キャスターという仕事 :国谷裕子

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この本は今から6年前の2017年に刊行されたものだ。
この著者は1993年から2016年3月まで23年間にわたりNHKの「クローズアッ
プ現代
」とい番組のキャスターを担当していた人物だ。
私はこのキャスターのファンでよく観ていたのだが、それが2016年3月でキャスター
降板となったときは、何が起こったのだと驚くとともに、もう観られないのかとさびしさ
を覚えたものだ。
当時は安倍政権の時代、安倍元首相は、とてもメディアを気にする首相のようだった。
安倍官邸から気に入らないテレビ局に対して圧力がかけられるという噂が出回っていた。
そういうなかでのキャスター降板だった。裏で何かが起きたに違いないと私には思えた。
狙われたのは「クローズアップ現代」だけではなかった。テレビ朝日の「報道ステーショ
」も狙われたようだ。メインキャスターだった古館伊知郎氏も2016年3月で降板し
た。また、この「報道ステーション」では、コメンテーターとして出演していた元官僚の
古賀茂明氏も、生放送で大立ち回りを演じた後に降板している。
当時は、何が起きているのかはよくわからなかったが、何かが起きていることは確かだっ
た。
この本に、著者が降板となった事件について書かれている。確かに、降板となった表面的
な原因はわかるのだが、当時の状況が状況だけに、なんだかいまひとつ納得できない部分
がある。裏に、嵌められたというか、作られたような筋書きがあったのではないかと私に
は思えてしまうのだ。

そんなことを裏づけるかのような問題が今国会で取り上げられている。
「放送法 内部文書」問題だ。
この文書は2014年から2015年にかけて、放送法における政治的公平をどう解釈す
るかということに関して当時の政府のなかでのやりとりが記されているものだ。
そのなかには、当時の首相補佐官から放送法の政治的公平性に関する従来解釈を変更した
いという恫喝ともとれるような強い発言が出ていたことが記されていた。
そして、国会で自民党議員がこの件を質問し、それに当時の高市総務大臣が答弁するまで
の一連の経緯が記されていたのだ。
これに対して、高石大臣は、「捏造だ」「真実なら議員辞職で結構だ」といった発言をし
て混戦模様となっている。
なにが真実なのかはいまだわからないが、「火のない所に煙は立たぬ」という諺のように、
何もなかったのだ、ということはないだろう。
私は、この今国会のこの「放送法 内部文書」問題を目にして、当時のキャスターの降板
劇の裏がやっと見えてきたような気がしている。
なお、「クローズアップ現代」は2022年4月から、私の好きな桑子真帆がキャスター
となって再開されたのでホッとしている。

過去に読んだ関連する本:
安倍政権のメディア支配


ハルバースタムの警告
ディビット・ハルバースタム。アメリカの著名なジャーナリストだ。
 1993年4月、NHK放送文化研究所は東京に彼を招き講演会を開いた。
 「問題は、テレビが私たちの知性を高め、私たちをより賢くするものなのか。それとも、
 派手なアクションを好み、娯楽に適しているというその特性ゆえに、真実を歪めてしま
 うものなのか、ということなのです」
 「テレビというのは、人々を動かす力と真実を伝える力を持つ強力な箱です」
 「ここで重要なのは、テレビが伝える真実は映像であって、言葉ではないということで
 す。テレビが伝える内容は単純で、複雑なことは伝えません。苦痛や飢餓を映し出して
 世界中に伝えることはできますが、複雑な政治問題や思想、様々な行為の重要性につい
 て伝えることはできないのです」
・その理由としてハルバースタムは、次のようなテレビの持つネガティブな特性を挙げて
 いる。
 ・テレビでは、話の内容がどんなに大切でも映像のインパクトのほうが優先されること
 ・テレビニュースは移り気なこと
 ・複雑なことを好まず、討論番組は抵抗を受ける
 ・視聴者を退屈させないことが大切
・現代は、様々な情報があらゆるメディアから氾濫し、毎日流される膨大な情報が、視聴
 者に立止まることを許さない。人々の考える時間を奪っているとさえ言える。
 とりわけテレビは、映像の持つ力をフルに生かし、時々刻々と起きていることを即時に
 伝えることができるという点で、他のメディアを圧倒的に凌駕してきた。
 しかし、その特性に頼れば頼るほど、人々のコミュニケーションの重要な要素である想
 像力を奪ってしまうという負の特性を持っている。  
・キャスターである私には、言葉しかなかった。「言葉の持つ力」を信じることがすべて
 の始まりであり、結論だった。
 テレビの特性とは対極の「言葉の持つ力」を大事にすることで、映像の存在感が高まれ
 ば高まるほど、その映像がいかなる意味を持つのか、その映像の背景に何があるのかを
 言葉で探ろうとしたのだ。
・私はキャスターとして、
 「想像力」
 「常に全体から俯瞰する力」
 「ものごとの後ろに隠れている事実を洞察する力」
 そうした力を持つことの大切さ、映像では見えない部分への想像力を言葉の力で喚起す
 ることを大事にしながら、日々番組を伝え続けることにした。
・テレビ報道の持つ「危うさ」を整理すると、次の三つになる。
 @「事実の豊かさを、そぎ落してしまう」という危うさ
 A「視聴者に感情の共有化、一体化を促してしまう」という危うさ
 B「視聴者の情緒や人々の風向きに、テレビの側が寄り添ってしまう」という危うさ
・テレビ番組は、メッセージがシンプルな番組のほうが視聴率を取りやすい、などと言わ
 れる傾向があるなかで、「わかりやすく」することでかえって、事情や事実の、深さ、
 複雑さ、多面性、つまり事実の豊かさを、そぎ落してしまう危険性があるのだ。
・中央放送番組審議会の議事録のなかに、ある委員が次あのような意見が述べられている。
 それは、NHKニュースのあり方、中立性を意識した並列的な報道のあり方に疑問を投
 げかけたものだった。  
 「ほとんどの問題は、単純な二項対立で描いてみてもその核心に迫るのは難しい。
 何についても賛成と反対の間には、無限のグラデーションがある。そして多くの視聴者
 の考えも、そのグラデーションの中で揺れ動いていると思う。
 問題の視点を二元化することは、解決策をさぐるための議論を深めるよりも、むしろ最
 も距離の離れた賛否のグループの陣取りゲームに付き合わされることになり、問題の解
 決に向けて議論を豊かにするということには必ずしもとながらない」
・9・11の映像は、アメリカ国民を恐怖の底に落し入れたが、その後は、国民の感情の
 共有化、増悪と復習に燃えた一体感を生み、人々から冷静な判断力を奪っていくことに
 なったのではないだろうか。
・テレビは、社会の均質化をもたらす機能を本来的に持っている。そして一方で、テレビ
 の製作者側も、多くの視聴者を獲得したいがために、視聴者の動向に敏感にならざるを
 えない。
 この視聴者側と製作者側双方の相互作用は、とても強力なものだ。
 テレビは感情の一体化をあおる。その結果、視聴者の感情の一体化が進めば進むほど、
 今度は、その視聴者の感情にテレビは寄り添おうとする。
・この相互作用は、多数派への流れを加速していくことになる。
 そのなかで進むのが少数派の排除、異質なものの排除だ。
 井上ひさしさんが「風向きの原則」と呼んでいた現象だ。
 風向きがメディアによって広められているうちに、その風が次第に大きくなり、誰も逆
 らえないほどに強くなると、「みんながそう言っている」ということになってしまう。
  
