「価格破壊」   :城山三郎

価格破壊 (角川文庫) [ 城山三郎 ]
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太平洋戦争時にフィリピンの戦場において、ほとんどの戦友が戦死していった中で、幸運
にも生き残った一人の男が、自分の強運さを信じて、その後の人生を商品の流通機構と再
販価格に挑戦し、価格破壊を起こしていくという内容の小説である。
この小説で描かれている時代背景は、昭和三十年代初期である。当時はまだ日本にはスー
パーマーケットというものは存在せず、商品の再販価格、つまり小売業の販売価格はメー
カーによって厳しく決められており、小売業者は自分で自分が売る商品の価格を自由に決
めることができなかった。メーカーが決めた価格でしか商品を売る事ができず、それに逆
らうと、メーカーから強い圧力を受け、商品を卸してもらえないという制裁を受けた。
フィリピンの戦場において生死を彷徨った主人公の矢口は、戦後一旦は旧財閥系企業に勤
めるものの、せっかく幸運にも生き残った人生を「ミスさえしなければいいといった会社
勤め」のまま費やすのに苦痛を感じ、思い切って「爆発した人生を送ってみたい」という
衝動にかられ、会社を辞めて小さなクスリ屋を始める。
彼の信念は「商品をできるだけ安く大量に日本中にばらまく」であった。彼は全国の問屋
をまわり、現金買い入れによりできるだけ安く商品を仕入れ、メーカーの指定する再販価
格よりもずっと安い価格で商品を販売していく。当然、メーカーから目を付けられ、彼が
仕入れにまわる問屋をどんどん押さえられて、仕入れができない状態まで追い込まれてい
く。それでも彼は、最初の信念を曲げずに、商品を仕入れるためにまだメーカーの手が回
っていない問屋を捜して全国を飛び回る。
彼の支えは消費者であった。消費者は、1円でも安いものを求めで彼の店に殺到する。彼
は「商品の価格は消費者が決める」という考えを持っていた。これは当時としては斬新は
考えてあった。今はこの考えはかなり浸透しつつあるが、まだまだ商品の価格はメーカー
が決めるという考えも根強く残っている。
メーカーにほとんどの問屋を押さえられ、もう商品を仕入れる問屋がない状態にまで追い
込まれた時に異変が起きる。彼と同じように、メーカーの再販価格を無視した価格で販売
するお店が全国各地に現れ始めたのである。そうなると、メーカーもそれらすべてに対し
て目を光らかすということが不可能になる。それまでメーカーの圧力によって商品を卸す
ことを拒んでいた問屋も、徐々に彼のような安売りのお店にも商品を卸すようになってき
た。「価格破壊」が起きたのである。
彼は、クスリだけでなく他の商品に対してもいろいろな方法を使って、できるだけ安く商
品を仕入れ、安い価格で販売して価格破壊を起こしていく。そして彼の店もクスリ屋から
スーパーマーケットへと成長していくのである。
彼がそのように成功していった根底には、彼の愚直なまでの粘り精神があった。彼には大
学の同級で一流メーカーに勤める友達がいて、クスリ屋を始めた彼に対して、そんな将来
のない商売などやめてオレの会社で雇ってやるからこい、と進められたこともあった。し
かし、最終的には、彼のねばり勝ちであった。彼は数十店舗を持つスーパーの経営者とな
り、その一流メーカーに勤めた同級生は、リストラされて子会社へ追い出される運命をた
どる。
また、彼には将来を期待した才能のある美人女性の部下がいたが、その女性は甘い言葉に
乗せられて他店引き抜かれる。その女性は、当初は「初の女性店長」と騒がれ、それに浮
かれ自分のカラダを武器にして経営陣まで食い込むが、結局はうまく利用されただけで終
わり、お店は計画倒産され、真の経営者は海外に逃亡、負債を全部背負わされるはめにな
る。その女性は結局、親の家を処分してアメリカに渡り、青い目の男性を相手にカラダを
開く人生を送ることになる。
時代背景は古いが、商品の価格とはなにか、商品の価格はどのようにして決められるべき
ものなのか、を考えされられる小説でもある。今の時代はデフレ状態でもあり、商品の価
格は依然低下傾向にはあるが、そんな中においても、この商品がどうしてこの価格なのか
と不思議に思う商品もまだ数多くある。反面、ただ安過ぎるというのもビジネスとして成
立しない。適正価格とはどこにあるのか。それはやはり市場が決めるものなのかもしれな
い。
この小説は、一貫して自分の信念を貫き通す一人の男を描いており、そんな男の生き様に
感動を覚える。