打たれ強く生きる :城山三郎

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生きるということは苦行に近い。辛いこと、悲しいことに耐え、打ち勝って生きていくし
かない。楽しいこともたまにはあるが、苦しいことや辛いこと悲しいことのほうが圧倒的
に多い。
そんなにしてまで、なぜ生きるのかと言えば、生まれてきたから。あとはひたすら生きる
しかない。人生に目的なんてありゃしない。ただ、こと果てるまで、ひたすら生きるだけ
である。
人間、最後に残る「生きる力」は知的好奇心なのかもしれない。どんな境遇下に置かれて
も、知的好奇心を失わないように、せっせと燃料を補給し続ける。このことを忘れないよ
うにしたい。

大きな耳
・むつかしい時代になった。全身を耳にして、情報を集めなければならない。
・もちろん新聞もよく読んだ。仰向けに寝たまま毎朝一時間、七種類の新聞を読む。
・全身が耳、一日中耳である。大きな耳のひと、という他ない。それだけ大きな耳を持ち
 続ければ、だれでもかなりのことができるにちがいない。
・第一は、自分が部下にとって「この人なら本当のことを話してもいい」と信頼される上
 役になること。
 第二に、どういう話、どういう話し方をすれば、部下が話に乗ってきて、どんどん本音
 をいってくれるようになるかを知ることである。それは部下一人一人で違う。そのため、
 平素から十分、部下についてよく観察し、よく勉強しておかなければならない。
・部下をまるごとのみこんでおくことで、そうなってしまうと、たとえ嫌な部下でも、嫌
 なやつと思えなくなる。そのとき、部下ははじめて「この上役のためなら」と本当にい
 いアイデアを出してくれる。
・会社の仕事以外に勉強するように。宇宙物理学でもなんでもいいから、目標を決めて挑
 戦せよ。それも、基礎が大切である。基礎的な勉強からはじめて、勉強が面白くなるま
 でやめてはいけない。
・文学や芸術に触れよ。漢詩などの古典は、いざというとき、心の支えになる。いい音楽、
 いい美術、いい映画も同様である。そうしたうるおいを持たなければ、長い人生はつら
 いものになる。
・漫然と日を過ごしたり、レジャーなどにうつつをぬかすのは困るが、会社のためにカリ
 カリ働くだけが能ではない。もっと大きな人間に自分をじっくり育て上げなさい。それ
 が自分のためにも、会社のためにもなる。
・考えてみれば、人生はこうした悔いの繰り返しである。とすれば、悔いだけでなく、と
 にかくその中に入り込んでみて、得られる限りのものを吸収し、そこから出られる日を
 待つしかない。
・その気になれば、次から次へと勉強の材料が出て来たはず。それは、どんな職場につい
 ても言えると思う。初心である限り、人生はいくらでも広がって行くものなのである。
・いい話とは、豊かな話題、ああこの人はよく勉強している。よく世の中や人のことを観
 察している。豊かな関心を持って生きている。そうしたことの匂ってくる話である。
 逆にいえば、つまらないのは、自己宣伝ばかりする客、こちらに質問ばかりしてくる客
 である。
・いまはそういう時代なのだ。英術肌の専門職だからといって、黙っていては売れるのも
 売れない。自分が売らなければ、誰が売ってくれるのか。
・ひとをほめるときは、思い切って、手放しでほめ上げ、ひとをその気にさせる。
・励ますときには、思いきって励ます。繰り返し励ます。そして、不安や動揺を取り払っ
 てやる。自信などというものは、まともに考えれば、だれでもなくなってしまうかもし
 れない。専門職ひとすじで生きてきた男が、もしその専門に自信を失ったら、何が残る
 というのか。まかりまちがっても、自信を失うことのないよう、自分も自分のまわりも
 固めておく。それも専門職の工夫のひとつなのだ。
・芸術家肌の気まぐれだけでは、現代の専門職はつとまらない。むしろ機械のようにきび
 しく自分を律する必要があるのではないか。
・孤独を愛し、孤独に耐えることは、もともと専門職の宿命なのだ。ただし、それだけで
 は成り立たないことも。
・どんな仕事に就かされても、どんな土地へ行っても、必ずその行先には勉強することが
 あるはず。また、その行先にかかわらず、勉強しつづけることも多いはずである。日頃
 から、知的好奇心のために、せっせと燃料を補給するくせをつけておくことである。
・人間、七十五を過ぎると、それから先は、一年一年生きることだけが仕事になる。さま
 ざまな病や、深まる老いと戦う。それだけでも人生の一大事業なのであろう。

