「組織の盛衰」  :堺屋太一


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 本書は、組織論について書かれている数少ない書だと思う。組織というと真っ先に思い浮かぶのは
企業(会社)である。戦後の日本経済は、日本的経営と呼ばれる経営手法による企業集団によって、
世界に類を見ないとも言われる復興・発展を遂げた。一時は「世界無敵」とまで言われた日本経済も、
やがては未曾有の長期不況に見舞われ、そこからなかなか抜け出せずにあえぎ苦しんでいる。
その原因は、日本企業組織の弾力性の欠如にあると言われている。戦後の経済復興には最適だった組
織も、やがては世界経済情勢の変化に適応できなくなってしまったということらしい。長い間右肩上
がりの成長経済を続けた戦後も、長い歴史を踏まえて見れば、きわめて特殊な時代だったと言えると
いう。
 よく「組織」は生きものと言われる。それは社会人になって、いままで企業に身を置いてきた私も
肌で感じる。生まれたばかりの組織は若々しく元気だ。活発に動き回り、いろいろなことにチャレン
ジして成長していく。しかし、やがては大企業病と呼ばれる硬直した官僚体質になっていき、動きが
鈍くなり、衰退へと向かっていく。永遠に続く企業や組織はないのである。この本は、組織はどのよ
うに構成され、どのように衰退していくのか、非常に分かりやすく書かれていて、とても興味を覚え
た。ここで述べられている組織論は、単なる企業などの組織に限らず、大きくは国の組織、国際組織
にまで、また小さくは家族や個人まで当てはまることではないかと思う。
 筆者の著書はほんとによく調べられて書かれており、その内容にはいつもながら圧倒される。

巨大組織の生成から崩壊まで
 (1)豊臣家
 ・日本歴史の中で最大の急成長組織といえば、豊臣秀吉が作り上げた軍事政治組織「豊臣家」であ
  ろう。たった一人の放浪者が、たった30年で全国を支配することになったのだから、その組織
  ・豊臣家は、人類史上でも稀に見る急成長組織だったといえる。
 ・組織の規模が拡大すると、一定の段階ごとに質的な転換が発生する。数十人から二百人までは、
  一つの組織原理によって構成し行動することができる。ところが、これを越えると、一人の長で
  は目が届かなくなり、管理監督のための組織が必要になる。
 ・さらにこれが数千人規模になると、また組織原理が変わる。現場指揮だけでなく遠隔指揮が必要
  となる。
 ・数万人以上の巨大組織になれば、総合的な状況判断が重要になり、管理職種も多様化する。
 ・組織規模が巨大化して相互に顔が見えない中型企業以上になると、いろいろな規定を尊守しなけ
  ればならなくなってくる。ここでいわゆる「組織の近代化」規定規則に基づいた組織的拘束性を
  強める改革が必要になってくる。しかし、そこには若手の学卒エリートと古参の叩き上げ現場派
  との対立といったものが起こってくる。
 ・豊臣秀吉は、この質的転換を巧妙かつ見事に成し遂げた。「太閤記」を一読すると、その前半、
  長浜時代までに登場する人々と、天下を取ってから活躍する人々の顔ぶれが完全に変わっている
  ことが分かる。初期に役立った槍ひと筋の猛烈社員は、天下を取ってからの組織的な経営の中で
  は有用ではなかった。
 ・成長志向の組織気質は、成長が続いている時には非常に大きな力となる。しかし、九州を征服し
  小田原の陣が完了し、九戸の乱まで平定して全国統一してしまうと、豊臣家はゼロサム社会に突
  入した。
 ・これは、現在の日本の企業にも見られる現象だ。バブル景気の崩壊まで戦後45年間、日本経済
  が高度成長を続けてきたので、大抵の企業は年々売り上げが増えるという前提で人事政策を行っ
  てきた。それが、ある日突然、今後は給与も増えなければ地位も向上しないと分かったとすれば、
  人生設計に大きな狂いが生じる。当然、何とかして事業を拡大し、成長を続け、全体として利益
  を増やさなければならぬという組織内圧力が生じる。いわゆる人事圧力シンドロームである。
 ・この対策は、大きく分けると二つある。一つは成長から安定へ体質と気質の転換を図ること。こ
  のためには大幅な人員整理、事業削減、そして社員全体に対する成長志向の抑制が必要である。
  成長体質を安定構造に変える為には、極めてドライな省事が必要だ。いわば縮小的リストラを実
  行しなければならない。
 ・同時に成長志向を捨てる気質の転換も欠かせない。目に見えた人数とか組織図とか事業項目とい
  った体質の問題の他に、社内に満ち溢れている成長志向を否定しなければならない。成長以外に
  何らかの倫理的目標を与えなければならない。鮮明な理念の創出が必要なにである。
 ・もう一つの方法は成長継続の試み、つまり市場開発や事業多角化の推進である。これは安定志向
  への転換よりもはるかに着手し易い方向だろう。社内全員の賛成も得られるし、理念の創出も不
  必要だ。だが、着手し易いことと目的が達成されることとは別問題だ。豊臣家は、この着手し易
  い道を選び、そして滅亡するのである。「日本に領地を拡げる余地がないなら外国に行けばいい、
  朝鮮があるではないか」という発想になった。秀吉は、愚かにも主としてこの最も安易な方法を
  選んでしまったのである。
 ・組織全体の雰囲気は、しばしば「時の流れ」とか「時代の風潮」とかいった言葉で表現されるが、
  そこにも必ず組織的原因が存在する。人事圧力の下で事業拡大を求めるには大きな危険がつきま
  とう。実務の世界では、よく「現実的」という言葉を使うが、本当に現実的とは「目的を達成し
  やすい」(目的達成性)ことであって、「着手し易い」(着手容易性)ではない。しかし、この
  ことは往々にして忘れられ、着手容易性の方にのめり込むことが多い。そしてそれは、従来と同
  じ手法を繰り返し、つまり、成長体験への埋没になりがちである。
 ・秀吉の朝鮮出兵は成功の可能性のない事業であった。朝鮮出兵は大失敗に終わり、豊臣家の結束
  は乱れ、組織は崩壊してしまう。豊臣家の後を継いだ徳川家康は、成長体質と成長気質を否定す
  る縮小均衡政策をとる。家康とその後継者は、きわめてドラマチックな方法を行った。彼らは成
  長志向そのものが悪であることを示すための実例教育を繰り返したのだ。まず、関が原の合戦で
  徳川方として活躍した福島正則、加藤清正、加藤嘉明、最上義光らの家を次々と取り潰した。こ
  の結果、大名たちは成長志向のなさを競って見せ合うようになった。
 (2)帝国陸海軍
 ・機能組織と共同体組織は、すべてがまったく違う、本来、軍隊は国防戦闘を目的とする機能組織
  だが、専門教育を受けた高級将校が登場するに従って、職業軍人の共同体化がはじまった。共同
  体化した組織では、年功序列人事が一般化する。
 ・終身雇用の専門家共同体は閉鎖社会だから、志向が内志向になり、長期的な観察によって人事を
