AV出演を強要された彼女たち  :宮本節子

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私がまだ若い頃は、いまのアダルトビデオというものはまだなく、その代わり成人映画あ
るいはポルノ映画というものがあった。私もときどきこっそり観に行ったものだ。当時の
その手に出演する女優さんは、”前張り”というものでアソコが見えないようにしていた。
もっとも映像で見る人たちに対しては、その”前張り”が見えないように演技していた。
それでも、映像を見る側では、本当にセックスをしているように見え、とても興奮したも
のだ。当時のその手の映画は、ほとんどが本番行為ではなく「疑似セックス」だったわけ
だが、中には「あの映画はどうも本番をしているらしい」というものもあり、話題になっ
た映画もあったが、せいぜいその程度が限界だった。それにその手の映画に出演する女優
さん(ポルノ女優)は限られており、映画のタイトルが変わっても、見覚えのある女優さ
んが出てくるというのが、けっこうあった。しかも、おばさん女優が多かった。しかし、
それでも、この成人映画から当時の多くの若い男たちは、男女の行為について、いろいろ
学んだ。いまから考えると、とても健全な成人映画だった。
ところが、いまの時代のアダルトビデオというものは、当時とはすっかり様変わりしてい
る。もちろん女優さんは”前張り”などなく、行為も疑似行為ではなく本番行為そのものだ。
アソコの結合部分こそ、ぼかしを入れて見えないようにしているが、そのぼかしもかなり
薄くなってきている。出演している女優さんも若くてきれいな女性が多く、その女優さん
の数も相当数にのぼるようだ。我々の若かった頃の”成人映画”とはすっかり様変わりして
いる。そして驚くことに、そういうカメラの前で行われる本番行為は、出演者の合意さえ
あれば、違法ではなく合法なのだというのだ。
私は以前からこの点について、ずっと疑問に思っている。普通、金銭をやりとりして行わ
れる性行為は”売春”として認識され違法行為のはずだ。それが、同じ性行為がカメラの前
で行なわれると、それが作品制作行為として合法だいうのだ。私にはどうしてもその論理
が腑に落ちないままだ。しかも、アダルトビデオの中には、とても女優さんとよばれる女
性の合意のもとに行われているとは思えない性行為ものもある。なかには人間としての尊
厳そのものを損なっているような作品もある。どう考えても、これは性暴力としか思えな
い。しかしこれらが、正々堂々と合法として販売されているというこの日本の現状は、普
通ではない。どうして警察は、これを犯罪として取り締まらないのか。どうして国は、こ
んなことを野放しにしているのか。この国は無法国家なのか。
「女性活躍社会」とか「自衛隊を憲法に明記する」などときれいごとを言う前に、足元の
現実をしっかり見据え、このような野放し状態にあるAV業界を規制する法整備を早急に
行なう必要があるのではないのか。若い女性たちが、これ以上このような被害に遭わない
ように、そして既に被害にあってしまっている女性たちを救い出すために、政府および国
会は、早急に法整備を進めるべきだ。
また、女性も、こんなとんでもない悪の世界があることを、しっかりと認識しておくべき
だ。街で声をかけるスカウトマンの話に乗ってはいけない。相手はプロだ。非常に巧妙に
つけ込んで来る。軽い気持ちで乗ったら最後、地獄の苦しみを抱え込むことになる。最近
は、スマートホンの普及にともなって、LINEやTwitterなどのSNSで巧妙に
近づいてくる手口も拡がっているようだ。知らないうちに、恐ろしい罠に嵌ってしまって
逃げられなくなったということになりかねない。この社会はあなたが想像するよりも、は
るかにとんでもない悪の世界があることを、しっかり認識しておくべきだ。

<PAPS相談窓口>
https://www.paps.jp/

いまアダルトビデオ業界では何が起こっているのか
・少なくない女性がこの業界のなかで、きわめて過酷な性暴力や性被害を受けていること
 は、当該女性はもとより業界関係者内では周知の事実であったかもしれなが、顕在化す
 ることはあまりなかった。
・アダルトビデオへの出演を拒否した女性を、所属プロダクションが訴えたことでメディ
 アの注目を集めた。2千万円余りの損害賠償請求という民事訴訟だった。この訴えは東
 京地方裁判所にて棄却され、プロダクションが敗訴した。2015年9月のことである。
・この訴訟事件により、年若い女性がアダルトビデオの出演を拒否しただけでプロダクシ
 ョンから2千万円余りの損害賠償が請求されるという事態の異常さが、誰の目にも見え
 る形となった。 
・2016年3月には、国会の衆議院内閣委員会で池内さおり議員の質問に答えて河野一
 郎国家公安委員会委員長が実態調査を約束。また、同年5月には、山本太郎参議院議員
 がアダルトビデオへの出演強要被害に関する質問趣意書を国会に提出した。これに対し
 て6月には内閣府が、民間団体から被害状況を聴くなどして実態の把握に努めたいとす
 る答弁書を閣議決定した。
・私は、「ポルノ被害と性暴力を考える会」の一員として図らずも彼女たちの悲鳴を直接
 当人から聞く立場に立たせられた。これらの声から見てきたのは、契約というビジネス
 の装いをまとっているがその実、性犯罪と言ってもいい実態がある、ということである。
 相談を寄せる女性が一様にまず言うのは、「契約した私も悪い」という言葉である。自
 分が一方的に性被害を受けたという認識ではない。そして、撮影を強要した側も、契約
 を履行しただけの「仕事=ビジネス」だと言い、「犯罪」の意識は薄いようだ。
・現在私が行なっている「AV被害者相談支援事業」の核心は、アダルトビデオの撮影に
 応じた結果、”自分ではどうしたらいいのかわからないが、困った深刻な事態”に陥っ
 ていると訴える女性たちの声を聞き取り、主訴(本人が訴える事柄のなかでも最も重要
 な解決課題)のの解決に向けて何ができるかを、相談依頼者とともに考え実行すること
 にある。相談支援事業の主体は相談を寄せてくる人々であり、支援者はこの人々の走る
 スピードに合わせる伴走車である。事業母体は、任意団体である「ポルノ被害と性暴力
 を考える会(PAPS)と「NPO法人 人身取引被害者サポートセンター ライトハ
 ウス(LH)」の二つの団体である。
・PAPSは、夫人保護施設の施設長や職員、ポルノグラフィが社会に与える負の側面を
 研究していた研究者、および女性の性暴力被害に関心を持つ市民などから成る、つなが
 りの緩やかな市民組織である。活動の中心は性暴力被害に関する社会啓発活動。一方、
 ライトハウスは、外国から人身取引被害者として日本へ”輸出”されてくる女性たちの
 救援活動を主たる目的として十年以上活動してきた、市民を中心メンバーとするNPO
 法人である。
・アダルトビデオは合法的に社会に広く流通している商品である。男性で、AVを一度も
 見たことがないという人は少数派だろう。一方こうした被害に遭うのは、性風俗業界に
 近い環境にいる女性だけとは限らない。ごく普通の学生であったりアルバイトや非正規
 で働く人であったりする。特殊な人たちの特殊な問題ではない。私たちの暮らす社会の
 なかで、私たちのすぐ横で起こっている社会問題である。  

アダルトビデオに出演させられてしまった彼女たち
・AV女優として自己表現を図ったり自己充実を感じる女性がいたり、職業としてAV女
 優を自ら選び生活の糧を得ている女性たちがいることも、私たちは承知している。しか
 しこの本で語られるのは。あくまでもアダルトビデオに出演したことによって自分の生
 活や身体、精神が強く脅かされ、侵害されたと感じる女性たちの物語である。アダルト
 ビデオ業界すべてではなく、あくまでも一側面ではあるが、もう一つの現実があり、い
 ままで語られてこなかった負の側面があることを断っておきたい。
 
<Aさんの場合>
 思わず振り返りたくなるほど美しい女性。スレンダーなボディによくフィットしたカッ
 トのいいスカート、お金のかかったファッショナブルないでたち。有名大学の二年生で、
 春には二十歳、つまり成人になっていた。将来の夢はモデルになること。進学と同時に
 実家から離れて一人暮らしをしている。
・どうしてこのような利発な子が、特に興味もないし、ましてややりたいとも思っていな
 かったアダルトビデオの撮影に応じ、DVDが発売されてしまい、いまでは精神のバラ
 ンスを崩すまでになってしまったのか。
・Aさんとの出会いは、Aさんが通っていた精神科医がPAPS関係者に相談してきたこ
 とが端を発する。AV撮影を強要されて、ひどい精神的ショックを受けてトラウマ状態
 で治療中の女性がいる。加害者である業者の問題も絡んでいるので、精神科治療だけで
 は対応できないから相談に乗ってほしいとの依頼だった。
・Aさんは大学二年生になったばかりの春先のある日の夕方、学校の帰り、渋谷駅近辺の
 雑路のなかを一人で歩いていたとき、一人の若い男が近づいてきて「君、モデルとかに、
 興味ない?」と声をかけてきた。
・男が持っていた分厚いファイルには、彼がスカウトしたと称する女性たちがずらりとフ
 ァイルされていた。それらを見せながら、Aさんが顔だけ知っているアイドルから始ま
 って、一人一人のサクセス・ストーリーを聞かせるのだ。
・夕方から始まってこの勧誘は夜遅くまで続き、Aさんは終電時刻が気になった。終電を
 逃せば、渋谷の繁華街で夜を過ごさなければならないが、そんなことはしたことがない。
 次第に、帰れないのではないかという不安が増してくる。Aさんは徐々にこの不安と疲
 弊とで思考力を奪われた状態になっていった。Aさんの疲労を見計らって、スカウトマ
 ンは契約書を出した。「これに署名してくれれば、あとは僕がいいようにするから。」
 ついにAさんは根負けし、最後のころにはともかくもこのしつこい勧誘から早く逃げた
 いという気持ちのほうが勝って、契約書に署名捺印をしてしまったという。
・真夜中に帰宅した彼女は、やはりあの契約は断らなければいけないと考えた。Aさんの
 望みは、名の知れた芸能事務所に所属してファッションモデルになることであって、そ
 のことは親とも相談しながら決めたいと考えていた。どこの誰ともわからないスカウト
 マンの勧誘に応ずることはできない。
・彼女の大きな間違いは、断る作業を一人でしようとしたことにある。しかし、独りでし
 ようとしたことに関して、誰が責めることができようか。自立心があれば誰でもやるだ
 ろう。それに、なんとなく直感的に、これは人には言えない、なんとかとんでもないこ
 とに巻き込まれそうになっているという不安があって、余計に誰にも相談できなかった。
・数日後、Aさんはプロダクションの事務所に電話を入れた。そうしたら「契約破棄に関
 してはもっといろいろ相談したいので、事務所に来てくれないか」と言われた。ちなみ
 に契約破棄のために事務所にわざわざ本人が赴く必要はない。本人の意思を伝える手段
 は、メールでも手紙でもいくらでもある。しかし、彼女は約束の日時にプロダクション
 に出かけていった。
・プロダクションでは準備万端整っていた。Aさんはそこで強姦されて、その映像を撮ら
 れた。この映像そのものがその後どのように扱われたか、Aさんは知らない。私たちに
 もわからない。確実に言えることは、強烈な脅しとして機能したということだ。後日、
