国家と除染 :日野行介

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あの2011年3月11日の東日本大震災から、まもなく8年が過ぎようとしている。地
震で発生した巨大津波による被害は、大部分の瓦礫などはきれいに片付けられ、一見する
とかなり復興が進んだかに見える部分もあるが、しかしその爪痕はまだまだそのまま残っ
たままだ。
特に、巨大津波によって起こった東京電力福島第一原発事故による放射の被害は、より深
刻だ。原発事故によって飛び散った放射性物質は、もう二度ともとの状態には戻らない。
除染」と称して放射性物質が付着した住宅を洗浄したり、庭や田畑の表土をはぎ取った
りしたが、放射性物質が飛び散ったのはそこばかりではない。その多くは、地域の多くを
占めている山林にも飛び散ったのだ。そこは「除染」後もそのままである。そして雨が降
ったり風が吹いたりするに従って、飛び散った放射性物質は徐々に特定の箇所に集まって、
密度が上がったり、川に流れて海まで移動したりする。しかし、放射性物質は消えてなく
なることはない。また、汚染された表土をはぎ取って集められた汚染土は、行き場所が未
だに決まらず、各地域に山積みのまま捨て置かれたままだ。
国は、あたかも「除染」したからもう大丈夫、元の暮らしができますかのように喧伝する
が、元の状態に戻るはずがない。仕方なく元住んでいた場所に戻る人もいるが、多くは避
難先での生活を余儀なくされたままだ。
月日の経過とともに、人々から福島原発事故の記憶が薄らいでいき、当初、復興のための
五輪だなどと言っていたが、今ではその復興という言葉もどこかに消えてしまって、ただ
ただ五輪のために巨額の税金が投入されるだけだ。
結局は、「除染」も「五輪」も、一部の大手ゼネコンの懐を肥やしただけではなかったの
か。誰のために「除染」だったのか。誰のための「五輪」なのか。この国は、悪知恵の働
く者たちだけが、得をするようにできている。そして何の罪もないはずの人々が、知らぬ
間に、責任を押し付けられていく。無性に空しさだけがこみあげてくる。

除染幻想
・2011年の東京電力福島第一原発事故に伴う放射能汚染対策の実態を知ることは、国
 家の信用と民主主義の基盤が破壊された現実を直視することができる。
・南スーダンに派遣された陸上自衛隊の日報隠蔽問題森友加計の両学園問題、裁量労
 働制に関する厚生労働省のデータ問題、施政に関する公文の隠蔽、改ざん、意図的な削
 除、説明責任の放棄、責任の所在の不明確さ、国民無視・・・・。判で押したように、
 同じことが行われている。中央政界の腐敗のずっと以前から、この国の崩壊は始まって
 いるのだ。 
・広範囲の放射能汚染に対して、これまでこの国の政府は住民の避難ではなく、土木工事
 で放射性物質を集める除染を政策の中心に据えてきた。除染とは本来、人間の身体や施
 設に付着した放射性物質を洗い落とす行為を指す。だがこの事故後、その意味は変容し
 た。
・事故後に使われている「除染」とは、放射性物資が付着した庭や田畑の表土をはぎ取っ
 て集め、フレコンバックと呼ばれる大きな袋に詰めていく作業を指す。除染作業は巨額
 の費用と膨大な人手をかけた壮大な国家プロジャクトだ。2016年末までに延べ約3
 千万人の作業員が従事し、2兆6千250百億円もの国費が投じられ、おおむね作業が
 終了した。この費用は東電がすべて支払う建前だが、実際にそうなるかは今もわからな
 い。
・福島の山野には除染で集められた汚染土の詰まったフレコンバックが積み上げられたま
 ま置かれている。福島県内だけで最大2千200万立方メートルとも推計される汚染土
 をどう処分するのか、それにはどのくらいの費用がかかるのか、そして、誰がこの汚染
 土を最終的に引き受けるのか、先行きはいまだ見えない。
・放射能が降り注いだ土地のほとんどは山林だ。樹木を切り取り、表土をことごとくはぐ
 ことなど到底不可能だと除染を始める前から誰もがわかっていた。結局、山林では放射
 能が減衰するのを待つしか手はなく、その期間は数百年に及び。
・除染とはいったい何だったのか?そもそも効果があったのか?この国家プロジャクトが
