消滅世界 :村田沙耶香

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この作者は、2016年の作品「コンビニ人間」が芥川賞を受賞して、一躍有名になった
が、この作品は、その前年の2015年に発表された作品である。
この作品に限らないようであるが、この作者の作品は、一般的な常識の枠外にある内容の
ものが多いようだ。
この作品も、近未来社会において、人間がセックスをしなくなり、生殖はすべて人工授精
によって行われるという社会を描いたものである。結婚観や家族観は、現代のものとはす
っかり変わってしまっており、夫婦間でのセックスは近親相姦になってしまうという。現
代からみたら、なんとも奇異な社会だ。
特に、この小説の中に出てくる実験都市の内容は興味深かった。そこでは、子供の出産は
すべてコンピュータで管理され、生まれてきた子供は、すべての大人がすべての子供の
「おかあさん」となるという。すべての子供を大人全部が可愛がり愛情を注ぎ続けるとい
う社会システムになっている。
これ読んで思い出したのが、小松左京の作品「復活の日」だ。この作品にも似たようなこ
とが出てくる。人類が未知のウイルスで絶滅し、わずかに南極で生き残った人々が取った
計画が、これとよく似ているのだ。
これらの作品を読んで感じたのは、もしかしたら、未来の人類は、その人口をこのように
コンピュータによって管理しコントロールする管理社会になるのかもしれないということ
だった。人間がまったくセックスをしなくなるという話も、まったくあり得ないことだと
否定できないような気もする。例えば、今回の新型コロナウイルスのような世界規模の感
染症が、セックスを介在して広まったとしたら、人々はその感染の恐怖からセックスはし
なくなるだろう。そして、子供はすべて人工授精によってつくるという社会が出現するか
もしれないのだ。そう考えれば、この作品が描く世界も、まんざらあり得ない話ではない
ように思えた。
今回の新型コロナウイルスにおいても、これが収束した後において、果たして人々は以前
と同じように、なんの不安も感じずに濃密な接触をすることができるようになるのだろう
か。そんなことを考えさせられた作品であった。


・「アダムとイブは、人類で最初にセックスをした男女なんじゃなかったっけ?だから、
 逆に人類がどんどん楽園に帰っていくようになって、最後にセックスをする男女がいる
 としたらさ、それってアダムとイブの逆だろ?」
・「快楽とか恥じらいを知ったのは、果実を食べたせいじゃなかった?俺の中で、雨音っ
 て、最期のイブっていうイメージなんだよな。皆が楽園に帰っていく中で、最後の人間
 としてのセックスをしている存在っていうかさ」
  
T
・小学校にあがるまで、私は母の作った世界の中で暮らしていた。当時の自分を思い返し
 て浮かび上がるのは、母と二人きりで過ごした木造の小さな一軒家の光景ばかりだ。そ
 のころには、離婚した父はもう家を出て行ってしまっていた。私たちが住んでいたのは
 亡くなった祖母が遺した古い一軒家だった。
・「お父さんとお母さんはね、とっても好き合っていたの。恋に落ちて結婚して、愛し合
 ったから雨音が生まれたのよ。駆け落ち同然だったの。本当に本当に、愛し合っていた
 のよ。雨音ちゃんも、大きくなったら、好きな人と結婚するのよ。そして、恋をした相
 手の子供を産むの。とっても可愛い子供よ」
・私が大人しく話を聞いていると、母は機嫌がよかった。母の与えてくれる世界が、私の
 すべてだった。
・初めて恋に落ちたのは、まだ保育園に通っていることだ。男の子はテレビの中の男の子
 だった。少し猫のようなきつい目をした、十四歳ほどの姿の少年だった。
・今までに経験したことのない、熱を持った針が心臓に埋まっているような、不可解な疼
 きと痛みが私を襲った。眠ろうとしても痛みは消えず、男の子の姿ばかりが浮かんだ。
・身体が火照って、体中の皮膚が裏側からくすぐられるような、不思議な、こそばゆい気
 持ちになった。心臓は病気ではないかと思うほど痛んだ。テレビを観ているだけなのに、
 こんなふうに身体がおかしくなることが、不思議でしようがなかった。これは全身が、
 彼にもっと会いたいと訴えているのだった。
・私はすぐにわかった。会えないことを含めて、その人はその人なのだということが。そ
 のこと自体も含めて自分がその男の子を好きになっているのだということが。
・全身の不可解な痛みと、強烈に循環する血液の感触は続いていた。恋とはこういう疼き
 と痛みを身体に宿すことなのだと知った。私はこのとき、物語の中に住んでいる人に、
 初めて自分が恋をしているのだと悟った。
・自分がちょっと変わった方法で受精された子供だと知ったのは、小学校四年生の性教育
 の授業のときだ。明日が性教育だという日、母は茶色く変色した古い本を私に見せ、挿
 絵を指差しながら私がどのように父との間にできたかを説明した。その話はどこか薄気
 味悪かったが、私は大人しく聞いていた。勉強だと母が言ったからだ。
・しかし翌日の性教育の授業では、昨日とはまったく違うことを教えられた。人工授精の
 しくみと、それによって子供が生まれる生命の神秘についてDVDを延々と見せられた
 のだ。 
・母は嘘をついたのだろうか、と最初思った。先生が間違っていることを言うはずはない。
 不思議に思って、放課後、担任の女の先生にこっそり聞いてみた。「昔はそういう方法
 で妊娠する人が多かったのよ。お母さんは、きっと科学の発達の歴史を、勉強してほし
 かったんじゃないかしら」「そうね、今度家庭訪問があるから、少し先生もお母さんと
 お話ししてみるわね。きっと、お母さんは勉強熱心なだけなのよ」
・だが家庭訪問に来た先生にも母はあけすけに、自分が性行為で私を妊娠したことを話し、
 仰天した先生がつい同僚に洩らして、職員室で話題になってしまった。
・それからは毎日図書館に通って、「正しい」性について調べた。
 「ヒトは科学的に交尾によって繁殖する唯一の動物である。第二次世界大戦中、男子が
 戦地に赴き、子供が極端に減った危機的状況に陥ったのをきっかけに、人工授精の研究
 が飛躍的に進化した。男性が戦場にいても精子を残していけばそれで妊娠が可能になり、
 残された多くの女性が人工授精で子供を作った。戦後になると人工授精の研究はさらに
 進んだ。人工授精による受精の確率は交尾よりも圧倒的に高く、安全であり、先進国か
 ら、今では全世界に広まり、交尾で半浴する人種はほとんどいなくなった。」
