遥かなる地球の歌 :アーサー・C・クラーク

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この作品は1986年に発行されたSF小説である。
太陽の異常活動により、太陽系が滅びることを知った人類が、自らの子孫を残すために、
遺伝子情報を搭載した自動播種船を近隣の星々に送り出した。そして、その送り先のひと
つである惑星サラッサでは、何世紀かのうちに新たな人類が理想的な社会を築き上げてい
た。一方、地球の最期を見送った恒星船マゼラン号が、事故による補給のために訪れた惑
星サラッサで出会った文明は、かつて地球から送られた人類だったという内容だ。
この太陽系が滅びるというのは、衝撃的な話であるが、まったくの空想というのではなく、
根拠のある話であるようだ。すべての恒星には寿命があると言われている。そして、その
恒星のひとつである、われわれの太陽にも当然のことながら寿命があるのだ。恒星は誕生
してから約100億年で寿命を迎えると考えられている。われわれの太陽の現在の年齢は
約46億年と考えられているから、あと約50億年で寿命を迎えることになるわけだ。
太陽は1億年に1%ずつ明るくなっていると言われており、太陽が誕生してからこれまで
に明るさが約30%増加したと推測されているようだ。そして太陽の中心部にある水素が
使い果たされると、太陽は徐々に膨張しはじめ、その大きさは、水星や火星を飲み込み、
太陽の表面が地球の近くまで迫る大きさになると考えられているのだ。近年の研究では、
今から約23億年後、地球上の生命はすべて死滅してしまうほどになるだろうと考えられ
ているようだ。もっとも、それは今までの太陽の観測結果から導き出された予測であり、
これからもいままでのように太陽が安定した状態にあるかどうかは誰にもわからない。
いずれにしても、その時が来るのが早いか遅いかはあるとしても、この作品がテーマにし
ているような太陽系最期のときは、必ず来るのである。もっとも、そのときまで人類がこ
の地球上に存続できていたらの話であるが。
近い将来、人類が確実に滅亡する日が来るということを知ったとき、われわれ人類はいっ
たい、どんな行動をおこすのだろうか。滅亡すると知ったときから滅亡するその日が来る
までにいったい何をすべきなのか。この小説は、その問題を提起している。
これは、もっと個人的なことに置き換えると、自分の死期を知った時、自分はいったい、
何をすべきなのだろうか、何を捨て何を残すべきだろうか、という問題にも似ていると私
には思えた。
この作品で、もう一つ私が衝撃的を受けた問題提起は、結局、われわれ人類、はこの宇宙
の中で”孤独な存在”なのではないのかということである。この作品では、太陽系の最期を
知った人類は、何世紀にもわたって電波による探査によって地球外知的生命体の探査が行
なわれたが、結局は、何の手掛かりも得られなかったということになっている。
現在、実際に、電波やレーザーを受信する「地球外知的生命探査(SETI)」が、米国
を中心に60年間続いている。われわれの太陽が属している天の川銀河には、太陽のよう
な恒星が、およそ1千億あると見積もられており、その中には生命が住めるような惑星は
少なくとも3億個あると、2020年10にNASA(米航空宇宙局)などが論文を発表
した。また最近では、英ノッティンガム大学のチームが、天の川銀河に少なくとも36の
知的生命体がいるという推計を発表している。しかし、1977年8月に米オハイオ州の
ビックイヤー望遠鏡が、地球由来でないと思われる怪しい信号を受信したのが唯一で、そ
の後は、世界中の望遠鏡がいくら観測しても次の信号は捉えられていない。それでも、地
球外知的生命探査の熱は冷めず、すでに故人となったイギリスの天才物理学者スティーブ
ン・ホーキング
らが立ち上げた「ブレイクスルー・リッスン」計画では、太陽系の近くに
ある100万の恒星と、100の銀河を調べる史上最大規模の探査が実行中であるようだ。
果して、この宇宙に、われわれ人類以外に知的生命は存在するのか。それとも我々人類は
宇宙で孤独なのか。このテーマについては、この作品の作者は悲観的な考えの持ち主のよ
うだったようだ。
もっとも、もし地球外生命が存在したとしても、その知的生命体と人類が直接出会うとい
うことは、非常に難しいことのように思われる。この作品に、恒星間旅行のための推進装
置として「量子ラムジェット」なるものが登場している。これはまったくの絵空事でもな
く、理論的にはそのようなアイデアはあるようだ。しかし、実現可能かと言えば、なかな
か難しそうだ。しかも、もしそれが実現できたとしても、それによって可能となる宇宙船
の最高速度は、この作品にもあるように光速の数パーセント程度の速度だろう。この作品
では、播種宇宙船が太陽系を出発してから惑星サラッサに到まで約360年を要したこと
になっいるが、もっとも近い恒星系まででも200年というような気の遠くなる年数がか
かるというでは、他の恒星系まで行くというのは、とても現実的とは思えない。


覚え書
・現実の宇宙のなかで光速を決して超えられないことは、ほとんど確実だと思える。きわ
 めて近傍の星系ですら、永遠に数十年ないし数世紀の距離を隔てていることになるだろ
 う。
・過去10年のあいだに、地球外知的生物の問題に対する科学者の態度には、顕著な(意
 外といってもよいほどの)変化が生じている。1960年代までは、この問題そのもの
 に関心が払われなかった。だが、いまやその反動が起こっている。この太陽系に生命の
 痕跡を発見するとか、われわれの巨大なアンテナなら容易に探知できるはずの恒星間電
 波 シグナルのどれかを傍受したりするのに一つも成功しなかったことから、一部の科
 学者は”おそらく、われわれは宇宙で孤独な存在なのだ・・・”と論じるようになった。
・そのあいだにも、激しい論争が続いている。誰かが名言を吐いたように、どんな答えに
 せよ、それは畏敬の念を誘うものであるだろう。この問題は、いかに説得的であれ論理
 の積み重ねによってではなくて、証拠によってのみ決着をつけるべきものである。
・私は、いっさいの論議を10年か20年だけ寛大に棚上げし、その間に電波天本学者た
 ちが空から降り注いてくる雑音の奔流を、金鉱採掘者が椀がけによって土砂を洗い流す
 ように、黙々とふるいわけてくれることを望むものである。
 
サラッサ
・それが通過したしるしは、巨人の手が天の青いドームを白墨で線を低いたように、空に
 描かれた。彼らが見守るうちにも、輝く飛行機雲は端がぼやけはじめ、拡がって一筋の
 雲になり、水平線から水平線まで雪の橋が架かったように見えた。
・そしていま、遠い雷鳴が宇宙空間の果てから轟いてきた。それは700年このかたサラ
 ッサが聞かなかった音だったが、 どんな子供にも即座にわかった。
・夕暮の暖かさにもかかわらずミリッサは身震いし、ブランドの手を求めた。彼の指がミ
 リッサの手を包み込んだが、彼はそれを、ほとんど意識していないように見えた。まだ
 裂かれた空を見つめていたのだった。
・クマールでさえ沈みがちな様子だったが、最初に口をきいたのは彼だった。
 「植民地のどれかが、われわれを発見したにちがいない」
・ブラントはゆっくりと首を横に振ったが、あまり確信はなさそうだった。
 「なんでわざわざ、そんなことをするんだ。彼らは古い地図を持っているにちがいない。
  サラッサの大部分が海だというこは知っているだろう。ここまで来ても意味はあるま
  い」  
・「科学的な興味ならどうなの?わたしたちがどうなったかを知ろうとするのは?通信リ
  ンクを修理すべきだと、私がいつもいっていたのに・・・」とミリッサが言った。
・400年前にクラーカン山が噴火したとき破壊されたイーストアイランドの巨大なパラ
 ボラアンテナを、サラッサがいつか本気で再建すべきだという点では、ほとんどの人々
 の意見が一致していた。だが、さしあたっては、もっと重要なことが、あるいは単にも
 っと楽しいことが、たくさんあったのだ。
・「恒星船を建造するのは、途方もない大事業だ。どこの植民地にせよ、そんなことをや
  るとは信じられんな。必要に迫られないかぎりは。地球のように・・・」ブラントが
  考え込みながら言った。
・もう明るい星がいくつか出ており、いましも椰子の木の上に昇ってきたのは、まぎれも
 ない<三角座>の密集した小さな集団だった。その三つの星は、ほとんど等しい明るさ
 だった。だが、この星座の南の頂点近くで、かつて遥かに明るい侵入者が、数週間だけ
 輝いたのだ。いまでは縮こまったその残骸は、まだ並みの大きさの望遠鏡で見えた。だ
 が、地球という惑星だった燃え殻が公転するところは、どんな装置を使っても見えなか
 ったのである。
・1000年以上も後世の偉大な歴史学者は、1901年から2000年までの期間を、
 ”すべてが起こった世紀”と呼んだ。その人たちは、しばしば当然の誇りをもって、この
 時代の科学が達成したことを指摘しただろう。大空の征服、原子エネルギーの解放、生
 命の基本原理の発見、エレクトロニクスと通信の革命、人工知能の端緒、そして何より
 も劇的なこととして、太陽系の探査と月への最初の着陸。
・だが、あと知恵の正確さによって歴史学者が指摘したとおり、こうした事柄のすべてを
 凌駕し、 これらをまるで無意味なものにしかねなかった発見のことについては、それ
 を耳にしただけの者さえ1000人に一人もいなかったのだ。それは、ベクレルの実験
 室で感光した写真乾板、わずか50年にして広島上空の火の玉につながることになった、
 にも劣らず、無害であり、人間の営みとはほど遠いものに思えた。それどころか、これ
 は同じ研究の副産物であり、同じように害のない形で始まった。
・ある核反応において、すべての破片を加え合わせたあとも、方程式の一辺に何かが足り
 ないように 思えたとき、物理学者たちはすこぶる途方に暮れたのである。物理学者は
 新しい粒子を創作する必要にせまられた。そして、この食い違いを説明するためには、
 それはきわめて奇妙な粒子でなければならなかった。質量も電荷も持たず、途方もない
 透過力があって、厚さ数十億キロお鉛を、これという不都合もなしに通過するのだった。
 この幽霊には「ニュートリノ」という愛称がつけられた。これほど捉えどころのない存
 在を検知できる望みはなさそうだった。だが、1956年、物理学者は壮大な計測技術
 の偉業を達成して、最初の何個かの見本を捕まえたのだった。
・世間は、全体としては知りもせず、関心も持たなかった。だが、世界の終わりお秒読み
 は開始されていたのである。 
 
