ここがおかしい日本の社会保障 :山田昌弘 |
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この本は、今から12年前の2012年に刊行されたものだ。 もともとは、209年に刊行された「ワーキングプア時代」を改題して文庫本化したもの のようだ。 内容は、日本の社会制度の「穴」を指摘したものだ。 現在の日本の社会制度としては、「生活保護」「最低賃金」「雇用保険」があるが、これ らの制度では救わらない人々が存在することを指摘している。 それが「ワーキングプア」と呼ばれる人々だ。 そして、これらの人々も救済するには、現在の社会制度の一元化が必要であると説いてい る。それを具体化した制度として「ベーシック・インカム」が考えられるとしている。 しかし、ベーシック・インカム制度を導入するためには、その財源が最大の課題となる。 果たしてその財源の課題を克服できるか。私には机上の空論のようにしか感じられなかっ た。 過去に読んだ関連する本: ・希望格差社会 ・下流社会 ・正社員消滅 |
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序文 ・1990年代後半から、経済的理由による自殺者が急増し、少子化は止まらず、高齢化 率は世界一となり、女性の経済や政治への賛歌はなかなか進まない。 私が「希望格差社会」と呼んだように、人々、特に若者が希望を持ちにくく、将来の生 活に不安を感じる人々が多くなってきた。 不安を感じるから、人々の行動はますます保守化して、経済活動がなかなか活性化せず、 結婚や子供を持つことを控える状況が続くことになる。 ・自民党政権がそのような社会状況の行き詰まりになかなか対処できないのを見て、国民 は民主党政権を選択した。 そして、民主党中心の政権は、人々が将来の生活に抱く不安を解消するために、「社会 保障と税の一体改革」を目指した。 従来なされてきた対策の延長、単なる挺的拡大では、根本的な格差是正は難しい。 これが、社会保障と税の抜本的改革に込められた意味だと考えている。 ・生活の格差を是正し、人々の生活不安を解消するためには、再配分を強化して、低所得 者対策を行うと共に、社会保障の「一元化」を行い、働き方や家族形態によって分断さ れていた社会保障の制度を、一つにまとめることが、民主党社会保障政策の柱だったと 私は記憶している。 ・そして、格差是正のための「子ども手当」や「高校無償化」、そして、制度の一元化を めざす「年金一元化」「幼保一元化」などの政策が打ち出された。 もちろん、格差座性の財源のため、消費税の増税はいずれも必要となると思っていた。 ・一元化を進める理由は、単に効率化して経費を節約するということだけではない。 今、働き方、家族のあり方が、ヨコともタテとも多様化している。 一昔前は、働き方としては、自営業か男性サラリーマンと主婦のパート。 家族のあり方については、みんな結婚して離婚せず、男は主に仕事、女は主に家計と考 えて間違いなかった。 ・しかし、今や、仕事と言っても、派遣社員、契約社員、アルバイト、ダブルワーク、フ リーランスなど様々な形態が併存している。 これがヨコへの多様化である。 それだけでなくタテにも多様化している。 昔なら学校を卒業したら正社員になり、男性なら一生勤めるという形態が一般的だった が、今や大卒でも卒業後正社員にならない人は二割にも上る。 そして、正社員をやめてフリーになったり、専業主婦が正社員になったり、自営業が廃 業後フリーター化するなど、複数の宿業携帯を経験することが一般化する。 ・家族も同様である。 生涯独身の人も増え、結婚しても三組に一組は離婚する時代になった。 夫婦の形態も、フルタイム共働きもあれば、非正社員女性が夫と子どもを養っているケ ースもある。 親と同居している中年フリーターが増えていると思えば、子供がいない高齢者も増えて いる。 ・現代社会では、社会保障を一元化しておかないと、さまざまな不都合、不合理が起きて しまう。 そして、職業や家族形態によって社会保障が分断されていることによるひずみが、人々 に押しつけられ、ワーキングプアを生み出す一要因となっている。 ・それだけではない。 硬直化した社会保障が、職業の移動を妨げ、自由なライフスタイルを取りにくくしてい る。 その結果、結婚や子育てがしづらくなり、少子化が進む。 そして、女性が社会で活躍することが難しい状況を生み出している。 結果的に、日本社会が停滞する大きな要因になっているのである。 ・長い人生スパンを取った場合、特に女性のケースでは、正社員、専業主婦、フリーラン スなど、各制度を渡り歩くケースがむしろ一般的となっている。 男性でも、失業や自営業の廃業によって非正規社員になる、正社員を辞め起業するなど 複数の正津を経験する人が増えている。 いや、日本経済の活性化のためにも、さまざまな職業形態にチャレンジする人が増えた ほうがよい。 現行の保育制度や年金制度では不合理が生じているから、単なる手直しではなく、一元 化したほうがよいのだ。 ・高齢者の貧困問題も同じである。 無収入の高齢者を助ける制度として、生活保護と年金という二つの制度が並立して存在 しているから問題が起きるのだ。 資産を全部使わないと利用できない生活保護、額が生活保護より少ない国民年金、これ を統合して、最低保障年金にして生活保護を受けている高齢者を移行させれば、生活保 護受給者が相当減るだけでなく、現役世代も安心して老後を迎えられるのである。 ・しかし、現実はどう進んだか。 扶養控除に代わって「子ども手当て」が成立したが、2012年3月に廃止、「児童手 当」になり当初の半額になってしまった。 さらに、野党の要求で高所得者に支給が停止されてしまった。 これでは、若い高所得者の出産意欲が低下してしまう。 高校無償化は実現したが、それでも、収入が低下している子育て世代はいまだに教育費 負担に苦しんでいる。 ・そして、肝心の年金一元化や幼保一元化はなかなか進まない。 厚生年金の適用範囲の拡大を目指すといっても現在の政府案でもその対象はわずかで、 社会保障制度が、分断された状態は継続している。 高所得の正社員家族を優遇する配偶者控除の廃止などはまだまだ手つかずである。 <ここがおかしい日本の社会保障> はじめに(身近になった生活苦) ・近代資本主義社会は、職に就いて真面目に働きさえすれば、人並みの生活がおくれるこ とを保証することにより成り立ってきた。 つまり、「働けない」がゆえのプア(貧困者)は存在しても、ワーキングプアは存在し ないことを前提に社会が運営され、社会保障をはじめとして様々な制度が組み立てられ てきた。 ・しかし、近年、日本だけでなく、先進国で広まっているのは、「職に就いて真面目に働 いても人並みに生活ができる収入が得られない」人々が増大しているという事態である。 ・さらに、近年は、高学歴ワーキングプアという存在も注目されるようになってきた。 整輝の大学教員になれず非常勤講師や塾のバイトなどで食いつなぐオーバードクター、 非正規の職に就く図書館司書やカウンセラーなど、視角等を取って真面目に専門的な職 で働いているにもかかわらず、その収入だけでは人並みの生活が成り立たない人々も出 てきている。 ・よく、福祉関係研究者などから、日本社会では貧困は昔から存在し続けていた、近年ワ ーキングプアが話題になるのは、従来隠されてきたものがたまたま社会問題化したもの にすぎないという意見が出される。 ・しかし、従来存在した貧困は、さまざまな理由、「フルタイムで働くことができない」 状態に置かれた人々の貧困であった。 失業者など職を失った人、病気などで働けない人、幼い子供を抱えるためにフルタイム の就労が難しい母子家庭、無年金の高齢者世帯などが「貧困状態」に陥ったのである。 例外はあるにしろ、フルタイムで働いている人(被雇用者、自営業者)、および、フル タイムで働いている人に扶養されている人(主婦や子ども)、そして、現役時代にフル タイムで働き引退した高齢者は、生活苦に陥ることはめったになかった。 貧困対策といえば、生活保護など働けない人に対する福祉、および、失業対策など就労 支援の問題に還元できたのである。 ・しかし、いま起こっているのは、フルタイムで働いていたり、その機会や能力がある人、 および、彼らの扶養家族であっても、生活苦に陥る人が出てきたという事態である。 もちろん、昔ながらの貧困がなくなったわけではない。 一昔前の貧者(オールド・プア)とは質的に異なっている。 そして、新しい貧困が出現したことによって、従来型の貧困(働ていないがゆえの貧困) もその意味を変じているのである。 ・ワーキングプアが原則として存在しなかった時代には、働く能力があるにもかかわらず 機会がなかったり、働く条件が整わないために貧困状態に陥っていた人々は、「将来」 働く場さえあれば貧困から脱出できるという希望を持つことができた。 しかし、たとえ働いても貧困状態から抜け出せないという現実を見せられれば、彼らは どう感じるだろうか。 ワーキングプアの出現は、従来のタイプの貧困に陥っている人々からも、将来の希望を 奪うのである。 ・フルタイムで働いても貧困状態から抜け出せないというワーキングプアが出現した現在 では、従来型の社会保障・福祉制度では、それに対応できないことは明白である。 例えば、生活保護では、フルタイム就労すれば保護費の支給は原則打ち切りとなる。 ときには、就労の意志があるだけで需給辞退を迫られることもある。 その対応は、労働需要が旺盛で、仕事をえり好みしなければ人並みの生活ができるだけ の収入が得られた時代の名残りなのである。 フルタイムで働いても生活保護支給額と金額が大差ない仕事にしか就けなければ就労意 欲は低下するだろう。 これも、ワーキングプア出現の副産物なのである。 ・ワーキングプアの出現とともに、われわれの生活の不安を加速させるもう一つの要因が、 ライフコースの不確実化である。 正確に言えば、ワーキングプアの出現と、ライフコースの不確実化が同時に進行し、相 乗作用を起こすことによって、われわれの生活不安を加速させる。 そして、何より、従来型の社会保障・福祉制度がうまく働かなくなるのである。 ・ライフコースの不確実化とは、仕事や家族形態が多様化し、将来、どのようになるか予 測がつかなくなることである。 この多様化自体は、ライフスタイルの選択肢が広がったという意味では、歓迎されるも のである。 問題は、その多様化した選択肢の一つとして、ワーキングプア状態が含まれてしまうこ とである。 ・20年前なら、同じ能力、同じ努力をしていれば人並みの収入が得られたはずなのに、 そして、本人におおきな落ち度がなく、事故に遭遇したわけでもないのに、結果的にワ ーキングプアになってしまうケースが身近に出現したのだ。 ・ワーキングプアになるリスクの高まりは、経済の構造転換や家族意識の変化によって、 雇用形態や家族形態が多様化し、いままでどおりの確定的なライフコース(サラリーマ ンー主婦コースか自営業コース)をとることができなくなったことが原因で求められる。 ・ワーキングプアが増えることは、それ自体が問題だと考える。 もちろん、先進国においては、ワーキングプアといえども、飢え死にするケースは稀で ある。 そういう意味で、全員が人並みの生活を送ることを目指すことは、価値観が入るという 意味で、倫理的問題である。 しかし、将来に希望が持てない人々が増えれば、社会秩序が不安定となる。 ・それだけでなく、ワーキングプアの存在は、現在人並みの生活を送ることができている 人々の間には、一つの栓を引くことができた。 普通に働いていれば、貧困に陥ることはないと信じて生活することができた。 しかし、ワーキングプアの出現は、貧困生活をする人と人並みの生活を送っている人の 境界を曖昧にする。 ・ワーキングプアの存在が、普通に生活している人に、今まで通りの生活が送れなくなる 可能性があることを強く意識させるのである。 ・社会保障・福祉制度の役割は、 @貧困状態に陥ることを防ぐこと A貧困状態に陥った人をそこから脱出させること をその目的としている。 しかし、従来の先進国で整備されてきた社会保障・福祉制度では、現在の社会状況に対 応しきれていない。 なぜなら、現行の社会保障・福祉制度の「考え方」そのものが、現在の社会状況に合致 していないからだ。 ・今の社会保障・福祉制度の基本は、戦後の高度成長期に完成したものであり、その時点 での経済的、社会条件を反映したものである。 その前提とは、次の二点である。 @大人がフルタイムで働けば、家族が人並みの生活をするのに十分な収入が得られる。 A将来の仕事や家族のあり方が、ほぼ「予測」できる。 それゆえに、福祉国家と呼ばれていた先進国では、失業を最大の社会問題とみなし、 社会政策を行ってきた。 ・しかし、フルタイムで働いても貧困状態に陥る事態の出現は、この原則の有効性を失わ せる。 フルタイムで働いているにもかかわらず低収入の人を支援する制度がない。 また、働く能力があるのに環境が整っていないために、働けない人に対して、フルタイ ムでの就職支援をしても、その職がワーキングプア程度の収入しかもたらさないもので あれば、貧困状態から抜け出せない。 ・そこに、ライフコースの不確実性が加わる。 伝統的な社会保障・福祉制度は、学校を卒業したら、全員が安定した職に就くことがで き、結婚し、子どもを持つことを前提としてきた。 つまり、全員が、サラリーマン主婦型家族か自営業家族というモデル家族を形成できる ことを前提にしてきた。 つまり、全員が、サラリーマン主婦型家族か自営業家族というモデル家族を形成できる ことを前提にしてきた。 