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この本は、いまから39年前の1983年に出版されたもので、宇宙体験をしたNASA
の宇宙飛行士たちへのインタビューを中心に、宇宙飛行士たちの生活の実態やその後の人
生などについて記したものである。
昨年(2021年)末、実業家の前澤友作氏が、100億円支払って、日本の民間人とし
て初めて国際宇宙ステーションまでの宇宙旅行に行ってきた。金さえ支払えれば、民間人
でも宇宙旅行ができる時代になったのである。
しかし、そんな時代になっても、100億円支払えない私には宇宙旅行は絶対に不可能だ。
でも、せめて宇宙旅行自分でも味わいたいと思い、この本を手にした。
宇宙旅行といってもまだ、水中に暮らす魚がちょっと水面上に顔を出したと同様に、大気
中で暮らす人間が大気圏の外にちょっと顔を出した程度のことなのだが、それでも、宇宙
を体験するということは、我々の想像力をはるかに越えることのようだ。
この本を読んで、私にとって一番衝撃的だったのは、アポロ11号でアームストロング
一緒に人類で初めて月に降り立った宇宙飛行士オルドリンの話だ。彼は宇宙からの帰還後、
精神的に追い詰められ、うつ病を発症し、一時は精神病院に入院するという事態にまでな
ったようだ。私は、宇宙旅行から帰還した宇宙飛行士たちは皆、その後は栄光ある人生を
歩んだのだろうとばかり思っていただけに、この話は衝撃的であった。それだけ宇宙体験
をするということは、その後の人生にいろいろな面で大きな影響を与えるということなの
だろう。
ところで、この本を読んでいる最中に、ロシアが突然、ウクライナへ一方的に軍事侵攻す
るという、にわかには信じられない事態が発生した。プーチン大統領の軍事侵攻の理由を
聞いていると、まるで十九世紀か二十世紀の帝国主義時代に逆戻りしたような感じだ。ソ
連崩壊後、ロシアは民主化が進んで、もう少しましな国になったと私は思っていたのだが、
どうもプーチン大統領の頭の中は、二十世紀のソ連時代のままだったらしい。
この本を読んで、ふと思ったのだが、ロシアや中国そしてアメリカの三つの大国のリーダ
ーは、リーダーになる前に、かならず一度は宇宙旅行を体験すべきではなかろうか。
宇宙へ行って、宇宙から地球を眺めることによって、この本に登場した宇宙飛行士たちが
感じたような衝撃を経験すべきだと私は思う。そうすれば、同じ地球人同士で殺し合いを
するなどというような馬鹿げたことはしなくなるのではなかろうか。
とりあえずは、ロシアのプーチン大統領と中国の習近平主席、そしてアメリカのバイデン
大統領
の三人に、ロシアご自慢のソユーズロケットで宇宙旅行に行ってもらい、三人で宇
宙ステーションから美しい地球を眺めながら、これからの世界観について大いに語り合っ
てもらったら、きっと、いままでの考え方がガラリと変わると思うのだが、どうだろうか。
少なくともプーチン大統領には、ロシアご自慢のソユーズロケットに乗って、いますぐに
でも宇宙に行ってもらいたい。そして、その頭の中が変わるまで、地球には帰還してもら
いたくない。

ところで、民間人で宇宙へ行った人といえば、前澤氏より31年も前に宇宙に行った秋山
豊寛
氏のことを思い出した。
秋山氏はTBS社員時代の1990年に、ソ連のソユーズロケットで宇宙に行っている。
彼こそ、日本人初の宇宙飛行士であり、民間人としては世界初の宇宙飛行士であった。
彼はその宇宙体験で、人生観がすっかり変わってしまい、宇宙から帰還後はTBSを退職
して、福島県で無農薬の有機農業をはじめた。しかし、2011年の福島原発事故で群馬
県に非難を余儀なくされようだ。その後は京都府内に移り住んだようである。



<宇宙からの帰還>
上下・縦横高低のない世界
・これまでに宇宙を飛んだ経験のある人間は、アメリカとソ連を合わせても、百人をほん
 のちょっと越しただけしかいかい。
・百七十万年に及ぶ人類の歴史の中で、ただこれだけの人たちが、地球環境の外に出た経
 験を持つ。いや、正確にいえば、彼らも地球環境の外には出ていない。地球環境に固有
 の生計体である人間は、地球環境を離れては生きていくことはできない。だから、宇宙
 飛行士たちも宇宙空間に乗り出すにあたって、地球環境を持参したのである。宇宙船と
 宇宙服の内部に地球環境を閉じ込めていったのである。地球が大きな宇宙船であるとい
 うアナロジーは正しいが、宇宙船は小さな地球であるというアナロジーも同様に正しい。
・宇宙空間は真空である。真空の中では人間は生きてはいけない。第一、呼吸ができない。
 では、口に酸素マスクをあてて呼吸できるようにすれば生きていけるかというと、そう
 ではない。人間には気圧が必要なのだ。気圧は地球の環境条件の中で気がつかれにくい
 が不可欠の条件の一つである。一定限度の気圧が不足していると、人間は100パーセ
 ントの酸素の中でも呼吸できない。呼吸というのは、肺の中にある肺胞の膜を酸素が通
 過して血液の中に溶け込んでいく現象である。酸素に圧力がかかっていないと、酸素は
 肺胞膜を通過できなくなる。
・高度1万メートルくらいまでの対流圏の中では、大気の組成はほぼ一定である。大気の
 20パーセントは酸素である。ただし、高くなるに従って、空気の密度は減少する。そ
 のぶん、酸素の絶対量も低下する。しかし、高所にいって人間が酸素不足の現象を起こ
 すのはそのためではない。それはもっぱら、気圧低下によって、体内に吸収される酸素
 が減るからである。
・大気圧が下がったら、そのぶんだけ吸気中の酸素濃度を高めることによって、酸素分圧
 を維持してやれば、地表と同じ量の酸素呼吸を継続できる。だが、この対応策にも限度
 がある。高度二万メートルになったら、いくら100パーセントの酸素を吸っても、そ
 れを吸収できないために、人間は死にいたらざるをえないのである。
・気圧がそこまで下がると、たとえ酸素吸収ができたとしても、人間はやはり死なざるを
 えない。気圧が下がると、退役が体温で沸騰点に達してしまうからである。気圧がどん
 どん下がると、液体の沸点がどんどん下がり、ついには体温でも体内の水分が沸騰しは
 じまるのである。沸騰とは、液体が気化しガスになることである。体内の水分が水蒸気
 になってしまうのだ。
・人体は一見固体のように見えるが、実は、膜に包まれた液体といったほうが近い存在な
 のである。体内の血液、体液、細胞膜内の水分を合わせると、実に人体の七割は水分で
 ある。これが沸騰し、ガス化したらどうなるか。体内にガスが充満し、口、鼻などから
 ガスが吹き出し、全身が風船玉のように膨れ上がり、やがて破裂して死ぬ。
・もし宇宙船の壁に穴が開いたら、あるいは船外活動中の宇宙飛行士の宇宙服が破けたら、
 これはいつでも起こりうることなのである。まだ、宇宙で死んだ宇宙飛行士はいない。
 これまでにアメリカでは八人、ソ連では四人の宇宙飛行士が事故で死んでいるが、いず
 れも地球上で死んでいる。
・人間の宇宙空間活動が増えていけば、いずれは、宇宙で事故死する宇宙飛行士が出るだ
 ろう。そのとき宇宙飛行士の一番ポピュラーな死に方は、この体液沸騰による破裂死だ
 ろうともいわれるが、宇宙空間は恐るべき寒気が支配している。体液沸騰がはじまる以
 前に、すべてが凍りついてしまうかもしれない。
・宇宙空間それ自体は生命にとってあまりに冷たすぎ、また、太陽輻射はあまりに熱すぎ
 る。どちらも人体がそれに直接さらされたら、即座に死ぬことは必定である。もし大気
 がなければ、昼は灼熱地獄、夜は寒冷地獄となり、人間はとても生きていけない。
・実際、大気がない月ではそのとおりなのだ。月の表面温度は、太陽に直射された部分は
 最高130度にも達するのに対して、裏側の日陰の部分は、最低零下140度にもなる
 のである。
・それに対して地球は、昼は大気の熱吸収によって太陽輻射が和らげられ、夜は大気の保
 温効果によって宇宙空間の冷たさから守られている。だから、地球の上では人間が生き
 ていくことができるのである。
・アポロの月着陸も、この点に気を配って早朝の時間が選ばれた。月でも地球と同じよう
 に、早朝は温度が低く、太陽が昇るに従って暑くなっていく。
・実生活の上においては、いつでも時間は地球から見た天体の運行にその基盤を置いてい
 たし、それはこれからも変わらないだろう。そうでなければ、実用的ではないからであ
 る。
・しかし、一旦地球を離れると、地球時間の地球上における実用性は完全にその意味を失
 う。地球を離れれば、天体の運行は地球からの観測とはちがって見えるからである。そ
 して、宇宙空間の中を動いていれば、天体の運行はその動き故に時々刻々ちがって見え
 てくるのだから、そこに時間の基盤を置くことは意味をなさない。地球時間は宇宙では
 実用的ではないのである。
・地球はこの宇宙においてあまりにローカルな場所である。全宇宙には一千億の銀河系が
 あり、我々の銀河系はその片隅の一つにすぎない。そして我々の太陽は、我が銀河系を
 構成する一千億から二千億の恒星の片隅の一つにすぎない。そして我々の地球は、その
 太陽をめぐる九つの惑星の一つにしかすぎない。
・百七十万年間、地球から一歩も出ることなく育ってしまった人類は、その意識の底の底
 まで、地球的ローカル性によって様式づけられてしまっているから、地球的ローカル生
 がユニバーサルであるといつまでも大半の人は思い込んでいる。
・「上」と「下」とは、地球空間においては、最も基礎的な概念の一つである。だが、宇
 宙空間においては、上も下も存在しないのである。「縦」と「横」という概念にしても
 同じことだ。宇宙空間においては縦も横もない。
・宇宙空間の無重力状態の中では、人間はポッカリ空間の中に浮いており、どの方向にも
 方向づけられていない。 
・宇宙船が地上に置かれているかぎり、床も天井もある。しかし、宇宙空間に出たら床も
 天井もすべての面が同等である。 
・宇宙空間では「近い」、「遠い」は意味を持つが、「高い」、「低い」は意味を持たな
 い。人間は床に立つのではなく、空間に浮かぶのだから、どの壁面も均等に利用できる
 のである。
・上下、縦横、高低、これら宇宙空間で意味を失う概念はすべて、地球の重力に抗して直
 立歩行をする人間が、地球上の重力空間内の方位づけに必要とした概念なのである。

