憲法に緊急事態条項は必要か  :永井幸寿

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自民党は、憲法に緊急事態条項を入れようという考えを持っている。大規模な自然災害に
は、この緊急事態条項を憲法に明記しておかないと、対処できないというのがその理由ら
しい。しかし、この緊急事態条項のような国家緊急権は、非常に危険なものであることを
歴史は物語っている。
かつてのドイツにおいては、この国家緊急権が悪用されて、あのヒトラーの独裁政権が生
まれた。日本でも、この国家緊急権が関東大震災のときに濫用されて、なんの罪もない朝
鮮人が軍よって多数殺害されたり、さらなる濫用により軍が暴走して、あの太平洋戦争へ
と突き進んでいってしまった。
国民を守るためといって憲法に入れられた国家緊急権が、国民を守らずに国家が国家を守
るために濫用され、国民の人権を大きく制限し、最終的には国民に多大な犠牲を強いてし
まうことになりかねないのは、今も昔も変わらない。
このような過去の反省から、憲法に国家緊急権を置かないというのが日本国憲法の心だ。
それなのに安倍政権は、そんな日本国憲法の心をすっかり忘れ、いや、知らないふりをし
て、憲法に緊急事態条項を入れようとしている。
安倍政権は、当初、憲法9条を改正しようと考えいた。しかし、それが無理そうだとわか
ると、今度は憲法の改正規定である96条を改正しようとした。それもうまくいかないと
わかると、こんどはこの緊急事態条項を憲法に入れるために憲法改正を行おうとした。東
日本大震災の記憶がまだ残っているうちならば、受け入れられるのではとの考えからよう
だ。その後、安倍首相が突如「憲法9条に自衛隊を明記」する形で憲法改正すると言い出
し、憲法改正のの話が二転三転して、この緊急事態条項については、今はなりをひそめて
いるが、いずれまたこの緊急事態条項の話は、きっとぶり返してくるはずだ。その時は、
この極めて危険である緊急事態条項を憲法に入れるということは、なんとしても阻止しな
ければならない。大災害を理由に、緊急事態条項を憲法に入れることは、「国民の人権を
守る」ことではなく「国家を守るため」のものであるということを、我々国民はしっかり
と認識しておかなければならない。特に、自民党の憲法改正案は、まるでかつてのヒット
ラー率いるナチス独裁政権を狙っているのではないかと言われても仕方がない、極めて危
険な内容の草案になっている。これは悪魔の草案だ。これは、どんなことがあっても絶対
に阻止しなければならない。我々は子や孫の世代に、このような悪魔の自民党案を残して
はならない。

はじめに
・災害を理由として、緊急事態条項、つまり国家緊急権を憲法に入れるために憲法を改正
 しようという動きが出ています。当初、与党の自由民主党は憲法九条を改正しようと考
 えていました。しかし、それがどうもうまくいかないので、今度は憲法の改正規定であ
 る九六条を改正しようという動きがありました。それもうまくいかないので、今度は、
 国民を改憲に慣らすために改正しやすいところから改正すると明言しました。つまり、
 「お試し改憲」です。
・2015年、安倍総理大臣は緊急事態条項を設けるために憲法を改正すると明言しまし
 た。同年にパリで起こった同時多発テロに起因して、テロ対策のために緊急事態条項を
 憲法に設けるべきだという議論が広まっています。 
・災害を理由として国家緊急権を憲法に入れることに関して、未だ国民の間で大きな議論
 になっておりません。その理由は、第一に、国家緊急権はどんなものなのか、みんなよ
 く知らないということが挙げられます。

緊急事態条項(国家緊急権)とは何か
・国家緊急権とは「戦争、内乱、恐慌ないし大規模な自然災害などで、平時の統治機構を
 もってしては対処できない非常事態において、国家権力が国家の存立を維持するために、
 立憲的な憲法秩序(人権の保障と権力分立)を一時停止して非常措置をとる権限」を言
 います。つまり、非常事態において、「国家の存立を維持するために」、つまり、国民
 のためではなく国家のために、立憲的な憲法秩序、つまり、「人権の保障」と「権力分
 立」を一時停止する制度です。平常時とは異なる行政権をとること、要するに「政府へ
 の権力の過度の集中」と「人権の強度の制約」を内容としています。
・人権とは人が自律的な個人として、自由と生存を確保し、尊厳を維持するために必要な
 権利と定義されています。尊厳を維持する。すなわち、人としてのプライドを持って生
 きられる。そういう権利です。
・人権は憲法や天皇から恩恵として与えられたものではなく、人が人であることによって
 当然に有する権利です。「固有性」という言い方をします。したがって、人権は原則と
 して公権力、行政・立法・司法によって侵害されない「不可侵性」を持っています。そ
 して、人であるから当然持っている権利なので、人種、性、身分などの区別に関係なく
 得られるものである。
・人権としては二つの種類があります。まず、国家から侵害されない権利。これは自由権
 とという言い方をします。生命・自由・幸福追求の権利があります。幸福追求権はすべ
 ての人権を包括する権利であるとも考えられています。それから、精神的自由権、表現
 の自由・集会・結社の自由が憲法で保障されています。表現の自由の中には知る権利が
 含まれています。民主主義の社会では主権者である国民が国政のの選挙とか、世論の形
 成など、主権者としての権限を行使するために必要な情報を知ることができるための権
 利があります。これが知る権利です。もう一種類の権利として、国家に施策を求める権
 利。これを社会権と言います。これは20世紀以降生まれたもので、資本主義の発展に
