炎情−熟年離婚と性  :工藤美代子

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夫に死んでほしい妻たち (朝日新書) [ 小林美希 ]
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夫とは、したくない。 セックスレスな妻の本音 [ 二松まゆみ ]
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シングルママの極楽貧乏生活 WEBはわたしの強?い味方 [ 天竺浪女 ]
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妻は他人 だから夫婦は面白い [ さわぐち けいすけ ]
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まったくの他人だった男女がある日から一緒に暮らすという結婚生活が長く続くには、お
互いの価値観が近いということが、重要なポイントなのではないか思う。
ひと口に価値観といっても、いろいろな面での価値観がある。金銭面での価値観や食べ物
や嗜好などの価値観などいろいろだ。
その中には当然、「性」に対する価値観もあるだろう。お互いにセックスに対して積極的
であれば、充実した性生活を満喫できるだろう。逆に、お互いにセックスに対して淡泊で
あれば、それはそれでいいように思う。
問題は、片方がセックスに積極的なのにもう一方が淡泊な場合だ。この場合は、お互いに
不満が溜まっていくことになるだろう。そういう場合には、積極的な側は他の方法で解消
していくしかないだろう。
セックスなんかしなくても死ぬことはないから我慢すべきだと思う人もいるだろうが、性
欲も食欲などと同じで、そう簡単には我慢できないものである。我慢でなく解消させるし
かないのだ。自分なりの解消方法を見つけ出していくしかない。
そういうことを考えると、性風俗産業なども、端から「悪」と決め付けるわけにはいかな
いような気がする。
この本に登場する夫婦は、五十代から六十前後の夫婦がほとんどだ。この年代になると男
も女も、どういうわけか、それまでの自分の人生を振り返ることが多くなる。人生の残り
の時間を意識するようになるからなのだろう。
ただ、六十歳前後の年齢になって「女としての残された日々を燃焼させたい」という気持
ちを持つのは、何も女だけに限られたものではないと思う。その年代になると、男だって、
「男として残された日々を燃焼させたい」思う男も少ながらずいるのではないかと思う。
それは女だからとか男だからという問題ではないような気がする。女であっても男であっ
ても六十歳前後という年齢になると、自分の人生の残り時間を意識するようになる。そし
て、このまま人生を終えていいものかという、あせりみたいなものを感じるのは、男女に
関係なく同じなのではないだろうか。そしてそれは、なにもセックスがらみからくるもの
ではないはずだ。
しかし、この本に登場してくる離婚の例をみただけでもわかるように、夫婦の離婚の原因
というのは多様だ。この本では、話の内容を面白くするために、なにかとセックスに絡め
る傾向があるが、セックスだけが原因で離婚になるケースは稀だと思う。ギャンブル依存
症や家庭内モラル・ハラスメントなど、いろいろな原因が重なって離婚に至るのが普通だ
ろう。子供のことや世間の目を気にして、耐えに耐えた末に離婚というのは熟年離婚の真
相ではないだろうか。
それにしても、ここに登場してくる熟年離婚した夫婦の多くは、一般的にみて社会的地位
が高い人が多く、経済的に恵まれた人たちばかりのような気がする。だからこそ、熟年離
婚しても困らないのかもしれない。そうでない普通の人たちであれば、熟年離婚した途端
に、経済的に生活が立ち行かなくなるケースが、ほとんどではないだろうか。それを考え
ると、この本に登場する熟年離婚は、恵まれた人たちの話だということも、認識しておく
必要があるかもしれない。
よく熟年離婚の原因として「性格の不一致」ということがあげられるが、これは「性格の
不一致」ではなくて本当は「性の不一致」なのだという人もいる。たしかに、夫婦間の性
生活がうまくいかなければ、だんだん夫婦間の愛情も冷えてくる。それがやがては「性格
の不一致」に発展していくのかもしれない。
でも、逆も考えられる。夫婦間の「性格」が合わなければ、「性生活」においても、だん
だんしっくりいかなくなる。「性」が先か「性格」が先か。これはなかなか難しい問題で
はないかと思う。
私自身は、「夫婦は元々は赤の他人。一時的に流行り病で高熱を出したときはあったが、
その高熱はいつまでも続くわけではない。高熱が下がったとき、元々は赤の他人なのだと
いうことを、お互いに肝に銘じて、良い関係が続くよう日々努力を続けないと、夫婦は続
かない」というのが自論だ。元々は赤の他人なのだから、価値感や考え方、性格の不一致
があって当然なのだ。夫婦だからといって、お互いに最低限度の礼節は必要だ。夫婦だか
らといって、何でも許されるし許すべきだというのは、単なる甘えの他ならない。相手に
期待し過ぎては、ダメなのだ。お互いに欠陥を持ち合わせた赤の他人同士なのだ。それを
お互いに受け入れていかないと、夫婦を続けていくことはできないと思うのだ。

ところで、この本の中に「ペッティング」という懐かしい言葉が出てくるのだが、言われ
てみると最近はこの言葉はあまり目にすることはない。自分が少年の頃は、この言葉を目
にしただけで、もう頭に血が上って胸がときめいたものだったが、最近の若い子たちには、
もうこの言葉は死語になっているのだろうか。
自分が少年だった時代とは、いまの時代はもうすっかり変わってしまったことを実感して
しまった。今考えると、当時の時代のほうが、純朴でわくわく感がいっぱいだったような
気がする。今の時代は情報過多の時代だ。何でも最初から情報が入って来てしまい、わく
わく感が少ないような気がする。最初から好奇心が奪われてしまうのだ。私は懐古主義者
ではないが、もっと「欲しがりません、勝つまでは」の精神があってもいいような気がす
る。今の少子化問題も、こんなところに原因があるのかもしれないと思った。

女が悔いの無い人生を求めるとき
・巷間よくいわれているが、離婚後の女性が夫の年金の半分をもらえるようになったため
 に、熟年離婚が劇的に増えているという説だ。この点について私は、いささか懐疑的で
 ある。厚生年金の額というのは、それだけでは二人がやった何とか食べていけるくらい
 であり、けっして多額ではない。それを半分にしてしまったら、どうやって一人で生き
 ていけるのだろうか。
・多くの主婦は夫と共有する持ち家以外は、わずかな貯金しかなのが現実である。だから
 年金だけが離婚の引き金になるという解釈を私はあまり信じていない。短絡的すぎるの
 だ。
・実は年金よりも、もっと大切な問題が熟年離婚には潜んでいる。それは女性が残された
 時間を、より自由に有効に使いたいという欲求である。高齢化社会となった現代におい
 て、女性の生き方の選択肢が増えているのはまぎれもない事実だ。離婚するにせよ、思
 いとどまるにせよ、女性が悔いのない生き方を求めるのは当然のことだろう。
・たまたま、日本の熟年女性が人生の設計図を引き直す作業を開始し始めた時期に、年金
 問題も顕在化した。その時期が重なったために、つい年金分割ばかりに視線が注がれが
 ちだが、これは偶然だったのではないだろうか。つまり、年金問題がなくても、団塊の
 世代が定年を迎えるにあたり、熟年離婚は増加を始め、これからも増え続けると私は感
 じているのだ。 
・なぜ彼女たちは新しい人生を歩む決心をしたのか。その原因に性の問題が含まれること
 を、私は聞き取り調査の中で実感した。今まで、あまり語られてこなかったことだが、
 性の問題を抜きにしては熟年離婚はありえないのではないかとさえ思った。
・かつて女性たち閉経を迎えるとともに、セックスをしなくなるのが当然と思われていた
 時代が長く続いた。しかし、その認識が今やまったく変わってしまった。五十代、六十
 代になっても女性は生々しく女という性を生きている。セックスにも積極的である。だ
 からこそ、熟年離婚も従来のように、ただ、倫理観や経済的な視点でのみ語られるべき
 ではないのだ。 
・聡子さんは、夫は自営業で、子供が一人いるがもう結婚して家を出ている。現在五十三
 歳で、結婚歴は二十七年だ。
・夫婦の間がうまくいかなかったのは新婚当初からだったという。しかし、すぐに女の子
 が生まれたため、離婚はあきらめようと自分にいい聞かせた。しかし、一昨年の春にた
 った一人の娘が結婚して、独立したとき、聡子さんは、何かがふわっと全身から抜けて
 ゆくの感じた。
・不思議な現象が起きたという。それまでは普通に洗濯をしていた夫の衣類が汚く見えて
 触りたくない。朝食の後、夫が食べたご飯茶碗を洗うのが苦痛になった。
・主人はある晩、ビールを飲みながら私に聞いたんです。お前はどうしてそんなに不機嫌
 なんだ。俺のどこが不満なんだって。私はそれまで、主人と離婚することまでは考えて
 いなかったんです。嫌だけで、我慢してやっていくつもりだったんです。でもねぇ、こ
 んな奴のために私の人生が終わっていいのかって、ふっと天から降ってくるみたいに、
 離婚という二文字が頭に浮かんだんです。
・台所は彼女の逃げ場だった。ここへは入るものではないと六十歳の夫は決めている。と
 ころが、この日にかぎって、夫は台所まで追いかけてきた。「俺はお前を殴ったことは
 ないし、余所に女がいるわけでもない。金に不自由だってさせてない。それで感謝しな
 い女は、もううんざりだ」
・先に離婚をいい出したのは夫だった。「このとき私は勝ったと思ったの」と聡子さんは
 笑った。  
・長い間、専業主婦として生きてきた聡子さんは、キャリアはない。大学を卒業すると保
 険会社の事務職として勤めたが、そこの上司の紹介で見合いをして結婚してしまった。
 だから結婚後の生活に関する不安は残る。「私は、できれば再婚したいと思っています。
 得意なことは何かと聞かれたら、やはり家事しかありません。料理の腕にはちょっと自
 信を持っています」
・「あれば結婚して初夜を迎えた翌日のことでした。私はそれまでに男の人を知らないわ
 けじゃなかったんです。一度だけ学生時代に同じサークルの先輩とそういう関係になり
 ました。でも一回で捨てられたんです。理由はまったくわかりませんでした」
・「無事に初めての夜を過ごして、私は幸せな気分でした。ところが朝になって、ベッド
 の書かで主人がつぶやいたんです。「いやあ驚いたな。君は僕が初めてじゃないだろう」
 と唐突に言われて、私はどきっとしましたが「あなたが初めてです。信じてください」
 と言いました」  
・「そうしたら、主人は枕の頭を載せたまま天井を見ながら「君のあそこはベロンとして
 て大きくて、子供を三人くらい産んだ女のオマンコみたいだ」と、いかにも失望したと
 いうふうにいため息をついたんです」
・聡子さんは夫の言葉を聞いて、頭を殴られるような衝撃を受けた。自分の女の部分など、
 見たこともなかった。まして他の人と比較のしようもなかった。ただ、たった一度のセ
 ックスで去って行った大学時代の先輩のことが急に思い出された。もしかして、自分の
 性器は奇形なのだろうか。絶望感が彼女を襲った。
・それ以後は夫が体を求めてきても喜びを感じることはなかった。ただ、妻の義務だと思
 って応じた。そして、今、五十代になってみると、結婚初夜の翌日に、あんな無神経な
 言葉をぶつけた夫が許せないと感じるようになった。 
・人間の顔が千差万別のように性器だっていろいろだ。その美醜にこだわる聡子さんの夫
 は異常だと思えた。 
・日本の整形外科は豊胸手術とか顔の美容整形は扱っているが、性器の整形を宣伝してい
 る病院は見つからない。ところが、韓国には性器の整形をしてくれる病院があると聞い
 た。
・聡子さんの夫に、もう少しまともな常識があり、相手に対する思いやりがあったら、二
 人の熟年離婚は避けられたかもしれない。そう考えると、人間はなんとくだらない迷信
 にとらわれているのだろうと思わざるを得ない。男性の性器の大きさや形に関しても、
 まことしやかにその善し悪しを論じる人がいる。だが、あんなものはお互いの相性であ
 って、形状は関係ないといえる。

女としての時間を燃焼させたい
・多美子さんは現在六十二歳、ファッション関係の仕事をしている。彼女の夫はブティッ
 クを経営していた。慶應大学出身で、いかにも育ちの良いお坊ちゃんという風貌の人だ。
・ところが、夫には多額の借金があり、ついには田園調布にあった豪邸を手放すまでにな
 った。 
・ブティック経営とはいっても実態は赤字だった。それなのに店を閉めない。家に生活費
 は一円も入れなかった。ただ見栄のために店をやっているようなものだった。もっと地
 道な仕事に就いてくれと何度いっても夫は聞く耳を持たなかった。そして、妻に内緒で
 高校時代の同級生の女性から三百万円を借りていたのだ。結局、多美子さんは自分の貯
 金から三百万円を払った。
・「主人とは五十歳のときから、もうセックスはしていなかったわ。そして最後に私がセ
 ックスをしたのは六十歳のときだった」それだけいうと多美子さんは話題を他に移して
 しまった。
・「彼とは十七年続いた仲だった。彼は私より五歳歳下だった」多美子さんは夫に対して
 まったく罪悪感を持たなかったという。夫もそれまでに何度か自分を裏切っていること
 を知っていたからだ。多美子さんは五歳歳下の彼に夢中になった。セックスの相性は抜
 群だった。スポーツで鍛えた身体は逞しく、セックスは激しかった。
・だからといって、夫との関係が終わるわけではなかった。夫とも定期的にセックスはし
 ていた。 
・「あの人は私が心底好きになった人ですもの。彼の子供がほしいとまで思った。そんな
 こと思ったのは始めてよ」
・多美子さんの離婚の背景には、やはり彼の存在が大きかった。今は社会的な立場にあっ
 て自分と結婚できないが、この先彼が仕事をリタイヤしたら、一緒に暮らせる可能性は
 あると多美子さんは思った。
・それだけに去年の夏に彼が急逝したのはショックだった。まだ五十六歳の若さで突然の
 死。二人の関係を知っているのは、ほんのわずかは友人だけだった。
・私には六十歳近くになってから離婚した彼女の気持ちが痛いほどわかる。それは女の残
 り時間の問題なのだ。たしかに多美子さんはいつも最新のファッションを身いまとい、
 週末はテニスを楽しみ、芸能人との交流もある。海外出張も多くて華やかな日々を送っ
 ている。それでも歳を重ねていくことは止められない。もしも私が彼女の立場で、すで
 に愛情のなくなった夫がいて、一方に燃えるような思いを寄せる恋人がいたら、間違い
 なく恋人のほうを選ぶだろう。自分の女として残された日々を燃焼させたいと願うにち
 がいない。 

妻が浮気現場に踏み込むとき
・もしも、自分の夫に他の女がいるとわかったら、私はそこに乗り込んで行く勇気がある
 だろうか。そこで二人が同衾していたら、その布団をひっぱがすような根性があるだろ
 うか。
・多分できないだろう。生まれつき小心者だから、大胆な行為はできっこない。およそ恋
 愛に関しては、いつも自信がなくて、積極的に出るのは無理だと自分ではわかっている。
 夫が他の女にこころを奪われたら、悲しくて泣くだろうけど、相手と闘うだけのエネル
 ギーはこちらにはない。ただ無慚に敗北するだけだ。そう考えると悔しいが、自分の甲
 斐性がないのだから仕方ない。
・容子さんは現在五十四歳で、結婚して二十七年が経つ。子供たちも育ったところで、小
 さな貿易会社の経理部に就職した。一歳年上の夫は、外資系の会社のサラリーマンで、
 二年ほど前から子会社の専務として出向している。
・セックスに関して、夫は淡泊なほうだと容子さんは思っていた。四十歳くらいから、も
 う指一本触れてこなかった。
・容子さんは、夫がセックスをしないのは、単に仕事で疲れているからだろうと思ってい
 た。夫が女性にもてるかどうかなどと考えてみたこともなかった。
・夫は夫であり、常に家の中心にいる。そこで子供たちと平和に暮らしているのだから、
 満足だったし、セックスなどは、たいした問題ではないと思っていた。
・しかし、ある日突然、夫から離婚を切り出された。  
・夫の帰りは相変わらず午後十一時過ぎだった。しかし、これは離婚話が出る前からそう
 だった。いつも仕事や接待で忙しいのだと彼女は信じていたのだが、どうやらそれだけ
 はないらしいと、ようやく気づいた。
・ある日、夫が胃痙攣で突然入院したとき、容子さんは夫の所持品を徹底的に調査した。
 ケイタイから愛人の存在はすぐに判明した。愛人と思われる相手の女性の住所は、容子
 さんの家から歩いて数分の距離だった。
・容子さんは急いで、夫の所持品の中にあった見慣れない鍵の複製を近所のスーパーで作
 った。
・その複製した鍵を持って容子さんがそのアパートに着いたのは、夕方六時頃だった。
 容子さんが当初想像していたのは、夫がだらしない恰好でビールでも飲んている姿だっ
 た。ところが、全然違っていた。容子さんは驚いて足がすくんで動けなかった。
・自分の夫が他の女の後ろからペニスを挿入している姿だった。それも、普通のセックス
 じゃない。相手の女がセーラー服を着ていた。一瞬、夫が高校生とやっているのかと思
 った。でも、こっちを振り向いた女の顔にはしっかり化粧がしてあって、どう見ても三
 十代半ばはいっている女だった。 
・女性はセーラー服の前をはだけて片側だけ乳房を出して、プリーツスカートを後ろから
 めくり上げたまま後背位でセックスをしていたのだという。しかもベッドの上ではなく、
 台所の床に手をついていた。なんとも異様な光景に容子さんは言葉を失った。
・黙って容子さんは自宅に帰り、一人で泣いた。自分の夫は変態だったのかと思うと、そ
 んな夫と連れ添ってきた自分が惨めだった。まして夫に未練を感じる自分を許せなかっ
 た。 
・その晩、帰宅した夫に一言だけ言った。「明日、離婚しましょう」

