極上の孤独 :下重暁子

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「孤独」の価値について、非常にわかりやすく説いている本である。個人主義とも言って
いいのではないかと思う。今の時代、ともかく「絆」や「つながり」ばかりが強調される
時代であるが、ただ群れているばかりでは、ほんとうの自分というものは見いだせない。
確かに「群れの中」にいれば、安心はできるが、そこではほんとうの自分にはなれない。
群れの空気に流され、ほんとうの自分の価値観を見いだせない。
それはなにも、一般社会の中だけではない。政治の世界においても同じようなことが起き
ている。人々が、それぞれ自分の価値観を持ち、それぞれ自分の価値判断で生きるという
ことができていない社会。ある特定の人々の価値観に流される。そんな社会では、本当の
民主主義は存在しない。

はじめに
・一人に時間を孤独と捉えず、自分と対面する時間だと思えば、汲めども尽きぬ、ほんと
 うの自分を知ることになる。自分はどう考えているのか、何がしたくて何をすべきか、
 何を選べばいいのか、生き方が自ずと見えてくる。孤独ほど、贅沢な愉楽はない。誰に
 も邪魔されない自由もある。群れず、媚びず、自分の姿勢を貫く。すると、内側から品
 も滲み出てくる。そんな成熟した人間だけが到達できる境地が「孤独」である。
・孤独がいやだからといって、表面的に他人に合わせて一緒にいることに意味があるのだ
 ろうか。確かに、自分のことを孤独で淋しい人間だと考えると、それがストレスになっ
 て、寿命にも影響するかもしれない。しかし、人間、誰もが最期は一人。孤独を愉しむ
 ことを知っていれば、一人の時間が何ものにも代えがたく、人生がより愉しくなると私
 は考えている。
・「孤独死はかわいそう」「出来れば孤独死は避けたい」と耳にすることがある。ほんと
 うにそうだろうか。最期が他人から見て孤独死であったとしても、本人にとっては充実
 した素晴らしい人生だったかもしれないのである。  
・孤独な鳥の五つの条件
 ・孤独な鳥は、高く高く飛ぶ。
 ・孤独な鳥は、仲間を求めない、同類さえ求めない。
 ・孤独な鳥は、くちばしを天空に向ける。
 ・孤独な鳥は、決まった色をもたない。
 ・孤独な鳥はしずかに歌う。

