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今の宇宙に関する学説では、この宇宙は、ある日突然、ビックバンと呼ばれるものが起こ
った。そのとき、エネルギーと空間が自発的に生じて、宇宙全体がいっぺんに出現した。
これが宇宙の始まりだ、ということになっているようだ。
しかし、もしそうであるならば、そのビックバンがどうして起こったのか。ビックバンの
源となっているエネルギーはなんだったのか。ビックバンが起こる前はどういう状態だっ
たのか。という疑問が生じてくる。この疑問が、私の今までの長年の疑問だった。しかし、
この本を読んでみて、どうもそうではなかったことが分かってきた。
最初は、何もなかったのである。つまりゼロの状態だった。そこにビックバンという大爆
発が突然起こった。大爆発は正のエネルギーだ。そして、その大爆発によって空間が生じ
た。大爆発は正のエネルギーだ。そして、それによって生じた空間は負のエネルギーだ。
大爆発の正のエネルギーのすべてと、空間の負のエネルギーの全てを足すと、ゼロになる
というわけだ。しかし、なんだか奇妙な話だ。
大爆発のエネルギーは、空間をどんどん広げ、そしてやがてそのエネルギーの一部は質量、
つまり物質に変わっていった。そして無数の星たちが生まれたということらしい。この辺
りは、なんとなく私にも理解できそうではあるのだが。
さらにこの本を読んで驚いたのが、時間に関することだ。時間は、永遠の過去から永遠の
未来に一直線に続いているものと私は思っていたのだが、どうもそうではないらしいのだ。
ビックバンの起こった瞬間から、時間そのものが始まったというのだ。ビックバンが発生
する前の時間はない。これは、ビックバンが起こる前はどうだったのかという疑問そのも
のがナンセンスだということだ。つまり、ビックバンが起こる前は、エネルギーも空間も
そして時間も「無」だったのだというのだ。なんだか奇妙な話過ぎて、私の頭ではとても
理解できない。
現在、宇宙は膨張を続けているという。これは、遠くの銀河のほとんどが、地球からどん
どん遠ざかっていることが観測されたことによって確認されている。ならば、この膨張は
未来永劫ずっと続くのだろうか。それとも、ある時点で膨張は減速しはじめ、やがて膨張
は止まってしまうのだろうか。さらには、その膨張が止まった後は、どうなるのだろうか。
現在考えられている、はるか未来の宇宙はふたつのパターンがある。ひとつはこのまま永
遠に膨張を続けるパターンと、やがて膨張は止まり収縮が始まるというパターンである。
そのどちらのパターンになるかは、宇宙に存在する物質の総質量によって決まるという。
この宇宙に臨界質量より多くの物質が含まれていれば、ある時点で宇宙の膨張は止まり収
縮に転じる。そしてある一点ですべてが激しく合体するだろうというものだ。宇宙に存在
する物質の総質量が臨界質量よりも小さければ、宇宙は永遠に膨張を続け、やがて恒星は
燃え尽き、消滅してしまう。宇宙には空間だけが残るという。現在、宇宙に存在する総質
量が臨界質量以上なのか以下なのかは、まだわかっていないようだ。
私は、宇宙の膨張はやがて止まり、収縮に転じるのではないかと、個人的には思っている。
そして、すべての物質が一点に集まり、そしてまたビックバンが起こると思えるのだ。こ
の宇宙はそれを繰り返しているのだというのが私の考えだ。

宇宙には、私たち地球以外にも知的生命が存在するのかという問題も、とても興味をそそ
られる問題だ。結論的には、地球以外にも知的生命が存在する可能性はゼロではないとい
うことだろう。しかし、生命が存在する可能性は高いが、それが知的生命まで進化する可
能性はあまり大きくはないということらしい。
そして、そのわずかに存在する可能性のある知的生命と遭遇する可能性は、ゼロではない
が絶望的に小さいと思える。遭遇の可能性を拒む一番の壁は、宇宙の広さだろう。地球か
ら最も近い恒星でも、光の速度で4年もかかる距離にある。どんなに早くても、物質は光
より速くは移動できない。どんなに文明が高度に発達した知的生命体でも、この壁は乗り
越えられないだろう。SFでは、恒星間を移動するときに「ワープ」という手法が取られ
るが、現実問題としては、いくら科学技術が高度に進歩したとしても、このようなことは
不可能らしい。生身の生命体が、他の惑星の生命体に遭遇するということは、不可能だろ
うということだ。唯一、考えられるのは、自分たちの代わりに高度に進歩した機械を送り
込むことだろう。
つまり、もし、私たちが宇宙からの知的生命と遭遇するとしたら、それは生身の生命体で
はなく、その生命体が送り込んできた機械ということになるだろうと想像する。人類もす
でに、太陽系外に向けてボイジャーのように探査機を送り出している。もし、宇宙に知的
生命体が存在しているとしたら、おそらく同じようなことをするであろう。

この筆者は理論物理学者だと思うのだが、人類の未来についても予想している。そのひと
つは、人類はこれからも永遠に生存し続けることができるかということである。結論から
言うと、筆者は悲観的な結論を出している。それは、人類はこれから先、千年までには絶
滅するのではないかということである。これは衝撃的な話ではあるが、あり得ると私自身
も思っていた未来像だ。絶滅の原因はいろいろ考えられるが、一番可能性がありそうなの
が「全面核戦争」によるものだ。その次は「制御不能になった地球の気候変動」によるも
のだ。そしてさらには地球への「小惑星衝突」と続く。どの理由もありそうな話である。
人類の科学技術は日々進歩しているため、人類はこれらの問題を回避できるようになると
する説もある。確かに、科学技術の進歩は絶え間なく続き、そうとう高度なものになって
いくだろう。しかし、それに比べて、今の社会の有様を見ればわかるように、人間社会の
進歩は遅い。ここ百年で科学技術は飛躍的に進歩したが、人間の本性そのものは、百年前
とほとんど変わらない。高度に進歩した科学技術を、人間がうまく利用していけるとは限
らないのだ。どこかの時点で、破滅への引き金を引く人が現れる可能性がある。
生物としての人間自身も、今のままの人間であるとはかぎらない。バイオ技術を人間自身
に応用し始めることも考えられる。そして、そのことが新たな問題を引き起こしていく。
具体的に目に触れる科学技術に比べ、バイオ技術の世界は、どうしても注目度は低く、あ
まり知られていないことも多いが、その進歩はめざましいようだ。すでに、DNAに手を
加えて、人間自身を改造できるレベルまでに達しているらしい。「バイオ・ハザード」と
いう映画があるが、あれは単なる作り話だと笑ってはいられない。あれはまさに近未来の
問題を提示している映画だと思うのだ。
そんなことをいろいろ考えると、到底、これから先、千年もの間、人類が比較的安定して、
存続していけるとは、どうも思えない。そして、このことは、この地球という惑星だけの
問題ではないような気がする。宇宙のどこかに、この地球と同じような知性を持った生命
体が存在しても、その知性を持った生命体が、他の知性を持った生命体と接触するまで存
続し続けられるかどうか。そういうことを阻むほど、宇宙はとてつもなく広く遠い。

私がもっとも衝撃を受けたのはAIの未来についての予言だ。AIが人間の知能を超える
と筆者は予言している。しかも、ひとたびAIが人間の知能を超えると、AIが自分自身
を再設計するようになり、「知能の爆発」が起こるだろうと予測している。そうなれば、
もはや人間はAIをコントロールすることは不可能だろう。そうなれば、AIが人間を支
配することになる。支配をめぐって人間はAIに戦いを挑むだろうが、もはや人間に勝ち
目はないだろう。
近年、AIの兵器への応用が盛んに研究されているようだ。すでにターゲットを自ら選ん
で攻撃する自律型AI兵器がほぼ実用化に達しているらしい。生身の兵士を前線に送り込
むより、AI兵器を送り込んだほうが、無駄に自国の兵士の血を流すことがないと、歓迎
されているようだが、考えてみると、これは非常に恐ろしいことだ。そんなAI兵器を送
り込まれた側にしてみれば、生身の人間が機械と戦うことになる。金持ちの国はAI兵器
を送り込み、貧しい国は生身の人間が命をかけてその機械と戦うことになる。近い将来に
は、まさにあの映画「ターミネーター」の世界が現実のものになろうとしている。これは
ほんとうに恐ろしいことだ。しかし、今の人間社会の有様を見ると、どう考えても、そう
なるのを回避できるとは思えない。今までの歴史を顧みると、人類は、あまりにも愚かな
ことばかりを繰り返してきた。そして、これからも先、愚かなことを繰り返えしていくだ
ろう。
この本の筆者は、昨年、亡くなった。「車椅子の物理学者」として世界に広く知られた天
才だった。筆者の本は過去に、1989年に出版された「ホーキング、宇宙を語る」を読
んだのみで、この本は2冊目であったが、この本は筆者の遺言とも言える本であろう。こ
の本に書かれている予言の多くは、将来において、現実になるのではと私は思っている。


なぜビッグ・クエスチョンを問うべきなのか?