自分へのリベンジ
・私はアメリカの大学卒業後、帰国して外資系企業に勤めてみたものの、一年足らずでそ
 こを辞めてしまい、明確な将来像も見いだせず過ごしていた。
・私は家族で香港に住んでいたころ、近所にいらしたNHKの元特派員の方からの誘いで
 英語ニュースの試験を受けて合格、英語放送のアナウンサーとして雇われることになっ
 た。 
・最初の仕事は、七時のニュースに使用される日本語原稿を一刻も早く手に入れて、翻訳
 を担当する人たちに運び、時間までに英語原稿を完成させること。
 ニュースの時間が迫るなか、原稿を手に入れたり、リードを書きかえている緊張した雰
 囲気のなかで、仕事をしている職員の後ろにおずおずと立ち、少しでも早く、一枚でも
 多くの原稿を持って走って英語放送の作業部屋に届けることが仕事だった。
・部屋の隅にあったアナウンサーブースでは、アナウンサーが翻訳された援護原稿を今か
 今かと待ち、初見で難しいニュースを読まざるを得なくなっていた。そして、突然飛び
 込んでくるニュースには同時通訳での対応が迫られた。
・帰国子女で小学校の数年を除いて海外の大学やインターナショナルスクールで教育を受
 けてきた私は、日本のことをきちんと理解できていないことがコンプレックスになって
 いた。  
・長い海外経験のおかげで英語の発音が良く、原稿をきちんと読めたことで採用されたの
 だが、トップニュースや難しいニュースはベテラン職員の男性アナウンサーが担当し、
 私たち女性アナウンサーが読むことはなかった。
・ニュースを英語で読むことに少し慣れてくると、本格的にニュースの翻訳に取り組みた
 くなった。同時通訳での対応が必要なこともわかってきたので、同時通訳者を養成する
 専門学校にも通い始めた。
・二カ国語放送の責任者に思い切って「アナウンサーではなく、ライターとして働く日を
 入れてもらえないだろうか」と申し入れ、聞き入れられた。そこから週二回程度、ライ
 ターとしてNHKに通った。  
・NHKの二カ国語放送に関りながら同時通訳の学校に通っているうちに、通訳の仕事も
 やってみたくなった。
 国際会議で同時通訳の仕事を始める人も出てきたが、私は聞きながら訳す、とりわけ内
 容の意味がよくわからないものを同時に訳すのがとても苦手であることに学校で気づい
 た。
 逐語通訳であれば話のメモを取りながら聞き、いったん話が止まったところで通訳をす
 るので、内容を理解しながら話すことができた。ところが、同時通訳では、内容を理解
 理解しようと努めるといつの間にか話が進んで追いつかず、長い間の沈黙を強いられた。
 私は同時通訳者にはなれないと思った。
・このころ私は、NHKに依頼され、英語で行われたインタビューを文字に起こす仕事を
 したり、NHK特集を製作するディレクターに頼まれて、海外取材の対象になりそうな
 相手から事前に電話で情報取材する仕事を引き受けていた。
 インタビュー起こしのテープに耳を傾けながら、この質問にどう答えるのだろうか、答
 えを受けてどんな質問をするのだろうか、声を聴きながらどんな人物なのだろうか、な
 どと想像を膨らませていた。このころの経験によって私は、ジャーナリズムの面白さと
 難しさ、そしてインタビューの面白さを知ったように思う。
・報道にまつわる様々な仕事を経験するようになって五年ほど経った1985年の暮れ、
 私は結婚し、東京での仕事に区切りをつけて、パートナーがいたワシントンに向かった。
 こうして一旦は仕事を辞めたはずの私だったが、その後、パートナーの仕事でニューヨ
 ークに引っ越したのをきっかけにNHKアメリカ総局のリサーチャーになった。
 ニュース素材のためにインタビュー相手を探したり、そのインタビューに同行したり、
 NHK特集のリサーチを本格的に行うようになった。
・リサーチャーとしての仕事に充実感を覚えるようになってきた頃、NHKのチーフプロ
 デューサーから「テレビに出てみませんか?」と言われた。
 新しく試験放送が始まる衛星放送だから、誰も観ていないと言われて、それならばもの
 は試しだと考えて、私はチャレンジすることにした。
・スタートした衛星放送の最大の売りはワールドニュースだった。世界各地から24時間、
 ニュースを伝えるその番組では、ニューヨークのほかロンドン、パリ、マニラなどから、
 順次、生の情報をつないでいくこととなった。
・確かに出演交渉を受けたときの説得文句のとおり、誰もみていないのか、視聴者からの
 反応はまったくと言っていいほど私に伝わってこなかった。
 ところがただ一人、ある日突然スタジオに現れたのが、作家で評論家の立花隆さん、
 「いつも観てますよ」と声をかけてくれたのだ。
・大きな転機が一年足らずで訪れた。ニューヨーク発のワールドニュースを担当して、観
 ている人がわずかな試験放送だった衛星放送から、私はいきなり毎晩何百万人もの人が
 観ている総合テレビへ抜擢されたのだ。
・それぞれ担当するキャスターを合わせると総勢八人という、見た目にも派手なニュース
 番組で、私は国際ニュース担当になった。
 特派員の経験はおろか、第一線で取材した経験もない私が、世界中でいつ何時、大事件
 が起きるかもしれない国際ニュースを担当することは、少し冷静に考えれば、とても無
 謀なことと判断できたはずだ。ところが、私は深く考えずに新しい仕事を引き受けてし
 まっていた。 
・この決断の直前、おっと本格的にジャーナリズムを学ぼうと願書を出していたコロンビ
 ア大学のジャーナリズム大学院への入学許可が届いていた。大学院に行くか、日本に帰
 国してテレビの仕事を選ぶんか。迷った私は大学へ相談に行った。入学担当の学部長は、
 「学校は待てます。しかし、仕事がめぐってくるチャンスはそう多くありませんよ」と
 アドバイスしてくれた。
・東京の放送センターにキャスターとして初めて足を踏み入れた瞬間、私はその雰囲気に
 圧倒された。家庭的だったニューヨークの職場から、突然、大勢の人々が張り詰めた空
 気のなかで作業する報道現場に放り込まれたのだ。
・実際に放送が始まってみると、当然のことながら、予定していた項目は直前に削られた
 り、伝える内容が再三差し替わり、生放送のなかスタジオで臨機応変な対応が迫られた。
 私の緊張している様子は毎日に早々を通してすぐに視聴者に伝わり、こわばった表情だ
 けでなく言葉につまったり、日本語の「てにおは」がおかしかった。自信なさげなキャ
 スターに対して、視聴者から多くのお叱りを届いた。
・期待されたパフォーマンスが出来ないなかで、私の出番は次第に少なくなっていき、半
 年でスタジオでのキャスターという役割から降ろされた。
 その後は国際担当のリポーターとなった。しかし、その仕事からも半年で降ろされるこ
 とになった。
・報道番組で不甲斐ない結果を出し、期待を裏切ったキャスターにはなかなかセカンドチ
 ャンスは与えられない。
 しかし、幸運なことに、私にはまだあまり人が観ていない衛星放送があった。
 1989年4月、6月から本放送が始まることになった衛星放送で私は、世界のニュー
 スを伝えるワールドニュースのキャスターを担当することになったのだ。
・私は衛星放送に戻った1989年から、世界では世界史の教科書を塗り替える歴史的な
 出来事が次々と起こった。
 私はキャスターとして、生放送を切盛りしたり、複数のゲストたちとの討論を仕切り、
 ゲストを多元的に結ぶ衛星中継インタビューを行うなど、喉から手が出るほど欲しかっ
 たキャスターとしての仕事をたっぷりと経験することができた。
・世界の激動が続くなかで、1990年の4月から私は「世界を読む」という衛星放送の
 新番組を担当することになった。毎日一時間のインタビューを通して世界、そして日本
 で起きていることを深掘りしようという番組だった。
・この番組の準備をするために、私の睡眠時間は大幅に少なくなっていった。睡眠時間が
 三時間という日もざらで、五時間寝たら今日は本当によく寝たと思える日々だった。
・国際情勢はその後も激動を続け、第一次湾岸戦争が勃発、ソビエト連邦の崩壊も起きた。
 無我夢中で仕事をし、キャスターとして認められなかった私は、体の具合が悪く、熱が
 あっても、吐き気を催しても決して休まなかった。バケツを席の下に置きながら放送し
 たこともあった。 
・インタビューは大変だったが、私には苦にはならなかった。その人でなければ語れない
 エピソードや想いを語ってもらい、それを視聴者にとづけることができる。そういう仕
 事に携わっていることが大きな喜びであると感じられるようになっていった。
・そして四年が経ち、1993年、総合テレビで夜9時半から新しく始まる報道番組のキ
 ャスターを私に担当してほしいと依頼が来た。苦い思いを経験した総合テレビで、もう
 一度自分を試せる。自分へのリベンジができるチャンスを与えられたと思った私は、す
 ぐに「やらせてもらいます」と答えた。

