権力は腐敗する :前川喜平

この本は、いまから4年前の2021年に刊行されたもので、安倍・菅政権の批判書だ。
この本を読むと、安倍・菅政権時代はいかに専制政治が行われていたのかがよくわかる。
すさまじい権力の私物化が行なわれ、まさに「やりたい放題」状態だった。
「森友学園問題」「加計学園問題」「桜を見る会問題」「伊藤詩織さん事件」「統計不正
問題」「東北新社と総務省の癒着問題」「『タニマチ』経済人の文化功労賞選定問題」。
さらには「東京高検検事長の勤務延長問題」「日本学術会議の会員任命拒否問題」と、
安倍・菅政権による国政の私物化は枚挙にいとまがない。
ついでに言うなら、違憲性の極めて高い「集団的自衛権の行使容認」など憲法の軽視や、
後世代に多大な財政負債を残した「アベノミクス」政策などなど。
さらには、コロナ禍における「全国一斉休校要請問題」「アベノマスク配布問題」などの
天下の大愚策も行われた。
情けないのは霞が関官僚たちだ。
勉強があまり得意ではなかった”悪ガキ”の安倍・菅の二人に、勉強の得意な”秀才”と言わ
れた東大卒の官僚たちが、反旗の気概も術もなく、ただただ隷属し「忖度官僚」と化して
しまった。「あったものをなかったことにはできない」と反骨精神を見せたのは、この本
の著くらいだろう。
日本の政治が、これほどまでに劣化したことは、かつてあっただろうか。
当時我々庶民は、まさに「腐敗した権力」をまざまざと見せつけられたのだった。
いま当時を振り返ると、まさに「悪夢の政権」だったと言えるだろう。

しかし、驚いたことに、いま、似たような「悪夢」をまた見せつけられている。
アメリカのトランプ政権だ。
トランプ政権は、まさに「暴君」と言えるだろう。
あのドイツの「ヒトラー」が正式な手続きを経て生まれたように、アメリカの「暴君トラ
ンプ」も正式な手続きを経て生み出された。
まさにこれは、
「学ばない国民は政府によって騙される」
「愚かな国民は愚かな政府しか持つことができない」
ということだろう。
国民のために仕事をする政府を持つためには、賢明な主権者にならなければならない。
「賢明な主権者は賢明な政府を持つことができる」
「学ぶことによって国民は賢明な主権者になれる」
アメリカのトランプ政権は、まさに反面教師と言えるだろう。

過去に読んだ関連する本:
悪だくみ
安倍政権とは何だったのか
安倍政権のメディア支配
伏魔殿 菅義偉と官邸の支配者たち
私物化される国家

はじめに
・「権力は腐敗する傾向を持ち、絶対的な権力は絶対的に腐敗する」
 これは19世紀イギリスの思想家・歴史家「ジョン・アクトン」の言葉だ。
・自由を脅かす専制主義の危険は、現代の日本においても至るところに存在する。
 選挙で勝てば何をしても許されると考える安倍・菅政治や大阪維新の地方政治。
 外国人を人間扱いしない出入国管理政策や朝鮮学校を差別する教育政策に見られる
 「官製ヘイト」。
 大日本帝国が犯した数々の過ちを認めようとしない歴史改ざん主義。
 その中で思想・良心の自由、学問の自由、表現の自由が追い詰められている。
・「権力は腐敗する」というアクトンの警句が、いまほど当てはまる時はないだろう。
 「森友学園問題」「加計学園問題」「伊藤詩織さん事件」「桜を見る会とその前夜祭
 「統計不正問題」「東北新社と総務省の癒着」「『タニマチ』経済人の文化功労者選定」
 など、安倍・菅政権による国政の私物化は枚挙にいとまがない。
・怪しい金をもらう政治家や金を配って票をもらう政治家も後を絶たない。
・自民党の「下村博文」政務調査会長は、文部科学大臣だった2013年と1014年に、
 獣医学部をつくろうとしていた加計学園から200万円を受け取った。
・自民党の「甘利明」税制調査会長は、TPP担当大臣だった2013年に大臣室で、
 都市再生機構(UR)への口利きの「お礼」だと、建設会社から50万円の現金を受け
 取った。
・自民党の「秋元司」衆議院議員・元IR(総合型リゾート)担当内閣府副大臣は、IR
 事業への参入を目論んだ中国企業から賄賂を受け取ったとして起訴された。
・自民党の「菅原一秀」衆議院議員(当時)・元経済産業大臣は、地元に有権者に、メロ
 ンやカニを贈ったり、香典、会費、陣中見舞いなどの名目で現金を配ったりして、
 2021年6月東京簡易裁判所から罰金と公民権停止の命令を受けた。 
・自民党の「河井克行」衆議院議員(当時)・元法務大臣と妻の「河合案里」参議院議員
 (当時)は、2019年の参議院選挙での買収などの罪で、それぞれ懲役3年(実刑)
 と懲役1年4カ月(執行猶予5年)の有罪判決を受けた。
 買収の原資は党本部から支給された1憶5000万円ではないかと疑われており、その
 資金を与えた安倍晋三自民党総裁(当時)は、買収目的交付罪が疑われている。
・かつて、腐敗した権力は革命や戦争といった暴力でしか打倒できなかった。
 代議制民主主義が確立した今日の日本では、「腐敗した権力は選挙によって」平和裏に
 打倒されるはずだ。
・しかし安倍・菅政権は、あらゆる手段を使って腐敗を隠蔽してきた。
 威勢のいい言葉や耳触りの言い言葉で国民をだまし、派手なお祭り騒ぎで国民の目をく
 らまし、的でない者を敵だと国民に思い込ませて国民目を逸らす。
 官僚には文書の廃棄・改ざんや虚偽答弁を強い、メディアには「公平性」の名のもとに
 政権批判を封じて、「臭い物に蓋」をする。
・この政権からは強烈な腐臭が漂っているのだが、あまりにも多くの人とたちが嗅覚を麻
 痺させられている。
 かくして腐った政権はいつまでも続く。
 人々は権力の腐敗の実態を知らなければならない。
 
