「宮本武蔵の人生訓」 :童門冬二

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 人間は時代と共に生きる。その時におかれた状況・条件と無縁では生きられない。「社会の変化へ
の適応」が必要である。しかし、適応ばかりしていたのでは自分の大切なものを失ってしまう。なん
のために生きるのか自分でもわからなくなる。
 21世紀に入って時代はますます混迷を深めている。その中でひとりひとりの個人が「どう生きる
か」で苦しんでいる。つかまるものが見えなくなり、自分を支えるものがなんであるかを見出せない
からだ。カオス(混沌)の中で手さぐりで生きているからである。
 宮本武蔵も同じような時代状況の中で生き、苦しんだ。宮本武蔵が生きた時代も、世の中の状況が
激変した時代である。「刀や槍の時代から、ソロバンと帳簿の時代」に変質したのである。そして、
武士もはげしい自己変革が求められた。
 そんな状況の中で、宮本武蔵は「自己における不易の確立」を目指した。しかし、そんな武蔵も
「自分の不易も、めまぐるしい世の中の変化と無縁ではない」と悟り、柔軟な社会対応の面でも努力
した。あの武蔵も実は我々と同じように気が弱く、傷ずつきやすく、他者との人間関係に苦しみ抜い
たのである。武蔵は、ひとつひとつに真正面から向き合い、解決策をしぼり出し、それを自分を支え
る哲学に確立していった。
 宮本武蔵の生き方は、生きる時代が違っても、迷える我々にとって、人間の生き方の手がかりにな
るものが、たくさん潜んでいるような気がする。今の時代は、昔とはちがい頼れるものがない時代で
ある。国にも会社にも、ましては他人も頼れる時代ではない。こんな時代には、宮本武蔵のように、
自分の原則を持ち、孤立を恐れず、自分の道をしっかりと歩んでいくしかない。

現代に通じる剣聖の時代
 ・宮本武蔵は、その生き方を示すものとも言える「五輪書」、「独行道」を残した。
 ・外国では、かつて高度成長していた日本経済の奇跡的発展を支えるといわれる日本株式会社との
  結びつきで、宮本武蔵がとらえられている。
 ・宮本武蔵は、自分が生きている現在はどういう時代なのか、その時代にもっとも見合った自分の
  生き方はどんなものなのかを考え、剣の道を選んだ。
 ・武蔵が選んだのは「都市における剣豪になること」であった。都市という新しく出現した社会で、
  剣の道を究め、その強さを持って立身することであった。しかし、武蔵は重大なことを見落とし
  ていた。新しい時代はそれまでの個人の戦いではなく、集団で戦う軍団を必要としていたのであ
  る。
 ・宮本武蔵の「五輪書」で強調しているのは、ただ「勝つ」ことである。「個人の戦いに勝てば、
  巨大な戦場でも勝てる」ということである。
 ・武蔵は自己顕示欲の強い人間であった。時に抑制がきかず、突出した行動に出ることがあった。
  そのため、「独行道」で自己抑制をしたのである。
 ・武蔵はなぜ、あそこまで超人的な生き方を己に課したのか。それは、武蔵が「時代に遅れてきた
  青年」だったからである。武蔵が青年になった時は、新社会の骨組みはもう完了してしまってい
  た。「一国一城のあるじ」の夢は文字どおり夢で、世の中はどんどん徳川管理社会に向かって進
  んでいた。徳川管理社会は、日本人すべてを今の場に釘付けにし、上を見ずに下を見て生きろと
  いう社会であった。武蔵が本能として燃やしている「自己顕示」や「上昇志向の充足」ができ難
  い世の中だった。
 ・武蔵は、そのような時代の変化を既に感じ取っていたが、それでも敢えて「剣の道は個人できわ
  める」という逆説的な生き方を選んだ。「一芸をきわめることは、一つの原理を生むことだ。原
  理はあらゆる分野に応用できる」と考えたからである。
 ・武蔵の目指したのは、「管理社会における個の確立」なのである。

時代の流れに処す
 ・ものごとには人間の能力だけではどうにもならない「運」というものがある。「運」がない時は、
  じっとその場に立ちどまって、胸の中で一つ二つと十まで数えた方がよい。そうすると、気持ち
  が落ち着いて、自分の置かれている状況がよく見えるようになる。また同時に、慎重すぎて、臆
