失敗学のすすめ :畑村洋太郎

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この本は、今から20年前の2000年に出版されたものだ。過去に起こった事故などの
いろいろな失敗事例が取り上げられている。事例には古いものもあるが、それでも今読ん
でも、いろいろな場面でとても参考になる内容であり、熟読に値する本だ。
その失敗事例の中で、私が特に注目したものに岩手県三陸海岸の津波についての教訓の記
述がある。まさにその事例が示すようなことが、この本が出版された11年後の2011
年3月11日に東北の太平洋沿岸地帯で起きたのである。そして、そのときも多くの地域
で先達の教訓が忘れ去られており、生かせれることはなく、また一つの失敗を積み重ねて
しまったのである。まさに「天災は忘れたころにやってくる」である。
著者は、三陸地方で行われている「訓練大津波」を紹介して、たいへんすばらしいとこと
だと称賛している。このような訓練を積み重ねから、あの3.11東日本大震災の大津波
においても、その訓練が活かされ「釜石の軌跡」と言われた、3千人近い小中学生のほぼ
全員が避難し、奇跡的に無事だったという事例もあったのだ。しかし、すばらしい訓練を
重ねていても、あの3.11東日本大震災の大津波においては、結局、多くの場所では大
きな被害が出てしまったのである。
著者は失敗学の提唱者でもあり、2011年3月の東日本大震災による福島第一原発事故
の政府の事故調査・検証委員会の委員長を務めていた。あの福島第一原発事故を、この失
敗学においでは、どのように位置づけたのか知りたいものだ。
ところで、1988年4月に起きたソ連のチェルノブイリ原発の事故の原因は、「運転員
の規則違反」とされており、以前読んだ「事故調査」(柳田邦男著)でも、そのようなこ
とが書かれており、私もいままでずっとそう思っていた。しかし、この本を読むと、どう
もそうではなかったようだ。事故後にシェルター内部の調査が進んだ結果、運転員の規則
違反が主原因ではなく、事故の原因の一つは、チェルノブイリ型原子炉が持っていた「ポ
ジティブ・スクラム」という反応が起こったことによるものと、旧ソ連全体にあったセイ
フティー・カルチャーの欠如が事故原因であるという見解が、今では多数派となっている
という。原発事故にはまだまだ謎が多そうだ。
いまの多くの企業などでは、作業方法などをマニュアル化することが一般的になっている
が、このマニュアルというものは、そのとおりにやれば、誰でも効率的に目的を達成する
ことができるので、非常に便利な反面、そのマニュアル主義に偏重しすぎると、マニュア
ル通りにやりさえすればいいんだという思考停止に陥ってしまう欠点もある。マニュアル
から外れたことをやった場合にはどうなるかということも併せて記述しておかないと、思
わぬ大問題を引き起こしてしまう可能性を含んでいる。
この本において、著者は「失敗を恥じである、減点の対象であると考える日本の失敗文化
そのものを変えていく必要がある」と述べている。しかし、いまの日本見たとき、いまだ
にそのようにはなっておらず、残念なことに以前のままであるということは明らかだ。

失敗に学ぶ
・昔から伝わる言葉に、「失敗は成功のもと」「失敗は成功の母」という名言があります。
 失敗しても、それを反省して欠点をあらためていけば、必ず成功に導くことができると
 いう深遠な意味を含んだ教訓です。
・人が新しいものをつくりだすとき、最初は失敗から始まるのは当然のことだからです。
 人は失敗から学び、さらに考えを深めてゆきます。
・いまの日本の教育現場を見てみますと、残念なことに「失敗は成功のもと」「失敗は成
 功の母」という考え方が、ほとんど取り入れられていないことに気づきます。それどこ
 ろか、重視されているのは、決められた設問への解を最短で出す方法、こうすればうま
 くいく」「失敗しない」ことを学ぶ方法ばかりです。
・自分の力で考え、創造力を培う演習が行われる機会は、悲しいかなほとんどありません。
 これが、「日本人の欠点」として諸外国から指摘され、また、自らも自覚している「創
 造力の欠如」にそのまま結びついているのではないでしょうか。
・確かに以前は、ほかの人の成功例をマネすることが、成功への近道だった時代がありま
 した。そうした時代には、決められた設定に正確な解を素早く出す学習法が有効だった
 のは事実です。しかし、ほかの人の成功事例をマネすることが、必ずしも自分の成功を
 約束するものではなくなったのがいまの時代です。
・そのような時代に大切なのは、やはり創造力です。そして創造力とは新しいものをつく
 りだす力を意味している以上、失敗を避けて培えるものではありません。
・創造力を身につける上でまず第一に必要なのは、決められた課題に解を出すことではな
 く、自分で課題を設定する能力です。与えられた課題の答えを最短の道のりで出してい
 く、いまの日本人が慣れ親しんでいる学習法は、少なくともいまの時代に求められてい
 る真の創造力を身につけることはできません。
・創造的な仕事をする場合、できれば身につけていたい知識とはなんでしょうか。それが
 じつは「こうすればまずくなる」という失敗話なのです。「こうすればうまくいく」と
 いういわば陽の世界の知識伝達によって新たにつくりだせるのは、結局はマネでしかあ
 りません。       
・大事なことは、ひとつには学ぶ人間が自分自身で実際に「痛い目」にあうこと、もうひ
 とつは自分で体験しないまでも、人が「痛い目」にあった体験を正しい知識とともに伝
 えることです。
・陰の世界の知識、すなわち失敗経験を伝えることは、教育上大いに意義のあることです
 が、残念なことに失敗そのものには、負のイメージが常につきまとっているせいか、い
 まの日本には、失敗体験が情報として積極的に伝達されることがほとんどありません。
・人の心は意外に弱いものです。強い負のイメージがつきまとう失敗を前にすると、誰し
 もつい「恥ずかしいから直視できない」「できれば人に知られたくない」などと考えが
 ちです。失敗に対するこうした見方は、残念ながらいまでは日本中のありとあらゆる場
 面で見受けられます。 
・失敗は確かにマイナスの結果をもたらすものですが、その反面、失敗をうまく生かせば、
 将来への大きなプラスへ転じさせる可能性を秘めています。つまり、失敗とのつき合い
 方いかんで、大きな飛躍のチャンスをつかむことができるのです。
・人は行動しなければ何も起こりません。世の中には失敗を怖れるあまり、何ひとつアク
 ションを起こさない慎重な人もいます。それでは失敗を避けることはできますが、その
 代わりに、その人は何もできないし、何も得ることができません。
・これとは正反対に、失敗することをまったく考えず、ひたすら突き進む生き方を好む人
 もいます。一見すると強い意志と勇気の持ち主のように見えますが、危険を認識できな
 い無知が背景にあるとすれば、まわりの人びとにとっては、ただ迷惑なだけの生き方で
 しょう。  
・おそらくこの人は、同じ失敗を何度も何度も繰り返すでしょう。現実に、失敗に直面し
 ても真の失敗原因の究明を行おうとせず、まわりをごまかすための言い訳に終始する人
 も少なくありませが、それではその人は、いつまでたっても成長しないでしょう。
・また人が活動する上で失敗は避けられないとはいえ、それが致命的なものになってしま
 っては、せっかく失敗から得たものを生かすこともできません。その意味では、予想さ
 れる失敗に関する知識を得て、それを念頭に置きながら行動することで、不必要な失敗
 を避けるということも重要です。  
・大切なのは、失敗の法則性を理解し、失敗の要因を知り、失敗が本当に致命的なものに
 なる前に、未然に防止する術を覚えることです。
・さらに新しいことにチャレンジするとき、人は好むと好まざるとにかかわらず再び失敗
 を経験するでしょう。そこでもまた、致命的にならないうちに失敗原因を探り、対策を
 考え、新たな知識を得て対処すれば、必ずや次の段階へ導かれます。そして、単純に見
 えるこのくり返しこそが、じつは大きな成長、反転への原動力なのです。
  
失敗とは何か
・「失敗学」における「失敗」は、「人間が関わって行うひとつの行為が、はじめに定め
 て目的を達成できないこと」を失敗と呼ぶことにします。別の表現を使えば、「人間が
 関わってひとつの行為を行ったとき、望ましくない、予期せぬ結果が生じること」とす
 ることもできます。
・根本的な原因に人間が関わっていない自然災害の中にも、失敗として分類してもおかし
 くないものもあります。たとえば、大雨で堤防が決壊したり、地震によって建物が倒壊
 したりするケースでは、自然災害が根本原因でも「人災」と呼んだりすることもありま
 す。人間がつくったものが、本来の用を果たしていないわけですから、こうした場合も
 やはり失敗と考えるべきです。
・「失敗学」における基本的姿勢は、私たちの身近で繰り返される失敗を否定的にとらえ
 るのではなく、むしろプラス面に着目してこれを有効活用しようという点にあります。
・結論から言えば、最初にうちに、あえて挫折経験をさせ、それによって知識の必要性を
 体感・実感しながら学んでいる学生ほど、どんな場面にでも応用して使える真の知識が
 身につくことを知りました。
・受験用の勉強は、与えられた設問への答えの出し方を最短距離で学ぶ、まさに合理的な
 学習法ですが、残念ながらこれだけでは吸収した知識を本当に身につけることはできま
 せん。とおりいっぺんの形だけの知識は身につくものの、それは深い部分にまでは根付
 かず、したがって本当の意味での自分の知識として使うことができないからです。
・この隙間を埋めるには、やはり体感・実感がともなった体験学習が必要で、失敗するこ
 とを厭わず、失敗体験を積極的に活用する必要があります。
・実際、必要な失敗をあえて経験させながら、子ども自身が学び取るようにしてはじめて、