 よって生まれた経済的な格差を是正するための権利です。生存権や教育を受ける権利、
 労働基本法が保障されています。
・そして人権を実現するために、国家がつくられたわけです。国家とは、一般に政府、議
 会、裁判所を意味します。人は生まれながらにして自由かつ平等であり、生来の権利
 (基本的人権)を持っています。この権利を確実なものにするために、社会契約を結ん
 で政府に権力の行使を委任したわけです。したがって政府が権力を恣意的に行使して人
 民の権利を不当に制限する場合、人民は政府に抵抗する権利(抵抗権)を有するのです。
 抵抗権とは、現在は民主主義の社会であれば、革命とか暴動とか違法なことをする権利
 ではなく、選挙権とか、世論を形成するとか、デモ行進をするとか、合法的な権利を指
 します。 
・さらに国家の権力が特定の個人または集団に集中して強大にならないように、国家権力
 を立法、行政、司法にわざわざ分けて、相互に牽制する制度がつくられました。これが
 権力分立です。
・この権力を分立した理由には三つあります。まず、一番目は自由主義にもとづくもので
 す。権力の濫用から国民の自由を守るということです。二番目が消極性です。権力が集
 中したほうが効率は高まるのですが、あえて分離摩擦を生じさせて、国民を国家権力の
 濫用から救うということです。三番目は、懐疑性です。人はいつも権力を獲得したがる
 弱点があり、しかも権力を握れば、それを濫用する傾向があるからです。
・近代憲法では「立憲主義」と言って、基本的人権と権力分立のため、憲法で国家権力を
 拘束して国民の権利、自由を守るという考え方でつくられています。国家緊急権は憲法
 の縛りを解いて、基本的人権を強度に制限します。それから、権力分立については、逆
 に権力を過度に集中するという制度です。
・国家緊急権は、もろ刃の剣と言われています。まず、平時の制度では対処できない非常
 事態に対処するためのもので、その必要性はあるというわけですが、逆に立憲的憲法秩
 序、つまり人権保障や権力分立を一時的に停止してしまうことから生じる危険性の方が
 はるかに高いのです。 
・国家緊急権は歴史的には多くの国で野心的な軍人や政治家に濫用されてきた歴史があり
 ます。政府は緊急事態の宣告が正当化されない場合でも、宣言しがちです。緊急事態で
 はないのに緊急事態だと言って強大な権力を握りたがるのです。また政府は戦争その他
 の危難が去った後でも緊急措置を延長しがちです。一旦握った強大な権力は、なかなか
 離さないわけです。さらに政府は緊急事態に対処するため、人権を過度に制限しがちで
 す。緊急事態に裁判所は政府の判断を尊重し、平時に比して市民の権利保障を抑制する
 傾向もあります。そうすると、人権保障の最後の砦である司法の政府への統制ができな
 くなるのです。誰も政府を抑えられなくなってしまうということです。

国家緊急権の歴史
・ワイマール憲法は、第一次世界大戦で敗れたドイツが1919年に制定した憲法です。
 この憲法は当時もっとも民主的な憲法だと言われ、大統領は直接公選制で、20歳以上
 の男女に普通選挙権を認めていました。しかし、この憲法を使って逆にナチスが合法的
 に独裁権を取得してしまったのです。民主的な国の憲法でなぜそのようなことが起きた
 かというと、ワイマール憲法に強力な国家緊急権(大統領緊急令)があったからです。
 公共の安全、秩序に重大な障害が生じる恐れがあるときは、人身の自由、意見表明の自
 由等の基本権の全部または一部を一時的に停止できるという権限を大統領に与えたので
 す。 
・首相に就任したヒトラーは、国会議事堂が何者かによって放火された事件が起こったの
 を契機にして国家緊急権である大統領緊急令によって言論・報道・集会・結社の自由、
 通信の秘密を制限して、令状によらない逮捕拘束を可能にしました。そして、敵対政党
 議員の身柄を拘束して登院できない状態にしておいて、国会で「全権委任法」という法
 律を強行採決したのです。国会をナチスの突撃隊という暴力部隊が取り囲んだ異常な状
 況下でした。全権委任法は、国会の立法権をぜんぶ政府に委ねてしまう法律です。国会
 が法律をつくらなくても、政府がこの法律をつくりたいと思ったら、そのままつくれる
 ことになり、独裁が確立してしまったのです。
・国家緊急権は、まずナチスに反対する政治勢力を弾圧するために使われました。そして、
 全権委任法の制定によって緊急措置が固定されました。そして、人身の自由、表現の自
 由など、政治活動お自由などの人権が過度に制約されてしまったということです。
・大日本帝国憲法の国家緊急権はどうだったでしょうか。もともと明治政府は国家権力が
 過度に強くて、人間の保障が充分ではなかったのですが、さらに国家緊急権が加わって
 濫用されたわけです。四つの制度がありました。第一が緊急勅令です。公共の安全保持、
 災厄を避けるため緊急の必要があって、かつ議会が閉会の場合、法律にかわる勅令を政
 府が天皇の名で発することができました。勅令は、次の会期に議会の承認がないときは
 将来に向かって効力を失うとなっています。この緊急勅令が平常時にも「緊急時」とし
 てバンバン使われまして、平常時の緊急時化という形になって使われたわけです。
 また、公共の安全を保持するために金融の需要があるときで、議会を召集できないとき、
 予算の決議等の財政処分ができました。さらに、天皇は戒厳を宣告することができまし
 た。戒厳とは国の統治作用のかなりの部分が軍事官憲に移ることです。行政権、司法権、
 立法権が軍の司令官に帰属してしまうことです。そしてきわめつけは非常大権です。戒
 厳を越える国の最後の非常手段です。これは平たく言えば、何でもできるという制度で
 す。もう歯止めがありません。
・大日本帝国憲法下では、緊急権の多くの濫用がありました。たとえば緊急勅令について
