異次元緩和の終焉 :野口悠紀雄

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2013年4月に豊田・日銀総裁が発表した「異次元金融緩和政策」。
当時、黒田・日銀総裁は、
「量的に見ても、質的に見てもこれまでとは全く次元の違う金融緩和を行なう」
とテレビカメラの前で得意気に発表していたことを思い出す。
これを「黒田バズーカ砲」などと呼んで、マスコミは盛んに取り上げた。
当時の黒田総裁は、この金融緩和により2年以内に2%のインフレ目標を達成すると、自
信満々に語った。
しかし、2年どころか5年過ぎた今も、その目標は達成できていない。
黒田総裁は、2年以内という目標を次々と先延ばしすることとなり、ついには期限そのも
のを曖昧にする始末だ。
はっきりと言うなら、この異次元金融緩和は「失敗」だったのだ。
しかし、日本の政府や官僚などの組織は、決して「失敗」とは言わない。
かつての日本軍が「撤退」を「転進」と、「全滅」を「玉砕」と言い換えたように、あの
手この手と言葉を言い換えて、誰が見ても明らかなのに、「失敗だった」という結論を先
延ばし続けている。
それだけならまだいいが、その間に、日銀が異次元緩和により国債やETFを買い続けた
ことにより、日本の国債市場や株式市場は、本来あるべき姿とはほど遠い異常な状態に歪
められてしまっている。
また日銀自身の財政も、破綻寸前の状態となってしまっている。
本来ならば、黒田総裁は、この失敗の責任を取って、とっくに辞任しているべきだったが、
驚くことに、5年間の任期を終えた後も、安倍政権によって再任されてしまった。
最初2年以内といった目標が、5年経っても達成できないのに、あっさり再任なのだ。
そもそも、こんな状態になってしまっているのは、黒田・日銀総裁だけの責任ではない。
この日銀の「異次元金融緩和」は、安倍内閣の成長戦略が軌道に乗るまでの、一時的な時
間稼ぎのためだった。
ところが、その肝心の成長殿略が、まったく見えてこない。
見えたのは「一億総活躍社会」とか「女性活躍社会」とか「人生100年時代」などのス
ローガンだけだ。
さらには「森友問題」や「加計問題」など、マイナス面ばかりが目につく。
そして、ただただいたずらに時間だけが浪費され続けていく。
株が上がった下がったと、目先のことに一喜一憂している間に、この国の借金はどんどん
積み上がり、天文学的な数字に達している。
もはや、この先、この国はいったいどうなってしまうのか、もはや誰にも、見当もつかな
い状態に陥ってしまっている。
異次元緩和の終焉、アベノミクス終焉、それはこの国の死を意味している。
この国を死に追い込んだのは誰なのか。私たちはしっかり認識しておく必要がある。


はじめに
・日銀は異次元金融緩和政策以前にも国債を購入していたが、保有額は国債総残高の1割
 程度に過ぎなかった。ところが、異次元金融緩和政策で大量の国債購入が行なわれたた
 めに、この状況が変わり、2017年5月においては長期国債総発行残高の約4割を日
 銀が保有するという異常な姿になった。
・こうして、国債市場は管理市場になってしまった。長期金利も日銀が直接コントロール
 することになっている。つまり、国債市場で形成される金利が、経済の実体を表してい
 るかどうか、分からない状態だ。金利は、本来は、経済の体温とも言える重要な経済指
 標だ。現在の日本経済の状況は、体温計が壊れてしまったので、体調がどうなっている
 のか把握ができなくなった患者のようなものだ。
・日銀の存在が巨大化してしまったのは、国債市場だけではない。株式市場もそうだ。日
 本の株式市場は、日銀のETF(上場投資信託)購入によって支えられる形になってい
 る。したがって、株価が企業の実体を表しているとは言えない状態だ。
・もう一つの問題は、銀行が日銀に保有する当座預金だ。日銀が銀行から国債を購入した
 代金は、当座預金として積まれている。これを日銀がどう扱うかが、金融機関の収益や
 金融市場に、そして経済全体に大きな影響を与えるに至っている。これまでは、当座預
 金に利子を付していた。銀行は、これによって利子収入を得ることができた。ところが、
 2016年1月に導入されたマイナス金利政策によって、これにマイナスの利子を付け
 ることとした。このため、銀行の収益が悪化した。
・金融緩和政策をやめれば、金利は自然の姿に戻る。しかも、世界的に金利が上昇してい
 る。したがって、日本でも金利が上昇する可能性が強い。金利が上昇すると、さまざま
 な問題が発生する。まず、日銀が保有している国債に巨額の損失が発生する。その額は、
 1%の金利上昇で23兆円程度とされている。長期金利が3%上昇するのは十分考えら
 れる事態だが、その場合の損失額は、69兆円という信じられないような額になる。
・問題は、それだけではない。金利が上昇すれば、民間金融期間が保有している国債にも
 損失が発生する。そして、金利上昇がもたらす最も深刻な問題は、国債の利払い費が増
 加し、その結果、財政が破綻することだ。また、物価上昇率が上がった場合に銀行が日
 銀に保有している当座預金が取り崩されることを防ぐには、当座預金に不利をしなくれ
 はならない。それは、日銀の財務を大きく悪化させる。不利をしないと、当座預金が取
 り崩されて日銀券になる。すると貨幣供給量が増加し、それによってコントロール不可
 能なインフレが発生する危険がある。    
・これまで額面より高い価格で国債を購入した結果、保有国債の償還時に10兆円程度の
 損失が発生すると予想される。これは、今後の金利動向によらず、確実に発生する損失
 だ。 
