資福寺を訪れた後に、伊達正宗の灰塚があると知って興味を持ちここを訪れた。
ここは資福寺から歩いて15分程度の距離にある。
大願寺は、慶長8年(1603年)創建とのことで、当初は仙台市内の立町に太子院という名称で開山されたとのことである。
寛永13年(1603年)にさて正宗が死去すると、現在のこの地で葬礼が行われた。
そのときの祭礼で使用した空の棺を燃やして灰にしたものを銅器に入れ、祭礼の跡地を中央を円墳のように土を盛り上げその下に埋め、
細い掘りで廻わして灰塚としたとのことである。
その後、大願寺が例祭跡地を拝領し、灰塚の前に本堂を建立したらしい。
灰塚には何があるのかと期待して一周してが、ただ中央に円墳のように土が盛り上げられただけで、雑草が生い茂っているだけであった。
この大願寺の山門(旧万寿院殿霊屋門)は、非常に立派な山門であった。
案内板によると、この門は四代藩主伊達綱村の夫人である仙姫(万寿院)の墓所の門として建立されたもので、
明治時代初期に墓所のあった小田原高松から現在地へ移築されたと伝えられているとのことである。
江戸時代中期における伊達家霊廟建築のあり方を知る数少ない貴重な門であるとして、昭和62年(1987)に仙台市指定有形文化財に指定されているとのことだ。
【所在地】
仙台市青葉区新坂町7−1