地球は宇宙のオアシス
・現代文化の最大の特徴は、それが科学技術系の文化と、人文系の文化の二つに引き裂か
 れていることにある。どちらの文化の担い手たる知的エリートも、もう一つの文化に関
 しては、ごく少数の例外を除いては、大衆レベルの知識しか持っていないのである。
・NASAは技術系インテリのベスト・アンド。ブライテストを集めた集団であったが、
 彼らの間の人文系の文化に関する知識と関心といったら、せいぜいその辺のハイスクー
 ル卒業生の平均レベルといったところだろう。思想的に深みのある書物を読んだことが
 ある人などというのは、きわめて少ない。彼らの大部分は軍人で、哲学書などは読む暇
 もない人生を送ってきた連中だ。知識はあるが、すべてプラクチカルな知識だ。
・「私がしたことは、ほんの少数の人にしかわからないように、人類史上ではじめてのあ
 る行為をすることだった。ニールは月に世界で最初の一歩をしるした男になったが、私
 は世界で最初に月面上でパンツの中に小便をもらす男となったのだ」(アポロ11号
 バズ・オルドリン
・1962年にマーキュリー7号で、地球軌道に乗った二人目の宇宙飛行士になったスコ
 ット・カーペンター
は、宇宙空間に舞い上がったとき、彼はその美しさに夢中になって
 しまった。地球と宇宙ホタルの美しさに心を奪われ、眺めかつ写真を撮ることに熱中し
 ているうちに、帰る時間がきてしまったのに、それを忘れて、大気圏再突入のための姿
 勢制御操作が少し遅れてしまった。彼は遅れに気づいて、あわてて操作したために、予
 定よりはるかに深い角度で突っ込んでしまった。この失敗のために、彼だけはその後七
 年間もNASAに在籍しながら、ついに二度と飛ばせてもらえなかったのである。
・「宇宙体験をすると、前と同じ人間ではありえない」(アポロ9号シュワイカート
・「行く前は腐った畜生野郎だったが、いまはただの畜生野郎になった」(アポロ14号
 のアラン・シェパード) 
・太陽は地球上の生物にとっては恵みの神であり、太陽エネルギーによってすべての生命
 は存続しているといってもよい。しかし、太陽はそれ自体は、生命にとっては死の神で
 もある。紫外線以上に恐ろしいのは太陽風である。太陽は巨大な核融合炉であるが、放
 射線遮蔽装置などないから、その炉からプラズマが吹き出してきてしまうのである。こ
 の太陽風は、地球磁場がはね返しているために、地表には届かない。
・生命にとって死の神である太陽を、恵みの神に変えているのが、地球環境なのである。
 死の空間である宇宙空間を生命の空間に変えているのは、地球環境なのである。その地
 球環境の主役をつとめているのは、大気と水ある。大気は地球を20キロの厚みで包
 んで保護している。20キロというと、大変な厚みではあるが、地球の大きさに比較す
 るとほんの薄い膜のようなものである。
・人類史上はじめて宇宙空間に出た人間であるソ連のユーリ・ガガーリンの最初の感想が、
 「地球は青かった」であることを多くの人が記憶しているだろう。そして、宇宙飛行士
 たちが宇宙空間から撮ったカラー写真によって、地球が青い天体であることは、いまや
 子供でも知っている。宇宙飛行士たちにいわせると、その青さが、地球をたとえようも
 なく美しく見せるのだという。その美しさが、宇宙飛行士たちに最も大きなショックを
 与えるのである。
・天体としての地球の美しさは、我々も写真で知っているつもりである。しかし、彼らに
 いわせると、写真では、あの美しさは絶対に伝われないという。
・地上から晴れた空を見上げると青く見えるのと同じように、宇宙空間から地球を見ても
 大気圏が青く見えるのである。つまり地球の青さとは、水圏と気圏から構成される生命
 圏の持つ青さなのだ。
・宇宙飛行士たちが地球の美しさをあまりに強烈に感じたのは、地球が見かけ上美しいと
 いうだけでなく、その最も美しく見える部分に自分が所属する生命圏があるのだという
 無意識のうちに認識が大きく働いていたようである。
・「地球は宇宙のオアシスだ」(アポロ10号17号ジーン・サーナン
・宇宙空間には生命のかけらもなく、生命が存在するのは、自分たちがいる宇宙船と、何
 十万キロもかなたに小さく見える青い地球だけなのだ。こことあそこにしか生命はなく、
 両者を取り巻くすべては死の空間という状態に置かれてみれば、自分と地球を結ぶ、切
 っても切れない生命という紐帯の大切さを認識せずにはいられない。
・自分の生命にとっては、地球の生命は唯一のより所なのである。そこに帰還できなけれ
 ば、自分たちは死ぬ以外にはない。
・普通宇宙船で小便をするときは、漏斗状の受け器にペニスを突っ込んで、そのまま船外
 に小便を放出する。船内の気圧が高く船外は真空だから、小便は船外に吸引される。
・宇宙服を着用している場合には、この小便器は使えないので、採尿袋を使用する。これ
 はペニスの先に、逆流防止バルブが付いたコンドーム状のゴムの袋をはめる仕掛けにな
 ている。採尿袋はペニスのサイズによって、大中小の三種類があった。ところが、宇宙
 飛行士の間でも、ペニスの短小コンプレックスが強くあり、みな適正サイズより一つ上
 のサイズを選びたがった。そのため、小便を空中に漏らしてしまった宇宙飛行士が少な
 からずいたということである。
・船外に放出された小便は一瞬のうちに凍結し、無数の水滴になって散乱し、宇宙船の周
 囲にただよう。
・「宇宙船からの眺めの中で、最も美しい眺めの一つが、日暮れ時の小便だ。一回の小便
 で、一千万個くらいの微小な氷の結晶ができる。それが太陽の光を受けてキラキラ七色
 に輝き、えもいわれず美しい。信じがたいほど美しい」(アポロ9号シュワイカート
・実は、これが”宇宙ホタル”なのだ。その正体が小便であることがわかるのは、何回も
 の宇宙飛行を経てからのことである。 
・「地球から離れてみないと、我々が地球で持っているものが何であるか、ほんとのとこ
 ろはよくわからないものだ」(アポロ13号ジム・ラベル) 

<神との邂逅>
伝道者になったアーウィン
・「天には神はいなかった。あたりを一所懸命ぐるぐる見まわしてみたがやはり神は見当
 たらなかった」(ユーリ・ガガーリン
・ガガーリンのこのセリフはアメリカ人大衆に大変なショックを与えた。アメリカでは、
 ガガーリンのセリフとして、「地球は青かった」より、このセリフを記憶している人の
 ほうが多いくらいだ。
・アメリカはキリスト教国であり、大半はクリスチャンである。だから、アメリカ人同士
 が「お前の宗教は何だ」と聞くとき、それは仏教かキリスト教かイスラム教かを聞いて
 いるのではなく、キリスト教の教派を聞いているのである。
ジム・アーウィンアポロ15号)は、宇宙飛行前は、人なみの教会にいくだけの人で
 はあったが、とりわけ信仰心が強いわけではなかったという。ところが、宇宙から帰る
 と、宇宙で、とりわけ月面上で、神の臨在を感じたとして、NASAをやめて、伝道者
 になってしまったのである。
・ジム・アーウィンが月から持ち帰った資料の中で、一番有名なものは”ジェネシス・ロ
 ック”(創世記の岩)
と呼ばれる灰長石のサンプルである。
・月の岩石が大部分玄武岩であることは無人探測によってすでに知られており、月探検の
 前から、地質学者たちは、さまざまのデータをもとに、月面上で発見されるであろう岩
 石、鉱物を予測していた。しかし、灰長石が発見されるだろうと予測した人は誰もいな
 かった。
・灰長石の存在は、月がその創成期に溶融状態にあり、それが冷却していく過程で重い鉱
 物は下に沈み、軽い鉱物が上に浮く形で、分留しながら結晶化していったところを示す
 ものと解釈された。
・この灰長石が”ジェネシス・ロック”と呼ばれる所以は、分析の結果、この石が46億年
 前のものであることが判明したことにある。
・地球はいつできたのか。太陽系はいつできたのか。正確には誰も答えられないが、いま
 のところ、地質学的分析、隕石の分析などから、46億年前と推定されている。しかし、
 地球には風化作用があるため、地球創成期のものと目される岩石はまだ発見されておら
 ず、これまで地球上で発見された一番古い岩石は、34億年前のものだった。だから、
 地球を含めて太陽系の天体が46億年前に一度にできあがったという説は仮説の域にと
 どまっていたのである。しかし、月で46億年前の岩石が発見されたことから、いまで
 はこの仮説がおそらく最も正しいだろうと広く支持されるようになった。
・アーウィンは、自分がその石を発見できたのは、神の導きによってであったと思ってい
 る。 
 「この石が、この石だけはほこりもかぶらずに、ちょこんと乗っていた。まるで、”私
 はここにいます。さあ取ってください”と、その石が我々に語りかけているように見え
 た」
・彼は宇宙で、月で、神がすぐそこに臨在していることを実感して回心し、もともと洗礼
 を受けたクリスチャンではあったが、月から帰ると、もう一度洗礼を受け直し、自分の
 残りの人生を神に捧げることを誓ったのである。
・実は、彼は1972年に日本にもきたことがあるのだが、バプティストの教会や学校を
 まわっただけで、あまり一般には知られずに終わっている。
 