 ”出演料”が彼女の口座に振り込まれた。極めて悪質な犯罪である。
・しかしAさんは、その場から警察へは行かなかった。プロダクションは、もう夜も遅い
 からと家まで車で送り返したのだ。彼女の住所をすでにつかんではいたが、実際にそこ
 に住んでいるかどうかを確かめるためと警察に直行することを防ぐためだったようだ。
・Aさんには警察に駆け込むという考えはそのときにはなかったという。何をどうしたら
 いいのかということを考えることもできないくらいに虚脱状態だったようだ。そのとき
 にAさんが最も必要としていたのは、親身になってくれる信頼できる人だ。その人はい
 ままでずっと両親だった。しかし、このことは親には絶対に知られたくないと強く思っ
 たという。また、親友たちにも知られたくなかった。彼女は孤立無援の状態に陥ったの
 である。
・以後、アダルトビデオの撮影を強要されるようになった。応じないと学校に知らせるぞ、
 親に知らせるぞということをちらつかせられては、屈服する以外にどうすることができ
 ただろうか。撮影が重なれば重なるほど、AVに出演しているという既成事実は積み重
 なる。直接的に言われなくてもこの脅しは彼女に重くのしかかってくる。悪夢のマイナ
 ス・スパイラルである。
・スカウトされてからほぼ三カ月の間に、6本のDVDが撮影されて販売された。なかに
 は無修正のものもある。出演料はその都度Aさんの口座に振り込まれた。承諾して出演
 した証拠、痕跡として残っている。
・夏には最初のDVDが販売された。このDVDに関して、部活内部の男子学生からちら
 ほら噂が流れるようになった。あの動画は彼女らしいと。
・出演している人物と本人が同定されることを”身バレ”、親に知られてしまうことを
 ”親バレ”と言う。スカウトマンやプロダクションの説明で最初に力点が置かれること
 の一つに、おの、”身バレ”、”親バレ”は絶対にないから、ということがある。動画
 やDVDはとんでもなくたくさん出回っていて、あなたの出演している作品なんか星く
 ずの一つに過ぎないのだから絶対に”身バレ”なんかしないよ、というわけだ。 
・業者のこの言い分の真偽のほどはわからない。ただ私たちのところへ寄せられる相談で
 は、”身バレ”はしないと言われて出演したけれどもバレでしまった、どうしたらいい
 だろうか、回収したい、削除したい、という内容が非常に多いのも事実だ。
・学内で”身バレ”を起こした彼女は、それを打ち消してくれる友人もいたけれども、次
 第に精神のバランスを崩していった。何度も事務所にもう辞めたいと泣きついた。事務
 所が彼女の何をどのように見て判断したかはわからないが、もうこれで最後にしようと
 言った。そして、盛夏に行なわれた最後の撮影は、アダルトビデオのなかでは定番の非
 常に人気のあるジャンル、輪姦しながら女性を思い切り凌辱するという内容だった。も
 ちろんこれは演技ではなく、本当の性交行為、輪姦が行なわれるのである。
・視聴者は、本当の性交行為、この場合は輪姦が行なわれていると承知し、期待して見て
 いる。ただし、被写体の女性の合意のもとになされている撮影行為であり、犯罪ではな
 く、合法の映像であるという、視聴者と製作者の暗黙の共通理解を前提としている。真
 似事ではないホンモノの輪姦だけれども出演女性の合意のうえだという論理には矛盾が
 あるように思うが、その矛盾は無視される。視聴者は、たとえ合意の上であったとして
 も、日常生活での親密な男女間での行為とはまったく異なる、多数回にわたって想像を
 絶して乱暴に扱われた女性性器がどのような状態になってしまうのかは、思いをいたし
 ていないのだろう。 
・最後の撮影だと言われた輪姦の体験により、Aさんはいっそう精神のバランスを崩した。
 不眠と不安と焦燥感とでいたたまれなくなり、ネット検索をして性暴力被害に詳しい女
 性の精神科医にたどり着き、受診するようになった。
・最後の出演をした後の夏休み明けのこと、Aさんにもっとも近い一人の友人が彼女の異
 変に気がついた。精神的に追い詰められたAさんは、ときどきぼうっとなって意識がそ
 こにないような感じになっていたのである。すべてを事細かにこの友人に話したわけで
 はないが、Aさんは警察に行くように勧められた。 
・相談した友人に付き添ってもらい、意を決して警察に相談に行った。警察がなんとかし
 てくれるかもしれないと望みを託し、渾身のエネルギーを振り絞って出かけて行ったの
 だ。駅からその警察署までは徒歩でもそんなに遠くないが、警察署に辿り着くまでとて
 も遠い距離をあるいたように感じられたという。
・しかし、Aさんは、そこで、で二次被害に遭った。最初に飛び込んだ警察の生活安全課
 から、この話は生活安全課では扱えないからと刑事課の性犯罪の相談にまわされた。そ
 して、被害だという証拠はあるのか?自分の意思で行なったことではないのか?という
 ことを事細かに聴取された。Aさんが事情を説明すればするほど、Aさんにとって状況
 は不利になっていった。被害とは言えないのではないのか。警察には、そうした判断に
 至るそれなりの”客観的証拠”がそろっているかの如くに見えるのだ。
 ・契約書を交わしていること
 ・そこには彼女の自筆の署名捺印があること
 ・”強姦”されたと訴えているが、自ら事務所に赴いているし、”出演料”を受け取っ
  ていること
 ・その後も、自らプロダクションやスタジオ等へ何回も撮影に出かけているし、連絡も
  取っていること
 ・最初の”強姦”以外にも、”出演料”をその都度受け取っていること
・警察に指摘された”事実”の一つ一つについて、Aさんは反論ができない。その場での
 警察の結論は、これは詐欺罪に当てはめることはできるかもしれないが、詐欺罪では有
 罪になったとしても初犯だとすれば執行猶予がつく公算が高い。契約がある以上、販売
 停止にする理由がない。無修正DVDが販売されている問題については、Aさん自身が
 警察の言い分をあまりよく覚えておらず、どうもスルーされてしまったようだ。この問
 題をもっと深めて相談するためには親と一緒に来いと強く勧められ、相談場所としての
 警察は、Aさんにとっては最ハードルの高い場所になってしまった。
・実はこういう対応はよくある。性被害に遭ったと訴える女性に対して、これは犯罪では
 ないと説明しようとする定石の論理である。Aさんには、「だから、悪いのはあなただ」
 という強烈なメッセージとして受け止められた。典型的な二次被害だ。事実Aさんは、
 ますます精神的に追い詰められ不眠状態の日々が続くようになった。
・Aさんの願いは、警察にもっと介入してほしい、つまり事件化してほしいことであり、
 かつ、介入に際しては親には絶対に知られないことを条件にしてほしいということであ
 った。警察に介入してほしい最大の理由はDVDの販売停止である。
・警察での指摘にあったように、Aさんが遭遇した出来事を犯罪でないとする理由はいく
 つも見いだせる。Aさんの訴えを退ける要件は、しっかりと整っているようにも見える。
 警察相手にこれをどう論破するか。私たちがしなければならないことは、警察へ再度相
 談するルートを確保することと、AV制作の犯罪的なやり方に法的に対抗できる弁護士
 を探すことだった。私たちは、Aさんから話を聞き、彼女は悪質な性犯罪に巻き込まれ
 たのだと認識した。だから、いろいろな伝手を頼って、警察で再度話を聞いてもらう手
 はずを整えた。  
・しかし、後日の警察の結論は、親と同伴で再度相談に来い、というものであった。成人
 に達しているとはいえ、若年女性のこの手の相談に親は外せない。そもそも親に話せな
 いような状態では、本人の責任において告訴を維持できないだろう。ましてや彼女の場
 合、親は世間的に著名な人だったので、この親を外すわけにはいかないというのが、警
 察の理屈であった。
・親に伝えるか否かは、この相談が持ち上がった当初から、精神科医、弁護士、警察等々、
 関係者の間では重大な課題として論議されていた。しかし、Aさんの了解なく親に知ら
 せるべきではないという原則論が概ね勝っていた。警察は、親と一緒に来いと言うが、
 それは、親に自ら話して一緒に来いということであって、第三者が本人の承諾なく知ら
 せるという意味ではない。
・性的な問題は個人のとっては最大のプライバシーだ。親といえども他者には違いない。
 親は、彼女がこのことを最も知られたくない、かつ、最も身近な他者なのだ。しかしな
 がら、家族の結束や愛情が深い場合、家族が家族として通常の機能を果たしている場合、
 家族は有力な味方やキーパーソンになりうることも事実だ。
・警察には警察の考え方があって、親に打ち明けて一緒に相談に来るように勧めていたが、
 私たちも、この膠着状態を切る抜けるためにAさんは親の力を必要としていると考え、
 弁護士のところへ法律相談に行くときに、彼女に親に打ち明けたらどうかと勧めた。け
 れども彼女は崚拒した。正月をまたいで数カ月の紆余曲折はあったものの、結局のとこ
 ろは、私たちが親に話すことを示唆したためか、彼女との糸は切れた。警察で味わった
 絶望を、支援者が追い打ちをかけるように、再度、味わわせてしまったのである。
・彼女からの最後のメールは以下のとおりだ。「先ほどY刑事から電話があって、どうし
 たらいいかわからず連絡しました。」このメールに対して「じゃあYさんに聞いてみる
 ね!」といった何気ない返事を返している。Y刑事とは、相談に行った警察署の担当刑
 事で、直接的な窓口になってくれていた女性刑事の上司だ。私たちは、親と一緒に来い
 と警察からは言われつつも、なんとか一点突破の方向は取れないかと、これらの刑事さ
 んたちと接触を続けていたのであった。このメールを最後に、Aさんからのアクセスも、
 こちらからのアクセスへの応答も、一切ない。
・Aさんと出会ってから数年が経つ。生き延びていてほしいとひたすら願う。200件余
 りの相談を重ねているが、そのうち、自死を確認した例は2件、未遂が1件ある。アク
 セスの途絶えた相談者の消息は知る由もない。生き延びているかもしれない。連絡が途
 絶した相談者について確実に言えることは、自死していないという保証はなにもないと
 いうことだ。
・消費者は、自分が見て楽しんでいるこの映像が、強姦や輪姦、つまりは犯罪の記録だと
 知っているのだろうか。うすうす知りつつ、しかしそんな現実があるはずはない、なぜ
 なら、刑法に抵触するようなわいせつ物ではない、合法的なものなのだから、と自分に
 言い聞かせているのではないだろうか。 
 
<Bさんの場合>
 山手線の大きな駅の構内で芸能界に興味ないかとスカウトされる。
・初秋のある早朝、PAPSに一通のメールが届いた。メールの概要は次のとおりである。
 「半年ほど前にスカウトされた。いまは、AV出演させられそうになっている。契約に
 も判子を押した。一家の連絡先も知られている。だから、相手から連絡を絶つことや逃
 げることもできない状況だ。両親に迷惑をかけるのも生き恥を晒すのも嫌。どうすれば
 いいのかわからない。助けてください」
・私たちのホームページに相談のアクセスしてくれたことに謝意を述べ、アクセスするこ
 と自体もすごく勇気とエネルギーのいることなので、その勇気、決断に共感を示した上
 で、具体的な話を聞きたいからお会いしたい旨と電話を知らせた。すぐに夕方電話した