 始動する前からチェルノブイリなどの海外の原発事故の事例を知る人の間では、疑う声
 は少なくなかったが、はっきりと指摘した人は残念ながらほとんどいなかった。
・「早く元通りに暮らしたい」「早く復興をしたい」。除染に期待する被災者や自治体の
 声ばかりが繰り返し報じられる中、疑問を口にするのをためらう空気が広がっていたの
 だ。そして、政府は2017年春、除染作業の終了とタイミングを合わせ、「帰還困難
 区域」を除いて避難指示を一気に解除した。 
・解除は賠償打ち切りの最後のステップになる。非難指示区域外からの、いわゆる自主避
 難者はさらに悲惨だ。マンションやアパートの空き部屋を自治体が借り上げた「みなし
 仮設住宅」の提供は同年3月末で打ち切られ、退去するように求められた。避難生活を
 続けるか、戻らずに移住するというなら、「自己責任でどうぞ」というわけだ。つまり
 「避難」は終わりだというわけだ。放射能汚染は実質的に何ひとつ解決していないにも
 かかわらず。
今村復興相が2017年4月、記者会見でフリージャーナリストの追及を受けて激高し、
 「自己責任だ」と発言したことが問題になった(今村氏は3週間後、「震災が東北でよ
 かった」とさらに失言を重ねて復興相を辞任」)。だが、これは果たして「失言」だろ
 うか。汚染が消えたわけではない土地に帰るか、自力で避難を続けるかを選ぶよう迫っ
 ているのだから、まさにこの国の政府の本音なのだ。
・政治家や官僚たちはこの国策の本質を説明しなかった。その一方で、除染の効果を懸命
 にアピールしてきた。そうして、除染によってきれいさっぱり汚染がなくなり、安心し
 て暮らせる日々がすぐにまた訪れる、そんな幻想ができあがった。被災者にすれば、
 「避難か除染か」という選択をした覚えなどなく、幻想の背後で、いつの間にか一方的
 に決められ、押し付けられたというのが実感だろう。為政者たちも政策決定の正当性が
 怪しいことを自覚しているからこそ、はっきりした物言いを避けてきたのだ。
・この国の為政者たちは「復興の加速化」なるスローガンを掲げ、汚染が残っている現状
 を無視して、この事故を一方的に、そして早く幕引きしようと進めてきた。その最大の
 武器となったのが除染であり、そして除染がふりまいた幻想なのだ。
・国民の関心が薄れるほど、そして、為政者の政策が不透明になるほど、一方的に国策を
 進めやすくなる。欺瞞に満ちた一方的な国策は、この国の民主主義を支えてきた基盤を
 壊しつつある。国家への信用と社会の基盤を壊す空虚な除染の幻想から目をそらしては
 ならない。それはこの国の病そのものだから。

被災者に転嫁される責任
・除染自体は栃木や茨城、千葉など東日本の広い範囲で行われた(福島県内は圧倒的に多
 量である)。各地の除染作業で集めた汚染土はフレコンバックに詰められ、作物を植え
 ていない田畑に積み上げるか、自宅の庭先などに埋めて仮置きを続けている。今では被
 災地の様子が伝えられる機会は減ったが、広大な面積を埋めるフレコンバック群の光景
 や写真を目にした人はその異様な様子に驚くだろう。
・現在の計画では福島県双葉町と大熊町に建設中の中間貯蔵施設に運び込み、最長30年
 間保管した後、まだ決まっていないが、どこか県外で「最終処分」することになってい
 る。ただし、これも福島県内の汚染土に限定されており、県外の汚染土は大半が庭先や
 公共施設の敷地内に埋められたままで、処分方法さえ決まっていないのが実態である。
・福島県外では、岩手、宮城、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉の7県計56市町村で、計
 約33万立方メートルの汚染土を保管している。このうち仮置き場にあるのはわずか1
 万8千立方メートル(約5%)で、残る約31万立方メートルは住宅の庭先などに現場
 保管されており、その保管場所は約2万8千カ所に及ぶ。
・栃木県塩谷町や宮城県加美町などで、国による最終処分場の設置に強く反対している様
 子がしばしば報道されてきた。この最終処分場は汚染土の処分先と思われがちだが、実