・私たちはどこから来たのだろうか?宇宙はどのように始まったのだろうか?宇宙には、
 どんな意味と設計が隠れているのだろうか?宇宙には私たちのほかにも誰かいるのだろ
 うか?過去に作られた天地創造の物語は、いまではあまり意味がなさそうに見えるし、
 信用できそうもない。
・私は科学者である。それも、物理学、宇宙論、そして宇宙と人類の未来に深く魅了され
 た科学者だ。両親は私を、いったん興味を持ったことにはとことん食らいつき、父親と
 同じように、科学が私たちに投げかける多くの問いを調べ、答えを出そうとする人間に
 なるように育ててくれた。
・ある時期には、私たちが物理学ととらえているものの終焉を見ることになるだろうと思
 っていたが、いまでは、私がこの世を去ってからも、思いもよらない発見は続いていく
 だろうと考えている。私たちはいくつかの答えに近づきつつあるけれど、まだそこにた
 どり着いてはいない。
・困ったことに、たいていの人は、本物の科学は難解でややこしく、自分にはどうてい理
 解できないと思っている。しかし、それは違うと思うのだ。宇宙を支配する基本法則を
 研究するには、ほとんどの人には捻出できないほど多くの時間をつぎ込まなければなら
 ない。もしもすべての人が理論物理学の研究をしようとすれば、世の中はすぐにたちゆ
 かなくなるだろう。しかし、数式を使わずにわかりやすく説明されれば、たいていの人
 は基本的な考え方を理解し、意味を受け止めることができる。
・宇宙時代になって私たちが目を開かされたことのひとつは、宇宙スケールで見た人間の
 位置づけだ。宇宙から地球を見るとき、私たちはひとつの全体に見える。私たちはひと
 つに結ばれていて、個々ばらばらに存在しているのではないことを目の当たりにするの
 だ。
・私は、時間の大切さを身にしみて知っている。いまという時を逃してはならない。行動
 するのはいまだ。
・私は十世紀に創設されたセント・オールバンズ・スクールに入ったが、私はクラスで半
 分より上の成績をとったことがなかった。とても優秀なクラスだったのだ。しかし、ク
 ラスメートにアインシュタインというニックネームをつけられたところをみると、何か
 成績以上のものがあると思われたのかもしれない。
・セント・オールバンズでは仲の良い友人ができて、あらゆることについて延々と論じ合
 ったり、言い争ったりしたものだった。私たちが論じたビッグ・クエスチョンのひとつ
 が宇宙の起源であり、宇宙を創造して回していく神が必要かどうかということだった。 
・遠くの銀河から届く光は、スペクトルの赤い端のほうにずれているとか、そのずれは宇
 宙が膨張していることを示しているのだとかいう話も聞いた。しかし私は、そのずれ、
 いわゆる赤方偏移は、何か別の理由で生じているにちがいないと確信していた。もしか
 すると、地球まで旅してくるうちに光がくたびれて、赤くなるのではないだろうか?宇
 宙は基本的にはいつも変わらず、永遠に存在しているというほうが、はるかに自然に思
 われたのだ。 
・私は昔から道具が動く仕組みにとても興味があり、よくおもちゃを分解してなかを調べ
 たものだが、元どおりに組み立て直すのはあまり得意ではなかった。どうやら私の論理
 的な思考能力に、手先の器用さは追いつかなかったようだ。 
・父は私をオックスフォードかケンブリッジに行かせたがっていた。当時オックスフォー
 ドでは、勉強しないことを奨励する雰囲気が蔓延していた。努力しなくても頭が良いふ
 りをするか、頭が良くないことを受け入れて、第四学位をもらうかだった。私はこの風
 潮を、怠慢の勧めと受け止めた。 
・しかし、私の場合、病気がすべてを変えた。若くして死ぬかもしれないという状況にお
 かれたら、人生が終わる前にやっておきたいことがたくさんあると気づくものだ。
・オックスフォード大学の三年生のときに、身体の動きが徐々にぎこちなくなっているら
 しいことに気がついた。一度か二度、これといった理由もなく転倒したし、スカル競技
 のボートがうまく漕げなくなった。
・私はいずれかの時点で、自分の病気が筋萎縮性側索硬化症(ALS)であることを知っ
 たにちがいない。ALSは運動ニューロン疾患の一種で、脳と脊髄の神経細胞(ニュー
 ロン)が委縮して、やがて損なわれたり硬化したりする病気だ。この病気になった人は
 徐々に運動や会話ができなくなり、食べることもできなくなって、最終的には呼吸もコ
 ントロール不能になることも知った。
・私の病状は急速に進んでいるようだった。当然ながら、私は落ち込み、博士号の研究を
 続ける意味が見いだせなくなった。なにしろ研究を終えるまで生きられるかどうかもわ
 からなかったのだ。しかしその後、病気の進行がゆるやかになって、研究への情熱が再
 燃した。
・そしてそう、ジェーンという若い女性がいた。彼女と知り合ったのは、あるパーティー
 でのことだった。ジェーンは、ふたりで力を合わせれば、私の病に立ち向かえるという
 確固たる信念を持っていた。彼女のそんな確信が、私の希望になった。婚約をしたこと
 で、私は俄然やる気になり、結婚するなら仕事を得て、博士号の研究を仕上げなければ
 ならないと思った。
・私たちは1965年7月に結婚した。その約2年後に、最初の子どもロバートが生まれ
 た。ふたり目の子どもルーシーが生まれたのは、その3年後。そして1979年には、
 三番目の子どもティモシーが生まれることになる。
・父親になって、私は子どもたちに、つねに問いを発することの大切さを教え込もうとす
 るようになった。
・1960年代の初頭における宇宙論のビッグ・クエスチョンは、「宇宙に始まりがある
 のか?」ということだった。多くの科学者は、宇宙に始まりがあるはずはないと直感的
 に思っていた。なぜなら、宇宙創造の点において、科学は破綻するだろうと感じていた
 からだ。宇宙がどのように始まったかを明らかにするためには、宗教と神の手に頼らな
 ければならないだろう、と。
・ロジャー・ペンローズは、死につつある星が収縮して、ある半径よりも小さくなると、
 どうしても特異点が生じ、そこにおいて空間と時間は終わるということをすでに示して
 いた。大きな質量を持つ冷たい星が自重のために潰れ、最終的に密度が無限大の特異点
 になるのを食い止められないことはすでにわかっている、と私は考えた。それと同じ議
 論が、宇宙の膨張にも当てはまることに気づいたのだ。その場合、時空の始まりにも特
 異点があることを、私は証明することができた。
・ペンローズと一緒にやった研究では、一般相対性理論は特異点で破綻することを示した
 のだから、次に進むべきステップははっきりしていた。一般相対性理論を、量子論と合
 体させることだ。とくに私が興味を持ったのは、初期宇宙で形成された小さな原始ブラ
 ックホールを原子核とする原子を作ることはできるだろうかということだった。
・研究の結果、重力と熱力学とのあいだには、予想もしなかった深いつながりがあること
 がわかり、あまり進展がないまま30年ものあいだ論争が続いていたパラドックスが解
 消された。そのパラドックスとは、収縮するブラックホールから放出され、ブラックホ
 ールが消滅したあとに残された放射が、いったいどうすればブラックホールを作り上げ
 たものに関する情報を運べるのかということだ。私が発見したのは、情報は失われない
 が、役立つような形では取り戻せないということだった。それはちょうど、百科事典を
 燃やしてしまい、煙と灰を取っておくようなものだ。
・私はその答えを導き出すために、量子的な場または粒子が散乱されて、ブラックホール
 から離れていく様子を調べてみた。予想によれば、入射波の一部は吸収され、残りは散
 乱されるはずだった。ところが、ブラックホールそのものから出てくる放射があるらし
 いことがわかって、私は仰天した。ブラックホールから放射される熱的放射は、今日で
 は「ホーキング放射」と呼ばれており、これを発見したことを私はとても誇らしく思っ
 ている。
・1974年に、友人のキップ・ソーンが、私と子どもたち、そして一般相対性理論を研
 究している何人かをカリフォルニア工科大学(カルテック)に招いてくれた。アメリカ
 の建物や歩道は、イギリスよりずっと障害者にとって暮らしやすくなっていた。 
・1975年にカルテックからイギリスと戻ると、はじめはかなり気持ちが落ち込んだ。
 アメリカの「なせばなる精神」に比べて、イギリスではいっさいがあまりに偏狭で、制
 限されているように感じたのだ。
・私はこの惑星上で、普通でない生き方をしてきたけれど、頭と物理法則を使って、宇宙
 をまたにかける旅もした。地上では、良いときも悪いときもあり、波乱もあれば穏やか
 なときもあり、成功もしたが苦しみも味わった。金持ちになったこともあれば貧乏にな
 ったこともあり、健康な身体を持っていたこともあれば障害を得もした。賞賛されたり
 批判されたりしたが、無視されたことはなかった。
・基本粒子の集まりにすぎない私たち人間が、自分たち自身を支配する、そしてまた私た
 ちのこの宇宙を支配する法則を理解できるようになったという事実は、偉大な功績だと
 いうことだ。 
・過剰に増え続ける人口に、どうすれば食料を供給できるだろう?どうすれば、清潔な水
 を供給し、再生可能なエネルギーを作り出し、病気を予防し、さらには治療させること
 ができるだろう?地球規模の気候変動が進むペースを落とすことができるだろうか?私
 は、科学とテクノロジーがこれらの問いに答えを与えてくれることを望んでいるが、そ
 うして得られた答えを実際に応用するためには、知識と理解のある人間が必要になるだ
 ろう。
・勇気を持とう。知りたがりになろう。確固たる意思を持とう。そして困難を乗り越えて
 ほしい。それは、できることなのだから。

神は存在するのか?
・私たちは、なぜここにいるのか?私たちはどこから来たのか?大昔には、答えはほとん
 ど常に同じだった。神がすべて作ったのだ、と。
・いまでは科学が、もっと矛盾のない良い答えを与えているのだが、人びとはこれからも
 宗教にしがみつくだろう。なぜなら宗教は心に慰めを与えるから。そして人びとが科学
 を信用していない、あるいは理解していないからだ。 
・神の存在を証明したり反証したりすることが、私の仕事だと思ってもらいたくはない。
 私の仕事は、私の周りの宇宙を理解するための合理的な枠組みを見出すことだ。
・あらゆることは神を持ち出さずに、自然法則によって説明できると考えるほうがいいと
 私は思っている。もしも私と同じように科学を信じるなら、それは常に成り立つなんら
 かの法則の存在を信じるということだ。  
・宇宙は原理または法則によって支配された機械であり、宇宙を支配するその法則は、人
 間の頭脳で理解することができるのだ。
・自然法則は、ボールの飛び方だけでなく、惑星の運動やそのほか宇宙で起こることすべ
 てに当てはまる。人間が作った法則とは異なり、自然法則は破ることができない。自然
 法則がきわめて強力なのはそのためだし、宗教的な観点から見たときに物議をかもすの
 もそのためだ。
・もしあなたが私と同じく、自然法則は変えられないということを受け入れるなら、すぐ
 にこんな疑問が浮かぶだろう。では、神の役割とは何だろう?これは科学と宗教の大き
 な対立点で、じつは非常に古くからある対立だ。神を、自然法則を体現するものと定義
 してもいいだろう。しかしほとんどの人たちは、神をそのようにはとらえていない。た
 いていの人は、神は人間のように人格的に関係を結ぶことのできる相手だと思っている。
 広大な宇宙の中で、人の生涯がどれほどちっぽけで、たまたまの出来事で生じたもので
 しかないかを直視するとき、そんなことはとうていありそうにない。
・私はアインシュタインと同じく、「神」という言葉を、人格を持たない自然法則という
 意味で用いる。したがって、神の心を知るということは、自然法則を知るということだ。
・私は、宇宙は自然法則に従い、何もないところから自発的に生まれたと考えている。科
 学の大前提になっているものに科学的決定論がある。ある時刻における宇宙の状態が与
 えられれば、宇宙の進化は科学法則によって決定されるということだ。神に残されるの
 は宇宙の初期状態を選ぶ自由だけだが、そこにさえ法則がありそうに見える。だとすれ
 ば、神には何の自由もないことになる。 
・宇宙を作るには、どんな材料が必要なのだろう?第一の材料は物質で、これは質量を持
 つ。物質は、私たちの周りのいたるところに存在していて、足元の大地にも宇宙空間に
 もある。大量のガス雲や大きな質量を持つ渦巻き銀河には、それぞれ何十億もの恒星が
 含まれており、信じられないほど大きな距離に広がっている。 
・宇宙を作るために必要は第二の材料は、エネルギーだ。私たちは日々エネルギーに出合
 う。太陽を見上げれば、顔面にエネルギーを感じる。ひとつの恒星である太陽が生み出
 したエネルギーだ。エネルギーは宇宙のいたるところにしみわたり、この宇宙がダイナ
 ミックでたえず変化する場所であり続けるためのさまざまなプロセスを駆動している。
・宇宙を作るための必要な第三の要素が、空間、それもだだっ広い空間だ。宇宙はさまざ
 まに形容することができる。宇宙のことを狭苦しいとは言えない。どちらを見ても空間
 があり、その向こうにも空間があり、さらにまた空間がある。空間はあらゆる方向に広
 がっている。
・では、これらの物質とエネルギーと空間は、どこから来たのだろうか?二十世紀になる
 まだ、その答えは見当もつかなかった。
アインシュタインは、ただならぬことに気がついた。宇宙を作るために必要な、主たる
 材料のふたつである質量とエネルギーは、本質的に同じものだということだ。彼の有名
 な式E=m2は、質量はエネルギーで、逆にエネルギーは一種の質量だということを意
 味しているにすぎない。すると、「宇宙を作るための三つの材料が必要だ」と言う代わ
 りに、「宇宙にはエネルギーと空間という、ふたつのものがあるだけだ」ということが
 できる。
・ではそのエネルギーと空間はどこから来たのだろうか?
・エネルギーと空間は、今日私たちがビックバンと呼ぶできごとが起こったときに自発的
 に生じたものだ。ビックバンが起こったとき、宇宙全体がいっぺんに出現し、そのとき
 空間も生じた。そして空間全体が、ちょうど息を吹き込まれた風船のように勢いよく膨
 張した。
・ビックバンの核心に横たわる大いなる謎は、空間とエネルギーからなる壮大な宇宙が、
 いかにして何もないところから現れたのかということだ。その謎を解く秘密を握ってい
 るのが、宇宙をめぐるもっとも奇妙な事実のひとつだ。その事実とは、物理法則によれ
 ば、「負のエネルギー」と呼ばれる何かが存在しなければならないということだ。
・ビックバンで正のエネルギーが大量に生じたとき、それと同じだけの負のエネルギーも
 生じた。正のエネルギーと負のエネルギーはその後そっとゼロだった。全体としてのエ
 ネルギーが常に一定であることは、もうひとつの自然の法則だ。では、その膨大な量の
 負のエネルギーは、いまはどこにあるのだろうか?負のエネルギーのありかこそ、宇宙
 のレシピ本に示された第三の材料、すなわち空間だ。
・奇妙な話かもしれないが、重力と運動に関する自然法則によると、空間そのものが負の
 エネルギーの広大な貯蔵庫なのだ。それだけの負のエネルギーがあれば、すべてを足し
 上げた結果がゼロになれる。
・互いに重力で引き合う無数の銀河たちが織りなす関係性は、あたかも巨大な貯蔵装置の
 ようにふるまう。宇宙は、負のエネルギーを溜め込む壮大な蓄電器に似ている。
・もしもすべてを足し上げれば宇宙は「無」になると言うのなら、それを作るための神を
 持ち出す必要なないということだ。 
・何が宇宙誕生の引き金を引いたのか。宇宙は自発的に生じたと言うが、どうすればそん
 なことができるだろうか?
