iPhoneをつくった会社  :大谷和利

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この本は、今から13年前に2008年に出版されたもので、内容的にはちょっと古いが
iPhoneを世に出したアップル社について語られたものである。
アメリカでiPhoneが発売されたのは2007年だったが、日本にiPhoneが上
陸したのは2008年で、これは日本の携帯電話業界にとっては、まさに黒船来航のよう
な衝撃となった。
iPhnoeは、それまでの携帯電話とはまったく違う、だれも想像できなかったような、
未来を感じさせる夢のような携帯電話だった。それは、もはや携帯電話という名前はふさ
わしくなく、スマートフォンという呼び名がピッタリだった。パーソナルコンピューター
がこの世に出たときも革命だったが、これはまさに携帯電話における革命と言ってもいい
だろう。
その革命を起こしたのが、アップル社であり伝説の人であるスティーブ・ジョブズだった。
この本を読むと、アップル社の生い立ちとiPhoneを生み出すまでの経過がおおよそ
わかる。
このアップル社とスティーブ・ジョブズの組み合わせによって、はじめてiPhoneと
いう素晴らしい製品が生まれたと言えるだろう。どちらが欠けてもiPhoneは生まれ
なかったにちがいない。
そんなスマートフォンが生まれて10年以上が経過し、今では猫も杓子もスマートフォン
を手にする時代となっているが、このスマートフォンにつぐ革命的な製品となるのは、ど
んなものなのだろろうか。


はじめに
・アップル社は、1970年代後半にパーソナルコンピューター革命に火を付け、ベスト
 セラーとなったアップルUで時代の寵児としてもてはやされ、1984年のマックによ
 って革新的企業の名をほしいままにした。
・ところが、夢を追いすぎて採算を度外視する創業者のスティーブ・ジョブズを追放した
 あたりから、同社のビジネスは少しずつ変わっていった。そして、1990年代に入る
 と、ビジョンのない製品開発、乱立に近い製品のバリエーション、不慣れな薄利多売戦
 略への移行、次世代OS開発の難航などの問題が山積みとなり、おそらくどのような会
 社再建のプロが乗り込んでも、さじを投げたくなるような状況に陥った。
・それでも、奇跡は起こった。追放されたスティーブ・ジョブズが、自ら設立したネクス
 トコンピューター社
で失敗し、ジョージ・ルーカスから買い取ったCGスタジオのピク
 サー社
ディズニー社と肩を並べるアニメーションカンパニーへ成長させた後でアップ
 ル社に復帰したのだ。19960年末のことだ。
・彼は矢継ぎ早に大胆な組織改革と製品の整理を行い、アップル社を21世紀へと存続可
 能な革新的企業へと変身させることに成功。そして、持てる技術とアイデアのすべてを
 注ぎ込んだiPhoneを発売したのである。
・これからの企業にとって成功と成長の鍵を握るのは、優れた製品を作るだけでなく、顧
 客との関係を可能な限り密なものとしていくことである。この観点に立てば、目まぐる
 しいほどのモデルチェンジで消費者の購買欲を煽るマーケティングはすでに時代遅れで
 あり、ユーザーに愛され、ユーザーと共に成長していける包括的なシステムを作り上げ
 ることが重要だ。
・せっかく見栄えのする良い服でも、着心地が悪くては意味がないように、技術の粋を尽
 くした流行を先取りするような外装に包まれたデジタル機器であっても、おざなりのイ
 ンタフェースしか用意できないのでは、ユーザーとの間に良い関係を築くことはできな
 い。一歩間違えば、常に消費者の目先の欲望を刺激することでビジネスを回すしかない
 ような産業構造を作り出す恐れもある。
・アップル社は一緒に仕事をするパートナーを厳しく選び、基本的に自ら妥協せず、自社
 の要求を飲むところとしか協業しないことも知られている。アメリカ本国でもそのよう
