アベノミクスの終焉 :服部茂幸

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アベノミクスの効果はトリクルダウンだと言う。
異次元の金融緩和によってマネーを市場にじゃぶじゃぶ放出しすれば、それによって株価
や物価が上昇し、株価や物価の上昇により企業や投資家が儲け、企業や投資家が財布の紐
を緩めて、我々一般庶民も、そのおこぼれにあずかれるということらしい。
しかし、アベノミクスが始まってから2年以上が経過した現在、一部の大企業が少しボー
ナスを増やしたところがあるものの、毎月の賃金を増やした企業はほとんど見当たらない。
ましてや、それ以外の企業は、ボーナスすら増やすどころではないらしい。
株価は確かに上昇した。
しかし、株式投資で儲けられた一般国民は、ごくごく一部に限られる。
それ以前に、株式投資ができる国民は、ごく一部だ。
株式と無縁の国民が大半なのだ。
かくして、このアベノミクスによるトリクルダウンは、我々一般国民には、まったく無縁
の存在だ。
そもそも、アベノミクスそのものが、失敗ではないかとの空気が、拡がり始めている。
最近、米国の格付け会社が、日本の国債格付けをさらに1ランク格下げしたことが、それ
を裏付けている。
アベノミクスは成功どころか、日本の財政赤字にさらに拍車をかけ、日本の財政破綻のリ
スクが、一層高まっているとの見方をしている。
そんな状況の中で、安倍政権は、強引なやり方で、集団的自衛権行使可能のための安保法
案を成立させた。
これにより、日本の防衛費はさらに膨らんでいくことになるだろう。
世界的に見ても飛び抜けた、1千兆円以上という天文学的な数字の借金を抱えた日本が、
米国の戦争のお付き合いのために、さらなる軍事費の増額をしなければならない政策に舵
を切った。
この軍事費用をどのようにして捻出するのか。消費税率をさらに15%、20%と上げて
いくのか。それとも福祉予算をさらに削るのか。いずれにしろ、我々国民は、これによっ
て、ますます苦しめられることになる。お隣の「将軍さまのいる国」を笑ってはいられな
い。
このままでは、日本が他国から攻められる前に、我々一般国民が貧困で滅んでしまう。
「国家あれど民の姿なし」だ。


まえがき
・アベノミクスは異次元緩和という第一の矢、公共事業拡大による国土強靭化という第二
 の矢、成長戦略という第三の矢からなるとされている。第一の矢における経済学の理論
 的基礎はニュー・ケインジアンの金融政策論、第二の矢については土建ケインズ主義で
 ある。第三の矢は新自由主義経済学の要素が強いが、100%そうともいえないようで
 ある。三本の矢は、それぞれ別個に理論的基礎を持つと同時に、それらの間の整合性も
 よくわからない。特に大きな政府を志向する第二の矢と小さな政府を志向するかにみえ
 る第三の矢は矛盾しているようにみえる。
・三本の矢はそれぞれウエイトが3分の1ずつというわけでもない。アベノミクスの主役
 は第一の矢、脇役が第二の矢であり、第三の矢はまだ登場していない。
・異次元緩和の理論的基礎を提供したのが、FRBの前議長バーナンキであった。そのバ
 ーナンキは2000年代前半の住宅バブル期に、バブルとバブルの中で拡大する返済で
 きない負債について否定していた。バブルが崩壊してからも、アメリカ経済は日本のよ
 うなことにはならないと、金融と経済の危機を繰り返し否定した。
・そもそも、1990年代ですら、日本の経済は全体として成長していた。2000年代
 には戦後最長のいざなみ景気もあった。アベノミクスが始まる前をみても、日本経済は
 08年の危機から回復していた。今では失われた20年ともいわれるが、20年以上、
 日本経済は文字通りの意味で停滞を続けているわけではない。  
  
異次元緩和は成果を収めているのか
・日本の長期停滞の原因はデフレであり、そのデフレの原因は日銀が金融を緩和しないた
 めであるという経済学者がいる。この経済学者のグループはリフレ派とも呼ばれている。
 フリレ派の主張にしたがい、安倍首相がデフレ脱却のために日銀による無制限の金融緩