夫の死を願うのにはワケがある 
・ことの発端は五年前だった。当時五十七歳だった夫が脳梗塞で倒れた。それまでは、二
 人はごく普通の夫婦だった。若い頃には夫は仕事の関係で長くヨーロッパに在住してい
 た。だから一人息子は語学が堪能で、今では一流企業に就職している。
・夫は驚異的な回復力を見せて、この世へと戻ってきた。しかし後遺症は残った。左半身
 が麻痺したのである。会社は温情措置で、社史編集室という閑職にまわしてくれ、定年
 まで毎月給料をくれた。 
・その時期は妻の真利子さんも必死になって夫を支えた。一人息子が立派に育ったのは真
 利子さんの誇りでもあった。 
・セックスは真利子さんが四十代半ばになった頃から途絶えた。あの当時、「二十四時間
 戦えますか」というコマーシャルが流行ったが、ほんとに夫も戦場にいるようなものだ
 った。だから、セックスがなくなっても、夫が浮気をしているとは思わなかった。平日
 は飲み会や食事会。そして休日には接待ゴルフが毎週のように入っていたのだから、あ
 る意味では病気になるのは当然だった。
・夫が定年を迎えたとき、会社がアルバイトでまた雇ってくれるといってきた。マニュア
 ルどおりに対応する単純な仕事だった。時給は千円だったが、悪い話とは思えなかった。
 一カ月に十五万円でも稼いでくれば、あとはなんとか年金で暮らしていける。そう考え
 た真利子さんは夫にアルバイトを引き受けるように勧めた。
・夫が働き始めて一カ月くらいした頃、なんだか変だと感じた。良人が妙に明るかった。
 「今は仕事があるだけでありがたいと思う。かえって若い頃よりは精神的に楽なんだ」
 と夫は答えた。
・運命の日がやってきたのは夫がアルバイトを始めて半年ほどした頃だった。真利子さん
 がなんの気なしに、銀行の通帳の保管場所を変えようと思ったのである。真利子さんは、
 夫の退職金の半分の千五百万円は定期にして、残りの半分を普通預金に入れておいた。
 またいつ夫の病気が再発するかわからないので、いつでもすぐ引き出せるようにしてお
 きたかったからである。
・その千五百万円が入っている普通預金の通帳を見て、思わず我が目を疑った。残金が五
 百円になっているのである。その通帳は、よほどのことがなければお金を動かすつもり
 もなかったので、キャッシュカードも作っていなかった。お金を引き出すには印鑑が必
 要だ。その場所を知っているのは、夫と自分以外にいない。
・その晩、すぐに夫にお金について尋ねた。夫は「うるせぇ」と怒鳴った。「ちょっと知
 り合いに頼まれて貸したんだよ」
・そのとき、真利子さんには思い当たる節があった。夫のアルバイトをしている部署は女
 性社員が圧倒的に多かった。その中の、ある一人の女性の話を夫はよくしていた。可哀
 相な身の上で夫に捨てられて、病気の母と幼い子供を抱えて、一人で健気に働いている。
 あの女に違いないと真利子さんは睨んだ。夫を問い詰めると、やはりその女性にお金を
 用立てたと白状した。
・真利子さんが会ってみると、いかにも男好きしそうな四十代初めの女性だった。ああ、
 この女性と自分の夫は肉体関係があると、真利子さんはすぐに察した。
・真利子さんとその女性との話し合いは決着がつかなかった。その女性は五百万円もらっ
 ただけと主張するし、真利子さんは千五百万円返せと迫るのだから当然だ。    
・そんな矢先、夫が一人で銀行に出向いて、残りの退職金の定期を勝手に解約してしまっ
 た。真利子さんは驚愕を通り越して、恐ろしくなった。夫は頭がおかしくなったのだと
 思った。 
・真利子さんはつくづく思った。夫のあととき脳梗塞で死んでくれていたら、生命保険の
 三千万円も入ったし、退職金も満額近くもらえただろう。後は遺族年金があれば、平和
 に暮らせたのだ。
・おそらく夫の認知症はもう始まっていたにちがいない。家や預金すべてを女につぎ込ま
 れる前に離婚するしかない。それが真利子さんの出した結論だった。
  
南洋の島でのアバンチュール
・洋子さんは、現在五十三歳。短大を卒業して近所の薬局に勤めていた。そこへ営業に来
 た製薬会社の男性と恋愛して結婚した。今から三十年ほど昔のことだ。
・その洋子さんが五十歳のときに友人に誘われて南の島に旅行に行った。子供がいないた
 めもあって、夫を置いて自分だけ旅行にいく気にはなれなかった。初めて短大時代の親
 友で独身の女性と二人で旅をしたのは、夫も業者仲間と慰労会があって、タイにゴルフ
 旅行に出かけて留守だったからだ。
・そこでガイド兼運転手を務めた二十五歳歳下の現地の男性が洋子さんに一目ぼれしたの
 だそうだ。その男性はこんな美しい人は見たことがないといって、彼女を称賛した。洋
 子さんは、身長が150センチで体重が68キロの自分を絶賛してくれる男性の言葉に
 感動した。 
・しかし、このときは女友だちが一緒だったので、何もせずに帰った。そして一カ月後に、
 洋子さんはたった一人でその男性に会いたさに南の島に行った。一週間の滞在だった。
 そこで初めて二人は結ばれて、激しく燃えた。
・だが、彼女だって五十歳を過ぎた身だ。いくら若い青年とのセックスが楽しくても、家
 庭を捨てるつもりはなかった。年に二、三回くらい夫に嘘をついて、彼に会いにくれば
 良いと考えていた。 
・彼と別れて日本に帰って来て二週間ほどしたとき、実家の母親が心筋梗塞で急死したの
 である。父親はすでに他界していた。
・一人っ子の洋子さんは、実家の財産を相続した。彼女の手元には七千万円以上の大金が
 残ると知った。「チャンスだ」と洋子さんは思った。彼の住む島では四百万円もあれば
 立派な家が建つ。そこに彼を住まわせて、自分が一カ月に一回くらい通う。どうせ歳の
 差があるのだから続くのは四、五年だろう。その間にうんと楽しんで、最後は家を彼に
 あげればいい。 
・彼はすっかり本気で結婚しようと言ってくれた。その言葉で洋子さんの腹は決まったと
 いう。日本にいても、誰が自分みたいなデブのおばさんに本気で惚れてくれるだろう。
 しかも二十五歳も歳下だ。
・私は彼女を非難するつもりはなかったが、やはり夫である男性への同情は禁じえなかっ
 た。おそらくは六十歳近いはずの洋子さんの夫は、ずいぶん狼狽したことだろう。
・彼女の夫は新婚当初あら「中折れ」の状態だったという。では、この「中折れ」とは何
 かというと、セックスをするときに、最初はちゃんとペニスが勃起する。そして挿入す
 るわけだが、途中でそのペニスが萎えてしまう。これを「中折れ」と呼ぶのだそうだ。
・新婚初夜に洋子さんの夫はその状態になった。それは緊張し過ぎたせいだと夫は弁解し
 た。まだ若かった洋子さんはその言葉を素直に信じた。
・実は彼女は処女ではなかった。勤め先に薬局の主人と不倫関係にあった。その人の子供
 を身ごもったが、懇願されて堕胎した。    
・それだけに夫の前では細心の注意を払った。自分が男を知り尽くしていると、相手に悟
 らせないためにも無邪気なふりをした。夫がうまくセックスができないのは彼が童貞で、
 経験不足だからにちがいない。やがて、その問題は解決するだろう。それまでは優しく
 見守ってあげようと、お姉さんのような気持ちで五歳年長の夫に接した。
・セックス以外では夫婦仲は順調だった。しかし、たったひとつの問題があるとすれば、
 それはセックスだった。何年だっても夫は完全に性交を終わらせることができない。い
 つも途中でペニスが柔らかくなってしまい射精にまで至らない。 
・しかし、それでも物足りないといったら、自分がいかにも性欲の強い女だと思われるの
 ではないかと洋子さんは恐れた。だから彼を非難したことは一度もなかった。
・すでに女として性の喜びを知っていた洋子さんは、初めの何年かは真剣に悩んだ。夫が
 持続できないのは自分に責任があるからだろうかと思ったのだ。しかし、かつて不倫を
 していたときには、相手の男性はちゃんと最後まで到達した。ときには、コンドームを
 つけるのが間に合わずに射精してしまったことも何度かあった。 
・やがて洋子さんも夫も中年になり、二人の間には暗黙の諒解が成立した。もうセックス
 に関しては忘れよう。あたかもそんなものはこの世には存在しないかのようにして、二
 人は仲良く暮らした。
・だが、洋子さんの女性の部分は、南の島での男性との出会いで目覚める結果となった。
 「若いからすごいのよ。一日三回くらいは平気でけろっとしてる」と洋子さんは冗談め
 かした口調で言った。
・離婚を切り出されたとき、夫はすでに妻の異変に気づいていたようだった。しかも、性
 的に妻を満足させられないことが、彼にとっては心理的な負担となっていたようだ。
・洋子さんは失われた時間を取り戻せないのだと夫に言った。残酷なようだが、真実を告
 げるのが、せめてもの誠意だと思った。 
・夫は一週間ほど泣いていたが、最後には気持ちよく離婚届に判を押してくれた。そして、
 洋子さんに言ったそうである。あんたは必ずいつか、その若い男に捨てられる。そうし
 たら、必ず俺のところに戻ってこい。俺は再婚しないでその日まで待っているからと。
 
女性専門セックスカウンセリングの現場
・最近、性欲というものについて考えてみた。男性には性欲があるが、女性にはないとい
 う人もいる。では、自分の場合はどうかというと、五十八歳の現在はともかく、三十代
 や四十代の頃は確かにセックスしたいという欲望を感じたことがあった。しかし、それ
 は相手が誰でもよいということではなかった。好きな人がいて、その人とセックスした
 いという欲求だった。男性の場合は相手が誰であれ、とにかくセックスを求めるケース
 がある。
・五十三歳になる京子さんの夫には愛人がいて、その人との間に子供までできていた。し
 かも、京子さんとは何年もセックスレスの状態だった。
・京子さんは離婚を決意したが「このまま女というものを通り過ぎてしまうのは、いかに
 も淋しい」という思いがあった。離婚するという現実は受け入れられる。しかし、やは
 り誰かからの温かいぬくもりがほしいと思った。
・そこで京子さんは、出会い系サイトで、十五歳年下の男と知り合い、その男性と会って、
 セックスをした。彼のことが好きになった。しかし、自分はこれから離婚の手続きを始
 めなければならない。もしも裁判にでもなったら、若い男の存在は不利になる。すっぱ
 りと、京子さんは彼を思い切った。
・おそらく京子さんは、その男性とセックスすることで、自分が女であるという確認がで
 きた。その作業のためのセックスだったかもしれない。「私は恋に恋していたんですね」
 と京子さんは後に自分の行動を分析していった。
・「未完成婚」というのは、結婚しながら、一度も性交がない状態をいうのだそうだ。も
 ちろん、その理由は千差万別だろう。男女のどちらに原因があるかもカップルによって
 違う。しかし、厳然とした事実としてあるのは、処女で結婚し、未完成婚となってしま
 った場合、セックスの体験がまったくないということである。ないままに年月が経ち、
 やがて中年になり、閉経を迎える。その前に、やはり女性として性の喜びを知りたいと
 いう願望が生まれてくる。これは性欲の一種と考えてもいいかもしれない。
・考えてみれば、私たち熟年世代の女性たちは、パソコンも使えず、ネットからの情報も
 入手できない人がたくさんいる。そして性の悩みは、どんなに親しい友人にも相談しに
 くいものだ。 
・なにしろ、生まれてこのかた男性に一度も触れられた経験がないという女性もいるのだ。
 そんな人は自分の身体のどこを触ったら感じるかもよくわからない。つまり完全な処女
 である。そういう女性でも、煽ってもらいたい。そして鎮めてもらいたいという熱い思
 いは胸の底にある。自分で自分の身体を持て余しているともいえる。
・つまり、未完成婚の場合、女性は自分の性欲を封印して生きなければならないのだ。世
 間でも、最近まで女は性欲がないものだというのが通念となってたようだ。
・ところが、女性にもちゃんと性欲はある。しかも、それは何も若いときばかりではない。
 熟年になっても、セックスをしたいという願望は衰えない。そこで、女性は苦しむわけ
 である。  
・だが、いざ、熟年離婚してみると、まったく一人になって、このまま自分の女の部分は
 終わってしまうのかという焦りや哀しみを急に感じる。
・なかにはバイブレーターなどを使ったマスターベーションでは満足しない女性もいる。
 本物の男性に抱かれたい、触ってもらいたいという切望である。もちろん、そうした女
 性たちに対応する組織や商売があることは私も知っている。それがうまく機能すれば、
 それは問題の解決となるのだが、必ずしも、完全に満足する女性ばかりではない。なぜ
 なら、女性は単にセックスをしたいのではなく恋をしたいからである。
・その夫婦は、夫が六十歳くらいのときに大腸がんと診断された。そうなると自分の余命
 もわかってくる。その男性は突然、毎晩のように妻に身体を求めるようになった。しか
 し、妻は閉経していて性交痛がひどい。人間は死ぬかもしれないというときには、セッ
 クスをしたくなる動物らしい。
・人間には三つの性がある。男性、女性、そして妊娠する性。女性が閉経したからといっ
 て中性になるわけではない。あくまでも妊娠する性ではなくなったということであり、 
 死ぬまで女性であり続けるのだ。
・そうならば、恋をしてセックスをしてもよいわけだし、性欲があって当たり前なのだ。
 熟年離婚は女性という性の終りではない。むしろ新しい喜びの始まりとなる可能性をは
 らんでいる。 

夫のメールを覗き見たことがありますか
・メールは確かに便利ではあるが、ときには恐ろしい存在であり、一組の熟年夫婦を離婚
 させてしまうほどの破壊力がある。メールという至って現代的な通信手段が、不倫とい
 うまさに古典的な男女関係と密接につながったときに、何が起きるかを教えてくれた。
・五十八歳の栄子さんは常に成熟した大人の女性の雰囲気を漂わせている。結婚して三十
 二年もたつのだが、まったく所帯じみた感じがしない。独身といわれればそんなふうに
 も受け取れる。
・彼女の夫は海外駐在が長くて、やっと三年ほど前に日本に帰ってきた。仕事を持つ栄子
 さんは、子供の教育のこともあり、夫の赴任地には同行しなかった。お互いに大人の夫
 婦で、あまり干渉し合わないで暮らしているような印象だった。
・栄子さんの夫の会社は定年になる半年前に倒産した。それで退職金から企業年金まです
 べてパーになった。それから夫は独立して介護ビジネスを始めるとかいって、栄子さん
 の貯金を一千万円もつぎ込んだ。ところがその会社もあっというまにつぶれた
・そのときの会社の設立グループのひとりだった女性が夫の愛人だと夫のメールを覗いて
 分かった。栄子さんはパソコンの中に入っている夫の愛人からのメールをすべてプリン
 トした。そして夫の眼前に叩きつけて離婚を迫ったのだった。
・なんと彼女は人妻で小学生の男の子までいるという。そして、彼女の夫に愛人ができた
 ため、思い余って栄子さんの夫に相談していた。しかし、彼女自身は息子のためにも離
 婚をする気はさらさらないそうだ。  
・なんともややこしいダブル不倫である。とにかく、妻に離婚をされても夫はその愛人と
 結婚できない。しかも相手は二十歳も年下なのある。現在、六十五歳の夫は、生活力も
 なく栄子さんのお荷物となっているが、引き取り手がないともいえる。
・結局、栄子さんの夫は離婚届に判を押した。それで二人は赤の他人となった。本来なら
 ば物語はここで終わるはずなのだが、そうはいかなかった。夫は離婚はしたものの家を
 出ていかないのである。冷たい他人同士がひとつの屋根の下で暮らしているという感じ
 である。 
・ほんとうのことをいえば、夫と離婚はしたものの、まったく一人ぼっちの生活に栄子さ
 んの側も不安を抱いている。思い出せば、いまでも蹴飛ばしてやりたいくらい憎いのだ
 が、女一人の所帯の侘しさも彼女は知っている。
・考えてみれば、人間の生活は一人より二人で暮らしたほうが経済的にできている。さら
 に栄子さんの聞いたところでは、夫の退職金をあてにして、二人は新居を購入してしま
 っていた。そおローンの返済にも彼女は追われている。
・さすがに夫は愛人と別れたと思うが、実際のところはわからない。その女性が自分より
 はるかに不美人なのを知って栄子さんのプライドはあらに傷ついた。 

