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世界金融危機後、アメリカをはじめ、EUでも日本でも経済立て直し対策として量的金融
緩和に踏み切った。これにとって、確かに株価は上昇に転じ、いまや史上空前の株高を維
持し続けいる。しかし、これによって、一般国民の生活も向上したかと言えば、まったく
向上していない。逆に、生活に不可欠なガソリンや電気料金、食料の価格が上昇し、これ
により実質所得が下がっている。量的金融緩和策により潤っているのは、一部の資本家や
富裕層、大企業の経営層だけであり、一般国民との格差はますます深刻化してしまった。
これは量的金融緩和策をとったアメリカ、EUそして日本において、程度の差こそあれ共
通していることだ。これはインフレ目標を設定しての量的金融緩和策が、いかに間違いで
あったかを物語っている。
かつては、失業率が景気判断の一つとして使かわれ、失業率がければ景気が悪いと判断
され、失業率が低ければ景気がいいと判断されてきた。しかし、かつての失業率と今の失
業率は、その性質が異なっている。なぜならば、今の時代は”非正規社員”といわれる低賃
金労働者の割合が極端に高くなってしまっているため、失業率が低いからといって、決し
て一般の人々の生活が良くなっているとは言えないからである。一般の人々の可処分所得
が低いため、消費も冷え込んだままだ。
今、職場において、さらなる事務の効率化を目指してRPAやAIが導入され始めている。
パソコンの出現がオフィス革命の第一の波とすれば、ネットワーク化が第二の波、そして
このRPA・AIは第三の波といえるだろう。そしてこの第三の波は、オフィスにおける
光景を決定的に変えてしまう破壊力を持っている。それは、それがもたらす完全自動化に
よって、もはや人を必要としなくなるからだ。これらによる効率化は人員削減に直結する。
多くのオフィスワーカーは職場から姿を消すことになるだろう。必要とされるのは、これ
らを管理する一握りの人たちだけだ。
しかし、考えてみると、こうした完全自動化が進んだ社会とは、どんな社会なのだろうか。
ほとんどの仕事はコンピュータや機械がおこなってしまう。一般の人々は働く機会や場所
を失ってしまう。収入の道を失ってしまう。失業した人たちが街に溢れる。そのため消費
活動自体も冷え切ってしまう。そうなれば、どんなに完全自動化によって効率的に安く商
品が生産されても、もはやそれを購入できる消費者はいない。これでは企業そのものが成
り立たないのではないのか。いったい誰のための効率化なのか。たしかに、効率化は必要
だ。しかし、その効率化も行き過ぎてしまうと、大きな社会的不幸をもたらしてしまう。
これから確実に訪れるであろう、行き過ぎた効率化社会。まさに国難と呼べる危機的状況
う迎えるのではないだろか。

はじめに
・「オリンピックの後はともかく、少なくとも2020年までは大丈夫なのではないか」
 と楽観的に捉えている人が多いかもしれません。IMFの最新の経済見通し(2018
 年1月)でも、2016年半ばから始めった世界経済の拡大傾向は今後も継続し、
 2017年の成長率を3.7%、2018〜2019年は3.9%になるだろうと予測
 しています。また、主要国の中央銀行、とりわけFRBが金融緩和の傾向をなかなか止
 められないという思惑があることです。金融市場の関係者の多くは、「歴史的な低金利
 はあと1〜2年は続くだろう」という見通しを持っています。ECBの量的緩和政策が
 予定通りに終わらないことも、歴史的な低金利があと1〜2年は続くという見通しを補
 強しているようです。量的緩和の終了時期を延長したために、利上げの時期はさらにそ
 の後にずれ込むのが確実となり金融市場の関係者の多くが「FRBの利上げは2019
 年以降になるだろうと」考えています。
・世界の中央銀行、とくにアメリカ・欧州・日本の中央銀行は、2008〜2009年の
 世界金融危機後の量的緩和政策によって世の中に出回るお金の量を増やせば、2%程度
 の物価上昇を引き起こすだろうと考えていましたし、金融危機の沈静化には有効だった
 政策が実体経済の力強い回復にもつながるだろうとも考えてきました。だからこそ、ア
 メリカ・欧州・日本の中央銀行は超低金利を演出してきたのですが、その結果として、
 株式や不動産などの資産価格に過熱感があるにもかかわらず、思い切って金融政策を引
 き締めの方向に持って生きにくくなっています。 
・FRBのイエレン前議長やパウエル新議長にしても、ECBのドラギ総裁にしても、日
 銀の黒田総裁にしても、失業率が下がると賃金が上昇し、物価上昇率も上がるという古
 典的な経済理論にとらわれ過ぎています。経済のパラダイムが大きく変化しつつあるな
 かで、金融政策に正常化がインフレ次第と考えていること自体が、今後の経済の最大の
 リスクとなってしまっているのです。その最大のリスクとは、「経済の成長率をはるか
 に上回るペースでマネーが増殖し、株式や債券、不動産の価格を必要以上に押し上げて
 いる」ということです。物価目標だけを見て金融政策を運営することによって、緩和の
 縮小が遅れてしまうばかりか、株式や債券、不動産がバブルを目指して膨らみ続けてい
 きます。 
・世界の株式時価総額とGDPを比較するバフェット指数によれば世界の株価は2017
 年の春以降、割高とされる水準で推移し続けています。2017年12月時点でのNY
 ダウ平均のPER(株価収益率:高ければ高いほど株価は割高とされる)は32倍を超
 えていて、すでに2007年の住宅バブル時の水準を上回り、2000年のITバブル
 時の水準にも接近しています。
・2017年のノーベル経済学賞を受賞したシカゴ大学のセイラー教授はアメリカの株価
 について、最もリスクの高い局面に見えるのに、株式市場は昼寝と決め込んでいるよう
 だ」と指摘しています。行動経済学・行動ファイナンス理論の先駆者のこの言葉には重
 みがあるように思われます。そのうえ、アメリカでは住宅価格が2008年の世界金融
 危機前の水準に達しようとしているのに加えて、商業用不動産価格は危機前の1.3倍
 にまで高騰してきています。
・そもそも経済の常識的な考え方が間違っていると思うのは、物価上昇と景気拡大を単純
 にイコールで結びがちだという点です。たとえば2000年以降、金融危機が起こるま
 でのアメリカが2%のインフレ目標を達成できていたのは、決してFRBの金融政策が
 成功したからではありません。  
・私たちが見誤ってはいけないのは、このようなアメリカの物価上昇は国民生活が向上す
 ることによって達成されたわけではないということです。本当のところは、中国の急激
 な経済成長に伴い原油の需要が急拡大し、原油価格が高騰することによって起こったも
 のなのです。
・原油価格が上がると電気料金も上がるというのは当然ですが、なぜ原油価格が上がると
 食料価格まで上がるかというと、現代の農業が石油に大きく依存しているからです。
・アメリカの1世帯あたりの実質所得(中央値)が2000年より低い水準にとどまって
 いる状況下において、ガソリン、電気、食料といったモノが2000年からどれだけ上
 がったのかを計算してみるとガソリン価格は最高値の時の2.9倍、電気料金は1.7
 倍、食料価格は1.5倍にまで上昇しています。
・その一方で、自動車や衣料品などの価格はほとんど上がらずに、電化製品の価格などは
 日本ほどでないにせよ、大幅に下がってしまっていたのです。消費者物価の上昇率を大
 きく超えて、生活に必要不可欠なモノの価格が上昇してしまったというのは、市井の人
 々の生活感覚から判断すれば、正味の実質所得を公表されている実質所得よりもずっと
 低くなっているということを意味します。
・2017年の時点でも、ガソリン価格は2.0倍、電気料金は1.7倍、食料価格は
 1.5倍の水準にあることを考えると、アメリカ国民の生活が日本に比べてかなり厳し
 い状況にあることがわかります。   
・現実に、アメリカ国民の生活が極めて疲弊しているのは、アメリカ政府が2012年に
 公表しているように、国民の6人に1人が貧困層、3人に1人が貧困層または貧困層予