クローズアップ現代
・「クローズアップ現代」は、政治、経済、事件、事故、災害、社会国際、文化、スポー
 ツと幅広いテーマを扱う「テーマに聖域は設けない」というのがモットーの番組だ。
 「クローズアップ現代」が目指したのは、情報をせき止め、ニュースの底流にある意味
 と変化を見つめることだったが、刻々と動いている事態をタイムリーに伝えることも、
 番組の柱の一つとなっていった。
・しかし、構成表には、そのままでも放送できるキャスターコメント、ゲストとのやり取
 りがまるで台本のように書かれていて、私は次第に自分の役割について悩み始めた。
 内容に関して議論に加わることもできなかった。議論以前に、「キャスターって、何を
 する仕事なのだろう?」という戸惑いのなかで、立ちすくんでいたのだ。どうしたら
 「この人に託してよかった」と思ってもらえるのか、どうすれば番組に付加価値をつけ
 られるのか。輪足はこうした問いに向き合わざるを得なくなった。 
・私は海外生活が長く、日本の普通の教育は小学校を除くとほとんど受けていない。日本
 人ならば当然知っていることを、私は知らないのではないか。自分の捉え方は大多数の
 視聴者の見方と異なっていないだろうか。そうした不安を常に意識しながら日々が続い
 た。
・キャスターとして研修を一度も受けたことがなく、いわば実地訓練を積み重ねてきたが、
 NHKは思っていたよりも政治の伝え方において自由なのだという印象を、この時期私
 は持った。
・政治の世界でも経済の世界でも、それまで当たり前だったことがそうでなくなってきた
 時代。そのなかでワンテーマを深く掘り下げる連夜の報道番組としてスタートした「ク
 ローズアップ現代」は、とても時宜にかなった番組となった。既存のパラダイムから外
 れ大きく変化していく時代の様相は、日々のニュースでは十分に伝えきれない。30分
 という時間枠を持った「クローズアップ現代」は、深く掘り下げなければ全体像を捉え
 ることができない時代背景のなかで、その存在意義が認められた。
・企業には、社員を組織のなかで昇進させていくことで仕事に対する責任を次第に与え、
 自覚を促していく装置がある。
 しかし、フリーランスの身として働いている私には、その装置は無縁のものだ。自ら仕
 事へのモチベーションを維持し高めつつ、仕事への責任を自覚していくプロセスを一人
 でたどっていく。時代の変化が、私の背中を押してくれた。
 