・ターナの地方ネットワークは、95パーセント以上が作動可能な状態になることは決し
 てなかった。しかし一方では、どんなときであれ、85パーセント以下しか働いていな
 いということも決してなかったのである。サラッサの設備の大半と同じく、これも遠い
 昔の天才が設計したものだったから、破滅的な故障が起こることは皆無といってもよか
 った。たとえ多数の構成部分が故障したとしても、しまいに誰かが我慢できなくなって
 修理するまで、システムはなおもかなり良好に機能し続けるのだった。
・中央コンピューターによれば、いまネットワーク90パーセント使用可能という正常な
 状態の近辺にあったが、たとえ、それ以下でもウォルドロン村長は喜んで満足していた
 ことだろう。通常の会議における定数は12人である。それだけの数でさえ、生身の肉
 体を一カ所に集めるためには、ときとして過激な手段を必要とした。残り560人のタ
 ーナ住民にとっては、快適な自分の家庭からそれを眺める。そして、充分な興味を感じ
 れば投票もするほうがよかったのである。
・驚くべき速さで騒ぎが静まったところを見れば、今度ばかりは村民たちも村長の話を聞
 きたがっていることがわかった。
 「あれは確かに一種の宇宙船でしたし、私たちの上を通過したときには、もう再突入を、
 いや突入というべきでしょうね、終えていました。サラッサでは、ほかに行くべき場所
 がありませんから、おそらく遅かれ早かれ<三つの島>に戻ってくることでしょう。そ
 のまま惑星をまわっているなら、あと数時間はかかるかもしれません」
 「どこの植民地の宇宙船にせよ、サラッサの地図を持っていることは間違いありません。
  1000年も前のものかもしれません。それでも、<最初の着陸地点>は記入されて
  いるでしょう」
 「異星人などいるものですか。少なくとも、宇宙旅行ができるほどの知能があるものは
  ね。もちろん、100パーセント確実ではありませんよ。それでも地球は、ありとあ
  らゆる手段を使って、1000年も探し続けたんです」
 と村長は言った。
・「別の可能性もあるわ。私たちの祖先の遺伝子パターンをサラッサに運んできたような
 自動播種船が、またやって来たおかもしれないわ」とミリッサが言った。 
 「でも、いまさら、こんなにあとになって?」(村長)
 「最初の播種船は、光速の数パーセントに達しただけなのよ。地球は、それを改良し続
 けたわ。滅亡の瞬間まで。あとの方の宇宙船は10倍近くも早くなったから、先に出た
 宇宙船は1世紀かそこらのうつに追い越された。まだ途中に残っているのが、たくさ
 んあるにちがいないわ」(ミリッサ)
・「すると、ぼくたちは、どうすればいいんだろう?あれが別の播種宇宙船で、この土地
 に初めから植民しなおそうとしているんだとすれば、”どうもご苦労さま。でも、今日
 は間に合っているよ”と言うのかい?」とブラントが言った。
・「必要とあれば、播種宇宙船と応対できる自信はある。それに、その宇宙船のロボット
 は、 目的がすでに果たされていることを知れば、自分のプログラムを取り消せるだけ
 の知能を持っているんじゃないかね?」(シモンズ議員)
 「おそらくね。それでも、彼らの方がもっといい仕事ができると思うかもしれない。と
 もかく、地球からの生き残りであれ、植民地のどれかから来た最新型であれ、なんらか
 の種類のロボットであることは間違いないがね」
・いまターナの上空で高まっている音は、電離層からの遠い轟音 ではなくて、高速度で
 低く飛ぶジェットの突き刺すような叫喚だった。先端の丸いデルタ翼機が、いまもなお
 地球との最後の絆である神聖な場所へ目的ありげに向かいながら、星々を覆い隠すのが
 見えた。
・「わたしの車は動くんでしょうね」村長は言った。村長の車がどこかへ行くというのは、
 まったく異例のことだった。20分もあればターナの端から端まで歩いてゆけたし、地
 元での食料や設備の輸送は、小さなサンドローラーの役目だった。その車は、公用車を
 つとめていた70年のあいだに10万キロたらずしか走っておらず、事故でもないかぎ
 り、少なくとも今後1世紀は達者でいることだろう。
・サラッサ人も、たいていの悪徳は喜んで体験してきた。だが、計画的旧式化とか派手な
 消費とかは、 その中に含まれていなかったのである。その乗物が、初めての歴史的な
 旅に出発するとき、それが乗客の誰よりも高齢であることに誰も気がつかなかった。
 
・地球に対する弔鐘の最初の響きを聞いた者はいなかった。廃鉱になったコロラドの金鉱
 の地下深くで、この運命の発見をした科学者たちさえも。
・それは大胆な実験であり、20世紀半ば以前には想像もできないものだった。ニュート
 リノが発見されると、人類にとって宇宙を見る新しい窓ができたことが、即座に認識さ
 れた。まるで光がガラス板を抜けるように惑星を通過するほどの透過力の大きなものは、
 恒星の中心部をのぞき込むのに使うことができた。とくに、われわれの太陽の。
・天文学者たちには、太陽の炉にエネルギーを供給する反応を理解しているという確信が
 あった。それは、最終的には地球のすべての生命の源泉だった。太陽の中心核における
 途方もない圧力と温度のもとで、水素は大量のエネルギーを開放する一連の反応のもと
 に融合して、ヘリウムとなる。そして、不随的な副産物として、ニュートリノを放出す
 るのである。
・途中に立ちふさがる何兆トンという物質も一筋の煙ほどの障害物でしかなく、これらの
 太陽ニュートリノは生誕の地から光速で跳びだす。わずか2秒後には宇宙空間に出て、
 広大な宇宙の彼方へ拡がってゆく。それらの大部分は、いかに多くの恒星や惑星に出会
 おうとも、<時間>そのものに終わりが来たときも、依然として”固体”物質という実体
 のない亡霊に捕獲されることを免れ続けることだろう。
・太陽を離れて8分後、太陽からの奔流のごく微小部分が地球を通過する。そして、さら
 い僅少な部分が、コロラドの科学者たちに行く手を遮られた。それほど透過力の大きく
 ない放射線のすべてを濾過して、太陽の心臓部からの類まれな真正の使者を補足するた
 めに、装置が地下1キロメートル以上の深さに埋められた。人間の知識や観測がどんな
 科学者でも容易に証明できるぐらい永遠に禁じられていた場所の詳しい状態が、捕捉さ
 れたニュートリノを数えることによって研究できると期待したのである。
・実験は成功した。太陽ニュートリノが検出された。だが、その数は予想よりも遥かに少
 なかった大きな計測装置によって捕獲に成功した数は、その3倍ないし4倍あってしか
 るべきだったのだ。 
・明らかにどこか狂っており、<ニュートリノ行方不明事件>は、1970年代の科学界
 最大のスキャンダルにまでエスカレートした。装置が克明に点検され、理論が徹底的に
 検討されて、何十回となく実験が繰り返された。いつも同じ不可解な結果が出た。
・20世紀の末になると、天体物理学者は当惑するような結論を認めざるをえなくなった。
 もっとも、そのことの持つ完全な意味は、まだ誰も認識していなかったのだが。理論に
 も実験にも、おかしなところはなかった。具合のわるい点は、太陽の内部にあったのだ。
国際天文学連合(IAU)の歴史における最初の秘密会議は、2008年に開催された。
 一週間後、「太陽内反応のついての若干の覚え書」という、故意に地味な表題を付した
 IAU特別会報が、地球上のすべての政府の手に渡された。この知らせが徐々に漏れる
 につれて、<世界の終わり>の予告は、かなりの恐怖を生み出したと思うかもしれない。
 実際のところ、世間一般が見せた反応は、茫然とした沈黙であり、それから肩をすくめ
 て、通常の日常的な仕事に戻ることだった。
・人類は死刑宣告を受けたとはいえ、その執行の期日については、まだ不確定だった。少
 なくとも1000年のあいだは、太陽が爆発することはないであろう。それに、いまか
 ら40世代後のために涙を流せる者はいるだろうか?
 