 備軍に該当するという厳しい調査結果が表しています。アメリカのGDPと企業収益が
 金融危機の時期を除いて順調に拡大基調を続けてきたのとは対照的に、国内での貧困層
 および貧困予備軍が増え続けて格差が史上最悪の水準まで拡大してしまったというので
 すから、少なくとも2000年以降で見れば、インフレ目標政策がいかに間違っていた
 のかということを、私たちはしっかりと認識する必要があるでしょう。
・私がいつも疑問に思っているのは、「経済政策や金融政策はいったい誰のために存在す
 るのか」ということです。すべての人々や企業に平等に恩恵をもたらすユートピア的な
 経済政策や金融政策などは存在しないという現実を、私も承知しているつもりです。と
 はいえ、それにしてもアメリカの大型減税策や日本のアベノミクス、主要国の中央銀行
 のインフレ目標政策などは、富裕層や大企業などごく一部に恩恵を集中させる政策のた
 め、普通に暮らす大多数の人々の立場から見ると、あまりにも希望が持てないものばか
 りです。
・なぜアメリカで貧困や格差が深刻化しているのか。なぜトランプ大統領が誕生するまで
 になったのか、そういった現実をしっかりと直視しながら、普通の人々の生活を苦しめ
 る経済金融政策を改めなければならない。

世界金融危機「再来」の可能性
・いまの世界の好景気を牽引しているのは、アメリカ人の旺盛な消費です。近年のアメリ
 カの経済成長率が主要先進国のなかで唯一、平均して2%台を保つことができているの
 は、個人消費の伸びが3%台と高い伸びで推移し、経済全体の成長率を引き上げている
 からです。
・中国の輸入増加は日本やアジア全体の経済を刺激し、さらなる好循環をもたらしていま
 す。その結果、2017年の日本の輸出額は11.8%増えましたが、そのなかでも中
 国向けの輸出が20.5%と突出しているのです。2017年の日本の成長率が1.6
 %と上振れしたのは、この輸出の増加が日本の成長率を引き上げていたというわけです。
・アメリカは中国からの輸入を増やし、中国の経済成長を底上げしている一方で、中国は
 日本やアジアの国々からの輸入を増やし、アジア全体の経済成長を下支えしています。
・経済学者も政治家もメディアも間違っているのは、不況とデフレに因果関係があると考
 えていることです。アメリカがこれまでインフレであったのは、エネルギー価格の高騰
 が主因です。2000年以降のエネルギー価格の値上がりは、本来はインフレでもよい
 はずのアメリカに悪性のインフレをもたらし、アメリカ国民の生活水準を著しく悪化さ
 せてきたのです。 
・経済を見るうえで大事な視点は、生産設備の供給過剰によってもたらされる製品価格の
 下落と、エネルギーの供給過剰によってもたらされる物価下落を、明確に分けて考えな
 ければならないということです。設備投資の供給過剰による物価下落については、企業
 収益の悪化を通じて、それとほぼ同時に労働者の賃金も下がっていきますし、失業者も
 増えていきます。その挙げ句には、消費も冷え込んでいきます。これに対して、エネル
 ギーの供給過剰による物価下落については、たとえ名目賃金が微増であったとしても、
 物価の下落が進む分には国民生活に余裕ができ、むしろ消費は拡大することが期待でき
 るという効果があります。  
・私が現状をどのように認識しているかというと、2020年くらいまでの世界経済の先
 行きを考えた時に、好況から不況に転じる本質的な問題が、経済の深層部で不均衡とし
 て蓄積していて、いつ激震が起きてもおかしくない状況にあると考えます。具体的には
 どういうことかというと、リーマン・ショック後の世界的な金融緩和を通じて、先進国、
 新興国を問わず世界中の人々の借金が増えすぎてしまっている事実を重く見るべきなの
 です。 
・世界金融危機の発端となった住宅ローンがピーク時の残高に接近しているのに加えて、
 自動車ローン、クレジットカード、学生ローンなどが増え続けていて、中間層以下の世
 帯では2014年以降、借金に借金を重ねる消費が横行しているという現状が見て取れ
 る。 
・家計債務に占める自動車ローン、クレジットカードローン、学生ローンの比率が上昇傾
 向にあるなかでこれらの3つのローンの延滞率が上昇していくことになれば、景気後退
 に陥るリスクとしては十分すぎるといえるでしょう。
・これまでの歴史が示しているとおり、家計が借金に依存しながら消費を増やし続けるこ
 とができるうちは、景気は拡大基調を保つことができます。ところが、ひとたび家計が
 借金に耐え切れず延滞率が上昇し始めると、消費が減少に転じることによって景気は失
 速するようになっていくのです。  
・住宅バブルに伴う世界金融危機の教訓から、住宅ローンの残高はそれほど増えていない
 としても、自動車ローンやクレジットカードローンなどでは、身の丈に合わない消費が
 何をもたらすのかという教訓がまったく生かされていなかったというわけです。おそら
 くは、金利の上昇が引き金になって、家計債務の延滞率が上昇すると同時に消費が減少
 するというリスクが顕在化し、借金経済を回し続けることが不可能な状況になっていく
 のでしょう。 
・借金で経済が回っているうちは良いのですが、返済が滞って貸し剥がしされたり、新た
 な融資が手控えられたりした途端に景気の減速や後退が始まることは、誰の目から見て
 も明らかなことです。 
・2018年にアメリカの景気が後退するかどうかはわかりません。ただし、2018年
 に景気が後退しなければ、2019年にはいっそう景気が後退する確率が高まっていく
 ということだけはいえるでしょう。さらには、たとえ金利が今のように低水準にとどま
 っていたとしても、遅くとも2020年までには借金による景気の好循環は維持できな
 くなるだろうと予想しています。 
・アメリカの家計債務と同じくらいに心配なのが、中国の民間債務です。
・リーマン・ショック後の世界経済の下支えした新興国の多くは、高度成長の過程で借金
 依存症に陥ってしまい、民間債務が身の丈以上に膨らんでしまっているのです。
 BRICs諸国などは新興国の中で民間債務が急増している代表例といえるのですが、
 そのなかでも中国の民間債務が突出しているという事実は、中国の外貨準備高が世界で
 最も巨額であるという理由から、つい見落とされてしまう傾向があるようです。FRB
 が史上空前の金融緩和を実施するなかで、ドル建て金利が低下の一途をだどっていたの
 で、多くの中国企業は主にドル建て債務を増やしながら、大規模な設備投資や事業拡大
 を行ってきたのです。歴史を振り返ってみれば、かつてバブルの崩壊を経験した国々は
 例外なく、民間債務が尋常ではない水準まで膨らんでいたので、中国にも注意を払う必
 要性は十分にあるといえるでしょう。  
・リーマン・ショック後の中国は、GDPを1兆ドル増やすために企業部門だけで2兆ド
 ル超の債務を必要があったのですから、今の中国経済は非常に経済の効率性が悪い状況
 になっているといえます。したがって、経済効率を考慮に入れた人件費を計算すると、
 経済発展が進んでいる中国沿岸部の人件費は、アメリカ国内でも人件費が安い南部をす
 でに上回ってしまっていると推測されているのです。
・中国の民間債務はすでに日本の過去最高の水準に近付いてきているので、いよいよ中国
 も日本のバブル末期から崩壊後の経済状況に使づいてきているといえるでしょう。いく
 ら中国の経済にはまだ勢いがあるとはいっても、多くの中国の企業が巨額の債務を抱え
 ている今となっては、このような民間債務の膨張が5年後も10年後も持続可能なはず
 がありません。バブル崩壊後の日本の企業は、過剰な債務に長い間苦しむことになりま
 した。生き残った企業は地道に債務を返済し続けるしかなく、債務を圧縮するまでにお
 およそ10年の時を要したというわけです。 
・日本のケースと同じように、中国の企業が債務の返済を優先せざるをえない状況に陥れ
 ば、投資や賃金に回ってくるお金が確実に減っていき、経済が減速の度合いを増すのは
 避けられないことになるでしょう。
・2017年の共産党大会を経て、習近平首席は長老たちを抑え込み、権力基盤の強化に
