生涯投資家  :村上世彰

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村上世彰さんと言えば、かつてインサイダー取引疑惑の渦中にあったとき、テレビのイン
タビューで、「金儲け、悪ことですか〜?」と絶叫していたのが強く印象に残っている。
当時は、この村上氏の他にも、ライブドアの堀江氏の「フジテレビ乗っ取り事件」が、世
間を騒がしており、「あの若造にあのフジテレビが乗っ取られるのか」と、固唾をのんで
事の成り行きを見守っていたことが、今でも強く印象に残っている。
それまでは、日本においては、株を買い占めて会社を乗っ取るとか、株を買い占めて会社
の経営陣に対して「ものを申す」をいうような例は、ほとんど見受けられなかった。その
ため、この両氏の行動は、世の中から非難の目を向けられた。そして、最終的には両氏と
も、「お縄を頂戴する」こととなったわけだが、今考えてみると、両氏の取った行動は、
ほんとに世の中から非難される行動だったのだろうか。日本の今までの商慣習になかった
ような行動だったため、「悪玉」として、「見せしめ」にされたのではなかったのか。
そんなふうに思えてならない。
株を買い占めて会社を乗っ取るとか、株を買い占めて株主とて会社経営陣に物申すという
ようなことは、資本主義社会の世界では、当たり前のことだからである。日本では、その
当たり前のことが、昔もそして今も、当たり前になっていない。日本は、未だに真の資本
主義社会になっていないのだと思う。
日本では、未だに「会社は誰のものか」というような議論がされるが、このことからして
も、日本は真の資本主義社会ではないと思う。上場企業の社長の中には、未だに会社を私
物化している社長が多く見られるし、株主総会で意見する株主に対して、奇異の目が向け
られることが多い。
このようなことは、経済の世界だけの問題ではない。政治の世界においても、同じことが
言える。主権者である国民の総意は無視され、政治が私物化されることが起きている。
日本は、真の民主主義社会にはなっていない。
これは、結局は、日本という国は、資本主義についても、民主主義についても、国民自ら
が、自分たちの力で勝ち取ったものではない。外圧によって与えられたもの、だからなの
だろう。安倍首相は、「今の憲法はアメリカから押し付けられたもの」と主張するが、今
の憲法が押し付けられたというのなら、押し付けられたのは憲法ばかりではない。資本主
義も民主主義も、押し付けられたものと言えるだろう。
日本は、欧米先進国と肩を並べる存在だと、自分達たちは思っているが、欧米先進諸国か
らみたら、まだまだ後進国のままだというのが、日本の本当の姿なのだろう思う。


なぜ私は投資家になったのか
・そもそも投資家とは何かという根本に立ち返ると、「将来的にリターンを生むであろう
 という期待をもとに、資金をある対象に入れること」であり、投資には必ず何らかのリ
 スクが伴う。しかしながら投資案件の中には、リストとリターンの関係が見合っていな
 いものがもある。それを探し、リターン>リスクとなる投資をするのが投資家だ。
・私はリスクとリターンの関係を、「期待値」と呼んでいる。期待値が大きくないと、金
 銭的には投資する意味がない。そこを的確に判断できることが、優れた投資家の条件だ。
 期待値を的確に判断するためには、数字だけでなく、その投資対象の経営者の資質の見
 極め、世の中の状況の見極め等、実に様々な要素が含まれる。
  
何のための上場か
・上場は、株式が広く一般に売買されるようになることであり、上場企業は、株主や株を
 買おうとする人々のために必要な情報を開示しなければならない。上場企業の経営者に
 は、投資家の期待に応え続ける覚悟が問われる。思い通りに株主を選んだり、経営者が
 好き勝手を行うことはできなくなる。上場とは、私企業が「公器」になることなのだ。
・しかし日本では、そもそも上場とは何か、企業は何のために上場するのか、正確に理解
 している人が少ないように思う。公器になった企業は決められたルールに従って、投資
 家の期待に応えるべく、透明で成長性の高い経営をしなくてはならない。企業は株主の
 ために、利益を上げなければならない。それが嫌なら、上場をやめてプライベートカン
 パニーになるか、非営利団体として社会貢献に主軸を置く、などの選択をするべきなの
 だ。 
・上場企業である限り、外国人投資家や年金による株式の保有残高が日本の株式市場の半
 分を超えた今、世界の中で日本だけがコーポレート・ガバナンスというルールに反した
 行動をとることはできない。
・日本では今でも、今の社長が次の社長を選ぶ、すなわち経営者が次の経営者を指名する
 のが一般的だ。こんな慣習の下では、役員の方々の素晴らしい能力が、彼らに経営を委
 託している株主にではなく、自分を役員に選んでくれた社長の意向に沿うことにのみ費
 やされてしまう。私は非常に残念だと思った。
・本来は、投資家である株主が経営者を選ぶものだ。企業が自らの事業計画を株主に説明
 し、株主はそれを吟味した上で経営者を選ぶのが資本主義の原則であり、会社法もこれ
 を全体に定められている。しかし現実には、株主は置き去りにされていた。上場企業で
