眠りと旅と夢 :小松左京

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この作品は、今から44年前の1977年頃に刊行された短編集「アメリカの壁」に収録さ
れている短編のひとつだ。
内容は、南米のペルー、コロンビアの国境に近いアンデス東斜面のピラミッドに安置されて
いた三体の古代ミイラが偶然発見され、その中の一体の偉大なる神官「三の猿」をめぐって、
あり得ない真実のベールが次第にめくられていくというものだ。そして最後に不可思議な謎
が解き明かされる。
私は特に、”眠れる美女”と言われるミイラの棺の蓋が開けられた瞬間のできごとが、とても
印象に残って、いつまでも頭から消えない。こんなことは現実にはあり得ないと思いながら
も、千年以上も棺の中で眠り続けてきた美女が、突然棺の蓋を開けられたとき、それはどん
なに衝撃的だったのだろうかと、心を痛めてしまった。”眠れる美女”は、千年以上の間、棺
の中でどんな夢を見ていたのだろうか。
神官「三の猿」は、千年以上も棺の中で宇宙の果てまでの夢で旅行をしていたという。たし
かに夢の世界でなら、光より速い宇宙船がなくても、宇宙の果てまで行くことができるかも
しれない。それは冒険に満ちたとてもワクワクするような旅なのだろう。
しかし考えてみると、それはなにも棺に入ったミイラでなくてもできる事ではないのか。
空想力をどこまでも膨らませていけば、自分にだって宇宙の果てまで行けるかもしれない。
要は空想力の問題なのだと、作者はこの作品で語っているのではないかと私は思った。



・アンデスの東斜面で古代のミイラが見つかるのは、それほど珍しい事ではない。珍しか
 ったのは、その発見状況だった。
 

・ペルー、コロンビアとの国境近い、アリアの街の南方二十キロほどの現場へ、小型ヘリ
 でついた時には、もうビーチクラフト400TWCCが着陸地点上空を空中停止してい
 る所だった。研究所からとんで来たアエロマッキの高速旅客ヘリは、すでに上空を旋回
 しながら待機していた。
・そこは海抜にして二千四百メートルぐらいの丘陵のほとんど頂上にちかい斜面の中腹だ
 った。
・露出した地層の中腹、テラスの平面から三メートルほど上がった所に、安山岩を積み上
 げた、墳墓の地下部分らしいものが露出し、四角く切り出した石塊が一部くずれ、いく
 つもテラスの上にころがっている。
・「ピラミッド?」
・「この崖の途中に出ている石壁が、ピラミッドの一部だっていうのかい?」
・アンデスの東部斜面で、かつて中米からカリブ海域へかけて栄えたマヤ文明特有のタイ
 プのピラミッドが見つかったのは、これで四つ目か五つ目だった。古代アメリカ文明地
 図は、この所、急速に書き直されつつある。
・崖の上によじのぼってみると、枯草におおわれた大地のはずれに、潅木が密生した、小
 山のようなピラミッドがあった。たしかに、それほど大きいものではない。地上に出て
 いる部分の高さは、せいぜい六、七メートル、頂上に、棟飾りをつけた、高さ二メート
 ルほどの、小さな石の神殿がのっている。棟飾りの上縁は半円形をしており、神殿の様
 式も、一種独特のものだった。
・それ以上に奇妙な事は、このピラミッドが、地上部分より、地下部分の方が大きい事だ
 った。 
・こわれた石の壁の内部に、また地下深く通ずる階段があった。
・第一、こんな崖っぷちぎりぎりにピラミッドを築くのも妙な趣味だ。死者はよほど見は
 らしのいいところが好きだったのだろうか?
