すぐ死ぬんだから :内館牧子

この本は、いまから6年前の2018年に刊行されたものだ。
作品の内容は、おしゃれに気づかい加齢に抗って生きる78歳の高齢女性・ハナが主人公
だ。ハナさんはとても気が強い。逆に、ハナの夫・岩造は、唯一折り紙が趣味という穏や
かさだけが取り柄のつまらない男だ。
ある日突然、岩造が硬膜下血腫で死亡してしまうことになる。それがきっかけで、ハナは
呆然自失状態に陥ってしまう。
しかし、つまらない男だと思っていた岩造には、隠された驚きの秘密があったのだ。

正直、私はこの本を読んで、あまり共感するところがなかった。
岩造の不倫相手だった森薫という女性に対するハナのあまりの意地悪い熾烈な言葉の数々
に、私は読んでいて、なんだかi嫌な気持ちになったしまった。
逆に、ハナが妾と蔑む森薫という女性の誠実で懸命な生き方には共感した。
そしてまた、死ぬまで懸命に不倫を隠し通した岩造の生き方に、あっぱれだと思った。
いま、国民民主党の玉木雄一郎党首は、不倫がバレて話題になっているが、玉木氏も、
本当に相手の女性が好きだったなら、覚悟を持って不倫をしてほしいものだ。
いまの玉木氏の態度は、「ただ女性を弄んだだけです」としか受け止められない。
そういう人が、国民を代表する立場の国会議員をやっていていいのかと私は思う。
不倫がバレても「103万円の壁」を隠れ蓑にして何の責任も取らず、お咎めなしで済ま
そうとするその態度は、あまりに軽く無責任で覚悟のない不倫だと思う。
こういう人の言うことはまったく信用できない。

過去に読んだ関連する本:
終わった人

第1章
・私が出た都立の商業高校は、同学年の生徒数が250人だったが、出席者名簿を見ると、
 48人もいる。
 78歳でこの人数は、お祝いに値する。
 だが、会場を見回すなり、愕然とした。
 10年前の68歳の時、70の「大台間近の同期会」をやったのだが、出席者の容貌は
 あの時と様変わりしている。
・10年という歳月は、人をここまで汚く、緩く、退化させるのか。
 私は若い気でいるが、ここにいるジイサンバアサンと同じではないだろうか。
 不安が過る。
 いや、私は違う。加齢に対して手を打っている人間は、この人たちのように退化はしな
 いものだ。 
 その証拠に、たった今、67、8に見えると言われたばかりではないか。
 それもシニア専門誌のプロ編集者、カメラマンからだ。
 写真まで撮られたのだ。
・よく見れば、海上には洗練された雰囲気の男女もいたし、おしゃれでとても78とは思
 えない男女もいた。
 だが、そうでない男女の方がずっと多い。
・雅江と明美がやってきて、腕をつかんだ。
 私の名は「忍ハナ」という。結婚して、旧姓の「桜川」あら「忍」というド迫力の姓に
 なった。 
・高校時代の雅江はスターだった。
 面今日は学年のトップクラスだったし、ハンドボール部で鍛え、抜群のスタイルだった。
 浅黒い肌のくっきりした顔だちは華やかで取り巻きも多かった。
 同学年の男子ばかりか、上級生にも下級生にも人気だった。
・その頃の私はと言えば地味で、美人ではなく、成績も目立たず、凡庸な高校生だった。
 それだけに、雅江には臆するところがあったものだ。
・明美は高校時代、雅江の手下だった。
 80歳間近になっても、雅江を見ると反射的に手下根性が出るらしい。
 「悪目立ち」という言葉を意識して使っておいて、あわてて言い直してみせるところか
 らも、私を面白く思っていないのがわかる。ふん、いい気持だ。
・雅江が突然、振り向いた。
 「あーあ、ハナのこと羨ましいわア。若くいたいとか着たいもの着るとか、お金と時間
 があるか言えるのよ。普通の老人にはできないよ」
 明美も足を止めた。
 「そうよ。ハナと違って、たいていの人はお金がないし、介護だ何だで自由になる時間
 もないの。自分のことなんか後回しよ。ねぇ、雅江」
 「ハナ、一般人なんてそんなもんよ。今じゃどっちが介護される年になって、余裕はな
 いし、年金でやっと暮らしているんだから」
・雅江は「どうだ」という目で私を見た。
 私はしんみりと、
 「そうよね・・・」
 とうなずいておいた。
・お金がないという言葉を、真に受けてはならない。
 本当に貧困にあえぐ人たちもいるが、一般老人はなぜお金がないか。
 貯金をするからだ。
 年金をやりくりし、生活を切りつめ、「老後のために」と貯金するからだ。
 まったく、今が老後だろうが。
 若いうちに切りつめて蓄えたお金は、今が使い時だろうが。
 80間近の、さらなる「老後」に何があるというのだ。
 葬式しかないだろう。
・私はうなずいてみせたものの、腹の中でせせら笑っていた。
 それが表情に出たのかもしれない。
・歩き出す時、雅江は私を真正面から見た。
 「ハナ、あなたって嫌われるでしょ」
 捨てゼリフを残し、立ち去った。
・初夏の夕陽が沈みかけた頃、会はお開きになり、みんな満足したように帰って行った。
 その姿を見て、天を仰いだ。
 大半がリュックを背負っている。
 今時のおしゃれなリュックではない。
 毎日使っているだろう。色褪せてくたびれ切っている。
 これも「年なんだから楽が一番」の例だ。
・若い人のリュック姿とは全然違うことに、気づかなければならない。
 リュックは楽だし、両手が開いて安全で、老人にはピッタリだ。
 であればこそ、病気でないなら拒否する気概が必要だ。
・その上、男も女も登山帽というか何というか、これもスーパーで売られているような、
 安っぽい帽子をかぶっている人が多い。
 リュックに帽子でゾロゾロ帰って行く老いた一団は、何だか虫の一群に見えた。
・誰もが年を取る。
 だが、誰もが虫になるわけではない。
 自分に手を掛けない不精者だけが、虫になる。
 人間のなれの果てを見せられた気がした。
・私たち夫婦は、麻布のマンションに二人で暮らしている。
 代々続く酒屋を経営していたが、今は長男の雪男に譲り、好きなように生きている。
・音の岩造は「忍商店」の一人息子で三代目だった。
 大正時代から続く店は、マンションから歩いて3分ほどの商店街にある。
 昭和30年代から50年代初めは、面白ほど繁盛した。
 酒ばかりではなく、食料品はなんでもそろえた。
 岩造はさらにチリ紙とか歯ブラシ、歯みがき粉バンソウコウやガーゼなども置き、今の
 コンビニのようでもあったのだ。
 その上、御用聞きが近所を回り、たくさんの注文を取ってくる。
・ところが、大きなスーパーマーケットが幅をきかすようになった頃から、経営は加速度
 的に下降した。 
 価格ではとても勝てない。
 それでも、仕入れ値を割るかというところまで安くしたり、おまけをつけたりしたが、
 客足は遠のくばかりだった。
・何とか持ちこたえたものの、次に来たのはコンビニである。
 どこの町にもいくつものコンビニができた。
 24時間オープンのそれと、夜8には締まる個人商店では勝負にならない。
 ちょっとした買い物なら、近くのコンビニに駆け込む時代になったのだ。
・実家の父は縁起をかつぐ人だった。
 父、桜川一平は元々大工だったが、30代の時、両国で「桜川組」という土建屋をおこ
 した。 
 私はその長女で、商業高校を出た後、経理を手伝っていた。
・忍岩造との見合い話が来たのは、私が23の時だ。
 相手はひとつ年上だった。
 「忍」という姓になることには抵抗があったものの、他の条件は完璧だった。
 女は結婚して子供を産むのが当たり前という時代だ。
 どうせ結婚させられるなら、条件のいい方が得というものである。
 中でも岩造に備わっていた最高の条件は、両親がとっくに死んでいることだった。
 こんな有り難いことはない。
 姑の苦労だの舅の介護だのとは無縁ですむ。
・昭和37年当時の麻布など、下町の人間からすれば「ド田舎」だ。
 とはいえ、土地付きの老舗酒屋というのは悪くない。
 「いつかド田舎も開発されるだろうよ」
 父は根拠もないのにそう言い、私も「両親がいない」という好条件の前には、ド田舎な
 ど小さな問題だと思った。  
・それに、私のものおじしない性格は、店頭に立てば役に立つ。
 経理もできるし、店を切り盛りするのは面白そうだ。
 岩造はおとなしくて、何だか頼りない男だったが、老舗のぼんぼんはこんなものだろう。
 それに、女は毎年毎年、見合話が減る。
 年齢と共に、相手の条件が悪くなる。
 23歳の今、いいと思ったら決めることだ。
・見合いの席で、父がいかにも土建屋の頭らしいドスの聞いた声でたずねた。
 「忍さんのご趣味はなんですか」
 岩造は笑みを見せ、穏やかな口調で答えた。
 「折り紙です」
 お、折り紙だと?土建屋は固まり、土建屋の娘を固まった。
・折り紙が趣味で、穏やかで、まじめに家業を営み、年一回のグループ展が楽しみな男。
 面白味はないが、夫としてはいい。
 平凡で幸せな家庭は、そういう相手とこそ作れるものだろう。
 面白味のある男は家庭には向かない。
・私の目には狂いはなかった。
 その上、結婚してみてわかった。
 岩造とは妙に気が合ったのだ。
 旅でも食事でもおしゃべりでも、夫とするのが一番楽しく、一番休まる。
・当然ながら、今流行のエンディングノートとやらいう遺書も、まったく書く気はない。
 自分が死んだ後のことを活きているうちに書くと、言霊の通りになる。
 それに、そんなものを用意しては、生きる気合いを削がれるだけだ。
 終活はよくない。
 これは岩造にもきつく言い、かたく守らせていた。
・第一、死んだ後のことなんか知っちゃいない。
 もめようが、仲違いしようが、生きている者の問題だ。
 だいたい、生きている人間が死後のことまで指図するという姿勢が、私とは合わない。
・私は腹の中で毒づいていた。
 老人が一番さけるべきは「自然」だ「ナチュラル」だ。
 自然に任せていたら、どこもかしこも年齢相応の、汚なくて、緩くて、シミとシワだら
 けのジジババだけになる。孫の話と病気の話ばかりになる。
・それに抗ってどう生きるかが、老人の気概というものだろう。
 リュックを背負って歩く虫の一群が甦った。
 あれが老人の自然なら、あれが老人のナチュラルなら、人の末路とはなんとみすぼらし
 いものか。 

・雪男に店を譲って2年が経つ。案の定、由美はまったく変わらない。
 はらわたが煮えくり返る。
 そもそも友だちの紹介で出会ったが、雪男が27歳、由美が23歳の時だった。
 それまで「カノジョ」もおらず、女に慣れていない雪男は、美人でもなければ何の売り
 もない由美だというのに、有頂天になった。
・仙台で生まれ育ち、東京の女子短大の国文科を出ているが、その短大はいわば「偏差値
 ゼロ」のレベルだ。高卒の雪男がひけめを感じることはない。
・当時、由美の両親は仙台の高校教師で、姉は北海道の国立大学大学院博士課程にいた。
 由美だけ出来が悪いのだ。雪男に対して文句は言わせない。
・紹介された頃、彼女は浅草橋の衣料問屋でアルバイトをしていた。
 保証も保険もなく、六畳一間のアパートで、カツカツの生活だったと聞く。
 両親からは「仙台に帰って来い」とせっつかれていたが、東京を離れたくなかったとい
 う。   
 いわば「男なら誰でもいい」由美と、「女なら誰でもいい」雪男の、まとまるべくして
 まとまった結婚だった。
・利害や打算で結婚するのは、よくあることだ。実際、私もそうだった。
 だが、私は岩造と力を合わせ、忍酒店を守りたててきた。
 商店会の仕事もよくやり、お得意さんも次々に増やしていった。
・一方、由美はまるで違う。
 結婚する時、「お義父様の代である間は店を手伝わず、専業主婦でいたい」
 と言った。
 雪男は由美の言うことなら一も二もなく許し、私たちもそれでよかった。
・ところがだ。こうして雪男の代になって2年が経今も、由美はほとんど店に出ない。
 仕入れから配達まで雪男が一手にやる。商店会の仕事もだ。
 転倒の販売は、忙しい時だけ手伝っているようだが、昭和の頃と違い、忙しい方が稀だ。
・さらにだ。床の間付きの格式ある座敷を、あの女は住まいを取りかえるなり、全面リフ
 ォームした。   
 畳はフローリングに変え、床の間は壊し、「自然光が必須なの」だとほざいて天窓を開
 け、アトリエにしてしまった。
 油絵のアトリエである。
・由美は専業主婦の時代にカルチャースクールで油絵を習い、のめりこんでしまった。
 そんな中で講師から、
 「君に描くものは、いつも面白ね」
 と言われたとかで、自分には画才があるのだと、すっかり舞い上がった。
・だいたい「面白い」というのは、他にほめようのない時に使う言葉だ。
 それに、講師としては自分の生徒はつなぎ止めておきたいし、おべっちゃらのひとつも
 言うだろう。
・だが、「偏差値ゼロ」レベルで、ほけられたことのない由美は、私たちの前で宣言した。
 「これからも、自分を信じて描きつづけます」
 出た!
 猫も杓子も言う。
 「自分を信じて」という言葉。
 まったく、自分の何を信じると言うのだ。何もないだろうが。
・もっとも、実のところ、私は由美が店の仕事をしない方がいいと思っている。
 というのは、この嫁、とても人前に出せるタマではないのだ。
 雪男が初めて由美を終えに連れてきた日、私はひと目見ただけでガックリ来た。
 あまりに貧乏くさくてだ。
 やせて小柄で、化粧気はなく、サザエさんに出てくるワカメちゃんのようにプッツンと
 切った髪である。 
 23の若さでありながら、この貧相な色黒女は、恥ずかしくてとても嫁として紹介でき
 ないと焦った。
・しかし、時すでに遅かったのだ。
 雪男が照れた。
 「俺たち、二泊三日で京都に行って、今、その帰りなんだよ」
 婚前旅行をすませたか・・・。

