見えない買春の現場  :坂爪真吾
          「JKビジネス」のリアル

未来のセックス年表 (SB新書) [ 坂爪 真吾 ]
価格:880円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

セックスと障害者 (イースト新書) [ 坂爪真吾 ]
価格:947円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

孤独とセックス [ 坂爪 真吾 ]
価格:902円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

性風俗のいびつな現場 (ちくま新書) [ 坂爪真吾 ]
価格:902円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

障がいのある人の性 支援ガイドブック [ 坂爪真吾 ]
価格:2750円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

大人の性の作法 誰も教えてくれない [ 坂爪真吾 ]
価格:836円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

男性解体新書 柔らかな共生と性教育の革新のために [ 村瀬幸浩 ]
価格:1650円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

母親が知らないとツライ「女の子」の育て方 [ 江藤真規 ]
価格:1430円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

クィア・セクソロジー 性の思いこみを解きほぐす [ 中村美亜 ]
価格:1980円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

セックス抜きに老後を語れない [ 高柳美知子 ]
価格:1540円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

性愛 大人の心と身体を理解してますか [ 渥美雅子 ]
価格:1760円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

女の子のための愛と性の生命倫理 [ 湯浅慎一 ]
価格:1980円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

彼女たちの売春 (新潮文庫) [ 荻上 チキ ]
価格:693円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

沖縄と私と娼婦 (ちくま文庫 さー50-1) [ 佐木 隆三 ]
価格:880円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

多発する少女買春 子どもを買う男たち [ いのうえせつこ ]
価格:1980円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

彼女たちの売春 社会からの斥力、出会い系の引力 [ 荻上チキ ]
価格:1430円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

女子高生ビジネスの内幕 [ 井川楊枝 ]
価格:1100円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

青線 売春の記憶を刻む旅 (集英社文庫(日本)) [ 八木澤 高明 ]
価格:924円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

貧困とセックス (イースト新書) [ 中村淳彦 ]
価格:947円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

シルバーセックス論 [ 田原総一朗 ]
価格:1760円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

職業は売春婦 [ メリッサ・ジラ・グラント ]
価格:2200円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

図解日本の性風俗 [ 中村淳彦 ]
価格:1650円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

赤羽駅前ピンクチラシ 性風俗の地域史 [ 荻原 通弘 ]
価格:2200円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

中国狂乱の「歓楽街」 [ 富坂聰 ]
価格:1320円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

教科書が教えてくれない18禁の日本史 [ 下川耿史 ]
価格:880円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

吉原と日本人のセックス四〇〇年史 [ 下川 耿史 ]
価格:1540円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

性病の世界史 (草思社文庫) [ ビルギット・アダム ]
価格:1100円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

最貧困女子 (幻冬舎新書) [ 鈴木大介 ]
価格:858円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

性と愛の戦国史 [ 渡邊大門 ]
価格:814円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

江戸好色本に見るHのいろは (リイド文庫) [ 性愛文化研究会 ]
価格:628円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

男娼 [ 中塩智恵子 ]
価格:1650円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

発情装置新版 (岩波現代文庫) [ 上野千鶴子(社会学) ]
価格:1562円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

インザ・ミソスープ (幻冬舎文庫) [ 村上龍 ]
価格:586円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

江戸の春画 (講談社学術文庫) [ 白倉 敬彦 ]
価格:1078円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

震災風俗嬢 (集英社文庫(日本)) [ 小野 一光 ]
価格:682円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

風俗嬢の見えない孤立 [ 角間惇一郎 ]
価格:814円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

日本の女性風俗史 (紫紅社文庫) [ 切畑健(1936-) ]
価格:1320円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

すべての女性にはレズ風俗が必要なのかもしれない。 [ 御坊 ]
価格:1650円(税込、送料無料) (2020/3/2時点)

買春というと一般的には、あまり触れたくない問題、見たくない問題である。しかしこの
問題は、現代の裏社会に深く浸透し根づいている。この本は、そんな裏社会に斬り込み、
うわべだけでない本当の現実とはとういうものなのかをあぶり出し、その対策はどうした
らいいのかを論じている。そこには「買春=悪」と簡単には片づけられない複雑かつ不透
明な問題が横たわっている。
例えば、日本の性に関する法制度においては矛盾がある。法的に女性の結婚は16歳から
可能となっている反面、条例では18歳未満の少女が成人男性とセックスすることは規制
され処罰される。このような法制度の下で、成人男性が16歳から18歳未満の女性と恋
愛し結婚まで至るのは極めて難しい。
また、学校での性教育プログラムの全面的な見直しも必要ではないかと思える。現在の学
校での性教育といえば、妊娠の仕組みの基礎知識止まりであり少し進んだ学校で避妊の方
法を教える程度となっているようだが、これではとても不十分ではないだろうか。もっと
範囲を広げて、異性を好きになるとはどういうことなのか、異性を好きになったらどうや
ってその気持ちを相手に伝えたらいいのかなどの交際に持ち込むまでの方法、セックスと
はどういうことなのかなどの交際中の性に関する作法、避妊の方法、結婚するということ
はどういうことなのかなど、妊娠や出産、子育てについてなどまで、一連の教育プログラ
ムが必要ではないかと思える。
このようなことは、大人になっていく過程で自然に学べることなのだと言われそうである
が、現代の社会の中において、はたして自然に学べられるものだろうか。受験勉強に明け
暮れる毎日を送っているうちに、気がついたら大人の年齢になっていたとか、学校の勉強
について行けず、疎外感に悩まされ、非行に走ったり、引きこもったりしているうちに気
が付いたら大人の年齢になっていたという人も大勢いるのではないかと思われる。学校生
活の中で、適度な恋愛経験を持ち、社会人になった後に、恋愛から結婚へと発展させてい
ける人は、そんなに多くはいないのではなかろうか。そしてそれは、現代の高い未婚化率
そして少子化が物語っているのではないかと思える。
筆者は、性的自己決定権を育むことのできるような適切な性教育プログラムを実施すれば、
児童買春は減るだろうと主張している。確かにそのような性教育も必要だろう。一連の性
教育プログラムの中で、売買春とはどういうことなのか、人生のどのような影響を及ぼす
のか、などについても教育が必要であろう。日本においては、そのような性教育が、ほと
んど行われてこなかったことが、現代の高い未婚化率・少子化問題・児童の売買春問題を
引き起こしているのではないだろうか。性と人生とは切り離すことはできない。性の問題
は人生そのものの問題でもある。性教育なしに人生の教育を語ることができない。今こそ
日本には、真っ当な性教育が必要だと言えるのではないだろうか。そういう真っ当の性教
育の実が結んで初めて、性を買う男性や性を売る女性が減るのではないだろうか。