 「繁殖に交尾はまったく必要なくなったが、今でも人間は年ごろになると、昔の交尾の
 名残で恋愛状態になる。アニメーションや漫画、本の中のキャラクターに対して恋愛状
 態になる場合もあれば、ヒトに対して恋愛状態になる場合もあるが、基本的には同じで
 ある」
 「恋愛状態が進み、発情状態になると、それをマスターベーションで処理する。性器を
 結合させ、昔の交尾に似た行動をとって処理する場合もある(これをセックスと呼ぶ)」
 「ヒトに妊娠・出産は科学的交尾によって発生するので、恋愛状態とは切り離されてい
 る。子供が欲しくなると、パートナーを見つけ、女性が病院で人工授精を受けて出産す
 る。男性は今の科学の力では妊娠ができないので、女性が出産するしか現代では方法が
 ない。最近は、人工子宮の研究が進んでおり、男性や、自分の子宮では妊娠ができなく
 なった高齢の女性なども、妊娠・出産ができるようになるのではないかと、期待が高ま
 っている」
・たくさんの本で調べて、正しい知識が増えていくにつれ、疑問は強まるばかりだった。
 なぜ母は、父の精子を人工授精するのではなく、わざわざ避妊器具を外して交尾をして
 まで自分を妊娠したのだろう。
・「正しい」性知識をやっと得ることができた私は、自分が恋をしている相手がラプスで
 あることに安堵していた。母の言葉を真に受けて、ヒトに恋などしていたら大変だった
 と思ったからだ。 
・五年生にあがると、クラスメートのほとんどが、アニメーションや漫画の中の男の子や
 女の子に恋をしていた。可愛いパスケースを買って、恋をしている相手の切り抜きを中
 に入れるのが流行った。そうして、特別仲のいい友だちだけに、こっそりと自分の好き
 な相手を見せるのだった。 
・私は部屋にある子供用のパソコンでいつも彼を見ていた。彼を見ると体内に生まれる
 「熱い塊」は、身体の中を這いずり回り、画面を消して蒲団にもぐってもしばらく続い
 た。  
・身体の痛みはラピスに内側を齧られているようでもあり、うれしかったが、辛くもあっ
 た。年齢を重ねるにつれて激しさを増すその甘い痛みを、身体の中から吐き出すことを
 覚えるのは、自然な流れだった。
・私は長いイヤホンをパソコンから延ばし、彼の声を聞きながら布団にもぐった。彼に触
 りたくて、タオルケットに脚を絡ませる。身体の中で、まだ使ったことがない臓器が疼
 いていた。 
・私はその臓器の声に従いうように、タオルケットに絡めた脚に力を込めた。臍より少し
 下の部分の奥が痛かった。力を込めた脚を揺さぶると、体中の血液が炭酸になってはじ
 けるような感覚がして、そのまま力が抜けて行った。私は、古い本でしか読んだことが
 ない「セックス」というものを今、自分とラピスがしたのだと思った。
・私は快楽が蒸発したあとの気だるさの残る身体を起こして、本棚を漁って、保健体育の
 ときにもらって小さな冊子を取り出した。冊子を読んだときには、子宮、卵巣、卵管、
 膣、などというものが自分の身体の中にあることが理解できなかった。
・私は指で、黒い線で描かれたイラストをたどった。本と身体を照らし合わせて、今、自
 分の下腹部で熱を持ったのかこの昆虫の顔の真ん中の部分だとわかった。そこには「子
 宮」と書いてあった。 
・物語に中に住んでいる恋しい人が、しっかりと自分の子宮を掴んで、揺さぶっているの
 だ。触れないはずの相手と、その瞬間は肉体が繋がっていた。
・「子宮」はまだ少し疼いて、だるさと熱を持っているような感じがした。それが、自分
 とラピスが体を繋げた証拠だと思った。これは自分とラピスの肉体を繋げるための器官
 なのだ。そう思いながら、私は自分の下腹を優しく撫でた。
・「雨音ちゃん、スカートが汚れちゃってるよ」ユミちゃんに耳打ちされて、急いでトイ
 レにいくと、下着が血まみれになっていた。私は愕然とした。自分の身体はまだまだ
 未熟で、初潮なんてずっと先のことだと思っていたのだ。昨日、彼と身体を繋げてしま
 ったことが、私の身体を一気に大人にしたのかもしれない。そう思うと、私の太腿まで
 汚している血も愛おしかった。
・家に帰るとすぎに母に初潮のことを伝え、一緒に病院に行って避妊処置をしてもらった。
 母は終始、無言だった。本当は、私に避妊処置などしたくなかったのだろうが、義務づ
 けられているのでしぶしぶ連れてきたのだ。避妊処置をして、やっと、自分の身体が大
 人になったのだと思った。 
・中学にあがると、さらにそれぞれなりのやり方で、皆、物語の中の男の子と恋をしてい
 た。男子も、物語の中の女の子にそれぞれ恋をしているみたいだった。私たちの性欲は、
 無菌室の中で育っていった。
・クラスには五、六人、ヒトと恋愛をしている子がいたが、その子たちはその子たち同士
 でつるんでいて、大半の子は物語の中の人と清潔な恋をしていた。
・ヒトと恋をするには、私の性欲は潔癖すぎた。きっと、このまま大人になるまでヒトと
 恋愛することはないだろう。そしてそのうち人工授精で子供を産み、ヒトではないもの
 と恋愛をしながら家族と暮らしていくのだろう。
・ある日、たまたま美術の課題を出しに美術室を訪れると、誰もいない教室で一人でクラ
 スメイトの水内くんが絵を描いていた。ちょっと好奇心にかられて近づいて、びっくり
 した。水内くんが描いているのは、ラピスの絵だったのだ。
・私はうれしくなった。同じ人が好きだということはとても喜ばしいことだ。自分ととて
 も似た性癖の人間を見つけた気持ちになるし、彼が自分以外の人にも愛されているとい
 うことに幸福になる。 
・「僕は、ラピスのことを『あっちの世界の人』って、心の中で呼んでいる。ラピスの住
 む世界に僕は行けない。一緒に戦うこともできない。でも、いつも、すぐそばにラピス
 が生きている世界があるような気がしているんだ」
・私は放課後水内くんの家に行った。私はふと思いついて、水内くんに尋ねてみた。「水
 内くんは、ラピスとセックスしたことある?男の子はどういう風にするの?」水内くん
 は困惑した様子で言った。「そんなことは無理なんじゃ・・・最近は、ヒト同士の恋愛
 でもそういうことをしない人が多いって、この前ニュースで観たよ」
・「そうなんだ。でも、私はできたよ」詳しく説明すると、水内くんは困った顔になった。
 「ええと、それって、あの、マスターベーション・・・というものなんじゃないかな?」
 「セックスって、交尾のことだよね。最近は、大人もあまり交尾はしないみたいだよ。
 必要もないし・・・」  
・そのとき、身体の中の臓器がずしりと痛み、覚えのある感覚に不思議な気持ちになった。