 言うと、治安維持法のケースがあります。最初は共産主義者を取り締まる法律だったの
 ですが、だんだん適用が広がっていって、自由主義者も取り締まれるようになったので
 す。また、戒厳については、戒厳は要件、効果は法律で定めるとされていました。法律
 は戒厳令という法令があって、戦争もしくは事変があるときに要件としたわけです。事
 変というのは内乱などの武力衝突の場合です。しかし、これが脱法的に拡大されて、地
 震などの自然災害についても適用されるようになりました。たとえば、関東大震災のと
 き戒厳が実施されました。司令官は、治安目的で、軍隊に武器の使用等を命じ、また、
 軍に一般市民が組織した自警団への指示権を付与しました。この権限は現場で濫用され、
 軍隊が多数の朝鮮人を殺害したのです。さらに、自警団が軍の治安の補助機関として軍
 事体制の末端に組み込まれ、一般市民が検問を設け、武器を使用するなどして多数の朝
 鮮人を殺害しました。災害なのに戒厳が実施され、軍隊によって現場で権力が濫用され、
 一般市民がこの補助機関に組み込まれたことが原因です。
・大日本帝国は、国家緊急権の濫用の結果、軍隊が暴走し、中国への侵略戦争を行い、つ
 いに、アメリカとの総力戦、つまり太平洋戦争という究極の「緊急事態」を日本に招く
 ことになりました。国家緊急権の濫用の結果がどのような事態を招いたかは太平洋戦争
 の末期を見れば明らかです。沖縄戦においては、日本の国家はその存続のために沖縄を
 捨て石にしました。つまり国家を守るために沖縄の住民の人権を犠牲にしたのです。大
 本営は大日本帝国を存続させるために沖縄の司令官に持久戦を命じ、そのために司令官
 は住民をまったく守らずに軍隊を温存させました。住民は何の防備もない丸腰の状態で
 戦場に放り出されました。また、軍隊を温存するため、住民は兵役法、陸軍防衛召集規
 則等によって、少年から老人まで防衛召集され、訓練もなく、武器もほとんどない状態
 で、軍隊より危険な戦闘に従事させられました。その結果、沖縄の住民の4人に1人で
 ある、21万人が死亡したのです。国家緊急権の濫用の結果招いた「緊急事態」におい
 て、国家は国家を守るために人権を制限し、また犠牲にしたのです。
 
日本国憲法はどう考えているのか
・日本国憲法は、大日本帝国での反省から、あえて国家緊急権は設けませんでした。災害
 に備えて、二つの制度を設けました。まず参議院の緊急集会です。国会は衆議院と参議
 院と二つあって、両方で法律や予算を審議・決議することになっています。ところが、
 衆議院が解散されたときには衆議院がなくなってしまいます。このときに大災害が起き
 たらどうするのか。そこで、衆議院が解散されたとき、国の緊急の必要があるとき、内
 閣は参議院の緊急集会を求めることができるとしています。内閣は参議院の緊急集会を
 求めたら、緊急集会が国会に代わります。そして、暫定的に法律や予算を決議して、と
 られた措置は次の国会開催の後10日以内に衆議院の同意を得ないときは効力を失うと
 いう制度です。  
・日本国憲法が国家緊急権を置いていない趣旨は何なのか。それは次の4つの理由からで
 す。 
 @民主主義:民主政治を徹底させ国民の権利を充分擁護するたけには、非常事態に政府
       の一存で行う措置は極力防止しなければならない。
 A立憲主義:「非常」という言葉を口実に政府の自由判断を大幅に残しておくと、どの
       ような精緻な憲法でも破壊される可能性がある。
 B憲法の制度:特殊の必要があれば、臨時国会を召集し、衆議院が解散中であれば参議
        院の緊急集会を召集して対処できる。
 C法律などの準備:特殊な事態には、平常時から法令等の制定によって濫用されない形
          で完備しておくことができる。
 つまり、濫用の危険があるから国家緊急権は憲法には規定しません。ただし、非常事態
 への対処の必要性から、平常時から厳重な要件で法律を整備しておきましょう、という
 のが我がの憲法の態度です。
・日本国憲法が国家緊急権を否定していることは明らかであり、「国家緊急権を排除する
 ものではない」という説が生じる余地はありません。確かにアメリカやイギリスのよう
 に不文お国家緊急権を認めている国は存在します。しかし、イギリスはもともと正典憲
 法が存在しないので、不文の国家緊急権を認めるのは当然です。また、アメリカには、
 不文の国家緊急権が存在しますが、それは歴史の中で大統領や議会、裁判所の承認を得
 て形成されてきたものであり、日本にはそのような歴史はありません。また、イギリス
 もアメリカも現在は国家緊急権は不文ではなく法律で規定されています。
・選挙の実施一つを見ても、非常事態の想定が現行憲法にはないのは問題だ。だから、国
 家緊急権を認めろと言っている自民党議員がいました。しかし、これは憲法上、誤りで
 す。憲法54条1項では衆議院の解散から40日以内に総選挙を行わなければならない
 と定められていますが、総選挙直前の地震の場合は40日以内に総選挙ができなくなる
 可能性があります。このことを問題にしているのですが、この規定は、内閣が衆議院を
 解散しながらいつまでも選挙をしないことを防止して内閣の解散権の濫用を防ぐために
 設けられたものであり、この趣旨に反しないのなら40日を超える選挙も可能です。
 また、参議院の通常選挙の場合に大地震が起きても、そのときは、衆議院議員はいます。
 それから、非改選の参議院議員がいるのです。非改選の参議院議員は半数、2分の1で
 すが、定足数は3分の1で足りるのです。ですから、国会はきちんと機能するのです。
 そのために、非改選の参議院議員がつくってあるのです。衆議院と参議院のダブル選挙