キャスターの役割
・私のことを「国谷アナウンサー」とおっしゃる方がいたが、実際には私はNHKのアナ
 ウンサーではなく、職員でもなかった。NHKと出演契約を結んで「キャスター」とい
 う仕事をしてきた。
・ニュースキャスターが生まれるまでは、アナウンサーがニュース原稿を正確に読み伝え
 るのがニュースの基本だった。ニュースキャスターの登場は、放送局という送り手と、
 視聴者という受け手の間のパイプ役を強く意識することにより、話し言葉による伝達と
 いう大きな一歩をニュースの世界に持ち込むことになった。
 しかし、このことは一方で、ニュースという客観性の高い世界に、「個性」や「私見」
 という新しい要素、いささか厄介な要素も合せて持ち込むことにもなった。
・大きく言って、キャスターには四つの役割、仕事があると思って仕事をしてきた。
 ・一つ目:視聴者と取材者との間の橋渡し役
 ・二つ目:「自分の言葉」で語ること
 ・三つ目:「言葉探し」
 ・四つ目:インタビュー 
・現在の日本社会は、言葉での伝達が難しくなってきた。それが「クローズアップ現代」
 を続けながらの実感だった。テレビの視聴も、家族による視聴から、一人ずつでの視聴
 になった。そのことでテレビによる記憶の共有化が希薄になり、テレビが公共の場、コ
 ミュニケーションの場を作り出すことが困難になっている。
 
