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日本は人口減少社会に突入している。少子化は止まらず、高齢化も、これからは高齢者が
どんどん亡くなっていく、高齢者減少社会に突入していく。いまや地方の集落は、瀕死の
状態だ。
地方の、高齢者だけとなった集落は、そこに住む高齢者が亡くなっていくことに伴って、
どんどん消滅していく。これから多くの農村部は、消滅していくだろう。まさに「地方消
滅社会」だ。
東京などの大都市で暮らしていると、そんな地方の状態は、あまり感じられない。繁栄を
謳歌する東京は、相変わらず人は多く、毎日の暮らしに精一杯で、そんな地方のことなど
考える余裕はない。しかしそんな東京ですら、やがては超高齢化社会に苦しむことになる。
地方で暮らせなくなった高齢者が、どんどん東京などの大都市になだれ込んでくる。今で
すら、高齢者施設の絶対数が不足している東京は、そんな高齢者たちを受け入れる施設の
圧倒的な不足により、高齢者が街にあふれることになるだろう。日比谷公園などは、高齢
者の「姥捨て山」状態となるだろう。
これを回避するには、地方の消滅を食い止め、もう一度、地方の活力を取り戻し、大都会
に流出する高齢者を食い止め、さらには、大都会であふれた高齢者を受け入れる状態にし
て行かなければならない。
しかし、今までのような、中央が、上から目線で一方的に政策を地方に押し付けるやり方
では、もはや立ち行かない。現場の現実を見ずの計画に、終始しているからだ。特定の地
域地、特定の分野に身を投じ、「現場」に身を置いて自ら行動し、問題の本質を根本まで
掘り下げていける人材を育てていくことが、日本の復活に繋がると信じる。集団的自衛権
だの、テロとの戦いだのに、うつつを抜かしている時間はないのだ。いまや日本は待った
なしの状態なのだ。


はじめに
・「現場」の「現実」を見ず、「自問自答」というプロセスをすっ飛ばして、結論だけを
 覚え込むというのは、性質の悪い省力化ではないかと。省力化された作業の生む「知の
 破片」は、アバウトで現実離れした全体像しか結びません。日本は積年謝らせてきた
 「世の空気」だの、世界を積年謝らせてきた各種のイデオロギーだのは、そういう省力
 化が招いた思考の空洞に巣食うことで、生き延び続けているのです。
・「現智の人」とは、特定の分野の「現場」に身を置いて行動し、掘り下げと俯瞰を売り
 返した結果、確固たる「智恵」を確立している人のことです。教科書に書いてある知識
 を覚えて振り回すだけの人間とは対極の道を進む、そうした「現智の人」に巡りあい、
 その語りに耳を傾け、あるときは疑問をぶつけ、あるときは協働する。そういう「対話」
 を経て、ようやく「智識」と呼ぶべきものが身に付いてくるのです。

「商店街」は起業家精神を取り戻でるか
・資本主義は近代家族がなければ存立しないことを指摘しました。資本主義の論理で労働
 者を生産することは不可能です。女性たちは「愛情」という名のもとに、労働者の生産、
 すなわち出産育児を無償でおこなう。そして男性は、その女性を庇護するわけです。こ
 うした稼ぎ主の男性と専業主婦のセットを近代家族といいます。 
・今後しばらくは、皆が「おひとりさま」の時代を自分だけで生き抜いていくんだろうけ
 ど、その多くのおひとりさまが亡くなった後の社会は、どうなるんでしょう。このまま
 滅びていくのか。はたまた、どこかの段階でもっと子どもが生まれるような社会制度に
 戻るのか。我々の生きるこの日本の社会全体が、後継者がいないという問題を抱えてい
 ます。 
・日本人は、一神教を生み育てた砂漠の民に比べて、場所というものに対する感度が高い。
 だから、自分の住んでいる町、地域というものこそ、自分の生を超えて続いていくもの
 だという考え方を、共有しやすいと思うんです。ところが今、その拠り所となるはずの
 町では、低地も店の建物も、法律上、完全な個人財産になってしまっている。これは実
 にまずいことです。 
・道路や上下水道は共有財産として認識しています。これらは皆の税負担で維持して当た
 り前だと思っている。赤字の鉄道は廃止しろと言うのに、道路も維持管理費を考えれば
 大赤字なのに廃止しろとは言わない。ところが、その道路で区画された個人の土地の話
 になると、まったく話が違う。 
・道路の修繕や整備、除雪までをすべて公のお金で賄うというシステムを、今の規模のま
 ま、人口の減る時代にずっと維持できるとはとても思えません。片やそれによって区分
 けられた土地は、近代家族の解体に伴って相続人も減り、スカスカに空いていくばかり
 なのですから。 
・道路は共有地、土地は個人所有のままで、私有地部分に人がいなくなる。被災地でもそ
 
 ないそうです。当たり前ですが、津波は道路も私有地も関係なく襲い、瓦礫が転がって
 いるのに、法律上は、私有地に手をつけたらダメだということになっている。
・同じ理由で、所有者がわからないから誰も使えない、ほかのことに転用したくても手を
 つけられない「腐った土地」が大量に現れています。しかもそれは少子化と高齢化に伴