 自分が初めてヒトに発情したのだと気づいたのは、その日、水内くんと別れて家に向か
 っているときだった。帰り道、私の顔を覗き込んだ水内くんや、乾いた唇を濡らす水内
 くんの舌の動きが鮮明に思い起こされ、それと同時にまた私の臓器を痛みが襲った。そ
 うか、これは発情だ、と私は気がつき、通学路で呆然と立ちつくした。
・母は、母が信じる本能を私の身体に植え付けようとしている。だがそうではない。本物
 の私の本能が、きっとどこかにあるはずだと、私は思っていた。
・私の肉体の奥底には、母が言うような、好きな人と交尾して、「家族」である「夫」と
 の近親相姦の末に子供を孕みたいというような本能が沈んているかもしれない。世界の
 秩序と噛み合わない発情が身体の中で動きだしたら、私はそれに引きずられながら生き
 ていくしくないかもしれない。
・どんな残酷な真実でもいいから、私は自分の真実を知りたかった。母から植え付けられ
 たわけでも、世界に合わせて発生させたわけでもない。自分の身体の中の本物の本能を
 暴きたかった。
・自分の発情の形を確かめたい。それには、水内くんと「セックス」をしてみるしかない
 と思った。それをしたときに、自分が孕みたいと思うのか、思わないのか、それがどん
 なものなのか、すべてを暴きたい。そのためなら、何をしてもいいと思った。どうすれ
 ば、水内くんを自分の身体の中に引きずり込むことができるのか、そのことばかり考え
 ていた。 
・私と水内くんがセックスしたのは、それから半年以上たってからだった。その行為を、
 私と水内くんのセックスと呼んでいいのかわからない。最初に私が自分の行為について
 ぶちまけたせいで、水内くんも気を許したのか、自分の身体について相談してくれるよ
 うになっていた。水内くんも、私と同じように、ラピスのことを考えると身体が熱を持
 つ感覚があるという。
・私の肉体は、いつも水内くんに反応していたが、そのことは水内くんには悟られないよ
 うにしていた。ヒトとの恋愛は汚い、とユミちゃんなどは言っていたが、私はそうは思
 わなかった。むしろ、私の性欲は水内くんによってますます精製されて純度を増してい
 くようだった。
・あの手この手でさんざん誘って、水内くんがその気になるまで一か月かかった。秋が終
 わり、明日から中学一年生の冬休みが始まるところだった。家へ行こうと誘うと、水内
 くんは素直についてきた。私は水内くんを誘拐するような気持ちだった。終業式は平日
 だったので、母は家にはいなかった。私たちは途中で図書館へ寄って借りた性教育の本
 を熱心に読んだ。そして、本の通りにやってみることにした。
・性教育の本には、愛撫についてはほとんど書いていなかったので、私たちはすぐに挿入
 にチャレンジすることとなった。男の子の身体はシンプルで、性器もわかりやすかった。
 水内くんには精通がきているそうで、手品をするみたいに、簡単に勃起してみせてくれ
 た。 
・それを挿入すればいいというのはわかったが、私の性器のほうは難解だった。本では単
 純明快なイラストなのに、鏡で実物をみると、見たことのない生き物が股の間にべばり
 ついているような奇妙な光景で、本の中のイラストと照らし合わせてもさっぱりわから
 ないのだった。  
・「とにかく、この『膣口』ってところを探せばいいんだよね」私たちは相談しながら
 「膣口」を探した。水内くんが「よくわかんない」というので、私自身も鏡で見たが、
 自分でもどこなのかわからなかった。「これじゃない?」「それは、おしっこの穴じゃ
 ないかなあ」「ここかな?指が入ってくけど・・・」「そんなところに、本当に入るか
 な?」
・自分の身体に、こんなにわけのわからない場所があるとは知らなかった。違うような気
 もするけど、ここしかない、ということで、試行錯誤しながらそこへの挿入を試みた。
 指が入って行く不思議な隙間は、油断するとすぐにどこだかわからなくなった。何度か
 の失敗を重ねて、やっと、体の中に水内くんの一部を入れることができた。「やっとで
 きたね」「これであったるのかな?」私たちは相談しながら、結局その日はそれだけで
 終わった。
・水内くんが射精をしたのは、その次のときだった。水内くんが息をとめて身体に力を入
 れた拍子に、ぬるりとしたものが身体の中に流し込まれてくる感じがした。「僕の身体
 は、儀式が終わったみたい」水内くんがそういって、性器を私の身体の中から引っこ抜
 いた。「まだ何か出てる」うまく全部出すことができなかったのか、水内くんからは、
 まだ透明な液体がさらさらと流れていた。
・私たちの性器は避妊処置されていて、水内くんから流れていたのは透明な水だった。図
 書館の本には、「避妊処置をしていない性器からは、外尿道口から白く濁った液体が出
 てきます」と記述してあるだけだったので、私たちは資料には書いていないその透明な
 液体が不思議だった。 
・「どんな感じなの?熱い感じ?トイレのときと違う?」「うん。これが出ると、一瞬す
 ごく気持ちがよくなったあと、すうって身体が静かになっていくんだ」「へえ、不思議
 だね」 
・私の身体はまだ、水内くんのように熱を持つほど発達していなかったのかもしれず、ラ
 ピスと「セックス」したときの何かが体の中ではじけるような感覚は、水内くんとの行
 為には感じられなかった。
・真面目に説明してくれる水内くんと、私は、それからも何度かセックスというものをし
 てみたが、痛みと少しの安心感の他には、何も感じることができないままだった。
・私は、どこかで安堵していた。水内くんとどうしてもセックスがしたみたかったのは、
 自分の発情の形が知りたかったからという目的も大きかった。
・二人で体の中を探検しているような感じが面白く、それからも私は何度か、水内くんを
 家に招いた。そして、何度も、自分の発情の形を確認した。
・母は父と交尾して私を孕んだ。そのことの意味を、大人になって理解していくに従って、
 さらに不気味に思うようになった。  
・「あっちの世界」の男の子と、ヒトの男の子と、私は両方と恋をした。その二種類の恋
 は、同じところもたくさんあり、違うところもたくさんあった。ヒトとの恋には、味や
 匂いがあった。私はヒトの精液を飲んだり、汗の匂いを嗅いだりした。
・ヒトとの恋愛は麻酔のようで、ユミちゃんが言うような生々しさはさして感じられなか
 った。生々しさも、どこか神秘的だった。物語の中の人との恋は、ひたすら自分の肉体
 との会話だった。私は全身の痛みと、会いたいという危機感に悩まされた。その痛みと
 飢えが、いつも愛しかった。
