日本で100年、生きてきて :むのたけじ

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筆者は、先の戦争当時、朝日新聞に勤めていたという。終戦と同時に、戦時中にほんとう
のことを新聞記事にできなかったことに責任を感じ、朝日新聞を退社して故郷の秋田県横
手市に戻った。まさにあの戦争の生き証人である。100年生きてきた経験から発せられ
るその言葉には重みがある。
なぜ日本はあの戦争を始めたのか。どうして止められなかったのか。そのことを考えなが
ら関連する本を読みすすめていると、ひとつの結論が浮かび上がってくる。それは、軍部
の暴走というのは、ひとつの側面に過ぎなかったということだ。そして、それにもまして
大きな要因となったのは、当時の日本の国民のあり方にあったのではないかということだ。
それはこの本のなかでも出てくる。筆者の「あのときは、国は法律を作っただけで、あと
は国民が自ら動いて、国民同士が監視し合う社会をつくっていったんです」という言葉に
あるように、国民がどんどんエスカレートさせていき、軍部が扇動したというよりも、国
民自身が、自由にものを言えない状況を作り出してしまったということだ。軍部は、国民
の信任を得ているとして、ただそれに乗っかっただけにすぎない。そして当時の日本国民
は、ただただそれに盲従していったのだ。
今の日本は、戦前の当時の社会に似ていると言われるが、それは当時の社会や今の日本に
限らず、日本民族そのものが、昔も今も、ずっとそういう特性を持ち続けているているか
らではないのかと言える。選挙をやっても、投票率は常に5割前後だ。与党が過半数の支
持を得たといっても、実質的には有権者の25%程度の支持しか受けていないのに、5割
近い無投票に人たちの「白紙委任」によって、それが勝利した与党を信任したことになっ
てしまっている。これは、ただただ時の政権に盲従していることになるのだ。たとえそれ
が、無駄であっても「反対だ」という意思表示をしなければ、それは賛成したことになる。
よく当時の人たちは、「戦争に反対だと言える状況ではなかった」と言うが、そういう状
況を作り出したのは、当時の一般の国民だったのだ。そしてそれが、戦争へと大きな流れ
となっていった。大きな流れとなってしまってからでは、もうその流れを変えることはで
きない。まだ流れが小さいうちに変えないと変えられない。今の日本の状況も、小さな流
れがどんどん大きな流れに変わっていっているような気がしてならない。もはやこの流れ
は変えられないかもしれない。

まえがき
・老いゆえの過敏のせいか。「戦後」の2字に刺激されて、戦後処理を思い、日本のそれ
 が70年たった今もぶざまな姿で近隣諸国との間に軋轢を続けていることを情けなく思
 う。日本と違ってドイツの対応は見事でした。ヒトラーのナチスがやった戦争犯罪をす
 べてのドイツ国民みんなの責任として詫びた。そして戦争で迷惑をかけた諸国家への詫
 びに物心両面で全力を尽くした。だから、許されて、ヨーロッパ社会に受け入れられて
 国際社会で見事な働きを続けている・
・日本の政府と国民は、あの敗戦時にすぐやるべきことがあった。満州事変以来の15年
 戦争の責任と所在、戦場での犯罪行為に対する裁き、そして、迷惑をかけた諸国民への
 詫びをきちんと自らやるべきであった。なぜそれができなかったか。まっすぐに歴史に
 学ぶ能力を失っていたからだ。
・大日本帝国憲法では、我々日本人は国民でも人民でもなく、「臣民」と呼ばれた。絶対
 君主制のもとですべて政府の命令に従う家来でした。だから、政府の命令からはずれて
 非国民と呼ばれることを最も恐れた。それゆえ万事に事なかれ主義になり、「見ざる・
 聞かざる・言わざる」の状態に陥った。
・私はそこに身を置いた一人として、二度と同じ恥辱と屈辱は繰り返すまいと自己反省を
 重ねた。そして次の「自戒の言葉」をこころの内側に絶えず噛みしめている。
 ・大きく見える問題に直面したら、形の大きさにおびえるな。そこにある小さなもの、
  弱いもの、薄いもの、軽いものに注目せよ。問題解決のカギはそこにある。
 ・人間の道徳は、他人から教えてもらうものではない。自分で気づいて、自分で学ぶも
  のだ。  
 ・中途半端な態度はやがて全部をこわす。やらないと決めたら、指一本動かすな。やる
  と決めたら、トコトンやり抜け。 
 ・社会が大きな困難に直面すると、人びとはいつも英雄待望に走った。けれどもすべて
  は無駄だった。他力依存はすっぱり断ち切る。みんなの運命に関わる問題を解決する
  のには、幼少青壮老の五連帯で、みんなで力を合わせなければならぬ。力を合わせれ
  ば必ず解決できる。 
 ・70億人の人類の中にあなたはあなた一人だけ、わたしは私一人だけ。世界中の科学
  技術を集めても同一人間の再生は不可能だ。まったくかけがえのない生命、それが人
  間だ。そのことに責任と誇りを貫けば、力はこんこんと湧いてくる。あきらめること
  をあきらめてまっすぐに努力すれば人間の願いはきっと実を結ぶ。 
・戦争というのは、殺すか殺されるか。でもそれだけじゃない。夫の戦死を知らされた奥
 さんが泣いたら「非国民」。だから「お国のために命をささげた立派な夫でした」とけ
 なげな妻を演じる。全部うそっぱち。
・新聞社でも3人おれば口をつぐむ。憲兵隊や特高に知れるのを身構えるわけよ。刑務所、
 拷問と直結だもの。2人だと誰がばらしたかわかるけど、それ以上だとわからないから、
 みんな不信感だらけ。本当の友人っていうのは、なかなかできなかったな。自分がいつ
 非国民と言われるのか恐怖心で隣近所がお互いをしばり合う。戦争をやると人間が人間
 でなくなる。   
・私は朝日を退社以来、戦争をなくすることに命をかけてきた。平和運動だ、抗議集会だ
 と何百回もやったけど、一度も戦争をたくらむ勢力に有効な打撃を与えられなかった。
 軍事産業はむしろ成長しているんじゃないの。「戦争反対行動に参加した私は良心的だ」
 という自己満足運動だから。それでも意思表示をしないと権力は「民衆は反対していな
 い」と勝手に判断するからやめるわけにはいかない。でもそれじゃダメだ。今は「戦争
 はいらぬ、やれぬ」の二つの平和運動でないとならない、と怒鳴り声をあげている。
・「いらぬ」というのは、資本主義を否定すること。戦争は国家対国家、デモクラシー対
 ファッショなどあったが、今、根底にあるのは、人工的に起こす消費。これだけなんだ。
 作って売って儲ける。そこにある欲望が、戦争に拍車をかけてきた。
・無限の発展はいらない。当たり前の平凡な、モノ・カネ主義でない、腹八分目で我慢す
 る生き方が必要なんです。そのことに一人ひとりが目覚め、生活の主人公になること。
 これが資本主義を否定する普通の人間主義の生き方。戦争のたくらみをやめさせるのは
 これなんだ。金もいらない、命令も法律も何もいらないもの。
・そこで要になるのは、違うものを排撃することをやめること。人は「違っていてもわか
 り合える」のじゃなくて、「違っているからわかり合える」の。
・戦争には、砲弾が飛ぶ段階と飛ばない段階がある。弾丸が飛ばない戦争状態に今は入っ
 ちゃっている。今度の第3次世界大戦では必ず核爆弾を使う。人類が地球上に存在でき
 るのはあと数十年間かもしれないし数万年かもしれない。どうなるかはこれから10年