・このような巨額の損失が現実化すれば、「日銀の債務超過」という前代未聞の事態が生
 じる可能がある。中央銀行が債務超過に落ち込んだことは、これまでどこの国にもなか
 ったので、その場合に一体どのような対策を取ればよいのか、まったく見当がつかない。 
・これまだ、日銀は、「緩和政策からの出口を議論するのは時期尚早」としてきた。そし
 て、アメリカが金融緩和を停止して政策金利の引き上げに向かっているのとは逆向きに、
 マイナス金利の導入や長期金利の操作にのめり込んでいった。しかし、深刻な事態が徐
 々に認識されるようになって、さすがに「時期尚早」とばかり言っていられなくなった。 

「金融政策の死」を「経済の死」につなげぬために
・日本銀行は量的緩和政策を採用し、大量の国債を銀行から購入した。しかし、市中に供
 給されるマネーの量はほとんど増えず、物価上昇率が高まることもなかった。緩和の影
 響は、株価が上昇し、為替レートが円安になったことだけだった。 
・簡単に言えば、「量的緩和を行なっても、実態経済のパフォーマンスを改善することは
 できなかった」ということだ。したがって、2013年に異次元緩和政策が導入された
 とき、それが経済を改善しないであろうことは、ほぼ明らかだった。
・日本銀行は、金融緩和政策の中間的指標として、消費者物価上昇率を採用した。しかし、
 中間的指標としてまず取り上げるべきはマネーストック(経済に流通するマネーの量)
 だ。なぜなら、金融政策とは、マネーストックお変化を通じて、経済に影響を与えるも
 のだからだ。したがって、それが変化しないかぎり、金融政策が経済に影響を与えるこ
 とはできない。現実の動きを見ると、異次元緩和政策によって、マネーストックの増加
 率はほとんど変化しなかった。  
・一般に大きな誤解がある。それは、「マネーストック」と「マネタリーベース」が混同
 されていることだ。マネタリーベースは量的緩和政策によって大幅に増加したので、
 「異次元緩和政策によって市中におカネがジャブジャブに供給された」と言われること
 が多い。しかし、これは誤りで、市中のおカネの量は、ほとんど変わらなかったのであ
 る。「マネーストック」とは「おカネの残高」であり、マネタリーベースとは、そのモ
 トとなるものである。 
・異次元緩和政策が導入されて、円安が進行した。しかし、これは中間目標であり、最終
 目標に対してプラスの効果を持つとは言えない。円安の評価は、立場によって大きく異
 なる。日本経済全体の観点からしてそれが望ましいか否かは、大きな疑問だ。そして、
 現実は、その通りになった。円安が進んで株価が上昇したため、株式保有者の富は増加
 した。しかし、実質賃金を引き下げて、消費を停滞させた。また、そもそも円安が日本
 の金融政策によって引き起こされたかどうかさえ疑問である。  
・実質GDPの成長率は、異次元緩和政策導入前に比べて低下した。実質賃金が上昇しな
 かったのは消費者物価の上昇率が高まったからである。ところが、この状況は2015
 年ころから変化した。物価上昇率が下落した結果、実質賃金の伸び率がプラスになり、
 実質消費が回復したのだ。その大きな原因は、原油価格が大幅に低下したことである。
・つまり、日本銀行の中間目標とした物価上昇率の引き上げは、最終目標である実質消費
 に関してマイナスの影響を与えたことになる。そして、日銀の中間目標が達成されなか
 ったことによって、最終的指数が改善されたのだ。 
・2014年以降に実質消費が落ち込んだのは、消費税増税の効果だとする意見がある。
 消費税増税が影響を与えたことは否定できない。しかし、その影響は、一般的に言われ
 るほど大きなものではない。しかも、2014年の秋頃から原油価格の下落は、消費税
 増税の効果を補って余りあるほど大きなボーナス効果を日本経済に与えた。 
・異次元緩和では、残存期間の長い国債を購入した。この結果、国債購入を停止しても、
 巨額の国債が日銀に残存することとなるのだ。このため、物価上昇率が高まって金利が
 高くなった時点緩和政策を停止すると、日銀に巨額の損失が発生する。その額は、今後
 の金利動向に依存するが、数十兆円の規模となる可能性は否定できない。それだけでな
 く、額面より高い価格で購入した国債について、償還時に損失が発生する。この額は、
 これまで購入した国債だけに関しても、10兆円程度になる。これは今後の金利いかん
 によらず確定しており、日銀は避けることができない。つまり、量的緩和政策の終了に
 当たって大きな障害が存在するのだ。緩和政策からはできるだけ早く脱却すべきであっ
 て、遅くなれば不可能になる。
・アメリカのFRBは、すでに数年前に量的緩和政策を終了し、いまは政策金利を引き上
 げつつある。ECBも量的緩和政策を停止すると見られている。こうしたことを背景と
 して、世界的に金利が上昇しつつある。日本もその影響から免れることができない。
・現在の日本では、国債の利回りは、日本銀行に抑圧されて異常に低い水準に落ち込んで
 いる。それは経済の実体を表していない。株価についてもそうだ。日銀やGPIFの購
 入により、日本の株価は、企業の実体とはかけ離れた虚構の指標になっている。つまり、
 金融市場のが死んだのである。
・最近では、金融政策が効かないことから、財政政策に頼るべきだとの考えが提示されて
 いる。しかし、これによって短期的にブームを引き起こすことはできても、経済を持続
 的に活性化することはできない。持続可能な経済活性化のためには、新しい技術を取り
 入れ、産業構造を変えることによって、生産性を高めていくことが必要だ。
    
効果なしと分かっていた量的緩和をなせ繰り返したのか?