宇宙飛行士の家庭生活
・アメリカには、あらゆる国から移民が流れ込んできたため、キリスト教のあらゆる教派
 がある。それだけでなく、アメリカで生まれた教派が沢山あるため、世界一教派が入り
 組んでいる。信者が五万人以上の教派教団だけで八十三ある。
・統計上ではカトリックが信者数約五千万人で一番多いことになっているが、カトリック
 の場合は、洗礼を授けた者をすべて信者にかぞえ、かつ、プロテスタントが否定する幼
 児洗礼をおこなっていから、赤ん坊まで信者の数に入っている。
・一般的には、大ざっぱな表現だが、アメリカ人の六割がクリスチャンで、その六割がプ
 ロテスタント、そして、プロテスタントの六割は、”メインライン”とよばれる主流派
 の教派に属しているといわれる。
・よく、アメリカのエリートの条件として、WASPでなければならないことがあげられ、
 WASPのPはプロテスタントのPであると説明される。しかし、WASPのPはプロ
 テスタントであれば何でもよいのかというと、そうではなく、メインラインのプロテス
 タントであることが必要なのである。
・メインラインがなぜメインラインたりえたかというと、移民の国アメリカでは、早く移
 民した者ほど早く成功し、社会の上層部を占めていったからである。
・宗教はキリスト教にかぎらず、その創立期には熱が入った信仰を獲得するが、やがて教
 派が大きくなり教団の官僚的組織ができたりすると、日常的ないいかげんな信仰の上に
 教団も安住することになる。そこにやがて、ほんとの信仰はこんないいかげんなもので
 はないと説く人があらわれて、信仰復興運動を起こす。これがリバイバル運動である。
・宇宙飛行士は家庭をかえりみる暇がない。まず勉強が大変である。天文学、航空工学、
 航空力学、ロケット推進、コンピュータ、通信工学、数学、地理、宇宙空間物理学など
 な、それぞれの科目をトップクラスの学者が、セミナー形式で教える。
・一般的な学習が終わると、今度は、一人一人宇宙飛行の技術課題をふりあてられて、そ
 の専門家になることが要求される。  
・さらに、肉体的な訓練がある。
・こういう生活であるから、なかなか家に帰れない。帰ったとしても、疲れきっていて家
 族の相手をしている暇がない。帰ったら寝る、起きたら出かけるという生活である。日
 本のモーレツサラリーマンの中にはこれと同じようなタイプの家庭生活を送っている人
 が少なくないが、アメリカでは稀である。
・アメリカ人女性はこういう家庭生活に慣れていないから、家庭崩壊の原因になる。宇宙
 大変のある41人の宇宙飛行士のうち、結局、7人が離婚している。家庭生活も含めて、
 模範的なアメリカ人たるべく選ばれた宇宙飛行士の中で、これだけ高率の離婚があった
 というのは、驚くべきことだ。
・メインラインの教派では、理神論的傾向が強く、聖書に書かれていることを何から何ま
 で信じているわけではない。いや、それどころでなく、実をいうと、神の存在する信じ
 ていない教徒が沢山いるのだ。アメリカ人のキリスト教信仰は、日本人が一般にこれが
 キリスト教と想像しているような信仰とはかなりかけ離れているのである。
・メインラインでは最大の教派であるメソディストの場合、神の存在を信ずる者60パー
 セント、イエスを神の子と信じる者54パーセントしかなかったのである。

神秘体験と切手事件
・ペニスを採尿器にはめ、宇宙服用下着を身につけてから宇宙服を着る。ここから100
 パーセントの酸素を吸いはじめる。少なくとも出発三時間前から100パーセントの酸
 素を呼吸し、血液中に溶け込んでいる窒素を全部追い出してしまうことが必要なのだ。
 宇宙船に乗り込んで気圧が下がったときに、窒素が残っていると、それが気化して血液
 中に気泡が生じるからである。
・司令船に乗り込んでから二時間、宇宙飛行士は何もすることがない。ロケットの上で、
 足を上にあげたまま仰向けに寝ているだけなのである。打ち上げる側はてんてこまいの
 忙しさだが、打ち上げられる側は何もすることがないのだ。そのうち小便がしたくなる。
 もう三時間も小便をしていないのだ。赤ん坊がおむつを取り換えられるときのような姿
 勢で小便をするのは容易なことではない。しかし、こういう姿勢で小便をすることも、
 宇宙飛行士の訓練の中には入っているので、さしたる困難もなく小便をする。
・ロケットが点火され、火を吹きはじめる。外では、火焔と煙にロケットが包まれ大爆発
 が起きたかのように、すさまじい轟音がとどろきわたるが、ロケットの内部は意外に静
 かだし、外は何も見えない。
・打ち上げ時には、司令船の窓はふさがれているのである。実はロケットの最上部に、も
 う一つの小さなロケットが付いている。打ち上げ時に、もし何らかの事故が起きて、宇
 宙飛行士が脱出しなければ危険だということになった場合、このロケットが火を噴き、
 司令船の部分だけをメイン・ロケットから引きはがして、それをかかえたまま別の方向
 に飛び、パラシュートで降下するという仕掛けになっている。
・この非常用ロケットが点火すると、その火焔がちょうど司令船の窓に吹きつけることに
 なる。そこで、非常用ロケットが万が一必要になるかもしれない間だけは、司令船の窓
 は保護版でおおわれているのである。だから、高度一万五千フィートに達し、保護版が
 外されるまでは、宇宙飛行士は何も見ることができない。
・高度一万五千フィートに達し、保護版が外されても、ロケットはまだ猛烈な速度で上昇
 中で、宇宙飛行士たちは前と同じ姿勢のまま、4Gの加速度で座席に押し付けられてい
 る。だから、窓から見えるのは、上空だけである。ロケットが地球軌道に乗り、姿勢を
 水平方向に変えるまでは、宇宙飛行士に見えるのは空だけなのだ。
・つまり、宇宙飛行士たちは、途中のプロセスを一切抜きにして、突然、地球軌道上から
 宇宙を見るのである。ほんの数十分前までは地上にいたというのに、もう宇宙から地球
 を見ているのである。
・発射後四時間ほどを経過し、もう地球からは一万キロ以上離れていた。窓から地球を見
 ると、それはもう一つの球体に見えた。暗黒の宇宙を背景に、太陽の光を受けて、まん
 丸に輝いて見えた。これは満月ではなく、満地球だと思った。巨大な地球儀を見るよう
 に、大陸や島を一つ一つ見分けることができた。
オルドリンは、宇宙飛行中に、ピカッと一瞬間だけ光る閃光を何度か見たと報告した。
 アームストロングも沢山見たと答えている。
・結局、原因は不明だが、錯覚ではなく客観的に存在する現象であることは確かだろうと
 いうことになった。  
・月の色は鉛色だった。その中で、山や、海や、クレーターや、谷が驚くべく巨大なパノ
 ラマをくり広げていく。月は地球よりはるかに小さいのに、一つ一つの造作が大きいの
 である。クレーターの大きなものは、日本列島を横にまたぐくらい大きいし、富士山よ
 り大きな山はいくらもある。グランドキャニオンより大きな谷もある。そして、そこに
 は生命のかけらも観察することができない。何の動きもない。動くものは一切ないのだ。
 生命という観点からは全くの無である。完璧な不毛としかいいようがない。人を身ぶる
 いさせるほど荒涼索漠としている。しかし、それにもかかわらず、人を打ちのめすよう
 な荘厳さ、美しさがあった。
アーウィンは、口もきけずにその光景に見入っていた。そして、ここには神がいると感
 じた。月の上に神がいるというのではない。ここには神がいると感じたのだ。自分のす
 ぐそばにかみの存在を感じたのである。
・地球を離れて、はじめて丸ごとの地球を一つの球体として見たとき、それはバスケット
 ボールくらいの大きさだった。それが離れるに従って、野球のボールくらいになり、ゴ
 ルフボールくらいになり、ついに月からはマーブルの大きさになってしまった。はじめ
 はその美しさ、生命感に目を奪われていたが、やがて、その弱々しさ、もろさを感じる
 ようになる。感動する。宇宙の暗黒の中の小さな青い宝石。それが地球だ。
・地球の美しさは、そこに、そこだけに生命があることからくるのだろう。自分がここに
 生きている。はるかかたなに地球がポツンと生きている。他にはどこにも生命がない。
・これこそ神の恩寵だということが何の説明もなしに実感できるのだ。神の恩寵なしには
 我々の存在そのものがありえないということが疑問の余地なくわかるのだ。
・切手事件とは、スコットとアーウィンが宇宙旅行記念切手を貼った封筒六百五十枚を月
 まで持参して、月の上でそれに消印を押して帰ってきたという事件である。消印だけで
 なく、スコット、アーウィン、ウォーデンのサインも入っていた。切手収集家の間で、
 引っ張りだこになることはまちがいなかった。
・切手を月に持参するのは、アポロ15号にはじまったことではない。アポロ11号から
 毎回おこなわれていた。そもそもそのはじまりは、ディック・ゴードン(アポロ12号
 の妻のバーバラが切手収集家だったことからはじまる。アポロ計画以前から宇宙飛行士
 の記念切手が出ると、それを大量に購入して、封筒に貼り、宇宙飛行士のサインを貰う
 のを常としていた。
・アーウィンたちが持参した六百五十通のうち大半はバーバラなど知人から義理で頼まれ
 たものや、自分たちが記念ないし、将来の値上がりを見越して保存しておくためのもの
 だったが、うち百通は西ドイツの切手業者から一人八千ドルの謝礼で依頼されたものだ
 った。
・三人は、それをアポロ計画が終わるまでは市場に出さないという約束のもとに引き受け
 たのだが、実際には、それから間もなく一通1千五百ドルで売り出されてしまった。
 これがマスコミに報道され、やがて、ことの全貌が明るみに出て、一大スキャンダルに
 なった。
・切手の他に、あるメダル会社が、宇宙飛行士に百枚の英ポンド銀貨を月に持参していっ
 てもらい、うち五十枚は謝礼に与え、五十枚は返してもらい、その五十枚を鋳造し直し
 て実に十三万枚のメダルを作って儲けるという事件もあった。
・スコットはこういうスキャンダルの中心人物になってしまったので、大将になるべきキ
 ャリアを棒にふってしまったのである。 
・宇宙体験といっても、地球軌道をまわるだけの体験と、月にいく体験とは、まるでちが
 う。地球軌道からは、宇宙内存在としての地球をほんとうには見ることができない。地
 球軌道は地球の一部だからだ。地球軌道からは地球が圧倒するような大きさで見える。
 しかし、月からは地球がマーブルの大きさせで暗黒の宇宙の中に浮かんで見える。この
 ちがいは決定的なものだ。
・結局、宇宙飛行士たちは、それぞれに独特の体験をしたから、独特の精神的インパクト
 を受けた。共通していえることは、すべての人がより広い視野のもとに世界を見るよう
 になり、新しいヴィジョンを獲得したということだ。
・いまの超大国の軍事的対立をとても悲しいことだと思うようになった。ソ連の脅威とい
 うが、ソ連もアメリカの脅威を感じている。お互いに脅威を与え合うというこの関係の
 底にあるのは、結局のところ観念的対立なのだ。世界中の不幸な人々を全部救済してあ
 まりあるような巨額の資金を投じて、お互いに殺し合う準備を無限に積み重ねていると
 いうこの現実は悲しむべきことだ。
・宇宙飛行士は、自分たちが宇宙で得た新しいヴィジョン、新しい世界認識を全人類にわ
 かち与えるべき責任があると思う。我々が宇宙から見た地球のイメージ、全人類共有の
 宇宙船地球号の真の姿を伝え、人間精神をより高次の段階に導いていかねば、地球号を
 操縦しそこなって、人類は滅んでいく。人間はみな同じ地球人なんだ。国がちがい、種
 族がちがい、肌の色がちがっていようと、みんな同じ地球人なんだ。
・宇宙空間から地球の姿を見たとき、この地球が宇宙において全く特別の存在であること
 がどう否定しようもなくわかった。地球と、地球以外の宇宙のすべてとは、全く別物な
 のだ。その否定しがたい事実が目の前に突きつけられる。そのとき、これは神の直接の
 創造物以外ではありえないと思った。
・天文学が進歩し、宇宙の遠いかなたの情報が沢山入るようになって、より一層たしかに
 わかったきたことは、この広い宇宙のどこにも地球以外には生命がないということだ。
 我々はこの広い宇宙の中で全く孤独なのだ。この地球にだけ神の手が働き、我々が創造
 されて生きているのだということは疑問の余地がない。これほど見事な、美しい、完璧
 なものを神以外に作ることはできない。
 