 子どもの判断力は増加するものなのです。
・「小さな失敗を不用意に避けることは、将来起こりうる大きな失敗の準備をしているこ
 とだ」ということを、もっと私たちは知るべきなのです。
・人間が成長したり社会が発展したりする過程で、失敗は避けるべきものでも、避けられ
 るものでもありません。人類はその歴史上、多くの失敗をくり返しながら、その中で多
 くのことも学んできました。
・アメリカのワシントン州のタコマに新たな吊り橋が完成したのは、1940年のことで
 した。当時のアメリカは、長引く経済不況の影響から社会資本整備や地域振興に大がか
 りな予算をつぎ込むことができずにいたため、安価に長い橋をつくることができる吊り
 橋技術の登場に人々の期待が寄せられました。ところが、タコマ橋と呼ばれるその橋は、
 完成からわずか4カ月後、秒速19メートルの横風によってあっけなく崩壊してしまい
 ました。
・この橋が簡単に壊れたのは、横風による自励震動という、当時はまだ未知だった現象が
 直接の原因でした。自励震動とは、風がつくり出す渦に よって橋桁が動かされ、さら
 に動かされることによって新たな振動を生む共振が起こり、さらに揺れが大きくなるも
 のです。
・その後の風洞実験解析から、当時の人類にとって未知だった吊り橋の自励震動のメカニ
 ズムが明らかにされ、その知識は現在の吊り橋技術の飛躍的進歩に結びつけられました。
 その後もさらに研究が進められ、秒速80メートルの風にも耐えられるとされる日本の
 明石海峡大橋にも、タコマ橋の教訓は生かされています。
・時代の花形として脚光を浴びた世界初のジェット旅客機、デハビランド・コメット機が
 路線就航したのは、いまから半世紀近く前の1952年です。それからわずか2年後の
 1954年、フライトの途中で2機の飛行機が相次いで空中爆発を起こしました。コメ
 ット機は、航空機産業界での生き残りをかけたイギリス政府の主導で、1942年から
 開発計画に着手した旅客機です。時速800キロメートルという高速化と、低振動、低
 騒音などの長所を有していたことからイギリスの航空会社BOACがこれを正式採用し
 ました。大事故を起こす前年の1953年には、計47機が世界の大空で活躍していま
 した。それから1年後、はじめの事故は1954年1月、イタリア中部のエルバ島沖で
 起こりました。次いで同年4月、今度はイタリア南部のストロンボリ島沖でも墜落事故
 が発生。これによりコメット機の飛行は全面停止されることになりました。
・事故原因は、やはり当時はまだ未知のものだった金属疲労のメカニズムにありました。
 航空では機体の内外の圧力差が激しく、地上とは比較にならない荷重が飛行機の胴体に
 加わります。この圧力差を考慮した疲労実験を実施して一応は問題なしと判断していま
 したが、その途中、耐圧試験をはさんで行っていたため、機体を圧縮したことで亀裂発
 生が抑制され、実際の10倍以上に寿命を見積もるミスを犯してしまったのです。
・第二次世界大戦中、アメリカはリバティー船と呼ばれる約1万トン程度の輸送船を大量
 に製造していました。溶接技術を駆使して効率よくつくられた船の数はおよそ4千7百
 隻にのぼりましたが、これらの船は就航間もない1942年から1946年にかけて、
 次から次へと不可思議な破壊事故を起こします。船体がなんらかの形で破壊されたのは、
 全体の4分の1に相当する約1千2百隻にのぼりました。そのうちの2百30隻は、破
 壊によって沈没もしくは使用不能お状態に陥り、中には船体が前後真っ二つになってし
 まうような極端なケースもありました。事故は、北洋で、しかも寒冷期に数多く発生し
 ていました。  
・原因を究明したところ、溶接の欠陥、低温脆性などがあげられ、このうち特に温度が低
 くなると金属そのものがもろくなる低温脆性が主原因であると判断されました。また、
 この船は鋼板を溶接で接合していたため、従来のリベット継ぎ手とはちがって亀裂の進
 行をリベット用にあけた穴の部分で阻止することもできないことがわかったのです。
・北海道と本州を結ぶ青函トンネルは、53.8キロメートルの長さを誇る世界最長のト
 ンネルです。もともとこのトンネルがつくられたのは、1954年に起きた洞爺丸台風
 による海難事故がきっかけでした。だれにも予測のできなかった台風の動きによって、
 青函連絡船洞爺丸をはじめ5隻の船が沈み、計1千4百30人の死者を出すというあの
 「タイタニック」に次ぐ世界第二の海難事故になりました。当時の国鉄は二度と海難事
 故を起こさない究極の選択として青函トンネルを計画し、21年間におよぶ難工事の末、
 1985年開通にこぎ着けたのです。
・その工事の過程でトンネル工法に関する数々の新技術を生み出したことは広く知られて
 いますが、その構造には日本国内で起きたあるトンネル事故の教訓が生かれていること
 まではあまり知られていないようです。
・その事故が起こったのは、1972年11月のことです。大阪発青森行きの下り急行
 「きたぐに」は、北陸トンネルを走行中に列車火災を起こしました。乗客から火災発生
 を知らされた車掌は、走行中のトンネル内ですぎに非常停止の手配をとって消火を開始。
 ところが、消化器による消火では火勢は衰えず、やくなく炎上中の車両を前後で切り離
 して脱出しようとしたものの、火災の影響で下り線路の架線が停電したため自力運転が
 不可能になり、トンネル内で列車が立ち往生してしまったのです。このとき、トンネル
 内に閉じ込められた乗客の救出は、反対線路を走行中の列車や救援列車を派遣して行わ
 れることになりました。ところが、トンネル内に充満した煙がひどく、この作業はなか
 なかはかどりません。結局、全員の救助が終わるまでには火災発生から約13時間を要
 し、職員1名を含む30名の死亡者と、719名の負傷者を出す大惨事に発展してしま
 いました。皮肉にも犠牲者の死因は、焼死ではなく一酸化炭素中毒によるものでした。
・火災が発生した場合、すぐに停止させて消火にあたるというのは、当時の運転マニュア
 ルで定められていた対応方法です。一方で、暗く煙のこもりやすいトンネル、足場の悪
 い鉄橋上での停止は努めて避けるようにとも指導されていましたが、マニュアルそのも
 のが曖昧でした。 
・もうひとつの原因は、火災対策がまったくなされていなかった当時の北陸トンネルその
 ものにあります。長いトンネルにもかかわらず、列車の通過などによる自然換気に頼っ
 て、換気・排煙の設備をまったく備えていませんでした。トンネル内では無線も使用で
 きず、約300メートルおきにある鉄道電話でしか非常時の連絡はできないという不備
 もありました。
・この事故をきっかけに、当時の国鉄の安全対策への意識は高まりました。出火車と同型
 の食堂車の全面廃止、新造車両への難燃構造採用、トンネル内での火災発生の場合には、
 停車することなく走り抜けるようにとする運転マニュアルの見直しなど、多くの対応策
 がとられています。  
・これらの対策のうちで最も重要な究極の対策は、本線と並行してつくられた避難用のト
 ンネルの設置です。これなしにはどんな対策をとっても本質的な解決策にはならないと
 いうことを知ったわけです。この教訓は、青函トンネルにもそのまま生かされています。
 北海道口から41キロメートル、津軽海峡の海底下140メートルの場所にある竜飛海
 底駅にいけば、工事用にも使われた本トンネルとは別の坑道を誰でも見ることができま
 す。「体験坑道」と呼ばれているそれこそまさしく北陸トンネル内の列車火災事故に学
 んだ教訓で、緊急時の避難路にもなっているのです。
  
失敗の種類と特徴
・2000年6月、関西方面で大規模な集団食中毒事件が発生しました。大手食品メーカ
 ーの雪印乳業の人気商品である低脂肪乳に黄色ブドウ球菌の毒素が混入していたことを
 きっかけに起こったこの騒動は、「雪印集団食中毒事件」という名前で呼ばれています。
・マスコミ各社はこぞって原因究明報道を行いましたが、商品を製造した同社大阪工場で
 何が原因で問題が生じたか、正確なところは明らかにされませんでした。事態を重く見
 て捜査に乗り出した大阪府警の中間報告によれば、北海道にある同社大樹工場で製造し
 た、低脂肪乳の原料としても使っていた脱脂粉乳にもともとの問題があったというのが
 有力な説になっています。しかしいずれにせよ、同社の衛生管理がずさんだったことだ
 けはまちがいありません。 
・実際の失敗は、ひとつの要因だけで起こることはほとんどなく、いくつかの要員が複雑
 に絡んで人々にとって好ましくない形で現れるのです。
・失敗原因階層ピラミッドの中間から上に向かって存在する失敗原因には、組織運営不良、
 企業経営不良、行政・政治の怠慢、社会システム不適合、未知への遭遇などがあります。
 ひとつの失敗の原因をたどっていくと、複雑な階層性が存在していることに気づきます。
 ここで注意しなければならないのは、階層の上にいる者は自分の責任が及ぶことを怖れ
 て、失敗の責任を下の者に転嫁することがよくあるということです。
・最近頻発している医療ミス問題でも、病院側の管理の不備、経営の問題を認めず、一看
 護婦のミスとして問題を処理しようとするケースをしばしば見かけます。階層性に存在
 するこうした問題を理解しないことは、やはり真の原因が見えてこないのがまさに失敗
 の持つ特性のひとつなのです。  
・失敗には、「許される失敗」と、許されない失敗」があります。もっとわかりやすい表
 現を使えば、「よい失敗」と「悪い失敗」という言葉に置き換えることができます。
・「よく失敗」は、この未知への遭遇の中に含まれるもので、細心の注意を払って対処し
 ようにも防ぎようのない失敗を指します。
・「よい失敗」に数えられるもうひとつの失敗は、「故人にとっての未知」への遭遇です。