 って、今後、ますます加速度的に増えるでしょう。
・そもそも本当に町が必要なのかというと、実は既に私たちは、ほぼ町が要らない生活ス
 タイルになっているのではないでしょうか。必要なものはネットで注文すれば何でも自
 宅まで配送される時代です。究極的に言えば、街にないと困るのは、それこそ美容院と
 飲食店くらいかもしれません。 
・近代家族が崩壊しても人間にはやはり何か拠って立つものが必要で、だけで今時、多く
 の人は、家族や会社が続いてくことを期待できない。国では余りに大きすぎて実感が乏
 しい。そこで、地域だと思うんです。外部の人間を排除する閉鎖的なものではなくて、
 今、被災地で外来のボランティアと地元に残った人たちとの間で始まっているような、
 んどん増えるんじゃないでしょうか。 
・商店街というのは、弱小な一個人が事業者として、大組織や大手資本に対抗しながら、
 なんとかやっていける、地域でただ一つの空間だったんです。町をなくした地域の人は、
 ショッピングモールで単なる消費者になるか使用人になる以外に道がないんですね。つ
 まり、ショッピングモールは消費する場としては愛すべき空間であっても、そこに使用
 人以上の者として係わり、自分が生きた証として後世に残して行く場には、残念ながら
 なりえないでしょう。   
・居住者しかいないのが団地、職場しかないのが工業団地やオフィスビル街ですが、これ
 は町ではない。なぜなら、前者は住む人しか、後者は来る人しかいないからです。住居
 と職場が混在してこそ町と呼べる。

「限界集落」と効率化の罠
・今の時代、他者を切り捨てる側にいたつもりが、いつ切り捨てられる側に回るかわから
 ないのです。 
・今、特に都会で働いている人たちは、人生の多くが「暮らし」ではなく「労働」になっ
 ています。その労働というのも、昔は生活と直結したものだったのだが、今はなんのた
 めに働いていて、誰にその糧が回っているのかよくわからない。がむしゃらに働き、ご
 飯は外食、結構な家賃と光熱費を払いながら、家に帰ったら寝るだけ。もともとは普通
 に暮らしていくためにやっていたはすのことが、いつのまにか、もっと大きなシステム
 の中の一部分に組み込まれてしまっているのです。もちろん、その仕組みの中で働く限
 り、保険も医療もあって、野垂れ死ぬことはありません。でも、かといって生きること
 を素直に喜べない。そんな社会は、本質的にどこかおかしいんです。
・そういう都会の奇妙な状況のなかで、「暮らし」に割く時間がどんどん減っていくと、
 それは端的に少子化という現象に現れてくると思うんです。暮らしをきちんと営めない
 から子どもが減る。 
・農村部からあふれた人口は都会に向かい、そこで消費される。労働の中で消費されてし
 まって、子孫を残さずに消える。少子化という現象は、人が都市で消費された結果だと。
・20世紀後半の日本は、戦争前後に大量に生まれた若者を、東京や大阪などの大都市に
 集めて、国際競争に動員した。その過程で経済成長と呼ばれる現象も起きたんですが、
 彼らは結局「消費された」、即ち、「再生産されなかった」のです。出生率が1近くま
 で落ちた首都圏では、もはや年々、高齢者の急増と、子供世代、現役世代の減少が進ん
 でいます。 
・我々は資本主義という宗教の中に生きていて、集団は妄信しながら何かに向かって動い
 ていく。そのときに、その集団の目的が個人の幸せにつながっていればいいんですが、
 今はそれが違う方向にいっている気がします。 
・故人を守るのは国家だったり、市場だったりするのかもしれない。でもたぶん普通に暮
 らしている多くの人が守りたいのは、率直に自分の暮らしであり、家族ですよね。もの
 すごく豊かではなくても、そこそこ幸せに、少なくとも不幸せにはならずに生きていた
 いなと思っている。それこそが目的のはずなのに、その部分が犠牲になってもいいとい
 う議論を始めるのは、ある意味、社会の「自殺」と同じでしょう。 
・「株主の利益」のためには人の暮らしはどうなっても構わないのが今のアメリカ。「国
 際経済競争に勝つ」ためには人の暮らしはどうなっても構わないのが、韓国や、日本の
 一部大企業や、一部政治家。すべて同じ構造です。
・「生きるために経済成長しましょう」と言っているうちに、成長のほうがいつのまにか
 目的になって、「経済成長のために生きよう」という主客転倒が起こっているのです。

「観光地」は脱・B級志向で強くなる
・どこの地域でも、とにかく「入込数(宿泊・日帰りを区別しない単純な来訪者数)」を
 重要視するのが、とても不思議でした。ヨーロッパの観光統計はすべて延べ宿泊数が基
 本なのです。泊まらない人が何人通り過ぎたって、その人たちはほとんどお金を落とし
 ていかないん数えたってしようがないんじゃないかと。
・1人の人が1泊するのと4泊するのとでは、波及効果がまったく違います。つまり「何
 人来た」ではなく、「何泊した」で数える方が、実態に即している。日本ではどこもそ
 れをいあっていないですね。
・最初に入込数ありきだと、それを達成するために、たとえば近くて人口の多い中国から