第2章
・75歳を過ぎると、心身の健康度が一気に下がると何かで読んだことがある。
 年を取って衰えていくことは、現代の医学ではどうにもならないと、医師のコメントも
 あった。
 どうにもならないというのに、年齢相応に見られまいと頑張る。
 意味のないことではないだろうか。
 医学が解決できない老化に抵抗して、どうなるというのか。
 これほど気合を入れて、老いを遠ざけて生きている私だ。
 なのに、老いは音もなくやって来ている。
・「いづみ、お祖母ちゃんの歩幅、狭くなった?」
 「あんまりわかんないけど、去年よりは狭くなっているかなァ。何で?」
 いづみは正直だ。
 「歩幅が狭くなること」と「老い」が密接な関係になると知らない。
 知っていれば、「全然、そんなことないよォ」と答えただろう。
 ・・・そうか、去年よりは狭くなっていたか。
 体から力が抜けた。確実に一歩ずつ、容赦なく衰えが来ている。
・その夜、風呂に入る前に、いつもよりハードにスクワットをやった。
 筋肉は何歳になってもつくと聞いた。
 ならば、筋トレを増やすことで筋肉がつけば、歩幅が元に戻ることもあるのではないだ
 ろうか。
 手足を伸ばして湯槽につかっている時も、またベッドの中でも、歩幅のことが頭を離れ
 なかった。
・翌朝、体が痛くて起きあがれない。
 スクワットの回数を増やしたせいで、筋肉痛らしい。
 「よいしょツ」と掛声をかけてシートをつかみ、やっとベッドから降りる。
 歩こうとしたものの、膝が痛い。筋肉痛とは違う痛みだ。
 スクワットは正しい形でやらないと膝に来るというが、それだろうか。
 歩けるには歩けるが、少し段差のあるところの昇降は痛む。
 このマンションはバリアフリーではないため、小さな段差が幾つかある。
 試しに玄関の靴脱ぎから室内への段を上がってみた。痛い。筋肉ではなく骨の痛みのよ
 うな気がする。
・午後、岩造に付き添われてクリニックに行くと、まず膝のレントゲン写真を撮った。
 その後、馴染みの医師、寺本がいる診察室に入る。
 レントゲン写真を見ていた寺本は、
 「ハナさん、どんな状態ですか?」
 と声が優しい。
 そして私を侵奪台にあおむけにすると、足を持って曲げたり伸ばしたりした。
 やがてちいさくうなずき、私と岩造に椅子をすすめた。
 「老化ですね」
 「加齢による老化現象です」
 黙る私を察したか、岩造が聞いた。
 「骨がどうかなってるってことはないですか」
 「レントゲン写真を見ましても、それは特にありません。年齢相応のすり減り方ですし。
 スクワットやウォーキングをやりすぎて、それが痛みを誘発したとも考えられますが、
 要は老化なんですよ」
・「そうですか・・・」
 力なく引いた岩造だったが、私は納得できなかった。
 「先生、さほどの検査もしないで、レントゲン一枚で『老化』って片付けるんですか。
 最近、眼科に行っても耳鼻科に行っても、お腹や胃の調子が悪くて内科に行っても、
 みんな『老化』『加齢』で片付けて、薬も出さないんですよ。若い人と違って、真剣に
 診てもしょうがないってことですか」 
・「いや、真剣に診て『老化』だと診断しているんです。老化なのに、何のかんのと理由
 をつけては不要な薬を出したり、不要な検査をしたりする方が、ずっといい加減な医者
 ですよ」 
 「70年も80年も使い込んでる体ですから、そりゃ、経年劣化は当然ですと」
 「老化を自然に受け入れることです。もちろん、大きな病気が潜んでいることもありま
 すが、少なくともハナさんの場合、検査結果にその心配は出ていません」
・「女房の膝の痛みは、いくらいまで続きますか。何かやわらげる薬とかシップとか、頂
 けるんですか」 
 「そうですね。湿布と痛み止めをお出ししておきます。あと運動は大切ですが、くれぐ
 れもやりすぎないようにしてください。ご不快でしょうが、医学的には老齢の体なんで
 す」

・男は年を取るとどんどんお婆さん顔になり、女はどんどんお爺さん顔になる。
 テレビに出てくる有名人でもだ。私は前からそう思って見ていた。
 岩造が年を取ったということだろうか。
 私もお爺さん顔になり始めているだろうか。
 悲しすぎる。どんな努力をしても、絶対に阻止する。
 私はそう言い聞かせながら、鯖の味噌煮缶でチーズオムレツを作った。
 今朝かったほし菊もお浸しにした。
・冷えたビールと一緒にベランダに持って行くと、たいして飲んでもいないのに、岩造が
 うたたねをしている。 
 「ツマミ作ったよ。何よ、ふたこぶラクダ、折りかけじゃないのよ」
 聞こえないほど、岩造はよく寝ている。
 私は肩に手を当て、揺すった。
 「起きな。ビール冷たいとこ・・・」
 と言いかけて、ベランダが異様な静けさにある気がした。
・「アンタッ!」
 私は自分の掌を岩造の花の前に広げた。息はあるか。
 だが、私にはよくわからなかった。
 意識はないように見える。
 動かさない方がいい。
 何の根拠もないがそう思った。
 そして、すぐに救急車を呼んだ。
 その間に雪男に電話をしたが、指がふるえる。
 「雪男ッ、パパが大変だよ、大変」
 声もふるえた。
・その夜、搬送先の松原医大付属病院で、岩造の緊急手術に向けて数々の検査が行われた。
 硬膜下血腫が考えられるという。
 私と雪男を前に、医師が説明した。
 「この病気は転倒などして頭を強く打った人が、一ヵ月とか二ヵ月とか経ってから発症
 する場合もあるんです。転倒直後は何ともなくても、脳の内部には出血があるわけで、
 その出血が一ヵ月なり二ヵ月なりをかけて血腫になるケースです。
 ご主人はここ一、二ヵ月くらいに転倒などで頭を強く打ったことはありませんか」
・そんなことより、私の頭の中は一杯だった。
 岩造は死ぬのだろうか。
 いや、手術後、「意外と軽かったです」と医師が言いそうな気もする。
 いや、こういう時は悪い結末を考える方がいい。
 私の頭はこの二極をグルグルと回るだけで、他に何も考えれない。
 なのに、断片的に別のことが入り込む。
・万が一の時は、由美やいづみは葬儀屋担当で、私は遺影の写真を選ばないと。 
 志田氏は商店会の「割烹かねこ」に頼まないと角が立つね・・・。
・何も答えない私に代わり、雪男が医師に言った。
 「二ヵ月ほど前、父はどこだかで転倒したと言っていました。足をくじいて少し引きず
 って帰ってきました。もしかして頭も打ったのでしょうか」
・そういえば、そんなことがあった。
 だが足は痛そうだったが、頭を打ったとは言っていなかった。
 岩造はどうなるのだろう。
 ああ、元気になってくれたら、私はもっとつきあおう。
 温泉めぐりでもハワイでも香港でも。  
 岩造には仕事と折り紙しかなかった。
 気が合うとはいえ、妻の私は気性が激しい。
 もっと穏やかで優しい女と結婚していれば別の人生もあっただろう。
 一緒に折り紙を楽しみ妻や、温泉めぐりの旅計画を一緒に立てる妻や、そんな伴侶だっ
 たなら、岩造ももっと人生が楽しかったのではないか。
 いや、岩造はきっと生きる。
 いや、もし死んだら、葬儀会場は広くて冷えるから、ひざ掛けを用意してもらおう。
 でも、真っ先にやることは、菩提寺に連絡を入れることだ。
 戒名の問題もある。
 いや、病気になれていないので、つい悪い方も考えるが、人はそう簡単には死なないも
 のだ。
・ドアがノックされ、看護師が顔を出した。
 「先生、忍さんのデータがそろいました。目を通されましたら、手術室にお入りくださ
 い」
 医師は立ち上がり、
 「緊急手術は計画的手術より、事前検査を丁寧にやっていらえません。
 できる限りの検査はしましたが、リスクは大きいんです。
 でも、チームで最善を尽くしますから」
 そう言って、出て行った。
 その夜、岩造は息を引き取った。
 
第3章
・岩造が死んで、今日で五日になる。
 私の頭は、昨日あたりからやっと正常に働き出した。
 あの夜、ベランダで働かない岩造を見て、あわてて救急車を呼んだ。
 そして、病院で臨終を告げられた。
 そこから先、通夜と葬儀、そして骨壺を抱いた雪男と家族全員で店に帰ってきたところ
 までの記憶が、ない。まったく。
・55年も一緒に暮らした相手が、突然姿を消してしまったのだ。
 突然姿を消すことは、消えていく本人の問題ではない。残された者の問題だ。
 残された者は、消えた相手を思い出しながら、この先の人生を生きて行かなければなら
 ない。
 初めて出会った日から死ぬまでの、笑い顔や怒り顔や、体のぬくもりや言葉や・・・
 可愛いところがあった、いいヤツだった、あの時は、この時は、・・・
 先に消える者は幸せだ。
・私に記憶が戻ったのは、葬儀を終えた日の夕方である。
 骨壺と共に店に戻るなり、マリ子夫婦は成田に向かった。
 そこからの記憶は全部ある。
 翌朝には雅彦が仙台に帰ったことも、そして今に至るまで全部わかる。
・これは、テレビドラマでしか見たことなかった「記憶喪失」だろうか。
 だが、臨終後と通夜、告別式のあたりだけがスッポリと抜ける記憶喪失なんであるのだ
 ろうか。   
 ふと心配になってきた。惚けの前兆ではあるまいな・・・。
・私は通夜にきてきれたらしい寺本医師を訪ね、初めて一部始終を話した。
 「頭に何か障害があるのでしょうか」
 寺本は首を振った。
 「逆行性健忘症と呼ばれるものの一種かもしれませんね。僕の専門ではありませんが、
 記憶が部分的に失われるんです。長い期間を失う人もいますよ」
 「それは脳の損傷に由来するものもありますが、心的外傷や強いストレスに由来するも
 のもあって、ハナさんの場合、そっちでしょう」
・岩造の死が私の心を深くえぐり、打ちのめし、強烈なストレスを与えた。
 気丈に見えたなら、その時点で私が健忘症の最中にあったからだろう。
・「ハナさんは、何も覚えてなくて幸せだったかもしれませんよ」
 考え込んでいた私が顔を上げると、寺本は微笑していた。
 「珍しいくらい仲のいいご夫婦でしたからね。妻としては、病院から寝台車でご遺体を
 連れて帰ったり、拭き清めたり、納棺したり、葬儀の祭壇が組み上げられるのを見たり
 しなければなりかせん。   
 ハナさんのようにすべての辛い場に立ち合っていながら、まったく記憶にないのはよか
 ったんですよ」
 そうか。私はすべてを見たのだが、何も見ていないのだ。幸せなことだった。
・店に戻ると、雪男が配達を終えたところだった。
 店は、通夜と告別式までの三日間だけ休み、あとは普通に営業している。
 私も通夜から三日間はここに泊まり、いづみの部屋で眠ったが、今夜からマンションに
 戻ろう。
・岩造と暮らしたマンションに一人でいたくはない。
 この店で子や孫といる方が淋しくないし、気が紛れるに決まっている。
 だが、そんな素振りを見せるのはカッコ悪い。
 「今までありがと。何かあったら助けてね」とでも言って戻ろう。
・一人でいられる強さも、岩造好きな「老人の品格」たろう。
 それにそういう態度こそが、私の目指す年の取り方と合う。
・もしも、「逆行性健忘症」を芝居がかって打ち明け、「どんなにつらいかわかったでし
 ょ。今は一人にさせないで」と迫ったり、「この年になって、突然一人になるなんて、
 心細い。孤独死してもわからないんだよ」と脅したりは、私の理想とする老女像と違う。

・岩造が死んで、そろそろ一ヵ月になるが、一週間もたたないうちから、私は一人暮らし
 が息苦しくなっていた。
 もしもそんなことを口にしたら、広いマンションに一人でいて、何を言うのかと、嫌み
 に取られるだろう。
・息苦しいのは、物が動かないからだ。
 朝、私が出かけたとして、夕方に帰る。
 物は朝に場所から一ミリたりとも動いていない。朝のまんまだ。
 当たり前だ。誰もいないのだから。
・人間に「余りの生」などあるわけがない。
 だが、今の自分を考えると、なぜ生きているのかわからなくなる。
 どう考えたところで、じぶんの現在にも将来にも意味はない。
 なのに、岩造が呼んでくれるまでずっと、こうして意味もなく息を吸って吐いているし
 かないのだ。 
・毎日こんなことを考えているうちに、少しずついきていることが面倒になってきた。
 何を食べてもおいしくなく、何もやりたくない。楽しくもないし、欲しいものもない。
 外出しても、人と会うのも億劫だ。
 岩造はよく言っていた。
 「人は適当なところで死ぬのが幸せなんだ。それが老人の品格というものだよ」
・人は飽きる。旅行にも趣味にも恋愛にも、そして生きることにも。
 私はもう追いかけたいものも、追いかけられることもなく、義務も意欲もない。
 死ぬにはいい時期だ。
 用もないし、岩造もいないし、飽きてきたし、そろそろ去るのがいい。
・ああ、長年連れ添った夫との、普段の何でもない暮らしが宝だった。今になって気づく。
 何とも力が湧かない。
・年を取るということは、失うものが増えるということだ。
 体力も記憶力も気力もだが、若い頃には父がいた。母もいた。夫もいた。
 もう誰もいない。みんな消えた。
・岩造を失って以来、私は死ぬのが恐くなくなった。
 この世に何の未練も執着もない。
 だが、他人は死んだ者などその日のうちに忘れる。