 成功することができました。その結果として習主席は、目先の高い経済成長率を目指す
 よりも民間債務や地方債務、不動産バブルといった諸問題を解決するほうが先決だとい
 う姿勢を鮮明に打ち出しています。その帰結としては、中国の2018年以降の成長率
 は6.5%以下まで減速する可能性が高く、日本や欧州、東南アジアなどの企業収益に
 与える影響は決して小さくないように思われます。
・経済のハードランディングを避けることができたうえで最もダメージが小さいシナリオ
 を選択したとしても、民間債務を適正な水準にまで圧縮させるためには、少なくとも
10年程度の期間を要することになるのではないでしょうか。はたして中国は、その
 長い期間を耐え忍ぶことができるのか。
・アメリカや欧州の借金バブルが行き詰ることで、先進国を中心に経済危機が起こったあ
 と、新たに世界経済を下支えするようになったのは、中国を筆頭とした新興国であった
 のです。ただし、先進国の中央銀行が大規模な金融緩和に踏み切るなかで長く続いた超
 低金利によって、新興国は企業活動の負債依存度を高めることとなり、成長率が嵩上げ
 されていたという現実を見逃してはなりません。
・概して、新興国の企業の生産性は著しく悪化している事例が多くなっています。その典
 型例が中国企業であり、企業収益の悪化から未だに倒産が相次いでいて、経営者の夜逃
 げは日常の光景となっているのです。グローバル経済で競争している限り、競争力の低
 い企業は退場させて債務を削減するしか、経済の効率性を高めることなどできません。
 そういった意味では、借金依存の経済が拡大し続けることはできないというわけです。
・先進国の景気が低迷している時は、新興国や途上国に投資資金が潤沢に流れ込むように
 なります。そうなれば、投資資金があり余るようになるため、新興国や途上国では銀行
 の融資基準が甘くなり、企業や家計は身の丈以上の借金をして設備投資や消費を活発化
 させる傾向が強まっていきます。このような与信バブルが新興国や途上国の経済成長を
 嵩上げしていたわけですが、歴史の教訓が教えるところでは、こういった借金経済には
 必ず大きな落とし穴が待ち受けているものです。
・先進主要国のなかで経済がもっとも安定しているアメリカであっても、世界金融危機の
 前に9兆ドルだった政府債務が、足元では過去最高の20兆ドルにまで積み上がってい
 ます。政府債務のGDP比率はこの10年間で、60%から110%まで増加すること
 となったのです。アメリカと同じように、日本の政府債務もこの10年間で974兆円
 から1307兆円にまで膨らみ、そのGDP比率は162%から230%超まで悪化す
 るというひどい有り様です。それにもかかわらず、2018年度も30兆円を超える新
 規国債を発行しようというのですから、長く続いた超低金利は国家の財政悪化が進んで
 も低利回りでの国債発行を可能にしてしまっているというわけです。   
・今の世界の経済状況は、経済に過熱感はまったくないものの、後に「借金バブル」だっ
 たといわれるかもしれません。なぜなら、リーマン・ショック後の世界経済は借金バブ
 ルによって支えられてきたからです。今の長期にわたる世界経済の緩やかな景気拡大期
 は、借金バブルの賜物であったといえるのです。
・過去の数々のバブルをもたらした主因は例外なく、異常な水準まで膨らんだ債務の増加
 にあります。バブルがその限界を露わにするのは、ある時点で借り手の収益の見通しが
 悪化し、貸し手が融資の拡大に歯止めをかけようになるからです。その結果として、債
 務の増加が止まると同時に融資が減少してくると、経済は悪化の方向に動き出し、債務
 の不良債権化が表面化してくるというわけです。 
・世界各国で金融緩和の限界が指摘されるなか、政治の政界では財政出動を声高に唱える
 人たちが増えてきているのも気にかかります。それぞれの国々の経済にとって、債務の
 増加が将来のいちばんの重荷となっているにもかかわらず、「景気を浮揚するために財
 政出動を増やそう」などという発想は、目先のことしか考えていない愚者の考えという
 ほかありません。
・国家も企業も債務は地道に返済していくしかなく、「国家の財政再建と景気拡大の両立」
 や「企業の債務返済と景気拡大の両立」など、過去数百年の資本主義経済ではまったく
 起こりえなかったケースなのです。
・日本では中国のように民間債務の心配はありませんが、国家がGDP比で200%をゆ
 うに超える債務を抱えてしまっています。日本で若い世代を中心に消費が増えないのは、
 国民がこの国の将来、日本の社会保障制度を信用していないからです。いずれ行き詰る
 だろうと考えて、老後のために貯蓄を増やす傾向をいっそう強めているというわけです。
 そういった意味では、財政再建を実行しなければ、将来の景気回復はありえませんし、
 財政再建を先延ばしにして目先の景気にばかり配慮していれば、より悲惨な経済状況が
 避けられないようになってくるでしょう。
・アメリカ発の金融危機によって世界経済が2009年にマイナス成長に転落した時、世
 界経済を救ったのは、中国の4兆元(当時の元円相場で換算すると約55兆円)の景気
 対策をはじめ、その他の新興国の旺盛な設備投資や公共投資でした。つまり、アメリカ
 の借金バブル崩壊の後始末に、新興国の民間部門、とりわけ企業部門が新たに借金をし
 て穴埋めをしていたというわけです。
・ところが今や、中国やその他の新興国の民間部門がこれ以上の借金経済を続けるのが難
 しくなってきています。世界経済の成長を持続させるためには、新たな国々が巨額の借
 金をして、投資や消費を喚起する必要があるのです。はたして、世界中の国々を見渡し
 てみて、無理な借金をしてでも世界経済の成長を後押ししようという国はあるのでしょ
 うか。需要が見込めないなかで設備投資や公共投資を行うことは、企業や国家としては
 愚かな行為というほかありません。
・私たちは、好況から不況に転じる”マグマ”が蓄積していることを見逃してはいけませ
 ん。アメリカの家計債務や中国の民間債務の膨張は当然のこととして、世界中で公的部
 門、民間部門のいずれにおいても債務の拡大が持続性に疑義が生じるほどに進んでしま
 っているのです。債務のレバレッジにより景気を拡大し続けるのは、歴史的に見ても絶
 対に不可能なことです。
・私は2020年前後までの世界経済を見通した時に、楽観的な見通しや明るい展望を決
 して持つことができません。今の世界経済に対する見通しは2006〜2007年の時
 に近い明るい雰囲気に包まれて、本質的なリスクを無視するあまり、手痛いしっぺ返し
 を受けるだろうと感じ取っています。詰まるところ、2019〜2020年にはアメリ
 カが景気後退に陥る局面を迎え、その悪影響が中国や日本、アジア、欧州にも行き渡る
 のではないかと予測しているのです。あるいは、アメリカに関係なく中国そのものが景
 気低迷に苦しみ、その悪影響が日本やアジア、欧州、中東、アフリカに広がっていくこ
 とも想定しているのです。
・2020年の世界経済はリーマン・ショックほどとはいわないまでも、世界的な借金バ
 ブルの反動によって世界同時不況を迎えているのではないかと予測しています。とりわ
 け日本経済はアメリカと中国の好景気に多大な恩恵を受けているので、その悪影響がも
 っとも及ぶ国のひとつである日本では、経済成長率が主要先進国のなかでいちばん落ち
 込むことが考えられます。
・私はふだんから、経済を分析するうえで経済成長率や企業収益はその一面にすぎず、本
 当の意味での好況・不況の判断は国民生活の実感で決めるほうが適当であると考えてい
 ます。そういった意味では、国民のおよそ8割が「景気回復を実感していない」という
 事実は、国が判断する景況感に重い課題を突きつけているように思われます。
・産経新聞のような政権寄りのメディアであっても、日本経済新聞のような政治に中立的
 なメディアであっても、朝日新聞や毎日新聞のような政権批判が十八番のメディアであ
 っても、世論調査においてはおおむね、景気回復を「実感している」と答えた人々が2
 割、「実感していない」と答えた人々が8割という結果が出ているのです。
