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 安倍政権は、2020年のオリンピック開催のためには、このテロ対策のための共謀罪
法が必要不可欠だとして、この法案を数の力で強引に国会を通した。しかし、この法案の
内容には、テロに照準をあわせた条文はただの一つもない。また、安倍政権は、テロ対策
のための国連の国際組織犯罪防止条約に加盟するためには、この共謀罪法案が必要不可欠
だとしているが、この国連の国際組織犯罪防止条約は、テロ対策のための条約ではなく、
マフィア対策のための条約なのだ。
 さらに、国際組織犯罪防止条約が典型的なターゲットとしている公権力を私物化する罪
や民間の汚職などの経済犯罪が、この共謀罪からは除外されています。すなわち、政治家
や警察、財界の一部の人に有利な内容となっているのだ。
安倍政権はどうして、国民にウソまでついて、この共謀罪法案を強引に成立させたのか。
その闇なる目的を知るすべはないが、この共謀罪法案の成立によって、警察権力が格段に
強化され、共謀罪を理由に歯止めのない捜査権限の拡大につながっていく恐れは十分にあ
る。そうなれば、かつての戦前に行われた治安維持法による思想犯弾圧の再来となる。そ
れは、政府の意向に抗する人物は国家権力によって処罰される北朝鮮や中国と同じような
社会の出現を意味する。自由にものが言えない社会となるのだ。
 さらに、2016年の刑事訴訟法改正によって「司法取引」の制度の導入が決まってい
る。この「司法取引」とこの共謀罪を組み合わせれば、何か罪を犯した者に対して「他人
の共謀の情報を提供すればば罪を軽くしてやる」との誘いをかけることにより、国家権力
に抗する者を恣意的に犯罪を仕立て上げることもできる。国民が国民を監視し密告する社
会の到来を意味する。こうなれば、もはや国民は国家権力に抗することはまったく不可能
だ。これは恐ろしいことではないのか。我々日本国民は、再びたいへんな間違いを犯して
しまったのではないか。我々日本国民は、たいへんな人に政権を委ねてしまったのではな
いのか。我々日本国民は、子や孫の世代に、たいへんな負の遺産を残すことになってしま
った。

はじめに
・政府は当初、この法案を「テロ等準備罪」を処罰するものだと呼び、安倍首相は、
 2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催のために可決・成立させることが
 必要だと述べていました。しかし、法案の中には、テロに照準を合わせた条文はただの
 一つも含まれていません。それもそのはず、元の共謀罪法案は、オリンピック招致では
 なく、国連国際組織犯罪防止条約への日本の参加を目的に作られたのだったからです。
 この条約は、テロではなくマフィア対策のための条約です。テロ対策の諸条約はまった
 く別の体系のものとして作られており、日本はすでに国内立法を完備してそのすべてを
 締結し終わっているのです。
・ウソの看板を掲げて国民をあざむき、約300もの処罰類型を一気に創設しようとする
 理由は何でしょうか?政府に批判的な運動を弾圧するため、捜査権限を拡大して市民の
 権利や自由を制約するため、また、米国に大量の個人情報を融通するため、といったこ
 とが、それぞれ相当の根拠をもって指摘されています。
・市民の中には、「テロの計画を取り締まることは必要だから、法案に反対するのはテロ
 リストだけだ」という人もいます。しかし、それは誤解です。この法案の内容はテロ対
 策を含んでいません。また、すでに現行法の下でも多くの冤罪事件があり、政治的に何
 の主張もしていない人々でも重大な人権の制約を受けています。最近ニュースになった
 冤罪事件だけでも、思い起こしてみてください。運が悪かっただけで対象になってしま
 った人が何と多いことでしょう。この共謀罪法によって、あなたもそのような目に遭う
 確率が上がります。
 
共謀罪と日本法の違い
・「共謀罪」とは、もともと日本法の中にはなかった概念で、複数の者で犯罪を共謀(犯
 罪の計画について合意すること)すること自体が独立の罪とされるものです。英米法の
 伝統を持つ国々で用いられてきました。