・「石壁のすぐ内側に、一号棺があった。おれは、人夫が、パワーシャベルでこわしてし
 まった」 
・大きな石があって、がっちり両側お石とからんでおり、鶴嘴で動かないので、人夫頭ら
 しい男が、手をふった。パワーシャベルが、穴の内側につっこまれ、何回も打撃をあた
 えて、少しぐらつき出した。今度はシャネルが外側から内側へむかって打撃をあたえる
 と、その石は、内部へむかってくずれおちた。
・今度は、墓室内部の映像になって、びっしりと奇妙な浮き彫りをほどこされた石棺が映
 った。石棺の上に、あの大きな石がおち、厚さ五十五センチもありそうな石の蓋がこわ
 れている。人夫が、おちだ石材をのけ、梃子を使って三つにわれた石棺の蓋をとりのぞ
 く。ライトとカメラが内部をのぞきこむと、内部にぼろぼろに朽ちた、灰色の衣裳をつ
 けた一体のミイラがあった。
・カメラは、ミイラの上半身をクローズアップした。肉と皮膚は、灰色がかった茶色の雁
 皮紙のような感じになっており、唇はぼろぼろにくずれ、むき出しになった歯の間から、
 金色をした金属の鎖のようなものがぶらさがっている。ミイラは、ほとんど骨になった
 指を、胸のところでくみあわせていた。
・「次は二号棺だ。二号棺をあげるところを、よく見ておいてくれ・・・」
・画面は、ならんでいるもう一つの棺を映し出した。サイズはほとんど同じか、少し大き
 いくらい。一号館と違うところは、上蓋と本体四方の浮き彫りが精巧で繊細であり、所
 々に、翡翠やトルコ石で象嵌がいしてある事だった。
・上蓋には、両掌を前に向けて肩のところにあげた、女性の浮き彫りがあり、そのまわり
 を唐草にちかいが、もっと奇怪なうねりをもった文様がとりまいていた。
・金梃子が何本も棺の上蓋と本体との間にさしこまれてこじられる。蓋と本体の間には、
 漆喰が何かがつまっているらしく、ぼろぼろ白い粉末がおちる。たがねで隙間を叩いて
 いるものもいる。
・人夫頭らしい者が何か叫び、三、四人が、蓋の一方に金梃子の先を突っ込み、力をこめ
 て、ゆすり、こじた。
・ライトとカメラは、蓋の、ちょうど中の死体の頭部があるあたりに集中していた。
・「ほら、ここだ・・・」
・蓋がぐいっと横にずれて、カメラは棺の内部を映し出した。
・「おおっ!」と、驚きの声が出た。
・「あれは・・・何だ?」
・テントの中では、突然、がやがやとさわがしい私語が湧き起った。今のは何だ?いった
 いどうしたんだ?何があったんだ?おれは見なかったぞ、おしえてくれ・・・。
・画面の中でも、一種の混乱がまき起きっていた。人夫の一人は、金梃子をほうり出して、
 石壁の穴の方へすっ飛んで逃げた。残った人夫二人も、おそろしげに後ずさりし、もう
 一人の人夫は、棺の中を指して、人夫頭と何かはげしくわめきあっていた。
・マイケルともう一人の技師がかけつけて来た。マイケルは、報告を受けると、棺内のミ
 イラに顔を近づけ、ちょっと、その頭部に手をふれ、突然ふりかえって手をふりまわす
 と、人夫を叱咤して、棺の蓋を元通りにさせた・・・。
・「もう一度見せてくれ!棺の蓋をあけるところだ。どうも信じられん・・・」
・画面が流れ、また、棺の蓋をこじている三、四本の金梃子がうつった。蓋が、一、二度
 ぐらついて、ずずっと横にずれた。翡翠とトルコ玉をはりあわせた、マヤ風の仮面をつ
 けた、どうやら若い女らしい死体があらわれた。死体の胸のところで、両腕を交叉させ
 ていた。
・蓋が横にずれた一瞬、その死体は、金剛インコやオオバシの羽毛や、美しい布ではぎあ
 わせた、極彩色の衣装をつけているのが見えた。しかも、その胸の上で交叉された宝石
 と金でできた腕輪をいくつもはめた日本の腕は、白い、肉付きのいい、生けるが如き、
 みずみずしさを保っていた。
