性の王国   :佐野真一


この本は、いまから40年前の1984年に刊行されたもので、次の四部から構成されて
いるが、今回は関心のあった「買春ツアーの構造」の部分だけを読んだ。
 ①買春ツアーの構造
 ②トルコ村の社会学
 ③セプテンバー・セックス
 ④コンドームの昭和史
 
1970年代、日本は円高と経済発展により国民の懐ぐあいが急激によくなり、日本に海
外旅行ブームが到来した。そして1970年代後半には、都市にある企業の団体旅行の他
にかに農民までもが農協の旗を立てて東南アジアに団体旅行に繰り出すまでになった。
しかし、その東南アジアへの団体旅行の多くが、現地での買春を目的とする旅行であった
のだ。
こうした日本の買春ツアーに対する抗議行動は、東南アジアで次第に盛んとなり、
1981年に日本の「鈴木善幸」総理が東南アジアを歴訪した際には、行く先々でデモが
行われたという。
この本は、当時のその買春ツアーについてのルポルタージュである。
もう40年以上も前なので、当時、その買春ツアーで海外旅行を謳歌した人たちも、
もうすでに他界したり、かなりの高齢になっているのではと推測する。
そして、当時、その人たちは、それはみんながやっていることで、現地の人や他国から眉
をひそめて見られているなどということには、まったく思いも及ばないことだったかもし
れない。
しかし、これは歴史的に見て、日本という国の恥部となったのは確かだ。
それから40年後の現在の日本といえば、バブルがはじけて以来、経済が低迷し続けていて、
世界的に見ても、そしてアジアの中においても、日本だけがひとり負け状態となっている。
かつては、アジア各地から日本に出稼ぎに来ていたが、今や日本がアジアの国々に出稼ぎに
行かなければならないような状態になりはじめている。
そんな日本は、経済を立て直すために観光立国を目指して、世界中から観光客を呼び込んで
いる。しかし今度は、経済的に苦しい日本人女性が、新宿歌舞伎町などで”立ちんぼ”などを
して、外国からの観光客に身体を売って生計を立てている女性も増えてきているという。
これは、40年前とは、まったくの逆の光景なのだ。
これはまた、アジアの国々の日本への仕返しがはじまったという見方もできるかもしれない。

過去に読んだ関連する本:
昭和の終わりと黄昏ニッポン
東電OL殺人事件
小泉政権-非情の歳月


買春ツアーの構造
・バンコクは燦然たる仏塔と、騒然たる混沌の都である。
 バンコク。正式にはクルソン・テーブ、天使の都。
 海抜わずか1メートルのこの都は、雨期ごとに河という河が氾濫し、道という道が運河
 に変わる水の都であり、この20年間で人口が二倍半に膨れ上がった都である。
 貧困と犯罪、信心と非情、娼婦と梅毒が噴きこぼれ、線香と精液の匂いがたちこめる都
 である。
・ある旅行者の支社長の言うことには、チャイナタウンには、ポム・ナーム・チャという
 買春窟があって、東北タイの貧農地帯から2千~3千バーツで買われてきた少女たちが、
 身体を売っているのだという。
・「人買いは中国人。それだけに日本人にはとても考えられないようなことをします。
 まず針で黒目をついて、つぶす。たとえ老人や障害者がきても、差別なくサービスさせ
 るためです。一度だけ客を案内していったことがありますが、盲目の少女がうす暗い廊
 下を、両手で壁をつたいながらいざり寄って来るのを見て、総毛立ちました。
 それから纏足。逃げだすのを防ぐのと、しまりを良くするためです」
・「冷気茶室」と漢字で書かれたこぎたない看板が目にとまった。
 下はうすよごれた中華料理屋だが、店の奥の会談をのぼると、めざす魔窟があるのだと
 いう。  
・やはり膏でにちゃにちゃ、ぬるぬると黒光りした狭い階段をあがりながら、ふと上を見
 上げると、少女たちが踊場に鈴なりになってこっちを見ている。思わず足がすくんだ。
 買春”婦”というにはあまりにも幼い。
 ヒジでこづき合いながら無邪気に笑いころげているところは、どうみても12,3歳に
 しか見えない。慎重もみな150センチ足らずである。
・ガイド氏の説明によれば、彼女立ちは支社長の言う通り、ウドン、ウボンといったタイ
 北部や東北部の農村地帯から売られてきたり、生まれ育ったチャイナタウンで売りとば
 された少女たちで、30人近くいる少女のなかには、目隠しをされたまま連れ出された
 ため、自分がバンコクにいることさえしらない少女もいるという。