 い返事があった。電話が来る夕方よりも前に、Bさんにぜひとも知らせておかなければ
 ならないことがあった。
 ・絶対に、プロダクション・メーカー・スカウトマンの指定する場所に行ってはいけな
  いこと
 ・メールには返事しないこと
 ・電話が来た場合、当面は、居留守を使って、電話には出ないこと
 ・電話に出てしまうと「脅される」こともあるし、契約を解除するつもりがないにもか
  かわらず「契約を解除してあげる」と言葉巧みに、会う日を約束させられることもあ
  る
 ・万が一、自宅まで押し寄せてくる可能性のある場合は、とにかく安心と安全が担保さ
  れる場所に逃げること
 ・緊急避難用の一時シェルターなどをご紹介することも可能
 ・自身を責めないこと
・彼女は地方出身の短大二年生、先月二十歳になったばかりだった。親からの仕送りだけ
 では足りないので、せっせとアルバイトをし、学生寮に入居していた。専攻は福祉系。
 したがってバイトも、学校から紹介された福祉系の施設の仕事を選んでいる。
・二年生になったばかりのこと、都内のある大きな駅の構内を、ギターを背負って歩いて
 いるときにスカウトされた。「私みたいな(地方出身の)者がスカウトされるなんて、
 なんだか夢みたい!」とそのときは舞い上がるくらいに嬉しかったという。 
・最初のメールから五日目にやっと都内某所でBさんと面接することができた。面接する
 場所の立地条件、室内の物理的環境等は極めて大切だ。アクセスしやすくかつ目立たず、
 会話の内容が他者に聞き取られない、安心できる部屋の用意が必要だ。喫茶店で会って
 おしゃべりというわけにはいかないのだ。
・この時点では、事態はもっと深刻になっていた。現在住んでいる学生寮はその日付で解
 約している。だから、今夜から行くところがないのだという。
 ・撮影のための私の来週の日程は空いていないと答えたままで終わっている状態
 ・メーカーと契約して十日も経っていないから、もうじき、プロダクションかメーカー
  から連絡が来る
 どうしたらいいのかまったくわからない。ただ、アダルトビデオに出演するのだけは嫌
・プロダクションは、Bさんの住居が学生寮のため、今後のタレント活動をする上で非常
 に不便だからと主張し、学生寮を引き払って活動に便利なところに引っ越したらと提案
 してきた。Bさんもそうだなと思い、あらかじめプロダクションが選んでいたマンショ
 ンを内覧し、契約した。契約のための初期費用の家賃約五十万円はBさんにはとても支
 払えない額だったが、ここでも活動を始めれば大丈夫だからと説得され、プロダクショ
 ンが立て替え払いをすることで承知した。 
・Bさんは、あくまでもオーデションと聞いたのに、実際に面接してみたら、すでにこと
 は決まっているかのような運びだったのでびっくりしたという。が、この時点でもまだ
 Bさんは夢を捨てきれず、言われるままに、質問にも答え、メーカーとの契約書にもサ
 インをし、免許証のコピーを取らせている。契約書のさらに細かい内容を書くシートに
 は、プロダクションの人が質問しOKした内容を書き込んだ。Bさんは、ただ、サイン
 をするだけだったという。メーカーからの質問は、「本番は大丈夫か。フェラはできる
 か。玩具などは使用可か。凌辱プレイはできるか。複数プレイはできるか。生中出しは
 できるか」などだったという。この質問の内実を、そのときにどの程度実感を持ってB
 さんが理解したか若干心もとないものがあるが、ともかくも、自分がさせられそうにな
 っている”タレント活動”は、アダルトビデオ出演のことだと、初めて現実を見ること
 ができたようだ。
・さらに、状況を聞き込んでいくと、もっととんでもないことになっていた。プロダクシ
 ョンから一人暮らしをするように勧められ、マンションを借りる契約をし、すでに荷物
 の搬入は終わっている。学生寮は初回面接したその日で退寮する手続きを取ってあり、
 以後はプロダクションが用意したマンションで暮らすことになっているというのだ。女
 性の住居をプロダクションの支配下に置くというやり方は、他の人からも聞いている。
 女性の生活そのものを囲い込んでしまうのだ。
・Bさんは事態の深刻さがだんだんわかったらしく、顔色が変わっていった。「マンショ
 ンに行くのはやばいと思っていたけど、こんなにやばいなんて思わなかった」と繰り返
 すばかりだった。あちらことらの民間団体のシェルターなど数日宿泊できる所を必死で
 探した。今夜の行き先を探しながら、Bさんが地方から上京してきて入った学生寮につ
 いて再度詳細を聞きこんだ。てっきり大学付属の学生寮かと思っていたが、実際に入寮
 していたのは地方自治体がその地方出身の学生のために東京に設置している学生寮だと
 わかった。それなら、次に入寮する人が決まっていないかぎり、交渉の余地はある。
 短大に知られることもないし、雑多な学生が利用している学生寮なので、今朝退寮して
 夕方もう一度戻る口実はなんとでもつけられる。交渉して、とりあえず今晩もう一晩使
 用してもいい許可をもらった。翌日、二人で舎監さんに会い、行った先のマンションの
 隣人はとても怖い人で耐えられないので、もうしばらく置いてほしいと交渉し、この交
 渉は成立した。 
・次の問題は、プロダクションが用意したマンションだ。マンションには彼女の荷物がす
 でに搬入済みだったので搬出しなければならないし、マンションの契約はBさん名義で
 行われているので解約もしなければならない。一番の心配は解約料を取られること。そ
 んなお金はないのだ。Bさんは不動産屋に行くことさえ怖がった。マンションはプロダ
 クションが立て替え払いをしているので、問題は、入居契約をしたにもかかわらず事前
 通告期間もなく即座に退去するという要求が通るかどうかであった。通常は違約金を請
 求される。不動産屋は、契約書を根拠に家賃三か月相当分を支払わないと解除に応じな
 いと主張する。ダンボール数箱を搬入したきりで居住事実はまったくないので、押し問
 答の末、不動産業者はBさんが渡されていたカギを受け取った。部屋の明け渡しは認め
 るが、契約の解除ではないということにはなったが。しかし、そもそもこのマンション
 の契約はプロダクションが主導して行ったものであり、Bさんは形式的に関与しえいる
 の過ぎない。あとはプロダクションと不動産業者とで交渉してもらえばいいので、さっ
 さとカギを不動産屋に返し、荷物の搬出を行なった。レンタカーを借り、Bさんと二人
 で必死に荷物の搬出作業をおこなった。いつプロダクションの人間が現れるともかぎら
 ない。二人とも必死だった。
・Bさんのマンションがもぬけの殻になっていることを知ったプロダクションからは、親
 に連絡しようかと思っているというメールが届いた。プロダクションが親に連絡するか
 どうかはわからないから、様子を見る以外にない。 
・弁護士の介入が急がれた。しかし、Bさんは、ともかくも差し迫ったAV出演の可能性
 が遠のいたことで安心してしまったかもしれない。彼女いとっての優先事項は、学業を
 続けることと、そのためにバイトを続けることにシフトしてしまった。卒業するまであ
 と半年頑張ればいいのだ。大学を卒業するために上京してきているのだから、本来の目
 的に戻ったと言えば言えるだが、しかし、事態は解決したわけではない。プロダクショ
 ンとの関係を整理しなければならないし、トップレスとヌードの写真も回収したい。
・たいへんイレギュラーなことではあったが、着手金を払い込むことで、弁護士は、Bさ
 んと直接面談することなくBさんの代理人になって、プロダクションと契約解除の交渉
 をすることになった。どんな強面の人が現れるかと思い、こちらはギンギンに緊張して
 身構えて臨んだのだが、現れたのはごく風雨のサラリーマン風の若い男たちだった。
 私たちが知っているだけでもすでにプロダクションは賃貸マンションンお敷金礼金をは
 じめとして100万円近く出資しているので、なんとかこれを取り戻したいと考えてい
 たことだろう。ただ、これ以上大ごとにしないで収めたい意向のほうが強くなったと感
 じた。結局、和解書を締結することもなく、100万円もうやむやのままに終わった。
・Bさんからふっちりメールや電話での連絡が途絶えた。弁護士への弁護料の支払いが、
 着手金以外に残っていた。弁護士からクレームが来た。謝るしかなかった。ヌード写真
 の回収はできていない。 
・三年後の秋、BさんからPAPSの公式メールに連絡があった。いまは、地元に帰って
 落ち着いて生活しているとのことであった。  
 
<Cさんの場合>
・ある月末の夜遅くPAPSにメールが届いた。AV撮影もすんでおり、近々発売される、
 という内容のものだった。30分後返信し、ことらの電話番号を教えた。すぐに電話が
 きた。電話で話を聞くと、明後日には有名な男性雑誌のグラビア撮影、その後すぐにア
 ダルトビデオの大手メーカーからDVDの発売、という日程になっている。グラビア撮
 影は嫌だ!DVDの発売は中止したい、という相談だった。  
・撮影が始まったとき、Cさんは短大生だった。いまは卒業している。現在の職業はわか
 らない。住所は東京近郊の都市で、両親と同居している。 
・二年前の冬、高校の学校の帰りに、東京近郊の大きな駅の改札口付近で若い男に声をか
 けられた。彼女は征服姿だった。三年生だったが、法律的に言えばまだ児童年齢、つま
 り十八歳未満。あとに二カ月ほどで十八歳になるところだった。
・アイドルやタレントに興味はあった。AKB48に憧れていて、そんなふうになるチャ
 ンスがあればいいなあ、でも自分は無理だよねぇとも思っていたところだった。スカウ
 トマンは誠実そうなイケメンで、話を聞いてみたいと思ったという。「君だったら、い
 ますぐにでもグラビアのアイドルになれる。」うっそぅ、と思った。そんなにすぐにグ
 ラビアに登場できるなんて信じられないと思った。
・ちなみに”グラビア”にもいろいろある。男性向けのきわどい性的なものから女性向け
 のファッション系のものまであるが、Cさんのグラビアアイドルのイメージは、女性雑
 誌によくあるソフトで可愛い女性のモデルだ。
・ほどなく高校を卒業して短大に入学した。スカウトマンを通じて紹介されたプロダクシ
 ョンの人に言われるままに、第一次の「営業委託契約書」なるものにサインをした。
 Cさんは「営業委託」という用語の意味もよく理解していなかった。けれどもそれは、
 のちのちになってわかったこと。この時点では自分がわかっていないといいうことも理
 解していなかった。
・そもそも当時Cさんは、十八歳以上ではあったが二十歳未満の未成年で、この年齢では
 親の承諾なしに正規の契約はできない。しかしもちろん、そんなことは知らなかった。
・契約後、都内のスタジオで、宣伝用の写真として、トップレスの写真を撮られた。さら
 に「AVのギャラを上げるために」とか「AVメーカーの面接を受かりやすくするため
 に」という理由で、雑誌のグラビア活動をするように言われ、なんとなく、あれ?とは
 思うのだが、特に嫌だとは言えなくて流されてしまった。
・秋には着エロ(着衣でのエロの意。限りなく露出度の高い水着を着て、性的な行為をイ
 メージさせる姿態を撮る)のイメージビデオの撮影が行なわれた。このビデオは、アダ
 ルトビデオ独特のタイトルがつけられて、暮れに発売された。このイメージビデオの撮
 影では、極めて性的で屈辱的なポーズを要求されて、自分がやらされようとしているこ
