完全なる遊戯 :石原慎太郎

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この作品は、今から64年前の1957年に発表されたものだ。1958年には映画化も
されたようだ。
この作品の内容は、精神疾患のある女性を、男たちが拉致・監禁し、輪姦したあげく、最
後には海岸の断崖から突き落として殺害するというものである。内容があまりにも反道徳
的なだけに、そのままの内容で映画化するのは、やはり躊躇したのだろうか。映画は原作
とは内容を大きく異なっているようだ。
ところで、作者はこの作品で、いったい何を表現したかったのであろうか。こういうもの
も、「文学だ」と言えるのだろうか。私は、まったく理解不能の世界である。
閣僚や東京都知事まで務めた人物が、もう64年も前のことだとは言え、このような内容
の作品を書いていたとは、私にはただただ驚きでしかない。


・松林を過ぎ、橋を渡ったたもとのバスストップの小さな待合所に前に、女が一人立って
 いた。正面からライトに照らされながら、車をバスでないと認めると、女はさしていた
 黄色い雨傘を光をさえぎるように前へかざした。
・車は減速して女の前を過ぎた。水色のレインコートに白いハンドバックと小さな風呂敷
 包みを下げている。顔はよく見えない。
・前を過ぎながら減速したままの車を急に礼次は止めると、バックギアへ入れ直した。戻
 って来た車を女は傘を上げて怪訝そうに見守っている。車を前へつけると、窓から乗り
 出し、「バスあもうとっくにないぜ」礼次は言った。
・ゆっくりと頷き返すと、「こまったわ」何だか、唄うような言い方で女は言った。
・耳元で真珠のイヤリングがゆっくりと揺れている。身につけているものは悪くなかった。
 一寸まくれた唇を薄く開いたまま、女は待っているバスの来る方をぼんやりいつまでも
 眺めている。目の切れ長な色白の女だった。二人は同じように、開いたままのレインコ
 ートの間の女の胸元を眺めている。一体こんな時間、近くに人家もないこの辺で、女が
 今まで何をしていたのか見当がつかない。
・「何処まで行くの」訊いた武井へ、「横浜」鈍く、投げ出すように女は言う。「藤沢の
 駅まで行って、汽車で・・・」
・礼次がドアを開けて言った。「お乗んなさい、駅まで送ってあげる」女はおびえたよう
 に長いこと彼の唇を見つけていたが、急にまた笑うとゆっくり頷いた。
・「一寸待った。武井、お前、後ろに乗れよ」「何故だ?」「何故でもよ。わからねえ奴
 だ。 いただきだよ、これあ」うながすように低い声で言った。
・「了解、了解」素速く身をずらし外へ出ると、ドアのノブに手をかけ身をかがめ、から
 かうように丁寧に、「どうぞ、お送りしますよ」ゆっくり傘をたたむ女を二人は挟むよ
 うにして見つめている。
・ふと女を横から見やったが、彼女は何故か放心したような表情で前を向いた切りだった。
 ライトの反射を受けて白く宇南田横顔を見ながら、礼次は首を振り短く口笛を鳴らした。
・「どうしたのかい君、変じゃないか。そんな固くならなくても良いぜ、どうせ道順なん
 だ」が、女はまた向き直り、同じように首を振ると言った。「わたし、変じゃないわ、
 もう」「もう?」が女は黙った切りだった。
・また松林が続き、それを過ぎると右手は低い松野繁みに遮られた向うに海岸の荒い草地
 が続いている。 
・「来た見てええだな、武井」一人でつぶやくように礼次が言った。
・「え」女が言った瞬間、礼次は右へ一杯にハンドルを切ったのだ。車は濡れたタイヤを
 きしませて右手の低い繁みの間を縫って草地の中へ入り込んだ。
・低い叫び声を上げながら、はずみで女の体が投げ出されるように右へ崩れた。立ち直る