・チャイナタウンのこの種の店は、完全な管理売春で、生存のための最低条件は満たされ
 てはいるものの、給料もなく、外出もままならない。
 屋根裏の雑居部屋か、客を取った部屋で雑魚寝の生活を強いられているのだ。
・ほの暗く狭い廊下の両側に、薄っぺらい板1枚で仕切られただけの二畳あまりの部屋が、
 カイコ棚を横倒しにしたように並んでいる。
・部屋の床はムキだしのコンクリート、壁もささくれだっている。
 ベッドのつもりか、田舎の診療所にあるようなあずき色の長椅子が部屋半分に据え付け
 てあるが、ところどころすり切れて、ネズミ色の古綿が飛び出している。
・阿片でも吸わせたら似合いそうな白豚を思わせる女衒の親方が、ジャスミン茶をもって
 入ってきた。ガイド氏にいわれた通り百バーツ払う。
 ジャスミン茶をゆるゆるとすすりつつ、部屋に入ってくる女たちを、鷹揚かつ冷厳に選
 ぶのが中国式のやり方だそうだが、とても彼の国の大人のようにはいかず、猫背、鬱屈、
 目は泳ぐばかりである。
 5,6人単位で入ってくる少女たちの中から行き当たりばったりに敏捷な小動物を思わ
 せる少女を指さすと、こちらをまっすぐにみつめ、まっ白な歯をむきだしにしてニッと
 笑った。 
・再び白豚がやってきて、少女に五寸釘を渡す。
 これで部屋の閂をしろというのだ。
 早の片隅に九日本軍の鉄カブトを逆にしたようなものがおかれている。
 灰皿だと思って吸殻を捨てようとすると、少女が制止する。
 何をするのかと見ていると、やおらジーパンをひきずりおりし、鉄カブトにまたがって
 狭い部屋を震わすような壮絶な尿をはじめ、「わかった」とでもいうかのように振り向
 いて、ニッなのだ。
・少女は英語は一切通じず、挨拶程度のタイ語ではとても歯が立たないので、もっぱら絵
 やら数字やらの筆談である。
 おぼろげにわかったのは、名前はホーイ、チェンマイの出身で、齢は16、故郷の恋人
 と文通しており田舎へ帰って結婚するのが夢、バンコクの市内には一度も出たことがな
 い、といったところであった。
 泥水をかぶった土嚢のような重い疲労感と落莫感が背骨にまでこたえた。
・バンコクには次のような売春形態がある。
 ・ルンピニ公園の街娼
  バンコクの代表的な公園に立って客をひく。料金は3千バーツ。他に8バーツのゴザ
  代をとられる。
 ・水上売春
  バンカビ運河に浮かぶ小舟の上での売春。売春婦には障害者が多いという。
  料金は30バーツ。
 ・ホテル売春
  10人あまりの娼婦が二,三流のホテルの一室に軟禁状態にされ、客の部屋に出向く
  システム。料金は50~80バーツ。
 ・男娼
  日本人観光客を含めた外人専門で、千バーツ。
 このほか、ジャナニーズクラブ、トルコ、置屋、ゴーゴーバーなどの売春形態がある。
 これらの売春婦たちの大半は、ポム・ナーム・チャの少女と同様、東北タイの貧農地帯
 から売られてきたり、自ら出稼ぎにきた女たちだといわれる。
・4年前のことである。タイ全土は記録的な大かんばつに見舞われ、主要産品の米の生産
 は大幅に落ち込んだ。 
 この年、タイの東北部のウドンや、ラオス国境近くのウボンから職を求めてバンコクに
 殺到した農民は1日千人にも達した。
 疲弊した農民たちを運んだ列車が到着するたび、バンコク中央駅前広場は人の波で埋ま
 り、行く当てのない群衆は、夜になると、その場でマグロのように寝た。
 広場には、すぐテント掛けの即席売春宿ができ、女たちはゆらめくローソクの炎の下、
 50~100バーツで身体を売った。
 貧窮した女たちは、金を得る最も手っ取り早い方法を選んだのである。
・バンコクの売春問題を語るには、農村からのこうした大量の人口流入、それを吸収し得
 ない産業構造、高い失業率、驚くべき低賃金、加えて慢性的なインフレにも言及しなけ
 ればならない。 
・物価上昇率も二ケタ台で、二年前に比べて物価は10%、電気料金は昨年の2倍にもあ
 がっている。
 これに対して賃金は、組織だったところで7%から10%しかあがっておらず、最低賃
 金制の1日54バーツも、現実には守られていないという。
・バンコク市内のトルコ風呂で働く千人のトルコ譲の面接調査結果によると、
 まず年齢だが、20~24歳が55%と過半数を占め、25~29の23%を合わせる
 と、約8割が20代で占められている。
 99%がタイ国籍であり、また、47%の女性が、離婚、別居の経験者であり、独身は
 29%、現在結婚、同棲しているものは13%だった。