 とがはっきりわかったという。
・初めてイメージビデオを撮られ、その内容を実感し、もう嫌だと思った。思い切ってプ
 ロダクションに申し出た。「私、この仕事は向いていないですし、やりたくないから、
 辞めさせてください。」「辞めたいと言ったって、君、契約書に署名捺印しているじゃ
 ない。契約解除はただじゃすまいんだよ。知ってる?」「契約したけど、それ、取り消
 したいです。」「解約はただじゃ済まないと言ったろ。イメージビデオの撮影はまだ一
 本だけど、それでも違約金は100万円だよ。払える?」
・Cさんは、100万円という違約金の金額を聞かされて驚愕し、恐怖で頭が真っ白にな
 ったという。とても支払えない金額だし、内容だって親には相談できない。しかもプロ
 ダクションは、支払えないから親に請求する方法だってあるようなことを言う。それで
 もCさんは学業が忙しいことを口実にして、連絡が来ても応じないように頑張った。
・数カ月後のある日、二本目のイメージビデオの撮影を要求された。プロダクションは、
 Cさんと相談もなく大手のメーカーと出演契約を取ってきており、契約した以上仕事だ
 ろと怒鳴りつけ、断らせなかった。結局、着エロのイメージビデオがさらに二本撮影さ
 れ、この二本は最初の一本よりもっと露骨なタイトルをつけて売り出された。男性雑誌
 用のグラビア撮影も数回行われた。
・二十歳になると、プロダクションと第二次の「営業委託契約書」を交わした。この契約
 書の内容は、最初に取り交わした契約書の内容とほとんど変わらず、「アダルトビデオ」
 という文言が入っただけのものだった。また、Cさんになんの相談もなく営業して決め
 てきたメーカーとの契約もさせられた。アダルトビデオ九本に出演するという内容だっ
 た。
・プロダクションから、学校やアルバイトのスケジュールを提出するように言われ、アダ
 ルトビデオに出演させられるんだ、とCさんは覚悟せざるを得なかった。「違約金を払
 え」と「親に言うぞ」という脅しによって、なすすべもなかったという。
・実際の撮影では、照明、録音等スタッフのいる人前で知らない男性と性交恋意を要求さ
 れること自体が屈辱で、気持ち悪かった。知らない人にその映像が見られてしまうこと
 に恐怖を覚えたという。
・数回の撮影の後、どうしても我慢できなかったので、再度、契約取り消しを申し出た。
 そのときには、違約金は1000万円に跳ね上がっていた。
・その後何度か行われた面接で、Cさんは、数回にわたったアダルトビデオ撮影の状況を、
 身体的に激痛を覚えたこと、精神的にどんなに屈辱的な思いをしたかということ、知ら
 ない人にこの映像を見られることの恐怖などを縷々語っていた。撮影時、Cさんは数人
 の男性を相手に繰り返し性交行為をさせられて、止めてほしいと泣きながら訴えたが、
 強行されてしまったとのことだった。
・本人の了解のもとに、その場からプロダクションに電話を入れた。Cさんといま面接を
 して話を聞いている「ポルノ被害と性暴力を考える会」の者であること、予定されてい
 るグラビア撮影には応じる意志がないこと、DVD発売は中止したい意向であること、
 今後のアダルトビデオの撮影には一切応じない意向であることを伝えた。プロダクショ
 ンは、それなら親にバラすと強い口調で言い放ち、電話を切った。
・Cさんにとって、「親にバラすぞ」という言葉は脅迫だ。Cさんの住所から所轄の警察
 署を割り出し、Cさんと共に赴いた。同時にかねより連携のあった弁護士に連絡を取っ
 た。警察の生活安全課の担当者に事情を説明したが、Cさんはほとんど口が効けない状
 態だった。警察は、その場でプロダクションに電話を入れて、その行為は脅迫だと伝え
 てくれた。 
・プロダクションが、Cさんに支援団体がついたことなど、ことの経緯をどこまでわかっ
 たのか不明だが、ともかくも警察が介入しそうなことは知ったであろう。その思惑はわ
 からないが、プロアクションは、これから自宅に赴くと、警察を通じてCさんに連絡し
 てきた。警察は、民事の紛争なのでこれ以上対応できないと言った。
・プロダクションが自宅に押しかけてくると言っている以上、ただいま現在起きているこ
 ととこれまでの状況とを親に知らせなければならない。いま考えられる一番賢明な選択
 肢は、プロダクションが押しかけてくる前に、親に事情を説明しておくことである。
 Cさんは私たちことを新楽できると思っただろう。私たち立ち合ってくれることを条件
 に、親に話す決心をした。親は状況を理解した。
・あとは親に任せて引き上げた。しかし、帰路の電車の中で再び、Cさんから連絡が入っ
 た。家のインターホンが鳴って、外になんだか変な男たちがいる。親はちょっと出かけ
 ていて、家にいるのはCさん一人だけだという。私たちはもう一度取って返した。取っ
 て返しながら、昼間駆け込んだ警察にも連絡を取った。警察は最初非常に消極的であっ
 たが、不審者対応の警ら活動の一環として、対応をしてくれることになった。 
・Cさんの家の前に高級車が停まっていた。男が数人いて、一人の男がインターホンを押
 している。警察はなかなか来てくれない。やきもきしているなかで、ようやく生活安全
 課の警察官が数人やってきてくれた。私たちは当事者じゃない第三者ということで、引
 き離され、警察官はCさんとプロダクションの人間の双方からそれぞれ話を聞いた。
 「仲裁」である。「仲裁」に入った警察官は、契約書があって違約金が発生するなら、
 あと二回だけ出演したらどうかとCさんに勧めたのである。Cさんはパニック状態に陥
 った。それが最もやりたくない、逃げたい事態なのだ。Cさんは男性の警察官にとって
 は(女性としての)私の気持ちがわからないのだと思ったという。結論的には、明日以
 降弁護士に入ってもらって相談することにし、双方解散せよという警察の言葉に従って、
 プロダクションは引き上げ、私たちもその場は引き上げた。そっと裏口からCさん宅に
 入り、弁護士との打ち合わせについて再度話し合った。
・翌日、弁護士にさっそく受任してもらい、プロダクションやメーカーとの交渉に入った。
 ほどなくメーカーとは和解が成立し、販売されるDVDは回収、新たなDVD発売のた
 めのイベントも中止となった。
・メーカーとの和解成立直後、Cさんは、プロダクション側の代理人となった弁護士を通
 じて、損害賠償金2460万円を請求するとの通知書を受け取った。不当な要求だと判
 断して支払わずに交渉を続けていたが、数カ月後、プロダクション側から2460円の
 損害賠償を請求する民事訴訟が起こされた。裁判沙汰になったわけだが、結論から言う
 と、原告の請求は棄却され、被告とされたCさん側の勝訴となった。
・判決の論旨は要約せれば以下のとおり。
 アダルトビデオへの出演は芸能プロが指定する男性と性行為をすることを内容とするも
 のであるから、本人の意に反して従事させることが許されない性質のものである。
 したがって、民法第628条により、契約を解除する「やむを得ない事由」にあたる。
 出演しなかったことは債務不履行には当たらない。
・この判決の画期的なところは、「意に反した性行為は業務とは認められない」とした点
 である。たとえ契約を交わしていたとしても「意に反する」と当人が思ったらその時点
 で契約は解除できるということだ。では「意に即して」さえいれば、性交行為を「業務」
 として認めていいのか、という問題に関しては、論議のあるところであることだけは指
 摘しておこう。 

<Dさんの場合>
・Dさんは東京の郊外在住。二十歳。姉たちがいて本人は末っ子。すらりと背が高いのだ
 が、姉たちと比べると容姿にコンプレックスがあるという。
・Dさんがアダルトビデオに出演しようとしていることに気づいたのは、すぐ上の姉だっ
 た。姉は、自分の携帯を置いた場所がわからなくなり、たまたま借りた妹の携帯におか
 しなメールのやり取りがあることに気が付いたという。
・Dさんは、姉に追及されてアダルトビデオの撮影があることを明かした。姉は、出るな
 と説得しようとした。しかし、Dさんは受け入れない。「私だっていまはもう気が進ま
 ないけど、全部整ってしまっていて、いまさら”バラス”なんてことできないよ。私一
 人のせいで大勢の人に迷惑がかるもの。監督からだって”バラシ”ちゃいけないってき
 つく言われているし」
・ちなみに”バラス”というのは業界用語で、すでに男優、カメラ、メイク等各スタッフ
 の手配を済ませ、撮影するばかりに準備が進んだ現場を、撮影せずに解散(解体)する
 ことだ。現場の規模にもよりけりだが、通常は、「バラシ代」として100万円ぐらい
 の損害を請求される。
・どうしても姉の説得に応じようとしないDさんを気遣った姉は、撮影当日の朝、妹が出
 かける最寄り駅で見張っていて、電車に乗り込もうとしている妹を無理やり家に連れ戻
 した。その後、姉はネット検索し、PAPSにアクセス。数日後には、本人、姉、母の
 三人が面接に現れた。
・Dさんは数カ月前に、これから友達と落ち合ってカラオケに行こうと東京近郊の繁華街
 をぶらぶらしているときに、キャバクラのスカウトマンに声をかけられた。
・スカウトにとっては自分がスカウトしようとしている人が未成年が、十八歳未満かは重
 大事で、そのために学生証、保険証等を確認しようとし、できればその場で写真なりコ
 ピーなりを撮ろうとする。というのは、未成年の場合は、民法の規定により、親などの
 保護者の了解なしに取り交わされた契約は無効になるからである。特に十八歳未満の場
 合は、児童福祉法、児童虐待防止法や児童買春・児童ポルノ法にも抵触する。これら子
 ども関連の法に抵触した場合、最高で七年以下の懲役、または1000万円以下の罰金
 が科せられる。だからアダルトビデオの関係者は年齢には敏感で、十八歳や十九歳ぐら
 いでスカウトした人については、二十歳の誕生日が来るまでいろいろな理由をつけてキ
 ープしておき、誕生日を迎えた途端にアダルトビデオの撮影に入る場合がある。先に挙
 げたCさんの場合がその典型例である。また、年齢確認のための学生証や保険証は、本
 人の身元確認のツールでもあり、つまり、本人が逃げ出さないための担保のような役割
 を果たす。
・女性のほうは大抵、そんな重要な意味があるとは知らずにごく軽い気持ちでそうした証
 明書を見せてしまうのだ。あとになって、ことの重大性を理解したときには、時すでに
 遅く、学校や親元を知られてしまっているので逃げられない。
・Dさんは、スカウトマンの話を聞いて、話だけでも聞いてみようかと、事務所に行った。
 事務所にはマネージャーが複数人いた。契約もしないうちにさっそくDさんには担当の
 マネージャーがついた。「AVの経験がなくても、普通にカメラの前で男の人と、普通
 にリラックスしてできるから、大丈夫だよ、君なら女優になれるよ」と言われた。
・ちなみにDさんは、母の経営するパブを手伝いながら、酔った男性客のきわどい話には
 慣れてはいた。が、それまでアダルトビデオは見たことがなかったという。きわどい性
 的な話なら、テレビにも雑誌にもあふれている。特別めずらしいことでもない。アダル
 トビデオを見たことがなかったという女性の相談も少なくない。「AV」とか「アダル
 トビデオ」という言葉自体は知っていても、その具体的な内容となると途端に覚束なく
 なるのだ。
・相談依頼者の話を聞いている限りでは、アダルトビデオに関する情報は、同年配の男性
