富士山噴火 :高嶋哲夫

富士山噴火 (集英社文庫(日本)) [ 高嶋 哲夫 ]
価格:968円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

ライジング・ロード (PHP文芸文庫) [ 高嶋哲夫 ]
価格:924円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

決戦は日曜日 (幻冬舎文庫) [ 高嶋哲夫 ]
価格:693円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

首都崩壊 (幻冬舎文庫) [ 高嶋哲夫 ]
価格:880円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

神童 (幻冬舎文庫) [ 高嶋哲夫 ]
価格:847円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

都庁爆破! (宝島社文庫) [ 高嶋哲夫 ]
価格:806円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

M8(エイト) (集英社文庫) [ 高嶋哲夫 ]
価格:825円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

日本核武装(上) (幻冬舎文庫) [ 高嶋哲夫 ]
価格:660円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

日本核武装(下) (幻冬舎文庫) [ 高嶋哲夫 ]
価格:660円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

追跡 警視庁鉄道警察隊 (ハルキ文庫) [ 高嶋哲夫 ]
価格:733円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

Tsunami 津波 (集英社文庫) [ 高嶋哲夫 ]
価格:1078円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

ハリケーン (幻冬舎文庫) [ 高嶋哲夫 ]
価格:715円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

タナボタ! [ 高嶋哲夫 ]
価格:1430円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

原発クライシス (集英社文庫) [ 高嶋哲夫 ]
価格:1034円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

トルーマン・レター (集英社文庫) [ 高嶋哲夫 ]
価格:847円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

交錯捜査 沖縄コンフィデンシャル (集英社文庫) [ 高嶋哲夫 ]
価格:748円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

東京大洪水 (集英社文庫) [ 高嶋哲夫 ]
価格:1045円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

官邸襲撃 (PHP文芸文庫) [ 高嶋 哲夫 ]
価格:990円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

EV イブ [ 高嶋 哲夫 ]
価格:1870円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

イントゥルーダー 真夜中の侵入者 (文春文庫) [ 高嶋 哲夫 ]
価格:946円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

脳人間の告白 (河出文庫) [ 高嶋 哲夫 ]
価格:792円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

「首都感染」後の日本 (宝島社新書) [ 高嶋 哲夫 ]
価格:968円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

首都感染 (講談社文庫) [ 高嶋 哲夫 ]
価格:1045円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

紅い砂 (幻冬舎文庫) [ 高嶋 哲夫 ]
価格:869円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

命の遺伝子 (講談社文庫) [ 高嶋 哲夫 ]
価格:1155円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

もし富士山が噴火したら どうなる?どうする? [ 鎌田浩毅 ]
価格:1540円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

富士山噴火 その時あなたはどうする? [ 鎌田浩毅 ]
価格:1320円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

富士山大爆発のすべて いつ噴火してもおかしくない [ 島村英紀 ]
価格:1650円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

富士山大噴火と阿蘇山大爆発 (幻冬舎新書) [ 巽好幸 ]
価格:880円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

火山噴火 何が起こる? どう、そなえる? [ 高田亮 ]
価格:3300円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

ドキュメント御嶽山大噴火 (ヤマケイ新書) [ 山と渓谷社 ]
価格:880円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

噴火した! 火山の現場で考えたこと [ 荒牧 重雄 ]
価格:2970円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

歴史のなかの地震・噴火 過去がしめす未来 [ 加納 靖之 ]
価格:2860円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

富士山宝永大爆発 (読みなおす日本史) [ 永原慶二 ]
価格:2420円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

日本の火山 国内30の火山活動を検証する [ 山と渓谷社 ]
価格:1760円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

地震予知不能の真因 [ 野尻 明美 ]
価格:2200円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

首都直下地震と南海トラフ
価格:980円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

江戸の災害史 徳川日本の経験に学ぶ (中公新書) [ 倉地克直 ]
価格:946円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

超巨大地震は連鎖する [ 木村政昭 ]
価格:1540円(税込、送料無料) (2022/1/26時点)

先般、日本から8000キロ離れた南太平洋の島国トンガ沖の海底火山で大規模な噴火が
発生した。一般的には、火山噴火によって津波が発生するということはないとされていた
ようだが、日本に最大1.2メートル級の津波が押し寄せた。気象庁は、こんなのは初め
ての経験だと戸惑いを見せた。
トンガ沖海底火山の大規模噴火の一週間後、今度は大分県と宮崎県で最大震度5強の地震
が発生。この地震の震源域が、南海トラフ巨大地震の想定震源域内ということで、南海ト
ラフ大地震が近いのではと囁く人もいるようだ。
そういう状況を受けて、私は前から読んでみたいと思っていたこの本が、どうしても読み
たくなり、手に取った。
この本は2011年の東日本大震災の4年後の2015年に発表されたものだ。その内容
は、南海トラフ巨大地震が起きた数年後に、今度は富士山が大噴火し、山体崩壊を起こす
というものである。巨大地震が起きた後には、火山が噴火することが多いと言われ、東日
本大震災が起きた後にも、そんな話が囁かれたことがあった。しかし、いまのところ東日
本大震災が引き金となって火山が噴火したということは起きていない。
南海トラフ巨大地震が起きても、その後に富士山が噴火するかどうかは、まったくわから
ないのではあるが、富士山噴火は、地球の長い歴史から見ると、ある周期ごとに噴火して
いるのは事実のようだ。
もっとも、そういうことがわかっていても、富士山が大噴火するなどということは、なか
なか現実問題として捉えるのは難しいことのような気がする。しかし、そのことが一番の
リスクなのだと、この本の著者は主張している。
この本にはいろいろ参考になることも書かれている。せめて、この本を読んで、富士山が
大噴火したら、どういうことになるのか。少しでも、頭の中で仮想体験しておくのも、無
駄ではないような気がした。


