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明治維新から10年後の1878年にイギリスの女性探検家イザベラ・バードが東京から
出発して日光から新潟に出て日本海側を通って北海道まで旅をした。そのときの旅行記が
「日本奥地紀行」にまとめられている。この小説は、その「日本奥地紀行」を題材にして、
新潟までの旅をイザベラ・バードの通訳兼従者となった伊藤鶴吉を主人公にして時代小説
として書かれたものである。
小説ではあるが、当時の日本の東北地方の人々の暮らしがどんな状態であったのかを垣間
見ることができる。そこには「文明開化」という言葉で華々しく語られている東京など大
都市部とはまったく異なる、バードに「野蛮人」と言わしめた半裸状態でくらす地方の貧
しい農村の実態があった。そして、都市部だけが経済成長の恩恵を受け、地方が切り捨て
られる状況は、明治から現代まで変わっていない。
この小説を読んで、「日本奥地紀行」も読んでみたくなった。

<この小説での旅ルート>
横浜→粕壁(春日部)(泊)→栃木(泊)→金崎→今市(泊)→小百→小佐越→藤原→
五十里→川島(泊)→田島→大内(泊)→市川峠→市川→会津盆地→坂下(泊)→片門→
野尻→車峠→津川(泊)→新潟

ワンウェイ
・英国人による阿片の密輸に対する怒りが日本では高まっている。清国がそれですっかり
 骨抜きの国家にされたことはだれでもが知っている。阿片を大量に密輸した罪で英国商
 人ハルトレーが告発されたばかりだ。なのに横浜の英国領事館はハルトレーの身柄を日
 本政府に引き渡そうとせず、領事館内での裁判とし、薬用の阿片であれば輸入の禁制品
 には当たらないとの判断で無罪放免したのだ。
・日本人の大方は阿片がどういうものか知らない。英国人らは商売のためにだけ阿片を扱
 い、自分らはほとんど常用しないということさえ日本人は知っていない。
・つい半月前の14日に起きた大久保利通の刺殺事件、襲った者らは石川県の士族6人。
 不運なことに大久保利通には護衛がなかった。刺殺の動機はもちろん西郷隆盛への同情
 が大きいだろう。士族に対する廃刀令も彼らの怒りの原因となっている。それに大久保
 利通の独断政治が重なる。 
・案内するの、耶蘇教の牧師の娘、イザベラ・バードという英国人女性だ。
・行き先が奥州だ。いまだに政府への報復を企んでいる賊軍の生き残りがいくらも居る。
・異国風の屋敷が立ち並ぶ山手地区に入ると横浜の港が一望できるようになる。
・最初は日光に向かいます。日光から会津若松方面に出る考えのようです。それから新潟
 へ。
・会津の連中でも東京に来るときゃ遠回りと知りながら郡山に出るんだ。
・本当に日光に何日か滞在するつもりなら、大半の物はそこで調達できます。わざわざ日
 光まで運ぶ必要はありません。それに日光までは平坦で開けた道ですから荷物運びも人
 力車で十分でしょう。東京で馬を借りるより日光のほうがずっと安いはずですから。
 
ツーサム
・町の賑わいも千住までで、あとはのどかな田舎道となる。千住大橋手前の大きな茶屋を
 休憩に選んだ。
・「あの味噌汁というスープは腐っている匂いがする」とバードは言った。
・利根川の渡し場、大きな平底舟は馬や荷車を載せるほどの広さがある。「テムズ川より
 広く思える」とバードは言った。
・バードは農家を見つけては、あそこに向かえと命じ、広々とした畑に足を踏み入れて農
 家の者に栽培している野菜の種類や収穫期をしつこく問い質した。
・「なにが違うと思っていたら、この国は牧草地がないのね」とバードは言った。
・町外れの宿を出て栃木の中心地に入るとバードは目を見張った。広い通りの両側には瓦
 屋根に白壁の豪壮な軒が連ねている。利根川に通じる巴波川の水運で栄えている町だ。
 「立派な宿がいくもあるじゃないの」とバードは恨みがましい目で言い立てた。「これ