・量的緩和政策は、金融市場調整の操作目標を、金利ではなく、マネタリーベースに置く。
 具体的には、民間金融機関から国債を購入し、当座預金を増やす。こうしてマネタリー
 ベースの拡大をはかる。それがマネーストックを増やすことを期待する。
・量的緩和政策を取るのは、金利がゼロ近い水準まで低下してしまって、(マイナス金利
 を導入しないかぎり)操作の余地がないからだ。   
・量的緩和政策の直接の結果として、マネタリーベース(銀行の日銀当座預金など)は増
 えた。しかし、経済活動に影響を与えるはずのマネーストック(預金通貨など)は増えな
 かった。だから、物価にも投資にも、影響が及ばなかった。これは、緩和の規模が不十
 分だったからではない。企業の投資需要がないために資金需要がなく、したがって日銀
 当座預金が増えても銀行貸出が増加せず、信用創造過程が生じなかったからだ。
・従来の経済理論では、中央銀行が市中から国債を購入してマネタリーバースを増やせば、
 それに比例してマネーストックが増えるものと考えらえていた。しかし、そうはならな
 かった。だから、実体経済に影響が及ばなかったのも、当然のことだ。
・金融政策は過熱した経済を引き締める効果はあるが、停滞する経済を活性化する機能は
 持たない。これは、古くから認識されていたことである。   
・社会保障制度の抜本的改革は、高齢化が進む日本の最大の課題であるのにもかかわらず、
 総選挙でほとんど争点にならなかった。日本の政治家は、社会保障制度の改革なしには
 日本が存続できないという問題意識を持っていない。これは、驚くべき政治の貧困だ。
 このため、今後も社会保障支出は増大を続け、他の歳出も膨張を続ける。
・異次元金融緩和政策の効果は、次のように要約される
 ・第1に、国債を購入しても、マネタリーベースが増えるだけで、マネーストックに影
  響を与えることはできなかった。
 ・第2に、「消費者物価指数の対前年比を2%にする」という目標は達成できなかった。
 ・代に、為替レートや株価には影響を与えたが、設備投資支出を増やすことはできず、
  実質消費には、物価の上昇と実質賃金の低下を通じて、マイナスの影響を与えた。
・金融緩和政策から脱却しようとすると、巨額の損失が日本銀行に発生するのである。こ
 れは、金融緩和政策のコストと考えることができる。これからの日本は、そのコストに
 直面していくことになる。    
・「期待が経済を動かす」というのが、異次元緩和措置の基本的なメッセージだ。
・資産価格と実体経済の遊離は、2013年に顕著に進んだ。円安で株高が進んだために、
 人々の関心は資産価格の動向に集中した。そして、日本経済の実体が改善しつつあると
 いう錯覚に多くの人が陥った。しかし、実体経済は不調を続けたのである。ただし、公
 共投資が著しく増加し、また住宅の駆け込み需要があったため、それが覆い隠された。
・期待が好転すると、実体経済に何の変化がないにもかかわらず、資産価格は上昇する。
 資産価格上昇が資産に対する需要をさらに増やし、投機的な取引も増える。こうして、
 ファンダメンタルズから乖離した価格上昇が続く。これが、「バブル」だ。
・もともと、実体経済は、資産価格ほどは機体によって動かされない。そして、資産価格
 が変動しても、それとあまり関係なく決まる。また、「期待の自己増殖」といった事態
 は起こりにくい。   
・実体経済も期待とまったく無関係というわけではないのだが、実体経済を変えるほどの
 確実な期待変化を政府はつくり出すことができなかったのだ。「大胆な金融緩和」とい
 うようなムードだけでは不十分であり、信頼できる見通しと政策が必要なのだ。
・デフレ下では、いま買わずに将来買えば、価格が下がっているのでたくさん買える。だ
 から、消費者が買い控えをし、そのため、消費が伸びず、経済が停滞すると言われる。  
 この考えによれば、物価に関する期待が消費に影響を及ぼすように思われる。しかし、
 この考えは、物価に対する期待が名目金利に影響することを忘れている点で、基本的に
 誤りだ。デフレ下では名目金利が低くなり、インフレ下では名目金利が高くなる。これ
 を考慮すると、将来買うことができる量は、物価上昇率によらず一定になるのである。
・物価上昇率だけが高まって賃金が伸びなければ、労働者の実質所得は減少してしまう。
 したがって、賃金上昇率は2%以上でなければならない。では、それはどうのようにし
 て実現されるだろうか? 企業に賃上げ要請するだけではできない。賃金を上昇させる
 ためには、国内に高付加価値産業が誕生しなければならず、その方策が青陵戦略で示さ
 れなければならない。ごく一部の産業や企業で2%の賃金上昇が実現することさえ難し
 いが、必要とされるのは、経済全体としての賃金上昇率が2%を超えることだ。これが
 実現されなければ、労働者の生活は貧しくなる。
・日本の消費者物価上昇率は、これまではほとんどゼロの状態を続けてきた。それが2%
 になるというのは、大きな変化だ。他の指標が変わらずに消費者物価だけが現状から大
 きく変わることはありえない。他の指標がどう動くかによって、経済活動に多大な混乱
 が生じる危険がある。とくに大きな問題は、金利に対する影響だ。物価上昇率が上昇し
 たとき、名目金利が影響を受けないはずはない。 
・日本経済は、低い名目金利に対応した構造になってしまっているので、仮に名目金利が
 上昇すると、さまざまな面で深刻な問題が発生する。まず、金融機関が保有する国債の
 価値が下落する。日銀の保有する国債についても、この問題が生じる。

弊害の大きいマイナス金利と長期金利操作
・2014年の秋以降、世界の金融・為替情勢が大きく変化した。アメリカが金融緩和を
 終了したのに対して、日本のユーロが金融緩和を強化したからである。これによって、
 為替ルートが大きく変化した。 
・日本銀行は2014年10月末に追加金融緩和を行なった。内容は次のとおりだ。
 (1)マネタリーベース増加額を拡大し、年間約80兆円とする。
 (2)長期国債の保有残高が年間約80兆円のペースで増加するよう買い入れを行なう
    買い入れの平均残存期間を7〜10程度に延長する。
 (3)ETFについて、保有残高が年間約3兆円で増加するよう買い入れを行なう。
・分かりやすく言えば、「原油価格が下落すると日銀のインフレ目標が達成できなくなる
 ので、それを打ち消すような期待を形成するため、追加緩和する」ということである。
 つまり、「(少なくとも短期的に見れば)原油価格下落は望ましくない現象だから、そ
 れへの対抗措置を取る」ということだ。原油価格下落は、追加緩和措置をとって対抗し
 なければならないほどの「凶事」なのであろうか?   
