「人生後半戦のポートフォリオ」 :水木楊

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 私は常日頃「人間のとってしあわせな人生とはなにか」を考え続けてきた。しかし、なかなかこれ
だという解にたどりつけないでいた。ただ組織の一歯車となって働くだけの人生では空しいというの
はわかるが、それならばどんなふうな人生を送ったらしあわせを感じるのか。これだという解を得る
のは、なかなかむずかしい。
 この本は、そんな問題に一つの解を与えてくれている本であると思う。人間にとって、一番しあわ
せなことは、自分が自由になる時間をたくさん持つことであるというのがこの本にでの解である。確
かにそうなのかもしれない。どんなにお金持ちになっても、どんなにいい地位を得られたとしても、
自分が自由になる時間がもてなかったら、その人は決してしあわせではないであろう。
 10年ぐらい前からヨーロッパを中心にスローライフという考え方が広がってきているという。効
率至上主義、スピード至上主義の現代社会を見直し、人生をゆったり楽しみ、生活の質を高めようと
いう考え方である。そこでもやはり、この時間に一番の価値を置いている。この本を読んで、自分の
人生とはなにか。しあわせとはなにかの悩みにひとつの解が得られたと感じた。

タワーの法則
 ・人々は時間を無料同然に惜しなく使う。
 ・ますます良い生活ができるようにと、ますます多忙をきわめている。生活を築こうとするのに、
  生活を失っているのだ。
 ・バブル崩壊後、世の中は勝ち組と負け組に分れたと言われている。中間はない。二極分化したと
  いう。
 ・勝ち組には、金持ちになった人や、カネを失わなかった人ももちろん入るだろう。しかし、自分
  で納得のいく人生を送っている人も勝ち組ではないか。
 ・自分の納得のいく人生を送っている人たちに共通しているのは、時間という貴重な資産を自分の
  望んだとおりに使っていることである。他人ではなく自分が時間の決定者になっている。
 ・これからの経営は、雇われる側の多様な価値観を把握しておかねければ成り立たない。これまで
  通り、カネさえ与えれば、人々は満足する、などと思っていたら、たちまち時代に取り残されて
  しまう。仕事をさせれば優秀だが、一方では自由な時間という資源を重んじる人たちに、雇用側
  はそっぽを向かれることだろう。
 ・若者たちは親の人生をよく見ている。いい学校を出て、自分を殺して一生懸命働いても、突然リ
  ストラになる。あるいは、給与を大幅に削られる。「サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ」
  と唄えるには、昔のことで、いまは気楽どころではない。
 ・カネやモノには貧富の差がある。生まれながらにして、豊かな環境に育った人もいれば、そうで
  ない人もいる。しかし、時間はみな公平に与えられる。どんな人にも一日は二十四時間しかない。
 ・長生きする人とそうでない人との差も、さしたるものではない。幼いときに死んでしまうなら別
  だが、カネやモノのように何十倍、ときには何百倍もの差があるケースは考えられない。にもか
  かわらず、自分が納得できる人生を送っている人と、そうでない人との差はあまりにも大きい。
  天国と地獄である。
 ・自分はこのときのために生きてきたのだという充実感を得た人と、自分の人生って一体なんだっ
  たのだろうかと暗い気持ちになる人との決定的な差がうまれてしまうのは、一体なぜなのだろう。
 ・それは、自分にとっての意味のある時間、つまり、自分が自分の行動を決定できる時間、感動で
  きる時間、何かを発見できる時間、やりがいのある時間、そして達成感を味わうことのできる時
  間を持っているか、いないかの違いがあるからだ。
 ・どのくらいのおカネをどの時代に貯め、あるいは時には借金をし、どの時代に住宅を買い、子供
  の教育に使うか。
 ・カネを稼ぎ、貯めるのはモノを買うためだけではあるまい。もうひとつの目的は「自分が好きな
  ように過ごせる時間を持つこと」にあるはずだ。
 ・いや、本当は人生最大の目的は時間にあるのではないか。好きな仕事をしているなら別だが、そ
  れほど働くなくても衣食住を十分に得られるなら、それ以上のカネを稼いだり、貯めたりせずに、
  自由な時間を過ごせばいいはずである。