第4章
・写真の男は確かにハンサムだった。
 切れ長でハッキリした目とよく通った鼻筋が、聡明な雰囲気を作っている。背も高そう
 だ。
 苺は写真を裏返した。
 「1998.4.25って日付が書いてある」
 のぞき込んだ私は、体が固くなった。
 間違いなく岩造の字だ。ずっと夫婦で酒屋を切り盛りし、帳簿をつけていたから数字で
 もすぐにわかる。岩造の字だ。
 ただ、二人にはそう言わなかった。
 仲がいい夫婦として評判で、実際それを隠そうともしなかった岩造であり、私であった。
 もしも、妻の知らない何かがあったら、娘や孫にさえも恥ずかしい。
・「何、これ」
 と一枚のカードを引き出した。
 ふと見ると、「国分寺整形外科クリニック」と書いてある。聞いたこともない。
 発券日は今年の8月8日になっていた。つい三ヵ月前のことだ。
 岩造がどこかで転倒したのは、その頃だ。
 死因の硬膜下血腫を引き起こしたとも考えられる転倒だ。
 もしかして、岩造は国分寺で転び、このクリニックに行ったのではないか。
 しかし、なぜ国分寺なのだ。
 それに、あの日、普通に電車で帰宅した岩造は、どこの病院にも行っていないとハッキ
 リ言っていた。 
 次の日からは痛みも薄らいだのか、すっかり元通りで、私たちも病院に行けとも言わな
 かった。
・二人が帰った後、家計簿を開いた。そこには短い日記が書けるスペースがある。
 8月8日のところには、
 「岩造は午後から折り紙講座で新橋へ」
 と書いてある。
 新橋と国分寺では方角が全然違う。ウソをついたのか。あるいは新橋の後、折り紙の何
 かで急に国分寺に行ったのか。
・」もしかしたら・・・もしかしたらイケメンの森薫とは、その整形外科の医者ではない
 だろうか。
 岩造は彼が若い頃から知っていたのかもしれない。だとしたら、葬儀に来るのもわかる。
 だが、そんなことなら、なぜ私に秘密にするのか。森薫はなぜ住所を書かなかったか。
・マンションに戻った私は、すぐに着換えた。
 そして一時間後、JR[中央線の国分寺駅に降り立った。
 なぜか不安を感じ、外出が億劫だとは思いもしなかった。
 交番で「国分寺整形外科クリニック」の場所を聞くと、南口から歩いて7、8分のビル
 に入っているという。
・警官は7,8分でビルに着くと言ったが、年のせいで歩幅が狭くなり、歩調ものろくな
 っている。 
 ああ、いつも思うことだが、あと十歳若ければ、68歳ならば、どんなにいいだろう。
 こうして15分近く歩き、やっと目的のビルに着いた。7階建ての立派なビルだ。
 診察券に書いてあったので、国分寺整形外科クリニックは5階だとわかっている。
 それでも一応、プレートで確かめた。間違いない。ある。
・エレベーターが5階で開くと、目の前に明るく陽の入る受付があった。
 「今日は診察ではないんですが、先生にちょっとお伺いしたいことがございまして。
 8月8日に私の夫の忍岩造が診て頂いております」
 と、診察券を出した。
 「予約の患者様が終わりましたら、すぐにお呼びいたしますので、しばらくお待ちくだ
 さいませ」 
・1時間ほど待った頃、受付嬢に呼ばれた。
 診察室には、50代半ばかという男性医師がいた。
 森薫ではなかった。あの写真とは別人だ。
 「院長 太田幸彦」と名札をつけている。
 葬儀に来た森薫は30代半ばに見えそうだが、太田はその年代ではない。
・「夫はあの日、転倒して頭を強打し、こちらに伺いました」
 「はい。その後、いかがですか」
 「夫は先頃、なくなりまして」
 「えっ!?」
 「は。硬膜下血腫で急死しました」
 「・・・そうでしたか」
 「私は転倒の状況を何も知れません。先生にはご迷惑はおかけいたしませんので、ご存
 知のことを教えていただけないでしょうか。妻として知っていたいという、ただそれだ
 けですので」 
・太田は思い出すように、ゆっくりと答えた。
 「転倒して、頭を強打されたとおっしゃっていました。その時点では、会話も歩行も、
 いくつかの簡単なテストも、まったく問題ありませんでした。
 ただ、明日にでも大きな暴飲で、必ずCTを撮るようにと強く申し上げました。
 それと、CTで異常がなくても、何ヵ月か後に、脳に出血や脳腫が診られて会話や歩行
 ができなくなる場合があります。そうなったら、ただちにその大きな病院にまた行くよ
 うにと、これも強く申し上げております」
 「先生、夫はこちらに一人で参りましたか。誰か付き添いがいましたでしょうか」
 「お一人で見えられました」
 「私どもの自宅は麻布で、こちらのクリニックとは非常に離れております。
 夫はこの近くで転んで、たまたまこちらを見つけて伺ったのでしょうか」
 「ご主人には、どこでどういう転び方をしたかと、当然伺いました。道路の段差に気づ
 かず、頭からアスファルトの歩道に転倒したとおっしゃっていました。保険証の住所が
 麻布でしたから、この辺りに来て転び、たまたまうちの看板か何かを見たんでしょう」
 これ以上聞いても、話さないだろうと思った。いや、もしかしたら、太田は今答えたこ
 と以外は、本当に何も知らないのかもしれない。
・マンションに帰るなり、
 「平気で生きて居る」
 の掛け軸の前に座った。
 岩造は商売がどん底の頃だけでなく、この掛け軸の前から長く動かないことがよくあっ
 た。おそらく、心に多くの火種を抱えながら、「平気で生きている」「平気で生きてい
 る」と身に叩き込んでいたのだろう。
 私もそうする。
 追及できないことはせず、平気で生きて岩造のもとへ行きたい。
・翌朝、雪男から電話がきた。
 「ちょっと来てくれる?急いでいるんだけど」
 雪男が風呂敷包みを持って入ってきた。
 「何、それ」
 苺の問いに答えず、雪男が包みをほどく。中から白い箱が出てきた。
 見せの権利書だとか諸々の書類だとかをしまっている箱だ。
 「俺がこの店継いだ時、親父から渡されて、ろくに見ないで金庫に入れといたんだよ。
 だけど、親父が死んだから一度見といたほうがいいと思ってさ。昨日の夜、箱を開けた
 ら・・・」
 雪男は一通の封書を取り出した。
 「親父の遺書」
 「えっ!?遺書!?」
 私は次の言葉が続かなかった。岩造は遺言だの遺書だとは書かないと言っていた。
 私が嫌うからそう合わせただけで、書いていたということか・・・。
 「それも封筒の表に『家庭裁判所で開けてください』って親父の字で書いてあるんだよ」
 「家裁?離婚しときゃよかったなんて書いてあるとか?」
 私は冗談めかして言ったが、少し声が上ずった。
・「ネットで調べたら、これは『自筆証書遺書』っていってさ、自分で書けばいいんだっ
 て。公証人が書くものとは違うんだよ。でも、書き方にはちゃんと形式があって、それ
 を満たしていれば、遺言書として有効なんだよ」
 「だけど雪男、パパは遺言書の類は一切書かないと言ってたし、ホントにパパが書いた
 ものかわかんないだろ」  
 「俺もそう思ったよ。だけど、ホラ」
 雪男は遺言書の封印を示した。実印だった。岩造と私と雪男しか知らないところにしま
 ってある実印だ。
・苺が言い切った。
 「パパが遺言書を書かないって言ってたのは、単純にママがうるさいからだね。表では
 従ってだけだと思うよ。裏では、自分が死んだ後で喧嘩になってほしくなかったから、
 書いていた。それだよ」
 裏でこっそり書くほど、私が恐かったのか。
・「自筆遺言書は家裁で兼任手続きっていうのを受ける必要があるそうです。私もネット
 で調べました」 
・「検認」とは、自筆証書遺言の偽造や変造を防ぐために、家裁が執り行うもので、民法
 1004条に定められているとあった。
 家裁が相続人を前にして、遺言書の形状や加除訂正の状態などを明確にするのだという。
・「相続の内容には家裁はノータッチで、検認するだけだって」
 「家裁に行くには、今日明日じゃないんだよ。何しろ、遺言者の除籍謄本だの相続人全
 員の戸籍謄本だのを、こっちが取って家裁に送るんだってよ。そうすると、三週間だか
 一ヵ月だかで出廷日時の通知が来る」
・「さっきから気になってんだけど、ここに書いてある『遺言執行者』って何?」
 「俺もネットで初めて知ったんだけど、ちゃんと遺言が執行されるように相続手続きを
 する人らしいよ。遺言書の中に名前を書いておくんだってよ」
・わざわざ岩造が書き遺したということは、そういう思ってもみない内容なのかもしれな
 い。みんな同じことを考えたのか、黙った。
・マンションに帰り、「平気で生きて居る」の掛け軸の前に座った。
 この頃何かというとここに座る。
 「平気で生きて居る」を眺めていると、世の中のたいていのことは、瑣末な、深刻にな
 る必要のないことだと思えてくる。 
 森薫が誰であろうと、なぜ国分寺の整形外科であろうと、岩造はずっと何ら変わること
 なく、私と平気で生きていたではないか。 
 私は今、平気で死ねる。もう生きるのは本当に十分だ。
・家裁から出廷の連絡が来たのは、三週間ほどたってからだった。
 定められた時刻に、実印で封をされた遺言書を持った雪男、私、苺の三人の相続人は出
 廷した。弁護士を同行する人も多いらしいが、うちは顧問弁護士もいないし、依頼する
 ほどの相続でもない。 
・家裁の一室に通された私たちを前に、裁判官は遺言書の封を開けた。加除訂正の状態や
 署名などを確かめている。やがて、
 「問題はありません」
 と言い、読みあげた。
 「私、遺言者忍岩造は次の通り遺言する。
 第1条 私は下記の財産を妻である忍ハナに相続させる。
 第2条 預貯金や有価証券などを長女苺に相続させる。
 第3条 店を長男雪男に相続させる
 第4条 遺言者は、この遺書の遺言執行者として、長男雪男を指定する。
 第5条 割愛
 第6条 割愛
 第7条 次の者は、遺言者忍岩造と森薫との間の子である。
     現住所 東京都国分寺市大善町
     筆頭者 森薫
     男   森岩太郎
     右記森岩太郎は、成人した後も認知を請求しない。その旨の覚書は別添
 第8条 右記諸薫に、掛け軸「平気で生きて居る」一点を遺贈する。これは森薫本人の
     希望によるところである。
・森薫って、森薫って女だったのか。
 そうか、ありうることだ。「薫」は男にも女にも付けられる名前だ。
 森薫は岩造の愛人だったのか。
 ということは、葬儀に来たイケメンの三十代とやらは、岩太郎に違いない。
 現住所は国分寺か・・・。
 岩造は愛人の家に行く途中で、転んだのだ。間違いない。すへてがピシャリとつながっ
 た。
・私は貧血を起こした時のように、目の前に暗いもやがかかった。
 横になりたい。手が冷たい。
 だが、そんな気配は見せたくない。どれほどの衝撃を受けているか、相応には見せない。
 いつ死んでもいいと思っているのに、まだこんな意地があったことに、自分でも驚いた。
・ハンドバックの中のペパーミント粒を口に入れ、深く呼吸する。
 心配そうな苺の視線を感じる。きっと、愛人と隠し子がいたショックで具合が悪くなっ
 ていると思っただろう。
・それはもちろんだ。だが、何だってあの大切な「平気で生きて居る」を愛人に遺すのだ。
 私にトドメを刺す気か。
 岩造と私にとって、あの掛け軸は夫婦で懸命に乗り越えてきた歴史そのものだ。
 岩造が後援会の控え室に押しかけて、ついにもらってきたあれは、いつの間にか私たち
 夫婦を奮い立たせるものになっていた。
・「平気で生きて居る」の前に座ると、不況で死のうかと苦しんでいた岩造や、雨ガッパ
 を着て配達し、私などが次々と蘇ってくる。
 素人の書だが、私たち夫婦にとっては大切な大切なものなのだ。
・だが、愛人には何の思いもないものだ。必要のないものだ。
 それも、これまでもこれからも子供の認知さえ不要というのに、なぜあんな掛け軸を欲
 しがる。愛人にとっては粗大ゴミだろう。
 なのにぶん捕る。その理由は一つしか考えられない。
 本妻の私へのツラ当てだ。
 岩造は何かの話から、この掛け軸が夫婦の宝であることを口走ったのかもしれない。
 ありうることだ。
・「付言がありますが、それは検認に影響するものではありませんので、本日はこれにて
 手続きを完了いたします」
 「本日の検認調書を作成致しますので、後日、必要の際は、その謄本の交付を申請して
 ください。ご苦労様でした」
・「雪男、付言って何が書いてあるの?読んで」
 苺の声がかすれている。
 「付言 自分にもう一つの過程があったこと、本当に申し訳なく、どれほど驚かせ悲し
 ませているかと思います。
 ハナと苺、雪男に心から謝ると同時に、どうか由美と大人四人、手を携えて仲よく暮ら
 してくれることを願っています。
 苺と雪男は、お母さんの支えになってあげてください。
 自分は許されないことをしました。
 しかし、ハナと苺、雪男との人生は嘘偽りなく楽しく、幸せなものでした」   
・遺言は何度か加筆訂正されていたが、最初に書いた日付は平成三年十月一日となってい
 た。
 岩造が53歳、私が52歳の時か・・・。
 そう思ってハッとした。
 あの掛け軸を手に入れた頃だ。
 翌年に私は怪我で入院したのだから、間違いない。
 そうか、あんな昔に書いていたのか。
・岩造に愛人がいた。
 その愛人は68だ。私がいつも「ああ、十歳若かったら」と願う年齢だ。
 岩造は、愛人との間に子までなしていた。
 その子がもう36歳になる。
 これは本当のできごとだろうか。目覚めれば布団の中で、「何だ、夢か」となるのでは
 ないか。
・森薫との間にできた子が、昭和56年生まれということは、岩造は少なくとも36年間、
 私をだましていた。
 当然、その前からの付き合いだろうから、40年近くになるだろう。
 付言に「もうひとつの家庭」と本人が書いている。
 それは愛人とホテルで会ったり、お金だけを振り込むような関係ではなかったというこ
 とだ。「暮らし」と呼ばれるものが、愛人とその息子との間にもあったのだ。
 40年近く、実のずる賢く私の目を盗み、愛人宅に通っていたのだ。
 おそらく、かなりの頻度で。
・私は疑いもせず、結婚以来ずっと岩造を支えたいと思ってやってきた。
 何よりも店と家庭を守ることを優先してきた。
 妻とは何だったのか。
 よく働く、セックス付きの女中か。
 もっとも、ここ40年はセックスレスだ。
 どこの家でもこんなものだと思っていたし、特別そうしたいとも思わなかった。
 だが、愛人とはそういうことがあったのだろう。頭の血が一気に下がった。
 やがて、その血が全身をかけめぐるように、体が熱くなった。
・「何で、あっちの息子の名前が『岩太郎』なんだよ。親父の岩造から一文字取って、
 あげく、長男を表わす『太郎』だ。岩造の長男って意味だよ。普通は俺につける名前だ
 ろうよ」   
 「雪男、気づいていたんだ。たぶん気づかないだろうから黙ってよと思ってた」
 「何だよ、姉ちゃんも俺を軽くみてるよなァ。俺だってそのくらい気づくよ」
 「俺、遺言執行者、降りる。長男の岩太郎様がやりゃいいんだ」
 「そうはいかないよ。ハンコ押して検認されちゃったんだから」
 「やってられねえ」
・雪男のために、私の思いを言うしかなかった。
 「パパは雪男ではなく、妻の私を軽く考えていたんだよ。雪男じゃない。妾との間にで
 きた子に、わざとそういう名前をつけたのはその証拠」
 敢えて「妾」と言ってやった。
・私は自分が40年近くも裏切られていたことより、雪男が可哀想だった。
 いくら妻より妾の方が大事でも、どうして本当の長男を悲しませるようなことをする。
 あげく、妾は嫌がらせのように掛け軸だけがほしいと言い、岩造はその通りに言い遺し
 た。  
・許さない。絶対に許さない。
 ふと気づくと、恨みは全部岩造に向かっている。
 森薫とやらと共犯なのに、すべては岩造に向かっている。
 すでにこの世にいない岩造であり、どうせすぐ死ぬ私だ。
 だから、何でもできる。
 すぐ死ぬという年齢は、人を自由にしてくれる。
 年を取ることの唯一の長所だ。
・雪男がノートパソコンを手に、戻ってきた。
 「いろいろ検索してわかったよ。森薫の正体」
 「緑の森内科クリニック」
 「森薫はここの医者。院長」
 「医者の愛人!?パパもやるねえ」
 苺が茶化すような声をあげた。
・私はそのクリニックの住所に目を止めていた。
 あの国分寺整形外科が入るビルの七階だった。
 私はわざわざあのビルに行きながら、五階の国分寺整形外科を確認しただけで、他の階
 は見もしなかった。  
 もっとも、見ても、「緑の森内科クリニック」と森薫は結びつかなかっただろうし、何
 よりも妾が医者とは考えてもいなかった。
・画面をのぞいていた苺が、
 「院長のプロフィール出てるよ。長崎県長崎市出身・・・東京都立医科大学を出て、
 医学博士。東京国際病院、武蔵野医療センター消化器内科医を経て、2008年、緑の
 森内科クリニックを開設・・・。
 パパとは全然接点がない女だよねえ。ね、ママ」
 と私を見る。
 あいまいにうなずきながら、こんなにご立派な女を妾にし、岩造は私をどう見ていたの
 だろうと、また思った。

第5章
・私が国分寺整形外科を訪ね、医師の太田に自宅は遠いことを話し、
 「夫はこの近くで転んで、たまたまこちらを見つけて伺ったのでしょうか」
 と聞いた時、答えが舞えるまでに一瞬、ほんの一瞬の間があった。それは間違いない。
 おそらく、岩造は薫と会うために国分寺を歩いていて、転倒した。
 薫は連絡を受け、すぐに五階の生褻に行かせたのだ。
・太田は岩造が「一人で来た」と言っていたが、同じビルの馴染みの医師同士だ。
 前もって薫が電話で頼んでおくなりしたのだろう。
 今になっても、薫に対する怒りや憎悪はあまり湧いてこない。
 会ってもおらず、実体を感じないからだろうか。 
・ただただ、岩造が許せない。それは嫌悪であり、反感であり、確かに怨念があった。
 火を噴くような憎悪があった。
 それは私自身を許せないからでもある。情けなかった。
 消えてなくなりたいほど情けなかった。
 40年間もだまされ、呑気にも愛されていると信じ切っていたのだ。
・実際には40年間、「ハナは鈍いから」「ハナは手玉に取りやすいから」「ブタもおだ
 てりゃ木に登るから」と、軽く見られていたのだろう。
 私の人生は、もう先がなくてよかった。
 30代、40代でこれを知ってはたまらない。
 すぐ死ぬ身だから、苦しむ時間は短くてすむ。
  
