「終戦のローレライ」  :福井晴敏

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タイトルからも判るように戦争物語であり、物語の時代背景は太平洋戦争末期である。
連合国に敗れたドイツから1杯の潜水艦が日本に逃れてくる。その潜水艦はローレライと
呼ばれる非常に高度な水中探知装置を搭載しているということで、連合国の手に落ちるよ
りは、まだ連合国と戦っている同盟国の日本の手にゆだねるということになった。
しかし、日本へ向かう途中で、その潜水艦を追い回す米国潜水艦と交戦となり、かろうじ
て逃げ切れたが、交戦で深手を負い、荷を軽くするため潜水艦が背負う小型潜水艇の形を
しているローレライ装置を切り離して、途中の海底に放棄して来てしまう。
日本にたどり着いた後に、その潜水艦の乗員であった日系ドイツ人将校の根回しにより、
放棄してきたローレライ装置を回収することとなった。新たに集められた日本人乗員と日
系ドイツ人将校がその潜水艦に乗組んで放棄した場所に向け出発する。
同じように放棄したローレライ装置の回収を目論む米国の潜水艦からの攻撃にさらされな
がらも、若い日本人兵士が海底に潜って、そのローレライ装置である小型潜水艇の中に入
ってみると、なんと中には若い日系ドイツ人の少女がいたのである。
ローレライ装置とは、その少女の超能力を利用した高度な水中探知装置だったのである。
そのローレライ装置を稼動させると、潜水艦の中においても、広範囲に海底の地形や海中
の潜水艦、海面上の軍艦などが、まるで目で見ているかのように立体画像として表示させ
ることができ、それを活用することによって、まさに神業的な戦いを行うことができた。
しかし、そのローレライ装置には大きな欠点があった。魚雷で相手の潜水艦や軍艦を破壊
した時に、それに乗船していた船員達の苦しみがローレライの少女に伝わってきて、その
むごい状況を感知した少女は、それに耐え切れずに意識を失ってしまうのである。少女が
意識を失えばローレライの機能も停止してしまう。少女が意識を失っている状態が長時間
続くため、一度に複数の敵は沈めることができなかったのである。
ローレライ装置を回収した潜水艦は、日本帝国軍指令本部の秀才上級将校からの命令によ
り、東京に原子爆弾を投下するという米国の計画を阻止するために、太平洋上のある島に
向かって出発する。しかし、その秀才上級将校は、ローレライ装置を米国に渡すのと引き
代えに、当初小倉に投下する予定だった原子爆弾を、東京に落としてもらうように米国と
密約を結んでいたのである。その秀才上級将校は、無能な日本を再生するためには東京に
原子爆弾を落としてもらい、日本を戦争に導いた軍首脳部はもちろんのこと、天皇も抹殺
し、日本人を一度根絶やししなければならないという恐るべき思想を持っていたのである。
その事実を知った潜水艦の艦長及び乗員は、ローレライの力を駆使して、待ち構える米国
艦軍団の包囲網を突破して、東京に向けて飛び立った直後の原子爆弾を搭載した爆撃機を
みごと打ち落とす。
これが、この小説の大雑把なあらすじである。あらすじは単純であるが、そこにはたくさ
んの人間ドラマが展開する。一つはそのローレライの核である少女が、どうしてそんなふ
うに狭い小型潜水艇のなかに押し込められ、装置の一部のように扱われるようになったの
かである。そこには、当時のナチスドイツの民族差別が根源にあった。ヒトラーは純粋の
ドイツ民族以外はすべて劣った種の民族であるとの恐るべき思想を持っていた。そして、
ユダヤ人を抹殺すると同時に、ドイツ人との混血の子供達を集めて純粋のドイツ民族に品
種改良できないかと、狂っているとしか思えない学者達にいろいろ人体実験を行なわせる。
そんな人体実験の途中で偶然超能力を持つようになったのが、そのローレライの少女だっ
た。
そして、その少女の持つ超能力を潜水艦に利用することをドイツ軍が考え、少女を利用し
た高度探知装置が開発される。しかし、その高度探知装置の中には人間の少女が入ってい
ることは、潜水艦の乗員にもひた隠しにされる。
少女にはひとりの兄がいた。その兄はそんな妹をなんとか助けようと、ドイツ軍にもぐり
こみ、ローレライ装置の整備担当将校としてローレライを搭載した潜水艦に乗り込み、こ
っそり少女の食事などの世話をする。ドイツ軍に日系の混血だという理由で人間として扱
われないその少女の運命、そしてそれをなんとか助けようとする兄の心境を考えると胸が
押しつぶされそうになる。
しかし、そんな二人も潜水艦が日本の手に渡り日本人がその潜水艦に乗務することになっ
てからは、日本人のやさしさに触れて、心を開いていく。日本人乗員は、それまでのドイ
ツ人と違い少女をひとりの人間として扱い、なんとか少女を守ってやろうとするのである。
そして、東京への原子爆弾投下を阻止する戦いの終盤に、その少女と心を通わせるように
なったひとり青年を、ローレライ装置である小型潜水艇に載せたまま潜水艦から切り離し
て逃がすのである。東京を救うための突撃で死んでいく潜水艦の乗員達は、自分達のかな
わなかった将来の夢を若い二人に託すのである。
若いふたりは、なんとか日本にたどり着き、戦後の混乱を生き延びて、ささやかではある
が幸せな家庭を築く。この物語を通じて、作者が主張しているのは、純粋な生への信念で
はないかと思う。ひどい運命の上でも、なんとか生き延びようとする日系ドイツ人の兄と
妹。上から命令の上においても、無駄な死はさせたくないという信念を持つ艦長。激戦地
で人肉を食っても生き延びた元華族に血を引く秀才上級将校とその部下達。悲惨な戦争に
中にいても、なんとか生き延びるべきだという主張が感じられる。
そして、一部無能な軍首脳部を頂点とする軍隊という組織の恐ろしさと愚かさと無責任さ。
そういう組織の中で、自分の意志とは関係なく戦争に巻き込まれていく一般の軍人のむな
しさ。これは、当時の軍隊という組織だけでなく、現代社会のいろいろな組織の中にも垣
間見られることである。
組織の中から生まれる権力。そしてその権力の暴走。しかし、その暴走した権力に対して
も、微力ながらも自分の持てる力で自分の信念に従って戦っていこうという勇気に感動す
る。