・アメリカの共謀罪で日本人が摘発された具体例として、いわゆるロス疑惑事件がありま
 す。事件はアメリカで起こったものですが、被害者も容疑者も日本人ですから、日本で
 裁判することができます。三浦氏は、証拠がないとして、日本の最高裁判所で無罪の確
 定判断を受けました。ところが、三浦氏は、その約五年後に米国に入国した際に逮捕さ
 れ、留置場で首を吊って死亡しているのが発見されました。このとき逮捕の理由とされ
 た事実が、殺人の共謀罪だったのです。有罪か無罪かは国ごとに裁判所が判断するもの
 ですので、日本の最高裁が無罪と言っていても、国際法上、米国の司法機関がそれに拘
 束されるわけではありません。しかし、日本の刑事手続きは長い年月をかけてようやく
 終結したものであり、しかも、最高裁が確定判断を下しているのですから、アメリカと
 してはまずこれを慎重に受け取るべきであるように見えます。それにもかかわらず、い
 とも簡単に三浦氏が再逮捕されてしまったのはなぜでしょうか。理由の一つは、アメリ
 カにおいて、共謀罪が、殺人罪から独立した犯罪類型だと考えられているためです。こ
 のような考え方は、私たち日本人には奇異な感じを与えます。殺人罪で無罪となったの
 に、同じ事件について共謀罪でもう一度訴追されるというのは、変ではないでしょうか。
 こうした違いは、日本の刑法が、英米法ではなく、ヨーロッパ大陸法の伝統に属してい
 て、アメリカ法とはかなり異なる処罰制度を設けていることから生じます。
・英米法の伝統を持つ国の多くでは、陪審制や一般的な司法取引を採用されているところ
 が、日本と違います。陪審制では、12人の市民だけで事実認定をしなければならない
 ため、客観的な証拠が相当程度集められていないと、共謀罪の認定もできません。そこ
 で、共謀罪による訴追が行われるのは、ロス疑惑事件にも見られるように、実際には被
 害の出るところまで進んでしまった事件についてであることが多い、との指摘もありま
 す。その一方で、共謀の事実を明らかにするには、参加者による報告が有効である場合
 が多いため、共謀罪の処罰は司法取引の制度と組み合わされている国が多いのです。つ
 まり、誰かが共謀の事実を申し出れば、その者は免責されたり罪が軽くなったりする余
 地があります、  
・共謀罪処罰制度を持たない日本の法体系はどうなっているでしょうか。こちらはとても
 わかりやすく合理的です。犯罪の処罰は、殺人既遂罪のように、既遂を重く処罰する形
 が原則です。そして、重大な犯罪について、未遂も処罰することが個別に定められてい
 ます。たとえば、殺人罪は未遂でも処罰されますが、横領罪には未遂を処罰する規定が
 ありません。
・一部の犯罪類型には、予備罪の処罰も設けられています。予備罪は、既遂を実現する目
 的をもって、一定の準備行為を行うことで成立します。日本法では、予備行為も、科学
 的な危険性を含んでいなければなりません。かつては、予備行為が、殺人罪、放火罪、
 強盗罪、通貨偽造罪などの少数の類型についてしか処罰対象になっていませんでした。
 内乱罪、外患罪、私戦罪については予備罪と陰謀罪が設けられていました。しかし、現
 在では、刑法典の中にも凶器準備集合罪や磁気カード偽造の準備罪があるほか、多くの
 他の法律で、70を超える類型の予備・陰謀罪、せん動(あおり)罪の処罰が規定され
 るようになっています。「軽犯罪法」という法律では「他人の身体に対して害を加える
 ことを共謀した者の誰かがその共謀に係る行為の予備行為をした場合における共謀者」
 も処罰の対象とされています。
・予備罪の処罰は、未遂よりもさらに時間的にさかのぼった段階について規定されるもの
 ですが、日本法はこのほかに、「抽象的危険犯」と呼ばれる広範な処罰領域があります。
 たとえば、道路交通法上の速度違反は、事故を起こさなくても、また、周りに誰もいな
 くても、成立します。通常のスピード違反は、刑罰ではない反則金納付命令や免許停止
 といった、行政法上の処分だけで決着しますが、行為としては犯罪の定義に含まれてい
 ます。「抽象的危険犯」とは、人の生命や身体、財産といった利益に対する具体的な危