・日本は原油の輸入国であり、その価格下落によって国全体としては、大きな利益を得る。
 実際、今回の原油価格下落は、消費税増税の効果を打ち消すほどに大きなプラスの効果
 を日本経済に与えた。そうした国の中央銀行が、原油価格下落を「凶事」と捉えて対抗
 策を取るというのは、まったく理解できないことだ。     
・日本銀行は、2016年1月末にマイナス金利を導入した。これまで日本銀行は当座預
 金に0.1%付利していたのは、日銀が国債を買い上げても銀行の収益が貼らぬように
 するためだった。ところが、マイナス金利政策のもとでは、国債を売却して増えた当座
 預金への付利がマイナスになるので、銀行は国債を売却しようとしなくなる。つまり、
 これまでのような量的緩和政策の遂行は困難になる。したがって、マイナス金利政策と
 量的緩和政策とは矛盾することになる。 
・マイナス金利政策を導入した目的は、銀行の貸し出しを促すことだとされた。しかし、
 企業の資金需要は低調だ。そもそも、資金需要がないことこそが、現在の日本経済が抱
 える問題の根源なのである。仮に企業に資金需要があったとしても、銀行の貸し付け増
 大すれば預金として戻ってくるので、余剰資金が増えてしまい、マイナス金利の下では、
 銀行の収益が悪化する。 
・日本銀行に対する信頼の低下が、長期金利のコントロールをさらに困難にする。日銀は、
 2%のインフレ目標を2年以内に達成すると約束したにもかかわらず実現できず、目標
 時期をズルズルと先延ばししてきた。しかも、その責任を、消費税増税や原油価格下落
 という外的要因に押し付けた。これは不誠実な態度だと言わざるを得ない。その結果、
 日銀に対する信頼が大きく低下した。
・日本の銀行は、大きな構造問題に直面している。貸付金利がゼロ%に収斂し、銀行にと
 っての主要な収益である資金運用収益が、ゼロになる可能性があるのだ。そうなれば、
 銀行のビジネスモデルの基幹が崩壊する。 
・重要なのは、マイナス金利が貸し出しを増やす効果を持たなかったことだ。マイナス金
 利導入の目的は、貸し出しを増やすことだとされていた。しかし、貸出金利が下がった
 だけで、貸し出しは増えなかったのである。住宅ローンは増えたが、相続税増税の影響
 でアパート向け融資が増えたことの影響は大きい。  

評価(1) 物価上昇率目標は達成できず
・経済を活性化するために必要なのは、物価上昇率を引き上げることではなく、別の方策
 を考えることである。実質消費を増加させるには、むしろ、物価上昇率を引き下げるこ
 とが必要だ。そして、経済構造の面で重要なのは、新しい技術の導入に関する条件を整
 備することだ。物価上昇率の目標に固執して本当に重要な成長促進策を取ってこなかっ
 たことこそが、大きな問題なのである。
・日本銀行は、「2013年4月に異次元金融緩和を導入したときには、「2年以内にイ
 ンフレ率を2%にする」と約束した。それが実現できないとなると、目標時点を変えて、
 「15年中に」とし、それができないとなると、「16年前半」とし、「18年度に」
 とした。そして、17年7月には、「19年度ごろ」に先送りした。これでは「いつか
 は達成できる」ということになってしまう。言うまでもないことだが、達成すべき目標
 を掲げても、達成すべき時点を曖昧にして、「いつかはできる」と言うのでは、そもそも
 目標を立てる意味がなくなる。さらに、「エネルギー関係は除く」ということになれば、
 「不都合なデータを除けば」ということになってしまう。「目標を入れ替えれば、新し
 い目標は実現されている」という類いの論法がルール違反であることは、小学生でもわ
 かる。それが許されるなら、すでに実現できている指標を取り上げ、それを新しい目標
 にすればよい。そうすれば、どんな目標でも達成できる。  
・もし目標の入れ替えが行なわれるような事態になれば、中央銀行に対する信頼は大きく
 傷つくことになるだろう。民間企業が利益目標を達成できないので会計操作で利益を水
 増しすれば、市場に対する背信行為になる。「データを入れ替えて目標が達成できたこ
 とにする」という方法は、基本的にこれと同じものだ。日本人は、そんな姑息な手段で
 騙されるほど知能程度が低いわけではない。もしそれで国民が納得するであろうと考え
 ているのなら、それは、国民を愚弄するものだ。 

評価(2) 消費を増やさず、格差が拡大した
・名目所得が所与の場合、物価が上昇すれば、実質所得は減少する。そして、実質消費は
 実質所得によって決まるので、実質消費を減少する。「実質消費の動向は実質所得の動
 向で決まる」というごく当然のことである。 
・政府・日本銀行は、「インフレターゲット」を経済政策の目標に掲げている。これは、
 「消費者物価上昇率が高ければ、人々のデフレマインドが払拭され、経済活動が活発化
 し、経済が活性化する」との考えに基づくものだ。しかし、現実には、そうしたことは
 生じていない。実際には、まったく逆のことが生じている。物価上昇率が高まれば実質
 消費が減少し、低ければ増加しているのである。つまり、「インフレターゲット」とい
 う考えは間違いである。 
・消費者の立場から見れば、原因が円安であっても消費税の税率引き上げであっても、物
 価が上昇すれば同じように実質消費を減らす。だから、一方で「消費税増税で景気が落
 ち込んだ」と言い、他方で「消費を喚起するためにデフレ脱却が必要」と言うのは、矛
 盾している。 
・なお、株価が上昇したとき、資産効果によって消費が増えるとしばしば指摘された。確
 かに一部はそうした影響もあったかもしれない。しかし、全体としての消費支出に影響
 を与えるほどの規模のものではなかった。つまり、「株価が上昇すれば経済が潤う」と
 いう「トリクルダウン効果」はなかったのである。 
・円安は日本経済に何をもたらしたのか?円安になることによって期待されていたのは、
 輸出が増大することだった。しかし、これは、実現しなかった。「教科書に書いてるこ
 と」とは、正反対のことが起きたのだ。輸出企業の価格付け行動を考えると、このこと
 は別に不思議ではない。
・輸出数量が増えなかったので、下請け企業に対する発注も増えなかった。下請け企業、
 とくに零細企業の売上高は増えず、利益はむしろ減った。そして、零細企業は人件費を
 減らすことで利益の減を防いだため、さらに賃金の下落を招いてしまった。ただし、円
 安は日本の輸出産業の利益を増やした。ドル建ての現地価格は変わらず輸出量も変わっ