プロローグ
・見慣れた静岡の町はなかった。横倒しになり炎と黒煙を上げる巨大な石油タンク、打ち
 上げられた巨船、様々な方向を向いて散乱する無数の車。海岸沿いに立ち並んでいた建
 物はほとんど姿を消し、わずかに残ったビルも傾き、窓ガラスはすべて消失している。
・水没した町の中になんとか残った数棟のビルの屋上と津波避難タワーの上には、鈴なり
 の人が助けを求めているのが見えた。ヘリに向かって手を振っているのだが、あれだけ
 の数の避難者を救出するのはヘリ一機では無理だ。
・富士山麓の駐屯地を出た陸上自衛隊のヘリ、UH−1Jは、災害偵察のため駿河湾から
 遠州灘に向かっていた。
・静岡県の太平洋岸の地域には、地震発生後五分余りで津波の第一波が到着した。駿河湾
 に流れ込んでくる大量の海水は十メートル以上の津波となって沿岸の町を襲い、川をさ
 かのぼって内陸に溢れた。
・「第二波が迫っています」
・沖合二キロばかりのところに白波が立っている。横一直線の白いラインが海岸目がけて
 滑るように進んで来る。大海に引かれた白線のように見えるが、実態は高さ10メート
 ル以上ある巨大な海水の塊だ。津波は第二波、第三波と複数の波が繰り返し続き、後ろ
 の波が第一波よりおおきくなることもある。
・「津波避難タワーが見えます」この辺りのタワーは地上15メートルの高さがあると聞
 いていたが、津波は屋上スペースのほんの数メートル下まで迫っていた。
・漁船は船尾をタワーに引っかけたまま、津波に押し流されようとしている。その船腹に
 次々と漂流物がぶつかっていく。タワーが大きく傾いた。津波避難タワーはゆっくりと
 押し寄せる波に呑まれていった。
・胸ポケットで携帯電話が震えた。娘からだ。一瞬の躊躇の後、ヘルメットのスイッチを
 入れた。<お父さん助けて>「今、どこにいる」<津波避難タワーよ、母さんや輝雄と
 一緒><タワーが傾いている。次の津波が来たら耐えられない>
・ヘリが大きく揺れた。火災の熱風が吹き上げてくるのだ。無意識のうちに携帯電話を切
 って胸ポケットに戻していた。操縦桿を目いっぱいに引いた。
・かろうじて残ったビルの屋上で手を振る三つの人影が見える。そのビル目がけて炎の海
 が近づいていく。 
・胸ポケットの携帯電話が震えている。必死で携帯電話のボタンを押す娘の姿が浮かぶ。
・「子ども二人と女性です。女性は妊婦のようです」「ビルに近づける。救助の用意を急
 げ」
・15分後には、ヘリは東富士にある富士駐屯地に向かっていた。胸ポケットに手をやっ
 た。さっきまで感じていた携帯電話の振動は、すでにない。背後に目をやると毛布に包
 まれた親子三人が抱き合っているのが見えた。
・<平成南海トラフ大地震>東海、東南海、南海地震が連動して起き、東京から九州まで
 太平洋岸に甚大な被害をもたらした。死者・行方不明者に18万人以上。日本の生産機
 能の50パーセント以上が被害を受け、そのうち20パーセントは壊滅状態となった。
・日本を襲ったこの未曾有の災害は、日本のみならず世界経済にも大きな打撃を与えた。
 