 当然そのミスを起こした個人は、それによってなんらかのペナルティを受けるでしょう。
 とはいえただ叱るだけでなく、その人の成長過程で必ず通過しなければならない失敗は、
 「よい失敗」と認めるべきです。そして、いたずらに責任追及を行うことは避けなけれ
 ばなりません。  
・人間の成長は、失敗なしに語ることはできません。成長の陰には必ず小さな失敗経験が
 あり、これをくり返しながらひとつひとつの経験を知識として自分のものにしていきま
 す。さらに小さな失敗から得た知識が次の大きな失敗をおこさないための軌道修正の働
 きをし、さらには次の成功へと転化していきます。
・人が成長する上で、必ず経験しなければならない失敗があるのです。これが「よい失敗」
 で、別の言葉を使えば、「必要な失敗」といえます。そして、「よい失敗」「必要な失
 敗」は、成長や発展を促すためにもどんどん経験すべきなのです。
・「よい失敗」と対比されるものに、経験する必要のない「悪い失敗」があります。これ
 はどんな失敗かというと、端的にいえば、「よい失敗」に含まれない失敗がすべてこの
 「悪い失敗」だと考えてまちがいありません。なにも学ぶことができず、単なる不注意
 や誤判断などからくり返される失敗は、それが個人にしか影響を与えない小さなもので
 も、明らかに「悪い失敗」です。
・失敗の原因を分類すると、次の10の項目に大別することができます。
 1)無知
   失敗の予防策や解決法が世の中にすでに知られているにもかかわらず、本人の不勉
   強によって起こす失敗です。これを防ぐには勉強しかありませんが、無知による失
   敗を怖れるあまり、行動することなく調査や勉強ばかりに力を注いでいると、失敗
   によって失うものよりさらに大事なやる気と時間を失いことになります。
 2)不注意
   十分注意していれば問題がないのに、これを怠ったがために起こってしまう失敗で
   す。体調不良や過労、あるいは多忙中や焦燥感を募らせて平常心を失っているとき、
   つい集中できずに起こってしまうケースです。
   致命的な結果に結びつく作業では、不注意による失敗を避けるべく、作業そのもの
   を中止する配慮が必要です。     
 3)手順の不順守
    決められた約束事を守らなかったために起こる失敗です。とくに組織の中で活動を
    行う場合、約束事を無視した一人の身勝手な行動が、そのまま失敗に結びつくこと
     がたくさんあります。
   これを防止するために、企業の中では必ず作業手順をマニュアル化し、同じことが
   誰がやっても失敗なく行えるように努めています。ところが、こうした管理手法で
   行動を定式化すると、それに従って動いている人が「マニュアルを守りさえすれば
   十分」という錯覚に陥り、あらかじめ想定していない事態や事故に適切に対応でき
   ないという欠点も併せて持っているので注意する必要があります。
 4)誤判断
   状況を正しくとらえなかったり、状況は正しくとらえたものの判断のまちがいをお
   かしたりすることから起こるものです。判断に用いた基準や決断にいたった手順が
   まちがっていたため、結果として誤判断となるものもあります。
   これらを防ぐには、さまざまな状況を想定してその結果までを頭の中で考える仮想
   演習を行うべきです。  
 5)調査・検討の不足
   判断する人が、当然知っていなければならない知識や情報を持っていないために起
   きる失敗や、十分な検討を行わないために生じる失敗です。
 6)制約条件の変化
   なにかをつくり出したり、あるいは企画するとき、必ずあらかじめある種の制約条
   件を想定してことを始めます。そのとき、はじめに想定した制約条件が時間の経過
   とともに変わり、そのために思ってもみなかった形で好ましくないことが起こるの
   が制約条件の変化による失敗です。
 7)企画不良
   企画ないし、計画そのものに問題がある失敗です。
   役割分担が明確な企業などの組織では、企画者の下に実行者がいるのが一般的です。
   このケースでは企画そのものが悪かれば、実行者がどんなにがんばってもうまくい
   くはずがありませんが、実際にはまったく責任がないはずの実行者に失敗原因が帰
   せられて後始末が行われることが多く、企画不良による失敗は実行者にとって最も
   つらい形になりがちです。とりわけこうしたことは、トップに権力が集中している
   組織に起こりがちです。
 8)価値観不良
   自分ないし自分の組織の価値観が、まわりと食い違っているときに起きる失敗です。
   過去の成功体験だけを頼りにしたり、組織内のルールばかりに目を向けていると、
   経済、法律、文化などの面からいわゆる常識的な評価がきちんとできなくなり、こ
   の種の失敗に陥りやすいのです。
 9)組織運営不良
   組織自体が、きちんと物事を進めるだけの能力を有していないケースの失敗です。
   最たるものは、組織の長が失敗を失敗と認識できないために、これを見逃して傷口
   を大きくするパターンです。
 10)未知
   世の中の誰もが、その現象とそれにいたる原因を知らないために起こる失敗です。
   人間の歴史をひもといてみると、未知を原因とする失敗に遭遇した後、その原因と
   メカニズムについて賢者たちが徹底的に考えることで失敗を防ぐ手だてを発見し、
   その集積によって文化を築いてきました。その意味では、未知による失敗はいたず
   らに忌み嫌うものではなく、文化をつくる最大の糧として大切に扱うべきです。
・ある主題にぶつかったとき、こえを直感的にすべて理解できる人などほとんどいません。
 たいていの人は、樹木構造で順序立ててものごとを理解しています。樹木構造は、頭を
 整理する方法としてはたいへん見やすく、すぐれたものです。極論するならば、思考の
 ひとつひとつのパートごとに整理して樹木構造の形にしないかぎり、人が全体について
 の理解を身につけることなど不可能だといっても過言ではありません。樹木構造は、社
 会のいたるところで見ることができます。知識を伝える学問は、ほとんどが系統立てた
 樹木構造で整理されています。
・組織を効率的にひとつの目的に向かって動かすとき、樹木構造はたいへん力を発揮しま
 す。軍隊などがいい例ですが、会社や役所などの組織づくりにも応用され、各部署に異
 なる役割を与え、これを系統ごとにまとめる形で多くの組織は運営されています。
・とはいえ、ここで注意しなければならないのは、樹木構造はあくまで人がその対象を単
 純化してわかりやすく理解するための方法にすぎず、実際の概念や事象はもっと複雑な
 ものであるということです。実際の概念や事象では、系統の最も末端にあるもの同士に
 も、見えないリンク(関連)が必ず存在しています。そのことを忘れて、樹木構造の中
 ですべてを理解したつもりになっていると、手痛いしっぺ返しを受けることになります。
・樹木構造を持った組織のひとつの部署が、いったん決まった内容をその作業の途中で変
 更した場合、その変更内容は組織の中にあらかじめつくってある情報の伝達網に従って
 すべて正確に伝達される建前になっています。しかし実際にはその伝達に漏れや遅れが
 生じるために失敗が生じます。これは、手配漏れ・連絡漏れという形で表れることもあ
 ります。手配漏れ・連絡漏れは、日常の仕事の場面でしょっちゅう起こっていることで
 す。    
・手配漏れ・連絡漏れの典型的な事例が、最近、日本原燃が青森県六ケ所村に建設中の核
 燃料再処理工場で見られました。それは、六ケ所村再処理工場に据え付けられる廃液タ
 ンクの制作業務を請け負った日立製作所が、自社工場での組み立て時に廃液タンクに内
 蔵するはずの部品を、途中で設計変更に伴う連絡漏れによって付け忘れたもので、運転
 中の不具合はなかったものの原子力の安全管理問題を不安視する住民をナーバスにさせ、
 知事も強く抗議するなどの騒動になりました。
・これら樹木構造的組織の中で起こりやすい失敗を避けるには、樹木構造の中の見えない
 リンクを知り尽くし、全体の動きをトータルに管理・監督する役割を担う存在が不可欠
 です。そう考えると、現場レベルでも、何と何を押えていれば全体のミスがなくなると
 いうのをきちんと理解している人を育成していく必要があります。このような人を生か
 すような組織運営を行わないことには、必ず樹木構造の落とし穴にはまり、失敗をいた
 ずらに繰り返すことは避けられません。
・ハインリッヒの法則というのをご存知でしょうか。1件の重大災害の裏には、29件の
 かすり傷程度の軽災害があり、さらにその裏にはケガまではないものの300件のヒヤ
 リとした経験が存在しています。これがハインリッヒの法則と呼ばれるもので、潜在的
 な労働災害とそれが顕在化する確率をいわば経験則から導き出した考え方なのです。
・失敗の成長は、水をたたえるダムにたとえることができます。小さな失敗という水が貯
 められていく過程で放水という防止策を打てば、決壊などの問題が生じる心配はまった
 くありません。これを行わずに徐々に水をため込んでいくと、最も弱い部分にやがて小
 決壊が始まります。それでもなお放水を行わずに放置しておくと、ある閾値に到達した
 ときについには大決壊が始まり、破滅に向かって一気に突っ走る、取り返しのつかない
 大失敗に成長してしまうのです。
・大きな失敗が発生するときには、必ず予兆となる現象が現れます。ハインリッヒの法則
 に従えば、ひとつの大失敗の裏には現象として認識できる失敗が約30件はあり、その
 裏には「まずい」と感じた程度の失敗とは呼べないものも含めて300件もの小失敗が
 あるからです。
・しかし現実には、こうした失敗の予兆は放置されることがほとんどです。なぜなら失敗
 は「忌み嫌うもの」であり、できれば「見たくない」という意識が人々の中にあるから
 です。その挙げ句、失敗した人には必然的に起こった失敗の原因まで、未知や不可抗力
