「働きすぎの時代」  :森岡孝二

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 私の周囲を見回しても、働きすぎの人や仕事中毒の人が実に多い。人はみな生まれながらにして仕
事が大好きなのだと、錯覚するほどである。そして、そういう人たちは、働きすぎの自分に対して、
まったく疑問や違和感を持っていない人も多い。考えてみれば、現代人は物心つき始めた頃から幼稚
園や学校に入れられ、集団の中で競い合うことに馴らされれてきている。哀しいかな人は馴らされた
この競い合い精神を後生大事に持ち続け、社会人になってからもずっといろいろな面で死ぬまで競い
合い続けるのである。学校の成績を競い合い、学校のレベルを競い合い、社会人になってからは、会
社の大小を競い合い収入を競い合い名刺に書かれた肩書きを競い合う。身につける衣服や腕時計、乗
る車のランクを競い合い、住む家の大きさを競い合う。そして、この競い合いに勝つためには、お金
が必要なのである。働きすぎの根本原因は、この飽くなき競い合いにあると思う。
 また、一方が猛烈に働いてより多くの収入を上げれば、もう一方はいままでどおりの働きでも収入
は減ってくる。なぜなら全体のパイの大きさは有限だからである。最近の世の中には、この現象が広
まっている。つまり所得の二極分化である。アメリカは、2割の人びとが全体の富の80%を得てお
り、残りの20%の富を残りの80%の人びとで分け合う社会になっていると言われる。最近の日本
も、このアメリカ社会になるつつあると言われる。実際に、、年収300万円以下の人が、全労働者
の半分を閉めている。500万円以上の年収のある人は、全体の30%程度しかいない。800万円
以上の年収のある人は、1割強ぐらいだと思われる。日本も既に、アメリカ型社会になっているので
ある。
 そうでありながら、年収が800万円以上ある人でも、豊かさを感じられず、もっと収入を増やし
たいと猛烈に働く。なにしろ日本は、昔から働くことが美徳と言われる社会だから。それに、小さい
頃から働くことしか学んでこなかったから。
 そして、年収150万円以下の人や300万円以下の人は当然のことながら、年収800万円以上
の人も、しあわせ感はあまり感じられない。やはり、このような社会ってどこかおかしいと思う。

働きすぎの悲鳴が聞こえる
 ・世界の労働時間は1980年以降、それまでの減少傾向が止まり、再び増大に転じつつある。な
  かでも、日本人顔負けのアメリカ人やイギリス人の猛烈な働きぶりや、日系企業で働く中国人女
  性の戦前日本の女工哀史なみの過酷な長時間労働をみれば、いまや世界は新たな「働きすぎ時代」
  に入っていると言われなければならない。
 ・世界的に途上国を巻き込んで競争が激しくなり、先進国ではかつてないリストラと産業再編の大
  波が起きている。労働時間は前々から働きすぎの傾向が強まっているアメリカやイギリスだけで
  なく、時短先進国として知られるドイツやフランスでも減少から増大に転じつつある。
 ・パソコン、携帯電話、Eメールなどの情報ツールは、仕事の時間と個人の時間の境界をあいまい
  にし、仕事がどこまでも追いかけてくる状態をつくりだしている。
 ・生活水準が向上しマスメディアが発達した今日の大衆消費社会においては、人びとは絶えず拡大
  する消費欲求を満たすためにも、消費競争のなかで自己のアイデンティティや社会的ステイタス
  を表現するためにも、より多くの収入を得ようとして(あるいは賃金のより高いポストに就こう
  として)より長くハードに働く傾向がある。

世界的に広がる働きすぎ
 ・とくにアメリカでは日本の風土病のように思われてきた働きすぎが他の国以上に猛威をふるって
  いる。
 ・生産性の上昇につれて労働時間は短くなるという専門家の予測は誤りであった。
 ・パソコン、携帯電話、Eメールなどの情報ツールの普及が、仕事を楽にするよりむしろストレス