  病になり、身をすくませてしまうのも「運」を自ら逃すことになる。その呼吸をよく知ることで
  ある。
 ・基本的には人間はゼネラリストであるべきだと思う。特に組織人はそうあるべきであって、あま
  りスペシャリストな世界に閉じこもるのはよくない。視野が狭くなるし、発想が狭くなり、考え
  が狭量になってしまう。しかし、ゼネラリストになるにも、一つの自分に合った技芸を極めなけ
  ればなれない。良いゼネラリストになるためには、良いスペシャリストにならなければならない。
  でも、スペシャリストになってからゼネラリストになれというような直線コースでものごとを考
  えるのではなく、あくまでも双方のフィードバックをしながら、面としての努力が必要である。
   ・邪心をもたぬこと
   ・二天一流の道を厳しく修業すること
   ・広く諸芸に触れること
   ・さまざまな職能の道を知ること
   ・物事の利害損得をわきまえること
   ・あらゆることについて物事の真実を見分ける力を養うこと
   ・目に見えぬ本質を悟ること
   ・わずかなことにも注意を怠らぬこと
   ・役に立たぬことをしないこと
 ・人がたくさん集まる場所に行って情報を仕入れなさい。しかし、人から聞く話や読む新聞や週刊
  誌、あるいはテレビその他から仕入れた情報を、他人と同じように受け止めていたら駄目である。
  むしろ、その情報の中に含まれている半歩先、一歩先の変化を読み取らなければ、情報をいくら
  大量に仕込んでも意味がない。情報に対して、それを活用できるかどうかが分かれ目である。
 ・社員とか職場とかで構成されている組織は「お粥社会」である。ひとり一人の責任と権限がはっ
  きりしない。皆がクタクタに煮られてしまうのではなく、握られても、一粒一粒の米がちゃんと
  自己主張している「おむすび社会」になるべきである。
 ・「時には隙を見せろ。が、弱味は見せるな」 社会生活をする場合、全然隙のない人間など面白
  くもなんともない。人は近寄ってこない。完璧な人間は神か仏であって人間ではないからだ。
  また、そういう人間に接すると、自分の欠点ばかり指摘されて、嫌な気分になることが多い。弱
  味というのは、ことさらに自分の欠点を他人に告げる一種の甘えである。だから弱味をみせては
  いけない。隙というのは他人への愛である。他人が自分に接近するとっかかりを示すことだ。弱
  味はつけ入れられる。それだけでなくて自分が今度は叩かれ滅ぼされてしまう。また、この隙と
  弱味は相手が決める場合がある。こっちが隙だと思っていることを、相手が弱味だと思って突い
  てくることがある。これには、こっちも負けずに応戦しなければならない。
 ・人間には、その人間にとって、どうしても守り抜かなければならない事柄が幾つかある。それを
  自分の原則と言おう。自分の原則は、絶対に譲ってはならない。しかし、それさえ守り抜けば、
  他のことは妥協しても差し支えない。人が妥協と思っても、自分にとっては、そのこと自体には
  初めからあまり意味を認めていないから、人の思惑など気にすることは全くない。人間は「自分
  の原則」を持つことが大事なのであって、原則がないからっ妥協などということにこだわるので
  ある。原則さえあれば、妥協などゴミにも等しい。その行為自体に深い意味はない。
 ・人との出会いは気合いである。勝つか負けるかである。初対面の時は、必ず相手をうち殺してや
  るという意気込みで臨め。初対面の時、とてもこの人物にはかなわないと思ったら、その人物が、
  夜、女と寝ている姿を想像しろ。
 ・まっすぐ飛ばないことは決して悪いことではない。真っ直ぐ飛ばない方が、猟師が撃ちにくいだ
  けでなく、変化をもたせて、自分自身が常に新鮮な生き方しなければならない。
 ・こっちが辛い時は、敵も辛いはずだ。人力には限りがある。そういう時には狼狽する心を押さえ
  つけて、とにかく冷静になって、敵の心理を推測することだ。
 ・自分のいる場所を何事につけても、詳しく知るということは、集団生活をする場合には特に必要
  だ。それは、物理的な意味もあるし、精神的な意味もある。
 ・闇から斬りかかって来るような人間を切り殺すことが、真の男の勇気だ。斬りかかられているの
  に、にこにこ笑って、阿るような気配りをしたり、愛想笑いをするような人物は周囲から敬愛を