試写という戦場
・試写されたリポートのなかには、構成上、本当に必要なのかと疑問に思われる企業や官
 公庁などへの取材を認めてもらうために、「トップにもお話を聞きます」という手法が
 有効な場合もあるのだろう。しかし、内容のある発言が引き出されているのならまだし
 も、当たり障りのない発言しか取材できていないこともある。
 そんなとき、私はつい「それは本当に必要ですか?」と聞いてしまう。いったん取材し
 たトップのインタビューは、なかなか落とせるものではない。「人の苦労も知らないで」
 と、取材した担当者にはきっと恨まれたに違いない。
・私はたびたび、番組を提案したディレクターや記者に「一番伝えたいことは何ですか?
 どんな想いで取材したいと思ったのですか?」と尋ねた。
 思うように取材の成果が出ずに、妥協を余儀なくされてしまい、本来伝えたかったメッ
 セージがVTRから伝わってこないのだろうか、と想像したのだ。
 また、よくあることだが、取材を進め、テーマについて熟知してくると、取材者の頭の
 中からいつしか「視聴者はどう見るか、どう感じるか」という視点が忘れられていくこ
 ともある。 
 「一番伝えたいことは何ですか?」という、いわば原点回帰ともいえる質問をきっかけ
 に、製作チームのなかで収められていた議論を再浮上することも度々あった。
・自分の納得できないうちに放送を迎えてしまったら、自分自身を責めることになる。
 自分が納得していないうちは、伝えられない、テレビカメラの前に立てない。その思い
 で私は、試写という戦場に臨んできた。 

前説とゲストトーク
・報道番組のキャスターに求められているのは、いかに番組を、伝えるテーマをわかりや
 すくするか、ということなのかもしれない。
 しかし、前説は、そのためだけに書かれてはいけない。わりやすく伝えるというよりも、
 きちんと伝えたい、問題の深さや複雑さがきちんと伝わるようにするため、言葉の使い
 方に力を注いだのだ。視聴者に共通の土俵に上がってもらいたいのだから、定義のしっ
 かり定まっていない言葉を安易に使うと、お互いの理解が共通のものにならずに、思い
 がねじれてしまったまま番組が進むことにもなりかねない。
・2015年7月、安保法制をとりあげた「検証 安保法案 いま何を問うべきか」での
 こと。担当ディレクターの書いた番組の構成表の書き出しは、「なかなか理解が進まな
 い安保法制」という文章から始まっていた。
 この言葉は、たしかに新聞各紙をはじめ、メディアでも当たり前のように使われ、客観
 的な事実であるかのように流通し始めていた。
 「安保法制の理解は進んでいると思いますか」などと、世論調査の質問にも使われ、
 「そう思わない」との答えが多ければ、そのことがまた「理解が進まない」という事実
 の裏付けとして使われることにもなった。
・しかし、果たしてこの言葉の使い方は正しいのだろうか。「なかなか理解が進まない安
 保法制」という言葉は、文脈のなかでの置かれ方によっては、安保法制に反対が多いの
 は、人々の理解がまだ進んでいないからだ、という暗黙の示唆を潜ませることにならな
 いだろうか。
 この言葉は、今は反対が多いが、人々の理解が進めば、いずれ賛成は増える、とのニュ
 アンスをいつの間にか流布させることにもつながりかねないのではないだろうか。
 そういう言葉を、しっかりと検証しないまま使用してよいのだろうか、私にはそう思え
 た。  
・数年前、「ねじれ国会」という言葉がメディアで頻繁に使われていた。衆参両院で多数
 派を形成する政党が、それぞれ別の政党となっている状態をさす。その衆参の「ねじれ」
 によって、法案の成立に時間がかかったり、成立が滞る事態が生じていた。
 しかし、この「ねじれ」の事態も選挙の結果の民意であることに変わりはない。問題な
 のは、「ねじれ」という言葉が、やはりある文脈のなかに置かれれば、この事態がなに
 か正常ではない事態、是正すべき事態を意味する言葉として流通してしまうということ
 なのだ。
 そしてその「ねじれ」状態のなかで行われた衆議院選挙も、「ねじれ」状態を解消する
 ことが正常化すること、つまり衆議院と同じ政党が多数派になることが「正常」である
 との見方を流通させることにつながったとは言えないだろうか。これはある意味、投票
 誘導行為にもなりかねない。
・言葉の持つ力は絶大だ。いったん流通し始めてしまえば、誰にも止められない。メディ
 アは、そして私たちは、そのことにどこまで自覚的だったのか。一言でわかりやすくす
 るための、いわば造語や言い換え言葉の持つ危うさが、「ねじれ国会」という言葉には
 象徴的に現れていると思えた。これは穿ちすぎだろうか。
・こうした一見わかりやすい言葉が持つ効果、その言葉が結果としてもたらすものに、も
 っと自覚的になることが必要だと思える。逆に、このことがあまり問題にならない社会
 は、とても危うい状況にあるのではないかと。
・ゲストとの打ち合わせで衝撃的な記憶として残る経験は、VTRリポートをご覧になっ
 たゲストが、「俺は帰る」と言われたときだ。
 「だから何なんだ、何を言いたいんだ!」と言われてしまったこともある。
 このゲストは、脚本家の倉本聡さん。二回出演していただいた二回とも、リポートを観
 た後のコメントは厳しかった。打ち合わせは緊張した雰囲気で始まった。
・番組は、クリスマスが近づいた時期、1995年12月22日の放送の「夢をください、
 サンタクロース様」。
 リポートでは、全国からサンタへのお願いを手紙で寄せた人々を取材していた。見終わ
 った倉本さんは一言、「全然違う、俺は帰る」と言ってスタッフを驚かせた。
・「クリスマスは何かをしてもらう日ではない。何かを人のためにする日だ。VTRリポ
 ートには、こうしてほしい、あれが欲しいが描かれている。まったく違う」。
 倉本さんはクリスマスとは本当にどういう日かを話してくれた。私は、大事なことに気
 づかされた思いがした。
・評論家の立花隆さんには、生放送のゲストトークで、「さっきのリポートに出てきた考
 え方には、私はまったく反対なのだ」と放送のなかで明確に言い切られてしまったこと
 もあった。