 と女性とでは格差が途方もなく大きい。男性の知っている常識で個別の女性の判断を批
 判することはできない。情報の質と量が特段に違うのだ。
・Dさんが言うのは、マネージャーの説明にはわからない言葉がたくさんあったけれど、
 業界用語だからね、わかんなくてもいまは大丈夫、と少しだけ説明された。そして、ほ
 とんどのことが消化されないまま、ただアダルトビデオに出演する人は”女優”なんだ 
 ということだけをなんとなく理解した。
・アダルトビデオの撮影では何が行なわれるか理解するためには、これらの用語をまず理
 解することが必要なのだが、PAPSに来るほとんどの相談依頼者たちは、なんとなく
 性的な映像を撮るんだという程度の理解にとどまり、”女優”という用語に反応してい
 る。ある学生は、”女優”というのだから演技であって、まさか本当に性交行為をさせ
 られるとは思ってもいなかったと語っていた。
・Dさんは、その事務所に行ったときにはアダルトビデオに出演しようなんて思っていな
 かったのに、話は出演する方向でどんどん進み、気がついたときには、A4サイズの紙
 二枚を渡されていた。契約書である。紙に書いてある文鳥は長く、読んで理解したらこ
 れにサインしてと言われた。言葉としてはわかるけど、何が書いてあるのかその意味す
 るところはわからない。なんとなくわからない、なんとなく理解できない状態なのだ。
・Dさんは契約書の内容を、その場で、わからないとは言えなかった。怖くて断れる雰囲
 気でもなかったので、サインをしてハンコを押した。躊躇を覚えたにしても、ハンコを
 押したくない理由もまた説明できないのだ。別にハンコを押したくない理由を事細かに
 説明しなければならない謂れはまったくないのだが、それは大人の世俗知であって、年
 若い女性たちは、「どこが嫌いなの」「どうして嫌いなの」などと問い詰められれば、
 律儀に答えようとする、律儀に答えようとすればするほど深みにはまり、最後には答え
 られなくなり、スカウトマンなどの言っていることにうなずくしかなくなるのだ。 彼
 女たちの、若く、世間馴れしていない側面に巧みに食い込んでいるのである。
・Dさんは事務所の入るための契約書だと言われた。仕事にはこういうものがありますよ
 と書かれてるよ、と言われたようだが、あまり覚えていない。契約書を読む時間として
 十五分ほど与えられ、そのあと、事務所にファイルしておくプロフィールに貼るために
 免許証用のような写真を撮った。それが十五分くらい、契約完了までに、あわせて三十
 分もかからなかったという。しかし実際には、出演する女性には演技ではなく本当の性
 交行為をすることが、契約書では求められている。
・Dさんは、プロフィール用の簡単な顔写真のほかに、ほかのマネージャーに見せるため
 の事務所用だから外には出さないとのことで、担当になったマネージャーに写真を撮ら
 れた。何枚も撮った後、最後はショーツ一枚着ただけになった。コンビニ雑誌に写真を
 載せる場合でも表紙には出さない、なかに載っているだけならバレないよと言われ、海
 外で売られるDVDで日本では売らないから顔バレしない、とも説明を受けた。
・若干の不安というか疑問を持ちつつも、流されるままにアダルトビデオ出演の契約書に
 サインをしてしまったDさんは、それでもなお、現実のものとしては感じられなかった
 という。自分の容姿に自信がないと思っているDさんにとっては、出演の声がかかるこ
 と自体に半信半疑の思いがあったようである。Dさんのこの考えは半ば間違っている。
 アダルトビデオのスカウトマンは、容姿の美しい女性だけを選んでいるわけではないの
 だ。
・撮影では、嫌な行為を求められたら「嫌だ」とはっきり言えばいいと説得されたという。
 たしかに、契約書とは別に、撮影に際してのさまざまな性行為に関する一覧表があって、
 その一つ一つの項目にOKかNOかを書き込み、署名した。それに従って、嫌だとあら
 かじめ言っているじゃないかと言えばいいという理屈だ。しかしこの説明も、実際の撮
 影現場では裏切られてしまうという話を、何人もの女性から聞いている。いざ撮影が始
 まってしまえば、監督にとって現場の流れが形成され、実質的に女性に意思表示の自由
 はなくなってしまうのだと彼女たちは語っていた。
・Dさんは契約書の副書を受け取っていない。Bさんと同じである。このとき渡されなか
 った理由は定かではないが、交わした契約書を受け取っていないという女性は多い。聞
 き取った限りにおいてだが、契約書を渡したがらない業者は多いようだ。ある女性は次
 のように説明されたという、その説明に納得していた。「こんな契約書を家に置いとい
 て、家の人にみつかったら大変でしょ」 
・撮影の数日前、Dさんには一日のスケジュール表と台本が届いた。これを見て、ほんと
 うに怖いと思ったという。怖い内容は二つ。一つは、この撮影のために何十人もの人た
 ちが動いているのだから、などと言われていたが、それがリアルに感じられたこと。も
 う一つは、撮影内容そのもので、朝九時にスタジオ入りし、複数人の男優と性交行為と
 性交疑似行為をすることになっていた。Dさんは相手となる男性をいっさい知らない。
・Dさんがもし出演していたら五人の男性と「絡み」(性交行為)を行なうはずだった。
 撮影スケジュール表からは、Dさんが五人の男性相手に最低でも七回の性交行為を予定
 されていたことはわかる。ただし、この日、一日で、実際に何回の性交行為を行なうこ
 とになっていたのかはわからない。通常、一シーンで、一人の男性と一回だけ性交行為
 を行うとは限らないからである。
・「絡み」や「エロ行為」のバリエーションは、極めて多種多様である。特に初めてアダ
 ルトビデオに出演する女性にとっては、想像を絶する体位、姿態が要求されたり、罵倒
 や蔑みなど屈辱的な扱いを受ける場合もある。これがトラウマになり、数年を経ても過
 去の問題を引きずっていて、私たちのところに相談に現れる女性もいる。
・AV撮影において、事前に細かなスケジュール表を渡されるのはよくあるのか例外的な
 のかは知らない。しかし、私たちが受けつけた相談依頼者たちの多くは、その日どのよ
 うなことがどのような順序で進められるのか聞かされていなかったし、性行為があると
 聞かされていても、彼女たちが想定する性行為は自分の日常生活のなかでの行為に域を
 でないだろう。一方で、過激で過酷な行為をすることに、チャレンジの意味を見出して
 いる人がいることも事実である。映像では、チャレンジとしてやっているのか強要され
 た結果なのかはわからない。合法として通るのか否かの基準は、あくまでも「わいせつ」
 か否かであって、たとえ被写体である女性の承諾があったとしてもそれが女性の尊厳を
 侵犯してはないか、という基準ではない。こうした映像表現が、女性の身体をそのよう
 に扱ってもいいのだというメッセージを発し、ひいてはそれが女性全体の尊厳の侵犯に
 ならないかという問題は、いままであまり語られてこなかった。この問題は指摘するに
 とどめるが、彼女たちが、撮影は「屈辱的であった」と繰り返し訴えていることを、こ
 こにあらためて指摘しておく。
・Dさんの姉の実力行使にとって「ドタキャン」したことについて、プロダクションから
 は怒りのメールが来た。私たちは、プロダクションを訴訟を起こしてきた場合に備えて
 弁護士を探すことにし、PAPSが間に入って、Dさんではなく家族がプロダクション
 と交渉することにした。Dさんの主張の要点の一つ目は、これまでにかかったとする諸
 費用については支払う意思がないこと、二つ目は、契約書の副書が手元になうので、契
 約書の開示を請求するとともに、署名はしているが、その有効性について争うこと、で
 ある。その理由は、事前に報酬を得ていないこと、バラシ代と称する違約金がどれくら
 いかかるかについて事前の説明を受けていないこと。プロアクションはAV事業者であ
 り、一方でDさんはこの業界についての知識や経験を持っていない一般人であって、業
 界の人たちとは情報の質や量、交渉力に格段の差がある。それに付け込み、彼女にとっ
 て不利益な事実の一切の告知をしないままに、契約書に署名押印を求めていること。こ
 うした主張を文書にまとめ、プロダクションに通知した。
・プロダクションは、弁護士を代理人に立てて、損害賠償(キャンセル料)約100万円
 の請求書を郵送してきた。このケースは、このところ世情に言われているようなAV被
 害ではない。本人には何回も十分に説明しているし、納得もしているはずだという主張
 である。相手が弁護士を立てて交渉してきた以上、Dさんも弁護士を立てたほうがいい
 と判断し、法テラスの制度を利用して弁護士を代理人として依頼し、プロダクションと
 の交渉に当たった。 
・交渉中では、相手方代理人から損害賠償の民事訴訟も辞さないというような脅迫めいた
 やり取りもあったが、撮影はしていないので実質的には先に述べたCさんの事例のよう
 に数千万円の損害賠償にする訳にもいかず、民事訴訟はプロダクションにとってもあま
 り益にはならない、という判断になったようだ。交渉は、結果的にはうやむやに放置さ
 れたまま、現在に至る。

<Eさんの場合>
・Eさんは、地方都市に住む二十三歳の女性。可愛い容姿で、性格は優しいが、ちょっと
 自分では対応しきれないと感じる事態になるとパニックになりやすく、パニックになっ
 てしまうと落ち着いて考えたり行動したりするのに時間がかかるタイプだ。だから、今
 回のように人生のなかで厳しい局面に立たされると、おろおろするばかりで、自ら切り
 開く力は弱い。
・タレントやモデルになりたい願望はあったが、地方のことでそのチャンスはないと思っ
 ていた。地元で就職しているが、月収は安い。彼氏と同棲していて、これから結婚しよ
 うと思っているが共働きできないと生活できない。
・Eさんは、タレントになれると思い込んでスカウトに応じアダルトビデオの撮影もし、
 そのDVDが発売される時点になって、ようやくことの重大さに気づき、ネット検索し
 てPAPSに相談メールのアクセスをしてきた。
・メールの概要は、「スカウトされて契約した。AV作品を二本撮った。取る前はメイク
 するから、もしもバレても自分じゃないと言えばいいと言われた。でも、撮ってしまっ
 てから、知人や、家族にバレたらと不安で追い詰められた気持ちになった。なので、ア
 ダルトビデオの仕事を辞めたいと申し出たが、辞めさせてもらえない。それに、撮った
 二本はまもなく発売されるし、残り十本の撮影がある。やるしかないんだ”と言われて、
 怖くなって泣いている。辞める場合はお金を払わなければならないが、お金はない。ど
 うしたらいいのでしょうか。死にたくなる。」というものだった。
・五時間後に返信した。「PAPSには同じような辛い思いをしている人がたくさん来て
 いる。その問題はある種に詐欺であり、自己責任の問題ではない。どうかご自身を責め
 ないで、早めにご相談してくださったことの勇気と行動力はとてもすごいこと、一緒に
 考えていきたい。」 
・すぐに、返信に感謝する返事が戻ってきた。「自分で承諾した契約なのに、破棄できる
 だろうか。破棄するには莫大なお金がかかるのだろうか。PAPSに相談するのもお金
 がかかるのだろうか。」自力では処理しきれないだろう困難なかりだ。
