ホテルローヤル  :桜木紫乃

ラブレス (新潮文庫) [ 桜木紫乃 ]
価格:737円(税込、送料無料) (2020/2/24時点)

それを愛とは呼ばず [ 桜木紫乃 ]
価格:1540円(税込、送料無料) (2020/2/24時点)

蛇行する月 [ 桜木紫乃 ]
価格:590円(税込、送料無料) (2020/2/24時点)

硝子の葦 (新潮文庫 新潮文庫) [ 桜木 紫乃 ]
価格:649円(税込、送料無料) (2020/2/24時点)

誰もいない夜に咲く (角川文庫) [ 桜木紫乃 ]
価格:572円(税込、送料無料) (2020/2/24時点)

ブルース (文春文庫) [ 桜木 紫乃 ]
価格:682円(税込、送料無料) (2020/2/24時点)

霧 ウラル [ 桜木 紫乃 ]
価格:1650円(税込、送料無料) (2020/2/24時点)

氷平線 (文春文庫) [ 桜木 紫乃 ]
価格:649円(税込、送料無料) (2020/2/24時点)

ワン・モア (角川文庫) [ 桜木紫乃 ]
価格:528円(税込、送料無料) (2020/2/24時点)

砂上 [ 桜木 紫乃 ]
価格:1650円(税込、送料無料) (2020/2/24時点)

それを愛とは呼ばず (幻冬舎文庫) [ 桜木紫乃 ]
価格:660円(税込、送料無料) (2020/2/24時点)

ふたりぐらし [ 桜木 紫乃 ]
価格:1595円(税込、送料無料) (2020/2/24時点)

氷の轍 [ 桜木 紫乃 ]
価格:1760円(税込、送料無料) (2020/2/24時点)

無垢の領域 (新潮文庫) [ 桜木紫乃 ]
価格:693円(税込、送料無料) (2020/2/24時点)

風葬 (文春文庫) [ 桜木 紫乃 ]
価格:594円(税込、送料無料) (2020/2/24時点)

ホテルローヤル (集英社文庫) [ 桜木紫乃 ]
価格:550円(税込、送料無料) (2020/2/24時点)

星々たち (実業之日本社文庫) [ 桜木紫乃 ]
価格:652円(税込、送料無料) (2020/2/24時点)

裸の華 (集英社文庫(日本)) [ 桜木 紫乃 ]
価格:770円(税込、送料無料) (2020/2/24時点)

この小説は、2013年度の直木賞受賞作である。北海道の東部にあるラブホテルに関連
した6話の短編で構成されている。この6話は時間軸的には逆となっており、時間軸的に
並べ変えれば6話目が一番初めであり、1話目が最後ということになる。
それぞれが現実にありそうな話ばかりで人生の悲哀を感じさせられる。人が生きるとは、
もの悲しいものだ。

シャッターチャンス
登場人物は、美幸という女性と、貴史という彼氏である。二人は中学時代の同級生である。
彼氏は元アイスホッケー選手であり、北海道らしい設定となっている。二人は中学卒業し
て10年後、偶然同じ会社で一緒になり、付き合いが始まったが、身体を壊してアイスホ
ッケーを辞めた貴史は、未だのアイスホッケー選手時代の栄光が忘れられずにおり、美幸
との関係も、本心は真剣には考えていない。美幸はいわば「都合のいい女」的存在なので
ある。
そんな二人が、今では廃墟と化した「ホテルローヤル」の以前、女子校生とその先生が首
を吊って心中したという部屋で、エロ雑誌に投稿する写真を撮りに忍び込む。美幸は、
いやいやながら貴史の言葉に載せる形で撮影に応じたが、恋人のムード写真を雑誌に投稿
して、一旗揚げるのだと息巻く貴史を見て、「自分は大切にされていないのだ」というこ
とを感じ取り、だんだん気持ちが貴史はら離れていく。
 ・貴史がカメラを首にぶら下げたまま、体の奥へと踏み込んできた。顔すれすれで揺れ
  るカメラが怖くて両手でおさえる。シーツの押しつけられた背中に、ちりちりと痒み
  が走った。逃げようとするが、男も懸命に体を繋げてくる。美幸の体から力が抜けた。
 ・顔などレンズの端にも写っていないようだ。男がひたすら写し続けている亀裂の内側
  に、どうあがいても埋められない空洞がある。美幸はそこに何が潜んでいるのか確か
  めたくて、自分の指先を沈めた。
 ・すべての音が消えて、男の喉仏が上下する。空洞は、男の欲望のかたちをただ忠実に
  内側に向かって広げているだけだった。 
  