なぜ私は孤独を好むのか
・たくさんの人に囲まれながら、誰も自分を見てくれない、声もかけてくれない。目の前
 の人とつながれない時に感じるのが孤独なのだ。それならいっそ、独りになってみるが
 いい。独り歩めば、むしろ充実感があり、他人を気にしないですむ。都会は孤独である。
・都会には人や物ばかり。それなのに、群集の中に一人として歩いている時、満員電車に
 揺られている時、実は一番孤独を感じる。今の時代は人と人とのつながりばかりが強調
 され、スマホなどの機器を通じてやりとりしていないと不安になる。誰かとつながりた
 いと、「いいね!」を押し、写真を載せ、共感を得ようとする。とにかく人から外れた
 くない、同じ輪の中にいたいと、一人ひとりがあがいている。その実、今ほど人と人が
 遮断された時代はないのだ。
・人とのつながりから自分がこぼれ落ちた、仲間外れになった状態では、人は淋しくて孤
 独を感じ、藁にもすがる思いで人を求める。その結果、裏切られたり拒絶されたりして、
 どん底まで落ち込む。  
・自分の心の声に耳を傾ける時間を持つことで、自分が何を考えているのか、ほんとうは
 何を求めているのかなど、ホンネを知ることができる。  
・淋しいとは一時の感情であり、孤独とはそれを突き抜けた、一人で生きていく覚悟であ
 る。淋しさは何も生み出さないが、孤独は自分を厳しく見つめることである。淋しいと
 いえる段階はまだまだ甘い。淋しさを自分で解決しようという気はなく、誰かが何とか
 してくれないかと他人に頼っているからだ。 
・ネットで人とつながることを求めている人の場合、「死ね」だの「ウザい」だのと悪口
 をいわれると、耐えることができない。若い人たちの自殺の原因は、ほとんどが友達や
 知人から遠ざけられ、嫌われ、もはや生きていけないと思い込んでしまうことからきて
 いる。 
・誰もわかってくれなくたっていいではないか。一人のほうが、自分の好きなことやした
 いことがいくらでもできる。他人に認められなくとも、自分だけでいいではないか。 
 「孤独はみじめ」なんかじゃないし、「孤独はみじめ」だと思うことにこそ、問題があ
 るのだ。 
・「孤独の”孤”は個性の”個”の字」と常々いっている。孤独を知らない人は個性的に
 なれない。「個」が育たない。孤育ては個育てなのだ。「孤」を育ててきた人は、気付
 かぬうちに「個」が育っている。「孤」であることは手段であり、「個」はその結果で
 ある。 
・人と群れる、人の真似をする、仲間外れになることを恐れる、物事に執着する・・・。
 そんなことを続けていると、あっという間に「個」が失われていく。せっかく育ってい
 たものが、容赦なく消えていく。
・孤独とは、思い切り自由なものだ。誰も気にする必要はなく、自由で満足感はあるもの
 の、その時間をどう過ごすかの全責任は自分にある。誰も助けてくれる人はいない。私
 は身震いするような厳しさに満ちた、その瞬間が好きなのだ。  
・個性駅な人は多かれ少なかれ奇人、変人である。反骨であり、他人に理解されぬ部分を
 残しているような男を、私は「まがくねった男」と愛情を込めて呼んでいる。 
・人間は孤独な存在だと捉えることができる人は、自分で考えることを知っている人だ。
 自分で考え、自分で選び、自分で生きてゆくことを覚悟した、選ばれた人。
・孤独から逃げた人は、孤独が嫌いになる。孤独な人を可哀そうと憐れんで見る。自分よ
 りその人を下に見ることで安心する。日本人は孤独嫌いが多く、孤独に対するイメージ
 はよくない。孤立、孤食、孤独死と、一人で行動する人を良くいわない。孤独死など、
 特に新聞やテレビで特集して世の憐れみと涙を誘う。日本では畳の上で死にたいという
 人が多く、自分の家で家族に看取られて死ぬのが理想だと思われている。私はそうは思
 わない。他人にはわからずとも、孤独でいることに誇りを感じる人は、人として成熟し
 ているのではなかろうか。
・他人とのコミュニケーションの手段が増えれば増えるほど、淋しさは増すのだ。友達と
 LINEでつながる。いとも簡単に返事が戻ってくる。そこで心が通じたと感じるのだ
 ろうか。うまくいっている時はいい。恋人同士でも友達でも、仲良く会話が出来たはい
 いかもしれないが、そううまくはいくまい。いつまでたっても返事がこなかったりする
 と、気でも悪くしたのだろうか、病気でもしているのではないかと気にかかる。
・かつては自殺の原因は、自らの存在への疑問など本人の悩みが大きかったが、今では、
 人間関係が主な原因になってしまった。たかが人間の考え出した機器に自分の大切な一
 生を邪魔されてなるものか。  
・他人の意見は参考にはなるが、結局決めるのは自分なのだ。孤独の中で、ああでもない
 こうでもないと悩み考え、やっと結論らしきものを得る。そういう時間を積み重ねてい
 くことによって、人間は成長していくのではなかろうか。孤独な時間をどれだけ多く持
 つことができるかによって、成長の度合いが変わると言っても過言ではない。
・いつも輪を作っている人は、輪の中にいなければ淋しくで仕方がない。輪の中にいない
 と孤独だと感じてしまうのだろう。それは「淋しい」という感情でしかなくて、「孤独」
 などという高尚なものではない。    
・皮肉なことに、孤独を恐れ、自分を抑えて他人に合わせていると、孤独感は逆に増すば
 かりである。孤独を噛みしめながら自分のホンネに向き合い、あれこれお考えるからこ
 そ、人間は成長できる。
・いつも他人と群れてばかりいては清涼するはずもなく、表面的に付き合いのいい人間が
 出来上がるだけではなかろうか。 

