鹿落観音堂の次に訪れたのが、この大満寺(だいまんじ)である。
大満寺の創建は不詳とのことである。
平安時代後期頃に、平泉(岩手県平泉町)に本拠を置いていた奥州藤原氏によって開かれたといわれているようだ。
当初は青葉山に境内を構えていたという。
中世に入り境内が城塞化して国分氏の居城となると、虚空蔵堂に千躯体の仏像が安置されていたことから、「千躰城」と呼ばれるようになったという。
それが「千躰」→「千代」→「仙台」と地名が変わっていったのではないかと言われているようだ。
江戸時代に入り、伊達政宗によって青葉山に仙台城が築城されると、経ヶ峯の地に境内を遷され、
さらに経ヶ峯に伊達政宗の霊廟である瑞鳳殿、墓守寺である瑞鳳寺、2代藩主忠宗の霊廟である感仙殿などの境内が整備されると、
大満寺は押し出される形で現在地に遷されてきたようだ。
ここのお寺は規模が非常に大きい。
山門をくぐると正面至浄殿(旧本堂)があり、その右隣は鳳凰殿(新本堂)、翠光殿(客殿・大広間)、慈雲庵(自宅)と並んで建っている。
そして、これらの建物の裏側には、虚空蔵堂、千躰堂などがある。
虚空蔵堂の現在の建物は、文献などから慶安2年(1652年)か万治2年(1659年)のいずれかに建てられたものではないかと推定されているようだ。
ここは、見るからに霊気が漂っている雰囲気があり、仙台の街中にもこんなところがあったのかと、驚かされた。
【所在地】
仙台市太白区向山4丁目4−1