断を受けさせれば24時間24日間連続で働かせても合法になることについては、
 竹中氏は特に触れなかった。
・結局、この「働き方」ならぬ「働かせ方改革法案」は、野党や市民団体の猛烈な反対を
 押し切って賛成多数で成立し、最後まで総理に面会してもらえなかった過労死遺族の会
 は、「過労死は絶対に出る、私たちにはわかる」と悔しさを訴えていた。
・2015年7月、国家戦略特区は改正され「改正国家戦略特区法」が成立。  
 手始めに特区内で、外国人労働者の家事代行サービス(メイドサービス)が解禁される。
 国民は安保法制で粉叫し、ワイドショーがその話題一色だったせいで、この改正はまた
 してもほとんど気づかれないまま、ひっそりと決まった。
・これを要求したのは、国家戦略特区諮問会議のメンバーで人材派遣最大手パソナグルー
 プ
取締役会長の竹中平蔵氏だった。
・2016年11月、竹中平蔵氏が毎回出席する国家戦略特区諮問会議の提案で、外国人
 労働者の受け入れ分野に、「介護」を加える法改正が成立した。
 これで日本に参入してくるアメリカ大手介護ビジネスチェーンや中国系ファンド、各種
 投資家たちにとって、人件費についての選択肢が大幅に広がることになる。
 外資の場合は、あらかじめ自社の社員として雇ってから日本の現場で安く働かせること
 も可能だ。  
 外国人技能実習生なら最低賃金で雇うこともでき、それによってさらに日本人介護士の
 給与も引き下げられてゆく。
・2017年2月、国家戦略特区諮問会議は、サービス業で働く外国人労働者が在留資格
 を取りやすくするよう、取得条件を緩めることを決定した。
 実務経験の期間や必要最低限の学歴など、外国人労働者ができるだけ楽にパスできるよ
 うに変えて、速やかに働き始めてもらうのだ。
 いつものように、最初は特区内でスタートするのが良いだろう。
 総理が公言しているように、どのみちそこから全国に広げてゆく予定になっている。
 成功すれば、という条件が付いているが、そこは全く問題にならない。
 成功の判断基準は労働者の感想ではなく、雇う側の四半期利益だからだ。
 今より低賃金で長時間働いてくれる外国人労働者が増えれば、人件費は下がり、利益は
 間違いなく上昇する。
・国内法の規制をエリア限定で撤廃する国家戦略特区は、いってみればTPPのお試し版
 だ。 
 これで縹緻利益が伸びれば「実験成功」と見なされて全国に広げられるので、かなり大
 きく社会が変わることになる。
・こんな重要な法律にもかかわらず、国家戦略特区については大して取り上げられもせず、
 ひっそりと、だが着々と進んできた。
・そして奇妙なことに、この法律が動く時はいつも決まって何か別の大ニュースにかき消
 されるのだ。 
・「国家戦略特区」が成立した2013年12月、あの日はテレビも新聞も、同じ日に成
 立した「特定秘密保護法」の強行採決を報道し、野党や国民は反対デモで忙しく、話題
 にもならなかった。
 その後もくり返し改正されきせいが緩められているが、そのたびにワイドショーには別
 のビッグニュースが流れ、国家戦略特区法は国民の関心を素通りし続けている。
・2018年6月、政府は「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太の方針)で、ついに
 2025年までに、50万人の外国人労働者を受け入れる方針を発表した。
・先の「介護」に加えて、「建設」「農業」「宿泊」「造船」の5分野で、在留期間は最
 長5年。すでに最長滞在期間が5年間の技能実習生なら、円超年で合計10年間、日本
 で働けるようになる。  
・これまでこうした分野は、アジアからの技能実習生によって担われていた。
 例えば人手の足りない農業現場では技能実習生への依存度が年々高まり、すでに年間雇
 用者の2割から3割を占めている。
・母国の斡旋業者に法外な手数料を払い、借金を背負って来日する実習生たちは立場が弱
 い。 
 給料は最低賃金以上とされ、途中背色を買えることもできず、ブラックな働かされ方を
 余儀なくされても声があげられないのだ。
 あまりに辛さに逃げ出す者が後を絶たず、2012年から5年間で急増、すでに1万人
 以上が失踪している。
・これについては国外からも問題視されており、アメリカ政府が2014年に出した「人
 身売買報告書」では、「日本政府は実務・政策のいずれを通じても、外国人技能実習生
 制度の強制労働を終わらせることはなかった」と、その批判は痛烈だ。
・日本にいる外国人労働者の数は、過去5年で2倍に増え、2018年3月の時点で過去
 最大の128万人を記録、今では日本の全労働者の2%を占めるようになった。
 うち専門・技術分野などの高度人材を除き、大半は製造業やサービス業など単純労働分
 野で働く技能実習生と留学生等が占めている。
・留学生はその多くが週28時間という上限を超えて複数のバイトをハシゴするが、人件
 費を安くしたい企業側が黙っているので、警察がなかなか手を出せない状態だという。
・日本で働く留学ビザを得るためだけに、日本語学校に入学するケースも急増中だ。
 だが留学生も実習生も本来勉強や技術を学ぶために日本に来ているために、法律上は様
 々な制約がある。
 「期間限定で手数料の高い実習生より、専門的経験を持つ人手がほしい」と農家から不
 満が漏れたとき、国家戦略特区諮問会議の竹中平蔵氏は、すかさず手を差しのべたのだ
 った。
・竹中氏の主導で、まずは京都府、愛知県、新潟市の3特区にて、今度は「農業分野」で
 の、外国人労働者解禁が決定する。
 1年以上実務経験がアジアの専門人材を、農業生産法人に斡旋する業務を受注したのは、
 もちろんパソナグループだ。 
 ちなみに農業部門では、同じ国家戦略特区諮問会議メンバーの「新浪剛史」社長(当時)
 が経営するローソンが、こちらも滑らかな早業で特区内に23カ所ほど自社の農業生産
 法人「ローソンファーム」を開設している。
・だがこう外国人が増えてくると、さすがの日本国民も「おかしいな」と思いはじめる。
 ヨーロッパやアメリカで、移民受け入れが自国民の失業や治安悪化など深刻な問題に発
 展している海外ニュースも増える中、ふとした時にこんな疑問を持つ日本国民も出てく
 るだろう。 