 あっても、株主の方を向いて経営をしている会社はほとんどなかった。声を上げなかっ
 た株主にも責任はあるが、当時の日本における株主は「物をいわない」「顔がみえない」
 存在であり、会社は債権者である銀行の顔色は窺うものの、株主を重視する姿勢はなか
 った。
・コーポレート・ガバナンスとは、投資先の企業で健全な経営が行われているか、企業価
 値を上げる=株主価値の最大化を目指す経営がなされているか、株主が企業を監視・監
 督するための制度だ。根底には、会社の重要な意思決定は株主総会を通じて株主が行な
 い、株主から委託を受けた経営者が株主の利益を最大化するために経営をする、という
 考え方である。経営者と株主の緊張関係があってこそ、健全な投資や企業の成長が担保
 できるし、株主がリターンを得て社会に再投資することで、経済が循環していくメリッ
 トがある。 

投資家と経営者とコーポレート・ガバナンス
・私は投資家であって、経営者ではない。投資家と経営者では、必要な能力や資質が全く
 違うと思っている。投資家は、リストとリターンに応じて資金を出し、会社が機能して
 いるかを外部から監視する。経営者は、投資家に対して事業計画を説明し、社内の人材
 や取引先などをマネジメントして最大限のリターンを出す。
・中曽根康弘首相のブレインだった瀬島龍三氏は、陸軍参謀として活躍したのち伊藤忠商
 事に転じた人物である。
・投資とは、利益を得る目的で、株式や事業、不動産などに資金を投入することだ。一口
 に投資といっても、株式があれば不動産や債権もあるし、宝くじや競馬もある意味では
 投資と言えるかもしれない。投資家とは、株式会社でいえば株主、ファンドではファン
 ドの出資者、不動産では投資用不動産の所有者のことだ。
・失敗しない投資など投資とは言えない、と私は思っている。投資家として大事なことは、
 失敗したことに気が付いた時いかに素早く思い切った損切りができるか。下がり始めた
 ら売る決断をいかに速やかにできるか、ということだ。それによって、失敗による損失
 を最小限に止めることができる。 
・私の投資スタイルは、割安に評価されていて、リスク度合いに比して高い利益が見込め
 るもの、すなわち投資の「期待値」が高いものに投資をすることだ。投資判断の基本は
 すべて「期待値」にある。
・リスクが高い場合や勝率が低い場合には投資を避けるのが普通だが、「期待値」と勝率
 は別の概念だ。勝率が低いと言われる場合でも、自分なりの戦略を組み立てることで、
 勝率は変わらなくても、期待値を上げることはできる。
・「期待値」のほか、私が投資判断を行うにあたって重要視している指標がIRR(内部
 収益率)だ。手堅く見積もっても、IRRの数字が15%以上であることが基準となる。
・私は、資金循環こそが将来のお金を生み出す原動力だと信じている。国の経済において
 もそうだし、企業においても、資金循環は成長する上で非常に重要だ。 
・企業がその投資資金によって新たな資金を生み出し、加速度的に事業を大きくしていく
 ことができるかどうかを、相手の商慣習や国ごとの政治的なリスクも踏まえて見極める
 ことである。こうした資金循環が期待できる案件では、必然的にIRRが高くなる。
・経営者の役割とは、何だろうか。株主総会で取締役が選任され、その中から代表取締役
 (=社長)が選任される。株主(投資家)から委任を受け、企業の経営方針や経営計画
 を立案・決定・実行するのが経営者だ。自らの利益ではなく、会社の成長と株主利益の
 最大化のために運営をする。会社に損害を与えないための善管注意義務もある。
・しかし日本の経営者には、「株主から委任を受けている」という感覚が希薄であり、上
 場企業の社長であってもプライベートカンパニーのオーナーであるがごとく振る舞うケ
 ースが見受けられる。  
・悪い経営者とは、会社を私物化し、株主の目線に立たない経営者だ。会社の経費を無駄
 に使ったり、株式の持ち合いをすることで保身に走ったり、会社の余剰資金についての
 使い道を明確にせず、株主と対話もしないような経営者のことだ。日本で株主目線で経
 営がなされない背景には、オーナー経営者が少なく、従業員から経営者になるケースが
 多いからだと考える。
・投資家が経営者を監督する仕組みが、コーポレート・ガバナンスである。株主、従業員、
 取引先について、それぞれのリスク内容を考えてみると、従業員の給料や地位は労働法
 によって保障されている。取引先は契約によって担保されている。ところが株主は、会
 社が倒産の危機に陥った時すべてのリスクを負わなければならず、場合によっては投資
 した資金の全てが戻ってこない。そういった意味で、企業が生む利益のみならずリスク
 も全部背負う株主が、投資した資金をいかに守るかということがコーポレート・ガバナ
 ンスの根源だ。
・従業員を適材適所に配置し、やる気を出させて効率よく働いてもらうのは、経営者の仕
 事だ。リストラに迫られてクビを切るのも経営者の仕事であり、そのような結果をもた
 らした経営者の責任だ。いい取引先を見つけて良好な関係を構築し、従業員に安定した
 生活をもたらすのは、経営者の仕事なのだ。
・授業員は、経営者についていく存在だ。彼らにとって投資家は非常に遠く、直接触れ合
 う機会もないのが一般的だから、日々の業務の中で株主を意識することは難しいかもし