 という言葉でごまかそうとする傾向もありますから、これでは大きな失敗があとからあ
 とから出てくるものも当然です。
 
失敗情報の伝わり方・伝え方
・失敗情報は時間の経過やいくつかの経路を通るうちに急激に減衰する傾向があります。
 だいたい当事者の次の人くらいまでは、失敗情報は伝わっていても、その次の人くらい
 から情報があまり伝わらなくなるというのはよくあることです。世代間の伝達にいたっ
 ては、祖父母から孫にいくあたりで、すでに著しく減衰するのが普通です。
・昔から何度となく大規模な津波被害を受けてきた岩手県三陸海岸を歩いたときに実際に
 見聞きした話です。津波というのは、入り組んだ海岸線を持つリアス式海岸では、先に
 来た波が後ろから来る波に追いつかれて徐々に波高を上げていくという現象が起こり
 やすく、V字形湾ないしU字形湾の湾奥にある集落に大きな被害をもたらします。三陸
 海岸では、津波被害を受けやすいリアス式海岸であるばかりか、沖には地震の巣である
 日本海溝があるため、世界一の津波常襲地帯として知られ、何度となく津波被害を受け
 てきました。 
・その三陸海岸の町々を注意しながら歩いてみると、あちらこちらに津波の石碑を見つけ
 ることができます。大規模な津波が押し寄せるたびにつくられたもので、犠牲者も多か
 った古い時代の石碑は慰霊を目的にしていました。その中には、教訓的な意味合いが込
 められたものもあり、波がやってきた高さの場所に建てられ、「ここより下には家を建
 てるな」という類の言葉が記された石碑も少なくありません。
・昔から伝わるそんな忠告を人々が忠実に守り、いまでも石碑より下には絶対に家を建て
 ないなど徹底した津波対策をとっている地域ももちろんあります。かと思えば別の地域
 では、便利さゆえに先達たちが残した教訓を忘れて、人が次第に海岸縁に集まっている
 ところもありました。そんな地域もいまでは防潮堤がつくられるなど対策がとられてい
 ますが、その昔は教訓などまったく忘れたある日、再び突然やってきた津波ですべてが
 押し流されてしまうということもあったのです。その経験もやはり石碑に教訓として刻
 まれたりしますが、それでもなお一部の地域では便利さゆえに海岸縁に住み続けていま
 す。  
・このように、一度経験した失敗がごく短期間のうちに忘れられ、再び同じ失敗を繰り返
 すことは珍しくありません。三陸海岸という津波常襲地帯で行われてきた過去の例にも、
 「失敗は人に伝わりにくい」「失敗は伝達されていく中で減衰していく」という、失敗
 情報の持つ性質がはっきりとうかがえます。
・2000年3月8日、営団地下鉄日比谷線の中目黒駅付近の急カーブで、八両編成の電
 車の最後部車両が脱線し、反対線路を走行中の電車と衝突して5人の死者と60人の重
 軽傷者を出す惨事となりました。事故原因は、急カーブで起こりやすいとされる、いわ
 ゆる「せり上がり脱線」現象とされています。
・営団の発表によれば、じつは同様の脱線事故が、1992年10月と12月にも起きて
 いたということです。ふたつの事故の後、社内に検討会を設けて調査したものの、原因
 を特定するまでにはいたりませんでした。その結果、ほかの車両や営業路線への対策を
 特に講じず、そればかりか「営業路線内の事故ではなかった」「人身被害もなかった」
 などの理由から、この事故の報告は鉄道行政を管理する運輸省にも一切されませんでし
 た。この経緯を見るかぎり、日比谷線での事故は起こるべくして起こったものです。別
 のいい方をすれば、人に知られたり表に出たりすることを極端に嫌う、「失敗情報は隠
 れたがる」という失敗情報の持つ特性がこの事故の背景にあったといえます。
・1992年の事故のとき、もしもこの事故の原因が隠されたままにされず、徹底した調
 査・検討を行うことで白日の下にさらされていたら、その後に事故が繰り返されること
 も当然なかったはずです。起きてしまった失敗を忌み嫌って無視するか、それとも失敗
 を直視してそこから学ぼうとするか。対応の仕方ひとつで、その後の結果はこうも変
 わってくるのです。
・失敗はつい隠したくなるものです。これは人間の心理として当然だと私は思います。し
 かし発覚した失敗をウソをついてまで隠すことは絶対にやるべきではありません。場合
 によっては、回復不能な事態にまで追い込まれることもあるからです。
・2000年7月にリコール隠しが発覚した三菱自動車のケースは、まさにその典型例で
 した。大企業が意図的に一部のクレーム関連書類を隠蔽し、リコールや改善対策を怠っ
 ていたことで、大きな驚きを与えた騒動です。この三菱自動車の一件も、「失敗情報は
 隠れたがる」という失敗情報の特性をひときわ顕著に表しています。また、発覚した失
 敗にウソで対処することが組織にとっていかに致命的なことか、私たちはこのケースか
 ら学ぶことができます。
・失敗情報の特性のひとつに、「失敗情報は単純化したがる」という面があります。失敗
 情報が伝達経路をたどっていくとき、その経過や原因が極めて単純な形でしか伝わらな
 いという意味です。
・実際の失敗は、単純な言葉で語れるものではありません。失敗が起こった経過からして、
 細かい描写がなければ真実の姿をうかがい知ることはできないのです。原因もしかりで、
 ひとつの失敗には複数の原因がからんでいることが多く、これがひとつのフレーズで単
 純化されて伝えられると、そこから得るべきものはかぎられてしまいます。
・人が失敗情報から学ぶとき、正確な事実を把握し、その失敗の全容を正しく理解するこ
 とが必要です。単純化された失敗情報では、正確な事実を把握できません。
・一方に失敗情報が伝わると都合の悪い人がいれば、その一方では、この情報を使わない
 と困る人がいるというのは、世の中ではよく見られる構図です。さらに、その中間にい
 る人が、伝達されるべき情報の中に自分の利害を入れることさえよくあります。こんな
 ことを数回くり返されると、伝えられる失敗情報はもともとのものとはまったくちがっ
 た情報になるので、これは困った問題です。
・1988年4月のチェルノブイリ原発事故が起こったとき、当時のソビエト政府は、事
 故原因を単なる運転員の規則違反と発表し、原子炉そのものに構造的欠陥があったこと
 をひた隠しにしたことはあまり知られていません。その理由は、西側諸国の追及姿勢の
 甘さにも原因がありました。チェルノブイリの問題を掘り下げることは、自国の原発反
 対運動を盛り上げることにもなりかねません。国策として原子力開発を進める上では明
 らかなマイナス要因にしかならず、自国の利害を考えて、意図して歪曲された失敗情報
 をあえて受け入れたわけです。
・史上最大の戦艦大和が、ほとんど戦果を挙げることができずに、沖縄での決算の際、片
 道の燃料しか積まずに出撃し、結局は米軍機の度重なる空襲の前に海の藻屑と消えたの
 は、有名です。
・戦艦大和の失敗は、戦術についての制約条件の変化が原因だったことはまちがいありま
 せん。しかし、飛行機や潜水艦があれほど強くなることをこれらの艦船の立案者が予測
 できなかったという真の原因まで忘れてしまっては、失敗情報を正しく知識化して教訓
 にすることなどできません。この悲劇の真の原因は、戦争のやり方が大鑑巨砲の時代か
 ら航空機に変わっているという時代認識を持てなかった軍備の立案者の判断不良にあっ
 たことを知らなければならないのです。
・失敗情報の特性の最後に、「失敗情報はローカル化しやすい」という点があげられます。
 ひとつの場所で起こった失敗は、ほかの場所へは容易に伝わらないという意味です。失
 敗情報がローカル化しやすい原因は、失敗そのもののネガティブな印象にもあります。
・失敗情報の持つこうしたローカル化の性質は、組織全体から見れば明らかにマイナスで
 す。ひとつの部署で発生した失敗を組織全体で共有できないことで、同じ類の失敗がど
 この部署でも同じように繰り返されるからです。
・ローカル化とほぼ同じ原理で、失敗情報には「失敗情報は組織内の上下動しない」とい
 う性質があります。ひとつの部署で起きた失敗は、隣の部署だけでなく、上へ下へも伝
 わりにくいということです。     
・客観的な情報は、一見すると優れたものに見えますが、経験者と同じ立場の人が見ても、
 残念ながらそこから新しい何かを生み出すまでにはいきません。身近な問題として実感
 できるのは、むしろ日記のように心理状態まで克明に綴られた記述のほうです。
・事件や事故の報告書は、多くの場合、客観的な立場で全体を見ることができる第三者に
 よって作成されます。そのせいか、どこか批判めいた論調であったり、糾弾するような
 調子になりがちです。失敗情報から多くのことを学ぼうと考えている人たちにとって、
 残念なことにこうした記述はほとんど役に立ちません。人々が本当に欲しているのは、
 その失敗に際してその人が何を考え、感じ、どんなプロセスでミスを起こしてしまった
 かという当事者側から見た主観的な情報だからです。
・ひとつの失敗から教訓を学び、これを未来の失敗防止に生かしたり創造の種にしたりす
 るには、ひとつには失敗を事象から総括するまで脈絡をつけて記述すること、もうひと
 つは失敗を「知識化」する作業が必要です。知識化とは、起こってしまった失敗を自分
 および他人が将来使える知識にまとめることで、失敗の情報の正しい伝達には不可欠な
 ことがらです。 
・ふだん私たちの目に触れる事実は、すべて起こった結果でしかありません。起こるにい
 たった脈絡、経過は見えていないのです。しかし本当に失敗を生かして次に失敗をしな
 いようにするには、必ず結末にいたるまでの脈絡を自分で把握する必要があります。脈
 絡を知らないと、本当に失敗を知ったことにはなりません。
・記述した失敗情報は、次に「記録」をしなければなりません。前者は当事者の覚え書き
