閉塞経済   :金子勝

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現安倍政権は、「アベノミクス」政策と称して、日銀に異次元の量的金融緩和を行わせて、
市中にジャブジャブお金を流し続けている。インフレターゲットにより、物価を2%上昇
させ、これによりデフレからの脱出を目指している。この1年間を見れば、今のところそ
の政策は、成功しているとの評価が出ているようだ。しかし、この先も、このまま成功を
続けられ、デフレから脱出できるのか。
この本によれば、量的規制緩和や公共事業による経済政策は、今までにも何度も試みられ
おり、その度に失敗に終わり、財政赤字を増やすだけだったとのこと。量的金融緩和によ
って、一時的には経済が良くなるように見えるが、バブルを引き起こすだけで、根底にあ
る問題を解決しない限りは、元の状態に戻ってしまう、もしくはさらに悪化するとのこと。
今回も、アベノミクスが1年が過ぎたあたりから、この政策の成功について、懐疑的な見
方が出始めている。今や日本経済は、待ったなしの状態である。もし、このアベノミクス
が失敗に終われば、日本は大変なことになる。イチかバチかのカケは、1年前に始められ
てしまっている。いまさらもう引き返せない。なんとかうまくいってほしい。祈るしかな
い。

戦後最大の米国不況をどうとらえるか
・少なくともこの約40年ちかくの時代を「金融資本主義」の時代と呼んでいいでしょう。
 お金がお金を生む経済、それはある意味で、究極の資本主義経済の姿なのかもしれない。
・お金は、もはやモノやサービスの価値を計ったり、それを流通させたりするためだけの
 手段ではなくなりました。あるいは節約してお金を貯めて、物作りに投資したり将来に
 備えたりする手段でもなくなりました。もはや、この時代ではマックス・ウェーバーの
 いう節約と勤労の精神は美徳ではありません。むしろ、お金を眠らせておくことが悪徳
 となったのです。政府という存在そのものも含めて、お金の動きを邪魔するものは、
 すべてが悪となりました。
・お金は信用という仕組みを最大限利用して動くようになり、時間を超えて未来を取引す
 るようになりました。そのために、未来の利益を先食いしたり、未来のリスクを回避す
 るための証券がつぎつぎと作り出されました。資本主義が本性的に持つ欲望の開放への
 衝動は、時間という制約をも越えようとしています。そうすると、人間の持つ未来への
 「期待」が、その取り引きを動かすようになります。儲けるには、人間の「期待」が集
 まるところに、みんながお金を集めることです。そして現実に、人間の「期待」が集ま
 るところにお金が集まるようになります。その結果、資本主義経済はバブル病にとりつ
 かれ、バブルとバブル崩壊を繰り返す時代が訪れました。金融革新が行われては信用バ
 ブルが起きて、やがてそれが崩壊していく。その繰り返しが続きます。
・国際協調による通貨供給が行われてきてために、いまや世界は膨張した投機マネーであ
 ふれています。すでにパンドラの箱は開けられています。行き場を失ったお金が、利益
 を求めつぎつぎと投資先に金融商品を作り出していきました。
・金融自由化は欲望の猛虎たちを檻から解き放つ一方で、お金がお金を生んでいく経済は、
 世界でも一国の中でも、ものすごいスピードで格差を拡大させてきたからです。しか
 もいまや余った投機マネーは石油や食料も投資対象とし、莫大な利益を得るために人々
 の生活などお構いなしにエネルギーや食料価格の高騰をもたらしています。「金融資本
 主義」は、巨万の富を得るごく少数の者たち、そのおこぼれにあずかる資産を持つ中間
 層たちを生む一方で、決まった職業も生活するのに十分な収入も持たない者たちを大量
 に作り出しました。そしてお金がひとり歩きする経済は、食べるものさえ確保できない
 人々を世界中にあふれさせているのです。それは人間の社会の存立そのものを脅かすよ
 うになっています。
 
バブルの経済学
・お金が自由に動き回るようになったそもそものきっかけをさかなぼっていくと、変動相
 場制への移行に突き当たります。それが背景となって、世界的な規模で金余り状態を生
 み出しました。ところが、ほとんどの経済学者は、「変動相場制は、為替が自由な取引
 になるから、資金の配分の効率性を高めて、金融制度が効率化していく」という説明を
 します。本当は、通貨の供給量に対する歯止めが何かないと、お金はどこまでも余って
 いってしまいます。 
・世界経済が不安定になったり、大きな出来事があると、主要先進国の中央銀行が協力し
 て金融緩和をおこなうようになりました。マネーをジャブジャブ流すことによって金融
 市場を救おうとします。量的な緩和だけでなくて、時には金利も下げる。要するに、儲
 からないマネーがたくさんあふれると、儲かるところを作ろうとして動くわけです。実
 はこういうことを繰り返しているうちに、世界中が金余り状態になり、「過剰流通性」
 が生じてしまいます。余ったマネーはどこに行くのか。ほかに投資先がなければ、株や