誰にも相談できない、セックスの不一致
・恵美子さんは今年と六十差になる。独身で、ある大学の教壇に立っている。実は最近、
 同僚の男の先生が離婚した。彼は六十歳で奥様は四十八歳。二十五年も連れ添っていて、
 しかも子供もいないのに、今頃になって別れるって不思議といえば不思議だ。
・その奥様の名前は信子さんという。大学在学中に当時、講師だった御主人に見初められ
 た。 そして、大学卒業後、間もなく結婚した。彼女が二十三歳のときだった。
・信子さん、淑やかで、今どきには珍しいタイプの女性。家庭でも夫のことを「先生」と
 呼んでいた。もちろん、家事万端はきちんとこなし、教え子がくれば、手料理でもとな
 す。まさに教授夫人の鑑のような人だった。
・信子さんは、閉経が早くて四十五歳くらいで生理が止まり、その後は性交痛がひどくて、
 セックスをするのがぐごくつらかったという。まるでご主人のペニスがざらざらのヤス
 リでできているみたいに感じるそうだ。
・信子さんは、ホルモン充填療法に関する知識を持っていた。それがいかに有効であるか
 も知っていた。しかし、どうしても、その治療をする気持ちにはなれなかったのだとい
 う。「わたしたちの性生活ははじめから歪だったと思うんです」と信子さんは重い口を
 開いたという。
・結婚当初から夫はフェラチオを求めた。信子さんにも、それまでに二人くらいは男性経
 験もあった。結婚した当初の十年間は、毎晩のようにセックスを求められた。ところが、
 そのセックスのパターンが決まっていた。初めに信子さんに三十分以上もフェラチオを
 させるという。とにかく長くフェラチオをしないと機嫌が悪かった。
・信子さんは、年齢差が十二歳もあって、先生を尊敬していたから、とにかく一生懸命尽
 くしたという。だから彼女も、セックスはこういうものだと思い込んでいた。つまり、
 その先生である夫は、自分の教え子の中から、いうことを聞きそうなおとなしい女を選
 んで、好きなように教育したともいえる。
・結婚して十年もした頃、信子さんはフェラチオをするのがほとほといやになった。そう
 なると夫の性器のにおいもいやだし、触るのもいやになる。女性は一回いやになると、
 ほんとう極端にダメになる。しかし、その理由だけで一足飛びに離婚まではいかなかっ
 た。信子さんは今、それを後悔しているという。まだ三十八歳のときに、なぜ思い切っ
 て離婚しなかったのか。やはり教授夫人という地位に未練があったのだろう。
・夫婦の性生活は微妙に変化していった。まず、信子さんがフェラチオをしなくなった。
 つまりフェラチオという儀式を抜きにしたセックスをしたわけである。ろくな前戯もな
 くて、いきなり挿入ということである。それでも信子さんにとっては、長時間のフェラ
 チオをさせられるよりは楽だった。  
・やがて、信子さんは夫がこちらの快感などおかまいなく一方的に挿入して果てる性行為
 が、たまらなく疎ましくなった。そもで、夫も求められると、くるりと後ろを向いて、
 ネグリジェは着たままパンティだけを下ろして、お尻を突き出すようになった。それな
 らば、夫の息が顔にかかることもないし、こちらの顔を見られないですむ。そそくさと
 夫は背後から挿入し、射精をしてセックスは終わった。その間は五分か十分くらいだっ
 た。これさえ我慢していれば、なんとかなると信子さんは思った。あきらかに妻がセッ
 クスをいやがっているのを察知した夫は、一週間に一度くらいしか求めなくなった。
・ところが、閉経した信子さんは、いきなりペニスを挿入されて激しい性交痛を感じるよ
 うになった。さすがに今までは夫に従順だった彼女も、はっきりと宣言した。「わたし
 はセックスにまったく興味がありません。したくないんです」 
・夫の行動が常軌を逸していると信子さんが感じたのは、彼女がセックス拒否宣言をして
 からのことだった。朝食を二人で食べているとき、突然、夫が「セックス」と叫んだ。
 これには理由がある。有名な映画で、ヨーロッパのある村の男が木に登り「セックス」
 と大声で怒鳴るシーンがあった。夫はそのシーンがひどく気に入って、拍手して面白が
 った。信子さんはなんともいえない嫌悪感を感じた。
・きっとその先生は、すごく真面目で女遊びも浮気もできないタイプなのだろう。私はそ
 の先生のセックスに対する身勝手さには腹が立ったが、その半面、彼が少し気の毒でも
 あった。なんとか妻の気持ちを理解する気持ちができなかったものか。セックスなんか
 しなくたって死ぬわけじゃないんだから、我慢すればよかったのではないか。
・しかし、それは違う。セックスは何歳になったってしたいものなのだ。ただし、この夫
 婦のケースは、相性のいい相手じゃないと難しいという見本のみたいなケースだ。  

”円満離婚”と思い込んでいる夫の能天気
・東北地方のとある都市に住む沙織さんは、四十九歳で、昨年離婚した。沙織さん夫婦は、
 高校時代の同級生同士だったという。
・沙織さんは自分が育った町の中学で教員をしている。夫もその町に本社がある企業に勤
 めていたが、東京支社勤務を命じられた。そこでとんとん拍子に出世して、とうとう支
 社長になってしまった。そうなると、まだ六、七年は東京を離れられない。沙織さんも
 自分のキャリアを捨てられないので、当然ながら別居結婚となった。
・それでも数年は我慢したが、どうやらそうもいかなくなった。お互いにすれ違いの生活
 に終止符を打とうと、どちらからともなくいい出して、離婚が成立した。沙織さんと息
 子が住んでいた家は沙織さんにあげた。息子ももう自立しているので、何の問題もない
 という話だった。 
・しかし、人間って、とくに中年を過ぎたら、新しい恋人が現れない限り、離婚なんてな
 かなかしないものだ。自分の夫に愛人ができたときって、女は直感的にわかるものだ。
・沙織さんの夫は、東京での仕事が忙しくて、一カ月に一回、自宅に帰るのがやっとだっ
 た。夫が帰ってきた夜は、夫婦はセックスをするのが暗黙の了解になっていた。
・ある日の夜、いつものように夫は沙織さんを抱き寄せた。沙織さんはそっと夫のペニス
 に手をのばした。そのとき夫がブリーフをはいたままなのに気づいた。こんなことは初
 めてだった。ベッドに入ってくる沙織さんを全裸で待っているのが、もう何十年も続い
 ている習慣だった。沙織さんは夫のブリーフを脱がせた。それから手で優しくペニスを
 愛撫した。通常ならすぐに大きくなるペニスがなかなか勃起しない。疲れているかなと
 思った沙織さんは、今度は夫のペニスをそっと口に含んだ。ようやく硬くなったところ
 で、夫もお返しに沙織さんの敏感な部分を愛撫すると思ったが、それをせずに一挙に挿
 入してきた。 
・なにか変だなと沙織さんは感じたが、抵抗せずに夫を受け入れた。すると夫はすごい勢
 いで往復運動を繰り返し、あっという間に果ててしまった。セックスを楽しむというよ
 りも、射精だけが目的みたいだった。いわゆる世の中でいうところの”義理マン”てい
 うものだった。
・その翌月も夫は帰郷した。そして沙織さんを抱いた。しかし、セックスの時間はどんど
 ん短くなっていた。挿入すると、まるで慌てたように大急ぎで射精する。沙織さんは火
 照った身体だけが取り残されて、眠れなかった。
・「女っておかしいですよ。男の気持ちが醒めていくのがわかればわかるほど、セックス
 に執着するんです。彼から抱かれた後、以前だったら、もう一度お風呂場に行って、精
 液で汚れた部分を洗い流していたのに、夫が義理でするようになったからは、彼の精液
 を洗い流すのも惜しい気持ちになるんです。少しでも長い間、彼の精液を自分の体内に
 とどめておきたいんですね。馬鹿でしょ」と沙織さんは言った。
・沙織さんは夫を愛していた。だからこそ、何も言い出せなかったのだろう。そしてつい
 に、夫がどうしてもセックスができなくなる日がきた。ペニスが勃起しないのだ。どん
 なに沙織さんが努力してもだめだった。 
・多分、夫の相手は自分より若い女なのだろう。その女とセックスをしてから、彼は東京
 を発ったかもしれない。もうたくさんだ。終りにするときがきた。
・沙織さんの胸には万感の思いがあった。だが、それを吐き出したら自分が惨めになるだ
 けだと知っていた。それよりも、最後まで相手にとってはいい女でありたかった。取り
 乱さないのが、彼女の意地だった。ほんとうは最後にもう一度だけ抱いてっていいたか
 ったんですけど、いえませんでした。未練ですものね」と沙織さんは言った。 

セックスの道具が有効だったり、仇となったり
・妻の幸恵さんは、今度五十五歳で勤めていた市役所を早期退職することになった。夫は
 同じ五十五歳で電機関係の大手に勤めていて、もう役員。このままいけば定年後も顧問
 かなんかで六十五歳くらいまで会社に残れるかもしれないという。
・二人はセックスをするときにバイブレーターを使っていたという。そのバイブレーター
 は寝室の箪笥の引き出しの奥にしまってあって、当然二人しかしあらない秘密だった。
 ところが、幸恵さんの夫にいわせると、そのバイブレーターに位置が微妙に変っていた
 という。幸恵さんが、自分の留守の間に持ち出して、男と会っているんじゃないかと疑
 い始めた。
・実はバイブレーターは、幸恵さんが閉経して、セックスのときに性交痛を感じるように
 なったために、彼女が考えた苦肉の策なのだろいう。ホルモン補充療法はがんになる確
 率が高くなると聞いたことがあったので、セックスする前にゼリーを塗るのは、なんだ
 かわざとらしくて恥かしい。だからバイブレーターにゼリーを塗って、ゆっくりと膣に
 挿入することにした。それを夫が見ている前でやると、夫も興奮する。幸恵さんがバイ
 ブレーターでしばらく挿入を繰り返すのを夫が見て楽しんだ後で、性行為を始めるとい
 うパターンができた。
・まるで新婚時代のように二人はセックスに熱中した。その限りにおいて夫婦はうまくい
 っていたのだが、やがて、夫が幸恵さんを疑うようになった。バイブレーターを使うの
 が、上手になったのも怪しいと言い始めた。身に覚えのない幸恵さんは、腹が立って、
 それなら離婚しようと決心したというのだ。
・バイブレーターが発端になって、夫婦の仲は一度は燃え上がったものの、急速に冷めて
 しまった。
・バイブレーターのことが気になって、独身で男友達のいる女性たちに、この件を話して
 みた。すると三人の女性が、自分もバイブレーターは男性の目の前で挿入して見せて、
 それを前戯にして遊ぶと答えた。男性が使うのではなく女性が使うものである。これが
 今のセックスでは常識なのだというのだ。

普通の母親が陥ったギャンブル依存症
・三十三歳の真奈美さんは、五十二歳になる母親の由香子さんが五年前に離婚した。その
 頃、父親は仕事が忙しくて帰宅は午後十一時過ぎでしたし、真奈美さんも今の夫のアパ
 ートにその頃は入り浸りで、半同棲みたいなものだったという。
・母親が四十九歳くらいのときに、その異変は始まったという。とにかく母親が朝、家を
 出たきり夜まで帰ってこないという。どうも変だと思ったのは、母親がどんどん痩せて
 いったという。それと月末前にはもうお金がなくなって真奈美さんや父親にお金を貸し
 てくれといったという。
・母親はパチンコに狂っていた。父親が胃潰瘍で二週間ほど入院し、退院後しばらく自宅
 療養となったとき、母親は、まだ病後の看病が必要な夫を置いてパチンコにいってしま
 ったという。
・最後には、父親は妻に「あなたは夫である僕を取るか、パチンコを取るか、どっちなん
 だ」と詰め寄った。このとき、母親は「あたしはパチンコを取るわよ」と捨て鉢みたい
 に答えたという。
・なんとその母親は、真奈美さんの義母を一人訪ねて、夫の入院で治療費が必要だからと
 五百万円ものお金を借りていたという。 
・さらにその母親は、カードローンで八百万円もの借金をしていたという事実がわかった。
・これはもうギャンブル依存症の人が入院する施設にでも入れるしかないと思った真奈美
 さんが、ひそかに資料を取り寄せたところ、それに気づいた母親は半狂乱になって、絶
 対に自分は病気でないから、そんな施設には入らないといい張る。そして、もう二度と
 パチンコはしないと約束する。
・母親の涙に、真奈美さんはついほだされて許してしまう。しかし、別れた夫からの十五
 万円の振り込みがあると、またすぐにパチンコ店へと直行して帰って来ない。
・それはもう精神的な病気だ。専門家の治療が必要だ。だが、母親は、頑として治療は受
 け付けない。 
・思い余った真奈美さんは父親に相談した。しかし、父親は「なあ、真奈美、夫婦ってい
 うのは縁を切ることができるんだ。真奈美も母親と縁を切ったらいいじゃないか。真奈
 美がいつも後始末してやるから、甘ったれてパチンコを止めないんだ。放り出せばいい
 んだ」と真奈美さんに言ったという。 
・たしかにその母親の生き方は愚かしいとしかいいようがない。周囲の人間に迷惑をかけ
 まくりだ。だが、その母親が抱える心の闇も私には、なんとなくわかるような気がする。
 家庭にも社会にも自分が必要とされていない虚しさである。女として、その生命が終わ
 ることへの焦りもあったかもしれない。 
・だからといってギャンブルに走る行為が許されるとは思わないが、おそらく、根本的な
 解決は彼女が自分のこれからの持ち時間をどうコントロールするかにかかっているのだ
 ろう。 