<安倍晋三氏による国政私物化(加計学園問題)>

加計学園問題の真相
・2012年12月に成立した第2次安倍内閣が、教育政策で真っ先にやったのは高校授
 業料無償化の対象からの朝鮮高級学校(「朝鮮高校」)の排除だった。
 高等学校に類する課程を置く学校値してほかのすべての外国人学校が対象となる中で、
 朝鮮高校だけを狙い撃ちで排除した。とても許されることではないと思った。
・安倍政権は内閣法制局長官の首をすげ替えた上で2014年7月、集団的自衛権による
 武力の行使が憲法上許容されるとする閣議決定を行った。
 こんな解釈改憲が許されるはずはないと思った。 
 2015年に安倍政権が立法を強行した安全保障法制は、あきらかな「違憲立法」だっ
 た。日本憲法が壊された。
・2017年の通常国会では「森友学園問題」と「加計学園問題」が露見した。
 森友学園問題は、安倍首相の妻・「昭惠」氏が後押しした学校のために国有地が不当な
 安価で払い下げられた問題だった。
 財務省近畿財務局の決裁文書が改ざんされ、そのために近畿財務局職員だった赤城俊夫
 さんが自ら命を絶った。
・加計学園問題は、国家戦略特区のからくりを使って、安倍首相の「腹心の友」加計幸太
 郎氏が、本来許可されるはずのない獣医学部の設置認可という利権を得た問題だった。
・安倍政権の腐臭を最も強烈に感じたのは、安倍氏と親しいジャーナリスト「山口敬之
 氏(元TBSテレビワシントン支局長)が、ジャーナリストの「伊藤詩織」さんに性被
 害を与えたにもかかわらず、逮捕も起訴もされなかった「事件」だ。
 総理大臣のお友達なら犯罪を犯罪でなくなるのか。
 日本はそんな国になってしまったのか。
・「桜を見る会」が安倍首相(当時)によって私物化された問題やその前夜祭の違法性へ
 の追及が、共産党「田村智子」参議院議員の質問を皮切りに始まったのが2019年の
 11月。この問題で安倍氏は118回の虚偽答弁をおこなった。
・2020年2月、新型コロナウイルスが日本にも広がる中で安倍政権は、水際対策、
 検査体制の強化、正当な補償を伴う休業要請といった必要な対策をおろそかにして、
 まったく的はずれで罪深い「全国一斉休校要請」をおこなった。
 子供たちの学校生活と学習を突如として奪ったのだ。
 これは許しがたい暴挙だった。
・安倍氏は、国民から糺弾されて首相を辞めるべきだったのだ。
 彼は病気を口実にして逃げた、とか私には思えない。
・加計学園問題は、森友学園問題と比較すると、事実関係が極めて明確になっている。
 なぜなら、動かぬ証拠となる文書が多数存在するからだ。
 2017年の春から夏にかけて、文部科学省からリークという形で様々な文書が国民の
 目にさらされた。
 当初、菅官房長官(当時)は記者会見で「怪文書みたいな文書」と切って捨てようとし
 た。
 文部科学省は文書の存否を「調査」したが、かくにんできなかったと言った。
 私が5月25日に記者会見したのは、その後だ。
 確認できないわけがない。
 「この資料を出して」と言えばすぐに出てくる文書だ。
 だから、「あったものをなかったことにはできない」と私は記者会見で言ったのだ。
・これらの「文部科学省文書」には加計学園の獣医学部と安倍首相(当時)との関わりが
 しっかり記載されていた。
 加計学園に獣医学部をつくらせるというのは「総理のご意向」である、「官邸の最高レ
 ベル」が言っていることだ。しかも2018年4月開学でなければならない。
 そのことがはっきり書いてあったのだ。
・これらの文書は主に、内閣府で獣医学部新設問題を扱っていた国家戦略特区担当の
 「藤原豊」審議官が、文部科学省の専門教育課長に向かって話したことを、文部科学省
 側が記録したものだった。
・当時官房副長官で、のちに文部科学大臣になった「萩生田光一」氏も、獣医学部新設を
 進める側にいた。
 萩生田氏が安倍氏、加計理事長とともにバーベキューの場で缶ビールを手にしている写
 真は、かなり有名になったが、萩生田氏は衆議院議員落選中の201年4月から加計学
 園が設置する千葉科学大学の名誉逆員教授をしていたこともある。
 加計学園と京都産業大学がともに獣医学部新設を求めていた2016年10月から11
 月にかけて、官房副長官の職に就いていた萩生田氏は加計学園のために陰で動いていた
 形跡がある。
・また、同年11月1日の内閣府から文部科学省へのメールには、
 「添付PDFの文案(手書き部分)で直すように指示がありました。指示は藤原審議官
 曰く、官邸の萩生田副長官からあったようです」
 となり、添付PDFには、
 「広域的に獣医師系要請大学等の存在しない地域に限り獣医学部の親切を可能にする」
 とあった。「広域的に」「限り」などが手書きで書き加えられた部分だ。
・この文言の改変がなければ、
 「獣医学部が存在しない京都府には新設できる」
 と読めるが、この改変を加えたことのより、
 「獣医学部(大阪府立大学)が存在する近畿地方には新設できない」
 と読めることになる。
 京都産業大学を排除し加計学園を残すための操作だったと考えられる。
・私自身に早く獣医学部をつくらせるよう直接圧力をかけた人物が2人いる。
 1人は文部省入省年次の私の3年先輩にあたう「木曽功」氏だ。
 彼は2016年8月に文部科学省事務次官だった私との面会を求めて事務次官室にやっ
 て来て、獣医学部の親切へ向けて動くよう促した。
 獣医学部の新設を認める特例は国家戦略特区諮問会議で決めることだから、文部科学省
 が責任を負わなくてもいいという「アドバイス」をもらった。
 その時の彼の肩書きは、一つは「内閣官房参与」、もう一つは「加計学園理事兼千葉科
 学大学学長」だった。 
・獣医学部新設の件で、事務次官室に渡しを訪ねて来たとき、木曽氏は、
 「君を次のユネスコ大使に推薦してあげよう」
 という話も持ってきていた。
 私は1989年から1992年までユネスコ日本代表部で一等書記官を務めた経験もあ
 り、自分で言うのもなんだが、事務次官退任後にユネスコ大使に任命される可能性は十
 分あった。 
 木曽氏はそういう人事の後押しをしてやろう、その代わり獣医学部はよろしく頼むと言
 いたかったのだろう。
・もう1人、私に直接獣医学部設置を容認するよう要求してきたのは、内閣総理大臣補佐
 官の「和泉洋人」氏だった。
 2016年9月、私は首相官邸の彼の執務室に呼ばれ「総理は自分の口からは言えない
 から、私が代わって言う」と言われた。
・地域活性化統合事務局長を務めた和泉氏は、特区構想には極めて詳しい、というよりも、
 それまでの特区制度は彼が中心になってつくったと言ってもいいぐらいだ。
 構造改革特区で失敗を繰り返してきた加計学園の獣医学部新設構想を国家戦略特区に切
 り替えて実現させようという知恵を出したのは、おそらく和泉氏だろう。
・加計学園問題では、行政が歪められたわけだが、それを私なりに整理すると、
 @ちゃんと審査しておらず正当なプロセスを踏んでいない「不公正」
 A加計学園より優れた獣医学部新設計画を持っていた京都産業大学がその計画を認めて
  もらえず、理不尽な理由で排除された「不公平」
 B当初から「加計ありき」すなわち加計学園に獣医学部をつくらせることが決まってい
  たにもかかわらず、一連のプロセスの中でずっと加計隠しが行われていた「不透明」
 という三つの「歪み」があった。
・審査は、したことになっている。
 国家戦略特別区域法に基づいて設けられている国家戦略特区諮問会議(当時の議長は首
 相だった安倍氏)の下にワーキンググループが置かれていて、実質的な審査はこのワー
 キンググループがすることになっていた。
 ワーキンググループの座長は元大阪大学教授の「八田達夫」氏だった。
 彼は2017年6月に行った記者会見で、
 「規制改革のプロセスに一点の曇りもない」
 「加計ありきで検討されたことはまったくない」
 と強調した。
 「一点の曇りもない」
 これは私も同意する。
 なぜならば、何も審査していないからだ。
 審査らしい審査を何もしていないのだから、曇りがあろうはずもない。
・加計学園問題が発覚し、安倍首相(当時)が野党から盛んに追及されていた2017年
 6月、安倍氏を援護するために国家戦略特区諮問会議の「竹中平蔵」議員、「八田達夫
 議員らが、加計学園の「正当性」を主張するための記者会見を開いたが、その際に配付
 された「国家戦略特区獣医学部の新設について」と題する文章の中でも、新学部の設置
 が必要な理由の一つとして「人獣共通感染症対策」が挙げられていた。
・しかし、新型コロナウイルスが猛威を振るう中、加計学園の獣医学部が人獣共通感染症
 対策として何らかの貢献をしたという話は、2021年夏にいたるまで一度も聞いたこ
 とがない。
・さらに決定的な証拠になったのは、2018年5月に愛媛県が参議院予算委員会の求め
 に応じて提出し、公表された加計学園関連文書だ。
 これは動かぬ証拠以外の何物でもなかった。
・この愛媛県の文書を読んで、2015年の時点から何が起きていたかを明瞭に理解でき
 た。 
 加計学園の渡邉良人事務局長が何度も愛媛県庁を訪れ、国家戦略特区で獣医学部をつく
 るというプランの進捗状況を逐次報告していた。
 その報告の内容が愛媛県の職員によって克明に記録されていたのだ。
 愛媛県庁の職員が東京に来て、政府関係者と面談したという記録もある。
・これらの文章を読むと、加計学園が獣医学部の新設に向けてどのような工作をしていた
 のかがよくわかる。 
 表向きは、国家戦略特区での加計学園の獣医学部新設が公式に認められたのは2017
 年1月20日ということになっているが、そこから2年近くさかのぼった頃に安倍首相
 (当時)と加計学園の加計理事長が面談しているのだ。
・2015年2月25日に安倍首相(当時)と加計理事長とが15分間面談したことが記
 されており、加計理事長が「国際水準の獣医学教育を目指す」などと新しい獣医学部を
 説明し、安倍氏が「そういう新しい獣医大学の考えはいいね」とコメントしたことなど
 が書いてある。
・安倍氏と加計理事長の面談を皮切りに、2015年の春の段階で加計学園に獣医学部を
 新設させてやるための談合が行われていた。
 国家戦略特区制度を利用して新設規制をすり抜けるためにはどうすればいいか、提案書
 の書き方を含めて、内閣府の「藤原豊」審議官や官邸の「柳瀬唯夫」秘書官が手取り足
 取り指南したことも愛媛県文書からわかる。
 採点する方の教官が、等安を各学生に、こう書いたらいいと答案の書き方を教えるよう
 なものだ。
・そうした経緯がありながら、獣医学部申請に対して慎重な姿勢をとっていた「石破茂
 氏が特区の担当大臣(内閣府特命担当大臣)を務めていた間はそれ以上動いていない。
 2016年8月の内閣改造で石破氏が特区の担当大臣を退いて、「山本幸三」氏に代わ
 ってから、事態は一気呵成に動き始めたのだ。
・2018年5月21日、安倍首相(当時)加計理事長の面談の事実を記した愛媛県文書
 が公表された翌22日、安倍氏は、
 「指摘の日に理事長と会ったことはない」
 と述べ、面会の事実を否定した。
 「官邸の記録を調べたが確認できなかった」
 とも語った。
 菅官房長官(当時)も定例記者会見で「入邸記録は残っていない」と説明した。
 しかし、首相官邸に裏から入ることは可能だ。私もその経路で入邸したことがある。
 国家戦略特区という裏口を使い、談合によって獣医学部を新設しようとしていた加計理
 事長が、官邸の正面玄関から首相に会いに行くはずがないのではないか。
・安倍氏は国会の答弁で、加計理事長と獣医学部新設の件で面談したことがないと繰り返
 し答弁し、加計学園の獣医学部新設の計画を知ったのは2017年1月20日だったとも答
 弁している。  
 これらが虚偽答弁であることは明々白々だ。
・加計学園問題の事実関係は明らかであり、真相究明の努力はもう必要ない。
 必要なのは責任追及だけである。
  
官邸からの人格攻撃とメディアの姿勢
・NHKは文部科学省内に情報提供者を確保しており、私が見たことのない文書も持って
 いた。
 それは担当課内で記録として保管してあるものだと思われ、2016年9月26日の日
 付が入っていた。
・2017年5月16日夜にNHK総合で放送された「ニュースチェック11」で、文部
 科学省の大学設置・学校法人審議会における加計学園の獣医学部の審査の状況を伝える
 ニュースの中で、脈絡なくその文書が画面に映った。
 社会部記者たちの意地がこの文書を画面に上げたのだ。
 しかし、「官邸の最高レベルが言っている」と記載された部分は画面の中で黒塗りにさ
 れていた。
・報道機関が報道すべき情報を自ら黒塗りにして隠すという、それ自体がニュースになる
 ような出来事だった。
 NHKの記者はいくら取材してもニュースにできない悔しさを私の前で見せていた。
 文字どおり涙を流して悔しがっていたのだ。
・朝日新聞も文部科学省の内部文書を持っていた。
 朝日新聞は5月17日の朝刊にその文書の一つを載せた。
 そこには新たな獣医学部の開学の時期を2018年4月とすることについて、「官邸の
 最高レベルが言っている」「総理のご意向だと聞いている」と内閣府の「藤原豊」審議
 官(当時)が語った言葉が記録されていた。 
・しかし、同日午後の記者会見で菅官房長官(当時)はこの文書を「怪文書みたいな文書」
 「作成日時だとか、作成部局だとか明確になっていない」と切って捨てようとした。
 それに対して、朝日新聞は翌5月18日の朝刊に、今度は具体的な日時と対応車の名前
 が入った文書を掲載した。
 そこにも「官邸の最高レベルが言っている」と書かれていた。

・私には新宿のいわゆる「出会い系バー」でそこに出入りする様々な境遇の女性から話を
 聞いていた時期がある。 
 女性の貧困を扱ったテレビのドキュメンタリー番組でそうした店の存在を知り関心を持
 ったのがきっかけだ。
・2017年の4月ごろ、このことについて複数の週刊誌から「話が聞きたい」とアプロ
 ーチがあった。
 情報の出どころが首相官邸であることは間違いないと思った。
 その前日の9月ごろ「杉田和博」官房副長官から「立場上そういう店には行かないほう
 がいい」と注意を受けていたからだ。
 どうしてそんな個人的な行動を知っているのか驚いたが、ご注意はありがたく承った。
・杉田氏は、私が役所を辞めた後、加計学園問題が国会で取り上げられるようになった
 2017年3月ごろにも、なぜか私の携帯に電話をかけてきて「例のバーの話を週刊誌
 が書こうとしているから気をつけたまえ」という「ご注意」をくれた。
 その時は彼の意図がよくわからなかったのだが、あとで考えれば「加計学園問題で余計
 なことをしゃべるな。しゃべるならどうなるかわかっているだろうな」という警告だっ
 たのだろう。私は鈍感だったので、その時点では彼の意図がわからなかった。
・「週刊文春」も「出会い系バー」の情報を持っていたが、同志のオファーは「新宿のバ
 ーのことを聞いたが、これは書かない。その代わり、加計学園獣医学部の問題について
 語ってほしい」というものだった。
 それなら応じようと考え、私はNHKや朝日新聞に話したことと同じことを同誌にも話
 した。  
 それは5月25日発売号に掲載された。
 ところが、「週刊文春」は「新宿のバーのことは書かない」と言っていたのに、その後
 の号で書いたのだ。
 ただ、それはが逆にありがたかった。
 私がこのバーで出会ったA子さんという女性を見つけ、「私は前川さんに救われた」と
 いう証言を載せたのだ。
 新宿以来一度も会っていないが、名乗り出てくれた彼女には今も感謝している。
・メディアにもいろいろあるものだと思い知らされたのは読売新聞の振る舞いだ。
 2017年の5月に入ってからだったと思うが、まずショートメールで知り合いの読売
 新聞文部科学省担当記者からアプローチがあった。
 別の社会部の記者が新宿のバーのことを聞きたいと言っているという内容だった。
 放置しておいたところ、その社会部記者から直接質問のメールが来た。
 質問の中には「出会った女性と性交渉があったか」などという下世話な質問もあったが、
 返事はしなかった。
・旧知の大手メディアの関係者に読売新聞が、こんな記事を載せるのだろうかと聞いてみ
 たところ、読売新聞がこのようなニュース性のない記事を掲載するはずがないと言って
 いた。  
 ところが、5月22日朝刊に「前川前次官出会い系バー通い」という見出しの記事が載
 ったからだ。 
・その前日、文部科学省の藤原誠君(現・文部科学事務次官)から「和泉さん」が会いた
 いと言ったら会う用意がありますか」というメールが来ていた。
 文部科学省文書の存在を否定すれば、読売新聞の記事は抑えてやるということではない
 かと推測した。
 今から思えば、ICレコーダーを持って和泉首相補佐官に会いに行けばよかったと思う。
 いい「文春砲」のネタになったはずだ。
 この一件以来、私は読売新聞は新聞ではないと思っている。
・読売新聞の記事が出たことで、鈍感な私も官邸が本気で私を潰しにきたのだと悟った。
 急遽弁護士を探し、対応を相談した。
 相談の上、5月25日に記者会見を開くことにした。
 それが、「あったものをなかったことにはできない」と発言した記者会見だ。 
・菅官房長官(当時)は私の記者会見の翌日の定例会見の場で、「出会い系バー」につい
 て「強い違和感を覚えた」とか「到底考えられない」とかいう言葉で私の人格に問題が
 あるかのような印象を振りまいた。
 私の人格を貶めることで、私の発言の信憑性を低下させようとしたのだろう。
・菅官房長官(当時)による私への人格攻撃で、私が許しがたいと思っているのは、私の
 辞任の経緯についてまったく事実に反することを言われたことだ。
 私は文部科学省内で起きた退職者に対する違法な再就職斡旋の問題の責任をとって、
 2017年1月20日に事務次官を辞任したが、それは私自身が決断し、私から大臣に
 申し出たことだった。
 ところが5月25日の定例会見で菅氏は私が「地位に連綿(著者注・正しくは「恋々」)
 としがみついていた」と言ったのだ。
  