・どちらの恋でも、相手のことを思うと、子宮がひどく痛んだ。その痛みに引きずられる
 ように、どちらの恋でも、私は「セックス」をした。
・私と恋人の挿入はいつも静かで、交尾には程遠かった。繁殖とは関係のない部分を使っ
 てセックスをしている自分と出会うことができた。
・ヒトの恋人の中には、セックスというものをしたことがない人が多かった。ほとんどん
 そうだったかもしれない。水内くんと探した「膣口」を説明してみせると、皆驚いた。
・高校に入ってすぐに恋人になった美術の先生もそうだった。「先生はなんでセックスし
 たことがないの?」「うーん、特にしなくてもよかったからな。授業で習っただろ?戦
 争前は交尾をするのが一般的だったけれど、成人男性が徴兵されたのと、戦力になる子
 供をたくさん作るのが目的で、人工授精の研究が飛躍的に進んだ。人間はわざわざ動物
 みたいに交尾することがなくなったんだ。さらに高等な動物になったんだよ」
・「恋愛したらセックスをしたくなる場合だってあるでしょう?」まあ、そういう人もい
 るけど、基本的にセックスなんて昔の交尾の名残だからね。恋人ができても、性欲は一
 人で処理している人のほうがずっと多いよ」
・確かに、そもそも交尾の真似事をする人自体、滅多にいなかった。年配の人の話を聞く
 ことがあるが、私たちの世代ではほとんどが、性欲は自分で処理するものになっている。
・中学一年生のとき、同級生の男の子ともセックスしたよ」と私が言うと、樹里は驚いて、
 本当に性器を入れたのかと根掘り葉掘り聞いた。素直に説明すると、「それは本当にセ
 ックスね」と渋い顔をした。「よくできるわね、あんな汚いこと」「汚い?好きな人の
 唇や性器って、この世で一番綺麗なものかと思ってた」「私には考えられない。一生、
 誰とも恋愛なんかしたくないわ。子供は欲しいから結婚はするかもしれないけど、セッ
 クスは一生しない」
・高校でもヒトと恋愛している子は少なかったし、恋愛をしていてもセックスはしないと
 いう子は多い。クラスの女の子の大半は処女だ。
・「そのうち、セックスも恋もこの世からなくなっていくと思うわ。だって人工授精で子
 供を作るんだから、わざわざそんなことをしなくてもいいじゃない」
・確かに、セックスをする人が減っていると、この前もニュースでやっていた。私たちの
 世代の80%がセックスをしないまま成人を迎えようとしているらしい。たとえヒトと
 ヒトが恋人同士になっても、必ずしも性器の結合にこだわるわけではないらしい。必要
 ないのだ。   
・けれど、私はヒトの恋人ができたときは、いつも相手のペニスを自分の膣に入れていた。
 先生と別れたあとも、人間の恋人としては3人目、ヒトではないものも合わせれば28
 人目の恋人と、そういう性行為をしたばかりだ。特に性器にこだわっているわけではな
 いが、なんとなくそうしたくなるのだ。
・それからも私は、ヒトとも、ヒトでないものとも恋愛を繰り返しながら大人になってい
 った。一刻も早く家を出たかったが、アルバイトだけでは一人暮らしは難しかったし、
 母はなかなか私を家の外に出そうとしなかった。大学を出て就職し、やっと家を出るこ
 とができた。 
・仕事が落ち着いたころ、そろそろ子供が欲しくなり、婚活パーティーで知り合った男性
 と二十五歳で結婚をした。しかしそれは長く続かず、すぐに離婚となった。彼とは、お
 互いの仕事のことを考え、二十八歳の私の誕生日に人工授精する予定だった。
・夫にはちゃんと恋人がいた。私たちの結婚式には、私の恋人も夫の恋人も、お祝いに駆
 けつけてくれた。 
・彼は、私の頭を撫でるのが好きだった。二人とも映画が好きだったので、よく一緒に観
 た。そのとき、私の頭を撫でながら観るのが夫の癖だった。けれどもある日、事件が起
 きた。犬を撫でているようだった彼の手つきが、急に性的な動きへと変わったのだ。さ
 っきまでとは違う意味をもって動き始めた手に、あれ、でも気のせいかな、と思ってい
 ると、急に尻と胸をまさぐられた。慌てて立とうとすると、勃起した夫のペニスが膝に
 当たった。
・私は呆然とした。まさか、「家族」に勃起されるときがくるとは。叫ぼうとしたが、夫
 の口に塞がれた。舌を舐め回されて、嘔吐物がこみあげた。そのまま警察に行き、「夫
 に襲われたんです」と言うと、警察も驚いていた。
・離婚の際には、夫の両親と私の母を含めた家族で話し合いをした。夫の両親は、彼を責
 め立てた。「普通、そういうことは外ですることでしょう。よりによって奥さんと性行
 為をするなんて」彼は終始俯いていた。
・離婚が成立したあとも、しばらくは恋愛をする気にもなれなかった。「汚された」私を
 慰めてくれたのは、子供のころから愛し続けている「あっちの世界」の恋人たちだった。
 このまま、彼らと無菌室の中で生きて行こうと思っていた。でも、子供が欲しいという
 漠然とした憧れは消えなかった。
・経済的に、一人で育てるのは無理だと思った。だから諦めようとしていた私に、樹里が
 強く言った。「人生、やってみたいことはやってみたほうがいいわよ。大丈夫よ、妻と
 近親相姦しようとするような変質者は滅多にいるもんじゃないわ」
・熱心に説得され、三十一歳のときまた婚活パーティーに行った。そこで出会ったのが、
 今の夫だった。   

U
・夫はヒトとしか恋をしない体質のようだが、私と同じくらい恋に落ちやすい。今の恋人
 たちが三年ほど前に結婚してから6人目の恋人で、けれど、未だに恋に慣れることはな
 く苦しいのだという。
・私も、今、苦しい恋をしている。私の鞄の中には、男の子が入っている。私のほうは、
 今はヒトの恋人はいないが、そうではない恋人はちゃんといる。
・「うちに国は、どうしていつまでたっても男女の結婚しか認められないのかなあ。時代
 に合っていない気がするよね」「そんなの、子宮が女にしかないからに決まっているじ
 ゃない。男同士の夫婦に子供ができる仕組みができたら、男女の結婚はぐっと減るだろ
 うな。男だって、本音では男同士で気楽に結婚したほうがいいと思ってるに違いないも
 の」  
・樹里の旦那は樹里と同じ考えの持ち主で、誰ともセックスはしないし、あんな意味のな
 いものはいつか消えていくといつも言っている。樹里と二人で話しているのを聞いてい
 ると、恋とセックスを繰り返す自分がなんとなく責められているように感じてしまうの
 だ。
・川辺には座り込んでいる男性と、犬の散歩をしている女性と、風景の写真を撮っている
 老人がいた。皆一人に見えるが、実は私のように、ひっそりとヒトではないものとデー