別れは、自覚症状がないまま忍び寄ってくる
・五十二さんの邦江さんは「熟年離婚とがんはそっくりではないでしょうか」と言う。自
 覚症状がほとんどなくて、なんだか変だと気づいて病院に行ったとき、すでに進行して
 いる場合があるという。
・邦江さんは今年の春に離婚したばかりで、今はあるマンションの管理人として住み込み
 で働いている。 
・邦江さんが結婚したのは二十三歳のときだった。彼女は一人娘だったので、お婿さんを
 もらった。相手は邦江さんの伯父が経営する工場に勤めていた三歳年上の男性だった。
・交際期間が半年ほどあり、お互いにほのかな恋愛感情を抱いた末の結婚だった。邦江さ
 んにとっては初めての男性であり、新婚当初は夫に夢中だった。
・やがて子供が生まれ、邦江さんが二十八歳のときは三児の母だった。
・しかし、思いがけない不幸が一家を襲った。叔父の経営する工場が倒産したのである。
 その前に、社長である伯父に懇願され、夫は自分たちの住んでいる家を担保に入れて工
 場のために銀行からお金を借りた。工場が倒産すれば、当然、家も借金のかたに取られ
 た。親子五人と邦江さんの母親は住む家を失った。
・しばらくはアパート暮らしをしていたが、伯父が再起を期してもう一度、事業を起こし
 た。そのとき夫も総務担当と呼ばれた。どこでどう工面したのかわからないが、伯父は
 二百万円のお金を邦江さん夫婦にくれた。自分の工場の倒産で迷惑をかけたお詫びだ、
 これを頭金にしてマンションを買ってくれといわれた。   
・これで、とにかく新生活を再スタートさせたのである。邦江さんも働いた。そうでなけ
 れば夫の給料だけでは家のローンは払えなかった。夫も社長が見込んだだけあって、真
 面目一方の人だった。少なくとも邦江さんはそう信じていた。
・邦江さんの長男は高校を卒業すると配達便のドライバーとして働いた。もう二十六歳に
 なるが、家から出て独立しようとはしない。家賃も食費もかからないので、狭くても親
 のところにいるのが楽だと思っているふうだった。それは長女も次女も同じだった。二
 人とも定職にはつかず、コンビニのアルバイトをしてお金が貯まると、海外旅行に行く
 ような生活をしていた。 
・ある日、長男が「昨夜の夜、おなじが二丁目の花屋が入っているマンションから出てく
 るのをみたけど、あんな時間にどうしてだろうなあ」と不思議そうに言ったことがあっ
 たが、主人が帰りが遅くなるのは、もう十年以上のことだからあんまり気にしなかった。
 伯父が社長で、夫は総務部長っていったって、実質は運転手みたいなもの。伯父の都合
 であちこちに行くのに、夫がいつも一緒だから、自分の時間なんてないのが当たり前と
 思っていた。
・その三カ月後に、会社の慰労会で新橋の演舞場へ行った。珍しく邦江さんも招待され、
 夫と二人で出かけた。ところが夫が劇の途中で帰ろうって言い出した。そんなひとをい
 う人じゃないのにおかしいなあと思って、ふと横を見たら、太った女がじっとこちらを
 睨んていた。はっとして、夫を見たら、もういたたまれないって感じで、座席を立ち上
 がった。
・夫の工場でよく知っている総務の古株の女性に聴いたら、「奥さんも、やっぱりお気づ
 きになりましたか。木原さんのことは、私たちの間でも噂になっているんですよ」とい
 われた。
・それから邦江さんは夫の会社の知人に次々と会って、情報を集めた。木原という女は、
 もう勤続十年以上になり、工場の女子部の監督をしている。年齢は四十八歳だという。
・夫婦の間はぎくしゃくして、邦江さんは夫を攻めた。そのとき、無口な夫は言った。
 「だって、この家に俺の居場所はないじゃないか」
・邦江さんは我慢できなくなって、マンションの管理人の仕事を見つけて家を出た。本来
 なら管理人は夫婦で住み込みが多いのだが、邦江さんの人柄を見込んで管理会社が雇っ
 てくれた。 
・邦江さんは、木原のという女のマンションまで押しかけた。すると木原はしれっとした
 顔をして、「奥様には何のご迷惑もおかけしていません」と言ったという。確かに、夫
 は給料だって一銭も手をつけないで渡してくれるし、お小遣いも月に三万円しかあげて
 いない。だから女に貢げるはずはない。
・邦江さん夫婦は、三十代半ばからはセックスはしなかった。でも夫も男だから、不満だ
 ったかもしれない。 
・邦江さんは離婚届を夫に突きつけた。黙って夫はサインした。しかし、それでも、夫は
 子供たちのいる家に帰ってくる。いったいなぜか。邦江さんは初めはわからなかった。
 だが、近頃になってようやくわかってきた。木原という女は夫が定年になるのを待って
 いるのだ。そうすれば晴れて一緒になれる。会社の同僚の批判もかわせる。社長の姪の
 夫を略奪したと言われないですむ。なんと利口な女だろうとあきれた。

弁護士からの書類にあった「夫婦の濡れ場」
・都内で小料理屋を経営している尚子さんは、五年前に五十歳で熟年離婚した。
・夫婦のセックスの相性は抜群によかった。よすぎて困るくらいだったという。でもそれ
 が離婚の原因になったという。
・まだ二十代の頃、尚子さんはある企業の受付嬢をしていた。美人だったから当然持てた。
 交際した男性も何人かいたが、結婚はしなかった。特に深い中だった男性が妻子持ちだ
 ったこともあって、尚子さんが気がつくと二十九歳になっていた。
・そこに現れたのが前の夫だった。三十歳になる二日前に尚子さんは結婚式を挙げた。ど
 うしても二十代のうちに花嫁になりたかったからだ。 
・セックスは初めから激しかった。尚子さんはお酒を飲むと男の人が欲しくなるタイプな
 のだそうだ。 
・結婚して十年ほどは毎晩のようにセックスに溺れた。その頃の尚子さんは、自分がつく
 づく幸せだと感じていた。 
・何かの歯車が少しずつ狂い始めたのは、夫の両親と同居してからだった。茨城に住んで
 いた夫の両親は、母親が七十二歳のときに転んで骨折をし、その後遺症で歩行が困難に
 なった。八十歳の父親も認知症の症状が出てきた。
・こうなっては同居しか方法はないと夫に言われて、専業主婦で子供もいない尚子さんと
 しては、反対のしようがなかった。  
・ところが、いざ夫の両親を引き取ってみると、家庭生活はめちゃくちゃに破壊された。
 姑は足が悪いといって、一日テレビの前から動こうとしない。舅は認知症のためか、台
 所に立つ尚子さんの後ろから抱きついてスカートを捲り上げる。拒否すれば殴りかかっ
 てくる。  
・それなのに夫が夜になって帰宅すると、両親はいたって穏やかな表情で「尚子さんには
 お世話になって感謝しているんですよ」などとおためごかしをいう。どこまでわかって
 いるのか、尚子さんは薄気味悪くなった。思い余って夫に自分の窮状を訴えたが、取り
 あってもらえなかった。
・夫婦に関係は二年ほどで急速に悪化した。舅の認知症も進み、徘徊も始まった。
・離婚話を切り出したのは尚子さんのほうだった。たとえ、両親を施設に入れても、夫婦
 の亀裂は修復できないと思った。高校時代からの親友が大きな料亭の娘で、「あなたな
 ら料理屋ができるわよ」と言ってくれた一言が、彼女の背中を押した。
・お互いに弁護士を立てて話し合いから始まったのだが、夫の言い分を縷々述べた書類を
 見て尚子さんは卒倒しそうになった。なんと、そこには二人の性生活が赤裸々と綴られ
 ていたのである。
・大きく分けると三点ほどあった。まず第一点は、初めてセックスしたときに、尚子さん
 が後背位をせがんだ。そして耳元に息を吹きかけてくれといった。その結果、夫は、彼
 女は処女ではないと悟り落胆した。さらに、セックスの最中に挿入したままで乳首を強
 くねじり上げると妻が異常に興奮して達してしまうことがわかった。それ以来、挿入時
 は必ず乳首を愛撫し、しかも手荒に扱えば扱うほど快感が高まっているのがわかった。
 また、素人の女性なら躊躇しるはずの騎乗位も、尚子さんは喜んで応じた。冷酒の入っ
 たグラスを手に持って、それをぐいぐいと美味しそうに飲み干しながら、腰を激しく揺
 らした。膣も自在に締め付けるテクニックを習得しており、しばしば我慢しきれずに途
 中で射精してしまった。いったい何人の男と彼女は今までセックスをしてきたのだろう、
 という疑問が頭に浮かんだ。あまりにも新妻の身体が成熟し過ぎていて、鼻白む思いが
 した。
・二点目は、二人でセックスをする前にいつもお風呂に一緒に入る。そのとき、尚子さん
 が夫の身体を泡立てたボディソープで丹念に洗ってくれる。その手つきが実に手馴れて
 いて、妻がソープランドで働いた経験があるのではないかと疑った。石鹸の泡をつけた
 まま、ぴたりと身体を密着させて、快感を誘うテクニックは素人のものとは思えなかっ
 た。 
・三点目は、尚子さんの異常な性欲の強さだった。ほとんど毎日、妻から求められ、仕事
 に支障をきたすのではないかと心配だった。ひどいときには帰宅して玄関に入るなり、
 そこでセックスをしたこともあった。マンションの廊下を通行人が歩く気配があると、
 尚子さんは興奮して、音を立てて夫のペニスをっしゃぶった。
・こうした地間の異常な行動から、精神的なストレスを感じ、軽度のうつ病になった。妻
 の欲求を満たすべくあらゆる努力をした夫側には何の落ち度もないうえに、平穏な夫婦
 生活を送らせなかった尚子さんの強烈な性欲こそ二人の破局の原因であると、離婚書類
 には書かれていたという。
・もし裁判になれば、妻に認知症や障害のある両親の介護を押し付けて、自分は知らん顔
 をしていたということで、不利になると判断したのだろう。そこで、尚子さんを貶める
 文書を作成したというわけである。
・夫と別れようと決心したのは、夫がどうしても両親を施設に入れるのを認めてくれなか
 ったからだという。このままだと自分が壊れると思ったという。義父は、夫が朝、家を
 出ると、ズボンを下ろして、ペニスを握って尚子さんの後を追いかけ回したという。義
 母はそれを目の前で見ているのに知らん顔していた。もうほんとに生き地獄だったとい
 う。
・尚子さんにとって、夫とのセックスは楽しい、素晴らしい思い出だった。それなのに、
 向こうは常に妻の過去ばかり疑っていたんだってわかって、ものすごいショックで八キ
 ロほど痩せたという。
・何が一番嫌だったかというと、二人のセックスのことを夫が赤裸々に弁護士に話したっ
 ていう事実だった。そんなものは二人とも死ぬまで誰にもいわずにあの世まで持って行
 くべき秘密だ。それを赤の他人の弁護士にぺらぺら喋った。それを考えると今でも怒り
 で体が震えるという。
 
「最後の勝った」と笑う妻の執念
・富江おばさんは、たしか私より十四歳年上のはずである。彼女の夫は不動産関係の仕事
 をしていて、ずいぶんと羽振りの良い時期があった。
・今から二十年以上前に、富江おばさんは夫と離婚したのだ。それというのも、富江おば
 さんが離婚する少し前に、夫の経営する会社が倒産したのである。それまではシャネル
 のスーツを特注するような派手な暮らしをしていたおばさんお日常が一変したのは容易
 に想像できた。
・富江おばさんの夫は、とにかく女好きで、浮気ばかりしていた。それが彼女にとっては
 最大の悩みの種だった。
・その夫がバンコクに出張したとき、妻に見事なエメラルドの指輪をお土産に買ってきた。
 自慢そうにおばさんは、それを私に見せてくれた。ところが、それから一カ月くらいし
 た頃、用事があって、おばさんが夫に会社を訪ねたら、バンコク土産とそっくり同じエ
 メラルドの指輪を秘書の女の子がしていたのだという。
・それを見て、カーッと頭に血が上がるのが、自分でもわかったという。その晩、夫が帰
 宅したところで修羅場が演じられたらしい。
・しかし、夫婦とは不思議なもので、そんな大喧嘩をしながらも、二人はあっという間に
 縒りを戻した。
・そんな富江おばさんの夫は、仕事で、当時バンクーバーに住んでいた私の家にやってき
 た。食後のブランデーを飲みはじめると、その夫は急に饒舌になった。「うちの富江は、
 あっちのほうの感度がいいんですよ。だから、昼間でもね、娘が出かけているときはや
 っちゃうんです。結婚して、もう十四年だけど、富江は好色なんだなあ。やりたがるん
 ですよ。だけどアナル・セックスだけはまたやらせてくれない」そんな夫婦のセックス
 の話をあけすけにする、富江おばさんの夫に、私はちょっと嫌悪を感じた。
・富江おばさんが四十代半ばになったとき、夫婦の仲は末期的な症状になっていた。五十
 歳の夫が二十七歳の素人の娘さんと深い仲になり、そちらに赤ちゃんまでできたという。
・富江おばさんはそのとくは、絶対に離婚しない、夫の性質をよく知っている、今はあの
 女に夢中だけど、きっと一年もすれば飽きて、家に帰ってくるに決まっていると決然と
 した口調でいって離婚しなかった。 
・しかし、おばさんが離婚を決心したのは、その家では一家全員がある新興宗教にはまっ
 ていて、夫もそんな新興宗教を熱心に信仰していると聞いたからだった。
・富江おばさんがいつ離婚したのは、正確なことは私も知らない。ただ、彼女のお姉さん
 から、離婚したが、正業に就いて働かないで、一攫千金みたいなことばかり考えている
 と、愚痴をいうのを聞かされた。
・風の便りに伝わってくる富江おばさんの噂は良いものではなかった。ある実業家の愛人
 なったとか、バーの雇われママになったとかいった類のもので、どうも足が地について
 いない生活を送っているようだった。
・実は富江おばさんの夫は、離婚したものの、素知らぬ顔で、おばさんのアパートに月に
 一回くらいの割合で訪ねて来ていたという。一緒にいた娘さんは、父親の図々しさに激
 怒して出て行ってしまった。それというのも、富江おばさんの夫は、訪ねてくると、必
 ず一泊したのだという。娘さんにしてみれば、そんな両親の関係が許せなかったのだろ
 う。
・富江おばさんも交際した男の人は何人かいたが、結局、元夫に引きずられる感じで、月
 に一回の逢瀬を待つようになってしまった。他の男とはどうもしっくりこなかったとい
 う。つまり、本妻だった富江おばさんは、今度は愛人みたいな立場になった。
・富江おばさんは、仕事を転々としたという。バーの雇われマダムもやったし、ブティッ
 クの店員もやった。でも、それも六十歳までの話だった。六十過ぎてから、できる仕事
 なんて、そうはない。今はビルの清掃の仕儀とをしているという。
・もしも、富江おばさんが別の男の人と結婚していたら、もっと幸福な人生があったので
 はないだろうか。元夫に躓いてしまったために、おばさんの後半生は苦労の連続になっ
 た。そう考えると涙がこぼれた。   
・しかし、おばさんの次の言葉で、私の感傷はあっけなくかき消された。「あたしが今が
 一番幸せよ。もう他の女に取られる心配はなくなったわ。あの人、完全にわたしのもの
 よ。あたしがたった一人の女なのよ。あたし勝ったのよ」
・自分は彼女のように人生を賭けて、一人の男に執着したことがあっただろうか。富江お
 ばさんの執念はすごい。もしかしたら、彼女こそほんとうに女っぽい人なのかもしれな
 い。女の性に忠実な生き方を選んだのだといえるだろう。
 
「普通の朝食」に憧れ、すべてを失った男
・須賀さんはすでに四十代後半の男だが、酒を飲むと「俺は必ず離婚するぞお」と叫んで
 いたのは二、三年前のことだった。眼がくりっとした童顔で、ちょっと見たところ三十
 代の初めしか見えない。ハンサムというわけではないが、女の子を安心させるような優
 しい雰囲気があった。もちろん不倫も続行中だった。
・半年前に、彼はなんと会社を辞めて故郷の四国に帰っているという。彼の父親は、ある
 会社の経営者だった。その後継者になった彼は、すっかり実業家然とした姿となってい
 た。童顔が一気に老け込んだようだった。
・須藤さんに彼女ができたのは四十七歳のときだという。それまでは、浮気をしようなん
 て夢にも考えていなかった。ところが、ある日、仕事で遅くなって後輩の家に泊めても
 らった。そこで翌朝見た光景は彼にとってショックだった。そこの奥さんが、朝、甲斐
 甲斐しく和食を作って亭主に食べさせていた。後輩に、お前んちの母ちゃんすごいなあ
 って言ったら、涼しい顔して「普通です」と言われた。自分の女房は朝なんて起きてき
 たことがなかった。下の娘が生まれてからは寝室も別、食事も別っていうか、作ってく
 れなかったし、要するに、まったくかまってもらえなかった。  
・須賀さんは、会社にアルバイトに来ていた二十五歳の里奈ちゃんという女の子を食事に
 誘った。里奈ちゃんは「ハイ」と言ってついて来た。食事後、ホテルの誘うとこれも元
 気に「ハイ」と答えた。里奈ちゃんは同じ歳の彼がいて、最近別れたという。その彼の
 ときは一回しかいかなかったのに、須賀さんだと三回もいっちゃったという。里奈ちゃ
 んは「わたしカレセンかもしれない」と言った。
・若い女の子がうんと歳の離れたオジサンに惹かれるケースがけっこう多いんという。そ
 ういう女の子を「カレセン」というらしい。漢字で書くと「枯れ専」。カレセンの場合、
 相手が地位も名誉もあるお金持ちじゃなくてもいいみたいだ。たとえば青山の骨董通り
 でライカを首からぶら下げて歩いているようなオジサンもてるという。それからセック
 スはしっかりやるらしい。そういう意味ではまったく枯れていない。
・里奈ちゃんと定期的に会うようになって一年ほどした頃に、須賀さんの奥さんは夫が浮
 気をしているらしいと気づいた。
・半年ほどすったもんだした末に、妻のほうから離婚を提案してきたので、須賀さんは喜
 んで書類に判を押した。しかし、最後の最後で神様はどんでん返しを用意していた。あ
 れだけ大好きな里奈ちゃんにプロポーズしたら、なんとあっさりと断られてしまったの
 である。
・そのとき里奈ちゃんは、この人、いったい何をいっているんだろうという不審そうな表
 情で須賀さんを見たという。