はじめに
・世間の大多数の人は残念ながら売春をする少女には興味がないし、関わりたいとも思っ
 ていない。いくら彼女たちの現状を知ってほしいと叫んでも、彼女たちの抱える複雑な
 背景をそのまま理解できる人・理解したい人はほとんどいない。売春に乗り出す少女た
 ちの大半が、悪い大人によって「買われた」存在であれば話は単純なのだが、現実はそ
 うではない。決して少なくない割合で、彼女たちは自らの意思で「売っている」=相手
 を探して積極的に売春の世界に参入してくる。
・2015年に児童ポルノ事件の被害者として特定された18歳未満の子どものうち、
 「自撮り」による被害者は全体の41.5%を占めている。すなわち、少女たちが興味
 本位で自らの裸や性器をスマホで撮影し、男性から求められるままに送信したり、注目
 を浴びる快感を味わうために自発的にネット上に公開している現実がある。
・少女が「買われた」現実よりも、少女が自らの意思で積極的に「売っている」現実の方
 が、多くの人にとっては見たくない現実なのかもしれない。
・売春や性風俗といった性産業の世界は、女性が男性に性サービスを売る世界だと考えら
 れている。しかい実態は、男性の売り手が男性の買い手に対して、女性の裸や性サービ
 スを売る世界である。売るのも買うのも男性であり、その意味で男性こそが性産業の主
 役である。女性はあくまで脇役に過ぎない。しかし売買春の是非や実態を巡る論議やレ
 ポートでは脇役に過ぎない女性に過剰にスポットライトが当てられ、主役である男性の
 実像が語られない状態、及び彼らの代弁者がいない状態で行われることが圧倒的に多い。
・そうして主役不在の状況下で、女性団体や女性活動家といった外部の第三者が、買い手
 である男性や売り手である業界関係者からは一切話を聞かず、一部の女性被害者の声だ
 けを切り取って、「これが現実だ」と強引に一般化して世間に発表した上で、男性や業
 者に対するさらなる規制強化や厳罰化を求めるという「欠席裁判」が連綿と繰り返され
 ている。    
・私たちの社会が、性を売る女性だけに目を奪われて、性を買う側の男性の声や、彼らが
 抱える事情にきちんと向き合ってこなかった。売買春や性産業の是非を巡る議論は、そ
 れに関わる人の感情をかきたてやすい。特に児童買春のように「子ども」と「買春」と
 いう女性の感情をかきたてやすいキーワードが重なる領域では、議論の場において事実
 よりも感情、特に買う側の男性に対する一方的な嫌悪感や増悪に基づいた処罰感情が優
 先されがちだ。しかし感情的な議論に基づいた「欠席裁判」を繰り返すだけでは、問題
 は永遠に解決しないし、誰も救えない。
・性風俗や売春を扱った書籍の宣伝文句には、「なぜ彼女たちは身体を売るのか」「裸に
 なったのか」という女性を主語にした問いが必ずと言っていいほど使用される。しかし、
 「かぜ彼らは」という男性を主語にした問いが使用されることはまずない。いつの時代
 も、男性は自らが買う理由を問われることなく、売る理由を問う側であり続けてきた。
 それゆえに、彼らは顔を見えない匿名の存在であり続けてきた。
  