<私物化の継承と暗躍する官邸官僚>

国政私物化も継承した菅政権
・菅氏は官房長官として、モリ・カケ・サクラなど安倍首相(当時)とその周辺人たちに
 よる国政の私物化について、首相の安倍氏に代わって記者会見で矢面に立ってきた。
 加計学園問題では記者会見や国会質疑の場で、文部科学省から流出した文書を怪文書呼
 ばわりしたり、私に対して名誉棄損に当たるような人格攻撃をしたりする強気の対応も
 辞さなかった。
 いわば安倍氏の不始末の尻拭いをさせられてきたわけだ。
 別に菅氏に同情するわけではないが、安倍氏とその周辺による国政の私物化には、内心
 思うところがあったのではないかと思っていた。
・安倍氏の国政私物化の後始末で散々苦労したのだから菅氏自身は国政の私物化に手を出
 さないのかと思いきや、国政私物化もちゃんと継承していたのだ。
 長男が勤める東北新社と菅氏が「天領」とする総務省との過剰接待を介した癒着には、
 安倍政権の森友学園問題や加計学園問題と同じ臭いがする。
・私が特に許しがたい思いにかられるのは、「お友達」を文化功労者にしたことだ。
 2020年の文化功労者の中に、あろうことか菅首相のタニマチといわれる経済人が含
 まれていたのだ。  
 飲食店情報サイト「ぐるなび」の創業者で会長の「滝久雄」氏だ。
 滝氏は菅氏の横浜市議会議員時代からの支援者で、その経営する傘下の広告会社を通じ
 て菅氏に多額の献金をしてきたといわれる。
 菅氏に頼まれて件の「山口敬之」氏に関連会社から顧問料を支払っていたことでも知ら
 れている。
 また「ぐるなび」は菅首相の始めた「GoToイート」キャンペーンで大いに潤ったと
 もいわれている。
・人間より国家を優先する国家主義と人間より企業を重視する新自由主義は、この40年
 間日本の政治の基調をなしてきたが、国家主義の傾向が強かった安倍政権に対し、菅政
 権では新自由主義が前面にできた。
 それは、菅政権が新たに立ち上げた成長戦略会議のメンバーである「竹中平蔵」氏、
 「デービット・アトキンソン」氏、内閣官房参与に任命された元財務官僚の「高橋洋一
 氏といった菅ブレーンの顔ぶれを見てもわかる。
・竹中氏は小泉内閣のころから政権中枢に食い込み、郵政民営化や労働者派遣法の度重な
 る「改正」など、規制の撤廃や競争原理の導入を積極的に進め、人権保養や公共の福祉
 を掘り崩してきた中心人物だ。
 政権と癒着することにより巨万の富を手にする「現代の政商」でもある。
 パソナグループは新型コロナウイルス対策や五輪関連の事業を受託し、それを再委託し
 たり外注したりして「中抜き」をすることで大儲けしているといわれる。
・アトキンソンという人は、日本国内の中小企業の数を半分にしようと提案している。
・高橋氏は、赤字国債は日銀が引き受けるなど国内で買われる限りはいくら発行しても大
 丈夫だという「現代貨幣理論」(MMT)の信奉者だが、この考えはかなり危険だ。
 雪だるま式に増えた国の借金を、あとの世代につけ回しすることになり、どこかで必ず
 破綻するだろう。 
・高橋氏は2021年5月ツイッターで、各国の人口100万人あたりの新型コロナウイ
 ルス新規感染者数のグラフを引用しつつ、「日本はこの程度の『さざ波』。これで五輪
 中止とかいうと笑笑」とツイートし、さらに日本の緊急事態宣言を「屁みたいな」もの
 というツイートもして人々の批判を招き、5月24日付で内閣官房参与を辞職した。
・国民の人気取りのため官邸発の思いつき政策が繰り出される状況は安倍政権も菅政権も
 変わらないが、思いつきへの「思い入れ」に違いがある。
 安倍前首相の場合には「思い入れ」がまるでなかったが、菅首相の場合は「思い入れ」
 が過剰なのだ。
・安倍氏の政策は側近の官邸官僚から振り付けられた政策だったから、思い入れもなかっ
 た。思い入れもないから、こだわりもなく、簡単に放棄したり放置したりできた。
 公約違反について、安倍氏は何の陳謝も弁明もしない。
 何もせず放置して人々が忘れるのを待つ。
 彼はそれで何の痛痒も感じない。無責任の極みである。
・しかし、安倍氏にはじぶんの政策に思入れがないぶん変わり身が早いという「利点」も
 あった。  
・菅氏の場合も、思いつき政策の知恵を出しているのはブレーンや側近なのだろうが、
 その思いつきを政策として実施に移す判断をしているのは菅氏自身だ。
 安倍氏と違って自分で判断しているぶん、始末が悪いといえる。
 自分で思いついた政策を、国民の喜ぶいい政策だと思い込み、何としても実現し継続し
 拡大しとうと思い入れる。
 周りの意見が耳に入らない。
 暴走機関車のように突っ走る。
 菅氏は「ぶれない姿勢」が信条だそうだが、裏を返せば、反省して軌道修正することが
 できないということだろう。
 「ふるさと納税制度」にしても「日本学術会議の会員任命拒否」にしても「GoToキ
 ャンペーンの継続にしても「東京オリンピック・パラリンピックの強行」にしても、
 彼自身にこだわりがあるため、軌道修正ができない。
 周りに諫言できる人間がいない。彼は「裸の王様」なのだ。
・菅首相の危険性は、憲法を裏側から崩壊させるのではないかということだ。
 日本学術会議の会員任命拒否は、明らかに学問の自由や言論の自由に対する侵害行為で
 あるが、菅首相は侵害していないと言い張る。
 それどころか任命拒否の根拠に憲法大5条を持ち出した。
 憲法を根拠にして憲法を破壊する行為を行ったのだ。
 法律の解釈変更すらしていないと主張している。
 日本国憲法を蔑ろにするという点では安倍氏と同じだが、憲法を正面から歪めようとし
 た安倍氏の動きは目に見えていたことにくらべ、菅氏の憲法破壊行為は目に見えにくい
 ところが怖い。
・2012年4月に自民党が発表した「日本国憲法改正草案」は、個人の尊厳を踏みにじ
 り、国家権力による人権侵害を極めて容易にするなど、とんでもない代物だ。
・現在の国民投票法は問題だ。
 現在の国民投票法では、投票された票のうち無効票を除いた数を「投票総数」とし、
 賛成がその2分の1を超えたら憲法のいう「過半数の賛成」だということになっている。
 もし投票率が30%しかなかったら、有権者の総数の15%を超える賛成があれば、
 「過半数」だということになってしまう。
 そのような少数の賛成で憲法改正が行われないよう、最低投票率または絶対投票率(有
 権者の総数のうちで必要とされる賛成投票率)を設けるべきだ。
・一方、憲法改正に積極的ではないからといって、菅首相ならあんしんというわけにはい
 かない。 
 菅氏のように権力を振るうことに何の躊躇もない人物が政権の座に居続ければ、憲法は
 裏側からどんどん破壊される危険性がある。
 日本国憲法は手つかずのまま残っていても、気がついたらその中身は空っぽになってい
 たということになりかねないのだ。
・安倍氏と菅氏が何のために政治をやっているのかと考えると、安倍氏は「名誉」を得る
 ため、菅氏は「権力」を得るためなのではないかと思われる。
・安倍氏にとって政治は「家業」である。
 祖父(岸信介)と大叔父(佐藤栄作)は首相、父(安倍晋太郎)は外務大臣という政治
 家三代目だ。
 富と権力はもともと持っていた。
 ほしいのは名誉だ。
 それは、祖父が果たせなかった憲法改正という悲願を達成することによって、歴史に名
 を残すことだ。 
・菅氏にとって政治は、「稼業」だ。
 彼は食い扶持を稼ぐために政治の世界に入った。
 権力の獲得と拡大が彼の行動原理なのだろう。
 それは、父親という権力に反発して家を出た過去に関係しているのではないだろうか。
 菅氏の父親は地元秋田でいちご栽培で財をなし、町議会議員を4期務めた人物である。
 家業を継ぐことを期待する父に反発するように菅氏は、高校卒業後上京。自力で学費を
 稼ぎ、大学に進学した。
 父親を超える権力者になって父親を見返すことが人生の目的になったのだと思う。
・菅氏の国家私物化は安倍氏の国家私物化より危険かもしれない。
 菅氏の権力欲はとどまるところを知らない。
 憲法も立憲主義も彼を縛るものではない。 
 安倍氏による国政の私物化は自分と自分の友達への個別の利益誘導だったが、菅氏がこ
 のまま総理・総裁の座に座り続ければ、彼は国家機構全体を権力的支配によって私物化
 するのではないだろうか。
 
官邸官僚・和泉洋人氏の暗躍
・「官邸官僚」という言葉は、私の知るかぎりノンフィクション作家の「森功」氏が作っ
 た言葉だ。
 首相や官房長官を直接支え、各省の頭越しに政策を立案し、各省の上に立って指示を下
 す。
 こうした種族が第2次穴政権より前には存在しなかった。
 官邸を中心とする内閣官房に、もちろん官僚はいたが、彼らは主に各省間の政策の調整
 を行うことが仕事であって、自ら政策を考える立場ではなかった。
 その人数もごくかぎられたものだった。
 しかし、安倍首相(当時)は側近の官僚または元官僚を重用し、さらに内閣官房や内閣
 府に様々な「本部」や「室」を設けて、その組織を肥大化させた。
・菅政権で明らかに権力を拡大した官邸官僚は和泉洋人首相補佐官だ。
 この官邸官僚のすごいところは、内閣が替わっても政権が替わっても政府の中枢に居続
 け、その勢力を伸ばしてきたことだ。
 安倍政権・菅政権を通じて9年近く首相補佐官の地位に座り続けている。
  