・日常生活では、何もないところから突然何かが生じたりはしない。しかし、原始サイズ
 へ、さらに原子以下のサイズへと、どんどん小さなスケールの世界に旅していけば、何
 もないところから何かを作る世界に入る。その世界では、少なくとも短時間なら、何も
 ないところから何かを作ることができる。だからこそ、そのスケールでは陽子などの粒
 子が、量子力学と呼ばれる自然法則に従ったふるまいをするのだ。実際にその世界では、
 粒子はランダムに出現し、しばすそのあたりを飛び回ったのち、ふたたび消滅しては、
 また別のところにひょっこり姿を現す。
・かつて宇宙はとても小さかった。おそらく陽子よりも小さかったことが、いまではわか
 っているのだから、小さなスケールでは何かがランダムに出現できるということは、あ
 る驚くべきことを意味している。それは、くらくらするほど広大で複雑な宇宙が、既知
 の自然法則を破ることなく、何もないところからぽっかり出現できるということだ。
・自然法則に従えば、宇宙は陽子と同じく何の助けもなく自発的にひょっこり出現できる
 だけでなく、ビックバンは原因がなくても起こりうる。原因はいらないのだ。 
・宇宙のなかで空間と時間は根本的なレベルで絡み合っているというアインシュタインの
 洞察がある。ビックバンの瞬間には、時間に途方もないことが起こった。時間そのもの
 が始まったのだ。
・典型的なブラックホールは、質量が非常に大きいために自分の重さで潰れてしまった星
 だ。その強大な重力からは、光でさえも逃れることはできない。ブラックホールがほぼ
 完全に「ブラック」なのはそのためだ。ブラックホールの重力は非常に強いため、光の
 進路が曲がるだけでなく、時間の進み方も変わる。
・ブラックホールの内部では時間そのものが存在しないのだ。そして時間の消失こそは、
 宇宙の始まりに起こったことなのだ。 
・ビッグバンの瞬間に向かって時間を遡ると、宇宙はどんどん小さくなり、ついには一点
 になる。そのとき宇宙空間はあまりに小さいため、事実上、無限に小さく無限に密度の
 高い一個のブラックホールだ。そして自然法則は、今日宇宙空間に浮かぶブラックホー
 ルに対するのと同じく、そうなった宇宙に対しても、とても奇妙なことを告げる。宇宙
 の始まるでも、時間そのものが止まるということだ。ビッグバン以前には時間がないの
 なら、時間を遡ってもビッグバン以前には到達しない。
・私に信仰はあるのだろうか?人はそれぞれ信じたいものを信じる自由があり、「神は存
 在しない」というのが一番簡単な説明だというのが私の考えだ。宇宙を作った者はいな
 いし、私たちの運命に指図する者もいない。そこから私は、深い気づきに導かれた。お
 そらく天国は存在せず、死後の生もないだろう。死後の生を信じるのは希望的観測にす
 ぎないと思う。死後の生があるという信頼できる証拠はないし、そんなものがあれば、
 科学について私が知る限りのことと矛盾する。人間は死ねば塵に帰るのだろう。

宇宙はどのように始まったのか?
・宇宙は実際に無限なのか、それとも非常に大きいというだけなのか?宇宙に始まりがあ
 ったのだろうか?宇宙は永遠なのか、それとも長持ちするというだけなのだろうか?
・時間は、宇宙が存在しようがしまいが、無限の過去から無限の未来に向かって流れてい
 る。いまでも多くの科学者が、心の中ではそのような宇宙像を抱いている。しかしアイ
 ンシュタインは一般相対性理論という革命的な理論を導入した。この理論においては、
 空間と時間は、もはや絶対的なものではない。できごとが起こるための舞台背景となる
 不変不動の書き割りのようなものではなくなったのだ。その代わりに空間と時間は、宇
 宙に含まれる物質とエネルギーによって形づくられる力学的な量になった。空間と時間
 は、宇宙の内部だけで定義され、宇宙が始まる前の時間について語ることは意味がなく
 なった。
・アインシュタインの理論は空間と時間を統一したけれども、空間そのものについては、
 それほど多くのことを教えてはくれなかった。空間について自明なことに思われるのは、
 空間はどこまでも広がっているということだ。
ハッブル宇宙望遠鏡のような現代的な観測装置のおかげで、はるか遠くの宇宙までも探
 れるようになった。深宇宙をのぞき込むと、そこにはさまざまな色や形やサイズをした
 無数の銀河が見える。巨大な楕円型の銀河もあれば、私たちの銀河系と同じような渦巻
 き銀河もある。それぞれの銀河には莫大な数の恒星が含まれていて、その多くは惑星を
 従えている。ところどころ銀河が集中したい領域や、ほとんど銀河のない領域があるに
 せよ、銀河は宇宙空間にほぼ均一に分布している。非常に遠くでは、銀河の密度が急に
 小さくなるように見えるが、それはたぶん、遠方の銀河はあまりにも遠いため、私たち
 には見えないほど光が弱まるからだろう。私たちが観測できる範囲において、宇宙空間
 はどこまでも広がり、どこまで行っても同じであるようだ。
・宇宙は、空間のいたるところではほぼ同じように見えるが、時間とともに変化している
 のはまちがいない。それがわかったのは、ようやく二十世紀のはじめになってのことだ
った。それまでは、宇宙は時間がたっても本質的には変わらないと考えられていた。
・宇宙は無限の過去から存在したのかもしれないが、もしそうなら馬鹿げた結論が導かれ
 そうだった。もしも恒星が無限の過去から光を出していたなら、宇宙は恒星たちと同じ
 温度まで熱せられていただろう。空のどの方角に目を向けても、その視線の終端が恒星
 であろうが、塵の雲であろうが、すべては恒星と同じ温度になっているのだから、夜で
 さえ、全天は太陽のように明るく輝いていただろう。すると、夜空は暗いという、誰も
 が経験的に知っている事実がきわめて重要な観測事実になる。夜空が暗いということは、
 宇宙が永遠の過去からいまのような状態で存在していたはずがないということを意味す
 る。 
・星たちが有限の過去に輝き出したのなら、遠くの恒星から出発した光は、まだ私たちの
 ところにたどり着いていないだろう。そう考えれば、宇宙全体が煌々と輝いていない理
 由を説明することができる。
・もしも恒星が永遠の過去からそこに存在していたのなら、なぜ数十億年ほど前になって
 突如として輝きだしたのだろうか?いかなる時計が、いまこそ輝きはじめるべきだと恒
 星たちに教えたのだろう?
・ハッブルは、宇宙にたくさん散らばっている、星雲とよばれていたかすかな光のしみは、
 実際には膨大な数の太陽のような恒星が集まった別の銀河で、ただし非常に遠くにある
 ことを発見した。恒星がこれほど小さくて微弱な光に見えるためには、その距離はとて
 つもなく大きいはずで、そこから出て光が私たちのところに届くまでには、数百万年、
 それどころか数十億年もの時間がかかるだろう。そうだとすれば、宇宙がわずか数千年
 前に始まったはずはない。
・だがハッブルの第二の発見は、さらに驚くべきものだった。ハッブルはほかの銀河から
 来る光を分析して、その銀河たちが私たちのほうに近づいているのか、遠ざかっている
 のかを観測してみた。すると驚いたことに、ほとんどすべての銀河が私たちから遠ざか
 っていることがわかったのだ。しかも遠い銀河ほど大きな速度で遠ざかっていた。言い
 換えれば、宇宙は膨張しているということだ。銀河たちはお互いから遠ざかっているの
 だ。
・もしも銀河が互いに遠ざかっているなら、かつて銀河同士はもっと近かったはずだ。今
 日の膨張速度から逆算すると、150億年ほど前には、銀河たちはお互いに寄り集まっ
 ていたと推定できる。つまり、宇宙はそのときに、いっさいが区間内の一点に集まった
 状態で始まったように見えるのだ。
・宇宙は現時点では膨張しているが、始まりはなかったとする理論も現れた。定常宇宙論
 だ。定常宇宙論の基本的な考え方は、銀河がお互いに遠ざかるにつれて、そうして生じ
 たすきまに新しい銀河が形成されるというものだ。その材料となる物質は、空間のいた
 るところでたえず作られているとされた。その場合、宇宙は永遠に過去から存在してい
 ても、銀河の分布はいつも同じように見えただろう。そしていつも同じように見えと言
 う性質には、観測で検証できるという大きな長所があった。
・電波天文学者たちが、微弱な電波源の分布を調べてみた。電波源は空にかなり均一に分
 布しており、そのほとんどは銀河系の外にあることが示された。平均すれば、弱い電波
 源ほど遠方にあるだろう。
・定常宇宙論は、電波源の数と強度のあいだに、ある関係が存在することを予測した。し
 かし観測からは、微弱な電波源は予測より多いことが示され、それは過去に行けば行く
 ほど電波源の密度は高くなるということを示唆していた。それは、時間がたっても何も
 変わらないという定常宇宙論の大前提と矛盾する。ほかにもいくつかの理由により、定
 常宇宙論は捨てられた。
・あるできごとは、それより前に起こったなんらかのできごとが原因となって起こり、原
 因となったそのできごとは、さらに前に起こったなんらかのできごとが原因となって起
 こったと考えることに、人は慣れっこになっている。過去に遡る因果の連鎖があるとい
 うことだ。だが、その連鎖には始まりがあるということだ。
・もしもアインシュタインの一般相対性理論が正しく、いくつか妥当な条件が満たされる
 なら、宇宙には始まりがなければならないことを示す幾何学的定理を証明することがで
 きた。ロジャー・ペンローズと私が証明した定理は、宇宙には始まりがなければならな
 いことを示していたが、宇宙の始まりがおづいったものかについては、その定理は、宇
 宙の始まりは宇宙とその内部に含まれるいっさいが無限大の密度を持つ一点、すなわり
 時空の特異点に詰め込まれたビッグバンだったことを示唆していた。その一点において、
 アインシュタインの一般相対性理論は破綻するだろう。そのため、宇宙がどんなふうに
 始まったかを予測するために一般相対性理論を使うことができない。 
・1965年10月、宇宙は非常に密度の高い状態で始まったことを裏づける観測事実が、
 宇宙の全方位からやってくる微弱な宇宙マイクロ波背景放射の発見によりもたらされた。
 それは私が特異点について最初の結果を得てから数か月後のことだった。宇宙マイクロ
 波背景放射は、自分の目で観測することができる。アナログのテレビを覚えている人な
 ら、ほぼまちがいなく、このマイクロ波を見ているはずだ。テレビをどの放送局も割り
 当てられていないチャンネルに合わせたことがある人は、テレビの画面にザーッという
 ノイズが生じたのを見たと思うが、そのノイズの数パーセントは、宇宙マイクロ波背景
 放射によるものだったのだ。
・ビッグバンに近づくとアインシュタインの一般相対性理論が破綻するが、それはこの理
 論が「古典理論」と呼ばれるものだからだ。古典理論では、それぞれの粒子は、きちん
 と定義された位置と速度を持つという、常識的には当たり前のように思われることが暗
 黙のうちに仮定されている。そういう、いわゆる古典理論においては、ある時刻におけ
 るすべての粒子の位置と速度がわかれば、過去であれ未来であれ、任意の時刻における
 すべての粒子の位置と速度を計算することができる。 
・ところが二十世紀はじめになって、距離のスケールが非常に小さくなると、未来のでき
 ごとを正確に計算できなくなることを科学者たちは発見した。不確定性原理である。粒
 子の位置と速度(運動量)の両方を、同時に正確に予測することはできない。位置を正
 確に予測すればするほど、速度に関する予測の精度は低くなり、速度を正確に予測すれ
 ばするほど、位置に関する予測の精度が低くなるのだ。
・宇宙の起源を理解するためには、アインシュタインの一般相対性理論に、不確定性理論
 を組み込まなければならない。少なくとも過去三十年間にわたり、それが理論物理学の
 大きな課題だった。
・今日の科学者は、アインシュタインの一般相対性理論と、宇宙にはたくさんの歴史があ
 るというファインマンのアイディアを組み合わせて、宇宙で起こることのすべてを記述
 する完全な統一理論ちしようとしている。その統一理論があれば、ある時刻の宇宙の状
 態がわかれば、宇宙がその後どのように進展するかを計算することができるだろう。し
 かしその理論は、宇宙がどのように始まったのかを教えてくれないだろうし、宇宙の初
 期状態がどんなものだったのかも教えてくれないだろう。それがわかるためには、さら
 に知らなければならないことがある。
・境界条件、すなわち宇宙の果て、空間と時間の端がどんなふうになっているかを私たち
 に教えてくれる情報が必要なのだ。だが、もしも宇宙の果てが、ごく普通の空間と時間
 のなかの一点だったとしたら、私たちは、その果てを通り過ぎた、宇宙の果ての向こう
 もやはり宇宙の一部だということができるだろう。一方、もしも宇宙の果てが、空間と
 時間がぐじゃぐじゃになった密度無限大の場所だったとしたら、意味のある境界条件を
 得るのはきわめて難しいだろう。つまり、どんな境界条件があればいいかは、明らかで
 はないということだ。どんな種類の境界条件を選ぶべきかを教えてくれる、理論的な基
 礎はなさそうなのだ。
・もしかすると宇宙には、空間と時間の境界がないのかもしれない。一見するとこのこと
 は、幾何学的定理に真っ向から矛盾しそうに思われる。私が証明した定理によれば、宇
 宙には始まりがなければならない。つまり、時間においては境界がなければならない。
・私たちが気づいたのは、虚数時間には境界がないということだった。それならば、境界
 条件をひねり出す必要もない。私たちはこれを、「無境界」と呼んだ。
 つだけではないだろう。虚数時間にはたくさんの歴史があり、それぞれの歴史が実数時
 間のおけるひとつの歴史を決定する。そのため、宇宙には膨大な数の歴史があることに
 なる。では、いったい何が、私たちが生きる特定の歴史あるいは一組の歴史を、起こり
 うるあらゆる歴史の集合の中から選び出しているのだろうか?   