 はそうではない。この最終処分場は放射能で汚染された廃棄物(指定廃棄物)の処分先
 であって、汚染土の持ち込み先という位置づけではない。汚染されていても「土」は
 「廃棄物」ではなく、「資源」という扱いだからだ。
・福島県内の除染は、国の避難指示区域内(除染特別地域)を環境省の直轄で実施し、区
 域外(汚染状況重点調査地域)を市町村が実施してきた。もちろん実際の作業にあたる
 のは建設業者の作業員たつだ。かかった費用はいったん国が立て替え、東電に請求する
 ことになっている。  
・避難指示区域の内外で異なるスキームは汚染土の保管にも反映されている。作業当時は
 人が住めなかったということもあるが、区域内は国が借りた田畑などに集中して仮置き
 する一方、区域外では除染現場の庭先に埋めるなどして分散して仮置きしているケース
 が多い。住民が住み続けている区域外における汚染土の保管がいかに場当たり的で、無
 責任に行われ、二次被害を生み出しているか。
・除染作業が終わると、市は除染の前後で空間線量がいかに下がったかを記録した「モニ
 タリング票」と呼ばれている文書を土地の所有者に送る。そこには埋設場所を記した敷
 地の見取り図も付いていた。ある夫婦はこの土地を買った際、不動産業者を通じて前の
 所有者から見取り図が付いたモニタリング票を引き継いでいだ。この夫婦はこれを家の
 建設業者に渡し、埋設場所を避けて家を新築するように求めた。しかし落とし穴があっ
 た。この見取り図が不正確、いや杜撰だったため、汚染土の詰まったフレコンバックの
 真上に家を建ててしまったというのだ。
・敷地内に汚染土が埋まっているのは承知の上だった。汚染土が埋まった土地は価格がい
 くぶん割安で魅力的だった。事故直後には山形県内に「みなし仮設住宅」を借り、週末
 をむこうで過ごす「自主避難」をしていたと明かしてくれた。ようやくみなし仮設住宅
 を引き払い、一家で福島に腰を落ち着かせようと思って購入したマイホームだった。
・東京電力福島第一原発事故による汚染廃棄物の処理や除染について定めた「放射性物質
 汚染対処特別措置法」を読むと、汚染土の保管状況をまとめた台帳を作成するよう除染
 実施者(この場合福島市)に義務づけているのがわかった。さらに特措法に施行規則を
 見ると、台帳に記録すべき事柄も書かれていた。保管者名と住所・連絡先、保管の開始
 と終了の時期、汚染土の量、保管開始前後での放射線量、などだ。驚いたことに「台帳
 は帳簿及び図面をもって作成する」とまで書かれていた。つまり保管場所を記録する見
 取り図の作成は法令で義務づけられていたのだ。 
・さらに特措法には「台帳の閲覧を求められたときには、正当な理由がなければ、これを
 拒むことができない」との条文まであった。にもかかわらず、福島市のホームページや
 公式資料をいくら探しても、見取り図の閲覧について何も書かれていない。見せたくな
 い、隠したい、そんな意図がうかがえ、疑念は膨らむばかりだった。
・埋め替えなどの汚染土の移設は、2015年が約150件、2016年になってわずか
 5カ月で約200件に上っているという。埋め替え1件当たりの費用はおおむね「数十
 万円」という。だとすると、福島市だけで年間数億円かかっている計算だ。保管が長期
 化するほど、埋め替えの要望はされに増えていき、かかる費用も増えていく。それにし
 ても、国が汚染土の埋め替えを認めておらず大っぴらにできないからといって、埋め替
 えができることも、そして詳細な見取り図の存在も知らせないというのは、あまりに市
 民を馬鹿にしていないか。
・福島県内のゴルフ場が起こした民事訴訟で、訴えられた東京電力がセシウムなどの放射
 性物質について「無主物」と表現したことについて、「無責任過ぎる」と批判が集中し
 た。だが、それでも東電は撤回しなかった。事故で放出された放射性物質の責任は、東
 電・国から県、市へ、最後は国民へと、いつの間にか押し付けられていく。 
・除染で集めた汚染土に保管が短期間で終わる前提で制度ができあがっているのがわかっ
 た。しかし現実は、事故から5年経っても現場保管が続いており、搬出のめどは見えな
 い。むしろ、まるで汚染土など最初からなかったかのように装い、事態をやり過ごそう