これらのモデル家族を標準として、生涯にわたって「人並み生活」を送れるようにする 社会保障制度を作り、不幸にも、そのモデルから外れた人に対しては、社会福祉で最低 限の生活を扶助することを原則としていた。 ・しかし、いま起きているのは、モデル家族を外れる人が増えているにもかかわらず、そ のような人が生涯にわたって「人並みの生活」を送れるような社会保障制度が整ってい ないという事態なのである。 つまり、モデル家族を外れた人は、自助努力で人並みの生活をつくらざるを得ず、最低 限の生活に落ちるまでは、行政の支援は行けられない構造になっている。 ・このように現行の社会保障・福祉制度は、現在起きている「ワーキングプア」の出現と 増大、および、ライフコースの不確実化に対応できていない。 まさに、穴だらけの制度なのでる。 社会保障・福祉制度が穴だらけであることが、社会保障・福祉制度への信頼を失わせ、 人々の生活不安を増大させているのだ。 ・その不安の結果、人々にとって、お金を貯めることが唯一の不安解消手段となる。 高齢者がお金を貯め込むのも、いざというときに社会保障が役に立たないと考えている からである。 消費不況といわれるのも、この社会保障・福祉制度に対する不安感が影響している。 そして、一部の希望がない人が、やけになって自暴自棄的行動を起こすことも起きてい る。 この不安を放置することは、日本経済の活性化にとっても、社会秩序の維持にとっても よくないことなのである。 生活保護給付より低い最低賃金額(最低賃金の意味変化) ・現在、最低賃金額は、703円(全国平均2008年10月改定)である。 この金額でフルタイム働くとすると、1日8時間、つき22日として月収約12万円に しかならない。 ・生活保護では、単身者なら生活費月額約8万円プラス住宅補助約5万円程度が給付され るから、最低賃金で働いて得る収入は、生活保護給付金とほぼ同じ金額である。 それに、生活保護なら健康保険や年金の保険料は免除である。 病気になれば税金で支払ってもらえる。 しかし、最低賃金額で働いて生活している人は、社会保険料を納めなければならないし、 医者にかかればお金はいるし、テレビがあればNHK受信料を払う必要がある。 ・月収12蔓延で住居費と食費、さらに健康保険や年金の保険料を払って、まともな生活 を送ることは難しい。 生活保護給付額は、文化的に最低限度の生活を送れる額として設定されている。 つまり、はなから最低賃金は、自立してまともな生活を送ることはできない額に設定さ れているのだ。 ・日本社会では、増えた単純労働需要の多くを、学校卒業後の若者が担うことになった。 そして、単純労働に就く非正規雇用の若者の多くは、親と同居しているパラサイト・シ ングルである。 そのため、経済的余裕があり、住宅がある親に生活を保障される人が多かった。 具体的に言えば、住宅と食事が提供されれば、自分の収入が少なくても、人並みの生活 が可能である。 つまり、日本では、低収入の若者を親が社会保障している。 つまり 親から自立して一人暮らしをしていれば、まともな生活ができないはずの若者たちが貧 困生活に陥らなかったのである。 だから、2000年頃までは、日本では、若者ワーキングプアは目立たない存在だった。 ・しかし、その親の社会保障力も徐々に低下しつつある。 まず、低収入の若者の親自体の経済状況が悪化してきた。 非正規の職に就かざるを得ない人の親は、そうでない親に比べ経済状況がよくない。 それは、貧困の世代間連鎖としてよく知られた事実である。 親も生活が苦しいために、自立せざるを得ない若者が増える。 その結果、自立可能な収入も稼げず、サポートしてくれる家族もないという二十のマイ ナス要因が重なり、ネットカフェ難民など貧困状態に陥る低収入の若者が顕在化してき たのだ。 ・「フルタイムで働いても人並みの生活ができないほどの、低収入の職にしか就けない」 「自分を扶養してくれる家族が存在しない」 この二つの条件が重なった場合、現在の社会保障・福祉制度では、彼らをサポートする 手だてがない。 ・現在の日本社会では、いわゆる経済的セーフティーネットとして、「生活保護」「最低 賃金」「雇用保険」の三つの制度が存在する。 しかし、この三者とも、現在社会に特徴的なワーキングプアに対応できない。 日本では、セーフティーネットが多重に用意されていると発言する官僚もいたが、それ ぞれの制度は、ワーキングプアが存在しない時代の産物なのだ。 ・まず、「生活保護」だが、収入が少ないからといってもらえるものではない。 すると、この制度はワーキングプアとは、ほとんど無関係な制度であることがわかる。 自宅も貯金もなく、雇用の場を失っても、無収入でもフルタイムではたらくことが可能 だとみなされれば、生活保護はなかなか受けられない。 現実に職に就いておらず無収入でも、働く意思ありとし生活保護費の支給が打ち切られ るケースもある。 特に、健康な若年者の場合は、申請してもなかなか認められない。 ・当然のことだが、収入がある親と同居している低収入の若者は、生活保護を受給できな い。 また、現在の生活保護は、あくまで、病気や高齢、ひとり親で子供が幼いという理由で、 フルタイムで働きたくても働けない人のためのものである。 それゆへ、本当に働けないかどうか、調査が行われるのである。 働けるのに働く場がない、働いても収入が少ないといった人々を救い出す制度ではない のだ。 ・「最低賃金」規定も役に立たない。 日本の最低賃金の規定は、一種の倫理規定である。 学生や主婦が働くのにせめてこのくらいの時給でないとかわいそうだという程度の額で しかない。 そもそも、最低賃金額でフルタイム働き、自立した生活をする人が存在することを想定 していない規定なのである。 ・「雇用保険」、その中でも中心の「失業給付」だが、これこそが、ワーキングプアが存 在しない時代の遺物なのだ。 つまり、全員が希望すれば正社員になれる、つまり、フルタイムで働けば必ず人並みの 生活が可能な給与が得られる時代の状況に基づいた制度である。 ・多くの非正規雇用者は、そもそも雇用保険の被保管者ではない。 職を失っても失業給付を受給できない。 多くの自営ワーキングプアも同様である。 2008年の後半から、派遣切りなどと言われ、非正規雇用者の解雇が続いているが、 彼らの大部分は雇用保険の被保険者ではないから、解雇が直、生活破綻の結びつくのだ。 ・たとえ失業保険が受給できている元正社員であっても、近年の雇用状況では、次に正社 員職に就けるとは限らない。 現行の雇用保険の給付期間は30歳未満で最長6ヶ月である(45歳以上60歳未満 の金属20年以上でも最長11ヶ月)。 正社員が失業後、非正規の職しか見つからず、失業保険が切れたときにフルタイムで働 いても人並みの生活ができないワーキングプアに転落するケースもあるだろう。 