美しいやま
・新居見充は二年前から御殿場にある養護老人ホーム「ふがくの家」で施設長として働い
 ていた。
・草加正太郎は静岡市に本社のある地方紙、静岡日報の記者で、新居見の高校時代の同級
 生だ。 
・瀬戸口誠治博士は日本防災研究センターの副所長で、翼君の育ての親だ。翼君の実の父
 親は松浦真一郎。陸上自衛隊一等陸尉だ。名古屋を中心に中部地方を壊滅から救った自
 衛隊員だ。アメリカの原子力空母に乗艦中、名古屋で平成南海トラフ大地震に遭遇した。
 名古屋港で炎上爆発を続けるLNG船が大型タンカーに衝突した。絡み合った巨船二隻
 が爆発すれば名古屋港は火の海となり原子力空母が大きなダメージを受けることになる。
 そのとき、松浦一等陸尉がタンカーに乗り込み、爆薬を使って二隻を切り離した。その
 勇敢な行為で、名古屋と原子力空母は救われたのだ。しかし彼は命を落とした。
・平成南海トラフ地震の余震は頻繁に起こっている。最初の一年間にはひと月数百回もの
 揺れを感じた。中にはマグニチュード7クラス、震度6という余震とは言えない大きな
 ものもあった。
・新居見は元陸上自衛隊の一等陸佐で、かつてはヘリのパイロットだった。前の震災のと
 き、すごく危険な状況のなかで三人の親子を救った。
・「あれが宝永の噴火口ですか」と翼が聞いた。でかい火口だ。最大直径約1.3キロあ
 る。一番最近では宝永四年に噴火した。最近と言っても300年以上前だ。
・1707年、宝永東海・東南海・南海地震が起こった。マグニチュード8.6の地震だ。
 その49日後、富士山は大噴火を起こしている。噴煙は上空20キロメートルあまりに
 も上がり、成層圏にまで達した。火山灰は江戸にも10日以上降り続き、昼間も薄暗く
 なり、その灰は5センチの厚さに達した。この宝永の大噴火は、宝永南海・東南海・南
 海地震が引き金となったと言われている。
・松浦一等陸尉の奥さんは、河本亜紀子さんで、衆議院議員だ。前の震災では若くして防
 災担当大臣になった。
・新居見の長男、輝夫の遺体は上がったが、妻、春子の遺体はまだ上がっていない。新居
 見が三人の親子の救出をしているとき、そこからほんの数キロのところで新居見の家族
 が逃げた津波避難タワーが津波に呑まれようとしていた。家族は死にかけていたのだ。
 そして、タワーは津波の中に倒れた。娘の奈美恵だけが何とか生き残った。奈美恵も重
 症を負った。数日後病院で会ったとき、新居見と目を合わせようとはしなかった。当時、
 医学部を卒業して一年目で地元の大学で研修医をしていた奈美恵は、退院後、東京の病
 院に移っていった。
・<父さん、助けて>新居見の耳の奥には、まだあのときの奈美恵の声が残っている。そ
 の電話を切って、自分はビルに取り残された親子の救出に向かった。他に方法はなかっ
 たのか。何万回も自問した。
・吉川義正はふがくの家の理事長だ。父親が富士見総合病院の理事長兼院長で、去年吉川
 は副院長になった。 
・吉川は新居見と草加の高校時代の友人で、新居見が自衛隊を辞めて仮設住宅にこもって
 いたころ、この仕事を持ってきたのだ。
・世界的に見ると、マグニチュード9前後の巨大地震が起こると、近くの火山が非常に高
 い確率で噴火している。1952年のカムチャツカ地震では、3年後にベズイミアニ火
 山
が一千年ぶりに噴火を起こした。1957年のアリューシャン地震、1960年の
 リ地震
、1964年のアラスカ湾地震、2004年のスマトラ沖地震の際にも、すべて
 の地震で近くの火山が数日後から数年後には大噴火している。
富士五湖のうち、山中湖を除く四湖は、古代には「せのうみ」と呼ばれる一つのおおき
 な湖だった。しかし富士山の度重なる火山活動により熔岩が流れ込み、まず河口湖と本
 栖湖がせのうみから分断され、三つになった。そして864年、貞観大噴火によって噴
 き出した溶岩流は、せのうみをさらに分断して西湖と精進湖を造り上げた。そのときの
 溶岩流に埋め立てられた跡に生まれたのが、富士の青木ヶ原樹海だ。その後、937年
 の承平の噴火によって川がせきとめられ、新たに生まれたのが山中湖と考えられている。
・富士山の樹海周辺には大小合わせて百以上の風穴がある。有名なのは富岳風穴や富士風
 穴、本栖風穴、神座風穴などで、観光名所にもなっている。大きな洞窟はすでに発見さ
 れ観光地になっているが、樹海にはまだ一般には知られていない風穴、洞窟が多数ある
 と言われている。
・2000年の北海道有珠山の噴火のときには、噴火予知が的中して、非常に有効な避難
 ができた。噴火した熔岩は温泉街の手前2キロにまで迫ったが、住民はすでに避難して
 おり、死傷者はゼロだった。しかし避難期間は4カ月近くにも及んでいる。
・しかし、これは最高に上手くいった例だった。それとは対照的に、1991年の長崎県
 雲仙普賢岳の噴火では、火砕流により報道関係者、火山学者、消防団員、警察官など死
 者と行方不明者合わせて43名を出している。そして最悪は2014年の御嶽山の噴火
 多くの人が犠牲になった。火山噴火予知も役に立たなかった。噴石と火山灰で58人の
 死者を出したのだ。
・「地震予知なんてできなと諦めたけど、火山噴火の予知は可能。だからその間に充分避
 難できる。住民と政府、自治体にその気があればね」