子連れ再婚夫とのセックスレスに心も冷めて
・敦子さんは神戸で生まれて、退学を卒業するまで神戸に住んでいた。東京の会社に就職
 して、夢中で働いているうちに三十五歳になってしまった。今なら三十五歳で独身の女
 性はたくさんいる。しかし団塊の世代である敦子さんは、ちょっと焦った。大学の同級
 生はみんな結婚していたからだ。そんな時、見合いの話があった。奥さんに先立たれた
 四十一歳の男性で、十歳の女の子が一人いた。国立大学を卒業していて、官庁に勤めて
 いた。特に恋愛感情が湧いたわけではなかったが、「この人じゃダメという理由もみつ
 からない」と思って、プロポーズを受けた。
・身内だけの簡単な結婚式を挙げて、敦子さんは専業主婦となった。ところが、結婚して
 二十三年目に離婚する結果となった。 
・敦子さんが「離婚」の二文字を意識し始めたのは、実はかなり早い時期からだったとい
 う。結婚して十年が過ぎた頃には、もしかして、この家を先に出て行くのは、娘ではな
 くて、自分かもしれないと思うようになった。そんな予感めいたものがあったので、昼
 は専門学校へ通って資格を取った。大変な努力をして、彼女は専門職につける資格を自
 分で手に入れた。
・ちょうどその頃、娘が結婚した。相手は大学時代のボーイフレンドだった。先方はレス
 トランを経営している家だったので、官庁に勤める夫は気に入らなかったが、娘が妊娠
 したこともあって、押し切られた。
・夫と二人の暮らしも、大きな変化はなかった。夫はますます口数が少なくなっていった。
 夫婦の会話はほとんどなかった。それでも日常は流れていく。
・夫は、定年になったが、天下りで民間の会社の役員に迎えられた。経済的には恵まれて
 いたといってよいだろう。 つまりは、すべてが満ち足りていて、ただ「愛」だけがな
 かった。
・敦子さんは、どんなに貧乏でも、病気でも、この人のためだったら死ねると思える男が
 いたら幸せだろうなあって思うようになった。夫のために死ねるとは全然思わなかった
 から。
・敦子さんは、常に自分の年齢と離婚を天秤にかけていたような気がするという。今なら、
 まだ離婚できるだろうか。もう遅いだろうか。資格を取ってからは、余計に心が惑った。
・そんな折、予想もしなかった事態が起きた。娘が五歳の男の子を連れて実家に帰って来
 てしまったのである。相手の家はレストランを経営しているとはいえ、大衆食堂のよう
 なもので、お嫁さんも労働力だった。娘はその家風に馴染めず、夫の不甲斐無さにも愛
 想が尽きて離婚した。 
・本来なら世間体を気にするはずの敦子さんの夫なのに、娘が戻ってきたのは、大歓迎し
 た。つまりは娘を素性のわからぬ男に取られたと思っていたようだ。だから帰って来て
 のが嬉しくて仕方がないのである。ようやく自分の手元に取り返せたという感じだった。
 しかも孫は男の子だ。「俺の後継ぎができた。この子は東大へ入れるぞ」などといって
 相好を崩している。まるで、歳を取ってから子供を授かったかのようだった。
・実家では娘は女王さまだった。父親の庇護があれば、娘は子育て以外は好きにしていら
 れた。やがて、息子が小学校へ入る年齢になると、娘は、これから仕事に出たいといい
 始めた。  
・ちょっと待ってほしいと敦子さんは思った。息子の面倒は義理の祖母である敦子さんに
 任せて、自分は働くというのは虫がよすぎはしないか。
・敦子さんは五十八歳のとき、離婚したいと夫に申し出た。もちろん相手は驚いた。しか
 し、娘は父親の味方だった。「嫌だっていうんなら出て行ってもらったらいいじゃない。
 パパの面倒は私が見るわよ」いい放った。
・二千万円の財産分与をしてもらって敦子さんは別れた。敦子さんが言うのは、結婚した
 当初から、あっちのほうは、あんまりうまくいっていなかったという。敦子さんは独身
 時代からいつもパジャマを着て寝ていたが、夫がネグリジェを着てくれといったという。
 断ったら、夫は自分でデパートへ行って、レースのついた長いピンクのネグレジェを買
 ってきたという。敦子さんは、娼婦じゃあるまいし、あんなプラプラしたものは着られ
 なかったという。何を勘違いしているのかしら、この人、と思ったという。
・夫婦生活は敦子さんが四十五歳になるくらいまであったという。いかにもというように、
 必ず金曜日の夜って決まっていたという。すぐ隣の部屋には娘が寝ていたし、なんか、
 小説や週刊誌に書いてあるようなセックスじゃなかったという。ただ、二人とも静に手
 順通りに終わらせるだけだったという。敦子さんも、あんなことは、それほど大事なこ
 ととも思っていなかったという。向こうがしたかったらどうぞという感じだったとのこ
 とだ。
・結局十年間の性生活で、敦子さんが快感を覚えたことはなかったという口ぶりだった。
 とくに避妊はしなかったが、彼女は妊娠しなかった。
・敦子さんが閉経したのは四十六歳のときだったという。その一年ほど前から性交痛がひ
 どくなったいた。とにかくペニスを挿入されると、膣が引っ掻かれるような痛さだった。
 しかも痛みは翌日まで残ったという。
・そこで敦子さんは、痛みを訴えてセックスをするのを止めてもらうように頼んだ。する
 と夫は、ホルモン補充療法を受けるように彼女に勧めた。わざわざ専門の婦人科まで調
 べて、ぜひ行くようにいわれると、敦夫さんも逆らうわけにはいかなかった。
・しかし、ホルモン剤を服用し始めて一カ月後に夫と性交を持ったが、ぜんぜん治ってい
 なかった。
・それでも夫はあきらめないで、自分で婦人科の病院にいって相談し、膣に直接挿入する
 エストロゲンという薬を貰ってきた。これを二日おきくらいに膣に入れると内部が潤う
 のだという。
・敦子さんは、そんな薬まで使ってまで、どうしてやらなければならないのかと思ったら、
 情けなくて涙が出たという。わたしはセックスの道具ではないからときっぱり断ったと
 いう。
・敦子さんは、もっと早く離婚すればよかったと悔やんでいるそうだ。自分には一人暮ら
 しが向いていると、最近はつくづく感じると語っていた。

なぜ暴力男との結婚は繰り返されるのか
・裕子さんの最初の結婚は大学を卒業してすぐだった。同級生の男性と結婚したのだが、
 二人とも二十三歳の若いカップルだった。当時は、結婚するまでは処女でいるもんだと
 思い込んでいる女性が多かったという。裕子さんも最初の夫とは、映画を見に行ったり、
 食事をしたりはしたけど、せいぜいキスどまりで、ペッティングもしないで結婚した。
・ペッティングとは懐かしい言葉である。たしか1960年代の末頃に流行った言葉だ。
 男の子とデートをして、まず手を握る。次がキス。それからセックスへ進むのではなく
 て、その前にペッティングというのがあった。ペッティングとは、男の子に性器を触ら
 せたりはするのだが、それ以上はさせない。つまり処女はしっかり大切な日まで守ると
 いうものだった。
・ペッティングお技術ばかり上手になった女の子を「テクニカル処女というのよ」と友人
 が真顔で教えてくれたりした。とにかくセックスは結婚前には絶対にしてはいけないと
 多くの女の子が固く信じていた。そして、もし、してしまったら、その人と結婚しなけ
 ればならないと思い込んでいた。
・裕子さんは、結婚式の夜に始めてセックスを体験した。特に痛みとかはなかったけど、
 なんかあっけなかったのを憶えているという。セックスってこんなものかと思っただけ
 だったという。後から考えると夫は早漏だったのではないかと裕子さんはいう。しかし、
 はっきりした自覚はなかった。
・裕子さんが自分の夫が少し変ではないかと感じたのは、新婚旅行のときだった。空港の
 タクシーの乗り場に並んでいたとき、二人組のおばさんが列に割り込んできた。すると、
 夫の顔がみるみる変り「てめえら、ちゃんと並べ、この野郎」と相手を罵ったという。
 そんな夫の姿を見たのは初めてだった。
・やがて裕子さんは、嫌というほど夫の本性を思い知らされるようになる。とにかく、す
 ぐキレる。会社で気に入らないことがあると自宅に帰って、突然、壁に向かって蹴りつ
 ける。車がエンストを起こすと、いらいらして、車のボディーを思いっきり蹴り飛ばす。 
 ついには裕子さんに手を上げるようになった。些細なことに激昂して、何度も平手打ち
 にされた。
・実家の両親は事情を聞いて絶句した。そんな男なら、もはや関わり合いにならないほう
 がいいが、一言だけ向こうの両親に文句をいいたいと裕子さんの父親が電話をした。す
 ると、夫の父親は、「あれの病気なのです」と言って、ひたすら謝ったという。つまり
 は彼の家族も息子の暴力に悩まされていたのだろう。
・正式に離婚が成立したのは半年後だった。夫が何度も裕子さんの実家を訪れて土下座を
 して詫びるのだが、彼女はもはや彼の言葉を信じられなかった。
・裕子さんは友人の紹介で小さな商社で事務の仕事を始めた。女性は裕子さんひとりなの
 で大切にされた。同僚の一人に、やはり離婚経験者の男性がいた。年齢は三十五歳で、
 裕子さんより十歳年上だった。いかにも優しそうで包容力があるように見えた。入社し
 て三カ月後くらいから、交際が始まった。彼は社長の信任も厚く、仕事においても有能
 だった。 
・後の再婚の相手となるその男性は、とにかく強引だった。週末ごとに食事や映画に誘っ
 た。二人が男女の関係になるまで、それほど長い時間はかからなかった。裕子さんも、
 もう結婚するまでは肉体関係を持たないという考えはなかった。むしろ相手をもっと知
 りたいという気持ちが強かった。生まれて初めて、ああセックスって、こんなにいいも
 のかと思ったという。
・交際して一年後に二人は結婚した。再婚同士なので、披露宴もせず、家族と会社の同僚
 だけが集まって小さな宴会をした程度だった。 
・初めの一年はなにもかも順調だった。しかし、悪夢は突然にやってきた。ある日、夫が
 風邪のために会社を早引けして帰宅した。たまたまそのときに、家には裕子さんの従弟
 の男性が近所まできたからといって立ち寄って、二人はお茶を飲みながら談笑していた。
 裕子さんの夫にしてみれば、見知らぬ男が自宅に上がり込み妻と楽しそうに話をしてい
 たわけである。彼の形相はみるみる変わった。「あんた誰だよ」といきなり喧嘩腰で、
 従弟に聞いた。
・その晩だった。食事をしていたら。いきなり裕子さんは夫に殴られた。「俺の留守の間
 に男を引き入れやがって」という夫の顔は目がつりあがり、拳が震えていた。ああ、こ
 の顔だと裕子さんは思った。前の夫も同じ顔をしていた。そして、そんなときは必ず裕
 子さんに暴力をふるった。感情の制御ができなくなっている顔だった。
・それから年に二、三回の割合で夫は裕子さんに手を上げるようになった。そのたびに裕
 子さんは、夫を怒らせるのは自分が悪い。夫を怒らせないようにもっと気をつけなけれ
 ば、と思って耐えたという。裕子さんが夜中にワインの瓶で頭を殴られて救急車を呼ぶ
 騒ぎもあったが、それでも彼女は我慢をした。
・そんな両親の関係が子供に影響を及ぼさないはずがなかった。高校を中退した息子は
 十七歳で家を出て行った。「俺は自分が本気で殴ればおやじを殺せるってわかっている
 から、この家を出るんだ。あの男の面も見なくないからだ。女を殴るなんて最低の人間
 だよ。我慢しているあんたも最低だけど」と玄関口で息子にずけずけ言われて、裕子さ
 んは目が覚めたような気がしたという。  
・いったい自分は何を恐れているのだろう。世間の目以外にはないじゃないか。しかし、
 世間と自分の人生を秤にかけたら、自分の人生のほうが大切だ。
・裕子さんの年代は、離婚は敗北だという意識があるという。負けたという意識。だから、
 どんなことにも耐えて、夫と添い遂げるのが立派なことなんだって思い込んでいたとい
 う。
・それでも二年間ほど裕子さんは迷った。夫は暴力の嵐が過ぎ去った後は「もう二度とし
 ない。許してくれ」と必ずいった。手をついて謝った。しかし、裕子さんは知っていた。
 彼は必ず暴力を繰り返すと。
・そんなとき裕子さんの父親が八十六歳で亡くなった。ふっと肩の力が抜けて自由になっ
 たような気がした。そうか、自分が守りたかったのは実家の父親の名誉だったかもしれ
 ないと思った。初めて母親に今までの経緯を話すと「帰っておいで。身体ひとつでいい
 から帰っておいで」と母親は涙をこぼしながら言ってくれた。裕子さんが五十二歳のと
 きだった。

”熟女好き”の二十代男性とのセックスで潤う
・離婚とは、不思議なもので、迷っている間は成立しない。そして迷いながら人生を終わ
 る人もいる。しかし、あるとき何かのきっかけで離婚の二文字が天から舞い降りてくる
 ことがある。そのときが離婚するときでではないか。
・静香さんは重い更年期障害に苦しんでいた。そのために夫との関係もうまくいかなくな
 った。 
・離婚して独身になった静香さんは、今は二人のボーイフレンドがいるという。性交痛が
 自分の場合でもいつ起こるかわからないと思ったら、急に不安になったという。今のう
 ちに、男の人とセックスをしておかなかったら、できなくなるっていう恐怖感に取り憑
 かれたという。
・それで昔、結婚する前に付き合っていた男の人に連絡してみたという。その男性は今
 六十一歳で、会社の重役になっていたが、すごく驚いたという。静香さんはその男性と
 夫とどっちにしようか迷って、結局夫のほうが選んだ。その男性は静香さんにふられた
 と思っていたという。だから三十年ぶりくらいにこちらから電話をしたら、すごく喜ん
 でくれた。これって敗者復活戦みたいなものですねと静香さんは言った。
・その男性とは二回目に会ったときは、もう縒りが戻っちゃったという。昔も関係はあっ
 た。その男性は真面目の人だから結婚を前提に交際していたという。その男性は妻子は
 いるが、奥さんとは家庭内別居も同然だということだ。 
・その男性との時間が楽しいのは、お互いに青春を共有したっていう意識があるからじゃ
 ないかと静香さんはいう。セックスは、正直いって、ちょっともう彼は精力が落ちてい
 るからか、いつも中途半端で終わっちゃって、なかなかフィニッシュまでは至らないと
 いう。でも不満はないという。
・ベッドの中で、二人で手をつなぎあって、1970年代の終わりに流行った歌とか映画
 の話をしたり、共有の友人の噂をしたり、そんな和やかな時間が嬉しいという。
・静香さんもかつては人妻で夫の浮気には苦労したから、彼に離婚を迫る気はないという。
 定年後は静香さんと暮らしたいなんて彼は口走ったりするけど、静香さんは何も答えな
 いという。  
・そんな静香さんは、ある日、女の友達から飲み会に誘われた。それが相手は若い男の子
 ばっかりで、こちらは四十代から五十代のオバサンたちなのだ。熟女サークルって呼ん
 でいたが、とにかく、そのサークルに集まる男の子たちは、若い娘なんかには、まった
 く興味がなく、熟女一筋だという。
・そこで静香さんは二十六歳の若い男の子と知り合った。男女関係になったのは、三回目
 に会ったときだった。新宿の安いラブホテルに入った。その男の子はお金がないから、
 食事もホテル代も静香さんが負担するが、彼はそれをすごく申し訳ないと思っていると
 いう。だから安いファミレスやラブホしか使わないという。
・その若い男の子は、静香さんとのセックスには満足しきっているといつも言うという。
 最近やっとわかったが、その若い男の子は、どうもコンドームをつけると萎えちゃうら
 しい。コンドームが苦手らしい。それで、静香さんが相手なら、もう妊娠する心配がな
 いから、初めからコンドームをつけなくていい。それで安心してセックスに没頭できる
 のだという。 
・静香さんの生活費は、別れた夫が一カ月に十万円、ほかに三人の子供がそれぞれ五万円
 ずつ仕送りしてくれている。さらに2DKのマンションを持っていて、そこから家賃収
 入が十五万円入る。合計四十万円の収入があるうえに、ピアノの教師として月に十五万
 円くらいは稼ぐので、生活の心配はないのだという。離婚したときの慰謝料で中古だが
 二千百万円のマンションを買ったので家賃もいらない。前の夫が会社を経営していて経
 済的には裕福だからこそ、静香さんも今の暮らしが維持てきている。
・静香さんは、ほんとうに今は後悔しているという。なんでもっと早く離婚しなかったの
 かと。更年期障害なんて、さっさと離婚して若い男の子とセックスしていたら、どっく
 に直っていたでしょう。それなに何にも知らなかったから、六年も苦しんだと、静香さ
 んは言う。 
 