中年からの孤独をどう過ごしか
・長い仕事人生の中で、自分の顔がなくなっている人も多い。それだけシビアな人生だっ
 たといえなくもないが。定年になったら、自分の顔を取り戻したい。仕事の仮面をつけ
 る前の素顔を。いつまでも「昔の名前で生きています」では、新しいものは生まれてこ
 ない。
・定年後は、勤めていた頃の名刺や肩書きを捨て去ろう。局長やら部長の肩書きのついた
 昔のままの名刺を渡されると、ぞっとするし、哀れになる。この人には自分の顔がない。
 肩書きだけが大事なのかと思うと、薄っぺらな男に見える。
・自分の顔を取り戻すには、準備が必要だ。組織で仕事をしながらも、一人に時間を少し
 ずつ多くしていく。自分は本当はなにをしたいのか、したかったのか。何か手がかりは
 ないか。毎日の仕事や生活に追われ、すっかり忘れ去っていることを想い出してみよう。
・夢を諦めた人は、自分の顔をすっかりなくして、再び夢を取り戻すところから始めなけ
 ればならない。それは結構しんどいことである。気をつけねば、冷静さを欠いて、おか
 しなものに狂ってしまうことにもなりかねない。中年以降に突然何かに狂うことと、ほ
 んとうに好きなことに取り組むことは、別物だ。そこを履き違えないでほしい。中年過
 ぎて狂うと、熱中し過ぎてまわりが見えなくなり、はた迷惑な人が出来上がることがあ
 る。 
・若い頃に恋愛経験のない人は、中年になって狂うと見境がなくなり、年甲斐もない行動
 に出るとか。若い時に遊んだ経験のない人は、まじめなのだが、一度遊びの味をしめる
 と、それにのめり込んでしまう。私は付き合う相手としては、若い頃に遊んでいない人
 は敬遠してきた。
・中年になって急に何かに目覚めると、やみくもに突っ走ってしまって、相手やまわりの
 迷惑がわからなくなる。自分というものを客観的に見つける癖がついていれば、暴走す
 ることはあまりないだろう。自分のしたいことや、時間ができたらやろうと思うことを
 若い頃から準備しておくと、定年後に、まわりにも迷惑をかけないですむ。
・仕一筋もいいけれど、自分の顔をなくしてしまうようなことはしたくない。中年過ぎて
 何かに狂わないためにも、定年後の自分を充実させるためにも、若い頃から一人の時間
 を大切にして、将来の自分の顔への度量を怠らないでいることは、男にとっても女にと
 っても大事だ。
・やりたいことがあったら自分の方法で考え、実行に移すのだ。誰もが、自分がいる場所
 で戦ている。誰かが助けてくれるのを待っていたり、環境が変わるのを期待してはいけ
 ない。自分のできる方法を、自分で考える。そのためにも独りの時間が大事である。
    
孤独と品性は切り離せない
・品と恥は裏腹にある。恥とは自分を見つめ、自分に問うてみて恥ずかしいかどうかであ
 る。他人と比較して恥ずかしいというのは、ほんとうの恥ずかしさではない。例えばお
 金がない自分を他人と比較して恥ずかしく思うことなど。自分の生き方さえしっかりし
 ていれば、他人に何と言われようと恥ずかしくないはずだ。自分の価値観に照らしてみ
 て、恥ずかしい行為をした時は、自らを深く恥じて、二度と同じようなことを繰り返さ
 ないようにする。恥と誇りは表裏一体である。自分を省み、恥を知り、自分に恥じない
 生き方をする中から、誇りが生まれる。それがその人の存在を作っていく。そして、
 冒すことのできない品になる。いつもいつも外にばかり目が向いていると、誇りも恥も
 生まれてこない。自分を作るためには、孤独の時間を持ち、他人にわずらわされない価
 値観を少しずつ積み上げていく以外に方法はないのだ。 
・品とは何か。引くといくこと。人に好かれたいと媚び、相手におもねったものは美しく
 ない。職業が何であろうと、人間の品というものは隠すことができない。「引いている」
 という言葉には重みがあった。自分を前面に出しすぎない。自分を確かめるということ
 だろうか。
・人々を拒絶するのではなく、受け入れながら孤を守り、自由であること、私もそれを目
 指したい。孤独という自由を手に入れ、その心境で迫りくる老いを自然に受け入れてい
 けたなら、どんなにいいか。
・来るものは拒まず、去るものは追わず
・いちいち心を惑わせていては、生きてゆけない。多くの人はそこで傷ついたり深追いし
 て、なぜか知ろうとして深みにはまっていく。人間関係はさらりとやり過ごすしかない。
・何事も自分で決め、自分で責任を持つ。それならば諦めもつく。他人への相談はあくま
 でも、自分の意志の確認でなければならない。 

孤独の中で自分を知る
・期待は自分にするべきことだと、私は常々言っている。自分に期待してうまくいかなく
 ても、結果は自分に返ってくるだけ。次へ生かすことができる。他人(家族を含めて他
 人)に期待したら、うまくいかない結果はその人のせいであって、後に残るのは不満と
 愚痴だけである。他人に期待する暇があったら、自分に期待すべきである。
・自らの社会を逃れ、一人を選んでも、人間は生きている限り自己表現をしたいのだとい
 う事実に私は目をみはった。自己表現は生きている証拠であり、自己確認の手段なので
 ある。