・「なぜ宇宙はこのような宇宙なのか?」という問いを発することのできる人間が、現に
 こうして存在している事実が、私たちの生きる歴史に制約を課すのだ。このことは、私
 たちの生きる歴史は、銀河や星を持つような少数派の歴史に属していることをほのめか
 す。
・これは「人間原理」と呼ばれるものの一例だ。人間原理は、宇宙は多かれ少なかれ、私
 たちが見るようなものでなければならず、もしもそうでなかったら、宇宙を観測する者
 は存在しなかっただろうという考え方のことだ。
・宇宙マイクロ波背景放射がそこまでのっぺりと均一であることに対する説明として広く
 受け入れられているのは、その歴史のごく初期に、すさまじい膨張を経験し、少なくと
 も十億倍の十億倍のさらに十億倍に膨らんだというものだ。「インフレーション」という
 名前で知られるその膨張は、宇宙にとっては良いできごとだった。もしも、誕生まもな
 い宇宙に起こったのがインフレーションだけだったなら、宇宙マイクロ波背景放射は、
 空のあらゆる方角で完全に同じだっただろう。では、方角によるわずかな違いは、どこ
 から生じたのだろうか?
・1982年のはじめに、私はそのわずかな違いはインフレーション期の量子のゆらぎか
 ら生じたと主張した。量子のゆらぎが起こるのは、不確定性原理のためだ。さらにその
 量子のゆらぎが、宇宙の構造、銀河や恒星、さらには私たちの種になった。このアイデ
 ィアは、それより10年ほど前に私が予想した、ブラックホールの事象地平から出てく
 る、いわゆるホーキング放射と本質的に同じメカニズムなのだが、ただしこの場合、量
 子のゆらぎはブラックホールの事象地平ではなく、宇宙を観測できる部分とできない部
 分に分ける、宇宙の地平面から来る。
・2003年に、WMAP衛星から最初の結果が送られてくると、宇宙論は精密科学にな
 った。WMAPは、宇宙マイクロ波の温度分布をみごとな地図として描き出した。それ
 は宇宙がわずか40万歳だった頃のスナップ写真だ。地図に見られる規則性は、インフ
 レーションによる予想されたものと一致し、宇宙の密度がところによりわずかに高かっ
 たり低かったりしたことを意味していた。密度がわずかに高いところでは、重力が周囲
 の物質をさらに引き寄せ、膨張を減速させる。最終的には、それらの物質が重力で寄り
 集まって、銀河や星が形成される。今日では、WMAPの後を継いだプランク衛星が、
 はりかに高い解像度で宇宙の地図を作っている。
・私たちの宇宙のほかにも、宇宙は存在するかもしれない。M理論は、たくさんの異なる
 歴史に対応して、非常にたくさんの宇宙が何もないところからひょっこり生じたと予想
 する。それらの宇宙のひとつひとつが、起こりうるたくさんの歴史を持ち、今日まで年
 を重ね、さらに未来に向かうにつれ、とりうるたくさんの状態を持つ。その状態のほと
 んどすべては、私たちが観測する宇宙の状態とは大きく異なるだろう。ともあれ、私た
 ちの宇宙以外にも宇宙はあるかもしれないが、残念ながら、ほかの宇宙を探索できるよ
 うにはけっしてならないだろう。
・大きな問いがふたつ残されている。宇宙は終わるのだろうか?宇宙はひとつしか存在し
 ないのだろうか? 
・もしもある臨界質量よりも多くの物質が含まれていれば、銀河同士が引き合うように働
 く重力のために宇宙の膨張速度は減速するだろう。最終的には銀河は互いに引き合い、
 すべてが激しく合体するビックランチを起こすだろう。実数時間における宇宙の歴史は、
 そうして終わりを迎えるだろう。
・もしも宇宙の密度が臨界密度よりも小さければ、重力が弱すぎて銀河は散り散りに飛び
 去る。星たちはいずれ燃え尽き、宇宙はしだいに何もないからっぽの空間になり、温度
 は下がるだろう。宇宙は終焉を迎えるけど、この場合の終わり方はそれほどドラマティ
 ックではない。

宇宙には人間のほかにも知的生命が存在するのか?
・138億年ほど前に宇宙がビッグバンで始まったとき、炭素はまだ存在しなかった。宇
 宙はとても高温だったため、物質はすべて陽子と中性子と呼ばれる粒子として存在して
 いた。はじめ陽子と中性子は同数だった。しかし宇宙が膨張するにつれて温度は下がり、
 ビッグバンからおよそ1分後、温度は摂氏約10億度になった。これは現在の太陽の温
 度のほぼ100倍だ。この温度になると、中性子が崩壊して陽子になる反応が始まり、
 陽子がさらに増えた。 
・もしもそれが起こったことのすべてだったなら、宇宙の物質はみな水素になっておしま
 いだっただろう。水素は、原子核が1個の陽子だけからなる一番簡単な元素だ。しかし
 実際には、一部の中性子が陽子とくっついて、水素の次に簡単な元素ヘリウムができた。
 ヘリウムの原子核は、2個の陽子と2個の中性子でできている。だが、水素とヘリウム
 より重い炭素や酸素のような元素は、初期宇宙ではできなかった。
・水素とヘリウムだけから、生物を作れるとは思えない。いずれにせよ、初期宇宙では温
 度が高すぎて、原子が結合して分子になることはできなかった。
・宇宙は引き続き膨張し、温度は下がった。やがて周囲よりもわずかに密度の高い領域が
 生じ、その内部では、ほかよりわずかに多い物質が及ぼす重力のために、膨張は少しず
 つ減速され、やがて停止した。それらの領域は膨張する代わりに収縮し、やがて銀河や
 星が生まれた。そんな構造形成が始まったのは、ビッグバンからおよそ20億年後のこ
 とだった。
・そうしてできた初期の星のなかには、私たちの太陽よりも質量の大きいものがあっただ
 ろう。質量の大きな星は太陽より高温になり、初期宇宙でできた水素とヘリウムを燃や
 して、炭素、酸素、鉄のような、より重い元素を作った。
・その後、一部の星は超新星爆発を起こして、重い元素を宇宙にばら撒き、それが原材料
 になって続く世代の星たちが生まれた。
・太陽以外の恒星は、あまりにも遠くにあるため、その恒星の周りを惑星が回っているか
 どうかを直接見ることはできない。しかし、恒星の周りの惑星を発見するために使える
 テクニックがふたつある。ひとつは、恒星からやってくる光の量が変化するかどうかを
 見ることだ。もし恒星の前を惑星が通過すれば、その恒星から来る光の量がわずかに減
 るだろう。すると恒星は、ほんの少しだけ暗くなる。もしもそんな明るさが変化が規則
 正しく起これば、それは、その恒星の前を惑星が規則正しく通過するからだ。
・ふたつ目のテクニックは、恒星の位置は正確に測定することだ。もしも恒星の周りを惑
 星がめぐっていれば、その惑星は恒星をわずかにふらつかせるだろう。そんなふらつき
 が見つければ、そしてこの場合もやはり、そのふらつきに規則性があれば、恒星の周り
 を惑星がめぐっていると考えることができる。 
・いまでは遠くの恒星の周りをめぐる惑星が何千個も見つかっている。推計によると、恒
 星の5つにひとつは、生命を宿しうる距離で軌道運動をする地球型の惑星を持つようだ。
・私たちの太陽系は、45億年ほど前、つまりビックバンからおよそ90億年後に、前の
 世代の星の残骸で汚染されたガスから生じた。地球は、炭素や酸素のような比較的重い
 元素からできた。
・そして、いかなる成り行きか、それらの原材料の一部がDNA分子の形に配列された。
 DNA分子が出現した経緯はわかっていない。この分子がランダムなゆらぎで生じる確
 率はきわめて低く、生命はどこか別の場所から地球にやってきたのではないか。たとえ
 ば、惑星がまだ不安定だった頃に、火星から飛んできた岩石に付着していたのではない
 か、という人たちもいれば、銀河のいたるところに生命の種が浮遊しているかもしれな
 いと言う人たちもいる。
・もしも与えられたどれかの惑星上における生命の発生が非常に起こりにくいできごとな
 ら、生命が発生するまでには長い時間がかかったと考えていいだろう。より正確には、
 太陽が大きく膨らんで地球を飲み込んでしまう前に私たち人間のような知的生命が進化
 するための時間的な余裕を見込める範囲で、可能なかぎり後ろにずれ込むだろう。その
 ための時間的余裕は、太陽の寿命、つまりおよそ100億年だ。それだけの時間のなか
 で知的生命は宇宙旅行をする方法をマスターし、別の星に脱出できるようになるかもし
 れない。もしもそれができなければ、地球上の生命は滅びるだろう。
・45億年ほど前に、地球上にある種の生物が存在したことを示す化石の証拠がある。地
 球が安定し、生命が発生できるぐらいに温度が下がってからわずか5億年後には、生命
 が誕生したということになりそうだ。しかし私たちのような知的生命が進化するための
 時間的余裕を見込んだとしても、宇宙に生命が発生するまでに70億年かかてもよかっ
 たはずだ。
・もしも与えられたどれかの惑星上に生命が発生する確率がきわめて小さいのなら、なぜ
 許された時間のおよそ14分の1で地球上にそれが起こったのだろう?