・これらの女性のうち、「トルコで働くのが好き」と答えたものはわずか2%しかなく、
 82%が2年未満の経験者である。また平均月収は8千5百バーツだった。
 女中の給料は平均3百バーツ、公務員の初任給が約3千バーツ、大学教授クラスでさえ
 5千~7千バーツだから、かなりの高給ということになる。
・しかし、タイ政府が売春を全く黙認しているというわけでもない。
 日本の売春防止法同様、完全なザル法といわれるが、売春を規制する法律も厳然と存在
 しているのである。   
・旅行者の支社長が言った。
 「クラブ、トルコ、こういうところの陰のオーナーは、大臣、警察幹部、陸軍中将、
 そういう連中なんです。店気挙げられるケースはありますが、それは、ちょっと問題が
 大きいから、二週間ほど閉めさせてください。後はよろしくやりますから、そういうこ
 となんです。正義漢の警官がヘタに挙げちゃったら、その警官は飛ばされちゃう。
 なんで大臣様の店を、というわけです」
・この国では、女郎屋のオヤジが十手をあずかっているのである。
 しかし売春を取り締まれないさらに根本的な理由は、その存在が観光産業と密接に結び
 ついていることによる。
・観光客数は、
 1位:マレーシア、2位:日本、3位:イギリス、4位:アメリカ、5位:台湾・中国
 という結果になっている。
・売春をともなう観光は、この国の経済、社会と骨がらみに結びついている。
 骨がらみの構造はいる側ばかりではない。買う側も同様なのだ。
 売春婦、観光客、ガイド、現地のランドオペレーター、旅行エージェント、航空会社、
 すべて芋づる式につながっている。
・日本語の看板と並んでこの街で目につくもう一つの看板は、ドイツ語のそれである。
 西ドイツからの観光客も、サイゴン陥落後、日本人と踵を接するかのように大量にこの
 国に進出しはじめる。その急激な伸張は日本人観光客以上だった。
 アメリカの威信低下、ドルの急落、それと反比例するかのような円、マルクの急騰が、
 日独観光客の大量進出をもらした大きな要因となったのだ。
・「ドイツ人は東南アジアの女性が好きなんですね。あの国では男女同権が変に発達し過
 ぎて、女性の地位が高くなり、やさしさがどこかへいってしまったせいかもしれません。
 とにかく、ドイツへ行くと、タイの女性が実に多い。フランクフルトに行けばわかりま
 すが、タイの女の子に会わないことはない。これは、タイの女性と結婚した形、つまり
 偽装結婚で連れていくケースがほとんどです。私は仕事の関係でよくドイツに行くんで
 すが、ドイツに向かいエアー・サイアムのなかが、その種のタイ女性ばかりだったとい
 うこともありました」 
・ちなみに、ドイツではタイへの旅行を”エマニエルツアー”とも”スピロヘータツアー” 
 とも呼んでおり、「タイへ行った」と言えば、男はニヤリと笑って肩をたたき、女は眉
 をひそめ露骨に軽蔑の表情を浮かべるのだという。
・それにしても”スピロヘータツアー”とはおだやかではない。
 だが、実はもっと直截な表現で募集広告を行なったケースもあった。
 これはドイツではなく、四年前、オーストラリアの旅行会社が募ったもので、
 ”You should fuck at Bangkok”
 という新聞広告を藤堂と載せたのである。 
 さすがにこれはオーストラリア国内でも物議をかもし、それ以後、オーストラリアから
 の観光客はめっきり減るという結果となった。
・”買春ツアー”は日本からばかりではないのである。
 もちろん、だからといって日本人のデタラメが許されるというつもりは毛頭ない。
 ただ、純経済学的にいうならば、悲しいことだが、どこの国の娼婦も強い通貨に抵抗で
 きるほどたくましくも豊ないということである。
・そして、この両国はかつての三国同盟のよしみのせいかどうか、不可侵条約でも結んだ
 のではないかと怪しみたくなるくらいにお互いの領分を尊重し合い、侵犯行為をすると
 いうことがない。
 ドイツ人は、トップレスバー、ドイツ人バー、日本人はジャパニーズクラブ、置屋、こ
 れが”日独買春同盟”の勢力図である。
・日独はこの街で共存共栄を図っているものの、その行動様式には大きな隔たりが見られ
 る。ドイツ人が、いわばゲリラ的な単独行動を取るのに対し、日本人は連隊編成ともい
 うべき集団行動を遵守していることである。
 これは、日本人観光客による”買春”の多くが旅行業者のプログラムに完全に組み込まれ