 ていないので、売上高はドルベースでほとんど変化しなかった。一方、円安になった分
 だけ、円換算利益は増えた。利益が増えたことで価格を上昇した。しかし、起きたのは、
 それだけのことだ。 
・2012年夏頃から現在までの間に、実質GDPは、ほとんど増えていない。一般には、
 それに先立つ円高期において日本経済が停滞し、その後の円安によって日本経済が活性
 化したと考えられている。しかし、実際には、まったく逆のことが起こったのだ。 
・円安期よりも、円高期のほうが経済は成長する。それは物価が下がり、実質所得が増え
 て実質消費が増えるというメカニズムが働くためだ。 
・円安が進んでからの大きな変化の一つに、訪日外国人観光数が大きく伸びたことがある。
 外国人観光客が増えたのは、日本旅行が割安になったからだ。
・外国人旅行者の場合には、円安になったことは、日本に来ることが従来より安くなった
 ことを意味する。つまり、日本の観光を安売りすることによって、輸出数量増加に相当
 することが増えたのだ。
・外国人観光客が増えて喜ぶ人が多いのだが、それは安売りをしたからなのだ。ドルで見
 てこれまでより儲けが少なくなったから、観光客が増えたに過ぎない。 それ自体が悪
 いことではないが、外国人が日本に来やすくなったということは、日本人は外国に行き
 にくくなったということだ。この点を忘れてはならない。 
・原油価格の下落は、消費税引き上げと同じ程度の大きな効果をもったはずのものである。
 それにもかかわらず実体経済が停滞するのは、そのかなりの部分が、企業貯蓄に吸収さ
 れてしまったからである。このような状況に対してよくなされる議論は、「利益増加の
 成果を賃金に回すべきだ」というものだ。事実、安倍内閣は、このような考えに基づい
 て、春闘に介入して企業に賃上げを要請してきた。 
・では、春闘によって賃金を引き上げれば、全体の賃金は上がるのだろうか?そうはなら
 ない。企業が採算を無視して賃金を引き上げれば、つぶれてしまう。人件費にしても設
 備投資にしても、企業は、利益最大化に役立つかぎりにおいて支出するだ。 だから、
 政府が行なうべきは、企業がそのような行動を取れるような経済環境を整備することで
 ある。
・企業の現金・預金保有が増えるのは、投資の収益率が低いからだ。このため、金融緩和
 しても経済効果がない。マイナス金利にすれば実物投資が増えるかといえば、そんなこ
 ともない。投資の収益率が高くなく、リスクが大きい状況では、投資をすれば損失が拡
 大する危険が大きい。 
・売上高が伸びないのは、基本的には消費支出が伸びないためである。「投資が投資を呼ぶ」
 というのは、高度成長期の現象であって、現在の日本にはあてはまらない。将来に向け
 ても売上高が増大すると期待できないので、企業は、設備投資を行なって供給能力を増
 大させようとは考えない。 
・「内部留保を溜め込むのではなく、それを設備投資に用いるべきだ」とよく言われる。
 しかし、将来の売上増が期待できないのに設備投資をすれば、過剰設備を抱えてしまう。
 むしろ必要なのは、法人税を増税して消費税の減税を行なうことである。法人税を増税
 しても、企業の貯蓄を減らすだけだから、株価を下落させることにはなるが、総需要を
 減少させることにはならない。しかも、最近における利益増が、円安や資源価格の下落
 という他力本願的な原因で増えていることからも、正当化されるだろう。 
・問題は、日本の政治が法人税増税を行なう体質になっていないことである。とりわけ、
 現在の自民党内閣は「株価連動内閣」と言われるほどだから、こうした政策を行なうは
 ずがない。本来は、労働者の立場から議論が起こるべきだが、そうした利害を代弁する
 政治勢力が存在しない。日本経済が停滞から脱却できないのは、このような政治的構造
 に大きな原因がある。 
 
世界は金融緩和政策からの脱却を目指す
・アメリカの金利が上昇して新興国から資金が流入すれば、新興国で金利が高騰する危険
 がある。先進国では、イタリアで金利が上昇している。では、日本では金利が上昇する
 可能性はあるだろうか?日本の10年国債の利回りは、大統領選挙前はマイナスだった
 が、選挙後プラスとなった。 アメリカの場合に比べれば上昇幅は小さいが、マイナス
 がプラスに転じたことの意味は大きい。
・金利上昇は、日本経済にとってきわめて恐ろしい事態だ。財政状況がギリシャ並みに悪
 く、イタリアよりはるかに悪いからである。これまで日本は、ガラスの上を歩んできた。
 この状態が攪乱されると、さまざまな深刻な問題が発生してしまう。
・金利の上昇を抑えるためには国債購入を増やす必要があるが、それが実行できるだろう
 か?他方で、物価が上昇すると、日本銀行が緩和政策を続ける理由がなくなる。むしろ、
 緩和政策から脱却を図る必要がある。しかし、それは、金利抑制と相反する。今後、こ
 の問題への判断がますます必要になる。
・2013年4月に約束された2%インフレ目標が実現できなかったことは間違いない。
 つまり、簡単に言えば、異次元金融緩和政策は失敗したわけだ。もっとも、当初の約束
 は、いま明らかになったことではない。2016年3月時点で、約束が達成できなかっ
 たことを認めるめきだった。これについては、単に「失敗した」という以外に言いよう
 はないはずだ。ところが、総括検証では、達成できなかった理由として、原油価格が下
 落したことなどを挙げている。しかし、これは言わずもがなだ。こう言えば、かえって
 余計な批判を招くことになる。 なぜなら、約束されていた目標は「コア物価上昇率」
 についてであって、「エネルギーを除く消費者物価上昇率」についてではなかったから
 だ。 
・原油価格は、日本の消費者物価に影響を与える夫も重要な要因になる。それが下がれば
 物価も下がるのは、当然予想されることだ。だから、もしそれを除くべきなら、最初か
 らそのような物価指数とすべきであった。ただし、そうしても、2%目標が達成されて
 いるわけではない。今になって原油価格の重要性に気付いたのだとすると、物価に影響
 を与える最も重要な要因を見逃していたということになる。しかも、今になって勝手に
 目標を変更してしまうのでは、ルールを途中で変更することになる。それでは、誰も約
 束をまともに信じてくれない。 
・さらに悪いことに、総括検証では、インフレ目標を撤回したのではなく、達成期限を曖
 昧にした。言うまでもないことだが、「いつか達成する」とすれば、いつになっても失
 敗にはならない。達成時点が100万年後であっても許されるからだ。そのような約束