  評価することも可能である。ここでは、文字や数字で表せる能力や実績よりも、組織内の噂や感
  情が優先される。能力よりも人格、得点よりも無失点、実績よりも衆望というわけだ。人事が功
  績主義ではなくして人格主義になるのである。これが進むと、上層部になる者は人格が立派でも
  能力は疑問だということになるから、権限は下部に分散する。下部の小組織に権限と任務を与え
  れば、その権限を司る小組織の長にとっては、自分に与えられた任務こそが究極の目的になるの
  である。
 ・昭和の軍隊は、その典型だった。国全体としての目的はまったく考えないで、陸軍なり海軍なり
  の目的だけを追求した。そして、その目的とは、軍人共同体の繁栄と安定だった。国際情勢も財
  政状態も、天皇のお言葉も、まるで考慮しなかった。
 ・昭和12年以降の帝国陸海軍は、国内では「無敵」だった。もちろん、戦争に強かったという意
  味ではなく、官僚組織として最大の権限を持っていたという意味だ。
 ・大日本帝国陸海軍という組織は、規模の拡大と権力の強化と結束の固さにおいて極限まで発展し
  たといえる。しかし、この拡大と強化と固さが、職業軍人共同体によって作られたが故に、絶対
  的な欠点が生まれた。軍隊本来の機能、戦闘力が著しく低下していたのである。しかし、中国大
  陸の前近代的な軍隊しか相手にしたことのなかった日本軍は、それに気付かず、戦力でも「無敵」
  と信じていた。
 ・帝国陸海軍の機能低下をもたらした原因の第一は、やはり成功体験への埋没である。日本軍の成
  功体験とは、日露戦争だ。
 ・共同体化した組織では、失敗の責任は追及されず、馬力と迎合だけが評価される。実質的な戦闘
  機能よりも内部の批判を恐れる共同体的内志向気質が全海軍に染みついていったのである。
 ・共同体化した組織が陥る第二の欠点は、環境への過剰適応だ。このことは当然、環境変化への不
  適応を引き起こす。日本陸海軍もそれが著しかった。
 ・共同体化が生む第三の問題は、創造性の拒否または排除である。創造性は和を乱すものとして排
  除排撃されることになる。
 ・共同体化した組織では、構成員の目は内志向となり、共同体内部だけの多数意見(有力意見)が
  正義正解になる。敢えて創造性を発揮する者はいなくなり、たまに現れると異端者として中枢か
  ら外されてしまう。ただ従来の経験と慣例をより几帳面に過激に行う者だけが出世する。
 ・共同体化した組織の第四の欠点は、外部の人材を排除した「仲間ぼめ」に陥る結果、人材・技術
  ・物質・資金を限定してしまうことだ。
 ・アメリカ軍の場合には、共同体化を防ぐために「組織の揺らぎ」を定期的にかけていた。
 ・共同体化した組織では、個人の有能さが全体の害になることがしばしばある。個の優秀さも、組
  織の共同体化が進むとむしろマイナスに働く。各部分組織の構成員が有能であればあるほど、そ
  の部分組織の目的だけを追求して譲らないので、総合調整がますます困難になるからだ。各課長
  が全て有能で、上手に理屈をつけ熱心に要求してくると、どれも削れない。結果としては総花主
  義に陥り、組織の機能が低下するのである。
 ・全員が優秀で終身雇用で閉鎖的な組織ばかり並ぶと、全体の基本方針の策定と総合調整の実施が
  不可能になる。個人の有能さが組織の硬直さを増す結果になるわけだ。ところが、世の中では、
  組織に属する個人が優秀なら、その組織は優秀だと錯覚し易い。
 (3)日本石炭産業
 ・ある環境で発展した生物は、環境変化に曝されると自らの体質的特色、いわば得意の体質を一段
  と強化することで危機に対処しようとする。人間の組織でも同様で、環境の変化で危機的状況に
  なると、これまでの環境で有利だった体質を一段と強めることで生き残ろうとする。特定の環境
  に過剰適応した組織は、その特色が顕著なだけに、それが著しい。日本の石炭産業も、その例外
  ではなかった。

組織とは何か
 ・人間社会においてきわめて重要な役割を担ってきた組織の研究は、驚くほど少ない。例えば、歴
  史学の中でも組織史は最も研究の遅れた分野であり、現在に至るも組織史の体系的専門書は皆無
  といってよい。その原因の一つは、組織史の史料的限界だろう。組織は人間の関係によって成り
  立っているので、遺跡遺物がほとんど残っていない。
 ・組織の良否を測るには、「大きさ」「固さ」「強さ」という三つの尺度がある。
 ・組織にとっての最大の問題は、組織の「良さ」の三条件が相互に矛盾することだ。
 ・一般的に組織を良くしようと考える人は、その「良い」という内容が何か、今、その組織におい
  て最も重要なのは、「大きさ」なのか、「固さ」なのか、「強さ」なのかを考えてみる必要があ
  る。
 ・組織は組織自体の目的を持つのであって、組織を作った人々が描いた目的を忠実に守るわけでは
  ない。
 ・本人は「ただ組織のため」「会社のため」と思っていることも、本人の目的達成手段である場合
  が少なくない。
 ・権限こそは組織人の最大の喜び(個人目的)であろう。このため、構成員相互の間で組織の持つ
  権限の獲得競争が行われる。それはまずポストを巡る出世競争であり、次には各ポスト間の権限
  争議である。
 ・構成員の権限志向が組織の硬直化というマイナスを招くことも多い。
 ・現在の日本のように成長が良いことになっている未来志向の社会では、成長組織こそカッコよい
  という尺度であるため、過剰な投資や人員採用に走り易い。しかし、それを停止すると構成員の
  忠義心と帰属意識が失われる。「社員の士気にかかわる」とか、「みんながやる気をなくする」
  とかいうのがそれである。社員の多くは、これを組織(会社)のためとして語るが、その根源は
  構成員の権限拡大と対外的体裁要求にあるのだ。
 ・最近、政府や自治体に情報公開を求める訴えが多いのは、役所という組織に属する者の特権を少
  なくしたいという外部者の意識の表れだ。日本のように、国民全部が日本人ないしは日本国民と
  いう帰属意識が強く情報共通性の高い社会では、国民全部が組織内的感覚で比較するので嫉妬が
  強まり、特権への反発と外部貢献による評価を求める声が強い。アメリカなどは国民的共通性が
  乏しいため、事業で成功した人々が高額の給与を取ることは、比較的許容され易い。
 ・組織には、共同体と機能体がある。本来、この二つは構造も機能も目的も違う。従って組織の管
  理運営に当たっては、この区別を明確に意識している必要がある。
 ・共同体とは、家族、地域社会、趣味の会など、人の世に摂理によって自然発生的なつながりで生
  まれ、構成員の満足追求を目的とした組織である。従って、組織の発展拡大よりも、構成員それ
  ぞれの組織に属する目的を満たすことが重要である。人間社会でもっとも基本的な共同体は家族
  である。
 ・共同体組織は、構成員の心地よさを追求することが究極の目的だから、機能は軽視される。