そして、それは今後も増えていくことだろう。 壮年・親同居未婚者の今後(親による社会保障の限界) ・収入が少ないために、結婚も自立もできず親と同居し続け、基本的な生活条件を親に依 存している壮年が、今の時点で、ざっと見積もって50万人いることになる。 そして、この年代の親は、70歳前後であるから、父親も引退して年金生活に入ってい る可能性が高い。 つまり、年金パラサイト・シングルといってよい存在なのだ。 ・親と同居している子は、経済生活を支えてくれている親が亡くなったときに、問題が顕 在化する。 無職や低収入で親に経済的に依存して生活していた人は、すぐに生活困難に直面する。 サラリーマンだった夫に扶養されていた妻は、夫が死亡後に遺族年金が支給される。 しかし、成人している子どもを扶養している親が亡くなっても、年金受給権は想像でき ない。 そして、「生活保護」は使いづらい。 なぜなら、親が残した不動産や貯金があると、生活保護要件を満たさないのだ。 いくら自宅を相続しても、固定資産税や光熱費、食費と粗糖額の現金が必要になる。 それを自分の収入で賄いきれないとなれば、貯金を使いきり、不動産を切り売りし、借 金をして無一文になって初めて生活保護受給の要件を満たすことができる。 ・将来、生活困難に陥ることが確実な、無収入もしくは低収入の壮年パラサイト・シング ルをサポートする制度はない。 それには二つの理由がある。 まず、現行の制度は、親の年金に依存して生活する低収入、無収入の壮年が存在するこ とを想定していない。 壮年であれば、結婚して仕事か舵をして生活をしているか、もしくは、一人暮らしであ ることが制度の前提になっている。 ・もう一つは、社会保障の単位が基本的に「世帯」に置かれていることである。 年金等の収入がある親と世帯を同じにしていれば、親の収入に依存してでも人並みの生 活を送れているから、福祉の出番はない。 将来、親が亡くなったときに生活困難に陥ることは予測できても、現に生活に困ってい ない人をサポートする制度はない。 ・もしも一人暮らしで収入が低く、生活に困っているなら、就労支援や生活保護に引っか かってくるだろう。 また、欧亜と同居していても、親の収入が低ければ、これも社会福祉の対象となるだろ う。 しかし、収入のある親と同居して生活している限り、その問題性は潜在し、表に出てこ ない。 高学歴ワーキングプア(勉強が報われないという現実) ・いま、高学歴ワーキングプアの存在が話題になっている。 私は、大学院修士卒以上、もしくは大学卒でも専門的資格を持ちながら、一般企業の正 社員よりはるかに低い収入しか得られず、自立して豊かな生活をすることが困難な人と 定義したい。 ・非正規労働者が多くなっている高学歴専門職には、次のようなものがある。 @オーバードクター もっとも目につくのは、大学院博士課程修了者、いわゆるオーバードクターである。 非常勤講師と呼ばれ、週1回の大学の講義を受け持つ人は、1コマの月収が2〜3万 円程度である。 週10回講義をもって、年収300万円に届くかどうか。 普通、複数の大学を掛け持ちするので、勤務先の社会保険に原則入れない。 そして、週10コマの講義を受け持つ人は例外で、いまや、学問分野によっては、 非常勤講師にさえ就けないオーバードクターも多くなってきた。 最近、大学研究員という職名を聞くようになったが、もっとも恵まれている学術振興 会の特別研究員になれる人は少数で、それでも数年で任期が切れ、それ以上の保証は ない。また、無給の研究員も珍しくない。 A非常勤司書・学芸員・学校非常勤教師 司書や学芸員、学校教師は、大学卒レベルの資格だが、これらの資格を取るには、長 期間の実習を含む単位取得が必要である。 そして、現在、司書や学芸員の正規職員の募集は極めて少なくなっている。 大学を含む多くの図書館や博物館、美術館でここ10年の間に非正規化が進行してい る。 B獣医師、歯科医師 獣医、歯科医にワーキングプアがいるとは信じられないかもしれない。 しかし、ペットクリニックや歯科医院で非常勤で働いている獣医、歯科医の時給はそ の専門内容を考えると驚くほど低い。 もちろん、開業して顧客がつけば高収入が得られるとはいえ、現在、過当競争状態で 開業してもうまくやっていけるかどうかわからず、開業資金もなかなか貯まらないと いう。 歯科医師もそれほどではないにしろ、投資額を見合うほどの高給ではなくなっている。 Cピアノ教師など、 芸術系の大学、特に、音楽系の大学卒業者の大部分は、身につけた技術を自立した職 業として成り立たせることは難しい。 お稽古ごとが英語にシフトしているため、民間のピアノ教室の教師は常に過剰であり、 時給換算1000程度のアルバイトピアノ教師も珍しくない。 昔は、女性の芸術系大学の卒業生は高収入の男性と結婚して主婦になることが多かっ たが、現在、収入が高い未婚男性の数は減る一方なので、そちらも進めない。 ・高学歴ワーキングプアは、専門職としての仕事が増えないにもかかわらず、それに携 わる資格や能力を持った人が増えていることによってもたらされた。 つまり、高学歴専門職になりたい人の供給が増えている。 ・さらに、スクール・カウンセラーや司書のような「公共サービス」に仕事は、企業のよ うに売り上げや業績と言った目に見える指標がないので、その賃金は恣意的に決定され がちである。 本人の労働生産性ではなく、その時点での有資格の労働者の供給状況や、労働者を雇う 側の都合によって決まる。 ・問題は、全員が正規の職に就くことが構造的に不可能ということである。 プロレスに「バトルロワイヤル」という競技がある。 十数人のレスラーがリングに上がり、自由に格闘し、リング外にはじき飛ばされた者が 順に脱落していき、残った者一人が賞金を総取りするというものである。 いまの高学歴ワーキングプアの置かれた状況は、まさに、このバトルロワイヤルにそっ くりである。 ・さらに、専門職資格者供給過剰によるバトルロワイヤル状態は、コネや引きの横行を生 み、それらが期待できない人の希望をますます削いでいる。 近年では、少数の募集に対して大幅に上回る応募者が集まる。 ドクターや資格を持った若い人にそれほどの実力の差はないため、結局は親などのコネ とか出身大学名などを基準に採用する状況が存在している。 ・競争が起きれば、実力を磨くために質が高まるというのはウソで、既得権があるところ で競争が起きれば、逆に、親のコネや学閥などに選択基準が移行して、かえって、コネ を求める不毛な競争に移行する。 ・高学歴ワーキングプアは、単純労働ワーキングプア以上に問題になりにくい。 なぜなら、大学院等に行く高学歴者の親は収入が比較的高く、親の支援を受け続けるこ とが可能だからである。 