こころの終末期医療 :入江吉正

こころの終末期医療 [ 入江吉正 ]
価格:990円(税込、送料無料) (2020/8/1時点)

SMアンダーグラウンド [ 入江吉正 ]
価格:1760円(税込、送料無料) (2020/8/1時点)

人の逝き方を考える 終末期医療と尊厳死 [ 源河 圭一郎 ]
価格:2750円(税込、送料無料) (2020/8/1時点)

終の選択 終末期医療を考える [ 田中 美穂 ]
価格:3520円(税込、送料無料) (2020/8/1時点)

功利主義入門 はじめての倫理学 (ちくま新書) [ 児玉聡 ]
価格:858円(税込、送料無料) (2020/8/1時点)

安楽死法:ベネルクス3国の比較と資料 [ 盛永審一郎 ]
価格:2970円(税込、送料無料) (2020/8/1時点)

「在宅ホスピス」という仕組み (新潮選書) [ 山崎 章郎 ]
価格:1430円(税込、送料無料) (2020/8/1時点)

女、60歳からの人生大整理 [ 松原惇子 ]
価格:1430円(税込、送料無料) (2020/8/1時点)

たった一度の人生だから新版 (Forest books) [ 日野原重明 ]
価格:1100円(税込、送料無料) (2020/8/1時点)

在宅医の告白 「多死社会」のリアル [ 米田浩基 ]
価格:1540円(税込、送料無料) (2020/8/1時点)

犯人は私だった! 医療職必読!「平穏死」の叶え方 [ 長尾和宏 ]
価格:1980円(税込、送料無料) (2020/8/1時点)

在宅医療のリアル改訂版 [ 上田聡 ]
価格:880円(税込、送料無料) (2020/8/1時点)

エンド・オブ・ライフ [ 佐々 涼子 ]
価格:1870円(税込、送料無料) (2020/8/1時点)

ルポ最期をどう迎えるか [ 共同通信生活報道部 ]
価格:1540円(税込、送料無料) (2020/8/1時点)

告知 (幻冬舎文庫) [ 久坂部羊 ]
価格:638円(税込、送料無料) (2020/8/1時点)

大切な人を看取る作法 [ 大津秀一 ]
価格:1650円(税込、送料無料) (2020/8/1時点)

看取りの医者 [ 平野 国美 ]
価格:607円(税込、送料無料) (2020/8/1時点)

死ねない時代の哲学 (文春新書) [ 村上 陽一郎 ]
価格:935円(税込、送料無料) (2020/8/1時点)

痛くない死に方 [ 長尾 和宏 ]
価格:1100円(税込、送料無料) (2020/8/1時点)

この国で死ぬということ [ 柴田 久美子 ]
価格:1980円(税込、送料無料) (2020/8/1時点)

看取るあなたへ [ 細谷 亮太 ]
価格:1650円(税込、送料無料) (2020/8/1時点)

「痴呆老人」は何を見ているか (新潮新書) [ 大井玄 ]
価格:770円(税込、送料無料) (2020/8/1時点)

超高齢社会の法律、何が問題なのか (朝日選書) [ 樋口範雄 ]
価格:1540円(税込、送料無料) (2020/8/1時点)

人は人を救えないが、「癒やす」ことはできる [ 谷山 洋三 ]
価格:1210円(税込、送料無料) (2020/8/1時点)

安楽病棟 (集英社文庫(日本)) [ 帚木 蓬生 ]
価格:924円(税込、送料無料) (2020/8/1時点)

人は死ぬとき何を思うのか [ 渡辺和子(修道者) ]
価格:1430円(税込、送料無料) (2020/8/1時点)

人はだれでもいつかは死ぬ。わかりきったことではあるが、実際には、なかなかそのこと
に対して、正面から向き合うことができない。そして、いざ死に対峙したとき、ほとんど
の人はうろたえる。普段から「俺はいつ死んでもいいんだ」と強がりを口にしているよう
な人でも、実際にその死に直面すると、大いにうろたえる。
高齢になって、老衰で自然に命の灯が消えて行くような死に方が理想的であろうが、現実
はなかなかそうはいかないことが多い。人生の半ばで、がんなどの病に冒されて、死と向
き合わなければならない人も少なくない。そういう人にとって、終末期は、単に肉体的苦
痛ばかりではなく、精神的な苦痛も伴うことが多い。
現代の医療は、高度に発達してきているが、その主な目的は「肉体的に死なせないこと」
だ。医師にとって、ある意味で死は敗北を意味しているから、とにもかくにも、あらゆる
手段を駆使して延命をはかろうとする。
しかし、はたしてそれが、患者本人にとって、本当にいいことなのだろうか。それが患者
本人が本当に望んでいることなのだろうか。多くの場合、そういう状況になった場合、も
はや患者自身が自分の意志で決められる状況にない場合が多い。
もちろん、最近の医療では、できるだけ患者が肉体的な痛みなどで、苦しまないように、
できるだけの配慮はされるようだ。しかし、患者の苦しみは、肉体的な苦しみだけではな
い。精神的な苦しみ、こころの苦しみも多い。いままでは、このこころの苦しみに対して
は、あまり配慮がされてこなかった。しかし最近では、このこころの苦しみにも配慮した
医療も行われるようになってきているようだ。

しかし、そんな医療においても、現在もなお、最大の難解な問題として残っているのが、
「安楽死」や「尊厳死」だろう。「安楽死」と「尊厳死」は同じようにも思えるが、実際
には少し意味合いが違うようだ。簡単に言えば、「安楽死」は医師など第三者が薬物など
を使って患者の死期を積極的に早めることであり、「尊厳死」は延命措置を断わって自然
死を迎えることである。
日本においては、現在、「安楽死」は基本的に認められていない。もし医師が、患者の要
望に応じて、この「安楽死」を行えば、それは殺人となる。しかし、海外においては、オ
ランダやベルギー、スイス、米国(一部の州)などは、病気が治る見込みのない人が望ん
だ場合に、医師が自ら薬物を使用あるいは処方しての「安楽死」を認めている国もある。
ただ、耐え難い苦痛があることや患者本人が熟慮した結果であることなど、厳格な要件と
手続きが定められている。
日本においても、近年、「死ぬ権利」を主張する声が高まっている。しかし一方で、安易
に「死ぬ権利」が認められれば、「生きる権利」がないがしろにされるとの危惧の声も高
まるので、なかなか「安楽死」が認められる状況には到っていない。
「尊厳死」は、「安楽死」よりは自然死に近いため受け入れられやすい。しかし、現実問
題として、延命処置を断るタイミングが難しいようだ。自宅で倒れて、慌てて救急車を呼
べば、自動的に延命処置が行われることにつながっていく。一度、胃ろうや延命装置につ
ながれば、後になってそれを止めたりはずしたりすことはできない。胃ろうを止めたり延
命装置をはずすことは、殺人になってしまう。