・株式会社立学校の特区は小泉政権下導入された。
 学校教育第1条に定められた学校(幼稚園、小学校、中学校、高等学校、大学など)は
 国、地方公共団体のほかは学校法人しか設置することができないことになっている。
 それは、学校が「公の性質を有する」から営利を目的とすることはできないという考え
 方に基づく。
・ところが小泉内閣では「構造改革」のかけ声の下、学校教育は公的機関が独占する「官
 製市場」とみなされ、その「民間開放」つまり営利事業者への開放が求められたのであ
 る。
 当時の「遠山敦子」文部科学大臣は制度の導入に抵抗したが、抵抗しきれなかった。
・株式会社立学校の大半は広域通信制高校だが、文部科学省は調査の結果を踏まえ、教育
 部会にそれ欄学校で行われている教育内容に大きな問題があることを指摘した。
 例えば、添削指導において、「添削レポートの大部分が多岐選択式とする」「添削返却
 に解説を付さない」などの不適切な事例が多かった。
 また構造改革特区として認定された市町村が、これらの学校の設置認可を行い所轄庁と
 して指導すべき立場にありながら、所轄庁としての能力がなく学校の実態も把握してい
 ない事例も指摘した。 
・当時の文部科学大臣は「平野博文」氏だったが、平野大臣は明確にこの株式会社立学校
 特区は廃止すべきだと考えていた。
・実際に、株式会社立の広域通信制高校にはとんでもないものがたくさなったのだ。
 事実は説得力がある。
 教育部会の中では徐々に、学校法人の設立許可の要件について規制緩和することを条件
 として、この株式会社立学校特区を廃止するという案が有力になった。
・この時点で内閣府から巻き返しに乗り出したのが、当時地域活性化統合事務局長だった
 和泉氏だった。
 和泉氏は直接、平野大臣にこう働きかけた。  
 「株式会社立学校の特区は廃止することにするが、利害関係者も多いので、直ちに「廃
 止」にするとハレーションが大きい。段階的に廃止に持っていくため、今回は「是正」
 ということにさせてほしい」
・この論法に平野大臣は同意した。ここで勝負がついたのだ。 
 「廃止」を主張していた文部科学省自身が「是正」に後退したのだから、構造改革特区
 本部「評価・調査委員会」の結論が「廃止になる可能性は封じられた。
・和泉氏と平野大臣との「約束」では、是正の検証をし、弊害がなくなっていないことを
 確認したのち、「廃止」するはずだった。
 しかし、その約束は2021年7月の段階でまだ果たされていないし、和泉氏が政権内
 にいるかぎり今後も果たされる見込みはないだろう。

・和泉氏にはその後も何度も煮え湯を飲まされた。
 安倍前首相の「お友達優遇」の一つである「明治日本の産業革命遺産」(明治産業遺産)
 の世界文化遺産への推薦と登録にあたっても、和泉氏は「大活躍」を演じた。
・明治産業遺産の話はあまり知られていないが、安倍前首相による国政の私物化として、
 実は加計学園問題とその構図がよく似ている。
 ここで登場する「お友達」とは、この案件をユネスコの世界文化遺産に登録しようと運
 動していた「加藤康子」氏という人物だ。
・ユネスコ世界文化遺産に推薦できるのは、各国毎年1件だけと決まられている。
 日本政府からの推薦案件は、文化庁に設置された文化審議会の世界文化遺産特別委員会
 で選ばれることになっている。
・2013年の推薦案件の選定で、世界文化遺産特別委員会は粛々と選定作業を行い、
 「長倦きの教会群とキリスト教関連遺産」(長崎キリスト教遺産)を推薦案件として選
 んだ。 
・2012年、文化審議会が2013年度の推薦案件として長崎キリスト教遺産を選ぶ方
 向であることがわかると、和泉洋人氏は驚くべき行動に出た。
 文化審議会とは別の審査の場を内閣官房に作ったのだ。
 2012年7月、内閣官房地域活性化統合事務局に、「産業遺産の世界遺産登録推進室」
 という組織を作り、「稼働資産を含む産業遺産に関する有識者会議」という審査の場を
 設置した。
 それを正当化する理由は、官営八幡製鉄所や三菱長崎造船所のように現在も稼働中の資
 産の保全は文化保護法では対応できないため、文化庁で審査すべきではないというもの
 だった。
・「有識者会議」は2013年8月、「明治日本の産業革命遺産」をユネスコへの推薦候
 補とすることを決定した。
 それは、文化審議会の世界文化遺産特別委員会が、長崎キリスト教遺産を推薦案とする
 決定をした数日後のことだった。
 ユネスコへは1件しか推薦できないのに推薦候補が二つ並んでしまった。
 最後は菅官房長官(当時)の「政治判断」により明治産業遺産を推薦することが決まっ
 た。
 有力案件だった長崎キリスト教遺産を押しのけて明治産業遺産が政治的に推薦案に決ま
 った構図は、2017年に明らかになった加計学園問題を思わせる。
・和泉氏は紛れもなく菅首相の最側近であり懐刀である。
 菅氏にとって和泉氏が「任せて安心」な「使える人材」であることは間違いない。
 とにかく和泉氏は何でもやるし、何でもこなす。
 どんな課題についても、とりあえず菅氏が満足できる結果を出すのだ。
・和泉氏については、2019年8月内閣官房健康・医療戦略室長として「大坪寛子」次
 長とともに京都大学iPS細胞研究所の「山中伸弥」所長を訪問、財政支援の打ち切り
 を一方的に通告したことも報道された。
 「週刊文春」がこの2人が京都デートを楽しんで一緒にかき氷を食べていたことや、
 和泉氏が大坪氏を海外出張に伴わせ「コネクティングルーム」を手配するよう外務省に
 指示したことなどを報じたことを覚えている人もいるだろう。  
・首相補佐官は内閣法上首相の行う企画・立案を「補佐する」職だ。
 だから国政の責任者として国会でもメディアに対しても答弁することはない。
 しかし実質的な大臣や局長と同等かそれ以上の権力を握っている。
 各省に「指示」を飛ばし、人事まで口を出す。
 国民に責任を負わない「闇の権力」と言っていいだろう。
 
<安倍・菅政権における政と官>

政と官の関係の変質
・日本国憲法が「公務員」という時、それは内閣総理大臣を含む言葉である。
 政治家であれ役人であれ、公職に就いている者すべてを指している。
・憲法第15条2項は「すべての公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではな
 い」と規定している。
 「全体の奉仕者である」だけでも十分意味は伝わるのに、わざわざ「一部の奉仕者では
 ない」と付け加えている。
・政治家の中には憲法に反する思想を持っていたり、法律に違反する行動をとったりする
 危うい人物がいるのも確かだ。
 しかし、たとえそうであっても、国民・住民の選挙により公職に選ばれた政治家は、
 民主政治の下で政治の権限と責任を負うべき存在なのだ。
 その意味で政治主導は民主主義の基本である。
 「官僚」「役人」などと呼ばれ、「政治」の下で「行政」に携わる一般職の公務員は、
 最終的な意思決定の責任を負う存在ではない。
・しかし、政治家と官僚との間には、一定の緊張関係は必要である。
 最終的な「意思決定」は政治家が行うとしても、そこに至る「意思形成」において官僚
 が果たすべき役割は極めて重い。
・全体の奉仕者としてよい政策を立案できるのは自分たちだという自負を、官僚は持って
 いる。  
 しかし、自負と高慢は裏表の関係だ。
 官僚は政治家を内心見下すようになる。
 一方政治家は、能力的に敵わないとなると、権力を笠に着て官僚を怒鳴りつけ押さえつ
 け、そうやって自分の意志を通そうとするようになる。
 これは望ましい緊張関係ではない。
・政治と行政、政治家と官僚の間には、緊張関係と協働関係が必要だ。
 それらが成立して初めて真の政治主導も実現できる。
 そうした古き良き政官関係は、安倍政権から菅政権への9年近くの間に、完全に消失し
 た。 
 世意味でも悪い意味でも、政治の動きに歯止めをかけていたのは官僚だったが、その歯
 止めが利かなくなった。
 そうして政治が暴走し、腐敗が進んだ。
 
官邸一強体制と官僚の下僕化・私兵化
・安倍・菅政権の政治は「政治主導」ではなく「官邸主導」、さらに言えば「官邸支配」
 だと言ってもよいだろう。
 本当の政治主導において、国政の私物化は起こらない。
 国政の私物化がかくも常態化したのは、官邸支配が国政のすみずみまで及んでしまった
 からだ。
・2014年安倍政権において内閣法が改正され、同年5月内閣官房に「内閣人事局」が
 設置された。
 この法改正に統治の野党・民主党は賛成した。
 各府省の部長・審議官級以上の700近いポストの人事は、内閣人事局が一元管理し、
 最終的に首相、官房長官、各省大臣が行う任命協議で人事を決定することとされた。
 官邸主導による各省幹部人事が、おの内閣人事局の設置を機に強まったことは間違いな
 い。
・内閣人事局の設置後も、各省の官僚の人事権そのものは依然として各省大臣にある。
 官房長官はあくまでも協議を受ける立場なのだ。
 しかしこの「協議」がくせ者なのだ。
 協議が整わなければ、人事が進められないのだ。
 つまり官房長官は人事権そのものを持ってはいないのだが、個々の人事に対する事実上
 の拒否権を持っていることになる。
 拒否権が頻繁に行使されると、本来、各省大臣にあるはずの人事権が官房長官に移って
 しまうという現象が生じる。
・確かに、内閣人事局という法律上の組織を配下に持つことになったことは、官房長官の
 立場を強くしたと言えるだろう。
 しかし、その官房長官が「菅義偉」という人物でなかったならば、今日見るように官邸
 が官僚人事を支配することはなかったであろう。
 日本の政治と行政にとって不幸だったのは、人事で役人を操縦することを身上とする、
 「菅義偉」という人物がそこに居続けたことである。
・官房長官の菅氏と副長官の杉田氏のコンビは、内閣が有する人事権をフルに活用して、
 霞が関の官僚集団を支配してきた。
 事務次官や局長の在任期間は長くても2年程度だから、安倍政権と菅政権の9年近くの
 間に各省庁の幹部ポストは、4回以上は交代していることになる。 
 その都度、官邸の言いなりになる人物ばかりを登用してきたわけだから、今や霞が関は
 何でも官邸の言うことを聞く官僚ばかりになっている。
 霞が関官僚集団は「何でも官邸団」になったのだ。
 「ご無理ごもっとも」「無理が通れば道理が引っ込む」という状態だ。
・「権力」とは、結局他者を意のままに動かす力のことだが、その権力の源泉になるのは、
 人事権だけでなく情報(例えばスキャンダルを握って脅すこと)や金もある。
 金の方は、菅氏が官房長官在任中官房機密費を86億8千万円使ったという。
 菅氏はこれだけの金を、誰に何をさせる(あるいは、させない)ために使ったのだろう。
 それは完全に闇の中だ。
 
・かく言う私自身も、2016年第2次安倍政権の下で文部科学省の事務次官に任命され
 たわけだが、この人事は菅氏に取り立ててもらったというものではない。
 私はすでに事務次官昇任への待機ポストである文部科学省審議官になっていたので、
 特に不自然な人事ではなかった。
 しかし、事務次官就任人事は官邸から見れば明らかな失敗だった。
 私の「本性」を知っていたら、安倍氏も菅氏も決して私を事務次官にしようとは思わな
 かっただろう。
 人物のチェックが不十分だったわけだ。
 なぜなら、私は安保法制反対のデモに参加していたからだ。
・2014年7月に安倍政権が憲法上、集団的自衛権の行使が容認されるという閣議決定
 を行ったときから、私は日本を戦争ができる国にする安倍政権の姿勢に強い危惧の念を
 抱いていた。
・この閣議決定自体が憲法違反だったというべきである。
 この考え方に基づいて立案された安全保障関連法は、集団的自衛権の行使を認めるかぎ
 りにおいて、違憲立法だったと言うほかない。
 一個人、一国民として、私はこの法案は憲法違反であり、許すことはできないと考えて
 いた。 