新しい企業英雄
・「信頼と感動の経営」全社員がお互いに理解し合い、信頼し合い、そして励まし合う。
・同じ品物を、同じような技術と経営手法でつくりながらも、強い会社と弱い会社、栄え
 る会社とつぶれる会社が出てくる。そのちがいは、どうしてできるのか。それは、経営
 学の理屈を超えたもの、人間的な何か、である。社風というか、会社の気風というか、
 きわめて精神的なものなのである。だから、これからの管理職は、ただ技術や経営のエ
 キスパートになるというだけでなく、そうした精神的なものを社内にみなぎらせる役割
 も果たさなければならない。そうした精神的なものを自ら体現するだけでなく、他の管
 理職も使って、盛り立てる。つまり、社風を象徴するような管理職を多く持つことが、
 強い企業には必要である。
・創業者である個性の強い経営者が、そのままその会社のシンボルである、ということが、
 日本の企業でも往々見受けられる。だが、そうしたあくの強い創業者が死んだあと、ど
 うすればよいのか。代わりになるシンボルはあるのか。
・創業期の活気を蘇らせるためには、「無法者英雄」が必要であり、創業の精神を見失わ
 ぬためには、「羅針盤英雄」を置いておくことである。あるいは、創業時に苦労した人
 を、役に立たなくなってからも、「御神木英雄」として残しておくことである。
・新しい英雄ともいうべきシンボリック・マネジャーには、どういう人がふさわしいのか。
 第一に、人間痛であること。人間に興味を持ち、じっくる観察できるひと。そのために
 は、感受性をみがき、他人の言うことをよく聞くひとでなければならない。第二に、忍
 耐強いひと。英雄の役割をつとめるためにも、あるいは英雄を管理するためにも、とに
 かく耐えねばならないからである。第三に、淡々たる人柄であること。新しい企業の英
 雄は、状況が変わったり、機能を果たせば、たちまち不要となる。そのとき、さっと退
 ける人間でなくては、他人を退かせることもできなくなる。やるときはやるが、自らの
 栄達や権勢にとらわれない。それが新しい英雄である。
・新しい企業英雄の条件
 一、よき組織観察者であること。グループ全体の気分がいらだっているか、沈み込んで
   いるか等々、すばやく的確に読みとれなくてはいけない。
 二、無視していいか、いくとか刺激となるものを仕掛ける必要があるのか、それとも全
   社的に動きを起こすべくなのか、判断しなければならない。その的確機敏な判断力
   が必要である。
 三、要求される英雄としての役割を、みごとに演じなくてはならない。その意味では、
   すばらしい役者になれるようでなくてはならない。
 四、役割を演じ続けるというのは、つらくて、孤独な仕事である。披露もストレスもた
   まる。それにじっと耐え、自信を失わぬとともに、自分で自分を慰めることのでき
   る人でなければならない
 五、英雄になるためには、勇気を持たなければならない。
・この世界は不平等と思え。平等ということを考えだしたら、不平が次から次へと出てき
 て、集中できなくなる。その迷いを頭からポンと断ち切ってしまうのだ。
・人間ひとりひとり皆ちがっている。だから、ひとりひとりの人生がちがうはずである。
 早熟の人もあろうし、晩成の人もあろう。自分がどういう人間であるかをよく見きわめ
 て、毎日の生活においても、人生の設計においても、自分の時計に合わせて生きていく
 ことである。

歩け歩け
・理屈どおり事が運ぶものなら、この世は人間の国ではなく、神の国になってしまう。感
 情が介入するから、この世はおかしく、悲しく、腹立たしく、つまり人間の世界となる。
 やはり人間は感情の動物であり、理屈にとらわれていたのでは、得るべきものも失って
 しまう。