・2015年のOECD外国人移住者ランキングで世界第4位に輝いた日本は、どこから
 見ても「移民大国」だ。
 だが国際的な定義はどうあれ、今の日本は、政府が移民じゃないといえば、彼らは移民
 じゃないのであった。
 それから2年後の2018年6月に出した「骨太の方針」にも、「もちろん移民政策で
 はないが」という一文がしっかりと入れてあった。
・欧州の移民の大半が、仕事が続かず生活保護に流れてゆく大きな理由は、言葉の壁と最
 安値でこき使われる仕事内容の劣悪さだ。 
 ノルウェーでは失業保険や生活保護など社会保障の半数を移民が占め、スウェーデンで
 は移民のせいで爆発的に増えた社会保障費を埋めるために、自国民の年金受給年齢を引
 き上げざるをえなくなっている。
・移民受け入れは「コスト」という経済的要素だけでなく、安全保障にも影響する政策だ。
 例えば日本に滞在する外国人で最も多い中国人を見てみよう。
 2017年6月時点で日本に住む中国人の数は日本国籍取得者を含めて過去最多の92
 万人を突破、外国人労働者の3割を占めている。
 彼らは201年7月に中国で導入された「国防動員法」によって、有事の際には中国政
 府の指揮下に動員されることが義務づけられている(拒否すれば処罰される)。
 こうした事実は一部の保守系論者から懸念の声が上がるだけで、政府の移民政策の議論
 のなかには、なぜか出てこない。
・過酷な労働環境から次々に逃げ出す外国人実習生の問題も解決しないまま、安い労働力
 という「商品」として安易に大量輸入した移民たちは、四半期利益のために使い捨てる
 「モノ」ではない。
 私たちと同じように歳をとり、家族を育て、70〜80年かけて老いてゆく「人間」な
 のだ。
・その視点がないままの移民50万人計画は、いったい誰のためのものだろう。
 そしてまた、日本社会が彼らなしでは成り立たなくなってから、未曽有の大規模災害が
 起きたらどうなるか。
 東日本大震災の直後に大量の外国人が帰国したように、彼らは本当に危険だと思えば、
 自分と家族の安全のために躊躇なく日本を去ってゆく。
・移民は今や国境を越えて売り買いされる商品だ。
 だが副作用を含め長いスパンで考えなければ、国家は危機にさらされる。
 「真の共存とは何か」が、世界中で問われているのだ。
   
・2018年7月、政府は労基署の一部民営化を開始する。
 会社が労働者をブラックな環境でこき使っていないかどうかのチェック機能を、民間に
 委託するのだ。
・通常お上が調べに来るとわかると、ブラックな会社はその事実を隠そうとするので、抜
 き打ち検査でなければ意味がない。
 そのため労働基準監督官は許可なく立ち入り尋問し、この資料を今すぐ見せると要求で
 きる。まるで金融庁捜査官のような巨大な権限が与えられている。
・徹底した捜査の結果、従業員に違法なブラック労働をさせていた企業が摘発されれば、
 声を上げられずにいた労働者の命が救われるのだ。
・雇用する側の企業を優遇する規制緩和が繰り返され、低賃金と長時間労働が年々増えて
 いる今の日本では、労基署はまさに労働者にとっての命綱に等しく、公的システムのな
 かでも、きわめて重要なもののひとつだろう。
・だが実は、この命綱が危機に瀕していることを、国民は知っているだろうか。
 現在全国に勤務する労働基準監督官の数は、3241人だ。
 その半数の約1500人で、5千万の労働者のために、全国4百万軒の事業所をチェッ
 クする。 
 どう見てもマンパワーが追いついていない。
 「人手不足?では民営化しましょう」
 またこれだ。猫も杓子も民営化。
・民営化万能論者たちの規制改革推進会議は、労働基準監督官という公的機関の人員を増
 やす代わりに「民営化」するよう政府に提案、与党が多数を占めているために、この法
 案もすぐに国会を通過した。 
・全国には、まだまだ労働基準法自体をよくわかっていない経営者もたくさんいる。
 それを監督する仕事の補助なら、その方面に詳しくて人数も余っている社会保険労務士
 (社労士)が適任だろう。
 忙しい労働基準監督官の仕事を手分けして効率よくやれば、劣悪なブラック労働を予防
 する力にもなるに違いないというわけだ。
・だが本当に大丈夫だろうか。
 そもそも過労死や長時間労働の蔓延が、あまりにもひどいため、ILO(国際労働機関)
 からくり返し改善要求を出され、さらにIMF(国産通貨基金)にまで「過労死」を問
 題視されるなど、日本の労働環境は世界中から猛烈に批判されている。
・もっとも重要な公的チェック機能である労基署の人員を政府がどんどん減らしているこ
 と自体が、そもそも問題なのだ。
・2008年10月、麻生政権は、労働技官と労災担当事務官の新規採用を廃止した。
 その結果、安全部門と労災部門の人員が急激に減り、それらの部署に労基署から人を回
 さねばならなくなったために、肝心の労働基準監督官がブラック企業をチェックする外
 回りに出られなくなってえしまったのだ。 
・困り果てた現場では、仕方なく労働者が労働基準法違反について相談する「労働条件相
 談窓口」や「夜間の相談ホットライン」など、業務の一部をアウトソーシングし始めた。
 外部から雇われた民間企業の元人事部OBや社労士などが相談を受け、悪質なものは労
 基署に回すというやり方だ。 
・だが、ここには大きな問題がある。
 企業の「顧問」である社労士に、企業を「捜査する」業務をやらせるリスクだ。
・以前、愛知県の社労士が書いた「社員をうつ病に罹患させる方法」というブログが炎上
 したことがある。 
 今の労働基準法では、問題のある社員を正攻法でやめさせるのは難しい。
 だが、うつ病ということになれば、本人の自己都合による退職という形でスムーズに処
 理できるのだ。企業側の利益を守る社労士とはいえ、パワハラまがいのひどい内容に批
 判が殺到した。
 労使交渉を妨害して、警察に書類送検された社労士もいる。
・どちらも労働者側からすると信じられないやり方だが、会社のリスクを最小にするため
 に経営者に雇われた社労士は、基本的には雇用主を守る立場なのだ。
・国から業務を受注して労働相談の電話を受けても、普段企業を守る立場の社労士が労働
 者の相談に乗って、どれほど親身になれるだろうか。