 としているとしか見えない。
・一方、「埋め替え」の対応に頭を抱えているのはどこも同じだった。どこの自治体も埋
 め替えができると住民に告知せず、自宅新築などを理由に求められた場合に限ってこっ
 そり対応していた。だが国は埋め替えを認めておらず、その費用を払わないとしている。
 財源をどうしているのか。ある自治体の担当者が明かした。「住宅除染の作業費にこっ
 そり上乗せして費用を請求している。県もわかっているのだろう。特に何も言ってこな
 い」
・国がいったん除染費用を福島県の基金に振り込み、県が市町村からの請求を受けて交付
 金として支払う仕組みになっている。だが2016年度末で除染作業が終わればこの手
 法は使えなくなる。
・環境省は2017年1月、自宅新築に支障が出る場合などは埋め替えの費用を負担する
 方針を自治体に通達した。だが、その費用を東京電力に請求するのかは明らかにしてい
 ない。
・国、自治体、東京電力・・・・。果たして汚染土を保管する責任はいったい誰にあるの
 か。いまだにあいまいなままである。そしてそのはっきりしない状況が被災者に負担を
 押し付け、あまつさえ新たな犠牲を強いているのだ。
 
「除染先進地」伊達市の欺瞞
・福島県北部にある伊達市は国に先駆けて除染を手がけた「除染先進地」として知られて
 いる。伊達市長や担当幹部は国内外でその成功に喧伝してきた。しかし実際には、期待
 通りの除染をしてもらえなかった市民の不満は根強く、市議会で、「公約違反だ」との
 追及を受け、市長が感情的に言い返す泥仕合が展開されていた。なぜ原発事故、そして
 除染をめぐって市民同士が憎しみ合うような惨状になったのか。
・地表の土をはぐ土木作業を中心とする「除染」を国に先駆けて手がけたのが、この伊達
 市だった。主導したのは、後に除染の功績が評価されて原子力規制委員会の初代委員長
 に就く物理学者、田中俊一氏だ。関係者によると、田中氏が率いる放射線の「専門家」
 集団は事故直後、まず飯舘村に入った。同村の中でも最も線量が高く、後に帰還困難区
 域となる南部の長泥地区で、民家の除染実験に着手した。屋根や外壁を高圧水で洗浄し、
 周辺の表土を取り除いたが、成果は芳しくなかったという。広大な農地に住宅が点在す
 る飯舘村では、民家とその周辺を触っただけでは思ったほど空間線量が下がらなかった
 のだ。
・被曝を抑える方法は基本的に、住民が汚染地を離れる「避難」か、もしくは居住地周辺
 の放射性物質を取り除く「除染」の二つしかない。避難指示区域を広げたくない政府に
 とって除染は好都合だったのだ。
・この東京電力福島第一原発事故が起きる前、原発の敷地外に大量の放射能が広がること
 は想定されておらず、汚染に対処する法律は存在しなかった。
・旧保原町内に住む夫婦は、事故発生直後、統治小中学生だった長女と長男を連れて関東
 に自主避難しようかと考えた。だが住宅ローンや両親の介護、50代で転職する不安も
 考えると諦めざるを得なかった。だから除染に期待するしかなかった。2013年末に
 なって、市が発注した業者がようやく除染作業にやってきた。しかし表土を取ったのは
 毎時3マイクロシーベルトを超えた雨樋の下だけで、夫婦はあまりの少なさに驚き、作
 業終了を確認するサインを拒んだ。夫婦は定年後、自家栽培の野菜とハーブを使ったレ
 ストランを開こうと夢見ていたが、それも諦めた。汚染された土地で作った野菜など喜
 んで食べてもらえないだろうし、何よりも自分自身が心苦しい。夫婦は、独自の生態系
 が残る太平洋の「ガラパゴス諸島」になぞらえ、独自の除染方法を採る伊達市を「ダテ
 パゴス」と揶揄していた。 
・もちろ市に汚染の責任がないことは百も承知だ。それでも市民の側に立って国や東電と
 対峙するどころか、市民に我慢を強いるだけの市政のありように怒りが収まらない。
・事故後の出来事を振り返ると、政治に期待しては裏切られる繰り返しだった。国民的に
 人気があるある自民党の若手国会議員も事故後に伊達市を訪れ、「大変ですね、私が国
 会に届けます」と理解あるそぶりを見せた。しかし東京に戻ると、「復興を進めるため