 険を発生させなくても、抽象的に危険だといえる行為をなしただけで処罰の対象とされ
 る犯罪類型です。もっとも、最高裁判所は、「抽象的危険犯」についても、科学的な危
 険性が処罰根拠であるという理解を一貫させています。それによれば、危険犯を処罰で
 きる範囲は、保護されるべき利益「を損なう恐れが、観念的なものにとどまらず、現実
 的に起こり得るものとして実質的に認められるもの」のみに限られるとされ、これに該
 当しなかったいくつかの事案において、無罪の判断が下されています。
・共謀罪には、複数人が犯罪を計画するという、共犯の側面もあります。実は、日本には、
 「共謀共同正犯」という、共謀罪とよく似た処罰類型があります。これは、刑法の条文
 には「共同正犯」としてしか書かれていないのですが、明治時代からの判例によって、
 その一部を構成する類型として処罰されてきました。
・「共謀罪」は、複数の人が犯罪を実行する計画を立てたことで成立し、その計画を実行
 に移すための「氷山の一角」となる「顕示行為」が要件となる場合もある、という内容
 でした。これに対し、日本法の「共謀共同正犯」は、複数の人が犯罪を実行する計画を
 立てたことと、そのうちの誰か一人が、処罰対象となる行為をなしたこととを要件とし
 て処罰されます。  
・共謀共同正犯と共謀罪との違いは、「誰か一人」が何をすれば「一網打尽」が可能なの
 かというところにあります。共謀罪の「顕示行為」は、それ自体が危険な行為である必
 要はなく、犯罪の計画が空想ではなく現実的なものであることを示すものであれば足り
 ました。これに対し、共謀共同正犯では、予備が処罰される類型では予備、未遂以降が
 処罰される類型ならば未遂を成立させる行為であることが必要です。
・共謀罪は、犯罪の計画を独立に処罰するものであって、日本法の伝統とは異質であると
 いえます。日本は、被害の発生やその科学的な危険性を処罰根拠として、既遂・未遂予
 備を時間的に遡って処罰する体系を確立しています。また、古くから、共謀共同正犯の
 法理を用いて、組織犯罪対策を進めてきました。
    
国連条約にそぐわない内容
・自民党は、今般の法案が、国連の国際組織犯罪防止条約のために不可欠だとしています。
 しかし、国連はそのようなことは要求していませんし、条約の締結国のほとんどはこの
 ような立法を行っていません。しかも、日本で実際に国会に提出された法案は、条約と
 の関係で見ても歪んだ内容になっているのです。
・国連の国際組織犯罪防止条約は、シチリア州部パレルモ市で調印されたことに象徴され
 るとおり、マフィア対策の内容としています。そのターゲットの中心は組織的な経済犯
 罪です。テロ対策の一連の条約や国連決議は、マフィア対策とは国際法上別の体系をな
 していますから、本条約を締結するために「テロ等準備」の処罰を導入する、という話
 は、そもそも眉唾ものです。
・国際組織犯罪防止条約は、その第一条で、国際的な組織犯罪への対策を目的として定め
 ています。組織犯罪防止条約ですから、単独の犯人による無差別殺傷事件や自爆テロ事
 件は、どれだけ被害が甚大なものであっても、ターゲットに含まれません。ここからし
 てすでに、「テロを持ち出すのがおかしいことは明白です。テロ対策の条約や決議は別
 にあるのです。 
・共謀罪法案が議論される中で、この国際組織犯罪防止条約の締結のために共謀罪立法を
 行った国が、ノルウェーとブルガリアのわずか二か国しあ知られていないことがわかり
 ました。しかし、締結国は187か国もあります。ノルウェーとブルガリア以外のすべ
 ての国が、「共謀罪型」が「参加罪型」かのどちらかの処罰制度をもともと持っていた、
 というわけではもちろんありません。アメリカまでが留保を付したことからもわかるよ
 うに、典型的な共謀罪処罰や参加罪処罰を一般的に実施してきた国は、一部にすぎない
 のです。
・ほとんどの締結国は共謀罪立法を行っていないわけですが、例外となった国々も、日本
 とは相当に異なる背景を有していました。まず、ノルウェーは、もともとできるだけ刑
 罰を用いない方針の国として有名です。共謀罪の対象犯罪も、当然、少数に限られてい