 その企業が悪質かどうかの判断を、日常的に「企業目線で判断をする社労士が下すこと
 で、本当は深刻な状況でも、労基署まで伝わらない可能性も大いにありうる。
・そもそも労働基準監督官が足りないからと逆の側の立場にいる社労士で穴埋めしようと
 する政府に、本当に過労死を防止する気があるのかどうか自体、疑わしい。
 労基署が人手不足なのに対し、社労士はいま飽和状態で顧問契約の争奪戦になっている。
 だからといって、単純に労働監督に関して素人である社労士にアウトソーシングするこ
 とは、過労死チェックの質を下げることになり本末転倒ではないのか。
・労基署が相手でも企業は情報開示を嫌がるもの。そこに對も自分たちが雇う立場の社労
 士がいきなりやってきて、「おたくの会社の労働基準法違反の調査に来ました。さあご
 協力を」と言ったらどうなるか。
 そもそも公的な権限もない相手に、社内情報など見せないだろう。
 後日、社労士の報告を受けた労基署が改めてやってくる頃には重要書類は隠蔽されてい
 る可能性が高く、それでは抜き打ちの意味がなくなってしまう。
 死亡事故などの場合、すぐに書類送検や安全対応を行う必要があるが、捜査権や逮捕権
 のない社労士ではそれも不可能だ。
 そして対応が遅れれば、労働者の身心は危険にさらされる。
・法律とは、それを作る側が社会のどの層の側に立つかによって大きく変わる。
 規制改革推進会議のメンバーは、全員大企業の役員で、労働者側の人間は1人もいない。
 長時間労働をさせている企業を見つけ、摘発し、ブラック企業から労働者を守るという
 インセンティブを、この面々からなる会議に期待するのは非現実的だろう。
・経営者に雇われる社労士は、いってみれば彼らの側の人間だ。
 その社労士に企業の不正を取り締まる役をアウトソーシングすることは、規制改革会議
 のメンバーには合理的判断でも、本来の目的を考えれば本末転倒になる。
・この部会のリーダーである「八代尚宏」氏はこう言った。
 「駐車違反取り締まりも刑務所も、今は何でも民営化。労基署だってやれるだろう」
 だが残念ながらこの発言は、効率しか見ず、労基署の本来の目的を無視した机上の空論
 だ。
・だが八代氏の目指すものは、公的機関の立て直しとは真逆のところにあった。
 企業が社労士に協力しないなら、「民間社労士に、公務員である労基署と同じ権限を与
 えればいい」とまで言い出している。
・目民の命を守るための公的業務の人手不足を無視し民間企業の下請けに出した挙句、
 公的な権限なしではきでない重要部分は、法律をいじってしまえなどというのは、驚く
 べき暴論だ。  
・国民に奉仕する立間の「公務員」と「民間人」とでは、そもそも仕事の目的が180度
 違う。
 日本が批准しているILO条約の国際労働基準勧告にも「労基署の直営でなければなら
 ない」とはっきりかいてあることをしらないのだろうか。
・労基署の機能を民営化する手法そのものが、国際法違反なのだ。
 
・2018年7月、「日本にカジノを中心とした総合型リゾートを設立することを可能に
 するIR実施法」(いわるゆる「カジノ法」)が参議院本会議で成立した。
・政府は当初からカジノ法導入の目的を、国内外から投資を呼び込み、多くの外国人客の
 利用で日本の財政を改善させ、国民生活を向上させると説明してきた。
・見込まれる収入は年間1兆5千億円で7兆円を超える経済効果、マカオやシンガポール
 などの成功例を挙げながら、安倍総理はカジノ解禁を重要な成長戦略のひとつとして掲
 げている。  
・だが本当だろうか。
 政府は単純に訪日観光客数で試算しているが、誘致する側の自治体によると、実は客の
 大半は外国人ではなく日本人になると予測されている。
 大阪府が出した試算では、来訪予測人数6500万人のうち、何と8割は国内からの客
 だという。
・つまり日本にできるカジノの経済効果とは、日本人客が負けた分のギャンブル資金なの
 だ。
 「カジノを作れば、外国人がたくさん遊びに来て経済が活性化します」
 などと政府が国内向けに主張する裏で、ウォール街の投資家たちは鵜の目鷹の目で算盤
 をはじいていた。
 巨額の資金が動くカジノ設立は、投資銀行にとって巨大なドル箱なのだ。
・シティグループのシミュレーションでは、カジノ全体の年間収入は約1.5兆円。
 安倍総理の言うとおり、もし日本に遊びに来た外国人客がこれだけの外貨を落としてく
 れたら、かなりの税収になるだろう。
 だがその内訳をみると、外国人客2割、残り8割はすべて日本人客になっている。
 シティグループは日本でパチンコ客が1年間に失う平均金額23万円を根拠に、この数
 字を出しているのだ。 
・パチンコ天国のここ日本で、パチンコ客の負け分をもとに、カジノ収入の皮算用をする
 アメリカの投資銀行。
 それはつまり、今までパチンコ運営業者に流れていた日本人客の負け分を、今度はカジ
 ノを通じて外資が頂くという計画に他ならない。
 どちらにしても、吸い上げられるのは、私たち日本人の富なのだ。
・日本人がターゲットとなると、依存症の問題が出てくる。
 全国各地に公営ギャンブルがあり320万人の依存症患者を抱える日本は、すでにギャ
 ンブル大国だ。  
 依存症は本人だけでなく、家族も巻き込み、不幸の連鎖を作り出す。
・カジノ設立後に依存症人口が拡大し、自殺者の増加や治安悪化につながった韓国でも、
 この問題は重く受け止められている。
 2006年に国内のパチンコ店を全廃させた韓国政府が依存症対策につける予算は、年
 間22億円だ。
・一方日本では、薬物・アルコール・ギャンブルという3つの依存症対策予算の合計が、
 1942万円(2018年度)と、韓国の100分の1しかない。
 カジノの依存症対策どころか、22兆円市場のパチン換金にメスを入れることさえでき
 ないでいる。  
・「6千円の入場料は安くありません。いくらギャンブル依存症でも、手持ちの資金が尽
 きれば、そこでストップしますよ」
 依存症対策を熱心に語るその言葉とは裏腹に、政府はそれとは真逆のある条文を、法案
 にこっそり盛り込んでいた。
・「カジノ業者に、客にギャンブル資金の貸し付け許可を与える」
 客が日本人でも、所定の口座に一定額を入金すれば、いくらでもカジノから借金できる。