 安いツアー客を大量に呼び込もう、そのために値段を下げよう、というような話になり
 かねない。しかし、そうやってディスカウントを繰り返せば、当然サービスの質は低下
 し、満足度も下がります。その結果、稼働率を上げれば上げるほど利益が薄くなり、リ
 ピーターを減っていくという負のスパイラルに陥ってしまう。日本の観光地がダメにな
 った原因の一つは、まさにこのような「一見さん」を効率よく回すことだけを考え、リ
 ピーターを増やす努力を長く怠ってきたことになると思います。観光地として一番重要
 なのは、実は顧客満足度とリピート率。満足度を上げ、リピート率を上げれば、お客様
 一人当たりの消費額も自然と上がりますから。
・宿泊も食事も、まずはその地域で一番と言えるものを提供できるようにすべきです。チ
 ープなものを作るのはその後でいい。最初に富裕層を相手にすることでサービスの質も
 上げり、観光リゾート地としての全体的なレベルも向上するのです。 
・とにかく安い値段で提供するのが商売だと思い込んでいる。人口が増えた時代に量で稼
 いだ記憶が、客が減る時代にもどうしても抜けない。これが昨今の「デフレ」の真因な
 んです。 
・地元産の良いものを、地元の旅館やホテル、飲食店が直接、1円でも高く買うことが重
 要で、それをさらに手間暇かけて調理し、より付加価値を高くして売るということを考
 えるべきです。しかも、それを都会の百貨店に置いてもらうんじゃなくて、地元にわざ
 わざ来て、食べてもらう、買ってもらう。地域に来て消費するだけの価値があるものを
 ちゃんと産み育てましょう。
・ほとんどの単発イベントは地域をダメにします。外から賑わっているように見たとして
 も、本当にその地域がよくなっているとは限らない。主催者側はあくまでもイベントの
 開催そのものが目的であって、地域がそのあとどうなるかということをまったくフォロ
 ーしてくれないからです。終わった瞬間にお客さんが激減してしまうので持続的な効果
 はほとんどもたらさない。結局、まじめにやっている人ほど疲弊します。
・日本が観光という分野でできることは、ただの外貨獲得や内需活性化以外にも新しいビ
 ジネス創造や雇用拡大など、これからまだまだたくさんあるはずなんです。
・日本人はとても丁寧でホスピタリティに溢れているという点で、世界でも非常に高く評
 価されています。また、日本を訪れるVIPの中には、日本の礼節に触れるとこころが
 引き締まるとおっしゃる方が多くいる。

「農業」再生の鍵は技能にあり
・もう農業は人工透析状態です。加工や船団で粉飾したり、国の補助事業に乗ったりして
 見かけを繕っていますが、肝心の耕作技能が失われ、ハリボテ状態です。「勇気栽培」
 とか「こだわり」だとか、能書きばかりが立派で、それに見合う技能がないものだから、
 栄養価も食味も低下し、自然環境にも悪いのに、消費者がそれに気づこうとしない。
 OECD推計によれば、今、既に日本の農業保護額は4兆円規模、対して農業の付加価
 値が3兆円規模なので、数字上は農業がなくなったほうが、国民所得が増える計算です。
・農業というのは、一言でいってしまえば、「今降り注いでいる太陽エネルギーを、いか
 に効率的に生物エネルギーに変えるか」という技能なのです。これがうまくできれば、
 環境保護的においしくて栄養価も高い健康な農産物を継続して育てることができます。
 そういう技能を先人たちがはぐくんできました。ところがその技能を退化させ、枯渇性
 資源の化石燃料に頼ったり、「能書き」や加工などで粉飾したりしても、動植物は健康
 に育たず、環境破壊的で食生活の改善にも資しません。つまり、農業の本来の良さを忘
 れたハリボテです。技能を失い、自然エネルギーを有効に使えない農業生産をいくらし
 ても、社会の利益には逆行します。
・自由だ、小さい政府だと言っているこのご時世に、農業だけにお金をつぎ込んでいとい
 う風潮は、欧米も同様です。ヨーロッパもアメリカも、農民は政治家にとっては手なず
 けやすい人たちで、直接的であれ間接的であれ、どんどん補助金漬けで農場を運営させ
 るという構造ができやすいのです。
・欧米で行われているのは、作業内容が定型化された「マニュアル依存型農業」です。欧
 米は地形や気候が単純なので、大規模化もマニュアル化もしやすく、日本が同じことを
 やっても勝ち目がない。日本のような国土では本来、農地の状態次第で臨機応変に作業
 内容を変えて太陽エネルギーの利用効率を最大化する、「技能集約型農業」を目指すべ
 きなんです。マニュアル依存型農業に必要とされるのは、定型化可能な「技術」ですが、
 技能集約型農業に必要なのは、定型化困難で科学的智識と経験知によって培われる「技
 能」です。
・震災以前からいちご栽培がさかんだった宮城県山元町に行きますが、山元町は稀有な例
 で、偶然にもいちご栽培の敵地だったんです。しかし、本当に残念なことに、その多く
 が津波で流されてしまった。その跡地には、今、いちご栽培の復活を謳って、オランダ
 式のハイテク農業が導入されています。復興資金も使ってつくられた、水耕栽培の巨大
