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この小説は、妻の不倫疑惑に悩む男の小説である。不倫と言えば、夫の不倫に悩む妻とい
うのが一般的なように思われがちだが、実際には妻の不倫に悩む夫も少なからずいるので
はと想像する。特に昨今では、女性の政治家や芸能人の不倫がメディアを賑わしている。
妻に不倫されている夫は、気づかない場合が多いとか、気づいても何もできないというの
が、一般的な言われ方のようだ。
この小説では、妻に不倫の疑惑を持った男が、「こんな手があったか」と思えるような手
段に打って出る。夫からこんな手段を使われると思ったら、不倫中の妻たちは恐怖に慄く
であろう。その手段は、男の思惑どおりに上手くいき、妻の不倫の確証が得られるのだが、
最後に想定外の結果をもたらす。不倫の相手が想定外だったのだ。つくづく妻の不倫は、
夫にはわからないものなのだということを思い知らされる。それだけ女性は嘘をつくのが
上手だということなのだろう。
この小説から得られる教訓は、世の男どもは自分の妻に不倫されないように、常日頃から
妻のご機嫌をとるよう心掛けなければならないということか。

・章二は、一年前から、妻の多恵子が不貞を働いているのではないかという疑惑を持って
 いた。大場は三十四歳、妻の多恵子は二十七歳だった。結婚して六年になる。
・賑やかなことが好きである。章二は、他人がちょっと取りつきにくいくらい重苦しい雰
 囲気を持っていた。人と逢っても、必要以外には話をしない。自分では他人の話を充分
 に聞いているつもりだが、相槌もあまり打てないので、相手には気難しそうに見えるの
 だった。何人かの同僚と話し合っても、彼だけは気軽に仲間の話の中に入ってゆけなか
 った。
・多恵子のほうは、誰にも愛嬌がよかった。それほど美人ではないが、どこか笑い顔に人
 好きのするようなところがあって、それなりの魅力を持っていた。
・夫婦の仲は、悪いほうではなかった。が、特別睦まじいというほどでもなかった。結婚
 後六年になるが、章二は妻に積極的に愛情を見せる、あのちょっとした細やかな技術も
 知らなかった。面倒なのではなく、性格として、それが出来なかったのである。だが、
 妻の明るさには実は彼も救われていた。自分では、この性分はどうにもしようがないと
 思っている。一方、妻の明るさに密かに満足していた。
・多恵子は他人と会うのが好きだった。だから、家に客があるのをひどく悦んだ。章二が
 会社の者を連れて来ると、ことのほか歓迎する。座は多恵子が中心に興が盛り上がるの
 だった。事実、彼女の客あつかいは巧かった。もともと、郷里の大きな呉服屋の娘で、
 育ちも悪くなかったから、客を上手にもてなくなかには、どことなくその躾の良さも現
 れていた。 
・多恵子の笑い声がまた客の好感を得た。それを聞くと、誰の心も愉しくなるような声だ
 った。だから、少しでも彼女が座を外すと、急に部屋の光線がうすくなったような寂し
 さになる。
・章二の仲間が遊びに来ても、よく多恵子はほめられた。ことに、同僚の片倉は、会社で
 も章二に多恵子のことを賞賛した。
・章二は、実際、交際下手というか、社交性がないというか、自分の孤独癖を自覚してい
 た。だが、どんなに融合に努力しても、長つづきはしなかった。無理をしてやれば、自
 分がいかにも柄にもないことをしているような感じがして、気が射すのだった。
・多恵子は、いわば世話女房型で、章二の世話には細かいところまで行届いた。普通は、
 そろそろ馴れてきて面倒がるところだが、彼女は手を省かなかった。ワイシャツのボタ
 ンを掛けることから、靴下を穿かせること、ネクタイを締めることまで、多恵子がやっ
 てくれた。このような動作の間にも、章二は不機嫌そうな顔をしているのだが、多恵子
 は、その間にも絶えず夫の気持ちを引き立てるように、明るい話をしかけるのだった。