悪妻から逃げるには「蒸発」するしかなかったあの頃
・たしか昭和四十年代から五十年代にかけて流行った言葉に「蒸発」というのがあった。
 ちゃんとした家庭があって、仕事も順調なサラリーマンが、ある日、突然失踪してしま
 う。姿を隠してしまうのだ。家庭や会社が必死になって連絡を取ろうとするのだが、ど
 うしても居場所がわからない。そういうケースを「蒸発」したという。当時は大きな社
 会問題になっていたのだと思う。 
・清美さんの父親は、昭和四十年代の終り頃に、忽然と蒸発した人だった。清美さんの家
 庭構成は複雑だ。彼女の実の母親は清美さんが十三歳のときに病死した。残されたのは
 父親と清美さんの二歳年上の兄だった。それから三年後に父親は再婚した。
・清美さんの家は老舗の和菓子屋さんで、職人も五人ぐらい使って手広く商売をしていた。
 経済的にも豊かだったので、清美さんは高校時代に一年間、アメリカに留学した経験が
 ある。 
・清美さんの継母は、正直いって、あまり好きなタイプではなかった。遊びに行くと、い
 つも寝巻きのままで平気で客間に出て来る。髪の毛もくしゃくしゃで、なんともだらし
 がない印象だった。そして口を開けば清美さんの自慢話なのだ。たしかに清美さんは有
 名女子高から国立の大学に進学した。優秀な人だった。顔も可愛くてスタイルも良かっ
 た。それなのに、とても謙虚な性格で、みんなに好かれていた。
・まったく似ても似つかぬ母娘だったが、清美さんは感心するくらい継母を大事にしてい
 た。兄は、継母と折り合いが悪く、高校を卒業すると同時に北海道にいる親戚を頼って
 家を飛び出してしまった。
・清美さんの父親は、ほんとうに無口な人だった。私たちが遊びに行っても、ただ黙って
 頭を下げて挨拶するだけで、何も喋らずに黙々と和菓子を作っていた。
・まるで一卵性双生児のように継母と清美さんは、どこへ行くにも一緒だった。あんな従
 順な娘というのが、この世にいるのだと、私は不思議だった。そんなふうなので、清美
 さんにボーイフレンドができると、いつも継母が猛烈な勢いで邪魔をした。どんな男の
 子でも継母は気に入らなかった。性格が良くて美人の清美さんに恋をする男の子はたく
 さんいたが、次々と継母に撃退された。それでも清美さんは継母と衝突はしなかった。
・たしか清美さんが二十三歳くらいのときだった思う。突然、清美さんの父親が蒸発した。
 ある日、ちょっと買い物に行くといって家を出て、そのまま帰って来なかった。もちろ
 ん、家族は心配して警察にも相談した。事件に巻き込まれた可能性も考えたが、父親ら
 しい男性は発見されなかった。 
・父親が消えて一年たったときだった。北海道にいる兄から電話があって、「親父は生き
 ている。心配するな。でも捜すなよ。それから、あの女にも言うなよ」とって、兄は電
 話を切った。あの女とは継母のことだった。
・それで、清美さんはピンときた。ああ、そうか。父親は蒸発したんだ。継母のことが嫌
 で逃げたんだなと思ったという。 
・清美さんは、継母が家に嫁いで来たとき、自分があの人とうまくいかなかったら父親が
 可哀相だと思って、継母のどんな言葉にも従う覚悟をしたのだという。それからほどな
 くして、継母の秘密を知って、余計に身動きができなくなってしまったという。
・継母は、父親と結婚したときはもう四十一歳だった。それから五年の間に、継母は四回
 も子供を中絶していた。いつも憂鬱な顔をして、自分の実家がある千葉に帰って行った。
 そこの産婦人科の病院で手術を受けていたのを知ったのは継母の妹にあたる叔母が教え
 てくれたからだった。 
・清美がいるので、もう子供はいらないって、あんたのために継母は子供を堕ろしたんだ
 よ、と叔母から言われたときにはショックだったという。それに清美さんだって、避妊
 の避妊の知識はあったから、どうして父親がちゃんとコンドームをつけないのかも腹が
 立った。父親が身勝手な男で継母が気の毒だと思い込んだ。
・今になれば夫婦の間のことって、そんなに単純じゃないってわかる。継母は杜撰な女だ
 ったから、きっと避妊も関してもいい加減だったんでしょう。 
・とにかく、妻としても母としても失格だった。食事は作らない。掃除はしない。年中汚
 れた浴衣で、寝転んでいた。まして、店の手伝いなんてとんでもない。少しでも自分が
 気に入らないことがあると切れまくって怒鳴り散らしていた。そんな継母が六十五歳で
 死んでくれたときには、これでやっと自由になれると思って、ほっとしたという。
・父親が蒸発して三年目に、継母は夫がどこかで生きていると知ったようだ。清美さんも
 兄以外の人から、父親が東北地方に和菓子屋で住み込みで働いていることを聞いた。
・清美さんの実家の商売は、ご主人が消えてしまったのでは続けられるはずもなく、間も
 なく廃業した。しかし、都内の中心部に百坪以上の土地があったので、継母はそれを売
 り払って清美さんと一緒に自分の実家のマンションに移り住んだ。清美さんは四十歳に
 なるまで結婚もしないで、商社に勤めて継母との暮らしを支えた。
・その当時の清美さんは父親に対する恨みなかりが募っていたという。なんで黙って自分
 たちを捨てたのか。役立たずの継母が清美さんの重荷になるのはわかりきっているのに、
 ひどいじゃないかと憤った。
・継母が亡くなった後で、叔母がいろいろ話してくれたという。継母は若い頃から男好き
 で、男の出入りが絶えなかったという。でも四十歳になっていつまでも独りではいられ
 ないと思っていたとき、父親との縁談が持ち上がった。それで見合いの翌日には、もう
 自分から父親を誘って連れ込み宿へ行ったという。おそらく最初の頃は父親は継母との
 セックスにのめりこんだのだろう。女遊びもできないような人だったから。でも、継母
 の本性を知るにしたがって、どうにも我慢ができなくなったのだろ思う。なにもかもが
 嫌になって蒸発したのだ。
・清美さんが蒸発した父親と連絡を取り合うようになったのは、継母が亡くなってからだ
 った。驚いたことに、失踪して十年後くらいに父親と継母は離婚していた。戸籍上は赤
 の他人になっていた。それを清美さんは知らされていなかった。しかし、おそらく勝手
 に継母が離婚手続きをしたのではないかと思っている。
・清美さんは父親に何度もこちらに引き取るから一緒に暮らそうと言ったが、父親は最後
 まで遠慮して、俺が同居したら、お前の婿さんに迷惑がかかると言って、東京に出て来
 ようとはしなかったという。
・かつては、あれだけの大店の主人だった父親が、田舎の和菓子屋さんに厄介になって、
 四畳半の一室で、ずっと職人として働いていた。可哀相なことをしたと清美さんは言っ
 た。
・今はさかんに熟年離婚が話題になるが、もしも父親が蒸発した頃に、熟年離婚が今くら
 いに認知されていたら、父親も思い切って継母と離婚できたのではないか。でも、あの
 時代はまだまだ、熟年離婚なんて言葉も存在しなかったし、発想もなかった。父親みた
 いに昔気質の男は蒸発するしか生きていく道はなかったんですね、と清美さんは言った。

まさか三十年連れ添った夫がホモセクシャルだったとは
・友恵さんが離婚したのは三年前である。離婚の後遺症で十三キロも痩せてしまったのだ
 という。
・友恵さんが結婚したのは二十四歳のときだった。仲の良い従姉がいて、彼女の職場の同
 僚が前の夫だった。半分はお見合いで、半分は恋愛みたいなものだった。夫は友恵さん
 より三歳年長だった。二十四歳と二十七歳のカップルは理想的な組み合わせに見えた。
・友恵さんは、私って男を見る眼がないんです。」」と言った。
・実のところ、男の本性を見抜くということにかけては、私もまったく自信がないのだ。
 とんでもない男に引っかかって、ずいぶん時間とエネルギーを無駄にした経験がたくさ
 んある。後から考えると、なんで、あんなくだらない男に誠実さを求めたのかわからな
 い。冷静に考えれば、無責任な男だとすぐにわかるはずなのに、恋に陥っているときは、
 それが見えないのだ。
・よく身の上相談なんかで自身たっぷりにああしなさいとか、こうしなさいとか答えてい
 る先生がいるけど、どうして他人のことがわかるって確信しているのか。男というもの
 は・・・なんて講釈をたれているのを聞くと腹立たしくなると、友恵さんは言った。  
・友恵さんが最初の恋人にふられて、自信喪失しているところに夫が現れた。溺れる者は
 藁をも掴むっていうが、夫は藁だった。とにかく掴める何かが欲しかったという。
・夫は長男でしかも一人っ子だった。両親が歳を取ってからできた子供だったので、すご
 く可愛がられて育って、早く結婚して家の後継ぎを作らなければというプレッシャーが
 強烈にあったらしい。 
・初めて会った日にプロポーズされたという。友恵さんは相手が自分に一目ぼれしてくれ
 たと思い込んだという。
・夫はハンサムで長身だった。ただ、一緒に食事をしているときに彼の手が女性のように
 華奢なのが、友恵さんはちょっと気になった。長い白い指を動かす動作が妙に艶めかし
 く見えた。
・見合いから半年後に二人は結納を交わし、その五カ月後に挙式した。婚前交渉は結納後
 だった。ごく普通のあれだったという。変なところはどこもなくて、自分は愛されてい
 るんだと、友恵さんは思ったという。夫は避妊具を使おうとはしなかった。子供ができ
 てもかまわない。どうですぐに結婚するんだからといって、悠然としていた。
・実際、間もなく友恵さんは妊娠した。結婚式のときは妊娠三カ月だった。やがて、少し
 早く子供が生まれたが驚く人もいなかった。最初の赤ちゃんは女の子だった。夫の両親
 は落胆の色を隠さなかった。しかし、友恵さんは心配していなかった。また産めばいい
 だけのことだ。自分は若いし健康だ。なにより夫は自分を愛してくれている。
・たしかに、今にして思うとセックスは淡泊だった。時間が短かった。ただ、とても優し
 かった。そっと愛撫して、そっとあれを入れて、すぐに果ててしまったという。なんだ
 か、おじさんのセックスみたいだなあと内心は思っていたという。 
・翌年、二人目の子供を授かった。今度は男の子だった。夫はびっくりするほど喜んで、
 感激に眼を潤ませた。その意味が当時の友恵さんにはわからなかった。単純に我が子の
 誕生に感動しているだろうと思った。そこには、もっと深い意味があると知ったのは、
 長男が生まれてから二十五年も経ってからだった。
・二人目の子供ができたと同時に、ぱったりと夫婦生活がなくなった。夫が求めてこなく
 なったのである。
・そこで友恵さんはある晩、思い切って自分のほうから夫のベッドに入っていった。する
 と夫は友恵さんの肩に手を回して、ごめん。俺、本音をいうと、どうしてもその気にな
 れないんだ。だってお前は二人の子どものお母さんだろ。なんだか、そう思うとダメに
 なっちゃうんだよね」と落ち着いた口調で言った。そうかと友恵さんは、なんとなく納
 得してしまったという。
・そんな家庭に異変が老いたのは友恵さんが四十八歳くらいのときだったという。急に夫
 の帰宅時間が遅くなりだした。夫は営業担当の役員になっていた。そのため仕事が忙し
 くなったのだろうと思っていた。
・そんな日々が一年ほど続いたところで、さすがに友恵さんもおかしいと気づいた。急用
 あって夫に連絡を取ろうとしても、会社にいない。携帯も切っているということが何度
 かあった。さらに日曜日まで理由をつけては外出するようになった。これは愛人ができ
 たに違いないと思った。
・友恵さんは調査会社を訪れて、夫の素行を調べるように依頼したのである。三週間ほど
 で、調査結果が報告された。さすがに調査会社の人も真実を友恵さんに告げるのを口ご
 もったという。彼女が目にしたのは、あまりにも衝撃的な内容のレポートだった。
・夫は都内に若い男性とアパートを借りていた。そこを毎晩のように訪れていた。二人が
 ホモセクシャルの関係にあるのは間違いないとのことだった。 
・夫は世間体のために結婚したのでしょう。そして子供だけは作らなければならなかった
 のです。それは彼が両親から課せられた義務だったのです。
・友恵さんは、自分の生涯は何だったのかと考えたら、ただ呆然として涙も出なかったと
 いう。 
・夫は、「人間、ときには知らなくてもいいこともあるのだ」と友恵さんに言ったという。
・しかし、友恵さんは知ってしまった以上、ほかに女としての選択はなかった。悩んだ末、
 二人の子供達には離婚の真相は告げないことにした。子供たちがあまりにも不憫だと思
 ったからだという。

どんな夫婦にも必ずブラックボックスがある
・響子さんは五十七歳で、子供は二人いるが、もう独立して家を出ていた。今は夫もいな
 くなってしまった広い屋敷に一人で住んでいる。
・次女が二十九歳で結婚したが、その披露宴のあった翌日、夫から電話がかかってきて、
 もう家には帰らないという。はっと思って、寝室に行ったら、夫は背広やシャツやネク
 タイはお気に入りのものだけ持ち出していた。
・まさに寝耳の離婚騒動が始まった。双方が弁護士を立てての話し合いは、一年に及んだ。
 しかし、夫の決意は固く、どう響子さんが説得しようとしても応じなかった。
・夫はとにかく「君の責任だ。君のために離婚する羽目になった」の一点張りだったとい
 う。響子さんは、夫が少し頭がおかしくなったのかと思ったという。
・響子さんの夫は外資系の会社に勤めていた。それで副社長にまで出世したのは、すべて
 自分の努力のお蔭だと響子さんは思っていた。響子さんは小さな頃から父親の仕事の関
 係で外国生活が長かったから、フランス語と中国語と英語が話せた。それで夫の取引先
 や本社の方々を招待してホームパーティを開いていた。  
・響子さんに性生活はどうだったかたずねると、あれがあったのは初めの十年くらいで、
 夫がちょっと身体の調子が悪くなって、あとはずっとセックスレスだったという。
・響子さんの夫から話を聞くと、夫は「あの人は、もの凄い勘違い女なんですよ」よ言っ
 た。響子さんは夫のことを糖尿病だっていい張ったという。全然、糖尿病ではない。そ
 れなにセックスをしないのは糖尿だからって譲らない。夫は単に妻とセックスをする気
 が起こらなかったという。愛情が完全に醒めてしまっていたという。
・離婚の理由は簡単だ。妻が自信過剰で会社の業務まで口出しして出しゃばる。家庭にお
 いては独裁者で、ホームパーティは得意だが、毎日の食事は作らない。掃除もしない。
 つまり主婦失格だったと、夫は言った。
・夫は、次女が結婚する半年前に、ある女性と知り合った。彼女は母親と同居している
 四十八歳の女性だが、とても控え目でやあしい性格、その上に料理も得意で、彼女と一
 緒にいると癒されるという。性的な相性も抜群で、その女性が相手だと何度でも頑張れ
 ちゃう。思い切って彼女ともう一度人生をやり直そう と決心したのだ、と夫は言った。  
・響子さんの言葉と夫の言葉と、どちらにも、それなりの真実が含まれているように思え
 る。しかし二人の結婚生活に対する理解は、ひどくかけ離れている。それだけ夫婦の間
 に横たわる闇は深いということだろうか。

