鴨  :石原慎太郎

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この作品は、今から60年前の1961年に雑誌で発表されたもののようだ。かなりマイ
ナーな作品のためか、この作品に関する情報はあまりネットを検索しても見当たらない。
内容は、思いがけず拳銃を手にした15歳の少年が、拳銃の持つ魔力に魅せられて、凶暴
化していくというものだ。よく拳銃を手にした者は、拳銃の持つ力によってひとが変わっ
たようになることがあると言われるが、この作品、そのことを表現しているように思えた。
それにしても、この作者は、このような凶暴的なものが大好きなようだ。気の弱い私など
は、読んでいる途中で怖ろしくなってオシッコをちびりそうになった。そして、これ以上
ここに書き記すこと自体も怖ろしくなったきた。この辺でやめておいたようがよさそうだ。


・親方は怒って怒鳴る時、彼はいつも少年について何か怒った、そんな時少年のことをの
 ろまなダボハゼと言い、神さんの時子は後ろで白い眼で見守り、武夫はそれを小気味良
 さそうに横目で眺める。
・そんな時、大抵親方は少年だけでなく、少年の死んだ祖父ちゃんや、彼の知らぬ母親の
 ことまで知ったように口汚く言った。
・彼が遠く覚えている祖父ちゃんは優しかった。と思う。少年が覚えているのは火の側で
 祖父ちゃんの膝の中に抱かれて一緒に火を眺めていたことだ。
・祖父ちゃんはある日、酒に酔い過ぎ、それもひどく悪く酔って辺りの誰かといさかいし、
 挙句にその家に火をつけ鉄砲を射ち込み、逆に射ち殺されて死んだ。
・その後、祖父ちゃんの友だちだった親方の祖父さんがうちへ移って来て少年を育てた。
 その祖父ちゃんもずっと前に、少年が小学校を出た頃に死んだ。
・少年はダボで祖父ちゃんは気狂いだったと親方はしつこく言う。その度少年はいつもあ
 きらめたような気持ちになった。
・たまに親方と一緒に舟を手伝わされ、共射ちの鉄砲がよく当たると、「鉄砲だけは祖父
 ちゃんに似てやがる」と親方は言った。
・鉄砲だけは見真似で十の前から射った。学校はつまらなく、途中で止めてしまった少年
 を誰も咎めはしなかった。
・発砲までの後残された数瞬に、舟は乗り合わせた人間のつめて殺した息がそのまま同じ
 ひとつの脈になって通い合う。少年はその瞬間が好きだ。そしてその後の、発砲して獲
 物が水しぶきを上げて落ちる瞬間が。
・が、ふと、少年は自分の眼の前の、舟ばたに作った隙間から男に習って外を覗いている
 女の、這ってかがんだまま突き出された、真っ赤なスラックスに包まれた丸い尻に見と
 れる。燃えるように明るい真紅の布地が、体のその部分の輪郭をぴっちり包んで見せて
 いた。
・少年は一瞬、舵を握ったその掌の内にその尻の弾みを感じたと思った。突き出され、落
 ち窪んだその切れ込みの激しい紅いの翳りに目がくらむような気がする。
・女の年はわからぬが彼とそう遠くはない。女の若さが少年に女を身近なものに感じさせ
 る。 
・少年は持ち上げた鉄砲をそのまま女の尻に向って突きたて引き金を引いた想像をして見
 る。体のどこかが痺れかかる。
・初江にこんな紅いズボンをはかせて見たら。体の内に感じられたものはなお高まり、少
 年は舵を握り直したまま不機嫌にうなった。
・昼過ぎに出た半日の猟にしては大猟で、帰るまでに十羽の獲物があった。ゲインは上機
 嫌で開けたビールの罐や罐づめを少年にまで廻してよこす。女は物馴れた手つきで煙草
 を吸い、男の差し出すウィスキーを飲んだ。女のはいた真っ赤なズボンはまだ鮮やかだ
 った。
・見知らぬ生活を覗くような気持ちで少年は女のはいたズボンの色に見とれた。彼らが来
 た時、初江はあの壊れた柵の内側からこの女を眺めただろうか。
・岸際の河口に近い湿地へ帰ってくる夕鳥を狙うため新しい弾をとり出し、別の弾薬を箱