 施設です。IT技術を駆使して施設内の環境を一定に保つという、化石燃料消費型の植
 物工場です。せっかくの風土の利とは無関係に変えてしまった。
・六次産業化を推し進めた結果、原材料をよそから引っ張ってくるようになったという本
 末転倒なことが起こっている。つまり、その土地独自の産業だったものが、ハコごと移
 動させればどこでもできるという話に変わりつつある。 
・六次産業化だとか、大規模化だとか、そういうキャッチコピーが頻繁に使われるように
 なったのは、農業問題の東京化現象とも呼ぶべきものだと思っています。ちまり、具体
 的な地域の現状や環境、動植物の生産状況の話というのが抜け落ちて、都会の人間がイ
 メージをもとに机上で組み立てた議論になってしまっているんです。
・東京は日本の脳みそです。その妄想する脳みそだけやたらでかくなって、手足は自分の
 思いどおりに思っている。脳=東京が妄想して、勝手な陣頭指揮をとり、体=地方の現
 実のほうが思いどおりに動かないと怒り出す。
・私は大規模化して海外品と低価格競争というのには賛成しませんが、六次産業化は空理
 空論ではなく地域振興のための手段として必要だと思っています。大量生産のために外
 から原材料を買ってきて加工するという「六次産業化」は論外ですが、地元産にこだわ
 った加工品生産は、付加価値と雇用を増やす決め手でしょう。
・いい農家は、無料の太陽光線を上手に使うことができるので、結果的にいいものが安く
 できて、高く売れる。しかも、安いコストでやっていけば、天候による不作など多少の
 嫌なことが起きても、あまり打撃を受けずに済みます。反対に、話題性とか目新しさと
 かでパッと売るだけの農業は、ブームが終わってしまったらあっという間に耐えられな
 くなります。「六次産業化にも、まさにこうした危険性がある。
・今、農村では、よく言われている高齢化よりも、若者の使い捨てのほうがはるかに問題
 なんです。高齢者が若者を平然と使い捨てている。日本では土地所有者が絶対的な権力
 を持っているから、そういうことができてしまうんです。何で皆、無責任に若者の就農
 を褒めそやすのか。使い捨てられていく若者を増やすだけじゃないかと思うと、本当に
 悲しいというか、悔しいというか。
・誰にでも農業をやらせるというのは見当違いかなという気がします。都会育ちの人間で、
 草の声も虫の声も聞けない人間が農業をやるというのは、なかなかうまくいかないもの
 なんです。ただ好きだからできるというものではありません。
・節税や転用など、非営農目的での農地保有が蔓延し、誰も責任をとらない状態になって
 いる。今、農地の2割くらいは、非農家が所有しているわけです。農業というのは、い
 くら当人がが一生懸命打ち込んでいても、近隣の土地で雑草を野放しにするなどの不適
 切な利用があれば、その煽りを喰らってすべて無駄になってしまう可能性を孕んでいる
 ので、この耕作放棄地の増大は非常に深刻な問題です。
・超小規模農家を営んでいても、太陽光の利用の仕方がうまければ、多くの利益が出る。
 農業というのはそういう意味では本質的に、規模の経済の原理や、安直な経済成長志向
 から出てこない、全く違う原理を含んでいるということです。
・国の政権の背景には、「日本産はブランド価値が高いので、海外で売れるだろう」とい
 う思い込みがあるようにも見えますけど、工業製品であれば当たり前の、クオリティコ
 ントロールの話が抜けています。高品質を売りにアジア市場を開拓してきた青森りんご
 も、クオリティコントロールがなく粗悪品を売る業者を規制せきなかったことからブラ
 ンドが損なわれ、最近は輸出額が落ちています。同じことはどの分野でも起こりえます。
・いくら「攻めの農業」や「輸出振興」を唱えても、実態は完全に内向きの政策になって
 しまっていると思います。「日本産=海外で人気」というのも完全な思い込みです。
・根本的な問題として、海外で継続的にものを売ることの難しさを知ろうとしない。貿易
 に本気さが感じられない。日本人が思っているほど、海外の人が日本の農産物を高く評
 価してくれているわけではない。まずいと思っているわけでもないと思いますが、「美
 味しい農産物なら日本」というようなブランドには到底なっていない。 
・和牛はそこそこいけると思います。本当に宝石みたいな肉があるので、舌が肥えている
 人が贅沢な食事をしたいときに、日本の和牛を選択するというのはあり得ます。
・輸出振興というのは、「安心安全な日本の農産物」という国内向けのイメージづくりに
 は好都合なんです。製造業で日本の競争力が後退し、何かメイド・イン・ジャパンがな
 ければ、という焦りが、農業の輸出振興という政策を作り出したのではないかと思って
 います。
・「安心安全で美味しい日本の農産物」という国内限定のイメージがどんどん膨らむよう
 に社会がしているし、補充金がそれを支えている。こういう現実逃避的な夢物語を唱え
 ているようになるのは、1930年代に起こった満州ブームと同じような構造から来て
 いるのではないかと考えています。