 ます。また、他の北欧諸国と同様に、公権力の行使の透明性が以上に重視され、そのた
 めの制度も機能しており、日本のような形での権力濫用は社会問題化していません。
 ノルウェーは2017年の「報道の自由ランキング」では第一位になっています。
 もう一つの国であるブルガリアは、もともと、日本と異なり、予備罪の処罰範囲を極め
 て狭く限定していました。そのため、準備段階の行為を新たに犯罪として処罰する必要
 性が高かったと思われます。そして、新設された共謀罪処罰の条文は、国連条約に従い、
 対象を明確にマフィアに絞った内容になっています。すなわち、財産上の利益を得る目
 的か、または、国もしくは地方公共団体の活動に違法な影響力を及ぼす目的が要件とさ
 れており、テロ対策ではないことが明白です。
 このように、テロ対策のためと称して約300もの共謀罪を導入する国は、全世界を見
 ても日本だけなのです。
・今般の共謀罪法案は、国連国際組織犯罪防止条約を締結するためと言われながら、一方
 で、条約によって要求されていない範囲まで広く処罰を及ぼそうとしていることがわか
 ります。しかし、それと同時に、他方で、マフィア対策を目的とする同条約が典型的に
 ターゲットにしていると考えられる、公権力を私物化する罪や、民間の汚職などの経済
 犯罪が法定刑の重さにもかかわらず、対象犯罪から除外されています。政治家や警察、
 財界の一部の人に有利になっているように見えます。政府は、対象犯罪の限定について、
 組織的犯罪集団が行うことを想定しにくい犯罪類型を除いた、としていますが、それが
 事実に反する説明であることは明らかです。なぜ、条約に合わない内容の共謀罪法案を
 押し通すのか、与党の動機に対する疑問がふくらんでいきます。
 
オリンピックのためというウソ
・一般市民の中には、2013年と現在ではテロの危険が違う、という方もあるかもしれ
 ません。しかし、犯罪情勢は現在のほうが大きく改善しています。刑法犯の認知件数が、
 わずか3年間で約42万件(2割以上)も減っています。暴力団関係者の人数と犯罪件
 数も落ち込んでいます。テロの危険が高まったとすれば、それは、安保法制が強行され
 たことのより、日本が「アメリカと一緒に武力を行使する国」と見られて、イスラム過
 激派から敵視されるようになったからではないでしょうか。そうであれば、原因となっ
 た安保法制をやめればよいことになります。東アジア情勢の緊迫は、北朝鮮が米国の脅
 威に対抗するために生じるものなのですから、本来外交によって対処すべき事態です。
  
テロ対策のためというウソ
・イスラム国(IS)は組織的犯罪集団と見られますので、組織犯罪対策とテロ対策とを
 重ねて理解している方も少なくないでしょう。確かに、両者には重なる部分もあります。
 しかし、マフィアに代表される組織的犯罪集団の活動と、テロリズムとは、基本的な性
 格を異にしています。そのため、国際法上も、国内法上も、二つの領域には別々の対策
 がとられてきました。マフィアや暴力団などの組織的犯罪集団は、組織として時間的に
 継続することを想定しており、その中で、さまざまな利益の獲得や、そのための公権力
 に対する不当な影響力の行使を目的としています。これに対し、テロリズムは、宗教的
 動機や政治的動機に基づいており、組織性や継続性を要件としません。単独の犯人が行
 う自爆テロも、典型的なテロリズムの一つです。両者は、目的も態様も異なるのです。
・これまで日本はテロ対策として、国際条約や安保理決議ができる度に、比較的迅速に国
 内立法を行ってこれらを実施してきました。国連体制が要求するテロ対策は完備してい
 ます。特に、テロ資金っ提供処罰法は、東京五輪開催決定後の2014年の大改正によ
 って、テロ目的による資金や物品、役務の提供等を包括的に処罰対象にしていますから、
 テロ目的の組織的行為について処罰の隙間はありません。また、ドローン規制や危険ド
 ラッグ既成の導入などからもわかるように、何か一定の危険性があると判断されるもの
 のが新しく出てきた場合には、その都度、法律を制定したり、既存の法律の適用対象を
 政令によって広げたりしてきました。その結果、現行法の下では、危険性のある物質や