 土地や住宅という資産に向かいます。株価が落ちれば、土地や住宅。土地や住宅が落ち
 れば、株というように、それらの価格を吊り上げにかかります。みんなが「上がるぞ」
 と思った瞬間に、バブルが始まってしまうわけです。そういうことを繰り返す時代に入
 ってしまったのです。
・先進諸国において成長率が落ちてくるということは、国内では投資機会が減っていく、
 お金が余っていくということになります。その結果、お金が新興工業国に流れて、国内
 ではバブル経済をする以外に、高成長を確保できなくなります。
・主たる景気対策として金融緩和政策が用いられ、資産市場でバブルを生じさせるという
 ことを繰り返すようになります。そしてバブルが崩壊するために、国際的に協調して金
 融緩和をする。するとまたお金が余って次のバブルを探す。そういう悪循環から抜け出
 られなくなっていく。
・国債をどんどん出して大幅な財政赤字になると、その分、資金需要を増やすわけですか
 ら、将来的にマネーサプライ(通貨供給量)が変わらなければ、金利がどんどん上がっ
 ていって結果的に景気刺戟効果がなくなる。もしマネーサプライを増やしても、短期的
 には景気を刺戟するかもしれないが、しだいに物価上昇がひどくなってしまう。
・資本移動が自由な開放体系下では、財政赤字をたくさん出すと、金利が上がって為替レ
 ートが上がってしまうので、輸出が伸びなくなりまた景気が悪くなってしまう。それに
 対して金融緩和をすれば、金利が下がるので為替レートも下がり、輸出にプラスに動く。
・バブルの崩壊が何度か繰り返されるうちに、日本経済は物価が継続的に低下するデフレ
 ーションに陥りました。「インフレ・ターゲット」論者の人たちなどが、デフレを防ぐ
 には、金融緩和をすべきだと強く主張するようになりました。もともとインフレ・ター
 ゲットは、インフレの時に、中央銀行が一定率の物価上昇率に下がるまで、その目標値
 に達するまで金融政策を抑制気味に運営する政策を意味する言葉でした。しかし日本で
 は、それを逆転させて、デフレの状況のもとで、一定の物価上昇率に上がるまで中央銀
 行が金融緩和政策をとる政策を指すようになりました。 
・「構造改革」政策は、規制緩和によって雇用が不安定化し、歳出削減政策によって社会
 保障費が削減されて格差を拡大させるので、国内消費を低迷させます。つまり一方でデ
 フレを長引かせるブレーキを踏みながら、金融緩和政策というアクセルを踏んでいれば、
 ずっと超低金利政策屋通貨供給量を増やす量的金融緩和を続けざるをえなくなってしま
 うわけです。結果として、金余りがひどくなっていきます。しかし、減税先行による歳
 出削減政策はうまくいきませんから、財政赤字が拡大して国債が大量に累積していきま
 す。金融緩和政策によって余ったお金で国債を買い支えながら超低金利政策を続けざる
 を得ません。そうしないと、たちまち金利が上昇して国債の利払い費が増加して、国の
 借金は雪だるま式に膨張してしまうからです。 
・変動相場制と金融自由化が進んだもとでは、金融緩和政策はバブルを作る政策となり、
 バブルが崩壊すれば、また金融緩和政策をせざるを得なくなるというように、バブル病
 を進行させる役割を果たすようになってしまいます。それは一種の慢性病のようなもの
 です。短期的には政策が効いて景気を良くするように見えても、バブル病そのものから
 抜け出られなくなってしまうのです。
・FRB(連邦準備制度理事会)とFFレート(政策金利)の動きを見ると、フローの実
 体経済を念頭に置いた金利政策とはまったく違う動きをするようになっています。バブ
 ルがひどくなると引締めのためにジリジリ金利を上げて、バブルが崩壊すると素早く何
 度も金利を下げていくという金利政策がとられています。政策金利が、ストックの資産
 価値とともに動いていく、極めて変則的な金融政策で、経済のテキストには載っていな
 いものです。
・バブルは人々の期待で動きます。つまり資産価格が上昇すると人々の期待が一致して膨
 らむと、価格が高くなればなるほど供給が減っていきます。みんなが株や土地の売り惜
 しみをするからです。他方、価格が高くなればなるほど需要が増えてしまう。みんなが
 儲かると期待するからです。逆に、いったん何かのきっかけでバブルが弾けると、価格
 が下がれば下がるほど供給が増えます。みんな値下がりで損をしないように、売り急き
 ますから。ところが、下がれば下がるほど人は買わなくなります。さらに値段が下がっ
 て損をするのがわかっていますから。
・日本は今アメリカで失敗している状況であるにもかかわらず、証券化やデリバティブを
 強めて、「貯蓄から投資へ」とか「日本は金融立国をめざせ」とまだ言っています。ア
 メリカの住宅バブル崩壊に伴う株価の下落に対しても、「金融の規制緩和が足りないか
 ら株価が落ちるんだ」と繰り返しています。海外投資は成長力のある国に集まるもので
 す。金融市場の不安定性が高まっているときは、実体経済の基盤なしに金融市場の規制