本日開店
幹子というお寺の住職に嫁入りした30代の女性を中心とした物語だ。幹子は傾いたお寺
を経済的に支えるために、定期的に檀家たちに体を提供して支援をもらっている。嫁いだ
先の住職は男として不能であった。
 ・寺を維持していくためには檀家の支援が不可欠だ。寺は檀家のものであり、住職や大
  黒は檀家の先祖を守るものとしてそこに住まう。
 ・3万円というのは、関わりを持った檀家筋の4人が決めた額だという。10年間変わ
  らない。 
 ・「容姿は心の美しさとは逆のところに」という言葉を思い出した。20代の終わりに
  さしかかり、心の美しさを見てもらうまでにどれだけ時間をかければいいのかわから
  なくなっていた。心より先に体を開くことを覚えたあとは、余計にひとの心の在処が
  わからなくなった。
 ・今まで幾度となく檀家衆に開いていた体が、今日を境にひとまわりちいさくなったよ
  うだ。
 ・目を瞑ると昼間のできごとが全身に戻ってくる。遠慮がちな指先が体に滑り込んでく
  る。困った。
 ・今日のできごとは奉仕ではなく快楽だ。身なりも物腰も立派な佐野に、困惑されなが
  らも普通に抱かれた。老人たちの要求どおりやってきた今までとは違う。今日は「普
  通の女のように」抱かれたのだった。これは大黒の仕事ではない。
 ・幹子はベットの脇に正座して、縁に腰掛けた青山の下履きの上から脚の付け根や中心
  をさする。青山の、わずかに芯を取り戻しつつあったものが力を失った。幹子は青山
  を元気づけようと、下穿きの内側へ指先を滑り込ませる。幹子の手に、間の抜けた欲
  望の残骸が触れる。老人の欲望は一瞬芯を持ち、すぐに力を失った。青山はそれで満
  足したようだった。    
 ・男の目を覗き込んだ。男の濡れたまつげが幹子の頬に触れ、なだれ込むように快楽へ
  の穴へと引きずり込まれた。しかし、目が覚めるとその男は幹子のなけなしの金を持
  ってホテルローヤルから姿を消した。
 ・ホテルローヤルの建てたあの男は一級品の馬鹿だったんだなぁ。死ぬ間際にカチッと
  眼を開いて「本日開店」って言ったんだ。そのあとぷっつんと息が止まった。看取っ
  たのは元の女房だったが、最後の最後に遺骨は要らないと言い出した。元の妻はホテ
  ルの開業が原因で別れていた。
 ・佐野の冷静さはとりわけ恐ろしかった。そのくせ受け入れた部分に力が入ると、彼の
  動きが止まる。佐野の快楽に多少でも火がついたことがわかったあと、幹子は意識的
  に腰に力を入れた。 
 ・幹子の胸に、毎月違う快楽が訪れる期待と、暗い草地にむかってたたずんでいるよう
  な不安が交互に押し寄せた。佐野の代わりに、今日は誰がやってくるのか。幹子の扉
  も開き始めている。
 ・住職はもう、檀家の代替わりが幹子にもたらした快楽に気づいているのだ。
 
えっち屋
登場人物は、父からホテルローヤルの運営を引き継いだ雅代という女性。雅代の父とは、
最後の死ぬ瞬間に「本日開店」と叫んで死んでいった男だ。雅代がホテルローヤルを父か
ら引き継いだ時には父がホテルローヤルが建ててから30年が経っていた。
 ・雅代の父は、それまでの家族と仕事を捨てて、身ごもった愛人と始めた商売はラブホ
  テルだった。
 ・雅代の父の愛人だった母親は、飲料メーカーの配達員と一緒に町を出たようだ。元愛
  人が愛人を作って家を出て行った。
 ・雅代の母が家を出て雅代がホテルの管理をするようになってからは、父は滅多に事務
  室のこなくなった。
 ・ホテルローヤルは、3月末にひと組の客が心中事件を起こしてから1か月ほどは週刊
  誌や写真雑誌の記者が心中事件の起きた「3号室」を目当てに訪れたが、あとはぱっ
  たりと客足が途絶えた。
 ・父の母も雅代自身も、ホテルを経営していたというより「ホテルローヤル」という建
  物に使われ続けていたのだと気づく。借金まみれの建物は毎日金を生んだが、そのぶ
  ん支払いに追われた。昼も夜もない暮らしは当たり前だった。客は日が高くても夜を
  求めてここにくる。後ろめたさを覆う蓋に金を払う。
 ・床の建材をケチったのか、それとも欠陥なのか、客室で喘ぐ女の声は通用廊下に
  筒抜けだった。ベッドで暴れる客がいると、廊下の天井にある通気口の蓋が振動でず
  れてしまうのが厄介だった。 
 ・客たちが日常を抜け出す理由も、体を繋ぐ意味もわからなかった。部屋で絡まり合っ
  ていた男や女は、いったいここで何を考えていたんだろう。
 ・雅代はいくら内線電話を入れても応答のない3号室にやってきた春のことを思い出し
  た。手を繋いでベッドで仲良く転がっていた、セーラー服とスーツ。そこそこ客の入
  りがあった3連休の最終日に、まさか自分が心中事件の第一発見者になるとは思わな
  かった。こんな場所で死ぬなんて馬鹿なふたりだ。ベッドを見下ろす。道南からやっ
  てきた教師と女子高生だった。 
 ・男も女も、体を使って遊ばなきゃいけないときがある。けれど、ふたりのそれは今日
  じゃない。男には、勢いだけでは越えられない何かがある。
 ・ぐるりと3号室を見回した。心中事件の後は壁紙も張り替えたしベッドも換えた。そ
  れでも記憶を消せなかった。人の記憶も同じだ。いつまでも、必ず誰かがここで起き
  たことを覚えている。 