 ・これに対して、機能体組織は、外的な目的を達成することを目的とした組織である。ここでは、
  組織内部の構成員の、満足や親交は手段であり、本来の目的は利潤追求や戦争での勝利、一つの
  プロジェクトの完成など、組織外の目的を達成することである。
 ・従って、機能組織では、「固さ」よりも、「強さ」、つまり目的達成能力の充実が重要になる。
 ・企業は、その本来の目的は「利潤の追求」である。 起業家が給与という経済的利益の給付を条件
  として集めた個人を、資本の周囲に組織化するのである。
 ・機能組織は、設立の目的を達成することが組織の目的でもあるのだから、内部の構成員の心地よ
  さは軽視されても仕方がない。ここでは目的達成機能の強化、つまり組織の「強さ」を実現する
  ために、構成員に辛い思いを強いることもある。
 ・組織が確立し構成員が定着すると、構成員の満足と私利を追うようになり易い。「機能組織の共
  同体化」といわれる病理現象である。
 ・機能組織では、目的達成の効率が大切だ。従って、機能組織では、構成員も能力のある期間のみ
  参加させ、その間に最大の能力を発揮させるのが最良である。
 ・株式会社では、まず、利潤追求の目的で事業内容と特定し、起業家は資本を集め、それに人間が
  まつわりつく形になっている。従って、人が代わっても組織は変わらない。社長が代わろうが、
  技師長が退職しようが、従業員が大量に解雇されようが、同じ法人として存続する。つまり、人
  間を能力で雇用し、能力のある期間だけ参加させるように仕組まれているのである。
 ・機能組織では、情報と命令のルートは明確でなければならない。
 ・機能組織では、能力を有し気質の適した者をその地位に就ける「適材適所」こそが望ましい。機
  能組織は、「人材よりも能力」なのである。
 ・機能組織では、組織のためにどれだけ功績を上げたかという外的表現に重点をおいた客観的評価
  による人事が大切である。いわゆる能力主義であり結果主義でもある。
 ・日本史上、最強の機能組織を作った男は、織田信長であったといえる。
 ・しかし、人間は機能としてだけでは生き辛い。機能追求だけの組織では内部の緊張が高く、大抵
  の人間は耐えられなくなる。官庁や企業などの機能組織に属する者も、そこに温かい人間関係を
  求め、公平感と安住感を探る。つまり共同体的要素を追求するのである。
 ・織田信長の成功と横死は、目的追求のためには組織の機能体化が必要だが、それを徹底すれば大
  抵の人間は耐えられなくなることを示している。
 ・機能体も長期的に目的を追求するのであれば、ある程度の共同体的要素も許容しなければならな
  い。しかし、そのことがまた、機能を失わせ、共同体化を限りなく促すことにもなり易い。

組織管理の機能と適材
 ・まず、トップがしなければならないことの第一は、組織全体のコンセプトを明確にし、その組織
  の目的を誤りなく伝えることだ。漢王朝では、機能組織であることを明確にし、昔の仲間(功臣)
  たちを次々と処刑した。
 ・第二は基本方針の決定と伝達である。
 ・第三にトップがしなければならないのは、「総合調整」だ。トップたる者は、常に事業目的と基
  本方針の擁護者として、全体の総合調整に当たらなければならない。
 ・組織というものは、それを作った目的とできた組織が持つ目的とは異なるものだ。だから、組織
  を作った目的、つまり全体から見た目的性を貫徹するためには、基本方針を徹底すると同時に、
  常に総合調整が必要となってくる。この総合調整業務を行うのがトップの仕事なのだ。
 ・トップたる者は、時には個人的な人情を捨てて、忠実な部下に不利益を与えなければならないこ
  ともある。
 ・組織のトップの役割は、コンセプトの明示と基本方針の策定及び各部門間の総合調整である。コ
  ンセプト・メーキングには、組織の理想、性格、究極的な目的が含まれる。基本方針とは、それ
  に至る道程の中長期目標の設定だ。また、総合調整には、人員と資金の配分、各部門の現実行動
  と基本方針との調整、高級人事および人事評価方針の決定などがある。
 ・トップは、こうした役割をどのような方法で行うべきか。それには三つの方法がある。一つは、
  あらゆる意味での「ことば」を利用すること、訓示、講演、文書、決算書、噂や口コミ、コンピ
  ュータ・アウトプットなどにトップの意図や意向を表明することだ。第二の方法は、行動による
  指導を伴わなければならない。トップが組織の長として行う行動の最も重要なものは、人員資金
  の配分と人事賞罰、そして情報ルートの選定の三つである。第三の方法は、「雰囲気による指導」
  である。特に、長期定着的な社会においては、雰囲気が非常に重要になる。トップの言動、表現、
  服装、関心度などは組織全体の雰囲気に少なからぬ影響を与える。
 ・機能組織の現場の指揮者は、まず第一に専門的な知識が深くなければならない。第二には、適切
  な判断力が必要である。第三には、勤勉さが欠かせない。第四には、それぞれ指揮する部門の大
  きさに応じた範囲内での人心掌握力が大切である。
 ・部門長の行う人心掌握は、あくまでも「その範囲内での」であって、世間一般の人気取りであっ
  てはならない。部下のためには世の非難を浴びてもやり遂げるような人物の方がいい。もし、現
  場の指揮官が、部下よりも世間一般の人心掌握を考えるような人物なら、必ずやトップと衝突す
  ることになるだろう。
 ・織田信長は、有能な男を取り立てた一方で、より平凡な家臣たちをも重用した。彼らは信長を恐
  れる臆病さがあった点でも、良き現場指揮官だったからだ。実際、信長は、部下が自分を本当に
  恐れているかを、しばしば試している。勇気のありすぎる現場の長は、組織全体としては、時と
  して危険な存在ともなるのである。
 ・参謀は、「創造力」が重要である。創造力の裏付けには的確な現状把握と将来予測がなければな
  らない。従って、まず第一に、参謀は情報の収集と分析を好み、先見性を養う必要がある。第二
  に、参謀の創造力は常に実現可能性がなければならない。第三に、企画に対する積極性が必要だ。
  会議の席では、積極的推進派よりも問題点疑問点を並べる消極的批判派の方が頭脳明晰に見える
  ものだ。推進派の並べる楽観的な見通しは予測値に過ぎないが、批判派が指摘する問題点は、数
  値や法規、技術、資金などの具体性を持っているのが常だからだ。従って、出世だけを目的とし
  た小ずるい利巧者は、大抵まず一度は批判派に回る。それも明確な反対ではなく、問題点を並べ
  て慎重な検討を求める曖昧な批判だ。これだとその事業が成功した時にも、功を分かち合うこと
  ができる。既成の大組織が環境変化に対応できないのはこのためである。参謀となる者は常に創
  造力を働かせ、積極的に新規事業や新作戦を企画提言するのが好きでなければならない。