 な状況であったため、日本でのキャリアがどこに落ち着くのアは、まだ導入そのものが
 不確定な段階から、論議の的となっていた。そして2008年6月のiPhone3G
 発表の数日前に、ソフトバンクモバイルが電撃的に契約締結を明らかにしたのである。
・アップル社が、あえて日本のキャリアで規模ナンバーワンのNTTドコモではなく、ソ
 フトバンクモバイルを選択したのかについては諸説がある。おそらく、iPhone本
 体上にキャリア名を入れないことを含む諸条件を詰めるにあたって、孫正義社長が大き
 な権限を持つソフトバンクモバイルのほうが、迅速かつ柔軟に対処できたであろうこと
 は想像に難くない。端的に言って、喉から手が出るほど欲しいiPhoneを獲得する
 ために、アップル社に対してどこまで妥協できるかを素早く決定できる組織だけが、同
 社のパートナーになれるのである。
・これに対し、NTTドコモは国内キャリア最大手の誇りもあり、アップル社からの歩み
 寄りにも期待をし、意思決定が遅れたものと推測される。スティーブ・ジョブズは、で
 きうる限りその場で判断を下し、相手にも決断を求めるタイプのリーダーだ。その彼が
 NTTドコモの対応にしびれを切らしたことは想像に難くない。

プロローグ
・2007年1月その後の携帯電話を取り巻く世界を一変させることになるiPhone 
 がアップル社から発売された。実際のアメリカ国内での出荷開始は、約半年後の6月と
 なったが、発売を待たずして、世界中の携帯電話メーカーとキャリアは、色々な意味で
 iPhoneの後を追いかけることになったのである。
・アップル社は、デザイン上の問題をマルチタッチ式のタッチパネルを組み込んだ3.5 
 インチのワイド液晶ディスプレイによって解決した。製品のほぼ前面一杯に広がるタッ
 チスクリーンは、機能に応じて自在のその役割を変化させる。
・この基本設計は、電話とメディアプレーヤーのみならずインターネットコミュニケータ
 ーとしての機能性をiPhoneにもとらし、さらにアプリケーション開発者たちに独
 自のソフトウェアを作るチャンスを与えることになる。
・これまで、携帯電話の機能を高めるにはハードウェアごとモデルチェンジを行うのが常
 識であり、ユーザーは、好むと好まざるとに関わらず、短いサイクルで新機種に買い換
 えざるをえない状況に追い込まれていた。
・また、アプリケーション開発が可能であっても、様々な制約や携帯電話の使われ方を反
 映して、ゲームや占いなどのエンターテインメント系ソフトウェアが大半を占める状態
 にあった。
・しかし、iPhoneはこれらの常識を覆し、ソフトウェアのアップデートやパソコン
 並みの機能を備えたアプリケーションを購入することによって、一度購入した端末の機
 能性を向上させながら、長期に渡って使い続けるというパラダイムシフトをもたらした。
  
すべての道はiPhoneへと続く
・アップル社が「死の淵」とも言えるどん底状態から脱し、短期間のうちに業界内で独自
 のポジションを築き上げることができた理由の一つとしては、「数値による製品の差別
 化をやめ、トータルソリューションによる消費者の囲い込みへと転じた」ことが挙げら
 れる。
・確かに、薄さ、軽さ、画素数、世界初の技術などは、エンジニアにとっても設定しやす
 い目標だ。また、自動車の馬力やコンピューターのCPU駆動周波数にも見られる数字
 の大小、あるいは「世界初」を謳うキャッチコピーは、技術の専門家ではない一般消費
 者が本当の意味では理解できなくとも、製品の優劣に直結するイメージを持ちやすい。
 そこで、改良・改善の名のもとに、このような方向性を持つ仕様向上が、半ば必要悪と
 して、あるいは強迫観念的に新製品開発の中に取り込まれてきた。
・もちろん、製品の進化という側面からみて、こうした仕様向上を否定するつもりはない。
 しかし、それは製品に興味を持たせる糸口に過ぎず、あくまでも、製品のトータルな魅
