「嫌われ松子の一生」 :山田宗樹

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 この小説は、松子という女性の転落の生涯を描いたものである。人の人生の転落とは、このように
して展開していくのだというのが、具体的に描かれている。
 松子という女性は、真面目な地方公務員を父親とする、ごく普通の家庭の長女として生まれた。下
には弟と妹がおり3人兄弟であった。松子は小さい頃から、いわゆる「良い子」であり、学校時代は
成績もトップクラスで生徒会長を務めたりした。本人は東京の大学に進学したかったが、父親の勧め
で地元の国立大学に進学し、教員免許を取って地元の中学校の先生となった。容姿も美形で女学生か
らも憧れられるほどで、人も羨む才媛であった。
 松子の人生は、ここまでは順風満帆な人生であった。しかし、彼女の転落はすぐにやってくる。最
初のきっかけは修学旅行の下見であった。彼女に目を付けた校長が、彼女と二人だけの一泊の修学旅
行の下見の出張を仕組む。旅行業者と結託して、旅行業者の手配ミスということにして、宿泊先の部
屋を襖一枚隔てただけの部屋に宿泊しなければならないように仕組んだのである。そして、その校長
は夕食時に自分の立場を利用して彼女に無理にお酒をすすめ酔わせる。そして初めて飲むお酒で完全
に酔ってしまって眠り込んでいる松子を襲うのである。眠っている間に下半身に痛みを感じて、松子
は目が覚め、自分の上に乗っている校長に気づき、なんとか校長を押し退け逃げなんとか危機を脱し
た。
 この時は、なんとか危機を逃れた彼女であったが、すぐに次の危機がやってくる。それはまた修学
旅行の時であった。修学旅行先の旅館で、引率して行った自分のクラスの生徒が旅館のお金を盗む事
件が起こるのである。クラスの中の不良生徒がやったのではということで、その生徒に告白を迫るが、
逆に居直られ、そういうことに慣れていない松子は、自分がやったことにして自分のお金を旅館に返
して問題解決をはかろうとする。生徒ではなく教師がお金を盗んだということで、旅館主からは蔑ん
だ言葉を浴びせられるが、その場はそれでなんとか治まった。
 しかし、まもなくその問題が再燃する。旅館主から学校への電話で、その事件が校長の耳に入り、
校長は、前の修学旅行の下見で自分の欲望を達せられなかった不満もあり、松子に教師の辞職を迫る。
いままで、ずっと優等生としての人生を歩んできた松子にとって、これは大きなショックであった。
また、父親の期待を裏切ることになったことの思いも大きく、松子は着の身着のままの状態で家出す
ることになる。
 ここから松子の転落の人生が始まるのである。家出した松子は大学時代を過ごした街で、レストラ
ンで働くながらひっそりと暮らし始めるのであるが、そこで知り合った作家志望の男性と仲良くなり
共に暮らし始める。しかし、この作家志望の男性は、作家としての才能はあまりなく、生活力もなく、
松子の収入に頼り、時々暴力も振るうヒモ的な男性であった。それでも松子はこの男性の作家として
の将来を夢見ながら、けなげに男性を支えるのであるが、ある日この男性は突然電車に飛び込んで自
殺してしまう。
 この自殺に大きなショックを受けた松子は、その男性の後を追って自殺しようとするのであるが、
その男性の友達からなんとか自殺を止められる。そして、今度はその男性と男女の関係になっていく。
松子はこの男性との幸せな家庭を夢見始めるのであるが、その男性は妻子持ちであった。松子はその
男性から愛されていると信じ、その男性に妻と離婚して自分と結婚するよう願うが、その男性から離
婚はまったく考えておらず、松子とは単なる不倫であることを告げられ、その男性との関係は破綻を
迎える。このことがきっかけとなり、松子は自分ひとりで生きることを決意して、トルコ(ソープラ
ンド)の世界に身を投じる。元々が美形であったことと、物覚えが早かったこともあって、トルコの
世界ですぐに頭角を現し、まもなく店で一番お金を稼ぎ出すナンバーワンになる。
 このままトルコ嬢として安定した生活を送れるかに見えたが、やがてまた暗雲が漂うようになる。