・そのような好ましくない状況のなかで、オリンピック前後の不況が到来したらどうなっ
 てしまうのでしょうか。確実に言えるのは、富裕層と呼ばれる人々よりも普通に暮らす
 人々のほうが、生活水準が著しく悪化するのが避けられないということです。
・アメリカは経済成長という視点で見れば間違いなく優等生になりますが、株主や企業の
 利益ばかりが優先されてきた結果、国民生活は置き去りにされてしまったわけです。
・経済指標のなかでいちばん重きを置くべき指標は、決して経済成長率の数字そのもので
 はなく、国民の生活水準を大きく左右する実質的な所得ではないかとも考えています。
    
日本経済を蝕む最大の病
・日本経済の低迷が「失われた20年」と呼ばれるまでに長期化した最大の理由は、不良
 債権の膨張そのものではなく、政府も銀行も企業も問題の解決を先送りし、無駄に時間
 を浪費したということなのです。三者が揃いも揃って自らの責任を免れるために痛みを
 伴う解決に逃げ腰となれば、金融システム危機が起こるのも仕方がなかったことですし、
 その危機から脱出するのにそれ相応の年月がかかったのも、当然の帰結であるといえる
 でしょう。  
・日本経済に新たな停滞をもたらしている主因は、人口減少を引き起こす少子高齢化、と
 りわけ、少子化において他にありません。日本の人口減少がより深刻なのは、総人口の
 減少数に比べて生産年齢人口(15〜64歳)の減少数がだいぶ多いのに加えて、高齢
 者人口(65歳以上)の数が25年近くも増え続けるということです。すなわち、生産
 年齢人口の過度な減少によって所得税・住民税の歳入が不足する傾向が強まる一方で、
 高齢医者人口の増加が続くことで年金・医療・介護等の社会保障費が膨張していくのが
 避けられない見通しにあるのです。
・1989年、合計特殊出生率が、過去の最低値だった丙午年(1966年)の1.58
 を下回った1.57まで下落したことから「1.57ショック」として社会で大きな問
 題となりました。当時の自民党政権はすでに「深刻で静かなる危機」の重大性を認識し、
 少子化の原因も保育サービスの拡充性の必要性も把握していたにもかかわらず、それら
 の課題を30年間にわたって放置し、事ここに至ってようやく重い腰を上げて、「幼児
 教育の無償化」や「待機児童の解消」を打ち出しているにすぎないのです。
・安倍首相は2018年の施政方針演説において、現在の少子高齢化を「国難」とも呼ぶ
 べき危機と称しましたが、「国難」は今に始まったことではなく、しかもこの「国難」
 は自民党政治が長年にわたって少子化問題の解決を先送りしてきたことによってもたら
 された「人災」でもあったのです。 
・今となっては、抜本的な対策を講じることができたとしても、もはや20年後、30年
 後の少子化を止めることができず、緩和するのが精いっぱいの状況にまで追い込まれて
 います。
・世界の歴史において、これほどまでに人口が減り続ける事態ははじめてのことです。そ
 の意味では、私たち日本人は極めて特異な時代を生きているといえます。
・少子化のおもな要因として、私は次の5つがあると考えています。
 ・生き方の多様化
  女性の社会進出が進展したため、経済的に自立した女性が増え、結婚や出産を前提に
  する人生が当たり前ではなくなった。 
 ・経済的な制約
  非正規雇用の労働者が増え続けたため、結婚適齢期で十分な収入がない若い世代は結
  婚をためらってきた。
 ・子育て環境の未整備
  託児施設の数が不足しているため、働きたい女性が子供を産むのを躊躇してきた。
 ・子育て費用の拡大
  教育費が高騰を続けてきたため、その負担の重荷から出産をしり込みする夫婦が増え
  てきた。 
 ・若い世代の東京圏への一極集中
  長期にわたって地方の若者が東京圏へと吸い上げられ続けてきた。ところが、東京圏
  は生活コストが高いうえに、労働時間が長い傾向があるため、若い世代の結婚率の低
  下、晩婚化率の上昇、出生率の低下に拍車をかけてきた。
・20年後、30年後に少子化をピタリと止められるような「魔法の杖」はありません。
 とはいえ、たとえば出生率を1.60や1.70に上昇させたまま維持することができ
 れば、将来の成年人口は数百万単位で上振れさせることができます。
・「IoT、ロボット、人工知能。今、世界中で新たなイノベーションが次々と生まれて
 います。この生産性革命への流れを先取りすることなくして、日本経済の未来はありま
 せん」安倍首相は2018年の施政方針演説で高らかにこう述べましたが、要するに、
 生産性革命を実現すれば、日本の社会はこれからも持続可能だというわけです。しかし、
 生産性を上げれば経済規模を保つことができ、税収も減らないというこの考え方は、あ
 くまで2000年以前に通用したものであり、2000年以降のイノベーションの質が
 過去のケースとは異なる次元にあることを考えると、むしろ国民の生活水準の悪化とい
 う副作用をもたらす可能性のほうが高いのではないかと思われます。時代遅れの今の経
 済学の教科書通りで考えていては、とんでもないしっぺ返しが待っていることを意識し
 ておく必要があるでしょう。 

2020年以降の日本の雇用
・実店舗を展開する小売業が必要とする従業員数は売上100万ドルあたり3.5人にな
 りますが、ネット通販はわずか0.9人で済んでしまうという。小売売上高に占める実
 店舗販売のシェアが1%下落すれば、小売業全体の雇用者数は13万人も減少するとい
 うのです。
・経済的にいえば、アマゾンのような企業が増えれば増えるほど、経済の生産性は上がる
 ので好ましいという解釈がされますが、それとは表裏一体で雇用が確実に減り続けてい
 くという負の側面は見過ごされがちになっています。より少ない雇用で莫大な利益を生
 む企業が次々と現れれば、富裕が投資家層は株価の上昇によって大いに喜ぶことになる
 でしょう。しかしその一方で、世界的に失業から生活苦に陥る人々が増加の一途をたど
 り、格差の拡大が進むという事態も避けられなくなるでしょう。
・今の世界の趨勢は、AIによって自動化された工場が増え続けていくということです。
 各国が製造業の生産性をいっそう高めるために、できるかぎり雇用を必要としない工場
 が模範とされる時代に入ってきたのです。おそらく10年後には、大企業の一部の工場
 では完全自動化が現実になるでしょうし、この流れに早く対応できなかった国々は製造
 業では負け組になってしまうでしょう。ただし、本質的に見逃してはいけないのは、工
 場の完全自動化が生産性を高める最大の要因が、人件費を必要としない点にあるという
 ことです。アメリカではすべての労働者のうち10.3%、ドイツでは19.3%、
 日本では16.7%、中国では28.7%が工場労働者(製造業)であるといわれてい
 ますが、少なくともこれら4カ国の大手製造業では特殊なケースを除いて、大方の工場
 労働者が必要よsれなくなるトレンドは不可逆的であるといえるでしょう。  
・製造業の現場で自動化された工業のほかにも、AIはすでに様々な分野で活用され始め
 ています。AIがとりわけ効率化を促すのは、事務などの単純作業の分野においてです。
 工場での作業を効率化するために、ロボットの導入が加速化しているのと同じように、
 日本企業のオフィスでも、作業を自動化するソフト「ロボティック・プロセス・オート
 メーション(RPA)」の利用が広がり始めています。
・銀行や保険会社のコールセンター業務においても、AIが顧客との会話を分析しながら、
 最適な回答を探し出すオペレーター支援システムが導入され始めているのです。顧客か
 らの問い合わせ内容に応じて、AIは過去に学習した数万件の回答事例から最適な答え
 を瞬時に導き出すため、オペレーターは分厚いマニュアルを調べる必要がなくなり、従
 来よりも短時間で対応できるうえに、顧客の満足度も上げられるというわけです。 
・日本の金融機関は欧米の金融機関に比べて人件費などのコストが高く、生産性の改善が
 課題となっているといわれて久しいですが、これからはAIを搭載したコンピュータや