 「日本にとって自然災害対策は、もしものときの保険とは違う。台風、洪水、土砂崩れ、
 地震、津波、火山噴火。日本中で必ず定期的に起こる。運が悪かったじゃすまない。だ
 から必要な対策を取り、十分な準備が必要なの」
・大災害は兆単位の経済損失を出す。前の震災では五百兆円という膨大な経済損失が出た。
 適切な防災アドバイスで一パーセントの減災ができれば、五兆円の被害が軽減できる。
 人命ともなれば値段は付けようがない。
 
異変
・紀元79年、イタリアのナポリ郊外にあった古代都市ポンペイは、ヴェスヴィオ山の大
 噴火によってわずか19時間で滅亡した。火砕流と火山の噴出物によって街全体が埋も
 れたのだ。死者は二千人から一万人以上とも言われている。
・「五合目辺りの道路が陥没している」と言うのが十件以上あった。「問題はなぜ陥没し
 たかだ」
・「風穴のコウモリが数百匹いっせいに飛び出した」とか「ネズミが数十匹群を作って樹
 海の中を移動した」というのもあった。
・「一番の問題は、富士山が噴火するなんて誰も思っていないことだ」
・「ふじあざみライン」でも蒸気噴き出していると報告があった。熱湯を浴びた者と転倒
 で歩けなくなった者が数名の負傷者が出たとのことだ。
・新居見たちが岩場に駆け付けたとき、辺りには硫黄臭と水蒸気が立ち込めていた。そし
 て、何かが弾けるような音が響いたかと思うと、地面が大きく揺れた。大地に亀裂が走
 っている。揺れはすぐに引いていった。次にゴーッという音が響き、大地が小刻みに震
 え始めた。岩場の岩が触れ合って不気味な音を立てていた。
・ドーンという音と共に、十メートルほど前の岩の隙間から岩石をはね飛ばしながら水柱
 が立った。同時に水蒸気が周囲に広がっていく。出ているのは熱湯だ。すぐに視界が水
 蒸気に遮られ、数メートル先も見えない。
・「避難訓練が必要です。国や県主導の避難マップの作成や役所だけの机上訓練と、現実
 はまったく違います。住民の状況も個々で違っている。現実では何が起こるか分かりま
 せん。全住民が参加する避難訓練をする必要があります」
・「市長は市民の安全とともに、生活も考えなきゃならない。市内に住む多くの人々が富
 士山に生計を頼っている。実際に避難訓練をやるのは問題が多すぎる」
・「十分な準備と訓練、そして強い意志は、不可能を可能にする」
・「噴火がかなり近いと言う科学者もいる。それなのに、市も警察も消防もバラバラだ。
 住民参加の避難訓練など一度もやっていない」
・「気象庁は緊急会議を開いている。おそらく注意情報を出す。近い将来噴火の可能性あ
 りってやつだ」「近い将来というには?」「私は一週間以内だと思う」
・「おそらく地下水の下には、膨大な量のマグマが地下から押し上げられている。それが
 山を突き破って出るのが噴水。現在、山肌の弱いところを探して移動している」
・「規模は?」「かななり大きいはず」「「山体崩壊だな」
・「地震よ。まだ続いている」「大きな地震じゃない。しかし、気味が悪い揺れ方だ」
・地下から地鳴りのような響きが伝わってくるのだ。戦車や自走砲など、重量のある車両
 が間近を走るような感覚だ。
・「これは地震じゃないぞ。揺れ方が違う」「長いな。これは地震じゃないぞ。火山性微
 動じゃないのか。噴火前に起こる地震じゃないか。マグマが地下を通るときの振動」
・「御殿場市民九万人は、場合によっては全員が市外に避難という事態も考えられます。
 それは可能かどうか。無理な場合はどうすれば可能になるか。移動手段、移動ルート、
 避難先、必要人員。どれ一つ、確定していない。問題は山積しています」と黒田市長が
 発言した。
・「ここは富士山あっての町なんです。観光客もやっと震災前の水準に戻てきたところで
 す。この時期に富士山噴火の話が持ち上がれば市の観光協会が騒ぎ出すことは間違いあ
 りません」と狭山観光課が発言した。
・「現状の避難手順を八木署長から説明してもらいます」(黒田市長)
・「第一段階では気象庁の出す特別警報によって各自、指定の避難所に避難してもらいま
 す。その後、状況を見てさらに遠くに避難するか、そのまま待機するか、自宅に戻るか
 を判断します」(八木署長)
・「そこまで具体的に考えているのなら市民に発表すべきです。その上で自衛隊に協力要
 請すればいい」(新居見)
・「すでに市として、公式に自衛隊に出動要請をしているのですか」(新居見)
・「それは今後の状況次第で、現在は今できる最善の処置を・・・」(黒田市長)
・「それではいつになっても自衛隊に出動要請はできない。もっと具体的な情報が必要で
 す」(新居見)
・避難準備を進めておいたほうがいい」「緊急出動訓練とか理由をつけて待機させろ。避
 難指示が出たときには直ちに移動開始だ」(新居見)
・ある程度の準備は出来ていますが、問題はその避難規模です」(三浦一等陸佐)
・「完全避難だ。撤退と同じだ。機密書類は破棄し、必要な物はすべて持っていく。駐屯
 地に戻るとは考えるな」(新居見)
・新居見の脳裡には山体崩壊という言葉が浮かんでいた。滝ケ原駐屯地は真っ先に火砕流
 で焼き尽くされ、熔岩と崩れた土砂で埋まる」
・「住民の避難規模は?」「町全体だ。住民のすべてが町を捨てる」
・「常に最悪を想定して行動するのが危機対応の鉄則だ。自然災害でも同じだ」