・が、そう見えたのは、ほんの一瞬の事だった。金剛インコやオオバシの極彩色の羽毛は、
 みるみる色あせて、そりかえりながら、ぼるぼろの破片となってまわりに落ち、美しい
 染色の布は、パターンだけ残して汚らしい灰色の斑紋のあるぼろきれにかわり、棺内壁
 の眼も鮮やかな鮮紅色も、すうっと背後に溶けこむように褪色して、黄土がかった冴え
 ない朱にかわり、そして、白いみずみずしい腕は、みるみるひからび、しわだらけにな
 り、あまつさえ、乾いた泥土のようになって一部ははげおちて、骨の形は露出した。ミ
 イラの体全体が、ふうっとふくらみを失って、平たくなったように見えた。
・すべてはまったく一瞬のできごとだった。
・テントの中では私語は全く影をひそめ、息詰まるような沈黙が数秒間つづいた。
・「別にそれほど驚く事じゃない。今みたいな事は、考古学の方じゃ、よくある事なんだ。
 それほどさわぐ事じゃない。古い、密閉された墳墓や棺の中では、有機物の酸化がある
 程度まで進むと、酸欠状態になって、あと窒素などの不活性ガスが大部分になる。そう
 すると、内部の死体や有機物、金属のそれ以上の分解や腐蝕がとまって、何千年も見た
 目に新鮮のまま保存される。北イタリアのタルクイニアで、先住民エトルリア族の墳墓
 が見つかった時など、発見者は、玄室をあけたとたん、すべてがたった今葬られたよう
 に、色鮮やかで輝いていたのに、見ている前で、夢にように朽ち果ててしまった、とい
 う話だ」
・「すまないが、もう一度見せてくれないか?棺のあいた瞬間だけでいい・・・」
・「じゃ、いいか。もう一度みんなに見てもらう。今度は、あの翡翠のマスクのところだ
 け、注意して見てくれ」
・スクリーンに、また、ぐらつきはじめた蓋のアップがうつった。蓋が横にずれる。緑色
 の石片をつなぎあわせたマスク、極彩色の衣装、その上にくみあわされた白い腕があら
 われ、それが一瞬に色あせ、朽ちていく・・・。
・「おい!今のを・・・見たか?」
・「何だ?」
・「今のところを、ストップモーションで出せないか?」
・今度は一画像コンマ五秒ぐらいのゆっくりした送りスピードで、スライドの連続写真を
 見るように、ぎくしゃくしたコマ落し映像がつづく。蓋が、ゆっくり横にずれていき、
 緑色のマスクと、赤青の衣装があらわれ、それを一瞬、ギラリと撮影ライトが照らし・
 ・・。
・「ストップ!画像を五、六枚もどして、今度は一枚一秒ぐらいでやってくれい・・・」
・「・・・まさか・・・」
・「ちがう!あれは、マスクの眼が穴のふちにライトがあたって、ハレーションか何かを
 起こしているんだ」
・「ちがいぞ・・・たしかに見えた。みんなも、見たろう?え?どうなんだ?」
・「ああいう市街にかぶせるマスクはだな・・・マヤの場合なんかもいくつも例があるが、
 眼にあたる所はくりぬいて、マスクと別の材料、貝と黒曜石なんかでつくった、白眼と
 黒眼をはめこむものなんだ。それが、棺があいたとたん、気圧が急激に動いたり・・・
 あるいは仮面の下の死体の顔面が一瞬に朽ちたため、仮面の内側におちこんだ。ギリシ
 ャのブロンズ像を見てもわかる通り、つくりものの眼玉ってのは、おちこみやすいんだ。
 それも内側へ・・・」
・「編集しなおしたテープを見てほしい。あのマスクの、眼の部分だけを、別のテープに
 アップでとって見た。画質はもろんよくないが・・・」
・今度はスクリーン一ぱいに、仮面の眼の部分がうつっていた。送り速度は一コマ一秒ぐ
 らいで、今度はコマおとしという感じではなく、スライドの連続撮影のようだった。
・棺の内部に光がさし、翡翠の剥片の緑があざやかに画面一ぱいに光る。と・・・上半分
 の、まだ、黒い影にはいっている部分に、何か白く光り、動くものが二つならんでいる。