 和を訴えたのは、首相になる前の2012年11月のことだった。直ちに株価上昇と円
 安が進行した。2013年3月にはリフレ派の黒田東彦が日銀総裁に就任して、4月に
 はリフレ派の主張にそって、異次元緩和が始まった。  
・2013年前半の経済成長率は極めて高かった。この時期のリフレ派は天頂にいるよう
 だった。皮肉なことに、異次元緩和が始まると、日本経済は失速した。全体的には株価
 上昇も円安もストップした。2013年後半の経済成長率も低迷した。
・日銀は2013年4月、量的・質的金融緩和の導入を決めた。その規模が巨大なことか
 ら、異次元緩和とも呼ばれている。その柱は、2年を目処に消費者物価上昇率を2%程
 度まで引き上げることと、マネタリーベースを年間60兆円のペースで増加させること
 である。
マネタリーベースは、2012年末には138兆円であった。日銀の説明では2014
 年末にはそれが270兆円と倍増することになっている。日銀が証券を購入すると、購
 入先にその代金が支払われる。こうした方法で日銀はマネタリーベースを増加させてい
 る。しかし、マネタリーベースを計画通り増加させることと、日本経済が計画通りに復
 活することはまったく別の話である。
・安倍が日銀による無制限の金融緩和を訴えると、直ちに株価上昇と円安が進行した。こ
 の円安と株価上昇は、実際には、そのほとんどが異次元緩和開始前に生じたことである。 
・株式や外貨の投機によって利益を得ようと考える投資家たちも、アベノミクスに本当に
 効果があるのかどうかではなく、他の人々がアベノミクスに対してどのように考え、行
 動するかを考えて、投資をするかどうかを決めなければならない。アベノミクスそれ自
 体に効果がなくても、投資家たちが(間違って)効果があると思い込めば、株価上昇と
 円安が生じるのである。  
・経済が成長するとき、輸入も増加し、それが貿易赤字を増加させる。このように貿易赤
 字の原因が経済成長自体にあるならば、問題はないであろう。しかし、円安にもかかわ
 らず、輸出が伸びず、円安に加えて、経済成長率が低迷しているのに、輸入が急増して
 いるのが現状である。深刻な状況といえよう。
・アベノミクスの第二のつまずきは、輸出拡大による経済復活に失敗したことである。逆
 に輸入の拡大が、貿易収支、経常収支を悪化させるとともに、日本の経済回復を妨げて
 いる。安倍首相とリフレ派が述べていたのと正反対のことが生じだのである。   
・大部分の家計は労働によって賃金を稼ぎ、それを消費に使っている。賃金と所得が急減
 する状況では、長期的にも消費が増加することはないであろう。異次元緩和の第三につ
 まずきは、賃金が低下し、消費が落ち込んだことである。  
・そもそもリーマン・ショック後の世界同時不況以降、日本経済が文字通りの意味で停滞
 していたわけではない。底だった2009年初めから計算すると、アベノミクス前まで
 に、日本経済は7%程度も成長している。2013年前半にはさらに2%成長した。逆
 に異次元緩和が始まってからの経済成長率は低く、しかもその成長は政府支出と消費増
 税前の駆け込み需要によって支えられている。異次元緩和が日本経済を順調に回復させ
 たとは言えないであろう。  
・安倍が首相になる前に、無制限の金融緩和を行うべきだと提唱すると、直ちに円安と株
 価上昇が生じた。すると、安倍の周りの政治家や経済学者は、早速、市場がアベノミク
 スを支持していると訴えた。  
・逆に2013年5月には株式市場の大暴落が生じた。市場がアベノミクスを拒否したこ
 とになる。ところが、安倍首相とその関係者は、株価には一喜一憂すべきではない、有
 効求人倍率は順調に上昇していると述べた。悪いデータを無視すると同時に、よいデー
 タを示して反論したのである。
・異次元緩和前に生じた株価上昇と円安が、異次元緩和実施後すぐに止まったならば、異
 次元緩和は失敗だったと考えるのが普通である。しかし、政府・日銀は、彼らに都合の
 よい政策評価を行うことによって、異次元緩和に効果があったかのような錯覚を作り出
