読むクスリ PART8 :上前淳一郎

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この本は、「読むクスリ」のPart8であり、今から30年前の1991年に出版され
たものだ。
私がこの本のなかで興味を持ったのは、日本陸軍の三八式歩兵銃の話だ。この三八式歩兵
銃の話は、先般読んだ「撤退戦の研究」(半藤一利、江坂彰著)にも出ていて、とにかく
当時の日本陸軍の頭の固さの典型例となっている。よくこんな旧式の銃でアメリカ軍と戦
ったものだとあきれ果てたものだ。しかし、このような一度味わった成功体験にこだわり
続けるという例は、残念ながら現代においても繰り返されがちである。それをわかってい
ても、なかなかスパっと頭を切り替えるというのは難しいのだ。
「ジェロ」という柴犬の話には、ホロリとさせられた。私も、中学生だった頃、実家で雑
種の柴犬を飼っていた。この犬は、台風の去った翌日に、捨て犬だったのか、迷子なって
しまったのかわからないが、私の小学生だった妹が学校帰りに拾ってきた犬だった。まだ
生まれて間もない感じの子犬で、妹のあとをよちよち歩きで家までついてきたという。そ
してそのまま私の家に居ついてしまった。ちょうど、前に飼っていたスピッツ犬が、夜出
歩いていて、野良犬に噛まれて死んでしまって間もない頃だったので、その代わりとして
家族みんなから歓迎された。その柴犬も、なかなか利口な犬で、飼主の気持ちをよく察知
するのが得意だった。この「ジェロ」という柴犬の話を読んで、もう50年以上も昔のこ
となのに、自分の飼っていた柴犬のことを懐かしく思い出して胸が熱くなってしまった。
世界の人口爆発スペース・コロニーの話も、興味深く読んだ。この本の話によれば、当
時、世界人口は年率2パーセントで増え続けており、35年後には世界人口は100億人
に達するとされていたのだが、30年後の現在の世界人口は約78億人程度のようで、年
率2パーセントで増加するという予想はちょっと外れたようだ。増加率を計算してみると、
実際の年増加率1.5パーセント程度になるようだ。また、2100年頃には世界人口が
109億人になるという予測がある一方で、80億人あたりで頭打ちになるという予測も
あるようだ。いずれにしても、この本に書かれているようなスペース・コロニーを必要と
するような、世界人口が何兆人となるようなことはなさそうなので、ちょっと安心した。


ビジネスの味わい
・成功は、えてして次の失敗の原因になりがちだという。
・太平洋戦争中、日本陸軍は三八式歩兵銃というのを使っていた。その名のいわれは、日
 露戦争に勝った明治三十八年に制式化されたからだ。一発ずつ、やおら狙いを定めて射
 つ旧式の銃に、陸軍は四十年間こだわり続けてきた。
・一方アメリカ軍はいちはやく自動小銃を開発し、携帯用機関銃まで太平洋戦線で使った。
 三八銃で勝負になるはずがない。
・「なぜ日本軍がこれにこだわったかというと、日露戦争で勝ったという成功の体験が、
 あまりに強烈だったからではないでしょうか」
・その成功体験が歩兵銃のイノベーションを怠らせ、太平洋戦争での失敗を招いた。
・歩兵の軍靴も、日露戦争からまったく進歩しなかった。はきにくい、と兵士がこぼすと、
 「足を靴に合わせろ」と怒鳴られておしまいだった。寒い北方戦線ではその軍靴で勝て
 たかも知れないが、南太平洋でまで押しつけるのは無茶だろう。
・アメリカ軍は第二次大戦中だけでも何度も軍靴をモデルチェンジし、兵士が疲れず、戦
 いやすいよう配慮していたというのに。
・「つまり、一度勝利という成功体験を得ると、一つのカルチュアができる。そのために、
 以後の発想や思考、行動様式のベクトルが固定されてしまうんです」
・いんたんできたカルチュアを変えるのは、非常にむずかしい。だから、新しい事態への
 対応が遅れ、イノベーションについて行けなくなる。