買春の歴史
・キリスト教文化圏の中では、性を売る女性は罪深い存在として扱われてきた。新約聖書
 の中では、姦淫の罪で捕まった女性を石打ちの刑にしようとしている人々に対して、イ
 エスが「あなたがたのうちで罪のない者が、まず彼女に石を投げなさい」と述べる場面
 がある。 
・文学の世界の中では、ドフトエフスキーの「罪と罰」で主人公を慰める売春婦のように、
 罪深い存在ではあるが、それゆえに男性の苦悩を慰め、精神的な救済をもたらしてくれ
 る存在として描かれることもあった。
・歴史や文学は「罪の女」である売春婦、及び買春する「女の罪」については饒舌に語る
 が、それを買う側である「罪の男」もしくは「男の罪」については黙して語らない。
・日本国内においても、買う側の男性が問題化されるようになったのは、第二次世界大戦
 が終わった後になったからだ。国連加盟のために売春の禁止が必要条件であったことも
 あり、1956年に売春禁止法が制定され、1958年に施行された。当初の法案は売
 春そのものを禁止する「売春禁止法」であり、買う男性側に対する処罰規定が盛り込ま
 れていた。しかし売春業者や売春女性の団体による反対運動や政府内での議論の中で男
 性側に対する処罰規定の導入は見送られ、「買春防止法」として成立することになる。
 買う男性側を処罰対象にできなかったことに対する女性団体の怨念は、その後も売買春
 を巡る政治に一定の影を落とし続けることになる。
・日本で「買春」という言葉が使われるようになったきっかけは、1970年代に盛んに
 行なわれるようになった日本人男性の東南アジアへの「観光買春ツアー」だ。多くの日
 本人男性が現地の女性と性的な行為を楽しむことを裏目的、あるいは主目的として、当
 時経済成長のために外貨獲得・雇用拡大を目指して観光客誘致政策を取っていた韓国や
 台湾、フィイリピン、タイなどの東南アジア諸国への観光ツアーへと繰り出した。
・個人が買春の主体となっている現代とは異なり、当時は団体が中心であり、社員の慰安
 旅行や顧客・取引先の接待旅行、同業組合や商店街の親睦会などの団体旅行の体裁をと
 ることが多かった。日本の旅行会社も、そうした団体向けのパッケージツアーを用意し
 て売り出していた。いわば「構造買春」だ。
・当時の男性にとって買春は、個人的な娯楽という側面ももちろんあったが、企業におけ
 る慰安や接待メニューの一つという側面も強かった。取引先を接待する際に、「女はど
 うしますか」と先方に尋ねることは日常茶飯事であり、接待文化としての買春が盛んに
 行われていた。国内でも温泉街にあるソープランドなどは企業の社員旅行などの団体客
 で賑わっていた。 
・観光ツアーにおける買春は、故人の自由意志に基づく行為というよりも、男性中心の企
 業文化の中での慣習として半ば空気のように行われていた側面が強かったため、男性個
 人が買春の倫理的な是非を意識することも少なかった。買春に興味がない男性も、同僚
 や上司からの同調圧力や慣習に抗えずに買わされてしまったケースもあったという。
・そうした現状の中、観光買春ツアーは現地の女性を「性奴隷」として扱う「性侵略」で
 あるとして、日本国内および現地のキリスト教系女性団体やウーマン・リブの女性運動
 家が抗議の声を上げた。「買春」という言葉を作りだしたのは彼女たちだ。買春という
 言葉は、売る側の女性だけを貶め、買う側の男性を何ら非難しないという性の二重基準
 (ダブル・スタンダード)の存在を示す不当な表現である、と彼女たちは主張した。
・1977年に「売買春問題ととりくむ会」が旅行会社に抗議したことを皮切りに、多く
 の女性団体が観光買春ツアーに対する反対運動を展開するようになった。こうした運動
 の影響もあり、1983年には旅行業法が改正されて旅行業者への規制が強化された。
 以降、観光買春ツアーの宣伝が大手の旅行業者によって表立ってなされるようなことは
 無くなった。
・80年代に世界各地で巻き起こったエイズ・パニックは、観光買春ツアーにも大きな影
 響を与えた。エイズ・パニックは、児童買春を加速させる一因にもなった。海外旅行先
 で子どもの買春を行う男性が増加した背景には「(性体験の少ない)子どもであれば、
 エイズウイルスに感染しないから」という無根拠な思い込みがあったとされる。こうし
 た男性の無知や身勝手さに対する批判も強まり、1988年には、「アジアの売買春に
 反対する男たちの会」という男性団体も結成されている。
・90年代後半に買春をしていた男性の割合は、多く道持っても全体の1〜2割程度だと
 考えられる。買ったとしても一度きりでやめる男性や、買うのは1〜数年に1回程度と
 いう男性も多いため、日常的・習慣的に買春を行っている男性の割合はさらに少ないと
 予想される。「買う男」は、あくまでマイノリティなのだ。
・一方で、買春を批判する個人や団体は「買春に寛容な日本社会」という常套句を用いて、
 買春が日常的な風景であり、かつ買春する男性があたかも男性内でのマジョリティであ
 るかのような主張を繰り返してきた。
・欧米諸国では1970年代以降、児童買春に対して厳しい規制をする法改正が進められ
 たが、日本では手つかずの状態だった。そうした中、1996年にスウェーデンで開催
 された「第一回児童の商業的性的搾取に反対する世界会議」では、日本人のアジアでの
 児童買春が非難の対象になった。
・1999年、「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法
 律」が成立した。これにとって、ようやく法律レベルで児童買春を行う男性を国内外問
 わず罰することができるようになった。同法の最初の逮捕者は、横浜の市立中学校教諭
 だった。教諭はテレクラで知り合った15歳の無職少女を2万円で買春した容疑で逮捕
 された。その後も小学校の教頭や公務員、医師や弁護士などの男性が次々に同法違反で
 逮捕されてメディアを賑わすことになった。
・そうした中で最も社会的に大きな話題を呼んだのは、2001年、伝言ダイヤルサービ
 スを使って14〜16歳の少女とわいせつな行為を繰り返したとして東京高裁判事の男
 性が逮捕された事件だ。当時は、児童買春は「買う側の男性の心の貧しさ」「意志の弱
 さ」の問題であると考えられていた。児童買春の原因を男性個人の意思や道徳の問題に
 還元いて、男性個人を罰することによって問題を解決しとうとする考えが支配的だった
 わけだ。動機の背景にある社会的な原因については、多少言及されることはあっても、
 それが児童買春という「おぞましい」行為自体への認識を変えることはなかったと言え
 る。
・2001年、政府は「児童の商業的性的搾取に対する国内行動計画」を策定した。この
 行動計画で報告されている「国内における実態及び要因」では、児童買春禁止法違反で
 検挙された事件の6割はテレクラに関わるものだった。その一方で、児童買春の仲介機
 能を果たす役割のメディアはテレクラからインターネット上の出会い系サイトへと移行
 していく。  
・出会い系サイトに関連する検挙の約7割が18歳未満の児童被害ケースとされている。
 こうした状況に対応するため、2003年に出会い系サイト規制法が制定された。この
 法律により、出会い系サイトの掲示板に児童を性交の相手方とする交際を求める書き込
 みをした人や、児童を相手方とする金品を目的とした異性交際を求める書き込みをした
 人は処罰の対象となることとなった。
・その中で着目すべきは、児童も処罰対象になることへの批判だ。児童は「性的被害」
 「児童買春」から保護されるべき立場であるのに、出会い系サイト規制法では、児童が
 大人を勧誘することも「処罰」の対象になっている。児童買春や援助交際の大半は、子
 どもたちからの申告で表面化し、加害者が逮捕されているという現実がある。「被害者」
 でしかなかった子どもたちは、比較的容易に通報することができたが、「処罰」の対象
 になると、子どもたちは買春の事実を隠すことが予想される。そうなると、児童買春の
 摘発自体が困難になる・・・という批判だ。
・2008年には出会い系サイト規制法が改正され、サイト利用の際の年齢確認の厳格化
 に伴い、出会系サイトで買春や淫行などの被害に遭う児童は大幅に減ることになる。し
 かし出会系サイトに対する規制は、結果的に児童買春のさらなる不可視化を招くことに
 なる。2009年以降、いわゆる「非出会い系サイト」と呼ばれるプロフや会員制交流
 サイト(SNS)、ブログやツイッターなどに関連した児童の被害が激増する。スマー
 トフォンの普及に伴い、LINEなどの無料通話のコミュニケーションアプリに関連す
 る事件も増えている。
・私たちの社会はインターネットのSNSに溶け込んだ「児童買春」に対して手が出せな
 くなった。FacebookなどのSNSや、LINEやツイッターなどは、既に社会
 のコミュニケーションインフラになっており、かつ世界中で数億単位の人が利用してい
 るため、日本の警察の力だけで規制することは事実上不可能である。児童買春に手を染
 める業者と男たち、それに応える未成年の少女、両者を取り締まる警察の三つ巴の戦い
 は、終わりのない泥仕合になりそうだ。
・2016年現在、児童買春をした者には5年以下の懲役又は3百万円以下の罰金が科せ
 られる。児童買春の勧誘や周施(売買の仲介や斡旋)をした者も、5年以下の懲役もし
 くは5百万円以下の罰金、もしくはその両方が科せられる。児童買春の勧誘や周旋をす
 ることを業とした者、すなわち児童を集めて管理売春組織を経営した者は、7年以下の
 懲役及び1千万円以下の罰金が科せられる。
・初犯の場合、略式手続で罰金刑に処せられるのが通例だが、買春した児童の年齢や人数
 によっては身柄を拘束され、正式な裁判になることも少なくない。仮に逮捕されてから
 「18歳未満だったとは知らなかった」「本人は19歳だと言った」と弁解したとして
 も、先に補導された児童から「出会い系サイト上では19歳と表示したが、男性に会っ
 てから本当は16歳だと告げられた」という供述を取られている場合、それを崩すのは
 容易ではない。    
・被害者児童の保護者との示談交渉によって不起訴を目指すことを勧める弁護士もいるが、
 現実は「お金で許せる問題ではないので示談には応じない」という保護者が圧倒的に多
 いという。そもそも児童買春が非親告罪(被害者の訴えがなくても裁判を起こせる犯罪)
 である理由は、示談によって起訴を逃れることを防ぐためだとされている。
・児童買春を批判する個人や団体が用いる「児童買春に寛容な日本社会」という言説は完
 全な誤りであることがわかる。おそらく成人向け雑誌や漫画、アニメやゲーム、AVや
 性風俗産業など、あらゆる商品化された性の代名詞として「児童買春」という言葉を拡
 大解釈、もしくは誤用しているのだけだろう。現実的には児童買春で摘発された男性に
 は法的に重い罰が科せられ、職業や社会的地位によってはテレビや新聞で実名報道され
 るなどの相応の社会的制裁を受け、一瞬で人生が暗転することになる。
・淫行の定義は、(1)青少年を誘惑し、威迫し、欺罔し又は困惑させる等その心身の未
 成熟に乗じた不当な手段による性交又は性交類似行為(2)青少年を単に自己の性的欲
 望を満足させるための対象として扱っているとしか認められないような性交又は性交類
 似行為、とされている。
・性交類似行為とは、手によって射精に導く行為、オーラルセックス、性器間の接触など
 を指す。なお、同性間の性交又は性交類似行為も淫行に該当する、淫行は、売春とは異
 なり金銭のやり取りが無くても成立する。
・2014年には女子高生との散歩やマッサージ、場合によっては性的行為を売るにする
 「JKビジネス」が流行語大賞にノミネートされ、あたかも秋葉原を中心に都市部で児
 童買春が蔓延しているかのような報道がなされたが、それは統計的に見れば真実ではな
 い。90年代に捲き起こった女子高生の援助交際ブームも、実際は女子高生だけが活発
 に援助交際をしていたわけではない。メディア型風俗の隆盛によって、専門学校生や大
 学生、会社員や専業主婦など幅広い年代の女性が援助交際に参入するようになり、その
 過程で女子高生だけに報道によるスポットライトが過剰に当てられただけである。 
・こうした特徴は、実際に児童を買春している男性に一度も会ったことのない女性が先入
 観で作り上げた、幻想としての「加害者像」に過ぎない。売る側の児童が家庭環境や学
 校、経済事情などの複雑な問題を抱えていることは容易に想像できるが、買う側の男性
 も同じように複雑な事情を抱えていることまでは、なかなか想像が及ばない。買春男性
 を糾弾したい、性暴力を根絶したいと願う女性団体が児童買春の現状を社会に発信する
 中心になっている現状では、なおさらだ。どうしても、「児童を性的に搾取する極悪非
 道の加害者」という一面的なイメージに留まってしまう。
  