 したといえる。  
・2013年前半の経済成長率は高かった。逆に2013年後半の成長率は低迷した。こ
 れに関しても、2013年前半の高成長は景気回復期の一時的な高成長とみなし、
 2013年後半の低成長、あるいは事実上のマイナス成長は異次元緩和の失敗と考える
 のが、普通の評価の仕方である。ところが、政府・日銀は2013年前半の高成長をア
 ベノミクスの成果であると主張し、2013年後半の低成長は問題としない。他方、有
 効求人倍率は順調に上昇し、リーマン・ショック前の水準を越えた。政府・日銀はそれ
 を異次元緩和の成果であるかのごとく論じる。けれども、実際には有効求人倍率の上昇
 は以前から始まっていた。  
・金融危機後、住宅バブルの原因はFRB元議長グリーン・スパンの過剰な金融緩和と金
 融の規制緩和にあるという批判が広がった。バーナンキに対する批判もある。しかし、
 グリーンスパンもバーナンキも、金融緩和がバブルを引き起こしたことを認めていない。
 代わりに、世界的な貯蓄過剰にその責任を帰した。貯蓄過剰とはその国の稼ぐ所得より
 も支出が小さいということである。貯蓄が過剰な国とは、日本、中国などの東アジア諸
 国や、ロシア、サウジアラビアなどの産油国、ドイツである。責任を外国に押し付ける
 ことによって、自らの責任を回避しているのである。
・人間の社会では、むき出しの暴力だけが「力」ではない。特に現在の民主主義国ではむ
 き出しの暴力は抑制されている。そこでは、理性に基づいた討論が国の行く末を決める
 ことが原則とされている。したがって、自分に有利な「物語」を作ることは、権力を握
 る手段ともなり、自己の権力を正当化する手段ともなる。
 
異次元緩和を支える経済学
・日銀が銀行に資金を供給するルートは基本的に二通りある。一つが国債などの証券を購
 入するルートである。日銀が国債を購入すると、その代金として資金が供給される。こ
 の場合、銀行が保有する日銀当座預金は増加するが、それと同額の国債が減少する。銀
 行の資産の中身が変わるが、総額は変わらない。国債以外の証券を購入しても、資金が
 供給されることには違いがない。しかし、日本でもアメリカでも、国際は最も安全な証
 券とされ、市場も整備されている。そのため、国債を購入するのが普通である。
・もう一つのルートが銀行への貸出である。借りた銀行の日銀当座預金は増加するが、そ
 れと同額の借金を日銀に対して背負うことになる。今では日本でもアメリカでも資金供
 給のルートは基本的に国債購入が中心となっている。 
・現在、経済統計上の貨幣とされるもの(マネーストックという)は現金と預金である。
 けれども、金融機関と中央政府の保有する現金や預金はマネーストックには含まれない
 ので、日銀が供給した資金が金融機関に留まっている限り、マネーストックは増加しな
 い。
・通常、日銀当座預金には利子がつかない。そのため、銀行は利子を稼ぐために、引き出
 して、企業などに貸し出すであろう。すると、企業の預金口座に資金が振込まれる。場
 合によって、銀行は国債を購入するかもしれない。国債を発行することによって、資金
 を得た政府が企業から物品を購入すると、企業の手に貨幣が渡る。ここで初めて市中に
 貨幣が供給されたことになる。
・銀行間で短期的な資金を貸し借りするインターバンク市場が作られている。このインタ
 ーバンク市場における金利がコールレートである。日銀が大量に国債を購入すると、お
 金があまる銀行が増加する。インターバンク市場において、貸出が増加し、コールレー
 トが低下する。逆に日銀が大量に国債を売却すると、お金の不足する銀行が増加し、コ
 ールレートが上昇する。ただし、コールレートは様々な利子率の一つでしかない。設備
 投資を行おうと考える企業や、住宅を購入しようと考えている家計が借りる利子率や、
 家計が銀行に預金した時に利子率のほうが、我々の経済にとって重要であろう。
・金融緩和によって潤沢に資金が供給されると、安全な人だけを対象にしていると貸出先
 が不足する。そのため、資金の貸出先を広げるために、金融機関は審査の基準を緩め、