 は宿ではありません。遊郭です」と伊藤は答えた。「お国にもあるでしょう。男の遊び
 場です」。「横浜の岩亀楼をご存知じじゃありませんか。外国の方は必ず足を運びます」
・栃木の町を出ると美しい杉並木が続く道となる。一直線にどこまでも伸びる整然とした
 杉並木にバードは圧倒された。「これは特別な道なのです。日光に祀られている徳川家
 康公の忌日に合わせて京都から例幣使と呼ばれる朝廷の使者が毎年遣わされました。そ
 の使者たちが必ず通った道なのでそう名付けられました。日本広しと言えども、ここぐ
 らい長く続く杉並木は他にありません。今夜の宿の今市までずっとこのままです」
・金崎の茶屋で休憩を取った。「みたらし団子」はバードも喜んで食べる。 
・今市の宿では、空腹だったらしく、珍しくバードは冷や奴の小鉢を手にした。勢いに乗
 ってバードはひじきと豆の炊き合わせの小鉢を手に取った。
・濃い緑色をしてどっしりと構える男体山がどんどん大きくなるにつけバードは力を取り
 戻した。 
・バードは珍しく御飯のお替りを求めた。「スープがとてもいい味」ハマグリの潮煮であ
 る。外国人が味噌嫌いと知っていてのことだろう。
・「昔の日本人のほうが今のあなたたちより立派だったかも知れないわよね。今の日本人
 は、横浜や東京を見ても分かるように外国の真似ばかりしている。浅草寺の大きさには
 びっくりしたけど、それを支えているのはもう昔の信仰じゃない。残っているから大事
 にしているだけ。私にはそう感じられた。熱心に手を合わせているのは老人ばかりだっ
 た。あなたがた日本人は滑稽だわ。この宿を見ても分かるように日本には胸を張って誇
 れるだけの文化がある。なのに丈の合わない洋服を着て、ぎくしゃくとダンスを踊って
 いる。神への信仰が薄いせいだと私は思う。信仰の強い人々はなんにでも揺らがない。
 暮らしや考えをあっさり変えられる人は心に神を持たない人です。アメリカでは先住民
 の人々と何ヵ月か過ごしました。便利で豊かな暮らしができると知っていながら彼らは
 今まで通りの生活を選んだ。祖先の選択を重んじたから。そこにはキリスト教に負けな
 い神への尊敬がある」とバードは言った。  
・「建物の見事さを書き尽くせば、少なくとも昔の日本人が信仰を大切にしていたことが
 わかる。今の日本人の信仰の強さは正直言ってわからない」とバードは言った。
・「私は、これほど自分の子どもをかわいがる人々を見たことがない。子どもを抱いたり、
 背負ったり、歩くときには手をとり、子どもの遊戯をじっと見ていたり、参加したり、
 いつも新しい玩具をくれてやり、遠足や祭りに連れて行き、子どもがいないといつもつ
 まらなそうである。他人の子どもに対しても、適度に愛情をもって世話をしてやる。 
・「鬼怒川沿いに田島を目指します」バードは地図から額を上げて言った。

スリー・ハンデッド
・伊藤の杞憂は現実のものとなった。目的地は鬼怒川の出で湯にほど近い藤原だった。
 バードの賞賛するブラントンの地図で見れば日光からたかだか五里しか離れていない。
 まともな街道なら女子供でも七時間やそこらで辿り着ける距離だ。しかし、楽と感じら
 れたのは出立して一時間ばかりで、あとは急勾配の坂や岩だらけの道が続いた。その上、
 小百と小佐越の集落で二度も馬を替えねばならぬ羽目となった。馬を引く馬子は農家の
 女である。その日のうちに家に戻さなくてはならない。
・小百という深い山間の集落に外国人が足を踏み入れたのはおそらくバードが初めてと思
 われる。美しい花々の咲き群れる庭で馬を待つバードは、その間中、村の者たちの格好
 の見世物となった。伊藤が何度遠ざけても、じわじわと輪を縮める。見られることに慣
 れてきたバードは気にせず昼食を取った。粥をスポーンですくい、チーズをナイフで切
 り分け、フォークで頬張ると拍手が起きたり、ざわめきが上がった。その見物人の大方