避難
・「白煙は一時的なものです。火山性地震も明確なものは観測されておりません。爆発的
 に水蒸気が発生して噴き出したものと思われます。ただちに噴火が起こるとは考えにく
 いので、冷静な行動を取ってください。我々はこのまま観測を続け、さらなる以上が認
 められた場合には即時発表します」(気象庁)
・「ふがくの家は明日の朝、避難を開始する」
・「バカを言うんじゃない。一度避難すると、いつ帰って来られるかわからない。有珠山
 じゃ数カ月だったが、三宅島では四年以上、雲仙普賢岳でも避難勧告解除まで四年半か
 かったっていうじゃないか」(吉川)
・「手遅れになるよりいい」(新居見)
・「山は人の都合なんて考えちゃいない。自然のサイクルの中で形を変え、噴火している
 だけだ。人だけが自分の生活を護るために右往左往している。ある意味、勝手なもんだ」
・「何だ、アレは」富士山の山頂から白煙が噴き出すのが見える。「富士山がまた噴火を
 始めた」
・車はまったく動かなくなった。高速道路上には車を降りて見物する者も出始めた。
・「次の出口で下りてくれ。一般道のほうが車は流れている。高速道路の上には長くいた
 くない。何かが起こっても逃げ場がない」
・周りの声が急に大きくなった。止まった車から人が出てきて富士山の方向を見ている。
 白煙が灰色っぽくなっている。その煙にさらに濃い灰色が混ざる。火山性ガスが増えた
 のだ。ドーンと腹に響く音が聞こえ、空気を震わせて消えていく。あとに地響きのよう
 な低い連続音が残った。
・山頂から吹き上げる噴煙は、上空十キロ以上に達しているだろう。青い空に湧き上がる
 不気味な灰色の噴煙は、火口から這い出した生き物のように身震いした。その後、巨大
 に膨れ上がり、偏西風に乗って東に広がっていく。
・ドーンという音が轟いた。富士山山頂から噴き出していた黒煙がさらに高く巨大になっ
 ている。今までの倍以上の上空に達している。高さ二十キロ以上はあるだろう。
・「噴火警戒レベル2だ。五分前に気象庁が発表した。しかしどう考えてもレベル3だぜ。
 入山規制が必要だ」(草加)
・目の前に広がる光景はかつて見たことのないものだ。白一色。しかし雪の白さとも違う。
 灰色がかった薄い膜がすべてを覆ってる。火山灰は二センチ近く積もっている。
・「灰が目に入いらないようにしてください。もし入ったら絶対にこすらないこと。火山
 灰はケイ素でできていて、ガラス片と一緒です角膜が傷つく。気管支や肺に入ると炎症
 を引き起こしたり、もっとひどい症状が出ることもある」
・「フロントガラスの火山灰はワイパーで払っちゃ駄目です。ガラスの表面に細かい傷が
 つきます。布ではたき落として水で流すのがいちばんです」
・「降ったのは火山灰ばかり。火山弾は降らなかった。政府や気象庁からもそれ以上の報
 告はない」「近々に大きな噴火はないって言う火山学者もいるの。一カ月ルールがある
 って」(黒田市長)
・「九万人、三万五千世帯の住民を短期間で市外に避難させるなんてムリな話よ。受入場
 所、移動手段、現在の時点では多く部分が白紙」 
・「福島の原発事故のときは、まったくの突然にもかかわらず、周辺住民の緊急避難は何
 とかやりとげました。人数は少ないですが、口永良部島の全島避難の例もあります。今
 回はまだ時間があります」(新居見)
・「時間があるというのも決断は難しいの。住民にも将来を考える余裕ができる。今後問
 題になるのは、現在の避難をいつまで続けるかということ。家を捨てて市外への避難な
 んて誰も聞き入れない」(黒田市長)
・御殿場の住民は前の地震と津波の被害を直接受けてはいない。真の自然の怖さをまだ知
 らないのだ。一瞬のタイミングの違いで生死が分かれる。
・「前の震災では、後悔すべきことが山ほどありました。より正確な情報を求めすぎ、チ
 ャンスを逸したこともその一つです。迅速な決断で多くの命が救われたこともあったは
 ずです」(新居見)
・「富士山見物の客が増えたって観光協会は盛り上がっているんです。マスコミも全国か
 ら来ているし、何しろ三百年ぶりの噴火です。直接被害を受けない人たちにとっては最
 高のショーだ」
・「今、市長が全住民に市外避難命令を出したら必ず大混乱が起き、死傷者も出る可能性
 があります。特に医療施設、老人施設、病人と年寄りに被害が集中します。市としては
 責任を持てません。やはりもう少し、様子を見たほうが賢明です」
・「市が休業補償なんて出来ませんよ。国の方針がはっきりしてからでも遅くはないと思
 います」
・「指定避難所への避難さえ十分にできていない市町村も多いと聞いています。市外避難
 なんてとんでもありません。パニックを引き起こすだけです。周辺自治体の行動に歩調
 を会わせるべきです」
・「市長の意見ももっともです。時間の残されているうちにできることはやっておいたほ
 うがいい。さらに大規模な噴火が起こると、大混乱は間違いない」
・「問題は国がほとんど騒がず、避難に対しても消極的なことだ。黒田市長だけが一人大
 騒ぎしている。このままだと浮いてしまって見える」
・「国と気象庁は噴火はあっても大きな噴火にはならないと考えている。いや、そう思い
 込もうとしているというほうが正確かもしれない。とにかく異常に慎重だ」
・「だが、実際に大噴火が起こればこの辺りは壊滅的被害が出る。やはりパニックを咲け
 るために、その前に市外に避難すべきだ。黒田市長の取った方法は正しい」
・「全市民の同時避難はやはり大混乱を伴います。段階的避難が必要です。まず災害時要
 援護者、病人と老人、しあらに乳幼児を抱えた婦人など弱者を優先すべきでしょう。一
 般はその後です」
・「人の命を預かる者は失敗やごまかしがあってはならない。そのために多少の非難を受
 けてもね」 
・「バスは現在、三十台確保している。各避難所に回して、災害時要支援者を優先的に避
 難させる。御殿場インターに集合してもらい、パトカーの先導で高速道路を使って静岡
 市の各避難所までピストン輸送する」
・「避難所から住民が帰り始めています。住民の意思なので役所は何も言えません。避難
 は強制ではありませんから。皆さん、家族と家が心配なんです。この様子では市外避難
 などとても受け入れられません。病院や高齢者施設も同じでしょう。患者の市外避難を
 了承して、事故でも起これば責任問題ですから」
・「ここにおいて私は、御殿場市民全員の一時的な市外避難を決定いたしました。市民の
 みなさん、パニックにならず、子どもさん、高齢者、病気の方を優先しての避難にどう
 ぞご協力ください」(黒田市長)
・「直ちに避難指示を撤回して、町を平常の生活に戻すんだ。みんなそれを望んでいる。
 避難所には昨日の半分も残っていないはずだ」(市議会議長)
・「この件が収まったら、私はどんな決議にも従います。辞めろと言われれば、身を引く
 つもりです」(黒田市長)
・富士山の頂上から火柱が噴き上がっている。火炎の周りには黒煙が湧いていた。全員が
 茫然とした表情で富士山を見つめている。
 