 緩和をしても、せいぜい投機マネーの草刈り場になるだけでしょう。
・竹中平蔵氏などは、農協系金融機関が問題で、モラルハザード(倫理の欠如)を引き起
 こすとして公的資金投入に反対しました。むしろ、竹中氏は「供給サイド」の立場に立
 って銀行は過剰であるというオーバーバンキング論を展開して、自己資本比率規制やペ
 イオフで銀行を淘汰せよと主張していました。ペイオフや自己資本比率など「グローバ
 ル・スタンダード」を適用して預金者が賢く選ぶことによって、非効率な銀行を淘汰し
 なければいけないと言っていました。ところが、実際に銀行がつぶれかかると、公的資
 金を入れて、銀行の救済に向かいます。はじめ多くの経済学者が先導してきた「金融ビ
 ックバン」の結末は「too big to fail(大きすごて潰せない)」だったのです。
・日本でも、日銀が銀行の国債を買ってあげ、絶えず資金を銀行に供給する「量的金融緩
 和」が続けられた。これにより、コール市場(短期金融市場)から資金が調達できなか
 ったり、預金取りつけやいっせいの口座解約が起きたりして、銀行預金や証券会社など
 が破綻することは防げます。しかし、損失を生み出している債権や担保不動産の価格の
 下落がずっと続いている状況の中で、その元凶にメスを入れない限り、金融緩和は麻酔
 薬にしかなりません。

構造改革の経済学
・変動相場制になって過剰流動性が出て、絶えずバブルとバブルの崩壊を繰り返す時代に
 は、利下げや金融の量的緩和といった金融政策、あるいは公共事業や減税による財政政
 策は、せいぜいのところ実体経済の悪化を緩和することしかできません。
・わかってきたのは、財政政策だけでなく、金融政策も長期では効果がないということで
 す。たしかに金融政策は短期では効きます。また流動性の供給によって、当面、金融機
 関の倒産を避けることはできるし、場合によっては資産価格を押し上げる効果もありま
 す。しかし、マネーがあふれてしまうので、結局、長期では絶えずバブルを作り出すこ
 とに行き着いてしまいます。金融緩和をずっと続けていくと、バブルとバブル崩壊を繰
 り返す病に襲われてしまうのです。
・効果的な政策とはどういうものか。まず、本丸の不良債権処理をきちんとおこなうと同
 時に、財政政策、金融政策を補助的な政策をとして使うという組み合わせでなければい
 けなかったのです。突き詰めて考えれば、実体経済の不況と信用収縮が連鎖を引き起こ
 すということが、バブル崩壊の最も怖いところです。
・折から、雇用制度を規制緩和し、「小さな政府」論に基づいて社会保障制度を削減した
 結果、ますます国民年金が空洞化して年金制度が揺らぎ、年金財政のパフォーマンスの
 悪化が深刻化してしまいました。その責任を棚上げにして、「みんながもっている
 1500兆円の資産を運用して、自分で稼がなければいけない」と言い始めました。そ
 こで「貯蓄から投資へ」「自己責任の時代です」と言いつづけてきたわけです。それが
 「金融ビックバン」路線以来ずっと続いてきた「構造改革」の考え方です。
・先進国の経済をある程度自由化していかなければいけないことは言えるとしても、一国
 の経済主権が奪われかねない領域については、どの国も開放には慎重です。我々が考え
 なければいけないのは、外国の直接投資が来る、つまり定期的な資金の投資が来たり、
 投機的ではない長期的な資金が投資されたりするケースは、中国やインドを見てもわか
 るように、明らかに、成長力があるところです。そして成長力のない国からは投資の資
 金が逃げていく。結局、金融市場の規制緩和をしても、無防備のままでは、成長力がな
 いところでは投機マネーの草刈場になるだけなのです。
・日本の場合、70年代以降、円高不況のときもそうですけれど、まず不況に陥ると円安
 を誘導して、輸出を伸ばして景気を回復するというのが一つのパターンになってきまし
 た。
・かつて日本企業は、輸出主導で儲かった利益を、雇用を増やしたり賃金を上げたり、あ
 るいは下請企業の発注の単価を上げたりということで、景気が広く視野に及ぶように行
 動してきました。しかし、不良債権問題が本格的に悪化して構造改革路線が始まった
 1990年代後半から、日本企業はこうした行動をとらなくなりました。
・かつては、企業はなるべく長期雇用の正社員を雇う傾向があり、正社員の賃金などは急
 激には下がらないので、必然的に企業利益が低下する不況期には、労働配分率が上昇す
 る傾向があったのです。しかし、バブル崩壊が本格的になってから、これが「過剰」人
 員ととらえられるようになりました。そして、「構造改革」で労働市場の規制緩和が行
 われて、企業は正社員を減らして非正社員を増やしながら、労働配分率を傾向的に低下
 させていきます。非正規雇用を増やし、賃金もどんどん下げて、輸出競争力だけに頼っ
 て、そういうことをやり続けて莫大な利益を企業は抱えることになりました。
・歳出削減政策によって、何より社会保障制度が崩壊しつつあります。年金財政の将来見