 が半裸である。子供は首にお守りを下げただけの全裸だ。
・いかにバードの目には全裸の子らが愛らしく映っていようと、国の恥と感じられる。あ
 りのままの日本を見てもらいたいと確かにバードには言った。しかしこれは酷すぎる。
 ふんどし一つで煙管を吹かし、にやにやとして眺める男たちや、乳房を丸出しにした女
 どもが間近を取り囲んでいたのだ。  
・唯一の救いは、二度目の馬の交換をした小佐越から鬼怒川沿いの道となり、がらりと景
 色が一変したことである。岩だらけの狭い道や勾配のきつさは変わらなかったものの、
 清流の美しさやいくつもの滝が目を楽しませてくれた。
・夕日に包まれた五十里(いかり)の集落は穏やかで温かなたたずまいだった。バードは
 胸に十字を切った。「こんな山の中にこれほど立派な宿があるなんで驚きよ」とバード
 は言った。「一応は本陣ですので。大名が泊まる宿のことです。西洋では貴族専用の宿
 ですか。この襖絵は狩野派のものですし、床の間の刀掛けにも蒔絵が施されています。
 普通の者はこの部屋に絶対泊まることができません。あなたなので特別に」と伊藤が言
 った。 
・「不思議なのはどんな山奥にも人の暮らす集落があること。なぜわざわざそんな場所に
 住んでいなければならないのかしら。確かに日本は小さな国かも知れないけど」とバー
 ドは言った。これに対して伊藤は「国の狭さより独立した藩の在り方が原因しているん
 でしょう。今は違いますが、つい近年まで人々は藩からの転出を許されませんでした。
 それを許せば藩の経済が成り立たなくなる。そういう体制が二百五十年も続いたんです」
 と言った。
・「私が想像していたより日本は興味深い。こと日本人という国民がね。日本を深く愛し
 ていながら、日本を嫌悪している。外国に憧れて必死に言葉を習得するのに、外国を軽
 蔑している」とバードは言った。
・「食事をしている私を取り巻いていた人々の目。人懐っこさの奥に怯えがある。二時間
 も眺めて飽きない好奇心を持っているのに、私が立ち去ると知ったらあっさりと散った。
 両極端なものが心の中に同居している。私にはそれが不思議でならないの。そういう人
 間を育てた日本にどんどん魅かれていく」とバードは言った。
・川島には満足な宿がない。小さな集落で一応客相手の宿が1軒あるだけだ。
・大内まではここ川島からおよそ六里。峠の麓にある大内は、家が三十戸足らずの小さな
 村だが、客を留める立派な農家が一軒あるとか。かつては本陣宿と同格と聞いたので粗
 末な農家ではないはずです。
・「見なさい。この田園風景の美しさ。光に満ちて川も田圃もきらきら輝いている。人生
 は一度きり。巡り合う景色もそのときしかない」とバードは言った。
・「日本の女性たちはいつも男たちの前でおどおどして身を縮めている。顔を真っ直ぐ上
 げようともしない。そんな女性ばかりの国を私は文明国家と呼びたくはありません」と
 バードは言った。  
・渓流沿いの市川という集落の中心には落差の大きな滝が激しい音を立てて高みより降り
 注いでいる。
・会津は賊軍の地だから、政府も進んで錢を出そうとは思うまい。
・バードは日本人が勉強熱心だと褒めちぎる。宿にある読み物を客が争って借り受けるの
 を見てのことです。しかし、その読み物がくだらない色恋沙汰や化け物語。漢字が
 たくさん使われているので驚いているだろうが、全部に振り仮名がついているのを知ら
 ない。
・この地方の村落の汚さは、最低のどん底に到達しているという感じを受ける。鶏や犬、
 馬や人間が焚火の煙で黒くなった小屋の中に一緒に住んでいる。堆肥の山からは水が流
 れて井戸に入っていた。幼い男子は何も来ていなかった。大人でも男子はマロ(ふんど
 し)だけしか身につけておらず、女子は腰まで肌をさらしており、着ているものといえ
 ば、たいそう汚れたもので、ただ習慣で身にまとっているだけにすぎない。大人は虫で