・生物進化のプロセスは、はじめはとてもゆっくりしていた。ごく初期の細胞が多細胞生
 物になるまでには、25億年ほどかかっている。だが、多細胞生物の一部が魚になり、
 魚の一部が哺乳類に進化するまでには、10億年もかかっていない。初期の哺乳類から
 人類に進化するまでは、わずか1億年ほどしかかからなかった。
・人類の卵と精子に含まれるDNAは、およそ30億の塩基対を含む。しかし、その塩基
 配列にコードされた情報のかなりの部分は重複しているか、または使われないように見
 える。そのため、ヒトの全遺伝子に含まれる有効は情報の総量は、おそらく1億ビット
 ほどだろう。
・ペーパーバックの小説には、おそらく2百万ビット程度の情報が含まれていると見られ
 る。したがって、ひとりの人間のDNAに含まれる情報量は、50冊分に相当するわけ
 だ。主要な国立図書館の蔵書は約5百万冊で、ざっと10兆ビットの情報を貯蔵できる。
 本またはインターネットを介して伝えられる情報量は、DNAに含まれる情報量の10
 万倍になる。いっそう重要なのは、本に含まれる情報は生物学的な情報よりもすばやい
 変化とアップデートが可能だということだ。
・人間の内部起こる生物学的進化の速度は、1年間に1ビットほどだ。一方、英語で書か
 れた新刊本は1年間で5万点にのぼり、情報量はざっと1千億ビットになる。もちろん、
 その情報の大部分はいわゆるゴミで、いかなる生命体にも何の役にも立たない。しかし
 たとえそうだとしても、有益な情報が付け加わる速度は、DNAの場合の10億倍とま
 ではいわずとも100万倍にはなる。このことが意味するのは、私たちは進化の新しい
 段階に入ったということだ。
・過去1万年ほどのあいだに、私たちは外部伝達の段階とでも呼ぶべき新しいフェーズに
 入った。このフェーズでは、DNA含まれ、内的に記録されることにより世代から世代
 へと伝えられていく情報も多少変化した。しかし、外的に記録された情報、しなわち、
 本やそのほかの形で長期的に保存できる情報の増え方たるや、途方もないことになって
 いる。
・「進化」という言葉を内的に伝達される遺伝物質に対してだけ用い、外的に伝達される
 情報に対して用いることに異議を唱える人たちもいる。しかし、その考え方は視野が狭
 すぎると思う。私たちは単なる遺伝子以上の存在だ。洞窟に住んでいた先祖たちと比べ
 て、私たちはとくに強くはないし、本質的にはそれほど賢いわけでもないだろう。私た
 ちと彼らとを区別するものは、過去1万年間に、とりわけ過去300年間に蓄積された
 知識なのだ。
・18世紀には、それまでに書かれたすべての本を読んだ人間がいると言われていた。し
 かし今日、1日に1冊の本を読むとして、国立の図書館ひとつに所蔵されている本を読
 みわるまでには何万年もかかるだろう。そしてそれを読み終わる頃には、もっとたくさ
 んの本が書かれているだろう。
・そのため、どんな人間であっても、人類の知識のほんの一部しか習得できないことにな
 る。人はどんどん狭い分野に専門化していかざるをえない。将来的にはそのことが、大
 きな制約になりそうだ。
・未来の世代にとっていっそう大きな制約となり、危険でもあるのは、人類が洞窟に住ん
 でいた頃の本能、とくに攻撃衝動をいまだに持ち続けていることだろう。他人を服従さ
 せたり、殺したり、女性や食べものを略奪するという形での侵略は、今日にいたるまで、
 生き残りにかけては確かに有利に働いた。しかしいまやその本能が、人類全体を地球上
 のそのほかの生命のかなりの部分を破滅させかねない。核戦争はいまももっとも直接的
 な脅威だが、そのほかにも遺伝子を改変されたウイルスが放出されるといった危険性も
 ある。あるいは温室効果が不安定になるかもしれない。
・ダーウィン流の進化が、人類をもっと知的で性質の良いものにしてくれるのを待ってい
 る時間はない。しかし私たちは、自分たちのDNAを変化させて改良する「自己設計に
 よる進化」とでも呼べそうな新しいフェーズに入りつつある。私たちのDNAはすでに
 完全解読されている。つまり「生命の本」を読み終え、その本を訂正し、書き直せるよ
 うになりつつある。はじめのうち、遺伝子の改変は、遺伝的な欠陥の修復だけに制限さ
 れるだろう。それでも今世紀の末までには、知性や攻撃性のような本能を修正する方法
 が発見されるだろうと私は確信している。
・人間に対して遺伝子工学を応用することを禁じる法律が、おそらくは通過することにな
 るだろう。だが、たとえば記憶容量や病気への耐性、寿命といった特徴を改良したいと
 いう誘惑に抵抗できない人たちは、きっといるにちがいない。もしもそうして改良され
 た超人類が出現すれば、超人類たちとそれに太刀打ちできない未改良の人間との関係が、
 大きな政治問題になるだろう。改良されていない人間は、おそらくは死に絶えるか、あ
 るいは軽んじられる存在になるだろう。その一方で、自己設計により、どんどん速いペ
 ースで自らを改良する者たち同士のあいだで競争が起こるだろう。
・もしも人類が、どうにかして自らをデザインし直し、自己破壊のリスクを減らすか、あ
 るいは除去できれば、その人類はおそらく宇宙に広がり、ほかの惑星や恒星系に植民す
 るだろう。しかし私たちのような化学物質でできたDNAに基礎を置く生物が、長距離
 の宇宙旅行をするのは難しい。そういう生物の自然な寿命は、宇宙旅行にかかる時間よ
 りも短いからだ。相対性理論によれば、いかななるものも光より速くは移動できないた
 め、もっとも近い恒星に行って帰ってくるだけでも、少なくとも8年はかかるし、銀河
 系中心部への往復旅行となれば5万年はかかるだろう。
・SFではこの問題を乗り越えるためにスペースワープをするか、高次元空間を通過する。
 スペースワープや高次元空間の旅ができるようになるとは思えない。相対性理論では、
 光より速く旅行できれば過去に戻ることもできるため、昔に戻った者が過去を変えてし
 まうという問題が生じるだろう。それに、もしも過去への旅ができるなら、風変わりで
 古臭い私たちの暮らしぶりを見てやろうと好奇心でいっぱいの、未来からの旅行者たち
 がすでにたくさん来ているはずだ。
・すでにほぼ私たちの手中にある方法は、宇宙に機械を送ることだ。そのためには、恒星
 間旅行ができるぐらい耐久性のある機械を設計すればいい。新しい恒星系に到着したら、
 適当な惑星に着陸して、鉱物を採掘してさらに多くの機械を作り、それらをまた別の星
 に送ればいい。そんな機械は、高分子に基礎を置く生命とは異なる、機械的で電子的な
 要素に基礎を置く新たな生物になるだろう。
・銀河系を探検しているときに、見知らぬ生物に出会う可能性はどのぐらいあるだろう?
 ほかにも生命を宿した惑星を持つ恒星はたくさんあるにちがいない。そういう恒星系の
 なかには、地球よりも50億年早く形成されたものもあるだろう。では、なぜ銀河系は、
 自己設計する機械や生物学的な生命形態だらけになっていないのだろうか?なぜ地球に
 はまだ誰も来ておらず、植民地にもされていないのだろうか?
・ところで、UFOに乗っているのは宇宙からの訪問者だという考えは問題外だ。なぜな
 ら異星人の来訪は、もっとずっとわかりやすい。そしてはるかに不愉快な形をとるだろ
 うと思うからだ。
・なぜ宇宙からの訪問者はまだ来ていないのだろうか?少しもっともらしい説明は、進化
 は多くの結果につながるランダムなプロセスであり、知性の出現は、起こりうる多くの
 結果のひとつにすぎないというものだ。
・長期的に見たとき、知性が生き残りに役立つかどうかも、けっして明らかではない。私
 たちが作り出したもののせいで、地球上の生物がほとんど絶滅したとしても、細菌など
 の単細胞生物は生き残るかもしれない。進化の時系列ということで言うと、単細胞生物
 から知性の先駆けとして不可欠な多細胞生物に進むまでには長い時間(25億年)かか
 っていることからして、知性が進化する確率はかなり低いかもしれない。25億年とい
 う時間は、太陽が大きく膨らんで地球を飲み込むまでに、知的生命の進化に使える時間
 のかなりの部分を占めているから、生命が知性を発達させる確率は低いという仮説と矛
 盾しないだろう。だとすると、銀河系には多くの生物が見つかると予想するのはかまわ
 ないが、私たちが知的生命に出会う可能性は低そうだ。
・生命が知性を進化たせずに終わるもうひとつの可能性は、小惑星や彗星の衝突だ。およ
 そ6千6百万年前に比較的小さな天体が地球に衝突したときには、恐竜が絶滅したと考
 えられている。少数の哺乳類は生き延びたが、人間程度のサイズのものは、ほぼ確実に
 消滅しただろう。
・そんな天体の衝突が起こる頻度について何か言うのは難しいが、平均すると、2千万年
 に1度ぐらいと見ることが妥当だろう。もしも、この数字が正確なら、地球上に人類が
 存在するのは、過去6千6百万年間に大きな衝突がなかったという幸運のおかげだ。銀
 河系内で生命が進化したほかの惑星は、知的生命が進化するほど長く、衝突の起こらな
 い期間がなかったのかもしれない。
・第三の可能性は、生命が形成され、知的存在を進化させる見込みはそれほど低くないの
 に、その生物系が不安定になり、自らを絶滅させる確率はそれなりに高いというものだ。
・2015年に、私はブレイクスルー・イニシアチブ(知的生命を探査する世界的プロジ
 ェクト)の立ち上げにかかわった。電波望遠鏡を使って地球外知的生命体と探査しとう
 というもので、最先端の施設と潤沢な財源、そして数千時間という電波望遠鏡の観測時
 間を与えられている。地球以外に文明が存在する証拠を見出そうという科学研究プログ
 ラムとしては、過去最大級に規模となる。
・しかし、私たちがメッセージを受け取ったとしても、ある程度事情がわかるまでは、返
 信することには慎重であるべきだろう。進歩した文明との遭遇は、今日の私たちの発展
 段階では、アメリカの先住民がコロンブスに遭遇したときのようなものになりかねない。
 そして私は、アメリカの先住民たちがその出会いのおかげて良い暮らしができるように
 なったとは思わないのだ。
・もしも地球以外のどこかに知的生命がいるのなら、その場所はずいぶん遠いはずです。
 さもなければその知的生命は、すでに地球に来ており、そして知的生命が来ていれば、
 私たちはそれに気づいているでしょう。

ブラックホールの内部には何があるのか?
・地球の脱出速度は秒速11キロメートルより少し大きい程度で、太陽では秒速617キ
 ロメートルほどになる。どちらも、本物の大砲の弾が飛ぶ速度よりずっと大きい。しか
 し、どちらの脱出速度も、光の速度である秒速30万キロメートルよりは小さい。その
 ため、光はさしたる苦労もなく、地球と太陽のどちらからも飛び去ることができる。だ
 が、太陽よりも質量がずっと大きく、脱出速度が光の速度より大きい星があっても不思
 議はない。
・重力は、自然界の既知の力のなかでは格段に弱いけれど、ほかの力にはない非常に重要
 な強くがふたつある。そのひとつは、大きな距離を隔てて作用する長距離力だというこ
 とだ。ふたつめの強みは、引力にも斥力にもなる電気の力とは異なり、重力は常に引力
 として作用することだ。これらふたつの特徴があるために、十分に大きな星では、粒子
 間に作用する重力がほかのどの力よりも強くなり、星を重力破壊に導くことができる。
・普通の星は、何十億年以上におよぶその生涯の大半を、水素ヘリウムに帰る原子核反応
 で生じる熱的な圧力によって、自らの重力に逆らって自分自身を支えている。だが、星
 はいずれ核燃料を使い果たす。すると星は重力のために内側に潰れる。星の中心核が重
 力に逆らって、白色矮星とよばれる高密度の天体として残ることもある。
・しかし、白色矮星の質量には上限があり、それは太陽質量の1.4倍程度である。中性
 子からなる中性子星についても、同様の上限となることが明らかにされている。
・では、白色矮星や中性子星になることのできる質量の上限よりも大きな質量を持つ無数
 の星は、核燃料を使い果たしたのち、どんな運命をたどるだろうか?この問題を解き明
 かしたのがクエーサーだ。1963年に最初のクエーザーが発見され、その後続々と新
 たなクエーザーが見つかった。
・クエーザーは非常に遠くにあるにもかかわらず明るかった。原子核反応では、質量のほ
 んの一部が純粋なエネルギーとして解放されるだけなので、クエーサーの莫大なエネル
 ギー出力は原子核反応では説明がつかない。それ以外の説明として唯一考えられたのが、
 重力崩壊で放出される重力エネルギーだった。
・ブラックホールの外部から、内部に何があるかを知ることはできない。ブラックホール
 に何かを放り込むと、そのブラックホールがどんな経緯で形成されたにしても、ブラッ
 クホールはみな同じに見える。    
・ブラックホールには、事象地平と呼ばれる境界面がある。それは重力が光を引き戻して、
 脱出させないだけの強さになる面だ。光よりも速く動ける物体はないから、その面より
 も内側では、光のみならず、あらゆるものがブラックホールに引き戻される。
・私たちの天の川銀河の中心部には、太陽の400万倍の質量を持つブラックホールがあ
 る。 
・私はブラックホールの面積定理を発見した。もしも一般相対性理論が正しければ、そし
 て物質のエネルギー密度が正なら、事象地平すなわちブラックホールの境界面の面積は、
 そのブラックホールにさらに物質や放射が落下するたびに、常に増大するという特徴を
 持つ。そればかりか、ふたつのブラックホールが衝突して融合してひとつのブラックホ
 ールになれば、その結果として生じたブラックホールを取り巻く事象地平の面積は、は
 じめのふたつのブラックホールを取り巻く事象表面の面積の和よりも大きいのだ。
・ある質量を持つ物体について、それ以上に小さくなれないという最小のサイズがある。
 最小サイズは、質量の大きな物体では小さく、質量が小さくなるにつれてどんどん大き
 くなる。そうなるのは、量子力学では、物体は波とも粒子ともみなせるためだと考えら
 れる。物体の質量が小さければ、その物体を波とみなしたときの波長は長いため、その
 物体は大きく広がっている。物体の質量が大きければ、それを波とみなしたときの波長
 は短いため、その物体は小さくまとまっている。量子力学のこの考え方を一般相対性理
 論と組み合わせると、ブラックホールになれるのは、ある質量よりも大きな質量を持つ
 物体だけだとわかる。その最小質量はひと粒の塩ぐらいだ。 
・1974年はじめに、私は、量子力学を使って、ブラックホールの近くにある物質のふ
 るまいを調べていた。すると驚いたことに、ブラックホールが一定のペースで粒子を放
 出していることに気づいたのだ。最終的に、それが現実の物理的なプロセスだと私を納
 得させたのは、飛び出してくる放射のスペクトルが、まさしく熱的なものになっていた
 ことだ。ブラックホールは、表面重力に比例して質量に反比例する温度を持つ普通の高
 温物体であるかのように粒子と放射を生成し、放出すると予測された。
・粒子が逃げ出すにつれてブラックホールは質量を失い、縮んでいく。ブラックホールが
 小さくなると、放出される粒子の速度は大きくなる。最終的にブラックホールは全質量
 を失って消滅するだろう。 

タイムトラベルは可能なのか?