 さらに三コマ、四コマおくられるうちに、影は上へ消えて行き、仮面の眼の所に光があ
 たった。テーブルのまわりに、声のないどよめきが起こった。
・仮面の眼にあたる部分にあいている二つの紡錘形の穴の奥に、おどろいたように見開か
 れた、美しいブルーの瞳があった。瞳はいきなり当てられた強い光を避けるように動き、
 長い、栗色の睫毛のはえた瞼がおりて来て、瞳をかくした。瞼の上の皮膚を染めた濃い
 青の顔料もはっきり見えた。瞼はもう一度上げって行き、今度は悲鳴をあげるように大
 きく見開かれ、あらわれた瞳は、上方にむかって釣り上るとともに、二つの穴の奥の暗
 がりの中にすうっと消えて行き、あとには黒々としたうつろな眼の形の穴が二つ、緑色
 の石の表面に残っているだけだった。
・「おい、見たか・・・」
・「はっきり瞳孔反射がある・・・。ということは、棺の中のミイラは、すくなくとも蓋
 を開けた瞬間は、生きていたんだ・・・」
・「かわいそうなお姫さま・・・」
・「眠れる美女は、千年眠って・・・王子さまの接吻じゃなくて、資源調査チームにのぞ
 かれて、灰になっちまったか」
・「さて諸君・・・」
・「まだもう一つ、三番目の石棺が残っている。これはまだ、手つかずで、三つの棺のう
 ち、最大だ。
 

・「本当にあの棺の中で、千年から千二百年前の王だが魔法使いだかが、生きていると思
 うかい?」 
・「もし、あの棺の主が生きているとしたら・・・考えてみろよ。おれたちの科学、おれ
 たちの文明とその歴史、おれたちのものの考え方の基礎が、何かこう・・・全面的にお
 かしくなっちまうんじゃないかって気がして・・・」
・「科学にしたって、文明にしたって、そういう事態には、何回も遭遇して来たんじゃな
 いかな・・・。いわゆる超常現象や、超能力と言われているものの中に、これから先、
 何が見つかるか、わかったもんじゃない。あの棺の主が、生きているときまったわけじ
 ゃないんだ。”眠れる美女”のあの奇蹟だって、よく調べれば、われわれの知っているメ
 カニズムで、あのからくりがわかるかも知れん」
・「ぼくは、もう少し、いやな予感がしているんだ。少なくとも、これまで世界中に発見
 された、何万本というミイラについて、根本的に考え方を変えなければならなくなるか
 も知れないってね・・・。君の国ではどうだ?ミイラはあるか?」
・「東北地方に、古いものは平安末、あとは近世のものがいくつかあると聞いたが、あま
 り数は多くないな。日本は湿気の多い国だからな」
・「中のミイラ・・・いや、死体、でもないか。とにかく棺の主は、生きている徴候があ
 る。おれのピックアップに、ごく微弱だが、鼓動らしいものが聞えてくる。一分間二十
 ぐらいだ。だが、休みなく聞えてくる。で、これからどうする?」

・フロリダ半島北部東岸のデイトナビーチ、その海に面した郊外に、総合研究所がある。
 その敷地内の、海岸べりにある海洋生物研究所前のヘリポートに、四発のコンバーター
 貨物機が、あえぎあえぎ降下した。大洋低実験室の中に、プラスチック・コートをかけ
 た十六トンの石棺をスプリングでつったものを封じこめたままつみこんで、無理矢理ヘ
 リポートに垂直着陸させられたのだった。
・棺は、大洋低実験室ごと、トレーラーで、海洋生物研究所の、特別手術室へはこびこま
 れた。 
・大石棺をおくための、特別の台が準備された。その大の縦横の寸法きっちりに、頑丈な
 透明プラスチックのケースがかぶせられた。ケースは、あちこちに作業用の穴がうがた
 れ、穴ごとに蓋がしてあった。いうまでもなくケース内部の機体組成と圧力は、あらた
 めて測定しなおされた石棺内部のそれと同じに保たれていたのである。
・「さて・・・これで歴史上はじめて、まったく墓室におさめられた時のままの状態で、