 の直前に地震があったらどうか。ダブル選挙とは、衆議院が解散して参議院選挙の時に
 同時に衆議院の総選挙を行うことです。衆議院はなくなりますが、この場合でも、非改
 選の参議院銀が2分の1います。これで定足数を満たしますから、参議院の緊急集会を
 請求できるのです。衆議院議員の任期満了による選挙直前に大地震が起きた場合はどう
 なるかと問題視する自民党議員もおります。しかし、衆議院の任期満了による選挙は日
 本憲法制定後68年間で1回しかなく、極めて稀なケースです。このときに大災害が発
 生するとなると、さらに稀なケースです。
・憲法は最高法規なので、何らかのニーズがあった場合には、まず法律の運用か海戦で対
 処すべきであり、これができない場合は憲法の解釈で対処して、それでもできない場合
 に初めて憲法改正を行いべきです。想定外のことに対処するために制度を設けても、そ
 の先さらに想定以外のことを予想した対処が必要となります。日本国憲法は、このよう
 な場合は濫用の危険があるとして敢て国家緊急権を設けなかったわけです。
 
国家緊急権がないと災害やテロに対応できないか
・災害が異常・激甚などのときには災害緊急事態の布告等を内閣総理大臣が行います。そ
 の場合、何ができるかというと、内閣に立法権が認められます。内閣は国会閉会中、衆
 議院解散中、臨時会の招集とか参議院緊急集会の請求を求めるいともがない場合、緊急
 政令を制定できます。そして次の4つ事項に限って、政令を制定することができます。
  @生活必需品の配給
  A物の価格の統制
  B金銭債務の支払いの延期
  C外国からの救助の受け入れ  
 そして政令制定後、直ちに国会の臨時会を召集し、または、参議院の緊急集会を求めて、
 国会の承認がなえれば政令は効力を失い形にしています。
・災害対策は、災害対策基本法で3つに分類して整備されています。事前の予防対策、直
 後の応急対策、事後の復旧対策です。国家緊急権が問題になるのは直後の応急対策です。
 そして、災害対策の原則は「準備しないことはできない」ということです。災害対策は
 過去の災害を検証して、これに基づいて将来の災害を予測し、その効果的な対策を準備
 することを言います。国家緊急権は非常事態が発生した後に、いわば泥縄式に強力な権
 力で対処する制度です。想定していない事態に対しては、いかなる強力な権力をもって
 しても実は対処することはできません。
・東日本大震災では迅速、適切な処置が政府によってなされなかったと言われていますが、
 それは法律や制度の適正な運用による準備がなされなかったことが大きいと思われます。
 双葉病院事件では、福島第一原発あら4.5キロメートルの距離にある双葉病院と、そ
 の経営する介護老人保健施設に高齢者が440人おりました。寝たきりの高齢者がその
 うち180人いたのですが、避難中に50人の方がなくなりました。   
・国の防災基本計画をはじめ、各種の防災計画では、自信では原発事故は起きないことを
 前衛にしていました。そこで病院にあったマニュアルには、地震が起きたときは屋外に
 出る計画しかありませんでした。そして、自治体や国、事業者は原発事故が発生した場
 合の避難ルート、県境を超えてどこへ行くのか、あるいは、交通量を考えてどうするの
 か、車両やドライバーをどうやって確保するのか。スクリーニング会場はどこに設けけ
 るのか、逃げた後の避難者たちの生活の場である避難所はどうするのか、高齢者とか、
 障害者の避難者の場合にその収容はどうするのか、といった点について、何ら計画を策
 定していませんでした。市町村や都道府県にまたがる連携、住民参加による防災計画の
 策定、そして避難訓練はまったくありません。つまり、法律や制度の適正な運用による
 事前の準備がまったくなされなかったことが原因です。災害が起こった後に、憲法を停
 止したところで対処することはできません。
・「釜石の悲劇、釜石に奇跡」と言われた事案もあります。釜石市に鵜住居防災センター
 がありました。ここに推定244人の方々が避難して、ほぼ全員が死亡しました。この
 数は釜石市の死者行方不明者約千人の役4分の1にあたる、大変な数です。なぜ、こう
 いうことが起きたでしょうか。まず、避難場所と非難所の違いについ説明します。非難
 場所は場所です。災害があるときに逃げる場所です。ですから、避難場所は津波のとき
 は高台にあります。これに対して避難所というのは、危険が去った後の生活の場です。
 ですから、便利なように平地に置かれる場合もあるのです。鵜住居防災センターは平地
 にあって避難所ではあったのですが、避難場所ではなかったのです。本来の避難場所は
 高台にあったのですが、高齢者が多いため、訓練の参加率が低下してしまいました。そ
 こで町内会長が、平地にあった鵜住居防災センターを訓練で使用することを市に求め、
 防災課長はこれを了承しました。そこで参加率が上がったのです。しかし、市は、ここ
 は避難場所ではありませんよと告知することはしませんでした。東日本大震災が発生し
 推定の244人がここに避難し、津波に襲われてほとんどの方がなくなってしまったわけ
 です。これは不適切な訓練によって、多数の命が失われたケースです。法律や制度の適
 正な運用がなされなかったことが、死者がたくさん出てことの原因です。
・同じ釜石市で小・中学生2921人が津波から逃れました。生存率は99.8パーセン
 トです。おなじ釜石市の鵜住居防災センターのケースでは、大人が一挙に大勢亡くなっ
 たのに、小・中学生のほとんどが生きていたのです。釜石東中学、これは鵜住居防災セ
 ンターのすぐそばにあるのですが、この生徒は地震後すぐに「津波が来るぞ」と叫びな
 がら、避難場所の高台の介護施設へ走ったわけです。逃げる中学生を見て、すぐそばに