 ・参謀として最も要職に付けるべき人材は、「能力大にして意欲小」なる者、次は、「能力・意欲
  共に大」なる者、第三は「能力・意欲共に小」なる者とし、絶対に要職に付けてはならないのは
  「能力小にして意欲大」なる者としている。能力が乏しいのに意欲満々の者が要職の参謀となれ
  ば、不適切な計画や作戦を立案するばかりか、自己の案に固執し組織全体の均衡を失わせる恐れ
  があるからだ。
 ・補佐役とは、隠れている小さな問題点や日常的に発生する庶務雑事を発見し、その解消に努める
  役である。そのため、補佐役の業績は目立たないし、目立たないようにしなければならない。従
  って、外部からはもちろん、組織内部でも補佐役の功績はほとんど著在化することがない。こう
  したことを円滑に行うためには、補佐役は常にトップと一体化していなければならない。補佐役
  の任務は、トップの行う総合調整の事前処理であり、その結果必要となる微調整であり、前進す
  るトップの後方固めでもある。補佐役にとって重要なことは、他人と功績を競わないことだ。小
  さな不満、まだ目立だってはいないが組織全体に鬱積する問題点などを発見し修正するためには、
  特定の分野や機構に不利益を与えることも多い。従って、その事の成就が補佐役個人の功績と
  なれば、たちまち反感反発が生じる。だから補佐役は、常日頃から「決して功を競わぬ人」と信
  じられていなければならない。
 ・補佐役の第一の条件は、この「匿名の情熱」、つまり自分の功を顕示しないことへの歓びである。
  補佐役の第二の条件は、トップの基本方針の枠を超えないことである。補佐役は、あくまでもト
  ップと一体なのだから、自らの方針を立てたり、事業や作戦を企画してはならない。「二十世紀
  の、名補佐役」ともいうべき周恩来中国首相のやり方もこれに似ている。補佐役の第三の条件は、
  絶対に「次期トップ」では有り得ないことである。
 ・組織が、常に外的評価と緊張感を持続するためには、組織の中に一種の摩擦と反面教師が存在す
  ることも有効になってくる。これを有効な範囲にとどめることができれば、組織がマンネリズム
  に陥るのを防ぎつつ円滑に機能させることができる。悪役のもう一つの機能は、トップや参謀に
  対する批判を、多くの者が認める「悪役」批判そして吸収する点にある。どこの組織でもトップ
  や参謀は批判し難い。実力参謀や部門長に批判が集まれば内部抗争にもなりかねない。そんな時
  には「悪役」批判の形でお互いに主張を戦わずことができるのである。もし組織の中に、この役
  割を全うし、なおかつ則を越えずに害をなさない人物がいれば、これもまた貴重な人材である。
  ただ、この種の人物には、トップにだけは頼もしく見えるので、本当の権力を与えると大きな害
  をなす恐れがあることも忘れてはならない。
 ・血統によって帝王位を継いだ昔は、兄弟といえども帝王位をめぐるライバルだから、しばしば激
  烈な後継者争いになる。
 ・組織の安泰を図るために、早々と跡取り(皇太子)を決めた方がよいといわれるが、そうしたば
  かりに、親子の間で生命懸けの争いが起こった例さえ少なくない。歴史の中には「皇太子殺し」
  あるいはその逆の「皇太子クーデター」がなんと多いことか。組織のトップの後継者(皇太子)
  というのは、魅力もあるが危険も多い立場なのだ。
 ・近代の政権や企業になると、血縁親族ではないだけに、後継者争いはもっとドライに行われる。
  これは組織のトップという権力の座にはまぬがれ難くつきまとう「悲劇」だ。
 ・トップが次期トップを定めると、その途端に後継者の周囲には、「皇太子の側近」閥が形成され
  る。次の時代に良い地位に就こうとする野心家が集まるからだ。そしてその多くは、現状では不
  遇な不満分子だ。一方、現在のトップの側近たちは一日も長く現状を保ち、自分たちの地位と権
  力を維持しようとする。だから「皇太子の側近」が早期交替を願うようになれば、現トップの側
  近との対立は避け難い。
 ・ごく一般論としていえば、トップは後継者を早期に決め、在任中から皇太子教育を行うことが望
  ましい。しかし、それには常に、現時点での権力集団と次期権力を狙う待機集団との「縦の分裂」
  を招く危険を孕ますことになる。
 ・組織において、その地位を長く保つ最も確実な方法は、功績を上げることでもなければば権力を
  強めることでもなく、後継者を作らないことである。その地位を長く保ちたければ、部下を長く
  留めるべきではない。2年以内に代え、専門分野とその人脈に深入りさせないことだ。逆にいえ
  ば、そのようにしている者が貴方の会社にいれば、用心した方がよい。その地位を保つことだけ
  を目的とする無能者である場合が多いからである。
 ・これが組織の頂点に立つトップであれば、他からの圧力で追われる恐れも少ないので、有力な後
  継者を作らず、地位を保つことが可能だ。だから、トップの心中には後継者を決めたくないとい
  う心理が働いているのが、むしろ普通である。
 ・後継者としての生き方には三つのタイプがある。第一は、事業も人事も、前トップのすべてを引
  き継ぎ、そっくりそのまま真似をすることに努める方法である。第二は、前トップの重用した老
  臣や重役にすべてを任せ、自己の意思を出さない方法である。第三は、前トップとはまったく違
  うことをする方法だ。

組織の「死に至る病」
 ・巨大組織の「死に至る病」の原因は、ただ三つしかない。第一に「機能体の共同体化」。第二は
  「環境への過剰適応」。そして第三は「成功体験への埋没」である。
 ・機能体の共同体化の現象の恐ろしいところは、一旦共同体化が始まれば、それを肯定する人事と
  資源配分がますます強化され、やがては「正義」を以て語られるようになってしまうことである。
 ・共同体化した組織において、高い地位と大きな権力を持つことだけを願う小心な野心家は、構成
  員の推挙を得ようとして、構成員の幸せを追求、つまり共同体化を一段と徹底するようになる。
  しかもこれは組織を強化する、つまり構成員の「結束を固めるため」、「士気を向上させるため」
  という大義名分も付加されるから抵抗し難い。「社員のため」、「軍人のため」と言うのは、自
  己の野心を隠すキャッチ・フレーズにもなり得るのである。
 ・もちろん、ここで言う「構成員の幸せ追求」と言うのは、生活者の幸せではなく、組織人として
  の幸せ、つまり、組織内での公平性と安住感の充実、権限拡大および外部に対する格好よさの追
  求である。従ってこれを追求することで組織内の人気を得て出世しようとする野心家は、外部の
  好感と同意を得る粉飾を忘れない。その最も単純な方法は、組織人以外での不幸を敢えて甘受す
  ることだ。それは経済的犠牲と自由の放棄、つまり給与を上げずに長時間勤務に精励して、生活
  者としての自らを犠牲にすることである。
 ・共同体化した組織の構成員は、比較的安給与で長時間働き、世間の同情と清潔な印象を得ようと