 風行被害を防ぐ」などと、まったく逆に発言をしていた。
・密室で検討し、住民が望んでもいない施策を打ち出し、「決まったことだから」と一方
 的に押し付ける。為政者がすることは、国も地方も変わらない。そして、住民はいつも
 一方的に受忍を求められる。「忘れない」だけが抗う方法だとしたら、そこに民主主義
 は存在していない。

底なしの無責任
・福島の山野を歩くと、同じような形の人工的な「小山」をしばしば見かける。以前は黒
 いフレコンバックがむき出しのままピラミッド状に積み上げられていたが、最近は景観
 を配慮してか緑色のカバーがかぶせられているものが多い。この膨大な量の汚染土は、
 東京電力福島第一原発を取り囲むように建設が進む中間貯蔵施設に運ばれ、まだ決まっ
 ていない福島県以外のどこかで30年後に最終処分される。
・そもそも、この原発事故の後処理に関する実質的な検討はほとんどすべて非公開、もっ
 と言えば秘密裡に行われてきた。それだけではない。出席者の発言を残す会議録、議事
 録などは、情報公開請求を受けても黒塗りして開示しないケースがほとんどだ。
・重要な政策を決めるプロセスであるにもかかわらず、いや、だからこそかもしれないが、
 徹底的に隠され続けてきた。誰がどう決めたのかをわからなうように隠すのだから究極
 の無責任、民主主義に対する背信と言うほかない。何より被災者、そして国民からの納
 得を得られない結論であるのを自覚しているからこそ隠すのだ。 
・環境省は、汚染土の上から非汚染土やコンクリートをかぶせて、防潮堤や盛り土などの
 土木構造物として再利用する計画を目論んでいた。上から非汚染土をかぶせれば、一般
 住民の被曝量が0.01ミリシーベルトに収まるとして、クリアランスレベルを遵守し
 ているように見せるシナリオだ。
・長期間にわたり遮蔽するためには、防潮堤や道路盛り土など土木構造物の維持管理を続
 けなければならない。上からかぶせた非汚染土の厚みが減ったり、崩れて汚染土がむき
 出しになったりすれば、放射線量は上がり、被曝も増加するためだ。
・原発廃炉で生じる鉄やコンクリートを管理なしの無制限で再利用できる基準であるクリ
 アランスレベルは100ベクレルだ。ということは、汚染土も最低限100ベクレルに
 減衰するまでは維持管理し続けなければならない。だが、あまりに長期間の管理を義務
 づければ再利用が敬遠されかねない。基本的考え方は管理期間に触れていなかった。
・5000ベクレルの汚染土がクリアランスレベルの100ベクレルまで減衰するのは
 170年かかるとする試算だ。合わせて盛り土など土木建造物の耐用年数は70年との
 データも参考として示された。耐用年数を超える170年もの長期間管理が非現実的な
 のは明らかだ。 
・人間の寿命をはるかに超えて百数十年も「管理」することの非現実性や欺瞞は明らかだ。
 管理期間を定めることを諦め、検討したことさえも伏せる方向で固まった。
・国民に隠れて密室での検討を繰り返した挙げ句、国民が受け入れるはずもない政策を一
 方的に決めて、押し付けようとしている。問題の本質はそこにある。
  
議事録から消えた発言
・埋めれば地下水汚染の危険性が高まる。公園にしても誰も利用せず、森林なら根から放
 射性物質を吸収する。環境を守る意識を感じない。環境省は汚染土減らししか考えてい
 ないのでは。
・汚染土で埋め立てて造成した土地の用途が「緑地」としか書かれておらず、非公開会合
 で配られた資料にあった「公園」や「森林」の表現がなくなっていた。報道との関係は
 定かではなかったが、意図的に削除したのは明らかだった。
・環境省の非公開会合の録音を聴いて気になったのは、汚染土、そして被曝を国民に受け
 入れさせることが国のためになると信じ込んでいるような出席者たちの姿勢だった。環
 境省の職員だけではない。専門家委員たちも同じだ。 

誰のため、何のための除染だったのか
・福井県出身の男性が、原発事故の現場を見たいと、2013年春に除染現場に飛び込ん
 だ。除染に対する先入観はなかったが、その杜撰ぶりにはたびたび驚かされたという。
 まず驚いたのは、作業員を募集していた会社と、直接契約した会社が違ったことだ。さ