・ブラント、ウォルドロン村長、シモンズ議員、それに年長の村民2人を乗せて、ターナ
 で最も立派な道路を車が出発したとき、二つの月はどちらも昇っていなかった。10分
 もしれば、<最初の着陸地点>に、そして彼らの歴史の出発点に、着くことだろう。そ
 こで何が待っているのか?一つだけ確かなことがあった。訪問者は、古代の捕手播種宇
 宙船のいまでも機能し続ける無線標識を目標にしたのだ。彼らは探すべき場所を知って
 いるから、この宇宙域にあるどこかの人間の植民地から来たにちがいない。
・「われわれは、まだ言葉が通じると思うかね?知ってのとおり、ロボット言語は急速に
 変化しているからな」とシモンズ議員は言った。
・惑星の歴史にとって二度目にすぎない外界からの宇宙船に対面するというのは、怖ろし
 い責任だった。 
・ブラントは生まれて初めて、もう少し歴史を勉強しておけばよかったと思った。もちろ
 ん、基本的な事実には、充分に通じていた。サラッサでは、どんな子供でも、それらの
 中で育つのだ。数世紀が刻々と容赦なく過ぎてゆくにつれて、天文学者たちの診断がま
 すます確実になり、予想される日付がしだいに正確になっていったことは、彼も知って
 いた。3600年(前後それぞれ75年の誤差)で、太陽は新星になるだろう。
・かつて、ある古代の哲学者は、次の朝に縛り首になることを知るほど人の心を落ち着か
 せるものはないと述べた。第三千年期を締めくくる最後の数年の間に、これと同じよう
 なことが全人類に起こった。人類がついに諦めと決意をもって真実に立ち向かった唯一
 の瞬間があったとすれば、それは2999年から3000年に変わる12月の真夜中の
 ことだった。その最初の”3”が現われるのを見た者は、”4”が絶対にないだろうと
 いうことを、忘れるわけにはいかなかったのだ。
・それでもまだ、1千年期の半分以上の時間が残っていた。それまでの祖先たちと同じく
 依然として地球で生まれて死ぬはずの30世代がやれることは、いくらでもあった。せ
 めて、種属の知識や人類の芸術的創造物を保存することはできるはずだった。
・宇宙時代の夜明けにさえ、「太陽系を離れる最初の無人探測機」は、宇宙のほかの探査
 者に出くわした場合に備えて、音楽、通信文、絵画の記録を備えていた。そして、自分
 たちの銀河系に異星の文明の徴候が探知されたことは一度もなかったが、最も悲観的な
 者でさえ、最大の望遠鏡に見えるかぎり拡がる何十億もの他の島宇宙のどこかで、知能
 が生まれているはずだと信じていた。
・何世紀にもわたって、厖大な人類の知識や文化の情報が、アンドロメダ星雲やもっと遠
 い近隣の宇宙に向けて送られた。もちろん、このシグナルが受信されたかどうか、また
 受信されたとして、それを解読できたかどうか、誰にも知るよしがなかった。だが、そ
 の動機は、多くの者が共感できるものだった。それは、何か最後の言葉を、”見ろ、私
 たちも存在していたんだ!”という何かのシグナルを残そうとする衝動だったのだ。
・紀元3000年になると、天文学者たちは、軌道にある巨大望遠鏡が、太陽から500
 光年内にある惑星系をことごとく探知したと確信した。ほぼ地球の大きさを持つ天体が
 数ダース発見され、近くのものについては概略の地図がつくられた。いくつかには、ま
 ぎれもない生命の特徴、つまり異常に酸素の比率が高い大気があった。人間がそこで生
 きられる可能性は、大きかった。そこに到達できればのことだが。
・人間は到達できなくとも、人類にはそれが可能だった。最初の播種宇宙船は原始的なも
 のだったが、それでも科学技術の限界をきわめていた。2500年までに開発されてい
 た推進システムは、凍結した胎児という貴重な積荷を運びながら、最も近い惑星系に
 200年で到達することができた。
・だが、それは最低限の仕事にすぎなかった。この人間の卵たちを蘇生させて育てあげ、
 おそらくは苛酷であろう道の環境で生き延びる手段を教えるための自動装置も、一緒に
 運ばねばならなかった。サハラ砂漠や南極のように厳しい天体に、無防備で無知な子供
 たちを置き去りにするのは無意味であり、それどころか無慈悲な行為になるだろう。彼
 らを教育し、道具を与え、その土地の資源を探し出して利用する方法を知らせなければ
 ならなかった。着陸して<母なる宇宙船>となった播種宇宙船は、それから何世代にも
 わたって子供たちを世話する必要があるかもしれなかった。
・人間ばかりでなく、完全な生物相も運ばねばならなかった。植物(それに適した土壌が
 あるかどうかは、 誰にもわからなかったのだが)、家畜、さらに通常の食料生産シス
 テムが故障して基本的な農業技術に戻らねばならないときのために、主要な昆虫や微生
 物の驚くべき範囲を包含しなければならなかった。
・データバンク、あらゆる可能な状況が処理できる”専門システム”、ロボット、修理およ
 び予備の機構、これらすべてを設計し、建造しなければならなかった。しかも、それら
 は、少なくとも独立宣言から月への最初の着陸までに等しい期間にわたって機能する必
 要があったのである。
・そんな事業が不可能に近いと思えたが、これには非常に心をそそるものがあったので、
 ほとんど人類全体が一つになって、これを達成したのだった。これは、地球が滅びたあ
 とまでも人生に何かの意味を与えるような長期目標、最後の長期目標になった。
・最初の播種宇宙船は、2553年に太陽系を出発して、太陽に最も近い双生児の天体、
 「アルファ・ケンタウリA」に向かった。地球大の惑星パサデナは、近くにいるケンタ
 ウリBの影響で、極端な条件にさらされていたが、次の可能性のある目標は、その2倍
 以上の遠さにあったのである。「シリウスX」までの旅行時間は、400年以上になる
 ことだろう。播種宇宙船が到着したときには、 もう地球は存在していないかもしれな
 かった。
・だが、パサデナ植民に成功すれ。ば吉報を送ってくるには充分な時間があった。旅に、
 200年、足場を確保して小さな送信機を建造するのに50年、そしてシグナルが地球
 まで戻るのにわずか4年。そう、うまくいけば、2800年ごろには表通りに歓声が響
 くかもしれなかった・・・。
・現実には、それは2786年のことだった。パサデナは予想を超える成功をおさめた。
 この知らせには感動的なものがあり、播種計画に新たな刺激を与えた。そのころには、
 20隻の宇宙船が送り出され、それぞれ以前のものより進歩した技術が採用されていた。
 最新型は光速の20分の1に達することができ、その航行範囲内には50個の目標があ
 った。
・パサデナの無線標識が、最初の着陸の知らせを送ってきただけで沈黙したときも、落胆
 は一時的なものにすぎなかった。一度やれたことなら、もう一度やれるし、そして何度
 もやって、成功する確率はますます大きくなるのだ。
・2700年になると、冷凍胎児という幼稚な技術は放棄された。自然がDNA分子のラ
 セン構造として符号化した遺伝情報は、いまでは究極のコンピューターの記憶装置に、
 もっと容易に、安全に、それどころか圧縮した形で貯えることができたから、100万
 の遺伝型を通常の1000人乗りの旅客機ほどの大きさの播種宇宙船で運ぶことができ
 た。新しい文明を建設するために必要なあらゆる再生設備を備えた、一つの国家に相当
 する診5出生の人口が、数百立方メートルの中に納まって星々へ運ばれた。
・それが、700年前にサラッサに起こったことであるのを、ブラントは知っていた。道
 路が丘を登るにつれて、彼自身の祖先を創造するための素材を求めた最初の自動掘削機
 が残した傷痕のいくつかを、早くも通過していた。もうすぐ、とうの昔に放棄された化
 学処理工場が見えてきた。
・ロボットが敵意を持つというこことは、ありうるだろうか?まさか外来者が、知識と友
 情のほかにサラッサで欲しがるものがあろうとは、とても考えられないが・・・。
・あれが一種の飛行機であることは間違いない。もちろん、播種宇宙船には翼もないし、
 流線形でもない。それに、非常に小さかった」とシモンズ議員は言った。
・「あの光をごらんなさい。あれは<地球公園>から来ています。当然予想される場所で
 す」とブラントは言った。
・<地球公園>とは、<最初の着陸点>の東側にある、よく手入れされた楕円形の芝生だ
 ったが、この惑星で最も古く最も尊重されている記念碑<母なる宇宙船>の黒くそびえ
 立つ円柱の向こう側に、いまは隠されていた。車は宇宙船の巨大な影の中に停止した。
 彼らは物音も立てずに車から出ると、宇宙船のところまで歩いていった。
・シモンズ議員のいったとおりだった。確かに一種の飛行機だ。それとも宇宙航空機かな。
 それにしても、非常に小さなものだ。全体としては、ほっとするほど、いや、がっかり
 するほど、平凡な機体だった。これで最も近い既知の植民地まで十数光年の旅ができる
 とは、とても考えられないものだった。
・ブランドの夜目がきくようになると、機体の前部に窓があって、内部から照明でかすか
 に光っているのが見えた。なんだ、そうだとばかり思っていた無人機じゃなくて、人間
 がいる乗物じゃないか!
・2000年近く前に、月に降りた最初の人類が発した言葉は、なんだっけ?”小さな一
 歩・・・”か。彼らが20歩ほど進んだとき、機体の横のドアが開いて、折りたたんだ
 タラップがすばやく降り、2人のヒューマノイドが進み出てきた。というのが、ブラン
 トの最初の印象だった。それから、彼らを頭から足の先まで覆う柔軟で透明な膜を通し
 て見える部分に惑わされたのだと気がついた。彼らはヒューマノイドではない。人間だ
 った。
・訪問者たちは笑みを浮かべて、2人のうち年輩のほうが、60歳代も末の、顔立ちのよ
 い白髪の男だった。 
・「どこから来られたのですか?申し訳ありませんが、宇宙アンテナが破壊されて以来、
 そのう、ご近所とは接触が絶えているものですから」と村長は言った。
・「あなたがたには、とても信じられないかもしれませんが、われわれは、どこの植民地
 から来たのでもありません。われわれは地球からまっすぐに来たのです」とその年輩の
 男が答えた。

マゼラン号
・目を開かないうちから、ここがどこかは知っていたが、そのことがローレンにとっては
 非常な驚きだった。200年を眠り続けた後では、いくらか混乱をきたすのが当然と思
 えるのだが、宇宙船の名簿に最終的な記入をしたのは、つい昨日のことのようだった。
・サーダー・ベイ船長は、目覚めさせられたばかりの15人の男女を歓迎し、当面のA班
 とB班を構成している30人に引き合わせた。船内規則によれば、C班は眠っているは
 ずだった。
・「惑星を見て、われわれの宇宙船が任務計画の最初の200年を、重大な支障もなく遂
 行したことを知るのは、嬉しい。いまわれわれは、予定どおりサラッサにいる」と船長
