この
松音寺を訪れてみようと思ったのは、先般読んだ、「
永田鉄山 昭和陸軍『運命の男』」や「
妻たちの二・二六事件」という本の中で、
二・二六事件の首謀者の一人であった
村中孝次の墓がこの寺にあることを知って興味を持ち、一度訪れてみたいと思ったからであった。
この松音寺は、寛正年間(1461年 -1466年)に
伊達家11世持宗によって、現在の福島県国見町松ヶ蔵に建立され、
天文17年(1514年)、
稙宗のときに
丸森に移されたが、慶長7年(1602年)に17世
政宗の仙台開府に従い仙台に移ったとのことのようだ。
この寺の山門は、政宗が晩年をすごした
若林城が一国一城令により廃止された際,その大手門を拝領したものとのことだ。
山門の手前右側に歴史を感じる地蔵堂があった。中を覗いてみると、赤子を抱いたお地蔵さんが祀られていた。安産子育て地蔵のようだ。
山門を入って右手に観音堂があり本尊は如意輪観音、仙台三十三観音23番札所になっているようだ。
他に円月堂というのがあり、これは江戸時代中期の作と伝えられる三十三体観音菩薩が祀られているとのことだ。
通常は非公開のようだが、盆や彼岸あるいは桜の時期に開帳されるとのことで、ちょうど桜の時期だったので開帳されており、
幸運にも中を覗くことができた。
また、本堂に向かって左手にある鐘楼門の梵鐘は、先の大戦(大東亜戦争)末期に梵鐘を供出した寺院が多い中で幸いにして残った、
伊達騒動の落着を祝って鋳造された梵鐘だということのようだ。
しかし、一番驚いたのは、この松音寺の境内の桜の美しさだ。こんなに美しいとはまったく予想していなかったので、その美しさに度肝も抜かれた。
他に訪れていた人々口からも、思わず「わあ、きれい!」という声があがっていた。ここはまさに穴場的な桜の名所だ。
【所在地】
仙台市若林区新寺4丁目6−28