<狂気と情事>
宇宙体験を語らないオルドリン
オルドリンの父親はスタンダード・オイルの重役で、自分で飛行機を操縦してあちこち
 飛び回る”空飛ぶ重役”のはしり的存在だった。
・オルドリンはアメリカのエスタブリッシュメントの中核をなすエリートの家庭に生まれ
 育ったわけである。家には料理担当の女中と家事担当の女中と二人の女中がいるくらい
 豊かな家庭だったから、少年時代も恵まれた生活だった
・十九歳のとき、メキシコ国境の基地に実習訓練にいかされ、そのとき級友たちとメキシ
 コに行って女を買い、初体験をすませる。
・オルドリンは、ローズ奨学生に応募して落ち、初めての挫折を経験。国語の成績が悪す
 ぎたことが原因らしい。もう一度応募するが、またも同じ原因で失敗している。とにか
 く彼は、極端に言語能力が不足しているのである。
・占領行政の実習で、東京を訪問するが、訪問した翌日に朝鮮戦争が勃発。すぐに帰米す
 る。
・1959年にオルドリンは父の母校であるMITに進学した。
・レーダーとコンピュータを連動させて、ランデブーを自動的におこなう技術はすでに開
 発されていた。オルドリンがMITで研究したのは、レーダーとコンピュータが故障し
 た場合に、目視と手動でランデブーを可能にさせる手法である。
・宇宙でランデブーを実現するには、飛行機が編隊を組むのとちがって簡単にはいかない。 
 たとえば、地球軌道上で、ランデブー目標を発見し、それに追いつこうと思ってロケッ
 トを噴射すると、そのとたんに軌道自体が変化してしまって追いつけないということが
 起こる。地球軌道上では、速度の変化が軌道の変化をもたらい、軌道の変化は速度の変
 化をもたらすのである。だから、ランデブーには複雑な計算と手順が必要となる。オル
 ドリンは、これを目視や手動でやるための手法を開発して、それを一連のチャートに仕
 上げていた。
・しかし、これかでは一度もそれを利用する機会がなかった。だが、オルドリンが乗った
 ジェミニ12号ではレーダーが故障して作動しなかったのである。オルドリンは自分の
 チャートを取り出して、レーダーとコンピュータの助けなしで見事にランデブーとドッ
 キングをやってのけてみせた。
・それまでオルドリンが自分の理論を仲間の宇宙飛行士に説明しても、なかなか耳を傾け
 てもらえないでいた。というのは、宇宙飛行士といっても、他の人々はそれほど高度な
 宇宙飛行の理論に根本的に通じているわけではない。宇宙船のオペレーターとして必要
 な限度での知識しか持っていない。
・しかしオルドリンは、オペレーターでは満足しない人だった。自分でシステムを設計し
 プロブラムできるひとだった。だいたいコンピュータは無謬ではないから、いつ誤りを
 起こすかしれない。誤りを起こしても、起こしたときにそれが誤りと知り、それを正し
 うるだけの知識を持つことが宇宙飛行士には必要だというのが彼の主張だった。しかし、
 そこまで理論に通堯していない人が大部分だったから、彼の主張はけむたがられた。
 彼の頭脳がズバ抜けていたために、仲間から充分理解されず、孤立していた。
・オルドリンがアポロ11号の乗組員に選ばれたのも、このジェミニ12号における劇的
 な成功がもとになっている。オルドリンを乗組員として持つことは、バックアップ・コ
 ンピュータをもう一台持っているようなものなのだ。
・アポロ11号の月着陸船パイロットに選ばれたオルドリンは、自分が人類で最初に月面
 に第一歩をしるす男に選ばれたのだと思い込んだ。なぜなら、それまでの宇宙飛行では、
 船外活動がおこなわれるときは、必ず船長が中に残り、乗組員のほうが外に出たからで
 ある。
・しかし今回は、船長のアームストロングが先に出て、月面に歴史的第一歩をしるす男に
 なるらしいというウワサが耳に入る。オルドリンはこの話を聞いてカッとなり、彼一流
 の直接行動に出る。オルドリンはNASAのアポロ計画局長のところまで掛け合いにい
 くが、結局アームストロングに決まってしまう。
・アポロ11号の乗組員に決定したときから、自分が月に歴史的第一歩をしるすのだとの
 思い込みが激しかったために、これは彼のプライドを著しく傷つけた。
・オルドリンという男、数学的頭脳は抜群のものを持ちながら、むきだしの競争心、臆面
 もない自己中心主義、女々しいこだわりなど、どうも人間的には欠陥があって、人には
 好かれないタイプらしい。
・オルドリンは、これから自分は何をすればよいかを考えた。MIT時代を含めて過去八
 年間の人生はすべて宇宙飛行のためにあった。宇宙飛行の頂点である月へいくことに人
 生を賭け、それを実現した。あらゆる競争に勝ち、人類最初の月着陸船に乗ることがで
 きた。月にいってからどいするか。そんなことはこれまで考えてみたこともなかった。
 月へいくという目的しか頭になかったのである。その目的が果たされてみると、何をし
 てよいのかわからなくなった。オルドリンはこのとき三十九歳だった。まだ人生の半分
 もきていない。人生の半分もこないうちに、自分の人生の目的を果たしてしまったので
 ある。
・これからは何をなすべきかをまず考えなければならない。それはオルドリンが苦手とす
 ることだった。解決すべき問題が目の前に与えられれば、そしてとりわけそれが数学的
 に解ける問題であれば、彼はどんな問題でも解いてみせる自信があった。しかし、いま
 自分が置かれているシチュエーションは、問題を解くことではなく、新しい問題を作る
 ことだった。新しい人生の目標を設定することだった。