・菅首相は官房長官の頃から、自分の気に入らない官僚は排除してきた。
 広く知られているのは、総務省の事務次官候補だった「平嶋彰英」氏の左遷人事だ。
・「ふるさと納税制度」は菅氏が総務大臣だったときに導入したもので、菅氏は「これは
 とてもいい制度だ」と思い込んでいるようだが、住民税の納税額が多い高所得者ほど得
 をする逆進性があり、都市部の自治体の税収を激減させ地方財政をひどく歪めている。
・平嶋氏は自治税務局長だったとき、菅官房長官にふるさと納税制度の問題点を指摘し、
 その拡大に反対したため、自治大学校長に左遷された。  
・平嶋氏はふるさと納税制度について、
 「本質的にこの制度は極めて不平等で、不健全です」
 「税や寄付の原則論から言ってもおかしな制度であって、住民税の基本的なありようを
 破壊することになりかねません」
 「こんな制度をむやみに拡充すれば、比較的裕福な人びとほど『使わないと損』という
 カタログショッピング化するのは当初から明かでした。そして実際そうなってしまった」
 と評している。
・平嶋氏が菅氏から睨まれた案件は、ふるさと納税だけではなかった。
 平嶋氏が、商業地の固定資産税について憲法大14条違反の疑いのある特例の廃止に向
 けて自民党税制調査会で検討してもらおうと動いたところ、菅氏に近い和泉首相補佐官
 から待ったがかかった。
・バックには業界団体の存在があった。
 税制調査会の動きが新聞で報じられると、菅氏が「俺がダメだと言っていることを新聞
 まで使ってやろうとするのか」と激怒しているという話が和泉氏から平嶋氏に伝わって
 きた。 
 総務省の事務次官には菅氏から直接電話があって猛烈に怒られたという。
・このような経緯から、菅氏は総務省の平嶋氏の人事に介入した。
 2015年夏の人事の前に、平嶋氏は「高市早苗」総務大臣(当時)から「あなた、菅
 ちゃんと何かあったの?」「あなただけはダメだて菅ちゃんが言うのよ」と言われたと
 いう。  
・官僚として当然の進言をしたのに、それを理由に左遷される。
 これでは、菅氏にまっとうな意見を言う官僚はいなくなる。
 結局、菅首相は「裸の王様」になってしまったのだ。
・菅氏の不興を買ったために「飛ばされた」人事は枚挙にいとまがない。
 菅氏自身が総務大臣時代に居に反する言動のあったNHK担当課長を更迭したと自著
 『政治家の覚悟』の中で書いている。
 総務省の元幹部によれば、この時菅氏は「課長を飛ばしたよ、飛ばしてやったよ」と興
 奮を隠せない様子で言ったという。 
・法務省の黒川氏、文部科学省の藤原君にかぎらず、安倍・菅政権は官邸の言うことを何
 でも聞く官僚を重用した。
 
・法務省の黒川氏、文部科学省の藤原君にかぎらず、安倍・菅政権は官邸の言うことを何
 でも聞く官僚を重用した。
 森友学園問題で108回も虚偽答弁を繰り返し、公文書の改ざんまで行った「佐川宣寿
 財務省理財局長が国税庁長官に出世できたのは、そうやって安倍首相(当時)を守り切
 ったことへの褒賞だといえる。
・佐川氏の後任で、同じく7回の虚偽答弁をした「太田充」理財局長(当時)も、その後
 主計局長から事務次官へと登り詰めた。
・2017年の森友学園問題の渦中にあって、菅官房長官(当時)の秘書官だった「寺岡
 光博
」氏は、官邸と財務省とのパイプ役となっていた。
 森友学園への国有地売却で安倍首相(当時)が、
 「私や妻が関係していたら総理大臣も国会議員も辞める」
 と国会の場で発言したのが2017年の2月17日。
 佐川理財局長(当時)の指示により決裁文書の改ざんが始まったのは2月26日の日曜
 日、自殺した近畿財務局職員(当時)に「赤木俊夫」さんが上司に呼び出された日だ。
 17日から26日までの間に官邸と財務省の間で一体何があったのか。
・2018年6月4日に財務省が国会に提出した報告書によれば、2月22日に菅官房長
 (当時)の下に関係者が集まって相談したことがわかっている。
 集まったのは財務省の佐川理財局長(当時)、「太田充」総括審議官(前事務次官)、
 「中村稔」理財局総務課長(当時)、国土交通省の「蝦名邦晴」航空局長(当時)らで
 ある。もちろんそこには官房長官秘書官だった「寺岡光博」も出席していた。
 決裁文書を改ざんする」という方針はこの時に決まったのだろう。
 そうでなければ、2日後の2月24日、菅官房長官が記者会見で、
 「決裁文書は30年間保存している。そこにほとんどの部分がかかれているんじゃない
 でしょうか」
 と大見得を切るはずがない。 
・要するに、矢野氏も寺岡氏も、菅氏、佐川氏、太田氏らとともに、決裁文書改ざんとい
 う「毒饅頭」を一緒に食べた一味なのだ。
 
・菅氏子飼いの官僚は警察庁でも順調な出世を遂げている。
 2021年7月現在、警察庁次長の地位にある「中村格」氏もその一人だ。
 中村氏が「有名」になったのは、官房長官秘書官から転任した警視庁刑事部長に在任中
 の2015年6月、ジャーナリストの「伊藤詩織」さんに対する準強姦罪の容疑で逮捕
 状が出ていた「山口敬之」の逮捕中止を命じたという事件がきっかけだ。
 この事件は、安倍首相(当時)の「お友達」である山口氏を、警察は逮捕せず、検察は
 起訴せず、検察審査会は不起訴相当という結論で終わったため、刑事事件にはならなか
 った。
 しかし、伊藤さんが山口氏に対して起こした民事訴訟では、2019年12月の東京地
 裁判決で山口氏の不法行為が認定され、山口氏は330蔓延の損害賠償を命じられてい
 る。
・この事件をいち早く報じた「週刊新潮」によれば、同誌が送った取材のメールに対して
 山口氏が謝って次のようなメールを返信してきたという
 「北村さま、週刊新潮より質問状が来ました。伊藤の件です。取り急ぎ転送します」
・山口氏は「北村さま」に転送するべきメールを、誤って「週刊新潮」に変身してしまっ
 たわけだが、問題はこの「北村さま」が誰かということだ。
 それは当時日本のCIA長官といわれている内閣情報官だった警察官僚の「北村滋」氏
 だと思われる。
 山口氏から相談された北村氏が、警察の後輩であり官邸でともに安倍・菅政権を支えた
 中村氏に逮捕令状の執行停止を求めたのだろう。
 北村氏はそれを首相だった安倍氏や官房長官だった菅氏に無断でやったのだろうか。
 私にはそうは思えない。
 明かに法を曲げる行為であるから、官僚の一存でできるとは思えない。
 安倍氏や菅氏の「政治判断」を求めたのではないだろうか。
・中村氏自身は「週刊新潮」に対し、山口氏の逮捕状取りやめは「私が決裁した」「自分
 として判断した」と答えている。
 慎重な官庁であれば「個別の事件については答えられない」と対応するのが普通だろう。
 ところが中村氏は進んで自分の判断だと答えた。
 私はそこに意図的なものがあると感じる。
 彼は「官邸の指示はなかった」と印象づけようとしたのだろう。
 この人物は「毒饅頭」を全部1人で食べた。
 責任を一身に背負うことにより、官邸が標的になることを防いだのだ。
 この振る舞いは菅氏からたいそう「評価」されたことだろう。
・警察は検察と同じく、政権から独立性と政治的中立性が厳しく求められる行政機関であ
 る。そのために警察法により国家公安委員会という独立行政委員会の管理の下に置かれ
 ている。
 しかし、上意下達の性質の強い警察において、政権の忠犬が警察庁長官になるならば、
 政権は警察を意のままに使うことができるだろう。
 権力のお友達なら性犯罪も揉み消してもらえるのだとすれば、この国はもう法治国家と
 はいえない。
 
内閣法制局、検察庁、人事院にも広がる官邸支配
・2013年には、内閣法制局の長官人事で、次長からの内部登用という確立した慣例を
 破って、「小松一郎」氏という外交官を外部から長官に任命した。
 この異例の人事によって2014年、内閣法制局が長年維持してきた「集団的自衛権は
 憲法第9条のもとでは行使できない」という見解を覆す法制局見解をまとめさせ、その
 見解に基づく閣議決定により「解釈改憲」を行った。
 あれ以来、内閣法制局はその独立性を完全に失った。
・「黒川弘務」東京高検検事長の勤務延長への国家公務員法の適用にしても、日本学術会
 議の会員の任命を拒否した菅首相の任命権に関する日本学術会議法の解釈にしても、
 今や内閣法制局は、政権の都合のいい法解釈を捻りだすところになっている。
 官邸が求めるのでれば「カラスは白い」という理屈すら平気ででっちあげる御用機関に
 成り下がったのだ。
・内閣法制局の「政治化」を見せつけた出来事が、2019年3月の参議院予算委員会で
 の「横畠裕介」内閣法制局長官の答弁だった。
 立憲民主党の「小西洋之」議員が「国会議員の質問は、国会の内閣に対する監督機能の
 表れだ」という点の確認を求めた質問に対し「このような場で声を荒げて発言するよう
 なことまで含むとは考えておりません」と皮肉を言ったのだ。
・野党理事が即座に抗議し、議場での理事間の協議の結果、横畠氏はこの発言を撤回し、
 謝罪した。
 彼はなぜこのような職分を逸脱した発言をしたのか。
 安倍首相(当時)や菅官房長官(当時)の歓心を買うためだ。
 「法の番人」にはほど遠い態度であった。
    