 ミイラがしらべられるわけだな・・・」
・「厳密に言えば、もうすでに、”墓室におさめられた時のまま”の状態じゃなくなってい
 るぜ。おれがまず棺の横っ腹に小さな穴をあけた。死者が静かに眠る柩は、ワイヤをか
 けられ、ウインチであの暗くしめっぽいピラミッドの下からひっぱり出された。コンバ
 ーター貨物機につめこまれ、ゆらりゆられて三千六百キロを旅して来た・・・」
・「この石棺の壁を通して、内部の状態がわかるぐらいのガンマ線をかけたとして・・・
 中の”生きているミイラ”が、どうやっちゃうか、それは知らんぜ」
・「放射線なら、すでに中のミイラは、千に百年にわたって、自然放射能の平均値の、二
 百倍から三百倍ぐらいの放射線を浴びつづけているはずだ。石棺の素材は、どれもかな
 り強い放射能をおびている。ピッチブレンドか何かふくまれているかも知れん。ところ
 で、中のミイラは、まだ生きていそうか?」
・「さっきもう一度はかったが、鼓動らしいものは、まだきこえている」
・「ただ気がかりな事は、どうも最初の時より、数が減っているようなんだ。一分間二十
 ぐらいあったが、十六、七ぐらいにおちているみたいだ」
・「もし、棺の主が、また本当に生きているとして・・・おれたちがいじくりまわして死
 んでしまったら・・・そいつは殺人になるのかね?」
・みんなは思わず顔を見合わせた。だが、誰もその問いには返事をしなかった。


・「”眠れる美女”の体は、棺を開ける寸前まで、生きていたとも言えるし、千年もしくは
 それ以上前に、完全に死んでいたとも言える・・・」
・「身体組織は、外皮を残して、ほとんどがらんどうと言っていいぐらい分解が進んでい
 た。死後千年たっていると言ってもいいだろう。あのみずみずしい腕の皮膚は、表皮組
 織が低音の不活性ガスの中でよく保存されていて、それが、身体内部のガス圧でふくら
 んでいたんじゃないかと思うんだ」
・「心臓はそれ自体が五分の一ぐらいに萎縮してしまっているが、その萎縮した組織のそ
 のまたごく一部・・・左心室だけが、つい最近まで生きていた形跡がある」
・「つい最近、というのは、つまり蓋を開けた時までか?」
・「それがそうじゃないんだ。あの時点から二週間ないし三週間ぐらい前まで・・・組織
 は分解しかけ、血液は凝固していたが、それでも・・・」
・「左心室から出ている動脈の一本が、脳幹まで行っていて、この脳幹の組織は、あのテ
 ラスで見た時は、きわめて新しかった。脳のほかの組織は、完全にひからびていて、ま
 るで皮みたいになっていたのに・・・」
・「おれたちが棺をあけた時、”眠れる美女の腕はともかく、眼は生きていた。ところが、
 心臓の一部は、その二週間ないし三週間ぐらい前に死んだ。そして、脳幹だけは、蓋を
 開ける寸前まで生きていた、というんだね?」
・「ただし、だ・・・。萎縮した左心室も、脳幹も、寸前まで生きていたという徴候は、
 開棺直後の所見でわかった、というだけで、現在は、もうすっかり・・・分解がすすん
 じまっている」
・「しかしだな・・・身体組織は千年前に死に、左心室と動脈の一部は開棺の二週間前、
 眼と脳幹は、開棺直後まで生きていた、などというのは、すこし、支離滅裂すぎやしな
 いか?」
・「おれは、おれの見たままを報告しているんだ。このめちゃめちゃな事実の辻つまをあ
 わそうとしたら、頭がおかしくなっちまう。もれはもう、この仕事をおりたいよ・・・」
 
・棺の本体は、開口部が広く、底は縦横とも一割ぐらいすぼまっていたから、棺の主がは
 いっている空所は、いわばバスダブ型をしている事になる。
・ピラミッドの中の棺は三つとも、ほぼ正南北におかれていた。
・どういう仕掛けになっているのか、頭部側と足側の厚い棺壁の内部に、強い放射線源が