 程度のものでも構いませんが、それらをデータとして利用しやすいように整理する作業
 が「記録」です。失敗情報を手軽に使える知識にするには、必要に応じてすぐに検索で
 きるように工夫することも必要です。
・じつはたいていの人が、記述するところまでで終わってしまっています。しかしさらに
 記述を記録にまで進めれば、自然に人に伝わり、役に立つものができるというのは大き
 な間違いで、それだけでは絶対に伝わりません。
・大切なのは、記録のあとに「知識化」という作業を入れることです。知識化してはじめ
 て使える失敗情報になるのです。
・そして最後にくるのが、「伝達」というプロセスです。失敗が一個人だけのもので、そ
 こから得た知識も一個人しか活用できないものであれば何も伝達する必要はないのです
 が、個人の周辺や組織に関わるものは、関係者に対する積極的な情報伝達が必要です。
 これを怠ると、他の人が同じ過ちを無意味に繰り返すことになりかねないからです。
・失敗に知識化は、その失敗経験から学んだ教訓や知恵であり、様々な視点からその失敗
 を見ることが大切です。
・アメリカの大企業では、それぞれの製品ごとに事故や故障を含むすべての情報を体系的
 に整理し、門外不出の宝物として使用しています。この活動はすでに50年以上も続け
 られており、世界戦略の基礎になっているということです。
・フランスのある会社では、先端技術の各分野ごとに、それぞれの技術の発展期のキーパ
 ーソンにインタビューし、その発展の過程に生じたことを情報資源として整理していま
 す。その方法は、若い女性を聞き散り調査の専門スタッフとして養成し、すでに年老い
 て引退している、技術の発展期に活躍した人たちから当時の話を聞くというものです。
 孫娘に昔話を聞かせるような気持ちで当時の情報をこと細かに話してもらうのが目的で、
 直接の聞き取り調査と裏付け調査を何度もくり返しながら完成度を高めていきます。
・日本でも技術の発展期に活躍し、すでに引退した技術者は、失敗を含めた自分の体験を
 話したがっていますが、貴重なこれらの話を集める努力は組織としてほとんどなされて
 いません。
・先達の体験を吸収し、これを次世代に伝えていくのは本来、文化そのもののあり方です。
 公的機関主導ではなく、それぞれの企業、組織で自発的に発展期の失敗体験やこれを知
 識化したものを集めることが、次代につながる貴重な財産になるはずです。
  
全体を理解する
・太平洋戦争がはじまり、従来の戦艦主義から、航空力の優位が明らかになるにつれて、
 航空母艦の重要性も飛躍的に高まりました。そこで日本でも英米に倣い、新型空母の建
 造に取りかかりました。その結果、戦争も末期を迎えようとしていた1944年3月に、
 航空母艦「大鳳」は完成しました。従来の空母と違い、空からの敵の爆弾による攻撃に
 よる攻撃に強いのが大きな特長だった「大鳳」は、しかし建造からわずか三カ月後にあ
 えなく沈没してしまいます。
・沈没するにいたった直接の原因は、マリアナ沖の戦闘において、アメリカの潜水艦アル
 バコアが発射した魚雷のうち一発が軽質油タンク近くに命中したことにあります。もっ
 とも、「大鳳」は被弾後も戦闘行動を継続できる状態にありました。実際は、それから
 6時間後に、漏れだした航空ガソリンから発生する混合ガスが甲板の下に位置していた
 二層の格納庫内に充満し、これを換気するための十分な機能がもともと備わっていなか
 ったので、なにかの拍子に引火して突然大爆発を起こしたというのが沈没にいたった真
 相です。
・混合ガス爆発は、ガソリン蒸気のような可燃性ガスと空気との混合ガスが充満したとき、
 これになんらかの原因で着火した火が一気に広がるようにして起こる大爆発のことです。
 燃料濃度が、ある一定の数値にならなければ爆発もおこらない性質をもつもので、「大
 鳳」のケースでは、魚雷の命中による燃料漏れからこの条件にいたるまでに6時間を要
 したと考えられています。    
・混合ガス爆発の原理は、死者458人、重軽傷者555人を出した1963年の三井三
 池炭鉱の炭塵爆発とまったく同じです。炭坑での採掘作業の際、石炭の粉塵が空気中に
 浮遊しますが、微粉状の可燃物が空気中である濃度に達したとき、なにかの拍子でこれ
 に引火して一気に爆発を起こしたのが、まさに三井三池の大事故でした。
・最も危険物になりやすいといわれる炭塵は、じつは清掃と水撒きによって容易に爆発を
 防ぐことができます。ところが、おりからのエネルギー革命で石炭から石油へと転換が
 進む中、当時は利益率を上げるために大量の解雇による合理化が進められたため、安全
 管理のための作業を担当する人間までが減らされて大惨事へと発展したのでした。
・「大鳳」を建造した当時の日本は、最新鋭空母の建造するに当たり、イギリス、アメリ
 カの軍艦の資料や写真を参考に設計しました。英米の資料を基にカタログ値の優れた艦
 を設計すれば、それだけで優秀な軍艦ができると信じたわけですが、机上の設計技術は
 マスターしても、その基礎になる実地における設計思想の伝承がまったくなされなかっ
 たために、貴重な戦力であったはずの航空母艦「大鳳」の事故が起きてしまったと考え
 られています。
・勝負ごとは痛い目にあわないと身につかないという。ノウハウの多くは失敗から生まれ
 る。他者の失敗であっても同じである。しかし、他者の失敗から学ぶには学ぼうとする
 目的意識が強く、高い科学技術の基礎能力がなければ不可能である。
・体感をともなわない知識は、なかなか身につかず、それどころか重要なものまで軽々に
 扱って、結果として重大な失敗をもたらすおともしばしばあるのです。
・まず行動してみて失敗することが大切なのですが、知識を受け入れる素地ができたあと
 には、すべて自分で経験してそのたびに毎回失敗する必要はありません。あれもこれも
 経験すべきという調子で失敗を繰り返していたら、それこそ時間もかかるし、まわりか
 らの信頼も失墜させることになりかねません。場合によっては、取り返しのつかない致
 命的な失敗を起こさないともかぎらないので、失敗体験は本来、ひつよう最小限に抑え
 るというのが、失敗との上手なつき合い方の基本です。
・そもそも小さな失敗を知識として生かす術を知っている人は、これを応用して他人の失
 敗経験から得た知識まで活用して成功への近道にできます。そのとき最も効率的なのが、
 すでに習得した知識を使って自分がその失敗を体験しているかのように行うシミュレー
 ションで、これを「仮想失敗体験」と呼んでいます。
・こうすればうまくいくという、教え込まれた解への一本道だけでなく、その一本道の周
 辺にある脇道にそれた場合に何が起こるかを知識として頭の中に貯め込むのが、仮想失
 敗体験にきたいできる効果です。それは単に失敗事例を読むだけでなく、自らの意志で
 行動したと仮定し、そのときに起こる失敗を想定しながら現実にダメージを受けること
 なく頭の中での経験として習得するのが正しいやり方です。    
・創造のスタートはまず行動することで、これをさらにいえば、行動の際には、小さなも
 のでいいからできればすべて自分で最初から最後までやってみることを強くお勧めしま
 す。そうすることで、自分が携わる仕事がどんなものか、全体像を体感・実感できます。
 一通り、自分が関わる仕事の全体を体感することで、それぞれの仕事がどんな過程で進
 められるかといった構造的なものから、どんな知識が必要かといった問題まで理解が深
 まるわけです。
・世の中でベテランと呼ばれる人の中には、経験を盾に「オレはこいつのことをすべて知
 っているんだ」と豪語する人もいます。経験によって理解していることそのものはすば
 らしいことですが、残念なことにこういう経験第一の態度では、経験を創造に生かすも
 う一ランク上のステップにまではなかなか進むことができません。
・世の中には、「ベテラン」と呼ばれる人がたくさんいますが、厳密にいえば、体験をベ
 ースにしながらも、さまざまな知識も貪欲に吸収している「本当のベテラン」と、経験
 だけはたくさんしてもなにひとつ知識化できないでいる「偽ベテラン」の二種類に分類
 されます。後者は失敗の種を大きく成長させる張本人になることも多く、自分が対応で
 きない問題が生じたときには、これを無視し、対策をとらず、身て見ぬふりをするなど
 して結果的に大きな失敗の発生に加担していることもしばしばあります。それでいて組
 織の長をつとめていたり、ふだんは横柄にふるまっていることも多いので、こういう偽
 ベテランは組織にとってもかなり厄介な存在です。
・なにも考えてこなかった人が、突発的な事態が起こったときに、突然頭がよくなり、こ
 れにうまく対応できるなどということは、残念ながら絶対にあり得ない話です。徹底的
 にものごとを考えつくしている人がいて、予期せぬことといわれているものが、じつは
 予期していたことに近いものだったときにうまく対応できるというのが真実です。
   
失敗こそが創造を生む
・人が思考しているときに、現実に頭の中で起こっているプロセスは、その一部始終をほ
 かの人にそのまま話しても、これを聞く第三者はおそらくほとんど理解できません。そ
 こで便宜上、ほかの人には整理し直してから話す、「論理的」なる説明を行うというの
 が真相のように思います。
・この仕組みを理解せず、「失敗から新たな創造を生み出すには論理的思考が不可欠」な
 どと誤解しては、やはり真の創造力は身につきません。現実の場面で、貴重な失敗を新
 たな創造に効率よく生かすこともできないのです。これでは意を決して忌み嫌われてい
 る失敗に真正面から向き合った甲斐がないというものです。
・人間が思考するとき、そのアイデアの種になるソース(源)にはいろいろなものがあり
 ます。学校などの勉強でインプットした知識や山勘的な思いつきや自らの失敗体験のよ
 うに経験的に学んだものなどがそうです。これらのアイデアの種が、生き方や好みとい