・すぐに返信した。「PAPSは、AV出演強要の被害をなくしたい、と思いから無償の
 ボランティアで対応している。だから、相談には一切お金はかからない。でも、弁護士
 さんを雇う場合は別だ。でもこれも、法テラスという制度があって、その人の経済状況
 によりけりだけれど比較的安い相談料で受けてもらえ、月割で返済していくことができ
 る。」  
・その夜は何回かメールのやり取りをし、きれいさっぱり思い通りにはいかないかもしれ
 ないが、弁護士を交渉に入れることによって、解決できることはあると伝えた。 
・二日後に再度メールがきた。「事務所の社長に電話した。来月からの撮影はなしになっ
 た。でお、グラビア写真は男性雑誌に掲載されて、明日、コンビニやなんかで発売。す
 でに撮った二本はデビューになる。」との内容だ。
・Eさんは、地方の遠隔地にいるためにめったに上京するおとはなかったが、東京でウイ
 ンドウショッピングがしたいし都会の雰囲気に触れたくて、特に友達がいるわけでもな
 かったが、たまたま遊びに上京した。人通りお多い原宿の表参道で、三十代ぐらいのス
 カウトマンに声をかけられた。せっかく東京に出てきたことだし、「すごく稼げるアル
 バイト」というものにも心を動かされて、面白そうだと思って男についていった。小さ
 い事務所だったがいかにも芸能界風な雰囲気だったという。 
・短時間で簡単に稼げるバイトがあると言われた。1〜2時間程度の撮影で3万円と言わ
 れれば心は動く。パンチラの動画撮影のバイトだった。もっと稼ぎたければこんな事務
 所もあると、アダルトビデオのプロダクションのホームページを見せられた。ホームペ
 ージに並んでいる女性たちは可愛く、いかにも芸能人のように見える。君だったら必ず
 こうなれるよ、と言われればさらに心が動く。  
・それでもその日はそのまま帰ったが、その後たびたび誘いのメール連絡が来た。東京の
 事務所に話を聞きに行くのに交通費も出すとまでいうのだ。そこまで言われて、本当に
 稼げるようになるかもしれない、と思い込んでしまった。
・誘われるままに上京。アダルトビデオと知っていてもその実態はよく知らないから、バ
 レることなく稼げるのだったらそれはとてもいい話のように思えてしまった。さらに、
 今回は交通費まで出してもらっていたので、プロダクションで契約書を前にサインを迫
 られると、断りにくい。最初のスカウトのときに、住所・氏名等個人情報を伝えてしま
 ったことも、断りにくさを助長した。
・結局、サインをした。地元のレンタルビデオ店に置かないことや地元のホテルのビデを
 放映は差し控えること、雑誌には出さないことなどを条件に、不安を覚えつつもプロダ
 クションと契約をした。このとき、ヌード写真も撮られている。
・ほどなくあるメーカーとの契約が決まったとの知らせが来た。年間12本の契約で月々
 数十万円の報酬、というのには目がくらむ思いだったという。地元おレンタルビデオ店
 には置かないでほしいとの要望を出したが、メーカーからは断られている。プロダクシ
 ョンの人たちは、久々の大物女優という設定で沸き立ち持ち上げ、Eさんもお金がもら
 えるし嬉しい気持ちが大きくなり、そのような雰囲気に押されるように不安のほうは縮
 小していった。あとで「なんだかうまく乗せられて、いい気分になっていた自分がバカ
 みたい。あのときは、ホントに芸能界の人になったような気分だった」と述懐していた。
・いよいよ明日は初めてのアダルトビデオの撮影という段取りになり、上京してホテルに
 泊まった。撮影の内容を知りたいと数日前からスタッフみ聞いていたが、いまは台本が
 手元にないのであとで送る、お一点ばり。男優は一流でみんな性病の検査をしているか
 ら大丈夫だと言ってくれたが、肝心の内容は撮影前夜になってもわからない。
・当日はプロアクションのメイクが付き、監督や男優、スタッフに可愛い、可愛いなどと
 ちやほやさえて浮かれた気持ちになった。撮影の内容も恐れていたようなハードな内容
 でもなかった。ただ、YouTubeに載せる動画を撮るなど聞いていない話もあり、
 だんだん広報宣伝活動の範囲が広がっていくことに不安が募っていった。
・撮影後には、身バレしないかと精神状態が極めて不安定になって死にたい気持ちになり
 はじめ、次第に追い詰められていく。数日後には、精神状態がおかしくて死にたくなる、
 もう撮影してくないしデビューもしたくないとプロアクションに伝えた。はじめはやさ
 しく聞いてくれていた女性スタッフは、やれるかどうかじゃなくてやるしかないんだ、
 と半ば脅しをかけてくるようになり、契約の話、つまり違約金の話が出てきたという。
・遠隔地のこともありすぐに面接には持ち込めず、メールのやり取りで対策を練るのだが、
 Eさんの気持ちが次第に切羽詰まっていくのが日に日に伝わってきた。明日発売のコン
 ビニ雑誌にデビュー記事が掲載されることになったとき、今後の撮影はできないと言っ
 たら、お金の請求が行くからねと脅されもした。精神的に追い詰められて、発熱して通
 院するまでになってしまったという。
・Eさんの不安と恐怖はその数日でだんだん昂じてきて、ついに死にたいとしきりに訴え
 るようになってしまった。実行しかねないパニック状態に陥っていることが伝わってく
 る。
・新幹線に乗り真夜中に目的地に着いた。Eさんと落ち合い安ホテルに泊まって、徹夜で
 ことの経過を聞き取り、記録を作成した。翌日、弁護士に相談する内容としてこの記録
 で通用するかどうか、必要事項の漏れがないかどうかをチェックし、経過記録を仕上げ
 た。   
・契約の解除、違約金の問題、DVDの発売中止の仮処分の申し立て等々、弁護士を立て
 て交渉しなければならないことが山積していた。弁護士を代理人としてプロダクション
 やメーカーに発売中止を求めること、損害賠償金の扱いを交渉することになるのだが、
 成人に達した大人の契約なので交渉は難航した。結局、交渉を始めて四カ月以上経って
 ようやく、メーカーを相手に、EさんのDVD等の発売、頒布、発送またはインターネ
 ットへの掲載の差し止めを求める仮処分命令申立書を地方裁判所に提出することができ
 た。メーカーとの和解が成立したのは、Eさんから相談のメールが来てから約半年後だ
 った。
・十二本お契約であったが今後は制作を行わない。既に制作されている二本は、期間を定
 めてDVDの発売とネット等の配信はすることとなった。結果的に、彼女は究極の選択
 を迫られることになったのだ。損害賠償金を支払わないこと、これ以上のDVDの制作
 販売をしない代わりに、二本のDVDの一定期間の販売を認めさせられたのである。そ
 の期間、東京のアダルトビデオ販売店では彼女の巨大なポスターは貼りだされていた。
・Eさんの場合は、生活拠点が地方だったので、その地域での人間関係は濃密で、それが
 生活のあらゆる面に影響してくる。自分の付き合いたい人間関係だけを中心に、地理的
 物理的環境からは浮遊して生活が形成される大都市の環境とは、質的にかなり異なる。
・最初はスポンサーのつくグラビアアイドル扱いで、このときはとてもちやほやされて、
 なにか芸能人になったようないい気持ちになったし、自信が持てたという。しかし、実
 際に出された週刊誌のグラビアはセミヌードで、地方で暮らすEさんとしては、近隣、
 友人たちの噂になるかもしれないという現実にはたと直面し、苦悩する。匿名性が保証
 された都会の私生活と地方の生活との決定的な違いである。相談依頼者のなかには、あ
 る地方で生活していたが、さらにとんでもなく遠くに行って生活を始めた例もある。  
・DVDの販売期間はすでに過ぎ、特になにごともなく、Eさんは現在、就職し、結婚し、
 落ち着いて暮らしている。新しい職場も家族も破綻しなかった。

・五つの典型例を並べてみると、彼女たちがアダルトビデオの世界に引き込まれていく共
 通したプロセスが見てくるように思われる。つまり、タレントになれる、高収入が得ら
 れるなどの言葉に惹かれてスカウトマンの勧誘にのり、その場で、あるいは連れていか
 れたプロダクションで、契約書にサインするなり、なにがしかの借金を背負わされるな
 りして、アダルトビデオ制作のプロセスに否応なく組み込まれてしまう。実態が次第に
 明らかになっていくにつれて、なんだかおかしいなと思いつつも、そのまま流されて、
 撮影の場面で決定的にこれは違うと思っても、もう引き返せない。そんな状況に陥る、
 一連のプロセスである。
・ネット検索の結果から実際に事務所に赴き、結果アダルトビデオ出演を余儀なくさえた
 という相談事例も少なからずある。ネットからのアクセスは、本人の、より積極的な意
 思があるように見えるが、ネットの情報そのものは極めて曖昧で、判断を錯誤させるよ
 うな記載が多い。これは、スカウトマンが対面で女性たちに提供する情報に似通ってい
 る。
・Aさんの事例で特徴的なことは、まず強姦しておいて屈服させる手口だ。犯罪である。
 さすがにこの手口はそう多くはない。ただ女性は性暴力被害に遭ったとき沈黙すること
 が多い。性被害女性に対する社会の差別的な眼差し、司法の無理解な眼差しを、上手に
 利用されてしまうのだ。
・Bさんの事例では、地方出身の在京者で、どちらかと言えば本人自身が自分は野暮った
 いと感じている人が狙われ、芸能人になりたいという夢に徹底的につけ込まれている。
 本人もおかしい、おかしいと思いつつ、夢にしがみついて現実に起きていることを正確
 に判断できない。スカウトマンは「タレント・アイドル・モデル」等の言葉を使用する
 が、同じ言葉であっても、内実は本人とプロダクションでは遠い、本人が抱く夢とプロ
 ダクションの思惑は、まったく異なる。このケースは多い。
・Cさんの例は、十八歳未満のときにスカウトされ、そのまま、十八歳以上、二十歳以上
 と法的に自立する年齢になるまでさまざまな理由をつけてプロダクションにつぎ留めら
 れ、揚句に撮影まで持ち込まれた例である。 
・Dさんの場合は、家族が知ったことでSOSにつながった。この例のみならず家族や彼
 氏が直接通報してくる場合もある。家族等の第三者の後押しの力は極めて強く、このよ
 うな第三者を経由しての相談もまた多い。
・Eさんは、遠くの地方からたまたま東京に遊びに来たときスカウトされた。自分の意志
 を明確に伝えることが苦手で、強引に押されると流され、収拾がつかなくなるまで、ヘ
 ンだ、ヘンだと思いつつ、自力では留められなくなる。
・典型的な事例は、じつはあと二つある。一つは、数十回、あるいは百数十回アダルトビ
 デオに出演し、この世界で生きていながら、それでも相談依頼者として現れる一群であ
 る。人数が多くないが複数いる。本人の話のかぎりでは深刻な事態のさなかにある。
 もう一つは、過去の数年前、あるいは十数年前のアダルトビデオ出演のトラウマを現在
 に引きずっている人々である。

なぜ契約書にサインをし、なぜそこから抜け出せないのか
・それは何気ない日常生活のなかの、街の通りやネット・サーフィンなどで始まる。ある
 人は街中でスカウトマンに声をかけられて、自分はもしかしたら憧れのモデルやタレン
 トになれるかも・・・と夢を見、ある人はなにかいいバイトがないかとネットを検索し
 て、高額、短時間などの謳い文句に巡り合って、仕事の内容もよくわからないままに事
 務所に出かけていく。
・それってどんな仕事?ホントにタレントやモデル、アイドルになれるの?お金になるの?