インタビューの仕事
・正確な答えを引き出すためには、インタビュアーはまさに正確な質問をしなければなら
 ない。しかし、明確な定義を持つ言葉を使い、的確な言葉を選択してインタビューを行
 うには、相当な準備が必要となる。
 ただ難しいのは、入念に準備をして、その準備のとおりインタビューしようとすると、
 大失敗につながりかねない。一生懸命準備して、一生懸命質問を考えて、頭の中でシミ
 ュレーションをする。つまり、こう質問したら、この人はこう答えるだろう、そうした
 ら次にこう質問して、などと想定問答を練るわけだが、そうすると実際のインタビュー
 では絶対にうまくいかない。実際のインタビューでそれを実践すると、相手の話が全然
 聞こえてこなくなるのだ。自分のシナリオばかりに気をとられ、頭の中は「次に何を質
 問しようか」ということばかりになるから、インタビュー相手の話、ましてやその人全
 体が発している言葉をヒアすること、聞くことができなくなるのだ。
・インタビュー相手からはときに、「まだ聞くのか」とあきれられたり、露骨に嫌な顔を
 されることもある。日本では、政治家、企業経営者など、説明責任のある人たちに対し
 てでさえ、インタビューでは深追いしないことが美徳といった雰囲気、相手があまり話
 したくないことはしつこく追及しないのが礼儀、といった感じがまだあるように思える。
 しかし、インタビューというものは、時代や社会の空気に流されず、多くの人々に広が
 っている感情の一体感とでもいうものに水を差す質問であっても、問題の本質に迫るた
 めには、あえて問うべきだと思う。
 「今日の話はここまでにしよう」と思っている人に、もう一歩踏み込んで、さらに深く
 話をしてもらうためには、こちらの情熱と、しつこさにかかっているのだ。
・だから、あれもこれも網羅的に聞くのではなく、「ここぞ」というテーマに絞って、横
 から下から上からと聞く。インタビューの名手、沢木耕太郎さんは、「インタビューに
 必要なものは、その人を理解したいという情熱だ」と書いている。まさにそうなのだ。
  
問い続けること
・日本のなかには、多数意見と異なるものへの反発や、多数意見への同意、あるいは同調
 を促す雰囲気のようなもの、いわゆる「同調圧力」と呼ばれる空気のようなものがある。
 以前、作家の村上龍さんとの対談で村上さんが、「日本は自信を失いかけているときに、
 より一体感を欲する。それは非常に危険だ」と話していたのを思い出す。
 流れに逆らうことなくたすうに同調しなさい、同調するのが当たり前といった同調圧力
 は、日本では様々な場面で登場してくる。ここ数年は、その圧力が強まっているとさえ
 感じる。
・そのような状況のなかで、本来その同調圧力に抗すべきメディア、報道機関までが、そ
 の同調圧力に加担するようになってはいないだろうか。
 「感情の一体化」を進めてしまうテレビ、そしてそれが進めば進むほど、今度はその感
 情に寄り添おうとするテレビの持つ危うさ。こうした流れが生まれやすいことを、メデ
 ィアに関わる人間はいまこそ強く意識しなくてはならないと思う。
・国内外で時代のうねりが大きくなり、生き方も価値観も多様になるなか、報道番組にお
 けるインタビューの役割とは何か。情報を直接発信する手軽な手段を誰もが手に入れ、
 ややもすればジャーナリズムというものを「余計なフィルター」とみなそうとする動き
 さえ出てきている。 
 しかし、ジャーナリズムとしてのインタビュー機能が失われてもよいのだろうか。権力
 を持ち多くの人々の生活に影響を及ぼすような決断をする人物を、多角的にチェックす
 る必要性はむしろ高まっている。
・テレビカメラを前にしたインタビューにおいて、ニュースになるような答えを引き出す
 ことは、むしろ例外的なことと言ってもよい。しかし、質問を投げかけていくことで、
 その質問からかえって、問題の所在、解決へのアプローチの視点など、その問題やテー
 マをとりまく状況を浮かび上がらせることができる。問いの角を丸めてしまっていない
 か。安易に視聴者の感情に寄り添っていないか。問題の複雑さを切り捨てて、「わかり
 やすさ」ばかりを追い求めていないか。テレビ報道の抱える危うさを意識しながら、問
 いを出し続けなければならない。
・インタビューで私は多くの批判も受けてきたが、23年間「クローズアップ現代」のキ
 ャスターとしての仕事の核は、問いを出し続けることであったように思う。それはイン
 タビューの相手だけでなく、視聴者への問いかけであり、そして絶えず自らへの問いか
 けでもあった。  