女装癖の夫と別れたことは正しかったのか
・熟年離婚をしたことを、ひどく後悔している女性がいる。若い頃と違って、熟年になっ
 てからの離婚は、その場の勢いで決めてしまうということはない。みんなじっくり考え
 て決断する。それが大人の常識だ。しかし、中には自分の判断が間違っていたと悔やむ
 ケースもあって当然だ。
・憲子さんは現在、五十四歳で、都内に住むキャリアウーマンだ。ちょうど二年前に、彼
 女は離婚届を夫の眼前に突きつけ、有無をいわせず、強引に判を押させた。
・憲子さんが結婚したのは二十六歳で、同じ会社の同僚と結婚した。夫は三十一歳だった。 
 結婚を機に会社を辞めることも考えたが、上司から強く引き止められた。それだけ憲子
 さんが優秀だったということだろう。
・夫婦で同じ会社にいるのは、なんとも居心地が悪かったので、三年後には職種は変わら
 ないが別の会社に、憲子さんは移った。世間ではよく知られている大企業だった。
・子供も一人生まれた。女の子だった。夫は娘を溺愛し、夫婦の関心はもったら娘に向け
 られた。その娘も今でももう二十三歳になっている。
・夫婦生活は憲子さんが四十九歳のときに閉経して以来なんとなく疎遠になった。それま
 でも一カ月に一回くらいの間隔だったので、なくなったのも自然消滅といった感じだっ
 た。もともと、二人ともセックスには淡泊だった。はっきりいって、仕事が優先した。
 時間に不規則な職場だったので、子育てと、仕事を両立っせるだけで精一杯で、セック
 スにのめり込むエネルギーが残っていなかったのだと憲子さんは言う。そのことを憲子
 さんは別に不満にも感じなかった。むしろ夫がセックスに執着しない男でよかったとさ
 え思ったという。
・夫は、自分が期待したほど、会社では仕事が評価されないのが不満なようだった。根が
 真面目な性格なので、仕事を手抜きするということはなかったが、なぜか社長に嫌われ
 て、同期が次々と役員になるなかで、彼だけが部長代理のままで五十代も後半になって
 しまった。   
・一方、憲子さんは女性だったが、早々と五十歳で執行役員になってしまった。彼女の立
 てた企画がヒットして、それが会社でも評判になった。しかも、さばさばとした性格な
 ので上司からの受けも良かった。夫と同じ会社に勤めていないのでほんとうに助かった
 と憲子さんは思った。
・事件が起きたのは三年前のクリスカスの夜だった。娘が大学に入ってからは、もう友だ
 ちと一緒にクリスマスを過ごすようになり、一家にとっても特別な日ではなくなった。
 憲子さんも、その日は大学時代の女友達と銀座で食事をして、夜の十時頃に自宅に戻っ
 た。夫は同僚たちと飲み会に行くといっていたので、さっさと一人で風呂に入り、化粧
 を落としてベッドに横になった。夫が何時に帰ってきたのか、憲子さんは知らなかった。
 ぐっすり寝込んでいたのである。
・そして翌朝、いつものように目が覚めた憲子さんは、ふとダブルベッドの上で、自分の
 横に寝ているはずの夫を見やった。そして、思わず息をのんだ。傍らにいるのは、スパ
 ンコールのついた真江のロングドレスを着て、厚化粧をした一人の男だった。猛烈ない
 びきをかきながら、その男は眠りこけていた。すごく汚らしい物体が自分の夫だとわか
 るのに、十分くらいかかったという。はっとして玄関に行ってみると、これまで見たこ
 ともないような大きさの、赤いエナメルのハイヒールが、横倒しになって散らばってい
 た。夫は女装して酔っ払い、そのまま帰宅して眠りこけてしまったのである。彼の女装
 癖があることを、この朝まで憲子さんはまったく知らなかった。
・夫の言葉によると、彼はホモセクシャルではない。誓って、男性と性交をした経験はな
 い。ただ、女装をしたいという、どうにも抑えがたい願望が若い頃からあり、それが最
 近二年ほどの間に極端に強くなった。やがて、同じような嗜好を持つ人たちが集まるク
 ラブがあることを知って、週に一回くらい参加するようになったという。  
・夫は、その翌日の夜、憲子さんの前で床に手をついて謝って、もう二度とあんな馬鹿な
 真似はしないから、どうか許してくれと、泣きながら、かき口説いたという。しかし、
 憲子さんはどうしても許す気になれなかった。
・憲子さんの受け止め方は違った。自分の伴侶が不美人なので、夫はきれいな女性に憧れ
 た。その思いが昂じて、ついには自分が美女に変身する夢を見たのではないか。妻に対
 するこれ以上の侮辱はない。
・とにかく、憲子さんは離婚をしなければ、自分の気持ちは収まらなかった。正月明けに
 区役所から離婚届の用紙をもらってきた。娘は両親の突然の離婚騒動に驚いて、何度も
 その理由を憲子さんに尋ねたが、憲子さんは「パパに聞いてごらんなさい」としかいわ
 なかった。そして夫も観念したのか、離婚届に判を押した。
・ところが、なんとそれから、わずか三カ月で、夫は腎臓がんを発病して、半年後には帰
 らぬ人となってしまった。夫が亡くなるとき、憲子さんは娘と二人で病院に駆けつけて、
 もう冷たくなった手を握って、「あなた、ごめんなさい」と言った。 
・憲子さんは、あの人は私が殺したようなものかもしれないと言った。許してやれなくて
 も、近所に別居しるとか、なんとかしていたら、病気にならなかった。人生を切り抜け
 られたかもしれない。自分があまりに頑なで、あの人を精神的に追い詰め、きっと彼の
 肉体が敏感にそれを察知して、参っちゃったのだろう。そういって、憲子さんは涙を拭
 いた。苦い後悔の涙だ。

異常なセックスしか知らなかった二十一年の悔恨
・房子さんは、四十七歳で熟年離婚をしたのだが、どうしても解決できない問題を抱えて
 いる。離婚の理由はたった一つだった。夫が嫌いだったからだ。もう最後の二年間は、
 夫の顔を見るのも嫌だった。
・二人の間には子供がいなかった。房子さんは、ずっと夫の経営する会社の経理を担当し
 て働いてきた。従業員が八人ほどいる会社だった。
・房子さんの両親はもう他界しているため、彼女は帰れる実家もない。我慢の限界に達し
 たある日、夫の留守の間に荷物をまとめて家を出た。高校時代からの親友の女性のマン
 ションの近くにアパートを借りておいて、そこで生活を始めた。 
・結婚したのが二十六歳のときだから、二十一年間の結婚生活だが、そのうち半年は別居
 だった。しかし、彼女にいわせれば十年以上は家庭内別居の状態だったそうだ。
・初めから夫に対して深い愛情は持てなかった。それなのになぜ結婚したのかといえば、
 二歳年下の妹が妊娠して、大慌てで結婚したからだ。そのことで房子さんの心境にも変
 化があり、自分も早く身を固めなければという焦りを感じた。 
・男友達は何人かいたが、恋愛までは発展しなかった。結局、叔母が持ってきた見合いの
 話で結婚した。自営業の家で経済的にも余裕があり、しかも三男というところが気に入
 った。房子さんより九歳年上の三十五歳だった。
・結婚前に夫がしつこく尋ねたのは、彼女の男性経験があるかどうかだった。まだ処女だ
 った房子さんは、きっぱりと「ありません」と答えると、夫は嬉しそうな顔をした。
・房子さんは、その意味を深く考えるほど、大人じゃなかった。かえって、自分が純潔で
 あることが誇らしいと思ったという。  
・房子さんの夫は、仕事も熱心だし、礼儀正しくて温厚。外見も悪くない。しかし、すご
 く特殊な性癖があったという。
・夫は、女はセックスのときにクリトリスでいく女と膣でいく女と二種類に分けられると
 いう持論をもっていた。
・結婚して初めての夜を迎えたときから、「俺はお前がクリトリスでいける女にしてやる
 からな」と言った。新婚初夜から、まともなセックスはなかった。夫は彼女の乳首を長
 時間吸って、それからクリトリスを指で摘まんで、擦る。痛いというと自分の唾液をつ
 けた。わざわざ枕元のスタンドを手で持って、彼女の性器を照らし出して、クリトリス
 ばかりを剥き出しにして、刺激し続けた。
・房子さんは狼狽した。二十六歳にもなっていたので、セックスがどのような営みである
 か頭では承知していた。しかし、夫となったばかりの人の行動は彼女の理解の範疇を超
 えていたのだ。
・いつまでたっても夫はペニスを挿入しようとはしなかった。ただ、執拗にクリトリスだ
 けを触り続けたたまりかねた房子さが泣き出すと、さすがに夫は行為を止めた。
・翌日も同じことが繰り返された。違ったのは前夜より優しく触れるようになっただけだ。
 彼女も最初の夜よりは、少し緊張が解けていた。夫の指先を気持ち良いと感じるこころ
 が芽生えていた。そのため房子さんが潤うと、夫は嬉しそうに「これでいいんだ。これ
 でいいんだ」と呪文のようにいい続けた。
・快感がなかったといえば嘘になる。房子さんも身体の芯がかっと熱くなるように感じた。
 しかし、夫の愛撫はいつも乳首とクリトリスで終わってしまう。絶対に自分のペニスを
 挿入しようとしない。不思議だった。これがセックスなのだろうか。房子さんは考え込
 んだ。
・結婚して一カ月ほど経った頃だった。初めて房子さんは、行為の最中にそっと薄目を開
 けて夫を見た。右手で房子さんのクリトリスを触りながら、夫は左手で自分のペニスを
 せわしなくしごいていた。そして、最後に痛いほど房子さんのクリトリスを摘み上げな
 がら「房子いくぞ、ほらいくぞ」と叫んだ。
・夫が射精したのが房子さんにもはっきりわかった。それまでは「いくぞ」といわれても
 何がなんだかわからず、ただ行為が終わるサインだと思っていた。それだけ房子さんは
 性に関しては未成熟で、絶頂感なども感じたことがなく、「いく」という意味もわから
 なかったのである。 
・拍子抜けしたような思いに襲われた。どうしてちゃんとしたセックスをしてくれないの
 だろうと不満も感じた。だが、女性のほうから、それを求めるのははしたないと思って
 何も言わなかった。
・そんな状態が続いて、夫の行動はさらにエスカレートしていった。房子さんのクリトリ
 スを爪楊枝の先でつつき始めたのである。彼女は快感どころか痛みしか感じなかった。
 ああ、この人は異常だと房子さんは絶望的になった。
・結婚して五年くらいは一週間に三回くらい求めてくることも珍しくなかった。さすがに
 房子さんもはっきりと言った。あんまり変態みたいだから止めてくださいと。それが彼
女なりの精一杯の抗議だった。
・みるみる夫は不機嫌になり、その晩から口もきかなくなった。三日ほどして、何もなか
 ったように房子さんを求めて手を伸ばしてきたが、彼女はきっぱりと拒否した。
・そんな日々がさらに五年近く続いたところで、つくづく嫌になり寝室を別にして、一切
 肉体的な接触がない生活が始まった。当然、夫婦の間はとげとげしくなり、喧嘩が絶え
 なかった。  
・性の不一致が離婚の原因となる典型的な例だったかもしれない。幸い房子さんは経理関
 係の仕事を担当していたので、離婚しても、仕事を見つけられる自信があった。また、
 夫には内緒で貯めたお金が一千万円近くあった。熟年離婚に踏み切ることには、なんの
 躊躇もなかったという。
・ただ、房子さんは、このまま女の喜びを知らないで人生を終わってしまうのが悔しいと
 いう。といって、これから男を見つける気にもなれない。その男がどんな性癖を持って
 いるのかと考えると心配で、とてもセックスする勇気がないという。
・だから、房子さんは、女の人が自分で自分を満足させる道具が、どうしても欲しいとい
 う。あそこが疼く。入れたい。夫が異常性欲者だったために、自分は中でちゃんと感じ
 たことが一度もなかったのだという。 

女性に人気のアダルトグッズ事情に迫る
・房子さんから、真剣な面持ちで、女性用のバイブレーターを入手したいと相談されて、
 秋葉原の駅の近くにある、女性社長が経営する会社に向かった。そこではさまざまはア
 ダルトグッズを売っているのだと教えてもらった。
・社長室で代表取締役の高橋さんにお会いしたときは、ちょっと驚いた。美人なのである。
 年齢は四十代後半だろうか。こんなきれいな人がもしも会社の仕事でアダルトグッズの
 営業などに出掛けたら、商売相手の男性は照れてしまうのではないかと思った。ところ
 が話し始めると、それは杞憂だとわかった。性別を感じさせない、彼女が非常に有能な
 キャリアウーマンであるとすぐに悟った。
・女性が買いやすいバイブレーターというものがあるかどうか尋ねた。すると、その会社
 のヒット商品で、八年間で百五十万個売れたものがあるという。月に一万個、年末にな
 るとクリスマス・プレゼントなどで二万個売れるという。値段は小売価格で二千円くら
 いなのだという。 
・実際の商品を見せてもらった。想像していたより、はるかに小さかった。長さ六・五セ
 ンチ足らずである。そしてその形が予想とは違っていた。今まで見たこともないデザイ
 ンである。
・高橋社長は、通常十人くらいのモニターに製品を試用してもらって、七人くらいが良い
 といったものを世に送り出すそうだ。モニターの中には六十代の女性もいるという。
・女性の中にはこうした製品を使用することに抵抗がある人もたくさんいる。だから、初
 めから挿入することを考えずに、まず、製品を触って感じてみる。腕とか胸とかに当て
 てみるのもいい。自分が気持ちが良いと思えるスポットを探すのだ。それからローショ
 ンを塗って、挿入してみる。だがいきなりスイッチを入れてはいけない。気持ちが馴染
 んでから、動かしてみよう。こうして手順を無視して、初めから電源を入れて使おうと
 するから、恐怖感をあおるのだ。  
・考えてみれば、こうしたグッズの使い方は誰も教えてくれない。それどころか、セック
 スについても、誰かがやり方を教えてくれるわけではない。そこから、間違った知識が
 浸透していくこともある。
・「世の中にはイクことを知らない女性はたくさんいます。でも、本人に欲望があれば、
 必ずイクことができるんです」と、高橋社長はなんとも含蓄のある言葉を口にした。つ
 まり、女性も前向きにセックスをとらえれば、きっとそれなりの満足感を得る方法があ
 るのだろう。
・しかし、カップルに対しては「これは、あくまで前戯で使うのよ。最後は自分の道具で
 やるのよ」と男性に注意するそうだ。バイブレーターに頼ってしかセックスができない
 男性がいるとしたら、少々情けないことだと私も思った。あくまで、これは補助用具だ
 ろう。 
・こうした製品を使用した後は、女性は若返り、血行がよくなり、頭の回転が良くなると
 高橋社長は言った。
・セックスがしたいけれど、相手に恵まれない。あるいは、過去にこころの傷を負って、
 なかなか踏み込めない人もいる。そうした女性たちが、後ろめたさを感じずに、アダル
 トグッズを使えたら、それはそれでけっこうなことだ。
・これらの商品は、もちろん、秋葉原のお店で売っているが、ネット販売もしている。そ
 の場合は「ラブメルシー」で検索すると、多種多様な商品が掲示されている。ネットで
 の注文なら、女性でも恥ずかしくないかもしれない。ただ、問題は五十代、六十代の女
 性の場合はネットをやらない人がけっこう多いという点だ。秋葉原のお店には熟年の女
 性たちがどんどん買に来るそうだ。
・日本のセックスの最前線を垣間見ることができた。もはや、セックスは若者だけの特権
 ではない。熟年世代も貪欲に楽しもうとしている。しかも、そのことを恥ずかしいとも
 思っていない。だから、六十代でも現役バリバリの女性たちが訪れて買い物をしていく
 のである。
・昔だってバイブレーターはあっただろう。しかし、それはあくまで男性から与えられる
 ものだった。男性が楽しむ道具だったのではないか。ところが、現在は事情は大きく変
 わった。熟年離婚を選択する女性も増えてきて、当然、性欲の処理が大きな問題になる。
 自由を得た女性たちがアダルトグッズを楽しむのは、ごく当然の結果だともいえるだろ
 う。

携帯に移された若い女お痴態に涙が溢れて
・美容師のみどり先生は、五十代半ばを過ぎていると思われる。みどり先生の夫はカメラ
 マンで、子供はいなかったが、夫婦仲は円満だった。
・結婚したのはみどり先生が三十二歳のときだった。夫は七歳年下の二十五歳だった。夫
 はフリーカメラマンなので、定収入がなかった。みどり先生の父親は、男がどうやって
 妻子を食べさせるつもりなのだ、と激昂したという。
・みどり先生が独立して今の美容室を開いたのは三十六歳のときだった。前に勤めてた店
 の顧客がごっそり先生についてきてくれて、お店の経営は順調だった。
・夫はとにかく細やかな気配りをする人で、妻に声を荒げて怒ることもなかった。ほんと
 うは雄大な自然を撮る仕事がしたかったのだが、それには費用がかかるし、競争も激し
 くてチャンスはめぐってこなかった。どうしても商用雑誌の写真や宣伝用のチラシの写
 真を撮る仕事が多かった。 
・みどり先生は、ただがむしゃらに働いていた。両親の手前は見栄を張って、夫の収入で
 食べているといっていたが、実の夫の稼ぎは彼自身のお小遣い程度だった。マンション
 のローンも食費も光熱費もすべてみどり先生が負担していた。
・みどり先生は、そんな暮らしが頭にきて浮気してみたことがあるという。相手はお客さ
 んだった。ハンサムではないが、一流銀行に勤めていて、いかにも自信に溢れていて、
 夫と正反対のタイプだったから魅かれたという。
・しかし、だめだったという。みどり先生は、夫の指でされるだけでいっちゃうという。
 夫の指は、しなやかで、微妙に動く。あの指でされたら、どんな女でもいけると思うと
 いう。しかし、浮気相手の男がいざ乳首を愛撫してきたら、違う、これじゃない、そこ
 じゃない、と思って、全然燃えなかったという。
・夫がやっと、一流女性雑誌の専属カメラマンになれたのが、二年ほど前だった。そした
 ら間もなく、女ができたのだという。フリーのライターの子だったという。
・ある日、みどり先生は、夫が携帯電話を忘れて仕事に出かけたことに気づいた。何の気
 なしに携帯電話を開けると、待ち受け画面に若い女性の写真が出てきた。ああ、あのフ
 リーライターの子だと先生は思った。そのまま携帯電話を操作して他の写真も見てみた。
・みどり先生の眼に飛び込んできたのは、若い女性が洋服を着たままで、大きく脚を開げ
 て、性器を露出した写真だった。靴も履き、ハンドバックも持ったままで、スカートを
 たくし上げている。 それから、女性が自分の指で性器を左右に開いて、アップにした
 写真が続く。さらに、彼女は少しずつ衣装を脱ぎ捨てていった。その過程が丁寧に撮影
 されている。次に場面が変り、女性が男性のペニスを舐めているシーンが撮られていた。
 これも初めは女性の顔がはっきりわかるように撮られていて、それから、だんだん距離
 を縮めていく。彼女の舌がペニスに絡まる写真が延々と続いた。
・みどり先生は夫の携帯を見てしまってから、一週間ほど、じっと考えた。素知らぬ顔を
 していれば、夫は自分のところに帰って来るに違いないと思った。しかし、白濁した精
 液を湛えて大きく開けられた女の口の画面が何度も彼女の脳裏に甦るのだ。そのたびに
 涙が溢れた。
・みどり先生の離婚の申し出を夫は待っていたのかもしれない。今はその女性と同棲して
 いるという。だとすると、携帯の写真は罠だったのだろうか。