 ていることを意味している。
・一軒の置屋ののぞいてみた。表向きはダンスホールの看板を出しているためだろう、
 入るとすぐにかなり広いフロアーがあり、テーブルも五、六卓用意されている。
 だが、ここで踊る女も、酒を飲む男もいない。
・顔がやっと見えるくらいのねっとりした闇の一番奥まったところに脂粉の濃密に立ち込
 める気配があって、目を凝らそうとすると、突然、明かりがつき、三段のひな壇に並ん
 で坐る女たちを毒々しいまでに照らしただした。30人はいるだろう、胸には例の番号
 札をつけている。
 噂にも聞き、写真でも知っていたが、抗して眼の前につきつけられ六十もの眼に射すく
 められると、拠ってたかって衣服をむしりとられ、丸裸にされたような気分に陥り、
 暗澹たる気分で気のぬけたデンキブランのようなメコンウィスキーを流しこむほかなか
 った。
・驚いたのは、日本人女性が十人ほどの日本人観光客を引率して入ってきたことである。
 物おじする風もなくツツとひな壇の前まで進んで客の方を振り、「さあ、どうぞお好き
 なタイプをお選びください。あんまり多くて目移りするかしら?」と”キャリアウーマ
 ン”の余裕を見せながらニッコリ微笑むのだった。聞けばガイドだという。
・タイの日本人ガイドの約200人の95%は女性なのである。
 この国でガイドの資格を得るにはタイ国籍を持つことが必須の条件だが、女性の場合、
 結婚相手がタイ人で、結婚後1年以上居住していれば第国籍が得られる。
 これに対し男は、最低十年居住していなければ対国籍を取得することができない。
 日本人女性に対してこうした優遇措置がある反面、たとえタイ国籍を取得したとしても
 日本人女性が働ける場は少なく、勢いガイドになるケースが多いのだという。
・”交渉”は神速だった。誰ひとり女に話しかけず、沈黙のうちに視線をめぐらせ、ガイド
 に旨の番号をうわずった声で伝える。
 ガイドはそれをかいがいしくメモして、置屋の亭主にホテル名を伝え、犯行現場から逃
 げ出しでもするかのように、後も振り返らず去っていった。
 店に入ってから、出ていくまで三分も要しただろうか。
 彼らはこれからタイ料理を賞味し、タイダンスを鑑賞し、ホテルに戻って”予約物件”
 が届くのを待つのである。
・では、どれほどの金が女たちに渡るのか。
 この種の店に客が払う料金は1600バーツで、これには、”ナイト料”、ドリンク料代
 等の”諸経費”も含まれている。
 このうち店が300バーツを天引き、その上、飲んでも飲まなくても魅かれるドリンク
 代、送迎バス代などの名目で400バーツ徴収されるので残りは900バーツになる。
 これがそっくり女たちに渡るのかといえば、そうではない。
 日本から送り込まれた観光客にホテル、交通機関などの手配をし、さらにその種の店を
 客に紹介する現地ランド業者が600バーツごっそりともっていってしまうのだ。
 いわゆるキックバックといわれるもので、業者はこのなかからガイドや運転手にいくら
 かの口銭を支払うシステムである。
 となると、女たちが手にするのは、客の払った1600バーツの5分の1にも満たない
 300バーツということになる。
・つまり、女たちから寄ってたかってむしりとっているだけで、なんのことはない。
 女たちにはドイツ人が値切り倒したと同じ程度の現金も入っていないのである。
・集団で襲来し、札束で横っ面をたたくように略奪して挨拶程度の会話をかわすこともな
 く、ガツガツとセックスする。そんな日本人のことを、タイ人たちは”ペッ”と呼ぶ。
 旨と尻をつきだし、一列縦隊にあるくアヒルの姿が日本人観光客にいているところから
 きている。  
 ”ペッ”、旗を立てて行進するセックスアニマル。これがタイ人の目に映った日本人観光
 客の姿なのである。
・日本人のセックスツアーに関連する興味深い調査がある。
 1975年、国際観光振興会が東南アジアにおける日本人観をさぐった。
 ・欧米人は周囲の美しい自然や文化遺産を積極的に観賞しようとしているが、日本人旅
  行者にはそういった姿はあまりみられない。
 ・日本人旅行者の多くは中産階級であり、教育水準が低く、欧米旅行者と比べると、
  公衆の前でのマナーはあまりよくない。
 ・腹巻きから金を出すため人前でジッパーを開けたりする。
 ・セックスには非常に積極的で、来ると必ず女性を求める。
 ・日本で働いてばかりいてセックスを楽しむ時間がないからだ。