 では、達成できるかどうかをいつになっても判定することができない。だから、期間を
 曖昧にするのでは、どんな目標を立てても無意味になる。 
・日本銀行の異次元金融緩和政策は、マクロ経済への影響という点では、効果がなかった。
 日銀当座預金が増えただけで、経済に流通するマネーストックがほとんど増えなかった
 からだ。しかし、まったく無意味だったかと言えば、そうではない。国の負担を軽減す
 るという点では、大きな意味があった。 
・日銀は国の機関ではない。しかし財政的な観点から言うと、国と日銀を一体と考えてよ
 い。なぜなら、日銀が得た最終的な利益は、準備金や出資者への配当に充当されるもの
 を除き、国庫に納付されるからだ。こうして、国から日銀に支払われた利子は、結局国
 庫に戻る。 
・弊害が目立つ半面で実体経済を改善しない異次元金融政策からは、一刻も早く脱却すべ
 きだ。このままでは、市場の国債はさらに減少し、国債市場は異常に歪む。国債入札で
 応札額が入札予定額に満たない「札割れ」といった事態も頻発するだろう。 
・日本銀行がこれまで出口論議を回避してきたのは、2%のインフレ目標が達成できずに
 脱却すれば、「異次元緩和は失敗」ということになってしまうからであろう。しかし、
 物価は原油価格など日本の金融政策と無関係の要因によって強く影響される。だから、
 インフレ目標にこだわるべきではない。 
・むしろ、インフレ目標が達成できてからでは、緩和政策ならの出口が閉ざされてしまう
 危険が大きい。この問題に対処するには、物価上昇率が低いうちに緩和政策から脱却す
 ることが必要だ。傷が浅いうちに撤退しなければならない。その場合に重要なのは、市
 場との対話だ。 
 
出口にたちふさがる深刻な障害
・長期金利が1%上昇した場合、日銀が保有する国債の評価損が23兆円程度に達する。
 金利上昇幅が2%であれば、46兆円ということになる。仮に日銀の目標どおり消費者
 物価上昇率が2%に上昇した場合には、短期金利も2%以上になるだろう。長期金利は
 それより高くなるので、3%になる可能性が十分ある。仮に3%だとすれば、保有国債
 の評価損は、69兆円という驚くべき額になる。 
・どの国も、インフレの時代を経験している。よく知られているのは1923年のドイツ
 で、インフレ率は年率200億%をはるかに超えた。日本では1945年の年率568
 %のインフレ率が最高だ。 
・現在の日銀法には、日銀が債務超過に位置行った場合の対処法が規定されていないので、
 どうしたらよいのかの目安もない。また、中央銀行が債務超過になるのは前代未聞のこ
 となので、参考にすべき事例もない。可能性としては、第一に、政府による資本注入が
 考えられる。しかし、これには強い反対が予想され、政治的にきわめて難しいだろう。
 必要額が巨額であるし、債務超過に陥る直接的な原因が、付利と高値の国債購入を通じ
 て銀行に利益を与えたことだからだ。第二の方法は、債務超過を放置することだ。そし
 て時間をかけてバランスシートが正常に戻るのを待つ。しかし、この期間において日銀
 券に対する信頼が崩壊する可能性はきわめて高い。どちらにしても、問題は深刻だ。
・日本銀行の損失がどの程度の規模になるのかは、脱却時のインフレ率や金利に依存する。
 評価損や付利が巨額になるのは、金利が上昇するからだ。いますぐ脱却すれば、インフ
 レ率を低いままだから、金利もそれほど上がっていない。付利するにしても、必要額は
 少なくて済むだろう。確実に生じるのは、約10兆円の償還損だけだ。  
・マイナス金利の導入前に脱却したのであれば、償還損も少なくて損だはずだろう。マイ
 ナス金利を導入せずに、金融緩和政策から脱却すべきだったのだ。逆に、今後も高値で
 国債を購入し続けていけば、損失はさらに膨らむことになる。 
・現時点で取りうる最善の策は、できるだけ早く金融緩和から脱却することである。2%
 インフレ目標が達成される前に、つまり傷が浅いうちに、金融緩和から脱却することだ。
・日本では、長期金利を政策的に抑圧している。とくに、2016年9月に金利政策に転
 じて以降は、そうだ。だから、これを解除すれば、長期金利は上昇する可能性が高い。
 では、どの程度の金利上昇が予想されるのか?金利はさまざまな経済変数と関連してい
 るので、金利だけを取り上げて量的に正確な予測をするのは難しい。第一には、物価上
 昇率との関係だ。仮に、日銀が目標とするインフレ率2%が実現されれば、名目の短期
 金利は2%以上に上昇する。経済が正常な状態であれば、イールドカーブは右上がりに
 なるので、長期金利はこれより高くなる。たとえば、10年債利回りが3%程度になる
 ことは十分考えられる。
・金利上昇によって、日本銀行や民間金融機関が保有している国債の価格が低下する。政
 府の利払いが増加する。直ちには生じないが、新規債と借り換え債によって徐々に高金
 利に置き換わる。 
・日本が金融緩和を停止すると短期金利が上がるので、日米の金利差が縮小する。これで
 円高になる可能性がある。為替レートの変化で影響を受けるのは、物価上昇率だ。円高
 が進み実質賃金が上昇すれば、経済の好循環が生じる。実質消費の伸びは、円高期のほ
 うが高かった。この状態に戻ることが期待される。 
・為替レートが貿易量に直接に大きな影響を与えることはないだろう。輸出量は、為替レ
 ートより世界経済の動向で決まる。実際、2017年の輸出の増加は円高の中で起きた。
 しかし、円高は、輸出産業の円建て売上高を縮小させることにより、利益を減少さえる
 可能性がある、それは、株価にもマイナスの影響を与えるだろう。 
・もともと金融緩和政策は、最初の取りかかりであり、それに構造改革政策が準備される
 ための時間稼ぎと位置づけられていた。金融緩和だけで日本経済が改善することはもと
 もと考えられていなかった。したがって、緩和政策を終了して、実体経済が大きく落ち
 込むという事態にならなくても、不思議はない。むしろ分配状態を改善する可能性のほ
 うが強い。
・なお、日本が金融緩和から脱却して金利が上昇しても、必ず円高になるわけではない。
 為替レートは金利差だけで決まるものではないからだ。  
・金融緩和政策から脱却すると、株価が下落する危険がある。緩和から脱却できない大き
 な理由は、この懸念があるからだ。もっとも、金融緩和からの脱却が必ず株価の下落を
 招くわけではない。日本の場合に下落する可能性が高いのは、輸出産業の利益が為替レ