・章二が妻の不貞を何となく嗅いだ原因を強いて言えば、一年くらい前から妻に外出が増
 えたことからだった。もっとも、それまで、まるきり彼女が外出しなかったのではない。
 増えたといっても、急激にそうだというのではなかった。章二が多恵子に疑惑を持った、
 ただ一つの根拠らしいといえば、彼が何かの用事で途中で会社から帰宅したとき、妻の
 留守に三、四度出遭ったことだった。それも、ここ一年の間だから、彼女が茶や花など
 を習いに出た留守だったとしても不思議ではない。
・それまで、多恵子は外出の予定があると、大抵、彼が出勤の前に話すとか、前夜のうち
 に言ったりしていたが、それがなくなったことも、彼の疑惑を起こさせる一因にもなっ
 た。  
・多恵子は、それほど身体が丈夫ではなかった。そのせいか、夫の愛撫をときどき拒絶す
 る。それも結婚直後からのことで、近ごろそう変わったというのではなかった。ところ
 が、彼女が拒絶する日が、最近、どうも彼女の外出した日に多いのだ。
・章二が妻の足に触れても、疲れているから、と言って夫の手を払い除けた。だが、子細
 に気をつけて見ると、ときには、それが全く逆のことがあるのだった。おれもかえって
 章二の疑惑をおこさせた一つになっている。というのは、ときたまだが、昼間外に出た
 日に限って、彼女のほうが刺激的に夫の身体を求めるのだった。
・章二が妻への疑いを成長させたのは、彼自身の出張が多いことだった。
・確かに、妻は自分の留守中に不貞を働いている。この信念は、近ごろ、いよいよ強くな
 ってきた。多恵子は、同性からもだが、特に男から好感を持たれるほうだった。しかし、
 彼女の相手は、章二の知らない男ではなく、章二と交際のある、もしくは、その顔を章
 二が何度も見たことのある男のような気がした。
・女の場合、ことに家庭に入ってしまってからは、その交際範囲が限られてしまう。こう
 いう点から、章二は、妻の相手は自分と共通の交際範囲の中だと思った。 
・章二は、ラッシュアワーの電車の乗って、混み合う乗客の中に包み込まれて、身動きで
 きない状態になっていたとき、天啓のように、その理念が閃いたのであった。それを考
 えついたとき、まさにこれ以外の最良のものはないと思った。それは同時に、姦通者両
 人への復讐を兼ねていた。章二はその日、社の帰りに本屋に寄って、通俗的な医学知識
 の本を買った。
・章二は、夜十一時ごろ、新宿の暗い電車通りをぶらぶらと歩いていた。そこだけは、こ
 の地域の盲点みたいに灯が乏しく、その場所を穴のように包んで、ほかの界隈は賑やか
 な灯が下から夜空に明るく発光しているのだった。その暗い通りに、人待ち顔に何人か
 の女が立っている。章二は、わざと、その女たちの横をゆっくりと歩いた。すると、期
 待どおりに、彼のすご後ろから女が追いついてきて、肩を並べた。「ねえ、お茶喫みま
 せん?」と声をかけてきた。章二は、最初の女を断った。女の顔が案外清潔だったから
 である。彼の目的は、もっと汚い感じの女を求めていた。こういう種類の女は、気をつ
 けて見ると、ほうぼうに、さりげなく立っている。章二は、その女たちのひとりひとり
 を点検するように歩いた。章二は、ようやく適当なのを一人見つけた。三十近い女で、
 顔も身なりもうす汚れている。女は先に立って章二を案内した。女は、何度も路地を曲
 がって、角の家にさっさと入って行った。馴れたものだった。女はまるで自分の部屋の
 ように入っていく。隣室の襖を女が開けた。蒲団が敷いてあって、枕が二つ並んでいる。
 女は、さっさと着物を脱ぎ、音をたてて浴衣に着替えた。女は、章二が上衣を脱ぐのを
 横眼に見ながら、勝手に蒲団の中に身を入れた。
・章二は、本を読んだり、人から聞いたりして、もし感染したら、自覚症状のあるのが、
 早くて三日後、遅くとも一週間後には出てくることを知っていた。彼は、ただ、自分の
 「異常」だけを待った。もっとも、彼が一番こわがったのは、梅毒だった。これだと潜