・自動車王フォード一世の場合も、最初の成功が大きすぎたことが、次の失敗の引金にな
 った。フォード一世はベルト・コンベア方式を開発し、T型といわれるモデルを大量生
 産して大成功を収めた。
・ところが、追いかけるGMがひんぱんにモデルチェンジして客の目をひきはじめても、
 彼は頑としてT型を変えなかった。フォードはGMに首位を奪われ、一九八六年それを
 回復するまでに六十二年かかった。
・戦後日本の成功はプロセス・イノベーション(工程革新)だった。自動車もテレビも、
 先進国のモデルをもとに、それをいかに品質をよくし、コストを安くするか、というプ
 ロセスの革新で成功した。しかも高度成長期には、一つの成功体験がつぎの成功を呼ぶ
 という好循環を生んだ。
・「しかし、もうそういう時代は終わったのだ、ということを、しっかり目を開いて見極
 めてください」
・いまこそ日本は、プロダクト・イノベーション(製品革新)に取りかからなくてはなら
 ない。モデルのない世界で、まったく新しいものを創り出す努力を始めるときなのだ。
 
つながる心
・愛しているものがあったら、自由にしてあげなさい。
 帰ってきれば、あなたのもの。
 帰ってこなかったら、初めからあなたのものではなかったのです。
 
・ニチメン取締役の松田寛さん一家が犬を飼ったのは十五年前、お嬢ちゃんが小学校へ入
 って間もないころだった。東京郊外にやっと家を建て、お嬢ちゃんと坊やにせがまれデ
 パートで小さな牝の柴犬を買ってきて「ジェロ」と名づけた。
・庭に飼われたジェロは「お坐り」や「おいで」を覚え、まだ武蔵野の面影が残って淋し
 いほどの住宅地で番犬の役目を果たし、子供たちと跳ね回って一緒に大きくなっていっ
 た。
・利巧で、いうことをよく聞き分け、快活に振る舞ってこちらの気持ちを明るくする。な
 によりも、二君にまみえない、といわれる柴犬だけあって一家に忠実で、すっかり家族
 の一員として溶け込んでいた。
・昭和五十五年、ジェロが八歳になったとき、松田さんにロンドン支店長の辞令が出た。
 ジェロを含めて家族も当然、一緒に行くことになった。お父さんとジェロが一足先に出
 発と決った。 
・イギリスは世界でもっとも犬の検疫にうるさい国で、着いてから六カ月間隔離する。狂
 犬病などを持っていないか、厳重にチェックするのだ。その間の食事代などは、飼主が
 払わなければならない。
・なにしろフランスの女優ブリジット・バルドーがヨット旅行の途中イギリスの港に立ち
 寄り、愛犬を散歩にちょっと上陸させたら大問題になったお国柄である。
・「日本で誰かに預かってもらおうか」お父さんがいうと、高校生になったお嬢ちゃん、
 小学生の坊やは猛反対。「修学旅行用に積み立ててきたお金を、ジェロの旅費に回しま
 す。ぜったいに連れて行ってください」けなげな申し出に、晴れてジェロは愛犬の本場
 イギリスへ乗り込むことになった。
・ロンドンに着いたジェロは、ただちに検疫の隔離所へ入れられた。松田さんは事務所引
 継ぎに多忙で、彼女がどんなところにいるのか、合いに行っている暇もなかった。
・一カ月ほど遅れて着いた奥さんと子供たちは、すぐ隔離所へ駆けつけてジェロを探した。
 世界各国から来たいろいろな犬が、金網を張った檻に一匹ずつ入れられて、ずらりと百
 匹ぐらい並んでいる。 
・人間が入ってきた気配に、金網に鼻をこすり寄せて尾を振り、あるいは吠え立てる。だ
 が、その中に柴犬ジェロの姿は見えない。
・「ジェロ。ジェロはどこ?」「こちらですよ」女性係官が指した檻には、痩せこけて毛
 のつやを失ったちっぽけな犬が、うずくまっている。ちら、とこちらを向いたが、瞳は
 うつろで、まるで生気がない。肉体ばかりか、明らかに精神にも変調を来している。
・「これがジェロ、おまえ、ジェロなの?」名前を呼ぶのを聞いて、今度はこちらへ向け
 た眼が一瞬光ったように見えた。しかし、いや、そんなはずはない、というようにすぐ