 普段は借りられない危険な借り手にも、比較的低い金利で資金を貸し出そうとする。ち
 なみに2000年代前半のアメリカの住宅バブルの中で、アメリカの金融機関は本当は
 住宅ローンを返済できない人に貸し出していた。バブルの中で住宅価格が上昇している
 ので、普通ならば住宅ローンが返済できない人であっても、価格が上昇した住宅を売却
 すれば、利子も含めてローンは回収できると信じていたからである。 
・住宅バブルによって破綻率が下がったため、貸し手の金融機関はバブルの中でリスクが
 低下したと信じていた。しかし、バブルが崩壊すると、金融機関は破綻したのである。
・投資家が自己資金で投資を行おうとする場合でも、利子率が低くなれば、わずかな利子
 を目当てに銀行に預金するよりも、株を購入したほうが相対的に有利となる。このため、
 利子率が低下すると、株を購入する投資家が増加し、株価が上昇することになる。
・外貨もまた資産の一つである。金融緩和によって、日本の金利が低下すると、外貨預金
 や外国の国債を購入することが相対的に有利となる。すると、為替レートが円安の方向
 に進む。円安が進行すると、日本の輸出が増加する。あるいは数量が同じでも、円建て
 の価格が上昇する分だけ、輸出企業の利益は増加する。逆に輸入品の価格も上昇する。
 輸入品の価格上昇の一部は最終消費財の価格へと転嫁されるであろう。こうして輸入イ
 ンフレが促進される。
・バーナンキは2000年代のアメリカ経済の括弧付きの「回復」を支えたが、住宅バブ
 ルとバブルの中で広がる返済不可能な負債の拡大だったということが理解できなかった。
 現在、黒田総裁も岩田副総裁も低いプラスの経済成長を支えるものが政府支出と消費増
 税前の駆け込み需要であることが理解できていない。消費者物価の上昇が輸入インフレ
 によるものであることも理解できていない。
・すべての預金者が一斉に預金を引き出そうとする時には、利益を上げている銀行でもそ
 れに応じることはできない。金融危機といえども、健全な銀行も存在する。こうした銀
 行からは預金を引出す必要はないはずである。しかし、どの銀行が破綻しないのかを判
 断するのは難しい。そのため、わずかな利子を目当てに預金をするのは割にあわないと
 判断した預金者は、早めに預金を引出そうとするであろう。そして、すべての預金者が
 こうした行動をとれば、健全な銀行もまた破綻してしまう。
・預金保険制度というのがある。金融機関の破綻が不良債権によって損失を拡大した結果
 である場合ならば、最後の貸し手によってその銀行を救うことはできない。しかし、銀
 行を破綻させると、預金者が損失を被り、それが他の銀行に対する取り付け騒ぎを招く
 おそれがある。そこで、預金を保護することによって、取り付け騒ぎの拡大を防いでい
 る。なお、預金保険制度には通常は上限がある(日本の場合は1000万円)。しかし、
 深刻な金融危機が起こった時には、この上限は取り払われる。実際にもサブプライム金
 融危機時には、欧米諸国は上限を取り払っている。
・中央銀行はリスクを背負わないのが原則である。融資対象となるのは安全な金融機関の
 みであり、購入対象となるのは安全な証券のみである。リスクを背負って、破綻する危
 険の高い金融機関に融資したり、破綻する可能性の高い証券を購入したりするのは、政
 策金融の仕事であり、これは財政政策に分類される。しかし、世の中には絶対安全とい
 うものは有り得ないから、リスクの問題は結局のところは程度の問題である。
・異次元緩和はインフレ期待を通じて効果を発揮すると主張する。インフレが生じると人
 々が予想すると、物価が上昇する前に人々が物を買おうとするので、インフレが本当に
 生じるというのである。 
・金融緩和を行えば、なぜインフレ期待が生じるのかに明確な根拠はない。実際、アメリ
 カの量的緩和政策によって、アメリカのインフレ期待が急上昇したわけではない。

財政政策と公共事業
・アベノミクスの第二の矢は国土強靭化である。
・バブルの中で人々は借金をして、支出を拡大させた。それがバブル景気を拡大させた。