  得ることはできない。
 ・自分に全く覚えのない誤解を受けて、なかなか誤解が解けないことがある。そういう時は、バタ
  バタせずに、じっと堪えて、あくまでも自分の原則を貫き通すことだ。人がどう見ようと、何を
  言おうと、狼狽しないで、じっと堪える事しか方法がない。そうすれば、やがて時が誤解を解い
  てくれるであろう。
 ・窮地を窮地と思うから窮地になる。他人がたとえそう思おうと、自分だけはこの窮地は決して窮
  地ではない、必ず壁は崩せるという積極性を持つべきだ。窮地という考えに押しひしがれて、戦
  意を喪失するようでは、まさにその人間は窮地に陥ったのである。

職場・仕事における人間学
 ・リーダーにとって大切なのは、あくまでも公平なリーダーシップであり、卑屈なおもねりではな
  い。それは人事配置の上に確実に現れる。適材適所の人事配置のない気配りはごまかしである。
 ・ものごとは、すべて事実だけを見つめて、その事実からスタートしよう。決してその裏がどうで
  あったという勘ぐりや詮索をしてみたところで、その事実そのものは動かせない。
 ・努力は大切だが、しかしそれ以上に結果が大事なことは自明の理である。日本の組織は、こうい
  うことを曖昧にして、妙な温情主義でことを支配しようとする。それが、もののわかった管理で
  あり、またいい管理だなどという風潮が蔓延しているが誤りだ。だからと言って、ただ結果だけ
  を見て、努力を全く無視するというのもよくない。それは非人間的な管理である。
 ・日本人の多くが、ほとんど他人の目を気にして生きている。自分の目を信じない。そして、心の
  底で、自分は納得しなくても、不承不承、他人の目に従うことが多い。つまり自分を偽って生き
  ている。だから、そういう面での苦悩が多いのである。「自分の原則」を強くもって、その原則
  を信じ、他人がどう思おうと構わない。状況に応じて自分を変質し、生き抜いていくことは、決
  して悪いことではない。
 ・日本の社会は斜視社会であり、その斜視社会が生んだ論理と認識で形成されている。左遷といい、
  栄転といい、それは日本の斜視社会を表しているものである。それらはすべてその斜視社会の認
  識方法にすぎない。たとえ人が見て左遷であっても、自分がそう思わない方がいい。なぜならば、
  それは自分ひとりの問題ではないからだ。左遷だとか栄転だとかということにこだわりなく、自
  分は仕事をしに来たのだという意気込みを示すべきである。
 ・大きな組織になれば、どこかに遺賢がいても、なかなか見出されないし、まして在野の人間をい
  きなり高給をもって迎えるなどということは、そう頻繁にあるものではない。組織内の生存競争
  は激しい。出世に対してすざましいのである。出世ということは、そのまま地獄だ。どんなに優
  秀でもお自己PRはやはりしなければ駄目だ。自己PRは決して罪悪ではない。逆に過度の謙遜
  こそ他に対してウソをついていることになる。自分の本当の姿を隠すからだ。
 ・日本人は閥が好きである。人閥とか財閥とか軍閥とかいろいろな閥を作っている。そして、そこ
  に群れては一つのパワーを形成する。人間の欲望には限りがなく、人が集まるところには必ず欲
  心がどろどろと渦巻いていて、決して純粋ではあり得ない。組織というのは、下水のようなもの
  で、あらゆる汚物を包含して生きている。しかし、それを生き抜ける人間と生き抜けない人間が
  いる。潔癖な人は、必ずしも組織には適合しないからである。
 ・現代の日本の組織は「妬みの心」の巧妙な抑圧操作によって成立していると言える。その一番い
  い証拠は、年功序列とか同一労働同賃金とかいう制度である。これは本来は仕事本位、能率本位、
  業績本位で評価されるべき人間への対価が同じだというのはおかしい。おかしいけれど、考えよ
  うによっては、それだけ日本人は労働者意識が高度で、「能力に応じて働き、欲望に応じて分け
  る」ということが行われていると見ることができる。日本の組織原理は、妬みを押さえ込むこと
  によって成立している。しかし、これからはあらゆる組織が変質を迫られている。他人の視線だ
  けを気にし、人からどう思われているかにエネルギーを費やして、肝腎の仕事をないがしろにす