 は言った。
・おそらく、この部屋にいる誰もが、太平洋の上空から見た、ほとんどが水に覆われ、数
 個の孤立した陸塊があるだけの、地球に、胸の痛むほど似ているのを意識したことだろ
 う。一度も見たことがなく、もはや存在してもいないハワイを連想した。だが、この2
 つの惑星のあいだには、本質的な違いが一つあった。地球の向こう側お半球は大部分が
 陸地だった。サラッサの向こう側の半球はことごとく海なのである。
・サラッサは、2751年に地球を出発し、3109年に到着したマーク3A型5万ユニ
 ット・モジュールによって播種されたことを、諸君は覚えているだろう。万事は順調に
 推移して、160年後には最初の通信が受信された。それは2世紀近くにわたって間欠
 的に継続し、火山の大爆発を報告した短い通信の後で、突如として中断した。それ以後
 は何も消息がなく、サラッサにおけるわれわれの植民地は滅亡した、少なくとも、ほか
 のいくつかの事例に起こったと見られるように、未開状態に陥った、ものと推測された。
・この惑星系に入ったとき、当然のことながら、あらゆる周波数帯域での通信に耳をすま
 せた。何も聞こえなかった。動力システムから漏れてくる放射線さえもだ。さらに近づ
 いたとき、これが何事も証明していないことに気がついた。サラッサにはきわめて密度
 の高い電離層がある。その下に無数の中波や短波がひしめいていても、外側にいる者に
 はわからないのだ。もちろん、マイクロ波は突き抜けてくるが、彼らがマイクロ波を必
 要としないのか、あるいはわれわれがそのビームを傍受できるほど幸運でなかったのか
 もしれない。
・ともかく、あの下界には、充分に発展した文明がある。夜の側での展望が得られた途端、
 彼らの都市、少なくとも町、の灯火を見た。多数の小工業、若干の沿岸交通、大きな船
 はない。 として500キロもの速度で飛ぶ飛行機さえ何機か見つけたが、あの速度で
 なら、どこへでも15分で着けるだろう。
・明らかに、この密集した共同社会では、多くの空中輸送機関を必要としないし、発達し
 た道路網もある。だが、通信については、現在まで探知することができずにいる。また、
 人工衛星もない。必要なはずの気象衛星さえもないのだ。
・「彼らは、われわれがいることを知っているでしょうか?」
 「おそらく知るまい」
 「しかし、われわれの駆動装置は、彼らは、あれを見たはずですよ」
 これはもっともな質問だった。出力全開にした「量子ラムジェット」は、かつて人間の
 つくりだした最も劇的な景観の一つなのである。それには原子爆弾ほどの明るさがあり、
 しかもずっと長く継続した。
・「ある昔の探検家が同僚の一人に与えた忠告を思い出した。原住民が友好的だと想定す
 れば、 たいていはそのとおりになる。そして、その逆も真である、とね」船長の表情
 は硬くなり、その声は、巨大な宇宙船を50光年の宇宙空間を越えてつれてきた司令官
 のものになった。
・だれにも忘れることのできない、そして時間の終わりまで人類につきまとう光景を、ロ
 ーレン・ローレンスン少佐は目撃したのだった。宇宙船の望遠鏡を通じて太陽系の死を
 見守ったのだ。火星の火山が、10億年のこのかた初めて噴火するのを、この目で見た
 のだ。金星は、その本体が焼きつくされる前に、大気が宇宙空間に吹き飛ばされて、束
 の間だけ露出された。ガス巨星は、爆発して白熱の火の玉になった。だが、これらは地
 球の悲劇に比べれば、空虚で無意味な光景に過ぎなかった。
・その地球の悲劇も、カメラのレンズを通して見守った。大ピラミッドが鋭い赤色に輝き、
 崩れおちて、溶融した石の池になる。大西洋の海底が焼けて、瞬時に岩のように硬くな
 った後、中央海嶺の火口から噴出する溶岩の下に再び埋まってゆく。ブラジルの炎上す
 る森林の上に月が昇るが、いまや月そのものが、つい数分前にあった最後の日没の太陽
 に近い明るさで輝いている。長らく埋葬されていた後で、厚さ数キロの古代の氷が焼き
 払われ、短時間だけ姿を現した南極大陸。
・その最後の世紀にあって、地球は亡霊につきまとわれていた。死者の亡霊ではなく、い
 まや決して生まれることのない者たちの亡霊に。出生率は500年間にわたって、終末
 が来たとき人類の人口が数百万に減少しているはずのレベルに抑えられてきた。歴史の
 幕切れを迎えて人類は、互いに寄り添い、都市全体が、国家さえもが、見捨てられた。
・それは奇妙なパラドックスの時代、絶望と熱狂的な興奮とのあいだを激しく揺れ動いた
 時代だった。 もちろん多くの者は、麻薬、セックス、危険なスポーツ、慎重にモニタ
 ーされ合意された武器で戦う事実上のミニ戦争を含む、というお定まりの路線の中に忘
 却を求めた。
・もはやこの惑星の未来を顧慮すべき理由は少しもなかったから、地球の資源や長い年代
 に蓄積された富を、良心に恥じることなく浪費することもできた。彼らは、自分たちの
 ことを皮肉をこめて、<最後の日々の貴族たち>と呼んだ。
・しかし、無数の者が忘却を求めはしたが、それ以上に多くの者たちは、一部の人々がい
 つもそうしてきたように、 自分自身の生涯を超えた目標に向かって働くことに満足感
 を見出した。いまでは自由に使える莫大な資源を利用して、多くの科学的研究が続行さ
 れた。三つの研究主題が支配的なものになった。
 第一は、絶え間ない太陽の監視だった。爆発の瞬間を正確に予測するためだった。
 第二は、数世紀におよぶ失敗のあと放置されていた地球外知的生物の探索であり、それ
 はいまや必死の切迫感をもって再開された。そして、最後になっても、それまで以上に
 大きな成功はおさめなかった。人類を挙げての探求に対して、宇宙はなおも曖昧な返答
 しか与えなかったのである。
 そして第三は、もちろん、太陽の死で人類が滅びないことを願っての、近隣の星々への
 播種計画だった。最終世紀の開始までに、絶えず速度と性能の向上していた播種宇宙船
 が、50個以上の目標に向かって送られた。予期されたように、その大部分は失敗だっ
 たが、10隻は少なくとも部分的な成功の知らせを送信してきた。後代の進歩した新型
 宇宙船に対しては、それらが遠い目的地には地球の存在しなくなったずっと後まで到達
 しないにもかかわらず、いっそう大きな期待がかけられていた。送り出されるべき最終
 のものは、光速の20分の1で航行し、万事が順調にゆけば、950年で惑星到着を果
 たすはずだった。
・数々の理論的研究が行われたが、一番近い恒星までの友人宇宙飛行を可能にしそうな方
 法でさえ、提起することはできなかった。そういう旅が1世紀を要するかもしれないと
 いうことは、何も決定的な要素ではなかった。そういう問題は「人工冬眠」で解決でき
 たルイ・パスツール人工衛星病院では、アガゲザルが1000年近くにわたって眠り続
 けならが、いまでも完全に正常な脳の活動を示していた。人間に同じことができないと
 考える理由はなかった。
・生物学的な問題は解決していた。解決不可能に思えたのは工学技術的な問題だった。眠
 っている数千の乗客と、別の天体での新生活に必要ないっさいのものを運ぶ宇宙船は、
 かつて地球の海を制覇した巨大な遠洋定期船ほども大きくなければならないだろう。そ
 ういう宇宙船を、小惑星帯の豊富な資源を利用して、火星の軌道の外側で建造するのは、
 わけのないことだろう。しかし、その宇宙船を、現実的な時間内に星々に到達せられる
 ようなエンジンを考案することは、不可能だったのである。光速の10分の1をもって
 しても、最も可能性のある目標のすべては、500年以上の距離にあった。
・これはロケットの本質的な問題だった。そして、宇宙空間での推進について、これに代
 わる方法は、誰にも発見できなかった。速度を減らすのは、速度を獲得するのに劣らず
 困難であって、減速に必要な推進剤を運ぶことになれば、任務の困難さは倍加どころか、
 自乗されるのだった。確かに、光速の10分の1に達する完全装備の人工冬眠船を建造
 することはできる。それには、推進剤として、やや変わった元素を、およそ100万ト
 ンほど必要とするだろう。困難ではあるが、不可能ではない。だが、旅の終わりで速度
 を減らすためには、100万トンで出発するわけにはいかない。100万×100万ト
 ンという途方もない量の推進剤を必要とするのである。もちろん、これはまるで問題外
 のことだったから、数世紀というもの、これを真剣に検討する者は誰もいなかった。と
 ころが、このとき、歴史の最大の皮肉として、人類は宇宙への鍵を与えられたのである。
 それが利用できる時間は、あと1世紀たらずしかなったのだが。
・20世紀の科学者が耐え忍ばねばならなかった、あらゆる心理的打撃のうちでも、おそ
 らく最も痛烈で予想外だったのは、 ”空虚な”空間が何にもまして充満しているという
 発見だったろう。
・空間には素朴な直感が示唆する以上のものが存在することは、1947年のラムとレザ
 フォードの古典的研究によって、初めて明らかにされた。最も単純な原子、水素原子を
 研究していた彼らは、単独の電子が原子核をまわっているときに、きわめて奇妙なこと
 がおこるのを発見した。理解に苦しむ概念ではあったが、真空そのものに揺らぎがある
 のだった。いっさいの事象は、実は日常生活で感知されないほど小さな不連続の跳躍や
 変動の形で起こっていた。プランクの量子論が、光や姉るぎーでさえ連続的な流れでは
 なく、小さな塊として行動していると証明した。究極的に分析すれば、自然の世界は粒
 状で不連続なものだった。
・その一世代前には、新たに発見された原子核のエネルギーを解放するというアイデアに
 ついても、同じことだった。それでも、半世紀もたたないうちに、それは実現した。空
 間そのもののエネルギーを具現する”量子揺動”を利用することは、それよりも桁違いに
 困難な仕事だったが、報いはそれだけに大きかった。まず第一に、これは人類に宇宙の
 自由を与えた。もはや燃料は不必要だったから、宇宙船は文字どおり永遠に加速を続け
 ることができた。速度に対する唯一の現実的な制約といえば、逆説的にも、初期の飛行
 機が切りぬけねばならなかったもの、周囲の媒体による摩擦だった。恒星間空間には、
 かなりの量の水素その他の原子が含まれており、光速度によって設定された究極の速度
 に到達する遥か以前に、障害を引き起こす可能性があった。
・量子駆動は、2500年以降のいつ開発されても不思議ではなかったし、それによって
 人類の歴史は一変していたことだろう。残念ながら、科学の進歩の曲折の中で何度も起
 こったように、不完全な観測や誤った理論が、最終的な大飛躍を1000年近く遅らせ
 たのだった。 
・終末のわずか150年前、無重量研究衛星ラグランジュ1号にいた物理学者の1グルー
 プが、ついにその証拠を発見した。