 を開きながらゲインは舌打ちして中へ忘れたまま入れてあった拳銃を取り出して見せる。
 ・握り柄に彫り模様のついた綺麗なリボルバーだった。実包の箱が二つ入っている。
・ゲインは舟から投げた空き罐を狙い、珍しそうに眺めている少年へも三発残して手渡し
 た。 
・引き金の度、掌の内で心持ちよく拳銃は震えて跳ねた。持つものを痺れさすような何か
 がある。散弾銃にはない、もっと確かな、小さいながら充実した手応えが。
 

・帰りがけ土手の上の道で曲りかけた時、少年はハンドルをとられかけブレーキを踏んだ。
 左の後輪がつぶれかけている。多分、ダイヤの空気孔の虫がはずみで飛んだためだ。
・車には明かりがなく、土手を歩いて戻り少年は途中の試験場の小屋へ明かりを借りに入
 っていった。
・戸を叩くと初江が顔を出した。「いって照らして上げる」頼む前に初江は言った。
・「あんたいくつ」初江は訊いた。「お前は。俺は十五だよ」「同じ」つぶやくように初
 江は言い、一寸の間なんとはなしに二人は顔を見合わせたままでいた。
・エンジンをかけライトを点けてその中に初江を立たせた反映の中で、重いタイヤを外し
 またとりつける作業は少年の体に余った。息をつきながら仕事をつづける彼を、初江は
 ライトに向って立ちながらまぶしそうに見守っていた。
・「あんた仕事面白いの」不意に彼女は訊いた。「楽しか、ないさ」「お前は?」「面白
 かないわ。こんなところ。出ていきたいわよ」「親父さんたちは」「平気よ。母ちゃん
 は違うんだし」
・戻ると飯が出来ている。上がろうとする彼は、「食う前に鉄砲の掃除をしとけ」寒さと
 先刻のタイヤの取り換えで、言われてがっくりするほど腹が空いていた。少年は決めか
 ねたように立止まったままでいた。 
・「食う前にやるんだ」つっ放すように庄造は言う。背を向けた彼に代わって、時子が試
 すように少年を見返していた。
・銃身を外し、すすを落とし、油を敷いてはめ戻した銃をまた丁寧にケースへ戻した。し
 終えた鉄砲を抱きかかえ運ぶ時、一度にかかえた重さが彼の体に余りよろけた。足元に
 置かれた薪に足をとられて彼は肩から転んだ。一瞬、習性で大事な鉄砲だけは捨身でか
 ばい、したたかに腰を打った。
・「何をしやがる」上で見下したまま馬鹿にゆっくりした口調で庄造は言った。「全くダ
 ボだな。お前は」
・「俺は、ダボじゃねえ」言いながら少年は自分が言わなくてもいいことを言ってしまっ
 ていることを感じた。二人はそのまま暫くの間黙ったまま見つめ合っていた。
・「土間を片づけろ、その弾薬箱を運ぶんだ」突っ放した声で庄造は言った。言われるま
 ま土間へ戻り、並んであった箱を抱えて運んだ。上り口に積もうとして蓋についた取っ
 手を持った時、馬鹿になっていた口金が外れて箱は転げ落ち、中身が土間にぶちまけら
 れた。そのひとつが囲炉裏の中へ落ちた。「火だ、火の中へひとつ落ちた」慌てて火箸
 を捜す少年へ「手で、手でとれ!」言われるまま膝をつき、薪の燃えさしと一緒に少年
 は薬莢をつかんで放り出した。薬莢の外側がこげていて、一瞬遅れたら、弾は爆発した。
・弾と一緒に落ちた先刻のゲインの拳銃を最後に拾い上げた。
・「わかったか」眺めながら念を押すように庄造は言った。
・「で、でも俺あ・・・」言い返そうと思った言葉が出て来ない。少年は自分が今惨めな
 気持ちで彼に向って願うように踏み出すのを感じた。
・「なんだ」言い返そうとした時、庄造の顔の上になぜか慌てたような影がすぎた。急に
 身構えるように一歩退った。
・彼は自分が知らずに手にしたままでいたものに気づいた。そうか、と想った。
・少年は同じ姿勢のまま立っていた。ただ、手だけが知らぬ間に確かに別の医師に従って
 動いた。  
・台所から引き返して来た時子が部屋の戸口で立ちすくむのが見える。