誰かに甘えて現実逃避するのは、男のほう
・恵美子さんは六十歳だが、現役で女を張っている。
・今年の正月を彼女は両親と兄夫婦の住む実家で過ごした。恋人は所帯持ちなので、こん
 なときは少し淋しいが、もう慣れっこになっている。
・新年を祝っていた恵美子さんの実家に、思いがけない客が訪ねてきた。兄の高校時代の
 同級生だった中山君である。
・中山君は学校の成績が抜群で、現役で国立大学に入学した。兄は一浪して有名私立大学
 へと進学した。大学に行ってからは、お互いに環境も違ってしまったため、いつしか疎
 遠となってしまって、今ではたまに開かれる同窓会で近況報告をしあう仲でしかない。
・美少女だった恵美子さんは、高校時代から男の子にもてた。中山君が自分に淡い恋心を
 抱いているのは知っていたし、彼女も誠実そうな彼を気に入っていたが、あくまで、兄
 の友人としてしか付き合わなかった。 
・すでに会社を定年になり、次の会社で契約社員として働いているという中山君は、すっ
 かり老人じみて見えた。髪も白くなり、顔にはシミが浮き出ていた。
・ある日、中山君から電話がかかってきた。そして、昔、恵美子さんが三十歳まで独身で
 いたら、お嫁さんにもらうと約束したのを憶えているかといった。そして真剣な声で、
 あのとき、どうして三十歳ではなくて六十歳って約束しておかなかっただろうと後悔し
 ているという。 
・中山君は、去年、離婚したのだという。友人の投資話に乗っちゃって、三千万円ほど穴
 をあけてしまったのだという。それでみんなに愛想をつかされて、住んでいたマンショ
 ンも退職金も妻に取られてしまったという。金がいるから勤めを辞められないで、再就
 職した会社では、自分より格下の奴に使われるから、精神衛生上よくないという。 
・恵美子さんは、いい加減電話を切りたくなったので、自分も今教えている大学が定年に
 なったら、講師でもいいから、どこか他の大学でまだ働きたいといって、話を終わらせ
 ようとした。
・中山君は、この間、久しぶりに、恵美子さんと会って、欲情した。自分も、今までの生
 活に区切りをつけて、新しい恋愛を始めなきゃと思ったという。
・恵美子さんは、中山君の言葉を聞きながら「あんた、馬鹿じゃないの」と言いたいのを
 必死にこらえたという。
・何十年も前には、たしかに中山君は恵美子さんを「「恵美ちゃん」と呼んで、ほんとう
 に身内のように彼女の家族に溶け込んでいた。しかし、今は立場が違う。恵美子さんだ
 って、大学では教授と呼ばれ、それだけの尊敬を集める仕事をしている。馴れ馴れしく
 「欲情したよ」などといわれる筋合いはない。
・熟年離婚して女房に財産を全部取られて、しかも定年になってお金はなく、あわよくば
 美恵子さんのとこにでも転がり込めたらと思っているのが、その口調からも、みえみえ
 だったという。なまじ一流国立大学なんか卒業しているからプライドばかり高く、再就
 職したってうまくいかないだろう。まったく世の中を甘く見ているとしかいいようがな
 いと恵美子さんは言った。
・熟年離婚は確かに増えている。でも、女はみんな前向きなのだ。どんなに傷ついても、
 もう一度しっかりと新しい生活をやり直そうと覚悟している。
・それに比べると男はだらしない。すっかり老け込んで、「もうすぐ死ぬから」とか「世
 間の邪魔者ですから」とか愚痴ばっかり言っている。
・中山君だって、まだ六十二歳なんだから、どうして、堂々と人生に勝負を挑まないのか。
 独身で小金を持っていそうな女に学歴だけちらつかせて取り入ろうという魂胆は卑しい。
 やっぱり歳を取ると、男のほうがダメみたいだ、と恵美子さんはきっぱりといい切った。
・熟年離婚ってなんだろう。それは長い年月ですれ違ってしまった夫婦が、老年を迎える
 前に下す決断だ。双方に痛みが伴なわないといったら嘘になるだろう。 
・女性の中には自傷行為に及んだ人、また、それを真剣に考えた人もいた。それでも時間
 が流れるにつれて、「離婚」という事実を受け入れて、その現実と共に生きていく術を
 学習する。
・だが、男は少し違うかもしれない。目の前の現実を受け入れられないのだ。中山君のよ
 うに、誰かに甘えて現実を逃避できないかと考える。すべての男がそうではないが、配
 偶者に去られた場合、女のほうが、はるかに逞しく第二の人生へと踏み出していた。
 
心の整理はつかないけれど、人生をあきらめない
・私は、今から十七年前の四十二歳のとき、二十年近く連れ添った夫と離婚した。これは、
 まことにすっきりしない離婚だった。
・最初の結婚は二十一歳のときだった。あっけないほど短期間で破局を迎えた。相手から
 一方的に別れてくれといわれ、なにがなんだかよくわからないうちに、結婚生活が終わ
 っていた。
・二度目に結婚したのは二十三歳のときだった。今の若い人が聞いたら信じられないかも
 しれないが、私の時代には、結婚する相手以外と同棲することは考えられなかった。社
 会的に許される行為ではなかった。
・二度目の結婚生活はカナダのバンクーバーで始まった。夫は州立大学で日本文学を教え
 ていて、私より十八歳年長だった。
・今度の結婚は、きっとうまくいくと信じていた。日本の大学を卒業して、留学生として
 アメリカに渡り、三十九歳でカナダの大学教授となった夫を、私はとても尊敬していた。
・最初の十年間は、何事もなく順調な生活だった。しかし、少しずつ私の心の底に不満が
 芽生えていた。それはセックスの問題でもなければ、生活態度や思想信条の問題でもな
 かった。あえていえば、経済的な問題だったろう。夫は女性も経済的に自立していなけ
 ればならないという考えの持ち主だった。したがって、私は彼から生活費をもらったこ
 とは一度もなかった。それどころか、彼の給料の額も知らなかった。
・初めの五年間は、私は大学に通っていた。事情があって、カナダ国籍を取得できなかっ
 たのである。そしてカナダの法律では留学生は働くことは禁止されていたので、収入の
 道はなかった。それでも、夫は基本的に居住費や光熱費、食費は負担してくれたものの、
 それ以外の金銭的な援助は一切してくれなかった。 
・これではどうしようもないと思い、二十七歳のときに本を書こうと決心した。作家にな
 れるかどうかはわからないが、とにかく何か突破口が欲しかった。幸いなことに、三十
 二歳になって、ようやく出版した本がよく売れて、あるノンフィクション賞の候補にも
 なった。
・もう文筆で食べていくしかないと思っていたので必死だった。不思議なことに、仕事が
 楽しくなると、バンクーバーでの夫との生活は退屈きわまりないものとなった。彼との
 セックスもまったく興味がなくなった。
・そんな私の変化と時期を同じくして、夫は体調を崩していった。原因不明の脱力感に悩
 まされ、自然食の生活へと傾斜を強めた。
・ある日、夫はおごそかに宣言した。これからは加工された食品は一切食べないことにす
 ると言った。なぜならば、加工された食品にはどんな化学物質が混入しているかわから
 ないので、危険だというのである。 
・妻の私の求められたのは、パンもジャムも自家製のものを作ること。料理はすべて手製
 じゃなければ口にしない。お茶は殺虫剤が入っているので飲まない。外食は町に一軒あ
 る自然食のレストランでしかしない。
・しかし、正直いって、私は彼のためにすべて手作りの料理をしている時間はなかった。
 そんな暇があったら原稿を書きたかった。
・今になって思えば、なぜ、そうしてことを、お互いにとことん話し合わなかったのだろ
 うと悔いが残る。そうすれば、離婚を回避できたというのではない。もっと早く離婚し
 て二人とも新生活を始められたと思うからだ。 
・夫は私に経済的に自立を求めた。それと同時に家事もこなしてほしかった。もし私がも
 っと能力のある人間なら、そのどちらもできただろう。実際、私などよりはるかに超売
 れっ子の女流作家で、家事や家族の世話をきちんとした上に趣味を楽しみ、それでいな
 がら、原稿を量産している人はたくさんいる。だから、私は夫だけが悪かったとは決し
 て思わない。
・経済的な自由を手に入れた途端に、家庭にまったく興味がなくなってしまったのは、私
 という人間の身勝手さからだろう。その反面、もしも夫が私を経済的に惜しみなく支援
 してくれて、普通の意味で妻ができる小さな贅沢を許してくれていたとしたら、私もま
 た、彼のために一生懸命、自然食を作り、家の中を美しく保つ努力をしたことだろうと
 思ったりもする。
・どうにも煮え切らない関係は十年も続いた。夫が嫌いかといえばそうではない。しかし、
 彼を、もはや愛していないことは明白だった。
・どうせ人間は死ぬときは一人なのだ。だったら、潔く一人で生きていこうと決心した。
 ところが、離婚して間もなく、編集者だった今の夫と食事をする機会があった。私は誰
 にも離婚した事実を隠すつもりはなかったので、実はこの度、離婚をしましてと話した
 ら、相手も、もう十年も奥さんと別居していて、ようやく娘が嫁いだので、離婚の手続
 きをしているところだという。まったくの奇遇だったが、熟年離婚したばかりの二人が
 めぐり会ったのである。私たちは、その日にうちにすっかり意気投合してしまった。お
 互いに熟年離婚がどれほど難しいものか、よく理解していた。
・私は熟年離婚をした女性から、これからどうして生きていったらいいか、と問われると、
 必ずこう答える。心配しなくても大丈夫です。一人で生きていく覚悟さえあれば、道は
・確かに、男女どちらにしても、熟年離婚は厳しい現実だ。自分の過去を否定して、そろ
 そろ定年を迎えようという年齢から、新しい生活を切り拓かなければならない。しかし、
 実際に熟年離婚を経験した立場からいうと、経済的な点は、健康でありさえすれば、自
 分の努力次第で、なんとかなるものである。
・特に女性には糊口の資を得る手段に足をとられがちだが、精神の自由と物質の自由とど
 ちらを選ぶかと言われたら、自ずから答えは出るだろう。いくら物資的に恵まれていて
 も、精神が死んでしまってまでは、結婚生活を続ける意味はない。

あとがき
・人間の心の中には、密かに隠されている負の堆積が一気に吐き出してしまいたいという
 願望も存在するようだ。
・もう一度、ここで熟年離婚についての私なりの定義をしておきたい。まず、結婚して二
 十年以上たってから離婚したカップルに限定した。年齢は四十代から六十代までの人々
 だったが、これは私が意識的にその年齢層を選んだわけではなく、結果として、そうな
 っただけである。 
・かつて熟年離婚とは、非常に特殊なケースだったはずだ。もう老年に差しかかる寸前に
 なって、静かな余生を楽しむ予定だった夫婦が、結婚生活に終止符を打ち、お互いにま
 ったく違った人生を歩む決断をする。「今更どうして」という言葉が彼らの周囲には巻
 き起こったことだろう。
・熟年離婚は、これから歳を取る一方で、体力は衰え、経済的な基盤が脆弱になるのは明
 らかだ。そんなときこそ、夫婦で穏やかな晩年を迎えるのが正しい老後の過ごし方だと
 いう既成概念が社会にはあった。
・それに、あえて反旗を翻して、熟年離婚を決行した夫婦の本音は何か。今の時期になっ
 て、なぜ、これほど自分の知人や友人の間で熟年離婚が増えたのか。
・まず、考えられるのは、人間の寿命が毎年のように延びていることである。かつでは人
 生五十年といったものが、現代では八十歳以上まで生きるのが当たり前になっている。
 すると、六十歳で定年を迎えても、まだ二十年以上の歳月を確実に生きるわけである。
・問題はこの二十年から三十年の時間にある。歳を取ったからといって、人間は急に何も
 かも達観し、浮世のあらゆる欲望から自由になるわけではない。むしろ、自分の持ち時
 間が少なくなってゆくことを悟っているからこそ、この世に執着する側面もある。
・だとすると、残りの人生を大切にしたいという願いを最優先させる行動は、さほど不自
 然とはいえない。  
・私は男女間にあって、「捨てる」とか「捨てられる」という言葉を使うのが嫌いだ。人
 間は物ではない。別れるという行為には、感情があり、理解が伴わなければならない。
・長い人生をともに歩んでいると、いつしか自分の伴侶が居間に置かれた家具と変わらぬ
 存在になってしまうのかもしれない。厳然として、いつもそこに置かれている物体であ
 る。その物体に突然、足が生えて、逃げ出したら、誰でも狼狽するだろう。
・しかし、よく考えてみれば、妻も夫も物体ではない。生身の人間である。厄介なことに、
 人間というものは常に変化を続けている。だから、何か、ある強力な理由が発生したら、
 自分が演じ続けてきた妻や夫の役割を放棄する。  
・熟年離婚を社会が認識する前に、現実のほうが、どんどん進み、気がつけば熟年離婚は
 珍しい現象ではなくなってしまっていたのではないか。その結果、もう人々が熟年離婚
 に眉をひそめる時代は終わったといえる。むしろ一定の理解をもって社会に認められる
 行為となった。
・だからこそ、私の知人や友人たちは熟年離婚を決行した。そして、これからはさらにそ
 の数が増えていくことだろう。
・ただし、熟年離婚につきまとう一番大きな問題は、実は感情の処理でもなければ、世間
 の偏見でも、家族の反発でもなかった。すべての体験者が口にしたのは、経済的な問題
 だったのである。特に専業主婦だった女性の場合は、離婚したいけれど、経済的な裏づ
 けがなければできないという現実があった。
・なんのキャリアもない熟年の女性が自立して生きてゆくのは、かなり厳しいのが事実だ。
 それにもかかわらず、離婚という選択を自らの手で下した女性たちは、私が驚くほど逞
 しく、新たな生活の再建を始めていた。その生命力の強さと、英知に、私は何度も感動
 した。
・彼女たちの胸の奥底にあるのは、「これで女としての人生が終わってたまるものか」と
 いう叫びだった。理性では、現状維持で安泰な生活が一番だと理解していても、身体が
 それを拒否するのだと語った女性がいた。
・女性が閉経したら、もはや女性ではないといった観念は、まったく通用しないことを、
 何度も思い知らされた。もう孫がいる年齢になっても女性は女性であり、良いパートナ
 ーに恵まれれば、もう一度、豊かなセックスライフを送りたいと願っている。
・男性もまた、熟年離婚をした後に、新しい妻と再出発したいと、ほとんどの人が語って
 いた。
・夫とのセックスライフが充実していたら、離婚はしなかったと語った経験者もいた。そ
 れは、一瞬にして起きる突風ではなくて、長い年月をかけて、少しずつ吹き付けていた
 北風により、ある日、彼女たちの心も身体も完全に冷え切ってしまっていたという結末
 である。  
・熟年離婚と性の問題は、私が予想していたよりも、はるかに強く影響し合っていた。と
 きには、いわゆる「大人の判断」を乗り越えて、生命の叫びを優先させた結果の先に熟
 年離婚という選択があったといってよいだろう。
・私は熟年離婚を望みながらも、最終の段階で思いとどまった女性たちも、何人か話を聞
 いた。「離婚するよりも、しないほうが勇気がいるんですよ」と語った五十代の女性の
 言葉は今も忘れられない。