 れない。だからこそ、経営者が株主の視点を持って社員を引っ張っていくことが、企業
 価値、すなわち株主価値を向上させていく上で非常に需要なのだ。
・ROE(投下資本利益率)は、コーポレート・ガバナンスのひとつの指標であり、投資
 した金額に対して利益がどの程度生まれるかを示す。すなわち、当期純利益/純資産と
 いう式で算出できる。投資家にとっては、自らの投資したお金がどれだけ効率的に利益
 を生んでいるかを知る指標だ。
・日本の上場企業では、投資家と経営者の意識する指標が分離している場合が多い。投資
 家はROEの向上を求めるが、経営者は安定経営のために手元に資金を確保したい気持
 ちが強い。それが新資産の過剰な増大につながるため、ROEは米国に比べて著しく低
 く推移している。コーポレート・ガバナンスを理解しない古い経営者は、会社を自分の
 家計と勘違いしている。だから借金を嫌い、預金に余裕があれば安心する。そんな余剰
 資金を循環させるために、ROEを重視するルールができたのだ。
・日本には上場企業だけで3百兆円を優に超える内部留保がある。そのうち半分が現預金
 だ。普段から資金を手元に積み上げておかなくても、必要になった時に市場から調達で
 きるのは上場企業の大きなメリットだし、そもそもそのための上場であるはずだ。資金
 を積極的に新規事業や設備投資に使って業績を拡大していくこともせず、株主に還元す
 ることもせず、手元に過剰に貯めこんで執着している経営者こそ、将来的かつ長期的な
 企業の成長を望んでいない張本人である。自分が会社にいるあと数年の間だけ、事業環
 境が悪化しても潰れずに生き残ることだけ重きを置いているように見える。  

ニッポン放送とフジテレビ
・2001年当時のフジサンケイグループは、ラジオ局のニッポン放送が、グループ内で
 圧倒的な存在感を放つフジテレビの親会社であり、筆頭株主として3割を超える株式を
 保有していた。規模の小さな親会社の時価総額が保有資産を常に下回る、いびつな状況
 だった。
・ニッポン放送の下にフジテレビ、フジテテレビの下に産経新聞社がぶら下がるという、
 メディアしての独立性が危ぶまれる関係でもある。ニッポン放送の飛び切り割安な株式
 を取得すれば、フジテレビと産経新聞まで手に入る。特定の意図をもった人物が買収に
 乗り出せば、ラジオ、テレビ、新聞の三つの大メディアが簡単に乗っ取られてしまうリ
 スクが明らかだ。それなのに、おかしいとも思わない、もしくは危機感を覚えない経営
 陣も、このいびつな状況に対して具体的なアクションを起こさない市場も、私は理解で
 きなかった。
・2005年にライブドアの堀江氏が登場して、この案件が一気に表面化して動き出した
 時、正直なところ私はちっとも嬉しくなかった。私が伝えたかったこと、市場に問いた
 かったこととは全く違う視点で、騒動はどんどん大きくなっていった。日本放送もフジ
 テレビも、まったく株主を無視した「保身」としか思えない対応ばかり繰り返し、本質
 的な問題が騒動にまみれたままで終了してしまったからだ。その翌年には、私がこの案
 件を巡るインサイダー取引の容疑を受けて逮捕される事態となり、訴えたかったことは
 ますますかき消されてしまった。 
・ライブドアは、リーマンブラザーズを割当先とする8百億円のMSCB(修正条項付新
 株予約権付社債)を発行して資金調達を行なった。そして、その後ライブドアが子会社
 を通じてニッポン放送の株式35%を取得したことが発表された。MSCBという資金
 調達の手法は、引き受ける側(この場合リーマンブラザーズ)は損をしない仕組みにな
 っている一方、発行した側の株主利益は毀損される仕組みで、問題の多い方法だ。ライ
 ブドアがそんなやり方を使って8百億円もの資金調達を実現するなど、私には夢にも思
 っていなかった。
・突然3分の1超を保有する大株主となって登場した堀江氏に対し、危機を覚えたニッポ
 ン放送は、約2週間後、フジテレビに向けて大規模な新株予約権を発行することを発表
 する。ライブドアは裁判所に差し止めを請求。この請求が仮処分として認められ、中止
 が決定した。
・野村証券出身の北尾吉孝氏率いるSBIホールディングスが登場。ニッポン放送は、保
 有するフジテレビ株式をSBIに5年間の貸株とすることで合意。これはクラウンジュ
 エルまたは焦土作戦と呼ばれる手法で、敵対的買収を仕掛けられた企業が、自身の保有
 する重要な財産や事業を第三者や子会社に売却することで、買収者の戦意を削ぐ防衛策
 だ。自社の株主とその利益を全く無視し、ただ保身のみを考えた行為だと言える。
・その後、フジテレビとライブドアの間の和解案が判明する。内容は、ライブドアが保有
 するニッポン放送株式をすべてフジテレビに売却し、さらにフジテレビから出資を受け
 るという内容だった。「フジテレビと一緒に次世代のメディアを創りたい」と息巻いて、
 市場を唖然とさせるような資金調達まで行って戦いを挑んだ堀江氏が、形ばかりの「和
 解」という着地をしたことが残念だった。結局ニッポン放送は、フジテレビのTOBと
 ライブドアの買い進めによって上場廃止が決定した。 
・この案件によって、私はインサイダー容疑をかけられて逮捕され、起訴された。裁判の