 けれども、バブルが崩壊すると、人々にはバブル期にした借金の返済が迫られる。借金
 を返済するために、支出を切り詰め、黒字を作り出さなければならない。それが不況を
 引き起こしているのである。 
・2008年の危機以降、経済危機を乗り切るために、各国政府は財政出動による景気対
 策に乗り出した。けれども、財政刺激策は長続きしなかった。不況による経済の落ち込
 み、金融機関の救済、そして、景気刺激策によって、各国の財政状況は著しく悪化した。
 財政の悪化を受けて、各国は緊縮財政に乗り出した。直接のきっかけはギリシアの財政
 危機である。ギリシアの財政危機は、アイルランド、イタリア、ポルトガル、スペイン
 へと飛び火し、ユーロ危機を引き起こした。もしユーロが暴落すれば、それを救済でき
 る者はいないかもしれない。
・そもそも政府支出の削減の始まりは経済の落ち込みにある。経済の落ち込みの結果、税
 収も落ち込む。そこでお、政府は借金をしなければならない。国債を購入する人がいる
 限り、それで構わないかもしれない。しかし、ギリシヤや他のGIIPS諸国では、債
 務危機が生じ、国債を購入する人がいなくなった。いても高い金利を要求されるように
 なった。こうして政府は支出を削減せざる得なくなった。そして、政府が支出を削減
 すると、需要が削減され、経済も悪化する。
・ギリシヤと異なり、日本の国債は圧倒的大部分が国内の金融機関によって保有されてい
 る。金融機関からすれば、優良な大企業もまた、潜在的には有望な借り手であろう。し
 かし、日本では長期的な停滞の結果、大企業は借金をするのではなく、内部留保を蓄え
 始めた。中堅・中小企業は依然として、銀行からの借入に頼っているが、彼らへの貸出
 はリスクが高い。そうした状況では、金融機関にとって、国債は重要な資金の運用先で
 ある。同時に日本は世界最大の債権国である。日本の金利はほとんどゼロなので、世界
 経済が好調な時には、日本から外国への資金や投資や貸出が増加し、円安となる。逆に
 世界経済が悪化した時には、この資金が回収され、円高となる。回収された資金は日本
 人にとって最も安全な証券である日本国債に投資される。こうして世界経済が悪化した
 時に、円高となり、国債金利は下がる。 
・他方、アメリカは国債の半分を外国人が保有し、世界最大の経常収支赤字国、債務国で
 あるなど、ギリシアと極めて似通っている。しかし、アメリカは事実上の基軸通貨国で
 ある。世界の多くの人々にとって、世界で最も信頼できる通貨はアメリカ・ドルであり、
 最も安全な証券はアメリカ国債である。そのため、世界経済が危機に陥ると、ドルの価
 格は上昇し、アメリカの国債の金利は下がることになる。
・日本の高齢化は、現在の水準と進行速度の双方で世界で最高水準である。日本の社会保
 障の原則は保険方式である。けれども、政府も一部の費用を負担している。高齢化が進
 んだため、一般会計の負担も急増することとなった。
・無駄遣いを減らして、政府の規模を小さくすべきだという主張は依然として強い。無駄
 遣いをなくすことは、抽象論としては望ましいであろう。けれども、政府の規模拡大の
 主たる原因は高齢化であり、社会保障費を削減することなく、政府の規模を小さくする
 ことはできないであろう。また、経済停滞といっても、すべての人が同じように停滞で
 苦しんでいるわけではない。生活保護や失業手当の削減は対象となる人々の生活を破壊
 するかもしれない。さらに、景気対策という面だけから考えても、貧しい人々に所得を
 移転することは、需要を拡大し、経済を下支えすることになる。人口の高齢化は政策と
 は関係なく生じたことであるが、社会保障の拡大は結果的に経済を下支えすることに役
 立ったと考えられる。
・日銀は紙幣を印刷する権限を持っている。そのため、政府の借金を日銀に押し付ければ、
 無限に借金をすることが原理的にはできる。そういうことを防ぐために、財務法では政
 府が日銀に国債を引き受けさせたり、日銀から借金をしたりすることを禁止している。