 伏期間が長い。しかし、まさか、という気持ちがあった。そう容易くは罹らないだろう
 と思った。それよりも、期待している別な病気のほうがもっとも可能性があるように思
 われる。あの女だったら、いかにも下等な客ばかり相手にしているようすだ。それに金
 もないようだから、治療も行き届かないに決まっている。
・二日過ぎても、何のことはなかった。三日目に、その初期がはじめて彼に自覚された。
 章二は、心の中で歓声をあげた。もう少しの辛抱だった。まだ、今のままでは効果が期
 待できない。章二は、自分の症状をさとられないように、出来る限り多恵子の前では普
 通の通りに振る舞った。その間、彼は妻の身体に触れなかった。
・症状は、彼にとって苦しかった。ペニシリンを打てば、この苦痛もすぐ逃れられるはず
 だが、彼はわざと放任のまま、まるで殉教者のような気持ちで過ごした。これ以外に発
 見の方法がないのだ。彼は、自分の症状が早く、もっと酷くなるようにねがった。目的
 を達したら、そのときこそ、あらゆる治療をするつもりだった。
・一週間が経った。経過は、彼の期待する通りに順調に進んだ。分泌物は膿性となって、
 彼の眼にも、それが緑色を帯びていることがわかった。医学書が教える通り、まさに症
 状は旺盛期を示していた。この時期が黴菌の活動が一番活発で、伝染力も強いにちがい
 ない。 
・その朝、出勤する間際になると、台所で、多恵子は肉料理の勉強をやっていた。彼女の
 ステーキの作り方は、今では専門店に負けないくらいの腕になっている。近所の肉屋の
 主人の指導で、めきめきと腕を上げていた。肉を食べたら、この病気は亢進するに決ま
 っていた。いいことだ。うんと肉を食べてやる。
・章二は、二、三日を過ぎた頃から、多恵子の様子をそれとなく注意深く観察した。三日
 になって、多恵子の様子が少しおかしいようにも思われた。気のせいか、これまで快活
 だった彼女の顔が、どことなく心配そうな表情に見えてきた。章二は、これから起こる
 であろう彼女の変化を、いちいち、医学書の解説するところに従って当てはめようとし
 た。もっとも、女子の場合、男子と違って複雑で、すぎに伝染症状が起こるとはかぎら
 ない、とあるが、多恵子の場合は、彼の思惑がどうやら当たっているように思われる。
 彼女の様子はどうも変化があるようだが、まだ決定的なことは断じかねる。
・都合のいいことに、章二に、またすぐ二晩ほどの出張があった。彼は旅先に出ている間、
 帰ってからの結果が愉しみだった。今度帰ると、多恵子の症状は、もっと悪くなってい
 るかもしれない。いや、たぶん、すぎに医者の所に駆けつけていることであろう。それ
 でもいいのだ。医者に行ったとなると、どんなに隠していても、そのことは、絶えず観
 察している自分の眼から逃れられることは出来ないのだ。
・相手も同様だった。つまり彼が第一に嫌疑をかけている片倉の様子が、どう変わってい
 るかである。  
・彼は、次の試験を行った。その夜、彼は寝ている妻に手を伸ばした。「駄目ですの」彼
 女は、夫の手をものうそうに払い除け、蒲団の中に自分の肩を沈めた。章二は、もう確
 かだと思った。
・どんなに辛い自覚症状があっても、多恵子はそれを章二にうったえることができない。
 普通なら、当然、病気を移した夫を責めるはずだった。それがないのだ。いや、できな
 いのだ。多恵子は、その忌まわしい病菌が章二から感染ったのか、相手の男から感染さ
 れたのか、判断に迷っているのだ。夫にも言えない。相手の男にもきけない。万一、二
 人のうちどちらかでも病気でなかったとき、彼女に破滅が来るからだ。夫にきいて、そ
 うでなかったら、彼女は不貞を告白するようなものだし、愛の相手い質問して、その男
 からの伝染でなかったら、彼女には男への申し訳が立つまい。つまり彼女は双方ともが
 怖ろしくて詰問ができないのである。 
・ところで、多恵子があんな症状だと、片倉の奴はどうだろう。章二は、今度は片割れの