 ロボットが生産性を大幅に引き上げるのとは裏腹に、賃金が高い金融機関の雇用を破壊
 していくという趨勢が避けられないでしょう。
・金融機関と同じく、保険会社も人員削減の余地が大きいといえます。生命保険にしても
 自動車保険にしても、加入手続きから保険金の支払いまで、スマートフォンのアプリを
 通したやり取りだけで完結するというサービスが広がり始めているのです。AIやビッ
 グデータを駆使することで、保険料の見積もりや保険金の支払いを迅速にするというの
 が最大のメリットであり、スマートフォンで簡単な質問に答えるだけで数分のうちに保
 険に加入できるという手軽さがことのほか受けています。賃金が伸びていない若い世代
 を中心に、人件費などのコストを徹底的に抑えた割安な保険商品への人気度は高まって
 いるということです。これからの保険会社の経営目標は、店頭の窓口や保険の勧誘、対
 面の手続きなどをできるだけ省き、業務にかかる人件費を抑えることになるでしょう。
・重労働で働き手から敬遠されがちな介護の現場でも、AIやロボットが活躍する場を広
 げていきそうです。超音波センサーで高齢者の排尿が近いことをスマートフォンに知ら
 せる機器、就業中の高齢者の呼吸の状態を計測するセンサー付きエアコン、歩行や移動
 を自立支援する取り付け型ロボット、機械学習を繰り返す自走式の掃除ロボットなど、
 介護の現場で使う機械では日本企業の技術力が最も先行しているといえます。
・AIに関わるのは頭脳の領域であることを考えると、たとえ高度でも専門的な知見を持
 つ職業であったとしても、将来がずっと安泰で保証されるということはありえません。
 その専門的な仕事の代表格が、弁護士や公認会計士、弁理士、税理士、司法書士、行政
 書士などの、いわゆる「士業」と呼ばれる職種の人たちです。AIはすでに極めて高度
 な知力を有しているうえに、なお日々の学習によって進化を続けているので、職業的な
 エリートといわれる士業の業務であっても、AIの普及によってその大半が代替可能に
 なっていくのは避けられない流れにあるのです。 
・将来的にはAIが業務の大半を代替できるようになるため、専門職の人たちの経営環境
 は激変していき、10年後には今の仕事の半分以上はなくなっているかもしれないので
 す。高度なスキルによって今まで東京の一等地で成功を収めてきた人ほど、そういった
 危機感や悲愴感を持ちながら、生き残りの方策を探ろうと試行錯誤を繰り返していると
 いいます。
・裁判にしても、会計監査にしても、特許の出願にしても、人の頭脳をはるかに凌駕する
 AIが瞬間的に答えを出してくれる時代が着々と近づいてきています。そこで必要にな
 るのは、AIの判断を最終的に確認する役割を担う一部の人たちだけになっていくでし
 ょう。
・さすがは最強のエリートである医師はこれからもずっと安泰だろうと考える人々が多い
 ようです。しかし、AIやロボットの進化の度合いを考慮すると早ければ10年後、遅
 くても20年後の世界では、医師も淘汰の波に抗うことはできそうもありません。なぜ
 ならば、AIやロボットが医師の仕事の8割程度は代替できることが、実証実験などで
 明らかになってきているからです。医師の主な業務である患者の診断、薬の処方、手術
 などをAIやロボットが担うという趨勢は、不可逆的なものとなっていくことでしょう。
・早ければ2020年代後半、遅くともいまから20年後にはAIやロボットが医師の仕
 事の8割程度を代替できるようになります。その結果として、医師の主な役割はAIの
 判断を最終的に正しいか確認することになるので、必要とされる医師の数が劇的に減る
 のは避けられない情勢にあるというわけです。 
・日本のような少子高齢化が加速度的に進むなかで、総人口より労働力人口の減少率が大
 きく慢性的な働き手不足が懸念される社会では、AIやロボットの導入は働き手不足を
 乗り越えるための重要な手段となりうるといえます。AIやロボットは人手不足を解消
 するだけでなく経済の生産性を大幅に高めるため、それなりの期待をしていいというの
 事実です。
・ただし、私が懸念しているのは、人手不足を補う以上に、はるかに人手が不要になって
 しまうという事態に陥らないか、ということです。AIやロボットの普及があまりに速
 いペースで広まることによって、新たな雇用の受け皿が整う前にホワイトカラーを中心
 に次第に余剰人員が膨らみ、失業率が上昇傾向に転じる時期は思ったより早まるかもし
 れないのです。
・ところが、経済学者の方々のなかには、そういった雇用情勢の行く末に目を向けること
 なく、「人口減少をバネに生産性を高めていけば、日本は経済成長を続けていくことが
 できる」というピント外れな主張が意外なほど多いのには驚かされます。
・経済学者の多くは今でも、技術革新(イノベーション)が経済を活性化させる最大の力
 になりうると信じています。イノベーションにより生産性が上がれば、賃金が上がると
 同時に雇用も増えるだろうとも考えています。たしかに21世紀を迎えるまでは、新し
 い技術が新しい需要をもたらし、新しい雇用を生み出してきた。しかし、いま実現を目
 指しているイノベーションは、これまでとはまったく様相が異なります。21世紀以降
 のIT,AI、ロボットによるイノベーションは、コストを抑えるための自動化を最大
 限にまで推し進め、これまでの産業集積や雇用を破壊していくという特性を持っていま
 す。
・世界の人々の暮らしぶりを変えたアップルやフェイスブックなどのIT企業は、巨大な
 設備を必要とする伝統的な産業と比べると、莫大な利益を上げて株価も高いにもかかわ
 らず、雇用を生む要素は恐ろしいほど少ないといえます。イノベーションによっていく
 ら利益が膨らみ株価が上がったとしても、労働者全体には広く行き渡っていないという
 実情が浮き彫りになってきます。
・経済学者が信じるイノベーションは今や、ほんの一部の企業による寡占の状態を生み出
 してしまったばかりか、それらの企業が稼ぐ巨額の利益を、ごくわずかの創業者、少数
 の従業員、目端の利いた株主の3者で分配する仕組みまでつくりあげてしまっています。  
・私が改めて強調しておきたいのは、AIやロボットによる効率化は世界的に失業者をを
 増加傾向に転じさせてうえで、格差をいっそう助長する主因になる可能性が高いという
 ことです。おそらく2020年代のうちには、企業の生産性や株価が今よりも大幅に上
 がっている一方で、雇用情勢が悪化して不安定な社会が到来することになっているでし
 ょう。

2020年以後の日本の企業
・今の世界では先進国、新興国にかかわらず、自動車産業が雇用の中核を担っています。
 何しろ直接・間接の雇用者数は、アメリカで約700万人、欧州で約1300万人、
 中国では約4500万人、日本では約550万人にも上っているのです。ところが不思
 議なことに、電気自動車の増加がもたらす経済的になリスクについてはあまり語られる
 ことがありません。その経済的リスクとは、電気自動車化への流れが今後、多くの国々
 から良質な雇用を奪っていくということです。
・電気自動車の生産に必要な部品数はガソリン車やディーゼル車と比べて圧倒的に少なく
 なるからです。ガソリン車やディーゼル車に使われる部品数は実に約3満点にも及びま
 すが、電気自動車の部品数はその3分の1の約1万点にすぎません。電気自動車ではエ
 ンジンが電池に置き換わることで、タンク、点火プラグ、マフラー、スロットル、ラジ
 エーター、変速機といった多くの機能が不要になります。外見上、電気自動車は普通の
 乗用車と見分けがつきませんが、実はその中身はタイヤが付いたコンピュータに近いと
 いわれています。私たちが慣れ親しんでいるガソリン車とは、まったく別の自動車と考
 えたほうがいいでしょう。 
・電気自動車が主力となる将来の自動車産業では、部品数が劇的にといえるほど減少して
 いく分、部品の製造に必要な雇用者数は大幅に減っていくことが予想されています。当
 然のことながら、組み立て工程もかなり簡素化されるため、組み立て工場の人員も大幅
 に減るでしょう。そのうえ、ガソリン車はエンジンオイルや点火プラグなどの交換が必