  るような組織は生き残っていけない。そんな甘ったれた次元に生きてはならない。もっと自分に
  責任を持つべきである。
 ・現代の組織の中では、ろくな仕事もしないで、朝から晩まで能書だけたれて生きている人物がい
  る。あるいは、あちこちで聞きかじった人事情報などを得意気に触れ回って日を送っている人も
  いる。あるいは、人の書いた稟議書を細かく助詞の使い方などをいちいちチェックして、文章を
  いじくり回すことで日を送っている人もいる。いわゆる「組織内評論家」だ。そういう連中の多
  い組織は不幸である。組織人は挙げて仕事をしなければならない。あくまでも全員が実行者でな
  ければならない。能書は別なところで別な人間がたれるべきである。
 ・上役の言葉を真に受けて、本当のことを言おうものなら、その後の人事異動で、必ず飛ばされる
  例が多い。人間は弱いものだ。人間には知的に生きる人間と、情的に生きる人間の二種類があっ
  て、どちらも自分がけなされることは好まない。誰でも誉めてもらいたいからだ。
 ・私達の日常生活で、多くの人に関する情報は、耳から入ることが多い。が、自分の目で、実際に
  それを確かめることは少ない。私達の人間関係は、多くは耳から吹き込まれた情報によって成立
  していると言っていい。組織の中でも、社会の中でも、人々の判断基準の多くは、噂である。こ
  れが組織の中で、人事異動その他に使われる時は危険だ。噂は凶器になる。心ある人は、そうい
  う噂に惑わされてはならない。
 ・向こうから近づいてくるグループには気をつけた方がよい。得てしてそういう集まりは、あるい
  はそこで話されることは、その組織での現在の不平や不満、あるいは力を持った人々のやり方に
  ついて、いろいろと批判、非難の言葉が出てくる。うっかり同調すると、すぐにその一派に組み
  込まれてしまう。ことの本質を見極めないで、軽率にそういうグループに加わってはならない。
 ・「出る杭は打たれる」という鉄則が幅を利かせてきたが、これからの時代は、そんなことばかり
  言っていたら、組織の目的は達成できない。組織の人々が、人の和だといって、そういうことだ
  けにエネルギーを費やし、自分達より優れている者の足を、皆で寄ってたかって引きずり降ろし
  ていたら、その組織はまもなく潰れてしまうに違いない。

己に克ち、人生に勝つ
 ・窮地に陥った時は「すぐ動くな、間をとれ」。間を取れというのは、敵よりも、むしろ自分の中
  に存在する敵を発見し、急いでこれを殺し、そして改めて敵に向かっていけという意味である。
  そうなるためには、まず自分の気持ちを鎮めなければならない。自分がうろたえていたのでは、
  自分を冷静に見詰めることもできない。
 ・「頭の中に濾過器を据えろ。」「自浄作用の機能を持つ川を頭の中に据えておけ。」そうすれば、
  どんな嫌なことがあっても、自浄作用によって、明日はすっきりした気分で仕事に向える。
 ・「命がけでも無駄死にはするな。」世間の視線を気にして、面子にこだわっていたら、その場で
  身をぼろぼろにしてしまう。自分のエネルギーは貴重だ。ロスするのはもったいない。一滴一滴
  を大事に使うべきである。
 ・時流に決して逆らってはならない。むしろ時流をよく見極め、時流を超えていけ。時流を超える
  には、時流をよく分析し、時流を構成している要素を把握してければならない。ただ徒にひしが
  れるだけでなく、その中から、逆に創造の喜びを発見して、自分なりに、これを克服していこう。
 ・急ぐ時には、ゆとりを持て。そうしないと自分が置かれている状況が見えなくなる。自分が踏ん
  でいる場所を囲む条件が一体どういうものか。自分の取って有利なものか。敵にとって有利なの
  か不利なのか。それを見極めることが大切だ。
 ・自分は一体どういう人間なのかということを自分でよく認識することである。自分を知らないで、
  自分の原則もへったくれもあったものではない。自分を知るということは、自分を見詰める客観
  的なもうひとりの自分を用意するということだ。冷静な批判者としての自分を常に自分の頭の中
  に備えておくことである。これが辛い人は、自分の原則をもつことができない。まして、自分の