 一審では、裁判官から、「ファンドなのだから、安ければ買うし、高ければ売るのは当
 たり前というのが、このような徹底した利益至上主義には慄然とせざるを得ない」と、
 すべてのファンドの運営を否定するような言及までなされた。二審では、「当初からイ
 ンサイダー情報で利益を得ようとしたとはいえない」として執行猶予三年がついたが、
 結局のところ、最高裁で有罪が確定した。
・有罪判決については、長い時間と審理を費やした裁判を経て国が判断を下したのだから、
 受け入れざるを得ないと思っている。
・そもそも子会社の上場に関するルールが変更になった時点で、ニッポン放送は上場して
 いる意義も必要もなかったこと。ニッポン放送の株価は何年も、保有する資産価値とか
 け離れたまま放置されていたにもかかわらず、コーポレート・ガバナンスが一切機能し
 ていなかったこと。派閥やプライドといった不合理な力学が、経済合理性を完全に超え
 て存在していたこと。最初から最後まで、株主の視点が無視され続けたこと。最終局面
 でも保身としか思えない対応が続発したこと。買収劇の騒動そのものよりも、なぜその
 ようなことになったのかという視点から、上場企業のあるべき姿として議論すべきポイ
 ントがたくさんあったのだ。  
・上場している会社の株式は、誰でも売買できる。上場企業はそのリスクとコストを踏ま
 えた上で、それでも必要がある場合のみ、上場を維持するべきだ。「意義や必要性はわ
 からないが、とりあえずステータスとして上場していたい。でも、自分が嫌いな相手に
 は株を持ってほしくない」という姿勢は、上場企業として通用しない。近年では、まだ
 数は少ないものの、上場の意義を考え直して非上場化を選択する企業もある。しかし大
 半の上場企業は、「なぜ上場を維持する必要があるのか」と問うても、「信用性」とか
 「昔から上場しているから」といった、漠然として答えしか返ってこない。
 
阪神鉄道大再編計画
・世界を見渡してみて、東京や大阪ほど鉄道網の不便な大都市はない。東京には、JR、
 東京メトロ、都営地下鉄、京成、東武、西武、小田急、京王、東急、京浜急行が走って
 いる。大阪にも、JR、市営地下鉄、阪急、京阪、近鉄、南海、阪神がある。それぞれ
 別々の経営で、別々の路線を運行している。かつては、乗り換える際にいちいち切符を
 買い替える手間が必要だった。いまはスイカやパスモなどの磁気カードが普及して、改
 札の通過こそ楽になったが、運賃は別々に取られるし、乗り換えは不便だ。鉄道事業全
 体が、利用者目線になっていないのだ。
・投資を通じて多くの企業の経営陣と意見を交換してきたが、古くから上場している名門
 企業ほど、このようなぬるま湯感覚が根付いていることが多かった。心地のいい夢を見
 ている最中に上場企業であることの現実を突きつけた私は、突然冷たい水を浴びせて夢
 を終わらせたような、どんでもなく不快な思いをさせた嫌な人間でしかなかったに違い
 ない。上場企業として目を覚まして現実を見ることよりも、私に対する怒りや不快感が
 先に立ってしまったように感じられて、今でも残念で仕方がない。
・私はコーポレート・ガバナンスの浸透を目的に、その徹底がなされていない企業に投資
 家として関わり、上場企業のあるべき姿に近づけたいと願ってきた。一定数の株式を買
 うことは、その目的実現に向けた手段の一つだ。そもそも私は、上場企業が買収される
 ことを悪いとは思っていないし、そうした動きが積極的にあったほうがいいとむしろ思
 っている。なぜならば、米国のように、乗っ取られたり敵対的に買収されたりする局面
 を経れば、上場企業が望まぬ買収を防ぐためにそれぞれ企業価値の向上に邁進するよう
 になり、市場が活性化し、資金の循環が促されるからだ。
・米国の株式市場が成長を続け、日本よりはるかに高い価値を保っているのは、「乗っ取
 り屋」と呼ばれた彼らのような存在が市場に対して行動を起こして戦い、コーポレート
 ガバナンスが機能する環境を築いてきたからだと思っている。アメリカの社会には、行
 動によって世の中を大きく変えていくダイナミズムと、それに対する憧れがあるのだと
 思う。だから日本企業のPBRは平均で1なのに、アメリカ企業のPBRは平均3なの
 だ。日本の株式市場は5百兆円しかないのに、アメリカには2千兆円ある。アメリカの
 年金の収入源は株式市場への投資で、きちんとリターンを得ている。日本はどうなのか。
 1990年には、日本とアメリカの株式市場の規模は同じだったことを忘れてはならな
 い。
・コーポレート・ガバナンスが徹底され、経営者が株主を向いた経営を行ない、株価が高
 く維持されている上場企業では、よほどシナジー効果の見込める理由がない限り、乗っ
 取りや敵対的買収は起きない。上場企業が買収されることをリスクと考えるなら、買収
 防衛策や持ち合いといった保身的な意味での対策を取るのではなく、コーポレート・ガ
 バナンスを徹底し、企業価値の向上に注力することだ。それこそが、買収されるリスク
 を下げる有効な手段だ。株価の高い企業は乗っ取られない。それは世界の常識だ。
   
IT企業への投資
・日本におけるITの発展は、アメリカより数年遅れたと言われている。2000年2月
 には、ソフトバンクは20兆円、光通信は7兆円という時価総額を記録した。