  する。このため、その推進者は、しばしば人格者、清潔な人物という評価を受ける。しかし、実
  はこれほど利己主義な行動はない。自分の出世のために組織本来の目的を無視して、構成員の評
  価を得ようとするのは、最も悪質な出世主義に他ならない。
 ・そうなると、組織本来の機能は無視され、構成員の幸せのみを追求するようになるから、急速に
  機能は低下する。しかも、機能低下を促進する人物がさらに評価されるのだから、一段とそれが進
  むという悪循環が起こってしまう。つまり、自浄作用が働かないのみならず、悪化を促進する形
  になるわけである。
 ・機能組織の共同体化を招く根本的な原因は、組織倫理の頽廃である。倫理には腐敗と頽廃がある。
  腐敗とは、悪いと知りながらも悪辣な行為が横行する現象である。汚職や権限の乱用、身内人事
  などは、倫理の腐敗に当たることが多い。これに対して倫理の頽廃とは、何が悪いか分からなく
  なる現象だ。世間一般では罪悪とされていることが、一つの組織の中では正義と認められている
  とすれば、倫理の頽廃の極みといえる。
 ・当面の事業達成のために、世の法令や常識を犯して、結果的には全社的損失を蒙った例は、バブ
  ル景気の中でも多かった。これは長期的継続的に利潤を追求する企業の本質から言えば、倫理の
  頽廃である。
 ・日本の各省庁は、本来、日本国民全体の幸せのために機能すべきものだが、今やほとんどは自省
  の目的追求だけを正義と考えているようになっている。これが激しいのは文部省、厚生省、そし
  て警察だ。これらの三つの分野では、コスト意識がまったくない。
 ・自らに明確な責任が降りかからない限り、国民生活の阻害も国威も損傷も気にならないのだから、
  官僚倫理の頽廃は著しい。もっとも、こんなことを指摘しても官僚組織が反省し改革されること
  はあるまい。それが「悪い」と分からないからこそ、倫理の頽廃なのだから。
 ・機能組織の共同体化を外形的に捕らえる尺度は三つある。その第一は、内部競争の排除である。
  その象徴は能力主義の否定と年功序列人事の確立を見て間違いがない。組織の構成員が幸せであ
  るためには、構成員相互の競争はない方が望ましい。みんなが気楽な組織に安住し、収益と権限
  と地位を分け合える状態ほど幸せなことはない。組織の共同体化が進むと、組織の中からの構成
  員の個人的競争を排除する動きが必ず起きる。その象徴的な現象は、人事において抜擢を行わず、
  能力差をつけないことだ。共同体化した組織では業績評価や勤務評定を否定する動きが生じるの
  が常である。では何によって地位や役職を決めればいいか。それは客観的に分かり易く本人の努
  力で変え難い事実を基準にすれば、競争はなくなる。共同体化した組織では、必ず年功序列人事
  になるし、年功序列人事を採用すれば必ず共同体化が進むと言ってよい。
 ・中央官庁のいわゆるキャリア組は、各局総務課長になるまでは、同期生の間に差をつけない。ま
  た、そのあとも勤務している限りは必ず地方局長までは昇進させることになっている。万一、キ
  ャリア組の中で不適任者がいれば、出世を止めて低い地位に留めるのではなく、必ずクビにする
  のである。中央官庁のキャリア組に自殺者が多いのは、「落ちることの許されない者」の苦悩
  でもある。
 ・年功人事の弊害として、まず人事が停滞する。一年交替の短期交替となり、抜本的な改革や大事
  業の推進がおろそかになる。徐々に人事が停滞し、同じポストに就く年齢が上昇する。第二には、
  組織全体が常に人事圧力を受け、組織の拡大とポストの増加に熱中することだ。従って、共同体
  化した年功人事組織は、組織の拡大だけを目的にして機能の強化を無視することになり易い。不
  適材不適所も平気で行われる。
 ・戦後、太平洋戦争の敗因について書かれたものは多いが、旧陸海軍の組織と人事に対する反省を
  採り上げたものは少ない。それどころか、旧海軍関係者の中には、戦後も海軍組織と人事を賞賛
  する声さえある。彼ら海軍高級将校には、実に心地よい共同体だったからであろう。
 ・組織の共同体化を示す第二の尺度は、組織の内部を外に見せまいとする情報の内部秘匿である。
  特に不祥事や内紛などは、外に見せると構成員全体が批判と軽蔑を受ける恐れがあるので、絶対
  に秘密にして内部で処理しようとする。
 ・機能組織の共同体化が引き起こす第三の、そして最も一般的な弊害は総花主義、つまり能力均等
  分散が固定化し、集中が不可能になることである。共同体化した組織では、特定の部局や構成員
  に不満を抱かせることを嫌うので、敢えて能力の集中をせず、全部局に総花的に分散が行われる。
 ・組織が固定化すれば、ヒトもカネもモノも固定化して流動性がなくなる。
 ・共同体の究極の姿、それは運命共同体であり、その最も濃密な表現は共同の死、つまり心中や玉
  砕である。こうした「滅びの美学」の背景には、共同体化した組織を変えたくないという改革拒
  絶症が潜んでいるからである。このため、共同体化した組織は、いかのも強固に見えるが、滅び
  る時は早い。
 ・戦後、日本にも「シビリアン・コントロール」の制度が持ち込まれた。シビリアン・コントロー
  ルが重要なのは、専門性と終身性の故に共同体化し易い軍隊を抑制し、組織に揺らぎを与えるた
  めには、軍人共同体の外部の人間(文民)を上に置かねばならないという点である。共同体化し
  た組織は、外部からの介入を極度に嫌う。企業の社会取締役制度もその一つだ。企業が社員共
  同体に陥るのを防ぐためには、実験もあれば情熱も有り、相当に口うるさい社会取締役を何人か
  加えるべきだというのである。
 ・かつて地上には恐竜が繁殖していた。その繁殖は6千万年ぐらい続いたが、ある時期ごく短時間
  に絶滅してしまったと言われる。一つの環境に合わせてでき上がった生物は、あまりにもその環
  境に適応しずぎると、環境の変化に対応できなくなる。むしろ、環境の変化によって危機に曝さ
  れると、自らが繁栄してきた過程を繰り返し、適応とは逆の方向に変化する。恐竜の死滅は、そ
  の典型とも言われている。
 ・組織にもこれと似た現象がある。ある環境に完全に適用した組織は、環境が変化した時にも改革
  できず、むしろ環境変化とは逆の方向に走ってしまう。組織内の権限構造が、外部環境への適応
  よりも内部での地位と人脈を擁護しようとするからである。
 ・近代工業に適した専門化にも欠点がある。それは、専門化が進み、優秀な専門家が集まると、飛
  躍的な発想ができなくなり、社会や技術の変化に対応できないようになることだ。
 ・かつての石炭会社のように、「優秀な人材」が集まったはずなのに、その「優秀な人材」が企
  業の衰亡を救えなかった。それは、日本の企業が好んで採用する「優秀な人材」が、一流大学を