 らに、男性がいわき市内にあった作業員宿舎の着くと、食費と寮費で1日あたり3千円
 が天引きされ、1日の手取りがわずか6千円だとわかった。
・除染は土建工事と同様、大手ゼネコンが元請けとなり、複数のサブコンが下請けに入る。
 実際に人を雇う地元企業などはさらにその下で、いわゆる「多層請負」の構造になって
 いる。 
・男性が除染作業にあたったのは阿武隈高地の真ん中に位置する川内村だった。男性が除
 染に従事していた2013年春ごろは、まだ避難指示が出ていたころで、区域内での宿
 泊は認められていなかった。除染の対象範囲は基本的に宅地と農地のみだ。山林は宅地
 など生活環境から20メートルの周縁部に限り除染する。だが川内村はほぼ全域が山林
 のため、結局のところ、山林での作業が大半を占めたという。
・契約と同じように作業も杜撰だったという。男性が主に従事したのは、大きなちりとり
 のような器具で落ち葉と腐葉土をかきかつ集める作業だった。刈り取った草木を川に流
 すなどの「手抜き除染」が横行していると「朝日新聞」が大々的に報じたのは2013
 年1月のことだ。報道は大きな反響を呼び、環境省はその後、作業の適正化に取組んだ
 はずだった。だが、現場では特段大きな変化はなかったという。男性は「刈り取った草
 木を片付けるのが面倒なので、山側に寄せるなんてよくあった話。誰も気づかないし大
 丈夫」と振り返る。 
・杜撰な作業が絶えない理由は何か。そもそもどこまでやればよいのか決まっていないか
 ら。上からの指示もころころ変わった。最初は木の根が見えるまで表土をはいで、根も
 切るように言われていたのに、途中からは厚さ5センチ程度、根が見えるまででよくな
 った。
・汚染土を運び込み、最長30年間にわたり保管するのが、東京電力福島第一原発を囲む
 ように、環境省が建設を進めている中間貯蔵施設だった。「中間貯蔵施設」の構想が公
 式に初めて出たのは、2011年8月のことだ。辞任直前の菅直人首相が福島県庁を訪
 れ、当時の佐藤知事に要請した。佐藤知事は「突然の話じゃないでうか。困惑している」
 と抗議したが、その手元にはシナリオを記したとみられるメモがあったという。
・中間貯蔵施設は、汚染が激しく帰還が難しい福島第一原発の周辺に建設される。多くの
 人が最初からそう予想していた。言葉は悪いが、「出来レース」だったのだろう。
・2012年12月の衆院選で民主党から自公に政権が戻ったが、こと事故の処理に関し
 ては政策の変更はなかったと言ってよい。自公が2013年7月の参院選で勝利し、衆
 参で多数派が異なる「ねじれ」状態を解消すると、とにかく早く避難を終わらせ、形ば
 かりの事故処理を急ぐブルトーザーにエンジンがかかる。これが政府・与党の言う「復
 興の加速化」の正体だ。その中核となったのが中間貯蔵施設だった。
・政府は2013年12月、年間20ミリシーベルトを下回る地域の避難指示解除を進め
 る一方、帰還困難区域からの避難者が移住用の住宅を購入した場合に賠償金を上乗せす
 る「住居確保損害の賠償」を導入する方針を示した。要は帰還を諦めるよう求めたのだ。
 こうして中間貯蔵施設を福島第一原発のある双葉、大熊両町に設置する「外堀」が埋ま
 った。  
石原伸晃環境相は2014年3月、候補地から楢葉町を除外し、双葉、大熊両町に絞る
 方針を示した。石原環境相が「最後は金目」という歴史に残る失言を発したのは同年6
 月のことだった。だが失言とは往々にして本音であり、本質でもある。
・環境省は2015年3月、大熊町の予定地内の一部企業から土地を借り受けて整備した
 わずか6ヘクタールの仮置き場に汚染土の搬入を始めた。そこからは用地確保、つまり
 土地の買収と、汚染土の搬入を並行して進めている。だが、いずれもそう簡単には進ま
 ない。その土地に住んでいない約2400人もの地権者に連絡を取り、明け渡すよう説
 得しなければならない。2018年9月末現在、国は民有地の約80パーセントを確保
 した。 
・2011年10月に環境省が発表した工程表では、汚染土は中間貯蔵施設に入れた後、
 30年以内に県外処分することになっている。それにしても、なぜ「30年」なのか、