 様子を見究めるために、職場で自分の机の斜め前に座っている片倉の様子を見守った。
 そういう気持ちで眺めるせいか、片倉も何となくうち沈んているのだ。それに片倉も、
 手洗いに行く回数がどうも多いようだ。それに、手洗いから机に戻ったときの彼の顔が
 また見ものだった。渋面で帰って来るのだ。それは、痛みに耐えているような、心配し
 ているような、不安と憂欝ともつかない顔だった。章二は、片倉がちょっと席を外した
 留守に、書類を探すようなふりをして、彼の机の上を探し、引き出しを開けた。すると、
 奥のほうから、秘密らしく新聞紙に包んだものが出て来た。それを素早く手に取って開
 いた。それは、抗生物質の売薬の函だった。もはや、疑うところはなかった。こういう
 ものを隠して服用しているからには、完全に確証を得たようなものだった。
・章二が家に帰って見ると、妻はいなかった。こんなことは珍しい。玄関の鍵は、二人だ
 けの分かる所に置いてあった。裏口に回ると、やはりそこに鍵があった。章二は、家の
 中の、妻が隠しておきそうなあらゆる所を探した。すると、ちいさな仏壇の下に、よう
 やく目的のものを発見した。細長い包みで、レッテルを読むと、淋疾の治療剤だった。
 これで、姦通者同士の証拠は押さえた。こちらの予感に狂いはなかった。両方とも確証
 が上ったのだ。
・その日も、家に帰って見ると、家の中は外から見ても暗い。両隣りからあかあかと灯が
 あるのに、自分の家だけは暗かった。妻はまたどこかに出かけて、帰ってこないのだ。
 章二は裏口に回った。鍵を取るためだった。が、鍵は無かった。おかしいと思って、裏
 の狭い戸を手で突くと、それは自然と内側へすうっと開いた。不用心な話だ。錠も掛け
 ないで出てゆく。よほど急いであわてたのであろう。章二は、すぐ横が台所になってい
 るところから靴を脱いだ。すると、彼の脚がずるりとすべった。台所から座敷に行くま
 では、板の間になっている。多恵子が水をこぼしたまま、放って出たらしい。一体、靴
 下の底にべっとりと濡れているものは何だろう、と思い、台所の電燈を点けた。瞬間、
 章二の眼に映ったのは、血の海だった。
・座敷に通じる障子が倒れていて、その上に多恵子の着物がふわりと掛っていた。血は、
 その着物から、廊下まで、帯のように曳いて流れていた。赤い着物の端に生白い腕を見
 たとき、章二は眼が眩んだ。
・多恵子を殺した近所の肉屋の若い主人は、警察に自首した。彼も、自分自身の肉切包丁
 で咽喉に傷をつけていた。死に切れなくて、警察へ自首したのである。
・一年前から、多恵子と肉屋の主人は恋愛におちた。それまで、多恵子にステーキの焼き
 方など肉料理を教えていたが、いつか、肉屋の主人は多恵子に愛を覚えるようになり、
 多恵子もそれを受け容れた。そういう関係になってから、肉屋の主人と多恵子の間には、
 互いの家庭は、存在しないことになった。肉屋の主人は妻と肉体上の交渉を絶った。多
 恵子も同じことを肉屋の主人に誓った。男の場合よりも女の場合は、はるかにそのこと
 が困難である。しかし、多恵子は、それを肉屋の主人のために固く守る約束した。しか
 し、それが虚偽であることが、最近になって分かった。肉屋の主人は裏切られたのだ。
 確証を求めるまでもなかった。肉屋の主人維新の身体がそれを知ったのだ。一週間前か
 ら、肉屋の主人は忌まわしい病気に罹ったのだ。肉屋の主人は、この一年間、多恵子以
 外の女との交渉がない。淋疾を自覚したとき、肉屋の主人ははっきり多恵子の不貞を知
 った。
・肉やの主人は、二、三日前から多恵子を責めた。多恵子は泣いて詫びたが、肉屋の主人
 にはゆるせない。多恵子を失うと、この世に生きている気力もない。肉屋の主人は多恵
 子と死を決心した。だが、ここでも肉屋の主人は裏切られた。いっしょに死んでもいい、
 と口癖のように言っていた多恵子が、いざ、そのことを肉屋の主人が真剣に言うと、多
 恵子は肉屋の主人のもとから遁走にかかったのだ。