苦痛の祝賀行事
・宇宙飛行から帰還すると、宇宙飛行士たちは、全米各地を訪問して、祝賀パレード、祝
 賀パーティーをくり広げるが恒例としていた。人類初の月着陸をなしとげたアポロ11
 号の場合、それはこれまでにない規模でおこなわれることになった。全米はもとより、
 世界中を訪問する予定ができあがっていた。
・オルドリンにとって恐怖だったのは、スピーチである。日常生活においてすら、言語表
 現能力が不足しているためにしばしば人間関係をまずくしているオルドリンにとって、
 晴れがましい席でスピーチをするなどということは、身ぶるいするほど恐ろしいことだ
 った。
・何を話すべきか考えメモしていくうちにたちまちノート一冊が一杯になってしまう。そ
 れを三分間スピーチにまとめるにはどうすればよいのか。毎日うなりながら考えつづけ、
 またクズかごを神の山にする。
・妻のジョーンは、そんなに悩むなら、NASAにはスピーチライターがちゃんといるの
 だから草稿を作ってもらって、それを読んだらと進言する。
 実は、ジョーン自身がNASAのスピーチライターの仕事をしていたことがあるのだ。
・そこでオルドリンもプライドを捨てて、彼女の助けを借りることにする。こういうこと
 をしゃべりたいのだと、まず彼女の語ってきかせ、彼女がそれを文章にしてみる。それ
 にオルドリンが手を入れるということをしたのである。しかし、やってみると彼女の書
 いたものに不満で全面的に書き直すことになる。それでもまだ不満で、もう一度やって
 みようということになる。このくり返しで、二週間七転八倒するのである。
・コンピュータのソフトウェアを書かせたら、天才的な発想でユニークなものがスラスラ
 書ける男が、スピーチとなると、二週間汗を流してこんなものしか書けないというとこ
 ろが面白い。
・オルドリンは、宇宙飛行士仲間からも、もともと少し変わった男と見られていた。社会
 的常識においてちょっと欠けているところがあったのである。
・彼の頭は、いつも目の前の現実には無頓着に働いていた。目の前に人がいても、本質的
 には一人でいるのと同じだった。 
・オルドリは人と接するのが苦手だった。社交性はゼロに近かった。自分を知り自分を認
 めてくれる人々からなる閉鎖的な社会においてはうまくやっていくことができたが、初
 対面の相手とか、不特定多数の人々を前にすると、どうふるまってよいのかわからなか
 った。
・毎日のように、人前に出てスピーチをしたり、愛想をふりまきながら社交的会話をした
 り、握手したり、サインをしたり、テレビ・カメラや大群衆の注視を浴びつづけたりと
 いう生活を送らなければならなかった。これは彼には苦行に等しかった。
・こういう生活が、この先二年間にもわたってつづいたのである。内向型のオルドリンに
 はたまらない生活だった。 
・飛行機を降りた瞬間から、飛行機に乗り込むまで、オルドリンたちは人波にもまれつづ
 けなければならなかった。 オルドリンはメキシコで目まいと吐き気に襲われ、精神安
 定剤を服用しなければならなかった。結局、これ以降、工程の終わりに近いタイにいた
 るまで、オルドリンは毎日それを服用する。しかし、この薬を飲むと、その副作用でノ
 ドがかわき、口の中が乾燥した感じで、しゃべるのが苦痛になった。苦手のスピーチが
 一層いやになった。
・世の中には、外交辞令というものがある。たいていの人なら、それが厳密には正しくな
 くても、妥協するだろう。しかし、オルドリンはそれができない人だった。オルドリン
 が世の中とうまくいかなくなる原因の一つはここにある。彼にとってあるべき世界は、
 ことが数学的厳密さで正確に進行していく世界だった。
・その意味で宇宙飛行は、正に彼の理想の世界だったといえるだろう。しかし、現実の一
 般社会においては、宇宙飛行とは正反対に、何事も厳密には正しくは進行していかない。
 しょっちゅう手違いが起こり、誤りが起こる。しれにいちいち腹を立てていては神経が
 まいるだけである。
・毎朝早く出発し、夜遅くまでスケジュールをこなす。気候が次々に変化し、時差がある
 ので、夜もよく眠れないし、体調が狂う。妻のジョーンなどは、途中から何を食べても、
 もどしてしまうようになった。それでも毎日毎日、王様やら大統領やら首相やらに会い
 つづけなければならない。ヨーロッパをすぎると、三人ともすっかり疲れきって、夜ホ
 テルに戻ると、自分がいまいる町の名はもちろん、国の名もこんがらがってわからなく
 なったという。
・オルドリン夫婦は、二人とも体調をくずし、精神的に疲労していたので、ホテルの部屋
 で二人きりになると、ともすれば、とげとげしいやりとりでケンカになり、離婚するこ
 とまで話し合った。
・月から帰れば、ノーマルは生活に戻ることができると思っていたのに、宇宙飛行の前よ
 りもっとひどい変速的な生活になってしまったのがジョーンにはやりきれなかった。
・とにもかくにも、精神安定剤の力を借りてなんとか無事に世界神前旅行を終えると、コ
 リンズはNASAから国務省に身分を移し、広報担当国務次官補の肩書きを貰って、こ
 の仕事を継続することになる。アームストロングは、このあと一年あまりNASAにと
 どまってから退職し、シンシナティ大学工学部の教授におさまった。それ以後は、マス
 コミを避け、その他あらゆる形で公衆の前に出ることを避け、象牙の塔の中に閉じこも
 っている。
・オルドリンはNASAに戻っても、少なくとも毎週一回は全米各地のどこかで何らかの
 集会によばれて、スピーチをしたり、カーティーに出たり、サインをしたりということ
 をやらされつづけた。
・この間、一つだけオルドリンが自ら意欲を燃やして取り込んだ仕事がある。それは学生
 との対話である。時代の折から、世界的に”学生の叛乱”と呼ばれる現象が燃え広がっ
 ていたときである。
・オルドリンは国語が弱いだけでなく、社会にも弱かった。これまで社会現象に関心を寄
 せるなどということは、ほとんどなかった人である。それが学生問題に関心を寄せたの
 は、ミルウォーキーの大学に、例によってNASAのPRのために、スピーチに出かけ
 ていったとき、一群の学生たちから、トマトを雨のように投げつけられたからだった。
・月探検の成功は、全人類の勝利であり、全人類が喜ぶべきことではないにか。それなの
 に、なぜ学生たちは自分たちを憎むのか。
・現に戦争がおこなわれ、飢えている人がいるというのに、たった三人の男を月に送るの
 に何億ドルもの金を使うのはけしからんという考えには、それなりに一理はある。しか
 し、だからといって、月探検は無意味だったのか。それにかけられた費用は単なる浪費
 だったのか。社会全体、文明全体のことを考えれば、決してそうはいえないはずだ。
・全米から学生の代表を集めて、彼らにいいたいことを何でもいわせてやろう。そして、
 大人の側の有識者をそこに共に集めて、対話をさせ、世代間の相互理解をはかれば、学
 生たちに フラストレーションは解消するのではないか。オルドリンはこう考えた。
・この集会は何の実りももたらさずに終わった。学生たちは、すべての成人代表をバカに
 しきっていて、彼らの意見のすべてを批判し、嘲笑し、対話など全く成立しなかったか
 らだ。
・オルドリンはこれを見ながら、呆然としていた。彼にとっては、これが政治的世界の初
 体験だった。彼は政治というものに全く無知だった。彼がそれまでなじんでいた世界は、
 問題には解があり、しかもその解は原則として一義的に決まるべきはずのものであった。
 従って、ある問題の解に関して異見があったとしても、それらをつき合わせてみれば、
 自然に正しい解に向って異見は収斂していくはずだった。
・しかし、政治の世界においては、解がない問題もあるし、それぞれそれなりに正しい多
 くの解が並存する問題もある。目の前にくり広げられている激論がそれだった。
・全員がそれなりのロジックをもって自分たちの主張を展開し、聞いているとそれなりに
 正しく聞えるのだった。そして、学生代表たちの討論は、相手を論破することが目的で、
 話し合いを通じて何らかのコンセンサスを得ようということではなかった。
・オルドリンは、こういう場を設けてやれば、話し合いを通じて問題解決の糸口が発見さ
 れていくだろうという自分の考えが、現実の政治の世界では、いかにナイーブなもので
 あったかを思い知らされた。単なる善意は何の役にも立たないのだった。
・月から帰り、国民的英雄ともははやされる中で、自分のこういうことにも一役かえるの
 ではないかと、いわば善意の思い上がりが生じたのだろう。だが、結果は無惨だった。
 オルドリンは領域ちがいの場面では、自分が全く無力であることを思い知らされた。
・新しい人生の目標が設定できないで悩んでいるところに、当座の目標として、学生問題
 の調停ということをかかげてみたのだが、それがこうして失敗に終わったいま、彼は再
 び目標喪失状態の中で、精神的に落ち込んでいった。
・オルドリンは自分が見捨てられたような気持ちになった。なんともいえぬもの悲しさに
 襲われ、ついにある日、朝起きても、ベッドから出る気力がなく、そのまま終日ベッド
 の中にいた。それから一週間、ほとんどベッドから離れず、ベッドから離れたときはテ
 レビを黙って見ているだけで、家族とも口をきかないという状態がつづいた。
・なぜ悲しいのかわからなかったが、とにかく悲しかった。自分はダメな人間だ。自分に
 は何の価値もない。自分は世の中から見捨てられている。誰も自分をかまってくれない。
 生きていてもいいことなんか何もない。何にもかも絶望だ。典型的なうつ病の症状であ
 る。