 公表されている文書や報道ではその根拠が見えてこない。放射性物質セシウム137の
 半減期が30年だから、という報道もあったが、30年経ってもゼロにはならないのだ
 から説得力は乏しい。30年という期間は、最終処分を引き受ける場所を見つけるには
 短すぎる。一方、為政者の責任を担保するには長すぎるのだ。
 
指定廃棄物の行方
・この原発事故をめぐっては、多くの省庁がさまざまな委託調査を実施してきた。その総
 数はわからないが、膨大な件数のはずだ。だが公表されている報告書は少ない。「なぜ
 公表しないのか」と尋ねると、省庁の担当者は決まって「委託調査なんて公表する義務
 はない」と答える。取材の過程や、あるいは発注情報などで調査の存在を知り、情報公
 開請求すれば、開示はされる。確かに「隠している」とは言えないかもしれないが、少
 なくとも積極的に公表してはいない。
・報告書を公表しないのに、なぜそのような調査をするのか、理由は簡単だ。政治家や官
 僚たちが、自ら進める政策の根拠とするためだ。もっとはっきり言えば、自分たちが決
 めた政策の正当性を補強するのが調査の目的だ。問題の実態を公正に調査し、その処方
 箋として政策を考えるのが本来あるべき姿のはずだが、この国の政策決定、特に原発事
 故の処理については順序が逆転している。話しは別だが、裁量労働に関する厚生労働省
 の調査なども同種の問題だろう。
・2017年3月、環境省は茨城県内にある指定廃棄物の約8割が放射性セシウム濃度で
 8000ベクレルを下回ったとする再測定結果を公表した。だが、基準を下回ったら即
 座に通常の廃棄物になるかといえば、そうではない。
・福島県内の汚染廃棄物については、10万ベクレルを超えるものは中間貯蔵施設で保管
 され、10万ベクレル以下のものは、国有化した福島県富岡町内の管理型処分場に埋め
 立て処分することが決まっている。むしろ混乱が続いているのは福島県外のほうだ。
・2012年9月には栃木県矢板市と茨城県高萩市を処分場候補地として提示した。突然
 の指名を受けた自治体は仰天した。当然ながら、「何の責任もないのに処分場を引き受
 けるいわれはない」と猛反発が起こった。 
・環境省は2014年1月、宮城県の加美町、栗原市、太和町の三カ所を処分場建設候補
 地に選定。さらに同年7月には栃木県塩谷町を候補地とした。いずれも地元自治体、住
 民を挙げての反対運動が巻き起こった。
・環境省は2016年2月、茨城県と、実際に保管をしている同県内の14市町村に対し
 て「分散保管」の継続を容認すると伝えた。合わせて減衰して8000ベクレルを下回
 った場合、保管者が国に申請すれば指定解除できる手続きを設けた。解除されれば、通
 常の廃棄物と同様、自治体や民間業者が処分することになる。
・処分場設置を事実上断念したこの方針転換について、多くのメディアが「現実的」と好
 意的に報じた。だが、そもそも放射能汚染は東京電力と国が引き起こしたもので、廃棄
 物ではなく汚染が問題なのだから、指定廃棄物を排出した県ごとに処分場を設けるとい
 うのは不合理が過ぎる。保管期間が長引き、放射能が減衰して8000ベクレルを下回
 れば、自治体が汚染廃棄物の処分を押し付けられる。汚染を押し付ける理不尽に変わり
 はない。
・実際、汚染廃棄物がある自治体の首長らが反発の声も上がった。仙台市の奥山恵美子市
 長は2016年3月、「これまで指定廃棄物はすべて国が責任を持って処理すると言っ
 ていたのに、濃度が下がったら(一般廃棄物として)処理を地元自治体に委ねるという
 のは、国の責任の分量が減る方向に誘導していく考えではないか」と苦言を呈した。
・国が処理責任を負わない以上、地元自治体が業者としては保健を続けるか、処分を引き
 受けるかしか選択肢がない。そもそものルールが不公平なのだ。
・茨城県高萩市内にある指定廃棄物となっている稲わらの保管場所についていうと、建設
 費用は国が負担するものの、現地にある以上は土地所有者が保健責任を負う形になる。
 燃やせば放射能が濃縮されるだけだし、処分の引き受けてくれるアテもない。保管する
 業者は先が見えない悔しさを切々と訴えたという。 