最近、京都で起きたALS女性患者に対して行われた医師二人による嘱託殺人は衝撃的だ
った。過去にも、同様の医師による嘱託殺人は複数件起きているが、それらはどれも担当
医の通常の医療の延長線上にあった行為であった。
ところが今回の事件は、担当医でもALS専門医でもなく、単に女性患者とはSNSを介
して知り合っただけという関係の医師たちが行った行為で、過去の事件とは明らかに異な
ると言える。これは、いくら患者本人から依頼されたからとはいえ、嘱託殺人の誹りは免
れないだろう。
しかし、この薬物投与を行った医師たちに対して、「報酬として現金130万円をもらっ
ていた」とか、「初対面の患者に対して短時間のうちに薬物投与をおこなった」とかと批
判して、この医師たちを極悪人扱いにしただけで、おしまいにしていい事件なのだろうか。
医師たちだって、これをやれば犯罪になるということはわかっていただろうし、それを承
知で、あえてやったのには、単なる金儲けのためではなく、そこには何らかの医師として
の思想があってのことだろう。普通の人々より、医師たちのほうが、ずっと死と対面しな
ければならない立場にある。医師としてのいままでの経験から、何らかの思想が生まれて
いても不思議ではない気がする。
いくら表面的には死にたいと主張しても、患者の心の奥底には「本当は生きたい」という
叫びがあるのだという人もいる。そうかもしれない。しかし、それでも、もはや生きるこ
とに堪えられないと、心の奥底から思いっている患者もいるかもしれない。そういう患者
に対して、「ほんとは生きたいはずだ」と「生きること」を強いるのは、本人の意志を無
視して、第三者の主義・主張や判断・人生観を押し付けることにはならないのだろうか。
「どんな状態にあっても生きるべきだ」と思えるこころの強い人ばかりではない。「とて
も堪えられない」というこころの弱い人のほうが多いような気もする。
それに、誰もが手厚い支援を受けられるとは限らない。社会の仕組みもそうはなっていな
い。
当然、「生きる権利」を最優先としなければならないだろうが、「生きる権利」ばかりが
強く主張されて、「死ぬ権利」を選択する道を塞いだまましておくことは、はたして公正
と言えるのだろうか。自分で自分のことが決められない社会は、ほんとうにしあわせな社
会と言えるのだろうか。逆に、最後には「死の権利」を選択できるということが、もう少
し頑張ってみようという希望にもなるのではないか。
京都のALS女性患者は、胃ろうを止めて「尊厳死」を希望したようだが、その希望は主
治医からは聞き入れられなかったようだ。もっとも、主治医からしたら、一旦始めた胃ろ
うを途中で止めてしまうことは、犯罪行為として追及されるため、できなかったのだろう。
そうなれば、その女性にとっては、なんの希望も見いだせない、まさに生き地獄の毎日だ
ったとも言えるのだろう。
もし、私がこの女性の立場だったら、やはり生き続けることにとても堪えられなかったと
思う。そう考えると、この極悪人と批判されている医師たちは、女性にとっては唯一の救
いの神であったのかもしれないと、私には思えてくるのだ。

まえがき
・私は2017年1月、いきなり脳梗塞に見舞われました。自宅で一人、机の上のパソコ
 ンに向かって文章を書いているときのことでした。いきなり右手の薬指と小指の力が抜
 け、体に起こっている異変を感じたのです。それは、自分の体が時間の経過とともに麻
 痺させられていく感じでした。
・実は私は、過去にも二度、脳の疾患で入院したことがありました。最初が三年前の硬膜
 下血腫、次が二年前でその疑い、そして今回の脳梗塞です。三度にわたる脳疾患で、そ
 れまで計画していた人生プランが次々と断たれていくことに、私は戸惑いを覚えました。
・同時に、これまで生きてきた人生の意味や価値について後悔の念に苛まれることが多く、
 八方塞がりの「魂の痛み」を感じたのです。それは、「生死にとって絶対的価値を持つ
 もの」「内なる本当の自分」に対する痛み、スピリチュアルな感情でした。
・多くの場合、人生の終末期を迎えた人は身体的、精神的、社会的な苦痛だけでなく、死
 に対する不安や恐怖、生きている意味や価値の喪失、それまでの人生に対する罪責感な
 どの「魂の痛み」を覚えるようになります。そのような痛みは、「スピリチュアルペイ
 ン」と呼ばれています。
・スピリチュアルペインとは、日ごろ平穏な生活を送っているときにはあまり表に顔を出
 すことはありません。自らの病や老い、突然の余命宣告など、これまでふつうに暮らし
 ていた生活が一変したとき初めて生じるのです。   
・スピリチュアルペインを一気に解消する「特効薬」はありません。しかし、それを緩和
 し、安寧な心の状態へと導く方法はあります。それはスピリチュアルペインを自覚して
 いる人の側に寄り添い、その人の魂の健全性を守ってあげるスピリチュアルケアの提供
 です。