マリアンヌとの情事
・NASAからの指示で、ニューヨークの上流階級のある豪華なパーティーに出席するこ
 とを命ぜられたオルドリンは、そこでマリアンヌという魅力的な離婚歴のある金持ちの
 女性と出会い、その夜のうちに口説き落とすことに成功した。
・宇宙飛行士は女性には人気があった。宇宙飛行士に一声かけられたらいつでもベッドを
 供にするという女たちが無数にいた。ロック歌手の尻について歩き、声がかかるのを待
 つグルーピーのように、宇宙飛行士たちにもグルーピーが存在した。
・このグルーピーの女性たちは、何とかして宇宙飛行士と関係を持とうと、必死になって
 いるのだった。宇宙飛行士のほうでも、男ざかりの身で家庭から長期間遠ざかっている
 という状況にある。魚心あれば水心で、グルーピーの女達に手をつける例が多かった。
・宇宙飛行士たちの情事の相手は、グルーピーだけではなかった。どこにいっても彼らは
 もてたから、その気になりさえすれば、いたるところにチャンスはあった。そして、ご
 くひと握りの貞操堅固な宇宙飛行士を除いては、そのチャンスを利用して多かれ少なか
 れ情事を体験していた。特に、家庭が不和な宇宙飛行士は例外なくそうだった。
・オルドリンもその例にもれなかった。だから、女が苦手のオルドリンにとっても、マリ
 アンヌが最初の情事の相手というわけではなかった。だが、マリアンヌとは、はじめか
 ら一夜の情事の相手以上のものを感じていた。
・オルドリンはありとあらゆる口実をもうけては、ニューヨークに出かけていって、マリ
 アンヌに会うようになった。そのうち、妻のジョーンも何かおかしいと感づいて問い詰
 めてきたことがあったが、ウソをついて切り抜けた。
・だが罪の意識はあった。しかし、自分の意志ではやめられないから、誰かにとめてもら
 いたい、と望んで、告白の相手を探した。結局、告白の相手として選んだのは、週二回
 通うようになっていた心理学のカウンセラーだった。
・すべてを告白し終わり、カウンセラーが、そんな情事からすぐに足を洗えと忠告してく
 れるのかと思っていたら、予期に反して、「あなたも並みの男だということですよ」と、
 そのことで深刻にならないようにと忠告してくれただけだった。そして、トラブルを避
 けるために奥さんに知られないようにとも忠告した。ブレーキをかけてもらうつもりだ
 ったのに、ブレーキを踏んでくれないのだった。
・マリアンヌとの情事は、精神的な悩みの種ではあったが、同時に、恋愛の持つ精神作用
 の一つとして、彼の意識を高揚させてもいた。つい一カ月前のうつ病の発作がまるでウ
 ソのように、彼は浮き浮きした日々を送っていた。だが、それは恋愛によって病気の進
 行がくいとめられたというわけではなかった。
・ほどなくしてうつ病が悪化した。気分が落ち込むどころか、日々に絶望感にさいなまれ
 るようになった。カウンセラーがついにサジを投げて、あなたにはもう精神科医が必要
 だ、カウンセリングだけではどうにもならないといいだしたのである。
・医者は抗うつ剤を処方してくれた。リタリン錠を毎日一錠。うつ病には、薬物療法がき
 く。それで、とりあえず持ち直した。
・症状が悪化した。眠るのが恐くなって、夜眠れなくなったのである。目をつぶると、何
 か恐ろしいことが起きるような気がして目をつぶれない。暗闇が恐い。電燈をつけたま
 ま、目を見開いてじっとしたまま朝まで一睡もしないという日もあった。眠りという、
 意識が覚醒していない状態におちいることが不安だった。
・その一方で、意識が覚醒しつづけるおとも耐え難かった。眠りに入らずに、しかもこの
 意識状態から離れたいと狂おしく願った。うつ病患者の自殺率はきわめて高い。このと
 きオルドリンは、自殺衝動を起こすにきわめて近いところまできていたといってよい。
・肉体的にも変調がはじまっていた。首がいたくて曲がらない。左手の指先がしびれて、
 感覚がなくなってきた。もうだめだ。これ以上は耐えられない。自分のキャリアがどう
 なってもいい。とにかく医者が必要だ。
・ついに基地の軍医にすべてを打ち明けた。軍医は、すぐに専門医に診てもらうべきだと
 いい、空軍では最高の専門医にその場で電話をかけて、診察の予約をとってくれた。 
・軍医は異常に気がついた。オルドリンの話が次第に支離滅裂になり、やがて正常にこと
 ばがしゃべれなくなってきた。目はうつろで、身体も緩慢にしか動かなかった。オルド
 リンの精神は完全に狂っていた。
・オルドリンは、約一カ月間空軍病院に入院させられ、その間、薬物療法、心理療法、精
 神分析療法を平行して受けさせられた。 
・何がオルドリンを発狂させたのか。オルドリンの場合にかぎらず、精神病の病因はとん
 とのところは誰にもわからないというのが正しく、病因とされるものは、いずれも仮説
 の域を出ない。
・一般的に精神病は、遺伝的素質によるところが大きい。オルドリンの場合にもそれがあ
 った。オルドリンの母方の祖父は、うつ病がこうじて自殺している。そして、オルドリ
 ンの母親もまた晩年になってうつ病が発病し、あるとき睡眠薬を飲み過ぎて病院にかつ
 ぎこまれた。そのときは助かったが、その後もう一度同じことをくり返し、今度は助か
 らなかった。
・オルドリンの父親はアメリカン・エスタブリッシュメントのエリートである。この父親
 の末っ子の一人息子として生まれたオルドリンは、子供のときから女ばかりの家庭にあ
 って特別扱いされ、過剰な期待がかけられた。オルドリンが小さいときから、父親はい
 つも息子に何らかの目標を与え、それを達成するとほけてやり、さらに高次の目標を与
 えるという育て方をした。目標はいつも父親から与えられ、オルドリンがなすべきこと
 は、与えられた目標を頑張って達成することだった。この過程がくり返される中で、オ
 ルドリンは自分で自分の人生の目的を作り出す能力を失っていった。
・オルドリンは四十歳をすぎるまで、いつでも人生の重要な選択にあたっては父の異見を
 求め、父の意見に従った。オルドリンにとって父親はいくつになっても凌駕できない、
 大き過ぎる存在だったのである。
・オルドリンの父は、目標を単に達成するだけでなく、一番になることを求めた。子供の
 ときにいかされた夏期キャンプは、子供に徹底的な競争心を植え付けさせることで有名
 なキャンプだった。キャンプ生活のすべてが競争によって成り立っており、”敗者には
 何もやるな”の原則が貫かれていた。勝者はいつもほめられ、敗者はいつも罵倒された。
・こうして、子供のときからつちかわれた競争心が、宇宙飛行士になったときに、何をお
 いても月への一番乗りをめざすという形であらわれた。しかし、自分が人類最初の男に
 決まったと思い、喜びにひたっているときに、実は一番目ではなく二番目の男であるこ
 とを知らされたのである。その挫折感は異常なほど大きかった。
・精神分析療法を受けながら、オルドリンは二つのことを決心した。一つは、父親の束縛
 を断ち切ることである。父親の設定した人生目標から自分を切り離すことである。その
 ためには、空軍を退役しようと決心する。もう一つは、妻との離婚である。
・二人とも泣きながら、結婚記念日の祝いの席で離婚に合意した。オルドリンは話し合い
 がもめないですんだので、内心ほっとした。しかし、その翌日である。妻のジョーンが、
 ところであなたは、私と別れたあとどうするの、とたずねた。オルドリンは、そこでは
 じめてマリアンのとのことを告白した。そのとたんジョーンの顔色が変わった。いやよ、
 そんなの。許せないわ。他の女と結婚するですって。いやよ、私は絶対別れませんから
 ね。それからすさまじいケンカが続いた。前夜の離婚の合意は影も形もなくなっていた。
・オルドリンのほうでは、ジョーンが何というおうと別れるつもりだった。一カ月あれば、
 どちらも成功すると思い込んでいた。しかし、まずマリアンヌを口説き落とすのに失敗
 した。競争相手を失ったジョーンは、離婚に異議をとなえなくなったが、今度はオルド
 リンのほうでもあわてて離婚する理由はなくなった。しかし、結局はうまくいかず、数
 年後に二人は離婚した。
・1972年に空軍から退役したオルドリンは、科学技術コンサルタント業を営んで今日
 にいたっているが、うつ病が完治したとはいえず、抗うつ剤と医者とアルコールの力を
 借りながら、努めて余計な対人接触を避け、静かに暮らしている。

<政治とビジネス>
英雄グレインとドン・ファン・スワイガート
・オルドリンは、地球への帰還後、国民的英雄という新状況にうまく適応することができ
 なかった。彼の狂気の一因は、その不適応にあったということができるだろう。
・それと対照的だったのが、ジョン・グレンである。国民的英雄という点では、グレンの
 受けた歓呼の声のほうが、人類最初の月旅行を成功させたオルドリンら三人の宇宙飛行
 士が受けた歓呼の声よりはるかに大きいものだった。
・グレンは、1962年、マーキュリー6号に乗って、アメリカではじめて地球を周回す
 る宇宙飛行士となった。 
・グレイの前にも、1961年にシェパードやグリソムが、それぞれマーキュリー3号
 4号に乗って宇宙を飛んだ。しかし、宇宙を飛んだとはいっても、この二人は弾道飛行
 をしただけで、宇宙飛行というよりは、その疑似的体験にすぎなかった。 
・シェパードが飛ぶ一カ月前に、ソ連はガガーリンに地球を一周させ、人類初の宇宙飛行
 という栄冠を手にしていた。
・アメリカ人はシェパードの弾道飛行成功に大歓声をあげながらも、それがガガーリンの
 地球周回飛行とくらべて、あまりにも質的に見劣りがするものであることをよく知って
 いた。
・それから半年後に、やっとのことでグレンがその願望を満たしたのである。グレンは地
 球を三周したのだ。正真正銘、ほんとの宇宙飛行をやってのけたのだ。
・いまでも、アメリカ人に最もよく記憶している宇宙飛行士の名前を一人だけあげさせる
 と、大半の人がジョン・グレンの名前をあげる。月に到達した人類最初の宇宙飛行士の
 名前より、ソ連に対する屈辱感を最初に打ち破ってくれた宇宙飛行士の名前のほうがア
 メリカ人の記憶にはより深く刻み込まれているのである。
・グレンについて書かれているものを読むと、彼がいかに典型的なアメリカ人であるか、
 いかに模範的なアメリカ人であるかということである。よくアメリカ人はかくあるべし
 とされる性格、生活態度、ものの考え方などすべてがグレンにそなわっているといって
 よい。「理想的アメリカ人の化身」という表現すら見受けられる。
・家庭ではよき父、よき夫であり、教会ではよきクリスチャンであり、教会活動に積極的
 に参加し、社会人としては愛国心に満ちあふれ、祖国のために献身することをいとわず、
 生活は規則正しく、酒は飲まず、タバコも吸わず、下品なことばは使わず、曲がったこ
 とは何一つせずと、絵に描いたように模範的な人物なのである。
・グレンは、連日あちこちに招かれてスピーチをしたり、パーティーに参加したりしなけ
 ればならなかった。オルドリンとちがって、グレンはこの役割を喜んで果たした。特に、
 スピーチは彼が得意とするものだった。
・グレンの人気の高さとスピーチのうまさ、指導者型の性格を政治家が見逃すはずがなか
 った。最初に彼に声をかけたのは、ケネディ大統領の弟、ロバート・ケネディだった。
・1964年、グレンはNASAをやめて、上院議員選に打って出ることを宣言した。
 しかし、それから五週間後、浴室でヒゲをそっているときに、鏡の具合を直そうとそれ
 を手にしたときにすべって転び、浴槽のふちで頭を打つと同時に、手にしていた鏡を割
 り、その破片を頭から浴びてしまった。頭を打った衝撃で気を失い、その間に多量の出
 血をしたこと、内耳を傷つけたことなどにより、数カ月の入院を要する重傷を負った。
 選挙運動はできないので、代わって妻のアニーが運動を継続した。
・しかし、それから一カ月もしないうちに、症状の回復が遅いことを知ったグレンは、病
 院で記者会見して、立候補を取り下げると発表した。
・四年後の1968年、グレンは再び政治の世界に乗り出した。今度は自分のためでなく、
 有人のロバート・ケネディの大統領選予備選の応援のためである。グレンはロバートの
 全国キャンペーンについてまわった。ロスアンゼルスで彼が暗殺されたときも、グレン
 はかたわらにいた。ロバートの子供たちにショックを与えないように父親の死を伝える
 という難しい役目はグレンが果たしたものである。
・1974年の上院議員選に出馬して、今度は圧勝した。
・グレンは、ケネディ一族と親しかった縁で、民主党である。
スワイガートは、宇宙飛行士中のドン・ファンとして知られている。空軍パイロット時
 代から、どの空港にもガール・フレンドを持つ男として知られていたが、宇宙飛行士に
 なって、T38を自家用機として使えるようになってからは、ますますその道に精進し、
 自由時間のすべてをガールハントに費やして、全米を駆けめぐった。
・「人間のものの見方というのは、すべて経験の産物だ。小さな経験しかない人間は考え
 方も狭い。我々宇宙飛行士は、地球の外から地球を見るという経験を持った。これは、
 その体験をした人間のものの見方を変えずにはおかない経験だ。ところが、この地球に
 帰り、ワシントンにいって政治家たちを見たとき、連中の頭がどうしようもなく古く、
 固く、狭いのを知って、これではどうしようもないと思った」(スワイガート)
・「アメリカンの議会は、もっぱら弁護士でできあがっているのだ。そりゃ、彼らは頭が
 いい連中だ。しかし、どんなに頭がよくても、現代の技術はテクニカル・バックグラン
 ドなしには理解できない。議会にはもっともっと沢山のエンジニアが必要だ」(スワイ
 ガート)
・「これから二十一世紀にかけて解決が迫られている最大の問題は、エネルギー問題、食
 糧問題、南北問題だ。いずれもテクノロジーなしには解決できないし、テクノロジーの
 正しい適用によって解決できる問題だ」(スワイガート)
・「ほんとに政治家は、どんな問題でも、萌芽段階で手を打って、危機の発生をくいとめ
 るべきなのに、それがこの国の政治家にはできない。政治家の頭の中にある未来という
 のは、次の選挙までの時間なのだ。それより遠い未来に起こるべきことに対して今のう
 ちから手を打つなどというようなことは考えてもみない。発想が短絡的なのだ」(スワ
 イガート)
・「いまの政治家たちにまかせておいたら、問題はいつまでたっても解決しない。彼らは、
 問題のネックがどこにあり、それをどういう手順でいけば解決できるかということがわ
 かっていない。問題解決の方法論が欠けている。一つ一つのテクノロジーがどういう可
 能性を持ち、どういう政策をとれば、どの可能性を引き出すことができるかということ
 がわかっていない」(スワイガート)
・「政府は民間ができることに手を出すべきではない。政府は民間の手に負えない、もっ
 と大きなことをやるべきだ。しかし、政府が中心になってやったことでも、民間の採算
 ベースに乗るようになったら、政府は手を引くべきだ。政府と民間のどちらでもできる
 ことなら、民間がやったほうが、必ず能率よく無駄をはぶいてできる」(スワイガート)
・「デモクラシーが健全なのは、有権者が、自分たちの投票行動いかんによって、政府資
 金から多くのものを引き出すことができるということを発見するまでの間だ。この原理
 を発見してしまうと、有権者は、政府資金からより多くのものを約束する候補者に投票
 するようになり、従って候補者たちは競ってより多くのものを約束するようになる。
 その結果、デモクラシーは必ず放漫財政におちいって、財政的に破綻する。そこまでい
 くと、もうデモクラシーではどうにもならないというので、独裁政治がそれに取って代
 わる」(スワイガート)
・「だいたいアメリカという国は、建国の由来を考えてみればわかるように、自分の責任
 において行動し、自分でリスクを負う人間が作った国なのだ。ピューリタンたちがヨー
 ロッパから船出したとき、この船が無事にアメリカに着くという保障があるのかどうか、
 もしアメリカに無事に着かなかったら誰が責任をとるのか、などといってゴネた人は一
 人もいなかった。自分の行為のリスクは自分で負うべしという精神がこの国のバックボ
 ーンであり、それがこの国の活力を生んできた頼るものは自分だけだというのが、フロ
 ンティア・スピリッツなのだ。ところが、リベラルな政府の施策が、この精神を殺す方
 向にずっと働いてきた。リベラル派はリスクなしの社会を作るのだと称して、浪費に浪
 費を重ねて、この国の活力を奪い、財政を破綻させてきた」(スワイガート)
・「産業革命前の農業社会にいますぐ世界中で戻ってしまおうというなら、エネルギー問
 題も消えてなくなるかもしれない。しかし、そんなことはできない。いま農業社会に戻
 るとしたら、何十億人という人が死ななければならない。結局のところ、前向きにテク
 ノロジーを利用していく以外、人類が生きのびる道はない。そして、宇宙は人類に残さ
 れた最後で最大のフロンティアだ。エネルギー資源もあるし、その他の資源もある。い
 ま問題の原子力発電所の放射性廃棄物にしたって、宇宙に捨てれば、何ら問題はない。
 なにしろ、宇宙はもともと放射線だらけなのだからね。宇宙ステーションに運び込んで
 おいてから、まとめてロケットで太陽にぶちこんでやってもいいんだよ」(スワイガート)
・「国家間の対立抗争などというものは、実にバカげたつまらぬことだ。国と国が争う前
 に、 お互いに協力して解決せねばならないことが山ほどある。しかし、地球に帰れば
 帰ったで、そこに米ソ対立という冷厳な事実があることもまた動かしがたい事実だ。問
 題はソ連の側にある。ソ連が世界征服の野望を捨てないかぎり、米ソ対立は終わらない」
 (スワイガート)