 手段の取扱いが、ほぼ網羅的に刑事規制を受けています。予備罪。準備罪の類型も諸外
 国に比べて多数存在していますから、テロ対策に穴はないのです。新たな危険な物資や
 手段が生み出された場合には、法律や政令の規制に一つ加えれば足りるのであって、
 300もの共謀罪を立法する理由にはなりません。
・テロ対策という名目で、普通の権利や自由を制限するのとは許されないはずです。捜査
 機関の主観的な判断で摘発ができるような立法には、憲法上疑問があります。
・異様なのは、今般の共謀罪法案が、「テロ等準備罪」を処罰するものだと宣伝されてい
 るにもかかわらず、テロのための条文を一つも含んでいないことです。2017年2月
 末に、法案の内容が明らかにされたとき、「テロ」の語がまったく含まれていないとい
 う事実が衝撃をもって受け止められました。すでに日本の現行法には、「公衆等脅迫目
 的の犯罪行為」や「テロリズム」の定義を含む法律が複数ありますが、それらに対応す
 る語がないのです。これを疑問視する声が社会で高まったため、与党は慌てて、法案の
 中の、適用対象についての条文に、「テロリズム集団その他」という文言を挿入しまし
 た。しかし、それだけの修正しか加えていませんので、テロ用に設けられた条文がただ
 の一か条も存在しないという事実には変わりがありません。そもそも、「その他」は
 「テロリズム集団以外」を指すことになるのですから、「テロリズム集団その他」の意
 味は、結局、「テロリズム集団を法規制の対象から除外しない」ということだけでしか
 ありません。
・共謀罪法案は、テロ対策立法の内容を含んでいないのです。また、テロリズムに該当す
 る殺傷行為や破壊行為と、テロリズムに該当しない殺傷行為や破壊行為との間の区別も、
 法案の中には存在しません。そもそも、組織的犯罪処罰法の改正を内容とするものです
 から、単独犯によるテロはすべて対象外です。
・テロを中心とする危険な事態には、国際条約や決議、またそれらに対応する国内立法や
 独自の国内法によって、すでに対応可能な体制が整っています。そして、共謀罪法案の
 内容自体に、テロ対策が規定されていません。こんな奇怪な法案を、なぜ、与党は、虚
 偽の看板を掲げて国民をだましてまで強行しようとするのでしょうか。
・与党が共謀罪立法無理やり通したのはなぜかを考えると、一つの理由として、警察の権
 限保持が思い浮かびます。それは、違法でない行為や軽微な違法性しかない行為につい
 て、今までにはなかった摘発が起きてきているからです。

内容の無限定性
・与党は、これまでに三度廃案になった要望罪法案と、今般の法案とが異なるものである
 と主張しています。その理由として、@「組織的犯罪集団」に限定すること、A重大犯
 罪の「計画」を要件とすること、B「実行準備行為」を要件とすること、という三つの
 限定があるとしているのですが、どれも実は限定になっていません。まず、法案におけ
 る「組織的犯罪集団」は、事前に認定や指定がいらないばかりか、過去に違法行為をな
 した事実や継続的に存在したことすらも要件としていません。集団であれば、ある時点
 からこれに該当すると判断されることになるのです。次に、複数の人の合意によって重
 大犯罪の「計画」が立てられたことが必要だとされているのですが、法案の中にも、こ
 れまでの共犯に関する最高裁判所の判例の中にも、合意の態様や方式には限定がみられ
 ません。目配せはもちろんのこと、LINEや電子メールなど、どのような方法でも該
 当するのです。最後に、今までの日本法には存在しなかった「実行準備行為」という概
 念が、この共謀罪法案で初めて導入されようとしています。これは一部で「共謀罪の構
 成要件を限定するもの」と言われているのですが、実際には次の二つの理由で、処罰範
 囲の限定になっていないのです。
・これまでの最高裁判例は、ある行為を危険犯や予備罪として処罰するためには、それに
 値する実質的な危険がなければならないという考え方に立ってきました。ところが、新
 しい「実行準備行為」は、そのような危険性を要件としていませんので、日常的な行為
 も限定なく該当します。法案は、「資金または物品の手配」と「関係場所の下見」を例