サウスアイランド
・この1台の小さな乗物で来た2人の男は、明らかに先発隊にすぎない。頭上の軌道には
 数千人が、数百万人さえもが、いるのかもしれない。ところが、サラッサの人口は、厳
 重な規制のもとで、すでに生態学的な最大限の90パーセント以内に達していた。
・村長の悪名高い好色な目は、モーセ・カルドアに長く留まってはいなかった。見たとこ
 ろ彼は 60歳代も終わりのほうであって、自分には少し年寄りすぎた。若い男のほう
 がずっと彼女の好みだが、あの嫌らしい青白さにすっかり慣れることがあるだろうかと
 思った。
・ウォルドロン村長は、男についても女についても見る目は確かだったから、たちまちロ
 ーレンスンを区分けしてしまった。この男は知能、決断力、おそらく無慈悲さまで持っ
 ている。敵にしたくはないが、友達になったら興味深いことは確かだ。
・ブラントの発した最初の質問は、予期したとおりだった。
 「推進装置には何を使っているんだね?あのジェット孔は途方もなく小さな、あれがジ
 ェット孔だとすればだが」 
 それはきわめて鋭い質問だった。これらの人たちは、見かけのような技術的未開人では
 なかった。
 「これは、空気を作動流体に利用して大気圏飛行向きに改造した低速用量子ラムジェッ
  トだ。だから、もちろん、大気中でも宇宙空間でも無限の飛行距離がある」
  とローレンは答えた。
・「ここは陸地面積に関するかぎり、異常に狭い世界です。あなたの宇宙船に、どれだけ
 の人数が乗っているとおっしゃいましたか?」(村長)
 「サラッサは美しい土地ですが、ここへ降りてくる者はごくわずかでしょう。心配なさ
 る必要は少しもありません。万事が順調であれば、1年ないし2年のうちに、われわれ
 はまた出発いたします。同時に、これは儀礼的訪問ではありません。もともと、ここに
 人がいるとは予想しなかったのですから!それにしても、恒星船は、よほどの理由がな
 いかぎり、光速の半分におよぶ減速などはしないものです。あなたがたは、われわれに
 必要な者を持っておられるし、われわれには、あなたがたにさしあげるものがあるので
 す」(船長)
 「それが何かを、うかがえますか?」(村長)
 「われわれからは、受取っていただけるものなら、人類の最後の数世紀に芸術と科学で
 す」(船長)
 「わたしどもがその代わりに提供できるというのはいったいなんでしょうか?」(村長)
 「われわれがサラッサからいただきたのは、10万トンの水です。あるいは、もっと正
 確にいえば、氷なのです」(船長)
・サラッサの大統領は、まだこの職についてからわずか2カ月で、依然として自分の不運
 に甘んじてはいなかった。だが、任期の3年間にわたって、この逆境に善処する以外に
 は、 どうすることもできなかったのである。1000桁の数字をでたらめにつくって、
 それを混ぜあわせる選出プログラムは、人類の創意が考案することのできた純然たる偶
 然に最も近いものだった。
・大統領官邸にひきずり込まれる危険を免れるのに有効な方法は5つあった。30歳以下
 か、70歳以上の年齢であればいい。治癒不可能の病気であってもいい。精神に欠陥が
 あってもいいし、重罪をおかしてもいい。
・それでも、自分がこうむる個人的な不自由にもかかわらず、これが人類の発明した最善
 な政府の形態なのかもしれないことは、認めざるをえなかった。母なる惑星は、試行と
 多数の怖るべき錯誤を通じてこれを完成するために、1万年ほどを要したのだった。
・成人の全人口が知的能力の限度まで教育されるとすぐ、掛値なしの民主主義が可能にな
 った。最終段階としては、中央コンピューターに接続した即時的な個人通話の発達が必
 要だった。歴史家によれば、地球上に初めて真の民主主義を確立したのはニュージーラ
 ンドという国で、2011(地球)年のことだった。
・「宇宙船はほぼ円筒形をしているのですが、長さ4キロ、直径1キロです。われわれの
 推進方式は 、空間そのもののエネルギーを取り出しますので、光速に達するまで、理
 論的にはスピードの制約はありません。しかし実際には、そのスピードの5分の1で困
 難にぶつかるのですが、それは、恒星間の塵やガスのためです。いかに希薄であろうと
 も、この中を物体が毎秒6万キロ以上の速さで動けば、驚くほどの量の物質に衝突しま
 す。しかも、この速度なら、単独の水素原子でも、かなりの損害を与えられるのです。
 それでマゼラン号は、最初の原始的な宇宙船と同じように、前方に融除防御壁を備えて
 います。充分な量が使えるかぎり、どんな物質でもかまいません。そして、恒星間の零
 度に近い温度では、氷より優れたものを見つけるのは困難なのです。低廉で、容易に加
 工でき、驚くほど頑丈です!この先の丸い円錐は、われわれが200年前に太陽系を出
 発したときの、わが小さな氷山の姿でした。ところが、いまの姿はこうです」
 宇宙船には変化がなかったが、その前に浮かぶ円錐は、縮まって薄い円板になっていた。
・「あと10光年は、まだ大丈夫ですが、それでは充分ではありません。われわれの最終
 的な目的地は、75光年先のセーガンUなのです。星々への道を進むときに前方で露払
 いの役をする新しい氷を、軌道の上で建造しなければなりません」(船長)
・「施設の設計は事実上できあがっており、最終的に選ぶ用地に適合するように、若干の
 手直しが必要なだけです。主要な構成部分の大半は、すぐ生産にとりかかれます。どれ
 も、ポンプ、冷凍システム、熱交換機、クレーンといった、すこぶる簡単なもので、ま
 ったく旧式な第二千年期の技術です!いっさいが円滑に進行すれば、90日で最初の氷
 ができるはずです。それぞれ600トンの重さを持つ、基準の大きさのブロックをつく
 る予定です。平らな六角形の板状で、誰かがスノーフレイクと命名しましたが、どうや
 らその名前が定着したようです。生産が開始されれば、1日に1個ずつのスノーフレイ
 クを引き揚げます。それらを軌道で組み立て、調整して、防御壁を建造します。最初の
 引き揚げから、最終的な構造上のテストまで、250日を要する予定です。それで、出
 発の準備は整います」(マリーナ副船長)
・忙しくはあったが、概して気持ちのいい期間だった。本当の困難といえるのは、医療問
 題だけだった。 あらゆる予防措置にもかかわらず、隔離を解除したのが早すぎて、サ
 ラッサ人の約20パーセントが、何らかのウイルスに感染してしまった。ますます気が
 とがめるのは、われわれの誰一人として、これという病状を示さなかったことだ。幸い
 にも死者は出なかったが、それをあまり地元の医師たちの功績にするわけにはいかない
 ようだ。ここででは、医学は絶対的に遅れている。あまりにも自動システムに頼りきり
 になったので、例外的なことには対処できなくなっているのだ。だが、われわれは許し
 てもらった。サラッサ陣1は、実にお人好しで、のんきである。この惑星は、彼らにと
 って途方もなく幸運だった。ことによると、幸運すぎたかもしれない。ここと比較すれ
 ば、セーガンUは、ますます荒涼たるものに思える。
・彼らの唯一の不利な条件は土地が狭いことであり、賢明にも維持できる最大限いかに人
 口を保ってきた。それを超える誘惑に駆られるようなことがあれば、地球の都市のスラ
 ムの記録を怖るべき警告とすべきだ。
・われわれは、彼らの惑星にとって予期しない客だった。幸いにも、歓迎されない客では
 なかったが。そして彼らは、彼ら自身の祖先の天体から来た最後の使者であるマゼラン
 号が、大気圏のすぐ外の軌道にいることを、決して忘れられないのだ。
・わたしは、改めて<最初の着陸地点>、彼らの誕生の地、を訪れて、サラッサ人なら誰
 でも、少なくとも一生に一度は行なう見学をやった。そこは博物館と聖地を兼ねたもの
 であって、全惑星で”神聖”という言葉がかすかにでも適用できる唯一の場所だ。
 700年のあいだに何も変わっていない。播種宇宙船は、いまは空虚な脱け殻にすぎな
 いが、たったいま着陸したばかりのように見える。その周囲をすっかり取り巻いている
 のは無言の機械たちだ。ロボットの案内員がついた掘削機、建設機械、化学処理工場。
 それに、もちろん、第一世代の保育所と学校だ。
・そうした最初の数十年間の記録はほとんどない。それは意識的なのかもしれない。計画
 者たちのあらゆる技能や予防措置にもかかわらず、生物学的事故が起こって、それを取
 消しプログラムが容赦なく除去したにちがいない。有機的な両親を持たない者たちが、
 それを持つ者たちと交代する時期は、心理的な悪夢に満ちていたにちがいない。
・サラッサ植民地のための記録保管所を準備した者たちは、不可能に近い仕事に成功した
 ようだ。 彼らは1万年にわたる歴史や文学を追放し、その結果は彼らの努力を正当化
 した。われわれは、失われたものを補充するのに際して、よほど気をくばる必要がある
 だろう。それがいかに美しく、いかに感動的な芸術作品であろうともだ。
・サラッサ人は、死んだ宗教の腐敗した産物によって毒されておらず、700年のあいだ
 に、 新しい信仰を説教する預言者は現われなかった。”神”という言葉そのものが、
 彼らの言語から消えかかっており、われわれが何かの拍子にそれを口にすると、彼らは
 非常にびっくりするのだ。
・人間の行動のうち遺伝子によって決定されるのは約15パーセントにすぎないことは知
 っている。だが、その部分はきわめて重要なのだ。確かにサラッサ人は、羨望、偏狭、
 嫉妬、怒りといった不愉快な特性が、異常に欠如しているように見える。これがすべて
 文化的な条件づけの結果なのだろうか?
・ミリッサ・リオニダスは、非常に年をとってからも、最初にローレンを見た瞬間を正確
 に思い出せた。そんなことは、ほかの誰に対しても、ブラントに対してさえ、なかった
 のだ。それは物珍しさとは無関係だった。ローレンに出くわす前にも何人かの地球人と
 会っていたが、彼らからは特別な印象を受けなかったのだ。だが、ローレンは、そうで
 はなかった。彼の肌は絶対に日焼けをせず、その驚くべき髪は、むしろ、ますます銀色
 になった。二人の目が合ったのが、それは一瞬だけだった。ミリッサは、それから何歩
 か進んだ。そのとき、自覚された自分の意志ではなしに急に立ち止まると、肩越しに振
 り返って、訪問者が自分を凝視しているのを見たのだった。そのときには、双方とも、
 自分の人生が決定的に変わったことを悟っていた。
・ブラントの前には少なからぬ数の男を知っていたが、二人がいっしょになってからは、
 ほかの誰に対してもまったく無関心だった。それが、どうしていま、不意に興味を持つ
 ようになったのか?
・彼女は誠実で理性的であることに誇りを持っていた。感情に流される女を、男も、軽蔑
 していた。
・地球の都市を現実に歩きまわり、太陽系の最後の数時間を目撃し、いまは新しい太陽へ
 の途上にある者と話せるということは、彼女が夢にも思わなかったような、すばらしい
 ことだった。そのことは、ブラントといっしょにいて幸福ではあっても、心の底でサラ
 ッサの生活の平穏さに不満があることを、改めて意識させたのである。それとも、これ
 は単なる満足で、真の幸福ではないのだろうか?本当のところ、自分は何を望んでいる
 のか?星々から来たこの異邦人からそれが得られるかどうか、彼女はわからなかったが、
 彼らが永遠にサラッサを去る前に試してみるつもりだった。
・テラ・ノヴァ、これほど地球を思い出させる名前は、居住地としては不適切であり、そ
 の責任を認める者は誰もいなかった。だが、<ベースキャンプ>と呼ぶよりはいくらか
 魅力があったから、それはたちまち受け入れられたのだった。ブレハブの小屋の集合体
 は、驚くべきスピードで、文字どおり一夜にして、にょきにょきと建ち並んだ。ターナ
 にとって、地球人が、というよりは地球のロボットが、実際に活動するのを見たのはこ
 れが初めてであり、村民たちは強烈な印象を受けた。すばらしい多目的可動建設機械が
 一つあって、目もとまらぬスピードで作業し、その動きを追うこともしばしば不可能だ
 った。
・一週間目の終わりになると、テラ・ノヴァは、大気圏の外側の軌道にいる巨大な宇宙船
 の縮図として完全に機能していた。100人の班員のために必要な生命維持システムと
 同時に、図書館、体育場、水泳プール、劇場を備えた、簡素であるが居心地のいい宿泊
 設備があった。サラッサ人はこれらの施設を称賛し、すぐさま全面的に利用しはじめた。
 その結果、テラ・ノヴァの人口は、公称の100人の少なくとも2倍が普通になった。
・サラッサ人は飽くなき好奇心の塊りであり、プライバシーという概念は彼らに存在しな
 かった。 
・クマール・リオニダスの18歳の人生を曇らせてきた悲劇といえば、一つあるだけだっ
 た。心の底からの願いより常に10センチ低い背丈になる運命にあったのだ。クマール
 が、ターナの女の子の全部および男の子の半分と性的な交渉があるという妬ましげな噂
 は、とんでもない誇張ではあったが、これにはかなりの真実も含まれていた。クマー
 ルの主たる欠点は、大胆な性格と、ときには危険な悪ふざけが好きなことだった。
・どんな人間社会であれ、きわめて開明的でのんきだとはいっても、嫉妬や何らかの形で
 の性的所有欲から完全に解放されていると信じるのは困難だった。ローレンがミリッサ
 とは100語を話したかどうか、怪しいものだった。その大部分は、彼女が夫といっし
 ょにいるときだった。いや訂正する、サラッサでは、夫や妻という用語は、最初の子供
 が誕生するまで使用されなかった。
・サラッサでは、幼児死亡率はきわめて低いので、安定した人口は多胎出産で充分に維持
 されていた。
・よほど慎重に立ちまわる必要があるぞ、とローレンは思った。ミリッサが自分に魅力を
 感じているのは知っていた。それは表情や口調から読み取れた。偶然に手が触れたり、
 体が軽くぶつかったとき、それが必要以上に持続したのは、もっと強力な証拠だった。
 それがもう時間の問題であることは、二人とも知っていた。また、それをブラントも知
 っていることは、間違いなかった。
・ミリッサは島の人里離れた抜け道を案内すると申し出た。この世には自分たち二人しか
 いないとさえ思えそうなのに、村から5キロと離れていないはずだった。確かに、それ
 以上の距離を走ってはいたが、狭い自転車道は、いちばん眺めのいいコースをとるよう
 に設計されており、それはいちばん長い行程でもあったのだ。ローレンは、コムセット
 についた位置探知装置で、即座に自分の居場所を知ることもできたが、そんなことは試
 みなかった。迷子になった振りをするのも楽しいものだった。
・ミリッサは、彼がコムセットを置いてこないのが不満だった。「どうしてそんなものを
 持ち歩くの?」彼女は、相手の左腕にある、制御ボタンだらけのバンドを指しながらい
 った。「宇宙船の規律は非常に厳しいんだ」とローレンは答えた。
・1000年以上にわたって、たいていの地球人がそうであったように、コムセットを持
 たないくらいなら、ローレンは裸でいる方がましだったろう。地球の歴史には、不注意
 または向こう見ずな人間が、しばしま安全な場所から数メートル以内にいながら、赤い
 緊急ボダンまで行き着けなくて死んだという恐怖物語が満ち満ちていた。
・多くの時間は少しも口をきかずに走り、ミリッサが何か変わった木や特に美しい地点を
 教えるために静寂を破るだけだった。静寂そのものが、生まれてこのかたローレンが体
 験したことのないものだった。地球では、いつも音に囲まれていた。
・道路は丘へとのぼりはじめ、これまで意識しなかった腿やふくらはぎの筋肉が、ローレ
 ンの注意をうながしはじめていた。ちょっと補助動力があればいいのだが、ミリッサは
 電動型のものを軟弱すぎるという理由で一蹴したのだった。彼女は少しもスピードを緩
 めないから、 ローレンは深く息を吸って、遅れないようにするほかはなかった。
・彼らが再び自転車に乗ったとたん、ローレンが大声で叫んだ。「クラーカン、ちくしょ
 う!」「どうしたの?」「どうしたの?」「脚がつった」ローレンはひきつれたふくら
 はぎの筋肉を握りしめて、歯をくいしばりながらつぶやいた。「わたしにまかせて」ミ
 リッサは、心配しながらも自信のある声で言った。いくらか素人くさいが快い彼女の介
 抱で、痙攣は徐々に収まっていった。「ありがとう」しばらくしてから、ローレンが言
 った。「ずっと快くなったよ。でも、やけないでおくれ」「やめると思っているの?」
 と彼女はささやいた。やがて、二つの世界の間にあって、二人は一つになったのである。
 