死に直面して初めて気づく魂の痛み
・人は心身ともに健康なとき、それが当たり前のように長く続くものと思っています。と
 ころが、思いもよらない形で襲いかかってくるのが病気です。病気の種類によっては、
 それまで順調に過ぎていた人生が一気に奈落の底に突き落とされることもあります。
・がんや心筋梗塞、脳卒中など死を連想させる病気に侵されると、生きている意味や価値
 を見失ってしまい、自分を支えてくれるものが見つからない不安定な心境に追い込まれ
 ることがあります。 
・終末期患者は、侵された病気やその治療に伴う「身体的苦痛」「精神的苦痛」社会的苦
 痛」を覚えます。
・そして、近づいてくる死を意識して感覚的に敏感になったり、死を予感すると、人生の
 意味や価値への関心が高まります。これまでの生き様を後悔して罪悪感に苛まれ、死の
 不安や恐れ、苛立ち、怒り、孤独などにも苦しめられます。
・人生を振り返ったり、自分というものを深く考えたりするプロセスに圧倒されて、初め
 て気づく「魂の痛み」は、「スピリチュアルペイン」と呼ばれています。
・スピリチュアルペインは、平穏は生活を送っているときにはまったく現れません。しか
 し、病気や老いで死が近づいて「自分の人生」が根底から脅かされるという人生で最大
 の危機を迎えたとき、医者から余命を宣告されたときなど、死の不安と恐怖に襲われて
 単なる精神的苦痛を超えた「魂の痛み」としてスピリチュアルペインを自覚するのです。
・スピリチュアルペインとは、死を直面したとき、生きる意味や価値、目的、アイデンテ
 ィティー、価値観、人生観、世界観、人間関係など自分の存在全体についての苦痛を意
 味しています。それは患者にとっては、肉体的、精神的、社会的な苦痛と同様に耐え難
 いものです。ひどい時には闘病生活を乱し、家族や会社、組織などでの人間関係まで混
 乱させて病気そのものを悪化させてしまいます。
・不安や恐怖、怒り、苛立ち、孤独感、無意味感、無力感などの感情は、「魂の痛み」に
 よって生み出されます。しかし、それを一気に緩和する「特効薬」などありません。
・私も、以前なら自分で楽にやれたことができなくなったもどかしさが、いろいろ精神的
 苦痛となっていました。ベッドに寝転びながら今後のことを考えると、治療費の支払い
 や家計の維持、仕事への復帰の可能性などが不安となって襲ってきました。そのことが
 経済的苦痛となって私を悩ませ始めました。しかし、残りの人生を「精いっぱい、生き
 よう」と決めたあとは、真夜中でも明かりが消えた病室で独りリハビリに励みました。
・脳卒中は脳の血管が詰まったり、切れたりすることによって起こる疾患です。世界的に
 主な死因になっているだけではなく、手足の麻痺など障害をもたらす原因としても注目
 されています。   
・私が見舞われた脳梗塞は脳卒中の一つで、脳の血管が詰まることによって生じる疾患で
 す。脳卒中は日本人の死亡原因の第四位となっています。そして脳卒中の約六割を脳梗
 塞が占め、脳梗塞が原因で年間11万4千人が亡くなっているのです。
・脳卒中に侵されると、生き残ったとしても要介護状態になる原因の第一位です。
・私は、自分の運命を形づくるのは生きようとする意志だと確信しています。 
・経済学者と心理学者らが、「プロスペクト理論」という「人は高い確率を低く見積もり、
 低い確率を高く見積もってしまう傾向がある」ということを唱えました。
・心理学では、人は「不確実な物事を正確な確率で認識できない」とも言われています。
・人は、私を含めて将来のリスクに対する認識が甘いようです。日ごろパチンコや競馬な
 どギャンブルで何度も痛い目に遭っていても、そのほとばしりが冷めると再びハマって
 しまう人は少なくありません。さらに、愛煙家の多くがタバコは体に悪いとわかってい
 てもやめられずにいます。
・病気の多くは多忙な仕事などからくるストレスや暴飲暴食、日ごろの不摂生、運動不足
 などが原因とされています。いずれの病にしても、その前触れとしてなんらかのシグナ
 ルが出ているはずです。病気にかかった本人ではなくても、家族や友人など周りの人が
 そうしたシグナルを察知するおともできるでしょう。
・しかし、最新の医療でも救えない命はたくさんあります。今の医療は、すべての病気を
 治せるほど万能なものではありません。そのため治療の大変が対症療法で、薬の処方は
 対症療法そのものです。  
・気管支炎や肺炎は、抗生物質があるので治ります。しかし、風邪はその人の自然治癒力
 による体力の回復を待つ以外、処方された薬だけでは治癒しません。
・年寄りの高血圧や糖尿病なども薬の服用で検査する項目の数値を改善できましが、それ
 は症状を抑えているだけのことです。 
・がんは手術で病巣を除去できても、再発や転移の可能性が残りますので共存していくし
 かありません。抗がん剤の服用は、もちろん副作用があります。
・患者の多くは病院で医師に治療してもらえば治るという思い込みがありますから、治ら
 ないとなると不安になって焦ります。そして、ますます医師や薬に頼ろうとするのです。
・「身体的苦痛」で多いのは、がん性の疼痛。それは、がん細胞が痛みを感じる神経を刺
 激することで生じます。痛みを覚えるところは骨や内臓などさまざまで、がんが転移す
 ると全身どこでも疼痛が生まれます。
・「精神的苦痛」は病名を告知された心理的ショック、手術や治療に対する不安、再発や
 転移を想定した恐れ、社会復帰への不安などさまざまです。
・ただ、ふつう手術や治療を受けたあと数日から二週間ほどで置かれた状況を受け入れて、
 直面した困難を乗り越えようとする気持ちが湧いてくるとされています。
・「社会的苦痛」で多いのは医療費の負担や、休職や退職による収入の減少など経済問題
 です。それは、今後の治療方針や人生の選択においてさまざまな影響を及ぼします。さ
 らに闘病生活が長引くと勤務先での地位を失ったり、最悪の場合には退職に追い込まれ
 たり、負担が増えた家族間にいざこざが起こったりします。
・一方、スピリチュアルペインは、自分の死という人生最大の危機に直面したとき、「不
 治の病に侵されてしまった」「死が近づいている」「生きる気力がなくなってしまった」
 「自分を支えていた健康や家族、会社の人間関係を失ってしまう」といった「魂の痛み」
 が原因となって湧いてきます。
・人は一人では生きていけません。周りの人との人間関係のなかで相手を支え、相手から
 支えられて生きています。ただ、差し迫ってくる自分の死を意識することによって、そ
 の関係性に危うさが生じてきます。なぜなら、そうした関係性が死によって断ち切られ
 てしまうからです。 
・終末期患者の六つのスピリチュアルペイン
 @生き永らえるつらさ
  「余命を告知され、残された時間を過ごすつらさ」「がんと戦い続けるつらさ」「医
  療関係者や家族に世話になるつらさ」
  「早く死にたい。これでは生きる屍だ」といった「魂の叫び」は、ただ息をしている
  だけの状態に生きる意識や価値を見出せずに残された時間を過ごしていくつらさを表
  してします。
  「迷惑をかけてまで生きていたくない」という告白は、身の回りのことができなくな
  り、自分が家族の重荷になってまで生きていることにつらさを感じているのです。
 A自分らしさとの葛藤
  身体的に衰えていく自分の姿を目の当たりにすることで「自分らしさがどんどん失わ
  れていく」と感じています。 
  「ここから飛び降りて死んでしまいたいが、やはり自分の最期をそんな形で終わらせ
  たくない」いった思いは、最期まで本来の自分を見失わずに「自分らしさとは何か?」
  を見つけようとしている証です。
 B死への思い
  必ず訪れてくる死に対して「体で感じる死」「周りの状況から感じる死」「死に対す
  る恐れ、葛藤」「死後の世界への思い」といった思いを抱いています。
  「食べられなくなってきた」「体力が落ちて日増しに立てなくなっていく」といった
  言葉で、身体的な死が近づいていることを表現します。
  大部屋から個室に移されて、酸素は吸引などの処置を施され、日ごろ見舞いに来ない
  親戚が面会に来るなど周りの変化から自分の死が近づいたことを感じ取っています。
  体験したこともない、想像もつかない自分の死を間近にして「あとどれくらい生きら
  れるか?」「死んだらどうなるか?」といった恐怖にも襲われます。
  「もう終わりかもしれない」「死ぬという事実から逃れられない」とわかっていても、
  自分の死を受け入れられずに苦しみます。
 C生きたい思い
  がんを治そうとして入院しています。しかし、症状が一向に改善しないと落胆します。
  それでも「ここまで頑張ったのに」「人生はこれからなのに」「あと二年でいいから
  生きたい」とあきらめきれず、わずかな希望を抱いています。
  なかには「ここで死ぬわけにはいかない」という思いで、生きることに強く執着して
  いる人もいます。  
 D人生の振り返り
  人生を振り返って何かと反省や後悔に苛まれます。その胸のつかえを周りに明かし、
  死ぬ前に許されたいと思っています。
  一方、いい思い出は「自分の人生には価値があった」という意味づけにもつながりま
  す。
 E家族や大切な人と別れるつらさ
  老いた母親を残して先立つ、子どもの成長を見届けられないまま死んでいくことは大
  きな心残りになります。
  友人や知人など人生で築いてきた人間関係が断たれる予感で、疎外感や孤独感にも苛
  まれます。
・人は、誰でも一人で生まれ一人で死んでいきます。人生は山あり谷ありで、病気や死を
 含めてさまざまなシーンに遭遇します。そして、自分の死という人生で最大の危機に直
 面したとき、何らかのスピリチュアルペインを感じるのです。
・その原因は、「自分の存在自体が迫りくる死によって脅かされている」という目の前の
 事実にあります。自分が生きるために必要とされる場所や空間、人間関係などを死によ
 って失ってしまう「自分の存在の枠組みの喪失」、そして「自分である意味や価値の喪
 失」から生まれるのです。
・人生最大の危機に遭遇すると、人は生きることに不安を抱きます。自分が存在する根底
 が揺れ動き、将来が見えなくて孤独や虚無感に苛まれます。それは、自分の人生を永遠
 に失ってしまうという危機意識の現われなのです。
・スピリチュアルペインが生じると、人生が信じられなくなって不安になったり、混乱し
 たりするのです。   