・一般相対性理論は、私たちの宇宙観をがらりと変えた大きな知的革命だった。それは曲
 がった空間だけでなく、伸び縮みする時間の理論でもあった。
・アインシュタインは1905年に、空間と時間は互いに密接に結びついているというこ
 とに気づき、そのとき生まれたのが、空間と時間を結びつける特殊相対性理論だった。
・タイムトラベルをするためには、光よりも速く進む宇宙船がありさえすればよい。あい
 にく、アインシュタインは宇宙船の速度が光の速度に近くなればなるほど、加速に必要
 なロケットエンジンの出力は大きくなることを論文で示した。光の速度を超えて加速す
 るためには、無限大の出力が必要になるだろう。
・太陽系以外の恒星に行くためには、耐えがたいほど時間がかかりそうだった。光より速
 く進めないと言うなら、もっとも近い恒星までの往復旅行は少なくとも8年はかかるし、
 銀河中心までの往復旅行なら5万年ほどかかるだろう。宇宙船が光の速度に近いスピー
 ドで進めば、その宇宙船に乗った人たちにとって、銀河中心に行って帰るためには、ほ
 んの数年しかかからないように感じられるかもしれない。だが、地球に戻って来たとき、
 知人はすべて死に絶え、何千年も前に忘れ去られているとしたら、旅にかかる時間が短
 くなってもどれほどの慰めになるだろう。
・SFで必要とされるハイパードライブやワームホールやタイムトラベルなどが実現でき
 るぐらいに、時空が大きく湾曲することは可能だろうか?
・タイムトラベルを可能にする、少し現実味のある解が得られている。「ひも理論」とし
 て知られるアプローチから得られた特に興味深い解には、光の速度よりほんの少しだけ
 小さな速度で互いにすれ違う、二本の「宇宙ひも」が含まれている。
・「宇宙ひも」は、その名がほのめかすとおり、小さな断面積を持つ細長いひもに似てい
 る。実際には、むしろゴムひもに似ていて、1千億トンの10億倍という途方もなく大
 きな張力がかかっている。
・「宇宙ひも」は荒唐無稽で、まさにSF的なアイディアだと思われるかもしれないが、
 ビッグバン直後のごく初期の宇宙で、そんなひもが形成されたと考えるだけの科学的理
 由がある。「宇宙ひも」にかかる張力は非常に大きいため、ほとんど光の速度にまで加
 速しそうだ。
・タイムトラベルと密接に関係しているのが、空間のひとつの場所あら別の場所への高速
 移動だ。アインシュタインは、光の速度よりも大きな速度に宇宙船を加速しようとすれ
 ば、ロケットエンジンの出力が無限大になることを示した。そのため、妥当な時間内に
 銀河系の端から端まで移動するためには、小さなトンネルすなわちワームホールを作る
 ことができるぐらいに時空を歪めるしかなさそうだ。
・そんなワームホールが、未来の文明なら作れる範囲にあるとして真面目に提案されてき
 た。しかし、もしも銀河の端から端まで1、2週間で行けるというなら、別のワームホ
 ールを使って、出発した時刻よりも過去に戻ってくることもできるだろう。
・ワームホールを作るためには、通常の物質とは逆向きに時空を曲げる必要がある。通常
 の物質は、それ自身に戻ってくるように時空を歪曲させ、その様子はくるりと丸まった
 地球の表面に似ている。しかしワームホールを作るためには、それとは逆に鞍の表面の
 ように、それ自身から離れていくように時空を歪曲させる物質が必要になる。それと同
 じことは、過去に行けるように時空を曲げるすべての方法について言える。ただし、宇
 宙が最初から過去へのタイムトラベルを許すほど曲がっていたのなら話は別だ。という
 わけで、過去に行けるように時空を湾曲わせるためには、負の質量と、負のエネルギー
 密度を持つ物資が必要になる。
・古典的な法則は、タイムトラベルができるように宇宙を曲げる可能性を排除するように
 見えたのだ。だが古典的な法則は量子論によって打ち捨てられた。量子論は、私たちの
 宇宙像に起きたふたつ目の革命だ。
・量子論は、ほかの場所でエネルギー密度が正の値になっていれば、いくつかの場所でエ
 ネルギー密度が負の値になることを許してくれるのだ。量子論でエネルギー密度が負の
 値になれるのは、この理論の基礎に不確定性原理があるからだ。
・不確定性原理は粒子だけでなく、電磁場や重力場などの「場」にも当てはまる。そのた
 め、私たちには何もない空っぽの空間のように見えたとしても、場は厳密にゼロになる
 ことができない。なぜなら、場が厳密にゼロならば、きちんと定義された位置もきちん
 と定義された速度もゼロになるからだ。
・そこで、場は厳密にゼロになることはできず、ある最小限のゆらぎを持たなければなら
 ない。それがいわゆる真空のゆらぎだ。 
・現在までの得られている知識によると、大きな速度で宇宙旅行と、過去への旅行ができ
 る可能性を排除することはできない。
 
人間は地球でいきていくべきなのか?
・私の記憶にあるほかのどの時期と比べても、今日の政情が不安定であることは疑問の余
 地がない。多くの人が、経済的にも社会的にも、置いてきぼりをくったと感じている。
 その結果として、政治に携わった経験が乏しく、危機に際して冷静な判断をくだせるか
 どうかもわからないポピュリストの、あるいは少なくとも大衆に受けが良い、政治家に
 目を向ける。不注意な、あるいは悪意ある力が、ハルマゲドンを呼び込む可能性が高か
 るのだから、世界終末時計の針が臨界点に近づくのも無理はないだろう。
・地球はあまりに多くの領域で危機に瀕しており、私が明るい展望を持つのは難しい。良
 からぬことが近づく兆しはあまりにも鮮明で、しかもそんな兆しがあまりにも多い。
・第一に、私たちにとって地球は小さくなりすぎた。物質的資源は恐ろしいほどのスピー
 ドで枯渇しつつある。  
・私たちはこの惑星に、気候変動という破壊的な問題を押し付けた。地球温暖化は、みな
 で引き起こしたことだ。私たちは車をほしがり、旅行をしたがり、生活水準を向上させ
 たいと願う。問題は、人びとがいま起こりつつあることに気づいたときには、すでに手
 遅れかもしれないということだ。 
・もしも政府と社会がいますぐに核兵器を廃止し、気候変動がこれ以上悪化するのを食い
 止めなければ、大きな危機に陥ることが予想されるのだ。それなのに当の政治家の多く
 は、世界が一連の重大な環境危機に直面しているときに、気候変動が人間活動によって
 引き起こされた現実の問題であることを否定するか、あるいは少なくとも、人間にはそ
 の進行を逆転させられるだけの力があることを否定している。
・危険なのは、地球温暖化が、もはや止められない段階に入ることだ。まだそうなってい
 ないとしてだけれど。北極と南極の氷冠が溶ければ、氷に反射されて宇宙空間に戻る太
 陽エネルギーの割合が減り、その結果として温度はさらに上がるだろう。気候変動のた
 めに、アマゾンやそのほかの雨林が消滅し、大気中の二酸化炭素を除去する主要な方法
 のひとつが失われるかもしれない。海水温度の上昇が引き金になって、大量の二酸化炭
 素が放出されることにもなりかねない。
・これまでの歴史において似たような危機に陥ったときには、たいていはどこかに植民す
 る場所があった。しかしいま、新世界はどこにもない。そこらにユートピアがあるはず
 もない。地球にはもう場所はなく、行くべきところがあるとすれば、唯一ほかの惑星だ
 けだろう。
・宇宙は荒々しい場所だ。恒星は膨れ上がって惑星たちを飲み込み、超新星は致死的な放
 射線を放ち、ブラックホールはぶつかり合い、小惑星は秒速何百キロメートルというす
 さまじい速度で飛び回っている。こうした場所を見ながら、宇宙は魅力的な場所にはな
 りようがない。しかし、そうであればこそ、私たちはこのまま地球にとどまるのではな
 く、宇宙に乗り出していくべきなのだ。小惑星の衝突は、防ぎようのない事故だ。地球
 に最後のそんな衝突が起こったのは約6千6百万年前のことで、そのとき恐竜が絶滅し
 たと考えられている。
・核戦争は、いまなお人類を脅かす最大の脅威であり、むしろ私たちが忘れかけている危
 険性だ。ロシアとアメリカは、お互いに対してかつてほど挑発的ではなくなっているけ
 ど、何かの拍子に事故が起きたり、両国がいまも保有している核兵器がテロリストに奪
 われたりしたらどうなるだろう?また、核兵器を保有する国が増えれば、核の危険性も
 高まる。冷戦が終わってからでさえ、私たち全員を何度も殺せるだけの核兵器が溜め込
 まれて、新たな核を保有するようになった国々が、角の危うさに拍車をかけている。
・もろもろ考え合わせると、次の千年間のどこかの時点で、核戦争または環境の大変動に
 より、地球が住めない場所になるのはほぼ避けられないと私は見ている。千年は長い時
 間だと思うかもしれないが、地質学的な時間スケールで言えばほんの一瞬だ。
・私たちは、地球という惑星上での自分たちの未来に対して無謀で考えなしの振る舞いを
 していると思うのだ。いまのところは、私たちはまだ行くべき場所がないけれど、長期
 的には、人類はひとつの籠、つまりひとつの惑星にすべての卵を盛っておくべきではな
 い。私としてはただ、地球から逃げ出す方法が見つかる前に、その籠を落とさずにすむ
 ことを願うのみだ。
・私たちは生まれながらの探究者だ。好奇心に駆り立てられて探究をする。これは私たち
 人間だけが持つ性質だ。その本能が、ほかの恒星系に行くにはどうすればよいかと私た
 ちに知恵を絞らせ、その実現に向かって駆り立てる。私たちは人類を鼓舞し、国を超え
 て人びとを結びつけ、新たな発見、新たなテクノロジーの先触れをする。地球を離れよ
 うとすれば、地球規模で力を合わせなければならない。
・そのためのテクノロジーは、ほぼ私たちの手の届くところにある。いまこそ、太陽系以
 外の恒星系への探索に踏み出すべきときだ。宇宙に広がるということは、私たちを自分
 自身から救い出す唯一の方法なのかもしれない。人類は地球を離れる必要があると私は
 確信している。もしもここにとどまれば、私たちは絶滅の危険を冒すことになる。
・未来はどういったものになっているだろうか。一般の人たちが思い描く未来の科学像は、
 「スター・トレック」のようなSFシリーズによく表れている。私たちに示されてきた
 未来像はほとんどすべて、本質的には静的なものだった。SFに示される社会はほとん
 どすべて、科学もテクノロジーも、そして政治組織も、私たちのものよりもはるかに進
 歩している。現在からその時代までに大きな変化があったはずだし、その変化にともな
 って緊張と動乱もあったにちがいない。ところが、SFのなかで未来として示される時
 代までに、科学、テクノロジー、社会組織は、とほんど完璧なレベルに達していると想
 定されているのだ。 
・そんな未来像はおかしいと思う。科学とテクノロジーの最終的な定常状態に、はたして
 私たちは到達するのだろうか?最後の氷河期から1万年の時が流れたけれど、その間の
 どの時期にも、知識が一定のレベルにとどまり、テクノロジーが一定不変だったことは
 なかった。近年では、テクノロジー発展の尺度として、人口以外に電力消費量や科学論
 文数などを利用することもできる。これらはほとんど指数関数的な成長を遂げている。
 近い将来、科学とテクノロジーの発展のペースが劇的に落ちて、停止するような兆候は
 ない。
・だが、現在の成長のペースが千年先まで続くことはありえない。もしもいまの調子で発
 展が続けば、2600年までには人口は増えすぎて、地球上には立錐の余地もなくなる
 だろうし、電力消費量のために地球は灼熱の世界になるだろう。現在の指数関数的成長
 が、いつまでも続かないのは明らかだ。では、何が起こるのだろうか?ひとつの可能性
 は、核戦争のような壊滅的なできごとが起こって人間が自滅することだ。人類がひとり
 残らず死に絶えることはなくとも、映画「ターミネーター」の冒頭に描かれた核戦争後
 のように残虐で野蛮な状態になる可能性はある。
・高いレベルに到達してはいるけれども本質的には定常的だという「スター・トレック」
 の未来像は、宇宙を支配する基本法則に関する私たちの知識については実現するかもし
 れない。だが、それらの基本法則を利用するということについて言えば、定常状態に到
 達することがあるとは思えない。
・生物学的な進化は、基本的には、遺伝的なあらゆる可能性からなる空間内でのランダム
 ウォークであり、その歩みがきわめて遅い。生命誕生から20億年ほどは、複雑さの増
 大速度は、百年間で1ビット程度だっただろう。DNAはしだいにペースを上げて複雑
 さを増大させ、過去数百年間ほどは1年間に1ビットほど増えただろう。しかしいまや、
 生物学的な進化というのんびりしたプロセスを待たなくても、複雑さを増大させられる
 時代に入りつつある。過去1万年ほどは、人類のDNAはそれほど変わらなかった。し
 かし次の千年間には、DNAはまったく新しくデザインできるようになる可能性が高そ
 うだ。もちろん、多くの人は、人間への遺伝子工学の応用は禁止すべきだと主張するだ
 ろう。しかしそう主張する人たちは、はたしてそれを阻止できるのだろうか?