  を増大させ、私生活への仕事の侵入をもたらしてきた。職場では、仕事への要求度が高まるとと
  もに、締め付けやいじめが横行し、それでなくても労働者は疲労と解雇の不安で自分本位になり、
  仲間意識が薄れ、人間関係が険悪になってきた。
 ・アメリカでは、退職後の生活に備えた貯蓄や年金を含め、個人金融資産の半分近くが直接・間接
  に株式のかたちで保有されている。そのために労働者のなかの株式保有層は、90年代には株価
  が上昇を続けたかぎりでは、CEO(最高経営者)たちが巨額の役員報酬を得ていることに不満
  をもっていても、人員削減や賃金切り下げを甘んじて受け入れてきたとも言える。

家庭も出先も職場になった
 ・コンピュータやインターネットなどの新しい情報通信技術は、コミュニケーション手段であると
  同時に労働手段である。それは工場でもオフィスでも労働を軽減し労働時間を短縮するだろうと
  期待されながら、今のところ、次のような理由から、どちらかといえば仕事量を増やし、労働時
  間を長くする役割をはたしてきたといえる。
 ・第一に、新しい情報通信技術は、情報システム開発と応用に携わる新しい専門的・技術的職業を
  生み出す一方で、多くの部面で業務を標準化するとともに単純化し、雇用形態の多様化と業務の
  アウトソーシング(外部委託)を容易にして、正規雇用の多くを非正規雇用に置き換えることを
  可能にする。その結果、多くの労働者から従来の安定した職が奪われ、雇用はますます不安定化
  していく。
 ・第二に、新しい情報通信技術は、労働を軽減するか不要にする強力な手段でありながら、ビジネ
  スの加速化や、時間ベースの競争の激化や、商品とサービスの種類の多様化や、経済活動のボー
  ダーレス化や24時間化を促進することによって、全体でみても一人当たりでみても仕事量をむ
  しろ増やしている。
 ・第三に、新しい情報通信技術は、業務処理を迅速化し労働時間の短縮を可能にするはずでありな
  がら、労働の時空と生活の時空をネットワークで「接続」することによって、労働時間を際限な
  く延長する恐れがある。いまでは労働者は、オフィスの外にいても、家庭の中にいても、会社と
  顧客の両方からEメールや携帯電話で仕事の世界に引き戻される。会社でさばききれないほどの
  Eメールを処理したうえに、家庭でもEメールの洪水に悩まされる。
 ・第四に、新しい情報通信技術は、コミュニケーションと情報処理の便利な手段であるが、企業社
  会においては種々のストレスや健康障害を生み出している。情報技術のめまぐるしい進歩に不断
  に適応するように迫られる労働者は、情報化から取り残されまいとする強迫観念から無縁ではい
  られない。パソコンなどのディスプレイ装置を長時間凝視している労働者は、眼精疲労、ドライ
  アイ、腰痛、肩こりなどのVDT障害の病状が出やすい。
 ・労働時間には、それを超えては延長できない肉体的・精神的・家族的・社会的限度がある。人間
  は1日の24時間を周期に生活しており、一定の睡眠、休息、食事、入浴などの時間を必要とす
  る。また、一定の社交、文化、教養、娯楽、運動などの時間も欠かすことができない。家庭生活
  を営んでいる場合には育児、炊事、洗濯、掃除、買い物などの家事労働も付いて回る。ある程度
  の自由時間がなければ地域参加や政治参加もできない。こうした限度を超えてあまりに長時間働
  く/働かせると、労働者の健康は破壊され、精神は蝕まれ、最悪の場合は家庭や社会の維持さえ
  危うくなる。
 ・日米の違いとして大きいのは、インターネットでもEメールでも、アメリカは日本に比してパソ
  コンからの利用者が多く、携帯電話からの利用者が少ないことである。携帯電話利用者のインタ
  ーネット利用率は、日本が79%であるのに対して、アメリカは32%にとどまっている。

消費が変える雇用と労働