なぜ人はスピリチュアルペインという痛みを抱くのか
・誰も経験したことがない未来という概念を持つ能力がありために、将来に対して不安や
 恐れを覚えます。自分の死という概念をイメージできるために、それを恐れます。自分
 の存在を認識、評価する能力があるために、今の自分が置かれた状態を幸福や不幸と評
 価します。
・同時に、そうした能力が備わっているために、今の自分が置かれた状況を乗り越えてい
 くことができるのです。
・自分の死に向き合うと、それまで深く考えたこともなかった生きる意味や価値、人生の
 目的などに疑問を抱き始める人も少なくありません。自分の存在に意味や価値、運命を
 左右する力、死ぬ瞬間と死後についても問いかけます。
・一度きりの人生で、その大半を後ろ向きのことに費やすのはもったいない生き方です。
 死ぬときに「いい人生だった」と思える人が、人生の勝利者だと思います。逆に、いろ
 いろ悔いのある人生を送ってきた人は、死んでも死にきれないという思いが残りますの
 で、人生の勝利者にはなれないでしょう。良いことも悪いことも、今の自分にとっては
 過去のこと。昨日のことは忘れて明日からのことに目を向け、くよくよ過ぎ去ったこと
 を思い悩まないことです。 
・生きていると、誰もが多かれ少なかれミスや失敗、挫折を体験します。それが、いつま
 でも消し去れない後悔として残っている人もいます。
・人は人生でなんらかの成果を上げたかどうかではなく、自分の生き様を肯定的に受け入
 れることができたときに幸せ、心の平穏を得られるというものなのです。
・がんを告知されると、誰もが死を意識します。その治療に備えて、がん患者の闘病記を
 読む人もいるでしょう。しかし、がんを患った事実は変えようがありません。だから、
 がんになった自分の人生を見直すチャンスととらえたほうが気も休まるはずです。
・死を見つめることは、どう今後を生きていくかを考えることでもあります。   
・がん患者は、最初に「ショック・混乱」の時期、次いで「不安・落ち込み」の時期、そ
 して「新たな生活への出発」の時期という三つの時期をたどるといいます。
・誰でも、がんを告げられると精神的に強い衝撃を受けます。なかには「頭が真っ白にな
 った」「がんと告げられたあと、どうやって自宅に帰ったのか覚えていない」という患
 者もいます。 
・さらに「がんであることは何かの間違いだ」という否定の気持ちや「もはや何をやって
 もムダだ」という絶望感が強まることもあります。それが、一番目の「ショック・混乱」
 の時期の特徴です。
・その後、今後の不安や気持ちの落ち込み、夜ぐっすり眠れないといった症状が出てきま
 す。なかには「どうして自分だけががんに侵されたのか?」「治らないのなら生きてい
 ても仕方がない」といった苛立ちや怒りを覚える患者もいます。
・さらに周りの人との間に壁ができたような疎外感や「なぜ自分だけが周りと違うのか?」
 といった孤立感や疎外感などを覚えるようになります。それが、二番目の「不安・落ち
 込み」の時期の特徴です。
・そして、困難を乗り越えて「がんを患った」という現状に適応しようとする力が働き始
 めます。つらい状況にあっても、次第に現実的な対応ができるようになっていくのです。
・今後のことになんらかの見通しが立ってくると仕事を整理したり、家庭での役割を変更
 したりして現実的な対応を始めるようになります。一般的に二週間ほどで、三番目の
 「新たな生活への出発」の時期を迎えることができるようになるとされています。
・ひどく落ち込んで何も手につかない状態が長引くと、適応障害や気分障害になるおそれ
 があります。  
・適応障害とは、がんという現実を前にして不安や動揺が長引き、精神的な苦痛が非常に
 「強いために日常生活に支障を来している状態のこと。そうなると不安で眠れなかった
 り、仕事が手につかなかったり、人と会うのが苦痛で自宅に引きこもったりするのです。
・気分障害とは、何も手につかないような精神的な落ち込みが二週間以上も続いて日常生
 活を送るのが難しい状態のこと。それは脳のなかで感情をつかさどる機能が過熱、摩耗
 して「うつ状態」になり、精神的に「過労」を引き起こしている状態です。
・気分障害になると不眠や食欲不振、性欲減退といった症状が出てきます。なかには、
 「この世から消えてしまいたい」などとネガティブな感情に支配されます。
・がん患者が経験する精神状態として、「せん妄」があります。せん妄とは、身体的異常
 や抗がん剤など薬物の作用によって引き起こされる急性の脳機能不全のこと。そうなる
 と、「周りの状況が理解できない」「実際にはないものが見えたり、聞こえたりする」
 「物忘れがひどい」「興奮する」「眠れない」といった症状が現われます。そのため、
 家族から「ボケたのではないか?」などと心配されることがあります。
・せん妄が多く見られるのは大手術のあと、新しい薬物を使ったあと、全身状態が変化し
 います。 
・人は、将来の夢や目標があるから今を生きていけます。困難に遭遇しても、将来がある
 と信じられるから強くもなれます・
・しかし、不治の病に侵されて自分の死が近づいてくると将来という時間を失いことにな
 り、今を生きていく意味や価値を見つけ出せなくなって「時間存在」として、次のよう
 なスピリチュアルペインを自覚するのです。
・自分の存在の意味や価値を成立させるには、時間軸の延長線上に将来があることが欠か