  存在感を確立することは無理だろう。
 ・人間社会というのは、目に見えたり耳に聞こえたりする視聴覚に世界であり、特に日本では、視
  線社会と言われていて、他人の考えに振り回されることが多い。しかし、他人の振り回され続け
  て、自分というものが全くない生き方というのは、あまりにも寂しすぎる。認識というのは、自
  分の考え方一つでどうにでもなる。そうであるなら、もし他人から見て手遅れであり、窮地であ
  っても、自分がそう思わなかったらそう思わなければいいのではないか。考えをギアチェンジす
  るのである。
 ・極力、欠点は、自分から言わない方がいい、まして、それを一種の美徳と考えて、他人の誉めて
  もらおうというような気持ちで、自分の欠点を告げ歩くとしたら、それは馬鹿だ。逆手に取られ
  て、だんだんその人間は窮地に陥っていく。そんなことは自分からすべきではない。
 ・私達が孤立を恐れるのは、孤立を特別なものと考えるからである。つまり、異例として扱うから
  だ。果たして、孤立は異例なのだろうか。むしろ、孤立は常例なのではないだろうか。人間社会
  で、自分というものを固く守っていれば、当然孤独である。それが、価値の多元化社会というも
  のであり、また、お互いにお互いを尊重し合うという人間関係なのだ。その意味では、人々は初
  めから孤立している。そして、基本的には孤立しながらも、自分の考えと他人の考えが合う時は、
  その部分で理解が成立するのだ。だから人間というものは、孤立が常態なのである。孤立を悪い
  ことだと考えるのは誤りである。むしろ、自分で自分を高く評価し、それを保つ姿勢が孤立であ
  る。
 ・人間は弱いから、ちょっとしたことでも、神経に棘のように刺さって眠れないことがある。眠れ
  ない時は、眠れないままに、何かを考えながらも、身体を横にしていれば、必ず疲れが取れる。
  明日は、また新しいエネルギーを持って出社できると自分に言い聞かせることだ。
 ・対人恐怖症は他人のせいではない。自意識過剰からくる、自分のせいなのである。完全主義をめ
  ざすコチコチの姿勢がそうさせるのだ。これも他人の視線を気にする性癖からきている。日本的
  社会に毒された結果なのだ。少しぐらいの欠点は、平気でさらけ出す腹になれば、たちどころに
  なおる。
 ・たとえ物事がうまく行かなかった場合でも状況に応じてどんどんギアチェンジしていけ。トップ
  でいけなければセカンド、セカンドでいけなければサードと、どんどんギアを切り替えていけ。
 ・文章は短い方がいい。本は薄い程いい。分厚い本でも、中に書いてあることが、何が何だか訳が
  わからず、書いた人の勝手な思いが、ただ、だらだらと述べられているだけでは、読む方は迷惑
  する。日常生活でも、駆使する方法は、あくまでもわかり易く、単純なものがいい。きらびやか
  である必要はない。
 ・自分の年輪を大切にすべきである。今まで経てきた経験を大事にして、年輪の一本一本に、レコ
  ードに刻まれた溝のように自分の経験を大事にすべきである。
 ・人間というものは弱いものである。他人には厳しいが、自分には甘い。しかし、それを放ってお
  くと、いつの間にかその甘さに狎れ、自分だけを特別人間だと思い込むようになる。そして、大
  抵のことは許してしまう。それが間違いのもとだ。辛くても、自分を厳しく監視するもうひとり
  の自分を用意することが大切だ。
 ・自分の中にいる敵とは、常に厳しく対決しなければならない。そのことが、世間にいる本当の敵
  に向かっていける力を養ってくれるのだ。自分の中にいる敵を甘やかしていては、決して他の敵
  と戦うことはできない。
 ・今さら、巨大な目標に向かって、微小な存在である人間が、じたばたしても始まらない。目前に
  起こっていることを、しっかりと見詰め、つまり、目の前の一本の木をじっと見詰め、その背後
  にある大きな林や森を見詰める広い視野が必要である。蛸壺の中の思考は、もう役に立たない。
  また、蛸壺の中の和だとか人間関係だとかいう、せこい一家意識も通用しない。人間ひとり一人
  が、ここで勇気を持って、「人間は、もともと孤独な存在である・」という認識に立ち、その孤
  独に居直って、自分の力を発揮していく以外生きていく道はない。