 ・経済学の通説では、労働者は雇用主が提供する賃金率(時給)に対応して労働時間を自由に選択
  することができると考えられている。労働者は、賃金率が低い間は、所得を増やすために余暇を
  犠牲にして労働時間を増やすだろうが、賃金率が十分に高ければ、労働時間を減らしてより多く
  の余暇を楽しむだろうというわけである。しかし、現実にはこのようにはなっていない。日本は
  戦後の長期にわたる経済発展を通じて、一人当たりの国民所得でみると、世界でもっとも豊かな
  国の一つになった。けれども、余暇あるいは自由時間の大きさでみると、今日でも先進国のなか
  でもっとも貧しい国にとどまっている。
 ・所得や職業別でみても、賃金率が高いほど、労働時間を減らして余暇を楽しむという説は現実に
  合致しない。
 ・日本でもアメリカでも、比較的高所得階層のほうが低所得階層よりも労働時間が長いのが現実で
  ある。
 ・アメリカ人が働きすぎになった背景には、「働きすぎと浪費の悪循環」がある。
 ・資本主義の発展にともない労働大衆の所得水準がある程度向上し、中流階級を中心に大衆購買力
  が形成されるようになると、消費を自己目的とする浪費的なライフスタイルが大衆的現象となり、
  消費資本主義が誕生する。
 ・人びとは消費において、他人と比べ、他人と張り合い、他人に誇示する。
 ・今日では、ますます多くの人びとが消費競争の仲間入りをしており、人びとは単に隣近所と張り
  合うだけではなくなっている。
 ・今日では社会的接触と競争の場は、狭い隣近所から職場社会や、健康や美容や趣味のための商業
  施設にまで広がっている。とくに多数の女性が労働市場に入り込むようになるにつれて、地域社
  会の外での消費競争の参加者が増え、消費競争を触発される機会が多くなる。そうなると、消費
  は以前にもまして、他人を真似たり、他人と張り合ったりする点で、ある種のコミュニケーショ
  ン手段となり、ブランド志向にみられるように、自己のアイデンティティや社会的ステータスを
  表現するための手段ともなる。
 ・現代消費のこうした性質は、広告業とマスメディアによって強められている。人びとはテレビド
  ラマの生活の様子や、画面に登場するタレントの格好を見て、できれば自分もそうありたいと思
  う。
 ・アメリカでは、既婚女性のフルタイム就労比率が高く、似通った学歴や賃金の者同士が結婚する
  傾向があるために、夫婦とも高賃金のダブルインカム世帯が増えている。多くの家庭が共働きを
  するようになると、片働きか片親の世帯は、外国旅行や高級レストランや子どもの進学競争に金
  を出すゆとりのある裕福な隣人と不本意ながら競い合うことになる。
 ・こういう消費環境においては、人びとは、質素な生活をもってよしとせず、欲しいものをできる
  だけ手に入れるために、仕事はきつくても、労働時間が長くても、残業や掛け持ち仕事をしてで
  も、できるだけ多くの収入を得ようとする。それでも欲しいものを手に入れるのに十分な所得が
  得られなければ、将来の所得を見越してローンを組むかカードで支払うこともできる。貯蓄があ
  ればそれを取り崩して支払うことも可能である。しかし、結局は借り入れの返済と貯蓄の穴埋め
  のためにも前以上に働かなければならなくなる。
 ・アメリカでも日本でも今日の自己破産は、多くのカードローンを抱え、多重債務で個人破産に追
  い込まれるカード破綻であることが多い。
 ・いわゆる教育投資のように「投資」と言われる「消費」競争もある。日本では親たちは、子ども
  にコンピュータはいつ与えたらいいか、ピアノを持たせてレッスンを受けさせるべきか、有名幼
  稚園や有名学校に行かせるにはどうしたらいいかと悩んでいる。教育は、今日、親たちが手に入
  れようとして競い合う商品のなかで、住宅と並んでもっとも高価な商品である。