 で決まる。本当にそういうところに来ていると思っていますよ。
 
どうしてこんな国になった
・100年の間で、最も大きな出来事は戦争ですね。10万人以上が死んだ1945年3
 月の東京大空襲があったけど、朝日新聞は大本営が発表した、敵機が帝都を盲爆したが
 鎮火し、15機を撃墜して約50機に損害を与えたという記事を載せた。間違っては
 いないけど、実態と違い過ぎる。戦争中はそういう記事が大半だった。
・100年で一番うれしかったのは美江さんと出会ったことでしょう。ほれたということ
 もなく、秋田市で友達になって本を貸したり感想を語り合ったりの友情から、20歳代
 半ばで結婚した。結局、私が90歳、彼女が92歳までの67年間暮らしました。週刊
 新聞「たいまつ」が持続できたのも、彼女がいたからです。借金を払うために自分の和
 服を売ったり、右翼が怒鳴り込みに来た時は「子どもが寝ているので静かにしてくださ
 い」と追い払ったり、人間としての粘り強さのようなものがあったな。
・年老いた夫婦が仲良くする。そういう家庭が多ければ、世の中はもっと明るくなって悲
 劇が減ると思うんだ。それは、男と女が一緒に年をとる努力をするということ。そこか
 ら人間らしい喜び、幸福が生まれてくると思うな。  
・今の日本を見ていると、どうしてこんなつじつまの合わないことばかりが通る世の中に
 なったかと思うな。私は日本人とか日本国は、戦争ではよその国に攻めて行って大きな
 過ちを犯したけど、本来は小さな島国の中で、ないものを補い合い、助け合いながら生
 きてきた、心の温かい融通の利く国民だと思ってきた。何よりも資源がないので開拓魂
 の旺盛な人間の集団で、自分はその民族の一員として、勇気と誇りを持ってきた。しか
 し最近の日本人は、何かというと人に頼る。思い通りにいかないと他人の責任にする。
 かつての心に戻って、自分は人間だからこれをやる。人間だからこれをやらない。そう
 いうけじめをつけて生き直さなきゃいかんじゃないかと、痛感しているんです。
・中途半端なことはするな。迷ったらやめよう。やろうと思ったら死に物狂いで頑張る。
 奇跡なんてない。奇跡は自分でつくる。そう思って生きれば、日本社会はみるみる変わ
 ると思うんです。あきらめるな。やろうと思ったらあきらめることをあきらめなさい。
 そう生きようじゃないですか。        
・年をとれば取るほど経験と知恵は重なる。それを生かしていける。死ぬときが人間てっ
 ぺん。今もそう思っている。
・黙っていれば何のつながりもない中で、何かの機会に心と心の結びつきが生まれる。戦
 場の同僚から、労働組合のメンバーだからという人間関係とは違うの。ある意味では、
 親子や夫婦や親戚とのつながりより深い意味を持つ人間関係です。それは、人間として
 お互い努力しているから生まれるんじゃありませんか。1対1できっちり敬い合う。尊
 敬し合うことがすべての始まりなんだと思いますよ。
・私が秋田県横手市で週刊新聞「たいまつ」を始めて16年たったとき、一人の若者が我
 が家にやってきた。秋田出身で、東京で始めた広告会社の仕事で100万円もうかった
 から、むのさんの本を出したいと。それで、今は岩波現代文庫に入っている「たいまつ
 十六年」を書いたんです。1964年の東京オリンピックの前の年だったな。彼がつく
 った「企画通信社」というのが出版元でね。売れないだろうと思っていたら、えらく評
 判になって、増刷までした。       
・これからの世界で大事にしないとならないのは、敵を学ぶことです。今は敵だからつぶ
 せ。意見の違うものは排除しろ、でしょ。ネット右翼とかブログ炎上とか言いたい放題。
 敵から学ぶための道具でもあった言葉が、人の悪口を言うだけの道具になっている。言
 葉がこれまで、そういう無責任な道具であったことはないんだ。言いたい放題では、言
 葉を滅ぼすだけではなく人間を滅ばすんだ。今の世界に必要なのは「敵だから残そう」
 という言葉だな。  
・ニセモノはみんな仰々しい。ホンモノはみんな素朴だ。物事は複雑で難しくすればする
 ほどウソが入り込めるようになる。正体を見せない。腹を見せないというのが権力が民
 衆を支配するとき、昔から用いてきた手ですからね。
・戦後70年間、「使えない」としてきた集団的自衛権を使えるようにする。どの国の戦
 争に対しても「中立」だった立場を捨てる。政府が勝手に動けないようにしてきた「自
 己規制」もやめる。 これは政府が「平和法案だ」と言っても、私は「戦争法案」の呼
 び方が正当だと思うな。これまでの日本の平和への姿勢の大転換ですから。
・それを実現するために安倍さんは段階を踏んで、ものすごく周到に準備してきましたね。
 最初は「アベノミクス」でしょ。それである程度の人気が出てきたら、積極的平和主義
 でしょ。いかにも戦争とは無関係な印象を与えて、戦争への国民の抵抗感を薄めていっ
 た。そして特定秘密保護法です。アメリカとのつながりを深めるためだけど、「国家の
 秘密を守る」という言い方で反対できないようにしたわけでしょ。そして集団的自衛権
 の解釈です。説明の中で「日本の密接な関係にある他国が武力攻撃され、日本の存立が
 脅かされ、国民の権利が根底から覆される明白な危険」とか「日本の存立を全うし、国
 民を守るために他に適当な手段がない」とか、いろいろな言葉をたくさん使うじゃない
 の。   
・私は長く言葉の仕事をしてきた人間として、誠意をもって正直になればなるほど、言葉
 は簡単になると確信しているんだ。あれこれ言っているときは本心を隠しているときか、
 自信がないときだ。
・イスラム教徒は日本に対して好感を持っていたんです。それは日本の大事な財産だと思
 っていたんですが、その関係は消えてしまいましたね。「イスラム国」の機関誌ははっ
 きりと「傲慢な日本政府に恥をかかせるのが目的だった」と書いているね。平和主義の
 日本は、標的として優先順位が高くなかったのに、安倍首相がエジプトで、「イスラム
 国」と戦う周辺国家に2億ドルの支援をすると「軽率な約束」をしたために標的になっ
 たと書いているでしょ。安倍首相はわざわざ、激しく対立しているど真ん中に行って、
 敵対するようなことを勇ましげに言った。同時に、国会やテレビで「国民の生命財産は
 国家が守る。その最高責任者は私である」と言っている。この二つの言葉がどうして同
 時に出てくるのか。ここが私にはわからない。本当に国民を思い、日本国を思っての行
 動なのか。政治家として手柄をたてようとしたのか。国民の声明を守ると言ったけどで
 きなかった責任はどうとるのか。 
・海外の危険に地域に行って、テロや事件に巻き込まれた場合、最終的な責任は本人にあ
 る、という意見に、その通りと答えた人が多かったでしょ。「イスラム国」の人質事件
 で、2人が死んだのは自己責任だからしょうがないという意味ですよね。これでは屍に
 ムチを打つようで国民同士の連帯が何もないんじゃないの。日本人ってこんなに冷たい
 人間だったのかと思ったな。自己責任というのは、当人が言うことであって他人に言わ
 れることではない。   
・有志国連合を増やして力で押さえつけようとしても解決にはつながらない。被害者が増
 えるだけで、どんどん憎しみが増す。どんな兵器をもってしても止められない。止めら
 れるのは対話だけなの。
・私もしばしば、表現の自由という言葉を使うけど、この言葉の甘さで、自分で自分をだ