ぼちぼちが一番
・人生あわてても仕方がない。まわりはどうあろうと、自分は自分で、たったひとつしか
 ない人生を大事に見つめて歩いていく。それも、家康のように、「重荷を負うて遠き道を
 歩む」などと気負うこともない。人生それほどたいしたものではない。こく素直に、ぼ
 ちぼちと歩けばいい。また、ぼちぼちだからこそ、歩き続けられるのではないか。ぼち
 ぼちとは、ともかく、前に向かって歩いていることである。自分のペースで歩き続けて
 いるということである。
・マスコミの脚光を浴び、ライバルに負けまいと、急成長し、急破綻していった数多くの
 人たちを、私は思い浮かべずにはいられない。それは、マスコミの世界でも、また経営
 者の世界でも、同様であった。
・静かに行く者は健やかに行く。健やかに行く者は遠くまで行く。
・頭は少し弱めがいい。頭がいいと、いろいろなことに気づき、気が回り、また行先きの
 こともあれこれと計算したりして、一事に集中できない。頭が少し弱いということは、
 鈍いということであり、細やかなことに気を使ってくよくよすることがないということ
 である。
・エリートは、とにかく自分を完全と思い、また完全を期待するので、何か失敗かショッ
 クを受けると、大きくくずれやすい。拳闘の選手でも、鋭いパンチを持っている男より
 も、そうした格別の利器がなくても、打たれても打たれてもなお倒れない男のほうが、
 チャンピオンになる確率が高い。という。打たれ強い男でないと、これからは生き残れ
 なくなる。
・死ねば無でしかないことや、人間がいかに無力な存在であるかを、実感してきた。そこ
 から逆に、人生の原点が常に死であると思えば、少々の挫折などなんでもない、という
 ことになる。
・女の心というものは、本当のところは最後までわからない。
・それは、ただ異性についてだけでなく、どんな人間の中にでも、強みや、不可知のもの
 がある、という見方なのではないか。「あいつはあの程度の人間だ」と決め付けてしま
 うことから、多くの間違いが生まれる。「あの程度の人間」の中にも、やはり強みや不
 可知のものがある。おそれる必要がないが、そうした現実から目をそらさぬ方がいい。
・東大などの一流校を出て、中央官庁に就職したエリート中のエリートの自殺が、ときど
 き伝えられる。不満があったり、挫折があったりしたところで、前途洋々の身である。
 少し辛抱さえしていれば、楽々と天下の王道を歩いて行けるのに、と思うのだが、やは
 り死を思いつめる他なくなるのだろう。
・どんな人間にも深く付き合えばよさがあるのだが、深く付き合いとか、付き合いに耐え
 るという習慣を身につけないまま、大人になってしまった。就職してみると、同僚も上
 役も、自分で選んだ人間ではない。内心、知的に劣ると思った人たちがいても、じっと
 耐えて行かなければならない。そのことがやりきれなくなる。
・人間は万能ではなく、いくらエリートでも大学では習わなかった官庁事務については、
 ただ考えてわかるわけではない。だが、エリートの誇りが、助けを求めることを許さな
 い。とにかくひとりで抱え込み、ひとりで悩み続ける。
・なまじっか学校に行っていると、裸になって人に聞けない。そこで無理をする。人に聞
 けばすくにつかめるものが、なかなかつかめない。こんな不経済なことはない。
 