 トをしているかもしれない。ついこぼれた私の微笑みに同意するかのように、クロムの
 キーホルダーについた金具がかちゃりと揺れた。ふっと内臓が熱を持ったのを感じた。
 皮膚の内側の細胞が、クロムの存在を感じたがっている。私は急ぎ足で家に帰り、夫が
 いないことを確認すると、自分の部屋で貪るようにクロムと「セックス」をした。
・体中の血管が熱線になったように、痺れるような熱で全身を縛られている。クロムの存
 在と私の肉体が繋がっていることを感じる。そのためだけに、この行為を繰り返してい
 るのかもしれない。 
・私は欲望にまみれていて、苦しくて、醜くて、それなのにいくら無様でもクロムと身体
 を繋げずにはいられない。熱を嘔吐するように、私は達した。水内くんが流していたよ
 うな透明な液体と同様のものが、私の膣の中から、気体になって吐き出されていく。水
 内くんと違って目には見えなくても、自分の肉体から蒸気が出ていくのを、身体で感じ
 ている。
・母は、自分の信じる異常な世界を、摂取したくてたまらないのではないかと思うことが
 ある。妻と夫が近親相姦をして、交尾する世界。母の集めた古い本や映画だけでは、母
 は母の信じる世界を維持できなくなってきて、私と夫から自分の望む世界を摂取しよう
 としているのではないか。そう思うことがある。
・最近は、お互いの卵子と精子のデータを見せ合わせて結婚を決めている人もいるらしい。
 一緒に暮らすのに心地よいかどうかだけでは決定打にならないので、科学的なデータが
 あったほうが絞りやすいとのことだが、それでは精子バンクと大して変わらない気がし
 て、私はいまいち腑に落ちない。 
・夫は小さく笑った。「家の外は、僕の恋と性欲で汚れている。家の中だけは清潔な僕で
 いられるんだ」夫の恋人は一人暮らしだ。子供を産む意思がないのだろう。最近は、特
 に子供が欲しくない人は結婚をしない場合が多い。子供を産まないのなら気の合う友人
 とルームシェアをするか、一人のほうが気楽だという考え方のようだ。
・「恋愛なんて下半身の娯楽だって、聞いたことがあるよ。確かにそうだな。やっぱり人
 生で一番大切なのは、家族だよ」と夫は言った。恋愛という宗教に苦しめられている私
 たちは、今度は家族という宗教に救われてようとしている。本当に身体ごと洗脳された
 ら、やっと「恋愛」を忘れられるような気がする。
・夫は「家族」の話に話題が変わってから、顔色が少し良くなったように見えた。夫を苦
 しめている恋を、「家族」である私や未来の子供が救っている。そのことは美しいこと
 だと、恍惚として思った。
・私と夫は子供を産みために互いに便利だから、という理由で結婚という契約をした。け
 れど、夫は精子を提供するだけの他人ではない。やはり家族なのだ。システムの中に自
 分たちがきちんと組み込まれていると思うとほっとする。やっぱり家族システムは、便
 利だから利用している、というだけではなく、そこになにか確固たる絆を生むものなの
 だ。
・恋と性欲は、たしかに、家の外でする排泄物のようなものだ。   
・「水人さんは、セックスをしたことってありますか?」唐突に尋ねると、彼は驚いて、
 すぐに首を横に振った。「ないです。それって、昔の交尾ですよね?」「え、ひょっと
 して雨音さんはあるんですか?」「はい、恋人とはいつもしてきました」「そうなんだ。
 この世からもうセックスはなくなってしまったのかなと思ってました」水人は私と手を
 繋いで、「もしそれが雨音さんの恋人の条件なら、俺もやります」と言った。
・「何か、道具とか準備する必要はないんですか?」「大丈夫です。お互いの性器があれ
 ばできますよ」私はスカートと下着を脱ぎ、水人はジーンズとボクサーパンツを脱ぎ、
 向かい合って座った。「この状態で、まずは脳を興奮させる必要があります。そうする
 と、自然に性器の準備ができます」私たちは下半身だけ裸のまま、それぞれ携帯で性的
 な画像や動画を見て、各自自分の性器の状態を整えた。
・「性器の準備ができたかどうかって、どうやって判断するんですか?」「女性は水が出
 てきたら、男性は硬さが出てきたら、準備が整った証拠です」しばらく無言でそれぞれ
 携帯を眺め、性器の準備ができたと感じた私は口を開いた。「私のほうは大丈夫です」
 「俺のほうも大丈夫です。ここからどうすればいいですか?」「『膣口』という場所に
 そちらを入れるのですが、たぶん一人ではなかなか見つけられないと思います」私は足
 を開いて、「膣口」の場所を指し示した。「俺には穴がよく見えないんですけど・・・
 大丈夫ですか?」「かなり伸縮自在の素材でできてるんです。だから大丈夫です」
・「不思議ですね。こんな神秘的なことを、昔の人はやっていたんですか」「みんなやっ
 ていたみたいですよ。何しろ、これが人間本来の交尾の形なので」「不思議だなあ」
 水人はしきりに珍しがりながら、ペニスを私の下腹部へと押し込んできた。
・「この状態で、腰を動かすと、互いの性器が刺激されます。そのうち水人さんの性器か
 ら液体が出てきます。そうしたら終わりです」「難易度が高いなあ。なんとかやってみ
 ますね」私たちは試行錯誤しながら性器を刺激し、やっと水人の身体から精液が出てき
 た。  
・膣の中が乾燥していて、今までにない、強い痛みがあった。身体の中に水が流れ込んで
 いる感覚が、いつもより不思議に感じられた。まるで、水人が私の身体の中に雨を降ら
 せているような感じだった。 
・水人が性器を私の中から取り出すと、避妊処置がされている透明な液体が、中学校のこ
 ろ水内くんから出てきた液体と同じように、さらさらと外へ流れ出た。
・千葉が実験都市として生まれ変わり、もうすぐ10周年になります。各地でお祝いムー
 ドが高まり、様々なイベントの準備が進められています。ご存知のように、実験都市千
 葉では、「家族」というシステムではなく、心理学・生物学・あらゆる観点から研究さ
 れて誕生した新しいシステムで、人々は子供を育て、命を繋いでいます。毎年一回、コ
 ンピュータによって選ばれた住民が一斉に人工授精を受けます。受精する人間はコンピ
 ュータで管理され、健康面や過去に産んだ回数などを考慮して選ばれます。人口は増え
 過ぎず、減りもしないように計算され、ちょうどいい人数の子供が生まれるよう完璧に
 コントロールされます。男性は人工子宮を身体につけて受精します。今年も男性の人工
 子宮の成功者は出ませんでしたが、500人が着床までは成功し、うち4人が子宮の中
 で数か月子供を育てることを達成しています。もしかすると来年こそ、男性から初めて