 刺されたための炎症で、子どもたちは皮膚病で、身体中がただれている。彼らの家屋は
 汚かった。彼らは、あぐらをかいたり、頭を下げてしゃがみこんだししているので、野
 蛮人と少しも変わらないように見える。彼らの風采や、彼らの生活習慣に慎みの欠けて
 いることは、実にぞっとするほどである。慎みに欠けているといえば、私がかつて一緒
 に暮らしたことがある数種の野蛮人と比較すると、非常に見劣りがする。日本人の精神
 的状態は、その肉体的状態よりも、はたしてずっと高いかどうか、私はしばしば考える
 のである。彼らは礼儀正しく、やさしくて勤勉で、ひどく罪悪を犯すようなことは全く
 ない。しかし、私が日本人と話をかわしたり、いろいろ多くのものを見た結果として、
 彼らの基本道徳の水準は非常に低いものであり、生活は誠実でもなければ清純でもない
 と判断せざるをえない。
・つい先頃まで、ここは武士の支配する国だったのです。それと裕福な町人たち。この国
 の文化と思想を形成していたのはその者たちでした。日本は新しく生まれ変わったばか
 りなんですよ。国を二分し、武士階級が消滅してからたった十年やそこらなんです。
・武士から腰の刀を取り上げ、腑抜けにしておきながら、軍や警察のように自分らに都合
 のよい者らにしか武器を持たせぬ。この先どんな国になるものか。
・バード女史は多くの国を旅して回った敬虔から得た結論として貧しい者の暮らしの中に
 こそ国民性の真実が見つけられる、と。女史は今の暮らしにばかり目を向けてわが国の
 歴史や文化に深く踏み込もうとはしない。その役割は女史ではなく、自分に見えるまま
 の今を伝えるのが役目と返すだけです。  
・案外あたっているかもな。新政府の連中どもは西洋の真似ばかり。夜ごと派手に繰り広
 げられている舞踏会とて、あれを日本の文化とは言わんだろうさ。間違いなく日本のも
 のと胸を張って言えるのは数少ない。 

エピローグ
・「日本という国は素晴らしい。どれほど貧しい集落でも秩序が守られている。それは皆
 の心の中に確固たる国があるからだわ」とバードは言った。
・「大人たちが小さな子供を大切にしている。それは未来が信ずるに足るものだから。心
 まで貧しい国は子供が一番犠牲になる。これまでに私が見てきた世界の中でこの日本ほ
 ど子供が平和で居られる国はない」とバードは言った。
・バードが来西した頃の日本では、外国人が許可なく歩けるのは横浜、神戸、長崎、新潟、
 函館の開港場および、東京、大阪などの大都市から十里(約四十キロ)と決められてい
 た。外国人内地旅行免状を取得すると範囲外に出ることも可能だったが、事前にルート
 を決める必要があった。だが、バードは、イギリス公使のハリー・バークスの力添えも
 あり、国内をほぼ制約なく旅行できる特別の免状を公布された。バードが厚遇を受けた
 理由は今も分かっていないが、日本政府が宣伝のためにバードを利用したとの説が有力
 だ。 
・バードは、外国を真似た横浜や東京には興味がなく、蚤が這い回る粗末な宿、不衛生な
 農村で半裸のまま暮らす老若男女などに明治日本の「真実」があると考え、熱心に見学
 する。貧しい地方の実態は、文明開化の光に照らされた大都市とは異なり、取り上げら
 れることが少ないので、驚きも大きいのではないだろうか。
・都市部だけが経済成長の恩恵を受け、地方が切り捨てられる状況は、明治から現代まで
 変わっていない。日本政府が貧困を放置していると断じるバードの言葉は、有効な格差
 是正策が打ち出せない現代日本への批判であり、これからの日本は、従来通り都市重視
 を続けるのか、それとも地方分権を進めるのかの問いかけになっているのである。
・日本の奥地を旅するバードは、羞恥心も道徳心もなく信用できない日本人にも、礼儀正
 しく、やさしく勤勉な日本人にも出会い、どちらが「真実」の姿かで迷い悩む。