・「あんた!」呼ばれたように少年は時子へ向き直った。女の顔にどす黒い影がよぎる。
 女は一杯に見開いた眼で、懸命に少年を見返している。
・「出て行け」時子は言った。
・ひどくあっ気ない、ひどく容易なことに思えた。なるほどこんなことなのか。「こんな
 ものがおっかねえのかよ。年中鉄砲を見馴れてるだろうに」
・すすんで出た彼に、「射つな!」坐ったまま後ずさりし、庄造は喘いで言った。「射つ
 な!」押し殺した声だ。
・手にしたものが、今絶対に自分に必要な、離せぬものに思えた。少年はやっと今、なに
 もかも理解出来た晴々しい気持ちだった。「俺あ、ダボじゃない」と彼は言った。
・庄造はつられたように頷き、その後口を開いたまま激しく首を振った。親指が知らぬ内
 に拳銃に触れ、撃鉄が起きた。拳銃から外れた親指がシリンダーを廻す。シリンダーは
 固く乾いた音を立てて几帳面に廻り、促すようにゆっくりと最後の音で止まる。
・「射つな!」うんと、頷きながら、指がつれるように動いた。掌の内に跳るような衝撃
 があった。眼の前で庄造が一度激しく揺れ、その後逃れてそらすように横を向きかかる。
 頬の上に真っ赤なしみができ、それを確かめようと少年が畳の上った時、庄造の体は一
 回転し時子に向き直ると、ひどく大袈裟なゆっくりとした動作で卓袱台の上に倒れた。
・その向うで眼と口を一杯に見開いたまま、時子は腰をぬかして坐り込み、後ずさりしよ
 うとしながら自分の体を壁に向って押し付けていた。
・女に向って彼は向き直った。掌の内に握られたものの感触は汗をかかず乾いていて、心
 持ちよかった。
・時子は坐ったまま掌を合わせる。ひどく滑稽で少年は声をたてて笑った。
・彼が踏み出すと、女は後ろに退ろうとまげた足で畳を蹴る。裾が乱れ、白い肌の奥がの
 ぞけて見えた。少年はふと自分が以前これと同じことをしていた気がする。昼間、舟の
 上で見たあの女の下半身の輪郭を想い出す。そうだ。あれに一発射ち込んでやったらと
 想ったな。
・それに向って引き金を引いた。弾は女の足元の畳に湿った音をたてた。横倒しになり、
 泣き声ともつかぬ声で女は何かを叫んだ。裾がひどく乱れ、晒された奥の白さが少年に
 は汚れたものに見えた。
・女が転がったまま両掌を合わせている。少年はなぜか急に腹がたった。女に応えるよう
 に握ったものに両掌を添え、握ってしぼるように引き金を引いた。
・女は同の一点で体を持ち上げて支えるように飛び上がり、その後、這っていこうとする
 ように両手で畳みを掻いた。それが出来ず寝そべったまま彼に向き直り、「人殺し!」
 と言った。反射したように、少年は射ち込んだ。
・女は静かになり、隣りの部屋で赤ん坊が泣き出した。
・二人は同じ姿勢で動かずにいる。女は体の下から血が流れ出し、壁に添って畳みの下に
 吸われていく。 
・土間に、客たちが舟で飲み廻しなお余って置いていった酒の壜がある。立っていき持っ
 て戻ると中身を鉢へ戻した茶碗に注いで飲んだ。
・体に酔いが廻って来るにつれ、辺りのものが一層確かに眺められるような気がする。次
 第に彼は向き直り、部屋に転がっている二人を眺めながら飲んだ。
・思いもよらぬ自分の、思いもよらぬ力が新しい幸せのように感じられる。解き放たれた
 自分が多分、間違いなくまっしぐらに進んでいけそうな気持ちだった。
・念を入れておいた方がいい、と思った。動かぬ二人をひきずっていき、繋いである舟へ
 落とした。河の途中まで引いて出、船底の栓を抜いて海へ向って放した。
 

・試験場の小屋の灯りが見える。車を止め、下りていって先刻と同じ戸を叩いた。初江が
 顔を覗けた。
・「俺あ、出ていくんだ。そう決めたんだ。いかねえか、よかったら、一緒に」
・戸口の暗がりの中で少年は初江の一杯に見開いた眼を感じた。彼女の熱い息が頬に触れ
 る。