 ましちゃいかんということだ。辱めを受けたと感じた人たちが、抗議をすることも自由
 なんです。権利と言ってもいいでしょう。人権の尊重は、報道の現場でも最も大事な道
 しるべじゃないですか。人間が人間を不当に辱めることは許されない。それぞれの人権
 を敬い合わないといけない。最も素朴な心得だけど、報道の仕事をする人は、特に心が
 けなければならないことです。 
・縄張りの最小単位は個人でしょ。縄張りとは、自分たちの利益を守るためのもの。自分
 の作ったいい物を隣の人にまねされては損する。だから縄を張って、作る様子を隠した。
 人類が誕生したころは、そんなことはしていなかった。力を合わせなかったら猛獣のエ
 サになっちゃいますから。力を合わせていたからこそ、今も存在しているんです。支え
 合うのが人間の本質なんだ。ところが高度経済成長時代になって、みんな、がむしゃら
 に働いた。おれは隣のおやじより金を稼ぐから偉いんだ、と人と比べて満足するように
 なった。優越感は人を見下す。そういう姿を見て子どもは育って、いじめやヘイトスピ
 ーチの社会ができた。これじゃダメでしょ。エコノミックアニマルから人間の心に戻ろ
 うじゃないですか。差別をなくす。それが、私の残りの人生で訴えたいことの大きな一
 つなんです。    
・それにしても、敗戦の時のオラたちはバカだったな。開放感が先に立って、この戦争は
 何だったのか。誰が何のために計画したのか。自衛権まで否定していいのか。そういう
 勉強をやらなかった。憲法9条なんて当たり前だから放っておいた。それがよくなかっ
 た。国家は、交戦権を持つことで一人前の国家となる。9条は、それを頭から否定して
 いるわけだ。交戦権を持つな、武器を持つなと。日本国憲法と言いながら日本という国
 の存在を認めていないということになるのに、それがわからなかった。要するに、勝っ
 た者が負けた者を無残にさばいた、日本という国への死刑判決だったの。だが同時に、
 軍国日本への死刑判決でもあった。人類が生き残れるとすればこれしかない、という太
 陽の輝きがあった。正と負が重なり合ったものだったんだ。そのことについて我々は考
 えないとならなかったのよ。連合国から受けた最大の侮辱と、太陽の輝きの中で、私た
 ちはおいおい泣きながら、死に物狂いで、もがかなきゃいけなかったのよ。その上で、
 憲法9条の光を見たら、今とは全然違う状況になっていたと思うんだ。与えられたもの
 ではなく、自分たちで考えた生き方、思想が生まれ、それが本物として根付いていった
 はずよ。そういうことをせず、最初から、美しいと言って、仏をつくって魂入れずだっ
 た。
・憲法の草案は、戦争で勝った連合国側が、参考意見として書いたものです。言い換えれ
 ば、ポツダム宣言を受け入れ、屈服した日本に対する連合国の判決文なんです。その9
 条を日本は、広島と長崎に原爆を落とされた人類最初の悲劇の国だから、戦争をやらな
 い平和国家になる宣言なんだ、と受け止めた。 
・9条の実態は、乱暴国家に戦争をさせないようにしたものなんです。戦争権を持つとさ
 れた近代国家としての日本への死刑判決だったんだ。それを日本は、悲劇のヒロインと
 思っただけで思考を止めた。自分たちが戦争をやった乱暴な国家だったことには、思い
 を及ぼさずに。そこですよ、問題は。
・あの戦争は、日本が中国に攻めていき、真珠湾にせめていって始まったものなんです。
 それに対する検証がないでしょ。誰が何のためにいつ、あの戦争を計画したのか。戦場
 で日本はどういうことをやったのか。9条の精神を振りかざせばかざすほど、その2点
 を日本人自らが徹底的に追求しなきゃいかんでしょ。それをやらなかったから、慰安婦
 問題や中国との問題などが、今なお尾を引いている。
・人間はしばしば過ちを犯すけど、だからダメじゃない。犯した過ちを徹底的に反省して、
 迷惑をかけた人びとに全力で詫びる。そういうことをやることで人は立ち直れるんだ。
 それが欠けているからダメなんだ。ただ、日本が戦後70年、一度も戦争をやらなかっ
 た事実は重い。それが今後も続くのか。昨今の政治の動きを見ていると、分かれ目に来
 ていると思います。若い人たちが事実を調べ、明らかにしながら日本民族としてどう対
 応するのかにかかっているのです。
・兵隊だった自分の父や兄に、戦場で何があったか聞いても、いつも言葉を濁して教えて
 くれない。むのさんは従軍しているので知っているでしょうから教えてください、って
 女性たちから要望があった。つらかったけど話しました。実際に見たのは、女性が乱暴
 された直後の現場。止めようとした夫が下腹部を刺されて死のそうでした。これは連合
 国軍の仕業で、それ一度だけ。あとは兵隊や慰安婦から聞いた話です。大勢の兵隊が乱
 暴したと言ってました。乱暴しようと家に入ると奥さんが子どもを抱えて包丁を持って、
 「襲うなら襲え、近づいたらこの子を殺して私も死ぬ」という態度で「足が前に出なか
 った」と一人が言ったら「お前もそうか」と何人も言っていたな。悲惨なのは、家に押
 し入って乱暴して、証拠を隠すために女性を殺して家に火をつけた話。戦場に行って女
 を犯す、物を盗む、火をつけるというのは兵隊の役得だと言っていた兵隊が何人もいま
 した。
・松江市教育委員会は、日本兵の惨虐行為を読ませるのは青少年に悪影響を与えると判断
 して、「はだしのゲン」を市内小中学校の図書館で、自由に見ることができなくしたが、
 あった事実を隠してはだめです。歴史の事実なんです。万人のための歴史を学ぶ教材な
 んだから。大人が「これは子どもは知らなくていい」というのは、事実から目をそらせ、
 ごまかし、あったことをなかったことにするためが多いが、それは歴史的事実をゆがめ
 ることにつながり、戦争への反省もゆがめてしまうんです。
・私は敗戦の日に朝日新聞を辞めた。「負け戦」を「勝ち戦」とウソの記事を書いて読者
 に届けてきた責任を取らなければならないと思ったからです。でも今は、あの時の判断
 は浅すぎたと思っています。辞めずに残って、なぜあの戦争が起こったのか。なぜ止め
 られなかったのか。本当のことを書く新聞だったら開戦の日や、南方で多くの兵隊が亡
 くなった日々をどう書いてか。そういう検証記事を書かなければならなかったな、と思
 ったからです。  
・ジャーナリストとは何か。一番大事な任務は、社会の歩みに間違いがあったら正す。権
 力が隠そうとしていることを暴き出し、社会の動向について正しい方向に先導するとい
 うことです。        
・戦争中に国家総動員法とか国防保安法とか、戦争に勝つための法律ができた。それを破
 ったら捕まる。そんな怖そうな法律ができたぞ、っていうだけで国民は自己規制を始め
 たんです。食糧配給制度になった。隣はそれをちゃんと守っているか。闇で何かをして
 いないか。そういう監視し合うムードがでてきていく。監視すればするほど、自分はい
 いことをしていると勘違いが生まれる。そして仲良かった隣組で仲たがいが始める。協
 力しない者、生活に不満を漏らす者など非国民と罵って排斥し出した。それがどんどん
 エスカレートする。国民同士が監視し合う社会は本当に冷たいんだ。本当に怖いんだ。
 あのとき国は、法律を作っただけで、あとは国民が自ら動いて、そういう社会をつくっ