・IT企業への投資にあたっては、「待つ」ことが重要だと感じる、赤字が続いてもひる
 まず、事業拡大のための投資を積極的に行ない、サービスの改善や試行錯誤を繰り返し
 て「待つ」のだそうだ。投資からリターンまでの期間は、もちろん個別に異なるものの、
 大体5年から7年を考えているという。 
・ITバブルと言われて真っ先に頭に浮かぶ企業は、光通信だろう。1999年9月に東
 証一部へ上場。同年初めに2千から3千億円だった時価総額は、バブルピーク時には7
 兆円を超えていた。この頃の世界長者番付では、トップのビル・ゲイツ氏に続いて、2
 位にソフトバンクの孫正義氏、3位に重田氏が並んでいたような記憶がある。
・私は個人的に、親子上場に賛成の立場ではない。理由は、株主にとってみれば事業上の
 利益相反が生じる可能性があるからだ。ひとつの上場持株会社の下で、さまざまなグル
 ープ企業がそれぞれ活動する構造がいいと、私は思っている。

日本の問題点
・将来この国は、どうなっていくのだろうか。GDPは、もう四半世紀伸びていない。成
 長なきところに、投資は起きない。だから日本の株式市場はGDPと同様にこの四半世
 紀、成長してこなかった。上場企業の資本効率は世界的に見ても低い水準のままだし、
 したがって評価も低い。日本市場は投資家にとって魅力的とはとても言い難く、投資の
 対象として厳しい状況にある。
・1985年のプラザ合意をきっかけに、ドル高是正で不況に陥った日本の景気対策とし
 て、5%ほどだった公定歩合が2.5%まで引き下げられた。借入コストの下がった企
 業は、その後の地価上昇を見込んで、銀行から金を借りて土地を買うことが主流となっ
 た。銀行は、担保対象の土地の価値をはるかに超えた貸し付けを行うようになっていた。
 同じ頃、株式市場でNTTが新規上場。その株価が急激に値上がりしたことをきっかけ
 に、一般の個人までもが投資を始める。地価と合わせて、株価も飛躍的に上昇した。
・そうなると企業は、銀行借入よりもコストが低いと信じられていた市場での資金調達を
 選択する。貸し出し先に困った銀行は、個人への貸し出しに力を入れるようになった。
・バブル崩壊のきっかけについては諸説あるものの、そんな異常な状態が長く続くわけも
 ない。日銀の金融引き締め政策をきっかけに、バブルは一気に崩壊へ向かった。銀行と
 企業が相互に保有していた株は、お互いのバランスシートを相乗的に縮小させた。売れ
 ば売るほど相手の株価が下がり、その下落が自分のバランスシートに跳ね返ってくる、
 負のスパイラルに陥る。金融機関は株のみならず、大量の不良債権への対応にも迫られ
 た。この混乱の時期に、それまで機能していたさまざまなガバナンスは、存在感をほぼ
 失ったように思う。  
・デットガバナンスにおいて優良とされた体質の企業が、さらに幾度かの経営危機を経験
 した結果、レバレッジを効かせて成長を追求するよりも手元に資金を抱え込むようにな
 った。経営者には、投資家を敵とみなすような感覚が植え付けられ、日本の株式市場は
 今になっても、投資家が経営を監視するエクイティガガバナンスが効いているとは言え
 ない状態のままだ。企業にとっては、バブル崩壊で金融機関が株を手離して以降、自分
 たちを守ってくれる株主が少なくなった代わりに「変な株主が増えてきた」という感覚
 だったのではないか。
・バブル崩壊後、銀行や企業の持ち合いが徐々に解消されるのと反対に、急激に株主をし
 ての存在感を増してきたのは「外国人」と「年金」だ。
・日本のおけるコーポレート・ガバナンスを巡る動きは、アメリカよりも15年から20
 年ほど遅れを取っている。日本の株式市場や日本の企業が、投資対象としてさらに魅力
 的な存在になり、資本効率を上げながら収益率を上昇させ、グローバルな市場で勝ち残
 っていくためには、この遅れを早急に取り戻す必要がある。
・日本企業のコーポレート・ガバナンスへの対応の遅れは、株式市場の成長において、数
 字としてはっきり表れている。日本の株式市場の規模は、およそ5百〜5百兆円。アメ
 リカの株式市場の規模はおよそ2千兆円だから、日本の3〜4倍の規模となっている。
 しかし上場している企業数は、いずれも二千数百社とたいして変わらない。 
・おおざっぱな計算だが、日本の上場企業の純資産と米国の上場企業の純資産は、ほぼ変
 わらないことがわかる。これは純粋に、同じ規模の純資産を保有する企業であるにもか
 かわらず、日本企業の価値は株価に反映されていないということを意味している。日本
 の企業が将来的に、現在の資産以上の価値を生み出すと期待されていない、と言い換え
 ることもできる。
・ほぼ同じレベルの純資産を保有しながら、株価に3〜4倍もの評価の差が出るのは、投
 資家の「期待値の差」であり、投資家への「リターンの差」を意味する。これは、アメ
 リカのおける総株主還元比率が近年では90%を超えている一方で、日本では50%前
 後にとどまっていることでも明らかだ。世界の投資家が指標として最も重視しているの
 は、ROEだ。しかし日本では、ROE重視の経営が行われてこなかった。デットガバ
 ナンス中心の時代が長く、成長性や投資家へのリターンよりも財務の健全性が指標とし
 て優先されてきたことが影響している。