  出た成績優秀者だという点にある。一流大学を優れた成績で卒業したことは、経営能力や商売上
  手を証明するものではない。
 ・現実の世の中の問題というのは、九割まで答えがあるかないか分からない。技術開発にしろ経営
  刷新にしろ、新規市場の開拓や経費の削減にしろ、やって見るまで正解があるのか分からない。
  ところが、試験が上手なで一流大学に入った人は、その成功体験から答えがあるのかないのか分
  からない問題にはチャレンジしたがらない。答えがあると分かっている問題だけを取り上げよう
  とする傾向が強いのである。試験の特徴は、易しい問題、自分が答えやすい問題から解いた者が
  好成績を上げる。十の問題があればます全部一読して解きやすい問題から順番に解答して、八題
  正解すると80点が取れる。難しい問題を最初にチャレンジして、一題解いた時に時間が切れた
  ら10点だ。日本の教育では、まずこの受験技術を教える。
 ・しかし、答えがあると分かっていて、解き易そうな問題から手がける社員ばかりでは、絶対に分
  野違いの新規事業や飛躍的な改革はできないだろう。つまり、一流大学を優秀な成績で卒業した
  人材ばかりを採用し優遇することも、学歴重視の戦後的人材評価環境への過剰適応の一種なのだ。
 ・組織は、個人よりもはるかに成功体験に溺れやすい。ある戦法、ある事業で一度成功すると、そ
  の成功の功労者たちが組織の中の主流派になり権威と権力を強める。このため、その人たちの専
  門分野の権威が拡大し、以後の判断も成功体験分野からの視点に偏するのである。しかも、一度
  そのような組織構造ができ上がると、後から組織に加わった新人たちも、将来の主流派を目指し
  て現主流派に加わろうとするため、過去に成功体験のある分野には有能で野心的な人材が集中す
  る。
 ・成功体験者が過剰な権威を持ち、成功体験分野が課題評価されると、組織全体が仮定を積み上げ
  る「思考の蟻地獄」陥ってしまう。
 ・今、日本の企業は、合理化という成功体験を持っている。高度成長も、石油ショックも、円高不
  況も、ことごとく合理化で乗り切ってきた。だから日本の企業は何が起こっても合理化、つまり
  生産工程での労働効率の向上に向かおうとする。そしてその過程で、本社や工場の人員を「営業
  の最前線」、つまり国内流通コストに転化しようとする。これまでは、閉鎖的された国内市場で
  なら、流通コストを価格に反映できたからである。しかし、消費者の低価格志向が現れた今は、
  このような成功体験は通用しない。
 ・成功体験への埋没を避けるには、特殊事情を二度認めてはならない。戦争にしろ事業にしろ基本
  的には間違っていなかった計画が予想外の不運で失敗する例はある。しかし、それは極めて珍し
  いことで、二度と続くはずがない。
 ・組織の点検とは、業績の点検ではない。組織の点検をするときの点検項目として、まず第一には
  「要素の点検」がある。人員、施設、資金、技術、製品の数量と品質などの要素を一つ一つ点検
  することだ。ここで重要なのは、それらを個々に別々に並べるのではなくて、組織的な視点で比
  較検討が必要なことだ。つまり、バランスを意識して見ることである。新規の技術やシステムが
  登場した場合には、費用対効果のバランスを超えた過剰投資が生じ易い。「初見興奮」といわれ
  る現象である。こうした現象は、特に本社 機構やスタッフ部門において起こりやすい。
 ・第二段階の点検は、「中味の点検」、いわゆる効率検査である。生産工程や営業販売の効率、
  労働生産性、製品の市場性とその将来、原材料および製品の在庫および輸送、下請企業や販売店
  の配置、資産運用などを点検することもある。
 ・組織全体としてより重要なのは「仕組みの点検」、つまり体質検査である。仕組みの点検に当た
  っては、まず第一には、現に行われている仕組みが、どのような理想を描いて作られ、どのよう
  な目標を持ったものかを、明確に捉えることが必要である。第二には、現にある仕組みが、どの
  ような環境に対応して作られたものかを見極めることである。第三には、現にある仕組みが、ど
  のような結果(効果)を生んでいるかを見極めることだ。
 ・長く一つ仕組みを続けてきた組織が、陥り易い落とし穴は、仕組みを変えずに、その欠陥を取締
  りによって防ごうとすることである。組織の改革を目指す者はみな、まず要素を点検し、次いで
  中味を改革しようとする。しかし、中味を二度改革して効果がなければ、必ず仕組みを点検しな
  ければならない。これを怠ると、組織は確実に衰退する。
 ・精神的な組織気質の第一は構成員の士気、つまり「やる気」である。第二は組織間の強調度だ。
  この双方を両立させるためには、組織全体の成果を重視する協調性が生まれ、組織目的が十分に
  理解浸透していればよい。 このために重要なのが、コンセプトの理解度である。つまり自分の組
  織(会社)が目指す理念、いわば理想像が明確に理解されていることが大切である。
 ・気質の点検の第三は命令実効度。命令を下した以上は、実行しなかった部下は必ず処罰しなけれ
  ばならない。命令不実行は、組織における最大の罪である。命令不実行は、崩壊寸前の組織にだ
  け起こるのではない。逆に結束力の強い組織でも起こり易い。結束が強いあまり組織構成員の意
  にそわない命令を下す命令権者を「組織外の人物」と見なしてしまうのだ。
 ・企業でも、大組織になると社長命令を実行するかどうか検討される場合が少なくない。日本の大
  組織では権限が下部まで分散された集団的意思決定方式を取っているから、トップの命令も中間
  段階で大きく変更される。中でも多いのは、「現場の実情に合わせてじっくり時間をかける」こ
  とだ。そしてそれは、しばしば無期延期を意味している。
 ・軍隊の組織構造では、命令実行度が低下しないようにできている。その第一は、命令権者の明確
  化だ。軍隊では一列の命令系統があり、それぞれ直近の上位の命令のみに服することが義務付け
  られている。第二に命令の種類が明確にされている。命令の発令箇所およびそれぞれに番号が付
  いている。第三には、誤解のないように命令文の書式が定められている。状況説明ー作戦目的ー
  方針ー実施内容(場所、方法、行動)−注意事項ー感想の順である。
 ・しかし、軍隊方式も万全とはいえない。その第一は、命令系統が遮断された時、一部または全部
  が動けなくなることだ。第二は、事態の変化に対応した能力(兵力)の組み替えに時間がかかる
  ことだ。第三は、各部隊が直近上位にのみ絶対服従のために、中間指揮官が独自に命令を出せば、
  それ以下が従ってしまう危険がある。
 ・腐敗よりもはるかに恐ろしいのは倫理の逸脱、つまり世間一般の常識と当該組織の中の主観が大
  きく乖離してしまうことである。バブル景気の真っ最中には、真面目で常識的であるはずの銀行
  や証券にも倫理の逸脱が発生した。ノルマ達成が強調されたあまり、それに至る手段の善悪や状