 せません。しかし、死によって将来が失われると自分の存在や価値が成立しなくなって
 しまいます。その点、間近に死を意識した終末期患者は自分の生が無意味、無価値、不
 条理に思えてスピリチュアルペインを自覚するのです。
・人は、「時間存在」として「次の世代に引き継ぐことで自分の人生を全うしたい」とい
 う「世代継承」という願望もあります。女性にとっては子どもが産めないということは、
 その可能性が断ち切られることを意味しています。
・世の中には、残念ながら病気に対して心ない差別意識があるのも事実です。あの人は乳
 がんで乳房を失ったとか、子宮がんで子宮を失ったとか噂されがちです。
・人は一人では生きていけません。日ごろ家族や知人、仕事の関係者など周りの人との関
 係性のなかで相手を支え、相手から支えられて生きています。自分のアイデンティティ
 ーも、相手が認識してくれることによって確かめることができます。
・しかし、そうした関係性が人生最大の危機である自分の死によって断ち切られてしまい
 ます。「死んでいく自分」と「また生き続けるまわりの人」という越えられない壁によ
 って、お互いに切り離されるような予感に打ち震えて「魂の痛み」を覚えます。
・それが孤独や虚無感を募らせることになり、「死んだら何も残らない」「自分だけが取
 り残されたようで孤独だ」「子どもが看病してくれているのが、独りぼっちのように感
 じられて寂しい」「誰も自分の苦しみをわかってくれない」といったスピリチュアルペ
 インを自覚させるです。  
・とくに周りと深い関係性を築いてきた人ほど別離の悲しみも深く、「自分がいなくなっ
 てもいつものように世間は回っていく。それなら、なぜ自分は生きているのだろうか?」
 といった深刻な孤独や疎外感に襲われます。
・がんという言葉は、それを告げられた患者の心に多大なストレスをもたらします。がん
 を告知されたあとは、大半の人が「まさか自分ががんだなんて、何かの間違いに決まっ
 ている」などと現実を認めたくない気持ちが強くなるのです。
・それは自然な反応で、大きな衝撃から心を守ろうとしている現われです。「なぜ自分だ
 けがこんな目に遭わなければならないのか?」「私が何か悪いことをしたというのか?」
 などと、強い怒りや苛立ちを覚える人もいます。
・がん患者が経験する心の状態の代表的なものが、「不安」と「落ち込み」です。ある程
 度は通常の反応ですが、告知後しばらくの間は眠れなかったり、食欲がなかったり、集
 中力が低下する人も少なくありません。なかには強い不安や落胆が続き、今まで経験し
 たことのないようなつらい状態に陥ってしまう人もいます。
・がん患者が治療前、治療中、治療後など時期を問わずに不安を感じたり、気持ちが不安
 定になったり、落ち込んだりするのは自然な反応です。不安や落ち込みは通常の反応で、
 すぐに問題になるわけではありません。
・人は自分で身の回りのことを自己決定できて、何か人の役に立つことで今を楽しく生き
 ていけます。しかし、自分の死という人生で最大の危機に直面したとき、「自律存在」
 をして何らかのスピリチュアルペインを自覚します。
・自分が生きるために必要とする場所や人間関係などを死によって奪われてしまう「遺文
 の存在の枠組みの喪失」、そして「自分である意味や価値の喪失」を予感して生きるこ
 とに不安や恐れを抱くのです。
・病気を患って死が近づいてくると身の回りのことが自分で思うようにやれなくなり、そ
 の悪化によって体が衰えていくと、いろいろ「できない」という不能感を痛感させれま
 す。   
・自分のことなのに決定権を人に委ねざるを得ない、人の世話にならなければ生きていけ
 ない状態に置かれると、自分には生きる意味や価値がないといったスピリチュアルペイ
 ンを自覚するようになります。
・「一人で何もできなくなった。これでは生きている意味がない」「人の世話になって迷
 惑をかけるのは何の役にも立てず、生きている価値がない」
・自分が存在する意味や価値が根底から揺さぶられ、将来が見えないことで孤独や虚無感
 にも苛まれます。
・身体的に「何もできなくなってしまった」、認知的に「しっかりしたい」、将来的に
 「この先どうなるのか不安だ」といった自分をコントロールできなくなることについて
 もスピリチュアルペインを自覚します。
・さらに過去と今の自分を比べて、同一性の喪失についてもスピリチュアルペインを抱き
 ます。 
・「昔のように自分らしく美しくありたい」「今の自分は何の役にも立たない」「こんな
 みじめな姿を人に見られたくない」
・そんなスピリチュアルペインを覚えると自分の人生が信じられなくなり、不安になって
 混乱します。その原因は、「自分の存在が死によって脅かされている」という事実にあ
 ります。 
・「自律存在」とは身の回りのことを自己決定でき、人の役に立つことができる生産的な
 存在のこと。
・生涯でがんに罹患する確率は、男性が55.7%、女性が41.3%となっています。
 つまり、日本人の二人の一人は一生のうちに一度はかんを患う恐れがあるのです。
・今では、がんを患っても治療を受けながら仕事を続けている人も増えています。がんと
 ともに生き、働いていく時代が始まっています。ただ、がんの治療で心身ともにつらい
 状況が続くと大きな負担になります。
・人はいつか死ぬし、生きることに欲を持たないほうがいい。だから、いつ死んでもいい
 やではなく、死ぬために生きているのです。
   