そもそも、日本の高等教育は、公的支援が少ない。 授業料は高く奨学金の額も不十分である。 そのため、大学院等の行く人は、親の経済的支援がないとなかなか生活していくことが できない。 ・さらに、高額駅女性は、高学歴男性と出会う確率が高く、そのため、結婚して夫の収入 に頼れる可能性がある。 非正規の専門職は、収入の高い夫に支えられることができれば、収入が低くとも、残業 がなく、プライドが保てる理想的な仕事になるのである。 最近は、オーバードクターの男性研究者が安定収入の正規雇用者である妻(相対的に高 学歴である)に支えらえて生活しているケースも見かけるようになっている。 だからこそ、親や配偶者の支援がない高学歴ワーキングプアの生活の困難さが目立つの である。 ・同居にしろ、仕送りにしろ、高学歴ワーキングプアの裕福な親もいつまでも生きている わけではなく、また、多額の遺産を残しても、それだけで、子どもが平均寿命の80年 を食いつなげるかどうかはわからない。 壮年ワーキングプアの将来の不安の問題は、彼らにも当てはまるのだ。 年金保険料を払う専業主婦(年金負担の不公平) ・公的年金のうち、国民年金は、加入者(被保険者)からみれば、次の三つに分かれる。 @第一号被保険者:A、Bにあてはまらない人すべて A第二号被保険者:企業の正社員や正規公務員として勤める者 B第三号被保険者:第二号被保険者の配偶者で一定の要件(所得が一定以下)を満たす 者 すべての20歳以上60歳未満の国民は、学生であろうと、この三つのうちのどれかに 分類される。 そして、保険料の負担は、第一号は定額、第二号は所得比例、第三号は負担なしとなっ ている。 ・問題にしたいのは、第三号被保険者である。 この規定は、年金保険料支払い能力がない専業主婦を救済するという名目で作られた。 第二号被保険者の妻でいる限り、夫が保険料を拠出している間、年金保険料を納付して いるものとみなされ、65歳になれば、基礎年金が支給される。 ・この制度は、できた当時から、評判があるかった。いくつか理由がある。 一つは、専業主婦の保険料を加入者全体で負担するわけであって、フルタイムの共稼ぎ 夫婦や独身者が、専業主婦の保険料の一部を共に負担するのはおかしいという議論であ る。 もう一つ評判が悪い理由は、妻の収入が一定額を超えると保険料負担が生じるので、 妻は自分の収入を押さえようとする。 その結果、女性の労働市場への賛歌が抑制され、労働供給に支障が生じるというもので ある。 ・私は、第三号被保険者のもっとも重要な矛盾は、別のところにあると考える。 それは、制度の趣旨と、実態がかけ離れてしまったことにある。 第三号被保険者と専業主婦はイコールではない。 年金制度を論じるものは、この点にもっと注意を向けるべきである。 ・専業主婦であった、第三号被保険者でない人が存在している。 それは、フリーランスの妻だったり、開業医の妻など、事由業者の妻がまず思い浮かぶ。 中には、農家や商店主など自営業主の妻であっても、農作業など家業には携わらず、家 事や育児に専念している主婦もいるだろう。 夫が第一号被保険者であっても、夫の収入があるのだから、夫の収入の中から支払えば よいという理屈も成り立つ。 もちろん、それでも、サラリーマンなら妻分の保険料を払わなくてもよいのに、フリー ランスなら妻の分まで保険料を払うという「不公平」は残るが。 ・それ以上に問題なのは、非正規雇用男性の妻である。 夫は、勤務しているが、正社員ではないケースである。 勤務先の厚生年金や共済年金に加入できず、第一号の被保険者である場合である。 契約社員や派遣社員の場合もあるだろうし、フリーター、さらには、請負として働いて いるかもしれない。 その場合は、妻が専業主婦でも、妻も第一号被保険者となって、夫と合わせ二人分の国 民年金保険料を納めなければならない。 ・本来、第三号保険者制度は、「収入がない主婦に年金を払えというのは酷」という趣旨 で始まったはずだ。 しかし、収入が相対的に多い正社員(公務員)男性の妻は納付なしで年金がもらえるの に、収入が少ない不安定な非正規社員男性の妻に納付義務が生じる。 夫が第二号被保険者でないと、収入がない主婦も「酷」な保険料を納付しなければなら ない。 つまり、この第三号被保険者制度は、「専業主婦優遇」というのはウソで、形を変えた 男性正社員優遇制度なのだ。 非正規社員男性なら自分の収入から払うべき妻の保険料を、正社員は払わずに済んでい ることになる。 ・なぜ、このようなことになったのか。 それは、「非正社員ー専業主婦」という存在は、年金制度設計者の念頭にまったくなか ったからだ。 ・そして、夫が低収入の非正規雇用で働いている家族をサポートする制度が存在していな いどころか、年金保険料負担に見られるように、逆に無収入の主婦から月1万数千円の 保険料を徴収するという不公平の極みのような制度になっているのだ。 世帯所得が低い場合、国民年金の納付が免除されるが、追納しなければ将来の年金額は 減額される。そして、追納には高い利子がつく。 正社員の妻の場合は、1円も納入しなくても基礎年金が原則満額もらえるのだ。 遺族年金を利用して一生楽に暮らす方法(遺族年金の矛盾) ・遺族年金制度は、男女差別が残る数少ない公的制度である。 これが女性差別反対論者から問題にされないのは、この制度が女性に有利だからである。 夫が正社員、妻が専業主婦の夫婦で、先に夫が亡くなった場合、妻に遺族厚生年金が支 給される。 退職後に、年金受給者である夫が亡くなり、残された妻に支給されるのが一般的である。 ・2005年の改正で、妻が30歳未満の子供がいない場合、遺族厚生委遠近は5年間し か受注できないことになった。 つまり、2005年以前は、妻が16歳でも、「死ぬまで」夫の遺族厚生年金を受給す ることができたし、いまでも、夫が死亡したときに30歳になっていれば、子どもがい なくても一生受給できるのだ。 ・ちなみに、夫が国民年金の第一号被保険者の場合、夫が亡くなっても原則として妻には 遺族年金の受給権はない(例外は18歳未満の子どもがいる場合)。 妻も第一号被保険者であり、妻自身の年金をもらっているはずだからである。 ・また、遺族年金が支給されるのは、戸籍上の配偶者(つまり妻)とは限らない。 その意味で遺産とは意味が異なる。 現に、亡くなった男性に扶養されていた女性、および、扶養されていた子どもである。 妻が離婚に合意せず、夫が別の女性と事実上結婚生活を送って女性を扶養している場 合、遺産は戸籍上妻に行く(遺言がない場合)が、遺族年金受給権はなくなった当時、 夫に扶養されていた女性が得る。 ・しかし、妻が亡くなっても、妻に経済的に扶養されていた55歳未満の男性には何の支 給もない。 ・フルタイムで共働きの夫婦で、退職後、自分の厚生年金(プラス基礎年金)を受給して いる場合を考えよう。 