Q.日本は病床数が過剰なのですか?
日本における病床数が過剰であるかどうかについては、議論の余地があり、一概に「過剰」とは言えない複雑な状況です。
OECDのデータを見ると、日本は人口1,000人あたりの病床数が他国と比較して非常に多い傾向にあります。例えば、OECDデータでは日本が13.0床であるのに対し、米国は2.9床、ドイツは8.0床とされています。この数字だけを見ると、日本の病床数は多いように見えます。
しかし、この数字にはいくつかの背景を考慮する必要があります。
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病床の定義の違い: 諸外国では、精神科病床や長期ケア病床が「医療機関」ではなく「施設」に分類されていることが多いのに対し、日本ではこれらが病床数に含まれています。特に精神科病床や長期ケア病床は、他国に比べて日本の割合が高いです。
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急性期病床とリハビリテーション病床の区分: 諸外国では急性期病床とリハビリテーション病床を分けて集計することが多いですが、日本ではこれらが同一として報告されています。急性期病床とリハビリ病床を合計した数字で見ると、日本とドイツでは数字が逆転するケースもあります。
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長期居住施設の少なさ: 長期ケアを必要とする高齢者向けの長期居住施設(老人ホームなど)は、他国に比べて日本は人口あたりの数が少ない傾向にあります。これにより、医療機関の病床が長期入院に利用されている側面も指摘されています。
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地域による偏在: 日本全体で見た病床数は多いとされますが、地域によっては過剰な地域と、過少な地域が存在し、地域的な偏在が見られます。特に人口減少が進む地域では、病床の再編・統合が課題となっています。
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非稼働病床の存在: 2023年度には全国で約3.5万床の非稼働病床が存在すると報告されており、これが「過剰」と見なされる一因となることがあります。
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医療費との関係: 病床数が多い地域ほど入院医療費が高額になる傾向があり、医療費抑制の観点から病床数の適正化が求められることもあります。
厚生労働省は、2025年を目標に「地域医療構想」を進めており、病床の機能分化や適正配置を目指しています。しかし、新型コロナウイルス感染症の経験などから、病床の確保の重要性も再認識され、計画通りの病床削減が進まない地域もあります。
したがって、単純に「過剰」と断定するのではなく、病床の機能や役割、地域の実情、国際的な定義の違いなどを踏まえて、日本の病床のあり方を考える必要があります。
Q.非稼働病床が存在する原因はなんですか?
日本で非稼働病床が存在する原因は、いくつかの要因が複合的に絡み合っています。主な原因としては、以下のような点が挙げられます。
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医療従事者の不足(特に看護師・医師):
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これが最も大きな原因の一つです。ベッドがあっても、患者をケアする看護師や医師が不足しているため、病棟を十分に稼働できない病院が多くあります。
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コロナ禍の影響で医療従事者の退職が増えたり、採用が難しくなったりしたことも、この問題を深刻化させています。
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夜勤のできる看護師が確保できないために、病棟全体を休止せざるを得ないケースもあります。
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患者数の減少・入院ニーズの変化:
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少子高齢化や疾病構造の変化により、一部の医療機関では入院患者数が減少しています。
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高齢者の健康意識の高まりや、在宅医療への移行促進などにより、病院での長期入院のニーズが減っている傾向もあります。
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以前は病院で長期療養していた患者が、介護施設などに移行するケースも増えています。
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施設の老朽化・改築・改修工事:
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経営上の問題:
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機能分化・地域医療構想の推進:
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感染症対策など一時的な要因:
これらの要因が単独で、あるいは複数組み合わさって、非稼働病床が生じているのが現状です。非稼働病床の存在は、限られた医療資源が有効に活用されていないという課題を提起しており、その適正な運用や再稼働が模索されています。
Q.病床数が多いことが医療費が高い原因ですか?