 子供が生まれるのではないかと、期待が高まっています。人工授精で出産された子供は、
 そのままセンターに預けられます。子供たちは、15歳になるまでの衣食住をセンター
 で保障され、15歳になって自分も「受精」する年齢になったら、大人とみなされてセ
 ンターを出ます。その世界では、すべての大人がすべての子供の「おかあさん」となり
 ます。すべての子供を大人全部が可愛がり、愛情を注ぎ続けます。生まれついた「家族」
 が機能不全であることによる不公平なリスクを子供が負うことはありません。すべての
 子供が、すべての大人に愛されて育つ、まさに「楽園」のようであることから、「楽園
 システム」と名付けられています。遠くない未来、人類は「家族システム」ではなく、
 この新しい「楽園システム」で繁殖していくことになるでしょう。
・もう実験は進行している。セックスだって、昔は当たり前のことだったのに、私たちの
 世界からどんどんなくなっている。ヒトと恋愛をしたことがない子は私の友達にはとて
 も多い。セックスだけでなく、ヒト同士の恋愛もこの世界から消えつつあるのかもしれ
 ないと思う。 
・水人と私は頻繁に逢瀬を重ねていた。ヒト相手に、こんなに切実な気持ちで毎日会いた
 いと思うのは、初めてかもしれなかった。同じマンションなので、平日にも会いやすい。
 水人は、徐々にセックスに慣れて行ったが、どうしてわざわざ挿入しなくてはいけない
 のかについては、またしっくりきていない様子だった。
・水人の部屋以外にも、マンションの中にはセックスできる場所がいくつかあった。誰も
 来ない屋上に、非常階段、水人は名前の通り、汗や涙や精液、いろいろな水を流す人だ
 った。  
・「不思議だな。今まで排泄に使っていた場所を、恋愛に使うなんて」「恋愛感情を排泄
 しているんじゃない?」「すればするほど、身体の中で増幅している気がするけど」
 「でも性欲は解放されるでしょ?」「まあそうだけど、やっぱり苦しくなるかな。液体
 と一緒に身体から何か狂気じみたものが引きずり出される。そうすると、また同じ行為
 がしたくなるんだ。いつまでも解放されない」「昔の人は、みんなこうやって恋愛して
 たのかな」
・生理がおわってしばらく経っている。今日は排卵日なのかもしれないと思う。避妊器具
 をつけていても、受精できない卵が卵巣から排卵されている。私は、排卵日は、やけに
 セックスがしたくなる。身体の中の卵が精液を欲しているのだと思う。受精することが
 できない卵子と精液が、お腹の中で絡み合っている。そのことが薄気味悪くも思えて、
 私はぼんやりと痛む下腹を撫でた。
・前の夫と別れるとき、母は夫の味方だった。「それにしても、家の中の性欲が、こんな
 に罪に問われるとはね。私は前の人のほうが好きだけれど」「どこがよ。妻を犯そうと
 したのよ。変質者よ」「昔はね。よそに女を作るほうが、ずっといけないことだったの
 よ。妻とセックスするくらいいいじゃないのよ」「今は違いわ!結婚するときは、絶対
 に互いを家族として扱うこと、つまり性的な目で見たり恋愛対象にしたりしないことを
 誓い合うのよ。それを破るのは酷い裏切りよ」「まさか、夫婦でセックスするのが近親
 相姦と言われる時代が来るとはね。昔は兄妹だって結婚したのよ」
・「お母さん。原始時代、人間は、多夫多妻制の乱婚制度が当たり前だったんだって。セ
 ックスは儀式で、儀式の日に若者が集まって集団で乱交して子供を孕んだんだって。何
 かで読んだわ。でも、それを今やっている人がいたらその人は狂人でしょう?お母さん
 のやっていることはそれと同じ。時代は変化しているの。正常も変化してるの。昔の正
 常を引きずることは、発狂なのよ」  
・そう。そうかもね。でもあんたは私が育てたのよ。忘れないで。私はあんたに、子守唄
 替わりに、「正しい世界」の物語を繰り返しで聞かせた。予言するわ。あんたは人類最
 後のセックスをする女になるわ。消えゆくものにとり憑かれて人生を送る呪いをかけて
 おいたの」「私はね。あんたが、狂った世界に負けずに「正常」であるように、正しい
 世界を赤ん坊のあんたに教え込んだの。あんたの魂に刻み付けたのよ。生まれて初めて
 見た世界は、魂の中から消えることは絶対にないわ。今はこの世界に染まっていても、
 必ずね」  
・「僕、セックスがつらいんだ」はっとして見上げると、水人はばつが悪そうに顔を伏せ
 た。「雨音さんのことは大好きだけど、セックスはつらかった」私と水人は恋人で、愛
 し合っているからセックスをしているのだと思っていた。「それってマスターベーショ
 ン・・・というものなんじゃないかな?」という、水内くんの言葉が脳内に甦る。あの
 言葉どおり、私は水人を使ってマスターベーションしていただけなのだろうか。いや、
 水人だけじゃない。誰が相手のときにも、私は結局、相手の肉体を使って自慰をしてい
 ただけなんじゃないだろうか。
・私は孕まな子宮に、精子の泳がない精液を流し込む。そのことに、もう何の意味がある
 のかわからなくなっている。セックスなんて、もうこの世にないのではないだろうか。
 あのとき、水内くんがこっそり注意してくれたみたいに、私はセックスだと思い込んで
 マスターベーションしているだけなのだろうか。
・私は有休をとって、一人で人工授精のカウンセリングに行っていた。子供ができれば、
 この狂ったように繰り返される発情期も終わるのではないかという気がしたのだ。検査
 のあと、人工授精の技術は飛躍的に進化して、今は痛みもほとんどないし成功率も高い
 のだと説明を受けた。   

V
・この世界では、誰もがすべての子供たちの「おかあさん」なのだと、ニュースでは知っ
 ていたとはいえ、実際に目の前にすると面食らってしまう。私は見ず知らずの子が「お
 かあさん」とじゃれついてくるのに戸惑い、じゃれついてくる子供をどうしていいのか
 わからなかった。夫はうれしそうに、寄ってきた子供たちの頭を撫でた。
・私は戸惑いながらも、寄ってきた子供のうち、私のスカートの裾を握りしめている一人
 の頭を撫でてみた。子供の体温は高く、体中のどこもかしこもぐにゃりと柔らかくて、
 気持ち悪かった。
・オムツがまだとれない子供は特にひっぱりだこで、オムツの交換などを皆、嬉々として
 やっていた。まるで、街全体でヒトの子供というペットを飼っているような光景だった。
・夫は可愛い、可愛いとうれしそうだったが、私はうすら寒い気持ちだった。ヒトの子供
 をまるでペットのように可愛がるだけ可愛がり、責任は持たずに自分ひとりが住む自由
 な家へ帰っていく。本当に、こんなことで子供たちは自分が「世界から愛される存在だ」