 暇を与えず礼次がその上からのしかかり、後ろのシートから武井が動かすまいとその両
 掌を捕らえた。
・瞬間、ひっと言うような低い悲鳴で女は体中であがいた。女と思えぬ荒々しい程の勢い
 だった。握った手を振りほどかれた拍子に、武井は手の甲をドアの端にいやという程叩
 きつけられたのだ。
・「この野郎!」言って頭を押さえつけるその掌の下で、女は何か訳のわからぬことを叫
 んだ。
・「叫べよ!が誰も来やしないぜ」着たものをたくし上げながら礼次が言い返した。女は
 なお叫んで身をよじった。
・黙らねえか、いい加減に!」シートの背から殆んど全身を逆さに乗り出した武井が、叫
 びながら女の眼の辺りを上から力一杯殴りつけた。女はそれでも叫んだ。が何故か突然、
 失神でもしたかのように女は温和しくなる。
・女はそれ切り動こうとはせず、なすがままだった。
・「変るぜ」礼次が言った。「よくおさえててくれろ」「大丈夫、動きやしねえよ」先刻
 から女は低い声で何か聞きとれぬことを言いながらじっとしたきりだった。暗闇の中で、
  二人は前と後のシートを入れ替った。
・「へっ、おい」武井が叫んだ。「大した女だぜこいつあ、腰を使い出しやがった」女が
 低く、うめくように何か言った。
・礼次はハンドルをとって坐り直した。女は起き上がり、はだけたまま、じっと動こうと
 しない。 「おい、この恰好なんとかしろよ」礼次が横から手を延ばして直したが、女
 はまだ動こうとしなかった。車は砂をはじいて街道に出た。雨は未だひどく降っている。
・「泣いてるのか、そんな訳あねえだろう」武井が言ってルームライトをつけた。女はゆ
 っくり顔をもたげ礼次を見つめた。
・武井の殴りつけた左眼の上が青くあざになっている。「腫れたな・・・」言って手を延
 ばしかかる武井から、おびえたように身を退くと、「貴方、嫌い、嫌い!」子供のよう
 な口調で女は言った。
・女はただぼんやり横から礼次を見つめている。最初の出逢いに窓から覗いた彼を見返し
 たと同じような眼つきだった。ことの後だけに礼次は何故かその眼差しにいらいらした
 ものを感じてならない。
・駅はとうに閉まっていた人影がなかった。「駅だぜ、降りろよ」言われるまま女は黙っ
 て出ると、駅の看板を見上げその場に立ったきりでいる。
・「出せよ早く」武井が言って礼次は車を回した。振り返ると、女は傘もささず同じとこ
 ろに突っ立った切りこちらを見つめている。
・「死にやしねえだろうな。大分ぼうとしてやがったが」と、礼次が思い直したようにハ
 ンドルを切って、女の方へまた車を回しかかった。「何だおい、とんだ人情は止しにし
 てくれよ」「そうじゃねえ、夜はまだ長いってことよ」
・車を止めると先刻と同じように窓から覗いたまま礼次は、「もう汽車が無いんだぜ。明
 日まで待つ気なのかい」 
・「乗れよ。ものはついでだ。助けてやるよ」女はじっと立った切りだった。「乗れよ、
 もうあんなことあしない」
・礼次が引き込むように手をのばすと、女はゆっくり自分でドアに手をかけ入って来た。
 そんな女の様子に、何故だか礼次は一寸の間、薄気味悪さを感じて仕方なかった。
・「東京の兄貴夫婦が、家の近くへ夏用の小さな家を建てたんだ。この雨じゃ未だ誰も来
 てねえだろう」   
・調度が未だ揃っていず、新しい家の中は明るいだけで恐ろしく殺風景だった。押入れを
 探したが、蒲団も何も揃っていない。
・女は疲れたか壁に寄りかかって部屋の隅に坐り込んだまま動かなかった。燈りの下で見
 ると女は二十五、六に見える。
・「あんな時間まであすこで何をしてたんだい?」訊いたが女は黙ったままだった。「本
 当に横浜へ帰るつもりだったのか」「え」急に、おびえたような表情で、が女はまた曖