 ある鵜住居小学校の児童たちも後を追って避難場所に走った。それでも危ないと判断し
 た子どもはさらに高台に避難した。津波は小・中学校、介護施設を襲いましたが、子ど
 もたちは助かりました。これはなぜなのか。2008年頃は津波教育がほとんど実施さ
 れていなかったので、危機感を持ち、災害社会工学の専門家を読んで講演してもらった
 ところ、「こんなことで子どもたちの命を救えますか」と熱い叫びをかけてきました。
 それで教師たちの意識が変わり、2010年に教師による津波教育の手引きが完成し、
 防災教育に取り入れられました。その翌年の3月に東日本大震災が発生したわけです。
 防災専門家が唱える津波避難の三原則があります。第一原則は想定にとらわれるな、ハ
 ザードマップを信じるな、ハザードマップでは先ほどの中学校は浸水地域外とされてい
 ました。それから第二原則は最善を尽くせ。津波が来たら最善を尽くす。先ほどの子ど
 もたちは一旦避難場所に逃げ、さらに上に逃げたわけです。第三原則は率先避難者たれ、
 一生懸命逃げる姿が周囲の命を救う。中学生が津波が来るぞと言って、叫んで逃げまし
 た。小学生たちがそれについて行ったわけです。つまり、釜石東中学校の生徒は教育を
 忠実に実行しただけで、奇跡でも何でもないのです。命を救うの法律や制度の適正な運
 用による事前の準備であって、事後的に憲法を停止しても命を救うことはできないわけ
 です。
・東日本大震災では、初期の被災者の避難所での生活は大変過酷なものになりました。災
 害救助法の救助の基準には、一般基準と特別基準とがあります。一般基準は内閣総理大
 臣が定める基準に従って、都道府県知事が定める基準です。これに対して特別基準は、
 一般基準では救助の実施が困難な場合、都道府県知事が内閣総理大臣と協議し、同意を
 得て定められる基準です。つまり、都道府県の課長が内閣府の担当者に電話して、これ
 は酷過ぎますから、もっと基準を挙げてくださいなどと、かけ合うわけです。阪神・淡
 路大震災、新潟県中越地震、中越地震で被災時の自治体が国にかけ合うことをずっとや
 ってきて、それでだんだん救助の内容がグレードアップしてきたという経緯があります。
 しかし、東北の被災地自治体はこの特別基準による救助を実施せず、国にかけ合わなか
 ったのです。一般基準をそのまま適用してしまったために、過酷な状態が起きてしまっ
 たのです。そこで、どうしたかというと、当時の所轄官庁である厚生労働省がたくさん
 の通知を被災自治体に発したのです。実は特別基準として、こういうものがありますよ、
 うちと相談してみかせんかという通知を出したのです。それでようやく事態が変わって
 きたわけです。これも現行の法律や制度の適正な運用がなされなかったことが原因です。
 憲法を停止しても対処することはできないわけです。
・東日本大震災後、一部の国会議員から「非常事態において、まさに危機にさらされてい
 る国民の生命・財産など究極の人権を守るために、内閣総理大臣に権限を集中して、人
 権を平時よりも制約することが必要となる場合があり得ます」という発言が出ました。
 だから、国家緊急権を導入せよという議論が、国会では当たり前のようにされました。
 しかし、東日本大震災で適切な対処ができなかった理由は、法の適正な運用による事前
 の準備を怠ったことによるものであり、準備していれば充分対処できたものです。また、
 「人権を守るため」国家緊急権を用いると言っていますが、まったく逆です。国家緊急
 権は「人権を守るため」の制度ではなく、「国家を守るため」に人権を制限する、場合
 によっては人権を犠牲にする制度です。
・確かに予想できないことが発生することはあり得ます。しかし、予想を超えたところに
 制度を設けると、その先にさらに予想を超えたことが起き、その先に制度を設けること
 が必要になります。日本国憲法はこのようなことが権力の濫用の危険があるとして国家
 緊急権を敢て設けなかったのです。
・災害における被災者支援活動において、国と自治体との役割分担を考える場合、国にで
 はなく被災者に一番近い自治体、つまり市町村に主導的な権限を与えることが必要です。
 市町村は日頃から地域に密着しているので、迅速に被災地の情報が入りやすく、個々の
 被災者に対して迅速・柔軟で最も効果的な支援活動を行うことができるからです。
・国には情報が迅速に入らないだけでなく、画一性や公平性が要請され、個々の被災者に
 対し迅速・柔軟で最も効果的な支援活動を行うことができないのです。たとえば、福島
 第一原発事故のあった浪江村長が私と面談した際、こう言っていました。震災の当日、   
 津波で流された被災者の救援に行き、暗くなったので翌日助けに行く旨を告げて撤退し
 たが、翌日内閣総理大臣より原発から10キロメートル以上の避難指示が発せられた。
 現場では放射性物質の飛散が少なかったが、国の指示は原発を中心に同心円を描くもの
 で、救助に行けず見殺しにすることとなった、と。
・国に権力を集中するのではなく市町村を信頼してこれに主導的な権限を認め、国は予算、
 人員、物資等でその後方支援を行うべきです。国に権力を集中することは必要ないばか
 りでなく、むしろ障害となるのです。
・国家緊急権が設けられれば、まるで魔法の杖が得られたように、これで災害対策がすべ
 て解決できたかのような錯覚に陥り、災害対策が放置される恐れがあります。
・国家緊急権は災害が発生した後に、言わば泥縄式に短時間で対策を立てるものですが、
 現場からの情報が充分入らず、被災状況の把握も不充分で、短期間で合理的な判断を行
 うことは到底不可能です。発せられる政令や指示は合理性や妥当性を欠き、被災者支援
 を阻害しまた現場を混乱させる可能性は極めて高いと言えるでしょう。