 と感じることができるのか疑問だった。
・子供は大人を見て育つ。「お手本」となる職員が、全員同じ髪形で、同じ表情、喋り方
 なのだから、それが刷り込まれて育っている「子供ちゃん」たちが同じ表情を浮かべる
 ようになるのも、当然なのかもしれなかった。私はぞっとした。これではまるで、均一
 で都合のいい「ヒト」を制作するための工場ではないか。 
・「楽園」での大人たちの義務は二つ。一つ目の義務は、葉書がきたら年齢・男女問わず
 受精して、繁殖に肉体的に協力すること。二つ目の義務は、子供たちの育成に精神面で
 協力すること。具体的には、すべての大人が、子供たちに「愛情シャワー」を浴びせる
 存在になることです。近年の研究では、旧来の家族システムのような形ではなく、「世
 界全体から愛されている」という感覚を得ながら育った子供のほうが、優秀で、安定し
 た精神を持った状態に育つことが証明されています。
・この世界は狂っている。私たちだけは正常でいなくては。ここが恋のない世界であって
 も、今まで身体の中に蓄積させてきたヒトではないものへの恋愛は、まだしっかりと自
 分の中に存在していた。 
・人口はコンピュータで管理されていて、誰が人工授精をするかどうかは、それぞれ葉書
 で知らされる。葉書で指定された人だけが、一斉に人工授精を受けるだけだった。
・数日後、葉書が届き、夫も私も人工授精に選ばれたと知ったときは、声をあげて喜び、
 その夜は乾杯をあげた。私は避妊処理をとり排卵のための薬を飲み、夫は精子を病院に
 提出した。   
・受精の日、私と夫も、会社を休んで近くの産婦人科に向かった。私たちが病院に着くと、
 一人の医師がこっそりと手招きした。「誰にも見られなかった?」水内くんは用心深く
 扉を閉じて、夫と私に番号札を渡した。「この番号で受診すれば、雨音さんは旦那さん
 の精子で、旦那さんは雨音さんの卵子と自分の精子で受精できるようになっているから」
 「絶対に誰にも言わないでね。こんなことバレたら、僕、千葉を追い出されちゃうよ」
 白衣を着て困った顔をしている水内くんに、私は頭をさげた。中学校の同級生の水内く
 んは、男性の人工授精を研究する医者になっていた。
・冷たい器具で、私の穴が大きく開かれていく感覚がする。この感覚には何度体験しても
 慣れることがない。内診台のむこう側はカーテンが引かれていて見えず、器具の音だけ
 がしている。自分の膣に当たっている冷たい金属がどんな形をしているのかわからず、
 自分の膣口が今どういう状態になっているのか想像もできない。痛みはないが、そのこ
 とにいつも微かな恐怖を感じて、血管が浮かび上がるほど強く拳を握ってしまう。
 「ちょうど排卵直前です。受精するにちょうどいい状態になっていますよ」「それでは
 受精させていただきますね」
・「はい、終わりましたよ」医者の声がかかり、もう受精が終わったのだと気がつく。少
 しも痛みはなく、何をされているのかもわからなかった。医者に礼を言って、内診台か
 ら降りた。ショーツとスカートを身に着けながら、これが「ヒト」の交尾なのか、とぼ
 んやり考えた。下腹部を撫でてみたが、違和感はどこにもなかった。自分の身体の中に、
 確かに夫の精子が挿入されたのだということに実感はわかなかった。
・ヒトが動物だったときには、どんな音の中で、私たちは交尾をし、産み落とされていた
 のだろう。いくら想像してみても、私には清潔な病院の光景が浮かぶばかりだった。
・夫の手術が終わったのは午後だった。人工子宮は、少しお腹を裂いてそこから血液と水
 分を循環させる管を取り付け、臍の上あたりから人工皮膚でできた袋をぶら下げている。
・夫は膝上まである長い丈のセーターを着ていた。子宮を子供に合わせて大きくしていく
 技術はまだ開発されておらず、人工子宮の手術をした人は、臍の上から膝の上まで、人
 工皮膚でできた袋をぶら下げて暮らすことになる。その袋の中で子供が育っていくのだ。   
・夫のセーターをすこしめくって、取り付けられた袋を見せてもらった。そこにぶら下が
 っているのは、潰れた巨大な睾丸のような奇妙なものだった。女性の子宮と違って身体
 の外にあるので、外からの衝撃に耐えられるかも心配だ。これはいまだに成功例がなの
 も納得できる、と正直思ったが、夫はうれしそうに袋を撫でているので、口には出さず
 心の中に留めておいた。
・私が流産したのは、その翌月のことだった。会社で仕事をしていると、突然出血が止ま
 らなくなり、ナプキンをあてて、いそいで病院に向かった。身体は大事にしていたはず
 だし、無理な運動もしていない。けれど、医者は冷静に告げた。「この時期の流産は、
 とても多いんですよ。それも含めてコンピュータで管理されています。だからどうぞお
 気になさらないでくださいね。お大事に」医者は、それも計算のうちなので気にするな
 という口ぶりだった。人類のための子ではなく、私が私の子を失ったのだと叫びたかっ
 たが、それもできなかった。
・身体の処理は、あっさりと終わった。子供が亡くなったことよりも、「その分、他の人
 が産むから大丈夫」と言いたげな医者や看護師の態度が、たまらなかった。
・私たちは、何にも属さない一匹の生命体として、清潔な家で一人で暮らすことに慣れ始
 めている。生活も性欲も自分ひとりのもの。そういう生活のほうが、自分には向いてい
 るような気がすらしていた。夫から遅くなると連絡があると、ほっとした。そんな日が
 一週間も続くと、こちらのほうが正しい生活なのではないかと思えてくる。  
・「おかあさん」しかいない世界なので、大人用のグッズもコンビニへ行けば簡単に手に
 入る。「恋」をするためではなく性欲を処理するためだけの、ごくシンプルな道具や性
 癖に合わせたデータの入ったディスクが生理用品の横に置いてあり、気軽に手にとって
 素早く身体の中の性欲を処理することができる。
・なぜ、自分は「家族」が欲しいと願ったのだろう。そのことがわからなくなり、考え込
 むこともあった。その一番の動機は「孤独」なのだろうと思っていた。しかし、全員が
 一人で暮らすこの世界では、あっさりとその感覚はなくなってしまった。
・私は、この世界でも正常だった。母の与えた世界、その外の世界、この実験年、どの世
 界でも、私は薄気味悪いくらいに正常だった。それこそが、異常なのではないかと思う
 ほどに。  
・早く自分の清潔な部屋に帰りたかった。自分の好きな食べ方で自分の好きなものを食べ、
 性欲が高まれば自分で静かにそれを身体の中から処分する。あの清潔は部屋へ、早く帰