 昧に言った。 
・「どうした。お前がいかねえならまた俺が先に行くぜ」「馬鹿言え。ただ、あ奴、裸に
 なるかな、また抗いやがるんなら、先に二人で・・・」二人は黙って肩をすくめて笑い
 合った。
・「おい」と声をかけて近づくと武井から先刻と同じように身をの退いて女は言った。
 「いやよ、貴方は嫌い、非道だわ」
・「面倒臭えや」言うなり武井が飛びかかった。女は悲鳴を挙げて逃げた。立ち腰で逃げ
 ようとする女を、武井が前へ突き飛ばす。女は低い姿勢でよろけながら、いやというほ
 ど壁にぶつかって投げ出された。四肢を縮めてこばもうとする女を、一本一本、手と足
 と、引き離して抱き敷きながら武井を言った。「呼ぶまで向うにいろよ。気が散るぜ」
 「いやっ、いやだ!」女は叫んだ。
・礼次は部屋を出て台所へ水を飲みに歩いていった。その後で、女が何か叫んだ後、また
 武井が殴りつけるばしっという鈍い音が聞こえてくる。水を飲んだ後、礼次はまた一寸
 部屋を覗いて見た。あきらめたか、女はもう静かにしている。
・テラスの戸を開け、女の傘をさして車まで歩いて行くと、中に忘れて来た本を取り出し
 た。読みかけていた小説をルームライトの下で一章だけ読むと、また燈りを消して車を
 出た。
 ・テラスの椅子で武井は口笛を吹いている。入って来た礼次を見ると、わざと口を大き
 く歪めるように、にやっと笑って部屋の方を顎で指し、彼は言った。「手強いぜ奴あ、
 あっちの方もなかなか、仕舞にあの女凄い声を挙げやがった」
・女はあきらめたか、あるいはふて腐れたか、そのままの姿勢で天井を向いたまま転がっ
 ていた。 
・礼次がかかみこむと女は物憂く自分から体を開いて待った。その瞬間、礼次は何かわか
 らぬ、ぞっとしたものを感じたのだ。が彼はそのまま女に触った。
・礼次が身を離しても女は動かなかった。気をつけて見ると女はそれ切り失神している。
 ゆすぶって起すと、女は眼を開き、何故かゆっくり笑い返す。二人の方が思わず顔を見
 合わせた。
・「お前、何処か体悪かったんじゃなか」女は黙って頷いた。「大丈夫だったのか、本当
 に。こんな日に出歩いてよ」「もう直ったわ」「入院でもしてたんじゃねえか」「でも、
 もう直ったわ」「何処だい?病院は」「大船の鎌倉病院」「もう直ったの。私、気違い
 じゃないわ」
・女はその時だけ懸命な眼の色を見せながら、自分へも言って聞かせるようにひとことひ
 とことはっきり言った。女の言った病院は辺りでは著名な精神病院だった。
・言われて見れば、先刻来礼次ら二人が感じていた妙なわだかまりがそれで納得がいける
 ように思われた。「色気違いじゃねえのか、あの分じゃ」女に聞こえぬように武井は言
 う。がそれ切り、家のことや他のことを聞き出そうとしても、女は頑なに口を閉じたき
 り何も話そうとはしない。
・夜明け、ふと目が覚めた礼次は、そのまま、女の体に触れて行った。女は最初拒んだが、
 「俺だよ」彼が言うと温和しくなった。
・翌る日、女は一番遅くまで睡っていた。「起きろよ、顔を洗うんだ。もうじき昼だぞ」
 女の顔の左側はまだ少し色が変って腫れ上がっている。洗面所から引き返した女は、黙
 ってまたそのまま坐り込んだ。 
・黙ったまま礼次は女に近づいて言った。「おい、もう一度仲良くしねえか。もう一度だ
 け言うことを聞けよ」女は黙ったまま窺うように武井を見ている。「おい、お前最初の
 うちは向うへ行ってろよ」武井は頷いて言った。「良し。それじゃ俺ももう一ちょう行
 くか」
・女はあきらめたように自分で横になった。礼次と武井の度、女は段々ゆっくり、が仕舞
 には強くはっきりと彼等に答えた。そして時折訳のわからぬことを小さく叫びながら気