メディアと買春
・「買う男性」に関する記事や論考は、「売る女性」に比べると質量ともに圧倒的に少な
 く、論者や切り口も多様ではないが、それでもこれまでにいくつかのメディアや書籍な
 どで、彼らの実像に迫る内容のものが出されてきた。
・売春男性に年齢や職業、容姿に関する傾向を見出すのは難しいが、逮捕された男性のう
 ち、約7割が消費者金融から借金をしていた。借金の金額は平均して100万円、多い
 人では300円近い。彼らの毎月の小遣いの平均額は約5万円。1回の買春では、少女
 に支払う性行為の対価としての謝礼だけでなく、ホテル代やデート代などの費用がかか
 るため、5万円程度の金額はあっという間になくなってしまう。
・借金をしていた男性が多いという事実からは、多額の借金をしてまでも児童買春がやめ
 られなかった、という推測もできる。多くの男性が女子高生の制服に対する強い執着、
 フェティシズムを抱いていることも共通項として挙げられていた。児童買春と同じよう
 な犯罪を繰り返す累犯の男性も多いという。
・買春の動機に関しては、「若い中学生や高校生とセックスしてみたかった」「妻が妊娠
 していて実家に戻っていたので魔がさした」という供述が圧倒的に多く、性欲以外の動
 機、例えば「恋愛気分を楽しみたい」「寂しさから癒されたい」というような供述をし
 た男性はごく一部に留まるという。彼らは若い時にちゃんとした恋愛をしていないため、
 恋愛感情の延長にセックスがあるのだ、という感覚がまるでないか、非常に薄い。だか
 らこそ、虚しいとも何とも思わずに、買春で快楽を感じ続けることができるのだろう。
・今も昔も、放送作家やスポーツ選手、教員や公務員など、社会的な知名度や責任のある
 立場の男性が児童買春を行って逮捕された場合、警察発表をそのままコピーしたような
 文面で報道されることがほとんどだ。すなわち、男性がその当時流行したコミュニケー
 ションツールを用いて少女と出会ったという点、そして少女への性的関心が犯行動機と
 して挙げられる点だ。こうした報道の背景には、最新のコミュニケーションツールに対
 する年配世代の不安感、そして「未成年の少女への性的関心=問答無用の絶対悪」とい
 う社会認識があることが透けて見える。自分たちにはよくわからないツールを媒介にし
 て起こった事件、そして本来性的対象にすべきではない少女を食い物にした不愉快な事
 件は、「自分たちとは違う世界で起こった出来事」として、加害者の男性個人を叩いて
 終わりにしたい。しかし、これだけスマホやSNSの使用が日常化している現在、「自
 分たちとは違う世界で起こった出来事」と切り離すことはできないだろう。
・児童買春を行う男性は、必ずしも特殊な小児性愛者ではなく、ビジネスマンや旅行者、
 船員等の運輸関係の仕事で働く一時滞在者など、ごくあふれた普通の人たちが多いとい
 う。こういった男性が児童買春をする動機は、「児童とのセックスならエイズに感染し
 ない」という誤った思い込み、女性に対して劣等感を抱く男性が、コンプレックスの解
 消のために、自分の思い通りに支配できる対象を求めて児童買春に走ると推測されてい
 る。もちろん、児童買春を行う男性の中には、一定の割合で小児性愛者、及び小児性愛
 の傾向を持つ人が存在することは事実であろう。しかし、児童買春を行う男性の全てを
 「小児性愛者だから」の一言で片づけてしまうことはできないし、そうした単純化は児
 童買春を巡る問題の解決にとってむしろ妨げになるだけだろう。
・援助交際の相手方になっている男性の声がいくつか紹介されている。未成年の少女に高
 額の対価を支払って、彼女たちの若く瑞々しい肉体を意のままに堪能している彼らは、
 さぞかし自分のやっていることに満足しているだろう・・・と思う人も多いかもしれな
 いが、現実は全く反対のようだ。彼らは、少女に対する嫌悪感を露わにしたり、口汚く
 罵ることが多かったという。風俗店の女性と比べ、援助交際をしている少女は短時間で
 法外な値段を要求するにもかかわらず、ベッドの上ではマグロ=ただ横になって寝てい
 るだけの状態であり、積極的にサービスをしようとは全くしない。一般的に男性が「セ
 ックス」という言葉からイメージするような男女の絡み合いはまず起こり得ず、ダッチ
 ワイフやラブドールのように微動だにしない、ただ「若い」という以外に何の特徴もな
 い裸体を一方的に抱くだけ。多くの男性客は、これが気に喰わないのだそうだ。費用対
 効果に見合わないだけでなく、何の興奮もロマンも得られない。お金を払ったことに後
 悔する男性もいれば、「彼女たちに殺意を抱くこともある」と述べる男性も登場してい
 る。
・援助交際などで未成年の少女を買う男性は、単なるセックス=器官と器官の接触を求め
 ているわけではなく、一定水準以上のテクニックや感情的なふれあい、その場の空気感
 に対してお金を支払っているということがわかる。こうしたニーズの存在自体は、一般
 の性風俗や売買春の世界と大きく異なるものではないだろう。未成年の少女を買う男性
 が、必ずしも特殊な性癖や価値観を持った男性ばかりではない。 
・2008年の夏頃から、携帯の家出サイトやプロフィールサイトなどを使って、無償で
 寝泊りできる場所や食事を提供してくれる男性を求める家出少女たち、通称「神待ち少
 女」の存在が一部のメディアで話題になった。金銭やセックスなどの見返りを要求せず
 に、家で少女たちに寝床や食事を与える男性は「神」と呼ばれ、夜の都会の孤独や空腹
 の中でその降臨を待ちわびる少女たちの書き込みがサイトに溢れていた。1〜2泊程度
 の短期間の家出=「プチ家出」がブームになった90年代終盤には、家を出た少女たち
 は24時間営業のファミレスやカラオケボックスなどで夜を過ごすことができた。しか
 し、2000年代に入って青少年健全育成条例等による規制が強まり、未成年者は深夜
 にカラオケや漫画喫茶に立ち入ることができなくなった。行き場を失った少女たちは、
 携帯サイトを通して、寝泊りできる場所を提供してくれる相手をダイレクトに探すよう
 になる。深夜のファミレスやカラオケから少女たちを追い出した結果、少女たちの行動
 は不可視化され、匿名の空間の中で初対面の男性と一対一のやり取りを余儀なくされる
 ことになった。規制によって少女たちが危険にさらされる可能性が逆に高まったと言え
 るかもしれない。
・見返りを求めないことが「神」の定義であるにもかかわらず、全ての男性が自宅に招い
 た少女たちとの性行為を経験していた。だが、いつも美味しい思いができるわけではな
 い。少女に騙されて貯金や家財道具一式を盗まれたり、罵倒されるだけでセックスを拒
 否されることもあるという。仮にセックスまで持ち込むことができても、何回かするう
 ちに飽きてしまい、逆に少女を部屋から追い出すことに苦心することもあるという。
 「神」とはいえ、少女たちを自らの意のままにコントロールすることは難しいようだ。
・買春男性を「貧困に苦しむ少女の背景を知った上で、弱みにつけ込んでセックスを要求
 し、あまつさえ「自分は女の子のサポーターだ」という支援者意識を持っている、許さ
 れざる存在」として厳しく批判している。
・援助交際を行う男性について、女性たちは口をそろえて「普通の男性が多い」と言う。
 「普通」とは、外見的にも性格的にも、ベッドの中の性的嗜好においても特に変わった
 点がない、という意味だ。援助交際をしている男性の職業は、医師、弁護士、大学教員、
 会社経営者などの社会的地位のある人から、警察官、ヤクザ、高校教師、サラリーマン、
 大学生まで様々である。年齢は10代〜80代まで幅広いが、最もボリュームの多い層
 は、女性に一定の金銭を支払うことのできる経済力を持っている30〜40代の男性で
 ある。ある程度の社会的地位があり、家庭を持っている男性は、性暴力や恐喝などの被
 害を回避したい女性側から見ても安全な存在だと言える。 
・援助交際をする男性は、単なる生理的欲求や本能としての性欲を満たすために参入する
 わけではなく、妻や恋人との性交、通常の風俗店では満たすことのできない性的幻想を
 満たすために参入している。売買春についての動機について、男性は「性欲」と答え、
 女性は「お金」と答える傾向がある。それを真に受けると、「性欲のために女性を支配・
 搾取する男性」「拝金主義の女性」といった、警察の供述調書のような、表面的かつス
 テレオタイプの理解に留まる。しかし、そうした回答は必ずしも事実ではなく、動機を
 問うてくる煩わしい他者をシャットダウンするために、あるいは売買春という相応の身
 体的・精神的負担を伴う行為を遂行するために、自分自身を思考停止に追い込み、心身
 の負担を軽くするための言葉なのかもしれない。  
・援助交際を通して、女性との恋愛気分を味わうことを目的に参入するタイプの場合、必
 ずしも女性とのセックスが目的になるわけではなく、会話やデートのみを希望する男性
 もいる。交際の過程で、女性に対して「好きになってしまいそう」「彼氏がいないのな
 ら付き合ってほしい」と告白してくるケースもあるという。普通の生活で女性との接点
 がなかったり、女性とのコミュニケーションが苦手な男性が多いと推測される。
・女性に対して、「娘」や「妹」といった家族的な役割関係を求めてくるタイプは「疑似
 家族型」と分類され、疑似親子としての「娘」を求めるのは、30代〜40代の男性と、
 10代から20代前半の女性の組み合わせが多いという。すなわち、援助交際相手の女
 性と同年齢の娘がいたり、あるいは同年齢の娘がいてもおかしくない年齢・社会的位置
 の男性が、疑似親子としての「娘」を求めているわけだ。なお、ここで言う「娘」とは、
 単純に血縁関係のある存在ではなく、社会的に構成された家族幻想から生み出されたイ
 メージである場合が多い。正確に言えば、男性は文字通りの「娘」が欲しいというより
 も、「父親である自分の話をきちんと聞いてくれる、素直で優しい女の子」との関係が
 欲しいのだ。援助交際をする男性は、単純に若い女性との親子関係が欲しいから参入す
 るわけではなく、現実の娘との関係では満たすことのできない家族幻想を満たすために
 参入している=「娘以上に娘らしい女性との関係性」を求めていると見ることができる。
・援助交際に関わる男女は、匿名性によって自らの過去や社会的役割から自由になり、身
 体性によって自らの思考や自意識から自由になることができる。買春の場は、社会的役
 割や思考によってがんじがらめにされている中高年男性に、精神的・身体的な自由を与
 えているとみることができるだろう。関係性が親密な相手であればあるほど、しがらみ
 のある相手であればあるほど、本音で話すことが難しい。
・特定の性幻想を追いかけることも、匿名との相手との性的な関係を求めることも、それ
 自体は悪ではない。道徳や倫理を振りかざす他者によって裁かれる筋合いもないだろう。
 しかし問題は、相手方が十分な自己決定力を持ち合わせていない(とされている)未成
 年である、という点だ。未成年者に自己の性的な幻想を投影し、匿名での性的関係を求
 めることは、法的のみならず社会的にも完全にアウトである。   
・大半の大人は、他人に話したくない性的な幻想、現実の人間関係の中では満たされない
 欲求を多かれ少なかれ抱きながら生活している。そういった欲求を児童買春で満たそう
 とするか否かは別として、そういった欲求を抱くこと自体は、ごく普通のことである。
 その意味では、児童買春をする男性は、その内面だけを見れば、いたって「普通の男性」
 であると言える。
・買春する男性は意識的・無意識的に相手方の女性を見下していることが多い。女性に対
 する嫌悪やあからさまな侮蔑、あるいは強い憎悪を抱いていることも少なくない。そう
 した負の感情が、現場での金銭トラブル、あるいは性暴力や殺人などの陰惨な事件につ
 ながることもある。 
・売買春の世界では、男性は過剰なまでにコスパにこだわる傾向がある。金銭が介在する
 関係を女性と構築する場合、支払う側の男性は「これだけお金を払ったのだから、これ
 だけの行為やサービスをしてくれないと困る」という元取り思考に陥りがちである。
・男性にとって、これは不治の病に等しい。女性の容姿・年齢・言動が「支払った金額や
 対価に見合うかどうか」を常に考えてしまい、「3万円にしては安い」5万円にしては
 高い」「以前の相手と比べて高い」と、目の前の相手を逐一値踏みして比較・検討して
 しまう自動思考が発動する。これでは、目の前の女性との会話やセックスを存分に楽し
 めない。女性の態度や行為に対してちょっとでもコスパの悪さを感じてしまうと、すか
 さず元取り思考が生じる。「これだけ払ったのだから、もっとやっておかないと損だ」
 「これだけ払ったのだから、文句を言ってもいいだろう」という思考が生じると、女性
 に対する不本意な性行為の強要、場合によっては性暴力につながってしまう。
・恋愛やセックスは、金銭を介在させる買春のような場面であっても、男性と女性がお互
 いに当事者意識を持ち、相互的なコミュニケーションを通して作り上げていくものであ
 る。決してどちらかの一方だけの力で作り上げるものではない。つまり元取り思考に陥
 った時点で負けなのだ。  
・未成年者は成人以上に当事者意識や目的意識がないまま売買春の世界に足を踏み入れる
 ことが多い。自分が何を欲しいのか、何をしたいのかわかっていない無防備な状態で売
 買春の世界に参入することで、関係者全員のリスクを高めてしまう結果になる。事実、
 買春男性が警察に捕まる理由の多くは、補導された児童の携帯履歴から芋づる式に発覚
 するケースが少なくない。