 最初の2カ月は無利子だが、それ以降は延滞金がつき、利子が14.6%に跳ね上がる
 という消費者金融並みの恐ろしい仕組みだ。
・さらに政府はこの貸付業務についてだけは「年収の3分の1以上の貸し付けはいけない」
 という「貸金業法」が適用されないようにしておいた。
 つまり客はカジノ業者から、ギャンブル資金を無制限に借りられることになる。
・「自分はパチンコもカジノもやらないから関係ない。ギャンブルで人生を棒に振る人は
 自己責任でしょう」
 「それより巨大リゾートができるのが楽しみです」
 テレビが紹介する町の人々の声に、危機感はない。
・だが国内にギャンブル場が増え、依存症人口が増えるとどうなるか。
 その地域は治安が悪くなり、犯罪率も上昇する。
 本人や家族が貧困になれば、生活保護や医療費などの社会保障費がかさみ、そのしわ寄
 せは税金として普通に働いているギャンブルをしない人々の肩にのしかかってくる。
・彼らがギャンブルで業者に吸い上げられた負け分は、そうでなければ消費に回り、日本
 経済を活性化させ、税収となって社会の他に場所にいくはずだったものなのだ。
・客が外国人だろうが日本人だろうが、カジノ設立で笑いが止まらないのは、運営業務を
 引き受ける、外資を中心とした大手エンターテインメント業界の面々とウォール街の投
 資家たちだ。
・IR議連の議員たちは待ってましたとばかりに動き出し、翌月、自民党、日本維新の会、
 生活の党の3党と無所属議員が「IR推進法案」を共同提出する。
 その後、この法案は衆議院選挙で廃案になり、一部修正を加えた再提出など複数のステ
 ップを経たのちに、2017年12月に成立したのだった。
・この時の審議はわずか6時間、内閣委員会では質疑の時間が余ったからと、自民党の
 「谷川弥一」衆議院が「般若心経」を唱えた挙句に自分の好きな文学の話をべらべらと
 喋るなど、もはや立法府とは何をする場所だったのか思い出せなくなるほどの「カオス
 の世界」であった。
・2017年9月、カジノ王「アデルソン」氏は来日し、カジノ誘致を目指す大阪府庁で
 府知事と市長の両方に向かって、投資額100億ドル(約1兆円)をチラつかせながら、
 「面積制限を導入しないように」要求した。
・大阪のカジノ候補地は、橋下徹前知事が2009年から言及していた70万平方メート
 ルの人口島「夢洲」だったが、政府提案のカジノ面積上限1万5千平方メートルぽっち
 では、投資しても採算が取れないのだ。
・面積制限は、カジノがもたらす社会的コストと深い関係があり、例えばシンガポールで
 は自国民への悪影響を抑える政策の一つとして、カジノスペースをリゾート全体の3%
 に抑えている。
・だが日本政府はアデルソン氏の要求を快諾、翌年2月に始まった与野党協議の場で、せ
 っかく依存症対策で入れていた「面積制限」をやっぱりやめると告げ、あっさり法案か
 ら削除してしまった。 
 これで日本では、リゾート全体の敷地を広げれば広げるだけ、カジノ面積も無制限に大
 きくできることになった。
・2028年まで廃棄物処理場として使う予定だった大坂の「夢洲」には、もう一つ大き
 な問題があった。 
 ゴミ捨て場として使っていたため、船以外でのアクセス方法はトンネルと橋の1本ずつ
 しかないのだ。
 何千億円もかかる交通インフラの整備費をどこから出せばいいのか。
 頭を抱えた大阪府知事に、ウルトラCのアイデアがひらめいた。
・2025年に開催予定の国際博覧会(万博)だ。
 大阪府が開催地として手を挙げている「万博」と「カジノ」をセットにすれば、資金の
 問題は解決するのではないか。 
・2018年7月、共産党の辰巳孝太郎議員は、奇妙なことに気がついた。
 「万博オフィシャルパートナー」188社の中に、米国カジノ関連企業5社の名前を見
 つけたのだ。
 この段階ではカジノ法案はまだ成立しておらず、開設地すら決まっていない。
・「大阪府は、カジノ用地の埋め立てや橋や鉄道の整備を、万博用の公費770億円で肩
 代わりさせる構図に違いない」
 そう睨んだ辰巳議員は内閣委員会で、そもそも「いのち輝く」という万博のテーマが
 「カジノ」と矛盾すると批判した。 
・内閣委員会で辰巳議員に、「カジノありきの万博を国が支援すべきではない」と批判さ
 れた「石井啓一」国交大臣は「カジノと万博は無関係です!」という苦しい反論を繰り
 返すばかりだった。

・20134月のワシントンでの講演の際、麻生副総理(当時)は水道だけでなく「学校
 の公設民営化」についても発言しており、「あらゆる公共サービスを民営化せよ」とい
 う日本政府の政策は、今や水道だけでなく公教育もターゲットにしている。
・2019年、大阪市教育委員会は民間学校法人である大阪YMCAに公立学校の運営を
 委託する「公設民営学校」を南港ポートダウンに開設することを決定した。
・日本の「学校教育法」では、公立学校は自治体が運営し、そこでの教育は公務員が行う
 ことになっているが、国家戦略特区内では設置された公設民営学校は「水道」と同じで、
 自治体が所有し民間が運営する。
・大阪府の非正規雇用率は現在中学校だけで41.3%だが、今後国家戦略特区を使って
 設立した公設民営学校で働く教職員と事務員は100%非正規労働者になる。
・アメリカが学校の民営化に着手し始めたのは、80年代のレーガン政権下だった。
 「チャータースクール」と呼ばれる公設民営学校を政府が推進し、「選択肢を広げる」
 「グローバルな人材を育てる」などの美辞麗句を旗印にマスコミが宣伝、あっという
 間に全米に広がっていく。 
・だが成績が良くないと公金が下りなくなり廃校になるため、運営側の企業は教員に厳し
 いノルマをつける。
 その結果、学力テスト(国語・数学)の結果だけで成果が測られ、テストに関係ない音
 楽や絵画、体育や課外授業を廃止する学校がどんどん増えていった。
 教員たちはただでさえ忙しい中、テストの平均点を上げるために長時間働かざるをえな
 くなる。ノルマ達成のためにやむを得ず、成績の悪い生徒が平均点を下げないよう、わ
 ざとテスト当日に休ませたり、カンニングを主導するなどの不正が横行するようになっ
 てゆく。
・テストに関して特別な支援を必要とする障害児が、チャータースクール運営企業によっ