 として挙げていますが、これらがそれ自体として危険のない行為であることは明らかで
 す。その上、法案は例に引き継いで「その他の計画をした犯罪を実行するための準備行
 為」としていますから、どのような行為でも該当しうることになります。ある場所に行
 くことが、犯罪の準備行為なのか、散歩なのかの違いは、客観的には何もありません。
 両者の相違は内心の目的のみにあります。「共謀罪は人のないsンを処罰するものだ」
 と批判されるのはこのためです。形式的には、「実行準備行為」が条件ですから、内心
 そのものが処罰されるわけではありませんが、あらゆる行為が「実行準備行為」に該当
 するとなれば、実質は「目的」という内心の部分だけが処罰根拠であることになります。
・自民党政務調査会の説明では「組織的犯罪集団に入っていない一般の方々が、処罰の対
 象になることはありません」としています。しかし、ある人が組織的犯罪集団に入って
 いるかどうかは、その都度、捜査機関が判断するのですから、「入っていない一般の方
 々」が処罰の対象にならないと言ってみても、意味がありません。「一般のメールや
 SNS上のやりとりで処罰されることはありません」というのも、「一般の」メールや
 SNSと、「一般でない」、メールやSNSの区別が法案に書かれているわけではなく、
 それは捜査機関によって判断されるわけですから、ナンセンスだと思います。
・自民党政務調査会の説明では「現行法では、テロ組織が水道水に毒物を混入することを
 計画し、実際に毒物を準備した場合であっても、この時点で処罰することができません」
 とあります。しかし、この例であれば、殺人予備罪も成立しますし、毒物劇物取締法違
 反の罪でも処罰できます。組織が行う場合なのでテロ資金提供処罰法にも該当します。
 
治安を向上させず市民を圧迫
・共謀法案はテロ対策の内容を含んでいないのですが、それにもかかわらず、与党や一部
 のマスコミの宣伝によって、テロ対策のために共謀罪立法が必要だと思わされている人
 々もいます。しかし、テロ対策の内容がないのですから、共謀罪立法を実現しても、テ
 ロ対策の効果が上がることは考えられません。そもそもの法案の建て付けが「テロ用」
 になっていませんので、テロと関係ない対象のほうを多く含んでいるばかりか、テロに
 典型的に含まれるものが対象から外れています。単独の犯人が行う、銃乱射や自動車・
 刃物を手段とする無差別殺傷、また、自爆テロは、複数人による共謀を含みませんから、
 どれほど重大な被害をもたらしものであっても、対象から外れています。現に、外国で
 は単独犯の自爆テロが何件も思っているのに、わざわざこれを対象に含まない「テロ対
 策」をうたうというのは、極めて不合理でしょう。
・イスラム過激派によるテロを防ぐには、安保法制を廃止して、「アメリカと一緒に武力
 行使を行う国であることをやめる」のが最も効果的です。   
・何も危険な物や手段が登場していない事前の計画の段階で、共謀罪を摘発するとしたら、
 どうすればよいのでしょうか。方向性としたは二つしかないのではないでしょうか。一
 つは、犯罪の計画を立てそうであると判断した人物を監視すること、もう一つは、十分
 な証拠がなくても摘発してしまうことです。
・「共謀罪」の新設は、共謀の疑いを理由とする早期からの捜査を可能にします。およそ
 犯罪とは考えられない行為までが捜査の対象とされ、人が集まって話し合っているだけ
 で容疑者とされてしまうかもしれません。共謀罪の新設による捜査権限の前倒しは、捜
 査の公共性に対するさらに強い懸念を生みます。これまで基本的に許されないと解され
 てきた、犯罪の実行に着手する前に逮捕、勾留、捜査・差押えなどの強制捜査が可能に
 なるためです。とりわけ、通信傍受(盗聴)の対象犯罪が大幅に拡大された現在、共謀
 罪が新設されれば、両者が相まって、電子メールも含めた市民の日常的な通信がたやす
 く傍受されかねません。将来的に、共謀罪の摘発の必要性を名目とする会話盗聴や身分
 秘匿捜査官の投入といった、歯止めのない捜査権限の拡大につながる恐れもあります。
・2016年の刑事訴訟法改正によって、「司法取引」の制度が導入されることが決まっ