 ートによって大きく変動するからだ。 
・株価を決めるのは、本来、現在の利益というより、将来にわたっての利益の成長の見通
 しである。日本でも、長期にわたる安定的な株価の上昇を望むのであれば、金融緩和の
 継続を望むのではなく、実体経済の強化に努めるべきだ。また、生産拠点の海外移転な
 どによって、為替レート変動への耐性を強めるべきだ。なお、日本の場合は、すでに日
 銀が大量のETF購入を行なっており、これが株価を支えているという特殊事情がある。
 ETFを通じる株式購入によって、日本銀行の推定保有残高は17兆円を突破し、日本
 株保有額で第3位に急浮上した。2016年では、個人株主による日本株の売り越しに
 対して、日銀が受け皿になったとみられる。だから、金融緩和政策から脱却すれば、そ
 の支えが失われて、株価が急落する可能性は大いにある。
・中央銀行が株式市場の中でこのように大きなシェアを占めれば、株価は企業の実体を上
 回って嵩上げされる。それは、麻薬やカンフル注射によって痛みを抑えているのと同じ
 ようなことで、とても正常な状態とは考えられない。いずれは是正されて、株価が企業
 の実体を表す正常なものに戻らなければならない。 
・2017年度の国の一般会計において、国債の利払い費などは9.2兆円で、一般会計
 予算総額97.5兆円の9.4%を占める。2017年度以降において、新規国債と借
 換え債の平均利回りが一挙に3%になるとしよう。その場合には、17年度の利払い費
 は、予算額より約1.6兆円増加して10.8兆円となる。そして、2022年度にお
 ける利払い費総額は27.4兆円と、2017年度予算の3倍近くになる。 
・話はこれで終わらない。国債残高の増加に伴って、利払い費は、それ以降も増加を続け
 る。新金利が3%の場合、2023年度における利払い費は30兆円を超える。つまり、
 現在の予算総額の3分の1程度になるのだ。これは、「悪魔のシナリオ」としか言いよ
 うがない。なお、以上のほかに債務償還費もあることを忘れてはならない。債務償還費
 は、2017年度で14.4兆円、一般会計予算総額の14.7%を占める。これを加
 えれば、国債費は、現在の予算総額の半分程度になるのだ。財政再建ができないどころ
 の話ではない。これは、財政破綻以外の何ものでもない。 
・日本の財政は、これまでデフレと低金利によって利払い費を圧縮できたために、かろう
 じて存続しえたのだ。金利が正常な値に戻れば、利払いだけで到底もたなくなる。
・財政支出には、年金以外にもインフレスライドするものが多い。多くはサービス価格に
 連動する。サービス価格上昇率は消費者物価総合指数の伸び率が2%になれば、財政支
 出の増加率も2%より高くなる可能性が高い。  
・金利が上昇すれば、国債の利払い負担も増加する。こうしたことから、財政支出伸び率
 は2%をかなり超えるだろう。もちろん、物価上昇率が高まれば税収も増える。しかし、
 現在の日本では、税収は歳出の半分程度しかない。したがって、消費者物価上昇率が高
 まると、財政赤字はかなり拡大するのである。このため、国債発行が増大し、それが金
 利高騰をさらに加速させる。 
・過去20年程度の日本の財政は、低インフレ率、低金利という基本条件のもとでやっと
 維持しえたのだ。その条件が崩れてしまうと、現在でも危機的な状況にある日本の財政
 がどうなるのか、想像もできない。 
・物価は、実体経済の動きに対応して決まるものだ。物価のみを実弟経済から離れて動か
 すことはできない。仮に実現したとしても、経済が大混乱に陥る危険が高いのだ。
・これらは、いずれは、生じる問題である。これまで金利を抑圧することによって表面に
 出てこなかっただけのことだ。問題の根源は、金融機関の収益性の問題であり、政府の
 財政構造の問題である。必要なのは、それらに対処することだ。

本当に必要なのは構造改革
・金融政策や財政政策などのマクロ経済政策は、もともと、経済の一時的な変動に対処す
 るためのものであり、潜在性料率そのものを永続的に高めることはできない。生産性を
 高め潜在成長率を高めるためには、新しい技術を取り入れ、産業構造を改革することが
 必要である。
・金融緩和政策は、結局のところ、株価を上昇させただけで、実体経済を活性化すること
 はなかった。日本経済が抱える問題は、金融緩和で解決できるものでないことが明らか
 になった。 
・しかし、日本では、マクロ経済政策によってすべての経済問題が解決できるような錯覚
 に陥っている人が多い。日本経済が現在直面している問題は、マクロ経済政策によって
 対処できるものではないことを認識すべきだ。「金融緩和政策を行なえば経済が好転す
 る」というのは、幻想に過ぎない。金融緩和は偽薬に過ぎず、現実の経済活動をなんら
 改善しないのだ。 
・それにもかかわらず、日本では、この数年間、金融緩和政策に大きな関心が集まった。
 そして、それによって日本経済の問題が解決されるような錯覚に、多くの人が陥った。
 その結果、解決すべき問題に手がつけられることがなく、時間が経過した。日本は、貴
 重な時間を無駄にした。 
・2016年5月に開かれたG7において、日本は国際的な協調のもとに財政拡大を行な
 うことを提案した。しかし、それに対して賛同を得ることはできなかった。それは当然
 のことである。なぜなら、世界の先進国が直面する問題は、財政拡大によって解決でき
 るような性質のものではないからである。現在の状況は、潜在成長率の低下によっても
 たらされるものだ。 
・財政拡大はGDPを拡大する効果と同時に、為替レートを円高にする効果もあることに
 注意が必要である。政府の目的が円安誘導であることを考えると、財政拡大はむしろ逆
 の効果をもたらすことになる。円高になった場合、製造業では利益が減少するし、観光
 業では外国人観光客が減少して売り上げが減少する。一方、公共事業の増加によって利
 益を受けるのは建設業であって、製造業や観光業に対して、財政拡大は助けとはならな
 い。したがって、経済的な観点から見ても、財政拡大は問題を抱えている。 
・労働力の減少を考えると、日本経済に残された時間的余裕はあまりない。このことは、
 安倍晋三内閣の発足当初から意識されていた。それにもかかわらず、今に至るまで、長
 期的な構造改革政策が行なわれていない。財政的について言えば、社会保障制度の見直
 しが放置されたままである。 
・日本経済の現状は、金融緩和では改善できない。経済成長を実現するには、構造改革し
