石巻市 雄勝町呉壺(雄勝湾)2019
ここの場所に来てみたいと思ったのは、先般、聴講した講演会がきっかけだった。
というのも、仙台藩主・伊達正宗が慶長18年(1613年)にスペインに向けて派遣した慶長遣欧使節団が乗った船(サン・ファン・バウティスタ号)が出航した場所は、
今までの通説では、牡鹿半島の「月ノ浦」(現在の宮城県石巻市月浦)ということになっているのだが、それは違うのではという新説が現れたからである。
新説によれば、その造船地はここ「呉壺」であり、出帆地は、この雄勝湾からだ、ということなのだ。
その「呉壺」とは、どんなところなのかと興味を持ちこうして来たのだが、もちろん、今までそんな説はなかったわけで、
来てみても今は、そんなことをうかがわせるものは何もない。
この雄勝湾の周辺の地域は、あの3.11東日本大震災の大津波で、それまでの漁港や港町の街並みは全壊滅してしまって、今はただ更地が広がっているだけだ。
現在は、雄勝湾をぐるりと取り囲むように、巨大な防潮堤が建設中である。それはまるであの中国の「万里の長城」のような感じを受ける。
高いコンクリートの壁がそびえ立つ防潮堤の内側からは、海はまったく見えない。
これを見ると、人間が力で自然の暴力を抑え込もうとしている構図がよく見て取れる。
しかし、果たして人間は自然の暴力に勝てるのだろうか。
ここまでして自然の力に対抗する必要があるのだろうか。そんな気持ちにさせられた。

【所在地】 宮城県石巻市雄勝町雄勝呉壺

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