・上場株式を誰が持っているのかを見てみたい。日本では、外国人投資家30%、事業法
 人20%、個人20%、信託銀行20%、生保・損保5%、都銀・地銀5%という比率
 になっている。アメリカは数年前のデータとなるが、個人と投資信託で55%、年金
 15%、外国人投資家15%、ヘッジファンド5%、その他10%となる。
・個人に属すると推測できる分を比較すると、日本が個人+投資信託で20%強なのに対
 して、アメリカは個人+投資信託で50%を超えている。
・世帯資産の内訳をみると、日本では現預金が50%超、株式・投資信託・債券で18%
 ほどだ。アメリカでは50%ほどが株式・投資信託・債券での保有で、現預金は10%
 超に過ぎない。従業員へのストックオプションの提供が日本と比較して圧倒的に多いこ
 ともあり、「投資こそが将来への貯蓄」と広く認識されているように見える。一方、日
 本では、会社も家計も、みんなが資金を手元に貯め込む。片っ端から預金という形で塩
 漬けにしていたのでは、お金は世の中を回らないし増えてもいかない。だから株式市場
 は活性化せず、株価も上がらない。すると、お金が「必ず増える」と思えないから、ま
 すます投資をしない。まさに悪循環に陥っているのだ。 
・企業買収には、極端にいうと大きく二種類がある。ひとつは、他社と合併などをするこ
 とによって、それぞれの事業へのシナジー効果が大きく、1+1が4になるような、双
 方の企業にとってプラスになる買収だ。もうひとつは、その企業が持っている資産と比
 較して株価が安いときに行われる買収だ。こちらの場合、資産やキャッシュを吸い上げ
 ておしまいという場合もあり得る。それを防ぐためには、企業が将来の成長性を明確に
 提示したり、株主への還元を積極的に行なうなどの自助努力によって、自社の株価を上
 げておくことが大切だ。そうした努力を放棄して買収防衛策に頼ろうというのは、上場
 企業のあるべき姿ではない。
・ファンドを経営していた時代には、利益を上げるために、結果として短期的な投資とな
 ってしまったケースもあるは否定できない。もっとも私は、中長期的な投資がよくて短
 期的投資が悪いとは思っていない。
・株に投資する人で、リターンを気にしない人はいない。それが配当であれ株主優待であ
 れ、長期的な株価の上昇であれ、投資家はリターンを求めるものだ。ただし、株主はあ
 くまでも資金の出し手であって、投資先の企業が行っている事業の専門家ではない。そ
 の分野が成長すると期待し、法律で規定されている権限によって経営を託すのだ。投資
 した企業が、さらに成長していくためにどのような考えと計画の元に事業を進めている
 のか、知りたいと思うのは当たり前だ。
・経営者は、託された資金をいかに効率的に活用して成長していくか、事業のプロフェッ
 ショナルとして先を見通した計画を立て、できる限り情報開示をしなければならない。
 株主との面談を含め、決算説明会など、すべての株主が企業と平等にコミュニケーショ
 ンが取れる場を、積極的に設けるべきだ。
・投資家は、投資先から資金が戻ってきた場合、必ず次の投資先を探す。より多くのリタ
 ーンを得られる投資先を、常に探している。そこで日本の上場企業のように、何も生み
 出さないままの状態で資金を寝かせてしまうと、そのまま塩漬けになり、成長のために
 積極的に資金を必要としている企業へ回っていかない。そうやって市場は停滞し、経済
 全体が沈滞してしまうのだ。
・日米の株式に対する投資家の評価の差は、投資家と企業との間で資金のキャッチボール
 ができているかどうかの差だ。それはまさしく、コーポレート・ガバナンスへの理解と
 対応の違いだと言わざるを得ない。

日本への提言
・株式会社日本の株主は、個人、年金、生保、投資信託の合計で大きく過半数を超えてい
 る。要するに、この国の主権者である国民が、この会社を好きなように経営できるのだ。
・日米の比較をしてみると、自己資本の金額はそれほどかけ離れた水準ではない。にもか
 かわらず、日本企業の当期利益はアメリカ企業の2分の1弱で、ROEは2分の1強に
 すぎない。過剰な自己資本によって、ROEが引き下げられていることを意味している。
・日本企業の悪弊である株式の持ち合いは、本音は経営者の保身に過ぎず、お互いのバラ
 ンスシートを膨らませているだけだ。ROEにおいては配当分しか利益にならないので、
 「百害あって一利なし」と強調しておきたい。
・さまざまな事業を急激に拡大させてきたソフトバンクは、日本一の借金企業として知ら
 れている。2016年度の実績を見ると総資産約25兆円弱に対して有利子負債は15
 兆円で、その他の負債は5兆円、自己資本4.5兆円。これに対して当期利益は1.5
 兆円で2016年度のROEは45%を超えている。ソフトバンクはこうして借入を起
 こしながらM&Aを繰り返しているが、ネット企業への投資に対するIRRは40%を
 軽く超えているという。借入をはるかに上回るリターンを生んでいるのだ。2016年
 から2017年にかけて5千億円ほどの自己株取得を行ない、株主価値の向上にも取り
 組んでいる。   
・現在は日銀がマイナス金利まで導入して積極的な貸し出しを促しているのに、借り手サ