 ・喫茶店で一人で坐っているタイ女性に日本人が『いくら』とたずねているのを見たこ
  とがある。  
 ・一番図々しくすぐ”本題”に入りたがる。
 など、日本人にとってはなはだ耳の痛い回答も寄せられている。
・むろんセックスアニマルを絵に描いたようなケースもないわけではない。
 タイの京都といわれるチェンマイへ来たものの、市内観光など眼中になく、ホテルに閉
 じこもり日本から持ち込んだ中トロをせっせと口に運んでは三日三晩、セックスに明け
 暮れた男もいた。 
 あげくのはてに新聞沙汰にまでなって、そうでなくとも、悪評の高い日本人の評判を決
 定的に失墜させることになった。
・しかし、バンコクやパタヤビーチでみかけた日本人は、お世辞にも品がいいとはいえな
 いものの、好色で下卑たヒヒ男というあさましいイメージより、セックスの強迫観念に
 とらわれた、あわれで、いじましい中年男という印象の方が強かった。
・取材中、耳にした日本人旅行者のエピソードも、あわれを通りこして、いじらしささえ
 感じさせるものが多かった。
 ・初老の男が、深夜、ホテルからガイドのところへ電話をかけてきた。
  「あのお、二回戦目は、やはり追加料金を取られるのでしょうか・・・」
 ・やはり電話のケースで、こちらは中年のサラリーマン。
  「女のコが急に生理になっちゃったんですが、こういう場合、かわりの女のコをお願
  いできるでしょうか?一応、お金は払っているんですが・・・・」
 ・年に三回はタイにやってくるというと東京の中小企業社長の話。
  タイに行くというと妻に怪しまれるので、必ずゴルフバックを持参、北海道へゴルフ
  という名目でやってくる。
  それにしても、なぜ、タイの女なのか。某ランドオペレーター支社長の意見がセック
  スツアーに赴く日本人旅行者の心情を代弁しているように思われる。
  「タイの女性は尽くしますからねぇ。日本人の女性みたいに、ガアガア、ピイピイ言
  わない。一昔前の日本人女性です。日本に帰ればね、部長さんでゆくゆくは重役にも
  なろうってひとが、中学生みたいな英語のラブレターを出すんですよ。恋しくて、恋
  しくて、そういう恋心をね、本当に悲しくなるようなヘタな英語で書いて送ってくる
  日本の男もかわいそうですよ。会社では上役に押さえられ、部下からは突き上げられ
  ね、家じゃカアチャンから、働け、働け、出世しろ、偉くなれでしょ。
  子供には、馬鹿にされ、満員電車にゆられてね。
  それがバンコクへ来れば、ナイハン、ナイハンってね。
  ナイハンというのはご主人、という意味ですけど、三つ指ついてサービスしてもらっ
  て、物をあげれば合掌してニッコリお世辞でしょ。これだけつくしてもらってごらん
  なさいよ。あなた、そりゃ、愛に国境はありません、ってことになっちゃいますよ」
・要するに、日本人女性に失われた、心遣い、やさしさ、ひたむきさ、一言でいえば、
 ”情緒”が日本の男をひきつける、というのだ。
・東南アジアは”安い”から出かけるとはよくいわれる。
 だが、それは現象の表層をなぜているにすぎない。
 日本人はなぜ、東南アジアに行くと必要以上に、”原始的心性”がムキ出しになるのか。
 なぜ、血が騒ぐのか。
 それを解明するには日本人の旅のあり方、日本と東南アジアの歴史的関わりにもふれな
 ければならないのだ。
・海外旅行の庶民化といえば聞こえはいいが、言葉をかえれば旅行者のレベルダウンとい
 うことに他ならない。
 この庶民化の理由はさまざま考えられるがやはり一番の理由としてあげられるのは、
 パッケージツアー料金のダンピングであろう。
 北海道や九州に行くより安い値段で海外へ出かけられるとなれば、性別をセックスの回
 数と取り違えるような手合いを押し寄せるのも無理からぬことである。
 安い値段で誰でも海外に出かけられること自体は悪いことではない。
 しかし、実はこのダンピングの構造の中に、”買春”を生む土壌がひそんでいるのである。
・日本人観光客による”買春”の多くが、旅行業者やガイド等によるシステム化されており、
 客が払った”買春”代のうち娼婦に渡るのは、雀の涙程度である。
 なぜ、この搾取の構造が生まれたのか。
・この業界に”士農工商”という言葉があるという。
 士:キャリア、つまり航空会社
 農:日本側のエージェント
 工:ホテル
 商:ランドオペレーター
 つまり、完全な下請け構造になっている。
・キャリアは、毎月、何人客を運んだかの実績と、それをもとにした翌月の送客予測を運