・政府のトップである内閣総理大臣に権力を集中することは、その行使の内容や方法が総
 理大臣の個人的資質によって大きく左右されることになります。総理大臣には誰がなる
 かわかりません。東日本大震災の際、当時の菅直人総理大臣が、権力を自らの利益のた
 めに濫用したのではなく、迅速に災害に対処しようという善良な意図で行動したことは
 疑いないと思われます。しかし、そお権力行使の予測不可能な無計画性と突発性によっ
 て、災害対策の施策に大きな混乱を招き、政府に対する信頼を大きく失墜させたことは
 疑いえない事実でしょう。災害時には国のトップやその周辺の幹部においてパニックに
 陥りやすい状況となりますが、このような事態においても冷静に対処できるようなシス
 テムが必要です。そのためには、総理大臣に権力を集中することが危険であることは、
 東日本大震災の経験から私たちが実際に学んだことです。国家緊急権は、東日本大震災
 当時の総理大臣の権力をはるかに超える権力を総理大臣に与え、また、国民の人権を強
 度に制限できるようにするものです。その時トップになった人がパニックに陥った場合
 は、例えその人に利己的な野心がなかったとしても、多数の被災者が過酷な状況におか
 れたり、犠牲になる可能性は高いのです。
・テロは災害とは違って必ず起こることではありません。政府の政策によって防げること
 です。海外からのテロは対立する当事者の一方を敵、一方を味方としたりしないで中立
 の立場をとることです。また、テロの原因である紛争を解決するために、当事者の話し
 合いの場を設定するなど、側面から平和的に解決するための努力を行うことです。国内
 のテロの予防は、年々広がる所得格差を是正して労働条件や生活保護等のセーフティー
 ネットを充実することです。また、国民の意志が政治に反映できるように報道の自由や
 公正は選挙制度を保障することです。国民、、特に若い世代が将来への絶望感を持つよ
 うなことがないようにすうrことが先決でしょう。
・そもそも、テロは国家緊急権が発動される「非常事態」ではありません。国家緊急権は
 「戦争、内乱、恐慌ないし大規模な自然災害などで、平時の統治機構をもってしては対
 処できない非常事態において」発動されるものです。テロは単なる犯罪であり、「平常
 時の統治機構」は機能しています。テロは法律により犯罪として警察が対処すべきこと
 です。こう言うと、国家議員の中には、「爆弾で国会議事堂が破壊されて国会議員がた
 くさん死んだらどうする、内閣総理大臣が死んだらどうする」と言う人がいます。しか
 し、国会議員の死亡に対しては繰り上げ当選や補欠選挙等の法律の制度によって対処す
 ることが可能です。元々、民主主義社会では、国会議員は特別の地位や能力のある特権
 的な者ではなく、誰でも交代できることを予定しています。また内閣総理大臣の死亡の
 場合、内閣法九条であらかじめ指定する国務大臣が内閣総理大臣臨時代理となります。
 日本国憲法の趣旨は、濫用の危険性から国家緊急権は設けないが、非常事態への対処の
 必要性から平常時から厳格な要件で法律を整備するというものです。
・テロは現行法では充分対処されています。「武力攻撃事態等における国民の保護のため
 の措置に関する法律」「武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国に及び国
 民の安全の確保に関する法律」が「テロ対策基本法」ともいうべきものです。両法でテ
 ロは「緊急対処事態」として規定されています。緊急対処事態とは武力攻撃に準じる手
 段を用いて多数の人を殺傷する行為が発生した事態、または当該行為が発生する明白な
 危険が切迫していると認められる場合をいいます。   
・緊急対処事態の場合、政府は対処方針を設定して、緊急対処事態対策本部を設置します。
 この場合、内閣総理大臣に権力が集中します。総理大臣は、国民保護のための措置とし
 て必要なときは自衛隊の派遣を防衛大臣に指示できます。
   
外国の国家緊急権
・ドイツは、戦前のナチス・ドイツで国家緊急権が濫用された経験から、国家緊急権を憲
 法に定めていますが、濫用されないように、戦争、内乱、自然災害・テロ等と事態ごと
 に分けてそれぞれ厳格な権限を定めています。日本の災害に関する法律のように、政府
 に国会の立法権が帰属する規定や、大幅に人権を制限する旨の規定はありません。むし
 ろ災害やテロについては、日本の法律のほうが、ドイツの憲法より、政府に権力を集中
 し、人権を大きく制約しているのです。さらにドイツでは、国家緊急権の創設とともに
 抵抗権が憲法に創設されました。これは他に方法がない場合、憲法秩序を破壊しようと
 する何人に対しても抵抗する権利をすべてのドイツ人に認めるものです。
・フランスでは憲法で定めた国家緊急権と、法律で定めた国家緊急権とがあります。憲法
 で定めた国家緊急権は大統領非常措置権と合囲状態の二つです。大統領非常措置権の要
 件は、国の存立にかかわる事態であり、第二次世界大戦でフランスがドイツの侵略を受
 けたときのよいな場合です。これまで、アルジェリア騒乱のときに、一度だけ発動した
 だけです。また合囲状態とは、戒厳を意味します。要件は「外国との戦争」や「武装反
 乱」の場合です。現在まで発動されたことは一度もありません。そして、テロは、戦争
 でも武装反乱でもなく、単なる犯罪ですから、憲法上の国家緊急権の要件には該当しま
 せん。フランスでは、災害は憲法上の国家緊急権の適用外であり、また、合囲状態に準
 じる場合を規定した緊急状態法の適用もないと考えられます。
・イギリスの憲法は、議会の制定した法、判例法及び絹布習律によって形成された不文の
 憲法で、成文憲法ではありません。そして、緊急事態が発生した場合、英米法特有の制