 を失った。
・礼次は台所の方に消え、やがて細びきの束を持って出て来た。女が何か叫んで飛びすさ
 った。縄をおびえるというより、本能で何かを怖れる獣のような仕種だった。
・「つかまえるんだ」言わぬうちに武井が女を引きずり倒した。両掌を後ろにくくり上げ
 柱に結びつけると、女は頭を振り何やら叫ぶと、精一杯の抵抗で足をばたつかせる。
・出て行く二人を女はじっとしたまま見開いた眼で見送っている。と、また頭をふっても
 がきながら女は足を滅茶苦茶にばたつかせた。裾がはだけ、女の奥の肌が覗けている。
・礼次に切り出され、達や高木はすぐ話に乗った。「一晩つき合える代物かどうか、とに
 かくそ奴を見せてもらおうじゃねえか」達は言った。
・「一度女に触ったら退かせねえからな。約束通り一晩留守を頼むぜ」
・また雨戸を開けて四人が入ったが、薄暗がりの中からは何も聞こえて来なかった。急に
 点った燈りの下で、はっとしたのか女が動いた。先刻の通り、裾の乱れたまま女は横に
 なっている。立ちはだかったまま自分を見下ろす四人を、女はぼんやりと見上げただけ
 だった。
・「おい、見るだけ見たら引き受けるかどうか返事しろよ。俺たちは明日の昼には帰って
 来るぜ」武井は爪先で女の裾を蹴り上げた。「良いよ。もうわかった。預かってやらあ。
 手前らは本当に悪だな」
・その夜になって、何となく手持ち無沙汰になった二人は、食事に帰る合い間他の仲間を
 呼んで代わらせた。礼次が帰って来る翌日の昼まで、夜っぴで五人の男たちが倦かずに
 代わる代わる、延べにして二十回以上も同じことを女に向って繰り返した。
・仕舞に女は呼吸するただの道具のように横たわっているだけだった。男が、終わって仲
 間に代わろうとする間も、女はびくりともせず同じ恰好で倒れていた。誰かがそれを横
 にしたり起したりさせようとしても、女はゆるんだ何か思い荷物のように仰向けに延び
 たままだった。
・それでも、時折、女は強く甲高く叫んだり、自分で体を動かそうとしたりして彼等を驚
 かせた。「こいつあ馬鹿みてえに好きだぜ」見ていて一人が思わず叫んだ。
・礼次たちは昼前に帰って来た。「畜生、五人がかりでやりやがったな」次の部屋を覗き
 込んだ二人を、殆んど裸で転がったまま、女はぼんやりと見つめただけだった。
・「着るんだよ着物を。そのままじゃ何処にも出れまい。横浜にも帰れねえぞ」と、仰向
 けのまま肢をつぼめながら女は言った。「もう、帰らない、帰りたくないの」
・女は黙ったまま薄目で天井を見上げていた。「とにかく着ろよ」散らばった下着を武井
 が足で?き集めた。 
・「どうする」「働かせるか」「何処で」「女の好きな商売の出来るところでよ」「おい
 おい、この上女を売り飛ばそうてえのか」「何処だ場所は、遠い方がいいな」「熱海な
 らどうかな」
・礼次は声を殺して女に言った。女は案外簡単に頷いた。流石に仕事の種類は言わなかっ
 た。「そこなら君あ気楽に暮らせるぜ」
・「待てよ、何か食わせなきゃ話にならねえ」「おい、お行こうぜ」声をかけられたまま
 女は坐ったきり立ちあがろうとしない。助け起して立たすと、女は病み上がりのように
 壁に伝ってそろそろ歩いた。敷きでつまずき、腰が抜けたようにそのまま坐り込む。
・入った町の食堂で、辺りをはばかり流石手を貸さずに見守る彼等に、女はあえきながら
 テーブルと椅子に交互に掌をつき体を支えながら、今にもその場へ坐り込みそうな足取
 りで歩いた。ただならぬ女の様子に、「加減でも悪いんですか」主人が怪訝そうに聞い
 た。女は出された品を、むさぼって喉へ通した。喉の奥であえぐように物苦しげな音を
 たてながら、与えられたものをもう二度と奪われまいとでもいうかのように、女は時折、