 て入学拒否される事例も後を絶たず、地元の子供ならだれでも入れる公立学校という存
 在は、今や過去のものになりつつある。
・ビジネス論理が学校を、すべての子供たちに教育のチャンスを与えるという、本来の
 「公教育」の精神から遠ざけているのだ。  
・教員はすべて非正規のため、担当する生徒の成績を上げられなければ、運営側の企業に
 よってすぐに減給や解雇をされてしまう。
 この間、廃校にされた公学校は4000校以上、約30マン人の教員が職を失った。
・「事業のように学校を運営することで、ムダをなくせると言いますが、神厳日を下げて
 教師を減らせば、しわよせは子供たちにいく。そういうことをせず、どんな子どもでも
 等しく受け入れる環境を作るのが公教育の目的なのです」 
・「学校の民営化」を通してアメリカが失ったものは、公立校の数や教員、教職組合だけ
 でなく、公教育が持つ「公共」という目に見えない資産だったのだ。
 
・保険証一枚あれば、いつでもどこでも誰でも、その日のうちに質の良い治療が受けられ
 る。医療破綻など起きないよう、治療費が一定額以上になれば、すべて国が払い戻して
 くれる。
 日本には、世界中が羨む「国民皆保険制度」がある。
・だがグローバル化で昔より国家間の移動が楽になったうえ、日本政府がジャンジャン外
 国人を入れる中、私たちのこの制度が見えない危機にさらされていることに、どれほど
 国民が気づいているだろう。
・第一に、医療目的を隠して学生ビザなどで来日し、国民健康保険に加入して半年も経た
 ないうちに高額の治療を受けにくる外国人患者の増大だ。
 政府は、外国人が日本の公的保険制度を使う条件をどんどん緩めている。
 2012年、民主党政権下で、それまで1年だった国保の加入条件を大幅に緩め、たった3
 ヵ月間滞在すれば外国人でも国保に加入できるよう、ルールが改正された。
・その結果、留学生や会社経営者として入国すれば国籍に関係なくすぎに保険証がもらえ
 るからと、来日したその日に高額治療を受けに病院に行くケースが増え、深刻な問題を
 引き起こしている。 
・治療費を払わず姿を消す患者も後を絶たず、厚労省の調査では、平成27年度に国内医
 療機関の3割「で「外国人患者の未払いが起きている。
・本当に留学生なのかを見分けることが難しい上に、実体のないペーパーカンパニーでビ
 ザを取る斡旋業者が横行しているため、保険証を持参してくる自称会社経営者の場合で
 も、贋物の摘発は非常に困難だという。
・出生証明書さえあればもらえる42万円の出産一時金を在日人口トップの中国人を中心
 に申請が急増しているが、提出書類が本物かどうかも役所窓口では確認しようがないの
 だ。  
 最近ようやくマスコミがこの問題を取り上げ始めたが、今のところ政府の対処は全く追
 いついていない。
・安倍政権が2018年6月に発表した「移民50万人計画」で、今後留学生でも経営者
 でもない外国人労働者がどっと入ってくる。
 彼らの受け入れ先は、農業やメイドサービス、飲食や旅館、介護業界、アニメーターな
 ど、大半が低賃金の単純労働分野だ。
・政府はこれらの外国人労働者が入ってきやすいように、滞在期間の延長や、家族を呼び
 寄せること、一定期間滞在すれば永住権まで与えるなど、至れり尽くせりの環境を用意
 した。 
・これで日本の人手不足は外国人労働者が、少子化問題は外国人の子供たちが埋めてくれ
 ることになるという。
 多様性が生まれ、経済は活性化し、税収も問題なく上がるだろうと。
 だが本当にそうだろうか。
・今は安く使い捨てることができたとしても、猛スピードで進化するAIによって、今後
 単純労働者の需要は否応なしに減ってゆく。
 その時、いま横行する医療のタダ乗りに加え、大量に失業する低賃金の外国人労働者と
 その家族を、日本の生活保護と国民皆保険制度が支えなければならなくなる現実は、は
 たしてシミュレーションされているだろうか。 
・働き方改革や労基署民営化など、労働者を安く使える法改正と移民50万人計画のセッ
 トは、日本人も外国人も関係なく、彼らを安い労働力という名の「商品」にする。
・だが移民は、四半期利益のために使い捨てる商品ではない。
 名前があり家族があり、子どもを育て、将来の夢を描き、病気にもなり、社会のなかで
 老いてゆく、私たちと同じ、100年単位で受け止めなければならない存在だ。
・だからこそ、どんどん受け入れる前に、彼らをモノではなく人間として、どう受け入れ
 てゆくのかを慎重に議論し、シミュレーションし、環境を整備するのが先だろう。
 そうでなければ、自国民と移民が憎み合い、暴力がエスカレートし、社会の基盤が崩れ
 かけている欧州の二の舞になってしまう。  
・給料が下がり続ける今の日本で、労働者を社会につなぎとめておく最後の歯止めである
 国民皆保険制度というインフラは、安易な移民50万人計画を進めることで、雪崩のよ
 うに崩壊させて良いものでは、決してない。
・政府が毎年騒ぎ立てる「医療費40兆円」の最大の原因は高齢化ではない。
 開け理科から毎年法外な値で売りつけられている医療機器と新薬の請求書が、日本人の
 税金で氏は笑えているからだ。
・1980年代に中曽根首相がレーガン大統領と交わした「MOSS協議」。
 これによって日本政府は、医療機器と医薬品の承認をアメリカに事前相談しなければな
 らなくなった。
 日本の製薬会社や縹緻機器メーカーはこれによって一気に不利になり、90年代には輸
 出と輸入が入れ替わってしまう。
・それ以来ずっと日本は、アメリカ製の医療機器と新薬を他国の3〜4倍の値段で買わさ
 れているのだ。
・お買い上げ費用は国民皆保険制度でカバーされるため、国民は薬や機器の仕入れ値がそ
 んなに高いとは夢にも思っていない。
・高齢者が医療費増大の犯人のように言われて肩身の狭い思いをする一方で、政府は消費
 税増税分を社会保険に使うという約束を破り続け、患者の窓口負担だけがぐんぐん上が
 ってゆく。 
・本当の原因は日米関係、つまり政治の問題だというこの事実を、国民だけが知らされて
 いないのだ。

・介護は突然襲ってくる。
 高齢化トップランナー日本では、現在、5〜6人に1人が要介護認定者だ。