夫が亡くなったとき、二つのケースが考えられる。(年金は併給できないため) 一つは、夫の遺族年金が妻の厚生年金より多い場合、妻の厚生委遠近を放棄して夫の遺 族年金で暮らすほうが有利である。 すると、妻がいままで払った構成献金保険料はまったくの無駄になる。(基礎年金さえ も負担しない専業主婦と同額になる) もう一つは、妻の厚生年金が夫の遺族年金よりも多い場合、夫の遺族年金分が放棄され る。いきなり収入が約半分になってしまう(夫の遺族年金分が無駄になるともいえる)。 ・夫が正社員以外の人、非正規社員、自営業などで、妻が主婦{自立して生活できない) という家族形態の場合、夫が亡くなっても、彼女の生活をサポートする公的制度は存在 しない。 孫の年金保険料を払う年金受給者(国民年金の矛盾) ・よく、非正規社員も厚生年金に加入させようとする案が、国民年金未納率が高くなると 持ちがある。 しかし、それが根本的解決にならないことは明白である。 その理由は、非正規で働いている人には、種々雑多なひとが含まれているからである。 第三号被保険者であるパート雇用者の妻から見れば、一定の収入以下なら保険料を払う 必要がないのに、厚生年金加入を強制されれば、逆に、給料が少なくなりメリットがな くなる。 企業も、保険料の負担が新たにかかるので、避けたいと思い、また、違法に加入させな いところもある。 また、日雇い派遣の人、短時間のアルバイト先を掛け持ちしている人、フリーで働いて いる人などは、対象外になる。 これらの人びとをすべて厚生年金加入で解決しようとすることは無理あがる。 高齢者の生活保護(拡大する高齢者の生活格差) ・日本の高齢者の生活状況を他の国に比べてみると、高齢者所得は平均的にみれば世界一 である。 しかし、いったん、長引く病気にかかり要介護状態になると、その出費や手間は相当な 負担になる。 つまり、健康であれば生活に大きな問題は起きないが、いざというときには、よほどの 高収入でないと快適な生活が送れない可能性が高い。 これは、高齢者自身の問題であると同時に、高齢者と同居する家族の問題でもある。 同居している高齢者が健康であれば、経済的、世話などの労働的諸負担はあまりないが、 いったん健康を害すれば、たとえ介護保険があったとしても大きな負担となって同居家 族にのしかかってくる。 ・つまり、日本の高齢者は所得は比較的良好だが、いざとなったときに出費がかさむとい う構造になっている。 逆に、北欧などは、所得はそれほど高くないが、要介護状態になったときでも、公的施 設や介護ヘルパーが充実しているので、出費がそれほど多くならないという構造をして いる。 ・日本の高齢者は、健康でなくあれば出費がかさむとわかっているから、健康に気を遣う 人が増え、健康産業が活性化する。 その結果、国民医療費の低減や長寿命化に役立っている。 しかし、いざとなったときに快適な生活が送れるように、そして、同居家族に迷惑をか けないようにするためお金を貯め込むので、結果的に高齢者の消費意欲が低く、日本経 済を停滞させるのである。 ・よく、基礎年金額よりも生活午後支給額のほうが高いのはおかしいとの指摘がある。 しかし、本来、基礎年金は、家業に従事する高齢者を想定したものであると考えると納 得がいく。 なぜなら、生活保護は受給基準が厳しく、貯金や旅行、高額商品の購入などが制限され、 働いて収入を得ると減額される。 つまり、ほとんどすべての資産を失った上、最低限の生活しかできない。 生活保護の金額より年金額が低くても、住宅や貯金や家業収入があったり子に扶養され ていれば、楽しみにお金が使える生活ができる。 だから、生活保護があるから保険料を払わなくなるという説は常に正しいわけではない。 現在人並みの生活をしている現役世代で、老後は一生最低の生活でかまわないという人 はまずいないからである。 老後も人並みの生活を続けたければ、生活保護を当てにすることはできないのだ。 逆に、現役時代の生活水準が低く、住宅も貯金も見込めないという人が増えれば、保険 料を払うと払い損になる可能性が高い。 いままでは、現役時代に最低限の生活を送る人が少なかったから、年金納付率が高かっ たのだ。 ・高齢者の生活格差が拡大する要因には、大きく二つの要因がある。 一つは、高齢者自身の経済状況の格差による生活格差であり、もう一つは「子の状況に よる生活格差である。 ・まず、高齢者自身の経済基盤の格差拡大の現状を検討しよう。 それは、モデル家族の形成に失敗、もしくは、途中まで順調にライフコースをたどって いたが、高齢期に達する前にモデル家族から転落してしまう高齢者の増大である。 ・1990年代を通して、規制緩和により農業や自営業の保護が後退し、その結果、小規 模農家や小規模商店、零細企業の経営基盤が弱体化した。 また、ショッピングセンターの拡大やIT化など経済の構造転換によって、廃業や大幅 赤字に追い込まれる伝統的な自営業が増大する。 そして、1997年の金融危機で資金が絞られたことが最後の追い打ちとなる。 ・同居する息子に家業を譲って扶養されたいと思っても、その稼業自体が衰退し、跡継ぎ の息子共々生活に窮してしまう。 嫁に介護を頼みたくても、将来の見通しがない伝統的自営業の跡継ぎ息子の未婚率は高 まっている。 ・息子夫婦に徐々に家業を譲ってゆとりある生活をするというもくろみは崩れ、定額の基 礎年金だけでぎりぎりのせいかつを強いられる高齢自営業者が増大する。 そして、行政は彼らに対して何の手だても持っていない。 ・また、サラリーマン・モデルから転落する高齢者も増えていく。 サラリーマン家族で人並みの高齢者生活が送れる必要条件は、住宅取得と比較的高額の 厚生年金(共済年金)の受給資格である。 しかし、1990年代後半以降、その要件を満たせない家族が増えていく。 なぜなら、1997年の金融危機をきっかけとして、リストラや企業倒産が増え、企業 から放り出されるサラリーマンが増大するからである。 中高年だと再就職もままならない。 住宅を失ったり、取得を諦めるサラリーマンが増える。 中高年男性の経済的理由による自殺が急増したのは1998年だが、その裏には収入を 失った多数の現役中年サラリーマンが控えているのである。 これは、高齢期生活に直接影響する。 厚生年金額が減額され、再就職してもそれが非正規雇用で厚生年金加入資格が得られな いケースも増える。 ・住宅を持たず、十分な厚生年金も受給できないサラリーマン夫婦が高齢期に突入する。 彼らは、人並みの生活を続けるために、何らかの形で働き続け、収入を得なくてはなら ない。 ・その上、高額の教育費をかけて育てた子たちは、経済の構造転換の影響を受け、非正規 雇用にしか就けない息子、娘も多くなり、未婚率も高くなる。 子どもの経済力に頼れる高齢者もいるだろうが、むしろ子どもが経済的重荷になってい るケースも出てくる。 ・子が全員正社員として就職したり結婚して順調に独立し、サポートも受けられる高齢者 と、中年になった子どもを扶養し続けている高齢者が混在している。 どう見ても生活実態に格差がある。 後者の高齢者も、子供の幸せを願い続けながら、自分の生活を削ってまで子のサポート をしようとする。 若者の社会保障の一種の肩代わりを高齢者がしているようなものである。 年金保険料を負担している人もいる。 そんな高齢者に対して、行政がサポートする仕組みは皆無に等しい。 ・モデル家族と生活保護の間を埋めるものがない。 これが日本の社会保障制度の最弱点となっている。 社会に出たての若者にも、子育て家族にも、そして高齢者にも同じ問題が出てきている のだ。 雲の上の少子化対策(夫婦とも正社員前提の育児休業) ・フリーの女性には、育児休業は存在しない。 子育てのために仕事を休めば収入はゼロとなる。 保育園にも入りにくく、仕事がもらえなくなる恐れから、子供の具合が悪くても休むこ とはできないまま、低収入の仕事を続けている。 ・よく考えてみると、現行の育児休業制度は、夫婦がともに正社員でないと、男女とも実 質的に利用することは難しいことがわかる。 そもそも、非正規社員やフリーライターのような自由業、自営業は、この制度の範囲外 である。 もちろん、仕事を辞めて休むことになるが、給付金はもらえず、収入は途絶え、将来の 職の復帰に関して何の保証もない。 ・育児休業という比較的新しくできた制度であっても、男性が正社員であることを前提と しているだけでなく、それに加えて女性も正社員であることを前提としている。 ・アルバイトや派遣で働く女性が増えているにもかかわらず、彼女たちに対する出産支援 が抜け落ちているのである。 結婚している非正規雇用、自営の女性が妊娠した場合、仕事はできなくなる。 産休も取れない可能性が大である。 結局、夫たる男性の収入に頼るしかない。 ・ここに、大きな不公平が潜んでいる。 同じ仕事を中断しても子供を育てていながら、一方は、出産時に正社員であったがゆえ に、子育て中も給与の30%(現在は50%)が支給される上、復帰が保障されている し(解雇されることはない)、保育園にも入れやすい。 一方は、出産前にアルバイトや自由業であったために、市議との中断による経済的損失 の保証もなければ、休業後に仕事に就ける保証がないどころか、子どもを抱えている女 性が新規に職を探すのは極めて難しく、保育園に利用しにくい。 つまり、正社員として働いている女性は、単に収入が高く安定しているだけでなく子育 てに関する社会保障においても優遇され、非正規雇用や自由業で働いている女性は、収 入が低く不安定なだけでなく、子育て支援の対象にもならないという著しい不公平が存 在しているのだ。 ・正規雇用であろうが、非正規雇用であろうが、フリーであろうが、自営業であろうが、 女性が妊娠、出産した場合の育児休業は男女ともに保障されなければならない。 そうでなければ、制度の趣旨に反する。 にもかかわらず、現行の育児休業制度は、夫婦ともに正規雇用であることを前提に制度 が組み立てられている。 ・この状況を解決するためには、スウェーデンやイタリアの育児休業制度が参考になる。 それは、出産した女性が自営業の家族従業員であっても、育児休業が取れる仕組みであ る。 出産して侍衛の仕事を休めば、その期間仕事をしていたと仮定した金額の何割かが給付 される。 個々の企業や失業保険から給付されるのではなく、普遍的な飢饉(親保健)から給付と いう制度になっているから可能なのである。 フリーライターの女性が子どもを産んで一年間仕事を休めば、その間、基金から出産前 に稼いでいた収入額の8割が支給されるのだ。 そうすれば、安心して、しばらくの間、育児に専念できる。 ・育児休業制度も、ワーキングプア時代に合わせた形で抜本的に改革しなければ、少子化 対策どころか、育児支援にもならないだろう。 ・日本の子育て世帯の所得再分配は、父親が正社員であることを前提にしている。 そこでは父親の収入から所得控除部分が大きい。 扶養家族として子ども所得控除されると、税金をたくさん払っている親ほど税金が多く 軽減される。 しかし、そもそも税金を払うほど収入がない親は、扶養控除による再分配は無意味にな る。 かくして、日本では、高収入の子育て世帯に優しく、低収入の子育て世帯に厳しい「所 得配分」が行われ、それが放置されているのだ。 18歳で追い出される児童養護施設(若者の社会保障がない国) ・児童養護施設とは、児童を養育すべき親が死亡したり、病気や虐待で養育できないとき に、児童を預かって、一人前の社会人になるまで養育する施設である。 里親制度もあり、里親が身寄りのない自同を預かり養育する制度である(養子との違い は、法的な親子関係はないため里親には養育費が国から支給される点である) ・いま問題となっているのは、児童養護施設や里親のもとでの養育は、最長で高校卒業ま で、つまり18歳になった年の3月までという仕組みである。 自分を育ててくれる身寄りがないために児童養護施設に入園しているわけだから、卒園 と同時に自立しなければならない。 ・昔はそれで大丈夫だったという。 なぜなら、男性も女性もほとんどの高校生は、卒業とともに正社員として就職でき、安 定した収入で自立して暮らすことができたからだ。 ・しかし、1990年代半ばから様相が変わってきた。 まず、正社員としての就職口が少なくなり、卒業と同時に就職が決まらない入所者も増 えてきた。 さらに、正社員でも、最近は住み込みはもちろん寮がないところも多く、アパートも自 分で借りて生活し始めなければならない。 ・結局、現行の児童養護制度は、高校を卒業すれば、自立して生活することが可能という 前提に基づいた制度である。 ・もちろん、大学進学の機会も開かれているが、経済的に自立することが前提である。 親がいなかったり、サポートできる状態ではないので、授業料の比較的安い国立大学に 合格した上に、奨学金を得てということになるので、なかなか進学率は上がらない。 <社会保障制度の構造改革> 社会保障・福祉制度の構造転換を目指して ・社会保障・福祉制度の構造転換には、二つの課題がある。 一つは、ワーキングプア、つまり、自活しなくてはならないのに、フルタイムで働いて も十分な収入をえることができない人々が増大していることを前提に、彼らにどのよう なサポートを不変的に与えるかという課題である。 これは、セーフティーネットの再構築の問題となる。 ・もう一つは、不確実化するライフコースに対応して、人生に生じる一般的なリスクへの 対処をどのようにしていこうかという課題である。 それは、若年期、子育て期、高齢期という経済的に不安定なライフステージにある人々 の生活をどのようにして社会的に守るかという課題で直結している。 ・まず、いまセーフティーネットの再構築が求められている。 それは、ワーキングプア、つまり、フルタイムで働いても人並みの生活ができる程度の 収入が得られず、かつ、自活が求められる人の生活をサポートするシステムを作ること である。 ・問題は、ワーキングプアは、さまざまな理由で発生し、さまざまな形態の仕事に就いて おり、様々な家族的背景があることである。 正社員として就職できなかった若者、仕事が減っている自営業、夫が失業したため離婚 して自活している母子家庭、フリーランスを選択した若者、十分な資産や年金受給権を 形成できなかった健康な高齢者、大学院を出たけれど正規の就職先がないオーバードク ターだったりする。 つまり、人並みの収入を稼げず、キャリアルートから外れ、標準的なライフコースをた どっていない人々すべてが含まれている。 また、自立すべき年齢に達しているが、低収入のため、親と同居している低収入パラサ イト・シングルなど、潜在的なワーキングプアも視野に入れなくてはならない。 ・これらの多様なワーキングプアに対して、出現理由や家族形態によって別の制度を作っ て対応しようとしているから、現行の制度がうまく機能しなくなったのだ。 ・いま存在しているセーフティーネットは、その発生理由や家族形態でもって分類して対 応しようとしたことにその欠陥があった。 ・貯金があっても、そして、援助してくれる人がいても、生活保護基準を多少超えるレベ ルで働いている人でも、最低限の生活が可能で、また、努力すれば、最大基準以上の生 活ができるような現金給付システムを構築すべきである。 これをセーフティーネットとして一元化してうまく構築すれば、実は、従来、生活保護 や雇用保険、最低賃金などに分立していたセーフティーネットが不要になるのである。 ・それは、基本的に、資力調査なしでお金を給付するシステムである。 つまり、本院の収入がないか低いという条件だけで、住宅を持とうが、貯金があろうが、 家族がいようが、最低限の収入を保証するシステムである。 子どもの場合は、このシステムを別立て子育て中の保護者にサポートするか、このシス テムに含めて子どもを養育している人に支援するかを決めればよい。 ・そうすれば、非正規雇用者だけでなく、職種でいえば自営業や自由業から低収入正社員 まで、ワーキングプア(そしてその予備軍)が、人並みの生活ができるようにサポート することができる。 具体的には、低収入者に対する資力調査なしの公的サポートシステムは、ミニマム・イ ンカムと呼ばれ、「ベイシック・インカム」や「負の所得税」として構想されている。 ・「ベイシック・インカム」は、すべての国民に最低生活が可能な金額を給付するもので ある。 働けない人だけでなく、お金持ちにも高齢者にも若年フリーターにも、正社員、専業主 婦、あらゆる立場の人に例外なく一定額を国が給付する制度である。 そのため、莫大な金額の再配分がなされる。 現在の国家予算以上の金額を使う計算になる。 これを実現するには、税率は相当高率になるだろう。 しかし、もらう方から言えば、低収入者だけでなく、高額の税を払う高収入者ももらえ るのである。 また、生活保護、基礎年金の国庫負担分など他の社会保障費がここに吸収されるから、 財政負担が純増するわけではない。 また、払う方から言えば、年金、雇用保険の保険料を払う必要はなくなる。 ・「負の所得税」は、給付金付き累進課税というべきものである。 累進課税は、収入が多ければ多いほど税率が高くなるというシステムである。 しかし、通常の課税では、一定額以下の収入の人には課税されない。 課税最低限度以下の収入の人に、一定の割合で税金を割り戻そうとするのが負の所得税 の考え方である。 負の所得税の対象は、収入が一定以下の人に限られるのが特徴である。 だから、財政負担額はベイシック・インカムに比べ圧倒的に少なくてすむ。 ・無収入・低収入の人にとっては、ベイシック・インカムも負の所得税もほぼ同じ効果を 持つ。 ・ベイシック・インカムは、再配分される額が莫大だが、制度の実施は比較的簡単である 一方、負の所得税は、財政負担が大きくならずに低収入者もサポートできる優れた制度 だが、所得額の正確な把握が必要になる。 家業としておこなっている自営業一家の各人の所得をどのように設定するか、給与所得 者でも複数のバイトを掛け持ちするフリーター、少額利子や配当、アルバイト所得など、 課税するときは問題にならないくらい少額の所得でも、給付水準となれば正確に把握を しないと不公平が生じてしまう。 ・ベイシック・インカムや負の所得税など、資力調査なしの給付制度が、セーフティネッ トとして、生活保護や雇用保険など現行の制度よりも優れている点を列挙しておこう。 @すべての無収入者、低収入者をサポートすることができる。 A最低限の生活からの脱出という希望が持てる ・収入がなくても貯蓄がある人は貯蓄を取り崩して上乗せもでき、少しでも働いた人 はその収入分が上乗せされる。 ・障害があったり要介護状態など、働きたくても働けない人には特別給付金を上乗せ すればよい。 B労働意欲、貯蓄意欲を刺激する ・従来の生活保護では、仕事をすれば減額される。中途半端な低収入の仕事をするく らいなら、仕事をしないほうが得する。だから、いったん生活保護の認定を受けて しまうとそこから脱出するのは難しくなる。 ・しかし、給付金システムだと、仕事をしても減額されない。たとえ、低賃金の仕事 であっても、一時的な仕事であっても、仕事をすればするほど、収入が増え、生活 が豊かになる。 C収入格差を縮めるが、格差は維持される D主婦に優しく、就労意欲も高まる。 ・収入のない専業主婦にも支給されるので、扶養控除や第三号被保険者保険料免除な ど正社員の主婦優遇措置は不要になる。 ・非正規社員や自営業者の妻で仕事をしていない主婦にも支給されるから、夫の収入 が少ない専業主婦にサポートシステムがなにもないという矛盾も解消される。 ・家事を優先したいと思えは専業でも一定の収入が得られるし、それ以上の収入を得 たいと思えば働いた分だけ必ず上乗せされる。 E高齢者就業意欲が高まる ・「年金マイレージ制」を提唱する。 マイレージ制の優れた点を箇条書きき示してみよう。 @公平である ・払い込んだ額に応じて年金額が決まるのだ、多く払った人は多く、少なく払った人 は少なくもらうという原則が貫徹する。 Aこのマイレージ制は、個人が単位なので、雇用や家族関係に関わらず公平に運用でき る。 B政策的な優遇措置を行いやすい ・複雑な制度をつくらなくても、お金に換算できない社会的貢献に対してマイル 付与という形で報いることができる。 C年金額がわかりやすい D保険料を払うのが楽しみになる ・保険料を納めれば納めるほど、マイレージが増え、受給予定年金額が増え、それが 毎年確認できる。 |