 ・こうした消費競争は、事の性質上どこまでいっても満たされることのない無限軌道である。それ
  どころか、人びとは消費を増やすほどますます不満を強め、貧しく感じるようになる。なぜなら、
  消費が増えるにつれて、欲求の範囲が拡大し欲求の対象が高度になるので、あらたに形成される
  消費基準に照らせば、実際に実現された欲望はますます小さく見えるからである。こうして人び
  とは欲求を満たすためにますますハードに働かなければならなくなる。
 ・こうした消費競争は、見栄や外見ではなく、生活の必要を満たすという観点から見れば、いらな
  い物まで必要以上に高い価格で購入する点で、浪費的な性格を帯びてくる。消費とは欲求充足の
  ための貨幣支出にほかならないので、浪費的な消費競争は、すこしでも多くの貨幣収入を得るた
  めの働きすぎをいやおうなしに引き起こす。稼いでは遣い、消費を追いかけて働きすぎになる。
 ・この消費を追いかけることによって生じる働きすぎは、個人単位でみても夫婦単位でみても、人
  びとの労働時間を長くし、自由時間を奪う。その結果、人びとの家庭生活を損ない、PTAの活
  動にせよ、町内会の活動にせよ、地域の共同業務への人びとの参加を妨げ、ひいては地域社会を
  も危うくする。
 ・現代の消費主義は環境にも有害である。消費は廃棄をともなっており、人びとが大量にモノを買
  うほど、大量にモノが捨てられる。どの家庭のもまだ使えるのにもう使われていない中古のワー
  プロ、パソコン、ゲーム機などが何台もあるだろう。
 ・消費主義の誘惑は低所得層の人びとにも無縁ではないが、現実に金がなければ、消費競争に加わ
  ることをあきらめなければならない。その結果、しばしば欲しい物を手に入れることができない
  無力感、脱落感、絶望感が生じ、そうした感情が種々の個人的不幸や社会的犯罪を引き起こすこ
  ともある。
 ・アメリカは中産階級上層の国であると同時に勤労貧民の国であって、時給があまりに低すぎて長
  時間働いても、生活の最低限の必要さえ満たせないような人びとが数千万人もいることを忘れて
  はならない。
 ・日本では、パート・アルバイトの時給労働者であっても、週40時間以上働いている人びとが少
  なからずいる。たとえば、時給850円のパート・アルバイト労働者が年収200万円の賃金を
  手にしようとすれば、年中無休で働いたとしても周45時間、年間2300時間余り働らかなけれ
  ばならない。生計が彼女か彼の所得だけでまかなわれている場合は、消費競争に入る込む余地は
  ほとんどない。
 ・われわれが収入のために働くことが、われわれを豊かにさせるのであれば、どうしてわれわれの
  個人的生活は貧しくなってしまうのか。
 ・買い手としての私たちのとって、より良い製品やサービスを求める選択が簡単になればなるほど、
  売り手としての私たちは消費者をつなぎとめ、顧客を維持し、機会をとらえ、契約を取るために、
  ますます激しく闘わなければならなくなる。この結果、私たちの生活はますます狂乱状態となる。
 ・通信、輸送、情報プロセスの分野のテクノロジーは、目もくらむスピードで疾走し、売る手の間
  の激しい競争を引き起こす。すべての企業、すべての組織は、コスト削減や付加価値の創造や新
  製品の開発のために、またより良い、より速い、そしてより安い製品とサービスを生み出すため
  に、そして結局は生き残るために、絶え間なく改革をしつづけなければならない。その結果、今
  までは消費者は、品質と価格においてもっとも望ましい商品を、世界のいかなるところにおいて
  も、いかなるところからでも速やかに購入することができるようになっている。
 ・ニュー・エコノミーは、すざまじいスピードの技術革新のもとでの不安定性と激しい競争を前提
  にしている。消費者をつかむ鍵はスピードである。人びとは顧客を維持するためにも、スピード
  についていくためにも、コストを引き下げるためにも、より長時間、よりハードに、そしてパー