 力へと誘導するための手段だった。 
・これに対し、数値による差別化自体が目的化してしまうと、そのジャンルに関わるメー
 カーは必然的に同じ土俵の中で争うようになっていく。そして、結局は仕様の類似化や
 同一化が始まり、価格競争などの面での消耗戦が誘発されるのだ。
・アップル社が窮地を脱するために採った商品戦略はどのようなものだろうか?今も続く
 彼らのやり方は「自らの土俵を作ってルールを決める」ということにある。そして、世
 界初・業界初でなくとも、そのカテゴリーの中で最良の製品作りを目指すのだ。ただし、
 彼らにとっての「最良」は、必ずしも多機能・万能を意味しない。その結果、カタログ
 スペックではライバル製品と比べて劣っている部分も散見される。
・その代わり、アップル社は、デザインや使い勝手、感性面での魅力のブラッシュアップ
 に時間と予算を注ぎ込む。「使いこなせない多機能よりも、使い倒せる厳選機能」。そ
 れがアップル社における仕様決定の大原則なのである。
・とは言え、世の中、必ずしも最良を目指したものが売れるとは限らない。そこで重要な
 のが、「自ら土俵を作ってルールを決める」という点だ。そして、そうした土俵やルー
 ル作りができない他のメーカーたちを、フォロワーとしてこの土俵に引きずり込んでい
 く。
・従来、携帯電話メーカーのビジネスは、新機種を売ることによってのみ成り立っていた
 が、アップル社はiPhoneで、一度端末を購入したユーザーを対象にファームウェ
 アや新機能の追加ダウンロード販売を行うことで利益を上げる仕組みを作り上げた。
・つまり、他の携帯電話メーカーのように半年ごとに新型機を出さなくても、既存ユーザ
 ーを相手にビジネスができる仕掛けを手に入れたわけだ。
・アップル社のターニングポイントがもう少し遅れれば、同社は立ち直れず、コンピュー
 ター史にその名を残して消えてしまったに違いない。だが、ギリギリのタイミングでス
 ティーブ・ジョブズが復帰し、どん底にあったおかげで大胆な構造改革を成し遂げるこ
 とが可能となった。
・アップル社では、スティーブ・ジョブズがリーダーに復帰してから、組織、製品ライン
 アップ、そしてプロダクトデザインに至るまで、彼の美意識に基づいてシンプルさを旨
 とするものへと回帰した。
・無駄のないデザインで従来にない操作感を実現し、考え抜かれた単純化によって最高に
 洗練された製品作りを推進してきたスティーブ・ジョブズは、いわゆるマイクロマネジ
 メント、つまり瑣末なことまで管理するマネジメント手法の権化のような存在でもある。
 彼は、製品デザインから基板の設計、OSやソフトウェアの使い勝手、マーケティング
 手法、テレビCMの編集、広告媒体の選定まで、アップル社のありとあらゆる業務に目
 を光らせ、自らの意見をぶつけてくる。
・マイクロマネジメントは「木を見て森を見ない」傾向が強く、近視眼的でビジョンに欠
 け、組織を停滞させる弊害をもたらすことから、ネガティブに捉えられることが多い。
 経営者は、大局的な見地から企業の舵取りを行い、細部は部下に任せれば良いという考
 え方が一般的であろう。
・これに対し、ジョブズの場合には「木を見て森も見る」、すなわち、ディテールにこだ
 わりながらも展望を失わず、全体バランスも崩さない、優れた彫刻を作り上げていくよ
 うな経営を実現している。
・「木を見て森も見る」と書いたが、おそらく彼の眼には、まず森の姿が見えているよう
 に感じられる。すると、バランス良く森を育成するために、どの木を伸ばし、どの枝を
 剪定し、どの雑木を間引くべきかがわかる。細部に汲々として全体を見失うのではなく、
 全体の秩序を保つために細部にこだわるのだ。
・もしも、その過程に問題と呼ぶべきものがあるとすれば、その微妙なさじ加減が、ジョ
 ブス以外の人間にはなかなか理解できないという点かもしれない。勢い、彼は物事を素