バブルバス
登場人物は、日々の暮らしに追われる中年夫婦。母親の新盆の墓参りに住職に予約を入れ
ていたが、住職のスケジュールの手違いで住職は墓地に現れず、予約をキャンセルして、
お布施代として準備した5千円で妻が夫を誘ってホテルローヤルの門をくぐった。
 ・「いっぺん、思いっきり声を出せるところでやりたいの」
 ・思い出すのは結婚式場が用意した、挙式・披露宴・新婚旅行パックだった。南国の景
  色を眺めながらバブルバスにふたりで沈んだ。観光なんかそっちのけで、3泊4日昼
  も夜も、ずっと体をなめ合って過ごした。顔は並以下でも、あの頃は誰に見せたって
  恥ずかしくない体を持っていた。泡の中に体を沈めると、お金がなくても幸せだと錯
  覚できたあのころの自分が、ひどく哀れに思えてきた。
 ・すべて泡の下のできごとだった。指先がなぞる場所のひとつひとつに電流が走る。目
  の前には泡。泡しかなかった。声がひとつ、ふたつ、漏れた。泡が波打ち、揺れる。
  泡の下で繋がっている体も、快楽を手放すまいと揺れ続けた。
 ・ベッドに移り脚を大きく開くと、再び体を繋げた。つよい波が打ち寄せるたびに、声
  をあげた。欲望も声と同じく成長していく。今までに一度だってこんな大声を出した
  ことなどなかった。自分の声を助けにひたすら欲望を太らせる。向かってくる夫の体
  の奥へ奥へと突き進んでいく。
 ・芯が熱く熟れて、いっとき浮かんだ考えも吹き飛んでしまった。もう、誰に見られて
  も声を聞かれても、止まらない。欲望の綱引きは、喉が渇き声もかすれたころ、唐突
  に終わった。
 ・「5千円でも自由になったら、私はまたお父さんをホテルに誘う」あの泡のような2
  時間が、ここ数年でいちばんの思い出になっていた。

せんせぇ
登場人物は高校の数学教師の野島と教えの女子高生の佐倉まりあ。野島は1年前から単身
赴任をしていた。野島は妻が高校時代の担任と20年間にわたり関係を続けていることが
わかったのが1年前、妻を紹介してくれたのも、快く仲人を引き受けてくれたのも、同時
の勤務校の校長、今となっては間男、だった。
 ・18才から続いたいた関係を、たかが5年夫婦をやっていた男に知られたくらいで終
  えられるものだろうか。
 ・「せんせぇ」甘ったるい声がする。目を開けた。浴衣の前を広げ、まりあが裸をこち
  らに向けていた。寸胴のくせに、制服を脱いだ体は手も脚も驚くほど長かった。めり
  はりのない胴と肉付きの悪い太ももが、余計に脚を長く見せている。
 ・かぞえきれないくらいの人間が、改札に吸い込まれては吐きだされている。野島には
  それが、連休が終われば何ごともなかった顔で日常に戻っていける資格を持った人々
  に見えた。自分はその流れに足を踏み出すことができない。野島はみどりの窓口へ行
  き、釧路行きの乗車券を2枚買った。1枚をまりあに渡す。