時間のバランスシート
 ・一定の備え以上のカネは、資格を取ったり、訓練をしたりして、自分の市場価値を増加させるこ
  とに使う。あるいは、交友関係を広げ、情報網を張り、いざというときに相談に乗ってもらえる
  ようにする。
 ・多少のことではへこたれない健康な体を作る。ストレスをため込まないよう、趣味に没頭したり、
  くつろいだりする。つまりは、自分時間を増やすことに使う。それがおおきなリスク管理につな
  がることを忘れてはならない。
 ・病気をした場合を考えて、カネを貯めるのもいいが、それよりも健康な体を作り、死ぬ直前まで
  生き生きと活動したほうがはるかにましてある。
 ・カネを貯めることによって、人は失っているものがあることを忘れてはならない。リスクはカネ
  を使うことよっても相当程度防ぐことはできるのである
 ・モノを買うことは消費者の本来の目的ではなく、手段である。最も重要なのは一日二十四時間を
  どうすごすか、やりがいのある仕事をし、楽しい食事や余暇を楽しみ、適度な休息をとる。その
  実現のために必要なのがモノである。
 ・かつては、夫のことを妻たちは、「亭主元気で留守がいい」と言ったものだった。いろいろと忙
  しい最近の妻たちの合言葉は、「亭主、元気で留守番がいい」である。元気で留守番をしてほし
  い夫の元気とは、精神的にしっかりしているという意味も含まれている。
 ・定年退職になったとたん、落ち込んでしまう夫たちも結構多いからである。にわかにたっぷりと
  した時間を与えられて、何をしたらいいのか分らなくなってしまう。
 ・さらに、ずっと組織の中で生きてきた人間にとって、急に会社から離れるということは想像以上
  に心理的な落ち込みを覚えるものである。
 ・収入・支出の曲線で見た場合、子供が中学から高校を経て大学を卒業するまでの十年間がキャッ
  シュフローが最も苦しくなる。共働きは、この時間不平等を縮小する戦略になるだけでなく、こ
  のキャッシュフローの苦しさを緩和する戦略にもなる奥さんの働きが、現金収入をもたらすから
  である。
 ・メリットはそれだけでない。社会に出て仕事をしている女性は、男性にとって魅力を増すことが
  多い。夫にとり、自分の知らないところで活躍している妻の姿を想像するのは、一種のスリルも
  ある。
 ・仕事を通じて人は社会性を得ることが多い。社会性とは、企業の無形固定資産に似て、個人にと
  っても無形資産である。
 ・世の中にはさまざまな人がいると認識したうえで、きちんとコミュニケーションができ、協力し
  て物事を進めていける能力とでも言おうか。共働きが夫婦の社会における訓練の機会を増すこと
  は事実だろう。
 ・人生の第二節目は、子供が大学を卒業したときに訪れる。そのときから定年退職までの5,6年
  を「黄金の5年」にするにはどうしたらいいか、計画をしっかりと練る。そうすれば精神的にも
  豊かな定年後の生活を楽しめることだろう。
 ・綱渡りの10年を乗り切り、時間摩擦の時限爆弾を除去し、黄金の5年で定年後の土台をしっか
  りと固めるだけではなく、夫婦ともに自分時間をできるだけ多く取る「タワー型」の毎日を過ご
  したいものだ。
 ・時間の価値をフルに自覚して、財として有効に使い、豊かに過ごした人間こそが、これからの時
  代の勝利者である。

時間戦略
 ・時間を効率的に使い。余分な時間を生み出したのはいいが、その時間をカネとかモノの獲得のた
  めに費やし、ますます忙しくなるのでは馬鹿げている。人間が時間を使っているのではなく、時
  間に人間が使われていることになる。
 ・時間の効率的な使い方も含まれるが、その結果、生まれる余分な時間を、間違っても一層のカネ
  やモノを得るために使わないでほしい。時間の使い方を効率的にする目的は、あくまでも自分時
  間を増やすことにあることを忘れてはならない。
 ・貧乏は嫌いと言う人が多い、しかし、あなたはほんとうに貧乏だろうか。貧乏なのではなく、た
  だ貧乏感にとらわれているだけの話しではないか。相対的な貧乏感である。絶対的貧困ではなく、
  相対的貧乏感とは、他人と比べた場合の貧乏感である。
 ・相対的貧困感は永久に続く。どんなに物質的に社会が豊かになっても、所得や資産の格差がある
  限り、あなたの貧困感はずっと続く。自分が世界で一番金持ちにならない限り、決して満たされ
  はしない。
 ・貧乏と質素とは違う。質素は貧乏と似て非なるものである。モノにおいては質素でも、時間にお
  いて豊かになる方が人生にとってははるかに意味がある。
 ・日本人は本当に保険が大好きな民族だとつくづく思う。なにしろ五十歳代で八千万円の保険金契
  約をしている人に何人もお目にかかったから。そのくせ、どんな種類の保険にどのぐらいの保険
  料で加入し、死んだらいくらもらえるか知らない人がほとんどである。
 ・仕事がつまらないという理由をよく探ってみると、意外にも仕事そのものであるより、職場での
  人間関係が上手くいっていないことが多い。ありていに言えば、いやなヤツがいる場合である。
 ・豊かさの尺度は、おカネを多く稼ぐことにあるのではなく、自分時間の大きさにあるのだから、
  一日十四時間働いて喜んでいると人と、同じ時間、仕事以外の好きなことをやっている人とは、
  同じ豊かさを持っているのに過ぎない。
 ・勤務時間の中で面白いと感じる時間がなくても、一向に構いはしない。勤務時間が終ったら、と
  たんにいきいきとする「五時から男」になったとしても、それはそれでひとつの生き方で、上役
  がとやかく言う筋合いはない。「釣りバカ日誌」の主人公になろうがなるまいが、それはその人
  の好みの問題である。
 ・世の中には、カネを稼ぐことに生き甲斐を覚える人たちもいれば、地位を上げて権力を握ること
  に目の色を変える人たちもいる。彼らにとって、カネ勘定したり、自らの権力を確かめたりする
  ときが自分時間である。それはそれでひとつの生き方なのだが、カネとか権力とか地位は、人生
  の大半を注ぎ込むには空しいものである。だが、そのことに気づいている、いわゆる偉い人たち
  は、そう多くはない。
 ・いくらしゃかりきになって頑張って肩書きが光り輝いたところで、会社を辞めれば、タダの人。
  その人のやった仕事が成功すればするほど、業績はその人のものではなく、みんなのものになっ
  ていく。また、みんなのものにならないような仕事は、成功したとは言えない。ただの人になる
  のがいやで、地位にしがみつき、その結果、晩節を汚す人は掃いて捨てるほどいる。
 ・それなら、自分の楽しみ、遣り甲斐のために自分時間を使う人たちのほうがはるかにましだろう。
  健康でいるかぎり、永続するからである。
 ・人それぞれ生き方がある。金や地位を目指さないからといってやる気のな人間だとか、仕事がつ
  まらなくて楽しいと感じられない人間が駄目な人間だとかは言えない。
 ・社会の価値観は多様化に向って、滔々と流れている。戦後の貧しい時代は、みんなが少しでもカ
  ネを稼ぎ、良い暮らしをしたいと願った。良い暮らしを得るためには、出世しなければならなか
  った。しかし、みなが偉くなろうと思っているに違いないという前提は、もう崩れ去った。社員
  全員に役員、あわよくば社長になりうるという、幻想のニンジンを与え、仕事に突っ走らせるや
  り方は、今回の不況でおしまいになった。
 ・過酷なリストラを目の当たりにした人たちは、もはや幻想のニンジンでは走らない。カネの欲し
  い人、地位や権力の欲しい人、カネや地位・権力は要らないが、自分のやりたい仕事を求める人、
  仕事よりも自由になる時間が少しでも多い方がいいと考える人。価値観は多様化した。好ましい
  変化というべきである。