 一旦介護が始まると、5年から10年の介護期間の間に、約500万〜1000万円の
 費用がかかるという。
・国民皆保険制度がある日本で、老後に受けられる公的サービスには2種類ある。 
 最長3カ月でリハビリと医療ケアを提供する「介護老人保健施設」と、中度から重度の
 介護を必要とする高齢者が、介護と生活支援を受けながら生活できる「特別養護老人ホ
 ーム」(特養)だ。
・前者はリハビリが終わればでなければならないが、後者の特養は一旦入れば、最後まで
 そこで生活できる。 
 特養は入居時の一時金もなく、月々の利用料も約10万円、食費や介護、住居費は半額
 が税金控除の対象だ。
・全国に8900施設以上あり、過疎地の住民が高齢になったとき、住み慣れない都市部
 に引っ越さずとも地元で暮らし続けられるよう人口の少ない市町村でも必ず1施設は設
 置されている。 
・公的介護サービスがなく、命の沙汰も金次第、「死ぬのはあなたの自己責任」の貧困大
 国アメリカ国民に言わせると、「夢のようだ」と羨ましがられる制度だ。
・「晩年を国がちゃんと面倒見てくれるなんて日本は素晴らしい。人生の終わりに向かう
 につれて、医療破産か家族離散かと不安が膨れ上がるアメリカとは大違いだ。日本人は
 安心して歳をとれますね」
 だが、本当にそうだろうか。
・現在日本で特養に入りたくても入れないキャンセル待ちの高齢者は約36万6千人と、
 長蛇の列をなしている。
・2015年に、政府が特養の入居条件を「要介護度1」から「3」に一気にハードルを
 上げたため前年より減った陽介護度1と2の高齢者1万人は、決して消えたわけではな
 く、行き場をなくしてその負担が家族親族に重くのしかかっている状態なのだ。
・国の公的制度を必要としてこんなに多くの高齢者が、なぜ特養に入れず介護難民となっ
 ているのだろう。 
 受け入れ側のスタッフが足りなすぎるのだ。
・介護スタッフは、日本全国津々浦々、どこもかしこも足りていない。
 経産省の発表によると、現在都市部の有効求人倍率は5倍、このままでは2025年ま
 でには43万人、2035年には79万人の介護士が不足することになる。
・人が集まらない最大の理由は、介護スタッフの労働条件が他の職種に比べて最悪だから
 だ。  
 「安い、汚い、きつい」の3点セットと言われ、保育士同様、他の職種より月額給与は
 平均10万円も安い。
 人が足りないため1人の介護士にかかる負担が群を抜いており、長時間労働やサービス
 残業は当たり前、休日もろくに取れず、入居者から暴力・暴言に耐え忍ぶ毎日で、心身
 を病むスタッフが絶えないという声が現場から聞こえてくる。
・今後、この制度を必要とする国民が爆発的に増えていくにもかかわらず、その労働環境
 の悪さから、人手不足で機能していない。
 これを解決するためには、何よりもまず介護士の労働条件を人間らしいものにするのと
 が不可欠だ。
・だが、政府には別の考えがあった。
 介護士の労働条件を改善する代わりに、彼らを雇っている介護事業者のほうを締め上げ
 たのだ。
・2018年4月、東京商工リサーチは、2017年度の介護サービス事業者の倒産件数
 が過去最多の115件になったことを発表した。
 この数字は倒産件数のみで、実際は廃業・撤退を進めている予備軍もかなりの数にのぼ
 る。
・倒産しているのは半数近くが訪問介護サービスで、その8割がスタッフ10人未満と、
 中小の介護事業者ばかりだ。
・なぜ訪問介護サービスがこんなに倒産するのか。
 最大の理由は、政府が介護施設に支払う「介護報酬」をどんどん減らしているからだ。
・2017年11月、全国老人保健施設協会や日本看護協会など全部11団体が、「介護
 報酬を上げてほしい」という過去最多数の署名180万人分を政府に提出した。
・現場は悲鳴をあげ、特養に入りたい高齢者は年々膨れ上がってゆく。
 介護報酬を上げない限り、高齢化大国日本の未来が絶体絶命なのは、火を見るよりも明
 らかだ。 
・だが、介護現場が発した180万人のSOSは、この間、着々と進められていた規制改
 革推進会議の「すべてに値札をつける民営化計画」の前に、かき消されていく。
・今の日本では、国民の暮らしを左右する政策を決める場に、現場の人間や当事者はいな
 い。
 財界神火財界よりのメンバーと総理が議長の会議にて、あらゆる政策がビジネスの論理
 で決められてゆく。
・このままいくと遠くない未来に、日本も貧困大国アメリカと同じように、介護が贅沢品
 になる日が来るだろう。
・日本は果たして、高齢化先進国のお手本になれるだろうか。
 それとも貧困大国アメリカの後を追い、「今だけカネだけ自分だけ」の社会に突き進む
 のか。 
 無関心でいる時間はない。
・取り返しがつかなくなってからしまったと思っても、唸るほど介護ビジネスで儲けた財
 界も彼らの代表がいる規制改革推進会議も、介護を介護ビジネスにする政策を導入した
 政治家たちも、もうその頃にはいないのだ。
  
・2017年11月、内閣府と総務省は前日本国民に割り当てられたマイナンバーの個人
 情報について、新しい方針を発表した。
 今後は住民票や生活保護、幼稚園や保育園の申請などが、無料通信アプリ[LINE」
 を通して、マイナンバーカードをスマホにかざすだけで、行政サービスと連動するマイ
 ナポータルを通し、簡単に手続きできるようになる。
 来年以降は年金や税金の支払いなどもできるようになるという。
・できてから2年以上経つのに、いまだに全国民の1割しか利用していないマイナンバー
 をなんとかして広げようと、この間ずっと頭を悩ませてきた政府の編み出した苦肉の策
 だ。  
・日本人が日常の一部となりつつあるLINEと、干上がって草すら生えそうにないマイ
 ナンバーを紐づければ、日本国民もきっと次のように歓迎セするだろう。
 「これは助かる。LINEにマイナンバーを入れるだけで面倒くさい役所の手続きや税
 金の支払いができたら、手間が省けて便利じゃないか」
 だが、本当にそうだろうか。
・第一に、LINEは公的機関ではなく、一介の民間企業だ。
 2011年6月の誕生以来、日本をはじめ、タイや台湾、インドネシアの4カ国で約2
 億人が利用、年間500億円の売り上げを出している。