 ていったんです。国は強権発動もしたけど、それより自己規制の側面がずっと大きかっ
 た。
・戦前の法律は、「戦争に勝つため」というはっきりした目的があった。しかし秘密保護
 法の目的はなんなの。アメリカの秘密が漏れないようにしろという要求に応えたんでし
 ょ。それを日本のためのようにするから中身がぼやけて、国民は意味がよくわからなく
 なっているんじゃないですか。秘密というのは、仲間に対してはしない。あいつには教
 えないでおこうというのは仲間ではない証拠です。わざわざ敵をつくるということです。
 安倍総理は積極的平和主義と言いながら逆行しているんです。
・本当に人間が幸せに向かうには戦争がなく、人間が主人公の暮らしをつくることが一番
 大事なわけですよ。そのために、できるだけ秘密はなくすということじゃないですか。
 できるだけ事実を国民が知って、世の中のことを決めていく。そういう公開主義が原則
 でしょ。秘密保護法はそれと正反対だ。 
・私は1936年から敗戦まで10年間新聞記者生活のうち、延べ5年間、朝日新聞で国
 会担当の記者をしていたんです。当時のことを思い出すけど、軍部が威張った容易なら
 ざる時代に、国会議員たちは命がけで論陣を張っていた。陸軍大臣に向かって「お前が
 間違ったら腹を切れ、おれが間違ったらおれが切る」なんて詰め寄って、戦争の動きを
 止めようとしていた。最近は国会に行っていないけど、伝わってくるムードはまるっき
 り違うものな。与野党問わず、国民の希望のためとは人間尊重のためとか言いながら、
 口先だけだ。当選することばかり気を配って、絶えず国民のご機嫌を取るように動いて
 いる。選挙で票を得るための聞こえのいい言葉だけ並べている。
・「靖国神社の参拝は個人の資格で、閣僚としてではない」なんていう言い方があるでし
 ょ。あれはおかしな言い方ですよ。だって人間の生命は2個あるわけじゃないもの。
 それを私人と公人と2個あるように、都合に合わせて使い分けている。参拝が正しいと
 思えばそう主張すればいいんだ。それを、自分の本心は違うけど、問題が起きるといけ
 ないからと発言を変える。そういった、言い方だけで逃れようとする世渡り上手は例が
 目立つでしょ。それじゃ国会議員とは呼べない。国会サラリーマンだ。戦前にはいなか
 った。そうなったのは、我々に一番責任があるんだ。我々が、政党とか政府とかサービ
 スしてもらうことに慣れすぎた。主権者ではなく、お客様になっちゃったんだ。このま
 まじゃ日本の政府状況はよくなるはずはない。
・憲法改正を国民投票で決めようということになる。過半数の国民が賛成すれば憲法を変
 えると。しかしこここで、このときの過半数は、投票者の過半数ではなく有権者の過半
 数にしないとなりません。そうでないと、国民の意思とは言えないですよ。時の内閣が、
 仕事をやりやすいように数字を持ち出して、都合のいいように解釈をするのは、憲法に
 対して失礼なことです。憲法の解釈は総理が決めるのではなく、国民の意見によって行
 わなければいけないんですから。それが無理だと言うなら、少なくとも国民投票の投票
 率が8割に満たなかったら投票は無効とする。8割に達するまで何度でもやり直す。そ
 うしないとなりませんね。
・「明治日本の産業革命遺産」が、世界遺産にふさわしいと、ユネスコの諮問機関が登録
 するよう勧告しましたね。これに対して韓国から反対の声が上がった。中国も同調した。
 自然遺産とは違って文化遺産はいろいろな要素があって、一筋縄では行かないようだな。
 どうしてでしょうね。私が思う原因は一つ。日本が戦争の精算をしていないからですよ。
 核不拡散条約(NPT)再検討会議で、世界の指導者らに広島・長崎の訪問を促す日本
 の提案が、中国の反対で潰れたでしょ。これも同じ。普通に考えたら、世界中の人が原
 爆投下の被爆地を見たほうがいいに決まっているのに、「特定の国が歴史をねじ曲げる
 手段にしようとしている」って反対している。加害者のくせいに被害者になろうとして
 いるという意味でしょ。そういう日中韓のぎくしゃくした関係を心配した米国の良識あ
 る大勢の日本研究者たちは「日本の過去の過ち」について「偏見なき精算を」と声明を
 出した。仲間の国の人からも「もっとしっかりしろ」と言われたようなものですから、
 情けないことですよ。       

戦争とはどんなものか
・私の世代は20歳で徴兵検査を受けた。戦争が始まるとその年齢が徐々に引下げられた。
 自分で志願する少年兵は15歳くらいから採るようになった。この徴兵制度が人間を大
 きくゆがめていった。軍隊にあるのは命令と服従だけです。白も黒もない。当時の合言
 葉は忠君愛国でしょ。義勇奉公。天皇のために命を捨てるのが一番いい国民。そういう
 ムードに若者を引きずり込んでいく。
・当然、資本主義が自滅し、社会主義もソ連や中国がしくじったこともしっかり考えなく
 ちゃいかんでしょ。それを「あれは悪夢だった」とすませている。それじゃだめだよ。
 私が思うにそれは、自分のことを自分でやらなかったからです。「民衆の解放」という
 のは、権力者が民衆を解放してやることだった。民衆自らが自分を解放するために動い
 たわけじゃなかったんだ。権力者は「みんなを幸せにしてあげる」と言い、人民は「し
 てもらう」。それじゃ「物乞い」じゃないの。社会は人間がつくっているわけでしょ。
 人間と人間がしっかり結び合う力を持っておれば、こんなことにはならなかったはずで
 す。だから人間主義、人間に戻れと言った。どういう社会体制にするかはそれからよ。
・人と人が結び合うために必要なことは「自主じりつ」。自ら立つのと、自ら律する。自
 分で自分をコントロールして、自分の手で鎖を解きほどかなくちゃ。そのために、問題
 があったらとことん考える。これが難しい。考える時間を、テレビを見ることなどで紛
 らわしてしまう。もしくは、ある程度まで考えると分かったフリをする。そういうこと
 を繰り返してきた。そこを断ち切らないと。人間主義の原点は、戦争をやらないこと。
 核廃絶もいいけど戦争廃絶。足もとで人を殺しておいてできた社会が、いいはずないよ。
・戦争というのは、単なる人が殺される、子どもが殺されるじゃないよ。価値観の土台を
 めちゃくちゃにしちゃう。全部がうそっぱちなの。夫が戦死したと知らせが来ても泣け
 ない。けなげな妻を演じないと、隣近所から「非国民」と言われるから。これが一番怖
 いんですよ。誰からも相手にされず、社会の敵になっちゃう。
・戦場にいけば3日で人間かわっちゃう。自分がどっかにいっちゃって、人間とは言えな
 いが物体とも違うものに変わったちゃう。相手を殺さなければ自分が殺される。それだ
 けです。ふるさとに帰れば心優しい農民を、獣以下に変えちゃうの。
・ドイツ国民は、これはナチスだけの問題ではなく民族全体の問題だ、と受け止めて全国
 民で裁くことにした。そして、アンデスの山奥までナチスの残党を捕まえに行ったでし
 ょ。ドイツを旅すると、小さな広場に標柱があってね。「何年何月、ここに500人の
 ユダヤ人が集められ、アウシュビッツに連れていかれたが、我々は止められなかった」
 と書いてある。二度とこんなことをしないぞという決意表明。そういう碑がちゃんと建
 っている。    
・日本人は、自分たちが戦争をしたという意識がないからなんだろうな。軍隊から言われ
 たからやっただけです、と。すごいことをやってきたのよ、戦地で。女性を乱暴する。