 通しはきわめて不安定になっているだけでなく、医療や介護制度も同様です。健康保険
 財政から医療機関に支払われる診療報酬が引き下げられ続け、「医療崩壊」と言われる
 事態をもたらしています。患者のたらい回しが行われたり、地方の中核病院の経営が困
 難な状況になったり、医療現場は過酷な労働状況になっています。
・こうした雇用や社会保障の崩壊は、貯金のない人を増やすだけでなく、人々の将来不安
 を高めるので、国内消費が低迷する一因となっています。
・かつては輸出主導の景気回復は、地方へも広く波及しました。輸出が伸びると、地方に
 ある工場に発注され、それが稼働して、そこに働く人たちの所得となっていきました。 
 あるいは輸出で儲けた企業の利益や従業員の所得の一部を税で吸収して、それを公共事
 業や補助金として地方に配分していく経路もありました。それが国内経済のすそ野を広
 げていったわけです。ところが、地方の工場はデフレの進行の中で、つぎつぎと賃金の
 安い中国などに出ていき、空洞化が進みました。
・インフレ・ターゲット派の圧力が出てきた金融緩和政策と構造改革の組み合わせでは、
 ただひたすら輸出依存度を高めて、内需を冷え込ませて輸出にますます頼るようになり
 ます。そして、為替レートだけでなくて賃金まで下げるという悪循環に入ってしまいま
 した。片方で構造改革というデフレのブレーキを踏み、もう片方で金融緩和というイン
 フレのアクセルを踏む。日本お決まりの、供給サイド派と需要サイド派の妥協的な中和
 政策が、輸出頼みの日本経済のもろい構造を作ってしまったのです。
・結局、「市場がなんとかしてくれる」ということで起きたことは、構造改革によるコス
 トカットだけでした。賃金を下げ、雇用を不安定にし、社会保障を削り・・・というこ
 とをやってきただけです。これでは、当面当座は国際的な価格競争力を強めるかもしれ
 ないけれど、長期的には国際競争力を失わせてしまうというパラドックスに陥ってしま
 います。
・成熟した経済というのは、絶えず高い技術力で新しい製品を生み出していく力がなくな
 ると、成長ができずに中長期的には衰退していかざるをえません。絶えず、一歩二歩先
 をいく付加価値の高い製品やサービス、あるいは新しい産業分野を作り出していかない
 と、同じような製品を作って量産を競い合うようになっていきます。もしそうなったら、
 中国の人と同じ賃金水準まで下げていくというような、コストカッター的な発想で競争
 をするしかなくなってしまいます。
・もちろん、成熟した経済でも経済成長を実現している国もあります。福祉や教育が充実
 していわゆる「大きな政府」と呼ばれるフィンランドやスウェーデンやデンマークは、
 国際競争力ランキングでは常に上位を占めています。「小さな政府」だと成長する、競
 争力が高まるという論理が、事実として検証されていない典型的なケースです。北欧諸
 国のような福祉が充実した国では、人々が安心して暮らせます。福祉の充実によって、
 将来に対する不安がなくなります。所得再配分、相続税が高いことによって世代にわた
 って階層が固定化されるおkとがありませんので、長期で見ると、社会的流動性が非常
 に高くなります。
・日本の技術力はかなり衰えたとはいえ、まだまだ充分にあります。なので、どうやった
 ら絶えず新しい技術や製品を生み出せるような態勢を作っていくかということが、一番
 大きな課題になるのです。そう考えると、これからはインフラ投資といっても、道路や
 建物ではなく教育への投資が最も重要になります。
・日本の教育現場では、依然としてひとクラス一人先生がいて、40〜50人の生徒が同
 じ方向を向いて、先生が言ったことをノートに取っているような教育が行われています。
 大量生産時代の規律正しいワーカーを作るシステムのままです。それとは対照的に、多
 くの先進諸国では、教室内にラウンドテーブルがいくつか置かれ、生徒がグループに分
 かれて授業を受ける形ですので、ディスカションをしたり、答えのない問題に挑んたり
 ということをさせたりして「考えさせる教育」を絶えずおこなっています。
・より自由で創造的な教育システムを作るには、国全体が多額の教育コストを負うことに
 なります。まず、複数担任で生徒の数を半分にしたら、それだけで倍のコストがかかる
 わけです。しかも教員の給料を高くして優秀な人材を集めるとともに、教育現場の自由
 を保障しなければいけません。
・日本は優秀な頭脳を海外から受け入れていかないといけません。中国や東南アジアの
 人々に排外的になるのではなく、逆に外国の優秀な頭脳が来ることに対する寛容さを持
 ち、彼らにきちんとした待遇を与えることも重要です。すなわち、彼らに平等なチャン
 スを与え、外国人に対しても高い教育を施せるような態勢が求められています。アメリ
 カが何とかもっているのは、こうした寛容さを持って優秀な人材を世界から集めてきた
 からです。
・90年代末以降、急増して320万人を超えた派遣労働者、あるいは180万人もの無