「月刊買春」の世界
・買春をしている男性を明確に定義することは難しい。見た目では全くわからないし、学
 歴も職業も年収も居住地域も別々であり、カテゴライズできない。愛人契約や枕営業な
 どを含めれば、結構な数の女子は「広義の売春」をしていると思いますが、同じような
 男性も「広義の買春」をしているはずです。未成年買春というと、どうしても「あって
 はならないもの」という闇のイメージだけで語られがちですが、売っている側、買って
 いる側にとっては、売買春の場所や機会自体が街のあちこちにナチュラルに偏在してい
 るので、売ることも買うことにも何の抵抗もない。
・ホストクラブに通う女性に動機を尋ねても、「イケメンだから」「行くとテンション上
 るから」といった表面的な答えが返ってくるだけだと思います。そこからはホストに行
 く人はこういう特徴がある・・・とカテゴライズすることは難しいでしょう。せいぜい
 「キャバ壌や風俗嬢は、夜の街をよく歩くこともあり、ホストに行きやすい」といった、
 対象との親和性やアクセビリティについて言及できる程度でしょう。
・「なぜ買うのか」「買うのに躊躇しないのか」といった質問はあまり意味がない。買う・
 買わないの間に、明確な線引きはない。言うなれば「空気」があるだけです。「あの街
 には売春がある」という感じの空気であり、売る側も買う側も裏表がない。日常と買春
 が地続きになっている。  
・売買春の世界では、実は結婚や恋愛と同じように、単純な欲望だけでなく、お互いの打
 算や妥協によって動いている。極めて合理的なロジックで動いている世界だが、それが
 外部に伝わっていない。
・売買春を語る際、多くの書き手は売る女性や買う男性に何らかの「物語」を見出し、活
 字化する。読者もまたそういった「物語」を読みたがる。書き手はあくまで「物語」好
 きな読者に対する商品としてルポやインタビューを編集し、提供しているだけだ。
・彼らは性欲が何かの啓蒙で変わることはあり得ないので、啓蒙中心のアプローチに対し
 ては懐疑的にならざるを得ない。どこで彼らにアクセスして、どのように啓蒙・教育す
 るのかを定めるのが困難でしょう。「きちんと恋人や妻をつくってリアル充生活を送ろ
 う。ワリキリは今が充実していない男がするもの」という処方箋では不十分だと思いま
 す。 
・「一度に一人の相手としかセックスしてはいけない」という社会規範は、歴史的に見れ
 ば普遍でも真理でも何でもない。複数愛者もいれば、複数婚を認めている社会もある。
 文化や環境が変われば、人間は複数の相手と普通にセックスできる。生物学的にも自然
 なことだ。 
・現代社会では、女性の身体はポテトチップスと同じように「手の届きやすい場所に」
 「手の届きやすい価格帯で」売られている。これは現代社会が買春に寛容な社会だから、
 という倫理や道徳意識の問題では決してない。時代の流れの中で買春がメディア化して
 日常生活や通信インフラの中に溶け込んでいったから、という社会環境の問題だ。そし
 てその環境の中には一定の割合で未成年者が混じっており、買春を続けていけば誰もが
 どこかでぶつかる可能性を孕んでいる。そう考えると、通信インフラになっているスマ
 ホやSNSの売買春が主流になっている今、児童買春はさながら「交通事故」のような
 ものだと言える。道路と同じ社会のインフラ上で、誰の身にも起こり得る、ごくあふれ
 た、しかし場合によっては生命に関わる危険なアクシデントだ。舗装されていない人気
 のない山道で起こる問題ではなく、街中の生活道路で日常的に起こっている問題なのだ。
・交通事故は道徳や倫理の視点から語られることは少ない。ドライバーの意識や注意だけ
 では事故を100%防ぐことはできないからだ。事故を起こした人の動機が根掘り葉掘
 りマスコミによって探られ、「現代社会の心の闇が云々」などと報じられことはない。
 子どもをはねてしまった人が「子どもだけを狙った凶悪犯」と報じられることもない。
 たまたま相手が子どもだっただけだ。
・事故を予防するためには、交通ルールや検問などの制度の整備、不幸にも事故が起こっ
 てしまった場合のエアバックなどの生命保護機能、保険等の充実が必要になる。社会の
 インフラ上で起こっている問題を個人化して「自己責任」と処理したところで問題は無
 くならないし、不幸になる人も減らない。
  