 金品は略奪する。人を拉致して牢屋に入れて強制労働させたりな。でも帰ってきてふる
 さとに戻ったらみんな黙っている。迷惑かけた中国や朝鮮やアジアの人たちへの一生懸
 命のお詫びも、あまりない。本当に、きちっと考えなかった。     
・権力があおったのよ。ロシアをロスケと呼んでいた。社会の中で「ロシア」は弱い国だ。
 我々より低い国だぞ」という侮蔑感を生むように、大人が子どもに植え付けたわけだ。
 大人も権力から植え付けられた。日露戦争で「日本は勝った、勝った」と言って、ロシ
 アは低級な国だと国民に植え付けた。
・差別する人間は、自分を粗末に扱っている人間だね。戦後しばらくは東京の銀座にまだ
 防空壕が残っていて、街灯もあまりなくて暗い。そこに連れ込まれたら何をされるかわ
 からないという状況だったけど、夜中に娘さんが一人で歩いていてもまったく安心だっ
 た。人殺しなんかもなかったのよ。みんな「ああ、生きていた」と実感して、命の大切
 さをわかっていたから、他人も大事にした。同じ苦しみ、同じ悩みを抱えているから、
 人と人とが大切にし合っていた。自分を大事だと思う人は決して他人を差別しない。そ
 うなるためにはまず、一人ひとりが自立した生活の主人公になることですよ。ごく当た
 り前の、人間主義の生き方をするということです。それができれば、永遠の繁栄なんて
 ことを求めなくなるでしょ。

やるならトコトン、あきらめるのをあきらめる
・資本家が労働者を雇って行うのが資本主義経済でしょ。ところが言葉ではずっと「労使
 関係」と言ってきた。これは「労働こそが人間生活、生産活動の土台だ」「資本とか技
 術はそれに従属するものだ」という考えがあってのことだ、とオラは解釈するわけだ。
 それが、経済的に豊かになるにしたがって崩れていった。働く人を機械の一部としか見
 なくなり、儲けるためならなんでもやりだした。
・労働者も自分を見失って、力を合わせてともに生きるということをやらずに、競争して
 人を蹴落とすようになっていった。結局、それらのしわ寄せが労働者にいった。今や実
 質的に、社会主義や共産主義はほぼ消えて資本主義だけが残った。その資本主義もおか
 しくなった。なぜこうなったのか。どこを直せばいいかをしっかり考えないとならない。
・元気の秘訣を強いて言えば、旧制中学の時にずっと歩いて通学していたことだろうな。
 片道2時間半、ゴム靴履いて雪の日も雨の日もだ。でも、つらいと思ったことは一度も
 なかった。しらないことをどんどん教えてもらえたから。そこで石坂洋次郎さんにも教
 わったわけだ。
・花は、あれだけいっぱい咲いたって隣の花を傷つけない。枝だって放っておいても避け
 合って、どの花も咲かせようとしている。ところが人間は、自分だけ大輪の花を咲かせ
 ようとする。欲望の結果は、アメリカの巨大企業がガタガタになって、明日はどうなる
 かわからんというざまでしょ。地球というのは、巨大なものに向かない星なんだ。この
 宇宙の無数の星の中で、地球だけがたった一つ、命の星だというのは、顕微鏡でも見え
 ないほどの微生物が地表を覆っているからですよ。小さなバクテリアがいて多種多様の
 植物を育て、その実りを何百万種の動物が食べて生きている。地球は小さなものが住む
 のに合うんだ。威張るもの、乱暴なものは嫌いなんだ。小さくて弱いもの、軽くて低い
 もの、少なくて遅いものなどを大切にしなくちゃ。そうすれば人間優しくなるじゃない。
 花を傷つけずに咲き合う「共生」という感覚も大切にして。
・前の総務大臣の増田さんが、市町村大合併は「結局は負の面が多かった」と言っていま
 したね。こんなのはやる前に気づいてもらいたかった。政治というのは、そのくらいの
 先見性がないと。私の周りで、合併を望んでいる人は一人もいないもの。大失敗だった。
 たとえば隣り合った町に、一つずつ図書館があって、50冊ずつ本をそろえている。そ
 れより、100冊を1カ所にそろえた方がいいとなった。でも、漁業の町には漁業の本
 があり、農業地帯には農業の本がそろっている。そんな個性を見落としていたから、図
 書館が二重に見えちゃった。枠組みを変えるだけでは解決しない問題がたくさんあるの
 が人間生活なのよ。現実には、それぞれの図書館がそれほど特徴のある本をそろえてい
 たわけではなかったけど、個性を持った本をそろえる努力をすれば、地域間の交流や工
 夫で、小さいままで生き残れる道はいくらでもあるわけよ。ところが行政側は人間を絡
 げるんだ。十把一絡げに。バラバラだと手間暇かけて言うことを聞かないかあら。役人
 がイスに座って何とかセンターをつくって、そこに人を集まる。これは統治で、反民主
 主義だと我々が気づかないといけないのよ。道州制も根本は同じこと。あの話はこれま
 で何回も出ているけど、いつも国の側から出てきた。国家の行政効率を上げるためには、
 都道府県単位では規模が小さい。同じ1億円を使って1000人より1万人に影響が及
 ぶほうが都合がいい、というわけだ。権限を道州に移譲し、それで国家公務員が減るか
 というとあまり変わらない。安穏としている。そういうのは、よくないんじゃないの。 
・最近、無縁社会という言葉が使われ出しましたね。人と人を結びつけるために役立って
 きた、隣近所や職場のつき合いが、ここにきて次々に壊れだした。これまで人類が、あ
 らゆることの中心に据えて動いてきた血縁と地縁。そのどちらもが、言うことを聞かな
 くなってきた。会社での「地縁」はどうかというと、これもダメになった。入社して定
 年まで働いて、年金をもらってという、擬似家族的状況が壊れちゃった。人件費削減で
 正社員は雇わず派遣社員にして、何かあるとすぐにリストラする。サラリーマンは今、
 氷室に入ったような冷たさじゃないの。家族もダメ、隣近所もダメ、労働現場も当てに
 ならない。どっこにも支えになるののがないじゃないですか。これが現状。ここは根本
 からで直さないとならない。
・地縁や血縁に替わるもう一つの新しい希望、道しるべだな。それがつくれるかどうかだ。
 資本主義も社会主義も壊れた。その先に現実が、まだ生まれていないから、何とか主義
 とかいうことができない。だから創造なの。これまでにない、まったく新しい道を探る。
 右に言ってみてだめなら左に行く。そうやって、もがきながら、もがきながら、本物の
 道を自分でつくるしかないじゃない。
・かつては、子どもが泣いても怒鳴る大人はめったにいなかった。それが増えたのは、大
 人の側のストレスがたまっているからでしょう。安心感とか柔らかさとか生活の喜びと
 いうものが持てなくなった。それを子どもにぶつける。人間らしい生き方が失われてい
 るという証拠よ。子どもがいなくなれば地球は終わる。子どもは人類の命綱であり、希
 望の光だ。それを邪魔者にしている。ひどく貧しくて悲しくて何の救いもない行為だ。
 大人は自分の生き方を振り返り、そこら辺を考えるべきじゃないですか。
・姥捨て山はあった。蕃から、55歳になったら山に捨てろと言われた。若者たちは捨て
 たふりをして老人を守った。ちゃんと山にマンマ運んでいた。殿様が無理難題を言って
 くると、姥捨て山の老人の知恵を借りて乗り切っていく。そういう昔話は、全国にいっ
 ぱいあったもの。   
・匿名でないと生きられない社会は、偽デモクラシーということじゃないですか。助け合