ビジネス界入りした宇宙飛行士
・新しく宇宙飛行士が採用になるたびに、先輩たちがまず注意するのは、女の誘惑と、金
 の誘惑から身を守れということだった。宇宙飛行士の多くが女の誘惑に弱かったが、彼
 らは、金の誘惑にも弱かった。だいたい彼らの丘陵は、その任務に比してあまりに安か
 った。要するに、なみの軍人の給与ないし、国家公務員の給与と同じベースだった。
・宇宙飛行士に対して、女の誘惑に負けるなという注意が与えられても、その真意は、遊
 ぶこと自体はかまわないが、スキャンダルになったり、家庭にヒビを入らせるような仕
 方では遊ぶなということだった。だから、宇宙飛行士たちがヒューストンを離れて最も
 長い時間をすごさねばならないケープ・ケネディでは、一般の目にはあまりふれない形
 で、相当のご乱行があった。
・アイズリが恋におちたのは、ケープ・ケネディの隣り町、ココア・ビーチの地元の女性
 だった。1968年、すでにアポロ7号の打ち上げも決まっているときに、知り合った
 のである。それが遊びではなく、真剣な恋であることを知った仲間たちは心配した。ア
 イズリの家庭がうまくいっていないことはみな知っていたが、アイズリには白血病の息
 子がおり、妻との間がうまくいかないという理由だけでは、家庭を捨てられない男であ
 ることを知っていたからである。
・宇宙飛行士たちの中には、アイズリ以外にも事実上崩壊した家庭をかかえながら、離婚
 したら宇宙を飛べなくなるのではないかという恐れから、形ばかりの家庭を維持してい
 る連中が何人かいたから、人ごとではなかったのである。
・家庭がいまくいっていた宇宙飛行士たちも、アイズリの恋人、スージーがココア・ビー
 チの事情、つまり彼らのご乱行の実態をよく知っている女性であったところから、もし
 彼女がアイズリと結婚してヒューストンにやってきて、宇宙飛行士の女房たちと仲間付
 きあいをはじめたら困ったことになると頭を抱えていた。
・アイズリはみなの予想通り、アポロ7号のフライトを終えると、妻と離婚して、スージ
 ーと結婚した。ところが、スージーがヒューストンにやってくると、宇宙飛行士の妻た
 ちは、こぞって彼女に拒否反応を示した。完全に除け者にしたのである。スージーは負
 けん気の女性だったので、それに対抗して、あなた方のご主人はココア・ビーチで何を
 しているか、ご存知?というようなことを言い出し始めた。
・恐慌をきたした宇宙飛行士たちは、アイズリに宇宙飛行士をやめるように圧力をかけは
 じめた。 
・「あと三、四十年間、第三次世界大戦を起こすなどというバカなことをしないですめば、
 確実に、ネイション・ステイト(民族国家)の時代から、プラネット・アース(惑星地
 球)の時代に入ると思う。いい人間とか悪い人間とかはいない。どこにいってもいるの
 は同じ人間だけだ。ソ連の脅威などというのも、同じ伝の話しだ。アメリカ人はソ連が
 脅威だというが、ロシア人にはアメリカが脅威なのだ」(アイズリ)
・「宇宙体験が与えたもので何より大きいのは、人生観というか、人生を生きる態度が変
 わったことだ。リラックスして人生を生きるようにになった。世の中に対して、自分の
 存在を証明してやろうなどとは思わなくなった。自分のエネルギーを外に向けるより、
 内側に向けるようになった。だから、毎日、平和で静かな生活をしている。人生をエン
 ジョイしている」(アイズリ)
・「宇宙から見る地球はほんとに美しい。宇宙飛行士がみな言うことだが、ほんとに美し
 い。しかし同時に、それが汚されつつあるというのもほんとなのだ」(シラー

宇宙体験における神の存在認識
・「ベトナム上空では、戦場で射ち合っている戦火が見えた。夜なら、小火器の銃火まで
 見える。ベトナム上空でパチパチ光るものを見たとき、はじめは稲妻かと思った。稲妻
 はいたるところでよく観察する。しかし、稲妻の場合は、必ず雲の中で光る。ところが
 ベトナム上空は快晴だったのだ。それで戦火だとわかった」(シラー)
・「宇宙から見ると国境なんてどこにもない。国境なんてものは、人間が政治的理由だけ
 で勝手に作り出しただけの、もともとは存在しないものなのだ。宇宙から自然のままの
 地球を見ていると、国境というものがいかに不自然で人為的なものであるかがよくわか
 る。宇宙からこの美しい地球を眺めていると、そこで地球人同士が相争い、相戦い合っ
 ているということが、なんとも悲しいことに思えてくるのだ」(シラー)
・「ハンターキラー衛星とか、宇宙での衛星同士の戦闘を前提とした宇宙技術の開発が現
 実にすすめられているではないかと反論されそうだが、実際のところ、宇宙での戦闘は
 きわめて困難なのだ。何より、索敵が難しい。索敵して、相手をこちらの武器の射程距
 離に入るまで接近することが、戦闘の前提だ。武器としては、レーザー兵器が最も有効
 だろう。索敵・接近とは、ランデブーと基本的には同じ技術だ。ところが、これが簡単
 にはいかない。いまのロケットの推進力をもってしては、地球軌道上のある一点から、
 他の希望する一点に移動するために、ゆうに一日はかかってしまうのだ。これでは実用
 にならない。衛星を破壊できるだけのレーザー兵器があれば、地上の基地から狙ったほ
 うが有効だ。衛星の軌道を常に把握しておけば、地上から射ち落とすのに五秒もかから
 ない。宇宙では燃料が限られているから、飛行機が空中を自由に飛び回るように動くこ
 とができない」(シラー)
・「環境汚染をゼロにすることはできないし、する必要もない。宇宙から地球を眺めれば
 するわかることだが、人為的環境汚染より、自然による環境汚染のほうが、量的にはす
 さまじい。たとえば、火山の爆発による大気汚染、大雨が土砂を押し流すことによって
 生まれる水汚染。環境問題とは、この地球という惑星の生存の条件と、人間の生産・生
 活活動の間の妥協点を科学的に発見していくことだと思う。環境汚染を恐れないのは誤
 りだが、環境汚染を恐れ過ぎるのも誤りだ」(シラー)
・「地球を離れては、人間は呼吸することすらできない。宇宙人が地球にやってきたらエ
 イリアンだが、宇宙における地球人もまたエイリアンなのだよ。地球以外にいきどころ
 がないのが地球人だ」(シラー)
・「宇宙船の中に閉じ込められているのと、ハッチを開けて外に出るのとでは、全く質が
 ちがう体験だ。宇宙船の外に出たときにはじめて、自分の目の前に全宇宙があることが
 実感される。宇宙という無限の空間のどまん中に自分という存在がそこに放り出されて
 あるという感じだ。そのときのセンセーションに比べれば、地球軌道を離れて月に向う
 とか、月の上を歩くといったことは、そう大したことではないといえるくらい、それは
 大きなちがいだ」(サーナン
・「肉眼で見る地球と写真で見る地球は、全くちがうものだ。そのときそこにあるのは実
 体だ。実体と実体を写したものとでは全くちがう。写真で地球を見ても地球しか見えな
 いのに、現実には地球を見るとき同時に地球の向こう側が見えるのだ。地球の向こう側
 は何もない暗黒だ。真の暗黒だ。その黒さ。その黒さの持つ深みが、それを見たことが
 ない人には、絶対に想像することができない」(サーナン)
・「無限の宇宙の中では、人類史上最長の旅で動いた距離も無に等しいのだ。そして、無
 限の宇宙を目の前にしているといっても、我々の見ている宇宙は、我々の見る能力を越
 えてほんとうに無限に広がっている宇宙のごくごく一部分、ほんのちっぽけな部分にす
 ぎない。この先どんなに宇宙飛行をつづけても、いま視野の中にある宇宙の一部を脱し
 て、その向こうが見えるところまでいくおとはできない。つまり、我々は無限の宇宙の
 中にあって、そのほんの微小な部分に閉じ込められてある存在なのだ。それを、はるば
 る月までいき、月から宇宙を眺めたときに実感することができる」(サーナン)