 早く処理するために、直接担当者のところに出向いたり、自分のもとに呼びつけてマイ
 クロマネジメントを行う。そのようにしてアップル社は、放っておけば増殖してしまう
 に違いない複雑さの種を、日々摘み取られているのである。
・実際にはiPHoneもコンピューターの一種に他ならない。いや、一種と言うよりも
 コンピューターそのもの。インターネット機器なのである。アップル社はiPhone 
 はもはや細かいCPUやグラフィックチップの性能を云々するような次元の製品ではな
 く、トータルな機能性や使い勝手で評価されるべきと考えているため、いわゆるコンピ
 ューターとしての能力の詳細は明らかではない。

常識を覆すハードウェア戦略
・OSやソフトウェアの良さは、ある程度使い込んでみないとわからない。しかも、その
 分野に対するそれなりの知識がないと的確に判断が下さない場合が多い。これは、自動
 車の走行運動性能などと似ている。
・これに対し、ハードウェアの外観は車の外装と同じく、好きか嫌いかという主観レベル
 のものも含めて、誰もが話題にできる。つまり、その価値判断を行うことで、製品に興
 味を持ち、心理的に関われるのだ。
・そこでアップル社は、同社製品がもたらす優れたユーザー体験を知ってもらうための呼
 び水として、魅力的な外装デザインにも力を入れた。これは、自社ブランドのハードウ
 ェアを持たなければ採ることができない戦略だ。
・もっとも、最近の国産の携帯電話にも、外観デザインに力を売れることで若い消費者の
 興味を惹こうとする傾向が見られるようになってはきている。ところが、肝心の製品の
 中身は、無秩序に増えた機能の旧態依然としたメニュー構成の中に押し込んでいるケ
 ースが大半で、実際に操作してみると、その使いにくさがデザインの価値を貶めてい
 ると感じることがある。これでは逆効果だ。
・業績の悪化した企業から次々に優秀な人材が流出する。過去から現在に至るまで、その
 ような例は枚挙にいとまがない。1990年中期のアップル社も、まさにそのような状
 況にあり、社内は混乱を極めていた。 
・そんな中、1996年の末にスティーブ・ジョブズが復帰、1997年の7月にCEO 
 のギルバート・アメリオが辞任して、ジョブズは暫定CEOの座に就いた。この時にも、
 スタッフたちの多くは、大きな決断を迫られたに違いない。なぜなら、今でこそジョブ
 ズの強力なリーダーシップがアップル社を奇跡の復活へと導いたことは明らかだが、当
 時は、暴君のように恐れられていた部分もあり、また彼が設立したネクスト社での失敗
 を思えば、その経営能力に疑問も感じられたためだ。
・しかも、彼はアップル社に、ネクスト時代の腹心を連れてきて、社内の重要なポストに
 就かせるということも行った。ジョブズにしてみれば、ネクストで苦労しても自分を信
 じてついてきてくれた部下たちへのねぎらいの意味もあったと思うが、逆にそれまでア
 ップル社を支えてきたスタッフの胸中は複雑な思いで一杯だったことだろう。
・初代マックが出たときのメディアの論調の大半は、マウスとウインドウを用いたグラフ
 ィカルインターフェース(GUI)によってコンピューターを操作するのは冗長であり、
 IBM社のPCのようにコマンドをキーボードから打ち込んで使用するほうが手っ取り
 早く効率的だというものだった。その後、GUIがコンピューター操作の主流となった
 ことは、歴史が証明している。市場シェアはウィンドウズに奪われたものの、パーソナ
 ルコンピューターの世界にGUIの概念を持ち込んで完成させたアップル社の方向性自
 体は正しかったのである。
・おおかたのメディアは、技術系の情報に関して目の前の製品の批判はできでも、ビジョ
 ンの部分まで踏み込んで的確な判断を下せるとは限らないということだ。
・多機能でありながら、それをいかにシンプルにまとめ、深慮遠謀があることを隠すか。
 アップル社はそこに腐心し、メディアがそれを見抜けずにいることも多々あるのだ。