・今の日本には外交力がない。だから何も決めさせてもらえない。国際的な協議の場で、
 日本のプレゼンスはどんどん低くなってしまっています。何か言って変わるならいいが、
 そういう国の人間がああだこうだ言ったって、しょうがない。それより、国内での耕作
 技能の劣化や農地利用秩序の崩壊といった問題をどうするかのほうがよっぽど重要であ
 って、国際協議において、われわれはキープレーヤーではないと考えたほうがいいと思
 います。
・交渉力がないことは悲しいことですが、日本が国際社会に対して果たすべき役割はそれ
 とは別にあります。それは、日本の農産物市場を世界に開放された常設の品評会場化す
 ることです。日本市場で通用するものなら世界で通用するという、世界の基準づくりの
 場をめざすべきです。 
・まずは、具体的に農産物一つひとつをきちんと確認することです。国産だからいいとか、
 中国産は駄目だとかではなくて、一つひとつの商品をきちんと吟味し、自分たちが国際
 的な基準をつくっていくという自負を持つことです。 
・しっかりとした技能を持ち、コツコツとよい農産物をつくっている農家さんは、いまや
 絶滅危機にあります。大切なのは、現実から逃避しないことです。ますは今、力を失い
 つつある日本の農業の現状を受け止め、その問題点がどこにあるかを、国民がしっかり
 見つめることからはじめなければなりません。その上で、日本の強みである技能集約型
 農業を絶滅の危機から救い出すこと。それが、日本の農業を救う唯一の道だと信じてい
 ます。 

「医療」は激増する高齢者に対応できるか
・日本の医療従事者は、本当にスーパーマン、スーパーウーマンの集まりなのだなと思い
 ます。問題なのは、患者や周囲がそれに甘え過ぎていること。弱者のふりをして医療費
 を無駄遣いする高齢者、すべて医師任せで自分で健康を守ろうという意識が欠如した住
 民、医療ミスを捏造し、医者叩きをするマスコミ。己の時間を捨てて、世のため人のた
 めという「公」の意識で頑張っている人間に対して、「私」だけしかない人間がたかっ
 ているという現実。 
・東京都は、すごい勢いで高齢者が増えています。新宿区にある戸山町など数千規模の町
 では、高齢化率が40〜50%にも達するところが既に出てきている。
・東京は、地方から高齢者が新たに流入してくるということです。東京に行けばひょっと
 したら助かるかもしれないと勘違いした高齢者が、大量に流れてくると予想されている。
 しかもその人たちは、稼ぎがない。言ってみれば、何も生み出さない人たちです。
・本人が良心的であっても、加齢とともに心身が不自由になる確率は高い。そういう人の
 絶対数が東京で激増する。 
・高齢化は「率」ではなく「数」で見なくてはいけません。数で考えれば、このままでは
 とても医師の数が追いつかないことがわかります。 
・とにかく早急に手を打たなければいけない。具体的には、都会より出生率の高い地方に
 人を戻すしかないです。かつ、都会では、高齢者が皆病院に入らなくてもいいように、
 極力在宅で介護できるネットワークを急いで構築していかないといけない。 
・特に危惧しているのは、いまの国の経済政策のブレーンたちが、「経済」学者ではなく
 「経済学」学者なのではないかということです。彼らが詳しいのは経済学の文献であっ
 て、現実の経済がどう動いているのか現場で学んだことがない。なのに、実際の経済運
 営に口を出そうとする。 
・消費を増やし、人口減少を補いたいのであれば、保育所の整備は即刻やっていかなけれ
 ばいけない。「それは無理だ」と言われていたけれど、横浜市は現にやれた。なぜなら、
 市長が女性で、力を入れてやったからです。
・子どもを持つ女性が普通に働けるようにならないと人口が増えないというのは当たり前
 の話で、オランダなどの事例によって、女性が働ければ出生率が上がり、消費も増える
 ことは既にわかっています。だからやるべきなのです。それなのに「女性が働くから男
 性の収入が減る」などとバカなことを言っている人は、いま「景気さえよくなればすべ
 ていい方向に進む」と言っている人と、高い確率で重なるような気がします。つまり、
 すべてを「不景気」のせいにして、思考停止している。
・いくら株が上がろうが、よしんばバブルになろうが、このまま行くと財政が高齢者の激
 増による医療費激増で破綻することには、何の変わりもありません。これは景気の問題
 ではないからです。ところが、今の首相がやろうとしていることは、全部景気のせいだ
 といって、まず経済を立て直し、次に国家たれ、みたいな話でしょう。高齢者の増加と
 子どもの減少について今すぐ対策をとらないと、国家が崩壊します。
・政府全体として国の少ない税金を何に使うかというときに、国土強靭化だとか、とかく
 選挙対策の、目先の話しか行かない。「天下泰平思考の人」ばかりで、今までの状況が
 この先も続くという前提で話をしている人があまりに多い。   
・このままいけば、いずれ東京都の人間はみな日比谷公園で死んでいくような時代がくる
 と思います。病院には入りきらないし、施設もないし、身寄りのないお年寄りがいっぱ