失った信頼
・番組制作の最終ランナーとしてバトンを手渡されるキャスターは、そのバトンを手に必
 死に走り切って視聴者に手渡しするのが仕事だ。しかし、もしおその手渡したバトンが
 信頼に値するものでなかったとしたら、それは取り返しのつかない行為だ。長年にわた
 るキャスターという仕事を通じて、私はそのことを十分にわかっていたつもりだった。
・2014年5月14日放送の「追跡”出家詐欺”〜狙われる宗教法人」に含まれていた、
 およそ3分半のシーンは、NHKが設置した調査委員会によって「視聴者の期待に反す
 る取材・製作が行われた」と結論づけられ、またBPOの放送倫理検証委員会により
 「事実をわい曲したもの」だとして、番組には「重大な放送倫理違反があった」と最終
 的に判断された。
 このことは、そのシーンを含む番組を、キャスターとして視聴者に伝えた私の責任を問
 うものでもあった。
・「追跡”出家詐欺”〜狙われる宗教法人」は、出家すれば戸籍の名前を変更できることを
 悪用し、多重債務者を別人に仕立てて、住宅ローンをだまし取るなど、宗教活動を実質
 的に休止している宗教法人、いわゆる不活動宗教法人を舞台にした詐欺事件の実態を明
 らかにして、対策等を考えるものであった。
・その番組のVTRレポートのなかに、出家を斡旋するブローカーとされた人物と、出家
 して多重債務を免れることを考えているとされた人物、その二人が出家を相談し、それ
 を隠し撮りしているかのような場面や、二人へのインタビューなど3分半のシーンがあ
 った。  
・ところが、その内容が、「ブローカーの活動実態をはじめとして、事実とは著しく乖離
 した情報を数多く伝え、正確性に欠けており、またそのシーンにおける隠し撮りの撮影
 方法が、放送ガイドラインを逸脱する過剰の演出」などとされたのだ。
・なぜこういうことが起きるのか。その背景、たとえば不活動宗教法人の実態、なぜそこ
 まで宗教法人が追い詰められているのか等は議論された。
 だが、正直に言えば、後に問題となるシーンについて議論された記憶が、私にはない。
・この問題が明らかになったとき、なぜ試写の場で私はこのシーンに疑念を抱かなかった
 のかを考えた。  
 おそらく、そのシーンを含む番組内容が、「クローズアップ現代」の放送以前に、すで
 に関西地域での地域放送番組、NHK大阪局で放送されており、放送後、特段、問題に
 なっていなかったこと、取材を担当している記者やデスクが、これまで多くの事件もの
 を扱ってきているベテランたちであったことがある。
・そして何よりも、試写の場では、VTRの構成やコメント内容、インタビュー等の編集
 の仕方番組の狙いやテーマについて議論するのだが、取材された素材そのものについて
 は、その一つひとつについてそれが事実なのか、という吟味をすることはないのだ。
 素材やシーンについて一つずつ、これは本当に事実なのかと疑念を抱きながら試写を行
 っていては、そもそも試写が成り立たない。
・番組制作の過程である試写の場においては、キャスターと取材者、製作者との間に信頼
 関係がなければ、そもそも議論が成り立たない。そこのところを裏切られてしまえば、
 たとえ事実と異なることが描かれていても、キャスターである私は気づかない可能性が
 高い。決して言い訳をするつもりはないが、これが正直な気持ちだ。
・NHKとBPOの調査や判断を読んだ後になってみれば、あのシーンは、あまりにも都
 合よく撮れすぎている、構成にはまりすぎている。
 そういうシーンとして、試写の場にいた誰からも意見は出ないまま放送されてしまい、
 視聴者からの信頼を失ってしまう結果をもたらした。
・23年間、計3784本放送された番組のなかで、この「出家詐欺」問題は、最大の汚
 点を残した番組になってしまった。悔やんでも悔やみきれない思いが募る。
 しかし、この他のすべての番組はまったく問題がなかったと胸を張れるわけでもない。
 取材に協力していただいた方から厳しい指摘、不満や抗議を受けたり、放送でのゲスト
 の発言で抗議を受けたりすることは、様々な努力して細心の注意を払っても起きてしま
 う。