・「もう考えてもしようがないね。トットと掛け軸送って一件落着させるよ」
 「お袋は女のこと、一発ぶん殴ってもいいと思うけど」
 「そんな気ないない。会いたくもないし、今後も一切、会う気はないし。
 ぶん殴って火をつけてやりたいのは、雪男、アンタの父親の方だ。
 墓あばいて骨壺あけて、煮えたぎった油流し込んでやりたいよ」
・雪男は笑った。
 「だけど、愛人は68だろ、68なんて大年増じゃん。普通、男にとって70間近のバ
 アサンはどうでもいいよな」 
・そうではあるが、68はまだ前期高齢者だ。まだ「人生双六」の先に、「後期高齢者」
 がある。
 私には先がない。後期高齢者の先はないのだ。終期高齢者、晩期高齢者か?末期高齢者
 か?その先は終末高齢者で、ついには臨死高齢者だろう。
 68歳はまだ若い。岩造に抱かれて、子供まで作った若い女の姿は見たくない。
・だが、ひとつだけその妾を立派だと思ったのは、40年間、影も形も気配さえも見せな
 かったことだ。 
 本妻に腹は立てても、完全に黒子に徹する覚悟を決めていたのだろう。昔の芸者のよう
 にだ。
 今は政治家の愛人であれ、実業家や芸能人の愛人であれ、イザとなると表に出てきて洗
 いざらいぶちまける。
・岩造の妾はその点だけはアッパレだった。
 40年間のうちには、そこ紙は気配を見せたいこともあっただろうに、しなかった。
 最後の最後に、夫婦で大事にしている掛け軸をぶん取ることで、積年のうっぷんを晴ら
 そうとしたのだろう。立派じゃないか。盗人にも三分の理か。
・雪男が帰った後、私は納戸を開けた。追悼個展に使うためにとっておいた折り紙の箱を
 引きずり出す。
 岩造が大切にしていた作品は、年次ごとにきれいに整理されている。
 平面折りのもの畳んで重ねてあり、立体折りは型崩れしないようにひとつずつ小箱に入
 れてある。
・私はそれをわしづかみにし、引きちぎった。次から次へと、何も考えずに引きちぎった。
 四分の一もいかないうちに、手が痛くなった。これではこっちの手が引きちぎれる。
 考えた末、台所から45リットルのゴミ袋の束を持って来た。
 それから片っ端からぶちこむ。足で踏んでさらにぶちこむ。
 平面折りのバラもユリも花びらが飛び、立体のビルも怪獣もペッチャンコだ。
 ああ、いい気味だ。
 そのゴミ袋をベランダの床に並べ、その口にホースを突っ込んだ。最大まで蛇口を開く。
・折り紙は激しい水を浴びた。水を吸ってクタクタになると、ゴミ袋を踏んでたまった水
 を出す。一丁あがり、次の袋だ。
・水責めに遭った袋を、台車でマンションのゴミ置き場に運び、「燃えるゴミ」容器に投
 げ込んだ。  
 今度は他の生ごみと一緒に火責めが待っている。断末魔の叫びをあげるがいい。
・その夜、明け方まで寝つけなかった。
 これほどのことをされ、煮えたぎった油を飲まされた夫だというのに、いいところがよ
 ぎる。それは1パーセントであれ、どうしても拭いきれない。
 岩造は妻を裏切ることに、1パーセントのためらいさえなかったのか。
 なかったから40年も続けられたということか。
・歩きながらまた、40年もだましていた岩造を思う。妾を思う。
 そのとたんに体が重くなる。 
 これほどバカにされた妻でありながら、身体の半分がなくなった感じは強い。
 この喪失感は妾にはないだろう。これは妻だけのものだ。
 岩造は死んだのに、妾の方はのうのうと生きている。あげく掛け軸を寄こせとぬかす。
・商店街の入口まで行くと、
 「ハナさーん!」
 と声がして、お茶屋の元おかみが飛び出してきた。続いて履き物屋の、化粧品屋の、
 和菓子屋の元おかみたちが、次々と飛び出してきた。
 「ハナさん、元気そう。よかった」
 「これからランチしようと思って、みんなでここに集ったのよ」
 「ハナさんも行かない?ゆっくりおしゃべりしてランチしようよ」
・思えば、集まった四人はみんな「元経営者の元おかみ」だ。
 うちもそうだが、商店の大半は息子や娘の代になっている。
 跡継ぎがいない店は閉じて、夫人はみなどこかに引っ越して行った。
・どこの店も、店主夫婦が同年代だった頃は、何をやっても楽しかった。
 商店会のバス旅行や納涼盆踊りや、春夏秋冬のセール計画にも張り切った。
 店主夫婦同士、朝までカラオケをやったり、勉強会に出たり、なぜあんなに楽しかった
 のだろう。   
 今はもう、そんなことを楽しいと思わないし、何をやっても疲れる。
 何より、やろうという意欲が湧かない。
 これが年を取ったということなのか。
・「ありがとう。死んでもなんとなく主人が部屋にいる気がしてさ、手抜きできないって
 言うか」 
 さり気なく、亡夫を想う妻の言葉を重ねた。
 外に女がいて子供まで作ったことは誰も知らない。
・誰だって、どこに濃淡はあろうが、他人の不幸はちょっと心ときめく。
 そんないい思いをさせるものか。
 夫40年も別の家丁を持っていたことは、商店会の人だけでなく友人や知人にも絶対に
 知られたくない。知られたら何を言われるか、わからない。
・お茶屋たちと別れ、歩き出した。
 きっとみんなは私の背を見送っている。
 視線を意識して背筋をピッと伸ばし、いつもより大股で歩く。
 息があがるが、あの角を曲がるまでは絶対にこの姿勢は崩せない。
 角を曲がる時、振り返ると案の定、四人が見ていた。
 私は息などあがった素振りも見せず、四人に向かって大きく手を振った。
 私はこういう後期高齢者になりたかったのだ。  
・私は誰のために外見を磨き、年齢より若く、カッコいい女に見られたいのか。
 夫のためというのもゼロではないが、その程度だ。
 それは前からわかっていた。
 死んでいなくなっても、他人の目があるところでは、この通り手を抜かない。
 元々、夫にほめられても、それほど嬉しくはなかった。
 私は他の女たちの目を意識して、手抜きをしなかったのだ。
 今、改めてそれに気づいた。女たちは厳しい。
・なぜ40年間も私をだましたのか。なぜ私を宝だと言い続けたのか。
 私のどこが不満だったのか。妾は私にはない何を持っていたのか。
 私と妾のどっちが好きだったのか。
 いくら考えても答えは出ない。
・男も女も、生きている人間には裏表があるものなのだ。
 結局、答えはここに行きつく。
 鏡にうつした姿は表しか見えないが、写っていない裏側がある。
 だが、うつっている平面だけがすべてだと思い込んでいる夫婦や親子もいるだろう。
 それは幸せだ。
 鏡に映らない裏側を知っても、何もいいことはない。
 ふと、「裏を見せ表を見せて散るもみじ」という良寛の句を思い出した。
 よく口にしていた岩造は、自分の裏を一気に見せて散った。
・世間には、子供を亡くしたり、夫や子供が犯罪者になり、私より「もっと辛い目にあっ
 ている人たちがいる。それでも苦しみながら、何とか立ち直ろうとする。 
 もう死んでしまった古亭主に妾がいたことくらい、笑い飛ばせばいいのだ。
 そういう女に、私はなりたいはずだ。
 実際、私も岩造を甘く見ていた。
 女とは無縁の男だと思っていたし、折り紙だけが趣味の、真面目なカタブツとして、
 安心しきって舐めていたかもしれない。
 もう忘れたい、何もかも。岩造と結婚していたことさえもだ。
・由美はクッキーをつまんだ後、さも気づいたかのように聞いた。
 「あの・・・お義父様の追悼個展、予定通りやります・・・か?」
 「やるわけないよ」
 そう返し、笑いを浮かべて声をひそめた。
 「折り紙は、ひとつ残らず水責めにしてやった。今頃は火責めに遭ってるよ」
 由美は意味がわからないらしかったが、雪男は唇を曲げて笑った。
 「水責め、風呂場で?」
 「ゴミ袋に突っ込んでベランダで」
 「すげえ!お袋、やってくれる「」
 雪男は手を叩いて喜んだ。
   
・店で雪男に会うなり聞いた。
 「妾から掛け軸届いたって何か連絡あった?」
 「ない。もう一週間近くたつよな。これもすぐはがきの一枚でも届くかと思って、毎日
 気にしてんだけどさ」
 まだ夕方だというのに、いづみは早くも酒やグラスをテーブルに並べた。
 本人は未成年だが、一人前に酒の準備をする自分が嬉しくてたまらないらしい。
 「返事ひとつ寄越さないレベルの女の、どこがよかったんだ?親父は」
 「だろ。本妻から丁寧な手紙付きで受け取りゃさ、すぎに返事汁よねえ。医者なんてろ
 くなもんじゃないね」
・こうして、陽が沈むか沈まないかのうちから、家族で酒を飲む。
 妾がいようが、こんな幸せをくれたのは岩造だ。
 「私はもうパパのこと、この家の人間とは思ってないよ」
 「俺も姉ちゃんと同じ。名前の問題だけじゃなくてさ。お袋へのやり方、最低」
 「私もお祖父の孫だとは思ってないよ。お祖母ちゃん一人の孫だよ」
 いづみがウーロン茶で毒づくと、私を見て微笑んだ。
 この子はもう20キロやせたら、どんなに可愛くなるだろう。
・家族がいてくれてよかった。
 一人になると岩造への嫌悪と恨みと、私自身の情けなさ、みじめさばかりに襲われる。
 家族がいても、その思いは消えはしないが、どうせすぐ死ぬんだから、みんなで楽しく
 暮らせばいいのだと思えてくる。
・若い頃、社会の第一線で働いていた誰もが、重要なポストについていた誰もが、最後は
 家族のもとに帰ると聞いたことがある。  
 家族の大切さを知るのだという。
 すぐ死ぬ身の人間にとって、何よりもったいないのは悩む時間だ。
・その時、ドアチャイムが鳴った。
 出ていったいづみはすぐに戻ってきた。何だか顔が上気している。
 「森岩太郎」
 一瞬、部屋が静まった。
 「私が出る」
 苺が立ち上がった。
・「どうぞ、母とお話しください。私ではわかりませんので、さ、どうぞ」
 苺の言い方は穏やかだが、有無を言わせぬ強さがあった。
 やがて、苺に続いて岩太郎が入ってきた。
 聞いていたより、はるかにいい男ぶりだ。この青年が岩造の息子か。
・「森岩太郎と申します。母と私のことでは本当に申し訳なく思っております」
 と、両手をついて頭を下げた。
 岩太郎は名刺を差し出した。
 「山辺徹建築設計事務所 一級建築士 森岩太郎」 
 とあった。
 山辺徹は私でも知っている世界的な建築家だ。
・私は優しく促した。
 「まずはお父様にお線香をあげてくださいな」
 「え・・・」
 間違いなく、岩太郎は息をのんだ。いや、苺も雪男夫婦もいづみもだ。
 「僕がお線香あげて、いんですか」
 「当たり前でしょう。お父様も喜びますよ」
 岩太郎は私に深々と頭を下げ、しばらく上げなかった。
 私とて「お父様」とは言いたくなかったが、言う方が女を大きく見せる。
 闘いは立ち合いで決まる。
・岩太郎はリビングの一角にある仏壇の前に正座し、手を合わせた。
 頭を下げて拝む後ろ姿から、盆の窪が見えた。
 首筋のそのくぼみは、この青年をどこかひ弱に感じさせた。
 岩造の優秀で美しい息子は一流の建築事務所に入り、いい仕事をしているのだろう。
 だが、生まれた時から父親がなく、認知されていないため、戸籍上は誰が父親かわから
 ない。  
 昔のような差別はなくなっていても、幼い時には悲しいことも多かったに違いない。
 無防備で頼りない盆の窪は、そう思わせた。
・「今、おっしゃった掛け軸をお返しするために、今日お伺い致しました」
 「今日までご連絡ができず、申し訳ございませんでした。母が学会で韓国に行っており
 まして、昨日帰宅いたしました。包みを開けましたら、お手紙と掛け軸が出てきて、
 大変に驚いたそうです。私にも電話があり、これはご夫婦が大切にされ、絶対に頂けな
 いものだから、支給お返しにあげってほしいと頼まれました」
 「母にはさほどの思い入れはないはずです。ただ、母が田所社長からもらって差し上げ
 た時、恩着せがましく、『いらなくなったら私にください』くらいのジョークは言った
 かもと申しておりました。それをまともに受け取ったのだろうと、謝っておりました」
・「田所社長からもらって差し上げた」とは・・・何のことだ。
 掛け軸は、岩造が乗り込んで手にしたものではなかったのか。
・「田所社長の主治医が母でした」
・苺がチャンスとばかり言葉を継いだ。
 「父はなぜ、岩太郎さんを認知しなかったんでしょう。父は責任感は強い人間だと思い
 ますけど、認知されなくてはお母様も岩太郎さんも生きづらかったのではありませんか」
 「母の方から、認知は不要だと申し出たそうです」
 「そりゃあ、経済力はおありでしょうが、戸籍の父親の蘭が空欄というのは、普通避け
 たいのではないですか?当時はまだ婚外子に差別もあったと思います」
・「母は自分は倫から外れたことをしているのだから、絶対に本当の奥さんとご家族には
 迷惑はかけられないと、いつも申しておりました。私は小さい頃から『岩太郎にお父さ
 んはいないけど、必ず生まれてきてよかったと思えるように育てるからね』と聞かされ
 て参りました。小学生の頃には、自然に父の母の状況を知っておりました」
・苺がわざとらしく感動の面持ちを作ると、切り出した。
 「お母様、昔の芸者のような愛人観で生きていらしたのね。本当にご立派です。
 でも、あなたが大きくなるにつれて、うちの父はことあるごとに、認知を申し出たので
 はありませんか?」
 「いえ、それよりも母がこちらに対してどれほどひどいことをやったかは、私もよくわ
 かっておりました。それに、いまは差別をしてはならない世の中ですから、認知されて
 いなくても、特に問題はありませんでした」
・「お預かりします」
 と、風呂敷を解き、畳んで返した。
 岩太郎は安どしたようにそれを受け取ると、私に深く頭を下げた。
 そして、苺と雪男、由美ばかりかいづみにも、一人一人の目を見て丁寧にお辞儀をした。
 雪男は相変わらず不快気で、由美は相変わらず貧乏くさく、いづみは相変わらず上気し
 ていた。   
・「どうすんのよ、これ」
 「妾本人に突き返す」
 「でなきゃ、お預かりなんかしないよ。パパは掛け軸は自分で手に入れたって、これも
 ウソだったんだよ。いったい、岩造ってどういう男なんだよ。そこまで女房をバカにし
 ていたご亭主様だ。そいつがほれ込んだ妾を見に行くよ。当たり前だろ」
・妾は妻のものを盗んだ。いくら「本妻のご家族に迷惑はかけられない」だの、「認知は
 いらない」だのとご立派なことをほざこうが、窃盗犯だ。
 手くせが悪いだけの話だ。
 世に「不倫」といわれるものは、フェアではない。
・「緑の森内科クリニック」は、ビルのプレートを見ると確かに七階にあった。
 掛け軸の箱を持った雪男と、エレベーターで七階に行く。
 ドアが開くと、そこはグリーンを基調とした明るい待合室だった。
 「診察ではなく、森先生にお目にかかりたいんです。今日の診察は14時までと伺いま
 したので、それ以後なら少しだけお時間取っていただけるかと思いまして」
 と言うと、受付嬢は紙を差し出した。
 「それではこの用紙の方に、お名前様とご住所様の方、よろしいでしょうか」
・小一時間ほど待つと、
 「院長室の方へどうぞ」
 と受付嬢が指示した。
 目の前のドアが中から開いた。
 「忍様ですね?森薫でございます」
 自分から迎えに出て来た妾は、想像していた女とまるで違った。
 上品で知的な印象の、二つに分ければ「美人」の部類に入るだろう。
・「忍様がわざわざお運び下さるなんて、考えてもおりませんでした。申し訳ございませ
 ん」  
 妾のその言葉を聞き、やっと思い至った。
 本妻の方から出向く必要など、まったくなかったのだ。
・「長い間、申し訳ないことを致しました。本当にやってはならないことをやり、いかよ
 うな怒りもお受け致します。お詫びしてすむことではないと、よくわかっております」
 騒ぐでもなく、泣くでもなく、許しを乞うわけでもない。
 上品な佇まいでひたすら詫びる美人。こういう女が一番カンに障る。
・雪男が冷たくソファを指した。
 「お座りになってください。長男の雪男です。父とはいつ、どこで知り合ったんですか」
   