 い出てくる。マスコミは一時期、孤独死のことで大騒ぎをしていましたが、そんなレベ
 ルでは済まなくなります。 
・この急激な高齢化に対応するために、医療による「治療では、いくらお金があっても足
 りない。だから、これまで福祉が提供してきた療養のネットワーク広げることこそが、
 重要だと思っています。
・全部医療でやろうとすると、本当に生き死がかかっている人が病人に運ばれても、本来
 なら入院する必要のない人がベットを占めていて、病院に入れないということも起こっ
 てきます。 
・悪気がなくても、「ちょっと心配だから家には帰らない」という高齢者でベッドや診療
 が埋まってしまえば、急患も受け入れられなくなります。最近よく言われる、救急搬送
 の「たらい回し問題」がまさにそうです。ああいった報道では、「病院側が受け入れを
 拒否」という、あたかも「医療機関が受け入れないのが悪い、怠慢だ」というような言
 われ方をしますが、あの報道を見るたびに、救急の現場にいる人間たちは頭に来ている
 んです。自分たちは毎晩寝ないで働いているし、初療室や病床がいっぱいだから断った
 んだと。だからあの問題は、ベッドを埋めている、「帰れるけど帰らない人」の積み重
 ねだと思うんです。 
・個人の健康は、最終的にはその人個人が心がけないと保てない。健康という「私」の利
 益によって、国の医療費が抑えられ、地域の医療も順調にまわるようになる。つまり、
 ひいては「公」の利益にもなる。
・景気対策に甘えずに、自分で儲かる商売をやらなきゃいけない。「景気対策にたかるな」
 です。同じ構造が日本のすべての分野に存在していると思います。
・「医者は給料が高いんだからなんでもやるべきだろう」と思われがちですが、勤務医の
 収入は驚くほど安いし、 この程度の収入では全然仕事量に見合わないという人も大勢
 いると思うんです。
・今、特にTPPに関する議論の中で、医療も市場メカニズムにさらすという考え方が出
 てきています。アメリカのように、医療を産業化するということです。しかし、アメリ
 カに倣ったら終わりだと思います。せっかく世界一いい医療をやっているのにもったい
 ない。日本の医療は絶対に、世界一優れたシステムです。逆に、このノウハウを売りつ
 けて商売にしたいぐらいです。
・人命や健康までお金で買えるものにしてしまうと、アメリカみたいに大変なお金がかか
 るシステムになって、社会的にもかえって税金の無駄遣いに終わるということがはっき
 りしています。健康の本質は、結局本人が無償の努力をするかどうかであって、それを
 支えるために医療行為があるのに、支える部分だけ自由化しても、金で解決しようとい
 う人が無駄な胃ろうを開けるだけで、ますます医療費がかさんでいく。 
・教育も同じように、市場原理にさらすと社会全体のコストが上がり、かえって効率的が
 落ちるということがわかった。 
・社会の基盤となる部分は全体的に底上げした方が、効率が上げり、結局お金もかからな
 いということが、経験上わかったからです。 
・日本の医療はあまりにも医療関係者の個人の意欲と能力に強く依存したシステムなので、
 本当にこのまま続くのかなという心配もあります。志のあるスーパーマンに、一部の患
 者がたかっているわけです。 
・おそらくこのまま高齢化が進んでいくと、いずれもたなくなるでしょう。ただ、壊れて
 しまうと、本当にそれを支えている若い世代とか、医療が本当に届かなきゃならない人
 たちにさえ、届かなくなる。それは絶対に避けなければいけません。そのためには、た
 とえばフリーアクセスの制限や、救急車の有料化なども、避けられなくなってくると思
 います。そうでもしない限り、守ってはいけない。
・景気が上がることや、GDPが増えることは、本当にそんなに大事なのでしょうか。地
 方にいて、好景気がいいことだとは、あまり思っていなかったんです。要するに、景気
 が良くても皆あまりハッピーに見えない。ひょっとしたら高度経済成長のときも、皆あ
 まりハッピーじゃなかったかもしれない。 
・人口が減っているのにGDPは減っていないということは、異常にパフォーマンスが高
 いということだと思います。日本人というのは、何をやらせても無理に無理を重ねて、
 良くも悪くも異様なパフォーマンスを出してしまうところがある。
・最近はそれに飽きてきたのか、危機だ、危険だと、何が危機なのかもわからないまま繰
 り返すことで、本当の危機を作ってしまう方向へ向かっているような気がします。
・とにかくGDPを伸ばそうとするあまり、金銭には換算されない、しかし本当は大事な
 ものを切り落としてしまおうとしている。そお最悪の実例が少子化だと思います。子ど
 もを持たずに生活費を切り詰めている人が、低賃金長時間労働をしてGDPを維持して
 いる。企業の側も、子育てができないほどの給料しか払わないことで、なんとか採算を
 確保している。その結果として、どんどん子どもが減っていく。でもそれは、GDPの
 計算上は全く表れてこない。数字上の経済成長を求めている限り、簿外資産であるマン
 パワー、人材が減っているという日本最大の問題に対して、目を瞑り続けることになり