スピリチュアルペインに向けての旅
・人は、誰でも次のような問いを抱いています。「なぜ生きているのか?」「何のために
 生きているのか?」「なぜ病気に侵されたのか?」なぜ死ななければならないのか?」
 「死とは何なのか?」「死んだらどうなるのか?」「死後の世界はあるのか?」
・終末期患者のスピリチュアル
 ・自分の人生をコントロールできなくなった喪失感
 ・体の衰弱による日常生活動作の低下にともなった家族や周りへの依存の増大
 ・運命に対する不条理や不公平感
 ・自分の人生の満足感や安寧の喪失
 ・これまでの生き様に対する後悔や懺悔
 ・死への不安や恐れ
・健康なときには気にもかけなかったことでも、何かと敏感になっています。生きる意味
 や価値、目的について考えることが多くなり、なかには死後の世界に関心が高まってい
 く人もいます。  
・スピリチュアルケアは、死という人生最大の危機に直面して生きる意味を失い、自分を
 支えるものが見つからない終末期患者に寄り添って、その人らしく生きられるようにケ
 アすることです。
・ホスピスとは、主に末期がん患者に対して苦痛の緩和治療や終末期医療(ターミナルケ
 ア)を行うための施設のこと。そこでは医療関係者がチームを組んで終末期患者が最期
 のときを迎えるまでを少しでも快適に過ごし、安らかで尊厳のある死を迎えられるため
 に全人的な苦痛の緩和ケアが行われています。
・今の時代、宗教から距離を置いた終末期患者は、死に直面したとき自分を支えるものが
 ありません。日本の医療は心の通わない高度医療のテクニック重視のところがあり、医
 師や看護師など医療関係者の多くは患者のスピリチュアルペインにあまり関心を示しま
 せん。 
・日常の医療業務が忙しく、終末期患者の切実な「魂の痛み」にあまり耳を傾けようとす
 る時間がないのです。社会全体も、死について言及したがりません。むしろ、それを日
 常から遠ざけてタブー視する傾向さえあります。
・一方、終末期患者は近づく死を意識して孤独や疎外に苛まれています。家族との別離の
 予感に心が張り裂けそうになったり、死後の世界を思い浮かべて不安や恐れを抱いたり
 しているのです。 
・イギリスでは、スピリチュアルケアは患者の権利です。ドイツでは、患者が病院でパス
 トラルケアを受ける権利を憲法で保障しています。同時に、終末期患者は宗教の過度の
 干渉、強制から守られる仕組みになっています。アメリカでは、病院開設の許可でスピ
 リチュアルケアの提供が必要条件とされているほどです。
・人は誕生したとき周りから祝福を浴び、愛され、期待され、人間関係が信頼によって結
 ばれています。しかし、ある時点から自己主張、わがまま、所有欲、権力欲などが顔を
 出し、周りとの信頼関係が崩れていきます。結果的に孤独や疎外感、不信などを覚える
 ようになっていきます。終末期患者は、そうした心模様と和解して本来の自分の姿を取
 り戻すことで、心の安定を取り戻そうとするのです。
・終末期患者が求める和解とは、次の五つの種類があるといいます。
 ・自分との和解
 ・周りの人との和解
 ・超越者(神)との和解
 ・自然との和解
 ・時間との和解
・「自分との和解」とは、差し迫った死を恐れている自分を受け入れ、終末期を迎えた自
 分を拒絶しようとする気持ちと折り合いをつけること。それまでの生き様を振り返って、
 自分を許すことです。
・「周りの人との和解」は、とくに家族間での憎しみ、怒り、嫉妬などから解放され、愛
 のある関係を取り戻そうとすることです。
・「超越者との和解」は、自分の過去の言動が超越者から許されるという確信を得ようと
 することです。     
・「自然との和解」とは、自分が自然の一部であることに気づくことで安心や平安を得よ
 うとすることです。 
・「時間との和解」は、残された時間が限られたものであることを受け入れることで自分
 を生かそうとすることです。
・スピリチュアルケアの具体的スキルとして次のような例を挙げています。
 ・終末期患者のかたわらに座って傾聴すること
 ・思い出としてライフレビューを語ってもらうこと
 ・音楽を一緒に聴きながら感想を述べ合うこと
 ・録音テープを使った読書をすること
 ・自然や四季の移ろいについて語り合うこと
 ・小さな生物に注目しながら生きることについて語り合うこと
 ・宗教的な関心や背景について語り合うこと
 ・家族や親しい友人について語り合うこと
 ・生き方について相手に聞くこと
・スピリチュアルケアの役割については、以下のようなことが挙げられています。
 ・対象者が死ぬことの意味を見つけられるような宗教的枠組みによる援助をする。
 ・自己のスピリチュアルリティに気づいて事故肯定に至るようにする。
 ・内面の自由を見つけて残された人生を量でなく質で見るようにする。
 ・人生の価値を見つけ出せるようにする。
 ・過去から解放されて死の準備ができるようにする。
 ・来世の存在を信じて魂の永生を信じられるようにする。
 ・自己の命を子どもに託すようにする。
 ・十分に生きたという自己受容ができるようにする。
・終末期患者の苦悩や葛藤を緩和する基盤となるケアは、患者に寄り添って話を聞く傾聴
 です。患者と家族とのライフレビューを行うと、患者の人生の新たな意味づけが見つか
 るのです。  
・ライフレビューとしては、患者の人生において「重要と思われること」「印象深い思い
 出」「自分が果たした重要な役割」「誇りに思うこと」「ターニングポイントになった
 こと」などが考えられます。
・終末期患者の生の存在の意味、価値を強めるためのケアとしては、家族や医療者など患
 者の気持ちをわかってくれる人の存在を認識させることです。
  