第6章
・挨拶がすむなり投げられた質問は、妾にとって予期せぬ剛速球だったのだろう。
 しばらく黙った。ほんの二、三秒だったのかもしれないが、私には長かった。
 「忍さんと初めてお会いしたのは、私が九つで、忍さんが二十歳でした」
 「私の一番上の兄が、忍さんと大学の同級生で、バイトでお金がたまると、長崎の小学
 生だった私を呼んでは、夏休みに東京を見せてくれました。
 忍さんと兄は一番仲が良かったようで、麻布のご実家で子供の私もごはんをごちそうに
 なったり、泊めて頂いたりしております」
・「いくらあなたでも、九つから関係は持ちませよね」
 雪男はひどい言い方をしたが、正直、いい気味だった。
 妾は顔色を変えなかった。
 「兄が大学を卒業してからは、忍さんともお会いしていませんでした。
 うちは父が事業に失敗し、経済的に困窮しておりまして、私は高卒と同時に長崎の薬局
 に努めましたので」 
 それがなぜ、医者なのだ。まさか、岩造に学費を出してもらったのではあるまいな。
・「薬局に努めたのはずっと医者になりたいと思っておりましたので、そこ紙でも薬の知
 識を得たかったからです。 
 私が24の時、兄は35で病死しました。
 忍さんも葬儀にいらしてくださったようですが、全く覚えておりません」
・「そうですか。で、いつから恋愛関係になったんですか」
 「兄が死んだ年、薬局の本社から東京勤務を言われました。 
 兄を失ったショックもありまして、六本木の新店舗に行くことを決めたんです」
 「作り話めいていますねえ。東京本社が九州の片田舎の女店員を呼びますかね」
 「私は長崎県内の小さい店を、6年間で5回動いています。幸運にも、私が行くと店の
 売り上げが伸び、それが本社に伝わったようです。これから利益が望めるという六本木
 の、開店スタッフとして来るようにと言われました」
 「で、買い物に来た父と偶然会ったとかですか?麻布と六本木は近いですからね。ま、
 偶然もあるでしょう」
・うなずく妾は、ギュッとハンカチを握っている。
 その細くて白い指を見ていて、思った。
 岩造が死んでくれてよかった。
 岩造の口から「薫」という言葉を聞かずにすむ。
・「私が親友の妹で、小さい頃からよく知っているためか、忍さんはとても力になってく
 ださいました。お付き合いが始まったのは、翌々年くらいからで、私が26だったと思
 います」  
 岩造は37か。
 二人がだましていたのは、42年間に及ぶわけだ。
 関係は始まった頃、妻の私は何も知らず、8歳の苺と7歳の雪男を育て、店を切り盛り
 し、働きに働いていた。
 あの頃、岩造はよく子供たちを遊園地に連れて行ってくれたし、授業参観には必ず夫婦
 そろって行きたがった。
 死の裏で妾をつくり、もうひとつの家庭を営み、子供までいた。
 誰がこんなことを予想するものか。
・妾は覚悟を決めたのか、聞かれたことには丁寧に、取り乱すこともなく答える。
 雪男は手を緩めなかった。
 「子供が生まれて、あなたは認知を断り、ご子息は成人してからも断ったそうですが、
 父がそれを平然と受け入れたとは思えません。そういうところは責任感が強い人間です。
 隠れて42年間も女を囲い、捨てなかったのも責任感のなせる業でしょう」
 雪男の皮肉にも、また「女を囲う」「捨てる」という屈辱的な言葉にも、妾は覚悟を決
 めているのか動じなかった。 
 「私は29歳の時、医大に入りましたが公立でしたし、それまでの蓄えやアルバイトや
 奨学金でやっていきました。出産したのは私が32の時で、大学四年生でした」
・「その間、バイトもできないでしょう。婚外子の赤ん坊を抱えた上に、認知を辞退しま
 すからね」 
 「辞退しましたのは、医大を卒業すれば一人で育てていける程度の経済力はつきますし、
 私一人の子として育てるべきだと考えたからです」
・「答えになっていませよ。実際にはその後も36年間、父にしがみついていた。
 つまり、経済的には婚外子共々、囲われていたんでしょう?」
 妾は黙った。
 伏せた眼のまつ毛が長い。カンにさわる。
 雪男は妾から目をそらさず、口を閉じた。
・女の人生を左右するのは、本人の経済力だ。
 私の母にしても、もしも経済力があって、今の時代に生きていれば、子供を連れて別れ
 られた。飲む打つ買うのヤクザな夫と、いじめ抜く姑を捨ててサッサと自分の人生をや
 り直せたのだ。  
・もしも、岩造が生きているうちに妾の存在を知ったなら、私はどうしたか。
 経済力はないが、妻として取れるものはある。それを全部取って別れたか、岩造を叩き
 出しただろう。
・「おっしゃる通り、出産後はアルバイトもできませんし、その間は忍さんに援助して頂
 きました。ただ、それは医師として働き始めてから、全額返済しております。通帳に記
 載が残っています」
・何もかもしらないことばかりだった。
 私は自転車事故で入院するほど働き、不況の波をかぶる店を支えた。
 6人部屋にしか入院させられず申し訳ないと誤り続けた岩造は、その裏で妾を援助して
 いたのだ。
 事実を知れば知るほど、岩造の裏を知れば知るほど、徒労感に襲われた。
・「ご子息のお名前は、うちの父がつけたのですか。それともあなたの方からせがんだの
 ですか」 
 これは雪男が聞きにくいだろうと思い、私から口にするつもりだった。
 しかし、雪男は平然と問いただした。
 妾は詰まり、すぐには答えられずにいる。
 言葉を探しているように見えた。
・沈黙の中で、私は初めて口を開き、精一杯穏やかに言った。
 「何もかも伺って、もうこの問題はすっかり終わらせたいんですよ。なんでもおしゃっ
 てください」
 その時、気づいた。さっき、雪男が「何も言うな」というように私を制し、ずっと自分
 がやりとりしていた理由にだ。
 42年間弾され続けて老いた本妻と、自立し社会的に認められている年下の妾が相対せ
 ば、どちらが勝つかは目に見えている。
 結果、自分の母親が逆上して叫んだり、やりこめられて、わけのわからないことを口走
 ったりしかねない。それは見たくなかったのだ。
・私はそこまでバカではない。だが、雪男が前面に出てくれたおかげで、一歩引いていら
 れた。すぐに言葉を発する必要がなく、ゆとりがあった。
・ゆとりと穏やかな口調は、相手には恐いだろう。これは私が「なりたい」とする女の姿
 だ。   
・名前のことを聞かれた妾は、まだ黙っている。何か言いかけた雪男を、今度は私がさり
 気なく制した。じれて、こっちがしゃべっていはいけない。相手に口を開かせるのだ。
 私も無言で通した。
 女ややっと顔を上げた。
 「正直に申し上げますと、岩太郎という名は、忍さんの方から申し出てくれました。
 私は考えてもいないことで、それは本宅の跡取り息子の名だから、絶対につけられない
 と断りました」
・「忍はどうしても、あなたの子にその名をつけたかったのでしょうね。あなたは強く断
 ったというのにねえ」 
 「はい」
 打てば響く早さでハッキリと返した妾に、雪男はなぜ小さな声をあげて笑った。
 「忍さんは、認知を断った私と息子の将来を、大変に心配してくださいました。
 そして、『岩太郎』という名前なら、認知されていない婚外子であっても、少しはコン
 プレックスを持たずにすむのではないかと言ってくださって」
・私は気づかれないように、横目で雪男を見た。
 正式な妻から生まれた長男がコンプレックスを持つと、父親は考えもしなかったのか。
 雪男は顔色を変えるのでもなく、静かに座っていた。
・「許されないことだと思いながらも、私にとってこの申し出は嬉しいものでした。
 そこまで岩兄は考えて・・・・」
 と言いかけ、言葉を飲んだ。
 なるほど、日頃は「岩兄」と呼んでいたわけか。
 ずっと「忍さん」でつくろってきたのに、ついに出たか。  
・「森さん、誤解しないで下さいよ。私は父がつけた『雪男』という名前が好きですし、
 そちらの跡取り息子風の名前に、何の反感もありません。むしろ、婚外子に対する父の
 責任感を感じます。
・よし、そう言っておくのがいい。
 「ただ、いわば二号の子に・・・」に
 と言いかけて、口をつぐんだ、そして言い直した。
 「あなたのお子さんにそういう名前をつけることは、私ではなく母をバカにしているこ
 とです。これだけは、父の申し出も、喜んでそれを受け入れた二号・・・いや、あなた
 も同罪です。社会的に認められた本妻の長男として、あきれたと申し上げておきます」
・無言で頭を下げた妾を前にして、雪男は私を促した。
 「帰ろう」
 もっともっと問いただしたいことは色々あったが、それを聞いてどうなる。
 本妻と妾の今日の戦いは、結局、妾の勝利だろう。少なくとも本妻も長男も有効なパ
 ンチを出せなかった。   
・私は立ち上がり、
 「そうそう、とても不思議なんですが、忍の死と葬儀日程をどこでお知りになったんで
 すか」
 と、コートを手にすると、妾も立った。
 疲れが見える顔には、血の気がない。本妻と長男から次々と追及され、疲弊しきってい
 るのか。
・疲れがにじむ白い顔は、女から見ても色っぽかった。
 岩造はこの女を失いたくなかっただろう。
・「忍さんが急死された翌日、本当は映画に約束をしておりました」
 映画だと?岩造が映画好きだとは聞いたこともない。
 だが、私はすぐに応じた。
 「そうでしたか。忍は若い頃から映画が好きでしたから」
 雪男は怪訝な顔をするのは当然だ。折り紙以外に趣味があったとは、家族は誰も知らな
 い。映画なんて私とはいったこともない。
 「私も長崎にいた昔から、映画が好きでした」
 なるほど、岩造は妾に合わせて映画を趣味にして、二人で出かけていたのか。
 時にはリビングで体をくっつけて、まったりとDVDを見てもいただろう。
 何とかうるさい妻から逃れ、ずいぶん解放される時間であったに違いない。
・「映画に行く時間が過ぎても何の連絡もなく、こちらから連絡してもつながりません」
 「ええ、その前夜に急なことでしたから、ご心配なさったでしょう」
 「はい・・・。息子に見て来てほしいと頼みました」
 「まあ、岩太郎さんが店にいらしたんですか」
 「申し訳ありません」
 「お店は閉じていて、三日間臨時休業という貼り紙があったそうで、おかしいと思った
 ようです。そこで、ちかくのお店に入って確認したところ、初めて、亡くなられたこと
 と葬儀の日程がわかりました」  
 「そういうことでしたか」
・ゆとりを演出しすぎて、つい笑みまで浮かべて見せ、立ち去ろうとした。
 その時、突っ返すために持ってきた掛け軸やっと気づいた。
 「これ、あなたが田所昭二郎の主治医としてもらってくださったんですし、忍の遺言書
 にもございましたので、どうぞお納めください」
 と座り直した。妾も座り、必死に手を振った。
 「とんでもないことです。ご夫婦が大切にしていたこと、岩兄・・・忍さんから伺って
 おりました。 本当に申し訳ございませんでした。どうぞお持ち帰りくださいませ」
・私は掛け軸を巻き戻そうとした。
 その時、テーブルに置かれたコーヒーカップに肘が当たった。
 まったく口をつけていないコーヒーは一滴残らず、掛け軸にかかった。
 妾が、
 「ああッ」
 と叫んだときは、濃い茶色の液体が「平気で生きて居る」という文字の半分近くを覆っ
 た。 
 「ご、ごめんなさいッ。私の不注意で」
 テッシュで拭いたものの、和紙はたっぷりとコーヒーを吸っていた。
・「でも、二人ともいただけない物ですから、これでよかったのかもしれませんね。
 では失礼します」
 妾がコーヒーに染まった掛け軸をどうするかなど、私の知ったことではない。
・すでに暮れた外に出るなり、雪男が笑った。
 「わざとこぼしたろ、コーヒー」
 「わざと言ったろ、二号」
 二人とも「フン」と笑い、答えなかった。
・岩造に裏があったことと、裏の暮らしのひとつひとつに衝撃を受け、自分が何をどう考
 えているかさえわからない。   
 まして、妾は素直で上品で、若作りはしていないのに若い。
 肌でも服でも、自分に手をかけていることがわかる。
 医者という忙しい仕事をしながら、とても60代後半には見えない。
・こういうタイプの女が、雪男の妻だったら私はどんなに自慢だろう。
 もはや岩造はいないし、妾のことはこのまま忘れるのがいい。
 いや、それでは妾のやり得ではないか。
・ドアチャイムの音に目が覚めた。苺だった。
 「雪男に聞いた。なかなかの女だったんだって?愛人タイプじゃないって言ってたよ」
 「まあ、そうだね。あまりイヤな感じのしない女っていうかさ」
 「寛容じゃん、ママ」
 「許してないよ。当たり前だろ。だけど、何をどうしたらいいんだかさ」
 「とにかく、自分が元気に生きていくことだけ考えりゃいいの」
 「投げ棄てておくのが一番」
 「いや、一発かます」
 「ええッ?」
 「一発かましてから投げ棄てる」
・「ママ、すっかり言わなくなったね」
 「何を?」
 「私ももう先がないからって。すぐ死ぬんだからいつ死んでもいいって。
 『夜寝る時に目をつぶると、ああ、目が開かないようにと願うんだよ。人には死に時が
 あるよね。もう十分に生きた。何をやっても楽しくないし、何も欲しくないし、早いと
 こパパが呼んでくれないかね』とかって」 
・私なんか生きている必要もないなと思い始めていたことは確かだ。
 やる気もまったくなく、全部がどうでもよかった。
 年を取るというのはこういうことなんだと思っていた。
 それは、死への恐さがなくなったことでもあった。
・苺は真顔だった。
 「あの女のおかげだよ。パパが女と42年間もだましたってわかったら、みごとに立ち
 直ったもんね」 
 「立ち直ってないよ」
 「立ち直ったよ。でなきゃ、一発かまずなんて言葉、出ないって。女がいたとバレて、
 ホントによかった。バレなきゃ、裏がある夫だとも知らなで、死んだショックで、残り
 の人生を全部無駄にしたよ、ママ。
 保健所やら警察が来てゴミ屋敷をどうにかするとかなったら、この町に住んでられない
 し、みんなに噂されるよ。『若く見せてだけど、淋しい人だったんだねえ』って」
・「ママを地獄の淵から助けてくれたのは、妾だよ」
 苺はパンパンと柏手を打った。
 岩造の裏を知らなかった時は、逆行性健忘症まで引き起こした私だ。
 妾の存在を知らなければ、日が経つにつれていっそうの淋しさと、一人で生きている無
 意味に悩んだだろう。
 さらには、私は岩造にガサツすぎたのではないか、強すぎたのではないかと過ぎた日々
 を思い起こしただろう。
 岩造に対するあらゆることで自分を責め、あの時こうしてあげれば、あの時こう言って
 いれば・・・と苦しんだと思う。
・だまされていたと知り、さらに妾と息子に会った今、死なれた悲しみは一気に消えた。
 こうしてあげれば・・・どころか、やってやりすぎたとくやしい。  
・私は絶対にこのまま引き下がらない。
 一発かましてからだ。
 どうすれば、かませるか。
 本当は妾に聞きたいことがあった。
 「夫はわたしについて何か言ってましたか」 
 「夫のどこがよかったんですか」
 「夫はあなたのどこがよかったと言ってましたか」
 「あなたは本妻のことをどう思ってましたか」
 「今も夫が好きですか」
・雪男がリードしたから聞けなかったのではない。
 こんなことを聞いては、そこらの寝盗られバアサンになり下がると思ったからだ。足元
 を見られる。  
 私には先がなく、どうせすぐ死ぬことは事実だが、生きている限りは絶対にそこらのバ
 アサンにはならない。言動も外見もだ。
・苺は勝手に冷蔵庫を開け、肉やら卵やらを強奪すると、
 「ママ、女に一発かます時は私も呼んで、何だって手伝うよ」
 ガッツポーズをして帰って行った。
 