 りたかった。
・海外の実験都市ではすでに設置が進んでいる「クリーンルーム」が、ついに日本の実験
 都市にも導入されることになりました。個室に入り、中にあるタッチパネルで自分のデ
 ータを入力すると、視覚・聴覚・臭覚と電子振動により、より素早く、身体の中性欲を
 クリーンアップすることができます。抗菌処理された使い捨ての機器もオプションで購
 入でき、無駄な時間をかけることなく身体の中の性欲を処理できるので今までのように
 億劫な思いをすることはありません。個人差はありますが、1〜5分もあれば身体の中
 をクリーンアップにすることができます。
・この街に来てから、一度も新しい恋をしていない。それがないとどこへ向かっていいの
 かわからないくらい、いつも魂を引きずられていたのに。
・私はヒトではないものとも恋をしなくなるかもしれない。性欲は、恋の甘い産物ではな
 く、いつの間にか身体の中に溜まって、下腹部が疼く不快感のある排泄物になっていた。
 あんなに尊かった自分の性欲も、くだらなくて邪魔なものにも感じられる。
・夫の出産の日は、雲ひとつない快晴だった。夫の出産を、手術室の外からガラス越しに
 見守った。人工子宮には出てくる穴がないので、帝王切開で人工子宮を切り裂いて子供
 を取り出すことになった。看護師が支えている子宮を、手袋をした医者が、銀色のハサ
 ミで袋の天辺を切っていった。夫の腹の上で裂けた人工子宮から、泣きじゃくった子供
 が取り出された。
・私は呆然と、ガラスの向こう側を眺めていた。目の前の光景は、私が知っている「ヒト」
 という動物の出産の光景とはかけ離れていた。
・夫は愛おしそうに窓の外の子供たちを見つめながら言った。「うれしいなあ。僕たちは
 ついに楽園に帰ってきたんだ。子供を産みおとし、すべての子供の「おかあさん」にな
 る。僕たちはたぶんずっと、間違えてきたんだよ。セックスをしなければ子供が生まれ
 なかった時代の風習を捨てきれずにさまよっていた。ここはなんて懐かしい世界なんだ
 ろう。そう思わない?」
・いつものように駅前の「クリーンルーム」で性欲を排泄し終えて、自分が住むマンショ
 ンへと向かった。鍵をあけて入ろうとすると、マンションのポストの前にある掲示板で、
 白いスモックを着た背の高い「子供ちゃん」が一所懸命ポスターを貼っていた。「子供
 ちゃん」も、私がここへ越してきたときに比べると大きくなった。第一次妊娠で生まれ
 た「子供ちゃん」だとすると、もう十四歳だろうか。
・「センターの生活はどう?寂しくない?」何気なく質問したつもりが、「子供ちゃん」
 は私を見つけながら、不思議そうに、こちらを見据えた。「さみしいって、何?」私は
 はっとして、「子供ちゃん」のビー玉のような黒目を見つけ返した。「寂しいっていう
 のはね・・・」その感覚を咄嗟に思い出せず、首をかしげた。理屈ではその言葉を知っ
 ているが、感覚的には思い出せない。「孤独」も、私の脳の中から消えつつあるのかも
 しれなかった。
・「子供ちゃん」の顔をよく見ようと、背後を振り向こうとしてバランスを崩してよろけ
 た。手に持っていたコーヒーのタンブラーから熱いコーヒーが零れ、「子供ちゃん」の
 白いスモックを濡らした。
・私は慌てて「子供ちゃん」をエレベーターに乗せ、自分の部屋に駆け込み、白いスモッ
 クとその下のTシャツを脱がせてシャワーで患部を冷やした。私のハーフパンツとトレ
 ーナーを箪笥から引っ張り出して渡した。「ズボンも濡れちゃったわね。いま、乾燥機
 まわすから、これを着ててね」「うん、ありがとう」にこっと笑うと、「子供ちゃん」
 は躊躇せずにズボンと下着を一気に下した。バスルームのドアを閉めようとしていた私
 は、驚いて硬直した。「パンツないけど、このまま穿いていいのかなあ」にこにこと首
 をかしげる姿に、この子には「恥じらい」も存在しないのだと気がついた。
・「「おかあさん」の身体の中に、これを入れてみたいっていったら、どうする?」「彼」
 にどの程度知識があるのか、まったく性に関する恥じらいはないのか知りたくて、彼の
 小さなペニスに人差し指で触れながら尋ねた。「子供ちゃん」は少し不思議そうな顔を
 したあと、歯を見せて無邪気な笑顔を浮かべた。「うん、わかった・そうだよね。元は、
 僕たちみんな、「おかあさん」の身体の中にいたんだもんね」全裸で微笑む「子供ちゃ
 ん」の姿は、いつか絵本で読んだ「楽園」のアダムそのものだった。 
・「楽園」の外で、アダムとイブはどんなセックスをしたのだろう。部屋の中は明るく、
 私たちは全裸だった。そして、そのことがお互いに少しも恥ずかしくはないのだった。
・白いシーツの上で、私はセックスを作っていた。作るしか方法はなかった。前のやり方
 はもう忘れてしまって、私の身体の中から消えてなくなってしまったのだから。知識は
 あったが、身体の中からセックスというものがもう排出されてしまっている気がした。
 私は、あるいは人類は、「あっちの世界」でセックスを使い果たしてしまったのかもし
 れない。
・首をかしげながら、「子供ちゃん」の脚の間にある蛇の抜け殻に似たものを、パズルの
 ように自分の身体に当てはめる。「子供ちゃん」の凸は、乾いた紙粘土のようにうっす
 らと硬くなっていた。「子供ちゃん」の粘膜は懐かしい感触だった。子宮の中にいたこ
 ろ、自分の内臓に囲まれて暮らしていたことを、じんわりと思い出すような感覚だった。
・私は安堵し、安堵感から、よだれを垂らすように、身体のあちこちの粘膜が濡れ始めた。
 見ると、「子供ちゃん」もそうなっていた。安堵すると、ヒトは水分を垂れ流す仕組み
 なのかもしれなかった。
・ねばついためしべのような「子供ちゃん」の突起に体液をこすりつけているうちに、そ
 れは私の身体の中におさまっていった。快感はどこにもなく、不可解なほどの安堵感だ
 けがそこにあった。私たちの筋肉は弛緩していて、痛みがどこにもなかった。
・私の身体の中にめしべのような突起が吸い込まれていくと、「子供ちゃん」は不思議そ
 うな顔をした。「何をしているの?」「そうね。私はね、作ってるの。自分の身体で、
 今まで人間がしたことがないことを、作ってみようとしているのよ」「へえ、すごい!
 「おかあさん」は、やっぱりすごいなあ」 
・私の身体からは、今までにないほどのたくさんの水が流れていた。「子供ちゃん」も、
 まるでねじが外れたかのように水を流し、口からはよだれが流れ落ちていた。私たちの
 間で、「子供ちゃん」の突起が私と「子供ちゃん」を繋げていた。それは太くて短い臍
 の緒のようでもあった。