 けれども、日銀は国債を購入することによって、マネタリベースを供給している。経済
 理論上は、市場から国債を購入するのと、政府から直接購入するのとは変わりがないは
 ずである。

成長戦略とトリクルダウン
・格差が大きい国では、精神病や麻薬が広がる。国民の間で肥満が拡がり、不健康になり、
 平均寿命が縮まる。人々の間の協力関係がなくなり、経済学の言葉でいう「社会的資本」
 が破壊される。教育レベルは低下し、10代の少女の妊娠が増加する。犯罪も増加する。
 こうして社会を荒廃させるのである。
・生物的な必要性が満たされると、人間の欲求は社会的なものへと移る。しかし、格差の
 大きい社会では、底辺層は社会的な承認を得ることができない。上層は経済的には恵ま
 れていても、ストレスが大きい。格差の大きな国に住むことは、底辺層にとって不幸で
 あるだけでなく、上層にとっても不幸であるという。
・平等という問題について、古くから議論されてきたのは、機会の平等か、結果の平等か
 ということである。アメリカは格差社会であることは、今では広く知られている。しか
 し、アメリカは「機会の国」であるという通念がある。 貧しく生まれた人々であって
 も、努力次第でスーパーリッチになることは可能である。こうした機会の平等がある限
 り、結果の平等を考慮する必要はない。逆に結果の不平等は人々の努力を刺激し、望ま
 しいことであるという。こうした話は格差社会を正当化するために都合がよい。それだ
 けでなく、こうした「思い込み」によってアメリカは利益を得てきた。問題はこの話が
 正しくないことにある。 
・「政治家は国民の声を聞け」という意見は抽象的には正しいとしても、政治家が国民の
 すべての人の意見を聞くことは物理的にはできない。議員の日頃の交際相手となるのは、
 経済的、社会的地位の高い人々であろう。社会的偏見の効果もある。お金持ちや地位の
 高い人は立派な人であり、彼らの意見は聞くに値するのである。逆に貧しい人、社会的
 地位の低い人は議員に意見を述べる機会は乏しいし、もし機会があっても、軽視される。
 こうして貧しい人、社会的地位の低い人は政治的に疎外される。スーパーリッチの政治
 的影響力が強まると、彼らに有利な制度も作られる。
・アメリカでは貧しい家に生まれた、成績優秀な子供よりも、裕福な家の生まれた、勉強
 のできない子どものほうが大学進学率が高いこともよく知られている。お金持ちの子弟
 はスタートラインにおいて恵まれるだけでなく、結果が劣っていても優遇されるのであ
 る。貧しい家に生まれた子どもは二重にハンディキャップを背負うのでる。貧しい家庭
 に生まれても、優秀な子弟が高度な教育を受けられる教育制度と、無能でも、裕福な家
 庭に生まれた子弟が高度な教育を受けられる教育制度のいずれが、その国の発展にとっ
 て望ましいかは明らかだと思う。しかし、できが悪い子どもを持った裕福な親にとって、
 いずれの制度が望ましいのかも明らかであろう。
・競争は必要だという主張は抽象的には正しいであろう。日本の企業も従来のぬるま湯体
 質を打破しなければならないということで、成果主義が導入された。しかし、それによ
 って大失敗を犯したのが、富士通とソニーだということは今では通説のようになってい
 る。こうした失敗に学ぶことなく、成果主義は公務員や大学にも導入されている。そも
 そも、成果は本人の努力や能力だけでなく、外的要因によっても影響を受ける。正しい
 成果主義のためには、外的要因を排除しなければならないはずである。
・アメリカ式の成果主義は正しい成果主義とはいえない。けれども、この正しくない成果
 主義は経営者にとっては極めて有利な仕組みといえる。日本において、成果主義が導入
 されたのは、賃金引き下げの手段としての要素が強かった。経営があっかした企業は人
 件費の削減を望んでいた。しかし、給与を下げるのは難しい。場合によっては、経営を
 そこまで悪化させた責任を、経営者が追究されることになる。けれども、成果主義の下
 で給与が下げるのは、経営者が無能だからではなく、給与を下げられた人が無能だから