<宇宙人への進化>
宇宙体験と意識の変化

・「宇宙から地球を見たとき、誰でも大気層のひ弱さにショックを受ける。環境とエコロ
 ジーへの配慮なしには、人間が生きていけないということがよくわかる。しかし、だか
 らといって、私は環境論者やエコロジストの主張を全面的に受け入れているわけではな
 い」(スカイラブ4号のジェリー・カー)
・「人間は巨大な建造物、構造物を沢山作り、人々はそれに驚嘆し、あちこち見物にいっ
 たりする。しかし、それはいずれも自然が作ったものにくらべればとるに足りない。実
 際、宇宙から見たら、人間の作ったものはほとんど見えないくらい小さい。見えるもの
 は、海、山、河、森、砂漠、もっぱら大自然のみだ。自然の中における人間の営みの小
 ささを見ていると、人間というものは、人間が考えているほど大した存在ではないのだ
 ということがわかってくる」(スカイラブ4号のジェリー・カー)
・それだけではない。地球から目を離して、宇宙全体の広がりに目をやると、今度は、宇
 宙の中における地球の存在が、やはり人間が考えるほどに大したものではないというこ
 とがわかってくる。大気圏外から宇宙を見ると、地上から宇宙を見るときの五、六倍は
 多くの星が見える。空一面が銀河のごとく見え、銀河は星でできた固形物であるかのご
 とく見える。地球はこの宇宙に充満している無数の天体の一つにすぎないのだ」(ジェ
 リー・カー)
・人間が考えるように地球が何か特別な存在であるというのは、単なる人間の思い込みに
 すぎない。人間は地球の上で大した存在ではなく、地球は宇宙の中で大した存在ではな
 い。だから、人間は宇宙の中ではとるに足りない存在であるということが、宇宙を眺め
 ているうちに突然わかってくる」(スカイラブ4号のジェリー・カー)
・「生命が地球上にしか存在しないという考えには全く根拠がない。宇宙に充満し
 ている無数の星はすべてもう一つの太陽だ。太陽エネルギーが我々の世界の生命を作っ
 たと同じように、それら無数の太陽がそれぞれに生命体を作った可能性がきわめて高い。
 つまり、宇宙における無数の星の存在と、宇宙創成以来の時間の長さとを考えてみれば、
 この宇宙には、無数の生命が、あらゆる発展段階において存在すると考えるのが、一番
 妥当だろうと思う」(スカイラブ4号のジェリー・カー)
・「人類全体の意識がどうこうというより、私は宇宙に進出した人類と、地球に残った人
 類との間に生まれくる意識の乖離のほうが問題だろうと思う。将来、宇宙への人類の進
 出がすすみ、やがて、恒常的に宇宙に人間が住むようになる。宇宙で人間の再生産もお
 こなわれるようになるだろう」(スカイラブ4号のジェリー・カー)
・「宇宙でのセックスはもちろん可能だ。セックスに重力は必要ではない。食事や排泄と
 同じように筋肉の力によってなされる運動だから、無重力状態でもさしつかえない。し
 かし、空中セックスというのは、やってみれば、実に面白いと思うよ。人類で誰が最初
 にそれをするか知らないが、セックスの結果、子供が生まれる。宇宙出産ももちろん可
 能だ。しかし、宇宙で育てられた子供は、地球上の子供と生理的にちがう肉体を持った
 子供になる」(スカイラブ4号のジェリー・カー)
・「地球はあまりに美しかった。それを見ていると、ボクは地球に一員だという、地球へ
 の帰属意識が、きわめて強烈に生まれてきた。ボクはアメリカ国民だとか、テキサス人
 だとか、ヒューストン市民だとか、そういう意識は全く出て来なかった。ひたすら地球
 への帰属意識だ」(スカイラブ4号のジェリー・カー)

宇宙からの超能力実験
ミッチェルは、宇宙船と地球の間で、テレパシーの実験をやってのけた。シカゴ在住の
 設計家で超能力者として有名なオロフ・ジョンソンとあらかじめ打ち合わせをし、25
 枚のESPカードを持参して、打ち合わせた時間に、毎日6分間ずつミッチェルがこれ
 を一枚ずつめくりながら念をこらして送信し、ジョンソンがこれを受信するという実験
 を6日間にわたっておこなったのである。出発前、ケープ・ケネディとシカゴの間でお
 こなった実験では、50パーセントの確率でこれが当たった。宇宙からの交信では、出
 来不出来の差が大きかったが、それでもテレパシーの存在を証明するに足る成功をおさ
 めたという。
・ミッチェルは、かねてから人間のESP能力に大きな関心を寄せていた。だから、この
 体験のインパクトは大きく、翌年、NASAをやめると、サンフランシスコに移り住ん
 で、ESP研究所を設立した。これは人間の持つESP能力を科学的に研究することを
 目的とする研究所である。
・日本ではESP研究などというと、怪しげなエセ科学の代名詞のように思われているが、
 世界各国で、特にアメリカとソ連では科学的研究が真面目につづけられている。この両
 国が特に熱心なのは、ESP能力に軍事的利用の可能性を見ているからで、両国ともそ
 の研究に軍事予算の一部が支出されている。

積極的無宗教者シュワイカート
・「宇宙船の中にいるのと、宇宙服を着て宇宙空間に浮かんでいるのとでは、同じ宇宙体
 験といっても、全く質がちがう体験だ。宇宙船の中はモーターのうなりとか、人の声と
 か、さまざまな雑音がある。しかし、宇宙空間に浮かんでいる間の宇宙服の中は完璧な
 静寂だった。そのとき以外全く経験したことがない無音の世界だった。そして、宇宙船
 の中からは、小さな窓を通してしか外を見ることができないが、宇宙服のヘルメットは、
 透明な球体だから、視野をさえぎるものが何もない。自分が宇宙空間のまっただ中にポ
 ツンと浮いていることがわかる。完全な静寂が宇宙を支配していて、宇宙が丸ごと見え
 るのだ。自分はそこに一人ぼっちでただ浮いている」
・「宇宙から地球を見たとき私の受けた精神的インパクトは、ちょうど、人間の体内にい
 たバクテリアが体外に出て、はじめて人間の姿全体を目にして、それが生きて動いてい
 ることを知ったときに受けるであろうようなインパクトだったのだ。人間はガイアの中
 で生きている生物せあることを自覚して生きていかなければならない。ガイアにとって、
 人間な何ものでもないが、人間はガイアなしでは生きられない」
・「いま人類は地球の上で核戦争による絶滅の危機にさらされている。核戦争が起こらな
 いとしても、地球の上に人類のあまりよい未来はない。というのは、人間という種の内
 部で、画一化がどんどん進行しているからだ。これは交通・通信の発達と、環境の画一
 化といういずれも文明のもたらした現象によるものだ。一つの種が健全な生命力を保っ
 ていくためには、多様性が必要なのだ。多様性のためには、多様な環境が必要だ。特に、
 穏健な環境ではなく、過酷な環境が必要だ。それなのに地球上の人間の環境は、画一的
 に穏健になりつつある。こういう種は種としてひ弱になっていく。いつどんなことが原
 因で大絶滅が起きるかもしれない。それに対して、宇宙に進出した人間は、宇宙という
 過酷な環境の中で、きたえられ、より強い種として発展していくだろう」
・「百年単位で見たときの人類の未来が、宇宙への進出にかかっていることは疑いのない
 ところだと思う。しかし、人間がいまのようにバカげた生活を続けていれば、つまり、
 エネルギーを浪費し、資源を浪費し、環境を害し、しかもお互いに殺し合うという愚行
 を続けていけば、人類の持つ最大の可能性である宇宙への進出を不可能にしてしまうと
 いうことも起こりうると思う。
 
むすび
・紹介した宇宙飛行士たちのさまざまな考えを筆者なりにあれこれ分析し、総括して、結
 論めいたものを付け加えようかと思っていた。しかし、そんなことはしないほうがよい
 と思うにいたった。ここで語られていることは、いずれも安易な総括を許さない、人間
 存在の本質、この世界の存在の本質にかかわる問題である。そして、彼らの体験は、我
 々が想像力を働かせれば頭の中でそれを追体験できるというような単純な体験ではない。
 彼らが強調しているように、それは人間の想像力をはるかに越えた、実体験した人のみ
 がそれについて語りうるような体験なのである。