噴火
・ドーンと腹に鈍く響く音と共に窓ガラスの割れる音が耳をつんざく。新居見は全身に爆
 風のような強い衝撃を受けた。同時にガラス片が部屋の中に飛び込んでくる。噴火の衝
 撃波で窓ガラスが吹き飛んだのだ。
・「富士山が燃えている」窓の外を見つめる黒田の呆けたような声が聞えた。視線を追う
 と、富士山の頂上から黒煙に混じって濃いオレンジ色の炎柱が空中に立ち上がっている。
 熔岩だ。溶けた岩石が地中から噴き出してくるのだ。
・バラバラという激しい音が響き始めた。窓から数センチ大の噴石が降り込んで来る音と、
 建物の壁に当たる音だ。地中から噴き上げられるマグマが空中で細かい噴石に分かれて、
 御殿場に降り注ぎ始めたのだ。中にはまだかなり熱を持っている石もある。
・噴石が市役所の外壁に当たる音が不気味に響いている。時折りドンという鈍い音と共に
 建物が振動するのは、かなり大きな噴石が当たっているのだ。窓からはひっきりなしに
 噴石が飛び込んでくる。床を埋め尽くしている噴石は大半は五センチ以下だが、中には
 拳大の石もある。直撃されると大怪我をするだろう。
・「全市民市外避難は続行します。ただちに消防と警察に連絡を取って、計画通り避難誘
 導するように伝えて」(黒田市長)
・「待ってくれ。この状況で建物の外に出るのは危険だ。移動は噴火が収まってからのほ
 う がいい。数時間以内には必ず一度噴火は止まる」 
・「携帯電話が使えなくなる可能性がある。全国からの電話の集中とアンテナ被害もかな
 らず出る」 
・「噴火後、判明している負傷者は重軽傷者が八十二名。死者は八名です。」
・「東海道新幹線が止まっています。噴石が運転席を直撃して自動停止。運転士が重症で
 す。御殿場線、東海道本線、その他の私鉄、バスを含めて富士山周辺の公共交通はすべ
 て運転停止です。高速道路は先ほどから入口を封鎖されています」
・テレビ局のヘリが高度を下げながら近づいてくる。他の二機もそれに続いた。ヘリは富
 士山に向かって飛び続けている。 
・「まさか噴火の写真を撮るつもりじゃないだろうな。目には見えないが、お山の上空に
 はかなりの量の火山灰が流れている。噴石だって飛んでおる。ヤバいぞ」
・吸い込まれた火山灰がジェットエンジンの熱で溶かされ、噴射される前に冷やされてタ
 ービンのファンに付くのだ。ジェットエンジンが大丈夫でも、火山灰がローターのエン
 ジン部に入り込むとかなり危険だ。エンジンを止めるトラブルも起こりかねない。
・最後尾を飛んでいるヘリの動きがおかしくなった。ふらつきながら斜めに飛行を始めた
 のだ。ヘリの機体が回転を始め、その回転は徐々に速さを増していく。テールローター
 に噴石があたったのか。煙の中に炎も見える。ヘリがオレンジ色の炎と黒煙に包まれる。
 爆発したのだ。
・携帯電話が繋がり難くなっている。御殿場から全国へ、全国から御殿場へ電話が集中し
 ているのだ。携帯電話のアンテナが噴石と火山灰でダメージを受けているかもしれない。
・「市内では混乱が始まっています。この混乱は時間を追ってひどくなりそうです。自家
 用車で各自が避難を始めました。幹線道路は軒並み大渋滞に陥っています」
・すでに手遅れの感がある。封鎖さえているにもかかわらず高速道路に向かっている車も
 多い。 
・災害時には気象の影響、中継基地のダメージや電話の集中で、携帯電話がつながりにく
 くなる。しかし、通信衛星を利用した衛星電話は通話可能地域が大幅に広がる。ただし、
 衛星電話と衛星電話の場合であって、どちらか一方が地上の基地局を利用する携帯電話
 であれば、その能力は発揮できない。
・「東京を含む関東エリアにも火山灰が降りますが、落ち着いて対応してください。今後、
 交通機関の混乱が考えられます。関東エリアの高速道路は全面的に通行禁止となります。
 首都圏にも一時間以内に降灰が始まりますが、心配するほどではありません。専門家に
 よると、一ミリから二ミリ程度の降灰だということです。航空機には最大限の注意が必
 要です。富士山から二百キロ圏内の上空は飛行禁止となっており、羽田と成田空港はす
 でに閉鎖さえています。東名、及び新東名高速道路は富士山周辺を通る区間が通行禁止
 になっています。新幹線も熱海と静岡間は運転を取りやめ、区間外での折り返し運転を
 おこなっています」(官房長官会見)
・「噴火が止まった」湧き上がる噴煙の中に見えていた火柱が消えている。
・「残された時間はどのくらいなんだ」(新居見)
・「七時間、いえ十時間は噴火しない。でも今度噴火が始まると、火砕流が発生する。一
 気に御殿場を襲う。その後はマグマが流れ出て、御殿場市から南に下って、裾野市、三
 島市、沼津市を埋め尽くす」(有紀)
・「都内の公共交通は地下鉄以外、ストップしています。車は走っていますが、ノロノロ
 運転です。事故も多発しています。高速道路は通行禁止になっていますが、事故渋滞で
 下りるに下りられない状態が続いています・・・」(テレビ報道)
・「ネットじゃマスク一枚五千円、目薬は一万円だ。ゴーグルなんて二万円で出てるぜ」
・「山頂の火口周辺の膨張が著しい。噴火が早まってるのかもしれない。急いだほうがい
 い。気象庁にも連絡を入れた。一時間以内に気象庁の発表が出るかもしれない。富士山
 が本格的に噴火するという」(有紀)
・「最短七時間後と聞いてから二時間もたってないぞ」(草加)
・「ただちに大噴火するとは言っていない。私たちの判断と国の判断は違う。次の噴火が
 始まっても、溶岩流や火砕流、火山泥流がすぐに発生するわけじゃない。十分に条件が
 整ってから、個々の災害は起こる」(有紀)
・「それに、低気圧が迫っている。大した低気圧じゃないけどね。火山灰は通常でも雪の
 数倍の重さがある。水を吸えばさらに重くなる。道路はどろふぉろになり、歩行が困難
 になる。当然、車の走行もね。それだけじゃない。雨が降ると斜面の地盤が緩む。そし
 て、火山泥流が発生する」(有紀)
・「噴火が早まる可能性が出てきました。さらに降雨という新たな脅威も迫っています。
 住民の市外避難はやっと半分といったところです。今後は、取りあえず市民を安全地帯
 に避難させます。時間がありません。愛鷹山と箱根山の高台に臨時の避難所を作ります。
 泥流に呑み込まれるよりはいい」(黒田市長)
・「新しいデータによると、次の噴火は間もなく始まります。富士山周辺の住民の方は速
 やかに避難してください」(気象庁)
・1985年、コロンビアのネバドデルルイス火山が噴火した。そのとき、溶けた雪と火
 山灰との火山泥流が麓の町アルメロを襲った。二万八千七百人の住民のうち、四分の三
 に当たる二万一千人の命が失われている。十三歳の少女が顔と手だけを出して泥に埋ま
 り、懸命の救助活動にも拘わらず死んでいった。住民避難の遅れがこの悲劇を生み出し
 た。その住民避難が遅れた最大の原因は、市民のパニックを危惧した市長が火山の噴火
 はないと住民に放送したことだと言われている。
・「火山泥流が発生する。時間がない。東斜面が崩れ御殿場市に向かって滑り落ちる。
 その後、南に向かう。かなりな量になる。幅は下るにつれて広がる。新たな土石流を誘
 発しながら、御殿場に着くころには幅数キロになっているかもしれない」(有紀)
・「土石流が発生した模様です。ただ今、気象庁から発表がありました。七合目周辺の山
 肌が崩れ、この大雨で火山泥流となって現在は勢いを増しながら麓に向かっているとの
 ことです」(テレビ報道)
・火山泥流が木々を押しつぶし、林を呑み込んで、さらに下ってくる。勢いは衰えそうに
 ない。 
・火山泥流はふがくの家の周りを回り込むようにして流れ下ってくる。山側の建物が見る
 間に呑み込まれ消えていった。 
・火山泥流は土煙を上げながら道路を走り、その先端部分が市役所に見る間に近づいて来
 る。
・「火山泥流が止まった」「奇跡です。市役所が救われました」
・流れ下っていた火山泥流が動きを止めて、一面を埋め尽くす周りの風景の一部となって
 いる。
・「まもなく噴火が始まる。でかいやつ。火砕流溶岩流が麓を襲う」(有紀)
・「東京を中心に横浜、千葉方面にいたる関東地方は降灰により深刻な状況になっていま
 す。この降灰がいつまで続くかまだ不明の状態です。今後、都や県のみならず、政府も
 全力を尽くして対処していく所存です。降灰地域からの移動に関しては、政府も全力を
 挙げて支援するともりです」(官房長官)
・暗に関東地方からの脱出を勧めているのか。しかし、避難という言葉は使わず、移動を
 使っている。官房長官の顔と声にも、戸惑いと焦りが表れている。富士山の噴火、そし
 て首都圏への大量降灰などが想定され、対応レポートは出ているが、実際に起こるとは
 誰も考えてもみなかったのだ。大規模災害などそういうものだ。
・「アメリカとイギリスの大使館は大阪の領事館に移動したと聞いた。フェリーを東京湾
 に停泊させ、大使以下、大使館職員の家族と希望する自国民を中部か関西に移す。そこ
 から日本を脱出するんだろ」「中国とロシアも同じだ。東京を逃げ出している」
・「これじゃ、東日本大震災の原発事故のときと同じだな。まず外国人が逃げ出した。自
 国の政府の呼びかけで。日本人だけがノンビリ東京に留まっていた」
・「現在、首都圏ではほとんど人影は見えません。都心はゴーストダウンのようです。銀
 行、証券会社を含めた金融機関も大半が店舗を閉じました。ATMなど電子機器の異常
 が報告され始めたからです。さらに、降灰地域の工場は大部分が操業停止を決めた模様
 です。いずれ、この東京の機能マヒは日本全体に広がり、その影響は世界に出始めるで
 しょう」(テレビ報道)
・「富士山が崩れ始めた」「山が崩れているんじゃない。火山泥流だ。表層がかなり大規
 模に滑り落ちている」 
 