・中で声がし、明かりの中に初江のおふくろの顔が覗いた。
・「あんた酔ってるのね」初江はもう一度言った。
・「初江」前より高い声がし、おふくろの顔がまた覗いた。彼女は少年の臭いを嗅いで顔
 をしかめた。「酒を飲んでるんじゃないか。大した餓鬼だ」「帰んなよ。初江、お前も」
 言って閉めかかった扉を少年は足を踏み出して抑えた。
・「何するんだ。この餓鬼が」「俺あ手前らにそんな口をきかれるのが、嫌いなんだ」女
 は驚いたように彼を見返した。決心したように彼女は一度押し戻された扉に力を入れて
 閉めかかった。少年はそれを蹴って戻した。女は何か叫んだ。が少年はそれを聞いてい
 なかった。彼は初江を確かめ、ポケットに収まってあったものを握って取り出した。
・三人の間で拳銃は奥からもれてくる灯を丁度浴び、沈んで光って見えた。叫んでいた女
 は急に黙り、息を吸い戻すように喘ぐと、もう一度何かを口走った。
・女は両掌を胸の辺りまでさし上げかかり、扉に体を押し付けるようにのけぞりながら、
 「いけないよ」と言った。
・少年は体で押し付けるように彼女を押していき、握ったものを押し付けたままで一度初
 江を振り返ると、引き金を引いた。
・重なった体と体の間ではじめる音がし、音は部屋の中だけに響いて消えた。彼女は一瞬
 驚き切ったようにまじまじと少年を見つめ、同じ視線で初江を眺めようとしながら扉の
 下へ崩れた。
・「私たち、死刑にならない」初江は訊いた。少年はその言葉をひどく思いがけないもの
 に聞いた。そう言われ、妙に、なるほどと彼は思った、が、「十五だろ、俺たち。未成
 年だろ」それは思いがけない、確かな発見だった。
・「そうね!」と初江も言った。言葉を継がなかったが、二人とも互いに改めて解き放た
 れたような気持ちになるのがわかった。
・「少し寒いわね」「酒を飲めよ」「飲むわ」「酔えばいい」初江が飲んだ後、少年は瓶
 を受け取って飲んだ。酔いは彼が彼の内に今感じているものを倍にしてくれる。
・少年は自分を励ましけしかけるように片手を外して延べ、初江の手をとった。手は冷た
 かった。少年が握りしめると、初江は初めて応えて握り返して来た。
・延ばした腕の中で彼女がぎこちなく身じろいだ時、少年はつづいて何事かをしなくては
 ならぬ義務を感じた。 
・少年は今になって初めて廻した腕の中に初江の体温を感じた。彼にとって初めての感触
 だった。 
・「どうするの?」初江は子供のような声で訊く。答える代わりに空いている片手を肩に
 かけようとした時、手は途中で彼女の胸に触れ、彼はその感触に戸惑ったようにそこで
 止めた。
・確かめるように少年はそれを撫でる。豊かではないが柔らかなった。少年は痺れかかる
 体の部分を感じていた。初江は暗がりの中で正面から窺うように彼を見つめている。
・彼の手が両肩を抱いた時、初江は自然に崩れるようにもたれて来た。二人が捜し合うよ
 うにぎこちなく接吻した時、加減をしらずに開けられた唇の中で少年の震える歯は彼女
 の歯に当たり、音をたてて鳴った。
・顔が離れた時、少年は手初めの仕事をつつがなく終えた自分を感じながら、つづいてし
 なえればならぬことに戸惑いばかりを感じた。
・惑いながら彼は自分に、命じた。命じられた時、彼は素直になり落ち着いた。呼吸を整
 え女の体を抱いた。初江が体中で震えているのを感じた時、少年は自分がなお落ち着い
 たと思った。
・離れた片手が胸を割って中に入ると、初江はようやくみじろがず動かなくなる。
・彼の頭の中で想像の形としてだけ在ったものが今、彼の掌の内にあった。手の内の感触
 は彼を満足させ、安心させ、更に次の衝動を駆った。
・初江は同じ姿勢で黙ったままこばんだ。もつれる二人の間でポケットに入れたものが互
 いの体に強く押されて、その度に少年は気負いたち、初江は抗う力をゆるめた。