シェアの小ささを武器にしたOS戦略
・アップル社は、コンピューターの基本とも言えるOS(オペレーティングシステム)に
 関しても、リスクを恐れずに最高のものを目指してきた。まず、1984年の初代マッ
 クと、その前進的な存在として1983年に発表された(リサ)に、GUI(グラフィ
 カルインターフェース)という概念を採り入れたときもそうだった。
・GUIを最初に発想したのは、ゼロックス社のパロアルト研究所であったが、同社がパ
 ーソナルコンピューターへの応用に興味がないことを知ったスティーブ・ジョブズは非
 常に残念に感じた。そしてゼロックス社にその気がないのであれば自ら手がけることを
 決心し、自社の生え抜きスタッフにゼロックス社から移籍してきた技術者を合流させ、
 その後20年に渡ってPC業界に影響を与え続ける完成度の高いマックOSを送り出し
 たのだ。
・マックの開発チームは、OSは限りなく透明に近い存在であるべきだというポリシーを
 持っていた。それが名無しのOSを生み、開発者たちは便宜的に「マックOS」と呼び
 慣わすことになった。これと対照的に、マイクロソフト社は、まるでOSがコンピュー
 ターのすべてであるかのようなマーケティングを行ってウィンドウズの名前を売り込ん
 だ。ここにもすでに両社の根本的な違いが存在していたと言える。
・わずか128KBの「システム1.0」(1984年)は、モノクロ表示でアイコン類
 も白と黒のドットで構成されるシンプルなものではあったが、スクリーン上部のメニュ
 ーバーははじめウィンドウの構成パーツ、ゴミ箱など、現在につながるGUIの基本要
 素をすべて備えていた。また、1度に1つのアプリケーションしか利用できないシング
 ルタスクのOSではあったものの、メインとなるソフトウェアの動作中にデスクアクセ
 サリーというメモリ常駐型のプログラムを複数起動することができた。
・「マックOS8」は初めてマックOSの名前を公式に採用し、世界的に製品名の統一が
 行われた。前バージョンに比べて50あまりの新機能が追加されたマックOS8は、市
 場に好意的に迎えられ、このことがアップル社復活への糸口となっていく。そして、最
 後の古典的なマックOSとなった「マックOS9」へと発展した。
・そして、ついにiPhone用のマックOSと基本部分を共有する「マックOS X
 が登場するのだが、ここでアップル社は大きな決断を下した。基盤となる部分から独自
 に構築していたそれまでのマックOSの構成を改め、高等教育や科学技術計算分野で業
 界標準的な位置づけにあったUNIXというOSをベースとすることにしたのである。
UNIXは、一度に複数のソフトウェアを走らせることのできるマルチタスク能力やユ
ーザー管理に優れたOSだ。 
・マックOS Xは、アップル社にとってリスクのある選択肢だったが、当時の同社にと
 っては「リスクをとらないことが最大のリスク」だった。痛みを伴う改革を先延ばしに
 するよりは、いち早くそれに直面して乗り越える努力をする姿勢は、他の企業にとって
 も大いに参考になる部分であろう。
・当初、マックOS Xはパーソナルコンピューター専用と思われていたわけだが、実は
 その基本部分であるマックSO Xは、モバイル機器のiPhoneにも使われており、
 大きくてパワフルな製品から小さくて省電力の製品までスケーラブルに対応できる万能
 OSの様相を呈している。
・ライバルのマイクロソフト社は、ウィンドウズXPからウィンドウズ・ビスタへの移行
 を計画したときに、自らが喧伝したほど革新的な内容を盛り込めず、リスクを負わなか
 ったことでビスタの普及に失敗した。そして、次期バージョン「ウィンドウズ7」に注
 目を集めようとしたが、その実態はビスタのマイナーアップデートに過ぎないという見
 方もある。PC市場で独占的なOSシェアを誇るマイクロソフト社は、既存ユーザーを