  況変化の危険を無視した活動が「組織のため(会社のため)」という倒錯した倫理によって、正
  義感と忠誠心を持って行われた。
 ・これがさらに進み、組織の気質自体が頽廃してしまうと、何が正しいことか組織全体が分からな
  くなる。これこそ組織を最も悪しき害毒の発生源に変える錯誤だ。これにもいくつかの形態があ
  る。第一は、組織自身の目的のために、その組織が作られた本来の目的を見失ってしまう形であ
  る。旧陸海軍はまさにそうであった。第二は、自己の担当分野だけを重視して、他との均衡や外
  部コストを見失う形である。日本の官庁にはこの例が多い。企業の内部でも、特定の手続きや監
  査を行う部署が、企業全体の効率や損得を無視して自己の権限を振る回し、結果としては大きな
  損失を企業全体に与えている例は少なくない。第三の形は、一時的な利益(効果)のために、組
  織全体を危うくして顧みない「延長の誤診」である。これも日本の官庁には一般化した現象だが、
  企業でも珍しくない。
 ・倫理の頽廃の恐ろしさは、それが正義の仮面を着けているために、容易に是正されないことだ。
  むしろ多くの場合には、組織内では評価され賞賛されることが多い。従って、これがはじまると、
  頽廃の拡大再生産の悪循環が起こる。特に共同体化した組織では倫理の頽廃が起こりやすいから、
  常に倫理の健全性を点検しなければならない。

社会が変わる、組織が変わる
 ・近代の組織は近代社会にふさわしく作られ、近代工業社会を拡大発展させることに役立ってきた。
  従って、社会自体が近代工業社会から脱工業社会、つまり「知価社会」に移ろうとしている今日
  においては、近代組織が生き残り得るかどうかが重大な問題である。歴史的な発展段階の変化は、
  組織の原理と構造と機能と気質を、根本から変えてきたからである。
 ・知価創造的産業において決定的な重要性を持つ生産手段は、それに従事する人間の知識と経験と
  感覚である。つまり、知価創造的な産業では、生産手段と労働力が不可分に一体化しているわけ
  である。今、産業革命以来続いていてきた生産手段と労働力の分離が逆転し始めているのである。
 ・生産手段と労働力を共に持つ専門職が増加しだしたことは、社会のあらゆる面に劇的な影響を与
  えている。
 ・知価創造的な仕事に従事する人々にとっては二十四時間が常に情報インプット時間であり、創造
  的制作時間であり、娯楽と社交の時間である。だから、今は、むしろ職住混在が求められ出して
  いる。
 ・知価社会での家族はもっと個性的だ。ここではまず働く者の持つ生産手段、知識と経験と感覚を
  日々再生する刺激が求められる。それには子供の養育は必ずしも必要ではない。不婚または離婚
  が増え、夫婦共働きが一般化する。
 ・これからの知価社会では、それぞれの職業によって生活習慣も異なるため、子が親からそれを習
  うことさえできない。子供は子供で、また新しい知識と経験と感覚を自らの好みに合わせて身に
  つけ、それに適した職業を選ぶことになるだろう。家族という共同体の組織原理も、大きく変わ
  りつつある。
 ・今、先進国では、物財の量を増大する客観性よりも、人間の満足度を充実する主観性を重視する
  ようになってきた。従って、企業にとっても規格大量生産によって物財の生産量を拡大するより
  も、ブランド・イメージの向上やデザイン性による美的感覚の満足、専用化と継続性との両立に
  よる消費者選択などの知的創造力が大切になりつつある。
 ・個人的な創造によって消費者(発注者)が主観的満足を得るためには、気に入ったデザイナーや
  エディターを選ばなければならない。そしてその場合、消費者が念頭に置いているのは、そのデ
  ザイナーやエディター個人の名声と実績、それから予想される「作品」である。
 ・非属人的な近代組織は、目的達成のために機能別階層別のポストをあらかじめ用意し、それぞれ
  の組織の基準に従って適切と思われる人材を、各ポストに充当している。近代組織のこの仕組み
  は、常に必要とされる機能を果たす人物が存在するという点では安定性があるが、その一方では、
  必ずしも適切とはいえない人物によってでもポストを埋めなければならないという難点を備えて
  いる。
 ・近代組織においては、組織内の情報は、地位の順に上下に移動する。命令はトップから下位に伝
  達されるし、現場の報告や意見具申は下位から順に昇ってトップに上達される。その過程では中
  間管理職が命令を具体化詳細化するし、報告や具申は取拾選択して要約する。従って、トップは
  広く浅く知り、下部は狭く深く知る形になる。
 ・最近の日本では、地域コミュニティの崩壊と少産化の結果、家庭や地域社会で学ぶ機会が失われ、
  専ら学校や学習塾で、絶対的権威と形式的同等者との情報交換だけを習得する形になっている。
  これが一部の社会学者や心理学者が将来の日本人について危惧する理由にもなっている。
  ここでの問題は、個性的な独創性や新規の事業に取り組む冒険心、あるいは既成の仕組みを疑う
  改革の精神が乏しくなることである。つまり、現在の日本の社会と学校教育が作り出している典
  型的な青少年は、独創と変革のない世の中で規格大量生産に従事するには適しているわけだ。
 ・組織のおける個人の権威は、究極的には当人の持っている技術、知識、ノウハウおよび伝説の有
  用性によって決定する。特に機能組織においてはそうだし、そうであるべきであろう。
 ・対面情報技術の有用性が低下し、機械情報技術の重要性が増すと、職場において権威と権限の逆
  転が起こるだろう。そしてそれは、中高年の権威の低下につながり、年功序列型の組織原理を崩
  すことにもなるに違いない。
 ・今日の日本の組織では、フェース・ツー・フェースの情報交換が重んじられ、そのための交際費
  や旅費・交通費が膨大に支出されている。情報自体の有用性よりも、雰囲気としての情報感覚が
  重要な根回し社会、とまり集団意思決定方式が採られているからだ。だがそれは、機械情報の普
  及とは相矛盾する体質であり気質である。
 ・これからはヒエラルヒーもネットワーク型の、固定されてポストよりもアドホック的な部署の組
  織が増加するに違いない。これもまた組織の属人化につながる問題である。
 ・高度成長と前提として、「人事投機」を続けて来た日本の企業には、成長を促す「先行投資型財
  務体質」と共に、成長を当然の正義と考え、規模の拡大と事業の多様化を追求する成長気質が深
  く根付いている。これにしかるべき地位と権限を求める過剰な中年層の要望が加わった時、組織
  全体が「何かをしなければならない」という焦燥感にとりつかれる。
 ・優秀な成績で入社し、長く経験を積んだ社員を、権限の乏しい曖昧な地位に置くのは心苦しいこ
  とだ。しかし、それを避けるために収益性のない事業を拡大することは、より大きな被害をより