 ったその人個人のフィルターを通して、すべてひとつの思考平面という思考の場へ落ち
 てくることから、思考作業はスタートします。
・このアイデアの種は、瞬間的にかつ同時にたくさんのものがなんの結びつきも論理性も
 なくバラバラに現れるのが特徴です。この段階では、各々のソースから生み出されてき
 たアイデアの種は完全に孤立し、お互いの結びつきなどまったくありません。そして、
 孤立したこのアイデアの種と種を結びつけ脈絡を持たせる作業が思考の中でも最も大事
 な部分なのです。
・アイデアの種と種を結びつけていくこのやり方は、本当に人それぞれです。それぞれの
 アイデアの種の結びつきを何度も繰り返しやり直すおとは当たり前です。この孤立した
 アイデアの種と種を結びつけ、最初はとにかくなんでもいいから始点から終点まで脈絡
 をつけてみるのがコツです。ときにはおづしても脈絡がつかず、つながらないこともあ
 りますが、そのときは潔く試した脈絡をあきらめて、まったく別のやり方でつなげてみ
 るのです。
・ちなみに、創造力に優れている人には、この脈略のつなぎ方に「思考のけもの道」のよ
 うなものができていることがあります。動物が警戒することなく安心して歩けるような、
 いわば安全に便利にいつでも使える思考パターンです。
・学校の授業で教える知識は、すでに改良が加えられて、課題から結論までが無駄なく一
 直線の状態にあるものがほとんどです。
・あるものを創造するとき、仮説立証によってとにもかくにも始点から終点までつながっ
 た状態になれば、最低限当初の目的は達成されます。ここまでくると、「もうこれでい
 いんじゃないか」と思考を停止してしまう人がいます。しかし実際はこのような姿勢で
 はいいものを創造することはできません。
・失敗を糧に優れた創造を行う力を持っている人と、失敗と真正面から向き合うのが苦手
 で新たなものを創造するのが苦手という人の差は、思考平面上に投影させるアイデアの
 種の質もさることながら、アイデアの種に一応の脈絡をつけることができてからの姿勢
 のちがいにもあります。苦労して考え出したものを単なる「いも商品」「いも企画」
 「いも計画」で終わらせないためには、形として成立させたこの段階をむしろ創造のス
 タート地点と考えるくらいの気構えが必要なのです。
・いいものを創造する上で重要なことは、アイデアの種をつなげて生み出したものが本当
 にそれでいいのか何度も検討し直すことです。とくに思考や想像が不得手な人がつくり
 上げたものには、無理や無駄、あるいは足りないものなどがとかく多いので、 よりよ
 いものに仕上げていくには、この結びつきを再度検討してつなぎ直していく必要があり
 ます。周囲の状況が変わったらどう対応するのかなど、様々な問題を想定しながら創造
 したものに磨きをかけていく作業です。いろいろな問題点を洗いだしながら、無理、無
 駄を排すブラッシュアップを行うのがこの作業の目的です。
・ここで大切なのが、想定される失敗と真正面から向き合う姿勢です。人はどうしても自
 分が苦労してつくりあげた企画に対し、なるべくよい面を見ようとします。それはそれ
 で大切なことですが、ともすれば、そうした心がマイナスの仮定では過小評価すること
 につながり、企画全体が甘くなりがちで、実際に実行したときに「しまった!」となる
 ことも多いので注意が必要です。
・また、仮想演習は、たくさんやればやるほど、よりブラッシュアップされるので、可能
 な限り「入念に行うべきもの」でもあります。思考平面上で考えると、いったんできあ
 がった始点から終点までの流れを修正し、無理や無駄が生じている部分を排除し、素直
 な結びつきへと結びつけ直す作業の基本が仮想演習です。場合によっては、別の部分に
 異なるアイデアの種が投影されて、道筋がまったく変わってしまうこともあり得ます。
・さらには、この作業を行うときには、無理、無駄を排して脈絡をつなぎ直す段階で豊か
 にたくさん出したアイデアの種を欲張って全部入れようとせず、大胆に切り捨て、研ぎ
 澄ましていかなければならないということを心がけなければなりません。「せっかく出
 したアイデアの種だからもったいない」と、欲張って全部使おうとする人がよくいます
 が、これでは決していいものは生まれないので要注意です。
・多くの場合、技術者は自分のつくろうとしているもののことだけを考え、それがきちん
 とできれば自分の仕事は終わったと思いがちです。ところが、自分が創造したものが社
 会にどのような影響をあたえるかまでを考えなければ、本当の意味でまわりの誰からも
 評価される創造などできないのです。
・創造力のセンスがある人とない人の違いは、自分の中に備えた基礎知識を応用して使い
 こなせるか使いこなせないかの違いと考えられます。日々見聞きしている情報を仕事な
 ど自分がしていることと常にリンクさせて考えられるか否かのちがいともいえます。
・私は、日頃から「思いつきノート」というものをつけて、仕事や研究に生かしています。
 いわば自分専用のアイデアメモのようなものです。

失敗を立体的にとらえる
・目先の利益にとらわれると、失敗の可能性が見えなくなってかえって大きな損害を被る
 ことは珍しいことではありません。本来やらなければならないメンテナンスの回数を減
 らして生産システムをフル稼働させたり、マニュアル化によって作業者の選択肢をせば
 めて生産効率を上げたり、人材派遣会社から必要に応じて作業員を提供してもらうこと
 で大幅に人件費を浮かすなどといったことは、どこの企業でもやりがちです。
・もちろん企業の大きな目的はあくまで利益をあげることですが、危険を顧みず、大きな
 リスクを負ってまで目先の利益を追求する姿勢は間違いです。結果として、これが組織
 のとっても致命的になりかねない多大な損害をあたえるようなことがあるから、これほ
 どナンセンスなことはありません。
・人が失敗に直面したとき、これを隠そうとする心理が働くのが常で、同時に、自責の念
 にかられて、必要以上に自分を責めるという傾向も見られます。失敗が起こったとき、
 まわりは失敗者を単に批判する対応をとりがちですが、失敗にいたった背景に、当事者
 のこうした心理状態があることを理解しなければ失敗を正しく扱うことはできません。
 失敗者の心理を知ることは、致命的な失敗を起こさせない対策を考える上で重要なこと
 です。  
・失敗によってまさい実害が生じているとき、思考停止によって適切な対応ができなくな
 り、実害の進行を止められなかったり、起きていること自体を黙殺したりしてしまうこ
 とがしばしばあるのです。思考停止は失敗の連鎖を広げる最大の要因になります。
・思考停止による被害拡大お典型例は、列車の二重衝突事故などに見られます。かつての
 国鉄は、信号所の職員に列車を止める権限をあたえず、列車無線も使っていませんでし
 た。こんな人の目の前で、二本の列車の衝突絡みの脱線事故でも起こったら、結果は押
 して知るべしです。  
・ただでさえ動転してパニック状態にあり、権限を与えられていない状態なら、危険を知
 らせるべく信号を変えることもできないからです。その上、次の列車がやってくること
 はわかっているのに、誰にも報告することもしない思考停止状態に陥ってしまうのです。
・この状態では失敗の連鎖は避けられず、連絡ミスによる三本目の列車の衝突という被害
 の拡大は当然の結果として生じます。
・1962年に160人の死者を出した常磐線三河島駅付近での二重衝突事故なども、ま
 さにこのパターンでした。
・思考停止による失敗の連鎖の拡大による大事故、大トラブルを避けるには、たとえば、
 三河島駅の事故のケースでいうなら、連絡用の列車無線の導入と、列車停止の権限を与
 えることで一応は対応できるはずです。事実、国鉄は事故後はこの二つの対策を講じて
 います。   
・それはそれで正しい対処ですが、厳密にいえばこれでは抜けている大きな部分が二つあ
 ります。ひとつは、緊急時にミスを犯さず的確に行動するには、その仕事、業務の全体
 の流れを把握している必要があることです。
・システム全体が成熟してくると、役割分担が明確にされて担当者が専門バカになりがち
 です。これは成熟したシステムを持つ組織の宿命で、それぞれの専門で道を究める専門
 家を育成するのは悪いことではないものの、全体像をもって自分がどの場所でどんな役
 割を演じているかという帰属意識を備えていなければ、やはり非常時の対応はできませ
 ん。 
・とくに日本の組織においては、TQCに見られるようなマニュアル化を徹底するあまり、
 決まった手順以外のことをやらせない傾向が強く見られます。これは言い方を変えれば
 思考停止状態をつくっているともいえます。TQC自体は、作業の効率化を進める上で
 は必要であり、考え方としても正しい方法ですが、その手法の適用が実際の生産活動で
 思考停止に慣れさせ、マニュアルが想定した以外の事故やトラブルに対応できないよう
 にしているとしたら、やはり問題です。役割を限定しつつも、その一方で全体を見渡し
 て非常事態を見極め、それに対応した行動をとるだけの判断力を養う努力は、絶対に行
 うべきです。
・もうひとつ重要なのは、実際の失敗を想定してそのときにどう行動するかを体得させる
 「訓練失敗」です。いわゆる消防訓練、地震の避難訓練などの類がこれに該当します。
 訓練失敗には冷静な判断能力が損なわれる失敗時の精神状態をあらかじめ経験し、その
 中で正しい対処を行えるように準備するという意味があります。
・なお、こうした訓練失敗は、それを地道に継続して行うことに意味があります。その代
 表例として、三陸地方で行われている訓練大津波があります。津波が起こりやすいリア
 ス式海岸の地形を持つ三陸海岸では、何度となく大きな津波被害を受けてきました。
・三陸海岸周辺のどの地域でも、年に何回かは訓練大津波といって、大津波を想定した訓