火砕流
・「しばらくすると大噴火が起こる。次は火砕サージと火砕流。高温の火山ガス、火山灰、
 礫などが大量の空気を巻き込んで時速百キロもの速さでなだれ落ちて来る。火山泥流と
 違って、どこに避難してても通り道にいると命はない」(有紀)
・「今度は火山泥流と違って途中で止まったりしない。御殿場を通り、一気に沼津まで行
 きつく可能性もある」(有紀)
・「残っていた者の大半は、愛鷹山と箱根山の山腹に避難しているはずだ。高速道路の高
 架部分にも多くの住民が避難している」(新居見)
・「それじゃ巻き込まれる。火砕サージや火砕流の通り道のビルや高架に逃げてもダメ。
 襲ってくるガスの高さは数十メートルにもなる」(有紀)
・富士山より東の関東圏の公共交通機関はすべて止まっている。唯一動いていたタクシー
 も、余りの事故の多さに夕方には街から消えていた。コンビニやスーパー、デパートか
 らは食料品、水、トイレットペーパー、マスク、医薬品、電池を中心に、商品の大部分
 が消えていた。
・「日本は完全に三つの地域に分断されています。噴火により直接被害を受ける富士山周
 辺の市町村、降灰の影響を受けている関東地域。そして、その他のほとんど影響のない
 地域です。しかし、降灰の影響を受ける地域は広がりつつあります」(テレビ報道)
・「今後、降灰はますます多くなり、地域も広がります。影響を受ける地域の方は、不必
 要な外出を避けて室内に留まるようにしてください。火山灰は室内にも入り込むため、
 できる限り密閉度を高めてドアの開閉を減らすことが重要です」(テレビ報道)
・「次の噴火は宝永大噴火より、遥かに大きな噴火になります。政府はその事実を国民に
 告げ、対策を取るべきです」(有紀)
・「ヘリに技本で開発した特殊フィルターの取り付けの準備をしています。アメリカとの
 共同開発で、本来はアラブ砂嵐の中を飛ぶためのフィルターです。しかし、日本側は火
 山灰の中の飛行機も想定していたようです」
・新居見はローターの回転スイッチを入れた。ヘリは轟音を上げて飛び立った。三年ぶり
 に握る操縦桿だ。しかし、すぐに手になじんだ。
・「所感を述べる。出力が足りない。重心がかなり高くなっている。動きが鈍い。ターボ
 が詰まっている感じだ。何重にもマスクをして走っている気分だ」(新居見)
・何度か左右に大きく揺れながら高度を下げたが、徐々に揺れは小さくなった。しかしヘ
 リのバランスを保つのがやっとだ。操縦桿を握る新居見の手はじっとりと汗ばんでいた。
 十分ほど飛行すると、高度を上げ、水平飛行に移ることができた。やった操縦のコツが
 つかめてきたのだ。
・「このまま降灰地域に入る」新居見の言葉に機内に緊張は走った。
・「緒形の位置を教えてくれ」「最短距離で行く。高度はこれ以上、上がらない。フィル
 ターで出力が落ちてるせいだ」
・「目標のほぼ真上です」投光器の光の中に人影が現われた。
・ヘリが大きく揺れ、投光器の光がずれる。今までの揺れ方とは違う。エンジントラブル
 か。それとも・・・。山鳴りのような低い響きが聞えた。「噴火が始まる。今度はでか
 そうだ」
・「ダメだ。吊り上げている時間はない。着地して二人を収容する。滞在時間は三十秒だ」
・そのとき、大地が揺れた。大地の咆哮のような音が火口の方から聞えて来る。その振動
 と響きは徐々に激しくなっている。
・「静岡の病院は避難住民で溢れているようだ。患者は子どもと老人が多く、病状もひど
 い。富士山に近い地域の病院で医師と看護師の応援を求めている」「二十分後に病院の
 ヘリポートにヘリが迎えに来る。それまでに用意してくれ」
・「ヘリが飛べるんですか。この降灰の中を」
・「自衛隊のヘリが病院を回っている。新しいフィルターを付けているそうだ。富士山周
 辺の救出活動にも投入さえている」
・「これから屋上に出ます。ローターが火山灰を巻き上げていますが気にしないで。マス
 クとゴーグルを確かめてください」 
・奈美恵たちは自衛隊員に先導されて屋上に出た。思わず身体を低くした。風圧で身体が
 よろめき、巻き上がる灰でほとんど前方が見えない。
・ドーンという空気を震わせる音が響き渡った。建物が振動して、周りから悲鳴が上がる。
 ガラスが割れ、何かが倒れる大きな音が聞える。
・「富士山が爆発した。今度は大きいぞ。熔岩を噴き上げている」
・そのとき、大豆大の噴石が降り始めた。時折りゴルフボール大のものも混ざる。
 「噴石だ。建物の中に入れ。かなりでかいのもある。当たるとケガをするぞ」
・「今日中には本格的なマグマの流出が起こる。速度はマグマの粘性によって違いあり、
 はっきりしたことは言えない。過去の例だと時速三キロ程度。マグマが流れて来るまえ
 に避難させるべき」(有紀)
・「博士の話だと、富士山の南側から駿河湾にかけて、ほぼすべての住民を避難さえなけ
 ればなりません。そうなると膨大な移動手段と時間が必要になります」
・「海から脱出させるほかない」
・「沼津や富士市の沖合に大型船を停めて、小型船、中型船でピストン輸送するしかない」
・「全市民が避難するにはかなりの時間がかかりそうだ。少しでもマグマが下って来るの
 を遅らせたい。そのためにできる限りのことをやる」
・「谷の一部を埋める。マグマのダムを作るんだ。しかし問題は時間だ」
・「谷をまたいで高架になっている高速道路を崩すのはどうでしょう。橋の支柱に何発か
 ミサイルを撃ち込めばいい」 
・自衛隊が国内の高速道路にミサイルを撃つなど、前代未聞だ。
・「高速道路を崩すだけじゃマグマを堰き止めるには足らない。マグマはすぐに溢れ出て
 くる」「さらに両側の山を爆破して埋める」
・「三島、沼津、富士宮、富士など、富士山周辺に残っている住民を近くの港に集めてく
 れ。そこから海に脱出する」
・「やはり船が足りません。海自の輸送艦を動員しても一隻千人単位の人を乗せることが
 出来るかどうか。駿河湾には漁船程度しか残っていません」
・「アメリカ海軍に頼め。横須賀に空母や輸送艦が停泊している。半日もかからず到着す
 るぜ」 
・「政府に頼むと時間がかかる。特にアメリカ海軍の原子力空母に救助要請をするとなる
 と、手続きだけで半日かかりそうだ」
・「翼の父親は、日本人として初めて合衆国からシルバースターをもらっている。母親に
 頼めば話が早い。河本亜紀子衆議院議員。前の震災の時に防災担当大臣をやっていた」
 