星を見ていた
登場人物はホテルローヤルで掃除婦として働く60才のミコと48才の和歌子。   
 ・ミコが、世の中のおおかたの夫婦が毎日体を繋げる生活などしていないことを知った
  のは、ホテルローヤルに勤め出してからだった。 
 ・羨ましい生活だ。わたしもたまには掃除しなくてもいい部屋で思いっきりセックスし
  たいものだ。「3日に1回って、多いのかい」「多いに決まっているじゃん。この汚
  しかたを見なよ。立派な変態だよ」細い目を目いっぱい開いて言う和歌子に、そうか
  そうかと笑って応えた。そんな会話のあと、ミコは毎日毎晩下着の中のものを大きく
  して妻の帰りを待っている夫の姿を思いだし、脇から冷たい汗を流したのだった。 
 ・ないでも笑っても、体を動かさねばならない毎日は続く。黙々と働き続けるしかない
  毎日だ。時間が金になり、その金でぎりぎりの生活をする。 
 ・「誰も恨まずにいきてけや」母親が死ぬ間際に言い残したひとことも、上手く理解で
  きなかった。誰をどんな理由で恨めばいいのかわからなかった。 
 ・ミコは日に何度も母の教えを思い出す。「いいかミコ、おとうが股ぐらをまさぐった
  ら、なんにも言わずに脚を開け。それさえあればなんぼでもうまくいくのが夫婦って
  もんだから」夫仲良く暮らしていられるのも、母の教えをひたすら守っているお陰だ
  った。
 ・夫が温まった体を重ねてくる。時計は午前1時にあと数分。いつものように両脚を開
  くと、唾液でぬらした夫の先端が体の中へ入ってきた。少し痛いが、なんというこ
  とはなかった。我慢していればすぐに終わる。夫に優しくしてもらえるのも、この時
  間があるからだとミコは信じている。みんな、ここから生まれたりここで死んだりし
  ている。体の内側へ続く暗い道は、一本しかないのに、不思議なことだった。
 ・「いいかミコ、なにがあっても働け。一生懸命に体を動かしている人間には誰もなに
  も言わねぇもんだ。聞きたくなえことには耳をふさげ。働いていればよく眠れるし、
  朝になりゃみんな忘れている」
   
ギフト
登場人物は後にラブホテル ホテルローヤルを作ることになる看板屋をしている42才の
田中大吉と後に田中の愛人になる団子屋で売り子をしている21才のるり子。
 ・未知の商売に色気をだす大吉には、旨い話の旨い部分しか目に入らない。女房の反対
  もそっちのけで、実現可能な「夢」に溺れてしまう。自分がやらなければ、誰がやる。
  大吉は自分がその誰かより格下の男でいることに我慢ならない。
 ・るり子に「おとうちゃん」と呼ばれると、悪い気はしなかった。頼りない小動物を庇
  護しているような気分になる。この娘に旨いものをいっぱい食べさせるという目標を
  前に、大吉は身震いする。家に戻れば平穏な家庭があって、若い女にも同じくらいい
  い暮らしをさせる。社長と呼ばれる、気分よく暮らす毎日を夢見た。
 ・湿原の景色をいつまでも眺めていたかった。大吉は草の上にしゃがんだ。霞む阿寒の
  山々をじっと見つめる。るり子も横にしゃがみ込んだ。まあるい尻をそっと撫でる。
  周囲は草原。眼下に湿原。ほかにはなにもない。こんな景色を見ていたら、嬉しくて
  さびしくて、やっぱり女の体にうもれたくなってくる。   
 ・覚悟という言葉を使った照れがそうさせるのか、それとも崖っぷちにいる高揚感がも
  たらすものなのか、欲望が前へ前へとせり出してくる。るり子のスカートを腰までた
  くし上げる。真っ白な太ももが太陽の下に露わになった。膝まで下げた下着の白さが
  眩しかった。四つん這いのるり子の内側へと腰を腰つける。ふたりの体で温まっ夏草
  のにおいが、あたりから立ちぼる。欲望をすぐに天頂に届き、大吉のまぶたの裏を真
  っ白に染めた。   
 ・幸せもするなんて無責任な言葉、どこで覚えたの。そんなもの、生活をちゃんと支え
  てから言いなさいよ。幸せなんてね、過去形で語ってナンボじゃないの。これから先
  のことは、口にださずに黙々と行動で証明するしかないんだよ。義父のつっかけサン
  ダルが大吉の左肩を蹴った。自分を取り巻く景色を整える男には、冒険心も野心も、
  面白みもないのだと大吉は自分に言い聞かせた。