 また眼をそらし、だらり首を垂れる。
・「ジェロ!まあ、かわいそうに」係官が開けた扉から三人は駆けこんで、代わるがわる
 ジェロに抱きつき、頬ずりを繰り返した。
・来てくれたのが誰なのか、いまはジェロにもはっきりわかる。鼻を鳴らし、尾を振り、
 全身を三人にぶつけて、喜びを爆発させた。
・「この犬は、ここへ来てから餌にいっさい口をつけませんでした。衰弱する一方なので、
 注射で栄養を与えていたのです」女性係官の説明を聞いて三人は、柴犬は二君にまみえ
 ず、とお父さんがいっていたのは事実だったことを知った。イギリス女性が差し出すド
 ッグ・フードには見向きもしない、誇り高き武士道犬だったのだ。
・「それなのに一カ月も放っておいて、悪いことをしたわ。きっとジェロは、私たちに捨
 てられたと思い込み、それで精神状態までおかしくなっていたのね」お母さんはしきり
 にジェロに詫びた。
・それからというもの、お父さんを含めて一家は互いに時間をやり繰りして、郊外に借り
 た家から車で一時間ほどかかる隔離所へ通い、ジェロと面会した。そのたびに彼女は、
 檻の中で飛び跳ねて興奮する。
・「この金髪の人がくれる餌も食べるんだよ。わかったね」ちゃんと聞き分けて、ドッグ・
 フードをよく食べるようになり、見る見る健康を回復していった。
・六カ月たち、ジェロは一家のもとへ戻って、めでたく一緒に暮らすようになった。
・「ところがね、大変だったのはじつは、そのあとなのです。隔離所暮らしのうちに、彼
 女は日本語を忘れてしまいました」  
・隔離所の女性係官は犬の訓練の専門家で、衰弱していくジェロにも、しつけだけは日々
 きちんとしてくれていた。その間に犬は英語で行動することを覚えたのである。
・イギリス人は犬を庭では飼わない。家の中で家族と一緒に暮らす。だからジェロも中に
 入れたのだが、日本語を忘れた犬と、英語が不自由な人間の共同生活だから、コミュニ
 ケーションがうまく行かなくてトラブルが起きる。
・断固松田さんは、ジェロを日本の犬に戻す決意をし、日本語でしつけをやり直すことに
 した。 
・家の中で飼われるようになってからのジェロは、歩き方もおだやかで優雅にさえなり、
 ロンドンで暮らすにふさわしい淑女らしさを身につけるように見えた。
・それでも外へ散歩に連れていくと、さっそうと耳を立て、尾を巻き、息も荒く綱を引く。
 武蔵野の自然の中で育った野生がよみがえるのだ。
・日本で犬のしつけというと、叱って従わせる、という感じがある。ところがイギリスの
 訓練法の基本は、ほめて自発的にやらせるところにあるように見える。だから犬は、人
 間に恐怖を感じることなく、信頼関係で結ばれて育つ。こわさがないから、やたら人間
 に吠えることもなくなるのである。
・四年間のロンドン生活を終えて、松田さん一家は日本へ帰った。ジェロは一家とともに
 東京郊外の家に着いた。
・「ああ、日本の匂いがする。懐かしい武蔵野の土の匂いだ」車を降りて家へ入ろうとし
 て、思わず松田さんはつぶやいた。
・ふと見るとジェロも、鼻をひくひくさせながら土の匂いを嗅ぎ回っている。この犬もい
 ま、自分と同じことを感じているのだ。そのときほど松田さんは、ジェロに親密な感情
 を覚えたことはない。
・それから二年ほどして、ジェロは十四年六カ月の生涯を閉じた。犬の一年は人間の六年
 といわれるから、九十歳近い天寿をまっとうしたことになる。
・この犬の物語は、ほのぼのした中にも、どこか悲しい。それは、海外へ行く日本企業駐
 在員の姿が、ジェロに二重映しになっているからだ。
 
生のはざまで
ピーマンは、ビタミンA、C、鉄分、カルシウムなどを豊富に含んでいて、夏負けには
 うってつけ。とくにビタミンCは八十ミリグラムもあって、一個食べれば大人一日の必
 要摂取量五十ミリグラムを越える。しかも熱に強く、炒めてもほとんど失われない。
・このピーマンは、秀吉や家康が政権を争っていた十六世紀末にポルトガル人によっても