山体崩壊
・「大変なことが起こりそうな気がする。富士山がなくなるかもしれない。富士山の下に
 考えられないような巨大なマグマ溜まりができ始めた。それも凄まじい勢いで。日本列
 島の下のプレート常識を外れた動きをしている」(有紀)
・1980年、アメリカ、ワシントン州のセントヘレンズ火山は山体崩壊を起こした。火
 山内部に帯水層があり、そこに高温のマグマが押し上げられ、大量の水蒸気が発生して
 水蒸気爆発が起きたのだ。このとき同時に膨大な量のマグマも噴出している。この爆発
 によって起こった巨大な岩屑なだれで、標高二千九百メートルの山の北側は大きく崩れ、
 二千五百メートルになった。四百メートルも低くなり、形も大きく変わったのだ。
・「山体崩壊はいつ起こる」(新居見)
・「早ければ四十八時間以内」(有紀)
・「富士山の山体崩壊という、きわめて悲劇的な事態が起ころうとしています。富士山か
 ら南の地域に住んでいる方は全員速やかに避難してください。現在、アメリカの空母が
 停泊して避難者を受け入れています」(総理)
・「富士山が崩れていく」
・「山体崩壊が始まりました。富士山の南側斜面が大音響と共に大きく崩れ落ちて行きま
 す」(テレビ報道)
・奈美恵は思わず声を上げそうになった。建物の入口に頭から血を流した新居見が横たわ
 っていた。その横に若い自衛隊員が座り込んで手を振っている。
・奈美恵と絵梨は救急医療セットをつかむと、ヘリを飛び出して噴石の中を走った。新居
 見の頭の傷は、ひと目で重傷であることがわかった。頭蓋骨骨折だ。脈は弱く、呼吸は
 浅い。意識レベルはゼロに近い。
・ごめんなさい、父さん。父さんは私たちを見捨てたんじゃない。自分の仕事をやっただ
 け。一人でも多くの命を助ける。だから、私も自分の仕事をする。
・「父さんの命は、私が必ず救う」奈美恵は声に出さずに言って、父親の手を握り締めた。

エピローグ
・富士山の山体崩壊が起こってから、ひと月がすぎていた。山体崩壊後、海外から火山学
 者や地質学者が大挙しておしかけ、富士山は世界的な火山地質研究の中心的な山になっ
 たのだ。
・山体崩壊した富士山はずいぶん低くなって、東と西の二つの山に分かれてしまった。今
 では子どもたちから双子富士と呼ばれて親しみを持たれ始めている。東富士と西富士。
 元の富士山の裾野の東と西に、高さ二千五百メートルほどの二つの火山ができたのだ。
・窓際では車椅子に坐った新居見が奈美恵を見ている。新居見はまだ頭に包帯を巻いてい
 た。頭蓋骨骨折。脳が傷つけば寝たきりになってもおかしくない大怪我だったが、十時
 間以上かかった手術は成功した。あとひと月ばかりのリハビリで歩けるようになると主
 治医から告げられている。
・富士山から南に位置する市町村は、ほぼ壊滅的な被害を受け、その被害額は十兆円を超
 えると言われている。だがすでに、広大な地域を覆っていた降灰は東京を中心に除去さ
 れ、表面上は日常を取り戻しつつあった。