クラーカン
・「このセーガンUは、直径は地球よりちょっと大きい1万5千キロです。密度の高い大
 気圏。ほとんど窒素です。そして酸素はありません、幸いにも」と元月面天文台の元台
 長だったシュクローフスキーが話した。この”幸いにも”は、いつもみんなに聞き耳を立
 てさせた。聴衆は、はっとして座りなおすのだった。「驚かれるのは、もっともです。
 たいていの人間は、呼吸のできる方が有利だという先入見を持っています。しかし、
 <大移住>に先立つ数十年間に、わたしたちの宇宙観を変えさせるような多くのことが
 おこりました。ほかの生き物が、過去と現在を問わず、太陽系にいないこと、また16
 世紀にわたる努力にもかかわらず地球外文明探査計画が失敗にしたことから、宇宙のほ
 かの場所では生命がきわめて稀であって、したがって非常に貴重な存在であるにちがい
 ないと、大多数の者が確信したのです。そこで、当然の帰結として、あらゆる生命形態
 は尊重する価値があり、大切にすべきだということになりました。<最後の日々>のあ
 いだ、”生命の尊重”は非常に人気のある標語になり、それを人間の生命だけに適用す
 る者は、ほとんどおりませんでした。いったん生物学的不干渉の原則が受け入れられる
 と、それは一定の実際的な結果を生みました。知能を持つ生き物のいる惑星には消して
 植民を企てるべきではないということで、早くから意見が一致していました。しかし、
 この論点は、さらに推し進められました。動物が出現したばかりの惑星を発見したとし
 ましょう。われわれは、わきへ寄って、いまから100万年後に知能が生じるかもしれ
 ないという可能性のために、進化の成り行きにまかせるべきでしょうか?さらに、それ
 以前にさかのぼって、植物だけだったら?単細胞の微生物だけだったら?惑星の大気に
 数パーセント以上に酸素があることは、そこに生命が存在する決定的な証拠なのです。
 ですから、<超法律>の原則にしたがって、酸素の存在する惑星は立ち入り禁止になり
 ました。率直にいって、量子駆動が本質的に無制限の到達距離、そして動力、をわたし
 たちに与えなかったとしたら、これほど思い切った決定がくだされたかどうかは疑問で
 す。ここで、わたしたちがセーガンUに達したときの行動計画を、お話しましょう、地
 表50パーセント以上は、推定3キロ平均の厚さの氷に覆われています。わたしたちの
 必要とする酸素は、これで充分です!最終的な軌道が確定すると、マゼラン号は、出力
 を桁違いに低下させた量子駆動を使って、これをトーチランプとして利用します。それ
 は氷を焼き払い、同時に水蒸気を酸素と水素に分解するのです。セーガンUには、わず
 か20年で酸素10パーセントの大気ができるでしょうが、酸化窒素そのほかの毒物が
 充満していて、呼吸することはできますまい。そのころには、特別に開発したバクテリ
 アを、あるいは反応促進のための植物さえも投下しはじめます。それでも、まだ惑星
 は、あまりにも低温なままでいるでしょう。そこで、おそらくは最終的に、量子駆動が
 使われることになります。全生涯を宇宙空間で過ごしてきたマゼラン号が、とうとう惑
 星の表面に降下するのです。それから、適当な時刻に毎日15分ほど駆動装置を作動さ
 せ、宇宙船の船体が、またそれが乗っている基岩が耐えられるかぎりでの最大出力にし
 ます。惑星の速度を遅らせて、穏やかな気候になるまで太陽に近づけるのに、第一近似
 として30年の作業が必要と思います。それに、軌道を円形にするために、さらに25
 年は駆動し続けねばならないでしょう。こうして、地球よりも大きく、約40パーセン
 トが海洋で、平均温度が25度という処女惑星が、わたしたちのものになるでしょう。
 大気中の酸素含有量は地球の70パーセントになり、さらに上昇を続けます。まだ人工
 冬眠している90万人を目覚めさせて、彼らに新しい惑星を提供するときが来たのです」
 とヴァーリー博士が語った。
・モーセ・カルドアは、<最初の着陸地点>の大聖堂のような静寂の中に、自分の都合の
 つくかぎり何時間だろうが何日だろうが、独りで放っておかれるのが嬉しかった。人類
 のあらゆる芸術と知識を前にして、また若い学生のころに戻ったような気分だった。そ
 れは興奮と同時に重苦しい気分の体験でもあった。目の前に宇宙のすべてがあるという
 のに、そのうち全生涯をかけて探求できる断片は雀の涙ほどのもので、ときには絶望で
 気が挫けそうにもなった。それでも、これほど豊かな知恵と文化も、人類の遺産のごく
 一部にすぎなかった。モーセ・カルドアが知り愛していた多くのものが、そこには欠け
 ていた。それが偶然ではなく、意図的な計画によるものであることを、彼はよく承知し
 ていた。
・1000年前、才能と善意を備えた者たちが歴史を書き変え、地球の図書館を隈なく調
 べて、何を守り通し何を炎に焼きつくさせるべきかを決定した。選択の基準は単純だ
 ったが、それを実際に適用するのは、しばしばきわめて困難だった。新世界での生存と
 社会の安定に貢献しそうな著作物や過去の記録だけが、播種宇宙船の記憶に積み込まれ
 た。
・選択委員会は、目に涙をたたえながら、ヴェーダ、聖書、三蔵、コーラン、またこれに
 基づいた厖大な数の著作物を、フィクション、ノンフィクションを問わず投げ捨てた。
 これらの作品に、いかに豊かな美と知恵が含まれていようとも、それらが宗教的問題、
 超自然への信仰、またかつて無数の男女の頭脳を混乱させるという代償を払って自らを
 慰めた宗教的なわたごとによって、新世界を再び汚染することを許してはならなかった。
 残されたものは、注意深く選択された数十万の文章がすべてだった。戦争、犯罪、暴力、
 破壊的情熱に関するものは、いっさいが排除された。
・モーセ・カルドアは、前に立ちはだかる仕事を処理することの責任を充分に自覚してい
 たし、自分の無力を意識もしていた。いかに才能があろうと、単独の人間の無力さを。
 頭上のマゼラン号の船内には、サラッサの人々が夢にも知らず、また完全には理解でき
 なくても貪欲に吸収して楽しむにちがいない多くのものが、巨大な記憶バンクに無事に
 しまいこまれてあった。
・<最初の着陸点>集合体にある図書館に坐っているカルドアは、かなり幸福で無邪気と
 いうにはほど遠いこれらの人々に対して、ときとして神の役割を演ずる誘惑に駆られた。
 彼は、ここの記憶バンクの目録を、宇宙船内のものと比較して、どれが削除または簡約
 されたものかを点検していた。いかなる形での検閲にも原則的には反対だったが、削除
 することの賢明さは認めざるをえないことがしばしばあった。
・「ときには、地球はちょうどいい時期に滅亡したと思うこともある。人類は、自分の生
 み出す情報に押し潰されかけていた。第二千年期の終わりには、1年にわずか、100
 万冊の書物に相当するものを生産していたにすぎない。しかもここでわたしが問題にし
 ているのは、多少とも恒久的な価値があると見なされて、無期限に記憶される情報だけ
 なのだよ。第三千年期になると、この数字は少なくとも100倍になった。文字が発明
 されてから地球の終末までに、1000億冊の書物が生産されたと推定されている。そ
 して、その約10パーセントが船内にあるのだ。もしその全部をぶちまけたとしたら、
 たとえ記憶容量は充分としても、きみたちは圧倒されるだろう。きみたちの文化的なら
 びに科学的成長は完全に阻害されよう」とカルドアは語った。
・これこそ、地球外文明探査計画の反対者たちが、絶えず持ち出していた危険なのだ。ま
 あ、われわれは地球外知能生物と通信したことはなかったし、それを発見したことさえ
 なかった。
・それは、長い退屈な時間のかかるきわめて熟練を要する作業で、オウエン・フレッチャ
 ー大尉には考える時間が充分にあった。それどころか、ありすぎたのである。彼は釣師
 であって、ほとんど想像を絶する強度の釣糸にかかった600トンの獲物をたぐり寄せ
 ていた。1日に1度、係留索のついた自動誘導探測機がサラッサに向かって突入し、複
 雑な3万キロの曲線をたどりながら、後ろへケーブルを繰りだした。それは待機してい
 る貨物に自動的に到達し、あらゆる検査が完了すると、引揚げが開始された。
・決定的な瞬間は、スノーフレイクを冷凍工場からもぎ放す離昇のときと、巨大な六角形
 の氷を宇宙船からわずか1キロのところで静止させる必要がある、マゼラン号への最後
 の接近のときだった。引揚げは真夜中に開始され、ターナからマゼラン号の浮かぶ静止
 軌道までは、6時間弱を要した。
・600トンの質量を無重量状態で組み立てるのは、人間の本能的な反射運動の範囲を完
 全に超えるものだった。人工の氷山を所定の位置にはめこむのに、どんな推力が、どち
 らの方向へ、どの瞬間に必要であるかを判断できるのは、コンピューターしかなかった。
 だが、最高に知能のあるロボットの能力をも超える緊急事態や予期せぬ問題が起こる可
 能性は、常に存在していた。フレッチャーが介入する必要はなだなかったが、そのとき
 が来れば、いつでも態勢はできていた。
・フレッチャーは、なおも細心の注意を払って仕事をしていた。だが、それをしているの
 は頭脳であって、心ではなかった。心はすでに、サラッサに馳せていたのである。彼は
 火星に生まれたのだが、ここの天体には、彼の故郷の不毛な惑星に欠けていた何もかも
 が存在していた。彼は、何世代もの祖先の努力が炎の中で潰滅したのを見た。なぜ、こ
 れから何世紀も先に、さらに別の天体で再出発しなければならないのか。楽園がここに
 あるというのに?それに、もちろん、下界のサウスアイランドでは、女の子が自分を待
 っている・・・。その時期が着たら脱船しとうと、彼はほとんど心に決めていた。
 ・「量子駆動の真の目的は、宇宙の探査などという些細なものではないと、ある人がい
 ったことがあるのだよ。いつの日か、宇宙が崩壊して原始のブラックホールに戻るのを
 阻止し、生存の次のサイクルを開始するために、このエネルギーが必要になるだろうと
 ね」とカルドアは言った。
・いまやマゼラン号の下には、火星開拓者の最後の何世代もが抱いていた希望と夢を具現
 した惑星が、拡がっているではないか。果てしないサラッサの海洋を見下ろすフレッチ
 ャーの脳裏には、しきりに一つの考えが浮かんでくるのだった。恒星間探測機によれば、
 セーガンUは火星と大同小異だった。だからこそ、この飛びに彼や仲間たちが選ばれた
 のだ。だが、すでに勝利の果実が現在ここに存在しているというのに、いまから300
 年後に75光年も離れた場所で、どうして戦闘を開始しなければならないのか?マゼラ
 ン号は、このサラッサで、航行を中止すべきなのだ。