・LINEを開発した技術者は韓国人で、同社の幹部は韓国人と日本人の半々で構成され、
 親会社は87%の株を所有している韓国企業ネイバー社だ。
 だが、まだその上に別の所有者がいる。
 韓国は1990年代後半のアジア通貨危機の際、IMFによって国内機関の大半が民営
 化させられ、ほとんどの国内株式を外資が占めているからだ。
・つまり、LINEでやりとりする内容や個人情報の扱いを決めるのは、日本政府が直接
 手を出せない。韓国や外資の民間企業ということになる。
・LINEの親会社である韓国の場合は、ネット上に流れる情報を無断でハッキングする
 行為は、法律上は合法だ。 
 2013年7月、LINEは親会社のネイバー社から、アカウント名やメールアドレス
 をはじめ、暗号化されたパスワードなどを含む日本人169万人分の個人情報が、ハッ
 キングにより流出したことを発表した。
・2014年5月には、韓国国家情報院がLINEを傍受し、ユーザーの個人情報の保存
 と分析をおこなっている事実が、日韓両政府関係者協議の場で明らかになっている。
・これを知った台湾の総統府は、「セキュリティ上の懸念がある」としてすぐに公務での
 LINE止揚を禁止したが、2012年の野田政権下で内閣府がLINEアカウントを
 開始した日本では、今も内閣府の利用が続けられている。
・2018年1月、LINEはプライバシーポリシーを改定し、同意すると、会話の日時
 やその中身、タイムラインの投稿内容や周辺情報、使用したスタンプ、LINEが提供
 する各種機能の利用状況などもすべて、LINEの会社に提供されることになった。
 ユーザーが自分で設定を変更しなければ、自動的にこれらの膨大な個人情報がLINE
 の会社に流れてしまう。
・日本は個人情報屋プライバシーに関する危機意識が薄い国だ。
 日本年金機構のシステムサーバーから年金の個人情報が流出した事件や、JALの顧客
 情報19万人分、ベネッセの顧客名簿3504万人分、三菱UFJ証券顧客情報149
 万人分など、個人情報漏洩事件がひっきりなしに起きている。
・だがこれだけの個人情報が流出しても、毎回軽い対応しか取られていない。
 マスコミが「情報流出事件」として報道した後は、それ以上の追及はされず、忘れられ
 てゆく。   
・2018年3月には、日本年金機構が年金情報管理を委託した民間企業「SAY企画」
 が、データ入力を中国企業に再委託し、500万人分の年金データが流出、まさに国家
 情報ダダ洩れの現状が露呈した。
・2018年5月、米国セキュリティー企業のファイア・アイ社は、中国の闇サイトで日
 本人の個人情報2億軒分が売買されているという調査結果を発表した。
・だいたい公的機関である年金機構が、一般競争入札で誰が扱うかわからない民間企業に、
 相場の4割で管理を委託するというグズグズな体質自体、危険極まりない。
 再委託された中国で、さらに別の下請け企業にデータが回ったかどうかさえ、調べよう
 がないのだ。
 委託先の中国で、日本人の情報を元に偽の銀行口座を開かれたりパスポートが偽造され
 たりしても、政府は責任を取ってなどくれない。
・今後日本では、政府の「マイナンバーカード利用推進ロードマップ」に沿って、ますま
 す日常生活での利用拡大が進められていく。
 健康保険や戸籍謄本、不動産の登記簿などにも広げられていく予定だ。
 これだけ危機意識の低い政府に、いまマインナンバーとLINEを紐づけさせることの
 リスクが見るだろうか。
・2018年7月、全世界で最もユーザー人口の多い14億人が利用する「Gメール」の
 内容を、実は第三者であるアプリ開発者が読めることを米グーグルが認めたことが大き
 なニュースになった。  
 同社は「違法ではない。利用規約に書いてある」と言うが、多くのユーザーはそのこと
 に気づいてすらいない。
 アプリを管理する画面で「データ共有を無効」にしないかぎり、第三者はいつでもGメ
 ールの中身を覗くことができてしまう。
・もっとも厄介なのが位置情報だ。
 どこからどこに移動したか、ユーザーの自宅の住所まで、その動きは地図上に詳細に示
 され、グーグルにその人の個人データとして蓄積されてゆく。
・ユーザーの位置情報や日常的なメールの中身など、こうした個人情報に企業がつける値
 札は、年々高くなっている。
 グーグルがユーザーの知らないところでこっそり収集する個人情報の商品価値は、私た
 ちが思うよりずっと高いのだ。  
・イギリスでは国民が利用したネットの全履歴を、政府がハッキングできる法律が導入さ
 れ、大きな批判を呼んでいる。
・スマホにマルウエアを感染させることで、メールの内容からカレンダーの予定、SNS
 でのつぶやき、マイクの音声や周囲の画像、位置情報などを把握して、一個人を徹底的
 に監視できるサービス「ガリレオ」が、すでにイタリアに本社を置くハッキングチーム
 会社から、各国の政府機関に提供されているという。
・為政者側はいつの世も、国民の個人情報を握り、監視を強化する。
 世界は今、個人情報と言う商品を政府と企業が国境を越えて奪い合う、情報戦争の真っ
 只中にいるのだ。  

売られたものは取り返せ
・日本は、消費者側の収入に関わらず、3%から5%、8%とどんどん消費税を上げなが
 ら、毎回国民に向かって「社会保障に全額使います」などと約束をし、破り続けている。
 実は、この間、上げ続けてきた消費税と法人税減税分は相殺されて、社会保障費に回る
 分などほとんど残っていない。
・消費税に詳しい元静岡大学教授の湖東京至税理士は、法人税を消費税導入前の税率に戻
 し収入に応じた負担にすれば、国税と地方税を合わせて30腸炎を超える財源が確保で
 きるという。 
・消費税を廃止すれば景気が回復し、法人税や所得税からの税収も伸びるのに、今の日本
 では、医療も介護も教育も、国民の自己負担だけが上がる一方なのだ。
・2009年、グローバル水企業ヴェオリア社とスエズ社の本拠地、水道民営化のパイオ
 ニアと呼ばれるフランス・パリで、ついに年間続いた水道事業の民間委託に終止符が打
 たれたとき、世界中の自治体に大きな衝撃が走った。
・もう限界だった。
 民営化以来、パリの水道料金は倍以上にスエズ社