 業者(フリーター)などは、十分な熟練や技能を身につける機会を失っています。これ
 らを生み落とした構造改革は、長期では将来の成長基盤を破壊し競争力をむしろ低下さ
 せてしまう危険性を持っているのです。
・石油エネルギーそのものからの転換を図るとともに、穀物の価格の上昇に対するリスク
 をカバーするために食料自給率を上昇させなければなりません。地球温暖化と干ばつの
 広がりによる食料危機が進行しつつある状況では、食料自給率を高める地域農業も重要
 な産業となっていくでしょう。
・環境エネルギー革命は、動力のあり方を変え大きな関連需要を誘発するので、長期波動
 の中で最も重要は要素の一つです。過去を振り返ると、石炭は蒸気機関を生み出して織
 物工業や鉄道などを栄えさせました。石炭から石油への転換は自動車や航空機を生み出し、
 重化学工業を成長させました。エネルギー革命は、自然再生エネルギーを発生させる機
 器だけでなく、環境エンジンという動力や乗り物のあり方、あるいは建物や生産設備な
 どの仕様を大きく転換させる可能性を持っています。
・現代では、ルールをにぎったものが市場で大きな勝ちをおさめます。こうしたデファク
 ト・スタンダードをにぎる競争こそが、市場では大きな勝利をおさめるのです。日本で
 は、政官財が癒着して利益政治が横行しているので、一見、市場に任せた方が、効率性
 が上がるように見えます。しかし実際には、グローバルな市場競争のもとでは、ルール
 をにぎる戦略的行動という新たな政府の役割が必要不可欠になっていたのです。
・経済の複雑な要因を知り、国家戦略を立てる思考が、「構造改革論」「規制緩和論」で
 はほとんど失われてしまいます。「国がやればみんな失敗する」「民間がやれば常にモ
 デルは均衡に達して最も効率的になる」というロジックで、現実離れした議論がそのま
 ま適用されてしまうからです。
・この国は少子高齢化や人口減少に直面しています。こういう中で、労働市場の規制緩和
 で若い世代の雇用を解体し、「小さな政府」と称して年金、医療、介護などの社会保障
 費の削減を優先していては将来の日本経済は、ますます苦しくなってしまいます。将来
 世代が大量の不安定就業のままでは創造力を発揮することもできません。付加価値の高
 い製品やサービスを生む出すことができず、また社会保障費を負担することもできなく
 なってしまいます。格差の拡大は、社会的諸制度を壊してしまうのです。これでは、バ
 ブルでもしないかぎり、消費の低迷をもたらして経済成長を阻害します。
・大恐慌の時がそうであったように、失業や病気を放置していれば、社会的危機が進行し
 ます。多くの人々が失業や疾病に陥っていくのを放置すれば、人々は怖がって消費をし
 なくなり、経済の悪化が止まらなくなります。そしてナショナリズムやファシズムが横
 行していったのが、戦前の歴史でした。
・いまや「自己責任」や「当事者主権」の名のもとに、お金のない人は最低限の生存が脅
 かされています。この状態では国全体の競争力を将来的に落ちていってしまうでしょう。
 何よりも少子高齢化・人口減少という現実の中で、雇用を立て直し、年金・医療・介護
 をしっかり再建することが大事です。まずは守りを固めないといけません。
・「民」なら何でも偉いとする「構造改革」のイデオロギー的側面が大きく働いています。
 かつては農協や医師会などが政府の中に食い込んで、利益集団として闊歩してきたわけ
 ですが、今どきは、ただのサラリーマン経営者が経済財政諮問会議の民間議員として政
 府の政策決定の中枢に座っています。彼らは、農協や医師会による利益政治を既得権益
 として批判しますが、自らも応分の企業負担を回避するために、かつての医師会や農協
 の政治利益と同じことをやっています。
・国民年金は本来、自営業者や農業者の年金でしたが、しだいに非正社員の加入者が増え
 てきました。国民年金制度は、企業が拠出金負担をしないですむので、非正社員をどん
 どん増やそうとする誘因が働いてしまいます。本来、社会的セーフティネットである年
 金制度が、制度が分立しているために、雇用を分断する仕組みになってしまっているの
 です。しかも、国民年金の納付率は低く、4割近くが納めていません。若者の納付率は
 もっと低くなっています。もう「つぶれている」と言ってもおかしくない状況です。
・国民健康保険も同じような問題を抱えています。国民健康保険はもともと自営業者と農
 業者のための保険だったものが、今や退職した高齢者が主たる加入者である保険になり、
 また非正社員が加入する健康保険になってしまっているからです。その結果、滞納世帯
 数は480万に及び、保険証を取り上げられ資格証明書を交付された世帯数も35万に
 及んでいます。もはや国民皆年金皆保険は崩れ去っていると言っても過言ではないでし
 ょう。
・若い世代に大量の不安定就労者を生むことは、将来の日本経済の成長力を奪っていきま
 す。こうした深刻な格差を改善するためには、非正社員を正社員化するか、非正社員の
 条件を正社員と同じ条件にしていくか、この二つしかありません。こうした動きの前提