 輸省に報告して、翌月のラインを確保しているわけです。
 送客数の多寡によって翌月の座席数が左右される。
 ですから、集客ができようができまいが、座席予約をとりつけておく必要がある。
 いきおい、エージェントに無理な座席を押し付けることになります。
・エージェントはエージェントで、キャリアのいうことをきかなければ、シーズンになっ
 たとき座席を回してもらえない不安があるので、キャリアの言いなりにならざるを得な
 い。
・では大量の座席をエージェントはどうさばくか。
 値段はどうあれ、座席をさばくのが先決ですから、ダミーの代理店やモグリ業者まで使
 って、ダンピングのツアーを募集させる。
 そのしわ寄せが全部、ランドオペレーターにくる。
 ランドオペレーターとしても、東京から旅行者を送り出してもらわないことには仕事に
 なりませんから、泣く泣く受けざるを得ない。
 その分、置屋、ライトクラブ、お土産屋からのキックバックで埋め合わせるしか方法が
 ない。
・日本人はJALで来て、日本が出資したホテルに泊まり、日本人ガイドの案内で日本人
 レストランで食事をして、再びJALで帰っていく。
 こうした批判は、この取材中よく耳にしたが、買春もまったく同じ構造をもっているの
 だ。
・この構造は、日本から後進国へ輸出超過の帳尻を合わすため、原材料を輸入、”半製品”
 を輸出して現地で組み立てる”ノックダウン方式”に似ているともいえる。
 ”買う”も”売る”も日本人といわれる理由がここにあるわけで、構造的には、日本人観光
 客が”買春”で落とした金の大部分が、東南アジアをかすめ再び日本へ還流しているので
 ある。
・マニラはホテルとスラム、買春窟と大伽藍、警察署と暗黒街が背中合わせに同居する街
 である。 
 貧と富、聖と俗、正と邪、大いなる矛盾と不条理のモザイクが、この坩堝のような都市
 の中で泡立ちながら煮詰まっている。
・マニラ湾に面した鋼鉄とガラスで構築された高層ホテルとレストランでは、毎午餐、
 スペイン系混血美人によるファッションショーが華やかに繰り広げられ、盛装氏がこの
 国の財閥の子女たちが舌と眼を楽しませているが、大きく開かれた最上階の窓から見お
 ろされるのは、廃材と古テントをかき集めてこねあがた巨大なミノ虫のようなスラムば
 かりである。 
・有産と無産の目をそむけたくなるような隔絶は、この街のいたるところに露呈している。
 ホテルのプールには満々と水がたたえられているが、この国の水道普及率は三割にも満
 たない。
・この無二の経済を牛耳るひとにぎりの財閥たちは全人口の約2%を占めるにすぎない。
 彼らの間では子供の男女海にほんもんのヘリコプターをプレゼントするのが流行してい
 るのが、北貧農地帯では、いまだにコウモリを常食としているのである。
・それにもまして驚かされるのは、聖所と悪所の混在ぶりである。
 市内のいたるところには、点を衝く尖塔と、濃緑、暗紅のステンドグラスで飾られた大
 聖堂がそびえ立っているが、長くのびた十字架の影のなかには決まって淫売宿がうずく
 まるようにひしめき、魂を浄化すべき讃美歌も、しばしばポン引きたちの声にかき消さ
 れてしまう。
 ちなみに、この国では国民の85%がローマン・カソリック教徒なのである。
・この街では、日本人はいいカモなのである。
 強盗警官は論外として、ポン引きやガイドを買って出る警官にとって日本人はすべから
 く金づるであり、”買春夫”なのだ。
・それでは、マニラにはどんな売春の形態があるのだろう。
 現地ランドオペレーターやガイドなどの話も参考にすると、次の9つに分類される。
 ・コールガール
  マンションや高級ホテルに住んでいて、ホテルのナイトクラブ、ディスコなどでアミ
  を張っているほか、男性専用理髪店や洋服屋が客の紹介業を兼ねている。
  ”料金”は100~150ドル
  ほとんどがメスティーサといわれる白人との混血
 ・ナイトクラブ
  日本のナイトクラブと造りは変わらないが、店の奥に「生贄」と呼ばれるガラス張り
  の部屋があり、胸に番号札を付けた女が客の指名を待っている。
  客は金持ちの中国人や日本の商社マン。”料金”は100ドル 
 ・ジャナニーズクラブ(置屋)
  日本人ツーリスト専用。
 ・カクテルラウンジ
  女たちは囲われておらず、店の中を自由に泳げるところからこの名前がある。
  日本のバーと似ているが、客が入ってくると仲介役の女主人が近づいてきて、ホステ