 あり、それがもともと石材にふくまれていたものか、それともあとから埋め込まれたも
 のかわからなかった。
・厚さ五十センチの棺の側壁に、慎重にいくつものほそい穴があけられた。そこから測定
 用の電極や、マニピュレーター、特別の内蔵チェック用のテレビカメラなど、さまざま
 な装置がさしこまれた。そして、専門家たちが慎重に内部の「人物」をしらべた結果・
 ・・。
・「諸君・・・あの棺の内部にいる人物は、・・・生きている」
・”偉大なる神官「三の猿」、それが棺の蓋に書かれた棺の主の名だった。
・棺の主の頭部に、黄金の薄板と硬玉でできた、奇妙なかぶりものをかぶっていた。
・棺の内部は、どういうわけか、厚さ一センチの鉛と、その上にはられた金の薄板で内張
 りされていた。 
・棺の石材そのものが二重になっており、内側のものは、おそろしく硬度の高い硬玉類を
 含んだエジル石で厚さ十センチほど、外側は普通の安山岩だったが、内側と外側の間は、
 どうやったかわからないが、まるで焼きばめたようにがっちり密着していた。
・”三の猿”の体は、おそろしくやせ細ってはいたが、内蔵も、筋肉も、一応は「存在」し
 ていた。ただ、奇妙な事に、組織の「老化」は、下半身にひどく、上半身に行くほどお
 くれているように見える事だった。下肢の筋肉は、大腿部にいたるまでほとんどミイラ
 化しており、足の部分などは、もう完全にぼろぼろになって、計測機がちょっとふれた
 だけで、指の骨の二、三本はもげてしまったほどだった。
・にもかかわらず、上半身はまだ生きていた。心臓は一分間に二十回から十七、八回とい
 う、正常人の三分に一以下の速度でゆっくり、弱々しく鼓動し、肺もどうやら一部だけ
 が呼吸をやっているようだった。
・むろん「脳」は生きている兆候を示していた。微弱なものだが、脳波をピックアップで
 きたのだ。 
・「ちょっと面白い事を見つけたぜ。鉛と金の内張りに、小さな穴がいくつももとから開
 いてたのをしらべているうちに偶然発見したらしいんだが、あの棺の、二重の石材は、
 どうも空気中からアルゴンを選択的に内部へ濃縮する作用があるらしい」
・「一体どのくらいのスピードで濃縮するんだ?」
・「大気中のアルゴンは、分圧にして1パーセント弱だが、そいつを棺内雰囲気の90パ
 ーセントまで濃縮するのに、計算によると20日ぐらいしかかからないらしいぜ・・・」
・「妙なしかけを考えたものだな・・・千年以上も前に・・・あの二種の岩石の組合わせ
 が、そんな作用がある事を・・・」
・「しかしまたなぜ、アルゴンを濃縮する必要があるんだ?組織保全のため、不活性気体
 を棺内に封入するなら、大気中に80パーセントちかくある窒素を使う方法を考えれば
 よさそうなものを・・・」
・「千年は長すぎる・・・。水も飲まずに・・・たとえ、自分の身体組織を、下肢や末端
 から、自己分解して栄養源にしつづけたとしても・・・千円は持たんだろう・・・」
・「あれこそ、本来のミイラかも知れん。むしろ、後世の発掘者が野蛮だったにすぎない
 のかも知れないじゃないか・・・。ミイラというものの、本来の性質についての知識を
 失ってしまい、乱暴に、不用意に棺をあけた・・・」
・「だが、一体なぜ、そんな事をするんだ?千年以上にもわたって、あの真っ暗な、せま
 苦しい棺の中で、仮死状態で眠りつづけて・・・そんな”永遠の生”って、一体どんな意
 味があるんだ?」
・「千年以上、夢を見つづけるために、あんな凝ったしかけをしたのかい?」
・「”夢を見る事”は、他の動物にない、人間の特権なのかも知れないな」
 

・「さっき、モニターカメラの、照射光源が白色光も赤外線も両方とも切れちまったんだ。
 真っ暗になったんで、何の気なしにカメラの軸の角度を変えたら、あれが映った」
・「こりゃなんだ?」