 になるのは、年金制度や健康保険制度をなるべく一元化して等しい条件にすることです。
 正社員だろうが非正社員だろうが、どんな職業に就いていようが、同じ条件で等しく同
 じ社会保障制度に入っていくというのが当たり前の原則です。
・医療費の問題でも、一番まずいのは診療報酬で誘導するというやり方です。急性期病院
 だと19日を過ぎると診療報酬が落ちてしまいます。ただでさえ診療報酬が引き下げら
 れているので、末期ガン患者でさえもどんどん病院をたらい回しにされる状況が生まれ
 ています。患者を長く入院させておくと、診療報酬が下がるので、病院経営が成り立た
 なくなってしまうからです。
・問題は、患者のたらい回しだけではありません。医療現場も過剰なストレスで荒廃が始
 まっています。医師不足が深刻だからです。1980年代半ばから、医師数を増やすと
 医療需要が誘発されて、国の医療費負担が膨張してしまうので、医師数を抑制する政策
 がとられてきました。医師数を抑制した結果、地域では深刻な医師不足がもたらされて
 います。
・さらに問題なのは、これらの政策によって地域格差も広がっていることです。医療報酬
 の度重なる切り下げと地方交付税削減による地方財政の悪化によって、地域の中核病院
 の経営は赤字が拡大しています。おまけに、入院日数を短縮させるために医療報酬を使
 ったインセンティブ政策がとられると、家族制度が壊れているために長期入院している
 患者を大量に抱えている地域の病院は経営が苦しくなります。しかも地方の中核病院は
 医師を確保できないうえに診療報酬を切り下げられるので、経営破綻に近い状況に追い
 込まれている事例も少なくありません。その結果、救急医療体制が崩壊し、医療がなく
 なる地域も生まれています。病院と学校がなくなれば、その地域には人が住めなくなり
 ます。
・「大きな政府」だから成長しないとか、「小さな政府」だから清涼しないとかいうこと
 はありません。実際、アメリカは「小さな政府」だけれども人口当たりの公務員数は日
 本よりずっと多い。北欧諸国は、「大きな政府」だけれども知識経済で成長しています。
 その国の置かれた歴史的条件の中で、将来の構造変化に対して改革をするというのが、
 言葉の真の意味での構造改革のはずです。

格差とインセンティブの経済学
・平等を壊すのは非常に早くできるし簡単なのに対して、それを元に戻すのは世代を超え
 た時間がかかるということがわかります。いったん格差が拡大しても、元の政策に戻せ
 ばすぐに元に戻る、と考えるのは間違いです。福祉の給付を切り、市場の規制緩和をし
 て優勝劣敗をどんどん強めれば、あっという間に格差は広がります。今日のように金融
 市場を規制緩和していけば、投機で一気に儲ける人が出てくる一方で、働いても働いて
 も給料が上がらない人を簡単に作ることができます。労働市場の規制緩和をすれば、企
 業は利益を上げる競争をしているのですから、すごい勢いで非正規雇用を増やします。
 そして、97年頃からの不良債権処理の失敗による負債デフレもあって、格差が急速に
 広がってしまったわけです。この時、たまたま非正規雇用になった人々はなかなか正規
 雇用につけないでいます。
・いったん大量のお金を握った人は、息子や娘の代まで所得を継承することができます。
 その一方で、貧者の子どもは教育水準が高められない。教育水準が高められなければい
 い就職機会がない。それで、大人になっても貧困を余儀なくされる。貧困が再生産され
 る可能性が拡大していきます。たしかに、あるとき瞬間的に「結果の平等」を無視して
 「機会の均等」を重視するということをおこなうと、一瞬、チャンスが増したように見
 えます。ところが、瞬く間に差が開いていき、世代にわたって格差が再生産されると、
 「機会の均等」が著しく損なわれてしまうという矛盾に逢着するのです。こうした格差
 の固定化を正すには、世代を超えた時間が必要になります。
・アメリカはチャンスに恵まれた国というイメージがあります。しかし、世代にわたる社
 会的流動性を考えると、実はアメリカとイギリスは最も低いということがわかります。
 親が金持ちならば子どもも金持ち、ということになっているのです。逆に大陸ヨーロッ
 パでは米英両国よりも社会的流動性が高い。北欧諸国は、特に社会的流動性が高い。税
 率が高く、それで所得再配分をしているから、親が医師だったら息子も医者とか、親が
 代議士だったら子どもお代議士、親が経営者だったら子どもも経営者という比率がとて
 も低くなります。長い目で見ると「結果の平等」を重視することが「機会の均等」を保
 障することになり、世代を超えて社会が活力を持ち続けることができることになります。
 その問題を考えると、相続税の問題に行き着きます。「機会の平等を本当に実現しよう
 とすれば、相続税は100%取らなければいけない、という論理になります。
・インセンティブというのは、人が利益を得たい、努力したいと思うように動機づけるも