・菅人事で重用された官僚の筆頭株は、なんといっても法務省の「黒川弘務」氏だろう。
 黒川氏の官房長と事務次官の在任期間は合わせて約7年半に及ぶ。
 安倍・菅政権と法務・検察との間の調整役として、彼がいかに重宝されていたかがわか
 る。
・よく知られているように、黒川氏は「官邸の守護神」「官邸の番犬」などと呼ばれ、
 官邸に近い人物に刑事事件が及ばないように画策してきたといわれている。
・確かに、自民党の「甘利明」衆議院議員は経済再生担当大臣在任中に大臣室などで建設
 会社から金銭を受け取り、都市再生機構(UR)に口利きをしたとされるが、その事件
 が斡旋利得罪や斡旋収賄罪として立件されなかったのは、腑に落ちない。
・2020年1月に閣議決定された東京高検検事長としての勤務延長は、彼を検事総長に
 するための措置だったとしか考えられないが、それは検察官に適用できない国家公務員
 法の勤務延長の規定を「適用」したものだった。
 つまり、法律上できないことをしたわけであって、違法・無効な行為だったと言わざる
 を得ない。それくらいのことは、法務省で官房長や事務次官を務めた黒川氏には容易に
 わかることだ。
 法務省・検察庁の仲間内でもおそらく「この勤務延長はおかしい」「黒川は自ら身をひ
 くべきだ」という声が出ていたことだろう。
 普通の良識を持った人間なら、勤務延長を辞退して辞任すると思う。
 黒川氏はどうしても検事総長になりたかったのだろうか。
 私には黒川氏がそのようになりふり構わず地位と権力を求める人物だとは思えない。
 彼には官邸との関係で、辞めるに辞めれない何らかの事情があったのではないかと、
 私は思っている。
・行政府の中にありつつも準司法的機能を持つ検察庁は、人事院以上に政権からの独立性
 の強い機関だ。
 安倍政権はその独立性を人事への介入によって侵そうとした。
 しかも、検察官に適用できないはずの国家公務員法の勤務延長の規定を使うという法治
 国家にあるまじき方法でそれを行ったのだ。 
・2020年1月31日、政府は黒川弘務東京高検検事長の勤務延長を閣議決定した。
 「森まさこ」法務大臣は、2月3日の衆議院予算委員会で「国家公務員法の定年制の
 規定を適用した」説明したが、2月10日の同委員会で「山尾志桜里」議員が1981
 年の国家公務員法改正法の立法当時の政府答弁では、検察官に「今回の定年制は適用さ
 れない」とされていることを指摘。
 森法務大臣は「今ご指摘いただいたことについては承知しておりません」と答弁した。
・一方、2月12日の同委員会で「後藤祐一」議員の質問に対し、人事院の「松尾恵美子
 給与局長は「国家公務員法に定年制を導入した際は、検察官については、国家公務員法
 の勤務延長を含む定年制は検察庁法により適用外されていると理解していた」と答弁。
 さらに「現在もその解釈に変わりないか」との問いに対し、「現在までも、特にそれに
 ついて議論はございませんでしたので、同じ解釈を引き継いでいるところでございます」
 と答弁した。
・つまり松尾給与局長は、1981年当時の解釈に変更はなく、国家公務員法の定年制は
 検察官に適用されないと説明したのである。
 ならば、黒川氏の勤務延長はできなかったことになる。
・するとその翌日2月13日の衆議院本会議で安倍首相(当時)は「今般、検察庁法に定
 められている特例以外については、一般法たる国家公務員法が適用されるという関係に
 あり、検察官の勤務延長については、国家公務員法の規定が適用されるという解釈する
 こととしたところであります」と答弁。
 解釈変更があったという説明に突然転じたのである。
・2月19日の衆議院予算委員会で森法務大臣は、「階猛」議員から「なぜ重要な解釈変
 更を説明しなかったのか」と問われて、「解釈変更について問われていない(から)」
 と答えた。
・同日の同委員会で、人事院の松尾給与局長は、法解釈に変更はないとした前の答弁を翻
 し、「国家公務員法の勤務延長規定が検察官にて適用されないとしてきた法解釈を1月
 中に変更した」答弁を修正した。
 以前の答弁は「不正確だった。撤回する」と述べ、山尾志桜里議員から間違えた理由を
 問われると「つい言い間違えた」と答えた。
・2月21日、衆議院予算委員会理事会に法務省が、検察官の勤務延長を可能とする法解
 釈変更に関する人事院との「協議文書」を提出した。
・この「協議文書」について、人事院の「一宮なほみ」総裁は、2月26日の衆議院予算
 委員会で自民党「谷公一」議員の質問に答えて、「辻裕教」法務事務次官と森永耕造予
 算委員会間で1月22日から24日までの間に直接やりとりされたものだと説明した。
 文書自体に日付がないことを問題視する野党側に対し、一宮氏は「直接文書を渡してお
 り、記載する必要はなかった」と反論した。
・こうした国会での質疑の経緯をたどると、法務省は人事院と協議することなく黒川氏に
 国家公務員法の勤務延長規定を適用したことが推認される。
 ところが立法当時の解釈と異なることを指摘されたため、解釈の変更について事前に人
 事院と協議していたというストーリーを作り、「協議文書」もあとからつくったのだと
 思われる。  
・この問題では、人事院も官邸の支配下に入ったことを通観させられた。
 一宮なほみ総裁は裁判官出身だが、人事院の独立性を自ら放棄し、官邸の望むとおりの
 答弁をした。
 松尾局長の「つい言い間違えた」という答弁は見え見えの嘘だった。
 こんなあからさまな虚偽答弁を強いられる彼女は実に気の毒だと思った。
 しかし、そうやって恥を捨てても政権に忠義を尽くしたおかげで、彼女は2021年1
 月人事院事務総長に昇任したのであった。
・黒川氏の勤務延長は、彼を次の検事総長に任命するためだったことは間違いなかろう。 
 安倍官邸にはどうしても黒川氏を検察トップに据えたいわけがあったのだろう。
 このような人事を通じて検察が政権に私物化されれば、「首相の犯罪」は決して暴かれ
 ることがなくなる。
 首相はどんな悪事もやりたい放題になる。
 それはもはや法治国家ではない。
・しかし黒川氏は、202年5月21日に発表された「週刊文春」に新聞記者と賭け麻雀
 をしていたことを書かれたため、同日辞表を出し、翌22日には閣議で辞職が承認され
 た。 
 あっけない幕切れだったが、私はどうもこの賭け麻雀報道から辞職までの経緯が、黒川
 氏の自作自演の自爆だったのではないかと思えてならない。
 官邸が彼の辞任を認めざるを得ない理由を自ら作り出したのではないか、と私は思って
 いる。

<人災だった全国一斉休校>

突然の全校一斉休校要請
・安倍・菅政権は数々の失政を行ってきたが、中でも最悪のものが新型コロナウィルス対
 策だろう。
 中でも私が許しがたいと思っているのは、2020年の3月から6月にかけて行われた
 全国一斉休校である。
・2020年2月27日夕刻の新型コロナウイルス感染症対策本部の席上で、安倍晋三首
 相(当時)は突然、「全国一斉休校要請」を発表した。
 「全国すべての小学校、中学校、高等学校、特別支援学校で3月2日から春休みまで臨
 時休業を行なうよう要請する」と言ったのだ。
 それは日本中の子供たちの学習権と生存権を侵害する重大な人権問題だった。
・子供たちから学校教育と学校生活の機会を奪う休校(学校の臨時休業)は、彼らの生存
 権と学習権を侵すことにほかならない。
 それが許されるのは、子供たち自身の健康と安全の確保のために必要な場合または公衆
 衛生上どうしても学校を閉めなければ艦船が食止められない場合に限られ、そこには十
 分な科学的根拠が必要である。
・「営業の自由」を制限する一般の休業命令と異なるのは、金銭による補償が不可能だと
 いうことだ。   
 いくらお金を積んでも、奪われた学習の時間を埋め合わせることはできない。
 永久に奪われたままになる。取り返しはつかない。
・しかし安倍前首相には、自らの行為で子どもたちの人権を侵害しているという認識は、
 おそらくひとかけらもなかっただろう。
 この「要請」はなんらの科学的根拠も持っていなかった。
 専門家会議にも諮らず、文部科学省にも相談しなかった。
 官邸の独断による暴走だったというほかない。
・「全国一斉休校要請」の2日前の2月25日、文部科学省は学校での新型コロナウイル
 ス対策についての「事務連絡」を全国の教育委員会等に宛てて発出していた。
 この時点で文部科学省は、急行は児童生徒に感染者が出た場合に行うのが原則であって、
 感染者がいないのに休校するのは、各地域の流行早期に段階で取り得る例外的な措置だ
 と考えていた。
 それを安倍首相(当時)は2日後の2月27日にひっくり返したのだ。
・「全国一斉休校要請」は「官邸官僚」の筆頭である「今井尚哉」首席秘書官(当時)の
 進言によるものだったことが知られているが、彼がそう考えた理由は、前日の2月26
 日に「鈴木直道」北海道知事が行った「全道一斉休校要請」にあると思われる。
・今井氏はこの一斉休校要請の推移を注視していたにちがいない。
 北海道はいわば「一斉休校」の実験場だったのだ。
 「全道一斉休校要請」は道民にもメディアにも評判が良かった。
 それを見た今井氏は意を強くして所掌の安倍氏に「全国一斉休校要請」を強く勧めたの
 だろう。 
・朝日新聞によれば、安倍首相(当時)の「要請」の数日前の官邸幹部らとの会議で菅義
 偉官房長官(当時)などから異論が出たため「首相も一度は一斉休校を見送る考えを示
 した」が、今井尚哉氏が「立ち消えになった案を再び俎上に載せた」のだという。
・「新型コロナ対応民間臨時調査会・調査・検証報告書」によれば、2月27日の午前中
 に官邸に呼ばれた「藤原誠文」文部科学事務次官は、首相の意向を初めて伝えられたと
 き「私もやった方がいいと思っているんです」などと即座に応答したという。
 教育現場を預かる文部官僚のトップが、このように首相に迎合した発言をしたことは本
 当に情けない。 
 その2日前に文部科学省は、急行は個々の学校で感染者が出た場合に行うことを原則と
 する方針を出していたのだから、本来そこで事務次官は官邸の暴走に「待った」をかけ
 なければならなかったはずだ。 
・この点では、「萩生田光一」文部科学大臣の反応の方が真っ当だった。
 萩生田氏はその日の午後官邸に趣き、安倍氏に対して「本当にやるんですか」と疑問を
 呈したという。
 この時、萩生田氏は「課題を一つ一つ挙げ、翻意を促した」が、「安倍の決意は固かっ
 た」という。
・官邸に追随せざるを得なかった文部科学省は、翌28日に「一斉臨時休校」を求める事
 務次官通知を発出し、ほぼ首相が要請したとおりのことを全国の学校関係者に要請した。
 さらにその際に留意事項として、
 @児童生徒には基本的に自宅で過ごすよう指導すること
 A学習の遅れが生じないよう家庭学習を課すなどの措置をとろこと
 を求めた。
 これらは子どもたちをさらに苦しめるもとになった。
・首相の休校要請には、ほとんどの自治体が従った。
 文部科学省が調べた休校実施状況は、公立学校の場合小学校で98.8%、中学校で
 99.0%、高等学校で99.0%、特別支援学校で94.8%だった。
・ただし、この時点で休校措置をとらなかった自治体もある。
 「感染者がいないのだから休校にはしない」というのがその理由だが、そんな当たり前
 の判断をする自治体は極めて少なかった。
・当初首相が要請した一斉休校は「春休みまで」とされていたから、全国の学校関係者は、
 4月には入学式も始業式も行い、学校を再開できると思っていた。
 ところが春休みが開けた4月、日本中の多くの学校は再開しなかった。
 その最大の原因は「緊急事態宣言」だ。
 「新型インフルエンザ等対策特別措置法」に基づいて4月7日、首都圏、関西圏及び福
 岡の7都道府県を対象に「緊急事態宣言」が発令され、4月16日には対象地域が全都
 道府県に拡大された。
・東京との休校延長には、もう一つの要因があると思われる。
 オリンピックの1年延期の決定と同時に、それまで「音無の構え」だった「小池百合子
 都知事の姿勢が急変したことだ。
 3月23日に突然小池都知事が「ロックダウン」の可能性に言及。
 25日には「感染爆発 重大局面」と書いた札を掲げ、都民に外出自粛を強く求めた」
・緊急事態宣言は5月6日までとされていたから、全国の学校関係者は連休明けには一月
 遅れで学校を再開できると思っていた。
 しかし、4月30日には安倍首相が「7日から日常の戻るのは困難」と発言し、5月4
 日には緊急事態宣言=休校となっていたから、多くの教育委員会がほとんど考えること
 も悩むこともなく学校の一斉休校を5月31日まで延長した。
・この時点で公立学校の休校がゼロになっていたのは秋田県と鳥取県の2県、きわめて低
 い割合になっていたのは青森県、岩手県、鹿児島県などだった。
 多くの自治体では、学校を再開する理由もきっかけも見つからないまま、漫然と休校を
 続けていたのである。
・専門家会議は4月1日の提言においても「現時点の知見では、子どもは地域において感
 染拡大の役割をほとんど果たしてはいないと考えられる」と述べ、一斉休校は「感染拡
 大警戒地域」において検討すべき「選択肢」とした。
 こいした専門家会議の姿勢をつぶさに見てみると、首相の安倍氏が独断で行った「全国
 一斉休校要請」を否定しないよう配慮しつつも、それを指示する姿勢を示したことは一
 度もなかった。  
・政府の「基本的対処方針等諮問委員会」が一斉休校に「お墨付き」を与えるのを拒んだ
 経緯は朝日新聞が伝えている。
 緊急事態宣言の全国拡大などを審議するため4月16日に開かれた同委員会で、事務局
 が対処方針案に「5月6日までの間、格好を一斉休校することが望ましいという専門家
 会議の見解を踏まえ」という文言を入れようとしたところ、次々に異論が示され撤回さ
 れた様子が、議事録に記録されているという。
 「感染拡大している状況にあっても子どもが教育を受ける権利をしっかり保障すべき」
 「武藤香織」委員の発言も残っている。
・「民間臨調報告書」にも、「エビデンスから考えると、今回のウイルスは、子どもは感
 染源にほとんどなっていない」「一斉休校は疫学的にはほとんど意味がなかった」
 という「専門家会議関係者」の発言が載せられている。
・こうした専門家や科学者の見解からみれば、安倍首相(当時)による「全国一斉休校要
 請」に科学的根拠がなかったことは明らかだ。
・一方、第4波への対処の中で、知事や市長の判断で学校での対応を行った地域もあった。
 4月14日、大阪府の「吉村洋文」知事は、「部活動でクラスター(感染者集団)が発
 生している」として、学校の部活動の自粛を要請した。
 1カ所の部活動でクラスターが生じたからといってすべて学校で一斉に部活動を止めろ
 というのは無茶な話だ。
 部活動は生徒たちにとっては大事な学習・成長の場だ。
 生徒にとって具体的案健康への脅威が生じていないかぎりは継続するべきである。
 それは一つの介護施設でクラスターが生じても、ほかの介護施設を閉鎖したりはしない
 のと同じ理屈である。  
・大阪市の松井一郎市長は4月19日、緊急事態宣言発令後は私立小中学校でオンライン
 授業を行うよう要請した。
 しかし、市立小中学校でのオンライン授業の環境整備が不十分だったため、この松井市
 長の方針な学校現場に大混乱をもたらした。
・大阪市立木川南小学校の久保敬校長は2021年5月17日付の松井市長に宛てた「大
 阪市教育行政への提言」の中で、市長のよるオンライン授業の要請の結果、「学校現場
 は混乱を極め、何より保護者や児童生徒に大きな負担がかかっている。結局、子どもの
 安全・安心も学ぶ権利もどちらも保障されない状況をつくり出していることに、胸をか
 きむしられる思いである」と訴えた。
  