・突然、仙台から雅彦がやって来たのは、その翌日だった。
 「祖母ちゃん、女に仕返ししたいと思うだろ」
 「どうかねえ」「仕返しして当たり前だよ。ひどすぎる」
・雅彦は正面から私を見た。
 「死んだ祖父ちゃんに、いまからだって仕返しできるよ」
 「墓あばくのか?」 
 「死後離婚してやれよ」
・意味がわからなかった。相手の死後に離婚するということか?
 「今、死後離婚ってのが急増してるんだってよ。相手が死んでからでも法的に離婚のよ
 うに縁を切ることができる」
 「雅彦、それ聞いただけで、スッとするよ。あの腹黒いジジイを、死んだ後でもたたき
 だせるってのはいいねえ」
・雅彦は急に立ち上がった。
 「行こう、区役所に」
・雅彦が戦だから運転してきたボロ車に乗せられ、区役所へと走った。
 区役所は久しぶりだ。店をやっていた時はたまに来たが、今では無縁だった。
 女性職員が近づいてきた。
・雅彦と私に、「死後離婚」を丁寧に説明してくれたのは、40代らしき男性職員だった。
 今、役人でも医師でもデパート店員でも誰でも、仕事をしている人間で私より年上はま
 ず、いない。芸能人でも政治家でも学者でも、9割以上が私より若い。自分の年齢を感
 じる。 
・若い職員は、
 「『死後離婚』というのは俗称でして、正しくは『姻族関係終了届』を自治体に提出す
 ることを言います。
 姻族というのは、配偶者の両親、兄弟姉妹などですね」
 「配偶者の死後に、舅や姑の面倒をみなければならなくなったり、小姑ら姻族から不快
 な思いをさせられたり、よくあることです。法的に関係を終了すれば、完全に他人。
 無関係です。ですから『死後離婚』と言われるわけですね」
・一発かますか。
 「そうですよね。死別しても離婚していなければ、法的に姻族との関係は切れませんも
 のね。それが、死後離婚すると、一切無関係になるというのは、女性には有り難いこと
 です。でも、届を出すのに姻族サイドの了承が必要というなら、これは難しいことじゃ
 ないですか」
 歯切れよくこう言うと、職員は間違いなく一発かまされた表情をした。
 こんなに理解できるバアサンだとは思わなかったのだろう。
・職員は、今度は私の方を見た。
 「おっしゃる通りです。ただ、届けに姻族サイドの同意は不要です。それに、届けが出
 たことは姻族側に通知も致しません」
 私は思わず手を打った。
 「えー?!」それって、リベンジのベストシナリオじゃないですか」 
 「もうひとつ質問ですけど、死後離婚しますと、姓はどうなるんですか。私は、今、
 78歳ですが、旧姓に戻して実家のお墓に入りたいんですよ。
 「配偶者が死んでいても、戸籍を抜いて旧姓に戻すことはできます。『復氏届』という
 という書類を提出して頂けば、戻せますので」
・雅彦が確かめた。
 つまり、死後離婚とは、姻族関係を終了するための戸籍上の手続きということですね。
 「そうです」
 「となると、遺産相続だの遺族年金の受給だとかには、何の影響もないわけですね」
 「おっしゃるとおりです」
・「受精にとってはいい話ばかりですね。だけど、私の夫は一人息子で両親も姻族もいな
 いんですよ。死後離婚する理由を聞かれたら、困りますね。夫を叩き出したいとかじゃ、 
 理由にならないでしょう」
 「全国の資料をみますと、死後離婚は婚家先の墓に入りたくないという理由が、かなり
 多いんですよ」
・子供のことや経済的なことなどで、生きている間は離婚が難しい妻は多いだろう。
 みじめさに耐え、自分を殺し、気が晴れることなどなかったはずだ。
 死後離婚してどれほど目に前が明るくなったかと思う。
・死後離婚の制度など考えもしない時代に生き、おっとの女や金でさんざん苦しんだ。
 あげく、夫の死後、その姻族の介護までして、同じ墓に入った。何のために生まれてき
 たのだろう。母の小さな手を思い出した。
・岩造にはもう何の思いもないし、死後離婚は溜飲を下がる制度だ。
 だが、何となく「戸籍は今のままがいい」という気もある。
 岩造はだましていたが、苦しめなかったからだろうか。
 いや、怒りや恨みもあるし、自分がみじめで、顔も思い出したくない。
 なのに、なぜなのだろう。たぶん、長年連れ添った「弊害」だ。
 それに、夫はせっかく死んでくれたのだ。それけで、もう十分だろう。
・もしかして、岩造は私との結婚生活が偽装だったかもしれない。
 絶対に裏を見せないように、徹底的に偽装し続けた。
 愛妻家であり、よき父であり、細やかな家庭人であり・・・。
 偽装を貫き通し、死んだ。
・それは、愛妻家で、よき父で、細やかな家庭人という偽装が、真の姿になっていたとい
 うことだ。 
 実際、私はその姿が本当だと信じて疑わなかった。
 雅彦の言う通り、死ぬまで家庭に偽善を尽くした岩造は、「善者」だったのだ。
・そう考えると、妾の子に「岩太郎」という名をつけた思いもわかる。
 私に42年間も「俺の宝」と言い続けた思いもだ。
 岩造にとって、妾との暮らしが素のもので、私との暮らしは「偽善を徹底することで善
 と為す」というものだったのだろう。
・雅彦が持ってきた笹かまをツマミにしようと立ち上がった時、電話が鳴った。
 「え・・・明美?高校の時の?どうしたの、突然」
 翌日の昼前、私はJR池袋駅で明美と待ち合わせた。
 明美は杖をついてやって来た。半年前の同期会ではついていなかったはずだ。
 「明美の昨日の電話、ショックだった。あの雅江が?って」
 「本当のことだよ。ひどくなるだろうから、今のうちにって」
・明美の話によると、雅江は同期会から間もなくして、スーパーマーケットで転倒し、
 大腿骨を折った。
 全身麻酔の手術を受け、一ヵ月ほど入院した。
 今、高齢者を長く入院させないようにしているそうだ。
 認知症が起こりうるからだという。
・しかし、雅江は退院後も寝たきりで、認知症が出始めた。
 当初は加齢による物忘れに思えたらしいが、少しずつ進行した。
  
・銀座では、まず雅彦のバカ高いスニーカーを買い、それからいづみの言う店に向かった。
 「あのビルの中だよ、お店」
 私たちが信号を渡ろうとすると、点滅に変わった。
 その時、むこう側から走って渡ろうとする二人がいた。
 妾と岩太郎だった。
 すると、横断歩道の真ん中あたりで、妾の靴が脱げて、後ろに飛んだ。
 「あーッ!」
 妾が叫び、岩太郎が拾いに走る。信号は点滅が終わりそうだ。
 「岩太郎、あとでいいから!」
 叫ぶ妾だったが、岩太郎は靴を拾った。
 妾はそれを見ると片足裸足で走り出した。渡り切る寸前に、信号が赤になった。
・二人は息を弾ませて笑った。妾は息子の腕につかまり、靴をはく。
 二人は「ヤッタ!」とでも言うように、また笑った。
・ずっと見ていた私は、声をかけた。
 「新年おめでとうございます。喪中ですけど」
 妾が驚いて、体を固くしたのがわかった。
 いづみも妾親子も、初めてお互いに気づいたらしい。もとより、雅彦は初対面だ。
 「お二人で楽しそうなところ、すみません。ちょっとだけお時間、頂けますか」
 相手の返事を待つ気はない。
 「ちょうどお話があったんです。すぐすみますので、あの喫茶店でいかがですか」
・いぶかし気に渡しをみる雅彦に、
 「森かおりさんとご子息の岩太郎」
 と紹介するなり、先に立って歩き出した。
 有無を言わせぬ態度だっただろう。
・喫茶店で注文を聞かれ、いづみは消え入るような声で、
 「紅茶」
 と言った。
 目の前にイケメン過ぎる岩太郎が座っているのだ。
 それも血がつながっている。
 まったく男慣れしていないいづみには、身の置き所もない状況だろう。
・ふと、岩太郎の表情が淋しそうに見えた。
 兄妹のやりとりは、たまたまのことだが、妾は少し罪の意識を持ったかもしれない。
 自分が盗んだ男は、こんなにいい家族とつながっていた。
 それを死後にメチャクチャにしたのだと。
 そして、普通の兄弟姉妹はこうやって育つのだと、岩太郎に対しても心が痛んだのかも
 しれない。ザマーミロだ。
・私は妾に言った。
 「渡し、岩造と死後離婚致します」
 雅彦はチラと目を上げたが、他の誰も意味がわからないようだった。
 
第7章
・「相手が死んでからでも、離婚ってできるんですよ。そういう法律がありましてね。
 お役所に届ければいいんです」
 岩太郎がうなずいた。
 「以前に新聞で読んだことがあります」
 妾は知らないようで、無言で水を飲んでいる。
・「岩造の生前に、二人の犯罪行為がわかっておりましたなら、私、婚姻侵害やらで両者
 に慰謝料請求の訴えを起こしましたよ。でも、しなれましてはねえ。取り損ねました」
 冗談めかして笑いながらも、今日の私は相当きつい。
・「生き残っている共犯者を相手に訴えも起こせるでしょうけど、そんな汚れた人のお金
 をもらいたくはないですし、それに、昔も今も、私にとってあなたはこの世にいない人
 なのに、訴えなんか起こしたら、いる人になりますもの。そのうえ、決定が下りるまで
 の間、何かここのところに・・・」
 と、私は自分の前髪を示した。
 「あなたがぶら下がってるみたいで、気持ち悪いじゃない?」
 笑いながら言ったが、妾は反応しなかった。当たり前だ。
・「私にとって、岩造はこの世にいた男ですけど、一刻も早くあの男の妻だったという事
 実を消したいんです」   
 ひと呼吸おいてから、付け加えた。
 「恥ずかしくて」
 ひと呼吸置くなど芝居がかっているが、計算だ。
 罪のない岩太郎には気の毒だが、私の知ったことではない。
・妾は目を伏せ、黙っている。
 反論の余地がないにせよ、嵐が通り過ぎるまで無言でいるほうがいいと考えているにせ
 よ、こういう時に黙っている女は不快だ。
 黙っているということは、存在を消していることなのだ。
 何も言わずに涙ぐむ女がそれだ。
 その涙は何を意味するのか、相手の想像に任せる。
 こんなこずるいやり方は、たいていの場合、少しきれいで、すごく頭の悪い女がやる。
 こういうところだけ頭が働く。
・「死後離婚して、私はあの男と同じ墓に入りません。森さん、死後入籍なさって、
 同じお墓にお入りなさいな」
 「え・・・」
 「いえ、そんなことができるかどうかわかりませんけど、死後離婚があるんですから、
 死後入籍とは死後認知とかがあっても不思議じゃないでしょ。調べてごらんなさいよ」
・雅彦が笑った。
 「いくら何でもそれはないだろうよ。死後離婚は、姻族だの係累だのとブッツリと縁が
 切れるというメリットがあるけど、死後入籍なんて、そういう面倒なものをわざわざ増
 やすわけないだろ。そんな中に飛び込んでいく人いないよ」 
 「雅彦はまだ女心がわかってないねえ。何年も何十年も、日陰であだ花咲かせてくる女
 が、財産も何もかもいらないからと放棄して・・・・あ、これ、森さんのことではなく
 一般論ですよ」
・森さんのことにきまってんだろうが。
 「そういう女って、せめて旦那と一緒の墓に入りたいと願うんだよ。だけど、本妻が一
 緒に入るんだもの、無理だとわかってんの。だからつらいんだよねえ」
・むろん、私も「死後入籍」なる制度があるとは思っていない。
 「森さん、私は死後離婚しますので、岩造は『死後独身』です。どうぞ、入籍するなり
 して、晴れて夫婦になってください。本当に40年以上も日陰の身、ご苦労様でした」
 ああ、これで一発かませた。
・妾が初めて口を開き、力ない声で言った。
 「私にはそんな気持ちは毛頭ございません。私は悪いことをしてきたのですから、本当
 に申し訳なく思うばかりです」   
 「もういいんですよ。私にしてみますと、死後離婚は本当に有難いです。何もかも身か
 らはがれて、やっと晴れやかな気分になれます」
 「そこまで追い詰めたのは私です。ひどいことを致しました」
・無言も腹が立つが、ただただ謝れるのも不快だ。
 「ただ、どうか死後離婚などなさらないでください。お盆に忍さんがお帰りになるとこ
 ろがなくなってしまいます。 
 今にして思うんですが、忍さんはお帰りになる家があったから・・・」
・口ごもる妾に、スパッと言ってやった。
 「帰れる家があったから、あなたとの仲も続けられたってこと?」
 「・・・それはあると思います」
 「ないわよ」
 妾がひるんだ。
・男はバカだ。他人の亭主を盗んで、子供まで作る女のどこが清純なのか。
 「森さん、頭の悪い女って、みんな『帰るところがあったから、彼は不倫ができた』な
 んて言うのよ。帰るところがなくたって、不倫なんていくらだってできますよ。あなた
 ほどのお方が、そんな小綺麗なありきたりなことをおっしゃるなんてガッカリ」
・雅彦やいづみは、こんなにきつい祖母とは思わなかっただろう。
 「私はね、夫が隠れて422年間も妾を囲い、岩太郎さんの前でナンですが、子供まで
 作っていたと知って、平気でいられませんでしたよ。自分が情けなくてねえ。でもね、
 あなた、さっきその子供とお二人で大口開けて笑って、とても楽しそうに銀座通りを駆
 けてたでしょ。それを見て思ったんですよ。妻から盗むほどのめり込んだ男であっても、
 死んでしまえばすぐ忘れるんだなって。私、むしろそれを肯定しているんですよ。
 そこまでの相手であっても、相手の人生に対して他人は何の責任も義務もありません。
 基本的に無頓着なの。それを知ることは、今後の自分の生き方に影響しますよ。
 いつまでも死んだ相手に関わっている方が人生無駄にするわ」
・岩太郎が私を見ているのがわかった。そして静かに言った。
 「母に対して、目の前でここまで言うかと、正直、ショックです」
 「あら、そう?」
 「はい。でも、母のやったことを冷静に考えますと、当然だと思います。
 ただ、母と私は本宅に絶対にご迷惑はかけられないと、それだけは厳しく自分に命じて
 生きてきました。
 私は昔で言うところの『私生児』であることも、早くから納得するよう、母から教わっ
 てきました」 
・雅彦はずっと黙って聞いていたが、苦笑ぎみに言い返した。
 「岩太郎さん、そういう立派な母だからって、犯罪者であることはチャラにはなりませ
 んよ」
 「その通りです。ですから、私たち親子はどうすればいいのかを考えて生きてきました。
 せめてできることは、母や絶対に表に出さないこと、そして私は絶対に認知を受けない
 ことでした」
 「それは違いますよ。あなたたち親子にできたことは、犯罪にきづいたら即、別れるこ
 とでしょう。申し訳ないと思い続けていたそうですが、思うだけで「42年間きたわけ
 でしょう。本当に申し訳なくて、自分たちに何ができるかと本気で考えたら、すぐに別
 れますよ」
・雅彦の正論に、妾はさらに目を伏せた。岩太郎はそんな母を見た。
 「母が別れようとしていたのは、私も何回となく知っています。でも、どうしても別れ
 られませんでした。残酷に言わせて頂くと、父の方も」
 岩太郎が「父」と言うのを初めて聞いた。ずっと「忍さん」で通してきたのに、母を守
 りたい一心だろう。
・雅彦は妾に言った。
 「僕はまだ学生ですけど、男にしても女にしても、一生涯一人とだけというのは大変だ
 ろうなァと思いますよ。僕もヤバイかもって。
 だけど今回、祖母を見ていて、やられた側の思いがよくわかりました。
 これ、殺人、いや殺害と同じです。どうですか、森さん」
・青二才に突然突っ込まれ、妾はちいさくうなずき、声を発しなかった。
 これは「殺害」を肯定しているうなずきなのか。存在を消している無言と同じだ。
 「僕は祖父を最低の人間だと思っています。森さん、あなたのこともです。
 僕はこれまで殺害された側の心中が想像できませんでした。恥ずかしい話です。
 でも、祖父や森さんは年齢から言っても、人生経験から言っても、想像できなきゃバカ
 ですよ。
 ただ、今さらもう取り返しがつきませんし、祖母は早く消し去りたいようですから、
 これでお忘れください」 
・妾は深く頭を下げた。これも意味がわからない。こざかしい女だ。
 「ただ、再犯は許されませんよ。初犯だから、祖母は執行猶予をつけたんです」
・こざかしい母の代わり、息子が答えた。
 「よくわかっています。ただ、母はどんな時でも私に『生まれてきてよかった』と思え
 るように育てるからと言い、ご迷惑をかけないように生きている姿を私も見てきました。
 私は不倫の末にできた子ですが、父にも母にも忍様ご一家にも恥じることのないように
 と生きてきた自信があります」 
・私は微笑んだ。
 「わりがとう。それでいいんですよ。こればかりはお母様の教育の賜ね」
・突然、いづみが口を開いた。
 「森さん、祖父のどこがよかったんですか」
 あまりに核心を突く質問に、座が静まり返った。
 いづみのようにそう賢くない子は、時に急所を突く。
 さすがに無言で通せなくなった妾は、明らかに困っていた。
 いづみはさらに突いた。
 「そんだけの思いして、謝りながら必死こいて生きて、それを42年って、よほど祖父
 の何かがよかったんですね」
・雅彦は小さく噴き出した。若い体育系は、「祖父のセックス」と思ったに決まっている。
 とうとう妾が口を開いた。
 「小さい時から可愛がってきれた兄の親友が、いつも私のそばにいるという安心感、
 幸せは他の人ではダメでした。医学生として医師として、生活がハードになればなるほ
 ど、忍さんとの時間は他に替え難いものでした。
 どこがいいと説明できるなら、別れられたと思います」
 本妻を前にして、よく言うものだ。この盗人が。
 「好きになってしまった人に、すでに奥様もお子様もいらっしゃることはわかっており
 ましたが、どうしても別れられませんでした。申し訳なく思っております」
・いづみが頓狂な声を上げた。
 「これだァ」
 「え?」
 「森さんみたくご立派な医師とかは、ワイドショーも女性週刊誌も見ないと思いますけど
 時々、不倫有名人とかが言うんですよ。『好きになった人にたまたま妻がいたんです』
 とかって。開き直りってか、どっか自慢気ってか、大学の友達とかと『キターッ!』
 って盛り上がってますよ」
・「雅彦もいづみも、もう弱い者いじめはやめなさい」
 ああ、いい気持だ。
 「森さん、岩太郎さん、若い二人のこと聞き流してくださいね。私、今にしてわかるん
 です。岩造は自分の人生は自分のもの、だから自分で決めるって考えてたんですね。
 二つの家庭はどちらも大切で、二つを維持すると決めたのも、その考えによったんだと
 思います」 
・岩太郎がさめたコーヒーカップを持ったまま、私を見た。
 私は岩太郎に話す形になった。
 「人間関係って、最初は泣いたり恨んだり、やり返したりしますけど、自分の人生だか
 ら自分がいいようにすると腹をくくると、覚悟ができますよね。
 岩造は倫に外れていようと、糟糠の妻がいようと、自分を優先させたんですよ。
 大変な覚悟だったと思います。40年間だましおおせるほど、夫として父親としてよく
 やりながら、自分を通したんです。いつ最期が来ても何の後悔もない生き方だったでし
 ょう。ですから、私も名用ことなく縁が切れます」
 クサい言葉だが、本心だった。
 言っているうちに整理されたのか、ますます本心めいてきた。
 妾が肩で小さく息をした。
・「森さん、岩太郎さん、これからは私も、自分が思うように生きます。 
 どうせ死ぬ身ですが、だからこそです」
 私は伝票を持って立ち上がった。
 「もうお会いすることもありませんけど、お元気でね」
 妾が慌て、岩太郎と二人で立ち上がった。
・「ここは僕が」
 私はその腕をポンポンと叩き、
 「岩造が遺したお金で払うの。あならはお父様におごられただけよ」
 岩太郎は一瞬止まり、やがて頭を下げた。
 妾の目には薄っすらと涙が浮かんでいた。バカ女はすぐ泣く。失せろ。
・孫二人を両脇に店を出るなり、雅彦が声を上げた。
 「祖母ちゃん、勝った!それもぶっちぎり。な、いづみ」
 「うん。あの愛人、清純っぽくて男ももてるよ、絶対。だけど、何も言えない女だね」
 「そりゃ祖母ちゃんの方が上位だもん。言えるわけないよ」 
・違う。ああいうナチュラル系、清純系は、たいていが面白くない女なのだ。
 見た目を裏切らないようにと、毒にも薬にもならないことを言うものだ。
 あの妾にしても、最初に会った時は負けたと思ったが、二度会うと、やっぱりつまらな
 いナチュラル女だ。  
 もっとも、岩造にしてみれば、私は「毒」で、妾は「薬」の役割を果たしていたのだろ
 う。岩造もつまらない男だ。
・「俺、よーくわかったのよ。場圧案は意地が悪くて弁が立つから、祖父ちゃん、愛人作
 ったんだな」 
 「そう言や、去年の同期会でさ、『ハナ、あなたって嫌われるでしょ』って言われたよ。
 夫に嫌われてりゃ世話ないけどさ」
・「忍家の女はすげえよ。いづみ、今日のお前の意地の悪さもアッパレー!」
 「お兄ちゃんが、私の気に入らない女と結婚したらいじめ殺すよ」
・私は今、自分の尊厳を取り戻したと、はっきりと思った。もう立ち直れる。
  