 のです。インセンティブが効果を発揮するのは、格差が存在することが前提となります。
 差があるから、それを求めて人々は動機づけられると考えているからです。その差は、
 できるものは報われる、努力したものは報われるという論理で正当化されます。しかし、
 現実にはそううまくはいきません。もともと不利な状態にある人は、最初から排除され
 てしまうことになります。
・企業の内部労働市場でも、成果主義という名のインセンティブが持ち込まて、かつてと
 違って賃金や昇進に大きな差がつくような雇用関係に変化しつつあります。ところが、
 実際には成果主義の導入はうまくいかず見直しを迫られる事例も多くなっています。た
 とえば、中長期で効果をあげる技術開発などの仕事、チームでやる仕事など、客観的な
 評価が難しい領域があり、かつ評価する側の評価能力に問題があったり情実を排除する
 ことも困難だったりするからです。つまり、成果を測っている人が本当に客観的評価を
 行っているのか、誰がそれを担保するのかが不明確であるという問題点を抱えています。
・こうした問題が重なると、罠に陥ってしまいます。たとえば、利益を短期的に上げるこ
 とを追求すると、それが成果主義で評価されて経営者の給料が上がります。最も安直な
 方法は、一般従業員の給料をうんと下げて利益が増えれば、経営者の給料は上がってい
 くことになります。現実に、大企業ではこの間、一般従業員の給料は下がり停滞したり
 しており、現金や保険料の分を考えると、明らかに手取りが減っています。その一方で、
 人件費全体が落ちていく結果、企業の収益が上がって経営者層の給料も上がっていきま
 す。これでは格差を加速させるだけで、社会全体の消費はなかなか増えてきません。
・バブル崩壊以降、株主資本主義だとか外部監査制の導入だとかコンプライアンスだとか、
 いろいろなことが言われましたが、どれもうまくいっていません。企業不祥事もなくな
 るどころか、ますますひどくなっています。これは、成果主義やノルマ主義が行き過ぎ
 たり、雇用の分断が進みすぎたり、あるいは評価する側の経営層が事実上、評価される
 仕組みがなかったりすると、企業内部でフィードバック関係が崩れてしまうために引き
 起こされていると考えられます。
・日経連の「新時代の日本的経営」をきっかけに、労働法制の規制緩和が進んだために、
 雇用や所得にひどい格差ができてしまいました。雇用の面でも、正社員、非正社員の
 「身分」差別がおこなわれると、それが社会的な階層格差につながります。格差が拡大
 して社会の分断が進むと、ラダー(階段)を上がっていける可能性が限りなく小さくな
 ってしまう。そうなると、最初から競争から降りてしまう者たちが生まれてきます。
・日本では、多くの場合、たとえばワーキングプアは生活保護を受けていません。一つに
 は、スティグマという問題があります。つまり、生活保護を受けていると肩身の狭い思
 いをする。生活保護に頼って生きている人を周囲が軽視するという「世間体」という問
 題です。もう一つは、わずかでも貯金を持っているだけで、それがどのような事情(た
 とえば子どもの入学金や配偶者の葬式代の蓄え)であろうと生活保護給付を受けれらな
 いというミーンズ・テストの問題があります。生活保護を受けるためには、もっている
 資産のチェックが厳しいのです。何もかも失わない限り、生活保護を受けられません。
 その結果、日本の生活保護制度は、入りにくい出にくい制度になっています。
・こうした問題もあって、生活保護の受給資格が得られる所得水準でも申請をしません。
 日本の場合、申請主義ですから、そういう人が多いのです。もちろん、一部には不正受
 給問題が存在しますが、それは例外的な事例であってモニター体制で解決できる問題で
 す。むしろ現実は、生活保護に頼って働かなくなる人が増えるというモラルハザードと
 は逆の問題が起きているのに、「モラルハザードが大きいので、インセンティブで自立
 支援を促す」という政策を強めるわけです。 
・気がついてみると、生活保護を受けている人の8〜9割は高齢者や障害者、母子家庭で
 す。それ以外でも、例えば腰痛がひどいとか、病気を抱えているという人が多くありま
 す。しかも、そこにもモラルハザードを持ち出して、生活保護給付のうちの老齢加算や
 母子加算を削っています。地域によっては、最低賃金よりも生活保護の給付水準の方が
 高くなってしまうからというのです。これでは、どんどん生活できない人間を増やすだ
 けです。
・世代にわたって蓄積するような、世代間の格差をはらむような問題を正していくのは、
 非常に難しいことです。たとえば、年金制度を考えてみましょう。中高年世代が、負担
 を忌避して将来世代に負担を先送りして、いま自分が一生涯終わるのにできるだけたく
 さんの年金給付をもらいたいと行動します。すると、将来にわたる年金制度の維持可能
 性が疑われ、今の若い世代の年金が維持できるかどうか分からなくなってしまいます。
 実際のところ、年金財政は、長い将来にわたる経済成長率、人口構成、利子率の推移な