 たらされた。ナス科の一年生果菜で、もとはといえばブラジル原産。中米に広がり、コ
 ロンブスがヨーロッパに伝えたものが日本へ入ってきた。
・「ところが日本人は長い間、ピーマンが大嫌いでした。米と魚中心の食生活にはなじみ
 ませんからね」 
・「日本人のピーマン嫌いは太平洋戦争が終わるころまで三百五十年も続き、ほとんど栽
 培もされていませんでした」
・ところが敗戦直後の極度の食糧難の中でにわかにピーマン、当時の呼び名では西洋唐辛
 子に陽が当たりはじめる。 
・「なぜかというと、お役人がうっかり、これを統制の対象品目に入れるのを忘れたから
 なのです」 
・戦前からすべての食糧は政府の厳しい統制下におかれ、勝手な売買を禁じられて、配給
 制になっていた。ところがピーマンは統制されていなかった。うっかり、というより、
 どうせ日本人は食べないから、とお役人も放っておいたのだろう。そのくらい蔑視され
 ていた。
・「そこに目をつめたのが東京近郊の農家で、千葉県市川、船橋あたりで争って栽培され
 はじめました。
・自由に買えるピーマンに、焼跡の消費者は群れた。餓死寸前のひもじさだから、好き嫌
 いはいっていられなかった。
・サラダや炒めもの、ひき肉詰めなんて贅沢はできなかったから、醤油で煮るだけで食べ
 た。苦いような嫌な味で、なによりも下がひん曲がりそうに辛かった。
・やがて世の中が落ち着いて、大根やキュウリが復活してくると、またピーマンはかえり
 みられなくなって行く。 
・ところが、あのブームの味を忘れられないのは農家だった。なにしろピーマンは手がか
 からず、簡単に栽培できるのだ。消費者うけを狙って、臭味と辛味を抜く品種改良が行
 なわれ、下が曲がらない新種がつくり出された。
・かくていまやピーマンは、ごく普通の果菜になった。もっとも、とり立てておいしいわ
 けではないので、嫌がる子供は少なくないが。
 
・作家にはコーヒー好きが多いが、古今東西を通じておそらくもっともよく飲んだのは、
 バルザックだろう。
・夜通し書く型だった彼は、その間に飲むのが毎晩数十杯を下らなかったと伝えられてい
 る。それも、ポットで自らいれた。べらぼうに濃いのを。
・文豪の書斎をそのまま残した記念館の仕事机の上には、愛用のコーヒー・ポットがいま
 も置いてある。 
・そのバルザックの「近代興奮剤考」を読むと、彼自身コーヒーを創造の秘薬と信じてい
 たらしいふしがある。 
・また、この文章の中で彼は、つぎのような興味深い話を紹介している。 
 ロンドンでイギリス政府承認のもとに、三人の死刑囚を使って、実験が行なわれた。
 三人はまずたずねられた。「絞首刑になるか、あるいはチョコレート、コーヒー、紅茶
 のどれか一つだけを摂取して生きるか。どちらかを選らべ」
 むろん三人は、目先の絞首刑を逃れられることを喜んで、後者を選んだ。三つの飲物を
 どう割り当てるかは、くじ引きで決められた。
 チョコレートだけで生きた男は八カ月後に死んだ。コーヒーの男は二年間もちこたえた。
 紅茶で生きた男は三年後に息絶えた。
・コーヒーと女をこよなく愛したバルザックは、五十一歳で死んだ。
 
・昔の力士のほうが、身体は小さいが力は強く、技の切れ味も鋭かった。いまは太りすぎ
 で、それが原因のけがや病気が多いし、相撲の醍醐味も薄くなった。
・六十キロある米俵を、両手に一つずつ下げて庭を歩いたのは、当時十両の明治野という
 力士だった。身長七十六センチ、体重八十五キロ、大男でもなんでもない。いまならサ
 ラリーマンでもこのくらいの体格の人はいる。
・昭和三十年代ごろまではまだ、小兵だが腕力の強い力士がいた。初代横綱若乃花、いま
 の二子山親方もその一人だ。ある日稽古が終り、ひと休みしたところで、部屋の隅に飾
 られた四斗樽を指して横綱がいった。「どうだ、あれを頭の上まで持ち上げたやつに、
 一万円やるぞ」