・若い人にはこういうチャンスがある。いや、老人にもあるだろう。
 だが、老人のチャンスは単発だ・
 若い人は単発のチャンスで人脈を広げたり、次につなげる努力もする。
 うまくいかなくても、努力しながら待つ時間がある。
・老人は体力的にも気力的にも、努力を続けることは難しい。人脈を広げることもだ。
 その上、待つ時間がない。
 だから、老人は焦らない。期待しない。若い人なら単発のチャンスが次につながると期
 待するし、つながらなければ、焦る。老人だからこそ、幸いなこともあるのだ。
・岩太郎から電話が来たのは、それから一週間ほどだった時だった。
 「少しで構いませんので、二人でお会いできないでしょうか」
 「え・・・私と?二人で?」
 「はい、母には内緒なんですが」
・即座に返した・
 「それはできません。たとえ非常事態が起きたところで、もうお宅とうちはまったくの
 無関係なんですよ。見知らぬ他人です」
・二月に入ると寒さは一層厳しくなり、昨日から雪が降り続いている。
 東京の雪は美しいものだ。
 それを眺めていると、電話が鳴った。
 「ハナさん? 俺。ロクチャン」
 高校時代の同級生だ。
 「どうしたのよ、急に。誰か死んだとか?」
 「うん、死んだ。明美」
 「え?」
 「何で死んだの?事故?」
 「肺炎だってよ。風邪をこじらせて入院して、すぐ。今、老人の死因で肺炎って多いん
 だろ」
・白い花に埋もれた明美の、白い顔が浮かぶ。
 年末にはバスに乗って二人で出かけたのに、白い箱に入れられてしまった。
 遅かれ早かれ、誰もがそうなる。ひとり残らずだ。
・人の一生とは何と短く、人の命とは何と先が何とわからないものだろう。
 その中で何が起ころうと、たいしたことではないのだ。
 白い箱に入るという結末は決まっているのだから、その途中で悩み、嘆き、苦しみ、
 ジタバタ、アタフタしたところで大した違いはない。
 老人も若者も、生きている人間みんなだ。 
・78歳はまだ若い。わかっている。だが、こうして友人知人、肉親が消えていく中で、
 元気に楽しく生きようとする力は、少なくとも60代の時と同じには湧かない。
・二缶目のビールを取りに立ち上がると、電話が鳴った。
 「夜分申し訳ありません。森岩太郎です」
 「しつこくですみません。どうしてもご相談したいことがあり、30分でもお会いでき
 ないかとお電話しました。やはりだめなら、今度は本当に諦めます」
 「そう、いいわよ。会うわ」
 「え・・・・」
 あまりに簡単に了承した私に、岩太郎が絶句するのも当然だろう。
 じき白い箱に入る私だ。その途中で夫が妾に生ませた子と二人で会うのも、面白い。
 別に大したことではない。
・約束の夜、岩太郎は新宿のフレンチレストランを予約していた。
 「呼び立てしてすみません」 
 「今までに、どんな建物に携わったんですか」
 「最近では新宿の久田生命ビルとか新宿歌舞伎博物館とか」
 「すごい、いいお仕事をなさってるんですね」
 「実はご相談がありあります」
 「まだ誰にも言っていないことなんです」
 「え?お母様には?」
 「言ってません」
 「何で私に?」
 「ご迷惑だとわかっておりますが、ご意見を伺いたいと思いました」
 「母には何度も言おうと思いながら、今も言えずにいます。母には夢があって、それが
 生きる希望になっていますから」
 「母の夢は、故郷の長崎に小さな家を建て、一階をクリニックにすることなんです。
 すでに土地は目星をつけており、建物は僕の設計だそうです。生涯現役で地域医療に役
 立ちたいと言っています」
 「その頃には僕が東京で家庭を持っていて、夏休みに妻子を連れて遊びにくる。そうい
 う晩年が夢だと、若い頃から言っていました」
 「他人の夫を盗むほどの女が、割とつまんないことを言うのね」
 「すみません。僕自身はそういう人生を送りたくありません」
 「お母様にそう言うことね。私には答えようもない話で」
・すると岩太郎は、唐突に言った。
 「カンボジアのアンコール・ワットをご存知ですか。世界遺産に登録されました」
 「僕が高校一年生の時、今でいう出張授業がありました。各界のプロたちが学校に来て、
 その世界のことを話してくれたんです。その時、アンコール遺跡の保存修復に携わって
 いる日本人が来たことがあります。休暇でたまたま日本に帰っていたその人からナマの
 話を聞き、たくさんの写真や映像を見て、衝撃を受けました。
 「あの時、自分の人生が変わったと思います」
 その結果、部活は科学部から考古学クラブに入り直し、高校二年の時にアンコール・ワ
 ットに出かけたのだという。
 大学で建築史を専攻したのは、保存修復活動に関与しやすいと考えたからだという。
・「僕は今も会社からのメンバーとして、年の半分以上はカンボジアにいます」
 ただ、遠からず日本での仕事に戻る命令が出るのは間違いありません。
 ゼネコンから派遣されている人も多いのですが、どんなに優秀でも三年程度で呼び戻さ
 れています」 
 「僕は会社を辞めて、カンボジアで暮らそうと考えています。
 大学院時代からすでに12年間、アンコール遺跡に関わってきましたが、この保存修復
 は天職だと思っています。会社の命令で転職を捨てることはできません」
・やがて、岩太郎が力のない笑いを浮かべた。
 「僕、母が愛しいんです」
 「なぜ悲しいの?いい仕事と息子を持って、悲しい人生じゃないじゃない?」
 「いえ、その悲しいではなくて、愛情の愛という字です」
 「愛?愛という字、かなしいって読むの?」
 「はい」
 「悲しい」でも「哀しい」でもなく、「愛しい」か・・・。
 母一人子一人で、お互いだけを見て生きてきた濃さがわかる。
 私はすんでのところで「お母様もあなたを愛しいと思っているでしょう」という言葉を
 飲み込んだ。言ったら、息子はさらに動けなくなる。
・「お母様に切り出しにくいのはわかるけど、生前のお父様には相談したの?」
 「していません」
 「していません」
 「どうして?」
 「・・・本当の父親なら相談したと思います」
 「本当の父親よ」
 岩太郎は答えなかった。
 「だから、認知を受ければ、本当の父と思えたのよ」
 「それは関係ありません。僕は母と二人で生きてきたと思います。母は何があろうと僕
 が第一で、僕に愛情を注ぎ、いつでも楯になってくれました。医師ですから経済的には
 恵まれていましたが、言うなれば『欠損家庭』に生まれたことを感じさせたくないと、
 母は懸命だったと思います」
・岩太郎は一気に言った後で、明言した。
 「僕の生まれ方を不幸に言う人がいても、僕の育ち方は幸せでした」
 息子にこう言わせるほど、妾はみごとな母親だったのだと思う。
 息子は長じるに従い、母親自身の淋しさや悲しさや、陰で泣いている姿などに気づいて
 いたのだろう。  
・今度は自分が母を守る番だと思えば、故郷クリニックを開く夢を叶えてやりたい。
 妻子を見せてやりたい。
 だが、アンコール遺跡に生涯をかけることが、息子の譲れない夢だ。
 この母子の絆を思うと、岩太郎が言い出せないのも納得がいく。
 「収入はあるの?身分は?」
 「ボタンティアですから、収入はありません。ただ、アプサラ機構といって、アンコー
 ル遺跡群の管理一切を担当しているカンボジア政府の公団があります。そこのスタッフ
 として雇ってもらえるよう、動く自摸です」
 「にほんの仕事を辞めて、アンコールに残った人は他にもいるの?」
 「いえ、僕が知る限りではゼロ」です」
 「でしょうね。定収入と安定した日本の暮らしは大切だもの。家族のためだけではなく、
 自分がずっと生きて行くためにも」
 「僕は自分がずっと生きていくためにも、転職を捨てたくありません」
 「アプラサ機構に入れるかわかりませんが、それまでは預金を取り崩して暮らします。
 物価は安いし、独身です。何とでもなります」
・この「何とでもなる」という思いは、若者と老人のものだ。
 若者は「切り拓くから何とでもなる」と思い、老人は「すぐ死ぬんだから、何とでもな
 る」と思う。
 岩太郎がここまで覚悟しているということは、母親の問題はあっても、腹はすでに決ま
 っているのだ。 
 白い箱の中で眠っていた明美が浮かんだ。私もすぐそうになる。
 だが、岩太郎は何という若さか。足がすくむようなことを、こともなげにやろうとして
 いる。
・若さとは、先々に勝手に光を見ることかもしれません。
 あるかないかわからぬ光なのに、本人には見えるのだ。
 年を取ってわかった。人には「今」でなければできないことがある。
 年と共に、それは減っていく。年と共に動けなくなる。
・岩太郎がアンコール・ワットの仕事で、現実に暮らしていけるのか。
 それはわからない。だが、これほどまでに想う天職に飛び込めば、生まれてきてよかっ
 たと思うだろう。
・「岩太郎さん、私は行けとも行くなとも言えません」
 「はい。僕が忍さんにご相談するのは、どれほど非常識かよくわかっています。ただ、
 銀座でおっしゃっていた言葉が忘れられず、話だけでもと思いました」
・ピンと来た。あの時、岩太郎のコーヒーカップを持つ手が止まったのだ。
 あの言葉か。
 「相手の人生に対して他人は何の責任も義務もないの。基本的に無頓着なんですよ。
 それを知ることは、今後の生き方に影響するわ」
 とか言ったはずだ。そして確か、
 「岩造は自分の人生は自分のもの、自分で決めるって考えてたんでしょう。だから二つ
 の家庭をもつということも自分で決めたのよ」  
 とも言った。
・「なーるほど、そういう考えの私から背中をポンが必要だったわけだ」
 「いえ・・・・すみません。母は思うとニッチもサッチも行かなくて、煮詰まって煮詰
 まって、ご迷惑を承知で話したいと思いました」
 「私はなんの答えもだせないどころか、背中ポンもできなくて」
 「いえ、やはり、思い切って母に話します。ありがとうございました」
 「やらずに後悔するより、やって後悔するほうがいいですから」
 「あらァ、あなたも優秀な割にはつまんないことを言うのね」
・世間はこの言葉が好きだ。どこでもかしこでも耳にする。
 自分で自分の背中をポンするのに、使い勝手がいいからだ。
 手垢のつきまくった言い訳の言葉だ。  
 「後悔したくないからって、なんでもやればいいってものじゃないわよ」
 岩太郎の表情が固くなった。
 今まで聞くだけで何も言わなかった私だが、岩太郎は元々決断していたはずだ。
 私と会い、それを実行する気持ちが固まったのかもしれない。
 煮詰まった気持ちに、風穴があいたのかもしれない。
 なのに、私のこの最後の一言だ。もっとも、どう感じようと私の知ったことではない。
・こんなバアサンが、若い男に大切な相談をされた。
 それが妙に誇らしかった。まして、夫の妾の子にだ。 
 私に相談するほど、岩太郎は懸命に生きている。
 その子に「愛しい」と言わせるほど、母親も我を忘れて生きてきたのだろう。
 やっとタクシーをつかまえ、私の前に走って来る岩太郎の姿に、何だかこの母子を憎め
 なくなっていた。
・夕食をすませ、風呂に入ろうかと思っていると、
 ドアチャイムが鳴った。
 返事をして魚眼レンズをのぞくと、立っているのは妾だった。
 何だ?息子の次は母親か?
 返事をしてしまったし、出ないわけにはいかないが、何の用だ?
 「どうなさいました?」
 「お伺いしたいことがございまして」
 