・さらに驚いたのは、茨城県がきっかけになり指定解除の手続きが設けられたにもかかわ
 らず、県内では、まだ1件も解除申請がなかったことだ(2018年3月末現在)。全
 国的に見ても、指定解除されたのは、千葉、山形、宮城3県の64トンで、全体の(約
 20万トン)の0.03パーセントにとどまる。 
・なぜ指定解除が進まないのか。茨城県内の自治体担当者はこう明かした。「自前で処分
 場を持っていても、こっそり処分するわけにはいかないし、周辺住民に説明しなければ
 ならない。明かしたら受け入れてもらえるはずもない。民間の産業処分場にしても同じ
 だ。結局のところ、いつ処分するかなど見当もつかないし、保管し続けるしかない」
 指定廃棄物はまだしも、指定されていないものは法律上は通常のゴミと変わらない扱い
 だから、ルール上はこっそり処分することも可能だ。一方、8000ベクレルを超える
 汚染廃棄物があっても、地域のイメージダウンを恐れて、あえて指定を受けなかった自
 治体もあるという。 
・これは国が事故後に定めた8000ベクレルの安全基準とは別に独自の濃度基準を設け
 ている処分場の存在を意味していた。少なくとも約15パーセントにあたる19カ所が
 独自基準を設けていた。15パーセントであっても、汚染廃棄物の処分に対する強い抵
 抗感を示していると言えそうだった。
・自治体などの公共処分場でも独自基準を設けているところがある。しかも、単純比較は
 できないが、独自基準を設けている処分場が減っていない。これは事故から5年が過ぎ
 ても、8000ベクレルの基準、そして汚染廃棄物の処分が受け入れられていない実状
 を示していた。
・処分場を経営する会社の役員は「国は8000ベクレルとか言っているけど根拠がわか
 らない。8000ベクレルなんてとてもじゃないけど受け入れられないから」とはっき
 り答えた。この処分場では、自治体の清掃工場から出た焼却灰を埋め立てていた。焼却
 灰は濃縮されて放射能が高濃度になる。「現状では(処分は)無理だよね」とこぼした。
 
あとがき
・この5年間を振り返ると、原発事故そのものというよりは、この事故を「終わったこと」
 「なかったこと」にしようと、姑息な手を繰り出す為政者たとの「真意」を追ったとい
 う感覚だ。 
・東日本大震災にともなう福島第一原子力発電所事故は多くのものを破壊し奪った。この
 事故を「終わったこと」「なかったこと」にする国策は、この国の民主主義を支えてき
 た基盤を壊したのだ。 
・南スーダンに派遣された陸上自衛隊の日報問題、森友・加計の両学園問題、そして裁量
 労働制に関する厚生労働省のデータ問題・・・。近年、政治や国会審議で大きく取り上
 げられた問題を振り返ると、原発事故対応と構図が酷似している。 
・問われているものは、為政者の情報公開と国民の知る権利の在り方である。問題が生じ
 れば行政に不都合な公文書を隠し、隠しきれなくなった途端、「実はありました」と言
 い出す。なおかつ、森友学園への国有地売却をめぐる決裁文書に至っては隠蔽どころか
 改ざんまで手を染めていたのだ。末端の近畿財務局の職員は改ざんへの自責の念から自
 ら命を絶ったが、命じた人間たちは容疑のかかった権力者の庇護下で栄転し、手厚くか
 くまわれているありさまだ。霞が関では当たり前のことなのだろう。
・この国は事故以前からそういう国だったのだ。そして地震の亀裂からこの国の暗部が現
 れた。未曽有の危機が訪れたとき、為政者は自己防衛に走り、いとも簡単に国民を棄て
 る。そんな冷酷な真実が明らかになったのだ。
・健全な民主主義を支える基盤は、行政の情報公開と報道による監視だと信じる。権力機
 構の匿名性を悪用し、責任を取らない人間たちを見過ごしてはいけない。行政のプロセ
 スを可視化することは、責任の所在を明確にすると同時に、不正を防ぐ最後にして唯一
 の方法なのだ。これを実現するのは調査報道しかない。だからこそ調査報道には国民の
 支持が欠かせない。   
・あの事故の経験をどうするのか。民主主義を守り育てる方向で生かすのか、それとも為
 政者にすべてを委ねてやり過ごすのか。今、国民一人ひとりが選択を迫られている。