はい、病床数が多いことが医療費が高い一因であると指摘されています。特に、入院医療費に大きく影響すると考えられています。
いくつかの理由が挙げられます。
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過剰な入院の誘発:
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病床が多いと、病院側は病床を埋めようとするインセンティブが働きやすくなります。
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これにより、本来は外来で対応可能なケースや、早期退院が可能なケースでも、入院が長引いたり、不必要な入院が行われたりする可能性があります。
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結果として、入院日数が長くなり、入院医療費全体が高くなる傾向が見られます。
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固定費の負担:
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医療資源の非効率な配分:
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地域差の発生:
もちろん、医療費が高騰する原因は病床数だけではありません。
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高齢化の進展: 高齢者は医療を必要とする機会が多く、一人当たりの医療費も高いため、高齢化は医療費全体を押し上げる最大の要因です。
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医療技術の高度化: 新しい治療法や高額な医療機器の導入は、医療の質を高めますが、同時に医療費も増加させます。
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薬剤費・医療材料費の高さ: 日本は諸外国と比較して、薬剤や医療材料の価格が高い傾向にあると指摘されています。
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受診回数の多さ: 国民皆保険制度により比較的気軽に医療機関を受診できるため、一人当たりの受診回数が多いことも医療費増大の一因とされます。
このように、医療費の高騰は複数の要因が絡み合って生じていますが、病床数の多さ、特に過剰な病床は、医療費を押し上げる重要な要因の一つとして認識されており、厚生労働省の地域医療構想などでも病床の適正化が目標とされています。
Q.病床数を減らせば医療費が下げられますか?
病床数を減らすことで医療費を下げる効果は期待できますが、それは単純な話ではなく、慎重な検討と関連する政策の併用が必要です。
病床数を減らすことで医療費が下がる可能性のある主な理由は以下の通りです。
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固定費の削減:
病床を維持するには、建物の維持費、光熱費、医療機器の減価償却費、そして何よりも人件費(医師、看護師、医療スタッフ)といった多額の固定費がかかります。病床を減らすことで、これらの固定費を削減し、病院運営の効率化を図ることができます。
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不適切な入院・長期入院の抑制:
病床数が多いと、病床を埋めようとするインセンティブが働きやすく、本来は外来で対応可能な患者や、早期退院が望ましい患者が不必要に入院したり、長期入院したりする傾向があると指摘されています。病床数を減らすことで、病院側がより効率的な患者の回転を意識するようになり、不適切な入院や長期入院の抑制に繋がる可能性があります。結果として、入院医療費全体が抑制されます。
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医療資源の効率化と機能分化の促進:
病床数を減らす過程で、各医療機関がそれぞれの役割(急性期、回復期、慢性期など)を明確にし、専門性を高める「機能分化」が進むことが期待されます。これにより、高度な医療が必要な患者は専門病院へ、リハビリが必要な患者は回復期病院へ、と適切な場所で適切な医療を受けるようになり、医療資源の無駄が減り、効率的な医療提供体制が構築される可能性があります。
しかし、単に病床を減らすだけでは問題が生じる可能性もあります。
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患者へのアクセス悪化: 特に地方やへき地では、病床の削減が進むと、患者が医療機関にアクセスしにくくなる可能性があります。緊急時の対応や、専門的な医療が必要な場合の受け入れ体制に支障をきたす恐れもあります。
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医療崩壊のリスク: 感染症の大流行や大規模災害時など、一時的に多数の患者が発生した場合に、病床が不足し、医療システムが麻痺する「医療崩壊」のリスクが高まります。新型コロナウイルス感染症の経験は、この点を浮き彫りにしました。
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受け皿の不足: 病院の病床を減らすだけでは、退院した患者の受け皿(在宅医療、介護施設、高齢者住宅など)が十分に整備されていないと、かえって患者や家族に負担がかかることになります。介護保険制度との連携強化や、地域包括ケアシステムの充実が不可欠です。
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急性期医療の逼迫: 全体的な病床削減だけでなく、急性期病床の機能転換が進むことで、高度急性期医療を必要とする患者の受け入れが逼迫する可能性も考えられます。
結論として、病床数を減らすことは医療費削減の一つの有効な手段ではありますが、以下の点が重要になります。
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段階的かつ計画的な実施: 地域ごとの医療ニーズや医療資源の状況を考慮し、段階的に進める必要があります。
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受け皿の整備: 病床を減らすのと並行して、在宅医療や介護サービス、地域包括ケアシステムの充実など、患者の退院後の生活を支える受け皿を整備することが不可欠です。
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機能分化と連携の強化: 各医療機関が役割を明確にし、地域全体で医療機関同士が連携を強化することで、効率的で質の高い医療を提供できる体制を構築する必要があります。
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医療従事者の再配置: 病床削減に伴い、医療従事者の配置転換や再教育を行うことで、必要な分野に人材を適切に供給することも重要です。
単に病床を減らすという「数」の問題だけでなく、医療の「質」と「アクセス」を維持・向上させながら、全体的な医療費の抑制を目指す多角的なアプローチが求められます。