 イドのメインプレーヤーである企業が資金を溜め込み、借入をしないので、銀行は貸し
 たくても貸す先がない状態に陥っている。企業の無借金経営は、倒産のリスクを避けら
 れるし、金融機関の干渉も受けないから望ましい、などという考えはとんでもない間違
 いだ。資金循環を滞らせると同時に、負債活用度の数値を下げることになり、ROEを
 低くしてしまう要因となる。ソフトバンクの有利子負債15兆円は、2%の利率として
 も3千億円の利子を生む。しかし総資産25兆円の企業にとって経営リスクになる金額
 ではないし、この借入をもとに事業投資を行ない、その利子負担をはるかに超えるリタ
 ーンを生み出しているのだから、あるべき経営の姿なのだ。
・一定の水準を超えて利益を留保に回す企業には、内部留保課税を課すべきであり、米国
 では導入されている。ただし、過去に積み上げた内部留保を抱えてはいるものの、近年
 では赤字決算を続けているというような企業には、そのような課税をしても意味がない。
 利益の50%以上を3年連続で剰余金に回したら、その剰余金に対して課税を行うなど、
 企業が計画もないまま資金を手元に溜め込むことがないような制度にして、国は企業に
 よる過剰な内部留保を防ぐ対応をすべきだ。 
・「異次元」と呼ばれる金融緩和によって、2016年3月末時点の日銀およびGPIF
 を合わせた公的マネーは約40兆円。東証一部上場企業の約半数で5%超の大株主とな
 っており、上場企業全体の4社に1社では事実上の筆頭株主となっている。日本株全体
 に占める比率は、8%ほどに達している。2011年3月末時点では10数兆円で、比
 率は4%強だったから、大きく存在感を伸ばしていることがわかる。
・いまや、株式会社日本の筆頭株主は実質、日本国なのだ。このように公的機関が実質的
 な筆頭株主になる事例は、アメリカではほとんどなく、ヨーロッパでも数%程度にとど
 まると言われている。 
・公的機関が筆頭株主というのは、政府による民間企業への介入がたやすくなる危険性も
 あることから、好ましい状態とは思わない。しかしこんな状況になってしまった以上は、
 むしろ奇貨として、日銀および年金には「スーパーアクティビスト」になってもらいた
 い。たとえば年金は、それぞれの企業の経営内容を個別に判断して、ガイドラインに基
 づく議決権行使の状況を公表する。日銀は、直接的に株式を保有できないためETFを
 通じた投資となっているが、運用する証券会社を巻き込んで明確な議決権行使のルール
 を実施する。投資家として、より直接的に投資先企業へのメッセージを明確に伝え、日
 本という国が上場企業に対して何を期待しているのか、当事者間のみならず海外を含む
 市場参加者全員に伝わる環境を整えてほしい。
・日本人の経営者にとって、日銀や、将来的に自分個人が給付を受ける年金の動向は、他
 人事ではない。こうした筆頭株主からのガバナンスであれば、企業経営者も受け入れや
 すいだろう。さらに、公的機関が投資先のコーポレート・ガバナンスを評価する仕組み
 があれば、国際的にみても投資先として魅力が増すだろう。コーポレート・ガバナンス
 への取り組みや徹底によって株式市場からの評価が上がることで、他の上場企業に対し
 てコーポレート・ガバナンスの重要性を訴えかけるうごきにもつがかっていくに違いな
 い。
・つい最近、今度は日本郵便が行なった巨額投資における減損一括計上のニュースが舞い
 込んできた。日本郵便は2015年にオーストラリアのトールという国際物流のノウハ
 ウを持った企業を6千2百億円で買収したが、2017年5月時点で減損は4千億円を
 超えるとみられている。これが確定すれば、日本郵政は上場後初の赤字決算となる。グ
 ループの中で、最も優先的に収益構造を改革しなければいけないのは日本郵便であり、
 ドイツポストの成功例がその買収戦略にあったとしてそれに続こうと積極的な事業投資
 を行なう姿勢は評価できる。しかし、東芝の事例と同じく、リスク、そして事業におけ
 るシナジー効果の見極めが十分ではなかったのではないだろうか。投資家としては、こ
 んな短期間でこれほど巨額の損失を計上しなければならなくなるような投資には賛成で
 きない。
・日本には、さまざまな社会的課題の解決に向けて、志高く取り組む人たちがたくさんい
 る。そうした活動を継続するには、資金が必要だ。資金さえあれば、最終受益者をもっ
 と増やし、サポートを充実させられる活動も多くある。しかしほとんどの団体が、資金
 集めに苦労しているのが実情だ。
・非営利団体は寄付を集めることができるし、ボランティアを依頼することもできる。一
 定のルールの下で事業を行ない、収益を上げることができるとも定められている。とこ
 ろが日本社会では、非営利団体が普通の企業と同じように対価を得てサービスを提供す
 ることに、抵抗を感じる人がたくさんいる。もしくは、営利企業と同様のサービスであ
 っても、非営利団体の価格は安いのが当たり前だと思われている。こんな社会通念が非
 営利団体の収入を減少させ、サービスの提供に悪影響を及ぼすだけでなく、非営利団体
 で働く人たちの給与水準を押し下げ、長期的かつ安定的な就労を難しくしている。
・通常NPOやNGOに従事する人は、本業を別に持っていたり、資金調達のネットワー