・植物と動物に対する遺伝子工学は、経済的な理由により許されるだろうから、いずれは
 人間に応用する者が出てくるにちがいない。なんらかの全体主義的な世界秩序になって
 でもいないかぎり、どこかで誰かが改良された人類をデザインするだろう。
・改良人間の開発が、改良されていない人間に関して、大きな社会的、政治的問題を生じ
 させるのは明らかだ。私は人間に遺伝子工学を応用することを、良いことだからやるべ
 きだと言っているのではない。ただ単に、望むと望まないとにかかわらず、次の千年間
 に行なわれる確率が高いと言っているのだ。 
・どんどん複雑になる周囲の世界に対処しながら、宇宙旅行のような新しいことにも挑む
 ためには、人類はなんらかの意味で心の身体の両方を改良しなければならない。そして、
 もしも生物学的なシステムが電子的なシステムの先を行き続けるようにしようとするな
 ら、人類の複雑さを増大させる必要がある。当面、計算速度に関してはコンピュータの
 ほうが有利だが、知性に関しては、コンピュータはまだその兆候を示していない。現在
 のコンピュータは、とくに知性的な生物とは思われないミミズの脳より複雑ではいのだ
 から、それも驚くにはあたらないだろう。だがコンピュータは、おおよそ1年半ごとに
 スピードと複雑さが倍増するという一種のムーアの法則に従っている。それは永遠に続
 くはずはない例のひとつだし、すでに増大のペースは落ち始めている。それでも、コン
 ピュータが人間の脳程度の複雑さを持つまでは、おそらくは速いスピードで改良が続け
 られるだろう。
・コンピュータが真の知性を持つことはないだろうと言う人たちもいる。しかし私は、非
 常に複雑な化学物質の働きが人類を知的にしているのなら、それと同じぐらい複雑な電
 子回路がコンピュータに知的なふるまいをさせることは可能だと思う。そして、もしも
 コンピュータが知性を持てば、おそらくは自分自身よりもはるかに複雑で高い知性を持
 つコンピュータをデザインできるようになるだろう。
・私が予想するのは、生物学的なものと電子的なものの両面で、複雑さが急速に増大する
 未来だ。

宇宙に植民地を建設すべきなのか?
・なぜ宇宙に行くのかという問いに対するわかりきった答えは、「宇宙がそこにあるから」
 だ。私たちは宇宙に取り巻かれている。地球にとどまるのは、無人島に漂着したきり脱
 出を試みないようなものだろう。人間が住めそうな場所を見つけ出すために、私たちは
 太陽系を探査する必要がある。
・人類が宇宙に広がれば、それよりもさらに大きな影響があるだろう。人類の未来はがら
 りと変わるだろうし、そもそも私たちに未来があるかどうかも、それによって決定され
 るかもしれない。
・これから30年で月に基地を持ち、50年で火星に到達し、200年で外惑星を探査で
 きるようになるかもしれない。火星に「到達する」と言ったが、それは友人宇宙船で着
 陸するという意味だ。
・1972年の月着陸を最後に、友人宇宙飛行の将来計画はなくなり、それとともに人び
 との宇宙への関心は失われていった。それを並行して、西欧では科学全体に対する夢が
 しぼんでいった。なぜなら、科学はすばらしい恩恵をもたしてくれるものの、しだいに
 人びとの関心をとらえはじめた社会問題を解決してはくれなかったのだ。
・国際宇宙ステーション(ISS)での経験によれば、人類は地球から離れた場所で何か
 月も生きられる。しかし軌道上の無重力状態では、液体の取り扱いが厄介だといった実
 際的な問題があるだけでなく、骨が弱くなるなど、生理学的に望ましくない変化がいく
 つも起こる。そのため、人間が惑星や衛星で生き延びるためには、長期的な基地となる
 ものがほしいところだ。地中を深く掘り進めば断熱効果が得られるだろうし、隕石や宇
 宙線からも守られるだろう。地球を離れた人類のコミュニティが地球に頼らず自立して
 存続するためには資源が必要だろうし、惑星や衛星がその資源にもなってくれるだろう。
・月は地球から近くて行きやすい。人類はすでに月に着陸しているし、バギーを走らせて
 もいる。しかしその一方で、月は小さくて大気を持たず、太陽か放射される粒子線(太
 陽風)を逸らしてくれる磁場もない。月には液体の水はないけれど、北極と南極のクレ
 ーターには氷があるかもしれない。月のコロニーはその氷を利用して、核エネルギーま
 たは太陽パネルで得られる電力を使い、酸素を作ることができるだろう。月は、太陽系
 のそのほかの天体に向かいための基地にもなってくれるだろう。 
・火星は、太陽から地球までの距離を、さらに半分だけ延ばしたぐらいの位置にあるため、
 太陽から受け取る暖かさは、地球のざっと半分になる。かつて火星には磁場があったが、
 40億年前に消失したため、太陽から飛来する粒子線を遮蔽するものはない。そのため
 火星の大気はほとんど吹き飛ばされてしまい、大気圧は地球のわずか1パーセントしか
 ない。しかしもっと気圧が高かった時代もあったにちがいない。というのも、火星の表
 面には、水のない水路や干上がった湖のようなものが見えるからだ。現在の火星の表面
 には液体の水は存在できない。たとえ水があったとしても、ほとんど真空という条件下
 では、すぐに蒸発してしまうだろう。
・月と同じく火星の極地方にも氷があるので、それを使って水と酸素を作れるかもしれな
 い。火星には火山活動がある。火山活動のおかげで、火星の表面には鉱物や金属がある
 だろうから、コロニーはそれを資源にできるかもしれない。
・太陽系では、月と火星がもっともスペースコロニーに適した位置にある。水星と金星は
 熱すぎるし、木星と土星は、個体の表面を持たないガスの巨大惑星だ。火星にはいくつ
 か衛星があるけれど、どれも非常に小さく、火星そのものより良いことは何もない。木
 星と土星の衛星のなかには有望なものがあるかもしれない。木星の衛星のひとつである
 エウロパは、表面が氷結している。だが、その氷の下には、液体の水が存在して、生命
 を進化させた可能性がある。土星の衛星のひとつであるタイタンは、月よりもサイズが
 大きく質量もあり、濃い大気を持っている。 
・観測によれば、恒星の周囲にはかなりの割合で惑星が存在するようだ。これまでのとこ
 ろでは、木星や土星のような大きな惑星しか検出できていないけれど、もっと小さくて
 地球に似た惑星もあると考えるのが合理的だろう。地球から30光年の範囲には、千個
 ほどの恒星が存在する。
・これらの新正解候補の惑星に旅行することは、今日のテクノロジーでは無理だが、イマ
 ジネーションを使えば、恒星間旅行を長期目標、200年から500年後ぐらい、にす
 ることはできる。ロケットを飛ばすときの速度は、ふたつの要素で決まる。ひとつは、
 ロケットの排気速度で、もうひとつは加速するときにロケットが失う質量の割合だ。こ
 れまで用いられてきた化学ロケットでは、排気速度は毎秒3キロメートルほどになる。
 化学ロケットで火星に行くためには、260日±10日ほどかかりそうだ。しかし、ほ
 かの恒星系に行こうとすれば、化学ロケットでは、もっとも近い恒星系でも300万年
 もかかってしまう。速度を上げるためには、化学ロケットよりもはるかに大きな排気速
 度、光そのものの速度が必要になるだろう。ロケットの後部から強力な光線を出せば、
 宇宙船を前方に進められる。核融合を利用すれば、宇宙船の質量の1パーセントをエネ
 ルギーに転換できて、高速の10分の1の速度にまで宇宙船を加速できるだろう。それ
 より大きな速度にまで加速してければ、物質と反物質の対消滅が、あるいは何かまった
 く新しいタイプのエネルギーが必要になる。
・地球から一番近いアルファ・ケンタウリはあまりにも遠すぎて、乗り込んだ人間の寿命
 が尽きないうちに到着するためには、銀河系の全恒星の質量ほどもの燃料を摘み込まな
 ければならない。言い換えれば、現在のテクノロジーでは、恒星間旅行はとうてい実現
 できそうにないということだ。 
・これまでの探査は、近いところに限られていた。私たちが送り出したもっとも果敢な探
 査機ボイジャーは、40年かけて太陽系の外に出て行った。ボイジャーの速度は秒速約
 18キロメートルだから、太陽から4.4光年、約40兆キロメートルのかなたにある
 アルファ・ケンタウリに着くまでには7万年ほどかかるだろう。
・「ブレイクスルー・スターショット」のミッションの目的は、ミニチュア化された宇宙
 船「ナノクラフト」、光推進、そして移送動機レーザーという、三つの概念の実現可能
 性を探ることになる。わずか数センチメートルという小さなサイズで完全に機能する宇
 宙探査機「スターチップ」に、「ライトセール」(光帆)を取り付けることになるだろ
 う。地球上では、約1キロメートルにわたってずらり並べられたたくさんのレーザーが
 連結されて、きわめて強力な1本の光線を作る。そうして作られたレーザービームは大
 気を突き抜け、10ギガワットの出力で、宇宙空間のライトセールに照射されるだろう。
 ナノクラフトは、光の速度で進むわけにはいかないが、その5分の1、つまり時速2億
 キロメートルほどで進むことになる。そんなナノクラフトは、1時間もかからず火星の
 到着できるし、数日で冥王星を通過し、1週間もせずにボイジャーを追い越して、20
 年ほどでアルファ・タンタウリにたどり着くことができる。その後、アルファ・ケンタ
 ウリで発見されたすべての惑星の画像をもとに磁場や有機分子の有無を調べ、それらの
 データをレーザービームに乗せて地球に送り返す。かすかな信号は、レーザービームを
 発射するために使った、ずらりと並んだ円盤型のアンテナで受信される。ビームの復路
 には4年ほどかかるだろう。 
・克服すべき大きな課題もある。1ギガワットのレーザービームを照射したところで、及
 ぼせる力はせいぜい数ニュートンだ。だがナノクラフトは、質量がたった数グラムしか
 ないため、ビーム出力の小ささを生み合わせることができる。ナノクラフトは、猛烈な
 加速、極端な低温、真空という厳しい条件に加えて、宇宙を飛び交う陽子線にさらされ
 る。また、地球大気には乱気流があるせいで、ずらりと並んだレーザービームの焦点を
 ぴたりと合わせて、数十ギガワットの1本のビームを作り、さらにそのビームをソーラ
 ーセイルに命中させなければならない。何百ものレーザービームを大気中に発射して、
 1本のビームにすることはできるのだろうか?そしてそのビームを、正しい方向に向け
 ることができるだろうか?それができたとして、すさまじく低温の宇宙空間にナノクラ
 フトを送り出し、4光年の距離を隔てて信号を送り返せるようにするためには、20年
 ものあいだ故障しないようにしなければならない。
・ほかの惑星に人間を送り込むことは、もはやSFではない。それは科学的事実になりう
 ることなのだ。人類はひとつの種として、200万年ほども存在してきた。1万年前に
 文明が始まって以来、進化は着実にスピードを上げている。もしも人類がこれから先、
 さらに100万年ほど存続するなら、私たちの未来は、まだ誰も行ったことのない場所
 に大胆に行くかどうかにかかっている。 

人工知能は人間より賢くなるのか?