 うのではなくお互いを見張る。遮断して警戒し合う。それはどう見たって健康な社会で
 はない。今のネット社会は誰もが愛称のままだから、ののしり合いがエスカレートする
 一方でしょ。安心して実名を出せる世の中にしないといかんでしょ。立派な言葉はいっ
 ぱいあるけど、法律もいっぱいあるけど、人間をまもれなくなっちゃった。そこを直さ
 ないといけないんじゃないの。
・過去、アメリカの失業率が8%になると戦争が起きた。経済が行き詰まって不景気にな
 り、物をつくっても売れない。売れないから労働者の首を切る。失業率が上がる。それ
 が9%にでもなると国が混乱する。だから景気を回復させなければならない。そのため
 に売れ残っている物を消費させようとする。それに一番効果的だったのが戦争なんだ。
 戦争というのは、いろいろ理屈をつけているけど、消費を拡大するための行為だと私は
 思っている。私の調べでは、第2次世界大戦が終わった後、朝鮮戦争が始まった時も、
 ベトナム戦争が、中東戦争、イラン・イラク戦争も全部、アメリカの失業率は8%以上
 だった。しかし21世紀になって、その手が使えなくなった。今はアメリカの失業率は
 9%を超えているでしょ。でも戦争をやれない。今やれば原爆を使う危険性がある。勝
 った国、負けた国なんてあり得ないわけだ。それが歯止めになっている部分もあるでし
 ょう。 
・まともに働けばまともに暮らせる「幸福の平均化」がガラリと変わって、豪華に暮らす
 少しの連中と、たくさんの貧乏人が生まれた。頑張って生きてきたのに安心安全なんて
 どこにもなく、道を歩いていただけなのに殺されちゃう。そして、アメリカが中東に油
 をもってこいと言えば持っていき、巨額の税金を使ってグアム島に米軍の兵舎を建てて
 あげようという対米追従。でも、日本の政治をここまでおかしくした第一の責任は我々
 国民にあるんです。一生懸命頑張っていながら、なぜ本当に喜べる政治状況をつくらな
 かったのか。そういうことを考えもしなかった。国民主権なのに国民主賓のつもりにな
 って、投票さえすればごちそうを食べさせてもらえるなんて、ばかげたことを思った。
 主権者というのは時代に対して自ら責任を負う人間のことですよ。そこの間違いを国民
 は直さないと。まさにチェンジ。自分で動かなきゃ善政もないんです。    
・現代は、安ければ何でもいいというムードがありましでしょう。買う方も売る方も。昔
 から農家も食堂も、どれだけ安くおいしい物を提供できるかというところに熱意を注い
 でいた。それに加え、客の健康とか喜びのこととかまでも考えていた。だから、自分の
 仕事に誇りを持っていた。それがだんだん金儲け本位一点になった。消費者が、安けれ
 ばいいと求めたことが一因です。だから、手間のかからない農薬漬けの野菜ができて、
 保存料たっぷりの菓子ができて、結局は自分の体に影響が出ることになる。みんなが自
 分を大切にしていれば、こんなものはできないんだ。私が子どものころは「安物買いの
 銭失い」と教えられたんです。安い物は粗悪品が多くすぐに壊れる。高い方が結局は長
 持ちして安上がりになるという格言だ。今は「安物買いの命失い」という恐れを持って
 いることを考えないとだめだ。結局新代理傷ついたりするのは自分自身ですから。もっ
 ともっと自分自身を大事にしないとならない。
・自分の利益に対して、最も重い責任を持つ最後の決定者は自分だということを忘れちゃ
 ダメなんだということです。自分を大事にすることは、エゴイストとは違う。人間は昔
 も今も将来も、一人ずつ生まれてきて一人ずつ生きていく生き物なんです。集団で生ま
 れてくるんじゃないんです。だから生命、財産、生活については自分自身で責任を負わ
 なきゃいかんです。そこの土台の部分を見失ってしまった。しっかりと自分の二本の足
 で立たなければ。 
・戦争というのは国と国が武力をもって戦う。内戦は政府と反政府とか、部族と部族とか。
 いずれも権力者同士の戦いだ。
・人類が始まって、神様とか英雄につくってもらった国家や体制はみんな失敗した。中国
 もロシアも、当初掲げた共産主義体制は実質的に滅びた。アメリカもリーマンという会
 社がつぶれたたけで世界中の経済がガタガタになって資本主義体制も崩壊した。人類の
 歴史の折り返し点に来ているのだ。その前半が終わって後半に入った。いよいよ新しい
 人類の始まりですよ。これまでの経験をしっかり生かせるかどうか・人類は試されてい
 るな。  
・科学は、無限の可能性を開拓することに挑戦してきた。人間の能力の可能性を極限まで
 伸ばして、その対象がどうなっていて何ができるかに向かってきた。宇宙に行って帰っ
 てくるとか、月がどうなっているかとか。しかし科学というものは、ここから先はやっ
 てはいけない、とストップをかける機能がないといけないと思うんです。そうせずにし
 くじったのが原子力でしょ。無限のエゲルギーといわれて開発され、平和利用といいな
 がら、歯止めもないまま爆弾を作った。放射性物質は人間の生命に際限なく害毒を与え
 るとはっきりしていたけど、処理方法も見つからないまま使い続けてきた。
・さらに言えば、あらゆる肉体の部品が作れて、生命そのものまでできる可能性のある
 iPS細胞は、科学研究の枠をこえたところにいっていないか。要するに、医療産業活
 動になっているように思える。早く言えば銭儲けだ。政府なんて経済活動があちらこち
 らで行き詰まっているから、「これはいい」ってすぐに研究費をつけたでしょ。そうい
 う姿勢を見ていると、非常に危険な過ちを犯す恐れがあるという気になるわけです。人
 間救済から逸脱していくんだ。人間の尊厳ということなんて考慮もせずに。
・新しい形で赤ちゃん出生前診断をしようという動きが出ているけど、これは怖いことじ
 ゃないかな。今の段階ではやるべきではない、と私は思うな。胎児のDNAを解析して、
 こうなる可能性があるとわかるだけだ。断定できないというその段階で、産むか産まな
 いかを親に選択させるということになる。そこには、正常な子はいいですよ、異常な子
 はだめですよ、という前提みたいなものがあるでしょ。何を持って正常というんですか。
・みんな「ある基準で正常」と選別していくと、全員同じようなことを考える子が生まれ、
 同じようなことばかりする世の中になるような気がする。言い換えれば、全員同じ顔。
 そういうことが起こりうる。おそろしいじゃない。危険なことじゃないですか。日本は
 太平洋戦争中、子どもたちをみんな「良い子」と「悪い子」に選別した。国定教科書も
 「よい子の国語」「よい子の算数」。よい子になりなさいと言って、悪い子には罰を加
 え、みんな政府の言うことを聞く良い子を育てた。こういう選別は、我々も何気なくや
 っているんだ。こんなふうに比べるのも一つの選別だ。差別とはいい物と悪い物とを分
 けることから生まれて、それが迫害につながっていくんです。「選別」社会が進めば、
 「目に見えない子が生まれそうだからやめましょう」なんてことになる可能性が出てく
 る。   
・ともかく私は、可能性を持った生命体がおなかの中にいる間に、いいとか悪いとかの選
 別をすることは許されないと思うんです。生まれることさえ許されないのはおかしくな
 いかい。人間が人間を裁くということです。あまりにも人間の思い上がりがひどいよ。
・エデュケーションの語源はエデュカシオというラテン語なんだ。引き出すという意味だ。