・初江を押し開いた時、少年はすべての懸念を超えて自分が完全に今可能なことを感じて
 はやった。 
・暗闇の中で折り敷いたものの心当たりの部分に道の感触を探り当て、突き立てた指にそ
 れを確かめると、少年は一気に入った。
・すべての知覚はその部分に集中され、耳元で強く叫んだ初江の声を、彼は自分が押し入
 った肉体とは違うものの発した声のように遠くで聞いただけだった。
・初江はうめいたまま動かず穏和しくなった。少年はきりなく探り、焦り、抱きしめなが
 らすすんでいった。 
・動作の合い間、下からもれて来る吐息を聞く度、彼は自分が今、憧れ夢見、怖れてもい
 たそのものの上に、そのものの内にまちがいなく在ることを感じ直すのだ。
・初めての自分が放出され四散していった時、少年は満足に声を上げて笑った。
・少年自分が今、倍にふくれ上がって強大に在ることを感じる。身づくろいして起き上が
 る初江に初めてかける言葉を捜しながら、少年は話しかけるようにポケットの中に入れ
 たままだったものを握り直した。


・幅広い街道に従って走りながら二人は残っていた酒を飲んだ。旧道をでて張りが落ちた
 のか初江は急に酔っ払い少年が何を言っても、体のどこに触ってもすぐに声をたてて笑
 い出す。仕舞に彼女は少年の体の中へ手を入れて来て、彼は車を止めて道の脇に入れる
 と二人はまた抱き合った。
・真夜中近く、旧道と新街道の出会う町外れのスタンドで、少年はガソリンを入れにスタ
 ンドの後ろにある住居の明かりのさしたガラス窓を叩いた。
・「お前酔っぱらってやがるな」男は咎めるように言い、車に近づいて中を覗いた。
 「なによ」中の初江が言った。男は比べるように二人を見た。自分でも知らぬ間に少年
 はポケットのものを持ち出し男に向って立っていた。
・廻り道の案内に少年は男を乗せ拳銃を初江に預けて後ろから男の首に押し付けさせると
 車を出した。
・畠の中に車を止めると少年は男を川っぺりに立たせ、「俺は手前みたいな口のきき方を
 されるのが嫌いなんだ」拳銃を初江にもたせてその掌を上から包んでとると彼女に引き
 金を触らせた。事情がわかり男が声を挙げようとした時、少年の掌の中で彼女は引き金
 を引いた。「見たろ!ひどく簡単だろう、やれば自信がつくだろう!」
・掌をとったまま彼が言うと初江は頷いた後、暫くして急に泣き出した。
・町の外れの街道から横へそれた畠の中の森に車を乗り入れ、森の中の社の戸を開いて神
 殿の下の小さな堂の上へ身を寄せて横になり、二人はすぐに眠った。
・薄暗い拝殿の中で少年は坐ったまま眠っている初江を見下ろす。俺の女だ。その感慨に
 間違いはなかった。がそれをもう一度確かめるように、外れた手を腕先に抱くように眠
 っている彼女の胸元から中に手を入れて見る。下へ伝っていく彼の手を体をずらすよう
 にして一度はこばんだがそれ切りだった。少年は自分の動作の内に昨夜にはなかったゆ
 とりと自信を感じ、満足だった。
・身づくろいをし、ここから動かぬように言い含めて食べるものを買いに街道を伝って街
 に戻った。 
・パンと罐詰を買った雑貨屋でラジオは音楽をやっている。ガラスのケースの上に忘れら
 れた新聞には何も出ていない。少年は心配することを忘れた。
・パンを齧りながら来た道を戻った。森の鳥居をくぐって入った時、少年は足を止めた。
 神殿の前に初江を挟んで巡査と若い百姓がいる。入って来た少年を初江は真っ先に認め、
 気配に二人が振り返った。
・少年は立止まったまま二人を見返した。巡査が何か言い、初江が頷く。巡査は手を上げ
 て少年に来いと言った。 
・「一寸一緒に来い」手を延ばしたまま巡査は言った。飛びさった時、少年は知らぬ間に
 ポケットに握った手をかまえて取り出していた。
・巡査と並んで立っていた百姓の顔の上に、少年はまたあの滑稽などす黒い表情を見た。
・「お前は!」とだけ巡査は言った。 