配転にはじまり
・配転や降格によって、当人は、「わがこと終われり」と落胆したかもしれないが、しか
 るべきトップたちは、むしろそれが新しいはじまりと見ているのだ。そこで絶望して、
 落ち込んでしまったり、やけになては、そのときこそ、本当の終わりが来る。
・人はそれぞれ才能や能力のちがいがある。仕事への敵不敵ということが出てくる。それ
 に、たとえ適した仕事であっても、勘が狂うこともあれば、気力や体調が整わぬときも
 ある。髪でもスーパーマンでもない以上、それは避けられないことだ。そのときには、
 一休みさせてもらうか、場を変えてもらった方がいい。降格や配転は、その意味では、
 むしろ救いではないのか。少なくとも、ピッチャーの交代以上の意味はない。
・もうじたばたしない。あれこれ考えない。平凡なことだが、「成るようにしか成らぬ」
 と、一切をあきらめ、天に任せた。おかげで、気分だけは楽だった。長い人生には、幾
 度かそういうときがある。絶望するのではない。観念するのである。
・人生はただ一回限りで、やり直しがきかない。それならどう生き通すか。それは義務感
 とはちがうし、また、理屈や損得以上に強いものであったはずだ。それに理屈や損得は、
 負かされたり、奪われたりするが、だれも姿勢を奪うことはできない。
・権力や贅沢に心ゆらぐようでは、打たれ強い男にはなれるはずがない。
・「裸にて生まれてきたに、なに不足」と、毎日、念仏のように唱えれてみる。
・破滅に至らぬためには人間は三本の柱を太くしておく必要がある。その柱のひとつが
 「インティマシー」。つまり、家族とか友人とか、親しい人々とのつき合いである。
 インティマシーの柱が太すぎると、大きなストレスになる。そのストレスを避けるため
 には、「セルフ」の柱も太くすることでる。自分自身だけの世界、信仰とか読書とか思
 索とか、あるいはひとりだけでできる趣味の世界である。
 三本の柱は「アチーブメント」、つまり、仕事とか、はっきりした目標や段階のある趣
 味の世界である。三本の柱を太くするためには、肉親を愛し、よき友人を持ち、よき趣
 味を持ち、文学や芸術を通じて自分だけの世界をも豊かにしておくことである。
・人間に裏の裏があるように、人生にも逆転また逆転がある。そのために、心ならずも人
 生を深く生きることになるかも知れぬが、だが、それでこそ生きた甲斐があったという
 ことにもなろう。たいへんだったが、しかしすばらしかったといえる人生を送りたい。
 
自分たけの暦
・都市生活者は少なくとも一日に一度は空を見上げるべきだ。そうすれば、それだけで、
 心が明るくなり、みるみる自信が湧いてくるし、全身から無駄が力みを取り去って、ま
 ったくちがったアイデアを教えてくれる。
・「右へ倣え」しやすい日本の風土の中で、これから強く生き残るためには、むしろ右へ
 倣わないことを学ぶべきであろう。
・人生とはよくしたもので、耐えている中に、さまざまに得るところが出てくる。人間の
 好悪や評価についての変化も、そのひとつである。
・人間とは奥の深い存在である。一人の人間がいくつもの顔をもっている。
・情報収集には、金と時間を惜しんではならない。だが、ふり回されないためには、「早
 い情報よりも正しい情報を」と心がけるべきである。
・自分自身の考えを持つ。日本では、何か事件について情報を知らないことを恥と思うが、
 ヨーロッパでは知らぬことは恥でも何でもない。そのことについて自分なりの意見がい
 えない。そのことが恥なのだ。
・人生の持ち時間は限られている。その中で、時間を忘れるほどの陶酔をどれほど多く持
 ったかで、人生の価値が決まるような気がする。
・音を出す店で買うな。音を出す街で買うな。いい店なら、黙っていても、客は入る。音
 を出すのは、商品やサービスに自信のない証拠である。それに何より、騒音をまきちら
 しても、自分の店さえもうかればいいという感覚が許せない。
・少しでも心のこもったサービス、よりよい品物をと心がける。その正直を骨太く辛抱強
 く貫き通すこと。永続きする本物の客をとらえるには、それしかない。
・人間だろうと、企業であろうと、他人に迷惑をかけて永続きしたためしはない。
・マニュアルだけで人間を律しようとすれば、無限にマニュアルをふやすしかなく、当然、
 守られないものがふえてくる。それよりは、姿勢というか、精神さえしっかりしていれ
 ば、あとは各人で応用がきく。そして、マニュアルが不要になった人間は、どんな社会
 に出ても、りっぱに通用する人間ということである。

晴れた日の友
・打たれて傷ついた身が、健康人と同じことができるはずがない。傷ついた男には、傷つ
 いた身にふさわしい生き方、生きていく工夫がある。結構人をまねて、むやみにあがき
 嘆くのではなく、頭を切りかえ、いまの身でできる裁量の生き方を考えることである。
・何かを続けるということは、心の安定にも役立つはずである。