 練を行っていますが、これらは過去の恐ろしい事実を生かしたものです。この訓練は、
 ときに真夜中に行われることもあります。
・海岸線には津波対策用の高さ10メートルにも及ぼうかという防潮堤がつくられ、その
 向こうに漁港を設けているというのが、この津波危険地帯の最近の状況です。人々は普
 段から防潮堤の腹の部分に設けたトンネルを通って漁港へ行き来していますが、津波警
 報が発令されたときには、地元消防団の人がなにをおいても真っ先にこのトンネルの入
 り口のドアを閉めに行くのが決まり事になっています。生命線である対策を講じること
 が再優先だという発想が、訓練の段階から徹底されています。
・それ以外の人たちは、家族であろうが人のことにはかまわずに、一直線に裏山の高台ま
 で避難するのが鉄則で、一見すると、エゴイスティックな行動に思えるかもしれない行
 為の中にも、家族を探したり病人をサポートしてりしているうちに巻き添えになって多
 くの人が亡くなった過去の教訓が生かされています。そして、これらの地域独特ともい
 えるルールは、津波が襲ってきても、決してパニック状態になることなく、被害を最小
 限に食い止める対策として確立されているのです。
・津波対策を徹底する意味では、本来なら津波が到達すると予測される場所には家を建て
 ず、定住しない方が効果的です。ところが、海の幸が豊富で、豊かな生活が保障されて
 いる地を離れるのは困難なため、危険地帯に住みつつも、津波対策を万全にするという
 道を人々が選んだ結果がこれです。
・過去の失敗はとかく忘れ去られるものです。人々の意識から語り継がれてきた大惨事の
 記憶が忘れられたころ、突然にやってくる津波で惨事が繰り返されるのはあり得ること
 です。事実、三陸地方の中にはそのような苦い経験を持っている地域もたくさんありま
 すが、訓練大津波のような地道な努力が続けられているかぎりは、過去の苦い経験は教
 訓として伝えられ、すべてが忘れ去られる失敗が繰り返されることはないでしょう。 
・失敗の法律上の扱いは、日本はアメリカに学ぶべき点が多いように思います。失敗を真
 正面から見据えようとするアメリカは、免責を条件に、失敗の真の原因をあぶり出す司
 法取引制度という独特の法制度を備えています。
・日本のように、責任追及と原因究明を同時に行うシステムでは、失敗を起こした当事者
 が刑事責任を避けるために、原因を意図的にねじ曲げて報告するようなことも十分に起
 こり得ます。実際、企業不祥事のように組織の中での失敗原因を探る場合、当事者責任
 や管理責任などが複雑な階層の中に隠れ込んで、真の失敗原因の位置がまわりからはま
 ったく見えないことがよくあります。これを防ぐには、責任追及と原因究明を分離して
 進めるしかありません。その有効な手だてのひとつが、アメリカで使われている司法取
 引制度です。
・司法取引制度は、犯罪、すなわち失敗の渦中にある当事者に免責の保証を与え、これと
 引き替えに真相を語らせるシステムです。
・制度として設けられる社会ルールは、一般的には公平かつ公正が原則です。その点から
 見れば、司法取引制度のようなシステムは、明らかにこれに反するものです。とはいえ、
 失敗の中には、真相解明を行うことで、より大きな失敗、より大きな被害を事前に食い
 止められることもあります。すべての局面で免責を用いた失敗の真相究明を行うなどナ
 ンセンスなことですが、ときとして、小さな悪を見逃すことで、それより大きな悪を退
 治できるという合理的な発想を取り入れながら、社会として失敗を見ていく必要もある
 のではないでしょうか。
・アメリカの法制度のもうひとつ「制裁的、懲罰的賠償制度」と呼ばれる制度があります。
 これは、意図した失敗や、わかっていても対策を講じなかった未必の故意のような失敗
 には、毅然とした態度でこれに重罰を与えるというものです。
・アメリカでは悪質な失敗を起こした企業に対し、保険で賄いきれないほどの多額の罰金
 を科して経営の姿勢から厳しく制裁することが行われています。この制裁には、他の多
 くの企業にも警鐘を鳴らす意味があります。
  
致命的な失敗をなくす
・生産システムが確立し、成熟した技術が使われている現場では、作業方法がすべてマニ
 ュアル化され、作業者には手順や手はずが示されるのがいまや常識となっています。生
 産効率を上げるために、どこの企業でも当たり前にように行われている方法で、それ自
 体は必要で適切なものですが、一方で、マニュアルにない無駄な動きを禁じるためにそ
 の反動として、担当者が異常に気づくことのできない思考停止状態に陥りがちである問
 題点を併せ持っています。日々発生する多くの事故やトラブルでも、異常を知らせるサ
 インが発せられていながら担当者がこれを見逃してしまったという類の話は、必ずとい
 っていいほど事後に報告されています。無駄な動きを禁じたマニュアル化が、心理的、
 物理的に必要な動きまで制約するようなことがあるなら、管理のあり方そのものを見直
 す必要があります。
・手順や手はずが定められたマニュアルでは、それがどんなものであれ、こうやるべきだ
 という管理者にとって理想的な方法が詳細に説明されています。ところが、実際には作
 業者の教育としてこれでは不十分で、マニュアルからはずれたときに起こるべき問題を
 教え込まないことには、軽々にこれを試した結果の大失敗というものを誘発しかねませ
 ん。 
・臨界事故のJCOのケースなどでは、仮に、作業を行っていた職員たちが、もともとの
 マニュアルからはずれたときに起こり得る危険な事態を知っていたならば核燃料を軽々
 に扱うこともなかったでしょう。そうすると、臨界事故が起こることもなかったわけで
 す。
・JOCのケースでは、背景に、市場が成熟し、コスト削減が求められていたことも指摘
 しておく必要があります。ものが売れないといわれるいまの時代、とくに飽和した市場
 の中で利益確保をはかるのは、たいへん困難なことになっています。この臨界事故では、
 親会社である住友金属鉱山の責任が最も大きいと考えています。事故の真の原因は、さ
 がのぼって考えれば、コストダウンのみを強制した親会社の姿勢にあるからです。
・昔から安全性が心配される原子力発電事業では、中心部分の原子力発電所で生じた問題
 には真剣かつ適切な対応がとられるものの、燃料製造や再処理などを行う周辺部分では
 失敗を杜撰に扱い、いたずらに被害を拡大させるという傾向が見られます。原子力発電
 は、一歩間違えば大事故を誘発する危険なもので、事業に関わる人たちは世の中の不安
 や事業そのものの危険性を熟知し、起こった失敗に真剣に向き合って対処しているから
 こそ、これまで大事故を起こすことがなかったのではないでしょうか。
・一方、燃料製造や再処理を行う周辺事業は、本来危険性は変わらないものの、世間の不
 安や厳しい視線が届きにくい分、起きてしまった失敗への対応が甘利なりがちなのは否
 めません。   
・ある技術が発展期に入ってから衰退期に移行するまでの期間は、一般的にはおよそ30
 年程度といわれています。この30ねんという数字は、じつは人間の一生のサイクルと
 密接に関わっています。20,3歳に新入社員として企業に入社した人は、30年後、
 52,3歳を迎えた頃には、たいていの場合、その会社の事業のメインである第一線の
 現場から退いています。これらの人たちの現場からのリタイアによって、技術を最も熟
 知した人が、30年もすればやがて現場から離れてしまうという現実が組織構造の中に
 起こります。
・山陽新幹線のトンネル内コンクリートの剥落事故をきっかけに、一時期、コンクリート
 の強度の問題に人々の関心が集まりました。山陽新幹線のトンネル内での剥落事故の原
 因は当初、コンクリートの材料に海砂が使われていたせいだといわれました。砂に含ま
 れた塩分が強度を弱めているからだといわれたのです。
・しかし、その後の事故調査の結果、原料には海砂は含まれておらず、トンネル内の剥落
 事故の原因は、おもにコンクリートの打ち継ぎ不良による不連続面、いわゆるコールド
 ジョイントのためだと判明しました。
・じつは、コンクリートの強度の問題が原因で起こる事故は、地域によってはマンション
 などの高層住宅建造物にも見られます。外壁やベランダにやはり海砂入りのコンクリー
 トを使っているため、時間の経過とともに老朽化による剥落事故が起こるわけです。
 最近、購入者を悩ませるこの種の欠陥マンション問題が深刻化していますが、その中に
 はやはりコンクリートがらみのこんなものがあります。建設業界で行われている代表的
 な手抜き工法といっても過言ではない、いわゆる水増しコンクリートの問題です。
・水増しコンクリートは、高強度が出るように材料を配合したコンクリートの状態に、意
 図して不必要な水を加えるものです。流動性をよくして、扱いやすくすることで作業効
 率を上げるのを目的に行なう手抜きで、建設現場では作業者が現場監督の目を盗んで水
 を加えるようなことがまれに行われます。むろんこの種のコンクリートをマンションの
 外壁などに使えば、程度によっては数年後にコンクリート壁が剥落する欠陥として問題
 化することもあり得ます。
・実際、水増しコンクリートを原因とする剥落事故は、建設業界で日常的に行われている
 手抜きの結果としての問題なのです。そうだとすれば、日常的にくり返されている類い
 の小失敗対策を行わずにこれを管理てきなかったディベロッパーの責任は重く、本来な
 ら弁解など許されるものではないのです。
・薬害エイズ問題や、山陽新幹線のトンネル内のコンクリート剥落もしかりで、経済行為
 を優先するあまり、ろくに調査もせずに安全宣言を出すことがしばしばあります。その
 結果、安全宣言を出した後に事故が発生することもありますが、こういうケースなどは
 失敗を大きくする行政の怠慢というべきです。
・単純な理由で致命的な失敗がおこる原因を簡単にまとめると次の二つになります。