  トや派遣などのより不安定な身分で働くように仕向けられる。より良いものを、より速く、より
  安く手に入れるための消費者の競争も、同様の理由で労働の長時間化と雇用の不安定化を引き起
  こしている。
 ・貧富の差が大きくなり、住宅や地域や学校やその他の生活環境の善し悪しが裕福層と貧困層でま
  すます分化し、人生にとって金の価値が以前に比べでずっと大きくなってきていることも、金を
  稼ぐことへの脅迫観念を強め、長時間労働に拍車をかけている。なぜなら、金銭的な豊かさを手
  に入れるには、より多く稼がねばならず、より多く稼ぐにはより多く働かねばならないからであ
  る。
 ・コンビニエンス・ストアの深夜営業や宅配便の翌日配達など、消費者による過度の利便性の追求
  が、「ジャスト・イン・タイム制」とあいまって過剰なサービス競争を生み、労働時間の短縮を
  防げる要因となっている。
 ・スーパーが24時間営業になったからといって「便利になった」とばかり言ってはいられない。
  少し想像力を働かせると、そこには働く人びとがどんな生活をしているかが見えてくる。
 ・2005年4月25日に起きたJR西日本の宝塚線の脱線事故は、死者107人、負傷者500
  人以上を出す大惨事となった。この事故では、JR西日本の収益第一のスピード競争と余裕時分
  のないダイヤ編成が問題になっただけでなく、それを肯定してきた利用者の側のスピード意識や
  時間意識が問題になった。列車を利用する人びともまた、日々の生活において過密なスケジュー
  ルに追われており、通勤客は電車が遅れれば出社時間が遅れ、会議や取引先との商談にも支障を
  来たし、自分の評価のダウンにもつながりかねない。鉄道会社だけでなく乗客までが余裕時分や
  遅れを嫌うのは、社会全体があまりにもスピード社会化しているからである。

労働の規制緩和と二極分化
 ・市場個人主義は、労働市場に適用されると、労働力をまるで一般の商品であるかのように取り扱
  い、労働者の保護と労働条件の改善のために獲得されてきた労働分野における種々の規制の緩和
  や撤廃を求める主張として立ち現れる。
 ・高卒であれ大卒であれ、幸いに正社員として就職できた場合にも、しばしば待ち受けているのは、
  週に50時間あるいは60時間を超す長時間労働である。これは無理をして働き続けるより、仕
  事で身体を壊さないうちに、あるいは殺されないうちに辞める決断をするほうが賢明かもしれな
  い。
 ・パートやアルバイトや派遣しか働く場がなく、フリーターとして就業した場合、何年経っても年
  収は200万円を超えることは難しい。時給850円で年間2000時間(週40時間で50週)
  働くとしても、年収は170万円である。しかも、その仕事はいつ使い捨てになるかわからない。
  将来に希望のもてない仕事であることが多い。フリーターの9割強は、雇用保険、健康保険およ
  び厚生年金保険の適用を受けていない。
 ・現在すでに日本の労働者(雇用者)の4人に1人は年収150万円未満であり、2人に1人は年
  収300万円未満である。また4人に3人は500万円未満である。

労働基準とライフスタイル
 ・働きすぎと浪費が蔓延するアメリカ社会のただなかで、所得よりも自由時間を、出世よりも生活
  の質や自己実現を追求する生き方を選び、以前より少ない収入で幸せに暮らしている人びとが増
  えている。
 ・働き方の転換は容易ではない。にもかかわらず、日本でも近年は、仕事一辺倒の働き方に疑問を
  持ち、あるいは健康問題や、子育ての悩みや、失業や、早すぎる定年などに直面して、労働時間
  の短い仕事に変わったり、農村に移住したり、長時間の残業を返上したりして、ライフスタイル
  を転換する人びとがゆっくりながら確実に増えている。

働きすぎにブレーキをかける