時間の主人公になる
 ・あっという間に一年が過ぎ、「また、ひとつ歳をとってしまった」と思うようになっていないか。
  それでいながら一日の勤務時間は長いと感じているとすれば、その人は毎日つまらなく生きてい
  る可能性がある。
・「もう」と感じたとき、あなたは生き生きとしていることが多い。他人時間ではなく、自分時間
  の中にある。時間の質が高まっている。反対に「まだ」と感じたとき、時間の質は低下している
  ことが多い。
 ・時間を自分のものと感じたとき、あなたは初めて人間となることができる。漫然と時間を過ごし
  ていてもあなたは人間であること変わりはないが、人間としての価値を実らせることができない
  でいる。人間となっていない。
 ・できることなら、「もう」と感じる時間を増やしていきたい。「もう」を増やしていくには、自
  分のやりたいことをしっかりと自覚しなければならない。「もう」は、自分のやりたいことの自
  覚から始まる。
 ・日本人の心の底には、カネやモノや地位にこだわらず、自由自在に生きたいという欲求がいつも
  横たわっている。
 ・日本人はもともとは時間を自分流に楽しく過ごす達人だった。それがいつの間にか狂ってしまっ
  ただけのことである。
 ・モノやカネにあくせくしない人間は、自分らしく生きるライフスタイルを確立している。江戸時
  代の町民たちがそうだった。お祖父さんやお祖母さんの時代から、あるいは曾祖父さんや曾祖母
  さんの時代から続けてきたライフスタイルを守った。
 ・モノやカネに傾いた風潮を直し、時間にウエイトを置いた生活を確立すれば、人生の風景はもっ
  と異なってくる。落ち着いた豊かさを取り戻すことができるはずである。私たちの祖先が楽しん
  でいた、上質の豊かさである。
 ・日本人が、自分たちの先祖が保ち続けた価値観をいつの間にか片隅に追いやり、マネーイズム
  (金銭至上主義)に走ったのはなぜか。第二次世界大戦でアメリカに完膚なきまで打ちのめされ
  たことがたたっている。日本人は戦勝国アメリカの文化をいじらしほどに懸命に取り入れた。そ
  うしないと、豊かになれないと思い込んだ。
 ・経済的に豊かになるということは、決して悪いことではない。むしろ国、企業、個人が独立して
  いくには絶対に不可欠な条件だが、それだけが国、社会、個人の最終の目的になるわけではない。
 ・「人はパンのみにて生くるものにあらず」である。パンは必要だが、それだけで生きているわけ
  ではない。ところが、日本人はいつの間にか、カネとかモノをたくさん持てば、半ば自動的に幸
  せになれると信じ込んだ。そのピークが80年代から90年代初めにかけてのバブルである。
 ・長くて苦しい不況が続いた。しかし、不況はマイナスばかりではなかった。不況のお陰で、モノ
  やカネに踊った時代の空しさ、ばかばかしさに気がついたとしたら、むしろありがたいことであ
  る。時間の大切さを認識することができたとするなら、不況は私たちに多くの物を残してくれた
  とさえ言える。
 ・金持ちやモノ持ちではなく、時間持ち、すなわち時間長者になろうではないか。