 @技術が成熟していること
 A大増産、もしくはコストダウン対策やリストラ対策がはかられているところ
・萌芽期に入ってきた人は、組織規模そのものが小さい段階でシステム開発を間近で見て
 いるので、最も重要な全体の構成要素を把握しています。そのため発展期や成熟期にな
 ってシステムが広がりを見せても、全体的な視点からシステムを見ることができるわけ
 です。ところが、次の発展期に入ってきた人は、システム全体を任されることはなく、
 部分的にしか取り扱うことを許されないので、システムの全体を見渡せるだけの能力が
 養われることはありません。
・この人が技術の発展に伴って必要となる規模の拡大、商品が大ヒットしたことによる大
 増産や、逆に商品が売れないことによるリストラ対策など、条件の変化によってシステ
 ムを改良する必要が出てきた場合、システムを局部的にしか見ることができず、その局
 所ではよくても全体から見れば致命的な悪である改変を行ってしまうことがあり得ます。
 これを「局所最適・全体最悪」といいます。
・問題を防ぐ手だては、作業者にシステム全体を理解させる全体教育を施すのが一番です。
 とはいえ、不可抗力で生じる失敗でも、まわりへの影響が大きいようなら、「いまある
 ものは全体に変えない、いじらない」の考えで「封印技術」の発想を持ち込むのも効果
 的です。  
・封印技術とは、文字どおり技術を誰も触れないように封印するものです。システム全体
 を知らない者による改悪事故に結びつきやすい原子力発電の現場などでは、いまも実際
 に取り入れています。そこでは、寿命による部品の交換・ポンプやバルブなど個々の部
 品や制御システムの改善などは当然築地行いますが、施設全体お基本設計やシステムの
 変更は一切行わず、文字どおり「封印」しています。
・あなたが上司を持つ人ならば、致命的な失敗を身のまわりで起こさせないためには、上
 司の力量を見極めておく必要もあります。その人がいわゆるダメ上司かどうかを判断し、
 問題ありの場合は、いざというときに直訴できる別の管理者を見つけておく必要があり
 ます。
・ダメ上司の典型例は、「そんなことをやってもうまくいかない」「自分も過去にやった
 けど、ムダだったからやめておいた方がいい」などと軽薄な失敗談を語って部下のやる
 気をそいでいる人です。実際は、考えられるあらゆる問題を想定して徹底的に試したこ
 となどなく、適当にちょっとかじった程度の体験談に基づいて話していることがほとん
 どですから、この種の失敗体験談のほとんどは震洋するに値しません。
・こうしたダメ上司が権限を握ったり、それを公然と放置している組織では、小失敗まで
 が放置され、やがては致命的な失敗を起こす危険性が極めて大です。 
・会社を見分けるとき、概していえるのは、会議の多い会社ほど、失敗を起こしやすい体
 質を備えているということです。日本の組織は、「決断力に欠ける」などという批判を
 海外から受けます。会社の中で頻繁に開かれる会議は、まさにその象徴といえます。
・会議の目的は、本来は議論により結論を得ることと、決められたことを連絡する場合の
 二種類に大別できます。ところが、参加する側にはその意識が希薄で、自分とは関係な
 いと思って聞いていない、居眠りをしている、定時に来ない、呼び出しがあると逃げる
 などということがよくあります。日常的に見られる参加者たちのこうした行動は、意味
 のない、ムダな会議が多いという現実を如実に表しています。
・実際、会議の場での議論で重要な決定がなされることは、現実にはほとんどありません。
 むしろ審議をして決めたという既成事実づくりが目的で、これを盾に反対者の口封じを
 行ったり、失敗時の責任回避のための予防線にされているのが実態です。
・責任回避のための会議を貧杯に開く組織では、ひとりひとりの責任意識までが希薄にな
 り、小失敗を見つけても、これに素早く対処する発想も出てきません。これがまさにダ
 メ組織にありがちな姿で、放置された失敗が致命的な失敗に成長し、組織に多大な被害
 をあたえることは想像に難くありません。
   
失敗を生かすシステムづくり
・失敗情報をデータベース化するときに必要な点は、あらかじめ検索や引き出しがしやす
 いシステムを構築し、失敗情報を蓄積しておくことです。ポイントだけをいえば、「知
 りたい人」に「知りたいとき」、「知りたい中身」を「欲しい形」で示すことができる
 ためのデータベース化でなければなりません。
・データベース化すべき情報は、それこそそれぞれのグループの代表を集めた合計三百個
 程度で十分です。この三百という数字は、ひとりの人間が知識として吸収できる限界で
 もあります。
・私は、失敗を社会に文化として根づかせるための活動拠点として、失敗博物館というも
 のを提唱しています。私が考えている失敗博物館は、大きく分けて六つの役割がありま
 す。 
 1)失敗情報の収集
   広く収集した失敗情報を集約した形でデータバース化し、誰もが見やすい形で保存
   します。 
 2)情報の発信
   インターネットを使った失敗情報の発信、書籍など紙の上での出版による情報発信
   を並行して進めます。
 3)失敗情報の伝達
   失敗した結果の展示や、失敗に関する講義
 4)失敗の実体験をする場所の提供
 5)失敗コンサルティング
 6)失敗学の研究機関としての役割  

失敗を肯定しよう
・ムダを省くことは、効率化をはかる上では意味があっても、一方で蓄えられた知識や経
 験をますます貧しいものにしてしまう逆効果もあります。その結果、企業の持つ企画力、
 創造力がどんどん衰退することは避けられません。
・企業のみならず日本全体の問題として考えなければならないマネ文化のツケは、安全管
 理がまともにできずに、事件、事故をいたずらにくり返している昨今の風潮の中にもは
 っきりと表れています。背景にあるのは、お手本があって、決まり切ったものをやれば
 失敗まで防ぐことができると考えていた社会全体に広がっているナンセンスな盲信です。
・最大効率をお題目に、こうやればどうなるという仮想演習さえ禁じて、関連するはずの
 他部署の仕事の中身もまったく教えず、全体システムの中でそれぞれの関係の脈絡を断
 ち切ってきたのが、日本企業の典型的な管理手法でした。このやり方で、作業者を思考
 停止状態に陥れた挙げ句、失敗が起こったときの言い訳が「思いもよらなかった」「予
 測できなかった」の決まり文句です。「思いもよらなく」「予測できなく」させている
 のは何なのか、もう一度深く考えてみるべきです。
・医者の世界では、病が発症してから本当の意味で快復するまでの期間は、病状が続いて
 いた期間の二倍は必要というのが常識だそうです。風邪で倒れて二日間寝込んだら、そ
 の倍の四日間は休養にあてなければなりません。
・この考え方をいまの日本企業にもそのまま当てはめれば、日本企業が本当の意味で足り
 直り、経済が回復するまでには、これから先、十年、二十年という長い年月が必要とい
 うことになります。    
・創造力のなさは、失敗に直面したときの対応のまずさにも顕著に現れます。真の創造は、
 目の前の失敗を認め、これに向き合うことからしか始まりません。にもかかわらず、起
 きてしまった失敗を直視せず、「思いもよらない事故」「予測できなかった事故」とい
 う言い訳で失敗原因を未知への遭遇にしてしまう責任逃れを繰り返しては、次の失敗の
 防止も、失敗を成長・発展の種にすることもできません。
・1995年の阪神・淡路大震災のとき、災害救助に対する自衛隊の現場到着の遅れが問
 題になりました。これは本来出動を要請すべき自治体と自衛隊の連携の悪さ、さらに、
 対応の遅れた村山富市元首相に代表される、日本のリーダーの危機管理意識の欠如を象
 徴する問題として、いまでも語り継がれています。
・失敗は、新たな創造行為の第一歩にすぎません。その失敗と上手につき合い、うまく活
 用していくためにも、まずは失敗を恥じである、減点の対象であると考えるいまの日本
 の失敗文化そのものを変えていく必要があります。

あとがき
・2004年3月に東京六本木の森ビルで起こった大型自動回転ドアの事故を機に立ち上
 げた「ドアププロジェクト」の目的は、実物のドアを使った様々な実験を通じて、
 「ドアに人がはさまれる」という現象がなにが原因でそれを防ぐためにはどのようなこ
 とが必要であるかという知見を得ることだった。この活動の一部終始はNHKの番組で
 大きく取り上げられた。プロジェクトと通じて社会的に意義がある貴重な提言ができた
 と自負している。
・2004年10月の新潟県中越地震の際に起こった上越新幹線の脱線事故は、私から見
 れば、過去の失敗に学んだ近年稀に見る成功例だ。ところが、ひとりのけが人も出なか
 ったにもかかわらず、この一件を伝えるマスコミ報道は「新幹線の安全神話の崩壊」と
 いう負の問題として扱い方が目立った。私がこれを成功例と評しているのは、最悪の事
 態を想定して備えをすることで被害を最小限に食い止めた点にある。
・東北新幹線と上越新幹線には合わせて8万2千本程度の高架橋があるそうだが、JR東
 日本は2003年7月末に東北地方を襲った宮城地震で新幹線の橋脚が30本程度損傷
 を受けたことを機に高架橋の安全基準の見直しを行っている。実際、8万2千本の約5
 分の1にあたる1万5千本余りの橋脚の補強工事を進めていたが、そのやり方は従来の
 橋脚に鉄板を巻いてその内側にコンクリートを注入して強化するというもので、脱線現
 場の橋脚もちょうどこの補強工事を済ませていた。
・今回の事故で犠牲者を出さずに済んだのは、なんといっても補強工事によって新幹線が
 走行するルートが確保できたことが大きかったと言える。そう考えるとこのケースはま
 さしく、過去の失敗に学んですぐに基準を見直して補強工事を行ったJR東日本の「愚
 直な努力の勝利」であるように私には見えるのだ。