バウンティ症候群
・ミリッサは、確かに気分はすぐれなかったが、すべては明らかに”ピル”のせいだった。
 それでも、この状態はあと一度だけ、二人目の子供を許されたとき、体験すればすむの
 だと思えば、少なくとも気が楽にはなった。これまでに存在した、あらゆる世代の女の
 大半が、半生にわたって、こういう月々の不都合を耐え忍ばざるをえなかったとは、お
 よそ信じがたかった。受胎能力の周期が、地球に一つだけあった巨大な月の周期とおよ
 そ一致しているのは、まったく偶然だろうか、と彼女は思った。二つの接近した衛星を
 持つサラッサで、同じことが起こったとしたら、どうなることだろう!それらの潮汐力
 はほとんど感じられないほどなので、かえってよかったのかもしれない。5日と7日の
 周期が不調和に衝突するという状況は、思うだに滑稽にも怖ろしいことだった。
・彼女の決断は、軽はずみなものではなかった。もう何週間も意識下に漂っていたにちが
 いないと、彼女はいま悟ったのだった。ローレンの一時的な死は、まもなく二人が永遠
 に別れなければならないことを、彼女に思い出させた。まるで、思い出させられる必要
 があるかのように!彼が星々へ出発する前に何をすべきかを、彼女は知っていた。本能
 のすべてが、それは正しいと告げていた。あなたを愛しているわ、ブラント、と彼女は
 ささやいた。あなたに帰ってきてほしいのよ。わたしの二人目の子供は、あなたのもの
 よ。けれど、一人目は、そうではないのだった。
・患者がローレンだけになったいま、絶えず付き添う必要は、少なくともミリッサが日課
 の訪問に来るときには、まったくないのだと、彼はサラッサ人の看護婦を説得した。医
 者の多くがそうであるように、当惑するほど率直なニュートン軍医中佐は、単刀直入に
 言ったものだ。「あなたは、回復するのに、まだ一週間はかかるのよ。もし、どうして
 もセックスがしたければ、作業はすっかり彼女にさせなさい」
・カルドアは、自惚れの強い人間ではなかったが、これだけ広範囲な題材について、かく
 も多くの古代の書物を読破した人間が、自分のほかに存在するとは思えなかった。彼は
 また数テラバイトの記憶移植も受けており、その形態で貯えられた情報は、本当に意味
 で知識とはいえなかったが、呼出しコードが思い出せれば利用できるものだった。
・キリマンジャロ、最初の「宇宙エレベーター」・ターミナル駅を設置。最初の宇宙エレ
 ベーターだって?古代史もいいところだ。それは人類に太陽系の無制限に近い利用を可
 能にさせ、惑星直民の夜明けを画したのだった。そして人類は、この地にあっても同じ
 技術を採用し、超強靭な物質のケーブルを使って、赤道上空の静止軌道に浮かぶマゼラ
 ン号まで、巨大な氷のブロックを持ち上げている。
・ここは美しい天体だ。ことによると、大陸形成の緩慢な過程を加速して、余分の数百万
 人のための余裕がつくれるかもしれない。セーガンUに直民するよりは段違いに容易な
 ことだろう。その点からいえば、セーガンUには到達できないかもしれないのだ。宇宙
 船の動作信頼度は、なお98パーセントと見積もられているが、予測不可能な外部から
 の危険がある。48光年あたりのどこかで失った防御壁の一部のことは、最も信頼でき
 る士官の数人が知るだけだ。あの恒星間流星体が、またはその正体がなんであるにせよ。
 ほんの数メートル近かったとしたら・・・。あの物体は地球からの古代の宇宙探測機か
 もしれないと、誰かが示唆したものだ。と船長はひとり考えた。
・「サラッサに残るという考えに限りない魅力があるということは、理性ばかりでなく心
 情においても、われわれが等しく同意するところであると思います。しかし、われわれ
 は161人だけです。未だ眠りについている100万人に代わって、変更できない決定
 を行なう権利が、われわれにあるでしょうか?また、サラッサ人については、どうでし
 ょう?彼らは、完全に適合した生活を送っています。われわれ100万人が、サラッサ
 の社会を完全に崩壊させることなしに、その一部に溶け込むことができると、みなさん
 は本気で想像するのですか?また、責任の問題もあります。この任務を可能にするため
 に、人類が生き残るチャンスを増やすために、何世代もの男女が自らを犠牲にしてくれ
 ました。到達できる太陽の数が増えるほど、人類を大災害から守る保証は大きくなりま
 す。この件について可能な結論は、一つしかありません。サラッサ人の運命は、彼ら自
 身にまかせるべきです。われわれは、セーガンUへ前進を続けなければなりません」と
 動力・通信技術者のレイモンド・エルガー中尉が主張した。
・この数週間のあいだに多くのことが起こった。宇宙船の中では、わたしがバウンティ症
 候群と呼ぶものが蔓延している。乗務員の一部はサラッサに残りたがっており、別の者
 たちは、任務そのものをこの地で終了し、セーガンUのことを忘れたがっている。会議
 から48時間後に、票決が行なわれた。もちろん無記名投票だったが、その結果をどこ
 まで信用していいのかわからない。151票は前進に賛成。6票だけが、この地で任務
 を終わることを望んでいた。そして、保留が4票あった。
・あるとき、きみはキリマンジャロという奇妙な名前のアフリカの高山についての物語を、
 わたしに読んで聞かせた。それを宇宙船の記録保管所で探し出したので、いまでは、そ
 れがどうして頭を離れなかったのかがわかる。その山上の雪線より高いところに、洞穴
 があったらしい。そして、その洞穴の中には、大きな猛獣、豹、の凍りついた死体があ
 った。それはまったくの謎だった。通常のテリトリーを遥かに離れたそんな高度で、豹
 が何をしていたのかは、誰にもわからなかった。それに似たことが、ここでおこってい
 るように思えるのだよ。
・巨大で力のある海棲動物が、本来の住みかを遠く離れた場所に、一度ならず何度も現わ
 れている。最近、その一匹が初めて捕獲された。かつて地球に住んでいたウミサソリの
 ような、一種の巨大な甲殻類だ。知能があるかどうかは明らかでない。だが、それは間
 違いなく高度に組織された社会的動物で、原始的な技術も持っている。何より重要なの
 は、彼らが金属を発見したことだ。そして、最近のことだが、一匹のウミサソリが水路
 を這い上がって、冷凍施設の真中に入り込んだことだ。食物を探しにきたというのが、
 率直な解釈だった。ところが、そいつが住む、少なくとも50キロは離れている場所に
 は、豊富な食物があるのだよ。こんなに住みかを遠く離れた場所で、サソリが何をして
 いたのかを、ぜひ知りたいものだ。その答えはサラッサ人にとって非常に重要だという
 気がする。
・ローズ・キリアンはデリラの名を聞いたことはなかったし、それと比較されたら愕然と
 したことだろう。彼女は単純で、どちらかと言えば素朴なノースアイランド人であり、
 多くの若いサラッサ人と同様に、地球からの魅力的な訪問者たちに、のぼせあがってい
 た。カー・ボズリーとの恋愛は、単に彼女にとって初めての深い情緒的体験というだけ
 ではなかった。相手の彼にとっても、それは同じだったのである。彼らは二人とも、別
 離の思いに、悲嘆に暮れていた。ある夜更けにローズがカールの肩にすがって泣いてい
 ると、彼は相手の惨めな様子を見るにしのびなくなった。「誰にもいわないと約束して
 くれ。まだ誰も知らない。宇宙船は出発しないんだ。われわれは、みんな、このサラッ
 サに残るんだよ」ローズはびっくりして、危うくベッドから落ちそうになった。しかし、
 ローズの親友のマリオンも地球人の恋人のことで泣いていたから、彼女にも教えなけれ
 ばならなかった・・・。そして、マリオンは、この吉報をポーリンに伝え、彼女はスヴ
 ェトラーナにいわずにいられなかった。彼女はそれを内緒でクリスタルにいった。そし
 て、クリスタルは大統領の娘だったのである。
・「認めようと認めまいと、われわれは誰しも不具者なのだよ、船長。あの地球での最後
 の年月に、われわれのような体験をした者たちが、そのことに影響されなかったとは、
 とても考えられない。それに、われわれはみんな、同じ罪の意識を共有している」
 「罪だって?」
 「そうだよ、われわれの責任ではないのだがな。われわれは生存者なのだ。唯一の生存
 者だ。そして、生存者はいつも、生きていることに良心の呵責を感じるのだ」
・人口の強制的削減、3600年以降における新たな出産の全面的禁止、量子駆動開発を
 絶対的優先、マゼラン号級の宇宙船の建造。これらすべての圧力が、切迫する滅亡の運
 命への自覚とともに、地球社会に非常な緊張を強いており、太陽系から逃れられた者が
 いたということは、未だ奇蹟のように思えたのだった。自分自身の成否を知ることもな
 しに終わる目的にために、最後の年月を燃焼しきった者たちのことを、ベイ船長は尊敬
 と感謝の念をもって思いおこした。
・宇宙船の視察を終わって、あと数日の命しかない惑星へ帰ろうとする、最後の世界大統
 領エリザベス・ウインザーの姿を、改めて思い浮かべることができた。彼女には、それ
 だけの時間さえも残されていなかったのだ。カナベラル空港に着陸する寸前に、宇宙航
 空機に仕掛けられた爆弾が爆発したのだった。爆弾はマゼラン号を狙ったもので、時限
 装置が狂ったおかげで、宇宙船は辛うじて助かったのだ。
・A計画では、防御壁に損傷を与えるはずだった。フレッチャーは組立て班に入っていて、
 引揚げ手順の最終段階をブログラムしなおすという陰謀をめぐらせていた。かりに防御
 壁が損傷したとしても、それは修理することができる。フレッチャーは、その遅れによ
 って、もっと支持者を集める時間的余裕ができることを望んでいたのだ。