 気にしすぎて、どうしても保守的にならざるを得ないためだ。
・マルチタッチという技術は、画面やトラックパッドにタッチしている指の本数や動きを
 解析して、様々な処理を可能とするものである。
・実は、マックブック・シリーズの前身にあたるパワーブックは、2005年から2本指
 スクロールに対応していた。つまり、トラックパッド上で動かす指が一本ならマウスポ
 インターが移動し、その指を二本にするとウィンドウのスクロール操作として認識され
 るのだ。同じく2005年に、マルチタッチ技術の特許を持つフィンガーワークス社を
 買収し、より高度な応用例の実用化に取り組んできたのである。
・しかも、iPhoneには、こうした新機軸のアイデアを導入したときにありがちな
 「やり過ぎ感」がない。マルチタッチの利用をWebページや写真拡大・縮小表示に留
 め、後は指による操作と画面内の動きをいかに感覚的に一致させるかに注力している点
 は、そういう感覚的な部分をないがしろにして機能ばかりを追加している感のある日本
 の携帯電話の在り方と対照的だ。

可能性ではなくソリューションを与えるサービス戦略
・人は身に付けた習慣から、なかなか逃れられないものだ。特にコンピューターの場合に
 は、一度、ウィンドウズユーザーになってしまうと、マックに転向することが心理面で
 もコスト面でも難しいことが多かった。その時点で、アップル製品そのものに目を向け
 ることがなくなり、この世に存在しないのと等しくなってしまう。それが長年に渡って
 アップル社を悩ませてきたことだった。
・iPHoneの登場によって、インターネットの利用方法が変化したことにいち早く気
 がついたのは、ネット検査の大手グーグル社だった。グーグル社には、パーソナルコン
 ピューター以外にも携帯電話からの検索リクエストが送られてくるが、iPhoneか
 らのリクエスト数は他の携帯電話の50倍にも達したのだ。そして、2008年の2月
 の調査では、iPhoneのWebブラウザ「サファリ」からのインターネットアクセ
 ス数は、モバイル用Webブラウザ全体の71パーセントを占めることが明らかになっ
 た。ここまで高率にネットアクセスを行うユーザーは、他の携帯電話やモバイル機器に
 は見られない。iPhoneだけの大きな特徴となった。しかも、iPhoneで閲覧
 できるサイトは、iモードやEZWeb、ヤフー!ケータイで利用されるような携帯電
 話用のものではなく、一般のパソコンからアクセスされる、いわゆるPCサイトそのも
 のだ。

三位一体から四位一体、五位一体のビジネスデザインへ
・それなりに名の通った企業が他社の製品を模倣するという行為は、決して褒められたも
 のではない。しかし、有望な新製品であれば、それを迅速に分析して臨機応変に対応策
 を練る。あるいは、製品の行き詰まりを感じたときにあらゆるところからヒントを得て
 打開策を見いだすということ自体は、どんなビジネスにとっても必要なスキルである。
・国産の携帯電話やスマートフォンにもタッチパネルやタッチインターフェースを採用し
 たものが以前からあったにも関わらず、iPhoneが出てから1年の間、すなわち日
 本上陸が予想されていたタイムリミットの間に、これと真っ正面から対抗しようという
 製品は現われなかった。
・iPhone3Gの発表直前に行われたドコモの新機種発表でも、FOMA SH90
 6i
がタッチパネルを採用していたものの、あくまでも既存の機能性の上にタッチイン
 ターフェースを被せた感が強く、iPhoneとの差は歴然だ。
・iMacやiPhoneのような製品が現われたときに、すぐに対応できない最後の理
 由は、スティーブ・ジョブズ復帰前のアップル社と同じく、決断を下して責任をとろう
 という気概のある人材がいないことにあるだろう。もちろん、日々のオペレーションに
 決断を下し、既存のビジネスを回していくことに関して決定を行い、最終的な責任を取