 ます。「イノベーションさえあればOK」と言っている人たちは、この基本を無視して
 いる。それは、私には神風が吹けば勝てると言っているのと同じに聞こえます。

「赤字鉄道」はなぜ廃止してはいけないか
・岐阜の路面電車の廃止は、マイナスしか生まなかったと思います。25キロもの線路を
 潰して拡幅しようとすれば、普通数十億円単位でお金がかかります。それだけのお金を
 使えば、美濃町線の運行継続は今後数十年は可能だったはずなんです。電車なき後、同
 じ区間をバスで移動しようとすると、渋滞の中を進むわけです。それではスピードが落
 ちるし、時間も正確ではない。そんな公共交通は使えないとなれば、ますます自家用車
 に移る人が増えて、さらに渋滞の要因になります。しかも市内線廃止のあとの岐阜市街
 地の振るわいは、駅前の新岐阜百貨店がなくなり、パルコも撤退して、もう目に見えて
 ガタガタと落ちていったんです。 
・廃止派の急先鋒がなんと商店街の幹部だったんです。彼の主張では、路面電車がなくな
 れば、車が増えて客も増えるという。自分たちの街の置かれた状況がまったくわかって
 いないことに、本当に驚きました。 
・車の方が客が来るという思い込みは、実は海外も同じでした。
・お店の売上は、郊外でも中心地でも、車を降りて歩く人が増えないと絶対に増えません。
 歩く人が増えれば必ず売上が増えるとも言えないけれど、歩く人がいない限り、増える
 可能性がないのです。美濃町線を廃止した後に、商店街のお客さんは3割くらい減りま
 した。 
・高速道路は鉄道に比べて、路面補修や除雪、照明などにずっと多額のランニングコスト
 がかかります。道路や駐車場に何十億、下手したら100億円以上かけるということに
 は誰も何も言わなくて、鉄道会社は1億円、いや、一銭でも収支がマイナスであれば
 「赤字だ」と文句を言われる。 
・日本はたまたま20世紀に鉄道で成功してしまったために、「鉄道事業は儲かるもので
 ある=儲けない限りはムダである」という意識が生まれてしまったのだと思います。し
 かし鉄道は本来、「黒字」「赤字」で判断するものではない。そんなことをしているの
 は日本だけです。 
・交通最サービスについて言えば、鉄道が線路のコストも負担している以上、自動車も、
 道路インフラのコストをなんらかの形で負担して、なるべく競争条件を揃えるべきだ。
 道路と同じように鉄道インフラのコストも公共が出すとなれば、営業的には黒字、とい
 う路線はたくさんあるはずなんです。 
・インフラで一番の赤字を出しているのは、実は都市部の郊外にひかれた街路と上下水道
 です。全く人口が増えていない街の郊外に、今でもどんどん街路を作ったり、上下水道
 を引いたりしている。
・日本では、鉄道は黒字にしなければいけないという思い込みのせいで、運賃が高めに設
 定されているという問題もあります。それに比べて海外はかなり割安です。運営費の半
 分を賄えればいいと考えているからです。橋でも鉄道でもどうせ維持するのに同じ人件
 費がかかるのであれば、お客さんがたくさん乗ってもらったほうが社会的効用は高いと
 いう考え方です。 
・道路にかかる費用は、路面の面積に比例するんです。過疎地の一車線の林道などが無駄
 遣いと思われがちですが、実際には都市近郊の四車線で回路樹がついて、歩道までつい
 ている道路のほうが、はるかにお金がかかる。たとえば道路はアスファルトが摩耗する
 から一年中舗装し直す必要があります。路面の清掃作業や除雪、街路樹の剪定などの維
 持費も馬鹿にならない。
・過疎化が進む地域ほど、世間の先入観とは逆に、広い道路をたくさん維持するのはやめ
 て、なるべく鉄道を使ったほうがトータルでお金がかからない。
・日本全体が大企業病化している気がします。みんなが中間管理職的で、新たな提案に対
 して、ネガティブ・チャックだけが得意な人たちが増えている。今のような非成長社会
 で、皆がネガティブ・チェックをし合うというのは、自殺行為です。
・モンスター系の人というのは、大きく分けて二種類いると思うんです。一つは他人に対
 して権力行使がしたいタイプ。それも、「これやろうぜ!」という前向きな権力行使で
 はなくて、「これはやるな」というネガティブ形でしか権力欲を満たせないという、残
 念なケース。もう一つは、問題を作り出しそれを人のせいにして安心するタイプ。「こ
 れはあなたのせいよ」と言うことで、自分は救われた気がする。病状が進むと、世の中
 これがダメ、あなたが犯人指摘して、自分が得をした気分になる。失敗した人がたくさ
 んいると、嬉しくなるんです。
・地域再開発が行われるとき、必ず添えられるイメージ図についても違和感があります。
 緑の綺麗な公園に、子供や若者、家族連れが憩うような未来像。美しいですが、将来の
 年齢層のバランスが逆転してしまっています。緑の公園も、イメージとしてはいいけれ
 ど、手すりもない広い場所を老人が歩くのは大変です。しかも高齢者がいなくなる夜は
 閑散とする。ひと気のない、治安が悪いところになってしまいます。