 要ですが、電気自動車ではそれほどの保守点検作業は必お湯とならないので、修理やサ
 ービスの仕事も激減することが予想されているのです。
・たしかに、電気自動車が主力車になることで、電池の製造やソフトウェアの開発などで
 新たな雇用が生まれることはわかっています。しかし、そういった新たな雇用から失わ
 れる雇用を差し引くと、どのように考えても大幅なマイナスとなり、非常に多くの労働
 者が職を失うことは避けられないでしょう。電気自動車の普及に伴う最大の問題は、決
 して電力不足などという些細なことではなく、多くの良質な雇用が失われるということ
 なのです。
・自動車には「所有しる価値」「移動する価値「趣味的な価値」の3つがあるとされてい
 ますが、巨大IT企業の狙いは、デジタル技術を武器に新たに「共有する価値」を生み
 出すと同時に「所有する価値」「趣味的な価値」を廃れさせることにとって、高収益を
 あげるビジネスモデルをつくりあげるということです。多くの産業では今やITやAI
 の技術革新を土台にして、既存の産業を脅かすイノベーションが生まれやすい状況にあ
 るというわけです。 
・電気自動車はパソコンに近くITやAIの技術と親和性が高いので、所有を減らすこと
 につながるシェアリング(共有)経済に拍車をかける起爆剤になると考えられています。
 電気自動車はインターネットに常時つながり、シェアリングサービスを通じて、「所有」
 から「共有」「利用」へと価値のベースが移っていくというのです。
・さらにシェアリングサービスは、自動車そのもののシェアリング(カーシェアリング)
 だけでなく、乗ることのシェアリング(ライドアリング)という副次的な価値も生み出
 しています。自動車の稼働時間は1日のうちのわずかであるという理由から、カーシェ
 アリングやライドシェアリングで事足りるという考えの人々が多数になれば、世界の自
 動車メーカーの経営環境は厳しい未来を免れることができないでしょう。
・自動車は「所有するもの」から、「使いたい時に呼び出すもの」へ、そういう考え方が
 主流になる時代がやってくるのです。運転手が不要になる自動運転車のライドシェアリ
 ングであれば、コストの大部分を占める人件費が不要になるため、既存のタクシー業界
 は運賃ではとても太刀打ちできなくなるでしょう。
・その帰結として、既存の自動車メーカーは現行のビジネスモデルでは事業を維持できな
 くなるため、世界的に自動車メーカーの淘汰・再編が進むのは不可避な情勢となってい
 くでしょう。iPhoneの登場によって日本の多くの電機メーカーが携帯電話事業か
 ら撤退・売却・統合を余儀なくされましたが、将来的には大手自動車メーカーも、アメ
 リカで2社、欧州で2社、中国で2社、日本で1社という形に再編されているかもしれ
 ません。
・21世紀に入って起こっているイノベーションは、既存の産業を次々と駆逐しながら、
 雇用も破壊していくという好ましくない性格を持っています。経済学の教科書通りに、
 「生産性を高めることによって、労働者の賃金が上がっていく」という理論は、もはや
 成り立たなくなっているのです。この現代における破壊的イノベーションの隆盛を見て
 いると、すでにイノベーション、イノベーションと手を叩いて喜べるような時代ではな
 くなったといえるでしょう。

2020年以降の日本の賃金
・2020年代以降の可処分所得がどうなっているのかというと、かなり高い確率で現時
 点の2017年よりは下がっているだろうと予測することができます。その理由として
 は、これからの国や地方の財政が逼迫し続ける状況においては所得税、消費税などの税
 金だけでなく、年金保険料、健康保険料などの社会保険料の増加傾向が続きそうだから
 です。
・景気回復期に入る前の2012年度と景気回復に入った2015年度を比べてみると、
 すべての労働者に支給された雇用者報酬は10.4兆円増えたにもかかわらず、可処分
 所得はその半分ほどの5.6兆円しか増えていなかったのです。可処分所得の伸びが抑
 えられたのは、所得税、消費税などの税金と年金保険料などの社会保険料の負担が増加
 したためです。大企業の収益が2年連続で過去最高を更新していた時期においても、労
 働者全体の可処分所得の増加率が1%程度、おまけに1人あたりの可処分所得ではほと
 んど増えていないとあっては、この先に明るい見通しを持つことができません。
・所得税の増税の流れにかぎらず、少子高齢化が一段と進む今後において、消費税の税率
 も現在の8%のままというわけにはいきません。予定通りに2019年に消費税率を
 10%に引き上げたとしても、消費者全体の負担がいっそう重くなっていく流れを変え
 ることはできないでしょう。
・消費税の増税が中所得層にも拡がろうとしているなかで、社会保障システムを持続する
 ためにはむしろ、消費税に依存する度合いは高まざるを得ないでしょう。10年後〜
 20年後には、消費税は少なくとも13〜18%ぐらいに上がっていても不思議ではあ
 りません。  
・今後20年の社会保障費の伸びを考えれば、厚生年金は25%(現在は18.3%)、
 健康保険は15%(現在は11.5%)まで保険料が上がり、雇用保険や労災保険を含
 めた社会保険料全体の料率は40%を超えているのではないでしょうか。すなわち、給
 与に20%を超える保険料が天引きされる時代がやってくるのです。年金保険や健康保
 険は労使折半の負担となっているので、両保険料の増加傾向は個人の財布だけでなく、
 企業の業績にも悪影響を与えます。企業から見れば、保険料の負担増は賃上げと同じ意
 味合いを持っているので、企業はいっそう賃上げに消極的になっていかざるを得ないで
 しょう。
・先の2004年の年金制度改正によって、国民年金の保険料は2004年度の月額1万
 3300円から、2017年度の月額1万6490円まで引き上げられています。その
 増加率は24%にもなっていて、一見すると引き上げへの反発は強いと思われますが、
 厚生年金に比べると絶対額が少ないうえに、支払う人が少ないという事情があるため、
 意外に反発は少ないのです。
・国は厚生年金と同じように、国民年金の保険料引き上げは2017年を最後とすると公
 表していますが、これも決して額面通りには受け取ることができません。真面目に支払
 っている人にしわ寄せがくる制度を放置したまま、保険料を再び引き上げる動きが出て
 くるのは間違いないでしょう。普通に考えれば10〜20年後には、月額2万円から2
 万5000円まで増額されているのではないでしょうか。
・そこまでしても国民年金は、国が目指している「所得代替率50%を維持できる100
 年安心の制度」とは到底呼ぶことのできないシロモノにしかなりません。なぜなら、自
 営業の人で国民年金にしか加入していなかった場合、たとえ保険料を40年間払い続け
 たとしても、満額で月額6万5000円程度しか受け取ることができず、その程度の給
 付では基礎的な生活費をすべて賄うことはできないからです。老後に備えて相応の貯蓄
 をしておかなければ、生活保護に依存する可能性が非常に高いという現実があるのです。
 ・2025年以降も20年近く、高齢者の割合や高齢者数そのものが増え続けていくの
 ですから、どうしても足りない社会保険費を賄うためには、税金や社会保険料を上げ続
 けていく以外に選択肢はありません。たとえ会社員の退職年齢を65歳から70歳まで
 引き上げたとしても、たとえ高齢者の医療費の窓口負担を1割増やしたとしても、社会
 保障費が膨張する流れを大きく変えることはできませんし、増税や社会保険料の引き上
 げも避けることができないでしょう。  
・こうした暗い見通しのなかで、残念ながら今後、国民の現金給与はおそらく、ほとんど
 上げっていくことはないでしょう。なぜなら景気拡大期に入った2013年〜2017
 年にかけてすでに5年賀経ったというのに、その間の現金給与額はわずかに1.0%し
 か伸びていないからです。2000年以降の名目賃金の推移を振り返ってみると、景気
 拡大期にはあまり上昇していない一方で、景気後退期には大きく下落する傾向が身と取
 れます。景気後退期の下落分を景気拡大期の上昇分で埋めることがまったくできていな
