プロレタリア説の傑作として知られる「蟹工船」の著者である小林多喜二は、明治36年にこの地に生まれたという。
その後、多喜二が4歳のときに、一家全員で北海道の小樽に移住したようだ。
そして伯父の工場に住み込みで働く代わりに学資を受け小樽商業学校から小樽高等商業学校(現・小樽商科大学)へ進学したという。
卒業後、北海道拓殖銀行(拓銀)小樽支店に勤務した。そして昭和4年(1929年)に「蟹工船」を発表した。
しかし、左翼運動のために銀行を解雇されたため上京した。
昭和8年(1938年)に特高警察に逮捕され、築地署で激しい拷問を受けて死亡した。
近年、若い世代における非正規雇用の増大と働く貧困層の拡大し、低賃金長時間労働の蔓延などの社会経済的背景のもとに、
2008年には「蟹工船」が再評価され、ベストセラーになったという。
【所在地】 秋田県大館市川口字隼人岱 JR下川沿駅前
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