・まさに今、アメリカの多くの街の都心はそうなっています。昔、まだ治安がよかった頃
 に広い公園をたくさん作ったら、後の車社会化と都心の高齢化で人が寄り付かなくなり、
 治安が悪くなって使えなくなってしまった。
・土地に執着するのは高齢者層だけで、それを譲り受けるであろう若い世代は、もはや自
 分の所有地に留まろうとは思っていません。それどころか、ライフステージに応じて便
 利なところに移り住めばいいと考えている。だから今後、世代交代が進めば、もっと住
 む場所のモビリティが高い時代が来るはずです。そうすれば、コンパクトシティ化が一
 気に促進されるでしょう。
・最近、高齢者が郊外の家を手放して、都心のマンションに済むような動きが出てきてい
 ます。 
・人口増加お戦後半世紀と変わらず、都心にオフィスと商用ビルだけを作ろうとするよう
 なやり方をしていたら、絶対にうまくいきません。これからの街に必要なのは、電車と
 病院、そして福祉サービスです。
・日本も、イコール・フッティングの考え方を導入し、基幹的な交通ラインとして鉄道も
 バスも両方選べて、かつ自転車もある程度安全に走れるようにしていくという、オラン
 ダのような住み分けに向かうのが理想です。  

「ユーカリが丘」の奇跡
・普通のデベロッパーのように、分譲してキャッシュを手にしたら「は、さようなら」で
 はなく、当初から腰をすえて街づくりを目指した。
・当初のニュータウンの設計思想に沿うのであれば、ひたすら住宅を並べ、合間に学校と
 公園と近隣商業街区を点在させるのがせいぜいだったでしょう。ところが、ユーカリが
 丘にはショッピングセンターやスポーツクラブはもちろん、映画館、ホテル、カルチャ
 ーセンター、混浴施設、病院まで、あらゆる都市機能が揃っています。
・都市機能がないと、若い人たちが戻ってこなくなって、いつか絶対に寂れてしまうだろ
 う。 
・もうひとつ感動したのは、駅ビルにコミュニティホテルがあることです。コミュニティ
 ホテルは、ニーズがあるのに実例が少ない。何かの用事で親戚や友人が来た時に、お互
 いに気を遣わずに済むように近くのホテルに泊まるというのは、現代人の気風に合って
 いるのです。祝う事などの宴会需要も意外に多い。首都圏の振興住宅地では、ユーカリ
 が丘の他には、新百合ケ丘のホテルモリノと、あと新浦安にいくつかあるぐらいでしょ
 うか。
・さらに驚いたのは、駅前の商業施設の一画にNHK文化センターが入っていることです。
 NHK文化センターがあるのは、県庁所在地か政令指定都市。これ以外には、どこにも
 出ていない。 
・住宅地のど真ん中にカルチャーセンターがあるおかげで、地域コミュニティの強化にも
 役立っているとか。あれだけたくさんのカルチャー教室が開講されると、当然、生徒さ
 んたちも発表の場が欲しくなり、結果的に地区のイベントが増えた。
・ユーカリが丘は都市機能や文化施設が大変充実しているが、むしろ最近は先進的な福祉
 計画で注目されている。ただ高齢者施設を作るのではなく、学童保育施設と一体化させ
 るなど、総合的な視野で着々と福祉の街づくりを進めている。  
・結局、介護の問題は、どうやって良質な介護士と看護師を確保していくのかに尽きるの
 です。 
・この先の日本の状況を考えれば、今から10年のうちに、フロービジネスからストック
 ビジネスへ、どんどん切り替えなくてはいけないと思っています。 
・不動産会社も鉄道会社も、誰しもが必要性をわかっていながら、誰もできていないのが、
 既存の街に根ざしたストックビジネスです。 
・鉄道は植物みたいなもので、その土地から動けない。であればこそ、沿線で世代が住み
 継がれていくように、住宅ストックがきちんと更新されていくように、手をかけなけれ
 ばいけないはずです。ところが、そういうことは面倒なだけで儲からないと、目先の収
 支で判断してしまう。あげくに自社の沿線ではないところで、新規の住宅開発をしたり
 してしまうんです。 
・これからはリロケーションサービス(地域内での住み替えや、空き室・空き家の賃貸を
 支援するサービス)を充実させなければなりません。でも、手間がかかる割に儲からな
 いから、みんなやろうとしない。 
・東日本大震災の時も、震災直義には、まずすべての独居老人のお宅を訪問して、安否を
 確認しました。ついでに倒れた家具を戻したり、一週間後には食品スーパーから水と米
 がなくなったので、水はコカ・コーラから調達して、米は山形の農協から10トン買っ
 て、全住民に無料で配りました。
・ともかく、そうやってコツコツと街のブランドをつくっていけば、お客さんは減らない。
・うちみたいなやり方は上場企業では絶対にできないでしょう。上場してしまうと、もう
「売上を伸ばせ」「利益を上げろ」という話になりますから。増収増益なんて考えたこと
 もありません。年がら年中同じがいちばん。そんなやり方が許されるのは、上場せずに、
 うちのやり方を理解してくれる株主とだけ一緒にやっているからです。
・結局辛抱しかない。何がなんでも軌道に乗せるんだという強い気持ちをもって、辛抱強
 く説明し、辛抱強くやりぬく以外にありません。