 クを全く持っていなかったり、一般的な共感を得にくい社会的課題に取り組んでいたり
 する。時間と労力を費やして活動資金の確保にあたることが、難しい境遇にある。活動
 資金を確保するためには、まず活動の内容を「知ってもらうこと」が最初のステップと
 なるが、ほとんどの団体には広報活動に割く時間も資金もないし、専門的な人材も擁し
 ていない。 
・非営利団体と上場企業は、似た立場にあると思う。投資や寄付という形で資金を託され、
 使途を明確にして報告をし、成果をリターンとして賜金の出し手に届ける。あるべき姿
 の流れは同じだ。そして残念ながら日本では、両者の抱える問題も似通っている。「特
 定のガバナンスが効いていない」という点だ。上場企業では、投資家に向けたコーポレ
 ート・ガバナンスが効いていない。非営利団体では、「ドナーガバナンス」が効いてい
 ない。つまり、寄付者とのコミュニケーション、寄付者への情報開示が後回しになって
 しまっており、なかなか手が付けられないのだ。
・私は、寄付は投資と同じだと思っているから、投資家と企業のように、寄付者と団体の
 間にも密接なコミュニケーションが必要だと考える。アメリカのように、受けた寄付や
 支援に対して、その成果や結果を報告し、「あなたの支援のおかげで、こんな成果が上
 がりました。おんな喜んでもらえました」と伝える機会を設けること。そうした場で、
 さらに次の紹介やそのために必要な資金協力の依頼、その寄付によって実現できるであ
 ろうことを紹介する。こうしたコミュニケーションが、継続的な活動資金の確保に欠か
 せないし、自らの寄付で何かを変えることができた、だれかの役に立てたと実感できる
 ことが寄付者へのかけがえのない「リターン」になる。「寄付してよかった」と思って
 もらうことが、次の寄付につながるのだ。 
・ガバナンスの効いていないところでは、必ず資金循環に滞りが生まれる。資金は循環し
 なければ、何も生み出さない。上場企業であれ非営利団体であれ、その仕組みは変わら
 ない。
・増え続ける日本の借金は、高齢化と大きく関連している。高齢化比率の上昇を主な要因
 とした、社会保障費の増大に原因があるからだ。保険料収入で賄いきれない社会保障費
 を赤字国債の発行によって補填し続けており、その額は毎年40兆円ほどに及ぶ。残高
 は今や1千兆円を超え、なお増加し続けている。赤字国債は4割超を日銀が保有してお
 り、償還分に関しては日銀乗換と呼ばれる借り換えが行なわれているため、実質的に借
 金を返済していない状況となっている。
・2016年の日本政府の総債務残高は名目GDPと比較して約240%で、世界1位と
 なっている。2位はあのギリシャだが、約180%。日本は、大きく引き離しての1位
 なのだ。
・最近では、将来的に国債の返済が決定的に滞った場合、預金から強制的に返済資金が引
 かれる、といった解決策までまことしやかにささやかられている。そんな話が流れるの
 も、企業のみならず個人までもが資金を抱え込んで循環を阻害していることに理由があ
 る、という証だと思う。
・資金の循環を促すきっかけとなるのは、まずは企業がコーポレートガバナンス・コード
 に則り、投資や株主還元を行なって手元資金を放出しながら、余分な手元資金や銀行か
 らの借入で賄った資金を、昇給や新規雇用へ積極的に回すことだ。その結果、新たな仕
 事が生まれたり、リターンを受けた投資家が次の投資先を探したり、昇給や仕事を新た
 に得た人々がお金を使うようになる。こうして景気が動き始めて市場が活性化してくる
 と、個人も銀行に預金するだけでなく、株式投資を行なったり、不動産へ投資したり、
 という新たな動きが生まれる。その動きの一ついとつから、新たな税収が生まれる。
 
失意から十年
・2011年3月11日、午後2時46分に東日本大震災が起きた時、私はシンガポール
 にいて、東京の証券会社と取引の電話をしている最中だった。すぐに東京の私の事務所
 から書棚が倒れたという報告も入ったので、相当大きな地震が起きたことは理解できた。
 それから数分後、株式市場では多くの銘柄が急激に売り気配へと変わっていった。3時
 にクローズするまでの約15分、過去に例のない下がり方をし、ほとんどの銘柄が売り
 気配のまま終わった。50年に及ぶそれまでの投資家人生で、見たことのない相場だっ
 た。日本は常に自然災害のリスクを抱えていることを、改めて認識した。
・週明けの14日には、日経平均が約千円、10%近く下がった。15日には、福島の原
 発で大規模な爆発が発生し、さらに約千円下がり、二系平均は一時8千円台半ばまで落
 ちた。 
・私自身も急いで帰国し、南三陸町へ炊き出しに行った。その途中で見た景色は、いまだ
 に忘れることができない。避難所に着く直前に山を越え、海に向かって車が下り始める
 と、そこは突然「無の世界」になった。見渡す限りがれきが拡がり、それ以外、本当に
 何もなくなっていた。
・もうひとつ被災地で私が強く感じたのは、自衛隊が想像以上に、組織として見事な救援
 活動をしていたことだ。やはり自衛隊という組織の圧倒的なパワーと統率のとれた動き
 には、NGOやNPOでは追いつけないものがある。普段から緊急時に備えて、自衛隊
 とNGOやNPOが役割分担の協議を進めておくべきだ。