 どに大きく依存します。ある程度、予測ができますが、正確には予測できません。しか
 も、積立金がある程度残っている間は、当面は何とかなります。人口の少子高齢化が予
 測されて、なるべく早い段階で保険料や税負担を重くして年金給付を抑制することが必
 要であるとしても、なかなか実現しにくくなります。若い世代に被害が及ぶのはずっと
 先のことですから、今の生活と負担を考えると、負担増や給付減について理解を得るの
 が難しいからです。しかも、日本のように年金制度が分立し、国民年金の加入者に負担
 が集中すると、その負担を軽減することは他の年金加入者にとって負担が増大しますか
 ら、ますますそうなります。
・個々の人間は効用や利得を最大化しようとすることが大前提です。当然、年金はみんな
 もらいたい放題もらって負担をできるだけ軽くしたほうが合理的だということになりま
 す。みんなが負担をなるべく軽くして給付を多くもらおうとし続けるので、少子高齢化
 が続く限り、年金制度が破綻するまでそれは止まらないことになります。とことん個人
 が経済合理的に振る舞うなら、子どもを養育する費用を免れて、個人ないし夫婦で死ぬ
 まで生活をエンジョイした方がよいということになります。
・企業が非正社員を増やしていくと、雇用はどんどん不安定化して、フリーターが増えま
 す。しかし、こうした格差を放置していけば、社会はもちません。彼らが30歳、40
 歳になったときにどういう社会になっているかということは、企業は考えていません。
 企業は、短期で見たときの経済合理性、あるいは戦略合理性で行動するので、そうした
 個々の企業の行動が合わせると、「合成の誤謬」がおこり、将来、社会全体が非常に悲
 惨なことになってしまいます。そういう問題は人間の理性に訴えるしかないのですが、
 その際に、時間や空間を超えた普遍的な論理こそが公共的なものであるという原理をし
 っかり正面に据えていない限り、問題解決のための議論は始まりません。
・いまや皮肉にも、グローバリズムの果てに、資源エネルギーや通貨・金融の分野におい
 て国家原理が衝突する時代に行き着いてしまい、さらにデファクト・スタンダードをめ
 ぐって国家間で激しくせめぎ合っている状態です。国家戦略をもっている国ではない限
 り、あるいは企業がしっかりした国際戦略をもっていない限り、競争力はどんどん落ち
 ていかざるをえなくなっています。
・市場が生き物のように変化するときに、市場が求めている成長のための要因をしっかり
 分析して戦略を立る行為がとても重要なのに、経済学のタームでは歴史的な変化を考慮
 に入れることができず、そのときどきに必要なものが生み出せない枠組みになっていま
 す。そのなかでも、「市場に任せればすべてうまくいく」というイデオロギーは、むし
 ろ戦略的思考の妨げになっています。
・需要(内需)が不足だからといて、公共事業をやったり減税をやったりしても財政赤字
 がひどくなるだけ、金融緩和を繰り返してもバブル病を生み落すだけです。
・セーフティネットの張り替えを急いで社会崩壊を防ぎつつ、環境エネルギー革命あるい
 は教育投資に基づく知識経済の強化を中心にした産業戦略を強めなければ、この閉塞状
 況を突き抜けることは難しいでしょう。
・平等というのは、人権という概念に基づいて生存権を最低限保障するという意味です。
 これは絶対に譲れないものです。しかし、平等を追求することは必ずしも競争社会を否
 定するものではありません。むしろ最低限の生活保障の上にたって、自由な競争を複数
 あり、社会の中に多様な価値が存在していることが重要になります。つまり、平等な状
 態というのはみんなが同じ状態、たとえば運動会でみんなを一斉にゴールさせることで
 はありません。それぞれの競争に強い者をそれぞれ評価する社会的ルールが重要になり
 ます。多様な価値が存在しているから、お互いの人生の価値の優劣は比較できない。一
 本のものさしで比べれないようにすることが平等な社会のために必須の条件となりま
 す。
・最低限が保障されたうえで、お互いに優劣をつけられないから平等なのです。少なくと
 も、それは不平等をそれほど感じないですむ社会です。ドイツでは、「マイスター制度」
 があって、マイスターの道を選べば、そおそおの豊かな生活が保障される。職人的な価
 値を駆逐して、みんなチェーン店化して、アルバイトやパートやフリーターたちで占め
 ていく社会は、たぶん豊かな社会ではないと思います。職人が生きていくえる世界がた
 くさんあって、そういう多様な職業的価値をみんなが認め、そういう商品をみんなが買
 い求める世界です。そして多様な競争があって、そこに評価もある世界というのが、豊
 かな世界だと思います。 
・競争が複数存在していて、単一の尺度では評価できないということが重要になります。
 たとえば、優れた農家と立派な医者のどちらが偉いかは比べようがない。ある面で比べ
 れば優劣があるけれど、別の面で見ればまた優劣が違ってくる。そういう社会が求めら
 れているのだと思います。