・ミミズの脳の働きと、コンピュータの計算の仕方とのあいだに重要な違いはないと私は
 考えている。また、進化ということから考えて、ミミズの脳と人間の脳とのあいだに定
 性的、つまり質的違いはあるはずがないとも信じている。原理的には、コンピュータは
 人類の知性を真似できるし、人間の知性よりも優れたものさえエミュレートできるとい
 うことだ。
・もしもコンピュータが今後もムーアの法則に従い、1年半ごとに計算速度と記憶容量が
 倍増するなら、今後百年間のどこかの時点で、コンピュータは人間を追い越すことにな
 りそうだ。なんらかの人工知能(AI)が、人間よりも上手にAIを設計し、人間の力
 を借りずに自らを再帰的に改良できるようになれば、人間がカタツムリよりも頭が良い
 というレベルを超えて、機械が私たちよりも賢くなる「知能の爆発」に直面するかもし
 れない。それが起こったときに、コンピュータの目標と私たちのそれが食い違わないよ
 う、万全を尽くす必要がある。高度に知的な機械など、SFにすぎないと言ってみたく
 なるけれど、そういう態度は間違いだろうし、もしかすると私たちが犯す最悪の過ちに
 なるかもしれない。
・AIの潜在的恩恵はとてつもなく大きい。AIの能力が、AIのもたらすツールで拡大
 されたら、どれだけのことができるかは想像もつかないほどだ。病気や貧困も撲滅でき
 るかもしれない。AIの潜在的可能性は非常に大きいのだから、私たちはその恩恵を享
 受する一方で、想定外の危険を回避する方法を研究することが重要だ。AIを作ること
 に成功すれば、それは人間の歴史における最大のできごとになるだろう。
・不幸にして、リスクを回避する方法を私たちが身につけなければ、それは最大かつ最後
 のできごとになるかもしれない。ツールキットとして使うなら、AIは私たちの既存の
 知能を補佐し、科学と社会のあらゆる領域で新たな展望を開くことができるだろう。だ
 が、AIは危険も招くだろう。すでに開発されている原始的な人工知能は、非常に役に
 立つことがわかっている。だが、人間に匹敵する、あるいは人間を超えるようなAIが
 できたらどうなるだろう。気がかりなのは、AIの性能が上がって、加速的に自らを再
 設計できるようになることだ。ゆっくりした生物学的進化の速度に制約された人類は、
 そんなAIに太刀打ちできず、AIに取って代わられるだろう。そして将来的にはAI
 はわたしたちの意思と対立するようになるだろう。
・人間は、今後もかなり長期にわたってテクノロジーの発展速度を支配し、世界が直面す
 る問題の多くを解決するAIの潜在能力が現実のものになると、信じる人たちもいる。
 世間では私は、人類という種の未来について楽天家だとされているが、私自身はそうと
 も思えない。
・たとえば短期的には、世界中の軍部が、ターゲットを自ら選んで抹殺する自律兵器シス
 テムの軍拡競争に乗り出そうとしている。国連ではそんな兵器を禁止するための条約が
 議論されているけれど、自律兵器を唱道する人たちは往々にして、もっと重要な問いを
 発することを忘れている。安価なAI兵器が明日のカラシニコフになって、闇取引で犯
 罪者やテロリストに売られることを、私たちはほんとうに望んでいるのだろうか?どん
 どん高度になるAIシステムを、長期的に支配できるかどうかも定かではないことを思
 えば、AIを武装させ、AIに私たちの守備を任せてしまってよいのだろうか?
・中期的には、AIは私たちの仕事を自動化して、大いなる繁栄と平等をもたらすかもし
 れない。さらに先を見れば、達成できることに根本的な限界はない。人間の脳内におけ
 る粒子配置よりも高度な計算ができるように粒子が配置されることを防げる物理法則は
 ないということだ。なんらかの爆発的な遷移が起こる可能性もある。
・1965年に、ある数学者が、人間を超える知性を持つ機械は、自らの設計を反復的に
 改良できることに気がついた。SF作家がいうところの技術的特異点だ。そんなテクノ
 ロジーが、金融市場で賢く立ち回り、人間の研究者よりも優れた発明をし、人間に指導
 者よりも人心操作に長けていて、私たちには理解することさえできない兵器を使って人
 間を征服するというのも想像できないことではない。AIの短期的な影響は、誰がそれ
 をコントロールするかにかかっており、長期的な影響は、AIはそもそもコントロール
 可能かどうかにかかっている。
・ひとことで言えば、スーパーインテリジェントな(超知能を持つ)AIの到来は、人類
 に起こる最善のできごとになるか、または最悪のできごとになるだろうということだ。
 AIのほんとうの危険性は、それに悪意があるかどうかにではなく能力の高さにある。
 AIの目標が私たちの目標と合わなければ、私たちにとってまずいことになる。
・もしも私たちよりも優れた地球外生命の文明が、「数十年後にそちらに到着する」とい
 うテキストメッセージを送ってきたとしたら、「了解、到着したら連絡してくれ。電気
 をつけておくから」と返信するだろうか?おそらくはしないはずだ。AIについては、
 ほぼそんな事態になっている。 
・AIの専門家たちは、人間を超える人工知能は、予想もつかない恩恵をもたらす可能性
 がある一方で、不用意な使い方をすれば、人類という種に良からぬ影響を及ぼすだろう
 と警鐘をならしてきた。
・私たちは歴史を学ぶことに多くの時間を費やしているけれど、現実を直視するなら、歴
 史のほとんどは愚かさの歴史だ。だとすれば、過去の愚かさの代わりに、賢さの未来を
 研究しようというのは、歓迎すべき変化ではないだろうか。AIに潜在的な危険性があ
 ることはわかっているけれど、新たなテクノロジー革命がもたらしたAIという道具を
 うまく使いこなせば、産業化のために自然が被ったダメージの一部を修復することさえ
 できるかもしれない。
・欧州議会に提出された報告書の中で、ロボットに電子人格としての法的権利を与えるか
 どうかも検討されている。電子人格は、社団法人の法的定義に相当するものだ。しかし
 その報告書は、AIの研究者および設計者はいついかなるときも、すべてのロボット設
 計において燃料または電源を遮断するためのキルスイッチを実装しなければならないと
 力説している。
・映画「2001年宇宙の旅」のなかで、機能不全を起こしたロボティック・コンピュー
 タ、ハルとともに宇宙船に乗り込んだ科学者たちにとって、キルスイッチは役に立たな
 かった。だが、この映画はフィクションだ。私たちは、現実の事態に向き合っている。
 これから数十年ほどのあいだに、AIが人間の知能的能力を超え、人間とロボットの関
 係に挑んでくる可能性があることをその報告書は認めている。
・私が若かった頃、テクノロジーの進歩が指し示す未来は、みながもっと余暇を楽しむ世
 界だった。しかし現実には、テクノロジーが発展するにつれてできることが増え、人は
 どんどん忙しくなった。
・最近のAI研究のランドマークである自動運転車や囲碁でコンピュータが人間に勝利し
 たことなどは、これから起こることの前触れにすぎない。AIテクノロジーには巨額の
 資金が投入されており、私たちの生活のかなりの部分は、すでにこのテクノロジーによ
 って形づくられている。これkら数十年のうちに、AIは社会のあらゆる面に浸透し、
 医療、仕事、教育、科学を含む多くの領域で私たちを知能面で支え、アドバイスをくれ
 るようになるだろう。 
・すでに成し遂げられたことは、これから数十年間に起こることに比べれば色褪せて見え
 るだろう。私たちの頭脳がAIで増幅されたら何ができるようになるかは、予測もつか
 ないほどだ。  
・コミュニケーションの未来は、脳とコンピュータのインタフェースにあると私は信じて
 いる。インタフェースには、頭蓋骨の上に電極をつけるものと、頭蓋の中に埋め込むイ
 ンプラント方式のふたつの方法がある。第一のものは、霜のついたガラス越しにものを
 見るような感じになるだろう。二番目の方法のほうがインターフェースとしては優れて
 いるが、感染のリスクがある。もしも人間の脳がインタフェースに接続することができ
 れば、ウィキペディア全体がその人のリソースになるだろう。 
・量子計算は、計算速度を指数関数的にスピードアップさせることで、人工知能に革命を
 起こすだろう。量子コンピュータは、人類の生物学的な面まで含めて、いっさいを変え
 るだろう。DNAを正確に編集する、クリッパーと呼ばれるテクニックがすでに存在し
 ている。
・知能とは、変化に適応する能力と特徴づけることができる。人間の知能は、変化する環
 境に適応する能力を持つ者たちが、何世代にもわたって自然選択を受けてきた結果なの
 だ。変化を恐れてはならない。必要なのは、その変化を私たちに役立つものにすること
 だ。
・私たちと次の世代が、早い時期にしっかりと科学を学ぶ機会を与えられるだけでなく、
 学ぼうという確固たる決意を持たなければならない。そうなれば、私たちの潜在的可能
 性を花開かせ、人類全体にとってより良い社会を作るための道のりを歩み続けられるだ
 ろう。
・火を使いはじめた人間は、何度も痛い目を見たのちに消火器を発明した。核兵器や合成
 生物学、強い人工知能(人間のような能力や意識をそなえたAI)といった、もっと強
 力なテクノロジーについては、あらかじめ計画を立てて最初からうまくいくようにしな
 ければならない。なぜならそれは一度きりのチャンスになるかもしれないからだ。私た
 ちの未来は、増大するテクノロジーの力と、それを利用する知恵との競争だ。知恵が確
 実に勝つようにしようではないか。

より良い未来のために何ができるのか?
・アインシュタインには、うわべをめくったその下にある構造を見抜く力量があった。彼
 は、ものごとは見た目どおりでしかないという常識的な考えに負けなかった。ほかの人
 たちには馬鹿げて見えるアイディアを、とことん突き詰める勇気があった。そのおかげ
 でアインシュタインは、独創性を羽ばたかせ、彼の時代ばかりかあらゆる時代を通じた
 天才になることができたのだ。 
・今日の私たちには、粒子加速器、スーパーコンピュータ、宇宙望遠鏡など、発見のため
 のすばらしい道具がある。それでも想像力こそは、私たちのもっとも強力な特質である
 ことに変わりはない。想像力があれば、時間と空間のどこにでも行くことができる。
・人間の頭脳は、信じられないほどすばらしい。壮大な天空を思い描くこともできれば、
 物質の基本構成要素のような複雑なものを考えることもできる。だが、ひとりひとりの
 頭脳が、その潜在能力をフルに発揮するためには、きっかけになるものが必要だ。それ
 までなんとも思っていなかったことに疑問を抱いたり、不思議だと感じたりする必要が
 ある。 
・いまの若い人たちには、どんな未来が待っているのだろうか?確信を持って言えるのは、
 これまでのどの世代にもまして、いまの若い人たちの未来は、科学とテクノロジーに依
 存するだろうということだ。
・今後対応を要することが明らかな問題として私の念頭にあるのは、地球温暖化、激増す
 る人口のために場所と資源を見つけること、人間以外の種が急速に絶滅しつつあること、
 再生可能なエネルギー源を開発する必要があること、海洋汚染、森林破壊、感染症の蔓
 延などだ。しかしここにあげたものは、ほんの一部にすぎない。
・私の考えでは、人類の未来のためにできることはふたつある。ひとつは、人類が生きて
 いくのに適した惑星を求めて宇宙を探査すること。そしてもうひとつは、地球をより良
 いものにするために人工知能を建設的に利用することだ。 
・地球に人類にとってあまりにも小さくなってきた。物質資源は空恐ろしいほどの速さで
 枯渇に向かっている。人類はこの惑星に、気候変動、汚染、気温上昇、極地の氷冠の減
 少、森林破壊、動物種の大量絶滅という、ひどい贈りものをした。人口も恐ろしいほど
 のペースで増え続けている。
・指数関数的と言えるほどの人口増加が、これから千年も続くはずがないのは明らかだろ
 う。別の惑星へ移住を考えるもうひとつの理由は、核戦争が起こる可能性があることだ。
 地球外生命がまだ接触してこないのは、私たちぐらいのレベルに到達した文明は不安定
 になって自滅するからだという説がある。いまや私たちは、地球上のあらゆる生物を殺
 せるだけのテクノロジーを持っている。北朝鮮で最近起こったできごとを見るにつけ、
 残念ながらその説は正しいのかもしれないとも思わされる。
・人類の未来に影響を及ぼしそうな別の展開は、人工知能の勃興だ。スーパーインテリジ
 ェントなAIの到来は、人類に起こる最善のできごとになるか、さもなければ最悪ので
 きごとになるだろう。AIはどこまでも私たちの力になるか、あるいは私たちをないが
 しろにして破壊に追いやるかはわからない。
・私は限界というものを信じない。個人が私生活のなかでできることについてであれ、こ
 の宇宙のなかで生命と知能にできることについてであれ、限界があるとは思わない。こ
 れから50年のうちに、この世界が大きく変化するであろうことに疑問の余地はない。
 ビッグバンのときに何が起こったのかもわかるだろう。地球の生命はいかにして生じた
 のかもわかるかもしれない。さらには、宇宙のどこかに生命が発見される可能性もある。
 知的な地球外生命とコミュニケーションをする可能性は低いかもしれないけれど、それ
 でも地球外生命を発見することは重要だ。
・どんどん小さくなり、汚染が進み、人口が増えすぎたこの惑星で、この先ずっと内向き
 に自分たちを見続けるわけにはいかない。科学の試みと技術革新によって、地球上の問
 題の解決に努めながら、広大な宇宙に目を向けなければならない。