子どもたちがこうむった災害
・2020年2月28日の文部科学事務次官通知は、児童生徒に対し「人の集まる場所等
 への外出を避け、基本的に自宅で過ごすよう」指導することを学校に求めた。
 子どもたちは公園で遊んだだけで「自粛警察」の大人に叱られ、自宅軟禁状態で運動不
 足になり、スマホやゲームに依存する傾向も増えた。
・子どもの「ネット漬け」や「ゲーム依存」の問題も広がった。
・文部科学省は子どもたちに「自宅で過ごすよう」求めたが、保護者が家庭にいない時間
 に子どもだけで「自宅で過ごす」ことはできない。
 当然家庭以外の居場所が必要になる。
 小学校を対象とする放課後児童クラブ(学童保育)については、厚生労働省がいち早く
 自治体あての文書を出した。その中では「感染の予防を留意した上で、原則として開所
 していただくようお願いしたい」とし、可能な限り柔軟な対応をお願いしたいと要請し
 た。
・子どもと大人が集まる場所という点では学校も放課後児童クラブも同じであり、感染リ
 スクにも大きな違いがあるとは考えられない。
 学校を閉じるが放課後児童クラブは開けるというのは、政府の新型コロナウイルス対策
 として明かに矛盾していた。
 しかし、子どもを1人で家庭に残すことができない以上、放課後児童クラブの開所継続
 と時間延長は必然的な要請だった。
・子どもたちの学習については、文部科学省は授業の不足を「家庭学習」で補う方針をと
 った。 
 文部科学省の事務次官通知では、学校に対し「学習に著しい遅れが生じることのないよ
 う、可能な限り、家庭学習を適切に課す等の必要な措置を講じる」ことを求め、家庭学
 習の成果を学習評価に変栄すること(成績づけ)や家庭学習で十分と判断すれば学校再
 開後に授業をしないことを認めた。
 家庭学習は学校の指導計画の中に位置づけられ、「家庭の学校化」とも言うべき事態が
 起きた。
・朝日新聞デジタル版が生徒や保護者に行ったアンケートでは、3人に1人の子供は独力
 で学習していた。
 他方、大手学習塾の動画配信や双方向型オンラインによる授業を利用できる子どももい
 た。
 このように子どもの学習環境に大きな格差が生じたのである。
・経済的な理由で学習塾を利用できない子供に対しては、厚生労働省がひとり親家庭と、
 生活困窮世帯に対する学習支援事業を展開している。
・家庭で十分な食事をとることができず、成長に必要な栄養の摂取を学校給食に依存して
 いる子どもは、休校で学校給食が食べられなくなったため、文字どおり食べるのに困る
 ようになった。 
 そうした子供たちを念頭に、厚生労働省は、学習支援事業の中で食事の提供だけでなく
 利用者の居宅に食品等を配布するこども可能と伝え、文部科学省と連名で、学校給食で
 使用予定だった未使用食品を、フードバンクを通じて子供食堂での食事の提供や学習支
 援事業での食品の配布につなげることを促した。
 
政治家の無責任・教育委員会の事大主義
・鈴木北海道知事は朝日新聞掲載のインタビューで、安倍首相(当時)の休校要請につい
 て「全国一斉に休校し、しかも拡大する。想像を超えた話で、正直びっくりしました。
 結果として、休校期間がより長期化することになりました。私たちとしては、休校期間
 は1週間が限度だろうと判断していたのですが」と述べている。
 まるで人ごとのような口ぶりだが、島根県のように一斉休校の要請に応じなかった自治
 体もある。
 北海道にも要請に応じない自由はあった。
 一斉休校に先鞭をつけた鈴木知事の責任は極めて重い。
・新型コロナウイルスの第1波への対策として、感染拡大の危険性が高いと疑われる飲食
 店などへの休業要請よりも、感染拡大防止効果が低いと思われる学校の休校の方が、
 広く長く行われたのはなぜか。
 それは、学校を休校しても「経済への影響」が少なく「休業の補償の問題」が生じない
 一方、「やってる感」と「危機意識」を人々に植え付ける効果は大きかったからである。
 しかも、最も被害を受ける子どもたちには選挙権がないから、彼らの不満は選挙に影響
 しない。 
 政治的な意味での費用対効果が高いのだ。
・長期の一斉休校で子どもや保護者が受けた被害はコロナ禍ではない。
 首相だった安倍氏や知事たち無責任な政治家が引き起こした人災だ。
 安倍氏は「子供たちは長期にわたって学校が休みとなり、友達とも合えない、外で遊べ
 ない」と同情してみせたが、安倍氏こそ子供たちにこの不幸をもたらした張本人なのだ。
・安倍首相(当時)は「子供たちの健康と安全が第一」と言っていたが、それなら全国一
 斉休校で子どもたちを苦しめるのではなく、教職員のPCR検査を徹底したり、学級を
 少人数化したちして、学校を最大限安全な場所にするべきだったのだ。
・この人生の最大の責任者は首相だった安倍氏だが、もちろん首相に追随した文部科学大
 臣や英断を気取った知事たちの責任も重い。
 そして各自治体の教育委員会も責任を免れない。
 彼らの多くは、子どもたちの最善の利益を自ら判断しることを放棄して、上意下達を唯
 々諾々と受け入れ、他の自治体との横並びを気にして、責任回避の行動をとった。

・政治家の無責任さが際立ったのが、「9月入学論」だ。
 きっかけは、休校が続く事態に失望や不安の念を抱いた高校生の発信だった。
 東京都立高校の3年男子生徒がツイッターで9月始業を提案した。
 大阪では2人の3年女子生徒が日本すべての学校での9月入学・9月始業を求めるネッ
 ト署名を始めた。
 東京では公立小学校の保護者有志が署名活動を始めた
・こうした動きに呼応して4月末、「吉村洋文」大阪府知事、「小池百合子」東京都知事、
 「村井嘉浩」宮城県知事など一部の知事が9月入学制への移行を主張し始めた。
・議論を起こした高校3年生たちの気持ちはわかる。
 臨時的に高校の卒業時期を延ばすとか、大学の秋季入学枠を広げるとかという方策はあ
 り得たかもしれない。
 しかし、幼稚園・保育所から大学までをそっくり4月入学から9月入学に移行させるこ
 とは、とてつもなく大変なことだ。
・秋季入学への移行には膨大な費用が必要になる。
 特に高校や大学では5カ月分の授業料収入がなくなるから、それを補填することが必要
 になる。 
 制度上克服しなければならない課題も多い。
 何よりも処理が困難なのは義務教育年齢の問題だ。
 入学時期を単純に5カ月ずらせばいいというものではない。
 
学校再開後も続いた子どもの災難
・2020年の6月末までには全国の学校が再開したが、休校前の学校生活が戻ったわけ
 ではなく、子どもたちの受難は続いた。
 授業の遅れを取り戻すために「授業漬け」の日々が待っていた。
 体育では水泳ができない、音楽では合唱ができない、休み時間や給食の時間に友達とお
 しゃべりができないなど、様々な制約が子供たちの学校生活を窮屈にした。
・「県境をまたぐ自粛要請」をしたかと思えば「GoToトラベルの推進」を行うという、
 矛盾に満ちた新型コロナ対策に振り回された問題の一つが、学校の修学旅行だった。
・私は、新型コロナウイルスが完全に終息する前にGoToトラベル事業を行ったことは
 間違いだったと思うが、修学旅行については、感染防止対策を十分とって実施すべきだ
 ったと考える。  
 大人の不要不急の旅行とは違って、修学旅行は子どもたちの人生にとって大きなイベン
 トだからだ。