 ・男性労働者のなかには、家事にまともに参加していないだけでなく、食事もまともにとっていな
  い者が多い。通勤時間が往復2時間前後の大都市圏で1日10時間以上働く人は、朝食はとる場
  合にもかっこむしかない。
 ・長すぎる労働時間は夫婦の時間が持てない、子育ての時間がないなどの理由で、夫婦のすれ違い
  や不和や離婚のもとになる。家事や育児の負担が女性の押し付けられる環境では、男性の長時間
  労働は、女性に結婚をしない、あるいは子どもを作らないという選択を迫る要因となりうる。女
  性が男性なみの働き方を求められる場合はなおさらである。今日の日本における少子化の傾向は、
  こういう要因も働いていることは否定できない。
 ・長すぎる労働時間は家庭生活だけでなく、地域生活をも危うくする。そのことはPTAや自治会
  の集まりに父親の姿がすくないかほとんどいないことに端的に表れている。人びとが仕事に費や
  す時間が長くなればなるほど、地域のボランティアに参加する時間は少なくなり、また人間関係
  は希薄になって、町内の共同業務や助け合いを維持することが困難になる。疲れきっている人が
  多いほど、人びとの他人を思いやる気持ちが薄れ、人間関係が荒んでいく。
 ・生活の大半を仕事に費やし、地域社会とのつながりが希薄である者は、いざ定年退職などにより
  企業から離れると、自宅に引きこもるなどの状況に陥りやすいと指摘されている。
 ・今日の日本のように長時間労働と長時間通勤が一般化している社会では、人びとが職業生活以外
  の社会生活に参加することは容易ではない。その結果、文化活動やスポーツ活動に参加すること
  も困難になり、人びとの多くは受動的、刹那的にしか文化やスポーツに関われなくなっている。
  政治に参加することも困難になり、政治の助け合いをもっとも必要とする人びとがかえって政治
  から遠ざけられている状況さえある。
 ・バブル崩壊で不況が深刻化した1993年以降、うつ病と摂食障害が顕著に増えている。どちら
  も現代社会におけるストレスが原因であり、厳しい経済情勢が続くなかで、リストラ圧力が高ま
  り、人びとが精神的なストレスを蓄積しやすくなっていることが背景にあるといわれる。
 ・最近は心の病のもっとも深刻な結果である自殺が大きな社会問題になっている。自殺者数は、最
  近30年間では1986年に2万5000人を超えた以外は2万人から2万5000人の水準で
  推移していた。それが1998年からは3万人から3万4000人の高水準で推移している。
 ・1980年代後半、バブル期に、ストレス症で精神科を訪れる会社員が増えた。ところがバルブ
  がはじけて以降、そうした受診者はだんだん減っている。それというのも、ストレス程度の訴え
  では外来に行けない、その程度の心身の不調で休めばリストラされるかもわからない、人員削減
  つづきで職場が忙しく、休みようがないというのである。
 ・働きすぎにブレーキをかけるために労働者がすべきことは
   ・自分の家族と時間を大切にし、仕事以外にも生きがいをもつ
   ・家事労働は分担し、近所付き合いや地域のボランティア活動にも参加する
   ・年休はめいっぱい取得し、年に一度は一、二週間の連続休暇をとる
   ・残業はできるだけせず、労働が過重な場合は労働組合や会社に是正を求める
   ・職場の労働基準法違反行為が是正されないときには労働基準監督署に申告する
   ・心身の不調を覚えたときには、ただちに医師の診察を受け、指示の従う
   ・仕事に殺されそうな状態が続くときには転職するなどして自己防衛をはかる
   ・情報ツールによる仕事のボーダレス化を阻止し、時間帯によっては受信を拒否する
   ・サービスや利便性を売り物にする消費のあり方を働き方から見直す
   ・流通・サービス部門で働く人は営業時間と労働時間の明確な区別を求める
   ・働きすぎと浪費の悪循環から抜け出して、スローライフに転換する