  多くの社員と株主に与えることになりかねない。
 ・定年を過ぎた高齢者の多くは、個人的な貯金と社会的な年金等を通じて過去の蓄えで生きる人々
  である。彼らが子供たちと分かれて別個に家族を形成するとなれば、純粋に消費としての側面だ
  けを持つ階層ができ上がる。そんな人々は、将来の経済成長よりも今日の生活の楽しさを追求す
  るのが当然だ。
 ・「生産大国」の追及から「生活大国」志向に変化しなければならないというだけのことではない。
  各企業にとって、コストの上昇を価格に転化することが難しくなること、つまり、「コスト+適
  正利潤=適正価格}の発想が通用しなくなることを意味している。
 ・高齢者の増加は、社会全体の生産者優位から消費者第一に、未来志向から現在重視に変えるので
  ある。これからは日本でも、コストの上昇を価格に転化することは難しくなる。従って、企業は
  コスト引下げ努力がますます重要になる。このことは、最大のコスト要因である人件費の切り詰
  めが迫られることを意味している。それは当然、人員の数だけではなく単価にも及ぶ。

これからの組織
 ・官導体制と日本的経営に彩色された戦後の日本経済には、三つの神話があった。第一の神話は、
  「土地と株とは中長期的には必ず値上がりする」という「土地・株神話」だ。第二は、「消費需
  要は必ず増える」という「消費拡大神話」だ。第三の神話は、「日本には深刻な失業問題は生じ
  ない」という「完全雇用神話」だ。
 ・だが、「土地と株は必ず値上がりする」という「土地・株神話」が崩れ、「消費は常に増加する」
  という「消費拡大神話」も信じられなくなった今後は、この気質は大いに危険である。特にそれ
  が人事圧力シンドロームと統合して多角化や新規事業志向に走る時には、致命的な打撃が残りか
  ねない。今後は、利益を生まない事業や施設に投資をすると、土地の値上がりでカバーすること
  もできないし、新株発行で低利資金を入手することも難しいから、長く重い負担にあえぐことに
  なってしまうだろう。
 ・こうした経営環境の大変化に、日本の企業組織はいかに対応すべきか。それにはこれまでの組織
  の体質と気質を改める新しい発想と対人技術と評価基準が必要である。まずは、「三比主義」か
  らの脱却である。「三比主義」とは、「前年比」「他社比」「予算比」の「三比」を評価基準に
  する経営、または組織管理方式だ。今日の日本では、「三比主義」が企業の業績を評価する基準と
  して一般化しているが、実はこれこそ「拡大即利益」の発想を制度化した悪しき拡大志向の表れ
  である。
 ・組織的改善を考えることなく個々の小組織や従業員の尻を叩くのは、無理の強要に過ぎない。今
  日、日本は技術水準が高く労働の質も良いといわれるのに、社会全体の労働時間当たりの生産性
  が、先進工業国の中では最も低い部類になっているのは、この事実を暗示している。
 ・「三比主義」のより重大な欠陥は、量だけでノルマを課すため質の悪化を招くことである。
 ・日本ではよく「過当競争」といわれるが、実際には日本における競争とは、業界協調体制の中で
  の大規模化競争(つまり他社比競争)に限られていた。つまり、日本経済全体として見れば、真
  の自由競争のない閉鎖的な市場経済が行われていたのである。
 ・これからは、市場経済の正道に戻って、供給過剰需要不足の場合は、価格お引下げによって需要
  を拡大し供給を縮小する仕組みにならざるを得ない。つまり、市場で売れる価格がまず存在し、
  それから企業経営の本来の目的である利益を引いた残りが、経営者に与えられたコストの使用限
  界(価格ー利益=コスト)と考えることだ。
 ・経営学のケース・スタディーは無鉄砲なメロドラマを見るようなものだ。若い二人が周囲の困難
  に打ち克って結ばれるところでハッピー・エンドになるが、そのあとの長い人生を果たして幸せ
  に生きたれるかどうかは何も教えてくれない。
 ・単年度利益追求主義では、それが継続的に利益を生んだのか、利益を生まなくなった後ではどの
  ように処分されたか、長期的体系的な判定を明らかにすることがない。80年代にアメリカを中
  心に盛り上がった企業売買や不動産開発事業の多くが、結果的には行き詰まったのも、このため
  である。
 ・利益の質を決定する要素は何か。これまでの研究で明らかになっているのは、次の三つである。
  第一は外延性、つまり当該利益が組織の外に延びているか、同じ組織内でのタライ廻しかを計る
  ことである。第二の要素は継続性、つまり当該利益が長期的に継続する性格のものか、一回限り
  または一時的なものかである。利益質の第三の要素は好感度、つまりその利益を上げることで好
  感が得られたか、反感を募らせたかである。
 ・日本官庁で一番出世するには、「問題が起こって解説した者」、次は「問題が起きたが解決でき
  なかった者」、最も損をするのは問題が起きなかった者」という。問題が起こったときに、ねば
  り強く時間をかけて対応し、必ずその都度上司同僚と連絡を取り、たとえ解決への前進がなかっ
  たとしても、その苦労は高く評価される。ここで大切なことは、上司同僚への連絡報告を絶やさ
  ないことだ。
 ・古来、大石内蔵助を愛する人々が多いのは、自己犠牲評価が人間の心に訴える感傷を含んでいる
  からである。しかし、能力主義、功績主義から見れば、大石内蔵助のやり方は最悪である。組織
  のために最善なのは、問題が起こる前に手を打って、問題を起こさないことだ。
 ・今日、日本の企業組織の多くは、共同体化の危険に曝されているといってよい。これまでの経営
  環境においては、あまり大きな破綻をきたさなかった共同体化が、「死に至る病」となって発病
  する可能性が高い。これから脱却するためには、まず人事評価の基準を、自己犠牲評価から功績
  評価と能力評価に改めることだ。しかし、これもまた簡単ではない。功績と能力ある者は、しば
  しば人徳を欠き周囲との摩擦も多いからである。
 ・実際、「才ある者は徳がない。徳ある者には才がない」というのは、人事のおける不滅の公理で
  ある。
 ・功績評価や能力主義とは、それを承知で功績ある者に禄を与え、能力ある者に権力を授けること
  なのである。機能組織とは、人間の人徳を買うのではなく、能力を買い、目的達成への功績を期
  待する仕組みなのだ。
 ・徳川幕藩体制では、能力ある者には権限を与え、実績のある者には高禄(高収入)を保障し、人
  徳のある者には高い地位を就ける仕掛けになっている。安定社会を目指した徳川幕府は、権と禄
  と位とを分離することによって、優越感と不満との均衡を保とうとしたのである。
 ・人間の哀しさは、自分が本当にしたいことが分からない点にある。
 ・本当に「したいこと」「なりたい姿」を見つめる前に、経済的有利さと世間の評判と将来の安心
  を考えるのは本末転倒、経営の理念を失う結果になるだろう。