トルコ業界に変革が生じるのである。その変革とは、素人女性がトルコという職業に進出してきたこ
とであった。素人の若い女子大生がアルバイトでトルコ嬢の仕事をやり始めたのである。本来のプロ
としてのトルコ嬢のテクニックや礼儀作法を何も持たないが、若くてピチピチした体の素人の女子大
生が、それまでのプロのトルコ嬢よりも、お客に大受けしたのである。プロのトルコ嬢を押し退けて
素人の女子大生がどんどんお客から指名を受けていく。
 そんな状況に見切りを付けて、松子はある男からの誘いに乗り、いままで働いていたお店を辞めて
独立する。しかし、ここにも松子の不運が待ち受けていた。男と組んで「男性への奉仕の仕事」を始
め、今までの倍以上もお客の数をこなして頑張る松子であったが、組んだ男は完全に松子のヒモとな
り、松子の稼ぎを浪費していく。その男は麻薬の常用者であり、松子にも麻薬を打ち始める。さらに
は松子の稼いだお金で若い女子大生を囲っていた。それを知った松子は激情し、思わずその男を刺し
殺してしまう。
 こうして、殺人を犯してしまった松子は、かつての作家志望の恋人が話していた玉川上水に身投げ
して自殺しようと玉川上水まで行くが、そこで中年の理容師と知り合い、自殺を思いとどまる。中年
の理容師とささやかな家庭を持つことを夢見るが、指名手配を受けていた松子は、まもなく逮捕さて
刑務所暮らしとなる。
 松子は刑務所暮らしの間に、本来の能力を発揮して美容師の資格を取得する。そして、刑務所を出
てから東京都内の美容院で働き始める。手先の器用だった松子は、またすぐに美容師としての頭角を
現す。生活も安定していった。このまま幸せな生活を送れるようになるかと思ったが、しかしそこで
もまた不幸が待ち構えていたのである。
 ある日、偶然にもかつて松子が中学校の先生をしていた時の教え子と出会うのである。その教え子
とは、あの修学旅行で宿のお金が盗まれて松子が教師を辞めるきっかけとなったあの事件の、盗みを
働いた不良生徒であった。その教え子は、あの時に盗みを働いたのは自分であったと松子に許しを請
い、そして当時から松子のことが好きだったことを告白する。それをきっかけに松子はその教え子と
男の女の関係に入っていった。しばらくは幸せな生活が続いたが、その生活も長くはなかった。その
教え子はヤクザの世界に身を転じていた。麻薬の売人であったその教え子に、松子はそんな仕事から
身を引くように勧めるが、やがて教え子はヤクザからも追われることとなり、自ら警察に出頭して刑
務所暮らしとなる。
 松子は、細々と美容師の仕事をしながらその男が刑務所から出てくるのを待つ。やがて、男は刑務
所から出所するのであるが、それを待っていた松子との生活を拒絶して姿を消してしまう。それをき
っかけにして、松子は生きる気力を失ったような生活を送ることになる。働く気力も失せ、それまで
の蓄えを食い潰しながら、安アパートで世間から身を隠すようにひっそりと暮らし始める。そして、
ある日、アパート近くの公園で、不良少年たちから暴力を受けて殺されてしまう。
 この松子の一生を振り返ったときに感じるのは、女性の人生は接する男性によって大きく影響され
るということである。松子自身にもいろいろ問題はあるが、松子自身は自分の人生の安定を一生懸命
求めながら、人生を共にする男性との生活を夢見ていく。しかし、その相手の男性が多くの問題を抱
えた男性であることが多かった。もし、松子が接した男性が、もっと問題の少ない男性であったなら
ば、松子の人生はここまで転落することはなく、もしかしたら普通の幸せな家庭を持ち普通の幸せな
人生を送ることができたのかもしれない。そういう男性に松子が巡り合えなかったのは、それが松子
の運命だったのだろう。しかし、ここで心の留めておかなければならないのは、人の人生の転落は決
して本人だけが悪かったのではなく、その周囲の人間も大きく影響を与えていたということである。
本人が悪いんだと、簡単に片付けるのは酷なような気がする。
 最近、女性が大きな犯罪を犯す事件が後を絶たないが、そういうニュースを見るたびに、私はそん
なことを考えてしまう。