・「後ろを向いて、向うへ歩けよ。お宮の後ろの方へだ」社の横を抜け、茂みの間をぬっ
 て車の近くまで来た後、木の根につまずいたようによろけ、百姓が木の幹の向うへ駆け
 込んで逃げた。同時に巡査が初江をつき飛ばして逆へ逃げた。
・咄嗟に少年は巡査だけを狙った。一発は木の幹へそれ、間近に追いつくと一米の間隔か
 ら少年は振り向こうとする潤さの背を射った。弾は下にそれ巡査の腰を貫いた。
・転げて坐り込んだまま巡査は、「射つな」と繰り返し叫んだ。 
・前へ向って歩きながら、定期便のトラックの陰の暗がりにまぎれて脇の方へ飛び下りた。
 街道の灯りのとどかぬ辺りから少年は一散に駆けた。街道に平行に添った暗く細い田舎
 道を少年は初江を捜しながら歩いた。
・暫くいった人気のない水車小屋の前に初江は立っていた。彼が声をかけると走り寄り初
 江はしがみついて泣き出す。少年はそれをひどく新鮮な印象で眺めた。
・食べていない二人はすぐに参った。それでも暁方近くまで歩いて来た時、山に分け入る
 分かれ道のたもとに炭を焼く窯とその上側の土手に物置きの小屋が見えた。人気はない。
・押し入った小屋の中の荷は半ば空になっている。隅にあったむしろを敷いて二人は抱き
 合って眠った。 
・眼をさまし、彼を見上げると初江はすぐ涙を流す。身を寄せて少年の膝の上に頭を載せ
 ると初江はまた泣いた。
・「暗くなるまで眠るから、もし誰か来たらすぐにおこせ」少年は逆に初江の膝にもたれ
 眼をつむった。
・戸口の隙間から少年がすり抜け出た時、道の向かいの繁みに気配があった。
・「お前がもし昨日町で巡査を殺した餓鬼なら穏和しくした方がいいぞ。山狩りが始まっ
 ているんだ。もう動けやしねえ」
・少年は身をすさって戸口まで戻り、入りながら声の聞こえた繁みに向って射ち込んだ。
 葉が散る音がし手応えはなかった。
・離れた辺りで、「やっぱりそうだな」声が言った。声の後暫くして銃声がし、さっきの
 言葉の通り戸口の扉の上に散弾がかかった。
・「そこに泊っているものの名前はなんと言う」拡声機の声が言った。「銃器を捨てて出
 て来なさい」 
・「出て行こうよ」願うように初江は言った。
・「出て来ないと射つぞ」暫くして携帯マイクを持った警官の姿が分かれ道の三つ股の角
 に現われた。
・隙がした戸の柱の脇に拳銃を押し付けると立っている警官を狙い少年は射った。弾は二
 米ほど離れた辺りに土煙を上げた。警官は仰天したようにもの陰へ這い込む。少年は声
 を立てて笑った。
・「出て来い。そうじゃないと射つぞ。後十数える」声は一つから数え始める。「十」と
 声が言った後、三十秒ぐらいたって銃声が次々に鳴った。薄い羽目板のあちこちに弾は
 叩くような音をたてて鳴った。散弾が多く、拳銃と中に一発だけライフルが入っていた。
・外の土を踏む重い気配がある。外の壁に添ってそれは戸口の方へゆっくり伝っていく。
 板一枚をへだてたまま平行して少年は動いた。気配が押し上げ窓の辺りになお近づいた
 時、少年は板野上から相手に触るようにして三発射った。重いものが薄い壁にのしかか
 り、うめき声の後暫くして崩れた。その辺りらしい足元にもう二発射ち込んだ。
・「怪我人を助けにいく、その間だけは射つな。射つと罪が重くなるぞ」
・暫くして同じ裏側に人の気配があった。「怪我人を収容する間は抵抗するな、約束しろ」
 声は言った。
・思い出したように外の気配はじりじり動いて近づいて来る。囁くが聞こえる。少年を弾
 をつめ直した。 
・「あんんた!」初江が叫んだ。が少年は羽目板に向って射った。またうめき声があがり、
 足音が慌てたように小屋にそって走る。それを追いかけるように小屋の暗がりの中から
 壁に向ってシリンダーがひと回りするまで少年は射ちつづけた。
・身をずらし出口の戸を押して少年はすり出るように全身を外気に晒した。外は小屋の中