 ています。個別の事件ごとに当事者の意向で刑罰を左右する司法取引の制度は、不公平
 さを助長することになりかねないからです。しかし、近年、複雑な事件で手続きに時間
 がかかりすぎることの対策としてドイツが一種の司法取引の制度を導入したのを参考に、
 日本でも、捜査や裁判に当事者が協力する形態での協議・合意制度が設けられることと
 なったのです。この日本の新しい制度には、他人の犯罪について情報を提供すると、自
 分は有利な扱いを受けられるとする内容も含まれています。
・共謀罪法案は、共謀罪について自主した者が、必ず刑の軽減か免除という「恩典」を受
 けられることとしています。この制度ですと、自首した者が犯罪を行ったことを反省し
 ているかどうかにかかわらず、捜査に協力すれば必ず有利な扱いを受けられるのですか
 ら、とにかく自分の利益を優先して行動する者が出てくることが予想されます。他人に
 罪をなすりつけようとする供述によって、真実発見を妨げる結果となってしまうことも
 懸念されています。
   
国会運営の異常さ
・立法の合理性・必要性に深い疑念の残る法案を十分な説明もないまま、数の力無理やり
 押し通せば、日本の議会制民主主義に対する国民の信頼をますます損なうこととなろう。
・国会でのは審議は、先に提出された法案について先に行うのがルールですが、今回はそ
 れも無視されているようです。
・国有地不正払下げにかかる森友学園問題に関し、安倍首相が国会で「私も妻も一切この
 許可にも、あるいは、この国有地の払下げにも関係ない。私や妻が関係していたという
 ことになれば、間違いなく総理大臣も国会議員も辞めるということははっきり申し上げ
 ておきたい」とはっきり述べていたのもかかわらず、昭恵夫人の関与が明らかになった
 後も国会銀を辞職していないことから、この点の追及をかわすために共謀罪法案の審議
 を急いだのではないか、と指摘されています。
・スノーデン氏は、米国が世界中のインターネットユーザーの個人情報を収集していたこ
 とや、日本を含む諸外国の公的機関および私企業・私人宅の盗聴を行っていたことなど、
 米国の行為を告発しました。彼は2009年から東京に住んでいたこともあり、日本の
 状況についても、講演会やインタビューなどで直接発言しています。それによると、特
 定秘密保護法をデザインしたのは米国であり、「テロ」は口実であって、米国の監視体
 制は米国への協力者や無関係な人々まで対象にしているといいます。
・共謀罪立法についても、特定秘密保護法や安保法制の場合と同じく、米国の求めに応じ
 ているものである可能性が否定できません。   
・確かなことは、共謀罪立法の成立が、警察の権限を拡大し、不正疑惑から国民の目をそ
 らし、米国の世界戦略を利する効果を有することです。日本国憲法が本来予定している
 民主主義的な国会運営は、情報操作によって妨げられています。 
・安倍内閣の閣僚たちの質の悪さは日本政党政治史上最低ではないでしょうか。これを
 「他の人がいないから」という率うで支持している人たち(有権者の30%以上)は他
 の政党の議員たちは総じて「これ以下」だと判断しているわけですが、その根拠は何な
 のでしょう。    
・共謀罪法案を支持する人々は、テロ対策の穴が具体的にどこにあるのか、そのために約
 300もの共謀罪処罰を導入する必要があるのか、共謀罪処罰によってイスラム過激派
 によるテロを防止できるのか、犯罪の計画を立てていない者が捜査対象として巻き込ま
 れない保障があるのか、国連の公式文書が義務でないと明言し諸外国も行っていない広
 範な共謀罪立法が必要なのか、といった問題に答えてみてはいかがでしょうか。
・殺人も危険物の扱いもない準備行為となれば、権力側はこれを自己の都合の良いように
 利用でいます。どんな人でも、情報操作を受ければ、正しい判断や行動が不可能になり
 ます。気づかないうちに、本来の自由を享受できなくなる方向に誘導され、人権や民由
 主義は根幹から失われるでしょう。
・真の国益とは、国に住む人々が安全で幸福に暮らせることにほかなりません。安全に貢
 献せず、権利や自由を制限するだけの立法はこれに反します。