<奪われ続ける自由>

日本学術会議問題と学問の自由
・「ついにここまでやったか」
 2020年10月、日本学術会議の新規会員6人の任命を菅首相が拒否したというニュ
 ースを聞いた時、私がまず思ったことだ。
 次々に国家機構を私物化してきた安倍・菅政権が、ついに学問の自由の世界まで我が物
 にしようとしたと感じたのだ
・第2次安倍政権で一貫して官房長官の座にあった菅義偉氏は、人事権をフルに活用して
 官邸権力の維持・拡大を図ってきた。
 各府省の事務次官や局長に、官邸に従順な人物を登用し、胃を唱える人物を排除する人
 事を繰り返した結果、今や各府省幹部はみな「忖度官僚」となり、霞が関官僚集団は何
 でも官邸のいうことを聞く「何でも官邸団」に成り下がった。
 人事による支配は、内閣法制局や人事院など、一定の独立性を持つ行政機関にも及んだ。
・官邸は、審議会委員人事にも口出ししてきた。
 私が文部科学事務次官としてそのを身をもって経験したのは2016年8月の文化功労
 者選考分科会の委員人事での「任命拒否」だ。
 この人事は閣議了解の手続きが必要なので、私は委員予定者のリストを杉田和博内閣官
 房副長官の下へ持って行った。
 すると1週間ほどしてから杉田氏に呼ばれ、2人の差し替えを指示された。
 1人は「安全保障関連法に反対する学者の会」のメンバー、もう1人はメディアで政権
 批判的な発言をした文化人だった。
 杉田氏から「こういう人物を持ってきては困る、文部科学省であらかじめチェックして
 から持ってくるように」と注意された。
・学術会議の会員任命拒否は、このような審議会委員人事の延長線上にあると思われる。
 6人の学者が安倍政権の政策に批判的な言動を示したことが任命拒否の理由であること
 は間違いない。 
・菅首相は6人の学者の任命を拒否した具体的な理由を説明しようとしなかった。
 説明しない理由は「個別の人事だから」というが、それ自体まったく理由になっていな
 い。 
・菅氏は6人一人一人についての個別の理由を説明しない代わりに、総論的な説明はいろ
 いろな言葉で行った。
 初めは「総合的、俯瞰的活動を欠くお補する観点から判断」と説明していたが、受けが
 悪いと見ると「広い視野に立ってバランスの取れた行動を行うべきことを念頭に判断」
 などと言い換え、さらに「民間出身者、若手研究者、地方の会員も選任される多様性が
 大事」「旧帝国大学に所属する会員に偏っている」などと説明した。
 多様性が大事だと言いながら、若手や女性や私学に属する学者を排除したのだから、
 言っていることとやっていることが明かに矛盾していた。
 菅氏のこうした言い訳をいちいちまともに受け止める必要はない。
 もっともらしい言葉でごまかそうとしているだけなのだ。
 任命拒否した本当の理由をいうことができないから支離滅裂な説明しかできなかったの
 である。
・菅首相が「会員に偏りがある」「多様性が大事だ」とどれだけ言っても、首相に選考権
 はない。
 優れた研究または業績がある科学者のうちから会員候補者を選考するのは学術会議だ。
 選考の際には多様性も考慮するだろうが、その権限は専ら学術会議にある。
 選考権と任命権は別の権限だ。
 選考権のない首相には、会員の選考について何らの発言権もないのである。
・任命拒否の本当の理由は誰の目にも明かだ。
 それはこの6人が政権を批判したということである。
 安全保障関連法、共謀罪法、特定秘密保護法といった人権や平和を脅かす立法に反対し
 たということである。  
 6人の学者はそれぞれの学問的良心に基づいて発言し、行動した。
 その発言や行動を理由に「任命拒否」という不利益を与えることは、この6人の学問の
 自由と表現の自由を直接侵害する行為である。
・学術会議の会員人事への介入は、菅政権で初めて起きたことではない。
 すでに安倍政権下の2018年、欠員補充の会員人事で学術会議が推薦した人物に官邸
 が難色を示したが、そのときも理由は示されず、最終的には欠員とせざるを得なかった、
 と当時会長だった「山極壽一」氏が語っている。
・安倍氏や菅氏に欠けているのは、科学への敬意や学問の自由を尊重する観念だけではな
 い。彼らには、かつての保守政権が持っていた、異論を含み込む懐の深さがない。
 彼らには味方と敵しかいない。
 異論に耳を傾ける度量はまったく持ち合わせていないのだ。
 異論を唱える者は即ち敵であり、敵は徹底的に叩き、排除するのが安倍政権・菅政権を
 通じた本質的な性質なのである。
・学術会議会員の任命拒否に対しては、たくさんの学会や団体が抗議の声を挙げたが、
 それに対抗するように一部の政治家や「識者」の間で、学術会議自体を攻撃する言説が
 にわかに増えた。中には悪質なデマもあった。
 自民党の「長島昭久」氏やフジテレビで解説委員を務める「平井文夫」氏は、学術会議
 会員が退任後、学士院会員になり終身年金を得ると発言した。
 元大阪市長でテレビコメンテーターの「橋下徹」氏は、米アイの学者団体に「税金は投
 入されていない」と語り、自民党の「甘利明」氏は「学術会議が中国の千人計画に積極
 的に協力している」と発言した。 
 これらはいずれも事実に反していた。
・菅首相は「現会員がじぶんの後任を指名する」と言ったが、実際には多くの候補者の中
 から選考委員会が選考する。
 自民党の「下村博文」氏は「学術会議が答申を出していない」と言ったが、それは政府
 が諮問しなかったからだ。  
 ことさらに学術会議に問題があるかのように印象づけようとする試みが政権周辺で行わ
 れた。
・安倍政権・菅政権がこれほどまで学術会議に敵対的なのはなぜか。
 学術会議はたくさんの提言を出して政府に注文をつけているが、それを嫌っているのだ
 ろうか。そうではない。
 なぜなら政府はそれらの提言をほとんど無視しているからだ。
 その限りでは、いまの政府にとって学術会議はあってもなくてもいい存在なのだ。
 政権にとって問題なのはただ一点、学術会議の軍事研究に対する姿勢だけなのである。
・学術会議はこれまでに2度、軍事研究は行わないとする声明を出している。
 1度目は1950年4月に発した「戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない決意
 の表明」と題する声明だ。 
 2度目には1967年10月に発した「軍事目的のための科学研究を行わない声明」だ。
・2017年3月、学術会議は「軍事的安全保障研究に関する声明」を出し、その中で
 「近年、再び学術と軍事が接近しつつある」との認識の下、上記の「2つの声明を継承
 する」と表明した。
・学術会議の独立性・自立性という砦が破られれば、砦が守る学問の自由が侵される。
 これを放置すれば、国立大学法人の申出に基づいて行われる学長の任命も、文部科学大
 臣が拒否するかもしれない。
 「萩生田」文部科学大臣は2020年10月、「申出に形式的な違法性がある場合や明
 らかに不適切と客観的に認められる場合」には、任命しないことが「ないとは言えない」
 と発言した。
 学術予算においても、「反日的」な研究に科学研究費補助金を出すなという自民党の
 「杉田水脈」衆議院議員のような考えが、今後政府の方針にならないとも限らない。
 
学問の自由と教育の自由
・学問の自由は基本的人権の一つだ。
 基本的人権は、すべての人が人であるが故に生まれながらに持っている権利のことだ。
 ならば、学問の自由も大学教授しか持っていないということにはならない。
 小学校や中学校や高等学校の教師も学問の自由を持っているし、小学生や中学生や高校
 生も学問の自由を持っている。
・私は「学問の自由」とは、「誰にとっても学ぶことは本来自由な行為である」という意
 味だと考えている。
 公教育として行われる学校教育においても、何をどのように学ぶかは、本来自由なので
 ある。
・確かに文部科学省は学習指導要領の策定や教科書検定といった方法によって、学校教育
 の内容に介入している。
 しかし、それも学問の自由に立脚していなければならない。
 自由な学問的批判の中で検証された学問的成果に基づいたものでなければならない。
 政治家や官僚が強化の内容を恣意的に決めてはならないのである。
・2006年度に行われた高校日本史の教科書検定は、学問の自由に立脚しない、政治的
 に歪められた検定だった。 
 発端は2007年3月、文部科学省による高校日本史教科書検定結果の発表だった。
 沖縄戦でのいわゆる「集団自決」(強制集団死)について、従来の検定が認めていた、
 日本軍による命令や強制があったという主旨の記述を、削除させる検定が行われたのだ。
 4月6日には沖縄県で緊急抗議集会が開かれた。
 抗議の声は日を追って昴まり、9月29日の11万人を超える「教科書検定意見撤回を
 求める県民大会」へとつながった。
・異変は前年に起きていた。
 文部科学省の教科書調査官が教科書執筆者らに対し、
 「軍からの強制力が働いたと受け止められる記述は困る」
 と言って、記述の修正を求める検定意見書を手渡したのは2006年12月だった 
・2006年10月、11月に開かれた日本史小委員会では、「集団自決」の記述につい
 て委員から意見が出ず、教科書調査官が示した原案(調査意見書)がそのまま通ってい
 た。
 日本近代史を専攻する教科書調査官・照沼康孝氏と村瀬信一しは、両名とも「伊藤隆
 東京大学名誉教授の門下生だった。
 伊藤氏は、従来の歴史教科書を「自虐史観」と批判する「新しい歴史教科書をつくる会」
 創設時の理事であり、同会からわかれて発足した「日本教育再生機構」の代表発起人で
 った。
・しかし、教科書調査官だけでは前例を覆す検定はできない。
 前例踏襲を重んじる官僚の同意が必要だ。
 それができたのは、2006年9月第一次安倍内閣が発足したからだろう。
 安倍晋三氏は歴史修正主義者だ。
 
主権者を育てる
・「知る権利」は民主主義が十全に機能するために不可欠な人権だ。
 政府が何をしているのかわからなければ、政府の誤りを国民が正すことができない。
 ところが、政治権力を握った者は、往々にして自分たちがしていることをできるだけ知
 らせまいとする。
 国会や飢者会見での虚偽答弁や答弁拒否、公文書の廃棄や改ざん、情報の不開示や黒塗
 りなどは、すべて「国民に知らせない」行為だ。
 その究極のものが、政府が秘密だと決めた情報は国民に知らせなくてもよいという特定
 秘密保護法だ。
 メディアは政府と国民の間にあって、政府が隠そうとする事実を暴き出して国民に伝え
 る責任を負っている。
 しかし、そのメディアが政権に押さえつけられて機能不全に陥っている。
・「知る権利」とともに「学ぶ権利」も民主主義を成立させるために不可欠の人権である。
 政府の行為を知ったとしても、それがどのような意味をもとのかが理解できなければ、
 やはり政府の誤りを正すことはできなくなる。
 それを理解するためには、学ぶことが必要になる。
 「学ぶ権利」があって初めて主権者は政府の行為を正しく批判することができるように
 なる。
・学ぶことによって国民は賢明な主権者になれる。
 賢明な主権者は懸命な政府を持つことができる。
 賢明な政府は国民のために仕事をする。
 学ばない国民は政府によって騙される。
 愚かな国民は愚かな政府しか持つことができない。
 愚かな政府は腐敗し、暴走する。
 
校則の見直しから始まる民主主義
・今学校では定年退職者の増加により20歳台の若い教師が増えている。
 私が危惧するのは、この世代の教師たちにとても「素直な」人たちが多いことだ。
 きまりを守る。上の言うことはよく聞く。偉い人の言うことは信じる。教科書に書いて
 あることはすべて正しいと考える。
・教育や自由な人間を育てることだ。
 自由な人間とは自分で考える人間だ。
 自分で考える人間はあらゆる権威を疑う。
 考えることは疑うことなのである。
 疑問や疑念を抱くことから、思考が始まる。
 人間は、答えを求めて考えるから学ぼうとする。
 本当の学習は疑問から始まるのだ。
・自由な人間を育てる教師は、自分自身が自由な人間でなければならない。
 自分で考えない教師は、自分で考える子どもを育てることができない。
・理不尽な校則が生き残っている背景には、日本の社会に根強く残る集団主義的な道徳観
 とその道徳観に支配された学校文化があると思う。
・集団の一員であることを重視する学校文化が、校則の厳格化の背景にあると考えられる。
 こうした学校文化の下では、教師は子供を1人の尊厳のある個人、人権の主体として見
 ることなく、規律に従わせるべき客体として見るようになる。
 結果として、学校は軍隊のようになってしまうのだ。 

おわりに
・安倍・菅政権は、明らかに新型コロナ対策に失敗した。
 水際対策にしても、PCR検査にしても、医療体制にしても、ワクチン確保にしても、
 すべて後手後手、場当たり、穴だらけだった。
 感染拡大を防止するために、どの分野の活動をどの程度抑制するのか。
 その判断は科学的根拠に基づいて国民に説明できるものでなければならなかった。
 しかし安倍・菅政権はまるで正反対のことをしてきた。
・全国一斉休校は子どもたちとその保護者に無用な苦しみを与えた人災だった。
 「GoToキャンペーン」が感染を拡大させたことは素人目にも明らかだ。
 ろくな補償措置もなく飲食店の酒類提供の停止を求め、果ては金融機関や酒類卸業者を
 通じて圧力をかけようとした
 補償のない自粛要請は「潰れろ」と言うに等しい。
・一方で、まるで火事場泥棒のように「コロナ特需」で儲けている企業がある。
 持続か給付金の支給では、電通やパソナが委託、再委託、外注による「中抜き」で暴利
 をむさぼっている構図が明らかになった。
 菅義偉首相のブレーンである「竹中平蔵」氏が会長を務めるパソナの2021年5月期
 の利益が前年同期の10倍になったというニュースは衝撃的だった。
・「GoToトラベル」では、「二階俊博」自民党幹事長に近い旅行業界が潤った。
 「GoToイート」で儲けた会社の中には、菅首相に近い「滝久雄」氏が会長を務める
 「ぐるなみ」も含まれていた
・こんな世の中は嫌だ、こんな生活は嫌だと思っていても、どうせ世の中は変えられない、
 どうせ生活はよくならないとあきらめている人が多い。
 「学習性無力感」と呼ばれる心理状態だ。
 しかし、人間は希望を持つことができる。
 人間は意志によって行動できる。
 学習性無力感を克服するためには、小さな一歩を踏み出すことが大切だ。
 まずは選挙に足を運んでみよう。
 世の中は変えられる。諦めてはいけない。