・若い力士たちが挑戦するのだが、膝のあたりまでがせいぜいだ。すると横綱、よし、見
 てろ、と菰かぶりの縄をつかむや、一気に頭上に差し上げた。
・力士相手だと、体重二百キロでも、まわしを握って吊り上げるのはそう難しくないが、
 しかし、物体となると、その三分の一の重さでも大変で、いま四斗樽を頭上に掲げられ
 る力士はおそらくいないだろう。  
・明治四十三年、幕内力士の平均身長は百六十九センチ、体重百五キロだった。昭和十五
 年、横綱双葉山全盛のころには百七十四センチ、百八キロになる。昭和四十一年、大鵬
 柏戸時代には百八十センチ、百二十一キロ。つまり、約半世紀の間に身長は十センチ以
 上伸びたが、体重は十六キロ少々しかふえていない。筋肉質で引き締まった体格の力士
 が主流を占め、あんこ型は少なかったことがわかる。
・ところが、それから二十年後の昭和六十一年には、身長百八十二センチ、体重百四十五
 キロとなる。身長は横ばいなのに、体重は、どん、とふえてきた。小錦大乃国に代表
 される肥満型力士時代の到来だ。
・これはやはり、世間全般の食生活の反映というほかはない。力士の卵として入門してく
 る前から、カロリー一本やり、季節感のない学校給食で太ってしまっている。
・部屋のちゃんこ料理も、かつては、牛豚肉は入れなかった。「手をつくのは縁起が悪い」
 といったもので、肉は鶏だけだった。ところがこのごろは、魚は骨があるから、と嫌が
 り、牛や豚をどんどん入れる。どうしても余分な脂肪がつく。
・筋肉にも、マラソンに向き持久力を出す筋肉と、剣道や相撲に要求される瞬発力を発揮
 する筋肉とがあるという。マラソン型の筋肉の人は、いくら体重をつけても、相撲は強
 くなれない。これは遺伝なのだという。つまり素質で、体重はふえるが横綱になれない、
 というのは入る道を間違えたのだそうだ。
・また、体重がふえると動きにくく、息苦しくなるので、稽古を嫌がるようになってくる。
 そればかりか、投げられる機会が少ないと落ち方が上達せず、けがをしやすい。
・余分な脂肪がつくと、腰、膝、足首に負担がかかりすぎ、関節が重さに堪えきれなくな
 ってきて故障を起す。さらに、太りすぎは内臓疾患を招きやすい。
・力士が痩せていた時代の二大病は脚気と性病だったが、いまは脂肪肝と痛風だという。
 力士の二割は脂肪肝だ、肝臓の周りにまで脂肪がついて、肝臓の働きに負担がかかる。
 痛風は一割いる。太っているため尿酸値が高くなり、これが関節の内部に結晶となって、
 ノコギリでひくような痛みを起す。
・寄切り、押出し、に偏り、内掛けなんてめったにお目にかかれない。四つに組むとお互
 いの腹と腹がぶつかり合って、相手の足がどこにあるか見えない。これでは内掛けの飛
 ばしようがない。
・土俵際での打遣りも影をひそめ、スリルがなくなった。太りすぎて腰が自由に回らない
 のだ。
・たいした技もないのに体重だけで勝つ、という近ごろの相撲に不満の向きには、うなず
 かされることが多い話だ。

世界の人口はいま五十億。それが年率二パーセントでふえ続けている。ということは、
 三十五年で二倍の百億になる。
・増加率が二パーセントならいいが五パーセントに達するだろう。医学の発達で、ますま
 す人間が死ななくなるからだ。十五年で人口は二倍の百億に届くだろうともいわれる。
・世界の人口は、人類の誕生から二十世紀半ば近くまで、きわめて緩やかなカーブで
 しか増加してこなかった。生まれる人と死ぬ人のバランスがうまくとれていたからだ。
・ところが医学のすさまじい進歩で死ぬ人が減り、このバランスが崩れたのが、人口爆発
 の原因だ。
・といっても、いまの七十歳以上長生きする人間の割合は、日本、アメリカ、ヨーロッパ
 諸国など世界の一〇パーセントにすぎない。アフリカなどでは人生三十年だ。しかし、
  この人たちに長寿を与えるのはわけはない。医者と薬を送ればいい。 