 性的なことらしいけど自分もちょっとは性的な冒険もしてみたいし、覗けるものなら覗
 いてもみたい。女性は、そういった関心や興味、好奇心からスカウトマンの話を聞いて
 いるようだ。そして、聞くだけ聞いてみよう、嫌だったら断ればいいという軽い気持ち
 からスカウトマンについていく。
・スカウトマンと話している段階で、なにかおかしいなあと感じても、なんとなくその場
 で明確に断れない雰囲気に持ち込まれる。女性のほうは意思表示を先延ばして、曖昧に
 することで切り抜けてやり過ごそうとしているつもりなのだけれども、そのような戦略
 は役に立たない。執拗に食い下がられてしまう。
・スカウトマンによるひとつひとつの説得の論理は理屈にもならない理屈なのだが、断る
 理由を考えても考えても、”論破”されてしまうのである。断る理由が尽きたときに、
 受け入れざるを得ない雰囲気に持ち込まれてしまう。この意味で、スカウトマンはスカ
 ウトのプロであって、通常の若い人には太刀打ちができない。あのとき、スカウトマン
 の話なぞまともに受け答えしなければよかった、と後悔している相談依頼者たちは少な
 くない。
・アダルトビデオに出演するか否かは自分で決めることであって、スカウトマンの「なぜ
 出演したくないのか」という問いに答える必要などまったくない。これが大人の対応だ。
・席を蹴ることができる人は、ことここにまで至らないのだろう。しかし、関を蹴る胆力
 や気力がなかった女性に、落ち度があると言えるだろうか。相手に強気に出られたらノ
 ーと言えない、気の弱い女性はいくらでもいる。 
・目の前には大抵複数の男たちが座る。一人対複数で対面させられたとき、威圧を感じる
 場合とフレンドリーな雰囲気が醸される場合とがある。意識的に行なっているのかどう
 かはわからないが、友好的な雰囲気を醸す人と見ただけで威圧感を与える人とに役割が
 分かれているようで、女性スタッフが座ることもある。女性スタッフが入ることで安心
 感を与えるのだろう。
・男たちの前には、本人の運転免許証や学生証のコピーおよび写真などが並べられる。面
 接用の写真を撮るよ、などと言われて、セミヌードやヌードの写真を撮られていれば、
 それが並べられることになる。これらの書類は女性に対する脅しや威圧として無言の作
 用をする。女性は改めて、自分の身元が抑えられていることを自覚せざるを得ない。写
 真がどのように使われるかも心配だ。大抵の場合、親や知り合いには知られたくないと
 思っているから、脅してとしては有効だ。
・一般的にも、契約書を交わすにあたっては、契約に関する説明と同意が必要だが、彼女
 たちの話を聞くと、語の正しい意味で「説明と同意」がなされているとはとても思えな
 い。プロダクションはメーカー側は、いざ撮影となって話が違うと意義を唱える女性に
 対して、撮影内容はきちんと説明していると主張することがしばしばある。説明したこ
 とは事実なのだろうが、説明したことを、された相手が理解したかどうかは極めて疑わ
 しいのだ。
・スカウトされて初めてアダルトビデオというものに出演することになった女性の知識と、
 アダルトビデオの業者の知識や経験知との格差は極めて著しい。説明したことと理解し
 たことの間には、当然齟齬がある。むしろ、この齟齬を利用して説明し、承諾を得た形
 を取っているように思われる。このからくりに女性はもちろん気がついていない。
・相談依頼者たちの多くは、「契約したのは自分だ」という意識はしっかりと持っている。
 強引にさせられた契約だとの認識はあっても、最終的にサインしたのは自分だと考える。
 手をつかまれて力ずくでサインさせられているわけではないからだ。そして、契約は契
 約なのだ、守らなければならないものと考えるのである。
・契約書にサインするという、一人前の社会人であることを前提とする行為に関して、若
 い人たちの無知というか生真面目さ、実直さが目立つ。内容もわからず契約書にサイン
 をするなど、一人前の社会人のすることではないし、サインを強要されたら怒るのが社
 会人として当然だと思うのだが、そうした自覚はない。契約内容の理不尽さに抗議する
 よりも、契約だから守るべきものという理解が先に立っているのである。一方で、自ら
 サインをしたということの自覚と責任感は大きい。要するに社会的にアンバランスで未
 熟なのだ。 
・初めてアダルトビデオに出演することになった女性たちの多くは、アダルトビデオその
 ものについて、性的に過激なものという抽象的な理解はあっても、具体的にどのような
 行為を要求されるのかはよくわかっていないことが多い。当日、撮影が始まって、自分
 がイメージしていたこととまったく異なる現実を目のあたりにして、驚き、言いようも
 ないショックを受ける。撮影の、いつどの時点で事態を認識し、ショックを受けるかは、
 それぞれ異なる。
・最初はソフトに始まり、どんどん過激になっていく。すべてがセッティングされ、自分
 以外のスタッフみんなが、「前向き」に撮影に臨んでいるなか、この流れを、初めて撮
 影に臨んだ女性一人の力で中断させることはむずかしい。逆に、強姦をテーマにしたア
 ダルトビデオでは、いきなり強姦シーンの撮影から始まるという、本人がそのようなこ
 とを予期していないから、より刺激的な”絵”が撮れるという、業界の常識があるよう
 なのだ。ある意味、撮影する側のそうした思惑通り、出演する女性はここで驚愕し、シ
 ョックを受ける。その時点で本人が不同意なのだから、まさに強姦と同じようなシチュ
 エーションとなり、しかしそのまま、ことは進行する。自分が何をされているのかがわ
 かって、号泣して抵抗し、止めてくれと頼んだが聞き入れられず、強行された、という
 話も聞き取っている。
・撮影の現場は、スタジオやホテルの一室などで、初めて連れてこられた女性には勝手が
 わからない、いわば閉ざされた場で、逃げ道などわからないのである。建物の外部の状
 況もわからない。つまり、多くの女性たちは、自分がまったく知らない一室に導かれて
 そこに撮影の場を設定され、カメラが数台設置され、複数のスタッフに取り囲まれた状
 況の下で、抵抗したり、逃げ出したりする気力が奪われる。スタッフには、なだめ役(主
 として女性)と脅し役がいるようだ。
・その場に及んで「なぜ撮影現場から逃げ出さないのか」という問いは、強姦された女性
 に対する「なぜ逃げなかったのか」という問いにも通じるものがある。強姦されそうに
 なったとき逃げられない理由の一つに、怖くて身も心も金縛り状態に陥って逃げ出せな
 いということもあるし、下手に逃げ出して殺されるよりましという心理が働くこともあ
 る。アダルトビデオの撮影の場合は、さすがに逃げたら殺される、ということはないだ
 ろうが、しかし大勢の”プロの””大人の”スタッフに対してひとりで抵抗するのは相
 当難しいだろうし、衆目のなかでいわば”強姦”されるいうな撮影では、「怖くて身も
 心も金縛り状態」にもなろう。
・行為そのものも極めて性暴力的であるが、その周囲を取り囲むスタッフたちによっても、
 女性に対する侮蔑的、侮辱的、人格否定の言葉が浴びせかけられたいう話も聞いている。
 被写体の女性を凌辱することをテーマにした映像撮影では、ことに著しいようだ。物理
 的な行為によって深刻に傷つくと同時に、周囲から浴びせられる言葉によって受ける精
 神的なダメージは大きい。実際に凌辱が行なわれていると思わざるを得ないような話も
 聞いている。それは、抵抗する物理的、心理的な力を女性から奪うには十分なのだ。
・撮影現場には拉致されて行くわけではないのだから、撮影現場から逃げ出せず、一度は
 応じてしまったとしても、どうしても撮影が嫌であれば、次の撮影に出向く必要はない。
 普通はそう思うだろう。ところが、相談依頼者のなかには、何度も撮影し何本もアダル
 トビデオを発売されてしまった人もいる。一回でも出演してしまえば、決して一回では
 終わらないのである。なぜ彼女たちは辞められないのか。理由は簡単で、脅されている
 からである。脅しは主に二つ。”身バレ”と契約の問題である。
・女性を勧誘するスカウトマンの常套句の一つに、「絶対にバレるなってことはないから」
 というのがある。スカウトマンのこの保証の意味は彼女たちにとっては重い。相談依頼
 者の多くは、そのときこの言葉を信じている。バレなくてお金が稼げるならいいか、と
 か、タレントやアイドルへの道として通らなければならない通過点で、バレないですむ
 なら我慢するしかないか、などと納得する。
・彼女たちは、タレントになるという夢やお金のために、自分自身の性交行為を自分に関
 わりのない不特定多数の人間が見る分にはまだ我慢するしかないと思うが、身内の友人、
 知人に見られるのは絶対に嫌なのだ。
・バレなければ我慢できると思っていても、実際に自分の映った商品が流通すると、嫌悪
 と恐怖を感じるのだ。ましてや、家族や知り合いには絶対に見られたくないという思い
 は、さらに強くなるだろう。しかし、いったん出演してしまうと、”身バレ”は出演を
 強行する脅しの手段になっていく。親の名前や住所、学校の名前など身元を知られてい
 るので、「嫌だと言うなら、バラすぞ」という脅しは、撮影を継続させるためにきわめ
 て有効に作用する。
・アダルトビデオに出演している女性に対する世間の差別的なまなざしにははげしいもの
 があり、そのことを相談依頼者たちは身バレによって身をもってわかる。したがって、
 いったん、アダルトビデオに身を置いた以上、ここで生きていくしかないと”覚悟”せ
 ざるを得ない。
・ネット社会の現在、ネットに拡散する自分の映像を自己管理できない問題は深刻で、生
 涯を通じて拡散し続けるである。ある年齢で、それぞれの判断で出演したとしても、そ
 のときの判断に一生縛られるのだが、ネットに流出した映像の問題である。スカウトの
 時点でこの問題が伝えられるおとはまずない。
・もちろん、契約は、契約した女性の側から破棄することができる。ただし、破棄するた
 めに途方もなく多額の「違約金」が要求される仕組みになっている。まだ出演もしてい
 ないのに、すでに多額の”違約金”が提示される場合もあるのだ。それがおかしな話で
 あると指摘する力量も余裕も、女性にはない。女性の目に留まった多額の違約金が、そ
 の後、絶大な効果を発揮することは確かだ。
・出演そのものを拒否したり出演内容に関して拒否すると、契約違反だからといって、と
 ても支払えないような金額を請求れる。100万円、200万円はごく普通で、ある女
 性の場合などは、親戚に泣きついてその家を抵当に入れて違約金を工面していた。この
 金が支払えない女性たちは、撮影に応ずる以外に選択肢はない。そういう契約なのであ
 る。
・彼女たちには、いくつかの共通する性格特性があるように思える。
 @未熟で社会性がない
 A気が弱くなかなか嫌とは言えない
 B生真面目で律儀
・未熟であること自体は問題ではない。若者は多かれ少なかれ未熟で社会体験に乏しい。
 失敗や成功を通じて成熟していく。ただ未熟は、なにかこまった事態が起こったときの 
 対応能力の低さに通じる。
・相談依頼者は、困った状態に陥ってしまった当事者である。しかし、当事者であること