 ということになる。責任転嫁のシステムとして、成果主義は優れているといえる。結局、
 日本でもアメリカでも、成果主義はその導入者の利益を守るために行われた。そして、
 その意味でならば、それなりの成果をあげたといえるかもしれない。しかし、それが企
 業の経営を改善させるかどうかは別である。
・成果の測り方の問題がある。仕事には数値による評価が容易なものと難しいものがある。
 営業の世界でどれだけ物を販売したかは数値で管理できる。だから、昔からノルマによ
 る管理がなされてきた。けれども、総務や人事の世界では成果を数値化できない。とこ
 ろが、成果主義や目標管理制度はこうした意味のない世界でも導入されている。
・そもそも、企業でも個人でも、成功する者はすべての分野で優れているわけではないし、
 失敗している者がすべてにおいて劣っているわけではない。経営学の本を読んでみても、
 企業の戦略とは何をするかと同時に何をしないのかを決めることだと書いてある。
・レーガノミクスが始まった時、その戦略はトリクルダウンだといわれてきた。アベノミ
 クスもまた、企業の利益を賃金上昇に結びつけるという点でトリクルダウンを図ろうと
 している。その意味でトリクルダウンが機能するかどうかは、アベノミクス全体の試金
 石となるものである。    
・アベノミクスから1年以上たっている現在、トリクルダウンは生じていない。いざなみ
 景気時もトリクルダウンは生じなかった。レーガノミクスの時代からアメリカではトリ
 クルダウンは生じていない。未来のことは誰にも正確なことはわからない。しかし、少
 なくとも現時点でアベノミクスの下でトリクルダウンが生じると信じる根拠はないと言
 えるであろう。 
・いざなみ景気は輸出拡大によって、戦後最長の好景気を作り出した。他方、アベノミク
 スは円安によって、製造業の大企業の利益を急増させたが、数量の上では輸出は伸び悩
 み、輸入は急増した。経済成長率も低迷している。いざなみ景気は戦後最長の好景気に
 もかかわらず、賃金は低下した。この点はアベノミクスの下でも同様である。これまで
 のところ、アベノミクスはいざなみ景気と悪いところは同じであり、よいところでは遥
 かに及ばない。この意味でアベノミクスはいざなみ景気の劣化版だといえよう。
・アベノミクスの重要な最終目標の一つは賃金の上昇であろう。しかし、アメリカ・モデ
 ルにしたがって、企業の業績が回復したとしても、賃金上昇に結びつくとは限らないこ
 とは、他ならぬアメリカ自身が示している。円安が止まったこれからは、製造業の大企
 業の利益回復ですら、今までのように続くかどうかも疑われる。

失敗から学ばない愚か者は同じ失敗を繰り返す
・雨乞いも雨が降るまで続ければ、雨を降らせることができよう。運がよければ、金融緩
 和も長く続けると、経済は回復できる。金融緩和を続けなくても、運がよければ、経済
 は自立的に回復するからである。政府・日銀は異次元緩和の前の好調な経済は異次元緩
 和の成果であると主張する。他方、異次元緩和後の低迷する経済は異次元緩和の失敗を
 意味しない。雨が降るのは雨乞いの成果であるが、雨が降らないのは雨乞いの失敗では
 ない。こうした歪んだ政策評価によって、彼らは政策効果があったかのように思わせて
 いるのである。 
・アベノミクス前の日本経済は、欧米諸国と比べても、その回復は遅れていない。逆に異
 次元緩和開始後の経済成長率は、低迷している。ここから生じる自然な疑問は、異次元
 緩和には効果がないのではないのかということであろう。 
・しかし、黒田=岩田日銀の下で経済成長率が低迷していても、単に無視される。低迷し
 ていることは認めても、その対策は追加の金融緩和となる。雨乞いで雨を降らせること
 ができないならば、もっと強力な雨乞いを行えばよいのである。こいして雨乞い師の失
 敗は免責される。そして、異次元緩和に政策効果があるかという根本的な疑問は、無視
 される。けれども、政策は手段であって、目的ではない。政策に効果がないなら、政策
 を拡大させるというのは、手段の自己目的化であり、病理現象である。