 る人物はいるのだが、リスクを背負って新しい動きを作っていく人材が少ないのである。
・アップル社ではCEOであるスティーブ・ジョブズ自らが、主にその役目を負っていた
 わけだが、もう一つ重要視されているのが、その決断を素早く下していくということで
 ある。
・ひと昔前であれば、企画を実行する前に熟考し、ひとたび方向性を決めたら、それに従
 って突き進むという仕事の進め方が支持された時代もあった。しかし、現代のビジネス
 界で、そんな悠長なことをしては、流れに取り残されてしまう。また、人間というもの
 は、作業をある程度進めてしまうと、たとえそれがうまく行きそうにないとわかっても、
 なかなか引き返すことができなくなる。
・これを防ぐには、数多くのアイデアを出しては試みて、初期の段階でその可能性を見極
 め、見込みがない場合には、即刻プランを変更していく臨機応変さが求められる。
・スティーブ・ジョブズは、何かの課題に直面した場合に、例えば100のアイデアを出
 して、そのうちの99が的外れだったとしても、残りの1つが他の誰にも思いつかない
 ような素晴らしいものを提案できる力を持っている。このとき、的外れな99のアイデ
 アを追いかけても何のメリットもないわけで、それを素早く検証して切り捨て、残りの
 1つを選び出す必要がある。
・また、もし完成寸前までプロジェクトが進んでいても、万が一、プロジェクトを取り巻
 く環境に変化があれば、これを破棄したり、やり直しを行う勇気も必要だ。アップル社
 にも、陽の目を見なかったプロジェクトはいくつも存在する。
・多くのアイデアを素早く試し、即断即決で最も正しい答えを見つけ出す。そして、プロ
 ジェクトのどの段階でも、先がないと気づいたりより優れた方向性が見つかったりすれ
 ば、ゼロからやり直す。それができたからこそ、アップル社は生き残れたばかりでなく、
 業界をリードし、その枠を超えるビジネス展開が可能となったのだ。

エピローグ
・iPhoneが、ゼロから最新の機能を整理して盛り込みつつ見通しよく設計されてい
 るのに対し、日本の携帯電話は、機能の追加が住宅の建て増しのように繰り返され、そ
 のつじつまを階層の深いメニューによって何とか合わせている状況だ。他メーカーが、
 iPhoneの対抗機種を開発するには、既存の設計を一度破棄して最初からやり直す
 くらいの、思い切った過去との決別が求められる。
・キャリア主導で基本仕様やサービス内容が策定される日本の携帯電話では、通話はもち
 ろんネットアクセスでも、最終的にキャリアに金が落ちるような仕組みが優先されてき
 た。各キャリアが提供するiモードやEZWeb、ヤフー!ケータイなどは、携帯電話
 とネットが融合する過渡期には大きな役割を果たしたが、あくまでもインターネットの
 サブセットに過ぎない。
・キャリアとのしがらみがなくアップル社自ら信じる機能性だけを実現したiPhone 
 では、3G回線を使おうが、無線LANを使おうが、接続先はフルスペックのインター
 ネットである。
・おそらく、こうした違いを一番よくわかっているのは、他ならぬ日本のキャリアたちで
 あろう。しかし、もし端末の企画や開発をメーカー主導に切り替えれば、従来のような
 携帯電話ビジネスの総元締めとしてのキャリアの存在感は薄れていく。あるいは、事業
 収益のかなりの部分を占めるネットアクセスの囲い込みをやめて、スマートフォン以外
 でもインターネットに自在にアクセスできる端末を全面的に提供することは、自らの首
 を絞めかねない行為だ。
・かつてソニーは好調だったMD(ミニディスク)ベースのオーディオ事業に固執し、消
 耗品として販売していたMDメディアが不要になるハードディスクやフレッシュメモリ
 ーベースの携帯オーディオプレーヤーへの移行を難色を示した。その結果、iPodの
 独走を許してしまった。
・iPhoneは携帯電話の枠組みを解体し、インターネットの使い方を永久に変えてし
 まう。