 度であるマーシャル・ローに基づいて、または、議会の制定法に従った国家緊急権が認
 められます。イギリスではテロについて国家緊急権の制度はありません。災害について
 みると、国家緊急権法という法律で対処していますが、テロについては、国家緊急権の
 制度はありません。法律で対処しており、これは日本とまったく同じです。
・アメリカ合衆国憲法には戦争を含む緊急事態に、政府に一時的な権力の集中を認める明
 文の規定はありません。しかし、イギリスのコモン・ローの伝統を受け継いだマーシャ
 ル・ローがあります。そしてマーシャル・ローが適用されるのは戦場に限定されます。   
   
自民党の緊急事態条項案(国家緊急権案)
・自民党案ではまず98条1項で、外部からの武力攻撃、内乱、地震その他法律の定める
 緊急事態において、内閣総理大臣が、閣議にかけて緊急事態の宣言を発するとしていま
 す。同条2項で、第1項の緊急事態宣言は法律の定めるところにより事前にまたは事後
 に国会の承認を受けなけれなならないとしています。
・この自民党案は、濫用の危険からすれば、次のような問題があります。それは「法律の
 定めるところにより」と書いてあるとおり、県央に限定して列挙されるのではなく、法
 律で定めることができるのです。憲法では、外国の攻撃、内乱等の重大な事態が書かれ
 ていても、国会の過半数の決議でいろいろなことを追加して適用範囲を容易に拡大でき
 ます。たとえば、テロ、大規模な労働争議(ストライキ)集団示威運動(デモ)などを
 加えることができます。このように、憲法を停止できる事由を憲法改正の手続きを経ず
 に、国会の議決で拡大できるのです。しかも国家緊急権の適用場面でない事態まで追加
 可能なのです。また、「事前又は事後に国会の承認を得なければならない」としていま
 すが、事後の国会の承認を得ることについて期限が書いてありません。安倍政権は衆議
 院議員の4分の1以上が、臨時会を収拾を求めても、憲法53条にに「いづれかの議院
 の総議員の4分の1以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない」
 と書いてあるのに、期限は書いていないといって臨時国会を召集しませんでした。緊急
 事態の国会の承認についても期限がないと放置することは可能なのです。
・国家緊急権は例外措置なので、たとえば緊急事態の期間は10日等と、厳格に明文で定
 められる必要があります。しかし自民党案では緊急事態の期間に制限がありません。そ
 して、さらに100日を基準にして継続を予定しています。国家緊急権は例外措置なの
 で、参議院の緊急集会すら請求できない場合に実施すべきことになるはずです。それか
 らすれば100日はあまりにも長すぎます。これでは、東日本大震災から約5年経った
 今でも「非常事態だ」ということができるのです。
・自民党案では、内閣は法律と同等の効力を有する政令を制定できます。つまり国会閉会
 中、衆議院解散中、臨時会の召集及び参議院の緊急集会を求めるいとまがない場合とい
 う限定がありません。国会が開催中でも内閣はおの政令を制定できるのです。自民党案
 は国権の最高機関である国会の存在をまったく無視する制度になっているのです。
・また、自民党案には、この政令の制定について事後の国会の承認を必要とすると書いて
 はありますが、承認が得られない場合について、効力を失うという規定がないのです。
 それから、政令で制定できる対象に明文の制限がありません。すべての人権を制限でき
 るし、また、すべての事項のついて政令が制定できます。  
・すべての事項について政令を制定できるということは、国会の立法権が完全に内閣に移
 転することになります。これはナチスのときと同様の授権法(全権委任法)であって、
 政府の独裁を容認する極めて危険な内容です。自民党案では、国家緊急権の中に全権委
 任条項が入っているので、国家緊急権を憲法に創設して発動すれば直ちに独裁が確立し
 てしまうのです。これは「独裁条項」というべきものです。つまりナチスの場合の国家
 緊急権より危険な内容です。   
・戒厳とは、非常事態に国の統治権のかなりの部分が軍事官権に移る制度です。自民党案
 では緊急政令の規定の対象事項に限定がないので、「戒厳令」を制定することも可能に
 なります。戒厳令の活動要件について、災害やテロを加えることも可能になります。災
 害やテロであれば、自衛隊を被災者の救助ではなく、被災地の暴動の抑止、治安の悪化
 防止等の目的で治安出動を行うことになります。治安出動の場合、自衛隊は武器を使用
 できます。また、災害の場合は流言の防止などを理由に災害が起きた被災地で報道を禁
 止まだは制限することやインターネット等の通信も同様に禁止または制限される可能性
 もあります。テロを理由とする場合は、テロの誘発の防止やテロリストの捜査等の理由
 で、報道やインターネット通信の禁止、集会の禁止等の措置がとられる可能性がありま
 す。
・自民党改憲案では、国防審判所(一種の軍法会議)が設置されるおで、戒厳司令官は、
 行政・立法だけでなく、この規定によって司法権も取得することが可能になります。
・自民党案99条3項には、緊急事態の宣告が発せられた場合、何人も、「国民の生命、
 身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に
 従わなければならない」とあります。つまり、国家緊急権は国民の人権である、生命、
 身体、財産を守るため発せられるのだから、誰の人権も制限されるというものです。し
 かし、国家緊急権は人権を守るためのものではなく、国家を守るために人権を制限し、
 または犠牲にする制度です。この、人権を守るためであるという、まことしやかなレト