スピリチュアルケアの現場から心の救いを見つける
・スピリチュアルケアの基本は傾聴です。そえはケアワーカーが心を澄まして終末期患者
 の心の声を聴き、患者が自分の存在と人生を肯定できるような枠組みを再構築できるよ
 うに援助することなのです。その際、大事なことが三つあります。
 ・患者の関心に焦点を当てて聴くこと
 ・患者のQOL(生活の質)の向上、改善、維持を最終的な目標として聴くこと。
 ・患者の人間そのものに感心を寄せて聴くこと
・仕事以外での今の楽しみ、自分らしさを感じられることがないかと一緒に考えてあげる
 ことも「将来性の喪失」を緩和することになるでしょう。
・日本人の60代から80代の女性は専業主婦が多く、日ごろ子育てをはじめてとして家
 族の面倒を見て、家計の管理をするのが自分の人生の役割だったという人が少なくあり
 ません。それが、その人のアイデンティティーになっていたところがあります。しかし、
 病気を患うと大事な役割ができなくなってしまいます。逆に、家族の世話をするのでは
 なくて家族の世話を受けないと闘病生活が送れないという立場になってしまいます。そ
 のことで、強いスピリチュアルペインを覚えるケースが多く見られます。病気になって
 家族に迷惑をかけていると思い、それがアイデンティティーの喪失につながっているの
 です。  
・東日本大震災後の復興支援活動から気づかされたことは、被災地に伝わる神楽や祭りな
 どが復興の基軸としても、傷ついた心の癒しのツールとしても大いに機能するというこ
 とでした。祭りや伝統芸能など地域組織には、先人たちの苦難や哀しみをともに乗り越
 えてきた知恵が詰め込まれていました。
・最近、癒し系の音楽に関心を示す人が増えているといいます。小川がサラサラと流れる
 音、山奥でさえずる小鳥の声、海辺に打ち寄せては返っていく波などがCDとして売ら
 れています。そうした音は聴くだけで癒され、生の息吹が回復するのを感じます。 
・絵画は、スピリチュアルケアの補助手段として用いることができます。とくに大自然や
 のどかな田園を描いた風景画、家族の団欒を描いた絵画などは患者をそのなかに引き込
 むパワーを持っています。
・人は病気になって死に直面すると、不安や恐怖に怯えます。そんなときに自然に触れる
 と、大きな癒しや慰みが得られます。ゆったりと流れる大河、遠くにそびえる山々、水
 平線まで広がる海などは患者の動揺する心に安心感を与えてくれます。
・今、在宅緩和ケアのニーズが高まっています。その一方で、「家には帰りたくない」
 「家でケアをしたくない」といった患者やその家族の声も根強くあります。なかには医
 療から見放されることが怖くて、病院で治療を受け続けることにとよくこだわる患者も
 います。だから、患者が「病院から見放された」といった印象を持たずに在宅緩和ケア
 を選択できることが大事です。
・しかし、実際には終末期患者が医療に不信感を抱きながら在宅緩和ケアに入らなければ
 ならないケースが少なくありません。理由は、在宅緩和ケアを受ける患者に本当の病状
 がうまく伝わっていないことが多いからです。
・医師は「きちんと告知した」と思っていても、患者のほうは自分の本当の病状を知らな
 かったりします。さらに家族が「本人がショックを受けるので本当のことは言わないで
 ほしい」と頼んでくるケースも多いといいます。
・そのため本当の病状を知らない患者のなかには、一向に体調が改善しないことで医師を
 信じられず、不安感から家族などに当たり散らして緩和ケアどころではないというケー
 スも少なくないのです。
・ですから在宅緩和ケアでは、家族を含めてケアに当たる人たちがきちんと患者と話し合
 って一緒に考えていく姿勢が必要です。そして、最も大事なことは患者の意志を尊重す
 ることです。     
・在宅緩和ケアでは家族の役割が重要になります。家族が積極的に在宅ケアを支えない
 と、患者は自宅での安心、リラックスが得られなくなります。
・在宅緩和ケアは患者だけでなく、家族に対しても行われます。たとえば、家族は患者を
 介護する期間が長引くと、「これが最善の方法なのか、そろそろ自分たちの体も限界だ」
 といった思いになって心が揺れ始めます。家計の維持や医療費の問題などで、社会的苦
 痛を覚えるようにもなってきます。 
・在宅緩和ケアでは、介護する家族の負担を軽減できるような態勢を整えておくことも大
 切です。家族の気分転換や息抜きができる時間をつくれるように、友人や親せきなどの
 協力が得られると不安や負担が軽くなります。
・在宅医療の利点は、自宅では「束縛のない闘病生活が送れる」「住み慣れた場所で居心
 地が良い」「最期まで役割がある」「家族が側にいるので孤独から解放される」「家族
 が病院との二重生活をしないですむ」などです。
・緩和ケアの対象として、次のようなことを挙げています。
 ・痛みやその他の苦痛から解放する。
 ・生命を尊重し、死を自然なことと認める。
 ・死を早めたり、引き延ばしたりしない。
 ・患者のためにケアの心理的、霊的側面を統合する。 
 ・死を迎えるまで患者の人生を積極的に生きていけるように支える。
 ・家族が患者の病気や死別後の生活に適応できるように支える。
 ・患者と家族のニーズ(死別後のカウンセリングを含む)を満たすためにチームアプロ
  ーチを適用する。
 ・QOLを高めて、病気の過程に良い影響を与える。
 ・延命を目指すその他の治療(科学療法、放射線療法など)とも結びつく。
 ・それによる苦痛な合併症を理解し、管理する必要性がある。
・終末期患者の身体的、精神的、社会的な苦痛、スピリチュアルペインを和らげる専門的
 な緩和ケアを受けるには、緩和ケアチームによる診療と緩和ケア病棟への入院という二
 つの方法があります。 
・がん治療と並行して受ける緩和ケアは、主に緩和ケアチームが担当します。緩和ケアチ
 ームは担当医、身体的苦痛の緩和を担当する医師、精神的苦痛の緩和を担当する医師、
 療養生活全般をアドバイスする看護師、薬物療法をアドバイスする薬剤師、医療費の助
 成制度や経済的問題などの相談を担当するソーシャルワーカー、カウンセリングや心理
 検査などを担当する心理士、食事の内容や食材、調理法についてアドバイスする栄養士、
 自立や日常生活の維持のためのリハビリを担当する理学療法士などから構成されていま
 す。
・すべての「がん診療連携拠点病院」に緩和ケアチームがあり、患者は入院や通院を通じ
 て緩和ケアを受けることができます。
・緩和ケア病棟では、がんの進行によって身体的、精神的な苦痛があり、がんを治すこと
 を目標とした抗がん剤治療やホルモン療法、放射線療法、手術治療が困難になった終末
 期患者、そうした治療を希望しない患者を受け入れています。
・緩和ケア病棟が一般病棟と違っているところは、次のようなものです。
 ・身体的、精神的な苦痛の緩和に力が注がれている。
 ・苦痛をともなう検査や処置を少なくしている。
 ・患者やその家族がくつろげるデイルームが用意されている。
 ・面会時間の制限が少ない。
 ・患者の家族が過ごしやすい設備が用意されている。
・スピリチュアルケアは終末期患者だけではなく、医療ケア全般、高齢者や障碍者の介護、
 犯罪加害者や被害者のケア、うつ病など心の病に苦しんでいる人、自殺願望の人、遺族
 ケア、劣等感や嫉妬心に苦しんでいる人などにとっても必要なのです。
・人は、生きて行くには支えになるものが必要です。本質的に「神」や「永遠」「生きる
 意味や価値」などに関心を持っています。自分を越えた存在に依存したい欲求や、神を
 求める魂などがあります。    
・人生を支えているのは、何も合理性だけではありません。幼年期から高齢期まで地雷原
 のように「心の危機」が待ち受けている時代、その危機を回避し、負った傷を癒すとい
 う意味でのスピリチュアルケアが求められているのです。
・心の病といっても、その症状は不安神経症や強迫神経症、総合失調症、躁うつ病などさ
 まざまです。そうして症状が出てくると、まともに考えることができなくなってしまい
 ます。
・人生で怖いのは、自暴自棄になって自分を見失ってしまうこと。人は心が圧し潰されそ
 うな問題を抱え込んだとき生きる意味や価値、目的がわからなくなり、リアルに生きて
 いるという充実感もなく「心の迷子」になりがちです。
・これまで豊かな生活を追い求めて頑張ってきた人も、病気になると今までの努力が虚し
 く思えてきます。 