 年長者が年少者の内面に潜んでいるものを引き出す。いいものがあれば伸ばし、悪いと
 ころがあれば直すということだ。押さえつけるんでも導くのでもないの。逆に年少者が
 年長者のいい面を引き出すこともあり、両者は対等なわけですよ。要するに体罰は、愛
 情あってのことだとか、行き過ぎた情熱だとかいう議論は、出発点からもう違っている
 んです。懲らしめは教育行為には入らないんです。上下関係が入ったら教育は壊れる
 んです。お互いが協力して引く出し合う共同学習でないと教育とは言えないんです。
・低投票率は、世の中に期待を持っていないというムードもあるんでしょう。でも不満を
 感じたままで行動を起こさなかったら、報いは必ず出てきますよ。それからねじれ。解
 消してよかったと思っている人が多いようだが違います。自民党のわがままを許すこと
 につながる恐れがある。戦後約70年の政治の大半は、ねじれがない中で自民党が運営
 してきた。それであまりにひどくなって民主党に期待したが失敗した。今の社会は自民
 党が作ったんです。それを民主党やねじれのせいだと国民が誤解している。
・政権交代可能な二大政党というのも無理だ。人間は十人十色。10のグループがあるの
 が普通なんだ。それを2色にまとめようなんて、いろいろなグループがテーマごとに手
 を結べばいい。それをすくい取るのが政治だ。何よりも懸念されるのは、「自民1強」
 になって、安倍内閣が図に乗ること。戦争というものの実態を知らない若い政治家が威
 勢のいいことを言って、軍国日本に戻る危険性が高まった。そう思える。このような現
 状をつくった第一の責任は我々、戦争を体験している大人にあります。
・明治の初期に日本に来た外国人が「貧乏人はたくさんいる。でも貧困はない」と言った。
 継ぎはぎだらけの汚い服を着た子どもはたくさんいるけど、みんな元気でにこにこ走り
 回っていたんですよ。ところが今は、継ぎはぎだらけの子はいないけど、元気に走り回
 っている子の姿もなくなった。
・戦争が終わった1945年から20年間くらいは、日本人は死に物狂いでした。あのこ
 ろもまだ貧乏人はたくさんいたけど貧困はなかった。工夫して助け合って生きてました
 よ。それがだんだん、物質的に豊かになって1970年代になると、国が、教育とは
 「人的資源の開発」と言い出した。人間を経済活動の資源として開発するために教育は
 あるということだ。人間を本気で尊重しないのよ。人権に対してひどく鈍感なんだ。終
 戦まで使っていた明治憲法で、我々はどう呼ばれていたか。国民じゃないんです。臣民
 ですよ。権力者に従属する家来です。現行憲法に変わっても、いまだ日本社会には、人
 間尊重、男女平等が根っこをはっていない。血の流れる本物になっていないんだ。だか
 ら大企業の中に、社員を退職に追い込むだめとしか思えない「追い出し部屋」なんかが
 生まれる。  
・人間というのは、苦労があっても大切にされるという基本がしっかりしていれば寂しさ
 や不安はない。大切にするというのは相手をしっかり見てしっかり耳を傾けることです。
 それをしないで、すり抜けたりすり替えたりするから自分勝手な解釈しかできない。そ
 して心が取り残され、癒しを求める。本気でぶつかり合えばいいんです。それが人間尊
 重のスタートです。 
・埼玉県で、県立高校の教師4人が、入学式を欠席した問題が話題になりましたね。自分
 の子どもの入学式に出席するため、というのが欠席の理由でした。社会人の常識からす
 れば、自分の子どもの入学式のほうが大事だという考えは出てこないはずなんだが、擁
 護論が随分あったんでしょ。そこが一番の問題だと私は思いましたね。しかしなぜ、本
 来の仕事を放棄して我が子のために学校を休むという教師が出てきたのか。そしてその
 教師を支持する人が大勢いるのか。私は、社会が当てにならなくなったためだと思いま
 すね。社会や国が、生命や財産を守ると、これまでずっと信頼してきた前提が崩れたと
 いうことですよ。隣近所とか地域とかの役割も機能しなくなった。学校内でさえ、いじ
 めなどがあって、子どもを守ってもらえない。社会が信用できないから、自分の命は自
 分で守る。そう考えているうちに、自分勝手でバラバラ現象が起き出したと考えられる
 んじゃないの。でも人間は集団で生きていた生き物です。支え合って生きてきたんです。
 それが崩れると、社会がますます無力になります。そうしないためにも、この件を国民
 が徹底的に議論する。信頼に足りる社会を取り戻すには、それしかないと思いますよ。
・人間は、自然の動きと二人三脚でなければ生きていけない生き物なんだ。そのために思
 い止まらなければならないところがある。そういうことを考えなければいけないけど、
 価格に対する過信と、経済に対する過度の期待度がそれを止めさせなくなった。もう少
 し謙虚にならないとだめだ。自然と仲良くならないとだめだ、と私は思う。
・この間、幼稚園か保育所かを作ろうとしたら、「反対運動」が起きたというニュースが
 ありました。テレビインタビューに年配の女性が「静かな住宅街に子どもが来るとうる
 さくなって困る」と答えていました。それを聞いた私は、大人がますますわがままにな
 っていると思った。人間として救いがたい堕落だと。きつく言えば、人間失格だと思っ
 た。私が一番言いたいのは、乳幼児の泣き声や笑い声を、騒音、雑音と言っていること
 です。電車や工場の音のようにとらえて、生命というものを感じ取れないんでしょ。幼
 い子がいるというのは、それだけ未来が豊かだということです。普通の人間ならば本能
 的に幼い子の声の味方をするんだ。そして、泣いているな、笑っているなと感じて、わ
 めき声を聞いたら「何かあったんじゃないか」と心配する。それをうるさいと言って拒
 否する。生命の叫びが、騒音にしか聞こえていない。その感覚が人間としてずれている
 んです。命を否定しているとも言えるんです。病んでいるですよ。自分たちはまるで生
 まれて一度も泣いたことがないような反対運動があったら、「賛成運動」が起きないと
 だめなんです。それがでないところがまた問題で、そういう社会事態が命を失っている
 ということじゃないかな。    
 
東北と沖縄と
・新聞なんてとってなかったから読んだことなかった。東京で初めて見ると、毎日のよう
 に東北の娘たち5人、10人と小さな風呂敷包みをもって、上野駅に到着した写真が載
 っているの。小作料を払うために身売りした娘たちよ。後で調べてみると、大学での月
 給が40円から50円のとき、彼女らは安ければ100円高くて200円くらいで2年
 間、縛られるわけだもの。結核で戻れない娘もたくさん見てきたし、つらかったな。
・石坂洋次郎さんは慶応大学を卒業したが、東北人ゆえに東京で就職できなかった、と言
 っていた。だからふるさとの青森に戻って学校の先生になった。日本全体が東北を一段
 低く見ていたのよ。そこが、東北を離れたことで見えてきた。 
・85年ごろ、北海道帯広市で約8000年前の集落遺跡が見つかった。竪穴住居跡が
 103棟も確認された。木の実とか貝とか魚とか、自然の生り物を食べていたと思われ
 ていた時代に、定住していた。なんとかして食い物を自分たちで確保して子どもを安心
 して育てたいと、相当な知恵を出したんでしょ。それから青森県の三内丸山遺跡。約