 リックが憲法の案の中に使われているのです。充分注意すべきところです。
・現政権は憲法を軽視する内閣です。これは2014年に閣議決定で憲法9条の解釈を変
 更したことにも表れています。内閣にも国会にも憲法の解釈権がありますが、最終的な
 解釈権は最高裁判所にあります。内閣は内閣法制局の助言を受けて憲法解釈を行います。
 現政権は、従前の内閣と内閣法制局の解釈(集団的自衛権を否定肯定)を変更するため、
 トップを交代させて内閣法制局の解釈を変更(集団的自衛権を肯定)させ、閣議で内閣
 の解釈も変更しました。   
・それから、現政権は人権を極度に制約する法律を制定する政権です。特定秘密保護法を
 制定しました。これは国民の知る権利にも、報道の自由にも制約となりますし、何をし
 たら処罰されるのかまったくわからない法律です。これは極度い人権を制限し、人の行
 動を萎縮させます。こういう内閣に自己抑制を期待できるかと言ったら、期待すること
 はできません。
・アメリカは厳格な権力分立の制度があります。議会と大統領ですが、大統領は議会に法
 案提出権がありません。あるいは、戦争をするときは、戦争を決定するのは議会です。
 そして、軍隊を指揮するのは大統領です。権力がきちんと分立しているのです。
・これに対して、日本はどうでしょう。まず、国会は政府を統制できるかというと、日本
 はアメリカの大統領制と違って議院内閣制をとっています。つまり、国会の多数派が政
 府を形成するのです。ですから国会が政府を統制することは、ほぼ難しい。では、司法
 の統制はどうでしょうか。現在でも、法律や命令お違憲判決がめったに出ません。政府
 の行為を追認する。あるいは、憲法判断を回避してしまう。公共の福祉による人権制約
 を大きく認めてしまう。この上、さらに国家緊急権とか、憲法上の制度まで創設された
 ら、司法の政府への統制はまったくなくなってしまうでしょう。
・日本の国民の人権意識はどうでしょう。文化程度は高い国であることは間違いないでし
 ょう。ただし、独立とか、革命の歴史はありません。血を流して、自分たちの権利を勝
 ち取った歴史はないのです。そして、タテ社会とか、中央集権になじみやすい面があり
 ます。人権意識は必ずしも高いとは言えない。そうすると、立憲的コントロールによる
 復元力は、アメリカと同等のものはまず期待できないと考えられます。
・国は国だから権威があるのではなく、主権者である国民の信託を受けているから権威が
 あるのです。でも、普通は「国は国だから権威がある」と思いがちではないでしょうか。
 主権者がこの意識では、政府が一旦握った権力を離すことは大変困難だと思うのです。
・いったん国家が権力を握れば、戦争という緊急事態が去っても、新憲法が制定されて人
 権が保障されるようになっても、握った権力はもう離さないのです。今後、日本で国家
 緊急権が行使されれば、権力者が握った権力は離さないでしょう。
・では、どうすれば良いのか。憲法に国家緊急権を設けずに、法律の制度で以前に充分準
 備していく。そして、国民がやはり人権意識を日頃から高めていく努力をしていくこと、
 これが日本のとるべき道ではないかと思います。
      
コラム アメリカの国家緊急権
・実はアメリカにおいてすら、国家緊急権によって権力がいったん集中すると、これがも
 とに戻ることは困難となるのです。第二次世界大戦がはじまり、真珠湾が日本によって
 攻撃されると、ルーズベルト大統領は、西海岸にいた日系人11万人を、国家緊急権に
 基づく大統領令によって、自由行動の制限、強制退去、強制収容を行いました。このう
 ち3分の2はアメリカの市民権をもつ人たちです。しかし、このような国家緊急権の発
 動は何の合理性もない人権の過度な制限であり、明らかに権力の濫用です。ところが、
 連邦最高裁も政府に遠慮して、スパイ及び破壊妨害のおそれがあるという理由でこの措
 置を合憲だと認めてしまいました。
・また、朝鮮戦争では、トルーマン大統領は国家緊急権の大統領令を発動して、労働者の
 ストライキを封じ込めるために、全国の製鉄所の接収をしました。軍の最高指揮者の権
 限として行なったのですが、明らかに軍とは関係なく不当な目的というべきものです。
 このように国家緊急権はアメリカでも濫用されています。
・そして、第二次世界大戦が終了したら、非常事態は解除されたかというとそうではあり
 ません。その後は、社会主義国と資本主義国の「冷戦」という戦争が続いているという
 理由で、アメリカでは非常事態は持続しているとされたのです。本来アメリカの憲法で
 は、大統領は軍隊に指揮権がありますが、宣戦布告、軍隊の創設及び財政措置などの権
 限は議会にあり、権力の分立がなされています。しかし、アメリカでは、第二次世界大
 戦後は、「非常事態は継続している」という理由で、ベトナム戦争をはじめ多数の戦争
 が議会の宣戦布告なしに、大統領の単独で行われるようになりました。つまり、アメリ
 カは、大統領が戦争したいときにいつでも戦争ができる国になってしまったのです。こ
 のように国家緊急権はいったん行使されると、アメリカでさえ政府は握った権力を離さ
 なくなってしまうのです。
・報道に自由についていえば、ベトナム戦争では戦地のマスコミによる報道が国の内外で
 アメリカに対する批判を生み、世界的な規模でベトナム反戦運動が広がりました。そこ
 で、アメリカ政府は、緊急事態での報道の自由の制限を強化することになりました。   
 現在の中東での戦争はベトナム戦争の時のように戦争被害にあう一般住民の報道はほと
 んどされなくなってしまいました。このように、アメリカのように報道の自由が強く認
 められていた国でさえ非常事態を理由に大きく制限されるようになったのです。