・財政は不透明なうえ、水道管工事は同社傘下の子会社が受注するために競争が存在せず、
 費用は常に割高だ。
 相場より高額のリース料を市に請求しながら、水道管などの設備投資積立にはろくに資
 金が回されず、設備の老朽化がどんどん進んでゆく。
・形態は、自治体が膵臓の所有権を維持したまま、運営をすべて民間企業に委託する「コ
 ンセッション方式」(日本政府が推進中の手法)だが、経営や料金設定、投資の仕方な
 どすべての決定権はヴェオリア社にあり、市民には何の情報も与えられなかった。
・市はまず25年前に両社に売却した水道事業の株式を買い戻し、市が100%出資する
 「パリの水公社」を設立。2010年1月から、パリの水道を正式に公営も戻すことを
 決定する。  
・それまで両社が収益の3割を溜めていた内部留保分、水道料金に上乗せされていた役員
 報酬と株主配当、法人税分は、すべて水道サービスと水道設備のための再投資にあてら
 れることになった。
・公営化されたことで、外から見えなくなっていた財政内容や投資計画などすべて市民に
 公開され、パリの水公社はこの結果、約45円のコスト削減を達成している。
・この事態が各地に飛び火するのを恐れたヴェオリア社とスエズ社は、慌ててEU議会に、
 (契約解除は不当であり、パリ市は再度民営化すべきだ)と訴えたが、すでに後の祭り
 だった。 
・その後世界各地の自治体がパリ市の水道再公営化を成功例として次々に後に続き、今も
 その数は増え続けている。
・そもそも住民の命に関わるインフラ運営を民間企業に任せることに矛盾があった。
 企業が第一に守るべきものは、株主と四半期利益だ。
 公共資産である水道を民営化すれば、株主報酬や法人税を水道料金に上乗せし、利益を
 出すために水道設備更新の工事などは、極力後回しにするだろう。
 災害があれば、採算の取れない地域が真っ先に切り捨てられる。
 でも、こうしたことは、企業運営としては、ごく当たり前のことだ。
 生命や暮らしにかかせない水道は、安く提供し続けるために「儲けなくていい公営」に
 しておかなければならないことに、パリ市民がようやく気がついたのだ。
・パリ市が水道を再公営化する際に、いくつか決めたことがある。
 まず運営の民主化だ。
 今までのように運営を地方自治体だけに丸投げするのではなく、市民も生活に必要な水
 道事業について、統治者として責任をもつこと。
 そのために自治体代表と同等の決議権を与えられた市民社会の代表が理事会メンバーに
 なり、決定に参加すること。
 そしてもう一つは、水道事業の運営をチェックする第三者機関に市民が参加し、水道料
 金や投資、死闘する技術の選択などの重要決定に参加することだ。
 この時、最も重要なポイントがある。
 監査機関は、徹底的に情報公開をしなければならない。

・2017年9月、スイス国民は憲法を改正した。
 新しく書き加えられたのは、先進国では初めての「食の安全保障」だ。
 国民投票の投票率は46.1%、賛成78.7%、反対21.3%と、準州を含めた全
 26州で、賛成が上回る結果となった。
・3年前に中国との間でFTA(二国間貿易条約)が結ばれ、続いて南米との間でも現在
 FTA交渉が進んでいる。
 関税が下げられれば、外国から安い輸入品が流れ込んでくるのは避けられない。
・ただでさえ人件費が高く、農家の数も減っているスイスでは、政府が国内農業を手厚く
 優遇し、消費者は外国製品より割高な国内農産物を買いことで、自国産業を支えていた。
・だが、これを面白く思わない西側諸国のマスコミは、スイスのやり方を「時代錯誤だ」
 「閉鎖的だ」「グローバル化に逆行する」「もっと自由化して国民の選択肢を与えるべ
 きだ」などと繰り返し批判し、スイスに自由化の圧力をかけていた。
・一度自由化を受け入れてしまえば、よほど国がしっかりしていない限り、なし崩しに国
 内産業が崩されてゆくだろう。
 農業はスイス人の食糧だけでなく、環境や水資源、国境の安全を守る大切な第一次産業
 だ。外国に食い荒らされる前に、手を打たなければならない。
・自由貿易による自国産業の弱体化を警戒した農家は立ち上げり、国民に呼びかけ始めた。
 わずか3カ月で15万人の署名が集まり、ついに、農家主導の国民とうひょうが実施さ
 れたのだ。
・人口800万人台のスイスでは、10万筆の署名を集めれば、法的に拘束力のある国民
 投票が行われ、政府は投票結果に従わなければならない。
 その結果に沿って憲法改正も頻繁に行われるため、国民は常に主権者であることを意識
 させられるのだ。 
・今回、憲法に書き込まれた食の安全保障は、スイス国民への安定した食糧供給を維持す
 ることや、農地を保全し、その地域の資源が最も生かされる形で食料を清算すること、
 フードロスを減らし、国際貿易は農協を持続可能な形で維持するよう行うなど、農業だ
 けでなく、フードサプライチェーン全体に及ぶ内容だ。
・食を外国に依存するようになれば、経済的に恵まれているスイスのような国でも、外交
 交渉で不利になる。 
 国防意識が高いスイス国民は、そのことをよくわかっているからこそ、大人だけでなく
 子供たちへの「食育」も熱心だ。
・地産地消と小規模農家を守るためには、彼らが熾烈な価格競争に巻き込まれない環境を
 提供する、協同組合の存在が欠かせない。
・スイスでは、国民の8人に1人が生協の加入者だ。
 そこまで協同組合が信頼されている最大の理由は、徹底的に国産の農産物を扱うからだ。
・わずか0.7%の農業人口が作る農産物を守らなければ、イタリアやフランスなど周辺
 の農業大国から入ってくる安い農産物に負け、国内の生産者はすぐに潰されてしまう。
・多くのスイス国民にとって食べ物は「安ければいい」というものではなく、自分たちの
 小さな国を守るための「安全保障」とみなされている。
・スイスには、小売業全体の売り上げの半分以上を占める大規模な2大生協がある。
 どちらも従業員に正当な賃金を支払い、一部の者の利益ではなく、社会全体の利益をゴ
 ールに掲げている。   
・ちなみに日本はどうだろう。
 実は国民が思っている以上に、協同組合は私たち日本人の生活を支えている。
 全国の組合員数は6500万人、全人口の4人に1人が共済に加入し、全世帯の37%
 が生協を利用している。