変わりゆく時代のなかで
・「クローズアップ現代」のキャスターを担当してきて、日本社会で何が一番変化したと
 感じているのかと問われると、「雇用」が一番変化している、と答えることが多かった。
・様々な働き方の変化について番組化していながら、急増している派遣労働について、セ
 ーフティーネットの欠如など、そのもたらすものが十分に見えてきなかった。
・2008年の秋に起きたリーマンショックで世界経済に急ブレーキがかかると、その年
 の暮れ、製造現場で派遣社員として働いていた大勢の人々が年末からお正月にかけて行
 き場を失い、「派遣村」と呼ばれた場所で炊き出しが大々的に行われた。
 その光景を見て、雇用のセーフティーネットの構築があまりにも欠如しているのを見過
 ごしていたことに気づかされた。
・2009年10月放送の「助けてと言えない〜いま30代になにが」という番組は、ネ
 ットカフェなどを転々としながらギリギリの生活をする若い世代が、自分たちの苦境は
 自己責任と捉えて支援を求めない姿を伝えている。
 不採算部門は早く切り捨て、早期退職を募り、企業を再生することが急務として進んで
 いた日本社会。その一方で格差が広がる土壌が急速に生まれていたことに、なぜ私たち
 は早く気づかなかったのか。
・振り返ってみると最初の10年近くは、それまで当たり前だったことが次々と壊れてい
 く過程をつぶさに見ていたように思う。そしてその後の再構築への動きのなかで、問題
 の解決策と思えることが、実は新たな大きな社会問題を生み出していた。そこへの想像
 力が働かなかった。戦後、世界でも一位、二位を競う豊かな国になっていたはずの日本
 で、経済格差は広がり、現在、子供の6人に1人が貧困状態に置かれ、保育など大事な
 公共サービスを担う人材に、生活が十分に維持できる賃金が支払われない国になってし
 まっている。  
・時代の勢いに乗って伝えていくことは、時代に向き合うメディアとして当然のことだっ
 たかもしれないが、結果としてあまりに、社会の空気に同調しすぎていたのではなかっ
 たのか。リーマンショックで起きたことを目の当たりにして、なぜもっと俯瞰して見る
 ことがそれまでできなかったのか。なぜもっと早く、弱い立場に置かれている人々に寄
 り添った新しい制度の構築が必要であるという想像力が働かなかったのだろうか。深く
 考えさせられた。
・多くの視聴者を得れば、報道番組はその時々の社会の空気に影響されやすくなる。人々
 の関心に応え、共感を代弁するような方向に進むことで、時代が向かおうとする方向に
 対しては、立止まる力が弱まる傾向がある。時代の空気に逆行して物事を伝えるのは、
 難しいことだったのだろうか。
 
クローズアップ現代の23年を終えて
・柳田邦男さんのメッセージ「危機的な日本の中で生きる若者たちに八か条」
 一 自分で考える習慣をつける。立ち止まって考える時間を持つ。感情に流されずに論
   理的に考える力をつける。
 二 政治問題、社会問題に関する情報(報道)の根底にある問題を読み解く力をつける。
 三 他者の心情や考えを理解するように努める。
 四 多様な考えがあることを知る。
 五 適切な表現を身につける。自分の考えを他者に正確に理解してもらう努力
 六 小さなことでも自分から行動を起こし、いろいろな人と会うことが自分の内面を耕
   し、人生を豊かにする最善の道であることを心得、実践する。特にボランティア活
   動など、他者のためになることを実践する。社会に隠された底辺の現実がみえてく
   る。
 七 現場、現物、現人間(経験者、関係者」こそ自分の思考力を活性化する最高の教科
   書であることを胸に刻み、自分の足でそれらにアクセスすることを心掛ける。
 八 失敗や壁にぶつかって失望しても絶望することもなく、自分の考えを大切にして地
   道に行動を続ける。  
・この二、三年、報道番組のなかで公平公正とは何か、と考える局面が多くなった。
 放送法では、意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明
 らかにすること、とある。また、政治的に公平であること、ともある。
 NHKは従来一つの番組のなかでバランスをとる、公平を担保するというのではなく、
 番組編成全体のなかで公平性を確保する、としてきた。
 個々のニュースや番組のなかで異なる見解を常に並列的に提示するのではなく、NHK
 の放送全体で多角的な意見を視聴者に伝えていく、というスタンスだった。
・ここ二、三年、自分が理解していたニュースや報道番組での公平公正のあり方に対して
 今までとは異なる風が吹いてきていることを感じた。その風を受けてNHK内の空気に
 も変化が起きてきたように思う。 
・ハルバースタムが23年前に警告した、テレビのエンターテインメント化。アメリカで
 は新聞、テレビで記者や編集者の数が大幅に減らされ、時間や経費が必要とされる調査
 報道が大幅に減っていると聞く。日本でもそうした傾向が今後起きないとも言えない。
 時代に個人が翻弄されるなかで、一人ひとりが将来を考え、自分の生き方を選択してい
 くためにも、長期的に多角的な情報を得て、自分の置かれた立場を俯瞰することが必要
 になっている。そのために必要に応えていくことが、テレビの報道番組にいま求められ
 ている。

あとがき
・上辺だけの言葉やニセの情報が氾濫し、論理の飛躍は大目に見られて乱暴な言葉ばかり
 が跋扈するなか、事実や真実を伝えようとするメディアの影響力は低下している。
 根拠が定かでなくても感情的に寄り添いやすい情報に向かって社会が流れていくとした
 ら、事実を踏まえて人々が判断するという民主主義の前提が脅かされることにもなる。
・インターネットで情報を得る人々が増えているが、感情的に共感しやすいものだけに接
 する傾向が見られ、結果として異なる意見が幅広く知る機会が失われている。
 そして、異質なものに触れる機会が減ることで、全体を俯瞰したり物事の後ろに隠され
 ている事実に気づきにくく、また社会の分断が進みやすくなってもいる。
・言葉の持つ力を信じて、私は事象の持つ豊かさ、深さそして全体像を俯瞰して伝えるこ
 とにこわだりながら報道番組に携わってきた。それだけに、真実ではない情報や言葉が
 事実よりも現実的な力を持つようになったことに衝撃を受けると同時に強い懸念を覚え
 る。