 い状況なのです。
・東京オリンピックが開催される2020年前後には景気後退期に入っている可能性が高
 いことを考えると、10〜20年後の名目賃金が2017年の水準を上回っているかど
 うかも非常に疑わしいといえるでしょう。名目賃金がほとんど上がっていない状況にお
 いて、増税や社会保険料の引き上げが確実に行われていくので、可処分所得は5〜10
 %程度減っていると考えるのが妥当な線になるわけです。さらには、一般には可処分所
 得の計算には含まれない消費増税やその他の新税も加味すれば、広い意味での実質的な
 可処分所得は10〜20%程度の減少が避けられないと覚悟する必要があるのです。 
・1990年代に日本のバブルが崩壊して以降、個人消費がマイナスになったのは、金融
 システム危機で貸し渋りが強まった1998年、リーマン・ショック期の2008〜
 2009年、東日本大震災のあった2011年、そして実質賃金が大幅に下落した影響
 の残る2014〜2016年の計7年間だけです。ここで重大であると意識しなければ
 ならないのは、個人消費が3年連続でマイナスになったのは、戦後直後にまでさかのぼ
 っても2014〜2016年の1回しかないということです。
・なぜ2013〜2015年の実質賃金が世界金融危機時と同程度の落ち込みを見せ、
 2014〜2016年の個人消費を戦後最長の水準まで減少させたのかというと、同じ
 時期に名目賃金がたった0.1%しか増えなかった一方で、ドル円相場で大幅な円安が
 進行したことで輸入品の価格が大幅に上昇してしまったからです。 
・たしかに、円安によって企業は収益を大きく伸ばし、一見すると日本経済は明るさを取
 り戻したかのように見えます。しかし実際には、円安が原因で輸入インフレが起きてお
 り、国民の実質的な所得が減ってしまっているのです。賃金の上昇を上回るインフレは、
 見方を変えれば、隠れた税金であるということができます。国民は円安によりインフレ
 税を支払い、そのインフレ税はアップルやマイクロソフトなど輸入元の海外企業の利益
 に利益に化けているのと変わりがないのです。
・ネット経由で単発の仕事を依頼したり、受注したりする請負経済の市場がアメリカを中
 心に先進国で広がってきています。請負経済がギグ・エコノミーといわれるゆえんは、
 「バンドの一夜限りの演奏」から「単発の仕事」という意味に転じて使われるようにな
 ったからです。アメリカではギグ・エコノミーに従事する人々が1億人を超えるとされ、
 組織に縛られない自由な働き方をするというメリットが強調される反面、収入や待遇が
 不安定なために労働問題としてクローズアップされてきています。実質的には日雇いと
 かわらないギグ・エコノミーが、賃金の伸び悩みの主要因のひとつになっているわけで
 す。経済学の常識では「失業率が下がば賃金が上がる」とされていますが、アメリカで
 はネット通販やギグ・エコノミーが普及しはじめた影響もあり、失業率が完全雇用とさ
 れる5%を下回っているというのに、物価や賃金が思うように上昇していない状況が続
 いています。イノベーションの進展に伴い、ネットを通じて安いモノや労働力の供給が
 増えたことで、アメリカは物価や賃金が上がりにくい経済構造に変化してしまっている
 のです。単純な仕事から高度な仕事にわたってAI化・機械化が進んでいく流れのなか
 で、ギグ・エコノミーやシェアリング・エコノミーの拡大まで相まって続いていくとす
 れば、賃金や物価が上がらない経済構造はよりいっそう強化されていくことになるでは
 ないでしょうか。
・たとえ実質賃金が3%程度押し上げられたとしても、広い意味での実質的な可処分所得
 の減少率が10〜20%程度は覚悟する必要があるとすれば、「国民の所得は大きな流
 れでは減っていかざるを得ない」と結論付けることができるでしょう。このような結論
 が示しているのは、私たち国民の所得の趨勢があまりにも少子高齢化による悪影響に左
 右されすぎているということです。  
 
生き残る自治体と転げ落ちる自治体
・現在地方に住んでいる私から見ると、やはり地方の学生や親の大半が「大都市圏の大学
 に進学したほうが就職に有利だろう」と思っている点が大きいと感じます。将来にわた
 って地方に安定した雇用が生まれなければ、地方から若者が減っていく流れは変えるこ
 とができないというわけです。まさに日本の少子化の原因は、長年にわたって地方の若
 者が減り続けてきたということにあるといえるでしょう。とりわけ東京圏への一極集中
 の弊害はかねて指摘されてきたことですが、昨今の傾向を見ていると、その一極集中の
 度合いが高まっていることがわかります。
・その結果として何が起きているかというと、東京圏に吸い上げられた若者の既婚化・晩
 婚化がいっそう進み、日本全体の出生率減少に伴う少子化に拍車がかかっていくという
 ことです。東京圏では生活コストがもっとも高いうえに、企業活動が活発なために長時
 間労働が当たり前になっています。今の企業の賃金体系では残業代が占める割合が大き
 いので、東京圏で普通の生活を送るためには、残業代を稼がなければならないという問
 題があります。もちろん、大企業でなければ賃金が安い企業も少なくないので、残業を
 してもギリギリの生活を強いられている若者が多いというのも事実です。
・そういった経済的な理由や長時間労働のせいで結婚できない、あるいは結婚できても晩
 婚になるという若者が増加の一途をたどっています。たとえ結婚ができても子どもが欲
 しかったとしても、東京圏では保育施設が足りないなど、女性が働きながら子育てでき
 る環境が整っていないので、子どもを産むのをためらう夫婦の割合が高いといわれてい
 ます。 
・地方から若者がとめどもなく流出するというのは、短期・中期的には人手不足に悩む地
 方経済に大きな打撃を与えるのみならず、長期的には地方の出生数減少の加速化を招き、
 地方の人口減少がいっそう進むという悪循環をもたらすことになります。
・今後の日本について懸念すべき最大の問題は、誰もが認めるように「少子高齢化」しか
 ありえません。とりわけ少子化によって長期的にもたらされる悪影響は、国家としての
 経済規模の縮小にとどまらず、社会保障費の膨張、税収不足に伴う財政危機、治安の悪
 化など、私たちの生活水準の著しい低下を招くことが必至だからです。
・地方自治体が大企業を誘致する条件として、大企業が欲する人材を教育する専門職大学
 や単科大学を創設するというアイデアはどうでしょうか。当然のことながら、専門職大
 学や単科大学をつくるために、最初からそのすべてを地方の財政で賄うというのは無理
 があります。だから地方自治体は、淘汰により廃校になった大学・高校や不要になった
 施設などを改修・刷新することで再利用するという選択肢を持つべきなのです。採用に
 直結する専門職大学や単科大学であれば、学生と企業の双方にメリットがあり、卒業後
 に若者が大都市圏に流出するという事態も回避できるはずです。さらに地方大学の振興
 を促進するためには、卒業の要件を厳しくする必要があります。誰でも大学に進学でき
 る環境を整えながら、全員が必ずしも卒業できないシステムに改めていくことが求めら
 れているのです。大学が卒業生に対して専門職にふさわしい知識や技能、思考力を担保
 できなければ、地方大学の振興には程遠く、ひいては地方経済の発展に寄与することな
 ど到底できないからです。東京の有名大学に先駆けて、地方の大学からこういった取り
 組みを始める必要があるのではないでしょうか。現に、秋田県の国際教養大学は卒業が
 厳しいカリキュラムで知られ、大企業が相次いで秋田まで採用活動に訪れています。
    
おわりに
・たしかに、多くの経済の専門家がいうように、技術革新によって人々の生活が便利にな
 ったのは間違いありません。しかし、生活が便利になったからといって、人々が幸福に
 なったといえるでしょうか。20世紀以降に起こった自動車産業での技術革新は、莫大
 な産業集積と雇用の双方が必要不可欠だったため、大量の良質な雇用を生み出すことが
 できました。自動車が安価になり需要が急拡大していくなかで、需要を満たす生産を維