 と、当事者として自分で問題を引き受けて解決していこうという当事者意識を備えてい
 るということとは、別のようだ。相談依頼者は概して、濃淡の違いはあるが、自分が当
 事者であるという意識が欠如しているか、希薄であるように思われる。 
・気が弱くて嫌とは言えない、という問題は、単に性格的な弱さだけではなく社会性のな
 さ、処世術のなさとも言い換えられる。つまり、未熟だから弱いのだ。逆に言えば、ス
 カウトされる女性の社会性のなさ、処世術のなさにつけ込まれて強引に主導権を握られ
 てしまっている、ということでもある。
・処世術はないが、基本的にはとても生真面目で律儀さが目立つ。実際に自分が想定もし
 ていなかった行為を迫られて、拒否しようとするとき、プロダクションやメーカーには、
 女性を説得するための決まり文句があるようだ。「契約したでしょ。契約した以上はそ
 んな簡単には解除できないんだよ。」
・契約という社会的行為に関して、一方的に破棄してはならないもの、守らなければなら
 ないものという理解が、彼女たちには共通してある。一般論としてはその通りなのだが、
 契約そのものの理不尽さに対して、異議申し立てするという発想がない。
・客観的に見れば強姦に等しいことがなされているのに、警察に助けを求めない。なぜ警
 察に相談に行かないのだろうか。本人の意に反して性行為が強要されれば、それは強姦
 だ。撮影現場で「嫌だ」と言っても強行されてしまった、というのであれば、警察に駆
 け込めばいい、と言う人もいるかもしれない。夫婦間であっても意に添わない性関係の
 強要は強姦だとされている時代だ。 まして、アダルトビデオの撮影という、そもそも
 演技ではない性交行為を前提にしている撮影現場で起きていることなのだ。 
・ショックで虚脱状態にあり、ようやく意を決して警察へ相談に行ったときには、撮影の
 事実が積み上げられてしまって、合意が成立しているのではないかと判断される。警察
 のこうした判断は決して珍しいことではない。ほかにも、警察に、被害として事件化す
 ることは難しいと言われた女性もいる。
・映像で見る限り女性は嫌がってはいないように見えることも多い。ここには極めて狡猾
 なトリックがある。何をされるのかがわかって、直前まで撮影を拒否して号泣して訴え
 たが強行されてしまったという女性の映像を、動画削除のボランティアが実際に見てい
 る。映像のなかの彼女は、ついさっきまで号泣したとは露ほどにも見えなかったという。
 しかし、だからなんの問題もない、とは言えない。視聴者の多くは号泣して拒否してい
 る女性の映像をみたわけではないだろうから、もちろんそんな映像は削除される。そし
 て、どんなに嫌がっても最後には女性の身体は快楽を覚えるという神話的なストーリー
 にのっとった作品に、巧妙に仕立て上げられるのだ。売れる作品にするために、それな
 りの編集をしているのである。
・性交行為を拒否しているのに実行しているとすれば、強姦だ。しかしながら、契約があ
 るがゆえに、かつ、アダルトビデオとい商品を作成する商業的なプロセスで起きるがゆ
 えに、女性が号泣して嫌がっていても、撮影は合法だとされてしまうのが現状だ。
・私たちは、暗黙の前提として、アダルトビデオには性暴力”被害者”がいるだろうとい
 う認識は持っていたが、相談件数を重ねるにつれて、この認識は覆された。相談依頼者
 たちは自分を”被害者”だと認識していないようなのだ。相談依頼者の意識としては、
 自分が被害者だからというよりも、「とても困った事態に陥っているのだがどうしたら
 いいのかわからない」ので「藁をもつかむ思いで相談を寄せる」という感じなのである。
 象徴的なメールの言葉に、さんざん自分の非を責め、悔やんだ挙句に「こんな私でも相
 談に乗っていただけますか」というのがある。自分に非があり、”相談資格”なんてな
 いのではないのかと思っているらしい人もいた。
・初回メールにちりばめられている本人の言葉は、程度の差はあるのだが、自分を責める
 内容となっている場合が圧倒的だ。「自業自得」「自己責任」「署名したのは自分」
 「自分も悪い」「親に申し訳ない」「自分が進んでやった」等々。いろいろな言い方で、
 自分を責めてその上で、それでもいまの状況は耐えられないほど苦痛なので相談に乗っ
 てもらえないかと訴えてくるのである。 
・アダルトビデオを見たことがないという女性は珍しくないが、若い男性たちのなかでア
 ダルトビデオを見たことがない男性は希有ではないだろうか。同年配の男女では、アダ
 ルトビデオへのアクセス環境の格差は極めて大きく、女性たちはどうやら自分のアクセ
 ス体験をもとに判断しているようなのだ。絶対にバレないと信じていたのに、発売後、
 男性の友人知人から、出演しているのではないかとの噂を流され、家族にも相談できず
 に、青くなって相談に来る例が多い。
・一般的に、性被害の相談に関しては、依頼するに値する適切な他者に巡り合うことそれ
 自体が困難なのだが、アダルトビデオに出演した、あるいは出演させられそうになって
 いる相談依頼者も同様で、多くの人は誰に相談したらいいのかさえもわからない。そも
 そも誰かに相談してもいい問題かどうかも、自分では定かでないようだ。彼女たちは性
 暴力被害者とし社会的認知も受けていない。自分自身でも被害者という認識は乏しく、
 でも、深刻に困っている人たちなのだ。
・アダルトビデオの制作現場では、契約や「仕事」という装いに隠れて性暴力が振るわれ
 ることがある。この事実は、当事者の女性や男性からの訴えにより次第に明らかになっ
 てきている。性は究極のプライバシーだ。しかし、それを扱う撮影現場で当事者たちの
 人権や尊厳をどのようにして守るかという観点からの法整備はなされていないのが現実
 である。私たちは、法律に精通しているわけでもないし、弁護士は、女性たちの訴えを
 正確に理解しがたいこともあるし、アダルトビデオ業界の慣行や構造などに精通してい
 るわけではない。両者あいまって協力しながら、一人一人の事例に即して、業者との交
 渉の論理を練り上げている。
・問題は、アダルトビデオに出演する女性のなかには強要されている人がいる可能性があ
 る、ということを警察が認識しているかどうかだ。契約があり一見合法的な形を整えて
 いたも、性暴力的行為が存在するかもしれないのだ。そのことを、警察がどのように認
 識し、どのように役割を果たすべきかが問われている。
・2016年春の国会でも問題にされた、議員の質問を受けて国家公安委員会委員長は実
 態を調査すると答えている。現在の法体系では追いついていない事象が存在する。そう
 いう現実をどうするかが問われているのである。一般的な民事介入の認識ではなく、ア
 ダルトビデオ制作の現場で起こっているかもしれない性暴力にどう対処するのか、その
 対策が切望される。
・女性たちから話を聞く限りでは、アダルトビデオに意に反して出演させられた場合は、
 状況としては強姦以外のなにものでもなく、その心理的、身体的影響は長期にわたる。
 さまざまなプロセスを経てアダルトビデオ業界からリタイアし、アダルトビデオとは縁
 のない日常生活を送るようになってもなお、大きな影響が残るという。結婚した後、パ
 ートナーとの性生活において突然アダルトビデオの撮影のことがフラッシュバックし、
 正常な関係を保ちがたい場合がある、と語る女性たちがいる。特に夫に過去のことを隠
 している場合には深刻である。
・撮影の内容等を決めるのはメーカーだ。少なくとも主導権はメーカーにある。そして撮
 影ではたいがい、実際の性交行為が行われる。プロダクションが、女性が従事すること
 になる業務が実際の性交行為であることを知っていて業務を紹介しているとすれば、そ
 れは、労働者派遣法に規定する「公序良俗」に反する業務への派遣となり、法の解釈に
 よっては犯罪となる。また、撮影現場では、私たちの目から見ると事実上の強姦としか
 言えない行為が行なわれている。しかし性暴力が振るわれていたとしても、たいがいの
 女性はそれが犯罪的行為であるとの認識はない。ただ、”お仕事”として、とても嫌な
 こと、拒否したいことをさせられた、という認識なのだ。メーカーをはじめその現場に
 立ち会ったスタッフの認識はどうなのだろうか。撮影スタッフからPAPSの存在を耳
 打ちされ相談に来た人がいたことから察するに、これは犯罪行為ではないのかと疑問を
 感じている人もいるのではないか。
・ネットに流れたデータは完全には削除できない。このことに苦しんで相談を寄せてくる
 人は多いが、いまのところ、根本的な解決の方法はない。生身の人間を被写体にして、
 その性を商品化して販売するのがアダルトビデオ産業だ。産業活動のなかで、性の尊厳
 が脅かされるようなことは絶対にあってはならないし、絶対にないという制度的な仕組
 みが特に必要と思われるのだ。

契約書には何が書いてあって、何が書いていないのか
・撮影されることになる性行為に関しては、契約書のほかに類型化された一覧表が用意さ
 れていて、本人が諾否を書き込む場合が多く、本人の署名欄もある。しかしながら、本
 人が「本番OK]に丸をしていても、”本番”そのもののバリエーションは多様にあり、
 ”本番”に至るプロセスも多様で、しばしば本人が予想していなかった場面が展開する。
 そしてもちろん、そのたびに「説明」を求めることなど、できるはずもない。
・女性に、演技ではなく実際の性交行為を求めるわけだから、対等な契約であれば、女性
 がその場で拒否できる条文があってしかるべきだと思われる。号泣して拒否したが契約
 書を盾に強行撮影された例をいくつか聞いている。女性が拒否している性交行為は、繰
 り返すが、それは強姦にほかならない。 
・「肖像の使用」という条項によって、撮影され商品化されてから以降、女性は徹底的に、
 極端に言えば生涯にわたって合法的に縛られることになる。女性の女優名、肖像、筆跡、
 経歴などを無償で(独占的に)メーカーが使用することを、女性が承諾しているので、
 以降、使用にあたっていちいち本人の承諾は必要ない。著作隣接権は、いとおう50年
 の期限があるが、特にネットの世界では、いったん流通した映像は未来永劫と言ってい
 いほど消えることはない。このような重大な条項なのだが、署名するとき多くの女性は
 具体的にはその重要性を理解していない。もちろんどのような不利益が起きるのかの説
 明もない。
・「保証」の条項においては、アダルトビデオに出演することで女性が妊娠したり、性感
 染症になる可能性のある行為、つまり避妊なしの膣性交が行なわれることが想定される
 内容となっているのだ。しかし、現場で撮影を取り仕切るであろうメーカーの責任につ
 いは、記載がない。

おわりに
・性の快楽の表現という、きわめてプライベートな事柄に関して、貧しいだの豊だのと他
 者に価値評価されたくないとの意見もあろう。しかし、性の快楽と享受するのは、重大
 な前提条件が必須である。他者の性の尊厳を脅かし、侵犯しない限りにおいて、という
 前提条件である。相談を寄せる女性たちは、自分の映像をこの世から消してほしいと切
 実に願っている。
・人々の性の交わりの表現には限りない可能性があると思う。ただ、それは、訴えを寄せ
 てくる女性がされているそれでは、断じて、ない。