・「・・・光っている・・・」
・「ぼんやりとした光点が、ついたり消えたりしている。」
・「光点が動く」
・「というか・・・ちらばったパターンがかわるんだ」
・光点は、急にはっきり像をむずびかけた。が、そのとたんに、そのパターンはふっと消
 え、かわってたくさんの小さな光点があらわれた。
・「なんだこれは?」
・「どこかで見た事があるぞ・・・」
・「星座だ!」
・今度は、まん中に、直径三センチぐらいの光点があらわれた。明らかに渦状星雲だ。
・「”三の猿”のおっさんは、いったいお棺の中で何をやっているんだ?」
・「アンドロメダかな?」
・「いや、ちがう・・・伴星雲がない。はて、これは・・・」
・「いったいどうなってるんだろう?」
・「あいつは・・・”三の猿”は・・・千年の間、宇宙の夢を見つづけているんだろうか?」
・「いや、ちがう・・・彼は・・・このミイラは・・・”旅”をしているんだ!」
・「棺の蓋の上と、横腹に書いてあった・・・その文章の本当の意味が、いま分かったが
 ・・・」
・「精神の旅か?」
・「千年以上前・・・巨大な何百インチもの望遠鏡も、高感度フィルムもない時代に、彼
 等がどうやって、こんな何百万光年も離れた空間の宇宙の映像を正確に知ることができ
 たと思う?だから、これは、単にこの脳裡にうかぶ”夢”だとは思えないんだ」
・「だけど・・・本当に、何万体と見つかっている、古代のミイラの何パーセントかは、
 ああいう目的のために、自らの意志で、すすんで、生きたまま、瞑想して仮死状態へは
 いって行ったものだろうか?」
・「そうだとしても、成功したのは、そのうちのまた何パーセントかだろう・・・」
・「それだって、おれたちの時代の人間が、そんな事も考えもせず、不用意にあけちまっ
 たため、あけたとたんにただのミイラになっちまい、”古代人の素朴な不死への願望”
 の証拠がまた一つつみ上げられるだけさ・・・」
・「問題は、出し方じゃなくて、入り方にあるんだろ。”古代の知恵”や”古代の物の考
 え方、価値観”が失われた今になっちゃ、たとえ、才能があって、奇妙な訓練をつんで、
 苦しみに耐えるとしても・・・じゃ、そんな事をやるやつが、今の世の中にはたしてい
 るかね?一生つぶして、なぜ・・・・」
・「たとえ、それに成功しても、同じように蓋を開けられたらそれまでか・・・」
・「とすると、精神時間旅行の原理は、一般化できないってわけか?」
・「できりかも知れないが、おそろしく手間がかかりすぎる。成功率だって低いしな・・
 古代人の知恵の中には、今のおれたちのなされている科学的な考え方とは、まったくち
 がったものの考え方、感じ方のプロセスをふんで、まったく奇妙な”能力”や”可能性”
 に行きついたものが、いくつもあったかも知れない」
・「しかしだな、たとえ、ある妙ちきりんなやり方で、千年仮死状態のまま生きて、宇宙
 服なし、超光速の精神宇宙旅行が可能になったにしても・・・いったい、そんな”旅”
 をして、どうするんだい?何千年、棺の中で生きて、夢を見ても、いずれは死んじまう
 んだろう?”出口なし”の旅じゃないか・・・」
・「連中は、宇宙を、全く個人的に使っているのさ。行きっぱなしでかまわないのさ。人
 生の最後に、生きているうちに蓄積に蓄積をかさねたものを推進剤にして、できるだけ
 長いすばらしいジャンプ、華麗なるトリップをやり、自分自身だけ最高に満足して・・
 満足したら、別に”報告”にかえらなくてもいいじゃないか?そんな義務はどこにもな
 いんだから・・・」
・現代人だって、最後はそれでいいのかも知れないなと、ほろ苦く思った。宇宙は、所詮、
 すみずみまで直接解明できるわけはないのだから、最後には、その美しさ、壮大さに感
 動するためにだけある、という事に・・・。