海の森林
・「ウミサソリはまだ石器時代の段階にあるように思われます。そして、われわれ地球の
 陸上動物とは違って、そこから脱出する方法はありません。火を持たない彼らは、技術
 の袋小路に閉じ込められているのです。いまわれわれは、自分自身の天体で遠い昔に起
 こった出来事の再現を見ているかもしれません。先史時代の人間は、どこから最初に鉄
 を手に入れたかを、ご存じでしょうか?宇宙空間からなんです!純粋の鉄は、天然には
 産しません。すぐに錆びてしまうのです。原始人にとって唯一の供給源は隕石でした。
 それらが崇拝されたのも不思議ではありません。われわれ祖先が、天の向こうにいる超
 自然的な存在を信じたのも、無理からぬことなのです・・・。同じことが、ここでも起
 こっているのでしょうか?仮に彼らが本格的な知能を持たないとしても、ウミサソリた
 ちは怖るべき脅威に、または有用な道具に、なる可能性があります」とカルドアは語っ
 た。
 
火花が舞いあがるとき
・彼女の名前はカライナ。18歳になっており、クマールのボートで夜間に海へ出るのは
 初めてだったが、彼の腕に抱かれるのは、決して初めてではなかった。すでにクマール
 は当初の目的地に到達していたから、他の場所へ行くのを、それほど急いではいなかっ
 た。それでも、彼のような優秀な船乗りにふさわしく、ときおり体を離して、自動操縦
 装置に若干の指示を与え、水平線をすばやく見渡すのだった。
・カライナは、うっとりして心持ちだった。ボートの規則正しい穏やかなリズムは、とて
 もエロチックな感じだし、二人が寝ている空気ベッドがそれを増幅するから、なおさら
 のことだわ。この味を覚えたからには、もう乾いた陸地でのセックスには満足できない
 んじゃないかしら。
・それに、クマールは、意外なほど優しくて思いやりがあった。自分の満足だけに関心が
 ある類の人間ではなかった。彼にとっての快楽とは、お互いに分かち合えなければ、完
 全なものとはいえないのだった。彼がわたしの中に入っているときは、自分だけが彼の
 宇宙に存在する女の子のような気がするわ、とカライナは思った。
・「着いたぞ」かすかな興奮のこもる声で、クマールが言った。彼女は、のろのろと起き
 上がると、 穏やかに揺れるボートに?まって体を支え、お伽の国を、目をまるくして
 見つめていた。もちろん、彼女が高度の科学技術に出会うのは、これが初めてのことで
 はなかった。ノースアイランドの核融合炉とか主要再生装置は、もっと大きくて堂々た
 るものだった。だが、この明るく照明されたパイプや貯蔵タンクやクレーンや運搬装置
 の迷路が、この錯雑した造船所と化学工場の組合せが、ただ一つの人影もなしに、星空
 の下で静かに能率よく稼働しているのを見るのは、視覚的にも心理的にも決定的な衝撃
 だった。
・「見てごらん・・・」初めのうち、彼が指しているものは、カライナには見えなかった。
 それから、見えるかみえないかの境目に点滅する像を彼女の頭脳が翻訳し、それを理解
 したのである。いうまでもなく、それは昔ながらの奇蹟だった。人間は、多くの天体で、
 1000年にわたって、それをやってきた。しかし、それを現実に自分の目で見るのは、
 息をのむ以上の畏怖の念をおこさせたのだった。
・もう最後のタンクの近くまで来ていたから、彼女はそれを、もっとはっきり見ることが
 できた。細い光の線は、レーザービームのように一直線に、星々まで伸びていた。彼女
 の目は、それが狭まって見えなくなるまで追ったが、どこで消えたかを正確に見定める
 ことは、どうしてもできなかった。それでも、彼女の視線は、めまいを感じながらもさ
 らに上へと進み、ついには天頂そのものを、ほかのかすかな自然の星が絶えず西へ通り
 過ぎてゆくあいだにも動かずに浮かぶ、一つの星を見つけていた。マゼラン号は、まる
 で宇宙の蜘蛛のように、細い蜘蛛の糸を降ろしており、まもなく求める獲物を下界から
 引き揚げることだろう。
・「ここが安全なことは確かなの?」彼女は心配そうに言った。「もちろんさ。引揚げは、
 真夜中ちょうどに行なわれる。まだ何時間も先のことだ」
・初めのうちは、天体の間に弦を張った巨大なハープから出る、最も低い音を聞いている
 ように思えた。不意に、彼女には、もうそれ以上耐えられなくなった。「怖いわ、クマ
 ール。もう行きましょう」だが、クマールは、まだなかば口を開けたまま星々に心を奪
 われ、反響するリボンに頭を押しつけて、その魔女の声に魅せられていた。
・彼はいま、何か新しいものに気がついたものだった。彼の注意をうながすかのような、
 高まる一連の物音だった。それは近づき、大きくなっていった。それまでクマールが聞
 いたこともないほど感動的な音であり、彼を驚きと畏怖に身動きもできなくしていた。
 前駆的な最初の衝撃波が彼を黄金の箔に這いつくばらせ、氷のブロックが足もとで揺れ
 たとき、一瞬遅く彼は事の真相に気がついた。それから、クマールは、眠りについてい
 る自分の世界のはかない美しさと、この瞬間を彼女の臨終の日まで記憶することになる
 女の子の仰向いた顔を、一生の最後として見下ろしたのだった。もはや、飛び降りるに
 は遅すぎた。そして、小さなライオンは、ものいわぬ星々へと昇天していったのである。
 裸で、ただ独りで。
・「クマールは、まだ宇宙船にいます。減圧は徐々に進み、しかも凍結がただちに起こっ
 たので、彼の遺体にはほとんど障害がありません。しかし、むろん臨床的には死亡して
 います。生理的には、彼の脳は障害を受けていません。しかし、活動の痕跡はまったく
 ないのです。それでも、高度に進歩した技術をもってすれば、蘇生は可能かもしれませ
 ん。われわれの記録によれば、それは地球の医学の全歴史にわたるものですが、同様な
 症例についての処置が、かつて行なわれたことがあり、成功率は60パーセントでした。
 われわれには、 そういう手術を実行するだけの能力も設備もありません。しかし、や
 れるかもしれません。300年あとなら・・・。宇宙船で眠る数百人の医学専門家の中
 には、十数人の脳手術の権威がいます。ありとあらゆるタイプの手術や生命維持の装置
 を組み立て、それを操作できる医療技術者もおります。地球が持っていたすべてのもの
 を、再びわれわれが所有することになるでしょう。セーガンUに着きしだい、すぎにで
 も・・・」老いたカップルは、長い間顔を見合わせていた。ラル・リオニダスは妻と一
 つも言葉を交わしていなかったが、ローレンにはなんとなく、彼らが決断に達したこと
 がわかった。「お申し出は嬉しく思います。けれども、それを考慮するための時間は必
 要ありません。何がおこるにせよ、クマールは、わたしたちから永遠に失われたのです。
 あの子何を望んでいたか、また何をすべきかは、わかっております。あの子を返してく
 ださい。愛していた海に戻してやりましょう」

遥かなる地球の歌
・最後のスノーフレイクの引揚げは、歓喜に満ちた瞬間であるはずだった。サラッサの上
 空3万キロでは、最後の六角形の氷が慎重にはめこまれ、防護壁は完成した。2年近く
 のうちで初めて、最低出力ではあったが、量子駆動にスイッチが入れられた。マゼラン
 号は静止軌道を離れて加速し、星々まで運んでゆくべき人工の氷山のバランスと強度を
 試験した。何も問題はなかった。建造はみごとな出来栄えだった。
・「サラッサのみなさん、あなたがたの贈り物に感謝します。われわれは、この氷の防御
 壁に守られながら、ここから75光年の距離にあって、いまから300年後に待ってい
 る天体まで、無事に旅ができることを期待しています」
・彼は口ごもってから、いいにくそうにつけ加えた。「ぼくは、もう下へは降りてこない
 だろう。ぼくの代わりに、別れの挨拶をブラントに伝えてくれないか」それは、彼には
 直面するのが耐えられない試練だった。それどころか、クマールが最後の旅をして、ブ
 ランドがミリッサを慰めに戻ってきて以来、リオニダス家の住居には足を踏み入れてい
 なかった。もうすでに、ローレンが彼らの生活の中に登場したことはなかったかのよう
 だった。
・それに、彼は二人の生活から、決定的に離れつつあった。なぜなら、ミリッサに愛情を
 感じはしても、 それに情欲は伴わなかったのである。もっと深い感情が、これまで経
 験したことのないような激しい苦痛が、いまや彼の心をみたしていた。彼は自分の子供
 を見たいと切望し、期待をかけて。だが、マゼラン号の新しい予定は、そのことを不可
 能にした。
・いまラジオ・ターナは、最後のまったく不必要な、どんなサラッサ人も、過去の歴史的
 記録以外では初めて聞く、秒読みを始めていた。何か見えるのだろうか、とミリッサは
 思った。マゼラン号は惑星の向こう側におり、真昼の海半球の上空に浮かんでいた。
・「・・・ゼロ・・」とラジオ・ターナがいった。そして、たちまちホワイトノイズの轟
 音に掻き消された。ブラントが利得制御に手を伸ばして、やった音量を下げたとたん、
 空が爆発した。水平線は、隅から隅まで火で縁取られた。海洋の中から長い炎の尾が伸
 びて、天頂への半ばまで達し、これまでサラッサが目撃したことはなく、今後も二度と
 は見られないとおもわれるオーロラとなって拡がった。美しくはあったが、畏怖の念を
 起こさせるものであった。なぜマゼラン号が惑星の向こう側に位置していたかを、ミリ
 ッサはいま理解したのだった。それでも、これは量子駆動そのものではなく、そこから
 漏れて散乱するエネルギーにすぎず、電離層に何事もなく吸収されていた。ローレンは、
 超空間衝撃波について、何か意味不明なことを話し、その現象は駆動の発明者にさえ理
 解できなかったのだ、とつけ加えていた。
・そのエネルギーを発している本体は、サラッサを永遠に去るために、軌道沿って進みな
 がら速度を増しているのだ。動いていることが確信できたのは、ずっとあとになってか
 らのことだった。そのあいだに、光の景観の明るさも、目立って弱まっていった。それ
 から、突如として、それは消えた。どちらかといえば息も絶え絶えな感じで、ラジオ・
 ターナの放送が聞こえてきた。
 「万事は計画どおりに進行・・いま宇宙船は方角を再調整して・・初期における離脱の
 諸段階のすべては世界の向こう側で行なわれますが、3日後に宇宙船がこの太陽系を離
 れるときには、マゼラン号を直接見ることができるでしょう・・・」
・ローレンを思うことなしには決して見ることのできなくなる星々を見上げているミリッ
 サは、その言葉をほとんど聞いていなかった。いまの彼女は、感情も枯れ果てていた。
 涙を流すとすれば、そのあとのことだった。
・さようなら、ローレン、と彼女は低い声で言った。あなたと子供たちが人類のために征
 服する、その遥かな世界で、どうずお幸せに。でも、地球からの道の途中、300年の
 過去にいるわたしのことも、ときには思い出してね。
・3日後になって、マゼラン号が東の水平線の上に昇ったとき、漏洩する放射線の大部分
 がサラッサから逸れるように、量子駆動の方向を慎重に定めたが、それでもまぶしすぎ
 て肉眼では見られないほどの明るい星だった。日がたち月がたつにつれて、それは徐々
 に暗くなったが、昼間の空に戻ったときも、見るべき場所を正確に知っていさえすれば、
 それはまだ容易に発見できた。そして、夜ともなれば、何年間というものは、しばしば
 最も明るい星だったのである。
・ミリッサは、視力を失う直前に、それを最後に見た。いまや距離を隔てて安全なほどに
 弱められた量子駆動は、数日のあいだだけ、じかにサラッサにむけられていたにちがい
 なかった。そのころになると15光年の距離に遠ざかっていたにもかかわらず輝く青い
 三等星を、彼女の孫たちはなんの苦もなく見つけた。

・彼らにはまだ知能が備わっていなかったが、好奇心はあった。それこそ果てしない道へ
 の第一歩なのだった。空気と水との境界面を抜けて時たまの小旅行する以外には、ウミ
 サソリは全生活を海の中で過ごし、環境に完全に適応しているといってもよかった。し
 かし、進化の袋小路に入りこんではいなかった。まだ、変化に対応することができたの
 である。そして、まさにその変化が、まだすこぶる小規模だとはいえ、この海洋世界に
 起こっていたのだ。
・不思議なものが、点から降ってきていた。天には、もっとあるにちがいなかった。用意
 ができたときには、ウミサソリたちは、それらを探しに出てゆくことだろう。サラッサ
 の海という時間のない世界では、あわてる必要はなかった。斥候たちが非常に不思議な
 報告を持ち帰ってきた異質の環境に、彼らが最初の襲撃を行なうまでには、また多くの
 年月がかかるだろう。
・別の斥候が自分たちについて報告しているとは、彼らは知るよしもなかった。そして、
 ついに彼らが行動に移るとき、そのタイミングはすこぶる不適当なものになることだろ
 う。

セーガンU
・まだ恒星船マゼラン号が数光年の距離を来たばかりのとき、クマール・ローレンスンが
 生まれたが、彼の父親はすでに眠りについており、その知らせを300年後まで聞くこ
 とはなかった。夢を見ずに眠るうちに、自分の最初の子は全生涯を過ごしていたのだ。
 そう思って、彼は泣いた。その試練に直面できるようになれば、記憶バンクの中で待っ
 ている記録を呼び出しもしよう。息子が成長して男になるのを見守り、その声が数世紀
 を隔てて、返事を送ることのできない挨拶を語りかけてくるのを聞くだろう。そして、
 自分の腕に抱いた、死んで久しい女性が徐々に年をとってゆくのを見ることだろう。
・新しい太陽の光が、前方の空を満たしていた。そして、やがて、すでに恒星船マゼラン
 号を最終的な軌道に引き寄せている天体の上で、もう一つの誕生があるのだ。いつの日
 か、苦痛は消えよう。だが、その記憶が消えることはないのである。