第8章
・妾の「お伺いしたいこと」は、すぎに察しがついた。
 岩太郎は、カンボジアに移り住む決心を打ち明けたのだ。
 子供が日本での安定を捨てることは、たとえ母一人子一人という環境でなくても、簡単
 には賛成できない。
 まして優秀で、将来嘱望されている一人息子だ。
 今後、結婚したり、子供を持ったりという将来設計を考えると、無謀なことである。
・「息子は会社を辞めて、カンボジアに移住を決めたと言いました。出発の前日に、突然
 打ち明けられたものですから、正直、驚きました。まったく考えてもいなくて・・・」
 そうか、岩太郎はやはり行くことを決断したのか。
 先はわからないが、人間の先々なんて日本にいたところでわからない。
・「カンボジアは文化も生活も、何もかも日本とは違うでしょうから、母親としてはご心
 配でしょう。反対もしますよね」  
 「いえ、すぐに賛成しました」
 は・・・?すぐにさんせいしただと?話が違う。
 「岩太郎も反対されると思い込んでいたようで、相当な決心で打ち明けたとわかりまし
 た。でも、岩太郎のことはどこでどんな状況でも、一人で生きて行ける心と体に鍛えて
 参りましたので」 
 「忍さんの前で言いにくいことですが、婚外子には嫡子より強くなる育て方が必要だと
 思いまして」
 「カンボジアで失敗しましたら、自己責任です。また自分で、新しい道を切り拓けばい
 いだけのことです。なにぶん、母親の都合で得た命ですから、張り切って生きてくれれ
 ば、肩の荷が下ります」
 「岩兄は・・・いえ、忍さんはよく言っておられました。老人にいつまでも主導権はな
 い。しがみつくな、適当なところで若い者にゆずるべきだ」それが老人の品格だと」
 ほう、妾にも言っていたか。私だけかと思っていた。
・「岩太郎は私より先に、忍さんにこの件をご相談致しましたでしょう?」
 やっぱり、この話か。
 「母ではなく、なぜ忍さんなのか。きちんと納得したくて、恥を忍んでやってまいりま
 した」 
 「岩太郎さんが、私と会ったとおっしゃったんですか」
 「いえ、息子は何も言いませんでした。ただ、お店で偶然、私の友人夫婦とお会いにな
 りましたでしょう」
 「忍さんだとすぐわかりました」
「岩太郎とは、以前から何度もお会いになっていらしたのでしょうか」
 「とんでもないことです。息子さんとお目にかかったのは、掛け軸を返しにいらした時
 と、銀座だけです。二人でお会いしたのは今回は初めてですよ」
・その程度の関係の人間に、それも母親にとっては面白くない対象に、なぜ一人息子は大
 切なことを先に言ったのか。その上、バアサンではないか。妾の表情はそう語っていた。
 「森さん、たぶん息子さんはお母さんを想い過ぎて、もう一杯一杯だったんじゃないで
 しょうか。誰が考えても、先に本妻に話すなんてあり得ませんけど、そこまで追い込ま
 れていたということかもしれません」  
 「どうして追い込まれるのか・・・私にはわかりません。反対されるとよほど強く思っ
 ていたんでしょうか」
 「普通はそう思いますよ。でも、何より悩んだのは、母を一人残して飛び出していいの
 か、という思いかもしれませんね」
・妾は強い口調で、
 「母親のことで、息子に悩んでほしくありません」
 と言った。
 「母一人子一人だからと言われないよう、私は過剰な愛情はかけてきませんでしたし、
 息子に頼って生きる気もまったくありません。それをわかっていたはずですのに」
 過剰な愛情をかけていないつもりでも、子供は感じているものなのだ。
・「森さん、私は行けとも行くなとも、言える立場ではありませんし、一切言ってません。
 ただ、私が銀座で『人は他人の人生には無頓着なものだ』と言いましたでしょう。息子
 さんは悩んでいる最中で、おそらく、バアサンのあんな言葉でも心に残ったんだと思い
 ます」  
 妾は銀座での言葉を思い出したのか、黙った。時間稼ぎのように茶碗に手を出すと、
 空だった。私は、
 「あら、ごめんなさい」
 と、入れ直した。
 妾は目礼してそれを飲み、やっと口を開いた。
・「息子はすでに決心していて、あとは背中を押してくれる人と会いたかったんですね」
 「と思います」
 「偉そうに、婚外子は強く育てたなどと言いながら、背中を押して欲しいなんて・・・
 お恥ずかしいです」
 「いえ、そこまでお母さんが大切で、大きく考えたんですよ」
・妾は手にしたハンカチに目を落とした。しばらく何かを考えているようだったが、うつ
 むいたまま言った。  
 「・・・岩太郎は、私のことが重そうでしたでしょうか」
 それはどこかで重いだろう。子は親を、親は子を愛していても重い時はある。
 だが、いま、私がそう言い切るのはまずい。
・「そんな感じは全然。ただ、『僕、母が愛しいんです』と言ってました」
 妾は驚いたように目を開けた。
 「息子さんは、『かなしいは、愛情の愛という字です』と笑っていました。私はその読
 み方を初めて知ったんですが、いい言葉ですね」
・妾は顔をみられないようにしているのか、深くうつむいた。
 「母親に経済力があろうとも、ただひたすらに一人で自分を育て、犠牲にしたことも多
 かっただろうという思いでしょうね」  
・妾は大きくため息をついた。
 「そこまで思わせていたとは、私の失敗です。忍さんと話ができて、岩太郎はどれほど
 元気が出たかと思います」
 妾は涙ぐんている気もしたが、見ないようにした。
・「突然押しかけまして、申し訳ありませんでした。よくわかりました。親子でご迷惑を
 おかけ致しました」 
 「全然。息子さんはカンボジア息をすぐ許されて、面食らったと思いますよ」
・私が笑って言うと、妾は断言した。
 「医師として、人として、表立っては言えませんが、私個人は、人の命は平等ではない
 と思っております。若い人の命の方が上です」
 私もまったく同感だ。だが、医師として言い切るのは、見上げた根性だ。
・「そういう若い命が、高齢者の都合で燃えられないとしたら、あまりに不幸です。
 お母さんはそういう老人ではないよと、岩太郎にも言いました」
・親子でも家族でも、他人なのだ。人は別々の心臓を持っているのだから、みんな他人だ。
 これは冷酷なことではなく、ここから暖かい関係が作れるのが、人というものだろう。
 そう思うと、岩造の裏さえも納得できそうだ。
 私はひたすら菩薩に近づいているかもしれない。
・「森さんに、私からも伺いたいことがあります。私も納得したいから、正直に答えて」
 「・・・はい」
 「岩造のことが好きで、大切だったお気持ちはわかりました。でも、認知を拒否したこ
 とは納得がいきません」 
 これは当然の疑問だろう。
 たとえ、差別の少ない社会であっても、シングルマザーに経済力があっても、戸籍上の
 父親の蘭が空白といい現実は、子供にどんな思いを与えるか。
 母親なら考えるはずだ。
・妾は力ない声で、それでも懸命に笑顔を作った。
 「お花見でもお祭りでも花火でも、来年は二人では見られないという覚悟を、私はいつ
 も持っていました。来年は家庭に帰るだろう、来年は・・・と、いつも」
 そして、言い切った。
 「岩太郎は私の計画妊娠です」
 どこかで予想もしていたが、動揺した。
 落ちつこうと茶碗に手を伸ばしたら、空だった。
 「森さん、来年はない来年はないと思うから、岩造の子が欲しくなったというわけです
 ね?  
 「はい。忍さんが家庭に戻っても、子供がいれば生きる力になります」
・岩造はそのこを認知すると、何度も言ったはずである。
 そんなに岩造の何かを残したいなら、認知を受けるのが一番だろう。
 父親として名が書かれ、残るのだ。
・「私が欲しくて作った子ですし、この子の中に忍さんは残っています。ですから、認知
 はお断りしました」 
 想定内の言葉だ。だが、不倫の果てに子を作るほどの女が、こんな菩薩がかった思いだ
 けであるわけがない。
・「認知すると、私にバレる。それが恐かったんじゃありませんか?認知すると、戸籍謄
 本の岩造のところに、外に子供がいることがはっきりとかかれますものね」
 私に一気に詰め寄られ、間加計は長いこと黙った。やがて観念したのだろう。
 「申し訳ありません。おっしゃる通りです。バレれば、奥さんが二度と会わせないでし
 ょうし、忍さん本人も家庭でやり直そうとするでしょう。それを恐れていました」
 「結局、岩造と子供の両方がほしかったということね」
 笑う私に、間加計は目を伏せた。
 唯一の誤算は、私が死にもせず、当の岩造が先に死んでしまったことだろう。
・妾は深々とお辞儀をすると、玄関へと向かった。
 「ありがとうございました。何もかも伺い、なにもかもお話しして、気が晴れました。
 ここに伺うまでずっと、忍さんと岩太郎が隠れてコソコソ会ってるんじゃないかと疑っ
 ておりました。 
 「それだけは許せないと」
 「はい」
 「あなた、40年以上も他人の夫とコソコソ会うのは平気だけど、会われるのは許せな
 いんだ」
 妾の顔から血の気が引いた。
・ああ、もう十分にいじめた。これまで三発ほどかました。やめよう。
 錨にはやめ時がある。恨みにも憎しみにもやめ時がある。
 この女も必死に生きてきたし、生きている。
・「森さん、あなたの本心が聞けて、私の方こそ腑に落ちました。前におっしゃっていた
 愛人道はご立派過ぎて、うさん臭くて、岩造はあなたの狡さや計算も可愛くて、やっぱ
 り離れられなかったんですよ」
・妾は深々と頭を下げた。そして、出ていこうとする妾に、私は柔らかく声をかけた。
 「岩造は妻がいながら、秘かに40年以上もあなたに会い続けたんです。あなたの勝ち
 ですよ」
・リビングの窓から、妾が一人で歩いていく姿が見えた。小さな背だった。
 ふと、この妾を嫌ってはいないことに気づいた。
 こんな時に、わざわざ手土産を持ってくるのも、ヘンにズレていて笑える。
・妾まで赦していては、菩薩を通り越して大日如来だ。
 こんなにうさん臭くなって、私はすぐに死ぬのではないか。
 いや、かえって健康になっている。
 というのも、色んなことが赦せるようになると、赦した数だけ、自分の身から怒りや恨
 みやストレスや、色んなこだわりが剥がれ落ちる。これは何という解放感だろう。
・いくらあがいても、相手はつかんだ運を放すわけがない。
 関係を切られたところで、「あら、そ」くらいのものだ。
 自分の人生が思うように回っていない人間が、他人をなじる。
 その生き方は最低だなどと、上から目線でご大層なことをいう。  
 運を放さない生き方は、他人にとやかく言われるものではない。
 誰に遠慮がいるものか。
 「あんな生き方、私にはできない」なんぞと言うのは、必ず敗者の側だ。
・何の力も入れず、小さな風にもみじは裏と表を見せながら散る。
 そうならないのは、若いからだ。
 妾の存在を、このとしになって知ったからこそ、何の力を入れずとも、ポロっと岩造を
 忘れられた。 
・思えば、今までは水の中で空気を求めてもがいていた。
 その空気とは「若さ」や「若返り」だったと思う。
 だが、求めていた空気とは、実は「衰退を受け入れること」だったのではないか。
 だとしても、「年齢相応がいい」とする男女は大嫌いだ。小汚いジジババは衰退ではな
 く、老衰だ。
 「老衰」のジジババは、自分がそうだと気づかない。
 「衰退」のジジババは意識している。違うのだ。
・苺は冷蔵庫から缶ビールを出し、のどを鳴らして飲んだ。
 まったく、別々の心臓を持った者は無頓着で、お気軽だ。
 実の娘でさえ、自分の人生天界の前にあっては、妾問題などすっかりどうでもよくなっ
 ている。母の苦しみも嘆きも、とうに忘れ、グビグビビールを流し込む。
・ベッドに入ってからも、苺の言葉が消えなかった。
 衰退意識を持った後の生き方か・・・。
 どうせすぐ死ぬとはいえ、確かにまだ生きている。
 それに、「衰退」の意識に到達したからといって、やることもないし、できることもな
 い。今までと同じだ。ならば、到達する必要もなかったか。
 とはいえ、息だけ吸って白い箱を待っているわけにもいかない。先は長い。  
 先はないのにだ。
 それに、「衰退」の意識に到達した私は、そこらの年寄りとは違う。
 何か他人のため、社会のためになることをすべきだろう。
・先のない年代に大切なのは、偽装。これのみ。磨きをかけて、だますことだ。
 私はもう冬のモ割の年代だが、秋に見えるよう偽装する。
 偽装すれば、年寄りくさいことを自分に許せなくなる。似合わないからだ。
 鈍くなること、緩くなること、くどくなること、愚痴になること、全部自分に許せなく
 なる。  
 淋しがること、同情を引きたがること、ケチになることもだ。
 孫自慢に病気自慢も、許せるわけがない。
 
あとがき
・おそらく、「ヤバい高齢者」の多くは、自分がヤバい範疇にいることに気づいていない。
 ただ、それを注意するのは非常に難しい。
 たとえ自分の父や母であってもだ。
 外見を意識することへの個人的な是否もあろうし、ヤバくても他人に迷惑はかけていな
 いという思いも持っているだろう。
 外見にこだわると、隣近所から浮くという人たちも実際に数多くいた。
・一方、同じく高齢であっても、外見を意識する男女もいる。
 スキンケアから衣服にマンするまで気を配る。
 これは楽なことではない。だが、自分に課している。
・昔は定年後の人生はそう長くなかった。
 しかし、現在は職場と墓場の間が長い。65歳で職場を去ったとしても、あと20年か
 それ以上を活きる人はざらだろう。何しろ、私たちは「人生百年」の時代に生きている
 のだ。  
・「すぐ死ぬんだから」というセリフは、高齢者にとって免罪符である。
 それを口にすれば、楽なほうへ楽なほうへと流れても文句は言われない。
 「このトシだから、外見なんてどうでもいいよ」
 「誰も私なんか見てないから」
 「このトシになると、色々考えたくない」
 等々が、
 「どうせすぐ死ぬんだからさァ」
 で見事に完結する。
・自分の「見え方」に関心を持って、身なり・容貌を整えると、その気持ちが目に見える
 形で表れます。すなわち、その人の外見に、「意欲」が見て取れるのです。
・若さではない美しさ「、それは活き活きと社会生活をおくる意欲の表明なのかもしれま
 せん。   
 自分に関心を持っている。そして自分が他人にどう見えるのかという気働きを持ってい
 る。こういう旺盛な意欲をもった人を、周囲は美しいと感じるのではないでしょうか。
・高齢者が外見への意識を持つことは、持って生まれた美醜とは無関係だ。
 経済的に、また生活環境的に、自分に手なんかかけていられないという人たちもあろう。
 しかし、許される範囲内でやることこそ、「意識」ではないか。
 それがもたらす微かな変身が、生きる気力に直結することは確かにあるのだと思う。 
・重要なのは品格のある衰退だと私は思います。
 高齢者が「若い者には負けない」「何としても老化をくい止める。アンチエイジングだ」
 とあがくことは、「品格ある衰退」ではないように思えた。