 よりも冷えて感じられる。中の初江をふり返ろうとした時、銃声が同時に一米も離れる
 真横の羽目板を弾が貫いた。思わず坐り込み、夢中で中へ這い込んだ。そんな自分の恰
 好を少年はひどく腹が立った。
・口径の大きなライフルは縫うように小屋の壁を通り抜け、裏側の壁板に表の倍以上の穴
 を開けている。 
・夜がふけてから少年は眠っている初江を確かめ音をたてずに戸口から出た。出た途端思
 いがけぬ間近から銃声がなった。散弾が戸口に音をたてて散らばると同時に、その一発
 がそでを破って肌をかすめてすぎた。焼けてひりつく痛みがあった。はじかれたように
 少年は中へ駆け戻った。
・装填した後ポケットに残った実包を指で数えた。まだ二十数発近くある。彼は安心しす
 ぐ眠った。
・眼覚めると同時に少年は横に置いた拳銃をとった。「初江」彼は叫んだ。彼女だけが答
 えない。壁に開いた穴から外の明かりがにじんている。見廻したが彼女の気配はどこに
 もなかった。「畜生!」と彼は言ってみた。
・やっとまた俺は一人だな、彼は思った。知らぬ間に涙がこぼれている。しかし彼はそれ
 について感じなかった。 
・手元の拳銃のシリンダーを廻した。つめられた弾の数だけシリンダーは同じ音をたてて
 廻る。
・「十数える内に出てこい」前の声が言った。昨日と違って声はきちんとした間隔で十数
 え終えた。マイクに何か言い合う声が伝わって来る。しかし一寸の間彼等は射たなかっ
 た。
・「いいか、いくぞ」念を押すように声が言い、最初の一弾が来た。つづいて弾は四方か
 ら飛んできた。小屋全体が音をたてて鳴った。少年は積まれた薪の陰に腹這いで待った。
・近づいて来る足音がある。少年は薪の陰で待った。足音は外側の羽目板を伝い入口にか
 かる。 
・戸が開かれ、人影がし、二人が入った瞬間に少年は射った。はじかれたように二人は飛
 び出した。
・その後彼らは滅茶苦茶にしかけて来て、弾は四方から壁や窓を破ってははじけた。薄い
 板壁だったがライフルは鋼を打つような音をたてて壁から壁へ穴を抜いて廻った。
・彼等は小屋の周りの、思いがけず間近なところから射ち込んできた。しかし弾はどれも
 不思議に当たらなかった。 
・体の内に高まって来る陶酔が切りなく極点に向って近づいていくのを感じながら、少年
 は仕舞いに声を上げて射った。
・その瞬間、戸口からさし出した少年の掌の拳銃を飛んできた弾が射った。衝撃の疼痛が
 腕を痺れさせた。恍惚の極点に少年はその痛みを殆んど快いものに感じた。下半身に熱
 いものが拡がっていく。
・外れて飛んだ拳銃に弾が集まり、開いた戸の先で拳銃は暴発した。
・「手を上げて出てこい」待ち切れないように声は言った。手を上げ、少年は戸口に立っ
 た。外の明かりが馬鹿にまぶしく見える。
・「ダボ」声がし、振り返った。小屋の横の繁みから見知らぬ男と並んで武夫の姿が見え
 た。向き直った彼に、武夫はいつもと同じじらすような嘲笑っている。
・頭の血が下がっていき、次の瞬間、逆にこみ上げた。叫び声が喉をついて出て、少年は
 武夫に向って走った。  
・眼の前で、武夫と並んだ隣りの男の銃が火を吐いた。焼けたような衝撃が肩口と腹を打
 った。
・銃を構えている武夫の顔に、同じ黒ずんだ表情があった。武夫が怖れているのが少年に
 はわかった。一瞬彼は満足した。
・膝をついて立ち上げり、少年はおびえながら立っている武夫に向って近づこうとした。
 坂の土を掻くように片方を前に出した時、銃声がし少年は熱いもので殴られたような衝
 撃を腰に感じた。叫びながら少年は転がった。
・それが合図のように、取り囲んだ周囲から鉄砲という鉄砲が火を吐いた。真っ赤なもの
 が眼の前一杯に拡がり、その中を少年はきりなく落ちた。
・少年が息絶えた時、鉄砲をかざしたまま、「非道え猟だった」男たちの一人が言った。