  ルの斡旋をはじめる。 
  日本人ツーリストや駐在員が多く、”料金”は300~500ベソ
 ・アパートメント
  娼婦が数人で一軒のアパートを借りている。
  学生、看護婦が多いといわれ、タクシー運転手がおもに客を引く。
  保健局の性病チェックを受ける義務もなく、金をピンハネされることもないところか
  ら、置屋から独立するケースが多い。”料金”は300ペソ
 ・サウナ
  日本のトルコと同じ。
  やはりガラス張りのショーケースがある。
  入浴料30~300ペソ
  サービス料は交渉次第だがふつう100~200ペソ
 ・ディスコバー
  外国人ツーリスト相手。
  ビキニ姿の女がカウンターの上で踊るのを、品定めして外へ連れ出す。
  その際、店に100ペソ払う。
  女性へは100ペソ程度だが交渉次第
 ・バー
  いわば現地人用置屋で、ツーリストはいかない。
  ”料金”は25~35ペソで、女の取り分はその2割
 ・街娼
  置屋でも売れず、独立してアパートメントを開業する力もない娼婦がこのクラスに転
  落する。トンドなどスラムに住む女が多い。
・売春を禁止しながら一方で管理する。
 このジレンマの最大の理由は、この国にとって観光産業が砂糖、ココナツオイルに次い
 で第3位の外貨獲得源になっているからにほかならない。
 その収入は国防予算の53%にもあたる。
・ランドオペレーターがふいに暗い顔もなってとぶやいた。
 「彼女たちが日本人のことを何といっているか知っていますか?サルですよ。
 なぜかというと、日本人はしょっちゅうカギを部屋の中に置き忘れ締め出しをくって、
 ”キー、キー”と捜しまわるからだっていうんです」
 買う側は札ビラにあかせて女を商品のように扱い、売る側は男をサルと軽蔑しながら一
 夜を過ごす。
 日本と東南アジアの関係を象徴する図には違いないが、それはあまりに寒々しい光景と
 いうものではありまいか。 
・”買春ツアー”を誘発する一つの要因として、日本側エージェントによる現地ランドオペ
 レーターの”買い叩き”があることは前に述べたが、”大手”の日本交通公社広報室課長は
 この問題について、突き放したように言い放つのである。
 「東京で買いたたくから現地のランド業者が売春に走る、東京が安くたたくからいけな
 いんだ、といいますが、食えなきゃ、別の仕事をやるべきですよ。
 いいですか、われわれが、物を買いますね。百円のものを三十円にしろと、まけなきゃ
 買わないと。三十円で売る売らないは店の勝手です。
 三十円で売っといて、損をしたから穴を埋めするために売春をやったと、売春をやらせ
 たと。だから三十円にたたいた客が悪いんだと。
 それはオカシイ話でしょう。
 たたかれたら、イヤというのは商人のイロハですよ。
 たたいたのが悪いというのはスジが違うんじゃないですか」
・ずいぶんと傲慢な言い草ではないか。
 食えなければ別の仕事をやればいい。
 それが資本主義というものかもしれないが、食えないからこそ買春に走る、というのも
 またまぎれもない事実なのだ。 
 こうした強者の論理は、売春に群がる日本人観光客の論理と一脈通じるものがある。
・マニラやバンコクのジャパニーズクラブに、日本人の影が色濃く漂っていることはすで
 に述べた。 
 調べてみると、何軒かはやはり日本人の経営によるものだった。
 法的には現地人を名義人にしており、肩書は営業マネージャーなどとなっているが、
 実質上のオーナーは日本人なのである。
 日本人経営者がいることはうすうす予想していたが、驚かされるのはこうした連中の
 多くが、暴力団などの”プロ”ではなく、元航空会社営業マン、元放送局社員といった
 ”アマチュア”であることだった。
 リピーターを含めたこうした”アマチュア”による買春組織の蔓延が、東南アジアセック
 スツアー問題を一層複雑にし、やりきれないものにしている。
 旅行業者だけを悪者に仕立て上げるだけではなんら問題は解決しない、といわれるのも
 このためで、いま問われているのは日本人全体の東南アジア観なのである。
・「オレたちが”買って”やるから、東南アジアの女たちが食っていけるんだ」という驕り
 論理と東南アジアに対する蔑視は、たんに日本人観光客ばかりでなく、日本人ひとりひ
 とりに巣食っている病根なのだ。
 それを痛感させられたのは、日本へ戻って、フィリピンバンドやダンサー、歌手などを