・医学の進歩は、いずれそうした地域にも及ぶ。そうなると世界中人生七十年、八十年に
 なって、人口爆発に輪がかかるというのだ。
・十五年で倍増していくと、あと二百年ほどで世界人口は百五十兆に達する。百五十兆と
 いうのがどのくらいの人口密度かというと、地球上の全陸地一平方メートルにつき一人
 が立っているということになる。横になると周りの人にぶつからから、寝るわけにはい
 かない。たった二百年で、そういう時代が来る。
・そのような人口爆発の中で日本はどうなるかというと、これは滅亡するしかない。いま
 の日本では、夫婦の間に生まれる子供の数が二を割っている。このままでは人口が減る
 理屈だが、老人が長生きするようになったので、さしあたり向こう三十年間ぐらいはゆ
 るやかにふえて高齢化社会を迎える。そのあと人口増加は静止することになるだろう。
・そうなった国は、まっしぐらに滅びる。世界でその先端を行っているのがイギリスだ。
 日本も同じ道を歩まざるをえない。
・さて、二百年後に陸地に寝る場所もなくなるという人類の大危機をどう救うか。世界の
 頭脳と知恵を出し合って練っているのが、宇宙に人口のコロニー、人類が移住する植民
 地をつくろう、という壮大な計画だ。
・直径六キロ、長さ三十キロの茶筒型をした、宇宙に浮ぶ巨大な中空の島をつくる。この
 中に一千万人の人間が住める。ちょうど東京都の人口ぐらいだ。宇宙には無限にスペー
 スがあるから、このコロニーをどんどん並べていく。
・月や火星に移住したら、という考え方もあるが、月は狭すぎてすぐいっぱいになる。火
 星は摂氏マイナス百四十度で寒すぎるし、金星は五百度で暑すぎる。
スペース・コロニーでは、太陽エネルギーを使う。太陽光の反射鏡の開閉で、昼と夜、
 夏や冬をつくり出すことも簡単だ。  
・資源はどうするかというと、月から運んでくる。月の岩石には地球のものと同じである
 ことがわかっているから、鉄、ニッケル、酸素、水、なんでも取り出せる。月の岩石に
 は酸素がいっぱいくっつき、岩漿水も入っている。だから岩石をあぶれば空気が出るし、
  絞れば水が出てくる。
・水と空気があれば、動植物を育てて食糧を自給でき、鉄やニッケルと合わせて建築材も
 手に入る。  
・工業製品をつくって鉄道を敷き、車を走らせ、音楽を聞き、本を読み、地球上となにひ
 とつ変らず生活できる。
・ただ、すべての資源を月に頼ると、いずれ月を掘り尽くしてしまうことになるのではな
 いか、という心配はある。ただし、月を芯まで掘り尽くすのに十万年かかるから、当分
 大丈夫だという。 
・広大な宇宙空間へスペース・コロニーがさまよい出て、帰ってこられなくなるのでは、
 と気になる人もあるだろう。しかし、その心配はない。地球と月の引力がちょうど釣り
 合っていて、決してどこへも落ちて行かない場所にコロニーをつくるからだ。
・そこは、ランジュ・ポイントという。そこへは地球からスペース・シャトルで片道六十
 時間。そこに並べられるコロニーは、月と同じ角速度でいつも地球の周りを回っている。
 だから、地球へ里帰りしたくなったら、スペース・シャトルで宇宙旅行をすればいい。
・このコロニーの建設費用は、世界のGNPの〇.五ないし一パーセントを五十年間投資
 すれば、将来全人類を救うに十分なスケース・コロニーができるという。決して無茶な
 費用がかかるわけではない。
・コロニーそのものや、太陽エネルギー発電所をつくる費用は、そんなに大きくならない。
 いちばん高いのはそこへ行く運賃、つまりスペース・シャトルの費用だ。
・素晴らしい計画だ、と誰もがいう。しかし、自分で行って住もう、とはいわない。じつ
 は、技術よりも費用よりも、その点が最大の問題で、人類の意志がまとまらなければこ
 の計画は実現しない。
・二百年後、あなたの子孫はどちらを選択しているだろう。地獄と化した地球で破滅を待
 っているか、それともスペース・コロニーで極楽生活をしているだろうか。