「婚活」としてのJKビジネス
・男性側がJKビジネスに対して求めているものは、決して単純な「エロ」だけではない。
 萌えや癒し、あるいは女の子との交渉によるスリルや非日常体験を求めている場合もあ
 る。様々な事情で学校や過程にいられない女の子たち、お金を稼ぐ必要に迫られた女の
 子たちの居場所になっている場合もある。 
・皆、他の世界では満たされない何かを抱えており、それを満たすためにJKビジネスと
 いう場に集まってきた。それだけのことだ。
・JKリフレで働いている女の子たちは、学校や家庭に居場所がない、社会的に疎外され
 た子も多いため、彼女たちの抱える孤独感が中年男性の抱える孤独感と共鳴する場合が
 あるという。
・未成年の働いているアンダー店で意外と多いのが、学費を稼ぐために働いている子。
 JKリフレの子はひとり親家庭が多い。家庭が機能していないため、自分を必要として
 くれる男、生活必需品を買ってくれる男を求めている。
・JKリフレで働いている子の中で、見た目と同じように中身をキャピキャピしている子
 は一人もいないんじゃないかと思います。店長や男性客も黒い部分を抱えているので、
 彼らの色に染まってしまう。
・ちなみにJK店の女の子は素人という建前なので、セックスの場面では何もサービスは
 しません。いわつる「地蔵」「マグロ」ですね。何もしないので3万円です。狭くて薄
 暗い個室の中で、やってはいけない年齢の子とやってはいけないことをやりながら、
 変則的な性癖を持っている男性客はたくさんいます。仮に相手が18歳以上でも、薄い
 カーテンで仕切られているだけ、外の足音や隣の部屋の喘ぎ声も聞けるようなリフレの
 個室でこういったことをやるのが楽しいという人もいます。痴漢や盗撮をする男性の動
 機と似ているかもしれません。
・説教客はたくさんいます。「こんなことをしちゃいけないんだよ」と言ってくる客は非
 常に多い。でもやることはやる。変な話、抜き終った後に言ってくる人が多い。客なり
 に葛藤があるかもしれません。そんな葛藤を女の子にぶつけている。自分自身に言い聞
 かせているような感じで、女の子を説教する人が多い。説教される側の女の子からすれ
 ば、「お前もだろ」とツッコみたくなるそうですが、仕事のできる女の子はとにかく傾
 聴します。男性にとっては、女の子に自分の意見を聞いてもらうことが快感だからです。
・JK店に通う男性は、女性に対して「こんな自分を認めてくれない」という嫌悪感を持
 っている。しかしJK店にいる女子高生は、そんな自分を認めてくれる。女子高生に対
 して、自分を無条件で認めてくれる母親的な優しさを求めているわけです。母親的な優
 しさを求めているのであればスナックのママさんに行けばいいのに、なぜ彼らは女子高
 生に行くのか。それは「コントロール感」が得られるから。年下で社会経験のない女子
 高生であれば、自分の都合に合わせて支配できるはず、と思えるからです。
・JKリフレに通う男性には、「自分のことをわかってほしい」という思いがある一方で、
 「女性を支配したい」という思いもある。こうした矛盾した思いのせめぎ合いが「説教
 客」という形を取って現れるのだろう。男性客の承認欲求と支配欲求のせめぎ合いこそ
 が、JKビジネスの利益の源泉であり、被害のトラブルの元凶であるかもしれない。
・キャバクラはお酒に頼れる。風俗は射精に頼れる。リフレは何もない個室の中でのサー
 ビスなので、男も女も本気でコミュニケーションを取り合わないと場が持たない。否が
 応でも何かを話さなければいけない。だから男性のコミュ能力が上がる。リフレの店内
 で何回も何回も女性と接していると、経験値がたまっていき、実生活に活かされる。常
 連客は女性にモデルようになることがあります。リフレのおかげで女性とのコミュニケ
 ーションがうまくできるようになりました。女性社員とのやりとりが円滑にできるよう
 になった、というサラリーマンの人もいました。変な話、男性にとっての恋愛リハビリ
 やトレーニングの場になっているかもしれません。
・現在進行形で取られている対策は二つある。一つは、法令に違反する営業やサービスを
 行っている店舗の摘発。もう一つは、JKビジネスで働く未成年の少女に対する補導強
 化だ。いずれも「JKビジネスを行う店舗や少女の供給を減らす」という視点からの対
 策である。こうした「供給を減らす」対策は、表面的には有効だが、問題の根本的な解
 決にはならない。そもそも「供給元」を特定するのが難しい。
・同じ店の同じ個室の中でも、時間帯や場の雰囲気、働く少女の相手の客にとって合法な
 行為と違法な行為が複雑に入り混じって行われているので、線引きや立証が難しい。供
 給元自体が不透明でかつ不確定であれば、供給を減らすための対策は効果が薄い。仮に
 現場で違法な行為が行われているとしても、店側が「未成年は雇っていない」「雇用関
 係はない」「本番の指示はしていない」等の建前を貫けば、確固たる証拠が無い限り、
 それ以上警察は追及できない。「男性客と女性との自由恋愛」という建前で本番行為が
 黙認されているソープとおなじような構造だ。 
・最近では、店舗を芸能事務所にすれば摘発されないから、アイドルカフェやアイドルリ
 フレにしようという動きもあるそうだ。
・今後、ますます「JKビジネス」や「児童買春」の定義や境界は曖昧かつ不透明になっ
 ていき、それに伴って「供給を減らす」対策はますます困難になっていくだろう。そう
 考えると、「供給を減らす」対策には限界があることがわかる。
・売買春を巡る法的処罰の現状には、大きなジェンダー非対称性がある。例えば17歳の
 少女が年齢を19歳と偽ってツイッターで援助交際相手を募集した場合、買春防止法違
 反になり、補導の対象になる。実際に多くの少女が補導されている。彼女がそうした勧
 誘を行う背景には、当然ながら援助交際の相手方になる男たちの存在があるわけだが、
 売春の相手方になることについては、売春防止法には罰則がない。また男性側が相手の
 少女が18歳未満であることを認識していなければ、児童買春罪は成立しない。青少年
 健全育成条例違反についても、原則として相手が18歳以上だと信じたことについて過
 失がなければ処罰されない(ただし多くの自治体では、住民票の写しや免許証等の公的
 書類での年齢確認を義務づけている。口頭で年齢や生年月日を尋ねただけでは確認した
 とはみなされない。確認を怠って18歳未満の児童と淫行すると、過失でも青少年淫行
 罪になる。現実には無過失で無罪になるのは容易ではない)。
・JKビジネスというグレーな空間の中で児童買春まがいの行為をしている男性を逮捕す
 るこは、現行犯でなければ極めて難しい。たまたま警察の捜査が入った時に店内にいた
 男性は逮捕できるが、それ以外の男性を逮捕することは、物理的にも法律的にも容易で
 はない。 
・援助交際をしている女子高生が補導された場合、彼女のスマホなどから男性客の連絡先
 が割り出され、事後的に逮捕につながることもあるが、お互いの連絡先を交換しない
 JKリフレであれば証拠が残らないので、そうしたことは起こりえない。
・性に関する社会問題については、私たちはどうしても「法律制さえすれば」と安易に考
 えてしまいがちであり、世論もその方向に傾きがちだ。しかし、法による対策は一般に
 考えられているよりもはるかに多くの制約と限界を有していることも、動かしようのな
 い現実である。
・「児童買春は交通事故のようなもの」という比喩を出した。より詳しく例えるならば、
 買春の視点から見た現代社会は、「不便かつ危険な車社会」=公共交通機関が存在しな
 いため全ての住民は自家用車で移動せざるを得ないのだが、道路が舗装されておらず、
 信号や標識もないために、各所で渋滞や交通事故が多発している社会である。車以外の
 公共交通機関の魅力とコストパフォーマンスを向上させて、多くの人が車での移動に依
 存しない状態になれば、交通事故の発生件数は確実に減らせるはずだ。
  