 プロモートする一軒の”呼び屋”を訪ねたときだった。
・「フィリピンのタレントが日本の労働条件の悪いところで働かされている、買春ツアー
 と同じで、タレントも搾取されている。そういう批判がフィリピン側にあるなら、タレ
 ントを日本に出さなきゃいいじゃないか。
 なにも無理やり連れて来てんじゃないんだ。
 あんな国にいてね、メシも食わせて、寝るところもつけて給料払うようなところあるん
 ですか。ないから、みんな大喜びで来るんでしょう。
 感謝されこそすれ、批判されるようなおぼえはないね」
・オレが食わしてやっている、といわんばかりの口ぶりなのである。
 だが、事実はまったく逆で、食わしてもらっているのは、実は”呼び屋”の方なのだ。
・彼女たちが”呼び屋”から渡される一ヵ月のギャラは8万5千円だが、”呼び屋”は店に対
 し一家ゲル30万円の契約で”卸し”ているのである。
 しかも、こうしたタレントたちのなかには、売春を強要されているケースも少なくない
 のだ。  
・それにしても、なぜ日本人は東南アジアへ出かけると、”原始的心性”がムキ出しになる
 のか。
 なぜ、性的放銃を求める不思議な飢餓感に襲われるのか。
 それをとくひとつのカギは、日本と東南アジアの歴史的関わりのなかにひそんでいるよ
 うに思われる。
・明治以降日本人の目標は西欧列強であり、アジアは止揚すべき存在であったばかりでな
 く、西洋によってはねかえされたコンプレックスの裏返しを、アジアに野放図に入り込
 むことで解消していった歴史だった。
・この近代百年にわたる日本と東南アジアの歴史的関係については、「矢野暢」の著書に
 詳しい。 
 「その性癖が日本人の、しかも庶民レベルに定着するようになったのは、彼らが『一等
 国民』意識をもちはじめた大正期の現象だった。
 つまり、大正期の前半は、日本の国際的なステータスがかわり、「脱亜入欧」の伝統が
 定着をみせ、そして南洋に進出した日本人の質が急速に変わる時期にあった。
 いずれにしても、「未開」「下等」「怠惰」「愚鈍」「不潔」などの特徴でとらえられ
 る南洋の「土人」観は、どうしとうもない固定観念となって抜きがたくその後の日本人
 の抱くイメージに定着するのである。
 このような、いわば「南洋の土人」イメージをひとつのシンドローム(症候群)として
 とらえる見方は、昭和期に入ると、もっと単純明快なかたちで人びとの意識に定着する
 ことになる。
 そのシンドロームの最たるものが、人気漫画の「冒険ダン吉」であった」
 「冒険ダン吉」の漫画を読むとおもしろいことに気づく。
 ダン吉は漫画のなかでは黒い土人のなかでただひとりの白人として登場している。
 しかも、本来は文明国に属するという身分証明として、ただひとり左腕に腕時計をはめ
 ている」
・たしかに、”人肉市場”としかいいようのない置屋というシステムをつくりだし、わざわ
 ざそこへ出かけていっては異国の女を漁る姿は、冒険ダン吉が”土人”の女を召し上げて
 満足げにかしずかせている姿を想起させる。
 そこにみられるのは、「お山の大将」的な幼児性であり、本人にしてみれば施しを与え
 てやっているくらいにしか思わない無自覚、無反省な感覚である。
・東南アジアのセックスツアーを結果として容認するこんな意見がある。
 現在の東南アジアは、三十年前の日本と同じだ。
 戦後の混乱期、日本の女たちも食わんがためGIに体をひらいたではないか。
 だが、待ってほしい。たしかに日本の女たちはパンパンと蔑まれながら外国人の前に肉
 体を供したことは事実である。
 しかし、そこには少なくともアメリカ人業者による搾取の構造は見られなかったはずで
 ある。 
・しかしこうしたことにもまして痛感させられたのは、日本人の性意識のうら悲しくなる
 ような幼さと貧しさだった。
 日本人は明治百年以来、性意識を儒教道徳の殻のなかに閉じ込めることによってひたす
 ら、経済大国への道を突っ走ってきたといえよう。
 「禁欲」によるリビドーの抑制は、非性化され、労働力への回路となる。
・日本という巨大な”ムラ社会”のなかでは、その幼児性は顕在化することがないが、
 ひとたび”ムラ境”を越えたとき、突如としてその幼児性が裏返しになって頭をもたげて
 くる。 
 買春ツアーの群がる日本人をみていると、そんな光景がうかんできてならないのだ。
 
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