 持するためには、賃金を大幅に引き上げて工場労働者を確保する必要があり、そのよう
 な状況がアメリカの豊かな中間層を拡大していく礎を築いていったのです。
・これに対して、昨今起こっているITにおける技術革新では、全体として良質な雇用を
 生むことは期待できないうえに、ほんの一握りの人々だけが高額な収入を得るという構
 図が強まっています。世界中の企業の利益の8割は、大手のIT企業など知的財産を多
 く持つ企業が稼いだものであり、情報の価値が飛躍的に上げるデジタル経済の時代には、
 大手IT企業の市場支配力がいっそう高まっているからです。
・アメリカの景気拡大期は9年目に入り、失業率は完全雇用といわれる4%台で推移して
 いるにもかかわらず、リーマン・ショック前に比べると良質な雇用は失われており、む
 しろ低賃金に甘んじる労働者のほうが大幅に増えてしまっている。2000年初めと
 2017年末を比較して、アメリカの企業収益は増え続けて株価は2.3倍にも上がっ
 ているのですが、アメリカ国民の実質所得は近年の原油安でかなり盛り返したものの、
 未だに2000年初めの水準を下回ったままの状態にあるのです。アメリカでは多くの
 人々が生活の苦しさからポピュリズム的な主張を支持するようになり、トランプ大統領
 を誕生させるという愚かな選択をしてしまったわけです。
・アメリカと同様、多くの先進国で共通しているのは、経済成長率に比べると実質賃金の
 伸びがあまりに小さいということです。実のところ、近年の先進国の経済成長率は平均
 して2%台を維持しているなかで、実質賃金の伸び率は0.5%にも達していないので
 す。とりわけアメリカやドイツ、日本では完全雇用といわれる水準にまで失業率が低下
 していますが、労働者の実質所得は多くの専門家が想定していた通りには上がっていま
 せん。これは、ITの技術革新による成果が企業経営者や富裕層など所得の高い人に集
 まる傾向が強く、平均的な労働者にはなかなか回ってこないという事実があるからです。
・今後の技術革新が抱える最大の問題は、雇用情勢の悪化というジレンマを克服するのが
 困難だということです。経済にとって生産性が上がるのは好ましいことではあるのです
 が、それに反比例するように雇用は確実に減っていくからです。AIとITの組み合わ
 せがもたらす未来は、低賃金・低技能の労働者の雇用はもちろん、比較的高度なスキル
 を要する雇用をも奪いかねない見通しにあるのです。人口が増え続けているアメリカな
 どはその悪影響をもろに受けることが避けられず、労働力人口の減少が加速する日本で
 も失業率の上昇は覚悟しなければならないでしょう。
・「AIは人間の仕事を奪うといわれているが、そういう歴史は過去にもあり、そのたび
 に新しい仕事が生まれている」といった楽観的な見方を示す人が多いようです。しかし、
 そのような見方が短絡的だと思うのは、AIとITが融合して新しいビジネスが生まれ
 たとしても、その新しいビジネスがいっそう既存の雇用を奪うという悪循環に陥ってし
 まうだろうからです。      
・ITの発達によって生まれたカーシェアリングやランドシェアリングといった新しいビ
 ジネスが普及していくにつれて、自動車の需要が着実に減り続けていくのは疑う余地が
 ありません。そのうえ、AIとITが融合することによって、自動運転という新しい技
 術が確立することになれば、それらのビジネスはいっそう効率性を高めることになり、
 普及の度合いが加速していくことも想定しなければなりません。そのように考えると、
 たとえ新興国や途上国で自動車販売が増えたとしても、20〜30年後、世界の自動車
 需要は現在の3分の2程度まで減少しているかもしれません。先進国に限ってみれば、
 2分の1以下まで減少しているかもしれないのです。
・自動運転が珍しくない世の中になれば、タクシーやバス、トラックなどの運転手が失業
 するケースが後を絶たなくなるでしょう。どのように想像力を働かせてみても、技術革
 新が奪う雇用を補う分の新しいビジネスや仕事が生まれるとは、とても考えられないと
 いうわけです。  
・経済学の教えるところでは、「生産性を上げれば、経済成長率は高まる」「生産性を上
 げれば、賃金は上がる」というふたつの常識がいまだに両立するといいます。ところが
 21世紀以降の経営システムでは、「生産性を上げれば、賃金は上がる」という考えは
 もはや成り立つとはいえず、その代わりに「生産性を上げれば、株価が上がる」という
 特徴が前面に出てきているように感じられます。 
・「富の寡占を生む」というしくみを内包している点において、ITやAIによる技術革
 新は株主資本主義と親和性が高く、一般の労働者に恩恵が浸透することはあまり期待し
 てはいけないのです。 
・AIやITによって仕事量が劇的に減少した分、あまった従業員はより高度な仕事に集
 中できるという理屈は、現実を無視した経済学上の詭弁にすぎません。高度なスキルが
 必要とされる仕事は、あまった人員のほんの一部で事足りてしまうのです。生産性の引
 き上げに成功した企業は、従業員に一段と高い水準の能力を求めることになり、不必要
 となった従業員を次々と整理する姿勢を強めていくでしょう。 
・20世紀前半に起こった技術革新は、自動車や汽車が登場して馬車業者の雇用はなくな
 っても、それをはるかに上回る雇用を新たに生み出しました。ところが21世紀の技術
 革新は、既存の産業を駆逐すると同時に、雇用も破壊し続けていきます。「破壊的イノ
 ベーション」という言葉で語られるべき現代の技術革新は、もはや諸手を挙げて喜べる
 ような代物ではないといえるでしょう。人々の生活の利便性や快適性が高まっていく反
 面、それを上回る生活水準の低下や格差の拡大を生み出していくことを考慮しなければ
 いけないのです。
・先進国や新興国の企業のオフィスや工場では、想定を上回るペースでAIやロボットに
 よる自動化が進んでいく流れは不可避な情勢です。その一方で各国の政府がなすべきは、
 失業した労働者を吸収するために新しい産業の育成に取り組むということですが、今の
 ところそういった取り組みはまったく見られていません。このままでは、財政的に負担
 が大きい長期失業者が徐々に増えていき、各国の政府は企業にたいして何らかの対応策
 を取らなければならなくなるでしょう。  
・ただでさえアメリカや欧州では企業の生産性が高まったにもかかわらず、労働者には賃
 金が回りにくくなっている点で、人々の政治や社会に対する不満が高まっています。そ
 れに加えて、自動化の進展によって雇用情勢が悪化の一途をたどることになれば、社会
 が混乱することでポピュリズムや衆愚政治が台頭するという泥沼にはまり込むリスクも
 警戒しなければならないのです。こういったリスクを回避するためにも、各国の政府は
 AIやロボットへの課税を真剣に検討すべき時期にきているといえるでしょう。
・企業経営の観点からすれば、生産性の向上は間違いなく正しいのですが、長い目で見れ
 ば、社会的なコストがあまりに大きすぎます。石炭火力発電所は温室効果ガスを大量に
 排出することから、地球温暖化や大気汚染など社会的なコストが大きいといわれていま
 すが、そういった意味で私は、AIやロボットへの投資は石炭火力発電所への投資と似
 たところがあると考えています。  
・ほぼすべての先進国で、労働配分率は何十年にもわたって低下し続けています。その状
 況をさらに加速させる生産性の向上は、ポピュリズム政治の隆盛をもたらし、世界的な
 財政危機や大不況、ひいては大きな戦争を引き起こす可能性も否定できないでしょう。
・人間には厳しい現実を直視することを避けようとする習性があります。事態の変化はこ
 れまで通りゆっくりと進行していくことで、これからも何とかなるだろうと思い込み、
 深刻化する問題を先送りする傾向は温存されたままです。少子高齢化にせよ、地方の疲
 弊にせよ、国の借金にせよ、私たち国民にできるのは危機意識を持って、迅速で思い切
 った対応策を国や政府に迫ることでしょう。少なくとも事態の悪化を食い止めるために、
 改善策を講じ続けるよう働きかけるべきなのです。