曖昧さの引力
・実際のJKリフレの現場には、18歳未満の現役女子高生はほとんどいない。「警察は
 百何十店舗あると言っているが、本当に現役が働いているところは数店舗です。そして
 大半の男性客は、特に未成年へのこだわりを持っていない。店舗も集客するためのツー
 ル、メディアの注目を集めるためのツールとして「JK」という看板を活用している部
 分があるはずだ。警察にしても、「青少年の健全な育成」という錦の御旗を振りかざす
 ための方便として、メディアで話題を呼びやすいJKビジネスに狙いを定めて、かなり
 強引な法解釈の下に摘発している感は否めない。
・JKリフレは、裏オプをしている女の子や店に当たる可能性、そしてその誘惑に負けて
 しまう可能性を考えれば、児童買春と紙一重の部分もある。不安定なバランスの上に成
 り立っている世界なので、一歩足を踏み外すと危険な方向に陥りがちだ。     
・結婚や出産に理想を抱きながらも現実とのギャップを感じ、結果的に交際相手を求めな
 い人が増えており、晩婚化や少子化の一因になっている。これだけ非婚化・晩婚化が進
 んでいる社会の中で、そもそも恋人を作ることが難しい、恋人を作ることに意義を見い
 出せない若年男性が多数存在しているからこそJKリフレという業態が成り立つ、とい
 う見方もできるはずだ。また「リフレに通うことは間違った行為で、現実世界で恋人を
 作ることこそ正しい行為である」という価値判断を安易に賞揚することはできない。仮
 に恋人の不在が理由の代替行為であったとしても、違法行為さえしなければ、リフレに
 通うこと自体は悪でも何でもない。
・本来であれば、学校や地域のコミュニティの中、そして適切な性教育を通じて、自然に
 若い男女がふれあい、カップルを作ってお互いに交際のスキルを磨くことのできるよう
 な文化であれば理想的なのだろう。しかし、残念ながら今の日本社会にはそうして文化
 がない。性教育の世界においても、避妊や性感染症に関する座学の講義が中心で、そも
 そも異性と出会うスキル、コミュニケーションを通じて信頼関係や性的関係を深めてい
 くためのスキルを学ぶ場を提供することは全くできていない。中には、健全な形で異性
 とふれあいを体験してもらうため、フォークダンスの実習を行っている学校もある。た
 だ公的な教育機関の中では、手をつないでダンスまでが限界で、それ以上のことはでき
 ない。 
・JKリフレは児童買春の温床になってしまう可能性も秘めているが、規制が進んで未成
 年がほとんど働いていない状況になった現在は、むしろ生身の女性と恋愛ができるレベ
 ルまで男性のコミュニケーション・スキルを底上げして、結果的に買春から遠ざける
 「教育機関」としての役割も担っているのではないだろうか。
・18歳未満の少女を働かせることを禁止した現行の「JK風リフレ」の店舗を、デリヘ
 ルと同じように届け出制にして公安委員会の管轄下に置いた上で、法令を順守して営業
 を行なっている限りむやみに摘発されないような環境を整えれば、健全な店や新規参入
 増えるだろう。そうなれば違法店の把握や摘発も進み、経営者が長期的な視野と社会性
 を持って営業することも可能になるはずだ。
・今必要なのは、JKリフレやそこに通う男性に一面的なレッテルを貼って批判すること
 ではなく、むしろJKリフレの存在を積極的に活用して、児童買春の防波堤にすること
 だ。
・JKリフレの特徴は「曖昧さ」にある。リフレは一見すると、制服を好むJKマニアや
 ロリコンの集う空間のように思えるが、それは必ずしも正確ではない。言語化できない
 欲望を抱えた男性、満たされない何かを抱えた男性を吸い寄せるブラックホールのよう
 な側面を少なからず有している。この「曖昧さの引力」こそが、JKリフレのみならず、
 テレクラや出会い系サイト・アプリなど、買春及び買春類似行為の行なわれている空間
 に共通する最大の特徴だと言える。そしてこの「曖昧さの引力」が働いている空間には、
 パソコンやスマホなどの携帯端末を通じて、いつでも・どこでも・誰とでも簡単にアク
 セスできる。そして、一歩間違えれば、いつでも・どこでも・誰とでも、思いがけず児
 童買春というダークサイドに引きずり込まれる可能性がある。
 