 かない。成長を実現するには、規制を緩和して日本の産業構造を大きく変え、新しい産
 業を成長させることが必要だ。中国をはじめとする新興国の工業化により、製造業にお
 ける日本の優位的地位は、継続できなくなった。 
・製造業が放出する雇用を引き受けてきたのは、小売り飲食店などの低生産性サービス業
 であった。しかし、製造業が高生産性産業であるのに対して、これらのサービス産業は
 生産性が低いので、このような産業構造の変化によって、経済全体の平均賃金は下落し
 た。今後、生産拠点の海外移転が加速することにより、この傾向はさらに進む。
・この状態を変えるには、生産性の高い新しいサービス産業の成長が必要だ。安倍信三内
 閣の成長戦略の基本は、製造業の復活を目的としている。しかし、新興国が工業化した
 現代の世界で、これは時代遅れの発想だ。90年代以降の英米経済の成長は、先端的な
 サービス産業が成長することによってもたらされた。日本もその方向を目指す必要があ
 る。日本国内において高度なサービス産業を発展させ、雇用を創出することが、今後の
 もっとも重要な課題だ。  
・いまアメリカでもっとも時価総額が大きいのがアップルで、2番目がグーグルだ。どち
 らも20年前には存在しないか、吹けば飛ぶような会社だった。電気自動車メーカーの
 テスラ・モーターズは、時価総額でゼネラル・モーターズを抜き、時価総額の全米首位
 の自動車メーカーとなった。アメリカの産業構造には、非常に大きな変化が起きている
 のだ。では、日本はどうか。ソフトバンクを除けば、時価総額上位は20年前とほとん
 ど変わっていない。日本では、産業構造の転換も、経済をリードする企業の交代も、起
 きていない。
・日本は、産業構造改革という手術をせずに、円安という麻薬を飲んでごまかしてきた。
 それが、ついにごまかしきれなくなった。20年間対処を怠ったことが、経済条件の変
 化で待ったなしになったのだ。 
・ドナルド・トランプ米大統領の政策は、アメリカ第一主義、保護主義であり、グローバ
 ルリズムでなく、内向きだと、新聞の社説や識者などによって指摘されている。これは、
 世界のためにならないだけでなく、アメリカのためにもならないという指摘だ。この指
 摘は正しい。これに対して日本はどう対処すべきか。まず、トランプ大統領に対して、
 保護主義はアメリカのためにならないと教えるべきだとされる。さらに、他国を説得し、
 アメリカの政策を転換させるよう行動を起こすべきだとされる。この指摘も、まったく
 そのとおりである。ただし、必要なのはそれだけではない。同じように重要なのは、わ
 が身を振り返ることだ。日本が国際世論に訴えようとしても、現状のままでは、まった
 く説得力がない。なぜなら、トランプ大統領が主張するのと同じ政策を、日本はずっと
 以前から実行しているからだ。その政策は、世界のためにならないだけでなく、日本国
 民のためにもならない。 
・アメリカ政府は、対日貿易赤字の削減に向けて、日米2国間の貿易交渉を議題にするよ
 う強く要請している。日本側は、2国間交渉には応じられないとの立場だが、貿易不均
 衡問題が経済対話の主要な論点になることは避けられまい。 
・日米経済関係で本当に重要なのは、農業だ。仮に日米2国間のFTA(自由貿易協定)
 交渉になれば、農業分野でTPPを上回る自由化を求められるのは確実と考えられる。
・トランプ大統領の支持者には、製造業の労働者だけでなく、農業従事者もいると言われ
 る。アメリカが農業分野を対話の枠組みに含めるよう求めてきた場合、日本側もこれま
 での方針の再検討を迫られる可能性がある。  
・自由な貿易が世界経済の発展のために重要であることは間違いない。それは輸入する側
 にとっても、輸出する側にとっても等しく言えることだ。農業分野だけがその例外とい
 うことはありえない。 
・自由な貿易の制限がアメリカにとって望ましくないという批判はまったく正しい。そし
 てその論理は、日本の農業についても等しくあてはまる。日本が農産物について輸入を
 制限しているのは、明らかに日本の国民にとって望ましくないことだ。 
・一方において自動車を輸出するために「自由貿易が必要」と言い、他方において国内農
 業を保護するために農産物に高率の関税を課するのでは、まったく矛盾したメッセージ
 を世界に向かって発することになる・それは、信頼性のあるメッセージとは受け取られ
 ないだろう。 
・農業関係者にとっては、輸入阻止こそが最大の目的だ。生産規模を拡大したり生産性を
 上げたりすることは、二の次である。国内の消費者に高い食料費を強いることなどは、
 少しでも問題視されていない。農業の保護には、農業生産者の保護という以外の理由は
 見当たらない。日本の消費者が農業保護政策から被害を受けていることは、食料品の価
 格が高いことを見れば、明らかだ。農林水産省は、食糧自給率の引き上げが必要だとす
 る。これは保護主義以外の何物でもない。それに対して、報道機関から反対はおろか、
 疑問視する声さえ上がらない。
・「自給率を高めることは必要だ」という論理は誤りなのだ。「食料安全確保のために自
 給率向上が必要」とされるが、天候不順などによって引き起こされる食料不足問題に対
 する最も基本的な方策は、輸入自由化を進めて、供給地を分散させることである。もち
 ろん、自由貿易によって、自動的にすべての国民が利益を得るわけではない。国内の消
 費者は利益を得るが、国内の生産者は損失を被る。しかし、国全体としてパイ全体が大
 きくなっていれば、利益を受けた集団から損失を受けた集団への補償が可能だ。それが
 実施されれば、すべての人が貿易自由化の恩恵を享受できる。関税で輸入を制限するの
 ではなく、輸入は自由にして、補助金を支出するほうがいい。 
・トランプ大統領は、メキシコなどに移転した工場から輸入する製品に35%の関税を課
 すべきだと主張している。これに対する批判的な論説が、日本の新聞に載った。しかし、
 日本でも、生産拠点が海外に移転することは、望ましくないとされている。そして、工
 場の国内立地を促進するのが地域の雇用創出につながるとして、望ましいとされる。こ
 れは、トランプ大統領が工場のメキシコ移転を防ごうとしているのとまったく同じ発想
 だ。 
・トランプ大統領は、移転に対して抑制的な姿勢を表明している。これに対しても批判が
 多く、その批判は正しい。ただし、明白に禁止しようとしているのは、違法移民だ。そ
 れに対して、日本は、移民そのものに対してきわめて抑制的な政策を続けている。