 見守る彼等に素速い視線を走らせながら夢中で食いつづけた。仰天した表情で主人が奥
 から見守っている。礼次に睨まれると主人は慌てて中へ引っ込んだ。
・熱海の店で、高木が事情を都合よく説明し、納得した主人は高木に礼まで言って女を入
 れた。案内されて奥に入りしな、女は振り返り探す表情で訊いた。「礼次さんは」礼次
 は途中で店を出て車に戻っている。店のものにうながされ、女はまだよろけるような足
 取りで奥へ上がって行った。
・借金をした訳でもないし、女は歩合で働くという比較的自由な条件で店の女になった。
 店が出した礼金で、彼等は街で酒を呑んで引き返した。
・五日ほどして高木の家へ店から電話がかかった。電話ではあの女はどうにも困るという
 ことだった。どうも様子が変だとは思ったと主人は言った。この二日間、急に店からい
 なくなって、何処をどう歩き廻ったかひどい姿で戻って来たともいう。あれで自殺でも
 されたら店が大迷惑だから、他にも身元を知れないので、紹介した高木に一応女を出来
 るだけ早く引き取って欲しいということだった。
・高木は礼次と武井に連絡し、三人は相談した上で翌日の夕方熱海に向った。礼次はレイ
 ンコートの襟を立て店に近づいた。顔を近づけ女の前を通り抜けてそのまま店の横の路
 地に消えながら、おい、とだけ低く礼次は言った。女は彼を認めてゆっくり言った。
 「礼次さん!」路地の奥から礼次が唇に指を当てながら女を招いた。「迎えに来たぜ」
 盛り場を外れた裏通りに車がつけてある。女を乗せると彼等は車を出した。そのまま海
 岸通りを突っ走り、伊東へ向かう崖添いの道を走った。
・岩に開けられたトンネルを過ぎた辺りで車をとめた。「おい、お前等降りて散歩でもし
 てろよ。俺たち二人にしといてくれ。いろいろ話があるんだ」
・礼次は黙って女を引き寄せた。「俺に逢いたかったか。俺はお前に逢いたかったぜ」
 「二人だけで仲良くしような」女は黙ってこっくりする。
・礼次は今までになく、丹念に女の体をさぐって行った。女は慣れてでもいるように、自
 分から体をずらしシートの上へ倒れて姿勢をつくり、仕舞に子供のような泣き声をあげ
 てうめいた。
・「汗をかいちまったな。俺たちも一寸歩いて見ようぜ」ドアを開けて出ると外から言っ
 た。が女は何故か真剣な顔でじっと彼を見返している。彼を見つめながら女はそろそろ
 体を動かし外へ出て来る。礼次は女の手を固く握ったまま歩き出した。
・十メートルほど行くと右手の海を距てていた茂みが切れ、断崖の上の道はいきなり四、
 五メートル下の海に臨んで続いている。遠く下の産輪に波の砕ける音が伝わって来る。
・「ほら一寸見てごらんよ。何かがきらきら光ってるぜ」女を振り返ってなお笑いながら
 彼は言った。「そう、見えて?綺麗?」女は礼次の手を握りながら同じように身をのり
 出した。  
・「大丈夫だよ。後ろから肩を抑えてやるから。ほら、見えるだろう白い中にきらきらと
 さ」肩を一寸押すようにして彼は言った。
・「え」小さくあがいて押し戻すようにしながら、女は言った。その瞬間、礼次は一度引
 いたその腕で力一杯女を前方へ突き飛ばしたのだ。意外に軽く、声もたてずに女は暗い
 視界から消えて行った。身をのり出し、息をのんだままじいっと耳を澄ます彼の耳へ、
 重く鈍くものを叩きつける音が聞こえた、と思った。
・そのまま、ゆっくり車に戻り、別の煙草をつけた後で彼はクラクションを鳴らした。暫
 くして二人が戻って来た。 
・「これでやっと終わらせやがった」「いや、まだあるぜ。明日もう一度、ひと足違いで 
 あの店へ女を迎えに行って、それで何もかも完全に終わりという訳さ」「その割にこの
 遊びは安く上がったな」