児童買春による不幸を減らすための提言
・2016年、フランス議会は「買春禁止法」を可決した。この法律は、文字通り買春=
 性的サービスに対価を支払う行為を禁止し、違反者に罰金を科すことを定めている。
 買春した男性には、売春する女性が置かれている状況についての講習を受けることも義
 務付けられている。この買春禁止法が制定された背景には、二つの目的があると考えら
 れている。一つは、性労働に従事する女性の保護。売春をはじめとする性労働は本質的
 に女性に対する暴力であり、性労働に従事している女性たちは被害者に他ならないとい
 う立場をとる。暴力や人身売買の被害から女性を救済するために、売春する側ではなく
 買春する側に罰則を科し、女性を保護した上で、売春をしなくても生活していけるよう
 な支援を提供していくべき、という考え方だ。
・ちなみにフランスでは、売春自体は合法である。売春宿の経営や公の場での客引きは禁
 止されている。売春を合法にして売春する女性を保護対象にする一方で、買春を違法に
 して買春する男性客に罰則を科する方式は、1999年にスウェーデンで始まった。
・性労働に従事する女性を「救済すべき被害者」としてみなしているが、現実は多様であ
 り、自由意志で主体的にこの仕事をしている人もいる。そうした現実の多様性を無視し
 て、女性側い一律に「救済すべき被害者」というレッテルを貼るだけ、男性側に一律に
 買春を禁止するだけでは、問題の解決にはつながらない。
・買春の禁止は売春女性の労働環境を悪化させ、全体的にマイナスの効果しかもたらさな
 いと主張する人たちもいる。規制することで売買春の現場が地下に潜ってしまえば、女
 性がどのような環境で働いているかが見えにくくなる。また買春が違法になることで、
 摘発を避けるために、男性客と女性との交渉の時間は人目のつかないところで短時間で
 行なわれるようになる。事前に十分なやり取りをしないままサービス開始となれば、ト
 ラブルが起こることは目に見えている。
・現代社会における買春の特徴は、以下の二つに集約される。一つは、買春にアクセスす
 るための手段、そして買春の行なわれる舞台が日常と地続きになっており切り離すこと
 ができないということ。もう一つは、買春の実態自体が極めて曖昧かつ不透明になって
 おり、線引きや規制が難しいということだ。社会のどこかに買春男性と売春少女の集ま
 る空間があり、そこに行けば両者を一網打尽にできる、というようなわかりやすい状況
 であれば話は別だが、インターネットのSNSという媒体を通して、自宅の部屋から、
 職場や学校から、ホテルや街頭から、いつでも・どこでも・誰にでも売買春にアクセス
 できる状況になっている現在、そもそも買春を行う人、買春が行われる場所、そして買
 春自体の定義や実態を把握すること自体が極めて困難になっている。
・仮に買春を違法行為として処罰対象にしたとしても、警察の人員や予算の制約もあり、
 全てを取り締まるのは不可能に近いだろう。
・日本においても、無店舗型性風俗店での本番行為がこれだけ蔓延しているのを黙認して
 いる警察が、わざわざ成人の男女の間で合意のもとに行われている売買春を積極的に摘
 発するとも思えない。
・日本で買春禁止法が成立したとしても、売春防止法と同様、効果のない「ザル法」にな
 ることは目に見えている。
・児童買春の是非を巡る議論には、@低年齢の子どもがセックスすることの是非、A低年
 齢の子どもが売春することの是非、そしてB売春そのものの是非、という三つの論点が
 ある。
・まず「@低年齢の子どもがセックスすることの是非」について考えてみよう。日本にお
 ける性的同意年齢(成人に認めている性的活動を行うに足る判断能力が備わっている年
 齢)は、刑法上では13歳になっている。国際比較でみると、13歳に設定している国
 は少数派であり、16歳に設定している国が圧倒的多数である。明治時代に制定された
 刑法では性的同意年齢を13歳に設定している一方で、1950年代後半から各自治体
 で制定された淫行処罰規定を含む条例は、性的合意年齢を18歳と設定している。すな
 わち、元々日本では低年齢でのセックスは日常的に行われており、特段タブーでもなか
 った。高度経済成長期以降の数十年間のみ、未成年のセックスをタブー視する価値観が
 一時的に普及した、というだけの話だ。そう考えると、13歳以上18歳未満の子ども
 が、自分の意志でセックスすることを法律や条例で一律に規制することは、実は歴史的
 にも国際的にも正当性がない。
・次に、「A低年齢の子どもが売春することの是非」について考えてみよう。低年齢の子
 どもが売春してはいけない理由は、身体的。精神的・社会的に未熟な存在であるからだ。
 未成年者は成人に比べて交渉力が弱く、売買春の交渉の場で対等な関係の場に立てない。
 その結果、不利な契約を結ばれたり、約束していない行為を強要させられたり、犯罪に
 巻き込まれたりする可能性がある。問題が発生した場合でも、成人とは異なり自力で解
 決することは難しい。そうした状況の中で、売買春に伴う金銭感覚の変容や、性愛関係
 に対する感受性や期待値及び自己評価の低下、そして性感染症や望まない妊娠などのよ
 って心身に大きなダメージを負ってしまう可能性がある。つまり、児童は身体的・精神
 的・社会的に未熟な存在であるからこそ、売買春の世界に立ち入らせてはいけない、と
 いう理屈だ。
・JKリフレの世界では、自分の親と同じくらいの年齢の中高年男性を手玉に取ってリピ
 ートさせるスキルを持った10代の女性はいくらでもいるし、むしろそうしたスキルを
 持っていないとリフレでは思うように稼げない。「子どもは大人に騙されやすいので、
 保護しなければならない」という意見は、大人の側のパターナリズム(余計なおせっか
 い)に過ぎないこともある。
・また高校生になれば女性の身体は性的に成熟するので、男性の性的欲求の対象になる。
 「子どもは性的な存在であってはならにあ」「あってほしくない」という道徳観を持っ
 ている大人は大勢いるが、道徳的な良し悪しはともかく、17歳の女子高生に対して成
 人男性が欲情すること自体は生物学的にも社会的にもごく自然なことであり、それ自体
 が悪であるわけではない。身体的には大人だが社会的には子ども、という二面性がある
 ために、児童買春の根絶は難しいものになる。
・裏を返せば、子どもの性的自己決定権をきちんと認め、青少年が試行錯誤を重ねながら
 性的コミュニケーションのスキルを磨くことのできる環境、及びそれを支援するための
 性教育プログラムを受ける機会が保障されていれば、相対的に児童買春のリスクは低減
 する。    
・スイスでは、16歳以上の個人売春が合法化されている。16歳以上であれば、性的自
 己決定権を持った存在としてみなされるわけだ。日本においては、女性の結婚は16歳
 から可能だが、18歳未満の少女が成人男性とセックスすることは条例で規制されてい
 る、という矛盾がある。       
・そこで、児童買春における「児童」の定義を、現行の18歳未満から女性の結婚可能年
 齢の16歳未満に変更して、かつ青少年健全育成条例の16歳以上に対する淫行処罰規
 定を撤廃した上で、性的自己決定権を育むことのできるような適切な性教育プログラム
 を実施すれば、児童買春の発生件数、及び児童買春によって不幸になる人の数は確実の
 減るだろう。  
・長野県では、行政・関係団体・県民の連携によって、罰則規定のある条例によらずに青
 少年を守るという姿勢を堅持してきたが、携帯電話や出会い系アプリの普及などに伴い、
 繁華街での見回りなどだけでは青少年が性被害に巻き込まれることを防げなくなったこ
 とを理由に、50年あまり続いた条例によらない県民運動に終止符が打たれることにな
 った。
・気の遠くなるような複雑性と不透明性の中で、たった一つ揺るぎない事実があるとすれ
 ば、それは「売春男性は、決して姿の見えないモンスターではない」ということだ。
 彼らはモンスターでも極悪人でもない、私たちとおなじ日常世界で暮らしている、ごく
 普通の存在だった。普通の男性が、誰でも感じるような心身のストレス、あるいは知的
 好奇心をきっかけに、たまたまSNSやJKビジネスにアクセスし、その中で一定の確
 率で未成年の少女と出会い、成り行きの中でセックスする。そこには「加害者/被害者」
 「搾取/被搾取」といった分かりやすい二項対立図式はない。
・しかしそのことを認めてしまえば、買春男性を批判する側は叩くべき敵と守るべき大義
 名分を失い、空中分解してしまう。啓発や規制強化では児童買春の問題を解決できない
 ことが自明になってしまうのは、それ以外の対策を事実上取れない行政や警察にとって
 も「不都合な真実」なのだろう。それゆえに、買春男性は「姿の見えないモンスター」
 「モラルの欠如した異常者」であり続けなければならなかった。
   
あとがき
・秋葉原は「社会的に弱い立場の人も楽しめる街」です。オタクやニートが集まって自分
 たちの好きなことをやっても、決して否定されない。秋葉原でメイドカフェが流行した
 理由の一つは、メイドであればご主人様である客を否定するような言動はしないからで
 す。それだけ他者に自分を否定されたくない人、裏を返せば他者から否定され続けてき
 た人が多いというわけです。   
・秋葉原は「私たちは「買われた」展に出てくるような少女たちが、メイドカフェやJK
 カフェで働くことで、逆に救われる可能性もある街です。メイドカフェには女性の経営
 者もいるので、うまくNPOや弁護士と連携できれば、そこから貧困少女や難民高校生
 に支援を届けやすくなるような仕組みが作れるかもしれない。   
・社会問題としての児童買春を解決するための試みは、メディアを介して被害者の声を物
 語化して発信し、買春男性や業者に対する罰則強化の提言を行う「空中戦」に終始する
 だけでなく、児童買春の舞台となっている地域における「地上戦」=地元の住民や業者
 と、互いの価値観や立場の相違を超えて連携した上で、共に問題の解決を目指していく
 方向へと舵を切れるか否かが、今後の課題になるだろう。
・AVや性風俗などの性産業には、二つのアキレス腱がある。一つ目は「労働」だ。AV
 女優や性風俗で働く女性は、実態は労働者に近いが法的には労働者ではない(業務委託
 契約に基づく個人事業主扱いになる)。それによって自由な働き方ができるというメリ
 ットはあるが、一方で働く上での基本的な権利が十分に保護されていなかったり、劣悪
 な環境での仕事や、不本意な契約に基づく仕事を強要された人を救済するための制度が
 ないデメリットもある。二つ目のアキレス腱は、「児童」だ。18歳未満の児童を働か
 せることは、性産業における最大のタブーである。児童の人権保護の重要性は言うまで
 もないが、児童が絡む事件が発生することによって法規制が一気に進んだり、国際問題
 にまで発展する可能性もある。
・児童買春の問題と向き合うためには、買う側の男性を知る必要がある。「児童福祉は買
 春男性に敗北した」という結論にならないためにも、彼らの論理と行動様式、そして買
 春が起こりやすい空間の分析を通じて、現場で働いている力学に介入していくこと。そ
 れ以外に、社会問題としての児童買春という分厚い岩盤う穿つための方法はない。