心の安寧と幸福を求めて
・人は、将来の夢や目標があるから今を生きていけます。困難な状況に直面して逃げ出し
 たいときでも、将来があると信じられるから強くなれます。しかし、病気を患って死が
 近づくと、夢や目標の到達地である「将来」という時間を失うことになります。「時間
 存在」として「将来性の喪失」が予感されると、今を生きていく意味や価値、目的が見
 いだせなくなってスピリチュアルペインを覚えます。
・今の時代、多くの人が生きていくうえで自分の心の支えるものを見失っています。それ
 が端的に現われるのが、自分が経験したことがない自らの死という人生最大の危機に直
 面したときです。 
・人生の苦しみは、何も病気に限ったことではありません。スピリチュアルペインは人生
 での挫折や失望、絶望、自分の弱さなどとともにある魂の苦痛です。その原因は挫折や
 自己否定の体験、人生の目的の喪失などさまざまです。それを覚えている人は価値観や
 人生観、世界観なども崩壊の危機にありますから並大抵の心情ではありません。
・人は、挫折や絶望に直面するとつらいものです。だから生き方を見直すことも、思った
 ほど楽な作業ではありません。 
・今の医療は治療や病院、医師中心といったところがあり、本来なら患者中心であるべき
 はずの医療から大きく外れてしまっています。科学技術を基盤とした現代医療のなかに
 は、病気や死を医療の敗北だとする意見も少なくありません。患者の人間性やQOLは
 残念ながら軽視され、患者は単なる疾患として扱われています。
・人は、人生の危機に直面したとき自分を支えるものが必要です。終末期患者は壊れた機
 械ではなく、呼吸をしている生身の人間なのです。
・スピリチュアルケアはなんらかの人生の危機に直面して心の平静を乱して生きる意味を
 見失い、自分を支えるものが見つけられない人に寄り添って人間らしく、自分らしく生
 きられるように援助することなのです。
・終末期患者は、その力を生かして人生の最期を迎えるとき人生の意味を見つけて自分を
 許し、他人を許して、周りに安らかな気持ちで「ありがとう」「さよなら」と言って死
 を迎えます。   
・しかしこれは、終末期患者だけに言えることではないかもしれません。本来は、元気に
 生きているうちから「本当の自分」に出会うことを、人は求めているかもしれません。
 ただ、人は人生の終焉を迎えるまで、それに気づいていないのではないでしょうか。
 
あとがき
・がん医療はこれまで体への治療が優先され、心のケアはあまり重視されてきませんでし
 た。しかし、がん患者の声を反映して今までは早期がんから進行がんの患者、がんが再
 発、転移した患者など置かれた状況にかかわらず心のケアの必要性が強調されるように
 なってきています。
・誰もが人生を後悔して暗い気持ちで死んでいくのはつらいはずです。できることなら人
 生に満足しながら終わりを迎えたい。
・誰でも、この世に生まれたとき母親や看護師がかたわらで見守ってくれていました。生
 を終わるときにも、家族や医療スタッフなどの励ましや魂を支えてくれる愛を必要とし
 ているのです。