 4500年前に500インもが住んでいたっていうでしょ。これらは、文化は南から入
 ってきたのではなく、北にも優れた文化があったという証拠になるわけだ。そういう点
 からしても東北人は、まず自信を持ったほうがいいな。
・青森、岩手、秋田の3県は隣り合っているけど気質が違う。昔の蕃い合わせて、青森・
 津軽は「おれもやるけどおめえもやれ」ってにぎやかに力を合わせてやる。岩手・南部
 は「おれはできねがおめ頑張れ」と応援する。秋田・佐竹は「おれはやらねからおめも
 やるな」と足を引っ張る。
・青森県はたしかに積極的だ。国家に頼らずリンゴを台湾などに売り込みに行ったり、コ
 メがだめだとすぐにニンニクとか長芋を作って全国一になったり。こだわらないな。独
 立独歩の開拓精神で頑張っている。岩手は、ヤマセ(冷害)でコメはやられて住民の生
 活は苦しい。徳川時代の百姓一揆が最も多いといわれている。苦しくて歩調を合わせて
 一緒にはできない。でも、「おれは抜けるが裏切らない。やる人がいれば後ろから押す」
 と。秋田は、佐竹藩が徳川幕府からにらまれていた。藩内に騒動があれば取りつぶしに
 なる恐れがあった。それで、何かがあってもあまりいきり立たないよう上手にブレーキ
 をかけるようになった。でも、東北というのは、一つだ。戦争にいくと「東北人」とい
 うくくりだ。そして「東北の人間は勤勉で勇敢」なんて言われて真っ先に前線に連れて
 行かれた。本当は、貧乏で、軍隊にいけば飯は食えるし、たばこの配給もあるし、小遣
 いもあるから喜んでいる、と思われていた。馬鹿にされていたんですよ。
・時代は変わったけど、みんなのDNAの中に、東北が刷り込まれていると思いますよ。
 失ってしまった土臭さというようなものが残っていますね。大変なことがあっても、乗
 り切って生きてきたところに謙虚さが出てきている。そこに人間としてのすばらしさが
 ある。    
・明治維新の時に、東北6県にあった藩はみな、徳川幕府についたのに、秋田藩(佐竹藩)
 だけが、薩長について勤王側になった。思想的なことがあったわけではないんです。藩
 主が徳川家に嫌われて茨城県から秋田県に流されてきた。その恨みで反徳川だったんで
 す。 
・原発の問題もあります。私は、放射能の毒性を解消できる目当てがない今は、やめるし
 かないと思っています。代わりのエネルギーがないなら我慢するしかないんじゃないの。
 日本の発電量の3割は原発だというなら、その分を使わないように心がけければいい。

100年生きて、わかったこと
・この年になって確信できたことは、人間は何のために生まれて何のために生きているの
 か、ということへの答えだ。喜ぶため、楽しむためだ。泣くためではなく、笑うため。
 それでねばだめだ。草花見たって、べそかいて咲く花は一本もないものな。みんな喜び
 ながら踊るように咲くもの。人間だって同じはずだ。
・私の子ども時代は、小学校行くと義勇奉公、忠君愛国でしょ。お国のために一生懸命働
 いて質素に暮らすのが一番立派だって、ろくでもないことばかり教わった。難儀しなさ
 い苦しみなさいと。自分でもがんじがらめにしちゃってな。敗戦から30もたって、
 60歳を過ぎてから「あれ、人が生まれ、生きるのは何のためかな?」って。そして少
 しずつ、遊ぶことへの罪悪感が薄れていった。   
・楽しくというのは、一人ではしないな。一人で泣いても誰もおかしく言わないでしょ。
 よっぽど悲しいんだなあって思ってもらえる。ところが一人でアハハと笑うと、あいつ
 は馬鹿でねかって言われる。つまり悲しみや嘆きは一人でやるが、楽しみ、喜びは複数
 の人間で味わうものだということだ。 
・以前、健康ブームというのがありましたね。今でも続いているでしょ。いろいろな器具
 を買ったり、サプリメントを飲んだり。そういう人の中に、本当に具合が悪い人はどれ
 だけいるでしょう。多くの人は、どこかがちょっとだけ悪かったり、悪いと思っていた
 りするだけじゃないんですか。器具や薬品のメーカーの宣伝に乗せられている人も多い
 と思いますよ。確かに心細いから、これを飲めばよくなるぞと言われれば、病人心理で
 は本当にありがたいと思うでしょうから。でもその心の奥には、他力依存があるわけで
 す。安心を買いたいのよ。人の意見を聞いて買う、医者に聞いて世話してもらう。自分
 の努力はなしに全部他人任せでしょ。自分の命なのだから自分で選ばなきゃ。努力をし
 て自分で決める。そこから人間になっていくわけですよ。そして最後は自分で責任を取
 らないといけないでしょ。 
・世界を回ってきてわかったことは、抜きん出た国があるわけではないということ。みん
 な同じ人間だということだ。でもこの国は違いなと思った国があった。ドイツだ。日本
 と同じファッショの時代があって無条件降伏した国。小さな村に碑が立っていた。「何
 年何月ここにユダヤ人を500人連れてきてアウシュビッツに送った。助ける者はいな
 かった。同じ過ちを二度としない」と書いてあった。ナチスがやった大量虐殺をドイツ
 人全体の過ちだったととらえていて、ユダヤ人の救済をした。日本は中国などに行って
 大勢の人を殺したが、ドイツのようにけじめをまだつけられていないでしょ。
・外国旅行に行きなさい。何かをやろうと思うときにもう遅いという年はないんだ。80
 歳まではまず大丈夫だから。
・戦前ペテンにかけられたからね。遊ぶとかぜいたくを罪悪だと教わった。自らを犠牲に
 するのが美徳だ。質素倹約して人のために尽くすのがいいことだと。楽しんじゃいけな
 いという観念がずっと尾を引いてあった。それをやっと80歳代の終わりごろだな、わ
 かった。生まれるとは喜ぶため、楽しむだめだと。
・生きていれば毎日、何かを経験するでしょ。ああだったとか、これは間違っていたとか
 何かを考える。それが前進なんですよ。死ぬときが人間のてっぺんなの。1日生きるこ
 とは1日新しい経験をする。出てきたのが悲しみであっても悪いことではない。悲しむ
 ことを知らない人が、喜びを知るわけがないもの。
・漫然と、「我々は」と言うけど、「我々」とは誰なのか。私のほかに誰が入っているの
 か。それを誰に向かって書くのか。「あなた」の場合でも、それはどこの誰なのか。そ
 ういう点を一番先に明確にすることが必要だ。そう考えたのは、高度経済成長と関係が
 あるんだ。そのころ急に、暮らしの中で一人称の主語がなくなった。農村では、一年間
 必死に働いて稼いだお金が、都会に数カ月間、出稼ぎに行けば得られるようになった。
 お金を手にした農民は、いろいろと買い物をした。本当に欲しい物ならいいが、「消費
 は美徳」と踊らされて買わされちゃった。能動的に遊ぶならいいけど、遊ばさせられち
 ゃった。旅行会社の攻勢を受けて、旅行に行かされちゃった。そういう「主語のない生
 活」になっちゃったのよ。自分の意思がないということよ。
・日本の現状はマイナス面がいっぱいある。なぜこうなったかをみんなが考える。絶望に
 まっすぐ目を向ける。絶望から目をそらせるから希望が見えてこないわけだ。
・気持ちが打ちのめされたときは、打ちのめされたままでいればいいんです。元気を出そ
 うとかしない。しょげたままでいい。自分を卑しめて、ムチ打ってみたって、そこから
 何の力も湧いてきません。早く乗り越えないと、なんて思わない方がいいんだ。自分を
 大事にし、いたわり、工夫してくださいということです。